シリコンバレー防衛
「ちょっと待ってくれよ、ロブスターサンドを食ったんだがクソまずくてね。そのせいか調子が悪いんだ。まったくまいっちまうよな」
ジョン・ボイド(人間(√EDEN)の職業暗殺者・h06472)はサンフランシスコ市街地の粗末なダイナーにあなたたちを呼び寄せると、水を何杯か喉に流し込んでから、ようやく話し始める。
「で、今回の『正義のお仕事』は√ウォーゾーンとかいう場所からわざわざ攻め込んできた狂った殺戮機械どもが相手だ。『俺の予知』じゃあ、あと1~2時間後にそこから機械の軍団が攻め込んでくる。狙いはサンフランシスコの郊外『シリコンバレー』だ」
シリコンバレー。北はサンマテオから南はサンノゼまでのエリアの通称であるこのエリアは√EDENにおいても世界的IT企業の集まるテックシティであることは変わりない。
「大抵、√ウォーゾーンの戦闘機械群はあの幽霊みてえな――インビジブルとかいうのを目当てにやってくるらしいが、今回の連中はそれにくわえてシリコンバレーの『人間』を回収してる光景が見えた。技術者がいるのか、あるいはSF映画みてえに機械につないで生体電池にでもするつもりなのかもな。その辺はあんたらの想像に任せるがま、やることといえば単純だ。『走り回って、ぶっ壊す』。それだけだぜ」
そんな簡単なブリーフィングを受けたのが、ちょうど1時間前。今、あなたたちはシリコンバレーエリア、サニーベール市。空軍基地や空港を抱え、航空産業が盛んな街の中心部で時間を潰している。平穏に行きかう人々、ビジネスマンを乗せた車が列をなす光景は、ここがもうすぐ『ウォーゾーン』へと変貌するなどととても信じられなかった。しかし、ある意味では『最も弱く、最も豊かな世界』と称される√EDENらしい光景ともいえるかもしれない。
――KADOOOOOOOOOM!!!
平穏が破られるのは突然だった。おそらく√ウォーゾーンからの侵入口が室内にあったのだろう。銀行か、あるいは公民館か……立派なつくりの建物が破壊され、黒煙を吹き出す。そしてその残骸の中から湧き出してくるのは√ウォーゾーンからの尖兵。運送用ドローンを改造・武装させた対人攻撃兵器だ。
「来たぞ!」
あなた達の中の誰かが叫ぶ。敵の侵攻を食い止めろ!
第1章 集団戦 『暴走した運送用ドローン』

上空に一つの影。軍用輸送機だ。
「メインシステムチェック開始。俺とマルティルのリンケージ問題なし。安定剤注入開始……下の様子は?」
「少数の√能力者が交戦中。小型の対人ドローン相手に苦戦を強いられているようです。小隊長、どうします?」
「当然、直掩として友軍を援護する。武装の最終チェック、いそいでくれ」
その輸送機で最終チェックを待つウルト・レア第8混成旅団WZ遊撃小隊長にこのソーティがもたらされたのは偶然だった。とある戦場でほぼほぼ苦し紛れに√EDENへと逃走したウォーゾーンの追撃任務の後、この地域の空軍基地を利用して補給を行っていたところに、星詠みからこの近くで√ウォーゾーンからの侵略が行われるという情報がもたらされた。
(機械どもの侵略を広げてなるかよ。俺の世界まであんな風にはさせん)
あなたの胸に、あの悲惨な光景が去来する。人体を兵器に改造し、人体をむしばむ危険な技術や学徒までを動員する絶望を絶望で塗り固めた、臓物と血、マシンオイル、そして炎が支配する√ウォーゾーン。この平和な世界を焦土にさせるわけにはいかない。
「小隊長、武装システムのチェックを」
「……武装および最終システムチェック。問題なし。出るぞ」
「三番機異常なし」「六番機、隊長に続きます」「五番機、いけます」
圧縮空気の音と共にロックが解除され、サニーベール市街地が姿を現す。地上では、すでにいくらかの場所から炎と黒煙が立ち上っているのが見えた。
「あのタイプの電子戦装備は大したことない。ビーコンでこちらにおびき寄せて友軍から一旦引きはがす。補給したてだ、弾薬をケチるなよ」
2.7mの決戦型WZ『マルティル』が輸送機から一番槍を切る。同時電子戦装備でやつらのレーダーに『挑発するように』ピンを打ってやれば、ドローンたちの多くがこちらへと向かってくる。
――SPIT!SPIT!SPIT!
