シナリオ

某県某所温泉宿神隠し事件~湯煙に潜む神の手を追え~

#√EDEN #√汎神解剖機関

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「温泉旅館で、唐突に一人消えるそうだ」
 到着した一同に、いきなりそう切り出したのは絹緒・紗綺だ。
 紗綺がいつになく抑揚のない口調で話を続ける。

「当然、みんなどこに行ったか探す。探しているうちにお決まりの痕跡が見つかる。血の跡とか、開きっぱなしの窓とかそんなヤツだ」

「どうも捜索している間に、かなり境目が曖昧になるみたいなんだよ。痕跡を見つけたときには別の世界に入り込んじまってるのか、あるいは痕跡を見つけたことによって入り口が開いちまうか、どっちかは判らないんだけどね。とにかく、捜索のときの行動で分岐が変わるってとこだな」

「そんで、痕跡自体は簡単に見つかるんだ。どんどん見つかるから、みんな痕跡をたどって知らず知らず深入りしちまう。
 そうしているうちに、また誰かがいなくなる。それどころか、自分以外誰も見つからない。で、あるとき気づくんだ。見つからなくなったのは、他の誰かじゃなくて自分の方だった、ってね」

「結局、最初の一人と探しに行った全員見つからずじまい。そして、最後に怪談だけが残ったってわけ。
 どこで起こったとか、誰が消えたかとかは全部キレイさっぱり忘れ去られて。どこかの旅館で、誰かが消えたっていう怪談だけがね。
 やがてその怪談すら忘れ去られて、忘れた頃に降って涌いたように噂されて、そしてまた人が消える。そうやって何人もの人間を消して来たのが、この神隠しの怪異だ。ゾッとしない話だろ?」
 普段通りのあっけらかんとした口調に戻していたものの、紗綺は寒気を抑えるかのように自分の身体を抱いていた。

「今回行ってもらいたいのは、ある地方の温泉宿だ。すでに一人失踪してて、一緒に来てたツレ同士でどうするか相談しているってところに出くわすはずだ。そこで代わりに捜索を請け負って、神隠しを起こしてる連中をブチのめすってのが今回の案件になる」

「ってなわけで、さっさと解決してきてくれると助かる。怖いのは苦手なんでね。すぐにでも忘れたいんだ。怪談に限らずな。誰だってそうだろ? よろしく頼むよ」
 そう言って紗綺は一同を見送ったのだった。

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第1章 冒険 『温泉旅行レスキュー隊』


秋津洲・釦
神鳥・アイカ
神来社・紬
リオル・グラーヴェルター
ウィズ・ザー
万菖・きり

●→温泉客として潜入する
「一通り楽しんじゃいましたね。これからどうします? 私はもうちょっと探検しますけど」
「んー、ボクは先に部屋に帰らせてもらおうかな。お酒飲みたいし」
「同じく。あ、仔兎ちゃんは放したままにしておくから、見かけたらよろしくね」
「ふう、湯上がり美人はいいものだなァ……眼福だぜェ」
 一見すると、その四人はただ温泉宿を楽しんでいるようにしか見えなかった。

●→館内を散策する
「意外でしたね。ウィズさんは部屋に帰るものと思ってましたから」
「へ? そりゃなんでまた?」
「いえ、あちらだとお二人ですし、湯上がりとほろ酔い姿の両方を拝めるので」
「んー、それも考えたんだがなァ。二人きりで散策の方がレアだと判断した。俺がこっちに来ると実働担当二人、頭脳担当二人でバランスがいいってのもあるけどな」
 そんな話をしながら売店へと足を運んでいたのはウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379) と万菖・きり(脳筋付喪神・h03471)だ。

「おすすめのお菓子とかありますか?」
 きりはまず店員にそう切り出した。
「おすすめ? どれもおすすめだけど、特にって言ったらこれかしら。地元名産の栗をたっぷり使った栗饅頭よ」
「ほう、これはなかなか……買います」
「お、肉もあるのか。酒のアテになりそうだから、こっちも土産に買っとくか」
 ウィズがそばにあったビーフジャーキーを手に取る。直後、店員の顔が曇った。
「あ、あの、それは止めておいた方が……」
「ん? 何か問題でもあったのか?」
「……その商品を買ったお客様がみんな居なくなってる気がするんですよ。気のせいかもとも思うんですけど、やっぱり気味が悪くて」

「どう思います? これが原因なんでしょうか?」
「んー、どうだろうなァ。旨そうなのは確かだが」
 売店を出た後、二人は一応買っておいたジャーキーをしげしげと見つめていた。
 試しに開けてみると、濃縮された芳醇な肉の香りが漂ってきた。肉好きにはたまらないだろう。
「おや、仔兎がこんなところに。どうしましたか?」
 言いながら、きりが仔兎のおなかをくすぐる。
「お、こっちにも。おいおいどーしたよ。腹でも減ったか? ジャーキーは……食わねェか」
 ウィズも駆け寄ってきた仔兎を軽くじゃらし、自分の肩へと乗っけた。
 仔兎たちは最初嬉しそうに身を任せていたが、やがて思い出したかのように身振り手振りで必死に何かを伝えようとしてきた。
 どうやら「こっちに来てくれ」と言いたいようだ。

●→部屋で待機(宴会)する
 一方その頃。
「いや~ここのお酒はイケるねえ。いいの揃ってるよ~」
「お菓子も美味しいし、こっちもついつい手が伸びちゃう」
 一足先に部屋に帰っていた神鳥・アイカ(邪霊を殴り祓う系・h01875)と神来社・紬(月神憑きの仔兎使い・h04416)はすっかり温泉宿を満喫していた。だが、決して任務を忘れたわけではない。

 二人の間には旅館の見取り図が広げられている。その見取り図には幾つも○が書き込まれていた。監視カメラの場所である。
「この階で死角ができやすいのは此処と此処と、そっちかな?」
 アイカがお猪口を傾けながら指を差していく。

「そだねー。だから、失踪するとしたらやっぱり大浴場から客室の間あたりが候補かな。あ、どうぞどうぞ」
 紬がお銚子を差し出し、アイカのお銚子に酒を注いだ。
「おっと、これはこれは。監視カメラもあんまりない場所だしね~。じゃあ、その辺を重点的に調査してみましょうか~。あっ、こっちにきんつばあるけど要る~?」
「アイカさん、私を太らせて食べる気なのかなー? いただきます」

 何度かそういうやりとりをしていた二人だったが、にわかに部屋の外が騒がしくなって来たことを察し、顔を見合わせる。
「始まったみたいだね~。それじゃあ、ボクはちょっくら見てくるよ~」
「いってらー。仔兎ちゃんたち、まだかなー」

