昨日の新兵、明日の熟練兵
●作戦会議室(ブリーフィングルーム)
「√ウォーゾーン、およびこの√EDENを狙う戦闘機械群から人々を守るためには、我らの奮闘が必要だ」
作戦卓に両手をついた綾咲・アンジェリカ(誇り高きWZ搭乗者・h02516)はそう言って、√能力者たちを見渡した。
「諸君らも日々戦いに明け暮れ、訓練に励んでいることだろう。経験を積み、奴らとの戦いにも慣れただろうか?」
集まった面々の反応を見たアンジェリカは、「うむうむ」ともっともらしく頷いた。
「慣れてきたという者もいれば、まだ不慣れな者、あるいは未経験の新兵もいることだろう。
それぞれがさらなる経験を積んで、歴戦の勇士とならねばならないのだ。そのことを我々は、忘れてはならない!」
拳を握りしめて力説したアンジェリカは、一息ついて作戦卓に今回の事件についての情報を表示した。
「そこで、だ。諸君らにはこの作戦に参加してもらい、さらなる戦闘経験を積んでもらおう」
戦いの舞台となるのは、戦闘機械都市のひとつである。人々が暮らすこの都市に、戦闘機械の軍団が襲来するというのだ。
「敵の作戦も我らの作戦も、実に単純だ。
敵はレギオンどもを尖兵とし、続いてバトラクスどもを繰り出してくる」
アンジェリカが作戦卓に触れてなぞると、画面には太い矢印が引かれた。都市の外縁から迫るこれが、敵の侵攻ルートである。
「接触が予想される区域の住民には、すでに避難をしてもらっている……とはいえ、そこは工場群だ。さほど住民は多くない。
これが損傷するのは痛いといえば痛いが、背に腹は代えられない。多少の被害はやむをえぬものとして、敵を迎撃してもらいたい」
つまり、敵の撃破に集中できるということである。
「加えて。都市には学徒動員兵や、新米のWZパイロットもいる。
彼らは昨日の我々であり、明日の我らの戦友だ。戦闘の合間に、先達として彼らを鍛え上げてやってもいい。彼らが無駄に命を散らすことのないよう、導いてやってくれ。
さぁ、栄光ある戦いを始めようではないか!」
第1章 集団戦 『レギオン』

「さぁ、訓練訓練実戦訓練!」
ソノ・ヴァーベナ(ギャウエルフ・h00244)は集まった新兵たちを見渡して、日サロで焼けた笑顔を向けた。新兵たちは緊張の面持ちで整列している。
「だいじょうぶかなー? まぁ、みんなでなんとかしよう!」
この場合の「みんな」とは、集まったソノたちのことである。いちおう新兵にも戦場を踏ませようということではあるが、戦力としてはさほどあてにできない。
それにこの迎撃戦は、ソノたち自身にとっても良い経験となるはずである。
「撃ち放題、って感じの数だね」
決戦型WZ『蒼月』に乗り込んだクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)が、前方を見渡して嘆息する。
レギオンどもはまさに大群と言ってよく、津波のようなうねりを見せながら押し寄せていた。
「多少はやむを得ないとしても、できるだけ被害は少なくしたいね」
「ね。とりあえず、死人を出さないのが第一ってことでー」
そう言ってソノは戦場を見渡せる高所へと移動し、クラウスはWZの操縦桿を握る手に力を込めた。
「行くぞ……ッ!」
決戦モードへと変形した『蒼月』はその名の通り青白く輝き、一気に速度を上げていく。その軌跡は月ではなく、流星も思わせた。
小脇に抱えた光線砲が、幾度も煌めく。手当たり次第の射撃だが、雲霞のごときレギオンどもは少なからず撃墜された。
「撃てッ!」
クラウスの声とともに、後方の新兵たちも射撃を開始した。せいぜいが敵を撹乱させる程度にしかならないが、それを活かしてクラウスは一気に距離を詰めた。レギオンどもは次々とミサイルを放ってくるが、クラウスは小型の盾でそれらを受け流す。
とはいえ、敵も多ければ飛んでくるミサイルの数も多い。そのいくつかが新兵が盾としているコンテナで弾けた。
「うわぁ!」
そこに向かってレギオンどもが突進してくる。コンテナの陰から放たれた弾丸がいくつか命中するが……。
