シナリオ

夢告げの四葉

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●春に咲きゆく
 彩度の高い染料で描いたような紺碧の空。
 春の快晴は澄み渡り、どこまでも広がっていく。
 そのたもとで、同じく広がっているのは新緑だった。その合間で風に揺れるのはシロツメクサ。そう、ここはクローバーの花畑なのだ。
「見つけた!」
 袖丈を余らせた布の服、傷ひとつない革の鎧をまとった少年が、膝を折りそっと手を伸ばす。
 慎重に茎を折った、四葉。
 少年の胸に甘い感慨が広がっていく。それを丁寧にハンカチに包んだ。そして立ち上がり、思いを馳せる。
「どんなお守りにしてもらおう……」
 呟きはひそやかに。そこに湛えるのは決意だ。これからどうか見守っていて欲しい、そして逞しく生きていきたい。この足で大地を踏みしめて歩いていく。
 強い志を抱き、輝く明日を夢見て。
 少年は旅に出る。

●夢告げの四葉
「冒険のはじまりっていいよね。一度経験したら二度と味わえないんだからさ」
 久瀬・曜(ヴァイスハイトの羊・h01514)はゆるりと双眸を細めて言う。
 語り始めたのは、√ドラゴンファンタジーの片隅のシャムロックという街の話だ。
「シャムロックの近辺にはダンジョンがいくつかあって、率直に言うと攻略難易度が低い。それで周囲から駆け出し冒険者が集まってくるんだ。そういう事情もあるから、冒険者たちの前途を祝して、この季節になると花祭りが開催される」

 曰く、冒険初心者を送り出すための祝祭。
 軽やかに風が駆け抜けていく季節だ。賑やかなシャムロックは人々の来訪を心待ちにしている。飲食物を扱う露店が路地のそこかしこに見受けられるし、竜漿兵器を始めとした武器防具・道具類の商売も盛んだ。
 食べ物としておススメなのはクロックムッシュやクラムチャウダーやフルーツ飴、飲み物はカフェオレや手作りレモネードやジンジャーエール。酒なら白ワインがある。装備としてはこの地域の鮮やかな染料で色付いたマントやストールが知られているのだとか。
 特に有名なのは、クローバー畑。
 露店で買ったものを手にピクニックに興じる人も多いが、新米冒険者たちはそこでお守りとしての四葉を摘むのだという。
 スタンダードなものとしてはそのまま押し花にして懐に仕舞っておくやり方。だがあともう一押しということであれば、魔法で硝子に閉じ込めて護符にする、ロケットペンダントに秘する、栞にして相棒と贈り合うなど、様々な方法があるようだ。一方でシロツメクサに着目し、花冠を被って冒険に臨むなんてのも悪くない。
 直接自分が摘んだものでなくても、クローバーモチーフの装飾品は露店でも売っている。多種多様なものが販売されているためそれを手に取っても構わない。
「もちろん君のアイディア次第だから、思うようにして欲しい。お祭り自体も楽しんでもらえると僕としては嬉しいかな」

 シャムロックで準備万端整えたなら、いよいよダンジョンへ向かうとしよう。
「その時々の状況によって違うだろうけれど……ダンジョンの道中、もし冒険初心者を多く見かけた際にはフォローしてあげて欲しい。実際大した脅威はないものの、初心者からすれば押し迫った危機に感じるだろうから」
 もし問題がなければ、√能力者自らが敵と相対する場面もあるかもしれない。だがそれも、不穏な事態にはそうそうならないはずだと曜は告げる。
 そして最奥にて鎮座する敵を打倒する。そこまでが一連の流れだ。

「正直√能力者の皆にとっては何の事件性もない、他愛のない一幕だと思う。けれど彼らにとっては一世一代の晴れ舞台だ。決意を新たに邁進しようとする姿は、きっと眩しいのだろうね」
 それに、これを機会に初心に帰ってみるのも悪くない。
 √能力者の戦いはこれからも続く。どんな気持ちで戦場へ向かうのか、どんな気持ちで日常を慈しむのか、向き合ってみるのも悪くない。
「気兼ねなく、気負いなく。世界は美しいのだと、その背中で語ってもらえると嬉しいよ」
 そう囁いて、曜はふと口元に笑みを浮かべた。

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第1章 日常 『お祭りに行こう』


二階堂・利家

「ああもう春先だもんね」
 駆け抜ける涼風を身に受けながら、二階堂・利家(ブートレッグ・h00253)は青の双眸を細める。
 コートの襟元を掴み、寄せる。まだまだ肌寒い。とはいえ、いつの間にか門出の季節ではあった。いつの間にやら日の光は麗らかだ。時は常に前進し続けている。
 露店が軒を連ねる一角へと足を踏み入れる。
 緊張した面持ちの新人冒険者らしき者の顔を見て、利家は感慨を吐息に溶かした。
 新たな旅立ち。忙しない日々を送ると意識の外に置き忘れてしまいがちな、清々しい感性を伴うそれ。だが、瑞々しい感覚を知らないわけではない。そういう人間がいることを理解しているし、いっそ応援すらしてしまう。
 不意に、言葉を紡いだ。
「正直、『欠落』が備わっていない冒険者を死地に送り出すのはやや、憂慮してしまう立場だけど」
 知らず知らずのうちに、利家の眉根が寄せられる。
 |職業冒険者《ダンジョンエクスプローラー》たる利家にとって、冒険とは隣り合わせにある概念だ。
 実際問題、迷宮は世界中に存在している。冒険者の数は限られている。こればかりはね、と利家は思うのだ。
 持つ者と持たざる者──幾ら死んでも次の機会がある立場の差は歴然なれど、溢れる克己心と冒険に夢を馳せる期待に貴賤はない。それを、利家は身をもって理解しているのだ。
 先程の新人冒険者が、武器屋の前で真新しい剣を手にしていた。店主に発破をかけられて、照れくさそうに頬を掻いている。
 希望に満ちて意気揚々としている様子を、利家は眩しく見守るのだ。先達として、|ヒヨコたち《未来のライバル》が巣立つ姿を。
 今一度風が吹いて利家の白髪を撫でていく。
 こういう光景が続いていくなら、この|√《世界》は、利家にとって死力を尽くしてでも護るべき|理由《Anker》たり得ると、心の底からそう思う。
「いい風だ。きっと彼らの背を押すんだろうな」
 先程の剣が陽光を弾いて光っている。利家は勇気と未来を寿いで、唇の端を上げた。

ブルーベル・ラ・フォンテーヌ

 シロツメクサは、ブルーベル・ラ・フォンテーヌ(最果ての碧落・h06210)にとっては掛け替えのない思い出の一端だ。
 本日晴天。長閑な祝祭、広がるクローバーの絨毯。差し込む陽光は麗らかで、それでいて鮮烈だ。心に焼き付いて消えなくなるような、そんな。
 記憶と現実の境界が曖昧になる。
 随分と懐かしい気持ちになって、ブルーベルはきゅっと締まる心臓を自覚する。鼻をすんと鳴らして顔を上げる。不思議と目の奥が熱くなった。
「……小さい時分に、お姉様とよく一緒に花冠や花束を作っておりましたから」
 ごくごく淡い笑みを零し、ブルーベルはシャムロックの路地を抜けていく。
 露店にも心惹かれるが、やはり一番はクローバー畑。賑やかな新人冒険者たちを横目に、ブルーベルは程良い場所を確保して腰を下ろした。
 指先がクローバーを撫で、それから摘んだのはシロツメクサ。
 自分もまだまだ駆け出しだ。急いては事を仕損じるとも言うし、四葉をゆっくりと探そうか。気長にそれを楽しみながら花冠や花束を作ろうと一輪を手に取った。大切な面影を胸に抱きつつ、丁寧に慎重にシロツメクサを編み込んでいく。
 不器用だから、お姉様のように綺麗には作れぬやもしれないが──。
「あ、やっぱり……」
 花冠は途中で編み込みが崩れて、シロツメクサが飛び出してしまっている。花束も長さがちぐはぐだったせいかどうにも綺麗に纏まらない。ぐしゃっとなってしまった哀しみに、ブルーベルの眉毛は垂れてしまった。自分の不器用さを嘆きながら、ひとまず花冠を脇に除けておく。花束は一度結び目を解いて、改めて束ねることにした。
 己が情けなくて仕方なくって、心はすっかり曇り模様。
 だが顔を伏せたその時、幸運が降って来た。
「……四葉……」
 視線を流した先に、姉が笑顔を咲かせるようにしてクローバーの四葉が佇んでいる。
 鼓動が高鳴る。そっと四葉を手に取ったものの、さて、どうしよう。見つけたはいいとして、その先をまるで考えていなかった。首を傾げてやや思案した後、四葉の茎を短く千切ってロケットペンダントに秘する。
 そこにいるのは姉の写真。
 幸いの居場所を定めて、ブルーベルの花笑みは綻んでいた。

木原・元宏

 確かシャムロックとはアイルランドの国花だっただろうか。
 ここもその縁があったりするのでしょうか──そう考えを巡らせて、木原・元宏 (歩みを止めぬ者・h01188)は並ぶ露店を冷やかしていく。
 星詠みからはいくつかおススメの料理を紹介されていたが、露店では元宏が望む料理も売られているようだった。
 最初に目に留まったのはオイスター。
 艶やかな黒と白のコントラストは美しく、豊かな丸みを帯びた姿は新鮮さを感じさせる。レモンを絞ったそれを購入し、隣の店で揚げたてのフィッシュアンドチップスも手に入れる。
 春とはいえ冬の名残は尽きない。まだ寒いからあたたかいものを、と視線を動かした先、芳しい匂いを漂わせている一角で寸胴鍋が目に入る。
 目当てのアイリッシュシチューだ。
 店主に話を聞くと、どうやら骨付きのラム肉を使っているらしい。羊の肉が食べたいと思っていた元宏にとっては渡りに舟、硬貨を渡してアイリッシュシチューをたっぷり盛った器を受け取った。
 ついでに酒精抜きのアップルサイダーも入手すると、露店の入口で借り受けた木の盆の上には所狭しと料理が並ぶ。賑やかで、まるで料理同士が喧々諤々と意見を戦わせているみたい。
 元宏が求めるのはこの街で食べる食事だけに留まらない。露店の区画をひとつ変えるだけで随分と店構えが違ってくる。携帯用の干し肉にランタン、探索用のロープ等の道具。三つ葉のお守りも買ったなら準備も万端。
 いったん宿に戻って荷物を手にしてから、今一度街を闊歩するとしよう。
「いい街ですね」
 宿の玄関から見遣る、新緑瑞々しいシャムロックの街。
 空は青い。なんにでも手が届きそうで、なんでも掴めそうな、そんな清々しさに満ちていた。
「ここに来られて良かったです」
 万感を籠めた一言は実感に満ちている。
 元宏は腹の底をあたためて、冒険への一歩を踏み出そうとしている。

九条・庵

 春風が九条・庵(Clumsy Cat・h02721)の髪を優しく撫でる。
 手にしているのは手作りレモネード。レモンの輪切りに炭酸の細かい泡が付着している姿を供にして、四葉探しに勤しむとしよう。
「おっと、爪失くさねー様に外しとこ」
 はたと気付いて、庵は紫苑の付け爪を丁寧に外す。せっかく綺麗に塗れたのだし、万一失くす、あるいは欠けたりしたら悲惨だ。それにクローバーも傷つけたら更に目も当てられない。大事にしまっておくとしよう。
 レモネードを一口飲んで喉を潤したら蜂蜜の甘さも感じられる。
 さて、四葉探索を開始しようか。
手近な場所に腰を下ろす。手を伸ばす際も出来るだけ傷つけないよう、体重移動を最小限に留めておく。それにしてもクローバーの絨毯というものは随分とふかふかで心地よい。クローバーはそんなに珍しい植物でもないのに、有名になるなんてすごいことだ。
「来て良かったな。キレイだし」
 感慨が吐息になり、音になり、声になる。
 庵は頬を緩ませて、そして真剣に視線を巡らせた。星詠みに聞いた話を思い出す。
「新米冒険者のお守り、ね」
 思い当たる節がある。
 庵には目算がある。まだ門出を迎えられずグズグズしている友達に、ピッカピカの四葉を贈って。それをきっかけに、クローバーにそうしたように手を伸ばして。
「早く行こって言ってやるんだ」
 言葉にすると自分でも鼓動が弾む。肩を並べて往くことを心底楽しみにすれば自然と瞳が輝く。どうせなら飛び切りがいい。そう思って探すうち、それは見つかる。
「あった」
 一際存在感を顕わにしている四葉。きっと似合いだ。今度は口元が綻んで、自爪の滑らかさでそっと四葉を摘んだ。
 贈るならどんなお守りがいいんだろう。
「女の子だしネックレス? ストラップとかのが気軽か?」
 クローバー畑を後にして、庵は路地の雑踏に身を預ける。軒を連ねる露店を見て回るうち、加工してくれる細工師の店で足が止まる。
 それなら紐を通してネックレスでもストラップでもどちらにも付け替えられるような金具にしようと細工師が言ってくれて、庵も頷く。魔法で四葉をクリスタルに閉じ込めてもらったら、彼女のかんばせが胸裏に浮かんだ。
 通りすがりにフルーツ飴の店を見つければ、口寂しい時の心の友がきらきらと艶めいて庵を歓迎していた。そのうちの一本、苺のそれを購入して、いつもの瓶に補充しよう。
 今度は春風が庵の背を押す。
 今日は晴れやかで、実にいい日だ。

御兎丸・絶兎
七豹・斗碧

 楽しそうなお祭りというものはいつだって心を弾ませるものだ。
 天真爛漫な少年少女が、青空の下を駆けていく。ふたりの背を風が押して、更に前へ、前へと促している。
「ここがクローバー畑かあ。広くてきれいな場所だねえ」
「おおー……ここいーなっ! 思いっきり走り回れそうだ!」
 七豹・斗碧(白翔レイドレパード・h00481)が感嘆の吐息を落とす。御兎丸・絶兎(碧雷ジャックラビット・h00199)は走り出そうとして、その手前ではたと気付いて頬を掻いた。
 目の前のクローバー畑には、四葉を探したりシロツメクサの花冠を作る人々で賑わっている。流石にその光景を踏みにじろうとは思わない。
「しょーがないっ! がまんしてやるか!」
「うんうん、そうしよう」
 絶兎が己の腰に手をあてて告げると、斗碧のかんばせに笑みが灯る。
 穏やかな空気が漂うクローバー畑。空気も新鮮で美味しい気がして、ピクニックに最適なように斗碧には思える。先程露店で食べるものを仕入れてきたところだし、と思ったところで、同じ思考回路だったらしい絶兎が声を張った。
「それよりオレさま腹減ったー! トアっ、まずはメシだっ!」
「そうだね。屋台でいちごのフルーツ飴買ってきて正解だったなあ」
 ふたり揃って腰を下ろし、そっと手元の包みを開く。つややかないちごの飴は赤く、斗碧に食べてもらえるのを心待ちにしているようにすら見えた。
「ゼットは何買ったの?」
「んー、オレさまはこれっ」
 絶兎が取り出した包みからは、チーズがかけられたパンが顔を覗かせた。切り口から僅かに見えるのはハムだ。クロックムッシュなのだが、生憎絶兎はその存在を知らない。
「なんかサンドイッチみたいでんまそーだけど、何かわかんない!」
「そっちも美味しそう!」
 いただきます。そんな言葉を視線で交わし合い、頬張る。口中に広がる幸せの味は、きっとふたりにしか共有できない。
 しばらく談笑しながら食べ物を味わっていたが、ふと斗碧は周囲を見渡す。せっかく来たことだし、自分も四葉のクローバーを探してみようか。
「見つけたらゼットにあげるね。ゼットがこれからも元気で、サイキョームテキなかっこいいゼットでいますようにって!」
 そう思えば気合も入るというもの。よし、と意気込んで、斗碧は注意深く探し始める。緑の海をかき分けて、どれくらいの時間が経っただろう。
「んーと……あ、あった。見てみてゼット」
「なーなートア、トアっ。これなーんだ!」
 重なった絶兎の声に、斗碧が振り返ったその時だ。素っ頓狂な「うわわっ」という声を上げてしまったのは不可抗力。驚きのあまり目をまん丸にしたのは、絶兎が花冠を傾げていたからだ。斗碧が唖然とする間に、絶兎は斗碧の頭に花冠を載せてくる。
「ただの花冠じゃないぞっ! シロツメクサの花冠! 昔トアがよく作ってたヤツなっ!」
 言葉を受けて、じわりとあたたかいものが胸裏を浸す。
 懐かしさと感慨がゆっくりと記憶の境界を溶かして、歓びが斗碧を染め上げる。
「いつの間に作ってたの? というか、私がもらっていいの?」
「もちろんだ! ふふーん! つまり、オレさま忘れちゃってることもあるけど、オマエのことはちゃんと覚えてるってことだ!」
 だから何にも心配なんていらないのだ。
 そんな絶兎の口振りに、斗碧の双眸が潤んだ。
「オレさまはいつだって、さいきょームテキのゼットさまだっ!」
「……そっか」
 そうなんだ。実感が湧き出ずる間も、絶兎は破顔して鼻の下を擦っている。
 そんな現在がとても幸せで、ひどく眩い。
「えへへ、ありがとう。じゃあ、私の四葉と交換だね」
 花冠のお礼に、斗碧は絶兎の手のひらに四葉のクローバーを乗せた。
 そうして花冠の輪郭を大切になぞる。
「嬉しいな。これ、大事にするね!」
 ここは笑顔が咲き誇る、幸せの緑の地。