「仲居さーん、おかわり~。ん~~? 何かあったの~?」
 酔客を装ってーーというかそのものなのだが、アイカがおかわりついでに仲居へと話しかける。
「え? そ、その、どうもお客様がお連れの方と連絡がとれないみたいで……。それで探しに行く行かないでちょっと揉めてらっしゃるようなんです」
 おろおろと対処に困った様子で仲居。見れば、男女入り混じった学生とおぼしきグループが言い合いになっていた。
「スマホに全然出ないんだぞ! 既読もつかないし、何かあったに決まってるだろ」
「落ち着きなって、まず旅館の人に放送で呼んでもらうのが先でしょ!」
 学生たちの剣幕に、周囲の人々は遠巻きに見ていることしかできないようだ。

●→学生を説得する
「アイカさんも来てましたか。って、顔すっごく赤いけど大丈夫ですか?」
「できあがりすぎだろ……どれだけ飲んだんだ」
「まあまあ、今はとにかく騒ぎを収めないと~。ウィズくん、一緒にお願い。きりちゃんは仔兎ちゃん連れて紬ちゃんに報告して来て~」
 露骨に話を逸らされた形だったが、言っていることはもっともなので、ウィズときりは肩を竦めつつもアイカの指示に従った。

「うるさい! 俺は一人でも行くぞ!」
 一人の学生がついに制止を振り切り、身体を翻した。そこへ
「個人行動はよく無ェな。いいから落ち着け。ほい、アニマルセラピー」
 ウィズがもふりと仔兎を学生の肩に乗っける。

「??? って、いったい何だ、アンタは!!」
「どうも、探偵助手でーす。いや、ふざけてる訳じゃなくてマジでそうなんだ」
 最初は面食らっていた学生だったが、剣幕はそのままにウィズに矛先を向けた。学生は更に何かを言おうとしたが、
「居なくなったのって、もしかして……通路ですれ違った時に一緒に居たあの子?」
 機先を制するように、アイカが尋ねる。

「知ってるんですか!?」
「風体なら覚えてるよ。仲良さそうにしてたよね。何時頃から? 居なくなったときの服装とか分かる?」
 カマをかけつつ、アイカが学生から話を聞き出す。同時に、判明した情報を通信で共有することも忘れない。

「色々教えてくれてありがとう。実はウィズくんが言ったように、ボクたちは探偵なんだ。悪いようにはしないから、ボクたちにも協力させて欲しい」
「大丈夫だって任せろよ。オレたち、こう見えてなかなかやるぜ?」
 ゴーグルグラスを得意げに光らせ、念を押すウィズ。

「……判りました。お願いします」
「じゃあ、君たちはロビーとゲームコーナーを探してくれないかな? あ、くれぐれも一人で行動しないように気をつけてね」
「そうそう、一人はよく無ェからな。絶対ダメだぞ」
 そう誘導し、二人は学生たちと別れたのだった。

●→仲居を説得(力業)する
「おー、お帰り、私の仔兎ちゃんー」
 紬はいの一番で帰ってきた仔兎を上機嫌で迎え入れる。が、
「お客様、こちらに何か入っていったような気がしたのですがーー」
 凍り付いた。

 仔兎は必死に「自分は手がかりを見つけてきた。ぜひ聞いて誉めて欲しい」と訴えかけているようだった。それが理解できる紬は非常に心苦しかったが、心を鬼にして「動いたらご飯抜き!」と目で仔兎を制した。
「……」
 仔兎がぴたりと動きを止める。仲居はなおも不審そうにこちらを見ていたが、 
「紬さん、ただいま戻りました」
 きりの声だ。正に地獄に仏の思いだった。
 しかし、彼女もまた仔兎を抱えていた。

「あの、お客様、当館では動物は……」
「ぬいぐるみです」
 部屋に帰るなり、紬と仔兎と仲居の様子を見て察したきりは、有無を言わせぬ口調で言い張った。
「いや、どう見てもーー」
「ぬいぐるみです。極めて精巧でリアルな」
「し、しかし」
「ぬいぐるみです。極めて精巧でリアルな、本物そっくりに動く」
「わ、判りました。お客様がそうおっしゃるなら……一応当館は動物は禁止です。念のため」
 気圧されるようにして仲居が退出する。納得したわけではなさそうだが。

「ふぅー 危ない危ない。助かったよ、きりちゃん」」
「何をやってるんですか、紬さん。こっちがビックリしましたよ」
「いやー面目ない。で、報告は……血の跡を見つけた? どこかな?」
 ふむふむと仔兎の話に耳を傾けていた紬が、にわかに真剣な顔つきになる。
 紬は急いで仔兎の報告をまとめ、仲間たちに送信したのだった。

●→学生たちへ警告する
「言われたところはもう回っちまったな。どうする?」
「人任せにして、オレたちは何もしないってのもな……別のところ探した方がいいんじゃないか?」
 居ても立ってもいられないのか、学生たちはそんな会話を始めていたのだが、
「ひひひ…………これが”連続”失踪事件になるかどうかは……キミたち次第だねぇ……」
 そう言って、ひょっこり顔を出したのは秋津洲・釦(血塗れトンボ・h02208)だ。

「うわっ!? だ、誰だ、あんた!?」
「僕は秋津洲・釦……拝み屋だよう。ここには怪異の調査に来たんだけど……もう起こっちゃったみたいだねぇ」
「拝み屋って、言われても……」
 学生たちが顔を見合わせる。どうにも不審と警戒が先に立っているようだ。

「わかるわかる。まず変な勧誘とか宗教とか、疑っちゃうよねぇ……。まあ、後で見返りとか報酬とかは要求しないからさぁ、とりあえずこっちに任せてくれないかねぇ……なんなら誓約書とかも書くよう……」
 いかにも軽薄そうに釦が告げる。だが、その軽さがむしろ場慣れした印象を学生たちに与えた。

 大半の学生は、それならと頷くが、
「な、なあ、せめて、一緒に行かせてもらうことはできないか? いや、できませんか?」
 一人の男子学生が食い下がって来た。心配なのだろう。その心情は理解できたが、
「怪談には怖がってくれる人がいた方がいいから……僕としては、一緒に来てもらってもかまわないけど……どうなっても知らないよう……怪異ってやつは無防備な人間から餌食にしていくからねぇ。自分が怪談になってからじゃ、遅いンだよ?」
 釦はあえておどろおどろしく言って、突き放した。半分は手を引かせるための脅しではあるが半分は紛れもなく事実である。

「……アイツのこと、頼みます」
 ついに学生が折れ、頭を下げる。
「はいはい……確かに任されましたよう……」
 釦はヒラヒラと手を振りながらその場を後にしたのだった。

●→情報を整理する
『アイカ:学生たちに協力できるように説得したよ。失踪した学生の情報も送るね』
『釦:ひひひ……その後、こちらに無断で捜索しようとした学生に警告しておいたよう……』
『ウィズ:なんか売店でビーフジャーキーを買った人間が襲われてるんじゃねェかって話を聞いたぜ』
『きり:紬さんの仔兎が血痕を見つけたようです』
『紬:どうやら客室から大浴場までの間が怪しいみたい。あと、見取り図ありがとう』
 チャットアプリに続々と報告が上がってくる。
 旅館の一室で、リオル・グラーヴェルター(葬竜・h01271)は画面を見つめながら情報一つ一つを吟味し、精査していた。

