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すずめのお宿でニョッキッキ
●ザンザン寒い残寒の候
√ドラゴンファンタジーでも変わらず賑わう船入場の跡地に築かれた広場を左に眺めながら山手通りを行けば、地図アプリが「青少年センター」と分類する複合施設にはすぐに着いた。
貼り出された今日の予定表を確認してレクリエーションホールに入ると、カリン・ヒューイット・守嶋(−・Hewitt・もりしま・h02585)がホワイトボードを背にしてライドスライムに腰掛けていた。
「寒い中ありがとうね。机と椅子はざっくり出しておいたから好きに調節して座って。それじゃ、私が得たゾディアック・サインの説明を始めるわよ」
「来週末、今いる√ドラゴンファンタジーで天上界の遺産が活性化して公園がダンジョンになるの。だから一般人が迷い込む前に、ダンジョンの主になるモンスターを倒して活性化を鎮めてほしいのよ」
ライドスライムがカリンのスマートフォンを表面に浮かべ、√能力者達に画面を見せて回るように伸びる。
画面に映るのは、竹林の中に遊歩道の設けられた小さな公園だ。
「ダンジョンになるのはここからちょっと行ったところ、目黒区碑文谷の『すずめのお宿緑地公園』ね。
この公園をもっと鬱蒼とした竹林と、一度入ったら二度と出られないと感じるほどの無限の遊歩道が広がるダンジョンをイメージするといいわ」
ペン先でホワイトボードを叩く音が聞こえた。カリンが何かを描き始めていた。
「√EDENでのこの公園には歴史資料館として使われている江戸時代の古民家があって、ダンジョンでもそこに主が陣取ってるから古民家を目指してもらうわけだけど、ちょっとホワイトボードを見て」
カリンの言葉に√能力者達の視線が白板の守嶋|画伯《・・》の絵に集まった。
描かれたラフな絵は、一人称視点での遊歩道と両脇に広がる竹林だ。
そこに緑色のペンが近付いた。
「ダンジョンと化した公園の中では物凄い勢いでタケノコが生えてくるの。タイムラプス動画と錯覚するくらいに急速に生えて成長するわ」
シュッ、シュッ……と勢いよく下から上に線を引くカリン。
「遊歩道だろうとお構いなし。実質、串刺しデストラップよ。これをどうにかしながら古民家を探すことになるわね」
カリンはペンを置くと、タケノコの模倣のつもりか、両手の指先を頭上で合わせ、左右の斜め上に腕を伸ばして両手を突き出しながら語る。
「タケノコは『1ニョキッ!』『2ニョキッ!』ってカウントアップする掛け声付きで生えてきては急速に成長してすぐに朽ちるから、急がなきゃ道を塞がれるなんてことはないはず。√EDENからの迷い込みもすぐにはなさそうだから、タケノコと探索に集中して。
死ぬことができない|√能力者《わたしたち》だけど、本来死ぬはずの串刺しの痛みはきっと平等に受けるのだから」
「……と、降りてきて詠めた内容はこんなところね。この事件に対応できそうなら、来週末よろしくね」
カリンはちょこんと礼をして、ホールの壁掛け時計を見る。
「ここを借りてる時間もそろそろだし、これで解散でいいわよ。あとは準備でも現場の下見でも、せっかく|中目黒《なかめ》まで来たんだから買い物でもお茶でもお酒でもね。それと、ここの片付け手伝ってくれると助かるわ」
これまでのお話
第1章 冒険 『タケノコニョッキッキ』

●絶やせツクモ
「いやあ……想像以上だね」
九・白(壊し屋・h01980)は遊歩道を進んでいた。遊歩道の両脇には鬱蒼と竹が生い茂っており、外の光はほとんど射さなかった。虫の声さえしない、静謐さすら感じられる冬の竹林を行く。
その時。
「1ニョキッ!」
元気な声と共に白の両足の間からタケノコが生え、急速に成長していく。
来た、と呟いて白は地面を蹴って横跳びし、成竹となってすぐに朽ちる様子をサングラス越しに見遣った。地に還る枯竹とは別に、風もないのに強風に乗ったような勢いで飛散する光の粒子が見えた。それが何なのか、探偵業の白は即座に解る。
竜漿だ。それも、「遺産」に中てられた。
その方向に進めば早いと、白は遊歩道の柵を越えて竹林に踏み入った。