アダルヘルム・エーレンライヒ

 アダルヘルム・エーレンライヒ(砂塵に舞う・h05820)がシャムロックに立ち寄ったのは、単なる偶然だ。
 そのシャムロックは祝祭の最中だった。周囲が明るい空気で満ちているのは、前途洋々とした新米冒険者たちが多く見受けられるからだろう。
 初々しい限りだが、悪い気はしない。
 アダルヘルムは騎士団上がりで冒険者になった。血を血で洗う生活を送っていた。こうした瑞々しい新米期間とは縁遠いものの、別の運命があればこんな未来もあったのかもしれない。
 自然と、アダルヘルムの足は武器防具を扱う露店へと向かう。
 アダルヘルムはとある店の前で足を止める。熱心に頭を悩ませている新米冒険者らしき青年がいたからだ。
 武骨な大剣か、取り回しがききそうな細身のレイピアか。どちらかに特化した腕前を持っているわけではないのか、随分と頭を抱えているように見える。
「少しいいか」
 アダルヘルムの声が自然と滑り落ちた。曰く、助言をさせて欲しいと。
「ただの俺のお節介で我儘だが、死んでは元も子もない」
 しかし──自分でも思う。こんな強面で死の気配が近そうな男がアドバイスと言ったところで、怖がらせてしまうだろうか。臆されなければいいが。
 懸念を抱きながら様子を窺うと、青年は喜色をあらわにしていた。
「其方の体躯ならば力で押し切ったほうがいいだろう。大剣のほうがいいのではないか」
 実直な言葉を手向けると、青年は何度も頷いた。店主と向き合い、これをくださいと大剣を示す。随分と素直な性分のようだ。
 その姿がひどく眩しく思えて、アダルヘルムは不意に睫毛を伏せる。
 それから並ぶ道具類から黒曜石の柄飾りを手に取った。先程たまたま耳に入ったのだが、どうやら護符として重用されているらしい。
「一つくらいは奢ってやるぞ?」
 大掛かりなものであれば遠慮されてしまうかもしれなくとも、このくらいは許されたい。「先人からの祝いだ」と付け加えるも、流石に青年は戸惑いをかんばせに乗せる。
「気にする事は無い。お前がいつか一人前になった時に、後輩達に返してやれば良い」
 幾許かの躊躇を挟んだのち、青年は顔を綻ばせて「ありがとうございます」と告げる。この率直さは青年の美点だろう。
 青年が「お名前は」と尋ねてくるから、アダルヘルムは思わず己の顔を指差してしまう。
「……俺か?」
 僅かに吐息を噛んだ後、苦笑の気配が落ちる。
「騎士団を除隊処分になった、ただの騎士崩れだ。俺の事は憶えなくて良い」
 浅くかぶりを振るアダルヘルム。それでも青年は目に焼き付けようとしているのか、瞳を潤ませながら見つめてくる。そこに抱かれていたのは確かな憧憬だった。
「……君の門出に祝福を」
 吹く、吹く。春の軽やかな風が、吹き抜ける。

花喰・小鳥

「花冠を編みましょう」
 花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)の思い付きは春の空気に紛れない。
 まず向かったのはクローバー畑。先程から露店から香ばしい匂いが漂ってくるし、この地の名物だという白ワインのラベルは目に入っている。だがそれらを後回しにして、小鳥は歩を進める。胸に迫る感傷が、そうさせた。そういう気分だったのだ。
 小鳥は膝を折り、クローバー畑に座る。それからシロツメクサを何本か摘んで、丁寧に編み始めた。
「花冠なんてずいぶん久しぶりです」
 だが手は覚えていてくれたらしい。澱みなく、迷いなく動いていく。指を組み変えていくうちに、シロツメクサの花冠が完成した。
 零れる、吐息。
 そっと花冠を頭にかぶると、忘れ得ぬ面影が眼前に在るような気がした。
「どうですか? よく似合っていますか?」
 滑らかに流れ落ちる声。それこそ澱みなどひとつもないのに、その行き先には春の気配しか存在しなかった。
 吐息を、噛む。
 答えてくれる声はない。静寂が満ち、その隅に周りの談笑が跳ねている。麗らかな陽光が、不思議とそっけないように感じられた。
 小鳥はそっと瞳を閉じて頷く。
 ──あの子はもういない。
 還るべき場所に、在るべき処に還ったのだと思っている。そう、理解している。けれど棘のようなものが心臓に刺さった感覚が、いつまで経っても抜けてはくれない。
 頭上に広がる青空は果てがなくてたまらなく心細い。
「思えば遠くに来たものです」
 その呟きは紋白蝶のように風に乗っていく。
 そうして小鳥は立ち上がり、露店の方角に視線を流した。足を運ぶ。先程視界に入っていた白ワインを供する店に向かうと、一杯所望することにした。
 グラスを傾けると、瑞々しい涼やかさが喉に落ちていく。つい落とした吐息は、先程より甘い響きを湛えていた。
 一緒に買ったクロックムッシュにも舌鼓。チーズとベシャメルソースの旨みが舌の上で躍る。それらで心を満たそうとして、浅くかぶりを振った。
 食べすぎないように。
 ふと酩酊を覚えて、小鳥は淡く微笑んだ。

尾崎・光
尾崎・閃

 春の陽光に照らされ、人々の笑みが咲き誇る。
 尾崎・光(晴天の月・h00115)は口の端をゆっくりと持ち上げる。
 この√の祭りは何度か来ていて、どこも賑やかなことはわかっている。色んな種族や文化が入り乱れていても、和気あいあいと楽しんでいる様子は共通している。
 姉さんにも楽しめるかな──そう尾崎・閃(微睡む朝霧・h00483)に視線を向けると、光を見つめる閃の眼差しとかち合った。そんな、気がした。閃は生前から物に対して執着はあまりなく、自身の表情はあまり変わらない分、親しい者の楽しそうな顔を見る方が好きだった。そういう意味で、意思疎通は出来ていると言っていい。
 閃はインビジブルである。春風に抱かれて、ふわふわ浮いているだけにも見える。自我がないとはされているものの、光の傍らで離れることなく、祭りの賑わいを眺めていた。
 少しでも楽しめていればいいけれど。光はそう考えながら顎を引き、ふたり連れ添って露店をひやかすことにした。
 立ち寄ったのは雑貨を商っている一角だ。
 ディスプレイされているセルリアンブルーのストールは鮮やかで美しい。光は知らず眦を緩めていた。きっと、閃にもよく似合うだろう。もし、|身に着けることが叶えば《・・・・・・・・・・・》。
 光はかぶりを振る。インビジブルである閃は、普通のものだとすり抜けてしまう。名残惜しいが、通り過ぎるしかない。
一方の閃は眉を垂れていた。光も、自分のためのものを見繕えばいいのに。その執着のなさに、自分のそれを棚に上げて、唇を尖塔の形にして不満を呈した。それを光が見えているかは、別の話だけれど。
 次に足を止めたのは、酒屋だった。どうやら白葡萄がこの辺りの名産品らしく、上等な白ワインが陳列されている。
 そのうちの一本を手に取り、光は思わず苦笑してしまった。正直、最近土産にお酒ばっかり買う習慣がついている気がする。それを閃も知っていて、誰かにお土産を、と考えるようになっただけましになったのかもしれないと思い直す。やっぱり自己を顧みない所業が面白くないのはさておくとして。それと、土産物のセレクトにも閉口してしまうのもさておくとして。
 結局、光は思いつく顔ぶれに行き渡るだけの白ワインを購入する。いくらでも飲む相手がいるから、まあいいだろう。買い置いて取りに来るのはまた後でと言い、支払いを済ませた。
 それから、それから。
 お守りとして使うかはわからないものの、あとは四葉だろうか。
「姉さん探し物は得意だったよね」
 人々で賑わうクローバー畑へ足を運ぶ。光が視線を巡らせるうち、周囲を見渡していた閃がある一点を指差した。光が足を向けると、そこでは四葉が風に揺れている。本当に、見透かすように見抜くことが上手い。
 膝を折ってそれを慎重に丁寧に、摘む。そしてすぐに立ち上がった。
 閃は唇を引き結ぶ。弟が祭りの場から離れる意図はすぐにわかった。この場にひとりではつまらなくても連れてきたのだろうが、この先、今の閃で為せることはないのだろう。
 四葉を懐に仕舞い、光はそっと青の双眸を細めた。
 次に向かう前に、閃を促して√の境界に行く。そこは光の店近くに繋がる道だ。
 光は姉を優先してしまうから、一緒にいると依頼が完遂出来なくなる。それは憂慮であり事実であり、しかし心を砕いている証だった。
「行ってきます」
 清しさが青空に映える。光の黒髪が風に靡く。
 見送るのは果たしてどちらだったか。ふたりとも、両方だったのかもしれない。
 ──百鬼夜行のあなたの店で待っていますね。
 確かにそんな声が、光の心臓の真ん中をあたためている。

ベイヴィル・シャムロック

「呼ばれたような気がしてやってきましたー! ……って、街の名前なんだねぇ」
 ベイヴィル・シャムロック(ぽんこつエルフ・h05174)ははいはーい!と手を上げそうな勢いで言う。言うなれば、呼ばれて飛び出てしまう感じ。仄かな親近感を抱き、ベイヴィルは碧玉の双眸を輝かせる。
目に入ったのは軒を連ねる露店だ。ここに立ち寄ったのも何かの縁だ、せっかくだからお祭りを楽しんでいくことにしよう。
 春風に急かされて店のひとつひとつを冷やかしていく。
 焼きたての牛の串焼きの香ばしい匂い。暖簾代わりにはためく紺青の大きなストール。レモネードを商う店の売り子の元気な声。どれも魅力的ではあるが、ベイヴィルの視界に入ったのは四葉をあしらった装飾品だ。
「ふむふむ、この街では四つ葉が幸運の象徴なんだねぇ……私の地元じゃ三つ葉が幸運の印だったなぁ」
 そこは世界差、地域差というやつだろうか。「何で違うんだろ、おもしろーい!」と笑顔を咲かせ、覗き込むようにして店先を眺める。そう、郷に入っては郷に従えというやつだ。
 ベイヴィルに似合いそうなものを見繕う。四葉が三連連なったイヤリングもいいし、シロツメクサとクローバーが仲良く寄り添うペンダントもいい。
 どれも捨てがたいと店先で右往左往して、ふと目に留まったのは金色の鎖だ。
「あ、このアンティークゴールドのブレスレット可愛いなー!」
 アンティークゴールドは陽光を弾いて鈍く光る。細身の鎖に、精緻な作りの四葉。添えられた一滴は翡翠だ。どことなく、ベイヴィルの瞳の色を彷彿とさせる。
 試しにつけてみる。ブレスレットはベイヴィルの華奢な手首にしっくりときて、店子も「お似合いですよ」と太鼓判。
「これにしよう!」
 このままつけていくので包装いらないですと申し出て、ベイヴィルはブレスレットと共に弾む足取りで路地へと踏み出した。
 その時だ。街角の樽の上でなぁごと鳴き声が聞こえる。
 もふもふと毛足の長い猫だ。真っ白だ。ベイヴィルのほうを見遣って、首を傾げていた。
 ピンときたベイヴィルが近寄って顎を撫でると、白猫は嬉しそうにベイヴィルに頬を寄せてくる。たまらないくすぐったさに襲われて、ベイヴィルはつい破顔した。
「ラッキー! 早速お守りの効果かなぁ!」

ベル・スローネ

 行き交うざわめき。シャムロックは活気に満ち溢れている。
「新米冒険者を送り出すお祭りかぁ」
 ベル・スローネ(虹の彼方へ・h06236)の呟きが、春風に流されていく。呼び起こされたのは旅立ちの記憶。冒険者として歩みだした、ベルの軌跡。
「……家族に送り出された時のことを思い出すな」
 最近のことだというのに、何だかすごく懐かしく感じてしまう。
 記憶が想起される。母は応援してくれたものの、父は最後まで反対していた。だが元よりご先祖様という先達の背中に憧れた冒険者の道、それ以外を選ぶなどという発想はなかったのだ。
 ――なんて。
 想い出に浸りながら、ベルは石畳の道を闊歩する。
 店先を覗いていると、自然と噂話が耳に入る。やはり、特に有名なのはクローバー畑だという。新米冒険者たちに混ざって四葉のクローバーを探してみようか。
 そうと決まれば話は早い。クローバー畑に一足飛びで向かい、膝を折る。
つぶさに周囲を見渡して、目当ての四葉を探そうと試みた。思いの外見つからず、なかなか難しいものだと憔悴しかけたところだった。
「! あった」
 ベルのかんばせに喜色が差す。見つかりさえすれば、苦戦すら良い思い出だ。
 そうしてベルは踵を返す。狙いは細工師がいる店。せっかくだから、四葉を加工して持ち運べるようにしたい。
 露店を巡っていればそれらしい店を見つけることが出来たから、ベルは懐から水晶の原石を取り出した。「前に冒険で手に入れたものなんだ」と細工師に渡し、これと四葉を加工して欲しいと依頼する。
 青空に雲が渡っていく様子を見ているうちに時間は過ぎる。
 細工師が「出来ました」と声をかけてくれて、ベルは笑顔を輝かせて駆け寄った。
 水晶は粗削りのまま、素の造形を活かして。その中で微睡むのは、先程摘んだばかりの四葉だ。それに金具を取り付けて、細い革紐を通してある。
 このペンダントが、これからの道行きを祝福してくれたらいい。
「ふふ、いっぱい幸運を呼び込んでくれるといいな」
 ベルの呟きに応えるように、水晶が陽光を弾いてきらめいた。

白・琥珀

 シャムロックの街角で和気あいあいと談笑している新米冒険者たちの姿は、ひどく眩しい。
「いいねぇいいねぇ。春は巣立ちの季節だ」
 若人たちの姿はとても心地よい──そう、白・琥珀(一に焦がれ一を求めず・h00174)は綽々と薄い笑みを浮かべる。ついつい爺目線になってしまうが、それは仕方がないと見逃して欲しい。
 新米冒険者たちは揃って露店を覗いているようだ。あそこは確か薬草を扱っている店だったか。うんうん、きちんと用意していくに越したことはない。頷きながら、琥珀は彼らをそっと見守っているのだ。
 そんな風に眦を緩め、思わず髯に手を伸ばそうとして、我に返る。
「……っとそうだった。この姿になって二十年もたつというのに」
 ついつい髯を触る癖が出てしまった。琥珀は見た目を定期的に変えているから、その時々で面差しや特徴が違うのだ。あの頃はどんな琥珀の色をした瞳だったっけと考えつつ、やはり髯の代わりに顎を擦ってしまった。
 にこやかに、というよりはややにやけてるかもしれない。
 彼らの幸いを願えばこそ、その未来が明るいことを予期しているから。
 若人たちを眺めつつ、琥珀も露店を冷やかすことにした。
 春の風に背を押されるままそぞろ歩き。何を買い求めようか、思いを巡らせるだけで心が弾むというものだ。まず琥珀の視界に入ったのは宝玉のようにきらめくフルーツ飴。色とりどりの詰め合わせを買い求め、その視線が次に結ばれたのは緋色のストールだ。
 鮮やかな深紅は琥珀の白い肌に良く映える。まだ肌寒さが残る季節だ、日が陰る時間帯にはこれを羽織るのもいいだろう。その時はこのストールに合う瞳に変えるのもいいかもしれない。例えば、緋が差す茜色とか。そんな風に思いを馳せて、店主に「これをこのまま身に着けていくよ」と告げて支払いを済ませる。
 ストールを羽織ったならば、まるで真っ赤な夕暮れを紡いで織ったものに包まれた心地。
 空と繋がるのはいい気分だ。鼻歌でも奏でそうな勢いで、琥珀は店を後にした。そのまま歩を進めると、飲食物を扱っている一角に辿り着く。この辺りは飲み物を商っているようだ。
 カフェオレでも買って飲みながら、祭りの散策を続けようか。
 琥珀の横顔が日差しに透け、輪郭が鮮明に浮かび上がった。

道明・玻縷霞

「どの世界でも願掛けというものはあるのですね」
 道明・玻縷霞(普通の捜査官・h01642)は、護符を商っている店で和気あいあいとしている新米冒険者たちを見かけて、呟く。
 玻縷霞が√ドラゴンファンタジーに行くようになったのはつい最近のこと。だが他の√と本質的には同じだ。人の営みがあり、命が息衝き、それぞれの文化を構築している。それらを見て胸に息吹くのは、親近感だ。
 口元に薄い笑みを刷き、玻縷霞は露店を見て回る。どれも自信を持って販売されている品物だ。食べ物はもちろん、クローバーをあしらったものを売っている店はどこも盛況だ。そこで買おうかと一瞬頭を過ったものの。
 向かうのは、クローバー畑だ。
 どうせ時間はある。自分自身で探したことはないが、じっくりと地道にやればきっと見つかるはずだ。
 歩を進めるうちに緑の絨毯が待ち受けている。点々と咲くシロツメクサは刺繍のようだ。
 膝を折る。眼鏡越しの紺青が、目当てを探索する。気負っていたわけではないが、それほど早く見つかるとは思っていなかった。だが予想はいい意味で外れて、時間をかけることもなく玻縷霞はふたつの四葉を手にすることになる。
 それを丁寧にハンカチに挟んだ。大切に携えて、再び露店へと舞い戻る。
 先程冷かしていた時に、目星は既につけてある。
 店頭にいた細工師に端的に依頼した。
「この2つの四葉を1つの硝子に閉じ込めてください」
 大きさは掌に収まる程度のもので。そう告げたなら、細工師は諾々と頷いた。手慣れたもので、魔法を使って硝子の中に秘め、磨き上げるまでにさほど時間はかからない。それでいて極上の金剛石のようにきらめくのだから、つい舌を巻いてしまったのが正直なところ。
「見事です。ありがとうございます」
 短く謝辞を傾げてから、玻縷霞は四葉の硝子を手にして、装飾を生業としている別の店へと歩き始める。目星はついているから、今のうちにどんなものにするかを考えておこうか。
 頭上に広がる青い空のように、未来へ続くものがある。
 聞いたことがある。明日とは、明るい日と書くのだと。
「若い方はこうして探し、先を思い描いて、期待を抱いて旅に出るのですね」
 その囁きは実感に満ちていた。新米冒険者たちが楽しそうなのも、わかる気がするのだ。玻縷霞は小さく喉を鳴らして、睫毛を伏せる。
 あたたかな日差しが緑に透けて、玻縷霞の背を照らし続けている。

隠・帯子

 新米冒険者たちの姿を見つめていれば、隠・帯子(🕷️・h02471)の胸がじんわりとあたたかくなる。
 今から初めての冒険に踏み出すことを自分で認識しているのは、実は幸せな事なんだと思わずにはいられない。必要に迫られてではなく、意気揚々と明日を夢見て進むための一歩が、どれだけ尊いことか。
 帯子を始めとした√能力者たちも、たくさんの人間達が一斉に旅立つと分かったら、その前にお祝いしたくなるというもの。そのお祝いが未来への道標になったりもするかもしれない。
「節目って大事だと思うよ。本当に」
 実感を籠めた言葉は春にそっと溶け込んでいく。
 それから帯子は歩き出す。目指すは露店が並ぶあたりではなく、シロツメクサ畑だ。
 適当なところを居場所に定めて腰を下ろす。持ってきた紐を手繰り寄せ、店でやっているように花飾りを作り始めた。紐とシロツメクサの茎を編み込み、丁寧に仕立てていく。
「きれいですね、それ……」
 帯子が片眉を上げたのは、新米冒険者と思しき少女が声をかけてきたから。
 急にすみませんと頭を下げる姿に諾々と頷いて、帯子は真新しい紐を一本引き出した。
「作ってあげる」
「いいんですか?」
「うん。もう少し待っていて」
 帯子の言葉に表情を明るくした少女は、目を輝かせて隣に座る。興味深げに作業を眺めている少女を横にして、帯子は淀みなく花飾りを編み上げていく。普段ならば飾りは赤一色なのだが、今はそこに緑と白が添えられる。これはこれで、コントラストが美しい。シロツメクサのバランスが良い配置を心がけ、これぞというものを作り上げていく。
「出陣祝いだ」
 完成した花飾りをそっと差し出す。すると、少女は感激のあまり瞳を潤ませる。帯子はそっと手を伸ばし、少女に花飾りを握らせてやった。
 何度もお辞儀をしてから去っていく少女を見る帯子の目が優しかったことを、誰も知らない。
「私も冒険の準備を整えようかな」
 余った紐にもシロツメクサを飾ろう。そして足元に垂らして、化術の足しにするのだ。
 己が身に宛がってみて、帯子は緋の双眸を細めた。
「うん。たまには緑を纏うのも悪くないね」