「ふむ、学生たちには段階的に捜査から遠ざけ、手を引かせることに成功。失踪者は髪の長い女性。部屋で飲酒したあと、大浴場に行くところだった、と。さて、これを踏まえるとーー交換局、こちらのインビジブルと繋いでもらえるかね」
 言いながら窓を開け、なるべく広い範囲が撮影できるようにスマートフォンのカメラを作動させる。
 シャッター音とともに別のチャットルームが開くと、リオルは旅館の見取り図をアップした。

『リオル:午後8時~10時頃に、こういう特徴の女性を見たものはいるかい?』
 数秒後、すぐにレスポンスが来る。
『wdjmk:しらない』
『sdhurbji:みたことあるようなきがする』
 不規則な英字アカウントと拙いメッセージが表示される。撮影範囲にいたインビジブルたちのものだ。

『リオル:どこで見たか、覚えているかい?』
『sdhurbji:おにくかってた。おさけのにおいもしてた。このへんで、なんかいなくなってた』
 見取り図の、ある箇所に赤い丸が独りでに描かれた。
『リオル:学生たちの客室と大浴場の間にある、一階の非常口か。血痕が見つかった場所とも一致するね。ありがとう』
『sdhurbji:てれる』

 リオルは再び仲間用のルームを開き、
『リオル:被害者は一階の非常口付近で失踪した可能性が高いようだ。一度その辺りを徹底的に探してみてくれないか』
 皆へとメッセージを送ったのだった。

第2章 集団戦 『さまよう眼球』


●事件発生当時
 浴衣姿の女性が廊下を歩いていた。
 飲んだ後にひとっ風呂浴びに行くためだ。
 良くないとは言われているが、あの気持ちよさは何ものにも代え難い。
「ふぁ……」
 あくびが出る。慌てて手で覆ったが、少し大口になってしまった。
「うーん、ちょっと匂いが残ってるかな?」
 手は洗ったはずなのだが、まだジャーキーの匂いが指についてる気がしたのだ。

「あれ?」
 立ち止まる。廊下から外へと出っ張る形で備え付けられた非常口の扉が僅かに開いていたのだ。
 暖房の熱が逃げるのも良くないだろうと、ドアノブを掴み――
「痛っ!?」
 予想もしていなかった鋭い痛みが走り、反射的に手を引っ込めようとした。が、できない。
「え? な、なに? 嫌!」
 不意に、扉が全開になる。

 ぴちゃぴちゃぴちゃ……

 扉からびっしりと目玉が溢れ返り、自分の手にむしゃぶりついていた。
 それだけではない。もの凄い力で身体が引き寄せらている。
 なんとか抵抗しようとするが、手は虚空を掴むばかりでどんどんと引きずり込まれていく。そして、
「ひー---!!」
 悲鳴は声にならず、扉の向こうへと消えてしまった。
 バタン、と非常口が閉じられた。

●現在
 旅館の裏山にある林に、それ(、、)はいた。

 ぴちゃぴちゃぴちゃ……

 粘り気のある湿った音。
 目玉たちが女性を地面に横たえ、ちろちろと舌を這わせている。
 『主』からは寄り道をするなと厳命されていたのだが、とうとう我慢できなくなって『味見』を始めてしまった。
 中でもお気に入りは指だった。肉の匂いがするからだ。
 ただ、『つまみ食い』は絶対に許されない。以前、指先をかじり取った仲間は『主』に跡形もなく消された。
 食欲は抑えられない。しかし、『主』はこの上なく恐ろしい。
 故に、目玉たちはひたすら『味見』を続けるのだった。
柳生・友好
天籟・ワルツ
リオル・グラーヴェルター
神鳥・アイカ
神来社・紬
ウィズ・ザー
秋津洲・釦
万菖・きり

●痕跡
「ひひひ………ここが例の非常口ね。どれどれ……」
 現場に到着するなり秋津洲・釦(血塗れトンボ・h02208)は、まず周囲の痕跡を探り始めた。
 よく見ると赤い絨毯の上に、更に濃い赤が僅かに染み込んでいた。
 血痕だ。やはりここから連れ出されたのだろう。

 内側を一通り調べ終えた釦は非常口を開け、裏庭へと出る。
 瞬間、世界が歪んだかのような錯覚に襲われた。別のルートに入ったのだ。
「ひきずった跡でもあると、いいんだけどねぇ……」
 世界が変わってもやることは変わらない。釦は再び痕跡が残されていないか、周辺を調べ始める。

「んんん……当たり、かな……?」
 非常口から少し離れた場所に、旅館の手ぬぐいが落ちていた。
「これがあれば……」
 釦が手ぬぐいを握り締め、残留した記憶を読み取る。
 見えた。裏山の中腹あたりだ。
「それじゃあ……行くとしますかねぇ……」
 そう言って釦は山中へと足を踏み入れたのだった。

●異界
「それじゃあ、さっそく現場にゴー!!」
「はい、善は急げですからね」
 仲間から情報を受け取った神来社・紬(月神憑きの仔兎使い・h04416)と万菖・きり(脳筋付喪神・h03471)が、仔兎を抱え勢い込んで部屋の扉を開ける。
「……」
 渋い顔の仲居がこちらを見ていた。『部屋の中だけならまだしも、外まで出されると流石に……』とでも言いたげだ。
「……うう……気まずい。きりちゃん行こう!」
「リアルめのぬいぐるみです!! ぬいぐるみですから!!」
 いたたまれなさMAXだった二人は、それこそ脱兎のごとくその場を後にするしかなかった。

「ふう……なんとかやりすごせた、かな? ともあれ、ここからが本番だよ、きりちゃん。改めてよろしく」
「任せてください。紬さんのことは何があっても守って見せます」
 針のむしろの思いで一階の非常口まで辿り着いた二人が、頷き合う。
 そして、外に出た。
 異界。
 そうとしか形容できない。館内から見た時と景色自体は変わらないのに、決定的に空気が狂っていた。

「これは、急いだほうが良さそうだね……ちょっと集中するから、警戒お願い」
「はい、紬さんには傷一つつけさせません!!」
 紬が目を閉じるや、きりは庇うように前に立ち、自らも意識を研ぎ澄ます。
 空間ごとこちらを侵蝕して来るかのような、異様に純化された静寂と暗闇だった。
 一瞬とも永遠ともつかない時間。きりがそう錯覚しかけたとき、
「……見つけた。行くよ、きりちゃん!」
「あ、待って下さい、紬さん。私が先行しますから」
 紬が目を見開き、二人は駆け出した。

