財宝に目が眩む事なかれ
「それ」はゾディアック・サインのお告げが来るよりなお早く、√EDENに突如現れた。
いわゆる――ダンジョン、である。
住宅街のど真ん中にぽっかりと口を開けたソレは、しかし近隣住民にもマスコミにもまったく不審に思われることなくそこに鎮座し続けている。
√EDENの住民たちにとってダンジョンを感知することは出来ず、よって警察も消防も動かない。機能しない。
近隣住民たちが好奇心でその口の中に入りこまないのが不幸中の幸いであったろうか。
しかし、ダンジョンを放置し続ければ、いずれソレの周囲に暮らしている√EDENの住民たちもモンスター化し、それが拡大していけば世界は大混乱に陥ること請け合いである。
「やあやあ、対応が後手後手になってしまってすまないね」
星詠みのひとりである|氷室《ひむろ》・|冬星《とうせい》(自称・小説家・h00692)は申し訳無さそうに眉尻を下げる。とはいえ、糸のように細い目は常に笑っているように見えてしまうため、本人が反省していても、とてもそうは見えないのが彼の目下の悩みであった。
それはそれとして。
「どうやら、あのダンジョンは√ドラゴンファンタジーから流れてきてしまったらしい。最深部にある財宝――お宝がダンジョンの核になっているようだ。そのお宝を破壊すればダンジョンは消滅する。……うん? 財宝を破壊するのはもったいない? いやぁ、あれミミックだから、いくらお宝でも惑わされないほうがいい。持ち帰ろうとしても、きっと強欲なやつをガブリ、だぜ?」
冬星は両手をミミックの牙の形になぞらえ、あなたの眼の前でガブリと噛みついたような仕草をする。
「財宝に目が眩む事なかれ、ってやつさ。とはいえ、既にダンジョンに潜り込んだ悪の√能力者――トレジャーハンターがいるようだけどね。奴らはお宝にしか興味がない。ダンジョンがこのまま残ろうが、√EDENがどうなろうがお構いなしって感じだ。おまけに財宝を破壊するなんて発想、頭の片隅にもないだろうよ。おまけに悪いインビジブルもダンジョンに反応して形を得ているみたいだねえ。くわばら、くわばら」
――とにかく、冬星の言葉を整理するならば。
まずはダンジョンに集まってきている悪しきインビジブルを蹴散らし、ダンジョンに侵入。
それから同じくダンジョンに潜っている悪の√能力者――トレジャーハンターを撃破。
その後、ダンジョンの最深部に到達し、核になっている財宝……に擬態しているミミックを破壊すれば、この事件は解決である。
「それじゃあ、気を付けて。土産話にキミたちの冒険譚、期待しているよ」
冬星に見送られながら、√EDENの平和を守るため、ダンジョンに挑戦しよう。
第1章 集団戦 『地元の不良の亡霊』

あなたがダンジョンの近くにやってくると、ダンジョンに引き寄せられたインビジブルが形を得ていた。
「アァ……? ンだコラ、見世物じゃねーぞ!」
どうやら√EDENで亡霊として彷徨っていた地元の不良の魂が、インビジブルになったのちにダンジョンに惹かれて元の形を取り戻したらしい。
しかし、ダンジョンに魅せられてか、もともとの気質なのか、あなたに対しては敵対的なようだ。
遠慮なく元のインビジブルに戻ってもらおう。拳や武器で弔うのだ。
「ここは何処だ!? まるでファンタジー世界のダンジョンみたいだな……」
プレジデント・クロノス(PR会社オリュンポスの|最高経営責任者《CEO》・h01907)は、エンターテイメント系大企業、PR会社『オリュンポス』のCEOである。
その日は会議のため、会議室の扉を開けたはずだった。
――のだが、運が悪いことに、その会議室の扉はダンジョンに繋がっていたらしい。
プレジデントはなんと一般人の無能力者。何かの拍子にこういったトラブルに巻き込まれる常習犯なのである!
