幸せに満ちた翠の国
「これからは私が代わりにこの地を統治しましょう」
かつて崇められていた神は、争う人々を見兼ねてその姿を現した。
忘れられて長い時が経った。その分だけ、土地は荒んでいっていて。
だから再び、過去の賑わいを取り戻そうと手を挙げたのだ。
とても友好的に、住民たちへと語り掛ける。彼女の理想論は、たちまちに信仰を取り戻した。
その土地は平和になった。平和とするために、余計なものは徹底的に排除された。
笑みを絶やせば頬を縫い付け、涙を流せば瞼を塞ぎ、幸福から外れた者たちは軒並み矯正されていく。
女王の統治は完璧だった。誰も文句を言わなかった。
誰にも踏み入られないようその土地は木々に囲われ、発光した植物が砦のように守っている。
かつて神だったその怪異は、完成された城の中で幸せに暮らす人々を満足げに眺めていた。
●
「翠の女王レティシアの討伐をお願いします」
星詠みは予言を語った。
「√汎神解剖機関のとある森林地帯にて、かつて崇められていた神とも呼ぶべき怪異です。彼女自体は人間に友好的なのですが、価値観が違いますからまあ何かと厄介な状況のようです」
集まる√能力者に、少し億劫そうにしながら情報を伝える。
「怪異としての幸せをその地に暮らす人々に押し付けているみたいでして。皆さんには彼らの救出も同時にお願いしたいわけです。踏み込むと早速、砦のように配置された発光植物に出迎えられると思いますので、最初から戦闘の準備はしておいてください」
そうして、現場へと向かう扉を開いた。
「それではどうぞよろしくお願いしますね」
第1章 集団戦 『暴走護霊『樹海を目指す群生植物』』

「かつては、神として崇められた怪異、翠の女王レティシアですか。彼の地では、その方の価値観に基づく統治と平和を実現され、さぞ、偽りの信仰心も溜め込んでいる事でしょうね…実に美味しそうなお話です。」
レア・マーテルは星詠みからの情報を確認し、微笑みを浮かべる。そうして早速、送り出されるがままに現場へと向かった。
四方八方を森に囲まれ、その王国の全貌はまるで見えてこない。しかし足並みは崩す事なく悠々と進んでいると、正面に光が生じた。
「……この発光植物は、護霊ですね。その行動思想には、生あるものはやがて大地に還ると言った所がありそうです。ですが、私からすれば、シンパシーは、感じはするものの、生あるものはいずれ死を向かえるというだけです」
立ちはだかった守護者に動じることもなく、すかさず√能力【|黄泉冥土《ヨモツシコメ》】を発動する。
召喚されたメイド姿の悍ましき鬼女たちは、植物の召喚する鹿を瞬く間に捕食し対抗していく。それは一方的で、レア・マーテルが足を止める事は結局なかった。
翠の国を守る防衛機能が一斉に発動する。その様を上空から見たならば、まさに城壁のようだっただろう。
しかしそれは、踏み入った√能力者たちによって次々に崩されていった。
●
白籍・ヌルは森へと踏み込むなり現れた敵に、すかさず刀を構えた。
「光る鹿……いや、植物だね」
立ちはだかる者の正体をすぐに見抜き、襲い来る使徒に向けて刀を振るった。
植物たちに次々召喚される鹿は、生存本能もなくただひたすらに突撃する。数が多い分、キリがなく、僅かに後退させられた。
「仕方ない……」
そう呟き、√能力【忘れようとする力】を発動する。そうして白籍・ヌルは防御を捨てて、ひたすらに前進した。
増幅された忘れようとする力により、負傷を受けた肉体が瞬く間に回復していく。角が突き刺さり爪に蹴られても、その怪我は数秒後にはすっかり忘れられている。
そして、鹿が守る植物へと刃を振るった。
途端に光が消える。光に慣れた目のせいで、余計に辺りが暗くなった。
「それじゃあ行こうか」
刀をしまった白籍・ヌルは、更に森の奥深くへと入っていく。
●
獅猩鴉馬・かろんはたまたま星詠みの予言を聞いて、元気よく手を挙げた。
「お? かろんもおてつだいするか? まかせろ! やるぞー!」
そうして送り出されるがままに、森林地帯へとやってくる。目的地は翠の女王に支配された村らしいが、内容をよく理解していない様子で突き進んでいった。