●魔の山
「今回は、ここが境界線かね」
 旅館の一階にある非常口を開けて裏庭に出るや、リオル・グラーヴェルター(葬竜・h01271)は自分の予想が正しかったことを確信した。
 景色こそ館内から見たものと変わらなかったが、明らかに空気が違う。
 √EDENではありえないほど、神あるいはその眷属たちの気配が濃い。
「連中はあちらか」
 裏庭の奥にある竹垣の一部が壊れ、山への入り口を黒々と晒していた。
 足を踏み入れると、更に気配が濃くなる。正に『魔』の山だ。
「さて、お前達。お友達を探して来ておくれ」
 早速リオルは被害者の捜索のために小さな骨竜を幾つも解き放った。
 骨竜たちは細波のように山の方々へと散り、
「見つけたかい? では場所を教えてくれ。私も向かおう」
 ある骨竜が対象を発見したことを知らせてきた。
 場所は山の中腹辺りらしい。当然のことながら目玉たちも一緒とのことなので、予断を許さない状況だ。
『こちらリオル・グラーヴェルター。対象の女性を発見。座標データを送るので、至急そちらへ向かって欲しい』
 通信チャットにそう書き置きし、リオルは骨竜とともに自らもターゲットがいる場所へと急行したのだった。

●合流
 リオルが藪の中を駆けていると、気配が近づいてくのを感じた。紬ときりだ。
「君たちか。随分と早かったね」
「こっちはこっちで探査してたからねー」
「アイカさんとウィズさんもこちらに向かってるようです」
 二人が追いつき、並走する。そこへ、
「ひひひ……続々集合してるようで……何よりだねぇ」
 闇に紛れていた釦が姿を現し、合流した。

 探査組が集結したということは、ターゲットはそう遠くないはずだ。
「…………」
 いた。暗がりなので判りにくいが、地面には女性が倒れており、そこへ目玉どもが群がっていた。
 女性は無事なようだが、いつ目玉どもの気が変わるか判らない以上、迅速に救出する必要がある。
 チャットを見れば、他の面々も順次こちらに駆けつけているようだ。ならば、行動は早い方がいい。
「女性の身の安全が最優先。皆もそれでいいかな?」
 リオルの提案に、皆が頷く。直後、各々が自身の行動を開始した。

●陽動
「……主人の言いつけを守ってるなんて健気なことだねぇ……」
 釦が懐から何か液体が入ったパックを取り出すや、目玉たちが一斉にこちらを向く。
「こっちの方がイイ匂いするだろう? お預けされてるんなら……尚更だよねぇ」
 言いながら、釦がパックを力を込めて思いっきり投擲した。
 パックの中に入っていた血液が中身と匂いをまき散らし、暗闇の中へと消える。

 ――ギシャアアア!!
 血の匂いに当てられた目玉の注意がパックの方へ向き、女性の傍からふらふらと離れ始めていた。
「はい、ご案内~……こっちだよぉ」
 釦は止めとばかりに赤い誘導灯を振って目玉を引き寄せ、自らもパックが消えた闇の中へと飛び込んで行った。

●伏兵
 ――ガチガチガチッ!
 血液の匂いと誘導灯を追いかけてきた目玉は、突如目の前に人間が立ちふさがっていることに気づき、執拗に歯を鳴らす。
「あんなのに、剣術なんて通じるのかなあ?」
 異形の目玉の姿を見て、思わずそう呟いたのは柳生・友好(悠遊・h00718)だ。連絡を受けたあと、彼はここで伏兵として潜んでいたのだ。

 ――ギシャギシャギシャ!!
「おっと、人間とは動きもまるで違うんだね。興味深い」
 突然飛びかかってきた目玉の歯を紙一重で躱しながら友好。彼自身気づいていなかったが、その口元にはかすかに笑みが浮かんでいた。
 ――ギシャギシャギシャ!!
 再び目玉が牙を剥く。先程と変わらない、単純な軌道だ。
「これなら……!」
 ――ギャっ!?
 目にも止まらぬ速さで刀を抜き放った友好が、すれ違いざまに目玉を切り裂く。
 だが、浅い。というより、手応えが悪い。まるで形が定まっていない肉の塊を斬ったようだ。

「……剣術はあくまでも人を斬る技術、こんな相手じゃどうしようもない、か」
 ふと自嘲のような翳が友好の顔に過ぎった。しかし、それも一瞬。
「……いや、いくら姿が変わってても、特定な動き方と斬るべき所があるはず。それを見極めて……斬り捨てるのみだ!」
 すぐさま友好は剣士の顔つきを取り戻し、刀を構える。
 ――ギャギャギャ!!
 手負いになった目玉がいきり立ったかのように強膜を血走らせ、襲いかかってきた。
「……」
 友好は今度は攻撃せず、見と回避に徹した。

 ――ギャギャギャ!!
 目玉はそんなことは気にせず、ただひたすらに食らいついてくる。
 友好は躱し、見て、躱し、見てを繰り返しーー
 そして、来た。
 天啓のごとき確信。それに従い、夢想の境地で刀を振り抜く。
 目玉の中心に線が走り、
 ――……!?
 両断された。断末魔を上げることさえできず、目玉が地面へとぶちまけられていた。
「これが、化け物の斬り方か。良い経験になった」
 斬り捨てた目玉を一顧だにすることなく、友好は刀を鞘に納めたのだった。

●囮
 一度血の匂いを嗅いだ目玉たちは酩酊したようにふらついてはいたが、まだ女性の周りを漂っていた。確実に救出するためにはもう少し数を減らしたいところだ。
「待たせたね。今度は私が引きつけるよ」
 そう言って囮役を引き受けたのは、到着したばかりの天籟・ワルツ(Faustpatrone・h00342)だった。

 ワルツは目玉たちに近づき、おもむろにカミソリで自らの掌を真一文字に切り裂いた。
 カミソリの軌跡に沿って止めどなく血が溢れ出し、あっという間に掌が真っ赤に染まっていく。
「良い子には見せられない絵面ね……まあいいわ。ここにはいないし」
 ちょっとしたスプラッターな光景に若干自身も引きつつ、見せつけるように目玉たちの方に手を突き出すワルツ。

 ――ギシャギシャギシャ!!
 目玉たちが更なる血の匂いに興奮し、歯をこすり合わせる。
「その目でよく見なさい、あなたの大好きな血はここよ」
 効果ありと見たワルツは更に血を絞り出すために拳を握り込んだ。
 ――ギシャアアア!!
 効果はてきめんだった。すぐさま血の匂いに狂った目玉が他のものには目もくれず、大口を開けて飛びかかって来る。

「っ、そうそう。こっちの血は甘いわよ。知らないけど」
 ワルツは囮となるために、あえて目玉の牙に身を晒した。
 ――ギシャギシャギシャ!!
 目玉は幾度もワルツの身体に噛みつき、そのたびに血が宙を舞う。
 対するワルツは巧妙に致命傷を避け、耐え続けた。
「そろそろいいかしらね……このまま攻撃されっぱなしってのも癪だし」
 いい加減フラストレーションが溜まってきたワルツは、密かに態勢を変え、構えを取る。
 ――ギシャアッ!
 目玉たちは、その変化に気づかず、ただ本能のままにワルツへと襲いかかった。

