クーシェ・ドゥ・ソレイユに乾杯!
●夕焼け空と千鳥足
自分が殺される3分前、
アホ勇者はえらく上機嫌であった。
久方ぶりにソロで潜ったダンジョンで、
超のつくレアアイテムを手に入れたのだ。
これを市場で売り捌けば、
底辺から成り上がれる位の金は手に入る。
これで指揮能力が無いだの、
人を見る目がないだのと言って、
テンプレ上等の流れで自分を追放した、
仲間達にドヤ顔でザマァできるかと思うと、
アホ勇者はあの美しい夕焼けに向かって、
鼻歌交じりに足取りも軽くなる。
少し前に酒場で上等な酒をしこたま飲み、
アホ勇者は千鳥足になりながらも、
部屋を取っている宿に向かう途中である。
「そう言えばさっきの酒場の名前、
なんて言ったっけか?」
あの店で出された夕焼けのように綺麗な、
赤いカクテルをクイっと煽ってから、
心に翼が生えた様にやたらと気分がいい。
「おっと、イカンイカン。
宿に戻る前にコイツを換金せにゃ」
アホ勇者が超のつくレアアイテムを、
改めて確認しようとしたその瞬間。
「なん……だとぉ……」
背後からの鈍い痛みと共に、
アホ勇者は人気のない路地裏に倒れ込む。
夕暮れの赤い陽光がやけに目に染みる、
いや自分の血が視界を朱に染めていた。
「思い出した、|夕暮れ時《クーシェ・ドゥ・ソレイユ》……」
死の間際アホ勇者は店の名前を思い出す。
そして妖しく笑う魔女の顔を見て、
赤黒い闇に堕ちてゆくように息を引き取る。
●酒場「クーシェ・ドゥ・ソレイユ」の謎
「よぉ、諸君。また事件の兆候らしい」
金菱秀麿は集まった√能力者達に、
いつも通り淡々と説明を始める。
「場所は√ドラゴンファンタジー。
ダンジョン帰りでレアアイテムを獲得し、
街に帰還した冒険者たちが、
酒場で一杯ひっかけて帰る途中で、
何者かに襲われてレアアイテムを奪われ、
その上殺害される事件が何件か、
立て続けに起きてしまっている」
金菱は事件が起きた中世ヨーロッパ風の、
√ドラゴンファンタジーにはよくある、
酒場や宿屋が並ぶ歓楽街の写真を示した。
「命からがら助かった冒険者の証言によると、
夕暮れ時に『クーシェ・ドゥ・ソレイユ』
と言う名前の子洒落た酒場で、
店と同じ名前の夕日のように、
赤いカクテルを一杯ひっかけて帰る途中に、
魔女のような禍々しい魔導士に襲われて、
手持ちのレアアイテムを放り投げて、
そのまま逃げてきたと証言している」
ここまで説明をしてやはりと言うか、
金菱は難しそうな表情で顎に手を当てる。
「が、肝心の事件と関りのある。
クーシェ・ドゥ・ソレイユの所在なんだが、
どうにもみつからん。冒険者界隈の噂じゃ、
夕暮れ時にのみ裏路地で開店している。
隠れ家的な酒場らしいんだが……」
金菱はそこから先の情報収集について、
√能力者達の協力を仰ぎたいらしい。
「今回まずは冒険者で賑う酒場を中心に、
クーシェ・ドゥ・ソレイユについて、
色々と調べてみてくれ。
なにか知っている人物がいるはずだ」
ダンジョンでモンスターに襲われるばかりが、
冒険者にとっての脅威じゃないらしい。
ダンジョンから侵入したモンスターの仕業か?
あるいはアイテム狙いの同業者による犯行か?
「なんにせよ仕事終わりの一杯は、
美味く楽しく飲みたいよなぁ……」
金菱は被害に遭った冒険者たちに、
同情するようにため息を吐く。
冒険者たちがダンジョンから命がけで、
手に入れたレアアイテムを横取りする。
冒険者を狙った大胆にして卑劣な所業。
夕暮れ時に凱旋する冒険者たちの、
歓喜の美酒を無念の苦渋に変えぬため、
この狡猾な犯行を阻止しよう。
それでは|夕暮れ時《クーシェ・ドゥ・ソレイユ》に乾杯!