そうして現れた発光植物も、敵か問わないままに攻撃を繰り出す。
「いけー! やっちゃえー! そこだー!」
√能力【|壱獣霊式大筒《ワンオーゴーストキャノン》】によって、複数の大砲を召喚し、一斉発射させた。
戦闘のほとんどは従える護霊の大神やその眷属が担う。獅猩鴉馬・かろんが興奮余って前に出ようとすると、従者たちに慌てて止められた。
「だめかー」
がっくりと肩を落としている側で、既に辺りから光の植物は消えていた。
●
四条・深恋は軽い足取りで事件現場にやってきた。
「ほいほい、お仕事のお手伝いですね。これでも表向き、花のJKでしてね。あんまり長時間日常生活を離れられないんで、ぱっぱとお仕事済ませちゃいますよ」
森林の奥に支配されている人々がいるという。彼らを一刻も早く助けるため、急いで木々をかき分けた。
しかしその進路を邪魔するように、発光植物が立ちはだかる。それが鹿を召喚して攻撃を仕掛けようとした直前、既に四条・深恋は動き出していた。
√能力【|瞬斬《マタタキ》】を発動し、向けられた攻撃を華麗に避けて、その背後から包丁を振るう。
一体、敵を消滅させてから、光学迷彩を纏って相手の視界から逃げた。
「さてさて、さっさと片付けますか」
そうして敵が困惑している隙をついて、不意打ち、暗殺の手順で仕留めていく。あっという間に静かになった森の中で、光学迷彩を脱いだ。
「宿題も残ってるんで、すぐ帰りますよ」
四条・深恋は時間を気にしながら、全力で目標へと向かうのだった。
●
冬夜・響は既に敵と戦っていた。
「集中、集中……! 堅実に確実に、一体でも多く敵を無力化する……!」
どこまでも沸いてくる鹿を可能な限り消滅させていく。鎖で振り回す棺桶で、その光を打ち消し、√能力による治癒効果で、相手の攻撃も無視をする。
「きっとこの後も√能力者が来るだろうし、出来る限り減らしておこう!」
彼の進行方向に現れた発光植物を全て蹴散らすと、彼は森の中心部ではなく、外周へと向かった。
すると次々に現れる防衛機能。それらをまとめて消していく。時折全く反応しない場所もあったが、それは既に駆け付けていた√能力者が処理したのだろう。
不要かもしれないが後続のために動き、もしもの事が起きた場合の保険を増やす。そうして翠の国を囲う防衛機能は全てが処理されて行き、上空から見下ろしても、発光する城壁は一切消えてしまったのだった。
「あとは任せましたよ」
先行した√能力者に、届かないながらもエールを送った。
第2章 冒険 『失せ神を探して』

その村は、異様な雰囲気が漂っていた。
村人たちは誰も気力がなく、決まった行動しかとらない。
その村の中央には、中身のない祠が立っている。今はそこに住まう者はで払っているとばかりで。
一見では、そこを支配するという翠の女王は見当たらなかった。
冬夜・響は閉鎖された村へと踏み込み、慎重に辺りを見渡す。
「インフラはどうしているのだろう?」
見る限りに、電気、水道、ガス……食品の入荷や舗装道路のメンテナンスまで、この村には明らかに「外部からの人がインフラに関わった形跡」が見られない。怪異が支配する以上、役所もこの土地を認識していない筈だ。
それらの情報から一つの答えを導く。
「つまり……あくまでも推測だけれど、インフラは翠の女王レティシアが面倒を見ている筈。」
行き交う村人は、部外者に興味を示さない。もしかしたら示す事を許されていないのかもしれないが、とにかく構ってこない事をいいことに冬夜・響は電線の大本を追跡していった。
「怪異に依存するインフラなら、その大元は√能力で作られている可能性が高い。破壊すれば、レティシアに近づけるはずです!」
そして、辿り着いたその場所で√能力【ルートブレイカー】を行使する。するとたちまち景色が歪み、歪な樹木で作られた城が現れた。
レア・マーテルは、村に踏み入り辺りを見渡した。
「観察するに、どうやら、村の住民は決まった動きしかしていないようですね。いずれにしても、村人たちに接触してみる事にしましょう」
