シナリオ

矜持と狂気

#√ドラゴンファンタジー #喰竜教団

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●エルフと、流星のドラゴン
 ――あたし、フイユ。
 何の変哲も無い、ただのエルフ。
「なにゆえ、余がこんなことを!」
 あたしの後ろで、わぁわぁ騒いでる小さいのは、ドラゴンプロトコルのヴァン。
 銀髪に蒼い瞳が印象的な美少年なんだけど、うるさい。
「働かざる者、食うべからず――忘れたの?」
 問いかけると、ヴァンは不服そうに口を噤んで、上目遣いに睨んでくる。
 可愛い。
 威厳なんて一ミリもない。
「余は、余は……」
「はいはい、偉大なるドラゴン様ですよね。角と尻尾をみれば解ります」
 あたしがあしらうと、悔しそうに尻尾で地面をてしてし叩いている。
 いちいち可愛い。
「仕方ないじゃない、ドラゴンになれないんだし、力も無いんだし……」
 流石のヴァンも、返す言葉がないらしく、黙り込む。
「里の皆も、ヴァン……様のことを歓迎してるし、その身体に慣れるように働くんでしょ?」
「むぅ……」
「あたしのうちの屋根、壊したの忘れてないよね?」
「忘れてはおらぬ! あなどるな!」
 頬を膨らませてヴァンは怒る。
 ――力を失い、墜落してきたドラゴンプロトコル。
 彼の身を助けたのは、うちのふっかふかの茅葺き屋根でした――。
「なら、ちゃんと働いて返してね」
「ぐぬ……」
 不満そうに尻尾をふりふり、しかしちゃんとヴァンはついてくる。
「今日は祭のための花を集めるのよ。里の皆にも分けるものだし、しっかりね」
「……む。うむ、心得ておるわ! このような容易な仕事、余が全部掻き集めてくれる!」
 胸を張る姿に、おかしさが込みあげて、笑ってしまう。
 今の姿を好きだというと、本気で怒るから。
 笑うあたしに、不機嫌になる姿を見るだけで、我慢しておく。

●√EDENの能力者たち
 ガルゲン・ミュトス(御伽利き・h02903)曰く。
 喰竜教団なるものが√ドラゴンファンタジーで大きく動き始めたのだそうだ。
「予兆を見ていただければ解りますように、教祖『ドラゴンストーカー』が狂った思想をもってドラゴンプロトコルを襲撃し始めたのです」
 何故、そのようなことをするのかの問いは、つまり予兆にあるのだが。
 ドラゴンストーカーは、「か弱き姿に堕とされたドラゴンプロトコルを殺し、その遺骸を自身の肉体に移植することで、いつか『強き竜の力と姿』を取り戻させる」ことを目的としている。
「そんなことが可能か不可能か……ということは、さておき。当のドラゴンプロトコルにしてみれば、冗談では済まない話です」
 ガルゲンは微笑み……告げる。
「もうおわかりですね。皆様にはドラゴンプロトコル襲撃を、阻止していただきたく」
 まずは、標的となるドラゴンプロトコルを保護せねばならぬ。
 予知された相手は――花を摘むため、ダンジョンの入り口近くに存在する花園にいるらしい。
 ふっと息を吐いた男は、こう続けた。
「そこに赴き……一緒に花を摘んでください」
 なぜに。
「そうしないと、彼らは帰れないからですね」
 訝しむ眼差しを、さらりと受け流し、ガルゲンは続けた。
 花を摘みに来ているのは、近くに存在するエルフの里の祭に欠かせぬからであり――それを摘まねば祭ができず――そもそも、ここをモンスターに襲撃されると、花園が踏み荒らされてしまう恐れがあり――結果、手伝って納品ノルマを達成してしまおうという、という道理である。
「襲撃の前ではありますが、童心に返って、興じてみるのもよろしいかと」
 花は、アネモネに似たような形をしており、しかしアネモネにはない様々な色彩をしているのだという。
「面白いモノだと、虹のように花弁の色が異なるものだとか。祭では特別な使われ方をするようですよ」
 目を細め、やや急くように語ったガルゲンは、咳払いをひとつ。
「一番重要なのは、ドラゴンプロトコルを守ること。彼は力を失った一般人ですが、プライドが高い――そして、責任感もある」
 自分の所為で、誰かが傷付く……という現実を前に、逃げ出すような性格をしていないらしいのだ。良くも悪くも。
「皆様ならば巧く、仕事をこなしていただけると思っております――では、よい御噺を拝聴できるよう、お待ちしております」
 微笑とともに告げ――ガルゲンは恭しく一礼し、√能力者たちを見送るのであった。