「今度はこっちをたっぷり味わわせてあげるわ!」
 ――ギヘッ!?
 瞬間、ワルツの怪我が瞬く間に完治し、その拳が目玉へとクリーンヒットする。
 一撃だけでは終わらなかった。
「はあああああああ!!」
 拳、拳、拳の乱舞が次々と目玉にめり込み、突き刺さり、叩き込まれる。
「これで終わりよ!」
 その最後の一撃をもって、ワルツは完膚なきまでに目玉を叩き伏せたのだった。

●一方その頃
「ちょっと遅れちゃったね。みんな、うまくやってるといいけど」
「しゃーねェさ。被害者を増やさないためには念を押しとくのが確実だからな」
 念のため大学生に再度釘を刺しに行っていた神鳥・アイカ(邪霊を殴り祓う系・h01875)とウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)は、皆より少し遅れて非常口の前に立っていた。
「じゃあ、行くか、神鳥。…と、その前に」
 ウィズがジャーキーの入った瓶をアイカへと差し出す。
「念の為な。攻撃の回避誘導にでも使ってくれ」
「お、気が利くねえ、ウィズくん。ありがたく使わせてもらうよ」
「事前はこんなモンか。サクッと向かうぜ」
 そして二人は、扉を開けた。

●救出
「そろそろ頃合いかな? いける? きりちゃん」
「はい、いつでも大丈夫です、紬さん」
 お互いに頷き合うと、紬ときりは阿吽の呼吸でそれぞれの配置についた。
「……」
 紬が深く息を吸い、吐く。それを何度か繰り返すと、紬の身体に月明かりのような淡い光が宿り始める。
「神様! 力を貸して!」
 女性の方へと意識を向け、ひと思いに身体から迸る神通力を解放した。
 ふわりと女性の身体が浮き上がり、導かれるようにこちらへ引き寄せられていく。
 ――ギ?
 突如として獲物が自分たちから離れていくのを目の当たりにした目玉が、反射的に女性の身体へと食らいつこうとした。
「させません!」
 ーーゲギッ!?」
 間髪入れずにきりが矢を射出。大きく口を開けた目玉を容赦なく刺し貫く。
 ――ギシャギシャ!! 
 仲間を倒された目玉たちがいきり立つかのように膨れ上がり、ごぼりと酸の液塊を吐き出した。
「紬さん、危ない!」
 きりが即座に矢を放ち、液塊を散らす。だが、飛沫までは消すことができない。
 酸の飛沫が女性へと降りかかる、その直前。
「……っ!!」
 紬が咄嗟に飛び出し、寸でのところで女性を庇うことに成功した。
「大丈夫ですか、紬さん!?」
「大丈夫大丈夫、無事被害者は確保できたよ。それよりも、きりちゃんはあっちをお願い」
「判りました。……こっちを見ろ!」
 紬を傷つけられた怒りを目玉たちに叩きつける。
「これ以上、好きにはさせません! 飛び交え菖炎!」
 裂帛の気合いとともに、きりの周囲に炎が芽吹いた。炎は次々と数を増やし、ある形へと収束する。
 それは、燃え盛る菖蒲の葉が無数に生い茂る、幻想の炎の園だった。
 ――ギキャ!?
 菖蒲の葉の炎に巻かれた目玉たちがたちまちに溶融し、お互いに癒着し合う。
 目玉たちはそのまま身動きが取れなくなり、ボロボロと崩れ落ちた。

●救援
 目玉たちの数は、あと僅かだった。しかし、
「まずいな……体力の低下が著しい。今すぐ処置をする必要がある」
 女性の容態を見たリオルが、苦い顔つきで告げた。
 長時間浴衣だけで外気に曝されていたせいで体温がかなり下がっている。もちろん、救命そのものは難しいものではないが、
 ――……
 目玉たちが不気味なほど静かになっていた。どうやらこちらに敵わないと見て、弱っている女性に標的を絞っているようなのだ。恐らくその血肉を喰らい、仲間を増やそうとしているのだろう。『主』の言いつけがあるとはいえ、所詮は理性など期待するべくもない化け物だ。
 しかし、迷っている時間はない。
「ここで回復処置を行う。二人とも、もうひと踏ん張りしてもらっていいかい?」
「りょーかい。こうなったらとことん付き合うよ」
「こちらもです。絶対に通しません」
 紬ときりがそれぞれ頷く。

 そのとき、
「大丈夫だよ! みんなナイスファイト、後はボクらに任せといて!!」
 声と共に、周囲を修復する力が波紋のように広がり、皆の傷を癒す。アイカだ。彼女は修復の力を増幅するための符を翳しながら皆を庇うように前へと出た。
「おうよ、ナイスガッツだ、神来社、万菖!!」
 こちらはウイズ。遅ればせながら登場した二人は即座に状況を把握し、すぐさま動き出す。

●救命
 目玉たちはアイカとウィズに任せ、リオルは女性の治療に専念していた。
 万が一敵の接近を許した場合のことも考え、周りをぐるりと囲むように骨竜を展開しその中心に女性を横たえる。
「見栄えは少々、よろしくないが……効果を考えると、これになるか」
 リオルの右手には、腐肉めいた、しかしそれでもなお脈打つ奇妙な肉塊が握られていた。
 無限の力を象徴する、とある竜の心臓だ。
 リオルは心臓の力を抽出し、女性の首の脈に添えた左手から流し込む。
 心臓の力は脈動となり、女性の全身を駆け巡ると、一転全てが静止した。
 しかしそれも一瞬、再び脈動が蘇り、今度は力強く女性の身体を賦活させる。
 次第に女性の顔に朱が差し始め、呼吸も安定していった。
「あとは外傷の類も全て治しておこう。傷が遺ったら酷なことだからね」
 言葉通り女性の外傷も治し終えると、リオルはようやく一息ついたのだった。

●蹂躙
「ホラ、喰らえよ」
 ウィズが持っていた瓶の蓋を開け、ジャーキーを盛大にぶちまける。
 ――ギシャギシャギシャ!
 濃密な肉の匂いに誘われ、目玉どもがジャーキーを喰らおうと大口を開ける。ウィズは、その瞬間を逃さなかった。
「さァ、泡沫の刻だ!」
 ウイズの身体から闇色の陽炎のようなオーラが立ち昇る。オーラは地獄の剣樹のように凶悪なフォルムの爪牙となり、
 ――グギャアアアアアアアアアアアア!?
 渾身の力をもって、目玉の口の中へとねじ込まれた。直後、爪牙が爆ぜるように無数に分裂し、目玉の口腔をズタズタに蹂躙していく。
「逃すかよォ!」
 --ギギャアッ!?
 ウィズが更に闇色のオーラを召喚。今度は5体の黒色の顎となり、一瞬のうちに逃げようとした目玉へと群がっていた。
 柔らかいものも硬いものもまとめて削り潰すかのような凄まじい咀嚼音が断続的に響いていたが、それも消える。 
 後には、何も残らなかった。