このままではダンジョンの影響でモンスター化してしまう、大変だ……と思うかもしれないが、プレジデントはあらゆる耐性を持っているので、おそらく大丈夫。安心だね。
そんな彼は、ダンジョン内で不良の形を取ったインビジブルの亡霊とエンカウントしてしまった。
「へっへ……俺ァ死ぬ前はこうしてカツアゲしたもんだ、懐かしいな……おい、痛い目見たくなけりゃ有り金全部置いてけよ」
バットをチラつかせながら舌なめずりする不良の亡霊。どうやら死んでも腐った性根は直らないらしい。
「今時釘バットだと? 武術も解さぬチンピラどもが、私が直々に教育してやろう!」
プレジデントは√能力者や√世界、インビジブルなどの知識は全く持っていない。目の前の不良が亡霊であることにも気づいていない。
「オラァァ! しばき倒したらァァァ!!」
抵抗の意思を見せるプレジデントに、不良の釘バットが襲いかかる――!
――が、プレジデントの動きはそれよりも速かった。
釘バットを握っている不良の手の甲に素早く自身の手の甲をぶつけ、相手の手首を掴む。そのまま不良の腕の関節を上に持ち上げて捻り上げた。
「イデデデッ!?」
不良は釘バットを振り下ろそうと前のめりになった勢いを利用され、背中を丸めてうずくまった姿勢で腕を捻られたまま痛みに唸る。合気道の「相手の勢いを利用し、受け流すように身を守る」護身術のひとつである。
無能力者でありながらインビジブルを制圧してしまう、本当に一般人か?
しかし、今取り押さえているものが何なのか全く関知していないプレジデントは、「これに懲りたら更生したまえ」と不良を諭すのであった。
「他の世界にダンジョンの侵食を許してしまうなんてっ! 冒険者として見過ごせるものではありませんっ!」
アルタイル・フレスベルグ(雷霆のアルト・h00479)は、√ドラゴンファンタジーの出身である。√EDENに出現してしまったダンジョンに対処すべく、今ここに降り立った。
「ってお宝もミミックですか。強欲ものをガブリ……どこかで聞いた話ですね」
彼女のジロッと見た方向には、アルタイルに寄生している尻尾――「ニーズ」が『ヴァ?』と首を傾げている。
あなたのことですよ、と言いたげにため息をつき、肩をすくめながらダンジョンの様子を見ていたアルタイルは、そこにたむろしている人影に気付いた。
「むむっ民間人……いえモンスター化した亡霊ですかっならば配慮は不要!」
剣を構え、インビジブルとなった不良の亡霊を観察する。
見た限りでは喧嘩慣れした程度の素人という印象ではあるが、念には念を入れ、かつ迅速に行動に移した。
属性攻撃により、放電をしながら不良の集団の中をダッシュで走り回る。
ダンジョンの薄暗い中に電光石火が光を放ち、敵の目を引くだろう。
「アァ? なんだァ……?」
「チョロチョロしやがって、捕まえてウサギ鍋にしてやらァ!」
不良の群れはアルタイルを捕獲しようと追いかけるが、自分たちが一箇所に誘導されていることに気づいていない。
そして、亡霊たちが集まったタイミング――!
アルタイルは彼らの足の腱を一息に斬りつけ、切断した。
「グギャアアア!?」
「いてェェェ!?」
不良どもがうずくまり、アキレス腱を押さえて悲鳴を上げる。
そこでアルタイルは距離を取り、集団に向けて√能力『ニーズヘグ・カーラ』を発動した。
「さぁニーズっ働きなさい!」
ニーズヘッグの陶酔花粉ブレスによる牽制、アルタイルの雷電網による捕縛、そして花粉と雷電の接触による粉塵爆発という連続攻撃。
亡霊の群れはたまらず爆発四散した。
「これぞ主従のコンビネーションです!」
アルタイルの決め台詞に『ヴァ?(主従?)』と言いたげに首を傾げるニーズであった。
「ひええ、住宅街の真ん中にダンジョンはだいぶやばくない!?」
|雪月《ゆきづき》・らぴか(えええっ!私が√能力者!?・h00312)は、事の重大さに仰天している。
√EDENの住人にダンジョンが知覚できないとはいえ、異常事態ではある。
どうせなら人の気配のない場所にダンジョンができていれば、もう少しじっくりと探索を楽しめたかもしれないが……。
らぴかは「ササッと攻略して被害が出る前に壊しちゃおう!」と意気揚々とダンジョンに乗り込んだ。
ダンジョンの入口付近には、不良の亡霊がたむろしている。