「さー、援護援護!」
新兵たちの悲鳴をよそに、ソノはビルの屋上で『マギア・スナイパーライフル』を構え、敵の先頭を狙って引き金を引いた。
ソノの魔力が弾丸となってレギオンに襲いかかる。狙いを過たず、弾丸は敵機の中心を撃ち抜いた。
「ほらほら、続けて続けて」
通信機に向かって呼びかけると、新兵たちも射撃を再開する。落ち着いたか、多少は命中率もよくなった。
とはいえ。初めは援護に徹していたソノであるが、敵は次々と押し寄せそれどころではなくなってきた。
「えーいもう! 全部まとめて撃ち抜いちゃう!」
ライフルの弾丸は敵中で弾け、周囲の敵ことごとくを撃墜した。
一方で、クラウスの方も乱戦となっていた。『WZ用グレネード』を押し寄せてくる一群の中央で炸裂させたあとは、『レーザーライフル』で、あるいは斧や剣さえ用いて、敵の背後にある建物を破壊しないように奮闘した。
新兵たちの方に向かう敵を撃破したクラウス。視界の端に、真新しい装備の新兵たちが映った。
時間があれば、彼らとも話してみたい。いつでも自分たちが助けに来られるわけではない。この経験を伝えることで少しでも彼らの生存率が上がるならば……。
彼方で爆音が上がった。戦いが始まったのだ。
ざわめく新兵たちを前に、ジュヌヴィエーヴ・アンジュー(かつての『神童』・h01063)は声を張り上げる。
「皆さん、お静かに。戦いは戦場に出る前から始まっています」
思わず背筋を正した新兵たちであったが、改めて声の主を確認すると、一様に顔を見合わせた。
子供なのだ。
ジュヌヴィエーヴはその戸惑いを十分に承知したうえで、
「皆さん、私より年上ばかりみたいですね。ですが、軍歴は私のほうが長いようです。その知識を、皆さんにしっかりと伝授しましょう。
……あいにくと、座学ではなく実戦ですが」
と、肩をすくめる。
「迫り来る機械兵を撃退しつつ、新兵たちに経験を積ませてほしい……と」
レナ・マイヤー(設計された子供・h00030)も居並ぶ新兵たちを見渡す。そして、
「了解しました! レナ・マイヤー、任務を遂行します!」
と、無数のレギオンを戦場に放った。敵と同型のレギオン群だが、こちらは白を基調とした塗装である。
「だから、間違って撃たないでくださいね?」
敵レギオンが押し寄せてくる音が近くなった。新兵たちが緊張の面持ちでふたりを見つめてくるが、
「ジェニーせんせー! いろいろ教えてくださ―い!」
と、レナが手を上げると、新兵からは緊張のほぐれた小さな笑声が上がる。
「確かに私は√能力者ですけど、指揮とか戦略とか、まだまだ勉強中の身です! ためになる話を聞けるなら、全力で教わる側に回りますから!」
「では」
火器管制レーダー『ミネルヴォワ』を起動させたジュヌヴィエーヴは、その情報を新兵たちとも共有する。敵の侵攻ルートがそこには表示されていた。
「皆さん、この図から敵の侵攻経路を読み取れますか?」
しばらく顔を見合わせた新兵たち。そのひとりが、おずおずと手を上げた。
「我々が配置されている後ろにあるのは、資材の貯蔵庫です。敵はそれを狙っているのでは……?」
それを聞いたジュヌヴィエーヴは目を細める。
「えぇ。そう考えていいでしょう」
「はいッ! 私もそう思ってました!」
と、レナ。またしても笑いが起こる。
「では、いよいよ迎撃に移ります。戦いは彼我の戦力の展開状況を把握することから始まります。
戦場の要素を共有し、単一の目標達成に邁進する。
それには適切な火力運用が求められます。すなわち……」
「突進してくる敵の先頭をまず叩いて、勢いを止めるところからですね!」
レナが展開したレギオンたちが、敵レギオンどもを迎え撃った。肩に乗る指揮官型によって統率されたレナのレギオンたちは、まずは高威力の砲兵から射撃を始め、続いてミサイルが放たれた。グレネードが、白煙を上げて敵中に飛んでいく。
目論見通り、敵の勢いが止まる。敵レギオンどもが突き進んでいたのは、トラックの通行する広い通路である。このまま突き進むとなれば姿をこちらに晒すしかなく、それを下策と判断した敵は勢いを止めて散開するしかなかったのである。