「そんな小口径弾ではな」
電磁バリアを展開。ドローンに搭載された対人機銃が障壁に阻まれる。が、あれの一番厄介な武装は搭載された高性能爆薬を用いた自爆攻撃だ。機動力を生かして接近されるのはまずいが、だからこそこちらには『数』がいるのだ。『軍隊』は一人では戦わない。
――BLATATATATATATATATATATATATATA!!!
近接信管を採用した対空砲による第8混成旅団WZ遊撃小隊の射撃が空中で炸裂し、向かってくるドローンを羽虫の群れめいて叩き落とす。
「8番機以降は民間人の避難に手を貸してやれ。俺たちが来たからには一人として死なせるなよ」
「ウィルコ」
――DOOOOOOOM!DOOOOOM!DOOOOOOOM!
総勢13機がアスファルトを砕き散らしながら着地。同時に隊伍を組み、敵の湧き出す√ウォーゾーンと繋がった地点へ向けて進軍を開始した。
「は? シリコンバレーに敵? なにしてくれてんですか……そこ潰されると本業にも支障がでるんですよ……!」
風待葵はその日も自室で目覚め、仮想通貨マイニングの調子と株価のチェックを並行して行いながらアニメのタイムシフト再生をしつつ√能力者向けのダークウェブSNSにアクセスして、その事件を知った。シリコンバレーは√EDENの世界的テック企業の大多数が在籍している。他の√より強いとされる『心を守るために慣れ、忘れようとする力』のおかげで株価などにダメージはほとんどないだろう。短期的には。しかし情報では、ウォーゾーンの戦闘機械群たちは人を連れ去っているともいう。優秀な技術者がもし連れ去られてしまえば、当然技術開発は停滞するだろう。それは論理秒の世界でやりとりをするネットワークの世界では致命的だ。より早くより滑らかなネットワーク通信処理。それはハッカーにとってなにより優先される。
「スフィアシステム起動。イクリプスレギオン、5号機まで投入。ダスティプリズム、準備完了……目にもの見せてやりますよ」
気つけ代わりにトリニダードスコーピオン・デスソースの瓶をまるでミネラルウォーターめいて口に注ぎ込むと乱雑に赤い筋を引きながら口の端からこぼれたそれを拭う。既に√をつなぐ入口をいくつか経由して、|改造ドローン母艦《スフィアシステム》を最速経路で戦線投入している。
「……イクリプスレギオン、戦術フォーメーション整った……!」
――DOOOOOOM!