史記守・陽
モコ・ブラウン

「お弁当はクロックムッシュがいいモグね」
 鼻腔を擽るのはチーズが炙られた香ばしい匂い。
「美味しそうな匂いでもうクロックムッシュのことしか考えられないモグ!」
 モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)がサンドイッチ屋の前で宣言する。隣にいた史記守・陽(|夜を明かせ《ライジング サン》・h04400)も異論はない。笑顔で硬貨と共にそれをください、と申し出れば、二人分のクロックムッシュが小さなバスケットに入れて渡される。
 食べるものは決まった。となると、次に選ぶのは飲み物になる。
 隣に店を構えていたのは手作りレモネード屋。その向かいにはカフェオレ屋。レモンの瑞々しさとコーヒーの芳しさは甲乙つけがたく、目が右往左往して忙しい。
「飲み物は……悩ましいですね」
「うーん迷うモグね〜手作りレモネードもカフェオレもどっちも美味しそうモグ」
 腕を組んでぐぬぬと眉根を寄せるモコ。同じく隣で思案顔になっていた陽がはたと気付いて提案を。
「そうだ。シェアすれば両方楽しめますよ」
「いいのモグ? それは素敵なアイデアなのモグ!」
 意見の一致。モコがレモンたっぷりレモネードを、陽が湯気のたなびくカフェオレを購入する。レモネードは硝子瓶に、カフェオレは水筒に注いでもらい、途中で溢さないようにしよう。
 準備が出来たら行こう、クローバー畑へ。
 春の風に背を押され、ふたりの足取りは軽い。太陽にあたたかく照らされているから尚の事、この後の時間に期待は膨らむばかり。
「ピクニックピクニック〜♪」
 ご機嫌なメロディがモコの口から流れ出る。美味しいごはんとドリンクと、仲良しがいる。それだけでも嬉しいのに、見事なクローバー畑もあるというのなら、モコの心の弾みようもむべなるかな。
 微笑ましくて、つい陽はにこにことその光景を眺めてしまう。それを察し、恐る恐るモコが尋ねた。
「あ……声に出てたモグ?」
 しょんぼりと項垂れて「はしゃぎすぎモグね……」と視線を地面に落とすモコ。
 落ち込んでしまうのではと陽は大慌てで両手を広げ、どうにか言葉を探そうする。一拍置いて紡いだ言葉の先は、迷子にならなかった。
「少しくらいはしゃいでもいいと思います。モコさんが楽しそうにしていると俺も楽しいですから!」
 はっきりとした明言だ。
 その輪郭があまりにも鮮やかだから、モコの視線は自然と上向いた。
 気持ちも上向いたのだろう、モコが頷く。陽にとってはそれで十分だった。ふたたび足は前に進んで、目の前に広がるは緑と白の絨毯。
 さあ、楽しいピクニックのはじまりはじまり。ふたり揃って座って、バスケットからクロックムッシュを取り出す。飲み物はもらっておいたそれぞれのコップに注ごうか。
 陽が「よければお砂糖いかがですか?」と言えばモコは「ありがとモグ! お砂糖ひとつお願いするモグ」と返す。角砂糖がひとつ、カフェオレに溶けて沈んでいく。
 麗らかな、良い日だ。
 クロックムッシュの熱さに驚いて、レモネードの炭酸で喉がくすぐったくて、カフェオレのあたたかさが胃に沁みて。
「美味しかったモグ〜」
「本当にそうですね。ごちそうさまでした」
 この気持ちよさに促されるまま、ふたりは隣り合わせでごろりと寝転んだ。
 春の陽気が本当に気持ちいい。青い空に綿菓子を千切ったような雲が流れている。陽はそれをぼんやりと眺める。ぽかぽかしてていい天気なものだから、モコはお昼寝したくなってうとうとしかける。
 そう、うたかたに浮かぶような心地になっていたから気付かなかった。
 ふと横の相手のほうを見たら、四葉が風に揺れていた。そういえばお守りになると街角で聞いた。
 ──シキくんに似合いそうモグな。
 ──折角だからモコさんにプレゼントしようかな。
 モコと陽が手を伸ばして、もう少し伸ばして、同時に四葉に触れたところで視線がかち合った。つい噴き出してしまったのはどちらが先だっただろう。
「あはは、一緒に幸せを見つけられたってことですね」
「……ふふ、これもシェアするモグ?」
 クローバー畑に響く、ふたりの笑い声。
 あまりに長閑で、穏やかで、優しい時間だ。

ララ・キルシュネーテ
詠櫻・イサ

「イサ、春の心を探しにいくわ」
 ララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)が春うららの只中ではっきりと言い切った。
 言い切られたほうの詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)は怪訝に眉根を寄せる。
「春の心? 何それ?」
「いいから。四葉よ」
 ララはイサの繊手をむんずと掴んで、迷いない足取りで歩いていく。突然の聖女サマの呼び出しに抗うことは叶わず、イサはあれよあれよと連れてこられてクローバー畑の真ん中だ。
 涼風がふたりの間を駆け抜けていく。
 そう、今日は日差しも風も心地よいから、絶好の|四葉探索《ピクニック》日和だ。
「今は四葉を探すの優先よ」
 ララに断言され、そこでようやくイサの中で点と点が繋がった。
「春の心……あ、四葉のクローバーか」
 確かに葉の形がハートっぽい。それが四枚集えば四葉になる。言ってしまえばロマンティックだ。
「……可愛い例えだね」
 イサの囁きは春に溶けこまない。ただぼんやりと柔らかな空気に身を委ねて、まだあたたかいカフェオレを喉に落とす。
 せっかく露天でクロックムッシュとか買ったのに。
 ついイサが片眉を上げてしまうのは、日頃は食いしん坊なララの挙動を不思議に思ったからだ。
「……いつも真っ先に食べるのに、クローバー畑ばかり見てる」
 変なの。具合でも悪いのだろうか。とはいえ別にそれを追及する必要は感じないから、イサはララのさせたいようにさせてやる。気紛れであればすぐに飽きるだろう。そんなことを考えて。
 さて自分も四葉探しと洒落込もうか。イサは腰を上げて周囲を見渡す。そしてしばらく。思わず口角が下がり始めた。
「イサ、そっちにはあった?」
「またなかなか見つからないんだ、四葉!」
 一方のララはイサより先に見つけたいから、探す眼は真剣そのもの。
 その眼差しがあまりに真直ぐだから、イサはこてりと首を傾げる。
「何でそんなに四葉が欲しいんだ?」
 その問いかけに、ララはぱちりと花一華の瞳を瞬かせる。
 一拍間を置いた後、人差し指を唇にあてるララ。まだ秘密、と言われなくともわかった。今はそれ以上言葉が出てこないだろうと察したイサは四葉探しを再開する。
 だが、懸命に四葉探しを続けるララの機嫌が傾くまでそう時間はかからなかった。
「むう……見つからない」
 ララは頬を膨らませる。尽力しても結果がついてこないのだ、少し拗ねてしまうのは致し方ないだろう。
 その様子を眺めていたイサは、ちょうど最後のシロツメクサの茎を処理したところ。
「聖女サマにあげる」
 言うが早いか、イサはシロツメクサの花冠をララの頭に被せてやる。
 機嫌を直しなよとは、言外の響き。ララもすぐに意図を察した。口許を野暮ったくもたつかせて、頬を柔く桃色に染める。
「……悪い気はしないわ」
 胸に宿るあたたかさが押し迫る。ララは「気合いをいれて探すわよ」とやる気を充填。
 ここまで来たら飛び切りを見つけたい。根気よく丁寧に探し続ける。頭上の太陽が高く中天に届きそうか否かという頃合いになって。
「あった!」
 ララの花かんばせが華やいだ。
 瞳を輝かせて、ララはイサに見て見てと四葉を翳す。
「奇跡よ。遂に完璧な四葉を見つけたわ」
「よかったな、見つかって」
 それをどうするんだろう、とイサがもう一度頭を捻る。その間にもララは作業に移った。上機嫌でありながら真摯に「これをこうして……」と飾りをつけていく。その中にはララの可惜夜の羽根も含まれていた。
 まるで星を繋いで星座を模るような、そんな。
 完成したのは、四葉をお守りとしてあしらった首飾りだ。
 イサへ、ララが丁重にそれを差し出した。
「イサにあげるわ」
「……え?」
 もしかしたら結構間抜けな声になっていたかもしれない。イサが己を指差す。
「俺に?」
「いつもララを守ってくれるでしょ? お礼よ」
 さあ受け取ってとぐいぐい押し出すララに、イサは戸惑うことしか出来なかった。なんて言葉にしていいかわからなくて、喉から出る空気だけが声にならずに霧散する。
 時間をゆっくりかけて、桜色が差したオパールを受け取るようなひたむきさで、イサは囁いた。
「ありがとう、ララ」
 万感を籠めた、短い言葉。
 絞り出された声に秘められた想いを確かに受け取ったララは、花笑みを咲かせる。つられるようにしてイサも頬を綻ばせた。微笑みの連鎖。ララはそのことが、たまらなく嬉しい。
 ララはイサの隣に座ってこてりと頭を預ける。その優しい体温と重みは、ララがいるという事実を鮮やかに伝えてくれる。
 絢爛の春は今ここに在る。
「春の心って、あったかいんだね」
「そう……ぽかぽかでしょう?」
 シロツメクサの花冠と四葉の首飾りを、穏やかな風が撫でていく。
 もう少しこうしてゆっくりと過ごそう。ピクニックの続きはその後に。クロックムッシュとカフェオレは冷めてしまったけれど、きっとふたりを満たしてくれるから。

彩音・レント
狗狸塚・澄夜

「あれ? 澄夜くん、今日の姿はそっち?」
 彩音・レント(響奏絢爛・h00166)がレモネード片手に狗狸塚・澄夜(天の伽枷・h00944)に問うと、澄夜は外見年齢十二歳くらいの姿で両手を広げてくるりと半回転した。まるでモデルが衣装を翻すかのような所作だ。
「身長ましましなイケメン二人で」
 澄夜はしれっと言い切った。
「ちっちゃな草花さんを探す図はそこはかとなく哀愁漂うので」
 だから少年体で挑んだのだと告げると、レントは「って理由がそれー!?」と肩を跳ねさせる。
「澄夜くんの裏切り者ー!」
「済まないなレント殿、俺が四葉探しの大変似合う傾城傾国顔の美少年であるばかりに……」
「美少年だったらなんでも絵になるなんて卑怯だよー!」
 レントの叫びに対し、うう、と袖の裾で涙が溜まる目尻を拭うふりをする澄夜。澄夜が人目を惹く美形であることは間違いないから、実のところレントにも異議はない。というよりこれはふたりのじゃれ合いのようなもので、漂う空気はいたって長閑だ。
 顔をわっと覆って、レントは悲哀に浸る。
「できれば僕だって可愛い女子と四葉イベントを発生させたかったさ……」
「……あ、フルーツ飴美味しいな」
 このいちごのやつおススメ、と澄夜はご機嫌で呟く。まったく悪びれない態度だ。今度はレントが手の甲で眦を拭いた。ちょっと泣きたかったのは本音だった。
 とはいえ澄夜が言うところの『身長ましましなイケメン』は、レントにも当てはめられている。つまり澄夜と同様にレントの整った顔立ちも褒められているのだが、果たして本人は気付いているのだろうか。
「このレモネード、ほろ苦い青春の味がする気がするね……切ないね」
 少しずつ口に含めば、レモネードのレモンが効きすぎているような気もする。今のところ気のせいにしておこう。
 腹ごしらえが完了したら、ふたりはクローバー畑へ。
 適当な場所に腰を下ろし周囲を見渡す。緑の絨毯と青空のコントラストが筆舌に尽くしがたい。言葉にするのが無粋なくらい、綺麗だ。
「しかし見事だな、幸福の四葉も探し甲斐がありそうだ」
「せっかくだから四葉は見つけて帰りたいなあ」
 感嘆の息を吐く澄夜に、目を輝かせるレント。早速レントは片膝をついて、周りの様子を窺った。たくさんのクローバーが風に揺れている。そのほとんどが三葉に見えるから、途方もない作業になりそうだ。
 とはいえ、レントは俄然やる気に満ちている模様。
「こういうの、宝探しみたいでついつい本気になっちゃうのが男の子ってやつだよねー!」
 丁寧に一枚一枚見ていくことにした澄夜は小さく笑う。
 自分も四葉探しの意欲はある。童心に返った気がして心が弾んで、ひとつひとつを慈しむように探していた。しばらくそうして没頭しているうち、澄夜はちらりと傍を見る。
 真剣な横顔だ。
 レントはあまりに集中するあまり鬼気迫った感がある。澄夜が「お兄ちゃんこわーい」なんてきゃるんっと言ってのけると、「え? ちょっと本気になりすぎた!?」と顔を上げる。すぐに我に返るあたり、素直だ。
 そうしてどのくらい時間が過ぎただろう。
 もうそろそろ潮時か、と思いレントは立ち上がった。あんなに探したのに結局見つからなかったのは無念としか言いようがない。
 肩を落とすレントに、澄夜は柔い微笑みを浮かべる。
 何もかもを見通して、見透かして、それでも尚信頼を寄せるような眼差しだ。
 澄夜が差し出したのは四葉のクローバー。それを押し花にしたものだ。この形になっているということは、レントが悪戦苦闘している間、澄夜は結構早い時間に見つけていたらしい。
「あ、これ僕に? もらっていーの?」
「もちろん」
 レントが首を傾げるも、澄夜はただ笑みを深めるばかり。
「年上の男からで申し訳ないが、友の幸福を願う気持ちは本当だぞ?」
 だから受け取って欲しい──そうやって手に握らせると、レントも頬を緩ませる。
「ふふ、なんだかんだで優しいお兄さんなんだから」
 なあんて。軽口を叩いて、歓びの感情を春の陽気に溶かしてしまおう。
 レントがレモネードに口をつけると、既に時間が経っていたため温くなっている。ただ柑橘特有の皮の苦みだけが舌に残る。きっと記憶にも、残る。
「心なしかレモネードも甘酸っぱい青春の味が……残念! しません!」
「……うん、その苦味はきっと未来で取り返せる筈だ。多分」
 ふたりの視線がかち合って、どちらともなく笑い声が上がる。
 巡る巡る、幸せの螺旋。紡がれて繋がって、きっと未来にも続いていく。

鴛海・ラズリ
椿紅・玲空

 お弁当をたくさんバスケットに詰め込んだ。
 もちろん敷物やお手拭き・カトラリーまですべてお気に入りで揃えた。鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)と白ポメラニアンの白玉、椿紅・玲空(白華海棠・h01316)と精霊栗鼠を装うトルテ。ふたりと二匹で幸せの緑絨毯へと駆けだそう。
「玲空とピクニック気分なの」
「今日はラズリとピクニック……じゃなかった?」
 もとよりそのつもりだったという玲空。ラズリは深く首肯して「四つ葉も見つけたいね」と言う。すると玲空は「ん、二人で探したらきっと見つかる」と笑みを零した。
「はっ! その前に露店発見! なんだよ……!」
 ラズリの足が急ブレーキを踏む。飲み物を商う店に慌てて滑り込んだなら、ラズリは氷と蜂蜜がたっぷりのレモネードをお買い上げ。玲空は黒糖を溶かしたカフェオレを手に入れた。これで飲み物も準備万端。
 さあ、いざクローバー畑へ向かおうか。
「白玉、待ってー!」
 真っ先に走り出したのは白玉だ。「わわん!」と頭から突っ込む勢いでクローバー畑に飛び込んで、一足飛びで走り回る。それからころころとクローバーと戯れている。白毛玉の可愛らしさは今日も飛び切り、元気いっぱいだ。
「トルテも一緒に飛び込んできたら?」
 玲空が肩にいる栗鼠をつん、とつついたらトルテもとててててと馳せていく。トルテが白玉の横っ腹にぽふりとぶつかりに行くも、二匹はそのままじゃれ合い始めた。
 あまりに平和な光景だ。ラズリはつい眦を綻ばせてしまう。
「ふふ、トルテも元気ね」
 それを聞き、玲空は花海棠の双眸を細めた。玲空がふたりと二匹でも十分寛げる大きな敷物を広げたなら、今度はラズリが開陳する番。
 バスケットの蓋を開ける。いちご、キウイ、オレンジ──いろんな果物を用いたフルーツサンドは目に楽しい。素朴な風合いの桜餅はまさに春待ちの様相、思わず玲空が歓声を上げたのは許されたい。
「すごい……! どれも美味しそう」
 きらきらと瞳輝かせる玲空に、ラズリはくすぐったそうに「張り切って作りすぎちゃった」と頬を掻く。
「玲空、いっぱい食べてね」
「ん、ラズリありがとう」
 勧められるままに玲空がフルーツサンドのひと切れを食む。バターの薫り豊かなパンと瑞々しい果肉のマリアージュは口の中にも春を連れてくるかのよう。ゆっくりと咀嚼する時間も至福で、その表情を見ているラズリの胸もあたたかなもので満ちる。ラズリがレモネードを啜れば、清々しいレモンの酸味と炭酸の爽快さが合わさって、喉をすっきりと潤してくれる。
 そうしてふたりが会話を楽しみながら舌鼓を打っていると、ててーっと白玉が戻って来た。
「どうしたの?」
 ラズリが薄氷の眼をぱちりと瞬かせると、白玉は得意げに咥えたものを見せてくる。
 四葉のクローバー。
 それも、二本も。
「探し物ができるとは名犬だな白玉」
 思わず玲空は拍手してしまう。すると、白玉の前に滑り出たトルテもまた、二本の四葉のクローバーを咥えていた。
「うん? トルテも見つけてきたのか」
「トルテも! 見つけてくれたの?」
 これだけ広いクローバー畑で、この量を見つけてくるとは大したものだ。互いが互いの連れの頭をなでてやると、白玉もトルテも嬉しそうに首を竦めていた。
 一本だけでも珍しいのに、四本ともなればどんな素敵な出来事が訪れるだろう。
「すごいな、幸運も倍以上になりそう」
「ほんとうに」
 食事を終えてシロツメクサに手を伸ばしていたラズリと玲空双方が微笑んだ。
 先に提案を差し伸べたのは、ラズリのほう。四葉を指し示しながら言う。
「良かったらこれ硝子の護符にして持ちたいな」
「ん、そうしよ。こっちのも一緒に入れてくれる?」
 一本ずつ交換こして、二枚の四葉を閉じ込めよう。あるいは白玉とトルテにも一本ずつあげて、よっつのお揃いを作るのも楽しい。きっと硝子の中では、今日の想い出も飾られるに違いない。
 何よりこれだけ四葉を集めてくれた白玉とトルテに感謝をしよう。お礼にこれね、とラズリが取り出したのはシロツメクサの花冠だ。それをポメラニアンの頭に載せてやると、喜ばしさを隠さずに一声鳴いた。
 玲空もまた同じ。お礼にと差し出したのは尻尾の花飾りだ。トルテが尻尾を振るたびにシロツメクサも揺れて、春の匂いを漂わせてくれる。
「玲空にも、花冠作ってもいい?」
「私にも花冠を?」
「うん。絶対可愛いのよ」
 きらめき宿るラズリの瞳。それを見たら否定の文句なんて出てくるはずもない。むしろ正反対の、大歓迎の意を表する。
「ふふ、じゃあ私はラズリに作る。完成したら交換こしよう」
 人差し指を唇に当てて、玲空はひとつ提案を。
 それに喜色を呈するラズリは「わあ、交換したいの……!」と大賛成。
 四本もの四葉があるのだから、たくさん幸福がやってくるのは間違いない。
「倖せ早速ひとつめね」
 そのひとかけらを手中にして、ラズリと玲空はこれからも掛け替えのない時間を重ねていく。