「2ニョキッ!」
「3ニョキッ!」
侵入者への威嚇か、タケノコは次々と白に向けて生え迫る。
白は卒塔婆を振るい、伸びゆくタケノコを一閃した。
分かたれたタケノコはその瞬間に朽ちるが、さらに次のタケノコがチャコールグレーのスーツを貫かんと伸びる。だが、白は既に|倶利伽羅剣《卒塔婆の銘》を芽先に突き立てていた。様々に卓越した技巧を以て、無限必殺必中の|卒塔婆《やいば》がタケノコを駆逐していく。白の√能力「|戦場刀法斯く在れかし《バツザンガイセイ》」の剣戟だ。
(……しかし、やっぱり「あれ」に見えてくるな)
迫りくる|土を被った《・・・・・》タケノコを処理する白の視界に「宿敵」の姿が重なる。
そう、|タケノコ型のクッキーをチョコレートで覆ったお菓子《きのこ党として絶対に許してはならぬ数十年来の宿敵》だ。
ある文豪の短編小説の地の文に倣い、激怒を帯びた白の剣は速さと激しさを増して過激に|疾《はし》り、|邪智暴虐《タケノコ》を討っていく。
「撫で斬りだ。根切りだ。この周辺の|邪悪《たけのこ》は根絶させるぞ!」
白の間伐の後に、タケノコは生えるのを諦めた。竹林の縄張りをきのこ党が制したのだ。
●セッション
ケットシーの名の通り|階梯1《シー》の黒猫である箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)は後脚の肉球で遊歩道を進む。エメラルド色のボタンアコーディオンを抱え、同じ色の大きな猫の瞳がキョロキョロと竹林を眺めていた。
(古民家は……どこでしょうか)
目指すべき場所を探しながらも、仄々の猫耳や猫髭はタケノコの音や振動を拾おうと、ひくひくと小刻みに揺れている。
それの感知はすぐに訪れ、仄々は斜め前に跳んだ。
「1ニョキッ!」
まっすぐ進めば痛いところにぶつかったであろうタケノコが急速に伸びていくのを見上げるも、仄々は次のタケノコも感じていた。息を整え、もう一度斜め前に跳ぶ。
「2ニョキッ!」
ボタンアコーディオンでの転調のように跳ぶ仄々と、3ニョキ4ニョキと生えるタケノコ。
即興のセッションのように、仄々もアコーディオンの蛇腹を伸縮させて音を奏でながら跳んでいた。
だが、タケノコは別に楽譜通りに生えるわけではない。
幾度目かのタケノコは生える方向やタイミングが|変化《アドリブ》し、仄々の尻尾を掠めたのだ。
「っ……!?」
仄々は足を止め、尻尾を振り返る。擦り剥いた程度だが、猫にとっての尻尾は繊細な器官だ。
仄々はアコーディオンの蛇腹を広げながら、肉球で器用にボタンを押した。
『ニョキッ♪』
タケノコの掛け声を和音にしたメロディが鳴る。
すると、仄々の尻尾を掠めてなお伸びゆくタケノコを割り裂いて、中から光の五線譜が飛び出した。五線譜は包帯のように仄々の尻尾を包み、傷を癒す。「|怖い木霊《コエーエコー》」。仄々の√能力だ。
「ちょっと楽しみすぎましたね。気を取り直して進みましょう」
多少の不協和音にもめげず仄々は進む。
●銀狼迅雷
「あっはっは、そんな。掛け声と共にタケノコが高速で飛び出てくるなんてあるわけが」
「1ニョキッ!」
「2ニョキッ!」
「3ニョキッ!」
「オワーーッ!」
いきなりの3タケノコを辛うじて避け切って理解させられたのはルーネシア・ルナトゥス・ルター(銀狼獣人の職業暗殺者・h04931)だ。
「危なかった……まったく、尻尾が禿げたらどうするんだい!?」
ルーネシアは尻尾に振り返る。自慢の艶やかな銀の毛並みは、微かに土を被ったものの擦れたりしたような痕はない。先刻の状況で|四足歩行《階梯0》であったら、果たして尻尾で済んでいただろうか。
「都会の春の息吹って凄いね」
見上げた先のタケノコは既に成竹となっていた。
「……さて」
今いる場所は地雷原か針山だ。そうと判れば、ここを探索し、そして生き残るために神経を研ぎ澄まさなければならない。
ルーネシアの金色の瞳が、三日月のように鋭く細められた。
狂った同胞の始末者の末裔がルーネシアだ。殺す術は身に付いている。同族も、気配も。
それでも時としてタケノコはルーネシアに迫るのだ。偶然か必然かは問う必要がない。