イクリプスレギオンによる一斉射撃。拡散力重視のダスティプリズムレーザーがわんわんと羽虫の群れめいて黒い霧のように空の一角を埋め尽くす敵ドローン群に直撃。一瞬で数百機が焼け落ち、ばらばらに溶融しながら墜落していく。
「クッソ、思ったより補充速いな……|不死の部隊《イモータル》ですかよ……!」
しかし敵も数で押してくる。やられたらやられた以上に『入口』からこちらへと来れば、まるで空を泳ぐ黒い龍のようにくねりながらスフィアシステムを包囲し、小型ゆえのスピードと数を生かしてイクリプスレギオンを包囲攻撃してくるのだ。
「損害率が思ったより高いか……やるじゃないですか」
ニューロンを辛み成分がキックし、ブーストされた状態で葵はキーボードを叩く。叩く。叩く。敵情報分析と行動予測、戦術状況把握、友軍の位置と地形マッピング、AI最適化、アップデート……戦闘の間にもPDCAを回し続けろ。情報と言う生物を扱うハッカーは秒単位でアップデートを行わなければならない。
「……クソッタレ!」
7番機が左肩に被弾。腕と共にバランサーがいかれたのか量産型WZの一機が速射砲を連射しながらも片膝をつく。ウルトはマルティルを盾にするように7番機の前面に立ち、トドメを刺すべくミサイルのように飛来していたドローンを正確に撃ち落とす。
「安全圏まで後退しろ。予想以上に敵が多い」
「ネガティブ、隊長。俺はまだやれます……!」
「皆そう言って死んでいく。俺たちの首には常に死神の鎌の先が触れているのを忘れるな。これは隊長命令だ」
「りょ、了解……」
クローンパイロットである量産機など使い捨てろ、ウォーゾーンの論理感を失った軍人ならそういうかもしれない。しかし、ウルトの部隊は勇将の元に弱卒なしのことわざ通り、クローンとは言え精鋭ぞろいだ。優秀な指揮官のもとでは生存率が上がり、新兵の損耗が減る。そうして長く経験を積んだ者は容易に代替できない。故に、あえて命令という強い言葉を使ってでもあなたは部下を下がらせたのだ。
「隊長、半包囲されつつあります。危険かもしれません……!」
「だからこそ踏みとどまるぞ。我々がここで防戦すればするほど、味方の危険が減る。なんのためのWZだ?」
「機械どもを倒すためです……!」
(……敵は何を企んでこれほど大量の部隊を投入している?)
ウルトとて命知らずの猛将ではない。死ぬ気はないし、ラルフ・ワルドー・エマーソンの言う通り普通の人間より5分だけ長く勇敢でいられるだけなのだ。そして人はそれを、英雄と言う。味方の攻勢を信じ、ここでギリギリまで耐え抜く……!
「隊伍を保ち、カバーを利用しろ。そうそう簡単には第8混成旅団のWZ部隊を抜けんと言う事を機械どもにみせてやれ」
その覚悟に答える様に、手にした重機関砲が猛獣めいた鋼鉄の唸りをあげた。
「ふむ。爆発性ドローンですか。とにかく数とその性質が厄介です。|爆弾解除に手間取《ミス》れば終わり。弾幕系パズルゲームってとこですね」
√能力を応用した量子揺らぎによる単距離テレポートを繰り返し、戦場を俯瞰する位置から真心観千流はウォーゾーンと化したサニーベールを見下ろす。やはり『狙撃』には見晴らしのいい高所を取るのはセオリーだ。それにさすがの√ウォーゾーンの機械たちも出たり現れたりする小柄な物体を正確に追いきれない。奮戦する味方たちが十分に敵を引き付けていることも、スナイパーにとってはいい条件だ。
「ですが、逆に言えば爆発できなくさせればいい」
ようやく観千流を補足したドローン群がまるで巨大な触手を伸ばすように向かってくる。遅すぎる。既に|最適解《プラン》はできた。
「私の演算速度の前には無理もありませんが、一手遅いどころか周回遅れですよ!」
論理の速さでトリガーを引く。まるでその光景は天が泣いているようだったが、雨のように降り注ぐのは2200発のナノ・クォーツ製弾丸。一発一発が|ザミエル《悪魔》の力を借りずとも、過たずドローンを穿つ。あるいは観千流そのものが魔弾の射手か。