浄見・創夜命

葉を隠すなら森の中とも言う。
 新米冒険者の溌溂とした様子を、少し離れたところで浄見・創夜命(せかいのはんぶん・h01637)は眺めている。己は彼らとは違うが、近しい。呼吸するたびにそれを実感する。
 そう、門出を迎える者の多くが集うならば、|夜《よ》──創夜命が祭日の一葉であっても目立つことはないだろう。
 つまるところ、これが初仕事となる。『夜の国』を統べる者として、此度の道行きは民を飽かさぬ訪竜とせねば。
 創夜命は路地を行く。他の冒険者と変わらぬ風袋を装い、立ち並ぶ露店を冷やかした。五体より|夜《よる》を生じさせることはなく、民の助けを借りることもない、穏やかな始まり。
 何でもない√能力者の、他愛のない冒険の一歩。
「それもよかろう」
 そう呟いて唇の端を上げる。他の者達と変わらぬ√能力者として、甘受できるものはしておこう。そうした経験も、己にとっては奇異だ。物珍しさは否めない。
 何せ、創夜命が知ることはあまりにも少ない。夜の国や√汎神解剖機関を離れた創夜命は箱入り娘そのもの。
 ふふっと転がす笑気はいささか幼い。
 周囲を見渡す。√ドラゴンファンタジーの文化は実に興味深かった。
 竜漿を用いた武器は取り回しが気になるところだし、釉を施されている食器は玄妙な色味を湛えている。魔法のランタンは種火もないのにあたりを照らす。他にも羊の毛で作られたフェルトのぬいぐるみ、揚げたてのフィッシュアンドチップスなど、様々な品物が露店を彩った。
 創夜命の視線がちらりと泳いで、しっかりと結ばれる。
 名目は民への娯楽を絶やさぬため。異国文化を学び、夜の国で広めることで、国をより豊かにすることが叶う。
 ──そういうことに、するはずだったのだが。
「このホットサンドを。それと、飲み物はジンジャーエールで」
 硬貨を必要分手渡して飲食物を受け取る。程近いところに、クローバー畑の中でも開けた場所がある。適当なところで腰を下ろし、実食といこう。
 じゅわっと口中に広がるハムとチーズの旨み、トマトの酸味と瑞々しさ。ジンジャーエールは生の生姜の擦りおろしを使っているらしく、創夜命は痺れる辛さに目を丸くした。一等星めいた喜色満面。ああ、こんなにも楽しい。
「耳目を異にすれば、これほど違う食を楽しめるとは」
 今日という日は一度だけ。
 なら満喫していいではないか。そういうことにして、創夜命は再びホットサンドに歯を立てた。

第2章 集団戦 『ボーグル』


 シャムロックの祝祭は大盛況だった。
 存分に遊んで腹ごしらえをして、準備万端整えたなら、いよいよ冒険へ出発するとしよう。
 太陽が中天からやや西に傾いた頃、シャムロックの北東にある洞窟へと向かう。ここが一番手近なダンジョンであり、初心者向けだとよく知られている場所だからだ。
 ただ、ひとつだけ問題がある。
 ここ最近急激にモンスターの数が増えているのだ。雑魚ばかりではあるが、先発の冒険者曰く、倒しても倒してもキリがないのだとか。新米冒険者たちもそれは了承しているが、やはり緊張が見え隠れしている。
 尚、最奥にはそれなりに強い敵が構えているとの噂。そこは今のうちから留意しておいたほうがいいだろう。

 祭りの時に新米冒険者と会話をしていたり、あるいはこれから現地で気に掛けたいと考えていたりするなら、是非新米冒険者たちのサポートを。直接アドバイスをするのもありだろうし、実地でどう戦うかを見せてやるのも教えのひとつだ。あるいは前線で戦うのを新米冒険者たちに任せて、補助や回復に回ってやるのもいい。
 あるいは先行して露払いをするのもひとつの手だ。あらかじめ数を出来るだけ減らして道を切り開いておけば、後続が随分と楽になるはずだ。積極的に戦うほうが性に合っているのならばこちらのほうがやりやすいかもしれない。
 もし自分自身が新米冒険者だと自負する者がいれば、周囲を信頼し、出来る範囲で全力を尽くせばそれで構わない。

 ともあれ、冒険者たちは洞窟へと向かう。
 進むこの後に道は出来る。出来ると信じて。
花喰・小鳥

 洞窟の奥から流れてくる隙間風が、花喰・小鳥の金糸の髪を靡かせる。涼やかな視線を流し、慎ましいながら凛とした声で言った。
「大切なことは仲間との連携です」
 振り向かなくて構いません、耳を傾けながらそのまま前を向いていてと言い添える。すると、背後に立っていた新米冒険者たちは武器を構えながらもしっかり前を見据えた。彼らは意識を他人に向けることになる。そうすると自然と、ひとりで突出する形にはならないものだ。血気に逸って倒れる話は、快挙にいとまがない。
 特に今回のように敵が多いなら、猶更。
 小鳥が新米冒険者の指導とサポートに努めていれば、そう簡単にやられるはめにはなるまい。
「前衛役が敵を惹きつけて受け止める」
 言い聞かせる。
 小鳥が浅く顎を引くと、それが合図となった。近接武器を持った新米冒険者たちが前線に躍り出る。敵の注目を集める。それに小鳥が続く。
 彼らを認識したボーグルの群れが吼える。
 獣人の長の記憶が呼び起こされたのか、ボーグルの二の腕が巨大化する。腕力が増強されたことは明白で、気迫がびりびりと肌に伝わった。
「おいでなさい」
 小鳥が言い放つ。距離を詰める。人造オリハルコン製の日本刀を振るい、敵との距離を斬撃で埋めれば、ボーグルの眼差しは確りと前衛陣に向けられた。
 新米冒険者たちが攻撃を繰り出した。鉄のハンマーによる殴打で横っ面を叩き、矛槍で貫く。それらが見事命中すると毒棘による反撃も食らう。防具で耐えたり素早さを活かして躱したり、新米たちなりに立ち回っているようだ。やり方は各々の判断で大丈夫だ、それでいい。
 敵意を剥き出しにするボーグルをよそに、小鳥が飛ばした声は後方に届いた。
「後衛は周囲を警戒しながら前衛を援護します」
 声を掛け合って不意を打たれないようにと指示を向ければ、今度は新米冒険者の後衛たちが動く。疾駆する魔法弾、鋭い射出。その隙に小鳥は傷を負った冒険者に|愛奴隷《カーミラ》の魔力を這わせた。精気を増幅させたなら、瞬く間に傷が塞がっていく。
 自分のために戦わせるのか、守るために癒すのか。
 どちらが奴隷だろうと思いつつ、
「命のやり取りなんです。忘れないで」
 はっきりと明言する。
 敵だって必死なのだ。雑魚とはいえ油断は禁物。そう諭すと、新米冒険者たちは粛々と頷いた。
 もう一手。今一度小鳥と新米冒険者たちは、走り出す。

九条・庵

「新米冒険者かぁ……応援したいね」
 アメジストの眸がゆっくりと細められる。
 シャムロックではいいモノが買えたことだし、過ごした時間は楽しかった。懐の四葉の気配を感じながら、九条・庵は緩やかに思いを馳せる。
 背後で新米冒険者たちが様子を窺っていることを察する。少しばかり、手助けになろう。
 音に出さずとも、庵の指先には死霊たる焔鷹が舞い降りる。
 まず仕掛けてみるか。十七羽に増えた焔鷹を前方に放つと、いくつもの炎の翼が疾駆する。索敵をと思ったが、どうやら今相対している敵グループは想定以上に慎重らしい。乱立する岩以外なにも見受けられない。
 庵は片眉を上げる。敵が|集団狩猟《ボーグルの狩り》体勢に入っているらしいとすぐに気付く。加えて適切な距離を取られてしまっては|今回《広域加熱》は届かず、熱源探知も難しそうだ。わかってたけど、と小さく呟く庵のかんばせに、落胆の色は見られない。
「切り換えよう。頼むよ|焔鷹《ほむら》」
 敵がいるように見えないなら、出てくるように仕向けるだけだ。
 庵は不敵に唇の端を上げる。
 掌を翻し、焔鷹をもう一度飛ばすことにした。先程より更に奥を狙わせて、指先をくんと引いたのを合図として前面に放射するように炎を放たせる。
 洞窟を煌々と紅く照らす業火。姿が見えるまで満遍なく、文字通りの意味で炙り出す。
 焔鷹は賢く、庵の思うままに羽を広げた。味方をきちんと攻撃対象から除外し、逆に魔物すべてを標的に据える。
 焦げ付き灼け朽ちるように、庵の横顔のシルエットが浮かび上がる。
「出てきなよ、熱いでしょ」
 それは死刑宣告に近しい。
 炎が燃え盛る火花の音と庵の声が重なる。洞窟をくまなく焼けば、たまらずボーグルは声を上げた。そこから追い立てられ、ボーグルの群れがやって来る。
「出てきた……!」
 後方の新米冒険者のひとりが感嘆の息を漏らす。
 そう、姿が見えれば狙うのは容易い。
 庵が直刃の日本刀を抜き払う。冴え冴えと赤を弾く刀身。天上が見えずとも、鋭く天を裂いてみせようか。
 地を蹴る。
 その間にも炎はボーグルの群れを包み延焼を拡げる。
 身を屈め、低い体勢でボーグルの一体の足元に滑り込む。下段から一閃、斬り上げる。庵の攻撃を食らった一体は断末魔と共に仰向けに倒れた。確かな手応えだ。
「ホラ一体終わって油断しない!」
 敢えて明るく言ってのけると、庵の華麗な攻勢に見入っていたらしい新米冒険者たちが我に返った。彼らは武器を構えて突撃する。
 それを柔らかい眼差しで見遣る庵は、天牙を掲げて切っ先を前に示す。
「次々来るよー、倒せ倒せだ」
 そうして再び、炎の只中で庵は躍る。

二階堂・利家

 洞窟を探索しながら、二階堂・利家はぽつりと独り言ちる。
「俺他人に説明するの苦手なんだよな……」
 共に歩く数人の新米冒険者を見遣れば、ついため息も落ちてしまうというもの。もちろん軽んじているわけではないが、気掛かりなのは事実だった。
 最低限腕に自信があるからダンジョンに挑むのだろう。
 元々近隣のダンジョンが多いシャムロックだ。若い命を散らす様な真似をするはずがないから、初心者研修や教練所、訓練施設もあるはずだと見込んでいる。事実利家の想定通り、ある程度の訓練はこなした上での冒険者見習いだ。
 とはいえ、実戦経験があるかは別の話。その練度がばらばらであろうことを鑑みると、楽観視は出来かねる。
「……経験、な」
 その時だ。
 前方、正面にはT字路がある。その右の曲がり角の先に敵の息吹を感じた。
「経験則から、腕力・速度・器用が強化されるとちょっと厄介かもね……」
 敵の見当はついているから、視線を流して利家が言う。新米冒険者たちは神妙に頷いた。
 慎重に。
 得物を構え、じり、じりと距離を詰める。
 張り詰める空気。
 息を噛む。
 緊張を打ち破ったのは、敵であるボーグルだった。大鉈を掲げ突撃してくる。利家はその一撃が振り下ろされるぎりぎりの瀬戸際でシールドを頭上に構えた。
 衝突の瞬間を見計らい、シールドを用い尋常ならぬ怪力で弾き飛ばす。生まれた一拍の隙を見過ごさない。力強い一歩で敵の懐に踏み込んで、ガントレットで殴打する。たまらずボーグルは後ろに仰け反った。
 ボーグルも黙ったままではない。もう一体が奥から姿を現し、膂力と共に殴りつけてくる。
 だがこちらとて大人しく食らってやる義理はなかった。鋭い眼光でその巨腕の軌道を見極める。インビジブルと融合した利家は先読みに成功し、間一髪で逃れる。
「──今だ」
 利家は声を張る。
 今まで後ろで機会を伺っていた新米冒険者たちが飛び出した。攻撃を重ねる。幾人かで一体の敵を相手取ればさほどダメージを負わずに済んだらしい。
「相手をよく見る。身体で覚えた自分の動きを再現する」
 淡々と説明した。そして、続ける。
「成功体験を過信しない」
 無意識に出来るくらい自然に動ければ一人前、かな?
 そこまで言い終えると、新米冒険者たちの瞳に光が燈る。利家は状況によっては才能ないよと突っ返すところだったが、今回はそうしなくても大丈夫そうだ。
「敵は待ってはくれないよ」
 いざ。そうして利家と新米冒険者たちが今一度前を見据えた。

白・琥珀

 今はただ静かに、静かに。白・琥珀は洞窟を進む。
 周囲に人の気配はない。琥珀が先行して露払いに出ると決めたためだ。若人たちには幸先のいい旅立ちを――と思わずにはいられない。だから目の前の闇は払う。吐息がひとつ、燻り溶ける。
 細い曲道を抜けると、広い空間に出た。洞窟内だというのに天井も高く、大立ち回りにも支障はなさそうだ。
 琥珀は息をひそめたりしない。
 ここに潜む敵は集団で向かってくるという。一体ずつ仕留めていくのは手間だし、面倒でもある。こちらが見つけられないなら向こうに見つけてもらえばいい。
 ならば。
 洞窟の奥からの隙間風が、琥珀の緋色のストールを靡かせる。
 すう、と息を吸った。
「聞こえているんだろう?」
 明朗な声だ。濁りなく、透き通る声。それは洞窟に響く。
「かかってくるといい」
 端的な挑発に気付いたのだろう。奥から数体のボーグルが出現した。こちらを捉えたと確認した後、琥珀は軽やかに踵を返す。そして小走りで駆けだした。ひらりと翻る赤を目印に、多くのボーグルが突撃してくる。
 琥珀はゆるく口角を上げる。そのまま、先程通った細い曲道に滑り込む。
 広いところで包囲されては目も当てられない。敢えて曲道に誘い込んだ琥珀は一転、こちらに向かってくるであろうボーグルたちと相対するために振り返った。この道では、巨躯を持つボーグルは一体ずつしか移動できないだろう。一対一の構図に持ち込むことによって、相手を自分のペースに巻き込むのだ。
 曲道といっても武器を振り回しても問題のないスペースは確保されている。
 間合いを測る。視界は良好。肉眼での視認が叶う距離感であれば、敵が用いる探知を無効化させる技も無意味だ。
 琥珀は須佐を抜き払う。
 身体を伝い、刀身に添うは神霊『古龍』の霊力。真直ぐに前を見据える。咆哮を上げてボーグルが大鉈を振るう刹那、琥珀はひた走り敵の懐に飛び込んだ。そのまま柄に体重を乗せ、刀で相手の体躯を貫いた。
 勢いをつけて須佐を抜くと、浄化の光が零れる。ボーグルが浄化されて消滅したのは僥倖だ。これで、亡骸の処理に手間を割く必要がない。
 緩やかに、琥珀の双眸が細められる。
「次だ」
 確実に数を減らしていくために。若人たちの進む道を切り開くために。
 ――疾く馳せよ。