第1章 日常 『冒険者の酒場』

「|夕暮れ時《クーシェ・ドゥ・ソレイユ》か。
逢魔時とはよく言ったものだね。
さてさて、それじゃあ……
まずは聞き込みと行こうか」
九・白(壊し屋・h01980)は、
冒険者たちで賑う界隈の、
まずは手近な酒場へと入って行く。
「マスター、おすすめを一つ」
「あいよぉ」
しばらくしてマスターは、
今日のおすすめメニューである
牡蠣のアヒージョを、
九の座ったカウンターに出す。
「おおっ、これは美味そうだ」
牡蠣は小ぶりだが新鮮な瑞々しさと、
ニンニクとオリーブオイルの風味が
真夏の海岸を思わせるハーモニーを奏でる。
九はアヒージョに舌鼓を打ちつつ、
周囲の噂話に耳を傾ける。
気になる噂をしてる者がいたら、
詳しく聞くためである。
「おう、聞いたかガルンの奴が例の
紅の魔女にやられたってよぉ」
「マジか!アイツほどの腕前でも
ダンジョン帰りに、
やられっちまったってのか?」
「ああ、|夕暮れ時《クーシェ・ドゥ・ソレイユ》に
俺たちも気を付けろって訳さ」
年季のいった傷だらけの皮鎧を着こんだ、
壮年の冒険者二人が九にとって、
気になる言葉を口にしていた。
二人ともその出で立ちからジョブは、
戦士タイプでいつも通り冒険の帰りに、
行きつけの酒場に寄って飲んでいる様子だ。
それも九が探している情報に、
この二人は詳しい様子だった。
「よう、面白そうな話をしているね。
私にも聞かせてくれないかい?」
ぬっと姿を現した九に冒険者の二人は、
少し警戒した様子で九を見上げる。
「ん、何でぇオメェは……」
「アンタも俺らと同じ冒険者か?」
サングラスにスキンヘッドの巨漢の九は、
荒事慣れした冒険者から見ても、
結構な威圧感があった。
「いや、そういう訳じゃないんですが、
マスター!私の奢りで彼らにビールを!」
フランクに話しかけたつもりだったが、
相手に警戒されては元も子もないので、
慌てて九は酒を奢る意思表示をする。
「ええ、あいよぉ」
ジョッキ一杯のビールを奢り、
九は二人の冒険者の警戒を解こうとする。
「なるほどそういうことかい」
酒場での情報収集は冒険者にとって基本。
有用な情報を聞き出したいなら、
酒の一、二杯は情報料として提供するのは、
冒険者にとっては暗黙のルールである。
「さっきの話についてだね。
クーシェ・ドゥ・ソレイユって酒場の、
店主は魔術に秀でた別嬪らしくてな、
夕暮れ時に開店する事もあってか、
紅の魔女って呼ぶ連中もいるんだわ。
酒を飲んでった客が襲われるもんだから、
その女店主が窃盗犯だって
言う奴もいるが……」
「へぇ、官憲は店を摘発しないのかい?」
九の疑問にもう一人の冒険者が言葉を継ぐ。
「クーシェ・ドゥ・ソレイユは毎回開店する
場所を変えているのさ。
次の朝には酒場だったとこはもぬけの殻で、
また次の場所を探し開店するらしい。
かく言う俺たちだって噂でしか知らねぇ」
まるでガサ入れ前に手際よく撤収する
窃盗団みたいだなと九は妙な感心を覚える。
「面白い話をありがとうな。
マスター彼らにもう一杯!
もちろん私の奢りでよろしく!」
気前よく二杯目を奢る九に、
冒険者たちも同じく気前よく応じる。
「ここまで奢られちゃもう一つ、
貴重なネタを渡さにゃな……
ガルンって冒険者を尋ねてみなよ。
実際にクーシェ・ドゥ・ソレイユに行って、
生きて帰ってきた男さ。場所は……」
幸先よく九は事件の核心を知る
重要人物の手掛かりを得る事ができた。
「こじゃれた名前の酒場だな。
仕事上がりで吞むような店名とは
俺は思えない……やっぱり爺か」
白・琥珀(h00174)は自嘲気味に呟き、
男の方の装いで近場の酒場の軒を潜る。
いかにも無骨な冒険者が集いそうな、
簡素で小汚い店だが飾り気のない雰囲気が、
琥珀としては嫌いではなかった。
「若いもんはうまく事が運んだのなら
そういうとこ選んじゃうのかねぇ。
注文は……
ペールエールとアヒージョを一つ」
店員が戸惑った表情になりつつも、
琥珀の注文を取り次ぐ。
身分証出せば問題ないとはいえ、
うっかりこの姿になったせいで
多少不便なんだよなと心の中で、
琥珀はぼやいてみせる。
聞き込みが得意な方じゃないし、
人の話は聞くのは好きではある。
しばらくはこのまま噂話に、
聞き耳を立てるとしよう。
まだ若い冒険者たちが騒いでいた。
「おい、聞いたか?
不定期開店のクーシェ・ドゥ・ソレイユ
が今日裏路地で開店するってよ。
俺たちもちょっくら行ってみねぇ?」
「やめとけやめとけ、
アイテムどころか命だって危ういぜ」
「でも、店主は『紅の魔女』って呼ばれてる
別嬪さんらしいからな~。
一度その美貌を拝みたいモンだなぁ」
クーシェ・ドゥ・ソレイユが開店する
そんな噂さえちょっとしたお祭り騒ぎである。
オマケに夕暮れ時にあやかってか、
紅の魔女とは随分と華のあるお話しだと、
黙って料理を突いていた琥珀は思う。
「その話、詳しく教えてくれぬ……
いや、教えてくれないかな?」
琥珀は詳しく話を聞きだすため、
冒険者たちへ声を掛ける。
が、危うく爺臭い言葉尻になりかけ、
琥珀は慌てて訂正する。
「ガルンって冒険者から聞いたんだ。
レアアイテムを奪われた腹いせに、
命からがら逃れた後、
店の所在を暴いてやろうと
息巻いて紅の魔女を追ってるらしいよ」
実際に被害に遭った人物の証言らしい。
そのガルンと言う冒険者に会えれば、
上手くすれば協力を仰げるかもしれない。
「ほぉ、その冒険者は今どこに?」
「裏路地の方の酒場に居るんじゃないかな?