「さぁ、次のフェーズですよ」
ジュヌヴィエーヴの浮遊砲台群ファミリアセントリー『アルテミシア』も、砲撃を開始した。
こちらは、
「はーい、ちょっと思考を接続しますよー」
と、レナの従えるレギオンたちと通信網を接続されている。それによって命中精度は増し、新兵たちも敵レギオンにいくつもの命中弾を与えていた。
敵の攻勢はさらに激化し、各所で√能力者たちが迎撃に当たっているにも関わらず続いている。
「損害を気にせず、って感じだな。こっちはそういうわけにもいかないんだが……」
コンテナの上に飛び乗って敵群を遠望していたスウ・トーイ(爆弾魔・h02027)が、後ろを振り返った。新兵たちが不安そうにこちらを見つめている。
「若い芽を摘むってのは、戦略としちゃナシじゃあないんだが……。ま、俺も通った道だ」
肩をすくめ、新兵たちの前に飛び降りるスウ。
「少しは先輩面しましょうかね。
心配すんな、新兵ども。賑やかしはおじさんに任せな。お前さんたちは、後ろから花火をあげててくれりゃあいい」
「……昨日が新兵で、明日が熟練兵。いえ、例えだというのは承知していますが、そんな無茶振りを通さないといけないのが、今の√ウォーゾーンの戦況でしょうか」
リズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)が不安げに居並ぶ新兵たちを見渡して、ため息を付いた。
なんにせよ、今日を生き延びなければ明日は来ない。
「まずは連携して、排除開始であります!」
「りょ。後方支援は任せて。」
薄羽・ヒバリ(alauda・h00458)は『Key:AIR』のキーを軽やかにタッチし、操るレギオンたちに指令を伝える。
「えーと、できればそれで行きたいんだけど……いい?」
「もちろんです。お任せします」
「おけ。襲撃に備える時間はあったし? √ウォーゾーンの人たちも貴重な設備も、バッチリ守っちゃお!」
「はい」
ヒバリに後方を任せ、リズは敵の前に姿を晒しながら突進する。
「レイン兵器の出力を機動力に変換。高速飛翔戦へと移行!」
最大出力となった機械式ボディースーツ『LXF』は光の翼を作り出した。その飛翔したリズを狙って、敵レギオンどもは一斉にミサイルを放ってくる。しかしリズは『LXM』のブレードでそれを切り払い、爆風の中をさらに駆ける。
『LXM』による砲撃、そして展開した光翼が、敵レギオンどもを次々と撃破していく。
敵の狙いを一身に浴びたリズ。流石にその圧力には耐えかねて跳び下がる……が、それも狙いのとおりである。
「さぁみんな、バイブスあげてこ!」
敵レギオンどもが誘い込まれたのは、射線の通った見通しのよい通路である。ヒバリの従えるレギオンから放たれた弾丸が、敵レギオンどもに襲いかかる。
弾丸はレギオンの目でもあるカメラを貫き、さらに周囲は激しい爆風に襲われて、敵レギオンどもが次々と地に落ちた。
「今よ!」
ヒバリの声に、新兵たちも射撃を開始した。狙いはさほど正確ではないが、一斉の射撃が敵を押し包む。
「やった! 追い風で仲間の後押しもしちゃうあたり、やっぱ私って有能すぎない?」
ふふん、と得意げなヒバリ。しかし敵レギオンは活動を停止したものばかりではなく、地に転がりながらもミサイルを放ってきた。
「わ、わ、わ!」
ヒバリは目を白黒させつつも『Def:CLEAR』を展開した。ガラス状のバリアでミサイルは弾け、防ぎきれなかった爆風は『HIDEAWAY』を立てて防ぐ。
特殊合金製の金属板から顔を出したヒバリは、その反射で自分の顔を確認した。何度か角度を変えつつ。
「よしッ。メイクも髪型も、完璧にキープしながら勝つッ!」
もう一息だ。√能力者たちの攻勢に、飛行を続けている敵戦闘機械は残り少なくなった。
しかし敵は突進する愚を悟ったか、工場と工場の隙間、路地を利用して移動している。
そうなると厄介だが……。今にも新兵の背後に回らんとしていた敵レギオンが、突如として爆発した。残った機体が慌てて散開する。