そうして手近な村人に語り掛けるのだが、彼らが発する言葉は同じことの繰り返しだった。それはまるでゲームに出てくるNPCのようだ。
「状況的には、脅迫或いは、信仰心…いえ、洗脳に近い精神的なダメージの方に負荷が働いているのかもしれませんね。でしたら、此処は目には目を歯には歯をの精神で、相手の精神的束縛から解放して差し上げましょう。」
村人の状況から推測し、対策案を導き出す。そうして√能力【トラペゾヘドロンの光】を放ち、村人を洗脳の上書きで正気に戻した。
「え……俺はいったい何を……」
「翠の女王の居場所を、教えて貰えませんか?」
状況を飲み込めず困惑している村人へと、優しく語り掛ける。そうしてレア・マーテルは隠された城を暴くのだった。
明星・暁子がその閉鎖された村へと踏み入ると、既にそこで囚われていた村人たちは次々に正気を取り戻しているようだった。
「既に別の√能力者の方が、活躍しているようですね」
村人たちは状況が飲み込めず若干のパニック状態に陥っている。それらを落ち着けさせながら、他に外から来たものがいなかったかを聞いて回った。
「あ、ああ。それならあの、翠の城に向かったよ……」
どうにか落ち着いた村人の一人から、その情報を聞き出す。彼が指さす方向を見れば、そこには歪な樹木で作られた城のようなものが聳え立っていた。
村に踏み入った時にはなかったはずだが、また別の√能力者が先に暴いたのだろう。
とにかく、これで余計に探索する手間は省けた。明星・暁子が先へ急ごうとすると、村人の一人が恐る恐ると忠告を投げてきた。
「き、気を付けろよ。女王は、一見友好的だけど、あれは価値観がいかれてる。まともに話さない方が良い」
「分かりました。気を付けます」
忠告に感謝を告げながら、城へと挑む。
第3章 ボス戦 『翠の女王『レティシア』』

歪な樹木が形作った城に、その女王は君臨している。
彼女の統治は完璧だった。誰も文句を言わなかった。
しかしそれが破れてしまった。外からやってきた者たちによって。
でも、それは彼らが何も知らないから。
翠の女王——レティシアは、城への侵入者に、優しく語り掛ける。
「あなたも、私の国民になりますか?」
それは問答ではなかった。
侵入者を矯正するため、女王は植物を操る。
翠の女王——レティシアは、城への侵入者に、優しく語り掛ける。
「あなたも、私の国民になりますか?」
敵意を向ける彼らに対しても、その怪異は手を差し伸べた。
「いや、遠慮しようかな」
十六夜・伊織は誘いをきっぱりと断った。
するとレティシアはすっと目を閉じる。想像以上にあっさりと引き下がったかと状況を窺っていると、10秒後、光の球体が召喚された。
「あ、逃げときゃ良かった」
自分の判断ミスを後悔して、襲い来る光の球体を避ける。あまり自らは戦う気のない十六夜・伊織はひたすら味方がやってくるのを待った。
「うーん。まあ、武器の準備だけでもしとくかぁ」
自分が行うのはサポート。そう割り切っている彼は、いずれやってくるだろう味方のために、武器を用意する。
それらはどれも業物ながら、必ずデメリットがついていて。駆け付けた√能力者からは不人気だった。
西院・由良は迫りくる光の球体を軍刀で断ち切った。
「やらせんよ。悪いが、その攻撃はキャンセルじゃよ。」
しかしまたレティシアは光の球体を召喚して、攻撃を仕掛けてくる。それに対し、√能力【|風に嘯き、月を弄ぶ《ベスティアロマ・ノクス》】を発動した。
「躍れ、踊れ、|狂狂《くるくる》と。向かえ、向かえ、|不死不死《しずしず》と。――夜の獣よ、いざ往かん。」
いつの間にか招集していた12体の【月光に仄白む群狼】を、指揮して戦わせる。すると光の球体も同じように狼の形をとって、対向してきた。
「なるほど。コピー能力か」
敵の能力を見抜き、それに合わせた戦術をとる。
幸いに、光の球体が存在していられる時間はそう長くない。一体ずつで対応させ時間を稼ぐ。
「さて、これでわしが時間を稼いでおけるの」