そろそろ夕暮れ時になるし……」
|夕暮れ時《クーシェ・ドゥ・ソレイユ》にご用心。
気が付けば日は沈み始める時刻になりつつある。
その美しき夕日の赤が裏路地を妖しく照らす。
その陰影の中で悪事が蠢きつつあることを、
琥珀は感じ取るのだった。
「他人の手柄を横取りするとは、
シケた奴がいたもんだ」
橘・創哲(個人美術商『柑橘堂』・h02641)
は今回のレアアイテムの強盗騒ぎに、
嘆かわしいと吐き捨てる。
橘もガラス職人として修業していた
時期もあった身の上である。
一級品のレアアイテムが盗賊風情に、
掠め取られるのは美術商の端くれとして、
橘は忍びない気分にさせられる。
「ま、辛気臭くなっても始まらねぇ、
詳細不明な店探しか……。
こういうのは酔っぱらいから聞き出すのが
一番効率が良いんだ。
√ドラゴンファンタジーの酒の味も
気になるしな」
軽快で気分屋の橘は、
気分を切り替えるのも早い。
先陣ロマンチカの風を吹かせつつ、
颯爽と橘は酒場に入って行く。
「おや、兄ちゃん見ない顔だな」
数人が食卓を囲っている
テーブルに橘が物おじせず座ると、
早速ほろ酔い加減の冒険者が、
隣の席に座った橘に目線を映す。
「ついさっきここに来たばかりで、
この辺は慣れてないモンでな。
良い呑み屋知らねぇか?」
橘はサングリアを軽快に呷りつつ、
他ルートから来た一見さんとして
それとなく話を切り出す。
「呑み屋ねぇ……
そう言えば趣向を凝らした酒場が
裏路地の方に結構あったな」
どうやらここの裏路地は通好みの
歓楽街として独自に発展してるらしい。
もう一人の別の冒険者が更に口を挟む。
「酒飲みながらモンスターと触れ合えるとか、
変なマジックアイテムだらけの店とかなぁ
夕暮れ時は呑み屋も書入れ時だから、
客引きがしつこいんだなこれが……」
気になるキーワードが幾つか出て来たので、
橘は更に核心に迫る質問を投げてみる。
「ほうほう、お兄さんたち詳しいんだね~
そういう場所なら知る人ぞ知る
『隠れ家的な店』ってやつがありそうだ」
橘の言葉に冒険者の一人が何かを
思い出したように唸る。
「う~ん……隠れ家的ねぇ~
たしか最近そんな感じの酒場へ寄った、
帰り道で酔っぱらっている隙に、
レアアイテムを奪われる事件があったな」
「ああ、ガルンて名前の冒険者だったか?
昔はここじゃ名の通った英雄らしいが、
この前夕暮れ時の帰り道で酒場の近くで、
襲われたってよ。
奪われたレアアイテムを奪い返そうと、
自分を襲った犯人を捜してるらしいぜ」
ここに来て思わぬ重要人物が出てきた。
「へぇ、その人って今どこにいるか
分かるかい?」
「夕暮れ時なら、裏路地の西の端にある
寂れた酒場に行きゃ多分会えるだろうよ」
「貴重な情報ありがとよ。
ちょっくら足を運んでくるぜ!」
酒場へ来た時同様、
橘は意気揚々と肩で風を切り、
次の目的地へと歩み出す。
その日√ドラゴンファンタジーにて、
シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)
はいつも通り冒険の帰りに酒場に寄って、
カウンター席にゆっくりと腰を下ろし、
旅の途中の疲れを癒していた。
「ここのお店って何がおすすめです?」
「あいよ、樽の中で寝かせてたワインが
ちょうど熟成して飲み頃だよ!」
厨房で料理を作っているマスターが、
シンシアに豪気に答える。
「じゃあそれで。あ、ついでに
塩辛いおつまみも何かあれば」
しばらくして赤ワインに合いそうな、
アンチョビ増し増しのアヒージョが、
シンシアの座るカウンター席に出される。
「うん、良い香り」
香ばしく煮え立つオリーブオイルと、
新鮮な海産物の磯の香りを楽しみつつ、
シンシアはよく冷えた赤ワインで、
そのままクイっと流し込む。
芳醇なオリーブオイルとアンチョビの塩味が、
まろやかに混じり合い食欲をそそる。
冒険で手に入れた経験値なりアイテムも、
良いがこの時ばかりはこの一杯にために、
生きてるぞ~と思わず言いたくなる。
そんな細やかな至福のひと時である。
が、隣では何やら大人数が騒いでいる。
ここいらの酒場では良くある話で、
酒に酔った冒険者同士の喧嘩である。
「あんびゃ~!」
ぶちのめされた冒険者の中の一人が、
変な絶叫を上げ床を盛大に転げまわり、
シンシアの座席にぶち当たって止まる。
「きゃあっ!」
「喧嘩が必要なら厭わないぜ。
こういった酒場の愉しい華だからよォ♪」
大理石の様な白い肌に白い髪、
闇色一色のスーツを小粋に着こなし、
黒いゴーグルグラスをした青年が、
先ほどぶちのめした冒険者へ
愉快そうに勝ち誇って見せる。
ウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)は、
クーシェ・ドゥ・ソレイユの情報収集がてら、
絡んできた酔っ払いのアホ冒険者を、
子気味良くぶちのめしたところであった。
「おう、そこの姉ちゃん悪いな!