「おおお、こんな不良がまだいるんだね! 亡霊だから昔の人なのかな? √能力者になる前だったらこんなのに絡まれたら悲鳴あげてたかも!」
珍しがっているらぴかに気づいた不良が、「アァ? んだテメェ、ジロジロ見てんじゃねえぞ!」と釘バットを持って向かってきた。
らぴかにとっても好都合だ。ここは時間をかけるべきところではないと判断し、手早く片付けることにする。
手に持った魔杖を2振の鎌を合体させたような魔杖両鎌形態に変形させると、それを回転させた。
「いっくよー!」
回転する鎌から発生する猛吹雪は、氷の刃を纏い不良の群れが行動を起こす前に斬り刻む。
「いってェなオラァァ! しばき倒しやァァァ!」
釘バットを振りかざし襲いかかる不良の攻撃を避け、無法地帯の外から【霊雪心気らぴかれいき】――彼女の体内から湧き出る霊気と、氷雪の力を纏った冷気、それらを飛ばして遠距離攻撃を食らわせた。それでも近づいてくるものは魔杖両鎌で再び吹雪とともに斬りつける。
「|両鎌氷刃《リョウレンヒョウジン》ブリザードスラッシャー!」
ちなみに√能力名は発動して決まった後で叫ぶタイプである。
「……随分と騒がしいんだね。あなた達、そろそろ帰る時間だよ。そんな危ない物振り回して周りを脅かしちゃダメだよ」
フィオ・エイル・レイネイト(無尽廻廊・h06098)は、至って静かな口調で不良を諭す。
しかし、外見年齢は14歳から15歳程度、身長も150cmほどの少女の姿をしたフィオに、不良の集団は鼻で笑った。
「おいおい……ガキが俺らに説教しようってか?」
「女子供だからって容赦しねえぞ。男女平等だよなァ?」
ニヤニヤと笑いながらフィオを見下ろす荒くれ者たちに、「やれやれ。じゃあちょっと驚かせちゃおうか」と彼女は【|百鬼夜行《デモクラシィ》】で配下の妖怪を召喚する。
おどろおどろしい姿の配下たちがフィオの背後に控え、主人に仇なす不良どもを睨みつけた。
「な、なんだ後ろのそいつら……」
「ビビるんじゃねえ! ひよってんじゃねぇだろうなァァ!」
不良の亡霊は√能力を発動させ、フィオを麻痺させる。
しかし、彼女はそれに構わず、相手を静かに見つめ続け向こうの消耗を待った。威圧するでもなく、相手の敵意を気にも留めない凪の態度でプレッシャーをかけ続ける。
「あなたこそ、私みたいなチビの女に……日和ってんじゃないでしょうねえ!?」
一喝すると、「ヒッ」と震え上がった不良が目を閉じ、麻痺が解けた。
その瞬間に、配下妖怪が一斉に敵に襲いかかり、亡霊の魂――インビジブルを貪り食らうのである。
「生憎、これでも私おばあちゃんなの。若い子が怒鳴ってたって可愛いだけだよ」
フィオはそっけなくそう言い残して、ダンジョンの奥を見つめていた。
第2章 ボス戦 『ニキータ・ルイベル』

ダンジョン入口付近のインビジブルを一掃したルート能力者たちは先へ進む。
ダンジョン内はそう入り組んでいる構造ではなく、迷うことなく進めるだろう。
このダンジョンを形成している核である財宝――ミミックが己を餌に獲物を誘い込むための罠のようだと、あなたは思うかもしれない。
そして、その罠に飛び込んだのはあなたたちだけではない。
「チッ、オレの他にもいたのかよ。お宝を狙って潜り込んだハイエナはよォ!」
星詠みの言っていたトレジャーハンターらしき男が、敵意を剥き出しにしてあなたの前に立ちはだかる。
「宝はオレのもんだ、誰にも渡さねえ――!」
好戦的な性格らしく、雷を纏ったハンターはそこら中に電光をほとばしらせて、あなたと戦うつもりらしい。
「――オレとやりやがれ!」
争いは避けられない。トレジャーハンターを戦闘不能にして先に進もう。
プレジデント・クロノスは、相変わらずダンジョンの中を彷徨っていた。
迷子になった挙げ句に、ダンジョンの出入り口ではなく、奥に向かってしまう。
「出口はどこなんだ……む、誰かいるな……」
そこで、運悪くトレジャーハンターの男に出会ってしまったのであった。
「チッ、オレの他にもいたのかよ。お宝を狙って潜り込んだハイエナはよォ!」
「お宝? いや、何のことかさっぱり分からんが、私はハイエナなどではなくCEO……」
しかし、トレジャーハンターは聞く耳を持たず、「オレとやりやがれ!」とプレジデントに襲いかかる!