――ぼとっ、ぼとっぼとぼとっ、がしゃっ、がんっ……
まるで動力源から停止したかのように、ドローンは地球の重力にもまれ自由落下。地面にたたきつけられ破損するものもあるが、爆発するものは一機たりともない。エネルギーの流れ自体、爆発の反応自体が量子レベルで固着されているからだ。
「こうなればもう置物同然です……が、ゴミは掃除しておきましょう。戦闘中になにかしらの原因で爆発されても面倒ですしね」
そして疑似精霊銃を用いて、風を巻き起こし機能停止したドローンを片しておくサービス付き。観千流はできる女なのですよ、えっへん。
ついに友軍の√能力者による反転攻勢が開始された。支援射撃により、ドローン群が停止。誘蛾灯で焼かれた虫めいてぼたぼたとあたりに降り注いでいる。が、最前線で戦い続けた第8混成旅団WZ遊撃小隊の損耗も大きい。7番機に加え、4番機、11番機も損傷。戦線離脱はしたようだが手痛い。
「このあたりが潮時だな。一時後退し、お前たちは戦力を再編成しろ。各機エレメントを組め」
「隊長は? 下がられるんですよね」
「……当然だが、俺はお前たちの命を預かっている。離脱は最後だ。もう少しここで踏んばるさ」
「ネガティヴ、承服できません! 俺たちにも戦わせてください! この命は隊長に捧げる覚悟です!」
小隊各機から通信。しかし。
「勘違いするな、俺は死ぬつもりはない。『全員で』生きて帰るための最善の策として……俺の機体に備わった機能を使う」
「……!」
雰囲気が変わった。小隊員全員が息をのむ。|『第壱出力制限解除』《デュエルシステム》。ウルト・レア専用機としてチューニングされた決戦型WZに搭載されている切り札ともいえる機構だ。その能力を解放すればもとより高い戦闘能力はおおよそ4倍に跳ね上がる。つまり……そのマニューバを邪魔しないためにも、消耗の色濃い友軍機は一度退避する必要がある。今の状態では足手まといになるだけだ。
「……ご武運を祈ります」
味方がツーマンセルを組み、一機一機と一時退却していく。他の√能力者の援護があるとはいえ、ここは正念場だ。すべての機能を攻撃と機動性に転化するため、電磁フィールドなどの防御機能すらオフになるのだから。
「…………!」
機体の中で、ウルトは己の手が震えていることに気づく。背筋に冷や汗が滲み、呼吸が荒くなる。
(毎度のことだが、戦争というのは正気の沙汰ではない。怖い。だが……)
積み重ねた先に救いがあるのだとしたら、この恐怖にすら何か意味があるのか? 分からない。答えを知るには闘い続けるしかない。
「すべてを……護り切る……!」
首筋に針が突き立ち人造モノアミン神経伝達物質薬剤が投与された。
――KABAM!KABAM!KABAM!KABAM!
瞬間、赤と青の二色が混じり合う残光を残しながら目で追えぬほどの速度で駆け抜けたマルティルが巨大金属棍棒を構えドローンたちの中を駆け抜けていた。装甲を赤く発光させ、そしてその継ぎ目……コックピット部から青白い炎を噴出しながらドローン以上のスピードで戦場を駆け抜けながら無慈悲な攻撃を行うそれは、仏敵をほろぼすために阿修羅が顕現したかのよう。
「――視える」
それほどの超高速で動きながらも、限界を超えたウルトにはなにもかもが理解る……!
第2章 ボス戦 『血滴子』

√能力者たちの決死の攻撃によって、無限とも思われた敵ドローン群を押し返すことに成功。だが、中型戦闘機械に護衛されながら『入口』から姿を現したのは敵の指揮官級機体と思われる少女型ウォーゾーンだった。半重力めいて空中を浮遊しつつ、周囲に不穏な風切音をうならせながらわだかまるチェーンソー、あるいはカッターめいた機構は重WZの装甲すら容易く切り裂いてしまえそうなほど鋭利。
「……敵戦力予想以上。作戦プランBに移行。指揮官級機による抹殺フェーズ」
敵は数で押す事に限界があるとみて、逆に高性能なエース機による攻撃にパターンを変化させてきた……!