他の客にも迷惑かけちまった。
迷惑代の分はちゃんと俺が奢るから、
まぁ堪忍してくれよ~」
喧嘩のお詫びとしてウィズが、
パリピ上等なノリでシンシアや他の客たちに
肉料理にスープ。パンに酒、パーティ料理を、
気前よく注文して皆に振舞う。
「まったくもう、穏やかに頼みますよ」
破天荒なウィズのノリを咎めつつも、
只メシと只酒にありつけたことに、
まんざらでもないシンシアであった。
「さて、じゃ本題に入らせてくれ。
何か不思議な酒場があるって聞いてよ。
クーシェ・ドゥ・ソレイユって
店なんだが誰か聞いた事無ェか?」
話しの流れでシンシアも、
ウィズの話を黙って聞いている。
夕暮れ時に開店する妖しい酒場、
クーシェ・ドゥ・ソレイユ。
そこの赤いカクテルを飲んだ客は、
気分よく店を後にしたあと、
手持ちのレアアイテムを奪われているのだ。
「ダンジョン終わりの一杯の素晴らしさは
私もよく知っております。
そこを狙う卑劣な行為は絶対に許せません!」
シンシアも一冒険者として怒りを露にする。
ウィズの話を聞いていた一人の冒険者が、
おずおずと口を開いてみせる。
「あの店ねぇ……
俺は行ったことないが開店は、
不定期でしかも毎回場所も
変えてるらしいんだわ。
その店を探し出してやろうって
冒険者もいるみたいだがねぇ」
実際命からがらレアアイテムを手放し、
逃げてきた冒険者もいるらしい。
奪われたレアものを
取り返したい思いでその酒場を探している
冒険者も当然いるだろう。
「……ほぅ?店について詳しい奴が居るなら
是非とも教えてくれねェか?」
「件のカクテルが美味しいのかも
非常に気になりますし」
酒好きの性か、
件の酒場の事が気になるシンシアが
ウィズに便乗するように口を挟む。
「おう、旅は道ずれってな……
姉ちゃんもその酒場気になるなら、
一緒に二件目はしごしようぜェ!」
「そう、そうですよね
テンション上がってると
一軒じゃ足りないですよね!」
ワインで酔いが回ったためか、
ウィズの陽気なノリに
シンシアが饒舌に意気投合してみせる。
「ここ以外にもいい酒場あります?
賑やかなの良いですが、
今度はゆっくり飲めそうなとことか」
シンシアの問いかけにマスターが口を開く。
「それなら裏路地の西の外れにある
あの酒場だなぁ……
静かに飲みたい奴ぁそこに集まってる」
今度は年配気味の冒険者が、
思い出しように声を上げる。
「ああ、確かクーシェ・ドゥ・ソレイユに
行ったことのある奴もそこにいるはずだぜ。
奪われたレアアイテムを奪還したがってる、
ガルンって名の冒険者だったか……」
「なるほど、みんな感謝するぜェ」
「早速、二軒目生きましょ♪」
重要な手がかりを手に入れた二人は、
夕暮れ時の裏路地へと急ぐのであった。
第2章 冒険 『ダンジョンからの生還者』

●裏路地西の酒場の片隅にて
√能力者たちは、
クーシェ・ドゥ・ソレイユを探していて、
気が付けば文字通り時刻が
夕暮れ時に沈みつつあることに気が付く。
沈みゆく陽光の美しい紅色が、
寂れた西の外れの裏路地にも注がれ、
どこか詩情と郷愁を感じさせる。
そんな界隈の中寂れた小さな酒場が
ポツリと一軒。
√能力者たちは酒場の扉を押し、
その中へと入って行く。
実際にクーシェ・ドゥ・ソレイユに
行ったことのある冒険者ガルンが、
隅っこのテーブルで一人寂しく
夕日のように赤く澄んだ酒を飲んでいる。
そのグラスもダンジョンで手に入れた
一級品のレアアイテムなのか、
見事な象嵌が施された水晶のグラスであった。
「なんじゃ?お前たちは……」
偏屈そうなかなり歳のいった老人が、
胡乱げな目線で√能力者達を一瞥する。
この老人こそ冒険者界隈でかつては
その名を馳せた英雄ガルンであった。
それも、妻と子供たちを亡くしてからは、
偏屈ジジイとして人間嫌いになり、
周囲からは疎まれて管をまいているらしい。
「ええい、儂は今大切なモノを奪還するため
忙しいんじゃ。向うへ行け!」
クーシェ・ドゥ・ソレイユの紅の魔女とやらに、
大切なレアアイテムを奪われ、
年老いたガルンはかなり不機嫌そうである。
そう簡単に協力してくれそうもないが、
どうやってクーシェ・ドゥ・ソレイユについて、
聞き出したものか……
「へぇ……この老人が」
周りからは飲んだくれの老人にしか
見えないようだが、
琥珀には長年修羅場を生き抜いてきた
古強者が放つ威厳と言うかオーラを感じる。
「ふん、貴様若作りしとるが、
儂と同じジジィじゃろ?同じジジィに
老人呼ばわりされとうないわ!」
無明の酒に酔っているようでいても、
ガルンの眼光は鋭く、
一目で琥珀の本質を見抜いたようだった。
「少し意外な気がしたが、
あぁなるほど……
英雄の名は伊達ではないって事だねぇ」
泰然と長い年月を生きた琥珀としても、
ガルンの直感の鋭さに驚嘆の念を覚える。
冒険者でこの年まで生き延びたという事は、
戦う能力だか逃げる能力かは知れないが、
生き延びる能力は
折り紙付きだと琥珀は直感する。
「下手に策を弄するのは俺は苦手だ」
そして琥珀が策を弄したとして、
この人の説得には向かない気がする。
何より琥珀自身この老人に、
そんな態度で臨みたくはない気持ちがあった。
「ガルンさんって言ったな。
クーシェ・ドゥ・ソレイユって店を探してる。