「なに、ちょいとした悪戯さ」
敵機体が接触したのは、スウが展開していた『水晶型浮遊機雷』である。透明化した機雷を避けることは難しく、またも別の機体が爆発に巻き込まれた。
「倒す……というよりは、哨戒に近いかね」
肩をすくめつつ、『MS01-Cracker』の引き金を引く。グレネードは路地を進む敵の中央に飛び、炸裂した。
爆風で飛びそうになる帽子を押さえつつ、スウは通信機を手に、
「でかい倉庫の隅にも、何機か。そう、赤い金属屋根のだ」
仲間たちに敵の所在を伝えていく。そうしつつもさらに路地を進んで機雷を撒き、敵が回り込むのを防いだ。
「……さて、あらかた片付いたかね」
静かになった。敵の第一波は凌ぎきったようだ。
「おじさんはこのまま、バトラクスの迎撃に向かいたいところだけど」
ほとんど趣味嗜好で争いに首を突っ込んでる身……と、スウは自身を評価していた。
「そんな俺が、人様に何教えるって話よ。明るい未来は、自身で掴むのが彼らの特権だろうさ。
ただ……」
スウは苦笑する。
「こっちも、眩しい若者ばかりだからなぁ」
第2章 日常 『戦闘演習』

敵の第一波を退けた√能力者たちと新兵は、続く敵群を迎え撃つ体勢を整え、しばしの眠りについた。
「おはようございます!」
「やぁ、おはよう」
明朝。クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、直立不動で敬礼するふたりの新兵に、軽く手を上げて挨拶を返した。彼らは同じ戦場で奮闘を目にしたのか、クラウスを見る目はキラキラと輝いている。
……まだまだ若いな。
かつての自分……といっても数年前だが、その数年には凄まじい密度がある……を見ているような気持ちになった。
「えーと、君たちは……」
「はいッ、アキシマ・ダン2年生であります!」
「同じく、オカダ・レイ2年生であります」
そのままふたりは小銃を手に小走りに去っていこうとする。問えば、訓練であるという。
「一緒に参加させてもらってもいいかな?」
「こ、光栄であります!」
クラウスは新兵たちに混じり、工場群の中に即席で設けられた射撃訓練場へ赴く。
「わぁ……」
「すげぇ」
当然と言うべきか、クラウスの命中率は突出している。感嘆の声を漏らす新兵たちが続いて射撃位置についた。
「ダン、もっと銃床をしっかりと肩に押し付けて。そうしないと安定しない。
そしてレイ、君は身体に力が入りすぎだよ。もっとリラックスして」
「こ、こうですか?」
指導のひとつひとつを確認しながら引き金を引くと、弾はターゲットの中心に命中した。他の新兵たちも、命中率は格段に上がっていく。
しかし……。
「あとは、それを実戦でも出せるかどうか、だね。俺が戦場で一番大事だと思うのは、『いつも通りに動けること』だよ。今やってる訓練を無意識にできるようになれば、きっと戦場でも冷静に動けるはずだから」
「はいッ! ありがとうございます!」
熟練兵の「訓示」に、新兵たちはまだあどけなさの残る元気な声で応えた。
「第一段階は、無事達成ですね! ついでに勉強もできましたし、成果は上々です!」
早朝でもレナ・マイヤー(設計された子供・h00030)はスッキリとした顔で起きてきた。幸い、まだ敵の侵攻は始まっていないようだ。
「なら、敵が来るまでちょっと一休み……」
「レナさん。起きてください」
ジュヌヴィエーヴ・アンジュー(かつての『神童』・h01063)が、寝袋の上に座り込むレナに声を掛ける。
「手伝ってください。これから、模擬戦演習を行おうと思います」
見れば、ジュヌヴィエーヴの後ろには新兵たちが整列しているではないか。
「えぇ?」
驚いて立ち上がるレナ。ジュヌヴィエーヴは目を細め、
「ただ休むだけでは効率的とはいえませんからね」
いつ戦いに出ることになるかわからない新兵たちを、少しでも鍛えてやりたい。
「なるほど、昨日の感触を覚えてるうちに実践したほうが定着しやすいってわけですね」
「理解が早くて助かります、レナさん」
「了解しました! レナ・マイヤー、引き続き教練を支援します!」