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第1章 日常 『花溢れる園』


尾花井・統一郎
クラウス・イーザリー
不動・影丸

●矜持よりも大切なものは
 一面に色とりどりの花が敷き詰められた、花園――。
 小さな花たちは寄り添い、この後に待ち受ける惨事など知らぬように、爽やかな風に揺れている。
 ふわりと、この花の香りが風に乗って、駆け抜けていく。
 エルフの少女と、ドラゴンプロトコルの少年は、やいのやいのと会話を交わしながら、さて仕事に取りかかるか――という、頃合いに。
 黒髪を靡かせた青年が、二人に声をかけた。
「急にすまない。……少し、手伝ってもいいかな」
 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、感情の載らぬ貌を、それでも警戒を呼ばぬよう穏やかに務め、ふたりを見つめた。
「ほぅ?」
 怪訝そうな表情を見せたのは、ドラゴンプロトコル――ヴァンである。
 白銀の尾が警戒を示すようにすらりと伸びるのを眺めながら、クラウスは名乗る。
「俺はクラウス・イーザリー。花集めを手伝いに来た冒険者なんだ」
「まぁ、そう!」
 手を叩いたのはエルフ、フイユである。
「この辺りに冒険者は滅多に来ないけど、ダンジョンがあるし。そういうこともあるよ」
「この花をか?」
 以前、鼻白むヴァンであるが、フイユは気にせずクラウスを手招く。
「そちらの方も、冒険者?」
 彼女の視線に、尾花井・統一郎(戯言を集めて囃し枯尾花・h03220)は、小さく瞬き――「ええ」と片手をあげ応じると、双眸を細めた。
「あっしらも手伝わせてもらいやす」
 己の貌は、確かに笑みを刻んだと思うのだが、ヴァンの睨めつけるような眼差しに、おやおやと勘ぐりが働く。
(「このご両人、甘酸っぱい恋の予感とかあるんでやすかねぇ? ――だとしたら可哀想なことになる前にどうにかしてやりたいもんだ」)
 果たして現時点では、なんとも判断がつかぬ。
 もっとも、友達であれ恋人であれ、家族であれ――死が別つ結末はよろしくない。
 花々を一瞥した不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)も無意識に作った拳を解いて、瞑目する。
(「邪教の思い通りにはさせない――ヴァンや里の皆を守り抜く」)
「――この忍務、必ず成し遂げてみせる」
 誓うように、囁いて。
 続き、名乗りをあげる。
「不動影丸だ。手伝わせて貰う――」
「すごい、三人も手伝ってくれるの!」
 フイユが目を輝かせた。
 沢山花が集まりそう、と喜ぶ彼女に、静かに首肯し――更に影丸は、ぴゅうと指笛を吹いた。
 すると、何処からともなく、犬や猫が彼の元へ集結し、空からは悠然と翼を広げ滑空してきた隼が、彼の肩に止まった。
「こいつらも周りに配備させていいか?」
「可愛い! 勿論!」
 尋ねれば、フイユが手を叩いてはしゃいだ。影丸の友は、わかってますよ、と言いたげにそれぞれ彼の元を離れ、花園の外周をゆったりと巡り始める。
 ――断られても、自然に紛れ込ませるつもりではあったが。
「む」
 これに、ヴァンが唸る。
「主の無防備を警護するとは、感心するではないか」
「ヴァンと違うから、この人達は咄嗟に戦えると思うけど――」
「……」
 フイユの言葉に、再び閉口したヴァンを余所に……。
 巧く馴染めたのなら上々と、三人はそれぞれに思いつつ、のどかな花摘みが始まった。
 クラウスが屈んで花を手折れば、ぱきっと心地良い感触がして、遅れ、ふわりと甘やかな香りがした。
 何も難しい仕事ではないが、ヴァンはどうにも不器用で、巧く花を摘めずにいる。
 力加減が巧くいかぬというか、長い爪が邪魔なようだ。
 ――生来から、致命的に不器用な可能性もあるかもしれない。
「む、むむ」
 唸るヴァンに、統一郎が、すっと摘んだ花を差し出す。
「な、汝どうした」
「いえね、あっしが花を摘むんで、ヴァン様にゃ、こいつを籠に」
 そういって、その掌に花々を載せてやる。
 摘むのも難しいが、彼の手では優しく籠に収めるのも難しいかも知れない。
 だが、気にすることはないと、金の双眸を細め、統一郎は囁く。
「一人ではこなせぬことも皆ならやれる、と。責任を背負い込むもんじゃございやせんぜ」
「……しかし、余がやらねば――」
 なんの役にも立たぬではないか、ぽつり、と呟く。それは零れた本音に聞こえる。
 ふっ、と統一郎は微笑んで、フイユを振り返る。
 色とりどりの花を腕で抱えている彼女は、この一時を楽しんでいるように見える。
「ところでお嬢。この花に花言葉はあるんで?」
「あるよ。君、花言葉とか好きなタイプ?」
 統一郎の問いにフイユは、満面の笑みで頷く。
「そこそこに――あっしの郷じゃ、同じ花でも色ごとに花言葉が違ったりしやす」
「そう! 勿論、この花も! いっぱい色あるでしょ。それぞれに意味があって……祭にも、その意味が関係するの」
 曰く、赤い花は夢の成就。
 黄色い花は秘めた想い。青い花は無垢な愛……だとか。
「そういうのを、家族や友達や、大事な人に渡したりするのよ」
 得意げに語るフイユに、なぁるほど、と応じて。今度はヴァンへ、統一郎は目配せする。
「ヴァン様は尊いお方故、言いたいことも上手く言えないこともございやしょう? そういうとき、花言葉は便利でやすよ」
 黄色い花を摘んで……ヴァンの手に乗せてやる。
「なかなか口では言えないことも、花の色に添えて贈って伝えるなんてのもできるやもしれやせんね」
(「仮に色恋沙汰でなくても言いたいことあるやもですし」)
 さっき、一瞬見せた寂しげな表情。
「……そうじゃな――……助言、恩に着る」
 そう告げる声音も、心なしか、頼りない。
(「力を失って無力感を……っていうのは」)
 抱えた花を籠に入れながら、クラウスはヴァンの横顔を見、考える。
 ――敵が甘言を弄するタイプであれば、揺らぐ可能性があるのではないか。
 花を踏まぬよう気をつけながら、クラウスは、ヴァンとフイユの中間地点に移動すると、作業の合間に思い出したような空気で、そう言えば、と切り出す。
「そう言えば……最近ドラゴンプロトコルを襲う妙な集団が居るのを知っているかな」
 あくまで世間話のように、ヴァンに――フイユにも聞こえるように、彼は問いかける。
 仲間達の視線も感じながら、焦らぬようゆっくりと言葉を選ぶ。
 喰竜教団の存在。
 その教祖のことば。
 真竜に戻る――なる――そういう名目でドラゴンプロトコルを殺そうという、おぞましい存在がいる……と。
「ヴァンにとって真竜になれるという話の真偽は魅力的かもしれないけど、実際やっていることは人殺しだからね」
 クラウスがそう警告すると、フイユは「こわい」と身震いした。
「ついて行っちゃ駄目だよ、ヴァン」
「余が、そんな怪しい奴らについていくように見えるのか!」
 子供に言い聞かせるような口調で釘を刺すフイユに、ヴァンが噛みつく。
 軽くけんか腰になった二人を前に、クラウスは困った表情を見せる。
 不意に――二人の合間に忍猫がやってきて、唐突にごろりと寝転がるとフイユが目を輝かせた。まだ不満げなヴァンの横で、忍犬がくぅんと鳴いた。
「少し、休憩しないか」
 その隙に、影丸が提案すれば、何となく全員が手を止めて、腰を下ろす。
 花の香りと、静かな風の音。
 影丸の連れてきたお供が、気儘に走り回る様子。
 うららかな日差しの下――影丸は、横笛を奏でる。
 静かな、郷愁を誘う調べを彼が吹き終えた時、フイユが拍手を送ってくれた。
「不思議な音色。いい曲ね」
「下手の横好きだけど」
 ふっ、と笑いの息を零し、影丸は笛を下ろし――真摯な顔つきで、告げる。
「ヴァンくん、俺たちは君を護るためにきた」
 彼の言葉を――統一郎とクラウスは静かに見守る。
「教団の話を聴いただろう。もし、今此所で襲われるとしたら?」
 問い掛ければ、ヴァンは当然といったような強い眼差しで影丸を見た。
「つまり、そやつらは、余の客ということじゃろ――余を狙う。ならば、フイユや……里の者が巻き込まれる道理はない」
「ヴァン……」
 不安そうなフイユの声を耳に。
「余は今はこんな|形《なり》じゃが、誇り高きドラゴン。命を賭して、恩人を守らねばならぬ」
 ああ、と。そう言うと思っていた、と影丸は頷く。
「きっと君は、悪人へ立ち向かおうとするだろう。その勇気に感服する――だから俺たちやフイユくんと約束してくれ……自分を大切すると」
 灰色の眼差しを受け、ヴァンは目を瞬かせた。
「君が無茶をすると悲しむ人がいるだろう?」
「そうだよ! 一人で戦うなんていったら、あたしも戦うからね!」
 そもそも戦えないんだしね、とフイユがびしりと指を突きつけられ、先程の凜々しさは何処へやら、ヴァンは口ごもる。
「いやぁ、ヴァン様、ぐうの音も出ない様子でございやすね」
「……なんなら、彼女の方が強そうだ」
 こそこそと語り合うのは、統一郎とクラウスだ。
 厳かな口調で、影丸は最後にこう諭した。
「誇り故に殉じるのはただの逃げだ」
 きっぱりと言い捨て、ひたと見つめ――続ける。
「運命に立ち向かう。生き続けることを選ぶ――それが本当の誇りじゃないか 」
「……」
 ヴァンは痛いところを突かれたように「逃げ……か」と呟く。
「死ににいっちゃ駄目だよ……だってヴァンは、あたしの、大事な家族だもの」
 ひとりぼっちのエルフの家に、墜落してきたドラゴンプロトコル――。
「祭で、花を受け取ってよね。あたしも受け取るつもりなんだから!」
 これは、恋愛感情ではないかもしれない。
 統一郎は唇の端に笑みを刻む――けれど、充分でございやしょう、と。
 同じく成り行きを見届けたクラウスは……胸の内に宿る決意を確かめるように、軽く指を握りこめた。
(「彼らの今も、花が彩るこの綺麗な光景も――」)
「妙な思想に取り憑かれた連中に、奪わせたりはしない」
 守ってみせる――と。