奪われ被害者の命と尊厳を取り返すため。
それで手掛かりが欲しいんだ
貴殿の生き延びた能力を見込んで、
その店を探すために協力してほしいんだ」
クーシェ・ドゥ・ソレイユの名前が出た事と、
琥珀の嘘偽りのない心根が伝わったか、
ガルンは少しばかり穏やかな表情になり、
深く刻まれた皺をよせ静かに考え込む。
「ふむ。なるほど……
そこらの馬の骨共とは違うようじゃな。
よかろうあれは三日前の、
夕暮れ時の事じゃった……」
ガルンは何故か夕暮れ時の空を見上げ、
ポツリポツリと話し始める。
失われたものとそれを取り戻す
決意をその瞳に湛えながら。
「なるほど、落ち着いた雰囲気のお店ですね」
シンシアがオレンジ色の光が差し込む、
夕暮れ時の酒場を眺め回し、
率直な感想を漏らす。
その酒場の一隅にかつては、
英雄と称された老人がひっそりと
静かに酒を飲んでいる姿が目に入る。
「失礼。英雄ガルンさんであってるかな?」
九が老練な冒険者ガルンに歩み出し、
失礼がないよう恐縮し会釈してみせる。
「なんじゃ、お主らは……」
ガルンは胡乱な目線を二人に投げるが、
特にそれ以上二人を邪険にするわけでもなく、
何かを静かに待つように座って、
夕暮れ時の空を眺めている。
「少し話を聞かせてはもらえないだろうか?
っと、その前に、マスター!
酒と軽くつまめるものを頼むよ!」
「そうですね……
とりあえずワインお願いします」
九とシンシアがガルンの相席となり、
酒とつまみを注文する。
「そういえば風の噂で聞いたんだけど、
|夕暮れ時《クーシェ・ドゥ・ソレイユ》についても
何か知っているのかい?」
大切なモノを奪還するって言っていたけど、
それも関係あったりするのかな?」
夕日とドライフルーツを肴に、
九とシンシアはワインを一口流し込み、
ガルンにもその一杯を勧める。
「うむ、あれは三日前の夕暮れ時……
奴は大切なものを儂から奪っていった」
ガルンに酔いが回った頃合いを見計らい、
シンシアは本題を聞き出そうと切り出す。
「不勉強故、ガルンさんの
過去の栄光を存じ上げませんが……
例の魔女の襲撃から生還したということは、
実力のある方なのは確かかと」
シンシアは古式の礼儀作法で会釈し、
言葉使いにも気を付けながら、
ガルンに探りをいれてみる。
「ほう、お前たち。
ただの冒険者ではないようじゃな」
「ええ、まぁ冒険者とは違いますが、
色々と修羅場は潜って来てますよ。
あっ、もちろんガルンさんほどじゃ、
ございませんがね……」
ガルンの言葉に九が謙遜してみせる。
「そんな卑劣な手を使う
紅の魔女とやらを許せるわけがありません。
ダンジョンは自らで踏破してこそ
価値があるというもの!
レアアイテム奪われるのは
金銭的にも痛いですし!奪還のお手伝い、
させていただけないでしょうか?」
九の言葉から畳みかけるかのように、
ワインに酔ったシンシアが熱弁を振るう。
「ほう、あの魔女を倒すため、
儂の力になってくれると言うのか?」
「もちろんですよ。その紅の魔女は、
どこに居るか分かりますか?」
態度を軟化させつつあるガルンに、
九が更に核心に迫る質問を投げる。
「あ、私は魔法使いですが違いますよ。
酒はおいしく頂くオンリーの
セレスティアルです。
マスター、同じやつをもう一杯!」
すっかり酔いが回り赤ら面になりつつある
シンシアが饒舌に自己紹介をしてみせる。
「セレスティアル……
知っとるわ天上界から来た種族じゃろ」
酒の勢いで盛り上がるシンシアを尻目に、
ガルンはセレスティアルである
シンシアの白い翼を見て何かを思い出しかける。
「翼……奴は、天空からやって来る!」
ガルンの眼光が一層険しく、
夕暮れ時の空を見上げる。
空の彼方から何かが翼を羽ばたかせ、
その轟音が周囲に響き渡る。
その時すでに紅の魔女の、
クーシェ・ドゥ・ソレイユはそこまで来ていた。
第3章 ボス戦 『狼狩りの魔女-モナルヒ-』

●紅の魔女
夕暮れ時の大空から、
ペガサスに引かれた豪奢で、
巨大な馬車が地上へと降り立つ。
その車の中から夕陽を背に妖艶な魔女が、
タラップを踏み地上へ降り立つ。
「フフッ、これはこれは……
まさか√能力者のお客様方とはね、
活きの良い獲物は嫌いじゃないわ」
毎回不定期に場所を変えている。
そんなクーシェ・ドゥ・ソレイユの正体は、
天空を駆けるこの馬車を用いた移動式の酒場、
という事らしかった。
「皆さまお初にお目にかかります。
私はクーシェ・ドゥ・ソレイユの店主、
モナルヒと申します。
ここの界隈では紅の魔女とも
呼ばれておりますわね」
モナルヒが√能力者達へ優雅に会釈をする。
彼女はとあるダンジョンの護り手として、
狼狩りの魔女の渾名を持っていたが、
今はダンジョンで冒険者を迎え討つのではなく。
ダンジョンを荒らす冒険者たちの街へと赴き、
逆にレアアイテムと冒険者を狩る
紅の魔女という名で呼ばれるに至っている。
「さぁ、堅苦しい挨拶はここまでと致しまして、
皆様の所持するレアアイテムと、
その尊い命を今から貰い受けます!」
貪欲で狡猾な紅の魔女が、
夕日を浴びながら嗤ってみせる。
|夕暮れ時《クーシェ・ドゥ・ソレイユ》にご用心。
沈みゆく夕日は奪う側と奪還する側。
どちらに微笑むのであろうか?