ジュヌヴィエーヴは新兵たちで4名からなる分隊をいくつか構成することにした。原隊での射撃成績や体力測定を手がかりに編成していくが、
「レギオンの編成はそこそこ考えたりもしますが……人の編成を考えるのは初めてですね」
レナが苦笑する。なかなかに面倒なのだ。
学徒動員兵であるレナは、どちらかと言うと編成される側である。それに√能力者たちは、居合わせた者同士が即席の部隊を作るだけの技量を持ち合わせている。
レナは新兵たちを振り返り、いっそ本人たちに問うてみた。
「資料として見せてもらっている以外に、みなさんの得意分野とかやりたいこととか、好みのタイプとか教えてもらっていいです?」
その手がかり……特に、そこはかとなく見えた人間関係などを考慮しつつ分隊を編成したふたりは、工場群を利用して分隊ごとに模擬戦を行わせた。敷地はかなり広い。この程度の模擬戦ならば十分である。
レナは自分のレギオンを訓練場に放ち、そのカメラが捉えた映像はジュヌヴィエーヴの火器管制レーダー『ミネルヴォワ』に映し出される。
「これも訓練ですからね。しっかり行動を観戦してください」
と、ジュヌヴィエーヴは交代を待つ他の分隊の者にも声を掛ける。
画面が真っ白になった。すぐさまカメラが切り替わる。小麦粉を詰めた迫撃弾が、模擬戦を行っている新兵たちの近くに着弾したのだ。
それに追い立てられるように前進した一方の分隊だったが、
「これは、よくない突入です」
ジュヌヴィエーヴが言う通り、その先は待ち伏せされていた。発射されたプラスチック弾が、新兵たちのボディーアーマーで跳ね返る。戦闘不能、である。
「あらら……残念」
レナが肩をすくめる。
ひとつの模擬戦が終わるたびにジュヌヴィエーヴは講義を行い、レナも新兵たちと一緒になってそれに聞き入った。
時間が許す限り。
薄羽・ヒバリ(alauda・h00458)とリズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)の周囲に、人だかりができていた。昨晩の戦闘をくぐり抜けた新兵たちである。
「私も√ウォーゾーン出身で、みんなくらいの歳までは√能力もない状態で戦ってたんだ~」
だからこそ、ヒバリは彼らに親近感を抱く。それは彼らも同様だったようで、
「自分も、そのようになれますか?」
と、少女が挙手して聞いてきた。
「カナちゃん……だっけ?」
「はいッ、イシバシ・カナ3年生です!」
立ち上がり、背筋を伸ばして敬礼する少女。
「なれるなれる~。頑張りしだいっしょ」
「その頑張りを、見せてもらわないといけませんね」
リズが工業団地の一角を指し示した。そこを利用して演習を行う。
ヒバリが、新兵たちの前に立った。
「私が教えられるのは、生命攻撃機能を備えた戦闘機械群と戦う方法。生体反応を感知すると同時に攻撃してくる相手に、どう立ち向かうか……?」
「はい! やはり索敵が重要なのではないかと、私は思います!」
カナが手を上げて発言した。
「いいね! ……要するに答えは、『やられる前にやる』ッ! これ一択ッしょ!」
実にザックリとした指導である。その後を、リズがうまく補ってくれた。
「早期の敵発見と、火力の集中……ということですね。
そして、戦場においてなによりも重要なのは、チームプレイです。相互に支援を行いながら、進撃し攻撃し、撤退しなければなりません。
孤立した者には、敗北が待っています」
それは死である。リズの言葉に、新兵たちは唾を飲み込んだ。
「んじゃ、そのへんは実戦形式でやってみよー!」
ヒバリは『Key:AIR』のキーで『CODE:Reset』を起動させた。これならば、周囲の破損や新兵たちの負傷を気にしなくて済む。
「少女分隊!」
「レギオンと追いかけっこだよ!」
リズが指揮する少女分隊とヒバリのレギオンを相手に、新兵たちが演習場を駆ける。
しかし。リズの放った非殺傷の光線が、ひとりの新兵の胸に命中した。
「自分の判断だけで飛び出すからです。ひとりで勝てるような戦闘能力が、自分にあると思っているのですか?」