とある√のサニーベール市。この√は特徴的には√EDENとさほどかわらないのか、並行世界めいた場所で今まさに死闘が行われていることなど当然知らずに、人々が行きかっている。
「次元透過確立、階層統一完了」
ややサニーベールから離れたパロアルトに位置するフーバー・タワー。この最上階に隠れるように身をひそめるのは狙撃型ベルセルクマシンのフォー・フルードだ。√EDENほど『忘れようとする力』が強くなかろうこの地で大っぴらに行動すれば、不要な混乱を生む。とはいえ、軍人であるあなたにとって、民間人の眼を避けながら行動することなどは手慣れたものだ。ISSフレームも助けになってくれる。
「演算確定。命中確率――100%」
WM-02狙撃ライフルを構え、IASからもたらされるデータをもとに、スコープを覗いた。見通すのは――別の√。そう、優れた狙撃手であるあなたは何㎞先とかいうレベルの次元ではなく、√と√を超える狙撃を可能とする。
「…………」
黒いフレームは微動だにせず、ライフルを完璧に支える。この点はベルセルクマシンの利点だ。人間のようにストレスや環境性の不随意運動がおこることが無い。
|「発射」《FIRE》
端的な言葉と共に、羽のように軽いトリガーに指をかけ、引き絞る。銃の機構が滑らかに作動しガスと共に薬きょうが排出され、からん、という音と共に足元に落ちる。真の狙撃者は痕跡を残さない。それを拾い上げ、耐熱ビニルの小袋に入れながらあなたはふー、と息を吐くかのように排熱した。
「なるほど、敵もさるもの」
……結論から言えば、狙撃は成功した。成功したが……撃ち抜いたのは指揮官機。ごく最近確認され『血滴子』の識別名で呼ばれるそれに随伴する空飛ぶギロチンめいた殺戮ビットだ。敵は恐るべき反応速度で狙撃に反応し、回避しきれぬとも防御を行ったのだ。満足できる結果とはいくまい、自分にできるのは『撃つこと』――殺すことだけだから。
野戦重砲と同等の口径である腕部107㎜カノンが飛来。指揮官機の護衛についていた中型随伴機が盾になるようにこれを受けたが、威力を殺し切れずむしろ手榴弾めいて装甲をまき散らし損害を拡大させた。
「……|識別符号《コールサイン》:ブロックヘッドを確認」
あまりにも暴力的な挨拶。それを受けて、敵はAIながらにどろりとした殺気が|ウォーゾーン《戦場》を満たす。だが、そんなもので分厚い鋼鉄の塊めいたあなたを殺せるなら、やつらは人間を絶望に追い込めなどしなかっただろう。ここからは壊し合いだ。鋼鉄を穿ち、血の代わりにマシンオイルと火花を散らす。人間の血が流れないのであれば――それでいい。
「戦闘機械群・社会式。現着した。戦闘行動に入る」
味方の√能力者に端的に自分が奴らの仲間ではない旨の通信をすれば、もう言葉はいらない。リミッター解除。【バーサーク】プログラム起動。完全破壊プロトコル開始。
――CRUSSSSSSSH!!!
敵指揮官級ウォーゾーン『血滴子』の護衛機である通称『空飛ぶギロチン』があなたに直撃する。ギャリギャリと装甲を削りとる刃。だが。|ベルセルクマシン《狂戦士》の突進はその程度では止まらない。質量任せにギロチンを押し戻しながら腕部107㎜を手近な相手に向けて撃つ。撃つ。撃つ。
相手がいくら素早かろうが、どこまででも追いかけ、狩り殺す。これは人類を愛する俺とおまえたちとの|決闘《ホルムギャング》だ。
「ふーっ……ふーっ……」
ウルトの鼻や眼の端から、血の筋が垂れる。
「心肺機能低下。意識レベル維持のため追加薬剤の投与開始」
薬剤により体から湯気が立ち上るほどの代謝をブーストし、能力を引き上げようやく制御できる『第一段階』のマルティル。この時点でも暴れ馬だが、まだ機体のスペックは余裕がある。問題は俺の体だ。どこまで持つ?