「まぁ空からやってくる酒場だなんて、
すごく珍しいですわね……」
セラフィナ・リュミエールは、
(変幻自在の歌劇熾天使・h00968)
夕日をバックに天空から現れた
クーシェ・ドゥ・ソレイユに思わず舌を巻く。
「これは小さなお客様だこと。
未成年へお酒の提供はできないけれど、
代わりに私のペットにして差し上げますわ」
あどけないセラフィナを見て、
モナルヒが嗜虐的な笑みを浮かべる。
「そっちこそ、レアアイテムと冒険者の命を
奪うその悪行はセフィは許しませんわ。
|基礎たる大歌劇《イェソドグラントペラ》!」
セラフィナは先制攻撃と言わんばかりに
一気に魂を揺さぶる歌を歌って
|基礎たる大歌劇《イェソドグラントペラ》で一気に移動酒場と天馬、
そしてモナルヒを攻撃する。
夕暮れ時の朱の空にセラフィナの歌声が響き渡る。
モナルヒはセラフィナの歌声を、
自らの魔力を使って防ぎこれを凌ぐ。
「|Good boy《わたくしの物におなりなさい》」
今度はモナルヒが万物を洗脳する魔女のリボンで、
セラフィナへの反撃を開始する。
リボンの一撃がセラフィナの足に当たり、
まずは足の自由を奪う。
「なっ、なにを……」
更なるリボンの連撃を受けて、
セラフィナの小さく白い喉には、
奴隷を拘束するような首輪が嵌められている。
セラフィナは歌を奏でる喉を封じられ、
リボンの洗脳により意識まで朦朧としてくる。
「魂を震わせる良い歌声だったわ。
小さなお嬢ちゃん」
もはや籠の中の鳥となり果てたセラフィナへ、
満足そうにモナルヒが嗤ってみせる。
セラフィナは無駄な抵抗と知りつつも、
最後の反撃と言わんばかりに、
もう1度|基礎たる大歌劇《イェソドグラントペラ》を試み、
必死に小さな喉から歌声を奏でようとする。
「く、きゅぅ……」
が、首輪の縛めによりセラフィナの声は、
歌にはならず短くか弱い嗚咽となって、
哀れっぽく夕暮れ時の大気を震わせるのみ。
まるで籠の中に囚われた小鳥のさえずりである。
「フフ、これからは……
せいぜい新しいご主人様のために、
良い声でお鳴きなさい。可愛いペットちゃん」
涙目になって何かを哀願するセラフィナに、
モナルヒは優しく指の腹でその涙を拭いつつ、
無情な言葉でセラフィナの心を、
容赦なくへし折るのであった。
「空飛ぶ馬車が探していた酒場の
正体だったとはなぁ。
いくら街中で探しても見つからない訳だ」
移動式の酒場という奇抜なスタイルの
クーシェ・ドゥ・ソレイユの存在に、
芸術家としての感性を刺激されたのか、
橘は妙に感心しつつもアタッシュケースから
ブドウ型のガラス細工たちを取り出して、
戦闘準備を完了させる。
「仰々しく来てくれたからには、
こっちもお相手してやるぜ!」
「その勇ましい心意気、
どこまで持つか見ものですわね」
紅の魔女であるモナルヒが、
夕日を背に余裕で橘を嘲笑う。
酒場の外の騒がしさに、
酒場でワインを嗜んでいたシンシアが、
ふら付きながら酒場の軒先に姿を現す。
「ちょっとー気持ちよく酔っているところを
邪魔しないで頂きたいのですがー。
天から目線やめてくださる?」
美しい夕焼けにグラスを掲げ、
ワインに酔ってすっかり夢見心地の
シンシアがいきなり現れたモナルヒを詰る。
「……って紅の魔女!
多くの冒険者たちがこのような状況で
襲われたのでしょうか。なんと卑劣な!」
夕焼け空に魔女。その組み合わせに、
酒で酩酊し浮ついていたシンシアも、
今回の黒幕がまさに目の前にいる事に気が付く。
シンシアは持っていたグラスを、
テーブルに置き代わりにレイピアを構える。
「そのまま酔っていればよかったのに。
夢見心地のまま冥府へと
貴方を送って差し上げましょう。
|Stay《活きの良い獲物は嫌いじゃないの》」
モナルヒが竜漿魔弾を召喚し、
シンシアへとぞんざいに投げつける。
「私が酩酊状態で戦えないと思いました?」
シンシアが素早く戦闘モードに、
意識を切り替えて竜漿魔弾をかわしてみせる。
「これならどうかしら?」
更に召喚された疾走する魔女の御足による
追撃をシンシアはかわしつつも、
杖代わりの手袋から魔法を放ち、
範囲攻撃を活用して魔法でモナルヒに応戦する。
「フローズン・グレープジェラートだ!