御兎丸・絶兎
七豹・斗碧

「お手本とかよくわかんないし、オレさまはだんっぜん! やっつけるほうだっ!」
 腰に手を当ててきっぱりと言い切る御兎丸・絶兎。その朗らかな様子に七豹・斗碧は肩を竦めた。まあ、わかっていたことだ。考えるよりまず行動、案ずるより産むが易し。
「ゼットならそう言うと思ってたよ」
 斗碧の声は弾んでいる。軽口を叩きながら、それでいて、瞳の奥は真剣な色。
「それじゃあ私たちは、後の人たちが少しでも楽できるように暴れてお手伝いだね」
 新米冒険者たちに先行して、ふたりは洞窟の中へと進む。狭い通路を通り抜けた先、岩が散在している広間へ出た。だが敵影はない。気配もない。ここまで何も感じられず音もないとなると、違和のほうが強くなる。
 ボーグルが集団狩猟の構えを取り探知を遮断しているのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「目で見なきゃ見えないってゆーなら……」 
絶兎は戦意を失ってはいなかった。
 むしろ逆。鼓動が逸る。不敵に口の端を上げたなら、足を止めて地を踏みしめる。
「出番だ、1/10ミニミニゼット軍団!」
 息を大きく吸って、詠唱ははっきりと。そして前を指差した。
「アライズ・アップ! レディ・ゴー!」
 ひたすら詠唱を続けるごとに、1/10ミニミニゼット――小さいゼットは増殖していく。それらは軽快に駆け、岩を回り込んで索敵する。注意を惹きおびき寄せようとしているのだ。
「隠れたってムダだぞっ!」
 絶兎が発破をかける。すると、小さいゼットに目撃されたボーグルが短く叫び声を上げる。そしてたまらず岩陰から数体が姿を現した。
 他にもボーグルは潜んでいるだろうが、どこにいたとしても小さいゼットを目印にすることが出来るだろう。しかしながらその間、絶兎は奥歯を噛みしめるしかない。小さいゼットを呼び出した絶兎はここから一歩も動くことが出来ないからだ。
「トアっ、その間はオマエに任せたっ!」
 呼びかけられて、斗碧は弾けるように絶兎を見た。
 大丈夫だと、絶兎の目力の強さが示している。ボーグルの移動力と戦闘力が落ちている今なら、掃討するのは難しくはないはずだ。斗碧なら出来ると信じている。だから声は大きく、明るく、ひたむきだった。
「ミニミニなオレさまたちと力を合わせてやっつけろー!」
「わかった!」
 斗碧がボーグルの群れを視認する。見えてしまえばこちらのものだ。
 敵は狩りのプロだろうが、こちらとて戦い方は知っている。熟練とまでは言えなくても、気概はある。
 さてご照覧、物語の扉が今開く。
「さあ、お話を始めよう」
 指先を差し向けて、斗碧は語りだす。風を撒き散らし、赤い花を咲かせた鎌鼬のお話。一言一言語るにつれて旋風が巻き起こる。徐々に風速が増してきて、鋭く閃き始めた。
「喉元には十分注意しておくことだね」
 小さく笑った頃には、強風がボーグルを押し留めていた。それどころか刃の如く表皮を斬り刻み始めたではないか。裂く、咲く。赤い花がさく。
 その台風の目に飛び込むが如く、斗碧は地面を蹴った。
 ボーグルがこちらに集中しようにも、暴風に囚われている上小さいゼットが纏わりついてるため立ち往生している。絶兎が大丈夫だと瞳を輝かせて頷く。敵の注意は散漫になり、それが確かな隙になる。
 斗碧は身動きが取れないボーグルの懐に滑り込み、喉元を短槍で抉る。それから横一文字に掻っ切る。穂先の透き通った鉱石が、ボーグルの血に染まった。
 そうして連携を経て駆逐を繰り返し、広間には静寂が訪れる。
「――よーっし、こんな感じか?」
「とりあえずこんなものかな?」
 ふたりの声が重なって、目をパチリと瞬かせて。顔を見合わせて笑う。凄惨な空気は遠く、手に残るのは達成感だ。
 奥のほうまで全部敵を倒してもいいが、「そしたら後のヤツらがやることなくなっちゃうもんなっ!」と豪放に絶兎は言う。
「トア、戦ってるとこ、かっこよかったぞ!」
「えへへ、ゼットもすごかったよ」
 呼吸を整えればどこかで、新米冒険者たちの声が聞こえた気がした。
 だから斗碧は思うのだ。新米の人たちも頑張れー、と。

木原・元宏

 洞窟に人の気配はそれなりに多い。
 木原・元宏が周囲を見渡すと、緊張している風情の新米冒険者たちがいた。彼らとは、同じ√能力者という意味では戦闘・冒険の経験に差はあまりないかもしれず、それは実直に受け止めよう。
 元宏の面差しに惑いはなかった。
 大差ないということは、それだけ親身になれるということ。近い距離で話が出来るということ。
 そう考えると、力量に開きがない今だからこそ為せることがあるだろう。故に元宏は新米冒険者たちと肩を並べて先に進んだ。
 上に立つつもりなどない。教えるというより寄り添うやり方を模索したい。
「コーチングと言うのでしたね」
 口中で呟く。スポーツをしていたときはそのありがたさに気付くことはなかった気がする。
 各々のかんばせに過る不安を取り除きたい。そう思うとするりと声が滑り出た。
「一緒により良い冒険者になれるようにがんばりましょう」
「はい……!」
 憂いた眼が精気を取り戻す。元宏はその背を軽く押し、一歩を踏み出す。
 しばらくそうして攻略を進めるうち、敵影が岩陰にちらつき始めた。速やかに状況を分析し判断を下そう。これも元宏の、出来る限りで。
「僕が前に出て盾役になります。あなたは後衛から遠距離射撃をお願いします」
「わかりました」
「じゃあ俺は遊撃役を担いますね」
 いつの間にか役割分担がしっかり出来ている。顔を突き合わせて頷いた後、元宏は敵の眼前へと走り出した。
「僕ひとりも止められないほどの腕前なのですか?」
 嘲りの演技は慣れていないせいで些か拙い。ボーグルの鼻先をスレッジソードで掠めると、怒りに染まったボーグルは咆哮した。
 敵が大鉈を振り翳す。元宏がスレッジソードを掲げて一撃を食い止める。ぎり、と奥歯を噛むのとぎし、と脚に力が入るのはほぼ同時。
「右側の岩陰です!」
 声を飛ばすと、後衛の新米冒険者が気付いたらしい。魔法弾を疾駆させて不意打ちを防いだ。その間に別の者が斬り伏せることに成功する。元宏が得物を構え直しながら「いい太刀筋です」と口元に笑みを刷くと、相手は頬を綻ばせた。
 だが、元宏に相対していたボーグルが再び突撃してくる。元宏は目を眇め、ボーグルの懐へと踏み込んだ。
 透明な集中力で己を研ぎ澄ます。勝つ。叩き斬る。一点、隙を見出す。
 ――見えた。
 鉄心両断。横一文字に薙ぎ斬れば、ボーグルが断末魔を上げて崩れ落ちた。
「気持ちが一番大事ですから」
 吐息と共に元宏がそう言えば、今度は新米冒険者のひとりが労わるように元宏の肩を叩いた。

ベル・スローネ

 洞窟の空気に、ベル・スローネの吐息が溶ける。
 水晶四葉の首飾りに手を添える。気後れがあった。アドバイスをするというほど、己がベテランではないと自覚していたから。
 だがベルは落ちかけていた視線を持ち上げて、気を取り直して浅く頷いた。
 ――ここは他の新米冒険者たちと肩を並べて戦おう!
 そうと決まれば、蘇芳の瞳に迷いはない。恐る恐る歩を進める新米冒険者たちがいたので、ベルはその一団に加わることにした。
 彼らは不安を払拭するために、軽い雑談をしながら歩いていたらしい。ベルの懸念通り、これまで訓練しかしたことがなく、本物のモンスターと戦うのは今回が初めてという者は数人いた。
 知らず知らずのうちに緊張感がその場を支配する。新米冒険者たちの顔が強張っているのが、一見しただけでわかる。
「大丈夫」
 だからベルは意識して明るい声を出した。
 朗らかな笑みを浮かべて、皆を見渡して。
「大丈夫だよ、いざっていう時は俺がなんとかしてみせるから!」
 ベルの眼差しがあまりに曇りがない故に、徐々に新米冒険者たちも表情がほぐれていく。各々の足取りもしっかりしてきた。
「――いた!」
 ボーグルの群れを前にして、誰の声が最初に上がっただろう。
 ベルの言葉で勇気が湧いてきたのか、先程まで不安で硬直していた新米冒険者たちも意を決して敵と相対した。一緒に戦える。その確信を得たベルはバスターランスを構えた。
 地面を蹴る。
 ベルは一足飛びで接敵し、バスターランスに捻りを加えて突き出す。ボーグルの肩口を貫き、彼奴の体勢を大きく崩した。
 その一撃で注目を集めたらしい。周囲のボーグルが一斉にベルに殺到した。数がそれなりにいるが、これならいける。負けるものか。ベルが強く前を見据える。重心を低く受けの構えを取る。
 ボーグルが皮膚から生えた毒棘を突き立てた。ベルはミスリルシールドで受け止める。他の個体からも毒棘を差し向けられるも、それもすべて怪力によって上乗せされた防御力をもって耐えた。
 これで|外れていない《・・・・・・》。避けることによる周囲に無数の毒棘が生える可能性を封じたのだ。少なくとも後衛で遠距離攻撃を担う面々に害は及ばない。
「言ったでしょ、なんとかしてみせるって!」
 ベルの明朗さが洞窟を照らした気がした。
「さあ、今のうちだよ!」
 振り返らずにそう告げれば、新米冒険者たちが攻撃に転ずる気配を、感じた。

狗狸塚・澄夜

「さて、然るべき責務も果たさねばな」
 狗狸塚・澄夜の声は冴え冴えと冷えている。
 先程友と語らった時とは表情が違った。怜悧な眼差しは一筋の影も逃さぬ。ただその姿は少年のままのそれだった。華奢な体躯で歩くその様は、隙を感じさせない。
「宜しく頼むな」
 澄夜が身を置いたのは、特に後衛職となる新米冒険者たちの一団。その中でも澄夜と同じく小柄な人間が多いところを選んだ。教導を担うと申し出れば、新米冒険者たちは素直に信頼を寄せてくる。
「早速厳しい事を言うが……残念ながら俺達の様な体型、立ち位置の者は特に狙われ易い」
 それは皮肉ではなく事実の提示だ。
 空気が張り詰めるも、静寂の中で澄夜は続ける。骨強度や筋肉量の乏しさ故だな、と。痩身な者が多い現況、すぐに理解出来るだろう。
「だが、逆に利用する手もある」
 その時だ。
 からり、と音がした。岩の欠片が転がる音。
 集団狩猟の体勢に入っているボーグルは、肉眼以外のあらゆる探知を無効にする。ただそれは|本体《・・》の話であって、周囲に響くものまで遮ることは出来ない。
 それを見過ごす澄夜ではない。
「丁度いい。実戦を経るか」
 澄夜の真直ぐな視線に気付いたのか、逃れられないと判断したのか。自ら姿を現したボーグルの群れが雪崩れ込んできた。
 長い睫毛を伏せる。神霊『大虬』を電霊の海から表出させる。澄夜は憑狐の手套を纏った手を翻して、地を蹴った。疾風の如くに駆け抜ければ接敵するのは容易い。正面からではなく脚の横に回り込み、掌底から大虬を放つ。ボーグルの一体を真綿のような毒で包み、蝕み、装甲はおろか魂ごと押し潰した。
 崩れ落ちたボーグルを尻目に、他のボーグルたちが澄夜に殺到する。
 澄夜は顔色ひとつ変えやしない。
「鬼さん、こちら」
 人差し指でくるりと正円を描き印を結ぶ。そして従えるのは妖だ。ボーグルが澄夜に集中したため背後はがら空きだ。そこを狙い、後方、洞窟の天井から流星の如く落ちてくる妖。夜雀は臓腑まで嘴で啄まさせ、霊狐は爪牙で足の甲を貫き、二尾猫は獄炎で血肉もろとも燃やし尽くす。
 そう、澄夜は身一つで立ち向かうつもりはなかった。手を尽くし連携をもって死角を殺す。
「この様に相手の油断を突く事。正面から打ち合う必要はない」
 馬鹿正直に相対する必要はないと言いたいわけだ。奇襲や搦手を用い、弱らせてから本命を叩く。
 狡猾であれ、冷静であれ。そうすれば戦局を握り、ひいては命を長らえることに繋がる。
「力に劣るなら他で埋め、己の力で立つのだ」
 不思議と厳しさの中に優しさが含まれているような声音で、澄夜は告げた。

史記守・陽
モコ・ブラウン

 初実戦任務に同行してもらえるのは非常に心強い。
 心強いのだが――。
「乗車ってどういうことですか?」
「可愛い後輩の初陣とあっては先輩モグラとして張り切ってしまうモグよね」
 モコ・ブラウンはぐっと力を籠めて言い切った。
 一方の史記守・陽は頭の中に疑問符が大量発生している。目の前の現況を理解しがたい。いや、嫌悪感があるというわけでは断じてない。モコの√能力だということはわかっているのだが、困惑と申し訳なさが先に立つ。
「さすがに乗車なんて失礼なんじゃ……」
 恐る恐る伺い見る陽の瞳に映っているのは、装甲車だ。
 ただの装甲車ではない。モグラだ。てっぺんにモグラの顔がついている。モグラ変身術で変化したモコの姿だった。全体的にモグラ色、もといブラウンのカラーリングが施されている。実地にふさわしい色と装備を兼ね備えているが、いかんせんモグラなのだった。ちょっとかわいい。
「敵はいっぱい居るみたいだし囲まれたら厄介なのモグ」
 慎重に言ってのける。モコの言葉はもっともで、しかし陽は躊躇で足が止まってしまう。
「さあシキくん、乗るのモグ!」
「え、でも……」
「何言ってんのモグ! はーやーくー!」
 陽は急かされてぴゃっと背筋が伸びてしまった。本人がこう言っていることだし、ええい、ままよ。
 ぐっと唾を飲み込んで、陽はモグラ装甲車に乗り込む。仕事のパトカーならともかく、装甲車に乗る機会などそうそうない。だから緊張していた、はずなのだが。
「さぁ! 飛ばすモグよ〜!」
 最初からアクセル全開で急発進したからそんなことを言っている暇がなかった。
 まさに爆走。速度がガンガン上がっていく。っていうか装甲車ってそんなにスピードを売りにする車種だっけ。
「速度超過で赤切符コースです! いや法定とか指定速度なんてあるのかわからないですけど!」
 √ドラゴンファンタジーの法制度はどうなっているんだろうか。思いを馳せる余裕などあるはずもなく、陽は置いていかれないようにするため必死に車内にしがみついた。敵の合間を縫ってモグラ装甲車は疾駆する。
 ここは洞窟である。多少の石や岩はお構いなしに走行しているどころか、出てきたモンスターを轢き倒していく。時には乗り上げて踏み潰し、時には体当たりで跳ね飛ばして。他の冒険者たちからすれば目を剥くどころの騒ぎではないだろう。
 実際問題、ボーグルは恐れおののいているようにも見える。連携を取る以前の問題なのか、敵に囲まれることもない。
 だが一方的にやられっぱなしにはなるまいと、大鉈を掲げてボーグルが向かってきた。得物が振りおろされ一撃を食らう。たまらずモグラ装甲車は急ブレーキするところだった。その一体も轢かれてしまえばそこでおしまい。
「俺だって……!」
 黙って乗っているだけじゃない。陽は特殊警棒の術式を展開させ、霊能震動波を撃ち放った。複数体のボーグルのみならず、ボーグルが立っている地面ごと巻き込んで大地震を思わす衝撃を食らわせる。響く断末魔。さらにそれを増長させるように、モグラ装甲車は上から圧殺する。
 ちらりと陽は、壁に打ち付けられたボーグルを見遣った。
 確かニュースで見た気がする。鹿が列車にはねられて息を引き取っている姿を。
「これって人身事故?」
 職業病といってもいいかもしれない。陽が真っ先に懸念したのはその点だった。「いや、モンスターは人身じゃないし……」と思い直す。いささか混乱して思考が取っ散らかっている。
 そのニュースによると、野生動物と衝突した事件は物損扱いになっていた。であれば今回も物損事故に該当するのだろうか。いや、モコは車両ではないし。頭の中でぐるぐると渦が巻く。
「なぁーに、ここは異世界モグ」
 フッとモコが笑った。そんな気がした。
 今はまだ装甲車スタイルだが、腰に手を当てて正々堂々前を見据えるような風情で言う。
「モグたちを縛るものなんて何にもないのモグ!」
 あまりに清々しいものだからすべて真実に思えてくる。世界って広い。
 その間にもモグラ装甲車は敵に突撃し、霊震で撃ち砕く。そうして洞窟内をだいたい駆逐すると、ふたりの周囲に敵影は塵一つも残っていなかった。
 ようやく通常の姿に戻ったモコは、疲労困憊の様相である陽にタオルを差し出した。
「初陣にしては万々歳の成果モグ。功労賞ものだモグ」
「ありがとうございます……」
 よたよたとタオルを受け取って、陽はじっとりかいた汗を拭う。これも経験になるのだろうか。間違いなく命中力と三半規管は鍛えられたが。
「ちょっと休んだら奥へ進むモグよ」
 あっけらかんと言ってのけるモコにひっくり返りそうになった。
「次はどんな乗り物がいいモグ?」
「えっ他の乗り物のパターンあるんですか?」
 話がトントン拍子に進んでいくものだから感情が追い付かない。
 今度こそモコが腰に手を当ててキリリと洞窟の奥を見遣る。陽は言葉にならない何かをどうにか飼い慣らし、「次は……普通に共闘したいです」と這う這うの体で告げた。

道明・玻縷霞

「冒険者も始めから強いのではありませんからね」
 年齢不詳の道明・玻縷霞が言うと含蓄がある。日々の学びと鍛錬の積み重ねが肝要になることは、どんな職業であっても同じこと。
 黒狗を嵌め直し、玻縷霞は歩を進める。
 向かったのは新米冒険者たちの集団だ。涼やかな清流の如きすべらかさで、玻縷霞は彼らに話しかける。
「お手伝いします」
「貴方、は」
 おどおどしながらひとりの新米冒険者が問う。玻縷霞が「通りすがりの冒険者みたいなものですよ」と何気なく返す。
 その時だ。洞窟の奥から気配と足音を感じる。現れたのはボーグルの群れ。
「話している場合ではありませんし、共闘は如何でしょう?」
 先回りして露払いをすることは簡単なものの、戦って勝たせることも彼らの自信に繋がるはずだ。
 視線を交わし、浅く頷き合う。それだけで十分だった。
 玻縷霞が力強く地面を蹴るように踏む。その地点を基点として放射状に広がるのは振動を伴う衝撃波だ。ボーグルは傾ぐ身体を制御出来ず、平衡感覚を保つのに精一杯になる。
「肉体が大きい程、バランスを崩した際のリカバリーは遅く、隙が出ます」
 今まさにそうであるように。
 それは言わずと知れたこと。玻縷霞は怯んだ個体を見極めて、一足飛びでその懐へと滑り込む。くるぶし目掛けて蹴撃めいた足払いを見舞う。前方に倒れかかったのならそれが契機だ。息を吸い、沈んだ体勢からアッパーカットを繰り出した。
 顎を貫く打撲音。ボーグルは直撃を食らう。まともな防御態勢もとれずに仰向けに投げ出された。
「頭は生物の急所ですからね」
 衝撃が脳まで届けばまともに意識を保つのは難しかろう。残りのボーグルたちが唸る。が、そこで黙っている敵ではなかった。
 別のボーグルが大鉈を構えて突撃してくる。玻縷霞はそこを冷静に見極める。鋼鉄の得物。あの体躯と武器の大きさを考えると、まともに受け止めるのは得策ではない。
 故に身を翻す。後ろに跳躍する。その刹那、今の今まで玻縷霞が立っていた地面が深く抉られる。砂煙が舞う。息を呑んだのは更に後方で見守っている新米冒険者たちだ。
 間合いを取り、敵と睨み合う。
 玻縷霞はよく通る声で説明した。
「目視による情報収集、そこから戦法を割り出すことが肝要です」
 つまり先程まで行動はデモンストレーションだったというわけだ。そのことに新米冒険者たちも思い至ったらしい。彼らの戦意を背で感じ、再び臨戦態勢に入って玻縷霞は言う。
「ではやってみましょう」
 実践は自分たちの手で。
 それを示し、それを助ける。これこそが玻縷霞の矜持だった。
「サポートはします」
 実感を共にし、この場の全員で敵を討ち果たすのだ。