(潮時か……いや、あと少し。最低限護衛機を無力化し指揮官を丸裸にする)
身体機能への影響をしらせるアラートが鳴り響く。だが、あと一押しだ。指揮官機が出張ってくるということは敵も手詰まりになり焦っているという証左だろう。ならば、もう少し無茶をする価値はある。それに別段、敵を無力化する方法は銃弾だけではない。離脱しつつ、機体に搭載されたドローンを展開する。
「あのWZ、さすがにそろそろ補給が必要そうです。撤退の援護にもなりますし……やりますか『アレ』」
真心観千流は戦闘中に温めておいたプランの一つをここで切る。|羽々斬《レイン・ビット》展開。天候操作を行い、周辺を濃霧に変える。これであのWZも霧に紛れていくらか安全に後退できるはずだ。いや……あのWZが展開したドローン。あれは電子戦装備だ。
「レコグニション・ジャマーと組み合わせてやれば……!」
相乗りする形で、敵のレーダー網をジャミングする。想定以上のスピードで相手の相互データ通信を妨害できた。
「生態型情報移民船一番艦真心観千流より決戦型WZへ、今のうちに補給に戻ってください。よく前線で耐えてくれました、グッジョーブ!」
「こちら第8混成旅団WZ遊撃小隊ウルト・レア中尉だ。この霧は君が? 助かった。一度後退し、部下と共に180秒以内に戻る」
「ふふ、ついでに食事もとってきてくださいな。180秒以内で」
「努力する」
ウルトは観千流からの通信に珍しく冗談めかして返答し、一度後方へ退く。
「……さて、霧とジャミングだけでは不十分。この状況を活かしてこそです」
「えぇ~と、その作戦にはこっちも一枚かませてもらいますよぉ~……いいです?」
と、今度は誰かから観千流に通信。このタグは……同じ旅団に所属するハッカー『風待葵』のものだ。自宅に引きこもっているらしい彼女も、ドローンを通じてここで戦っているのは把握していたが、同じ情報を扱う者同士、自然とこの状況で取る行動は一致したというわけだ。
「やりましょう、葵ちゃん!」
………………
…………
……
「敵性勢力のジャミングが強力。同時に濃霧が発生。戦場の視界は極めて不良。哨戒機動を開始します」
指揮官級ウォーゾーン『血滴子』は随伴機『空飛ぶギロチン』を自分の周囲に少しづつ広がる円軌道を描くように動かし始めた。見えないなら見えないなりに戦場を根こそぎに切り裂いてやろうというのだ。しかし、それは悪手だった。
――KABM!KABM!
「…………!」
爆発音とともに、空飛ぶギロチンの一機からのシグナルがロストする。これは。人間どもはどうやって――いや、視界が効かなくとも関係のない攻撃方法がある。しまった!
「……人間を舐めすぎてんですよ、あんたら」
ノイズに交じり、挑発めいた通信が『血滴子』に葵からの通信はいった。そう、観千流と葵は、互いにその場に停滞する高出力レーザーや機雷を散布し、濃霧の中をトラップ地帯へと変えていたのだ。
「…………」
『血滴子』は空飛ぶギロチンを急いで自分の周囲に呼び戻す。周囲が機雷原となれば機動力が殺される。一度撤退し、もう一度ドローン部隊でまず機雷を除去させ――
――ZGAMMMM!!!