凍えちまいな!」
モナルヒの注意がシンシアに逸れている隙に、
橘がお手製の冷気を撒き散らす爆弾を投げつけ、
冷気のガスを喰らったモナルヒの動きが鈍る。
「ええい、小癪な!」
モナルヒが余裕の笑みを崩す。
「馬車ごと破壊して、ガルンさん達から奪った
大切なものを返していただかねば。光あれ!」
モナルヒの動きが封じられた頃合いを見て、
シンシアは自身の√能力を発動させる。
Stellanovaの流星を模した魔法が、
モナルヒの背後に停められた馬車を
疾風怒濤の嵐のごとく撃つ。
「コイツもくれてやるぜぇ!」
Stellanovaを支援する形で
今度は橘がお手製のガラス細工をまとめて、
馬車に投げつける。
ガラス細工の爆弾は豪快に弾け飛び、
馬車の外壁を爆破することに成功した。
略奪品をため込んでいたのであろう。
二人の攻撃よって破壊された馬車の中から、
財宝のように輝くレアアイテムがこぼれ出す。
「貴方達、私の馬車を壊した罪は重いですわよ」
馬車を台無しにされたモナルヒが、
怒りの形相でシンシアと橘を睨む。
「今まで冒険者の方々から、
レアアイテムを奪ってきた報いです。
今度は貴方が覚悟をして下さい」
「なかなかイカした顔に
なってきたじゃねぇかよ。
魔女の姉ちゃん」
二人がモナルヒを挑発してみせる。
略奪品をため込んでいた馬車は破壊した。
後は、紅の魔女を狩るのみである。
「レアアイテムを寄越せと?
加えて、私の命も寄越せと?」
一字一句確かめるように、
九がモナルヒに問う。
「ええ、それを奪う事こそ、
私の無上の喜びですから」
モナルヒの言葉に九が深く頷く。
「なるほど、なるほど。
レアアイテムに私の命、ねぇ。
それじゃあお前の命は要らないんだな?」
「フフ、言葉が飛躍し過ぎていますね。
それに私は魔女の理により、
死ぬことはない。|Sit《跪くといいわ、ぼうや》!」
モナルヒは禍々しいオーラを纏い、
九へ魔法による連撃を放つ。
九は魔法の連撃を物陰に隠れやり過ごし、
この難敵にどう対処するか考えを巡らせる。
「魔女の理で絶対に死ぬ事はない、か……」
でもそれって「死なないだけ」で怪我をしない、
傷つかないってことではないんだろ?
そこまで考えが至り九は戦場刀法を構える。
「死なないのなら丁度いい。徹底的だ、
徹底的に破壊し尽くそうじゃないか」
九は獰猛な顔つきになり戦場刀法で、
モナルヒの四肢を断ち、
絶招で骨を砕き、踏み躙り、
握り潰し、擦りおろす。
「無駄なあがきを……」
致命傷を喰らったはずのモナルヒは、
歯を食いしばり傷が癒えると同時、
魔法による反撃を再開する。
九もまた真正面から、
攻撃を食らう覚悟で拳を構える。
「お前が死ぬまで何度でも。
そう、何度でもやってやろう」
ここに来て小細工など無用。
九には自ら培った喧嘩殺法がある。
「何せお前は自分の命は要らないんだろ?」
粗削りで無骨だがその蛮勇こそが、
今の九に修羅場を生きる力を与えている。
壊し屋の九・白が獰猛に嗤って見せる。
「飲みそこねた……
まぁ合流するのが
遅かったボクが悪いんだけど
調査の楽しそうな話を聴くと
ちょっとね~」
クーシェ・ドゥ・ソレイユなる
不可思議な酒場を探すため、
何人かの√能力者たちが酒場で、
情報収集しているらしいとの
噂を聞き付けた吞兵衛の神鳥は、
是非ともその楽しい道中に、
自分も加わりたかったのだがどうやら、
お目当ての店の方から来てくれていた。
「クーシェ・ドゥ・ソレイユへのご来店、
誠にありがとうございます。
当店の名前をそのまま冠したこちらの
赤いカクテルなど如何でしょう?」
酒を欲している神鳥に、
モナルヒが赤く煌くカクテルを勧める。
その澄んだ紅の色合いが夕日と相まってか、
カクテルの香りも蠱惑的であった。
「はぁ〜クーシェ・ドゥ・ソレイユね。
夜はまだ始まってもないし、
お楽しみは後って事で」
あの美しい夕日に乾杯して、
このカクテルでクイっとやってみたい
そんな誘惑を振り切り神鳥が拳を構える。
勝利の美酒は悪党をぶちのめしてから、
神鳥はそう心に決めているのだ。
「移動式の酒場……良いなそのアイデア。
ちょい気に入ったぜ」
別の酒場でこの店の調査をしていた
ウィズが神鳥の元へと合流する。
モナルヒの視線が神鳥へ向いている隙に、
即座に闇顎の分体を馬車へ潜ませる。
「あらあら、大トカゲのお客様とは珍しいわね。
ウチのマスコットになってもらおうかしら?