 そして。
 花びらを躍らせ、蒼天高く飛翔した隼が――警告するように、鳴いた。

第2章 集団戦 『バーゲスト』


●襲撃者
 忍隼が高く鳴き、犬も地を睨んで吠え、猫が奔る。
 色とりどりの花びらが舞い、風に浚われていく――美しい渦の向こうに、物々しい気配。
「なんじゃ!?」
「お客さんってやつでしょ!」
 驚きの声をあげたヴァンの手を、フイユが引いた。
 √能力者達はすでに二人を庇うように、その地点へと集結し、それぞれに構える。
 花園へ駆けつけてくる、バーゲストの群れ。
 土を抉り、花を散らし、獰猛な牙を剥いて、一同を睨む。
 ヴァンも気丈にその獣を睨んでいたが――√能力者達の説得から、戦おうと踏み込む蛮勇は見せなかった。
 だが、安易に背を向けて逃げるのも、難しいだろう。
 もっとも、バーゲストはヴァンを襲おうという気配は不思議とない。
 ――障害の排除が優先、ということだろう。
 彼らをこの場で庇い戦うか、逃がすよう敵を引きつけ戦うか。
 バーゲストは構わず、√能力者を狙って跳びかかってきた――。
クラウス・イーザリー
尾花井・統一郎