その時だった。爆撃めいた猛火力が投射され、『血滴子』の軽量ボディが爆炎で投げ出される。損傷率が一撃で50%を越えた。この霧の中でどうやって――
「対処が場当たり的なんですよね……焦って自分の周りにそのノコギリを戻せば、どこにいるか自分で白状してるようなものです」
基本的に『空飛ぶギロチン』は『血滴子』に随伴するように設定されている。それがあだになった。機雷原でダメージを負えば、無駄な被害が広がる前に必ずそれを呼び戻さざるを得ない。葵はそこを突き、火力に優れるイクリプスレギオンの火砲を『空飛ぶギロチン』が戻った地点に集中させたのだ。
「チェックメイト寸前、このままクイーンを取りに行きますよ」
追いタバスコかけたポテチをキーボードを汚さないようトングで掴んでバリバリとかみ砕きながら、葵は前線を押し上げる。
「お嬢さんがたが稼いだ時間だ。一秒たりとも無駄にできないぞ」
一度後退した第8混成旅団WZ遊撃小隊は、戦場中央から少し離れ再編成にあたる。4番機と7番機はこれ以上は無理そうだが、11番機は補修してやればかろうじて戦線復帰できそうだ。既に輸送機から投下されたカーゴから弾薬を補充。
(マルティルはまだいける。だが俺の体が限界に近い……)
そんな考えが頭をよぎるが、限界に近い。だからなんだ、と自分を奮い立たせる。薬剤による高揚作用のせいかもしれないが、例え作られた感情であろうとあと一押しで機械どもを押し返せるのだ。貴重な3分間。マルティルのコックピットでできるだけ息を落ち着ける様に意識して深く呼吸を繰り返し、少しでも長く戦い続けられるよう、体を休ませる。
「隊長」
と、被弾した7番機のパイロットから通信が入った。既にやつの機体は戦場から離れ、近隣の空軍基地まで4番機と共に帰投している最中のはずだが、まだ通信圏内にいたか。
「……必ず帰ってきてください」
「ああ、必ずだ」
……約束をした。だからといって必ず生きて帰れるわけではない。約束を信じるのは子供だけだ。大人はそれがどれほど脆いものか知っている。だが……今はその言葉が、救いのようにも思えた。俺はまだ、戦える。戦って誰一人取りこぼさず、全員で生きて戻る。
「……帰ったら早く戦線離脱した分、お前の苦手なホウレンソウペーストのレーションを回してやるさ」
「ハハ、言わない方がよかったかな」「そりゃないぜ、おい」「おまえがヘマしたからさ」
ジョークで部隊に幾分か和やかなムードが流れた。
「……時間だ。行くぞ。やつらを地獄に追い返してやる」
「「「「「「「「「「Yes, sir!!!!!」」」」」」」」」」
その空気は一瞬でひりついたそれに代わり、次々とテクノトラックめいて電子音と重機の駆動音を響かせながらWZが起動。戦場へと歩を進めはじめた。戦域到着まで……30秒。
………………
…………
……
「|第弐出力制限解除《アニヒレーション・システム》を使用する。最大推力であたれ!」
青と赤の二色を炎の穂めいてあとに残しながら限界駆動するマルティルを先頭に再び戦場へと躍り込む第8混成旅団WZ遊撃小隊。同時、マルティルの性能を限界まで引き出す。こうなれば性能は通常時の8倍。味方の弾丸よりも早く、敵のレーダー網が反応できないほどの速度で敵指揮官級ウォーゾーン『血滴子』に肉薄した。おあつらえ向きに、味方の攻撃によりメイン武装たるカッターめいた随伴機は既に撃墜されている。
「――おおおおおッ!」
ウォーゾーンとしては小柄なその身体に高出力マニュピレーターで掴みかかる。鋼鉄の腕が一撃。顔面に入り人間に似せた外皮を叩き割り、機械の本性を露にさせた。そのまま出力任せに二度、三度と顔面に拳を入れ……そのまま貫手がごとく手刀を首元に差し込むと、バチバチと火花を散らす『血滴子』の首を引きちぎり、脊椎めいた内部機構を引きずり出した!