●破魔の拳
 ウィズがジャーキーをばら撒いたのと時を同じくして、アイカは目玉たちの側面へと回り込んでいた。
 ウィズが次々と目玉を打ち倒していく中、アイカは注意深く戦闘の推移を見守る。
 ――ゲシュ……
 いた。その目玉はもはや他のものには目もくれず逃げ出そうとしていた。もちろん、アイカにそれを許す気はない。
「さてと……ボクの仲間に手を出したんだ。覚悟は出来てるんだよね?」
 アイカは拳に破魔の力を込め、滑るような足取りで目玉へと肉薄する。
 ――ゲギャ!?
 アイカの接近に気づいた目玉が反射的に酸を吐き出す。
「予想通りだよ、その反応は」
 捕食の際は噛みつき、反撃の際は酸を吐くという行動はこれまでの仲間たちの戦闘でおおよそ把握していた。
 アイカは紙一重のところで吐きつけられた酸を躱し、踏み込んだ。
 無辜の被害者たちを襲ったことへの怒り、紬を傷つけたことへの憤り、それら全てを握りしめ、アイカが拳を振りかざす。
「これで、終わらせる!」
 ――グギィイイイ!!
 衝突と同時、破魔の力が爆発的に膨れ上がり、目玉を跡形もなく殴り祓ったのだった。

第3章 ボス戦 『神隠し』


●かつて神だったモノ、その成れの果て
『……巫女よ、目覚めよ』
 どこからともなく厳めしい声が響く。
「はい……」
 茫洋とした目で、ただ少女は頷いた。
『使い魔どもがやられたようだ。このままでは、贄を得られぬ』
「はい……」
 再び少女が頷く。もとより彼女に肯定以外の選択肢はない。
『余が自ら手を下す。貴様は、ただそこに赴くだけで良い』
「はい……」
 少女はとうに人として磨耗し尽くしていた。
 神は己が崇められた理由を忘れ去っていた。
 それでも神と巫女という在り方を保つためには贄が必要だった。
 巫女なき神は神たり得ず、神なき巫女は巫女たり得ない。
 もはや神としての名を失い、神隠しという現象に成り下がっていても、一柱と一人は形骸を維持するために贄を求め続けるしかなかった。
リオル・グラーヴェルター
秋津洲・釦
神鳥・アイカ
ウィズ・ザー
柳生・友好
万菖・きり
神来社・紬

●束の間
「ひひひ……お疲れさん、旦那。救出対象は無事なようだねぇ……」
 秋津洲・釦(血塗れトンボ・h02208)は横たわる女性が快方に向かっていることを見て取り、リオル・グラーヴェルター(葬竜・h01271)へねぎらいの言葉をかけた。
「ああ、幸い処置は上手く行った。皆の協力の賜物だ」
「彼女をもとの旅館に戻せば失踪事件は解決……だけどそうさせてもらえないようだネ……」
「残念ながらそのようだ。もっとも、カミと名乗るモノが、人間の事情を汲んで引き下がるとは最初から思っていなかったが」
 リオルが険しい表情で暗闇の、更にその先を見つめる。釦も笑みを引っ込め、同じ方向に目を向けていた。
 そこには闇しかない。だが、ある気配が現れつつあった。
 普通の人間ならこの場にいるだけで卒倒してしまいそうな、瘴気じみた気配。
 それが沸き立ち、煮詰まるように濃縮され、形を取り始める。

●解析 
「森羅万象、とまではいかないがね。誰かが知っているのなら、見破って見せよう」
 リオルが自身の意識を、ある滅んだ世界の竜種の集合知へと接続。瞬間、泉のようにあらゆる知識が溢れ出て、流れ込んできた。
 その中からこの土地のカミへの知識のみを取捨選択し、読み取る。
「この土地で古くから信仰されていたカミだったが、時代と共に忘れ去られ、零落。かつての力はほとんどなく、今では神隠しの一種として存在している、か。なるほど、同じ個体ではないようだが、以前相対したことのあるカミと同種ではあるようだ」
 取得した情報を通信チャットにアップし、共有する。これで皆もある程度対策できるはずだ。
「これも合縁奇縁とでも言うのかね。ともあれ、千客万来だ。何度でも埋葬しよう」
 
●魔、来たる
「来るよ! 顕現する!」
 気配の変化を敏感に感じ取った神来社・紬(月神憑きの仔兎使い・h04416)が叫ぶ。同時、禍々しい瘴気が圧縮され、輪郭をとって一つの姿となる。
 巫女。
 突如として宙に現れたその少女は、茫洋とした眼差しでこちらを見下ろしていた。
 だが、彼女はあくまで前兆でしかない。

 ーーオオオォォォォ 
 主の降臨に先んじて、魔の山が喜びに震えるかのごとく不穏な鳴動を上げる。
『我が神域に足を踏み入れし者どもよ、頭を垂れよ』
 脳内に直接声がこだまする。直後、その場にいた全員に頭を押さえつけるような重圧が襲いかかってきた。

「くっ、生贄なんて時代遅れのことやっておきながら、いまだに神様を気取るんだ。死体の上でしか成り立たない神なんて化け物でしかないのにね。きりちゃん!」
 己が宿す神と自身の矜持に誓って、目の前の怪物を許容することなど到底できない。
 重圧に圧迫されながらも、紬は叫ばずにはいられなかった。

●祓魔
「同感です。人を傷つけるだけとなった神はもはや神とは呼べません。祓い、清めてみせます!」
 紬の合図に即座に応じた万菖・きり(脳筋付喪神・h03471)が鏑矢をつがえた弓を引き絞り、放つ。
 直上の天へと放たれた鏑矢は澄んだ笛のような音を高らかに響かせ、『魔』が支配する空気を打ち払った。

『不敬なり。余の領域における祭司はただ一人のみ』
 きりの背後に巨大な『手』が現れ、音もなく忍び寄る。
「させないよ!」 
 滑るような歩法で『手』ときりの間に割り込んだのは神鳥・アイカ(邪霊を殴り祓う系・h01875)だ。
 アイカは破魔の力を宿した腕を交差させ『手』を防いだ。瞬間、反発するかのごとく『手』が弾かれ、大きく仰け反る。
 アイカはその隙を逃さなかった。

「随分とあの子にご執心みたいだね。でも、キミもあの子も一人だ。ボクは、ボクたちは、一人じゃない!」
『ぬうっ!?』
 一気呵成に、両手指に大量に呪符を挟み込んだ拳を連続で『手』に叩き込む。
 息もつかせぬ高速の連撃は何度も『手』を打ち据え、そのたびに呪符がばらまかれた。吹雪くがごとく舞う呪符は視界の一切を白く染め、雨のように加護の力を降り注がせる。
「みんな、遠慮なくじゃんじゃん使っていいからね! このまま一気に畳みかけちゃおう!」