リズは厳しい。が、仮にこれが実戦で、光線を放ったのが戦闘機械だったならば……彼はすでにこの世にいないのである。
「演習だけで実戦経験を補うことはできません。しかし演習はすべきです。そうでなくては、実戦で経験を積む前に倒れるでしょう。
さぁ、もういちど。敵は孤立させて各個撃破しましょう」
少女分隊が、再び新兵たちを追う。
「……ん? さっきより慎重だなぁ」
ヒバリが愉しげに、新兵たちの出方を観察した。リズを振り返ると、こちらも目を細めている。
レギオンの群れが新兵たちを追って、丁字路を曲がった瞬間である。
「撃てーッ!」
カナの声があがった。丁字路の先で、彼女らが待ち構えていたのだ。ペイント弾が次々とレギオンに命中する。
ヒバリは1体のレギオンを、新兵たちの側面に回らせた。それに気づいたカナが、銃口を向ける。
「大事なのは生命攻撃機能の要、センサーの場所を見極めて撃ち抜くこと!」
ヒバリが声を張り上げる。果たして、ペイント弾はレギオンについた的を正確に撃ち抜いた。
「そうそう、ナーイス!」
ヒバリは思わず歓声を上げた。
第3章 ボス戦 『レールガンアンドロイド『ズムウォルト』』

辺りに警報が響き渡る。
「敵、接近! バトラクス多数!」
カナが新兵たちや√能力者らを振り返って声を張り上げた。
「直ちに迎撃せよ、とのことです!」
「来たか!」
「やってやる!」
ダンとレイは緊張の面持ちながらも、自らを鼓舞するように声を張り上げて銃を手に取った。他の新兵たちも同様である。
押し寄せる敵群の迎撃は、新兵たちに任せることになる。√能力者たちは振り返ることなくバトラクスの群れをくぐり抜け、一気に敵指揮官であるレールガンアンドロイド『ズムウォルト』を狙うのだ。
時間の猶予はあまりない。いかに√能力者たちによって訓練を施されたとはいえ、しょせんは新兵。早々にズムウォルトを撃破しバトラクスどもを撤退に追い込まなければ、新兵たちの被害も増えることになるだろう。
「ここは任せる。大丈夫かい?」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は穏やかな表情で、新兵たちを見渡した。
すると、威勢のいいことを言いつつも不安で一杯だったダンやレイはかえって覚悟が決まったようで、
「はい、お任せください!」
「必ずや、敵を食い止めます!」
と、背筋を伸ばして敬礼した。
「わぁお、頼もしー」
薄羽・ヒバリ(alauda・h00458)が目を細める。
「さすがは私たちが鍛えた後輩たちじゃん? んじゃ、背中は任せたからよろよろ~!」
「はいッ! ご武運を、ヒバリさん!」
「おけおけ、カナちゃんもね!」
新兵たちにバトラクスどもを任せ、√能力者たちは敵指揮官・レールガンアンドロイド『ズムウォルト』の姿を求めて、敵中を突破していく。
「負けていられないな」
新兵たちの気迫を感じつつ、クラウスは身体強化の電流を纏いバトラクスどもの群れをくぐり抜けていく。行く手を阻んだ敵に『スタンロッド』を叩きつけると、電流は装甲を貫通して内部の回路を焼き切った。
その手応えを確認する間もなく、クラウスは先を急ぐ。
「だねー」
頷いたヒバリも、先行するクラウスを懸命に追っている。
「あれだ!」
クラウスが敵指揮官を発見した。姿を認めたのはあちらもほとんど同時だったらしく、個人で携行できるまでに小型化されたレールガンを構えてくる。
「……ッ!」
その銃口が自分の方を向く前に、クラウスはさらに足を速めた。『スタンロッド』を抜き、バチバチと鳴るそれを、戦闘機械に叩きつける。
「くぅッ!」
「く……!」
しかし、敵もまた接射モードに切り替えたレールガンで撃ち返していた。とっさに『セラミックシールド』を差し込んだが、衝撃に腕は痺れ、痛んだ。
「……辺りが放電地帯になるよりは、マシだよ」
「決めるよ、レギオン!」
立ち止まったヒバリは素早く『Key:AIR』で指令を打ち込む。
「私とレギオンたちの息ぴったりなコンビネーション、特等席で見せてあげる的な?」