●獣と守り手
 バーゲストが駆け出す――黒の巨体が躍動するのを尻目に、
「さぁておいでなすった」
 尾花井・統一郎(戯言を集めて囃し枯尾花・h03220)が薄く笑って、半身で振り返る。
 ヴァンはバーゲストを睨みつつ、フイユはその手を掴んで引っ張る――ような構図に見えるが、ヴァンがフイユが不用意に逃げ出さないよう牽制しているようでもあった。
 何にせよ、冷静に判断――指示を待ってくれるのは、助かる。
「お出ましだね。……俺達の傍から、離れないで」
 そう考えながらクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は二人を背後に庇い、レーザーライフルを構えた。
 構えながら――一瞬、逃がすかどうか、悩んだ。
(「でも、もしも――逃がした先に別働隊がいたら」)
 今、目に見えている勢力だけがすべてではないかもしれぬ。
 伏兵が否定できない以上。そして護衛に付き添えないならば、二人だけで逃げろ、と指示するのはリスキーだ。
(「このまま傍で守る方が、むしろ安心かもしれない」)
 そんな逡巡の最中も、表情ひとつ変えず。
 結論をつけたクラウスがちらりと視線を向けると、統一郎も金の瞳を細めて、得たりと頷く。
「あっしも、ご両人にゃ目の届くところにいてもらったほうが安心でやすから」
「じゃあ、その方針で」
 冷たい銃口をバーゲストに向けるや、撃つ。
 真っ直ぐに先頭一体の鼻頭に叩き込まれた銃弾が爆ぜ、戦場を雷電が一閃する――広がる雷光に、バーゲストの速度が落ちた。
 痛みもあろう。警戒もあるはずだ。
 しかし直接撃たれたバーゲストは毛を逆立て、怒りの儘に低い姿勢から突進してくる。
 クラウスに穢らわしい牙を突き立てんと、力強く跳躍し、頭から跳びかかった。
 周囲の花びらが散り、身を翻したクラウスの黒髪が躍る――彼は即座に光刃剣を抜き、その鼻面に鋭く斬りつけていた。
 その判断が良かった。
 腕に奔った痛みを代償に、バーゲストの連撃を潰し、牙も弾き返した。
 ひとたび体勢を整える距離をとって唸る獣へ、
「今のに懲りて、尻尾を巻いてお引き取りいただけやしません……ね」
 統一郎は戯けて言い――獣らのぎらつく眼光に、なら、仕方ないと小さく溜息を零した。
「ごりょんさん、お願いいたしやすよ」
 統一郎の護霊――ごりょんさん……名の通り、楚々とした奥方風の姿をした存在は。
 ただ静かに穏やかに、バーゲストに近づき、優しく手を伸ばす――まるで、聞き分けのない犬を宥めようかとでもいうように。
 果たしてその白魚のような手が硬質な毛並みに触れるや、するりとバーゲストに溶け込んで、ごりょんさんの姿が消える。
 ごりょんさんに融合されたバーゲストは――そのまま、動けない。
 侵入してきた異物に抗おうと、身体を戦慄かせる同胞を追い抜き、全身に角を生やした別のバーゲストが、一直線に統一郎へ突進してくる。
「数に物言わした捨て身の攻撃でございやすね」
 声音に呆れが滲ませたが、地を揺らし駆ける凶獣の、守りも捨てた全身全霊の突撃――正直、まともにぶつかりたいものではない。
 かといって、ひょいと躱せばヴァンとフイユが心配だ。
(「ヴァンさんが「自分が無理してで戦わなきゃ」と思わない程度にゃ頑張らねぇとね」)
 先程、クラウスが放った√能力で、自分の身体も帯電している。
 運が良ければ一撃で仕留められるか――そっとピストルに触れる。引力じみた暴風が、ほど近くに迫った瞬間。
 パァンと高い音が、バーゲストの脇を穿った。
 クラウスが撃ったことで、バーゲストの重心がブレ、統一郎の眼前で横っ飛びに吹き飛んだ。
「ごりょんさん――」
 バーゲストの動きを止めていた護霊が応じる気配がした。
 直後、バーゲストが泡を吹いて、倒れ――絶命した。
 その身体は影に溶け込むように消えていく。取り憑いた相手ごと、消滅する――そういう力だ。
 融合した時点で、抗えぬ。
 クラウスは再びライフルを構えると、紫電の弾丸を打ち込んで更なるバーゲストの前進を阻害する。
「……悔しいのぅ」
 彼らの戦いに、ヴァンがぽつりと呟く。
「身が竦んで、どうにもならぬわ」
 自嘲するような声であった。フイユは困ったように笑う。
「……すまぬ。余のために」
「おや、そんな物言い、ヴァン様らしくもねえや」
 しおらしく呟いたヴァンに、統一郎が戯けて笑うと。
「大丈夫――」
 クラウスは敵から目を逸らさず、二人に穏やかな声を掛ける。
「まだこの程度……問題にならないからね」
「――お二人には傷ひとつ、許しゃしませんや」
 軽く首を傾いで、統一郎も請け負う。その傍らに、再びごりょんさんがうっすらと姿を現し、妖しく微笑んだ。

早乙女・伽羅

●獣と、画廊の店主
 バーゲストは唸りをあげて、じりじりと距離を詰めんとする。
 早乙女・伽羅(元警察官の画廊店主・h00414)は其れらの前に立ち塞がり、ふむ、と双眸を鋭く眇めた。
 背後に守る二人は、じっとしている。それでいて、適切な――戦闘の邪魔にならぬ距離を巧く図って下がったり、離れすぎなかったりと、指示をよく聞いてくれる。
(「信頼を勝ち取ったのだろう……戦いやすい」)
 思い、髭がふわりとそよいだ。
 相手がどう出てくるか――果たして、バーゲストは構わず伽羅へと躍り掛かってくる。
 一歩踏み込む度に、黒い全身からおどろおどろしい金の角が次々と生え、伽羅を排除せんとと一直線に加速する。
 それを、彼は微動だにせず迎え撃った――否、手にしたキャンバスで受け止める。
 耳障りな音を立てて、キャンバスはへし折れ、皮の画布が突き破られる――これも、否。
「君の本質がここに描かれたぞ」
 ふっ、と伽羅は笑いの息を吐く。
 キャンバスに描かれた、怒りに猛り角を生やしたバーゲストの姿。
「俺も商売なのでねえ、売り物を仕入れねばならぬのだ」
 誰にでもなく告げ、伽羅は画廊の主らしく、瞬時にその絵の出来を鑑定し「荒々しい、迫力のある一枚になったな」と感想を零すと。
 バーゲストへ隙無く徒手で構え直す。
「これで君の前足の片方は使い物にならなくなったはずだ」
 強烈な突進は、その肉体を犠牲にする――解った上で、伽羅も犠牲を払って、受け止めた。
 なれど、己の身にかかった負担などおくびにも出さず、伽羅は一転、攻勢に出る。
 前へ、跳躍しつつ、腕を振るう。
 籠手に仕込まれた釣り針が、獣の肩に掛かる。
 如何にモンスターであれ、前肢を骨折しては、同じような機動では動けない。痛みを刺激する釣り針と、巧く絡んだ糸を外すような動きも取れぬまま、後ろ肢で跳躍するのがやっとである。
 しかし、それも伽羅は許さぬ。
 彼自身が全身全霊の膂力を籠めて、引っ張る。
 体格差はあれど、勝敗は最初から決している――バーゲストは苦痛の咆哮をあげ、いとも容易く横倒しに投げ出される。
 苦痛のポイントを押さえられ、実際負傷しているのだ。
 伽羅は鮮やかにサーベルを抜きながら、距離を詰めると、容赦なく、その肉へと刃を振り下ろす。
 つんざくような獣の絶叫が全身に響いた。だが、それだけだ。
「良い絵を仕入れさせて貰ったからな」
 不必要に甚振る趣味はない、囁いた伽羅は、素早い身のこなしで一歩退くや。
 腕の振りは最小に、されどサーベルの一閃は鮮やかに。
 バーゲストの心臓を貫き、決着をつけた――。