●魔と呪
「それじゃあ……早速使わせてもらうよ……おいで……ルルちゃん」
 宙を舞う呪符を掴み取るや、釦は一体の人形を召喚する。
 そのまま呪符を人形に張り付けようとしたが、
「え……服にベタベタ何かを張るな……って? じゃあ、肌の方に……レディの肌をなんだと思ってるのか? 湿布みたいだから嫌? そこを……なんとか……」
 抱えた人形ーールルちゃんがそっぽを向くのを見て、釦が慌ててなだめすかす。

「ほら……これなら、可愛いよぉ……仕方ないから、これで我慢してやる? それは、どうも……」
 結局、呪符を細く捩じり、こよりにして髪に結ぶことで落ち着いたようだ。
『人形遊びならあの世でしておれ』
 一息つこうとしたのも束の間、いきなり『手』が掌を広げて襲いかかってきた。
「っと、と……ルルちゃん、君の力を見せてよ……とびっきりのヤツを、さ……」
 ギリギリのところで『手』を回避したあと、釦がルルちゃんの耳元にそっと囁きかける。

 ルルちゃんの髪がぞわりと浮き上がり、
『ぐっ!?』
 『手』が苦悶の声を漏らす。見れば皮膚の表面に腫瘍のような膨らみが浮かび上がっていた。腫瘍はそのまま膨らみ続けーー唐突に限界を迎えた。
『ぐああああああ!?』
 みちみちみちと内部からこじ開けられるようにして『手』が喰い破られる。
 傷口からは、無数のボタンが見えていた。ボタンは更に数を増やしているのか、ザアーというノイズじみた音を立てながら、止めどなく地面にこぼれ落ち続けていた。

『これは、呪いか!? 小癪……!』
「ひひひ……ご名答。でも……気づくのが遅かったみたいだねぇ……ルルちゃん、ありがとう……」
 釦が頭を撫でると、ルルちゃんは心なしか得意げに胸を張ったようにも見えた。

●嚇怒
『神である余を呪うか! 縋り、忘れ、打ち捨て、その果てに、余を呪うのか、人間どもよ!』
 傷口からボタンをこぼし続けながら、『手』が怒気も露わに打ち震える。
 次の瞬間、虚空に無数の『手』が現われ、獣が威嚇するかのように大きく掌を広げた。

●臨戦
「そりゃァ、面白ェ……幾つまで増えンだろうなァ? バフは頼むぜ神鳥!」
 増え続ける『手』を前にしてウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)が闘志を漲らせ、臨戦態勢を取る。
「任せて! 一人で突出し過ぎないようにね! ツーマンセル以上で動いて!」
「判りました。ウィズさんの死角は私がカバーします!」
「応よ! 後ろは頼んだぜェ、万菖!」
「ガンガン行っちゃっていいからね! 皆、あの気色悪い『手』を復活できないくらい粉々にしちゃって!」
 四人はそれぞれ自身に最適なポジションにつき『手』と相対するのだった。

●成れの果て
 『手』の群れは明滅するかのように現れては消え、互いの位置を変えた。
 攻撃の予備動作を悟らせないためだろう。
 きりは最大限警戒するとともに、あえて身を晒すかの如く自身の存在感を強める。
『……!』
「ふっ……!」
 側面に突如現れた『手』を紙一重で回避。が、更に別の『手』が挟撃するように喰らいついてくる。
 
 まるで狩りをする獣のようだ、ときりは思った。
 自身の役割を失ってしまった神の、成れの果て。
 それでも巫女とともに居続けようとする在り方に、きりは僅かばかりの親近感と、ああはなりたくないという思いを抱く。
 もはや人を害するだけの神は、神とは言えない。
 ならばせめて全力をもって引導を渡すことが礼儀だろう、ときりは渾身の力を込めた木刀で『手』を撃ち払った。

●仲間
 ウィズは無数の『手』の攻撃を捌き、躱し、防ぎながら、己の中で力を高め続けた。
 今はあのカミとやらを全力でぶちのめすことだけ考えればいい。
 ここには力を貸してくれる仲間も、背後を任せられる仲間も、自分の攻撃のフォローをしてくれる仲間もいる。
 だから自分は全力を尽くすことに集中できる。何も気にせず、全身全霊をかけることができる。
 その事実に思わず笑みが込み上げてきた。嬉しくてたまらない。
「カミとやらがどこまでやれるか、楽しみだぜェ!」
 哄笑混じりの叫びと共に、ウィズはありったけの力を解放した。

●間一髪
 来る。ウィズの、強力無比な範囲攻撃。その前触れを紬は感じ取った。
「よいしょおっ!」
 間一髪のタイミングでぎりぎりまで『手』を木刀で斬り裂き、応戦していたきりを引き寄せる。
「ありがとうございます、紬さん。助かりました」
「とっ……あぶない! 大丈夫? こっちはタゲられないっても、余波でも十分威力はあるんだから。ウィズっちはお構いなしに撃っちゃうし。二人とも、前のめり過ぎだよ。まあ、こっちを信頼してるからこそだろうけど――」
 紬が言い切る前に、凶悪なまでの力のうねりが発現し、辺り一帯を蹂躙する音が響き渡った。
「ああなるからね? マジで」
「はい……気をつけます」
 
●蹂躙
 刻は満ちた。
 ウィズの周囲に、空間を圧するほどの無数の刃と銃身が現われる。
 闇色の霧を纏った凶器の群れは、ぞろりと牙が伸びた悪魔の顎を思わせた。
『揃いも揃って余の領域を侵すとは……! 不遜なり、人間どもよ!』
 対する無数の『手』も一斉に姿を消し、捕食者じみた気配が夜の森に満ちる。
 常人ならば動くのを躊躇うほど不穏な空気が立ち込めていた。が、ウイズは逆に即座に動いた。
「薄暗い林とこの空間で、俺に勝とうなんざメープルシロップ並に甘ェわ!!」
 無限とも言える刃の群れと叫喚のような銃声が、夜の闇を、森の静寂を、尽く塗り潰して行く。
『ぐああああああああ!?』
 隠れ潜んでいた無数の『手』が、刃に刺し貫かれ、銃弾に食い破られ、蹂躙されていった。

●魂揺ら
 見えた。
 無数の『手』とその気配に阻まれていた巫女の姿を認めたアイカが、真っ直ぐに駆け出す。
 浮遊する巫女は、相変わらず生気の欠けた顔でこちらを見下ろしていた。
『待て……巫女に手出しはさせんぞ』
 ウィズの攻撃によりズタズタになった『手』が、アイカの進路を塞ぐ。
「邪魔だよ、カミさま。通してもらうよ、っと!」
 だが、アイカは身を深く沈ませ跳躍、逆に『手』を踏み台にして更に高く飛ぶ。
 眼下には巫女の姿があった。アイカは落下と共に拳に破魔の力を込め、
「悪いけど、力づくで目覚めてもらうよ!」
 巫女へと叩き込んだ。不可思議な力で守られているのか巫女の身体は微塵も揺るがなかった。しかし、
「わ、たし、は……?」
 そのとき、巫女が初めて言葉を発したのだった。