「最近の若者は、派手だな……帯電までする必要性はあるのか?」
プレジデントは男の雷を纏った蹴りを咄嗟に避けた。襲いかかってくる暴漢は対処しなければならない。これは正当防衛である。
電光を纏った相手とまともに組み合うのは流石に悪手。
そこで彼の取る手段は、受け流しや見切りでとにかく攻撃を避け、タイミングを見計らって気を放つというものであった。
「|喝《カァッ》――!」
プレジデントの鋭い声に、敵対者は「――ッ!?」と動きを止める。
これは武道で言うところの「遠当て」と呼ばれる技で、相手の無意識に介入し、ダメージを受けたかのように、身体が瞬間的に回避しなくてはならないと錯覚させるというものであった。いわゆる恐怖を与える技能の一つであり、相手を触れずに倒す術である。もちろん、万人が当たり前のように習得できる武術ではない。一般人の定義が問われる。
「私は、これから会議に向かわなくてはならないのだよ」
トレジャーハンターを一時的に気絶に近い状態に追いやったプレジデントは、一刻も早く先に進みたかった。
すべては会議の時間に間に合うために。
「トレジャーハンター、でございますか。それはそれは、大変なお仕事なのでございましょうな。こんな危険なダンジョンの奥深くまで、よくぞご足労いただきまして……」
|立岩《たちいわ》・|竜胆《りんどう》(今は古き災禍の龍・h01567)は、丁寧な口調に穏やかな笑みを浮かべていたが、その目は相手を捉えるように見据えていた。
「ですが、実はワタシも奥の財宝に用事がございまして。つきましては、ご退場願いたくございますが。……否、でございましょうな。まあ、予想はしてございました」
微笑んだまま、ゆっくりと霊剣を抜き。
「――では、ここで眠っていただくしかございますまい。ああ、永眠ではなく失神、という意味でございますよ?」
そんな慇懃無礼な口調でトレジャーハンターを挑発し、味方が動きやすいように注意を引き付け誘導する。
「ナメやがって、ぶっ飛ばす!」
敵が逆上し、竜胆に集中攻撃をしようと【樹雷のテイテツ】で蹴りかかると、ダンジョンの中には雷が撒き散らされ、閃光が迸った。√能力【サンダーランペイジ・verフォレスト】だ。
竜胆は霊剣で攻撃を受け止める。
「電撃耐性はございますが、なかなかツボに効きますなあ。なんと言いましたか、電気マッサージでございますかな?」
「――テメェ!」
頭に血が上ったトレジャーハンター。
しかし、男を狙っているのは竜胆のみにあらず。
彼はあくまで攻撃を引き付け、サポートに徹しているのみ。
「トレジャーハンターさんは元気でわんぱくなのね! 私の相手もしてもらえるかしら?」
睨み合う二人の間に躍り出たのは身長2mほどの女――|柳檀峰《りゅうだんほう》・|祇雅乃《ぎがの》(おもちゃ屋の魔女・h00217)だ。
彼女はグラップルでトレジャーハンターの腕をつかみ、その異常なほどの怪力でブンブンと振り回して空中に放り投げる。
「――ハ! 伏兵がいやがったか!」
トレジャーハンターはダンジョンの壁に足をつき、「何人いようが関係ねえ!」とそのまま飛び蹴りの態勢に入る。
「お宝はオレのもんだ! 誰にも渡さねえ!」
【焔雷のカギヅメ】が祇雅乃を襲う――!