不動・影丸

●忍びと獣
 獣どもは数を減らしたが、依然、√能力者達に牙を剥き威嚇してくる。
 負けじと其らを睨み据え、不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)は「邪教の尖兵か」と呟く。ドラゴンプロトコルを狙う悪しき教団、その一員。
(「ヴァンくん、フイユくんは必ず守り抜く――この忍務、必ず成し遂げる」)
 ちらりと肩越しに振り返ると、二人は気を張り詰めてはいるものの、かなり落ち着いているように見えた。仲間達が落ち着いて戦っているからに違いない。
 ――このまま彼らを守り切る戦い方を続ける。
 影丸もそれを最善と見、正面に向き直る。
(「より強い何かが――すぐ近くまで来ている筈だから」)
 その攻勢を凌いで、守る。
 決めてしまえば、やることも自ずと定まる。
「来い!」
 影丸は一声で、すぐに忍獣らを再度召喚し集結させ――ヴァンとフイユを守るように命じる。
「そうはさせないつもりだが……万が一、敵に突破されてしまった時には頼んだぞ」
 告げると、心強い相棒達は言葉を交わせずとも、強い眼差しで応えてくれる。
 口の端に、笑みを浮かべ、消し――。
「ジ! クガ! イフリズ! 出よ、倶利伽羅龍王剣!」
 さらりと呪を唱える。
 花園の上に浮かびあがった曼荼羅から、凄まじい力が噴き出す。
 風を呼び、散った花びらを躍らせ――倶利伽羅龍王剣が顕現する。
 影丸が柄を逆手に掴むと同時、その身体は炎に包まれた。刀身から放たれる破邪の炎は、不思議と周囲を舞う花弁を焼かぬ。
 その一振りを携え、低い姿勢に構えた影丸は、一歩踏み込む。
 合わせ、牙を剥いたバーゲストが上から跳びかかって来る。
 ふっ、と小さな呼気と、振るわれる倶利伽羅龍王剣。
 焔の軌跡が空を薙ぐ。それは、バーゲストが間合いの外にあるままに、行われた。
 すると――影丸が到達するであろう地点に、別のバーゲストが、いた。
 空間を捻じ曲げ引き寄せられたそれへ、躍り掛かった牙が食らいつく。
 傷つけ、驚けど、どうにもならぬ。
 荒れ狂うバーゲストは改めて影丸を睨むが、素早く花園を駆ける彼は再び間合いの外に。横っ跳びに掛かってくる敵の姿を一瞥すると、ただ剣を薙ぐ。
 すれば、またバーゲストが引き寄せられ、穢れた牙を受け止める盾と使われる。
「ギャアアア!」
 濁った声は、憤怒の叫びだ。
 なれど、影丸の動きは変わらない――否、深々と牙を穿たれ、動きを鈍くした個体を見るや、転進、大きく剣を振り上げ、叩き斬る。
 硬質な毛並みごと、深々斬りつけ血けぶり散らすと、刀身に揺らめく焔がすかさず灼く。
 影も形も残さぬ、苛烈な力の結末を見届けることなく、影丸は火の粉を散らしながら休むことなく馳せる。
 ここまで来れば、彼の技を理解したのか、残るバーゲストらは、纏めて同時にかかることにしたらしい。
 巨躯に似合わぬ身軽な動きで、フェイントを織り交ぜ、影丸を中心に円を狭めるように突っ込んでくる。
 同じく同士討ちを狙うのは難しくない――が、数が多い。
「ゲコ丸」
 頼む、という言葉までは要らぬ。
 影丸の足元から、黒いカエルの下が伸びて、背後のバーゲストの鼻を払う。
 剣を握らぬ手を振り払えば、袖口から糸が放たれる――顔面を絡められるだけでも、バーゲストの機先を奪える。
 相手の足元を潜り抜け、背後を突き、小さな動きで剣を振るう。
 正面から引き合わされたバーゲスト同士が衝突するところへ、下から斬り上げる。
 顎から、頸に、刃が埋まる。
 そのまま断ち切れずとも、焔が裡より、肉を灼く。
 烈しくのたうつ巨体を躱し、影丸はバーゲストらを置き去りに一足で距離を稼ぐ。
「グゥオオオオオ!」
 満身創痍のバーゲストが、一体。高らかに吼えた。
 血濡れた身体は穢れた牙に冒され、苦痛を訴えているだろうが、その怨み辛みも影丸にぶつけてやろうというがむしゃらな突進。
 ちらりと視線を巡らせるも、残るバーゲストはこいつだけ。
 影丸は静かに息を吐き、腕を伸ばし――地と水平に、倶利伽羅龍王剣を構えた。
 灰色の瞳は静かに凪いで、狂瀾の様相で襲いかかる敵を、ひたと見据える。
「――これで最後だ」
 告げる声も穏やかに。
 動く剣の軌跡も、また静謐であった。
 空を灼く炎の音がごうと走り、くろがねの獣と交差する。
 影丸は牙を避けるように身を倒し、打ち上げるように剣を斜めに払っていた。
 バーゲストの牙は、彼の背を軽く掠めたが――それ以上に、顎から腹までを裂かれ――ぱっと赤い肉を弾けさせ、花を散らしながら滑り飛んでいく。
 その身は最後に、痙攣しながら、頭を上げようとし……果たせず、そのまま息絶えた。
 影丸が身を起こす――しかし、その表情は緊張を孕んだまま。
「……来る」
 地を睨み、警句を放った。