西院・由良はそうして、新たにやってきた√能力者に、バトンを繋いだ。
方向音痴で遅れた月ヶ瀬・綾乃も、その戦場に辿り着く。
「私もお手伝いします!」
敵の姿をすぐにとらえて、身動きが取れないよう√能力【|霊震《サイコクエイク》】を発動した。
「——っ!?」
レティシアの周囲に震度7相当の震動を与える。彼女の立つ世界だけが揺れて、攻撃をする余裕は奪った。
その隙に拳銃を取り出し、人とそう変わらない女王の体に銃弾を何発も放った。
「あなたの悪行はここでおしまいです! 村の人たちを解放させてもらいます!」
警察らしく正義を振りかざし、緑の女王が降伏するのを待った。
しかし彼女は、決して屈しなかった。
「————」
怪異としての本能が覚醒する。その体が不気味に変形して、人の形を失った。
そうして解放された身体能力が、やすやすと震動の捕縛を抜け出す。
「ぐっ、逃げないで下さい!」
耳を貸す訳もないのに言葉を投げて、月ヶ瀬・綾乃は追いかけた。再びとらえるために何度も√能力を発動し、しかし決定打にかける。
時間が経てば、他の√能力者がやってくる。
そう信じてひたすらに諦めず抵抗し続けた。
女王の玉座に続々と√能力者が集まってくる。
それでもレティシアは、抵抗をやめなかった。
第四世代型・ルーシーは到着するなりパルスブレードを構えた。
「依頼の対象みたいね、悪いけどここで消えてもらうわ」
歪に変形した化け物の体を切りつける。だが敵の膂力もすさまじく、その肌に弾かれた。
反動で後ろに交代している所へ、光の球体が迫る。それが第四世代型・ルーシーの攻撃をまねしてパルスブレードに変形して切りかかってきた。
「くっ」
紙一重でよけ、次の攻撃はパルスブレードで受ける。しかしこうして手こずっていては本体に攻撃を届けられない。
ならば自分も同じ手をと、√能力【|小型自動追尾兵器《レーザー・ドローン》】を発動した。
「いけ! レザドロ!」
周囲に小型無人兵器を放ち、レティシアが操る光の球体と相対させる。レーザーは攻撃にしては弱いが、コピーをする敵も同様の手段しか取れずに実力は拮抗する。
そうして手の空いた第四世代型・ルーシーは再びレティシアへと切りかかった。
江藤・葵は特に考える事もなく殴りかかる。
「えいっ!」
声に反して強力な一撃がレティシアを捉え、しかしすんでのところでかわされてしまう。攻撃後の隙を狙って、反撃まで喰らった。
けれどそれを待っていたとばかりに√能力【|殴り卒塔婆の不意打ち《ヒットアンドアウェイ》】を発動する。
「そこは私の射程内だよ!」
自信を攻撃しようとした対象へ、殴り卒塔婆の射程まで打擲した後に先制を奪って攻撃。更にはそのまま闇を纏い隠密状態となって、次の攻撃へとつなげていった。
不可視の攻撃に対応するべく、レティシアは小さな黄色の花が咲き誇る植物を咲かせ、自らにその力を向ける。
講堂不能になりながらも、防御力を底上げし、回復状態となる。着実に体制を整えようとしている敵に、江藤・葵はとりあえずとひたすら殴り続けた。
「(きょうのご飯、どうしよう……)」
この後の献立を考えながら。
安藤・ポチはその四足で、戦場を駆ける。
「野良警官です! お縄についてくださーい!」
朗らかに吠えながら、その身で突進する。√能力【贈賄コンビネーション】による汚職弾丸なる攻撃で、緑の女王の体を吹き飛ばした。
しかしそれでも反撃に出る緑の女王。目に見えない攻撃を野生の勘でギリギリのところで避けて次の攻撃へとつなげる。
「わんっわんっ!」
豆芝は素早く駆け回り、敵の攻撃に捕まらない。あっという間に足元へと潜り込んで、脅威を感じられない豆芝パンチを繰り出した。
しかしその体躯から繰り出されるとは思えないほどに、女王の体を軽々投げ上げる。宙に浮いた怪異も、見た目に反した力を持つ犬に驚きを隠せないでいた。
そうして、大きな隙が出来た所で集まっていた√能力者たちが一斉に攻撃を仕掛ける。
「あ……私の、国……」
ついには緑の女王の体は朽ちていき。
さみしそうに、その手を伸ばし、散っていくのだった。