……だが、そのカギヅメが彼女に届くことはなかった。
「――土塊よ、竜を成し破壊を撒け。」
|擬竜の息吹《ギリュウノイブキ》。
召喚された、竜を模したゴーレムが一斉に破壊光線を発射し、トレジャーハンターを撃ち落とす。
あまりに破壊的、あまりに暴力的。
卓越した身体能力と魔法の合わせ技に、敵は大きく吹き飛んだ。
「おおお、なんか不良っぽいのがいる!」
ダンジョンの奥に向かって進んでいた雪月・らぴかは、若干興奮気味である。
「外でも不良の霊に会ったのに、このダンジョンには不良を惹きつける何かがあるのかなー? そんなに宝が欲しいなら私をほっといてササッと奥行っちゃえばいいのにね。不良だから逃げるのは恥とか思ってるのかなー?」
「……ハッ、お宝を狙うやつを片っ端からぶっ飛ばせば誰にも邪魔されることなく財宝を堪能できるだろうがよ。特にお前らみたいなやつが一番厄介だ……」
トレジャーハンターは飢えた狼のように獰猛な目でらぴかを睨んでいた。
√能力者たちに散々に妨害されて、怒り心頭の様子である。
「ワラワラと涌きやがって……全員血祭りにしてやるからな!」
男は吠え、雷光を纏いながら高速移動。
らぴかはその素早さには惑わされず、【霊雪心気らぴかれいき】を飛ばしながら様子見をした。
「ハッ、そんなノロノロした弾がオレに当たるかァ!」
トレジャーハンターは√能力【サンダースクラッチ・verアブレイズ】を食らわせるために跳躍し、らぴかを【特異電磁領域】で拘束する。
しかし、彼女は男が跳躍した瞬間に【砲雪玉砕スノーキャノン】を大量に召喚、拘束されながらも巨大な雪玉を放つ雪だるま大砲が雪玉を一斉に発射した。
「狙って狙って口から雪玉ドーンっ!」
敵の跳び蹴りを迎え撃つように雪玉が襲いかかる。
「どっちの技が強いか勝負だよ!」
「ウオオオオ、負けるかァ――ッ!」
冷気と雪が混じった白い吹雪がダンジョンの中に充満し――。
ダンジョンの壁にぶつかって粉砕された雪玉の中に、トレジャーハンターの身体が埋まっていたのだった。
「お宝探し……はいいけれど、√EDENにダンジョンが残りっぱなしは困るわよね。しかも放置していたら住人たちがモンスター化してしまうんでしょう? トレジャーハンターさんに渡すわけにはいかないのよね」
|伏見《ふしみ》・|那奈璃《ななり》(九尾狐の巫女さん霊剣士。・h01501)はトレジャーハンターを説得しようと試みるが、聞く耳を持たない。
このままでは埒が明かない、ということで、霊剣を抜いた。
「手早く済ませましょう。――神霊来りて、顕現せよ……麒麟」
――神霊麒麟・雷光閃。
神霊・麒麟を纏い、那奈璃の身体から雷光が迸る。
「同じ雷光、どちらがより速く、より強く相手を貫けるか。――お手合わせ、お願いしようかしら」
「ハッ、おもしれえ!」
爆速で疾走するトレジャーハンターと、通常の3倍の移動速度で渡り合う那奈璃。
「――【麒麟・雷光閃】!」
「チッ――!」
装甲を貫通する√能力に、男は思わず舌打ちをする。
「……いけませんねえ、そこで足を止めちゃ」
「!?」
少女の声とともに、何者かがトレジャーハンターに不意打ちを食らわせた。
「なんだ、テメェ!? いつから……!?」
「那奈璃さんがここに着いたときから、いましたよ? ずっと。まあ、私は暗殺が得意分野ですからね」
少女――|四条《しじょう》・|深恋《みれん》(一般高校生の√能力者・h04100)は、無銘の包丁を片手に持ちながら、悪びれることなくそう言い放つ。
「表で誰かが気を引いて、裏でこそこそするのが慣れてるんですよ私は。これでも表向き、花のJKでしてね。あんまり長時間日常生活を離れられないんで、ぱっぱとお仕事済ませちゃいますよ」
「――ッ!」
深恋のなんでもないような口調から、尋常ではない殺気を感じて、トレジャーハンターは反射的に攻撃した。こいつはここで殺さなければならない、そうしなければ自分が殺される。そんな錯覚を覚えたのだ。
しかし。
「させませんよ?」
彼女の√能力【|瞬斬《マタタキ》】は、自身を攻撃しようとした敵に跳躍、接近し、先制攻撃を行う。
さらに、攻撃を食らわせたあと、その姿が掻き消えた。光学迷彩により、隠密状態になったのだ。
「不意打ち、闇討ち、なんでもやりますとも」
姿が見えない敵が、自分の命を奪おうと狙いをすませている。
その恐怖は、確実にトレジャーハンターの精神を削った。