浄見・創夜命

 今この時は明けてしまうのが惜しいほどの夜――可惜夜か。それとも空想や想像が鮮やかに広がっていく昼――白昼夢か。
 興味が募る。
 浄見・創夜命は軽く喉を鳴らす。
 指先が熱い。心臓が高鳴る。それは創夜命が知らぬ恋に似ていた。|夜《よ》も冒険に魅せられているようだ。そう、荒事に至るまで。
 薄暗い洞窟をひたすらに歩く。
 しばらく往くと、剣戟の音が聞こえてきた。分かれ道を進むと人影が見える。まだ戦いに慣れていない新米冒険者たちだと、すぐに知れた。
 彼らも√能力者だ。どのような戦いをするのか、創夜命の関心は目の前に注がれる。|夜《よ》に収めて蓄積するには実にちょうどいい好機だ。
 創夜命が目の前に手を差し出すと、掌に概念結晶が顕現する。迸るは焔の螺旋。渦が収縮して火の礫になる。燃え盛るそれは、夜の欠片のひとつのかたち。
 最前線では新米冒険者たちとボーグルが戦っている。その中、特に大きく目立つボーグルの個体を見出し、礫を思いっきり投げつけた。それは隕石のように、穿つ。
 顔面に命中したならボーグルはたまらず絶叫を上げる。
 その隙を縫って、創夜命は疾く馳せて接敵する。攻撃を受けて怯んでいる相手の頭を手で掴んだ。悶え苦しむボーグル。更に焼く業火。これだけ燃えれば、周囲を見やすくする松明にもなるだろう。
「どうだ明るくなったろう」
 息絶えたボーグルの身体を地に捨てる。ついでに、落としていた大鉈を拾い上げる。これで武器の現地調達と相成った。結構大きくて重いが、振り回せないほどではない。創夜命は「うむ」と短く頷いた。
 道行きを夜闇が包み、追って照明が灯る。『夜』とはそう敷く。
 そうして。
「創夜命の名に於いて、夜の輩に命ずる――」
 深い闇に、深い夜に。そこに住まう者、そこを往く者たちに。
「五欲を満たせ」
 一瞬、世界が音を忘れた。
 それから夥しく広がっていく絢爛の彩。色鮮やかに織り成して、夜が花開いていく。
 徐々に枝葉がはっきりとしてきて、緻密な描写を確かにする。ところ定かではない、英雄たちの情景だ。
 何処かで使われた回復剤のミストは戦士に降り注ぎ、爛れた半身を癒していく。何処かで使われた古い強化魔法は賢者の手元で紐解かれ、枯れた大地を潤していく。
 現れては朧と消える。
 しかしその瑞々しさは失われない。
 情景から生じた光の粒が、新米冒険者たちに染み渡っていく。その時新米冒険者のひとりは己が奮い立っていることに気付く。
戦意を溢れさせる者たちが威勢よく駆け出した。
 焔が戦場を包み続けている。夜はまだ、終わる気配を見せない。
 創夜命は大鉈を手に、くつりと笑みを零した。

アダルヘルム・エーレンライヒ

 洞窟のいたるところで戦いが繰り広げられている。
 アダルヘルム・エーレンライヒは注意深く周囲を見渡す。近くにいる新米冒険者たちも慎重に歩を進めていた。そう、アダルヘルムは今、新米冒険者たちと同道しているのだ。
 常ならば真っ先に敵陣に切り込むところだが。
 横一文字に唇を引き結ぶ。ハルバードの柄を強く握りしめるも、最初から敵前に突っ込むような真似はしない。
 今日は止めだ。
 横に並んでいる新米冒険者たちを見遣ると、やはり緊張した面持ちをしていた。アダルヘルムは真紅の眼を眇める。これから幾千もの戦場に臨む彼らが、折れずに前を向いていられるように。指導役として務めを果たす算段だった。
 自分に教えられることなど精々前衛向けの心構えぐらいだろうが──とはいえ、戦場しか知らぬアダルヘルムにとっては座学よりはやりやすい。実地での訓練といこう。
「生憎言葉での説明は不得手でな。教えながらの戦闘になるが、それで良いか」
「よ、よろしくお願いします!」
 声を跳ねさせたのは、シャムロックの露店で出会った青年だった。まだ手に馴染んでいないのだろう、掲げる大剣は曇りひとつない。素直なのはいいことだが、果たして冷静な判断を下せるだろうか。
 彼に影響されたのか、周囲の新米冒険者たちもアダルヘルムに敬意を払っているように見える。何となくこそばゆいが、今は戦いに専念しようか。
「……近いな」
 張り詰める空気。
 開いた場所に進み出る。崩れかけた岩が数か所に在る。この洞窟にいるボーグルは探知を遮断する技を持っていることからして、それなりに理性はありそうだ。そうなると、どこかに潜んでいる可能性がある。
 アダルヘルムがハルバードを構える。いつでも接敵できるよう、そして何かあった際に即座に庇えるよう。
 誰もが息を押し殺して様子を見る。
 じり、じりと間合いを詰める。アダルヘルムは好戦的だが理性的でもある。辛抱強く目の前を注視する。誰かの鼓動が聞こえそうなほどの静寂の後、しびれを切らしたのはボーグルのほうだ。
 岩陰から姿を現し、大鉈を振り翳して突進してくる。一番先に飛び出したのは盾役の青年、重い一撃をどうにかシールドで押し受ける。歯を食いしばるその間に、アダルヘルムは前線に躍り出た。今は守る必要はない。その心意気や上等だと、口の端すら上げてみせる。
「ふっ!」
 その間に迫り来るボーグルの一体を、ハルバードが刺突する。そのまま横に薙ぎ払う。後退させ、距離を取った。
 ある程度は自由に戦わせてやる。アダルヘルムはその心積もりだった。
 新米冒険者たちも√能力者だ。相応の訓練は行っていたのか、奔走する様子に綻びは感じられない。まとわりつく雑魚を片付けながら様子見していたアダルヘルムが、ふとある瞬間に声を張る。
「待て!」
 露店で出会った青年が身を硬直させる。咄嗟に仰け反ると、そこに大鉈が振り下ろされた。文字通り間一髪。アダルヘルムは身を捻って一歩踏み込み、体重を乗せて刺し貫く。
「騎士が飛び出したら誰が仲間を護るんだ」
 はたから見れば随分と眼光が鋭かったに違いない。
「深追いするとお前自身が孤立して囲まれるぞ」
 青ざめた青年が浅く頷く。それ以上言葉を交わす余裕はなく、再び前を強く見据える。以降も戦いは続き、協力して隙を埋め合って、どうにかボーグルの掃討に成功した。
 青年と向き直り、アダルヘルムは吐息を食んだ。
「でもまあ……なんだ」
 言葉の先が迷子になる。戦いには長けていても人としてのやり取りは下手くそだ。
「上手く戦えていたと思うぞ」
 少し言い過ぎたかと思ったから、せめてもと言葉を紡いだ。
「冒険者は生きて無事に帰ることが第一だろう? ……命を棄てるなよ」
 自分で考えていた以上に柔らかい声になる。
 青年はゆっくりと、頬を綻ばせた。

ララ・キルシュネーテ
詠櫻・イサ

 四葉も見つかって、幸先がいい。自信に満ちて、夢にも満ちて。どこまでも歩いて行けそうな気がする。今頭上に広がる青空が、ずっとずっと続いていくかのように。
「……そんなララ達の行く手を阻むものは許さない」
 ララ・キルシュネーテは零下の声音で言う。
 小さく笑みを浮かべるのは、何事も自分たちを捕まえることなど出来ないとわかっているから。それは傲慢ではなく、純然たる事実だ。
「ねぇ、イサ。そうでしょう?」
 ララがふいに隣に視線を流すと、詠櫻・イサは後ろのほうで立ち止まっていた。
 洞窟に入る手前、太陽が差すところ。翳していたのは四葉の首飾りだ。緑に透ける光にイサは頬に朱を刷き、綻ばせる。胸に兆す歓びを隠そうともしていない。
 その様子を眺めて、ララはころりと笑気を転がす。
「……そんなにそれ、気に入った? 嬉しいわね」
「──え?」
 はたと我に返ったイサは視線を右往左往させる。それがますますララの眦を緩ませていることに、イサは気付いているだろうか。
「べ、別に! そういうわけじゃ……気合い入れてたの!」
「ふふ。そう、そうなの」
 仕方のない子、と言わんばかりに、ララは春風の声を紡ぐ。
「素直じゃないところも可愛いわね」
「あー、ええと」
 イサはわざとらしい咳払いをひとつ。それが精一杯。四葉の首飾りを仕舞って、洞窟を覗き込む。
「なんだっけ。露払いをするんだったっけ」
 さっさと行こうと、イサはずんずんと洞窟の中へと入っていく。耳が赤くなっている姿を微笑ましく見遣りながら、ララは後を追った。
 そう。自分たちの今日の役目は、露払いだ。
「続くひよこ達の為にもモンスターの数を減らしておきましょう」
「新米達もララにひよこって呼ばれたくないと思うけど……まぁ間違ってないのかな」
 洞窟に踏み入ってしまえば、そこは戦場である。
「さて行くか。お守りしますよ、聖女サマ」
 イサが不敵に笑みを刷けば、さあ探索開始だ。自然と言葉も少なくなり、洞窟をひたすらに進んでいく。新米冒険者たちより先行しているため、人の気配も遠ざかっていく。
 どれくらい歩いただろう。
「――!」
 気付いたのはどちらが先だったか。
 敵がこちらを見つける前に発見できたのは僥倖だっただろう。集団狩猟で感知を無効化されてしまえば、索敵が面倒なことになる。
 手招いて引き寄せて、花の牙を剥こうか。
 こちらを発見したボーグルが突進してくるのに、ララは表情一つ変えやしない。
「影踏みよ」
 鳥たちが羽搏く金と銀のカトラリーを振るう。優美に疾駆すれば、ボーグルの上腕を鋭く斬り裂く。それからひらりと飛んで、串刺しにして。その在り方とは相反する無情さで、確実に仕留めていく。
 ボーグルは出鼻を挫かれて苦悶の表情を浮かべる。その間に影が伸び、伸びて捉えるのを確認すると――桜の花びらが火嵐のように躍る。
 其れは花形見の如き迦楼羅焔。さながら神隠し。ララが桜に攫われたと言われても疑わぬほど。
「お前にララは捉えられない」
 ララが視認できなくなるも、別のボーグルが入れ替わりで前に出ようとした。
 だが、遅い。海神の力を帯びた蛇腹剣で薙ぎ払うのはイサだった。ボーグルがその一撃を咄嗟に避けようとしたが間に合わない。何故なら夥しく射出される水撃が広範囲に及び、さながら激流の弾幕となってボーグルの一団を巻き込んだからだ。
「闇に紛れるように駆け抜け――星海ノ嵐」
 轟き馳せる。飲み込む。綺羅星をも呑み込んで、すべて。
 牽制にしては少しやりすぎたかな、とイサは思えど、だからといって手心を加えるつもりなど微塵もない。もう一撃食らわせてやろうかと、得物の柄を握った瞬間だった。
 ボーグルが皮膚から生えた毒棘を射出した。
 ララは目を瞠る。まずい。この棘を躱してしまったら、己だけではなくイサも無数の毒棘に貫かれる恐れがある。
 ならば。
 真っ向から受け止めるまで。
 桜の名残が待っているから、イサにはララの存在がすぐにわかった。動こうとしていないことも同時に察する。
「は!? 全くこの聖女はっ……!」
 イサは手を翻して水流を撃つ。ララの傍で珠玉めいたシールドを構築し、毒棘を吸収し水に溶かしてしまった。そのまま水流を湾曲させて、近くにいたボーグルを裂く。鳩尾を深く抉ることに成功し、その個体は地に沈んだ。
「……イサが守ってくれるでしょ?」
 何やってるのという前に嫣然とララが言うから、イサは言葉の先を見失ってしまう。それは本当。それ以上言葉が継げずにいるうちに、花吹雪の奇跡がふたりを覆い隠す。
 一方のボーグルは、狩りの体勢に入り姿を消した。だが移動力と戦闘力を3分の1にすることがどれだけ不利になるかわかっているのだろうか。わかっていないのだろうなと、その卑小さを見透かす。
 まったく愚かなことだ。
「……狩られるのはお前たちだって忘れてない?」
 水飛沫を弄びながらイサは乙女椿の双眸を細める。
 ララもまた同様に、花笑みを咲かせた。
「狩りは得意なの」
 迦楼羅焔を紐解いて、すべてを消し炭にしてしまえばいい。そう、何もかも、全部。
「跡形もなく焼却してあげるわ」

隠・帯子

「何か冒険の心構えはあるか、って?」
 同道する新米冒険者の少女にそう問われた隠・帯子は口を噤む。特段言えることはないし、絞り出したとしてもたかが知れていると自認していたからだ。
 その少女は真直ぐにこちらを見つめてくる。しばらくしてから、帯子は誠実に告げた。
「誰かと組んだ方がやりやすいかな」
 周囲には複数名の新米冒険者がいる。和気あいあいとしている面々もいるが、今話しかけてきた少女は輪の中に入りそびれたようだ。だが一人のままでは孤立してしまうし、何かあった時のフォローも出来ない。帯子だってずっとついていてやることなど出来ないのだ。
「今回敵の数が多いことは聞いているよね。個々の実力はともかく、そうなると『処理が追いつかなくなる』」
 私一人だとね、と付け加える。
「今回、冒険に出かけるメンバーは同期になるのかな。その中から仲間と呼べる人を見つけておくんだね」
「仲間……」
 少女はぽつりと呟く。やや自信なさげだ。
 ともあれ先に進もう。幾つかの分かれ道を往くうちに、敵の気配も色濃くなってくる。敵が隠れているらしき岩陰を見据えて、しばし。
 しびれを切らしたのか、洞窟の奥から数体のボーグルが突撃してくる。
 帯子は疾駆する。敵がすべて射程内に入ったことを確認し、大地を強烈に踏みつけた。震動波を飛ばして足場を崩す。すると突進しようとしたボーグルは巻き込まれ、見事に陥没に足を取られた。この状態であれば、能力強化や毒棘の噴出は出来まい。
 わかりやすい大きな隙だ。
「今だよ」
 短く告げる。すると新米冒険者たちが馳せた。少女も負けじと地面を蹴る。
 繰り出される斬撃や刺突。射出された弓矢はボーグルの顔面を貫く。少女は跳躍し、そのボーグルの動脈を掻き斬った。それを見遣り、帯子は柔く目を細める。
 こうして連携して戦っていれば連帯感も生まれるだろう。もう、独りではなくなる。
 なれば保護者めいたことをする必要なんてない。帯子も共に敵を倒せばいい。さて、遠近どちらでもいけるがどうやって戦おうか。下駄は隠し武器だからおいそれと出せない。
 近接攻撃と遠距離攻撃は足りていそうだ。
 ならば。
 幾つかの選択肢から獣妖形態の八本脚の使用を決める。一本に手を添わせ、指で軽く叩く。それが合図だ。伸びた脚がボーグルをきつく絡め取る。確りと締め付ければボーグルも身動きが取れない。焦燥に駆られたボーグルの脳天を、新米冒険者の斧の一撃が粉砕する。絶叫。帯子が脚を解いた頃には既に絶命していた。
「怪我はない!?」
 少女がその新米冒険者に駆け寄った。回復魔法を使おうかと懸命に気遣う姿を見て、今度こそ帯子は頷いた。

第3章 ボス戦 『土竜』


 いよいよ√能力者たちは洞窟の最深部へ到着する。
 新米冒険者は気力でどうにか乗り切っている者が多いようだ。連戦に続く連戦で上手く回復も出来ず、この場に辿り着いてしまった顔も珍しくない。それでもこの人数なら、仲間たちとならいける。そう考える程度には、共にダンジョンに乗り込んだメンツと連帯感が生まれているらしい。果たして、新米冒険者以外の者はどうだろうか。
 そんな時だ。
 立ち込める空気に殺気が混じる。
 誰が最初に見つけただろう。奥まったところで獣が伏せていた。ゆるりと悠然としていたところからして、微睡んでいたというのが正しいだろうか。ただその威容に、新米冒険者のひとりが前を見据えて唾を飲み込む。
『……我の眠りを妨げる者は誰だ』
 地を震わせるような声だ。この獣は人語を解するのだ、と理解すると同時、知性の高さに危機感を抱く者もいただろう。馬鹿正直に立ち向かうだけでは跳ね除けられてしまうかもしれない。
「負けられません」
 得物を構えて、新米冒険者のひとりが奥歯を噛んだ。
「負けたくないんです」
 彼の首には四葉を封じた水晶のネックレスが揺れている。
 幸福が訪れますように――そんな祈りと願いを携えて、さあ、今は行こう。
史記守・陽
モコ・ブラウン

「すみません、思いついたのが四葉しかなくて……」
 思わず史記守・陽は頭を下げた。眉尻を下げての「賄賂……じゃないですよね」とは、心苦しさの吐露そのもの。価値があるものを差し出せたとはどうしても思えず、きゅっと唇を閉ざしてしまう。
「賄賂ってもっと価値のあるものじゃないと……」
「んーん、モグにはこれが一番嬉しかったのモグ。記念にとっておくモグね」
 春の木漏れ日めいた声になった。
 ──楽しい思い出を忘れない為に。それは祈りにも似て、いつまでもそのままであって欲しいという願いにも似て。一番だった。これこそがよかった。
「それに、価値がないなんてことはないモグ。そうだったら、あんなに強い攻撃にはならないモグ」
 少なくともモコ・ブラウンにとってはそうだった。
 だから眩しくなって目を細めるのだ。
 この四葉をどうやってとっておこうか。シャムロックの街に戻れば加工してくれる細工師も多かろう。どんな形にしろ大切にしたいと思うから、保存方法は悩みに悩もう。これからを思うだけで心が弾む。
 そんな思考をゆっくりと編み込んで、記憶と繋いでおく。いつだってあたたかさと結っておきたい。
 モコは柔らかく微笑んで、微睡むように睫毛を伏せた。
 それを眺めた陽は野暮ったく口元をもたつかせて、こちらも、笑みを浮かべた。