第3章 ボス戦 『土竜』


●最後の刺客
 凄まじい振動が、地を揺らす。
 何処から現れたのか――雄叫びを上げ頭を突き上げたのは、巨大な亜竜。
 花々を散らし、土塊を擲ち、堂々と巨躯を持ち上げた土竜が、√能力者たちを睨み付ける。
「グオォオ……ドラゴン、サマ、迎えル――邪魔ナ、オマエラ、殺す――!」
 たどたどしい人語で、それは襲撃の目的を告げると、再び一声叫ぶ。
 低く激しく空気を震わせる、開戦の号令であった。
クラウス・イーザリー
早乙女・伽羅

●凶刃を砕く
 土竜が、屈強な二足で地を揺らす。
 邪魔な√能力者を排するための、躍動だ。
 それはたどたどしくもドラゴンプロトコルに敬意を払った。すべてはドラゴン信仰――殺して血肉を奪うという、狂気の行動を是とする念からである。
「やれやれ……、信仰は自由だ――と、言ってやりたいのはやまやまだが」
 嘆息ひとつ、早乙女・伽羅(元警察官の画廊店主・h00414)は。
 金の眼光で敵を睨めつけた。
「服を選ぶような気軽さで他者の生存権を蹂躙されては困る――既に世は『平等』の概念を受け容れたのだよ」
「グァアア! ドラゴン、さま! 偉大!」
 穏やかながら断固たる倫理を問うた伽羅に、土竜は不服を叫んだ。
 伽羅の言う権利など、ドラゴンたる栄光の前には及ばぬ、と――正しく相手の意図を察し、伽羅はやはり嘆息し、構えを取る。
「やれやれ、聞き分けのない」
 その通りだと。クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は頷く。
「悪いね、そんなことはさせないよ」
 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、ヴァンとフイユを背に庇い、ライフルを構える。
 その黒瞳は標準越しに敵を捉えて、告げる。
「仕える相手は選んだ方が良いね――殺されるつもりは無いし、ヴァンも渡さないよ」
 銃口が火を噴いた。
 言葉通り――火焔を帯びた弾丸が、距離を置いた土竜に次々と着弾し、その巨躯を炎で包む。
 狙いは、脚を潰す。
 並みの生物なら、ひとたまりもないであろうライフルの狙撃も、土竜は厚い鱗で撥ね除けた。しかし、炎は絡みつく。
 ギャァアア、劈く悲鳴が空間を震わせた。
 そのまま地を踏み切り、距離を詰めるべく跳躍せんとする其へ、伽羅が先に距離を詰めていた。
 遠くへの報復より先に、眼前の敵を蹴散らそうと土竜は牙と爪を黄金に煌めかせ、鎌のような形に変形させた。
 ぐんと頭を下げて、遠心力で身体をしならせる。
 風を切る金の爪は想像以上に速い――軌道を見極めても、剣風が髭を薙ぐ。肩に掛かる熱と痛みが深く身を抉る前に、合わせて跳ぶ。
 姿勢を揺らがせる衝撃にも怯まず、伽羅は着地と同時、前へと跳ねた。
「君のその金の爪はとても美しいな――暗い土色の鱗に映える。黒髪に金の絵具がきらめく『ユディト』のようじゃないか」
 爪の合間を潜り抜けながら。クリムトの描いた鮮やかな絵画を思い描き――伽羅は双眸を眇める。
 距離の長い柔らかな跳躍で、毛並みをそよがせた様は何処か優雅で。
 片足が地に着く前から、彼は身体を捻り、佩いたサーベルの柄に手をかける。
 ちらりと流す視線の先には無防備に残される後ろ脚。
「どうだい、君が彼の人の爪を飾ってみては――きっとそれで万事解決、四方円く収まるぞ」
 言って、にっと笑うと愛嬌があるが、獣らしい獰猛さも匂い立つ。
 土竜の反応を待たず――本気になった伽羅は、猫又の潜在能力を解放し、サーベルを閃かせた。
 凄まじい腕力で振るわれた白刃は、強固な鱗さえも断つ。
 ぎぃぃん、高く鋼を撃つような音がして、黄金がひび割れる。防御と攻撃を兼ねて振り下ろされた爪のひとつが、叩き斬られた音だ。
 伽羅を中心に弧を描いた斬撃は、その身を守りながら、下へ――。
 炎に包まれた脚へと、斜めに滑る――筋を断ち切る軌道。
 生々しい手応えと、ぱっと散った鮮血。頭の上で、絶叫が轟く。
「グオオ!」
 土竜は、怒りに吼えた。尾を振るって花々を散らし、伽羅を追い払う。
 更に、片足と片腕を使って跳ねて――遠くから幾度となく狙い撃ってくるクラウスまで一躍した。
 固定砲台よろしく火炎弾を放っていたクラウスだが、動けぬわけではない。
 涼しい眼差しで土竜の出方を見るや。
 振り下ろされた腕を掻い潜って掌の隙間を滑り込みながら光刃剣を抜き放つ。閉じこめるように振ってきた爪へと剣を打ち、反動を使って爪の間から飛び出す。
 髪を靡かせる黒い影は、無駄なく、油断なく躍った。
 剣を盾に、上から振る牙を躱し――衝撃の儘、とんと軽く地を蹴って距離を取る。
 即座にライフルを腰撓めに、撃つ。
 今度こそ銃弾は、散々に傷付いた脚を貫通した。周囲が、ぱっと赤く烟る。更には炎が、土竜の輪郭を舐めて高く揺らめいた。
「グギャアアアア!」
 怪獣のような悲鳴を上げて、其は大きく仰け反った――立ちのぼった陽炎で周囲が歪む。
 追い詰めた、そう確信しながら。
 銃把を握り直し、クラウスは嘆息する。
(「こいつを倒しても教団は健在――」)
 自分達の戦いを見守るヴァン達の表情は強ばっているものの、その瞳は絶望していなかった。
「暫くは身辺に気をつけて生活してもらわないといけないだろうけど」
 ぽつりと零した声に。
 ヴァンは「そんなこと、心得ておるわ」などと強がる。
 おや、と目を瞬かせたクラウスに、フイユが面白そうにくすくすと笑う。
 そんな彼らの姿を伽羅は、穏やかな眼差しで見つめた。
(「戦えぬということは、今の彼にとって欠けるものがないということ――」)
 √能力者としての覚醒する条件は、欠落を抱えること。
 簒奪者と問題なく渡り合えるようになることが、幸せではあるまい。
 少なくとも、猫又として穏やかな日々を過ごした伽羅は――新たな生を得たヴァンに、ドラゴンでは得られぬ出会いやさいわいがあるはずだ、と。
 ――余計なお節介ではあるだろうが、つい思ってしまうのだ。
「それに気づくのにはもう少し時間が必要かもしれぬが……きっと大丈夫だろう」
 若いドラゴンプロトコルの顔つきを見、笑みを零し。
 決着を見届ける――。