先に|躱《ころ》せばいいのだから。
「6ニョ」
「遅い」
地面を蹴ったルーネシアは顔を出したばかりのタケノコにハチェットを打ち下ろし、闇を纏って姿を消した。√能力「オートキラー」による先制と隠密だ。
鬱蒼とした竹林の中で闇に紛れたルーネシア自身、タケノコが視覚で感知しているかは疑問ではあった。だが、タケノコが「やり返される」ことを学んだのか、対処を求められる場面は減ったように感じながら探索を続ける。
(……それなら、今のうちに減らすか)
ルーネシアは精霊銃を取り出し、数十メートル先の地面に向けて引き金を引いた。すると地面を蛇のように雷が走り、タケノコに噛み付いて爆発した。√能力「エレメンタルバレット『雷霆万鈞』」での掃射だ。
反撃も遠距離攻撃も可能なルーネシアに死角はない。偶発的に足元付近に生まれたタケノコが伸びたりもするが、やはりハチェットが両断する。
「やれやれ、私の武器は人の首を斬る用であって、タケノコ狩りは想定外なのだけどねぇ……」
闇の中でルーネシアの赤いマフラーが、タケノコから溢れた竜漿の粒子に靡くように揺れた。
そうして探索を進めたルーネシアの進む先に、ダンジョンの中心とされる古民家が見えてきたのだった。
第2章 集団戦 『ハーピー』

●雀色時、お宿に着いて
√EDENにおいて「江戸野菜」と呼ばれたものの一つが「目黒のタケノコ」だ。目黒はその名の通り江戸時代当時の有数の竹林であり、質の良いタケノコが採れたと記録されている。その江戸の目黒の名家を移築する形で復元したのが「すずめのお宿緑地公園」内の古民家なのだ。
√ドラゴンファンタジーにおいても公園および古民家はダンジョン化したものの健在であり、√能力者達は各々ニョキニョキ生えるタケノコを対処し、古民家の前に集結しつつあった。古民家もまた道中の遊歩道と変わらず鬱蒼と生い茂った竹林に囲まれていた。
√EDENで江戸時代が終焉して久しい昭和の頃には、目黒の竹林は人のために徐々に狭まり、生き残った竹林は数百とも数千とも思える辺り一帯のスズメの塒と化した。
そういう場所がダンジョン化したらどうなるか。
スズメにしては大きすぎる鳥の群れ――ハーピーの塒となるのだ。
どこからともなく鳴き声を大合唱させ多数のハーピーが飛来する。それに合わせ、古民家の茅葺き屋根からは中の竈で火が焚かれたように白い煙が立ち上り始めた。竜漿の活性化だ。
|古民家《おやど》の中に首魁がいるのは間違いない。だが、√能力者達が踏み込むには害鳥駆除から始めなければならなかった。
●闘雀人を恐れず、恐れられず
「――飛んで逃げればいいものを」
九・白(壊し屋・h01980)は頭上の騒がしい囀りを睨み上げながら呟いた。鬱蒼とした竹林から降り注ぐ鳴き声は明確な敵意を孕んでいる。だが、白も一歩も退く気はない。卒塔婆を手にし、|言葉《√能力》を紡いだ。
「絶招、『|灯火将に滅せんとして光を増す《ロシンユウカイ》』」
すると、白の浅黒い肌と纏うチャコールグレーのスーツの間から|黄昏色《黄金》の炎が噴き出した。√能力の名の通りの、肉体を灼く魂の炎だ。
炎を纏った白は竹林を駆け、太陽にプロミネンスが跳ねるように卒塔婆を振るえば、竹には次々と斜方の溶断痕が走り、重力に従い滑り落ちた竹林に紛れ込んで襲撃体勢を取っていたハーピーの群れを暴いた。
狩るための隠れ蓑を追われたハーピーは喧しく鳴き声を重ね合わせ、爪を立てて白に急降下する。
だが、白の視界で揺らめく|黄昏色《たましい》の炎越しのそれは、緩慢を通り越してバーチャルライバーの珍場面ハイライトと見間違うようなスローモーションにしか見えなかった。
卒塔婆で斬られ、あるいは左の拳で打たれ、魂の炎に包まれてハーピーは漸く|白《もと》の速度で灰燼に帰していく。
それでもなおハーピーは白への襲撃を止めない――止めていたかもしれないが、白の目に映るにはあまりにも遅すぎた。
既に白は、そのハーピーを掴まえて斬った竹に叩き付け、串刺しにしていたのだ。
「オオオオオオオオ……!」
白は自らを灼く炎の中で雄叫びと共にハーピーを屠っていく。ハーピーは白に恐怖を覚えた瞬間には死の炎に包まれていた。