◇◇

 話は、土竜と対峙した最初に巻き戻る。

 最奥に鎮座する土竜を見遣り、モコの冬空色の眼が眇められる。
「おーおー、ドラゴンがいるモグね」
 異世界に来た!って感じがするモグと、モコは楽しそうに笑いながら銃を抜く。その隣で陽がしみじみと感嘆の息を吐いた。
「ほんとだ。トカゲというよりもちゃんとドラゴン」
 陽の面差しに動揺はなかった。本来は恐らくもっと驚いていたのだろうが、爆走モコカーの衝撃で色々吹っ飛んでしまったのが正直なところ。
 ふたりが凛然と前を見据える。
「慌てなくてもいいモグ。いくらでも相手になるモグ」
 身じろぎしようとした土竜にモコは牽制射撃を放つ。相手が足踏みする間に、陽を横目で見た。
 陽は間合いを飼い慣らすことが出来ずにいる。
 濃紺の刀身に黎明が差す。構えながらも、とりとめもない考えが着地してくれない。注意力が散漫になり、最善手を見い出せずにいた。ルートブレイカーも霊震も今の状況ではあまり有効打とは思えない。
「どうしようかな……」
 呟きが落ちる。解決策を求めるというより、持て余す感情の行方を捜しているような声音になった。
 その一方で、モコは陽のそんな姿を冷静に見定めている。
 何かを閃きそうな気配も感じるが、なかなか攻めあぐねている様子に思える。ならば。
「シキくん、モグに何かくれないモグ?」
 その声は真直ぐに陽に届く。
 弾けるように顔を上げた。モコのほうを向く陽に、モコは続ける。
「ほら、今ならとっておきのやつを、持ってるモグでしょ?」
「とっておき……」
 モコの意図を正確に理解したものの、陽の中には躊躇いが生じた。それで足り得るのか、と。だが咄嗟に思いついたものがそれしかなく、陽は懐から手帳を取り出した。開くと、先程摘んだ四葉のクローバーが佇んでいる。
「これでいいんでしょうか?」
 陽は思わず尋ねてしまう。
 ええいままよ。四葉を挟んだ手帳ごと渡すと、受け取ったモコは不敵に唇の端を上げた。
「そう……これが欲しかったのモグ」
 悠然とした態度だ。どっしり構えている。まるでなんにも心配などいらないのだと示すような、そんな。
 だから、行こう。
 そう語り掛けられた気がして、陽は知らぬ間に地面を蹴っていた。土竜が牙と爪を変化させる。黄金に輝く狩りの刃は只管に鋭く、陽に襲い来る。その素早い一撃をまともに食らってはならないと、陽は身を低く屈めて攻撃を躱した。文字通り間一髪の回避。
 同時に閃きが落ちる。
 黄金の焔光を紐解いたのは、土竜ではなく陽だった。燃え盛る暁。陽は只管に駆けて土竜の懐へと潜り込む。その瞬間、土竜の横っ面に、幾つもの弾丸が放たれた。凄まじい威力で穿たれた土竜はたまらず後退する。
 モコが生んだその隙に、陽は一気に下段から斬り上げる。
 土竜の顎を捉えた斬撃により、土竜は苦悶の叫び声を上げる。確かな手応え。陽とモコは一旦敵から距離を取る。
 贈賄コンビネーションン──現在の時価にして十九万円、否、それ以上の賄賂を受け取ったモコにとって、援護射撃など容易いことだ。ただその価値を、陽自身は認識できていなかった。
 しかしそれを問答する暇は今はない。だからふたりは馳せる。何度でも撃ち、何度でも斬ろう。払暁は新たな地平を生み出す一閃なのだ。

七豹・斗碧
御兎丸・絶兎

 洞窟に剣戟の音が響く。
 戦闘が始まっているというのに、今まで洞窟を踏破してきたというのに、未だに硬い表情の新米冒険者たちがいた。目の前の土竜は今までの敵とは格が違うためか、気後れしているように思える。ひとりの持つ剣の刃が、震えている。
 御兎丸・絶兎はその様子を見てあっけらかんと言う。
「そっか、こいつらきんちょーしてるのか!」
 迷いなく得心し、絶兎はひらりと新米冒険者たちの前へ躍り出た。
 小柄なのにやけに大きく見えた。この洞窟に光が差すはずもない太陽を思わせる、明るく熱い笑顔と共に。ぐっと親指を自分の胸にあてる。
「でもな、土竜なんかこわくないぞ!」
 それが当然なのだと、自然の摂理のように言い切った。それでも尚惑う新米冒険者を見遣り、七豹・斗碧は溌溂とした微笑みを向けた。
「ゼットの言う通りだよ。こういう時は相手がどんなに強そうでも自分だって負けないんだぞって気持ちでいくのが大事だと思う!」
 ほら、現に自信満々のゼットは強そうでしょ――と斗碧が視線を流すと、ちょうど絶兎が前に進み出て、大きく息を吸ったところだった。
「おはよー! オレさまがー! さいきょームテキの! ゼーットさまだーっ!!」
 響く、響く。洞窟に反響する。
 そう言われればそんな気がする。説得力を伴う言葉になった。新米冒険者たちの頬に血色が差す。一緒にいれば大丈夫地なんじゃないかって、そう思わせてくれる。
 土竜が低く唸る。
『随分なご挨拶だな……面白い』
 こちらを向いて覇気を吐く土竜に、絶兎は少しも怯まない。
「そうこなくっちゃな! こっちも本気で、あっちも本気!」
 今の声聞いたよなっ!?とばかりに絶兎は後ろを振り返って、新米冒険者たちを見渡す。
 そして今一度土竜に向き合い、宣言した。
「ボスとやるときは、気持ちで負けないこと! そんで絶対油断しないことっ!」
 絶兎は自分に言い聞かせるというより、声にすることで現実にするかのようだった。言霊というし、願えば叶う。そう信じて、疑わずに、邁進する。そんな清々しさがあった。
 絶兎は腰を落としてマジックハンドを構える。
「見てろ! オレさまたちが勝つところ!」
「私も負けないよ。皆でやっつけちゃおう!」
 斗碧も風の術式を起動させる。生じる旋風。靴のつま先をトントンと地面につけて、それから強く踏み込んだ。
 それが合図。
 前に飛び出したのは絶兎だ。疾く馳せる。全力で駆け抜けて突撃する。
 土竜が攻勢に出る。吼え、尾を振るい薙ぎ払ってきた。それが牽制だと即座に判断した絶兎が跳ねて躱すと、相手を捕らえんとする爪の一撃が向かってくる。
 その手に乗ってやる義理はない。絶兎は空中を蹴り、爪から逃れた。宙はすべて絶兎のもの、そんな軽やかさだった。
 威勢の良さに目を奪われている新米冒険者たちに、斗碧は言う。
「あと大事なことは、動きをしっかり見ること。どんな相手でも絶対に隙はあるんだから」
 例えばこんな風に。
 空間を侵食することで足場を作る。斗碧はそこに飛び乗り宙を舞う。高く高く、旋回した。
 斗碧の動きを見ていた誰もが理解した。相手の上空はほぼがら空きと言っていい。思いもよらぬ死角。洞窟でもこの程度の天井の高さがあれば十分なのだと、斗碧はその身をもって証明する。宙は斗碧のものでもあったのかもしれない。
「ゼット! 合わせるから一緒にやっちゃおう!」
「いっくぞーっ、トアっ!!」
 どうしてふたりの声はこんなにも重なるんだろう。
 土竜が牙を剥く。その勢いに、これは避けきれないと新米冒険者が息を呑んだ瞬間だった。
 それすら狙い通りだったと知る。
 絶兎がマジックハンドを伸ばす。念じれば迸る雷光。機械が変形し|超雷神の手《トールズハンド》へと姿を変え、それで牙を大きく叩き落とす。
 接触の刹那に生じる衝撃で空気が震えた。互いが硬直状態になり、身動きが取れなくなった時。何段も足場を踏み跳躍していた斗碧の踵落としが、土竜の脳天を直撃する。
 大音が轟く。たまらず土竜が吼えた。しかしすぐに体勢を整え、√能力者たちへと向き直る。
 斗碧はそれを意に介さない。余裕たっぷりの風情で唇の端を上げた。
「おはようの一撃の味はどうかな?」
『フッ、微睡んでばかりはいられないか』
「……そうだ」
 守ってもらってばかりではいけないんだ。
 そう言い出したのは新米冒険者のひとり。絶兎と斗碧の在り方に背を押されたのだと、すぐにわかった。
 新米冒険者たちが得物を構え、雄叫びを上げて突撃する。
「そうだ! その調子だぞっ!」
 絶兎が破顔する。斗碧もまた、負けていられないと踵に力を籠めた。

白・琥珀

 新米冒険者たちが武器を構える様子を、白・琥珀は冷静に眺めていた。
 彼らが先程気合を入れていた姿を思い出す。「仲間とならば」と意気込むことはとても良いことだ。だが、それが時に慢心を呼び、見極めが鈍くなることもまた事実。
 一歩、前に進み出る。
「大事なのはどんな状況でも見極められる事。自分の、自分たちの力量を過剰に信じない事」
 琥珀の声が届いたらしい。隣にいた新米冒険者がはっとした後、静かに頷いた。ただ未だ完全に腑に落ちているとは言い難いように思えたため、琥珀は首を傾げる。
「そうだなぁ」
 言論より実践といこうか。
 こういう戦い方もあるのだと示そう。ただただ勇猛果敢に戦うことは簡単だが、違う角度から切り込む具体例があってもいいだろう。
 琥珀は掌に本体たる勾玉を乗せ、強く握り込む。暁光めいた煌きが迸った瞬間、勾玉がしなやかな鞭へと姿を変えていた。仄かに光り様々な遊色を顕わにするそれを、振るう。
 ぴしゃりと地面を打ち付けてから駆け出した。
 対する土竜は『小賢しい奴らよ……!』と地踏みして咆哮し、土埃を立ち上らせた。土煙があたりを埋め尽くし、神なる気配を帯びる。神降ろしだ、と気付いた誰かが冷や汗をかく。何故ならあらゆる外部干渉を完全無効化すると知っていたからだ。
 だが──それも琥珀の計算のうち。
 勾玉の鞭を振るい、土竜の太い首に叩きつける。痛みは感じていなさそうだが、低く唸った姿を琥珀は見過ごさない。攻撃が効かないとはいえ煩わしさは感じるだろう。
 そう。完全無効なのはわかったうえでの攻撃を重ね、相手の生命エネルギーの枯渇を狙うのだ。気絶にまで追い込めば、どれほどの時間意識を手放させることが出来るかは未知数としても、大きなチャンスをつかむことが叶う。
 あとはどっちが最後まで立ってられるかの耐久戦。
 琥珀は右手側に回り込む。琥珀のプラチナの髪が、隙間風に舞う。土竜が反応する前に鞭を飛ばし、腕に絡みつける。強く引っ張ろうとしたところで振り払われたが、その時に覇気を漏らしたことを見過ごさない。敵の生命エネルギーは着実に損なわれていく。
 ならばあとは攪乱するまで。琥珀は足を止めない。自身が息切れしないよう留意はしつつ、緩急をつけた攻撃を叩き込む。不利に陥りそうな時は一度下がり、呼吸を整えることも忘れない。
 それを新米冒険者たちが、見てくれていたらいい。
 攻めるばかりではなく、時には耐える必要があるということをわかってもらえたらいい。
「耐える中で勝機を見出す事、それが生き残るコツだと思うよ」
 強大な相手だと特にそうだ──真直ぐに土竜を見据えながら、琥珀は不敵に笑みを刻んだ。

花喰・小鳥

 先に戦っていた√能力者の一撃が土竜に見舞われたのがわかった。
 その土埃が舞う。隙間風で花喰・小鳥の金糸の髪が流される。新米冒険者たちも攻勢に転じ、戦意は上昇しているようだ。その調子でいい。だが、ここで踏ん張らなくては意味がない。
「正念場です」
 小鳥の声は新米冒険者たちを諫めるようでいて、鼓舞するようでもあった。
 疲労と緊張は否が応でも躰を蝕む。
 戦いが進むほど、より困難な相手ほど万全の態勢とはいかない。がむしゃらに戦うだけではいつかは瓦解する。小鳥が視線を流すと、新米冒険者たちも呼吸を整える。それでいい。勢いを削ぐ必要はないが、突貫することが正解とは限らないのだと、小鳥はその嫣然たる振る舞いで示した。
「焦りは禁物です。これまでの経験を思い出して、自分にできることをしてください」
「――はい!」
 新米冒険者たちは頷いて、武器を手に前を見据える。そして走り出す。刀の鋭い一閃からの衝撃を放つ。高速で鋼糸を繰って斬り裂く。槍の螺旋の如き突きを食らわせる。
 それも多段攻撃だ。個別に打ち付けるのではなく、周囲との連携を考えている。そこは初心者なりの進歩と言えるだろう。言えるのだろう、が。
 小鳥は眉根を寄せた。攻めはいいのだが、守りに難がある。というより、攻撃に注力するあまり防御に手が割かれていないのだ。見守ってフォローに徹するだけでは危ういかもしれない。
 故に、小鳥は前に出た。
「敵の隙を作ります。集中して見逃さないで」
 凛然とした小鳥の佇まい。そっと手を差し伸べると薫香が漂う。招き入れる。自然、土竜の視線が小鳥に注がれる。
 見逃さないでという言葉は果たして誰に向けてのものだっただろう。
 同時に放たれたのは精気を高める玲瓏だ。負傷し、膝をついていた新米冒険者を奮い立たせる。彼らに背を向け、小鳥は更に歩き続ける。
 一拍後、地を蹴った。
 駆ける、駆ける。小鳥の金の髪が靡く。前髪が掻き上げられて、常は隠している右目が覗いた。十字架の傷痕が姿を現す。
 神秘の魔眼。
 それが土竜を射貫いた瞬間、土竜は身を震わせた。痙攣しているというのが正しいだろうか。そして目が濁る。それは魅了か、はたまた精神汚染か。
 土竜は我を忘れたのか、その爪を黄金色に染めて揮った。近接していた小鳥に斬撃が奔るが、耐えられる。こんなものは問題ない。
「いまです! 一気に畳み掛けましょう!」
 小鳥が発破をかけると、新米冒険者たちも怒涛のように土竜に攻め入った。

九条・庵

 土竜がいる大きな空間に踏み入れば、地鳴りがした。
 あたりに土埃が立ち込める。肩を並べてやって来た新米冒険者たちが身構える気配を感じる。
「いよいよラスボスだ」
 九条・庵は場の陰気さを吹き飛ばすように軽妙に言う。
「でも冒険者達は満身創痍、さぁどうする?」
 ――今が物語ならさしずめこんな感じ?
 庵がちらりと視線を流す。事実、雑魚との戦いで疲労困憊な者は多かった。額の汗を手の甲で拭う。腕の切傷を包帯で応急措置をする。体力を損なっている新米冒険者が、ぎりと奥歯を噛む。
 その姿を見て、庵はアメジストの双眸を細めた。
「負けたくない、その気持ちは自分で何とかするんだよ」
 奮い立たせるものは自分自身の中にしかないのだから。
 不意に庵が手を前に差し伸べて、掌を天に向ける。くん、と手首を持ち上げたら弾けるように焔光が散った。それは蝶の翅のように躍り舞い、新米冒険者たちを包んでいく。
 傷は塞がらない。だが、己の芯が熱くなるのを感じた者がいただろう。再生のためにふつふつと燃え滾るものを得たような、そんな。
「治しはしないよ、自力で何とかして」
 顔を上げた新米冒険者を見遣り、庵は例えばそうだね、と人差し指を振る。
「虚弱や不足を体感したなら、鍛えるとか、回復手段を得るとかね」
 やみくもに戦うだけでは勝利は遠い。それに戦いは今日だけじゃない。これから幾年も冒険に臨むなら、身につけなければいけないことがある。考えること、出来ることはこれから山程ある。
「でも、……死んだら終わりだから」
 まずはここから始めよう。
 庵は太刀を抜き払い、切っ先を土竜に向けた。
「今は助太刀! ってね」
 奔放に言ってのけて、走る。庵は土竜のところまで駆けていく。それを見咎めて、土竜は大きな尾を振り回してきた。その薙ぎ払いを刃で受け止め、受け止め、力ずくで押し返す。すかさず振り翳した鋭い爪は庵に襲い掛かるも、身に纏った霊気で間一髪弾いた。実際、庵の前髪の一糸が切られて、ヒュゥと小さく口笛を吹く。
 敵の攻勢は止まない。咆哮した土竜が大きな牙を剥き出しにする。頭蓋を噛み砕くことなど造作もないだろう、その強靭さ。
 ならば――庵は敢えて前に踏み込んだ。
 地面を蹴って跳躍する。宙で身を翻す。庵は日本刀に体重を乗せ、土竜の口中に突き立てる。そのまま手を離せば刀がつっかえ棒になる。
「一生大口開けてろよ、デカブツ」
 目に見える弱点が浮き彫りになる。
 庵は軽やかに着地した。トドメは新米冒険者たちに譲る、もとい、任せてもいいだろう。視線を流せばその意図を察し、彼らは立ち上がった。
「負けたくない、強くなりたい。その思いがきっと君らを強くする」
 その言葉を芯にして、新米冒険者たちは武器を手に疾駆した。
「……なーんてネ」
 得物なしでも戦えはするが、日本刀がないから手持ち無沙汰だ。庵は軽口を叩きつつ、新米冒険者たちの様子を見守っている。

尾崎・光

 洞窟の奥から戦闘の気配がする。
 尾崎・光は歩を進める。少しばかり遅刻してしまったから、挽回したいという思いが強い。新米冒険者たちのフォローは他の仲間たちがしてくれているだろうから、敵の体力を削るほうに専念しようか。
「――! あれか」
 光が到着した時、土竜は口につっかえていたらしい日本刀を吐き出していた。恐らく先に戦っていた√能力者が施していたのだろう。
 せっかくだから、生じている隙をこちらも使わせてもらう。光が掌をひらりと翻すと、何体もの影が生まれ出でた。青白い影は幻だとすぐに知れようが、土竜はそれを即座に判別出来ていない。
『チッ、何奴……!』
 こちらに注意が向けられているのに、土竜の焦点はどこにも定まっていないようだった。
 ならば、と、光は偽刺青に霊力を送る。
 そして地面に右手をつければ、メヘンディが淡く熱を持ち、芽吹く。伸びた蔦が這うように駆けた。そのまま土竜の下肢に絡みつき、戒めた。
「まあ鬱陶しいだけの小細工だけどね?」
 そう、これで捕縛できたなんて思い上がりはしない。
 事実土竜は蔦を掴んで力ずくで千切ろうとしている。だがそこには間があった。そこを突くには、十分な間だ。
 それを見過ごす光ではない。蒼い蝶を従えてひた走る。土竜が鋭い爪を振り翳した矢先、ぎりぎりのところで足元に滑り込む。
 狙うは柔らかそうな四肢の内側。体勢を低くして手に蝶を招けば、一瞬にして青白く冴えた刃が迸った。居合切りは土竜の前脚を斬りつける。振り抜く。鮮血が舞う確かな手応えと共に、土竜が今度こそこちらを捉えた気配がした。
 その瞬間、土埃が戦場に吹き荒れた。
 護霊符を咄嗟に放とうとしたが、間に合わない。光は咄嗟に後ろへ跳ぶ。その着地を見計らって土竜の爪が襲い来る。一撃が眼前に迫ろうという最中、光は意識して視線を逸らす。正確に言うと、そこらに漂っているインビジブルを探そうとした。
 見つけた。
 瞬時に入れ替わる光とインビジブル。まつろはぬモノは土竜の爪にあえなく斬られ消滅する。光は土竜と距離を取って、深く息を吐いた。
 眉根を寄せたのは、土竜にダメージが入っていないように感じたから。
 虚を突けたはずだ。インビジブルに触れた時に何かしらの衝撃が生じているはずなのに。そこまで考えて、光は思い至る。土竜の技、神土竜降ろしだ。ならば、今はいかなる外部干渉も寄せ付けない。であれば茶々を入れつつ生命エネルギーの枯渇を狙うしかない。
「長期戦、かな」
 光は再び青白い刀身を構えて、土竜に向き直った。