尾花井・統一郎

●鬼子の思い
 痛みを堪えて、土竜が咆哮する――。
「ドラゴン、様――!」
 祈るような叫び――否、使命を果たさんという狂瀾。
 果たして目の前のドラゴンプロトコルを見るのでは無く、いずれ再臨するであろうドラゴン様とやらを夢見る者。
 それでもまだ、当人がドラゴンに戻れるのならば、完全否定もできなかろうが――。
 はぁ、と嘆息ひとつ。
 尾花井・統一郎(戯言を集めて囃し枯尾花・h03220)は緩く頭を振った。
「教義がどうあれ、ドラゴンプロトコル御本人の合意なしに殺して移植なんざ、よろしくねぇでやすねぇ」
 薄い笑みで、声音は穏やかに、否定する。
 直後――ずしん、と振動が来た。
 無事な片足で強く踏み込み、睨みを向けてくる土竜に、統一郎は平然と、双眸を細めた。
「何事も無理矢理は良くねぇや――ということでお帰りいただけやせん?」
 その提案は、飄然と響いた。
 肯定されることはないと解っている統一郎は、ははっと破顔する。
「なぁに手ぶらでお家には帰れねえのも分かりやすので、冥府とか地獄とか、そういう方に」
「ガァァアア!」
 つんざくような絶叫の威嚇も、やはり飄々と受け流し。
「さて、あんまりこの姿をお見せするのは気が進みやせんが……」
 俯き……誰にでもなく囁いて、統一郎は己の中の魔性を解き放つ。
 爛々と金眼の色が濃くなり――ゆら、と陽炎が立ったように、彼の周囲が歪む。
 あげた顔は、彼の|影《・》が時折見せる、禍々しくも悍ましい輪郭そのもの……それを見た土竜は、本能的に何かを悟ったか、大きく跳ね上がった。
 青白い頬にほの暗い笑みを湛え――統一郎は、跳躍した敵を見た。
 刹那、土竜が空中で不自然に軌道を変え、彼方に叩きつけられた。
 鬼子の呪いが土竜を引っ張り――突き出した彼の拳が、その横っ面を張り倒したのだ。
 その結果に慢心せず、統一郎は相手の身動ぎを認めると同時、後ろへ跳ぶ。
 尾が横薙ぐ。
 ぶんと唸って空を裂くそれが、胴を浚おうとし、その勢いで宙返りするように跳ね起きた土竜が身を翻して、爪を上から振り下ろす。
 捕らわれたら牙の餌食……解るからこそ、瀬戸際を統一郎は感覚で擦り抜けた。
「ヴァン様みたいなよそ者を暖かく迎えてくれる方なんて稀有なもん守りたいに決まってらぁ」
 突如と現れた異端をただ受け入れた里と――それを守りたいという、|里人《フイユ》と|異端《ヴァン》の意思を見た。
 ……それが、統一郎には、眩しかった。
「尊い関係性だよぃ。それを悲しい形で終わらせたくねぇやね」
 悍ましい姿の儘、双眸を寂しげに細めて、囁く。
 而してその双腕は、攻撃直後の不自然な姿勢の土竜を引き寄せ、力任せに殴打――歪な爪を立てて引き裂く。
 土竜が大きく頭を振り乱し、この世のモノとは思えぬ絶叫を放った。
 それさえ、ただ。平静に見やり――。
「……あっしが取替子で鬼子で、爪弾きになってたから尚更ね」
 色恋だろうが親愛だろうが。感情の形は、なんでもよかった。彼らには幸せに――ともにあって欲しい。
 そんな思いで、影を伸ばし――遠く、巨体を突き飛ばした。