私は麗しの経営者であなたは、
夕日の大トカゲ。なかなか様になるかもね」
「お断りするぜェ……
あんたのやってる事は唯の強盗コソ泥。
いくら格好付けられても……なァ?」
「あら残念。マスコットが嫌なら、
蒲焼き料理にして他の客に出してあげる」
提案を無下にされたモナルヒが、
冗談交じりにウィズを挑発してみせる。
「ほぅ……偶には他人を喰い物にしてるお前が
喰い物になってみろよ。な?」
食いものネタでいじられたことが、
癇に障ったのかウィズは戦闘モードになって、
モナルヒに怒気をはらんだ啖呵を切る。
「フン、不死身の魔女の理を持つ私に、
ひれ伏すがいいわ。|Good boy《わたくしの物におなりなさい》!」
ウィズのその啖呵を合図に、
モナルヒが万物を洗脳する魔女のリボンで、
裏路地の散らばった木箱や建材を投てきする。
陽動であることは分かり切っていたが、
ウィズも神鳥も油断することなく、
リボンによる攻撃を的確にかわしてゆく。
「夕闇は色が濃い。やり易くて仕方無ェな」
軽口を叩くウィズに神鳥が目配せしてみせる。
「どうもちょっと
厄介な能力持ちみたいだし
舐めプしてくれてる間に、ぶち抜く」
二人の力量をもってしても、
魔女モナルヒを倒すのは容易くはない。
ならそのための隙を作って欲しい。
そう神鳥は言外にウィズへ伝えていた。
「そういう事なら、ほらよォ!お返しだァ!!」
モナルヒの注意を引き付けるため、
ウィズはできるだけ派手にわめき散らし、
更に虚空から刻爪刃250本を召喚し、
リボンの攻撃を刃で受け流し相殺する。
と、同時に無数の刃の群れに神鳥は姿を隠し、
必殺の一撃を叩き込むために、
モナルヒの死角へと素早く移動する。
「獲った!」
神鳥は右手のルートブレイカーを、
モナルヒの背後へ容赦なく叩き込み、
その不死の能力である魔女の理を破壊する。
「何っ!」
神鳥の奇襲にそれまで余裕であった
モナルヒが一瞬だが動きを止めてしまう。
「移動しない的なんざ喰ってくれ
と言ってる様なモンだぜ?」
神鳥の一撃に合わせてウィズが、
怒涛の如く動き出し、
足元の影から一気に喰らう2回範囲攻撃で、
モナルヒを丸呑みにする。
「馬鹿な……この私が!」
二人の絶妙な連携の前に、
紅の魔女も遂に倒れる。
「なんでこんな感じに、
道を外れちゃったのかなぁ……
真っ当な道なら
仲良くなれたかもしれないのに」
神鳥が夕日に向かって切なくため息を吐く。
酒を愛する神鳥としては、
中々にユニークなアイデアの
酒場を造ったモナルヒのセンスを買っていた。
それが犯罪に手を染める形で、
世に広まってしまうのは残念であった。
⚫︎夕暮れ時に乾杯!
「さぁてと……俺ァこれから敵拠点に行こうと
思ってっけど、神鳥はどうする?」
モナルヒを倒したウィズとしては、
当然戦利品の獲得に乗り出す気マンマンである。
「そのお誘いなら、もちろんOK!
冒険者ガルンのレアアイテムも
回収したいしね。
上手くことが運べば祝杯をあげよう」
神鳥も行き掛けの駄賃とばかりに、
ウィズの提案に景気よく乗る。
「んじャ馬車に乗り込み相手の拠点へ
レアアイテムや遺産の類を
根刮ぎ奪いに行くかね!」
そう言ってウィズと神鳥は、
モナルヒの拠点だった近場のダンジョンに
夕日をバックに勢いよく乗り込む。
主であるモナルヒが倒されたせいか、
ダンジョンはあっけなく速攻で陥落。
夕日が完全に沈む前にウィズと神鳥は
戦利品を馬車に詰め込み凱旋したのであった。
こうしてモナルヒが奪ったレアアイテムも、
無事冒険者たちの手に戻っていった。
そしてレアアイテムの中にひと際、
異彩を放つ代物があった。
幻の千年樹で造られた樽である。
「おお、お主ら儂の奪われた宝を
よくぞ取り戻してくれたのう!」
年代物の樽を見てガルンが声を弾ませる。
どうやらこの樽こそガルンが、
紅の魔女から奪われたレアアイテムらしい。
「これ一つで小さな町くらいなら
丸々買えるくらいの代物なんじゃ」
ガルンが樽を開け放つと、
千年樹とその中身の濃密で芳醇な香りが、
空気を厚く塗り込めるように広がって行く。
ガルンの説明を聞くまでもなく、
樽の中身は最上級のブランデーであった。
「ほぅ、爺さん良い趣味してんねェ。
このブランデー、千年樹の歴史そのものを
凝縮したような重厚な匂いがするぜェ」
その蠱惑的な香りに思わずウィズが舌を巻く。
「取り戻してくれたお主らへの謝礼じゃ。
このブランデーで一杯やろうではないか!」
「流石、英雄ガルン!そう来なくちゃね。
やっぱ銘酒は独り占めじゃなくて、
みんなで飲むもんだよ……
そんじゃ、皆さん。グラスとお手を拝借!」
満面の笑みを浮かべつつ神鳥が主賓のガルンと、
事件解決のために集った√能力者たちに
向かい張り切ってグラスを夕日へと掲げる。
「|夕暮れ時《クーシェ・ドゥ・ソレイユ》に乾杯!」
主賓のガルンが上機嫌に乾杯の音頭を取り、
√能力者たちと共に奪還の祝杯を挙げる。
悲喜こもごものドラマを悠然と飲み込んで、
こうして今日も空は朱に染まり、
静かにゆっくりと日は暮れてゆくのであった。