レギオンはそれに応じて援護射撃を行なった。そしてリンケージワイヤーを放ち、敵を絡め取らんとする。
「敵、補足。ワタシをそのようなもので捕らえられると思っているのかな?」
しかしズムウォルトも与し易い敵ではなく、素早く跳び下がってレールガンを構えた。
狙撃モードのそれからは音速で弾丸が放たれ、凄まじい衝撃を巻き起こしつつ襲いかかった。
「わぁ!」
特殊合金製の金属板に身を隠し、弾丸を避けたヒバリ。『Def:CLEAR』が衝撃波を受け止めるが、その凄まじい威力は完全には防ぎきれず、吹き飛ばされそうになる。
それでも、
「後輩たちの前で、カッコ悪いところは見せられないっしょ!」
「これが俺の全力だ!」
踵で踏ん張って耐えたヒバリは、再びの援護射撃とともに飛び込んで、回し蹴りを叩き込んだ。
そしてクラウスは再び『スタンロッド』を振り上げ、『紫電一閃』、叩きつける。
「……む」
蹴りを受け止めたズムウォルトの右腕がザックリと斬り裂かれ、あるいはクライスによる電流を浴び、人間を装ったズムウォルトの外皮はあちこちが剥げ落ちた。
「隠し刃つきのブーツだから。イケてるっしょ?」
ふたりの背後で、激しい爆発が起こった。バトラクスによる砲撃だろうか。
振り返りたくなったクラウスではあったが、思い直してズムウォルトを見据える。
今は、目の前の指揮官撃破に戦力を尽くす。それが、新兵たちが生き残るための最善の方法であるはずだ。
「訓練はおしまいですね。ジェニーさんが教えてくれた内容を糧に、皆さんができるだけ生き延びてくれると嬉しいです」
レナ・マイヤー(設計された子供・h00030)は新兵たちに笑顔を見せ、
「さぁ、任務を遂行しましょう!」
そう言い残して、ズムウォルトの元へと急いだ。
背後では爆発音が断続的に続いている。バトラクスによる砲撃だろうが、その位置にはあまり変化がないようだ。
「新兵さんたちも、敵群を抑えられるくらいにはなってくれたようですね。教えた甲斐があります」
ジュヌヴィエーヴ・アンジュー(かつての『神童』・h01063)は後ろを振り返りつつ、目を細めた。
「とはいえ、さほどの猶予はありません。彼らが戦線を維持できている間に、指揮官機を討滅しましょう。
行きますよ、レナさん」
「了解。私たちは指揮官機ですね」
レナはレギオンたちを周囲に従えながら走った。
「ワタシを狙ってくるとは……なかなかやるようだね。でも、返り討ちに遭うことは考えてなかったのかな?」
レールガンアンドロイド『ズムウォルト』は衣服のあちこちを引き裂かれ、右腕からは火花を散らしながらも、レールガンを乱射して反撃を行なっていた。
それを遠望したジュヌヴィエーヴは立ち止まり、
「速戦即決を目指す。……レナ」
蜂型無人機『ホーネット』を放ちながら、声をかける。
「はい?」
「レギオンはどうする? 私は無人機の使い捨てに躊躇はないが……無人機を自分の延長のように大切にする者がいることも、理解している。
もっと慣れた使い方をするなら、あなたに配慮しよう」
レナとの間に亀裂は入れたくない。
「そんなことですか」
レナが微笑んだ。
「お気遣いはありがたいですが、別に構いませんよー。
もちろん、犠牲が出ないならそれに越したことはないですが……それが贅沢だとは、理解しているつもりです」
「そう……ですね。ならば、せめて新兵たちに犠牲が出ないよう、努めるとしましょう」
「はい!」
ジュヌヴィエーヴの放ったドローンを追って、レナのレギオンもズムウォルトへと迫る。
「んー。この状況だと、この子ですかねー」
その言葉は的確であった。敵は至近距離から引き金を引いたが、『レギオン・ガード』の展開したバリアがそれを防いだのである。
機体そのものは力を失って墜落したが、『ホーネット』と他のレギオンは敵へと迫る。
援護射撃を受けた『ホーネット』が、敵にぶつかった。その機体には爆薬が搭載されている。激しい爆発で、一瞬ふたりの視界は閉ざされた。
「……浅い」
ジュヌヴィエーヴが眉を寄せた。敵は未だ健在である。√能力を存分に使いこなせていないせいか……。