不動・影丸

●ゆくえ
 花園を巨体が滑り――夥しい花びらが散って、降る。
 不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)は、色とりどりの花弁が舞い踊る中央で、名のままに、影のように身を潜めるような姿勢で、囁いた。
「教祖の手駒か」
 ドラゴンプロトコルを奪いに来た――それ。
 獣なりに、一見、ヴァンへ敬意を払っているように見えて……否、敬意はもっているのだろう。ただ、その果てに無惨な死と、尊厳を踏みにじるような所業が待つだけだ。
 させぬ、影丸は唇を結び、構えを取り直す。
「――この忍務、必ず成し遂げる」
 告げるや、土竜を睨み――来い、と叫ぶ。
 それは敵へ挑むかけ声にあらず。
「俺が支援する――頼んだぞ、相棒達」
 影丸の左右を抜けて馳せていく忍獣への呼びかけであった。
 犬や猫を筆頭に狐や狸、狼や熊――隼が先導する儘、土竜目掛けて彼らは跳びかかる。
 一体一体は、土竜と比べ……熊すら、力は劣るだろう。だが、忍獣はそれぞれに低いところから噛みついたり、軽やかに跳躍して突進したりと個性を活かして食らいついていく。
 土竜は、その場で素早く旋回する――ほぼ片足立ちだというのに器用であるが、ぶんと唸りを上げた尾が横薙ぎに、忍獣たちを振り払う。
 だが、それだけだ。
 影丸はじっと敵の動きを見ていた。
 尾を払い、爪を振るい牙を突き立てる土竜の連撃は、あまり有効に働いたようには見えなかった。
(「尾爪牙の連続攻撃は確かに恐るべきものだろう……一体を相手どるなら、だが」)
 忍獣たちは土竜から弾き飛ばされたものの、素早くその周囲を回って、爪の合間を掻い潜る。
 土竜からしても、狙い定められるのは、多くて二匹がいいところで――前を詰めれば後ろから攻撃され、横を狙えば上から嘴が降る、というような状況では、一匹仕留めることすら煩わしい。
 同時に忍獣たちも、そう動いている。
 対一の実力は比べるべくもないのだ。数が減ってしまうような下手を打つのは、避けたいと彼らも考えている。
 ――そして、影丸も。
 相棒達に何もかも任せきりではなく、焔纏う倶利伽羅龍王剣を手に、幻影のような炎に包まれた姿で構えている。
 痛みと怒りから乱雑さを増した土竜が犬の際どい首際に牙を突き立てそうになるとみるや、逆手に握った剣を薙ぎ払う。
 さすれば、土竜をこちらに引き寄せ――空振りさせることができる。
 巨体が物理を無視した不可解な形で動き、力任せに踏み止まった衝撃で、地面が揺れる――その背に食らいついていた猫が弧を描いて空を舞い、影丸の近くに着地する。
 ふらついた身体をなんとか正した忍猫に、影丸は優しく声を掛ける。
「余り無理はするな」
「にゃ!」
 短くも頼もしい一鳴きを返し、猫は再び土竜へと馳せた。
 モンスターは雄叫びをあげて、隆々たる肉体を賦活させて忍獣たちを迎え撃つ。
 攻撃の起点は、空をゆく隼からであった。
 羽を打ち出す手裏剣は容赦なく其の双眼を狙い、牙を打ち鳴らして土竜がそれを噛み砕けば、その足元で犬が鋭く身を返し回転する――。
 独楽のように周り牙を打ち込んで、弱らせた部分に猫が爪を振り下ろす。
 土竜の、丁度喉の辺り。
 ガッとかかった音がして、夥しい赤い飛沫が花園に降る――。
 土竜がそんな懐まで飛び込ませてしまったのは、俊敏な動きで分身したように見せ、悪戯っぽく跳ね回る猫の狙いを掴みきれなかったからである――。
「格下の獣と侮ったな」
 静かに、影丸が言う――仲間達の攻撃で、武器である爪を幾つか失い、数多に傷を追った土竜は隙だらけだ。
 なれどその生物としての強靱さを証明するかのように、それは尾を振るった。
 激しい一閃は、忍獣たちを越えて、影丸まで衝撃を届かせた。
「最後の悪あがきだな……行くぞ! 合わせろ!」
 腕を交差させ身を守りながら――自分目掛け、大きく跳躍した土竜に挑むような眼差しを向け、相棒達へ指示を出す。
 影丸は背後に、ヴァンとフイユを守っている――だから、退かぬ。
 たとい、土竜が彼らに手を出さぬとわかっていても、だ。
 その場で彼はただ剣を振るった。何も無い空間を斜めに斬り払う、それだけの斬撃。
 影丸が引き寄せたのは花園に咲く花々で……エルフの里を華やかに彩る祈りの花弁。
 目眩く花の輪の中で、土竜は忌々しそうに腕を払った。
 しかし、その一瞬が命取りであった。
 シッと息だけで影丸が指示を出す。同時に、忍獣達が跳ぶ。一斉に、それぞれが持つ最高の技を放つ。
 真紅の飛沫を撒き散らしながら戦っていた土竜は、己の爪が空を掻き、牙は何も貫けなかったことを、地に落ち、花園に半身を埋めたときに悟った。
 隼の一撃に片目を潰され、犬の鋭い一撃で喉仏を裂かれ、猫の爪は尾を付け根から斬り落とした。
 鱗に守られていたはずの肉は、√能力者たちとの戦いの涯、バラバラに千切れ――ああ、これが元通りになるだろうか――否、ドラゴン様でない己では無理だと。
 力なき声で無念を嘆き、花園に沈んだ。

 戦いを終え、駆け寄ってきた忍獣を影丸は穏やかな表情で労い、撫でた。
「よくやってくれた、ありがとう」
 嬉しそうに尾を振る犬に、得意げな猫。隼の首を撫でて、立ち上がると、ヴァンとフイユへ向き合う。
 二人は――他の√能力者達にも支えられ、安堵の息を吐いていた。
「もう大丈夫かな」
 窺うように問うフイユに、クラウスが静かに頷き。
「……く、汝らのように戦えぬとなれば、確かに余は力不足であったな」
 悔しそうなヴァンに、統一郎が「適材適所でございやすよ」と慰める。
 そんなやりとりを伽羅が目を細めて見守っていた。
 影丸はその輪に加わると、二人をゆっくり一瞥し、
「よく耐えてくれた」
 フイユに告げたあと、ヴァンを見た。
「――大切な人を守る竜の心意気を見せてもらったよ」
「――っ」
 微笑む影丸に、ヴァンは息を呑んだ。
 √能力者達の眼差しは一同に温かく。見ず知らずの人々が、自分を救うために駆けつけ戦ってくれた。
 その実、彼らはヴァンに、真の強さを問いかけてくるようで――。
「……うむ。余は今の生を、楽しまねばならぬようだからな」
 小さな声で、ぶつぶつと言うヴァンの脇を、フイユが小突く。
 幼い姿のドラゴンプロトコルは、真っ赤になって告げた。
「…………感謝する――」

 そして、一陣の風が吹いた。
 甘い芳香が戦いの残滓を拭っていく。
 艶やかに花弁を舞い散らし、風は彼方に去って行った――。

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挿絵イラスト