●死せる竜
『我が巫女に触れるなあああああ!!』
 ボロボロになっていた『手』たちが、地獄の底から響くかのような声で、叫び声を上げた。
『許さんぞ……許さんぞ、人間どもよ!』
 『手』たちが顎を広げるかの如く大きく掌を開く。直後、行動不能になっていた『手』が再び動き出した。
 周囲に漂っていたインビジブルを吸収したのだ。
 『手』たちは巫女への周囲を固め、もう二度とこちらを通さぬようにしているようだった。
「これは驚いたな……そんな芸当もできるのか。ならば、私も付き合おう」
 僅かに眉根を持ち上げながらリオル。言うと同時、彼の輪郭が人ならざるモノへと変貌する。

 それは紛れもなく竜だった。莫大な竜の力を宿していることも間違いない。しかし、その身体は朽ち果て、到底生きているようには見えなかった。
 死せる竜――屍竜である。
「なるべく多くの『手』を私が引き付ける! 巫女への道を再び開いてくれ!」
 屍竜へと変じたリオルはそう叫ぶと、自ら『手』の群れへと身を投じたのだった。

 巨大な屍竜の前に『手』はなす術もなかった。
 ある個体は巨体に圧殺され、別の個体は滅殺のブレスで跡形もなく消し飛ばされた。
『ぐっ……』
 じりじりと数を減らしていく事態に『手』が焦燥を滲ませる。
「こちらも時間があるわけじゃない。せいぜい数を減らさせてもらおう」
 そう言って、リオルは目の前の『手』を押し潰したのだった。

●神切り
「随分数が減ったけど、さすがに巫女の周りは固いなあ」
 攻撃を刀で受け止め、弾きながら柳生・友好(悠遊・h00718)が、行く手を阻む『手』たちへと鋭い視線を向ける。
 自らの存在意義すら忘れてしまった、神だったモノ。
 その姿を見て友好はふと思う。
「……まるでインビジブルのようだな。運が悪ければ俺達もあんな風になるかもしれない、か」
 誰からも忘れられてしまう、己が誰なのかも忘れてしまう。その危険は常に自分たちについて回るものだ。
 そう考えると少し気の毒にも思えた。だが、この神はそんなことは望まないだろう。ならば、全力で引導を渡すのがせめてもの手向けだろう。

「来い! 神だろうか化物だろうか、一太刀(いちげき)で仕留める!」
 覚悟を決めた友好が防具を脱ぎ捨て、浄化の力を漲らせた愛刀を構える。
『思い上がるな、人間よ! 貴様らはただ頭を垂れていれば良い!』
 『手』の周囲の地面が盛り上がり、掘り出された岩塊が隕石のごとく降り注いだ。
「くっ……そんな技、通用しないさ」
 友好は飛来する岩塊から逃げることはせず、あえて前へと踏み込む。身に当たる岩はオーラで最小限に被害を抑え、ただ前へと突き進む。

『ならば、直接握り潰してくれる!』
 巫女の周りに残っていた3体の『手』が同時に友好へと襲い掛かる。だが、それこそ友好が狙っていた好機だった。
 友好は3体の攻撃がちょうど重なるところに踏み出し、同時に全ての攻撃を捌き、弾く。
 そして、3体の『手』が同一線上に並んだ一瞬。
 友好は一切の乱れがない太刀筋で愛刀を一閃させた。
『が…!?』
 何が起きたか判らぬまま、3体の『手』が倒れ伏す。
 巫女の周りに、もう『手』はいなくなっていた。

●告白
「ありがとう、助かったよ」
「リオルさん、どうするつもりですか?」
 友好が声の方へと振り向くと、人の姿に戻ったリオルが立っていた。
「一応、説得してみるつもりだ。上手くいくかどうかは判らないがね」
 言いながら、リオルは巫女の前に立ち、自身の目へと力を集中させた。
「魂が揺らぎ始めている、のか? これなら……」

 そのまま巫女を見据え、
「聞こえるか? そのカミに救いを求めて信仰しているのなら、止めておきたまえ」
 語り掛ける。
「……」
 帰って来たのは沈黙だけだった。だが、リオルは粘り強く話を続けた。
「最初に罪を考え出した存在も含めて、全てのカミは自身にとっての善いことを為したいだけだ。そうあれかしと祈るヒトの願いと、カミの欲が偶然噛み合う利害の一致に過ぎない。
 よく考えてみてくれ。ただの利害の一致でもいいと言うのなら、手を差し延べてくれるのはカミでなくても良いのではないか?」
 リオルが巫女へと手を差し出す。
 その言葉は彼にとって自身の偽らぬ心情をぶつけた言葉だった。とはいえ、摩耗しきった相手にどこまで届いているかは判断できずにいた。

「私は……ただ、ずっと傍にいて欲しかったんです」
 巫女がぽつりと呟く。
「……あの方は、本当にそうしてくれました。本当に、ずっと。でも、それは……間違いでした」
「……」
 リオルは口を挟むことはせず、ただ巫女の告白に耳を傾けていた。

●神去
「私は、神と人の『時』の違いを理解していませんでした。それを知らず、あの方を縛り付けてしまった。故に、私は咎人なのです。全ての罪は、私とあの方との咎なのです。だから、その手は、他の誰かへと差し伸べてください」
「そうか……残念だ。これからキミはどうするつもりだ?」
「本来なら私はとうの昔に死んでいる身です。このまま彼岸へ身まかるしかありません。行きましょう、我が神よ」

『……汝が望むのなら共に行こう、我が巫女よ』 
 響いてきた声に一同は身構えるが、見る影もなく小さくなった『手』を見て警戒を解く。何より、あれほど感じられた敵意がごっそりと消え去っていた。
「本当にご迷惑をおかけしました。どうしようもない咎人ですが、巫女として皆さんの幸福をお祈りします。どうか私たちと同じ地獄に来られぬように」
 巫女がそう告げると『手』は静かに寄り添い、一人と一柱は塵となって消えたのだった。

●終幕
「良かった……本当に無事で良かった! 皆さん、本当にありがとうございます!」
 一同は救出した女性を連れて温泉宿に帰還していた。
「良かったよ……被害者がもとの場所に戻ったところを見届けられて……たまにはいいもんだねぇ……ハッピーエンドの怪談だってさ……」
 嬉しそうに抱き合う学生たちの姿を見て釦が感慨深げに頷く。他の皆も似たような反応で、ようやく一息つけたというところだろう。
「さて、このまま仕事だけ終えて解散というのも味気ない。せっかくここまで来たことだし、ゆっくり温泉に浸かって骨休めするのはどうだろうか?」
 そのリオルの提案に、皆は二つ返事で頷いたのだった。

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