その思案をよそに、ズムウォルトはレールガンを閃かせて躍りかかってきた。咄嗟に抜いた軍用拳銃。弾丸はズムウォルトの胸に食い込んだが、致命傷には程遠い。代わりに襲いかかった弾丸が、ジュヌヴィエーヴの肩を抉った。
「ジェニーさん!」
レナのレギオンが一斉に武器を発射する。ミサイルを回避して跳び下がる敵の腹に、電磁砲が命中した。
電磁砲を浴びたレールガンアンドロイド『ズムウォルト』の腹部は、服が避け人間を装う表皮も焼け溶けている。長いスカートも大きく裂け、機械の足が露わになっていた。
「この対価は、命で払うつもりかな?」
アンドロイドは殺意を露わにしてレールガンを掃射する。
リズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)は工場の壁に隠れ、それを避けた。
後方でも変わらず戦いの音が響いている。あのバラバラと爆ぜているのは、新兵たちの構えた小銃の音だろう。
「おうおう、頑張ってんねぇ、お若いのも。俺も交ぜてくださいよ……ッと」
スウ・トーイ(爆弾魔・h02027)はかぶった黒い帽子を手で押さえながら、リズの隣に滑り込んできた。
「賑やかしに来たぜ」
と、口の端を持ち上げる。
「ありがとうございます」
リズも後ろを振り返りながら、
「偉そうに指導したからには、それに相応しい成果をあげねばなりませんね」
と、微笑んだ。
「彼らが戦線維持可能な時間内に、敵を撃破する。以上の条件で、私たちもミッション開始であります!」
「まぁ、そうするしかないわなぁ」
肩をすくめたスウは、立ち並ぶ工場の路地を通ってズムウォルトへと近づいていく。
「そこッ!」
「おおっと」
それを発見したズムウォルトはレールガンを向け、立て続けに弾丸を放った。スウは首をすくめつつ、コンテナの、あるいは重機の陰に隠れながら駆けていく。コンテナも重機も立て続けに叩き込まれる弾丸のために鉄塊と化したが、すでにスウはそこにはいない。
敵は距離を詰めてくるが、それに応じてスウは退いた。
「こそこそ逃げ回るだけかな?」
「いいえ!」
一方でリズは無数の『レイン砲台・高火力型』を従え、その砲門を敵に向けていた。
「レイン兵器の全出力をLXMの遠距離火力に変換! あくまで、短期決戦です!」
次々と砲弾を放つレイン砲台。
「あいにく、俺も逃げるつもりじゃなくてな。お前さんがお望みなら、派手に行こうか」
姿を晒したスウが『MS01-Cracker』を構えて引き金を引くと、榴弾は放物線を描いて敵の足元に着弾した。激しい爆発が足元からズムウォルトを襲い、すでに傷ついていた右手は無惨に吹き飛んだ。
「ぐ……」
それでもアンドロイドは残った左腕だけでレールガンを構え、正確無比な射撃でリズの頭蓋を貫こうとした。
しかし、その瞬間をリズは狙っていた。
レイン砲台が展開したシールド群が、襲い来る超高速の弾丸を弾いた。その威力は殺しきれず、リズの太ももを浅く裂いたが、
「最大火力での砲撃開始であります!」
大型ブレードを備えたエネルギー砲『LXM』。いまやリミッターは解除され、極大プラズマのブレスが放たれた。その反動で、リズの踵がズザザッと後退る。
「あああッ!」
絶叫しつつも、ズムウォルトもまた引き金を引いていた。しかし精霊と共鳴し続けるリズに干渉することは叶わず、敵指揮官は僅かな残骸だけを残し、消失したのだった。
「……やりました」
魔力の多くを失ったリズは膝をついた。振り返ると、スウの姿がない。
代わりに、新兵たちが戦う後方で聞き慣れた爆発音が起こった。
「なに。教えられることはないけど、まぁ拾える命は取っときなってことだ」
戻ってきたスウが肩をすくめる。数体のバトラクスを吹き飛ばしたそれが最後の爆発となり、指揮官を失った戦闘機械どもは退いていった。新兵たちの歓声がここまで届く。
「じゃ、おじさんはさっさと帰るが……ま、祝勝の花火としちゃ、派手で文句ないでしょ」
今日を生き延びた新兵たちは、やがて後に続く者を導く熟練兵となるだろう。