「どうでしょう、降参する気はありませんかね? 私としても、ここであなたをバラしたくはないんですが」
「あっ、ああ……もうお宝は諦める! だが今回だけだからな! 覚えてろよ!」
トレジャーハンターは命の危険を感じ、ダンジョンから脱出することを選んだ。
深恋は「なんかあの人、あんまり懲りてなさそうですね」と呟く。
とにかく、悪しき√能力者を退けることに成功した。
この先にダンジョンの核――ミミックがいる。
ダンジョンを消滅させるため、先を急ぐことにした。
第3章 ボス戦 『呪われしバイティア』

ダンジョンの最深部にたどり着いたあなたは、大きな宝箱が置かれているのを目にする。
しかし、それに近づくと、宝箱には鋭い牙が並んでいた。
星詠みから聞いた通りのミミックだ。
ミミックはダンジョンという罠に迷い込んだ餌であるあなたを丸呑みにしようと襲いかかる。
このミミックを破壊して、√EDENからダンジョンを消滅させよう。
「宝物を欲しがるものに噛みつく宝箱、ですか。欲張りさんを餌で誘ってガブリ。チョウチンアンコウみたいですね」
|川西《かわにし》・エミリー(|晴空に響き渡る歌劇《フォーミダブル・レヴュー》・h04862)は冷静に分析しながら情報収集を続ける。
「なるほど、抱きつき噛みつきをしてくるので、近寄らずに攻撃したほうが無難そうです」
【九二式七粍七機銃・改】――かつて大量生産されていた7.7mm機関銃を対戦闘機械群用に改良したものを構え、ダダダダという音とともに弾を連続で発射した。
しかしこのミミック、視界に入ったインビジブルと自らの位置を入れ替え、巧みに躱す。
エミリーは「厄介ですね」と言いつつ、表情を変えない。
「これは範囲攻撃で仕留めたほうが良さそうです」
そうして召喚したものは――。
「決戦気象兵器「レイン」。ダンジョンの中という屋内ではありますが、破壊の雨を降らせましょう」
エミリーのいる位置から半径21m以内を、レーザー光線の雨が300回降り注ぎ、攻撃する√能力。
ミミックもたまらず悲鳴を上げた。
「ミミック、でございますか。手強い難敵でございますね」
「釣りの権化みたいなモンスターやんけ、はぁー勘弁してクレメンス」
|青亀《あおき》・|良助《りょうすけ》(バトラーブルー・h05282)は人食い宝箱を冷静に見据え、|白紅《しろべに》・|唯案《いあん》(おしまい・h05205)はうんざりした様子で首を横に振る。
「こちとら〆切近いのに住宅街の真ん中で揉めてて草。|敵《アンチ》殴ればええんか?」
唯案はアイドルの曲を手掛けるプロデューサー兼コンポーザーである。
作曲の途中、コンビニで弁当を買って自宅までのショートカットに住宅街を横断しようとしたところ、ダンジョンを発見してしまったのだった。
「ま、しゃーなし、手貸したるで。さっさと終わらせて帰るわ」
「心強うございます。サポートはお任せくださいませ」
良助は執事らしく、恭しく頭を下げると、敵の弱点を探る。
「財宝群で複製を作る、攻撃しようとすると先制攻撃、視界内のインビジブルと自分の位置を入れ替える……なるほど、隙のない√能力の編成でございますね」
「強キャラで草。ま~ミミックってだいたいのゲームで厄介勢やしな。即死がないだけまだマシやろ」
そんな会話を交わしている間にも、ミミックは二人を捕食しようと襲いかかった。
モンスターの噛みつき攻撃を、良助がシールドガントレット『トータスガーダー』で防御する。
「ここは私が抑えておきますので、唯案嬢は√能力のご準備をお願いいたします」
「おう、肉壁は任せるわ」
ミミックの猛攻を、良助は|亀甲障壁《カラペース・バリア》で防ぎ、さらに障壁の形状を変形させてモンスターを捕縛した。
「みんな大好き(?)いあんちゃんだぞい。今日はアンチをコンデンサマイクで殴っていくやで」
唯案の√能力【|デネブ大学の中央大図書館にて《マイクパフォーマンス》】が発動すると、周囲の時空がねじ曲がっていく。
唯案の過去のやらかしを反映したギャグ時空を形成し、彼女が物語の主人公となる異能。
そして、彼女は愛用のコンデンサマイク【アンバージャック】を握りしめ、ミミックを力の限り殴りつける。
「■■■――!?」
エセ宝箱は捕縛と殴打を逃れようと、近くのインビジブルを視界に入れ、位置を入れ替えようとする。
が。