道明・玻縷霞

 剣と牙、槍と爪。
 それらが交錯しては鋭い音が鳴る。新米冒険者たちは連携を試みていた。魔法弾を放った隙にナイフで脚を抉り、大楯でガードしたならば支援の聖痕を齎す。
 短期間ながら新米冒険者たちに連帯感が生まれているのを感じる。
 道明・玻縷霞は眦を緩める。
 若人の成長を間近に見られるのは喜ばしいものだ。玻縷霞自身が永い時を過ごしているからか尚の事、その潔さが瑞々しい。見る限りやはり経験不足ではあるものの、今の彼らの決意は紛れもない本物だ。
「その気持ちに応えるべくサポートしましょう」
 玻縷霞は視線を巡らせる。戦局は一進一退というところか。他の√能力者がフォローしている甲斐もあって戦線は瓦解していないが、その一角で、膝をついている新米冒険者がいた。
 判断は早い。玻縷霞はその前に立つ。
「先に回復してください」
「でも、まだ……!」
「心配いりませんよ」
 私がここに立っていますから。
 そんな風情で新米冒険者を背に庇い、黒狗を嵌めた手で戦闘態勢を取る。
「無闇に向かうよりも、落ち着いて準備を整えることが肝要です」
 幸いにも味方は多いようだ。実際、視界の隅に駆け寄って来たヒーラーの姿を認識した。問題ない。あとは、敵を討つのみ。
 舞い上がる土埃が落ち着いてきた。
 神土竜降ろしの形態が解かれたらしい。ならば攻撃するなら今が好機だ。
 玻縷霞は地面を蹴って、一気に土竜に肉薄する。懐に入り、鍛えぬかれた拳で表皮ごと撃ち抜く。重く重く、強く。連打を浴びせた後、はたと気付いて後退した。
 土竜の牙と爪が黄金色に染まっていたからだ。一撃を食らえばひとたまりもない。玻縷霞は集中力を高め、振るわれた爪を紙一重で躱す。
 その刹那。
 咆哮した土竜の牙が、先程とは別の新米冒険者に向かう。構えてはいるだろうが、いきなり攻撃が向けば反応も追いつくまい。
 もう一度前に立つとしようか。
 再び玻縷霞は土竜の足元に潜り込むと、すかさず足払いを見舞った。巨躯ゆえ転ばせられるとは思っていないが、テンポを崩すことには成功する。それから√能力で巨大化させた手錠を足にかけ、移動を阻害する。
 跳躍、もっと上に。土竜の顎下を狙い、鉄拳によるアッパーカットを繰り出した。
「貴方達の戦いはこれからが始まり」
 土竜の動きを制限した玻縷霞が通る声で言う。
「いつも上手くいくとは限りませんが、苦い経験も糧になる。頑張ってくださいね」
 最後の言葉が、己にしては柔らかくなったとそう思う。「はい……!」という返事がやって来れば、それも励みだ。玻縷霞は今一度拳を握り直した。

ベル・スローネ

「みんなのおかげで、ここまでやって来れたね!」
 今までの軌跡を肯定するようにベル・スローネが言う。
 その明るさに、息を切らしていた新米冒険者が顔を上げた。戦闘で消耗した人間にとって、ベルの言葉がどれだけ染み入ることだろう。
「あとは……」
 ベルはバスターランスを構え、先端を土竜に突きつける。
「あの竜を討伐して、みんなで無事にここを出よう。帰るまでが冒険、だからね!」
「はい……!」
 竜漿兵器の斧を、これまでの戦いで馴染んだ大剣を手に。
 新米冒険者たちは威勢よく突撃していく。下段から斬り上げ、魔法弾を射出し、鉄拳を叩き込む。土竜の反撃を食らい、だが倒れずに戦い続ける。
 土竜は強い。
 一対一だったら強大なモンスター相手に苦戦するだろう。それは周囲の√能力者たちの様子を眺めていても、すぐに知れることだ。だが、自分たちはひとりではないから。
 一撃を食らい後退する新米冒険者のひとりに、ベルは元気に発破をかける。
「さっき一緒に戦った子たちが、仲間がいるからきっと大丈夫!」
 事実、別の新米冒険者が、魔法の氷柱を撃ち出して土竜の肩口を射貫く。どうにか体勢を整え直し、ふたりは強く手を握ったようだ。
「肩を並べて戦ったらもう仲間だよ」
 奮い立たせるための言葉はひたむきだ。実際、ベルもみんなのことを仲間だと思っている。
 自分も負けてはいられない!
「俺が前に行くよ!」
 ベルが一歩前に踏み出したその時だ。
 土竜の牙と爪が黄金色に輝く。狩りの刃だ、と瞬時に理解した。真正面から盾で受け止めるだけではこちらがもたないかもしれない。
 ――なら、己も同じように機動力を上げて対抗しよう!
 奇しくも土竜と似た技を習得していた。だから負ける気なんてしない。ベルは再びバスターランスを構えると、そこに紫電を纏わせた。輝く、輝く。嵐と雷を生じさせ、巻き込むのだ。
「荒れ狂う嵐のように!」
 宣言のように告げれば、ベルの身体がかき消えた。
 地を蹴った姿を誰も捉えられてはいない。唯一あり得るとすれば同じ状態になっている土竜だろうが、これで同じ土俵に立った。爪が襲い来る丁度間際、ぎりぎりの刹那。高速戦闘形態でバスターランスを捻れば、攻撃と攻撃がぶつかり合った。
 震える空気。
 閃く黄金。
 迸る紫電。
『小癪な……!』
 土竜が歯噛みしている。相殺しきれなかった衝撃は、ミスリルシールドで受け流す。手がびりびりと痺れたが、どうやら窮地は免れたらしい。
「今だよ!」
 新米冒険者たちが土竜に殺到する。そのうちの一人が狙われるも、ベルは咄嗟に飛び込んでバスターランスを振り回した。自然、土竜の注意がこちらに向いた。そのままその場で腰を落とし、睨み合う。ベルは不敵に唇の端を上げた。
 その隙を見逃すような新米冒険者たちではない。何度も何度も、立ち向かう。
 本当に成長したな、そう思えば、ベルの頬が綻んだ。

浄見・創夜命

 √能力者や新米冒険者たちの攻勢は止まらない。
 強大な相手に膝をつきそうになっても、決して挫けない。新米冒険者たちが√能力者たちから学んだことは多かったようだ。信頼も寄せている。なれば、先に進もう。
「序章の完遂は強敵を倒してこそか」
 浄見・創夜命はぽつりと呟く。そう、この戦いは序章に過ぎない。冒険の旅は始まったばかりなのだから。
「よかろう。然らば今日一番の幸福、共に掴もうぞ」
 くつりと喉を鳴らし、上着を鮮やかに翻す。長い黒髪が靡く。己もこの場の演者のひとり。芝居がかった振る舞いは、この舞台でこそ相応しい。己も一葉なのだから、必ずや幸福に辿り着いてみせようか。
「|夜《よ》に策がある」
 創夜命は余力がありそうな新米冒険者たちを手招きし、そう告げた。
 新米冒険者たちも頭を突き合わせて、創夜命の言葉に耳を傾ける。
「内容は単純。敵の能力を誘い……力を得た瞬間、|夜《よ》の能力で敵の手を止め。其処へ冒険者たちと共に攻撃し討伐に貢献するのだ」
 土竜を見遣ると、他の√能力者からの攻撃で弱りかけており、慎重に距離を測っていた。だが油断は禁物だ。その牙と爪が黄金に輝いてしまえば後手に回る。
 如何なる勇士揃いであれ、獣の膂力に能力が加われば長くは打ち合えまい。事実土竜は爪と牙を黄金に輝かせる。その威力たるや、推して知るべし。そしてこちらに襲い掛かろうとした、その刹那。
 凛然と、ひたむきに。
 高らかに名乗りを上げよう。
「|夜《よ》は浄見・創夜命。夜を従え、夜を統べし者。夜の国を治める女王である」
 創夜命は先程入手した大鉈を大上段に構える。
 そして夜の欠片を紐解けば、火焔が奔る。熱されて赤く染まる刃。揺らめく「夜」にあって尚紅く、その夜が一気に迸った。
 呑み込め。
 夜はすべてを覆うものである。包むものである。創夜命がひとつ吐息を零せば、夜がこの世を席巻した。
『何だと……!?』
 意識が閉ざされたのか、土竜が声を上げた。
 生きながら捕食される動物の最期を、体感させよう。
 是即ち、ひたひたと迫りくる暗黒をその身に刻むがいい。恐怖を恐怖と認識出来ないほど、前後不覚に陥るがいい。
 本来であれば、土竜も黄金の狩りの刃を用いて果敢に襲ってくるだろう。だが夜に囚われたならば身動きが取れないようだ。効果があったと直感的に理解して、創夜命は大鉈を手に足に力を籠めた。
「往こう」
 それが合図。新米冒険者たちも意を決し、一足飛びで土竜へと斬り込む。負けじと創夜命も馳せる。夜に光る流れ星に似て、駆けていく。
 焔光を連れて前に行こう。
 篝火というものは、夜に在ってこそ燃え盛るものだ。これはまるで隕石だと、創夜命は密やかに笑みを刻んだ。そして大鉈で袈裟懸けに、斬る。

アダルヘルム・エーレンライヒ

 土竜はその強固な表皮でアダルヘルム・エーレンライヒのハルバードを弾き、咆哮を上げる。
 後方に退いて体勢を整えるアダルヘルムは、眉間に皺を寄せた。
「クソ大蜥蜴め。全身を硬い鱗で覆いやがって」
 正直好まん相手だ、と苦々しく呟く。ただでさえ牙や爪・尾が手強いというのに、こちらの攻撃がすんなりと通らないのは厄介だ。とはいえ他の√能力者が新米冒険者たちと一緒に削りに削っている。もう一息、もう一息なのだ。
 己も味方とは積極的に連携を取ろう。
 誰かが牽制して、誰かが隙を生み出して、誰かが剛撃を叩き込む。それしかない。
「こういう場合は柔な部分を狙えば良い。目や口の中だとかな」
「柔な部分……」
 すっかりアダルヘルムに懐いた、大剣持ちの新米冒険者や他の者たちが粛々と頷く。
「これは訓練ではない。実戦だ。死力を尽くし屠るぞ」
 新米冒険者たちの信頼をその肩に乗せ、立ち向かおう。
 アダルヘルムはハルバードから、ドラゴンさえも叩き斬る程の威力を誇る大剣型竜漿兵器へと持ち替える。柄が短いほうが取り回しはきくだろうという判断だった。
「出来るか知らんが、アイツが口を開けた瞬間に口内に攻撃を突っ込んでみろ」
「――!」
 戸惑いを浮かべる新米冒険者。だがアダルヘルムは畳みかける。「ダメージを与えられるかもしれん」と。ぎゅうと大剣の柄を握る姿に、今度はこちらが頷いた。
 怯んでいるのだろうか。それとも、気後れしているのだろうか。
 正々堂々とあるべしという騎士としての性分はアダルヘルムも理解しているが、それ以上に戦いに身を挺した日々の重さを知っている。
 だから力強く言い切った。
「卑怯だ姑息だと言っている暇は無い」
 はっと、新米冒険者は弾けるように顔を上げた。それでいい。ひたすらに前を向けと発破をかける。
「勝つ為には手段を選ぶな、這い蹲ってでも生き延びろ!」
「……はい!!」
 大剣を上段に構え、新米冒険者は言われるがままに駆け出した。もちろんひとりで突出するわけではなく、他の新米冒険者たちも同様に。
 土竜の足元で攪乱する者。後ろに回って尾の付け根を狙う者。それらのサポートを得て、高く跳躍して舌に体験を突きつける。たまらず爪を振るう土竜に、新米冒険者が飛び退いた。
 その隙を逃しはしない。アダルヘルムも跳び、土竜の腕を土台にして踏み、さらに上へ。
 大剣を土竜の右の目に突き刺せば、土竜は絶叫した。
 ここで連続攻撃を食らわせられたらたまらない。即座に後ろに宙返りして地面に降り立つ。そして急いで離れた岩陰に滑り込もうとするも、長い尾でしたたかに打ち付けられそうになる。
 それを辛うじて大楯で受け流せば、腕が震えた。だが手応えはある。
 故に今は、戦い続けよう。

二階堂・利家
隠・帯子

 とうとう此処まで来てしまったか。
 もうじきこの戦いも終わる。そう思えば、二階堂・利家も感慨深さに息を吐く。土竜がこのダンジョンの|主《ボス》なわけだが、その息の根を止める時も近い。
 王権執行者絡みのどうのこうのではなさそうだし、何れは|復活《死後蘇生》するのだとしても。なるほど初心者向けの登竜門としてやり過ぎない程度に|機能《共存共栄》しているわけだ。そんなことを冷静に考えながら、利家は他の面々の顔を見つめていた。
 他の√能力者による先程の攻撃で右目を穿たれて、土竜は明らかに消耗している。
 畳みかけるなら今だ。そう判断を下し、隠・帯子は真直ぐに前を見据えた。
「故郷に錦を飾るには相応しい相手だね。ところで武器は確かめた?」
 最後の最後で手が滑った、刃毀れしているとなれば大変だ。戦いは佳境に差し掛かっているから、新米冒険者のみんなには悔いのない戦いをしてもらいたい。
「はい。……大丈夫です、最後まで」
 帯子が気にかけていた新米冒険者の少女が頷く。
「同じく。負けませんよ」
 得物を構えた数人から似たような答えが返る。帯子の胸の奥にあたたかいものが萌した。先程「仲間と呼べる人を見つけておくんだね」と言ったように、彼らが互いの目を合わせて笑みを浮かべていたからだ。
 ならば、言う通り、負けるはずがない。
「じゃあ行こうか。まずは私が切り開くよ」
 帯子は一歩前に進み出た。新米冒険者たちに声だけを飛ばす。
「みんなには後で大きく削るか、一緒に仕留めて貰うから、それまで守りを固めていて」
 強いモンスターは例外なく狡賢くて、それとわからない得意技の一つや二つは持っているものだ。
 それを言い置いて、帯子は下駄に意識を向ける。
 利家もまた、視線を土竜に向ける。
「まあ……なるようになるか」
 殺る気満々である。さて、どうしたものか。新米冒険者たちも、護衛に徹すると成長とはならないだろうか。
 土竜は既に神土竜降ろしを幾度か発動させている。あらゆる外部干渉を無効にしていたが、そうであっても√能力者は手を抜くことはなかった。当然ダメージは通らなかったが、攻勢を緩めないことによって、生命エネルギーの減少に尽力したと言っていい。
 利家は意識をインビジブルに伸ばす。偽物の臓器と神霊・古龍を活性化させ、その流れを手繰り寄せた。
 その時。
 一瞬。
 ほんの一瞬だけ、静寂が落ちた。
 からん、と下駄が落ちる音がやけに耳に残る。
 仕掛けたのは帯子だ。思いっきり鉄下駄を蹴り上げて放った。ただちに立ち上るは砂埃。既に土竜の技で土埃が立ち込めていたため、再び視界を覆うのにそう時間はかからなかった。
『ぬ……!?』
 神なる土竜に変身しながら土竜が唸る。利家はそれに構わず前に出た。速い。ブレスの勢いをシールドで押し流して、巨大剣を構えて接敵する。息遣いでどこに土竜がいるかはわかる。武器に纏わせたのは古龍の加護、押し潰すかのように重い攻撃を叩き込む。
 それは一度に終わらず、多段攻撃として。何度でも重ねるのだ。完全無効化が打ち止めになるまで、ずっと。
 痛みは感じずとも、曇った視界に他者がいる煩わしさはあるだろう。それを理解していた帯子は土竜の懐に滑り込む。眼前、至近距離から鉄拳による連撃を放つ。
 それを振り払うが如くに、土竜は尾で薙ぎ払う。それを辛うじて避けた。肝心なのは次の捕縛、囚われてしまえば鋭利な牙の強撃を食らうのは自明の理。
 帯子は紅の目を細める。
 身を引くのではなく、更に奥に踏み込んだのだ。土竜の腹に突き上げるように拳を見舞う。
 その刹那に乾いた空気が零れる音。
 やわらかい手触り。雪崩れる巨躯。
 そこまで確認して、改めて帯子と利家は後方へと退避した。
 帯子は言う。
 膝をついて意識を失った土竜を示して。
「今だよ」
 戦場においても尚通る声。
 仙丹を奥歯で砕いた利家と、新米冒険者たちが一斉に駆け出した。
 気絶しているといってもその時間には個体差がある。であれば今から全力で叩きのめすまで。
 利家は高く跳躍する。古き竜の霊力で威力を増した大剣で、袈裟懸けに斬りつけた。それに追従して重なる攻撃の嵐。大剣、鞭、槍、ナイフ、弓矢、魔法弾。その他あらゆる手段でダメージを蓄積させる。
 最後は誰とも知れなかった。
 帯子も利家も新米冒険者たちも、その得物に力を籠めた。
 そうして土竜は呻きも漏らさず地に伏した。
 わあっと上がる歓声。讃え合い、喜び合う新米冒険者たち。彼らにとっての初陣は、勝利にて飾られる。
「これからの道行きが、夢に照らされ続けますように」
「……そうだな」
 帯子が囁けば、利家も首肯する。
 誰かの持参した四葉が、供花のようにその地に佇んでいた。

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挿絵イラスト