「逃げられると思ったんか? ワイのギャグ時空に呑み込まれたが最後、お前は終わっとるんや」
なにしろ、彼女の√能力は射程が届く限り全て必中となるのである。
マイクで何度もミミックを殴り、「成仏してクレメンス」とホームラン。
「今のでいいフレーズ思いついたわ~サンガツ。満足したから帰るわ。あ、最後にセルフカバー」
唯案は【|グッドナイト、スイートハーツ《セルフカバー》】を歌い上げ、攻撃からかばってくれた良助の傷を癒やす。
良助は微笑んで感謝を述べ、「ご協力ありがとうございました」と深々と礼をするのであった。
「ふむ、ミミックか。手強い怪物だ。私も助太刀するとしよう」
|眞継《まつぐ》・|正信《まさのぶ》(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)が一歩前に出ると、宝箱はグルルと唸り、牙を剥き出しにして威嚇する。彼の吸血鬼としての気迫が、ミミックを警戒させているのだろうか。
「ルート前線新聞社の八木橋・藍依です! 見てくださいこのミミック、このモンスターが√EDENにダンジョンを作って侵蝕しているという情報を得て、ダンジョンに潜り込み取材をしています!」
|八木橋《やぎはし》・|藍依《あおい》(常在戦場カメラマン・h00541)は興奮気味に取材用ドローンに向かって話し続けている。新聞記者である彼女の手にかかれば、この事件が終わった頃には号外になっているのだろう。
そんな一見呑気にも思える藍依をめがけて、ミミックが襲いかかる――!
「おっと、お嬢さんに怪我をさせるわけにはいかないな」
正信がミミックに向かって【ウィザード・フレイム】を放った。
宝箱の怪物は目を押さえて悲鳴を上げる。
「視界にインビジブルを捉えさせると移動してしまうからな、目潰しだ。攻撃も移動も一切させない。行動を完璧に封じてご覧に入れよう」
そう言いながら、彼はその場から一歩も動くことなく、ウィザード・フレイムを増やし続けていった。
「おお、これはありがたい! 私もうかうかしてはいられません! この瞬間をカメラに収めねば!」
藍依はカメラを構えて、ミミックを写真に収める。
「あと10秒……3……2……1……ゼロ!」
シャッターを切った瞬間、モンスターに必殺カメラフラッシュが焚かれた。藍依の√能力【|衝撃の瞬間!《シャッターチャンス》】により、実に威力18倍の攻撃が放たれる。
「■■■――ッ!!」
ミミックはウィザード・フレイムの炎とカメラフラッシュの閃光により、苦しそうに悶えていた。
「この事件が終わったら、√能力者の皆さんに取材やインタビューを申し込まないと!」
藍依は能力者たちのカッコいい瞬間を捉えようと意気込んでいる。
それを見て、正信は「頼りになるお嬢さんだ」と微笑んで頷いていたのであった。
「フッ……私が財宝などというものに目が眩むはずがないのです。なにせ、財宝は食べ物ではありませんからね」
リズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)はクールに笑った。内容はさておき。
「こんな百害あって一利なしのダンジョンには早々に崩壊願いましょう。レインシステム起動」
光翼とレイン砲台をきらめかせ、|少女人形《レプリノイド》は翔ぶ。抱きつき噛みつきをしようとするミミックなどよりも、なお速く。
「|LXF光翼最大出力モード《フライトアーマー・オーバートップ》。レイン兵器の出力を機動力に変換。高速飛翔戦へと移行!」
光翼の出力は最大限に、目にも留まらぬ高速飛翔で2回攻撃かつ範囲攻撃を可能にした。
いくら財宝群があろうとも、全てを粉々に破壊していく。
「■■■――ッ!!」
怒りをあらわにするミミックだが、√能力者たちとの戦いで確実に消耗し、その命は風前の灯。
そんな怪物にリズが引導を渡す。
「インビジブルと入れ替わって逃げようが、私がここで終わらせるのであります。【|決戦気象兵器「レイン」・精霊術式《レインシステム・アナザーコード》】。あなたにもう逃げ場はないのです」
ダンジョンの中を、意志を持って縦横無尽に駆け巡るレーザー光線、それを300回。
何度も何度も光線がミミックの身体を貫き、財宝ごと身体に穴を開けていく。
「■■■――……」
ミミックの身体が崩れると同時、ダンジョンは無事に崩壊し、√EDENに平和が戻ったのであった。