第3章 日常 『√EDENの繁華街』

√能力者たちの決死の防戦によって、指揮官級機体は無惨な鉄くずと成り果てた。√EDENは『心を守るために慣れ、忘れようとする力』が非常に強いとされる√であり、戦場となったサニーベールの街もすぐさま元の様子を取り戻し、この戦いがあなた達以外に記憶されることすらないだろう。
……戦いは終わった。今のところ星詠みからこの近辺で何らかの事件が起こるという知らせはもたらされていない。誰も戦いを覚えていないとはいえ、君たちにはこの平和を享受する資格がある。休息の後、また戦いが待っていようとも。それが英雄に捧ぐ僅かばかりの慰めだ。
「今回の出撃、ご苦労だった。結果として我が隊および√能力者に死者はなかったが、損害は皆無とはいえまい。負傷者、破損装備などは速やかに収容・補給が行われる。とはいえ、これ以上無粋な言葉で君たちを責めたりはしない。10時間後、√ウォーゾーンに我々は帰投する。それまで自由に休め。以上」
出撃前に補給を行っていた空軍基地に舞い戻った第8混成旅団WZ遊撃小隊。幸い、人的被害はなくこの規模の攻撃で量産型WZ3機の小~中破で済んだというのは、奇跡的と言うほかない。デブリーフィングを済ませ解散していく部下たちを見送りながら、ウルトはふう、と息を吐き、近くの木箱に腰かけた。ワーカホリックと言われるかもしれないが、戦闘が終わり、まだ震える手をごまかすように何か書き物をしたかった。幸い、交戦記録なりなんなり『上』に提出するための報告書は毎度数ページに及ぶ。どこまで精査されているのかは知らないが、今はそれに没頭することで救われるような気がする。
「隊長」
と、しばらくして隊員の一人が話しかけてきた。その手には√ウォーゾーンの泥水のような代用コーヒーではない正真正銘の豆から挽かれたそれと、そもそもまともに手に入らない、基地の酒保で購入したとみえるドーナツ――それを手にしていた。
「せめてこれだけでも。疲労には甘いものだとかつての人類は言っていたと聞きます」
……こういうやりとりはいつぶりだろうか。基本的には安全な√EDENにいることで部下もリラックスできているようだが、こうした人間的なやり取りが今はうれしい。じわじわと燻り、ゆっくり焼け落ちるような心の欠落を埋めてくれるような気がしたから。俺も、彼も人間だ。戦うために生まれてきたわけではない。それを状況が許さないとしても今だけは――平和を享受するのも悪くない。
サンフランシスコ市街のダイナー。ブリーフィングに使われたところはなんだか小汚くてアングラ感があったので、アシカで有名なピアの近くの明るい観光客向けであろうと頃に入ってみた。看板にはこれ見よがしに蟹が描かれているところから、明らかに海鮮が名物なのだろうが、ここは前々から試してみたかったものを欲望のまま頼んでみることする。
「have fun!」
「よ~しよしよし」
小太りのウェイターがどっかとテーブルに置いたのはまずは揚げバター。そっくりそのままバターに衣をつけて揚げたもの。シンプルなゆえのジャンキーさがある。そしてフライドコーク。これはコーラ味の生地をこれまた油で揚げホイップクリームやらシナモンをかけたカロリー爆弾である。そしてトドメのエルヴィスサンド。これはエルヴィス・プレスリーが好んだという逸話からその名がついたものだが……バナナとカリカリに焼いたベーコンという日本人からするとどういう組み合わせなんだ? と疑問符がついてしまう組み合わせにさらにピーナッツバターを塗り(お好みでブルーベリージャムまで乗る)、さらにこれをバターで揚げ焼きにしたものというアメリカンサンド。そう、観千流が試してみたかったものとはアメリカン・ジャンクフードの極北だ。
「どれどれ……まずは一番味が想像できる揚げバターからいきましょう。うわ、油がすごい……んむ」
もにゅもにゅ、と口に運ぶ。一口めからギットギトだ。まあ、最初はこういうもんかとも思うが……キツイ! 人間、年齢を食うと油ものがだめになるらしいがこれは若くても結構きついんじゃないだろうか。
「う、う~む……ちょっと口直ししましょう。カロリーは……ナノ・クォークの扱いの応用でどうにかなるなる」
口直しと言ってもドリンク的なものはフライドコークしかない。ある意味ではこのホイップ部分のみが救いだが……
「あっまい!」
甘いし、これもフライド部分の油を吸っている! 口直しのつもりがこれが一番カロリーがきつい気がする! 流石肥満が社会問題と言われるアメリカ。少々舐めていた。観千流はこの時点でちょっと後悔したが……まだエルヴィスサンドには口をつけてすらいない。
「……ええい! ええい! ええい!」
3度、自分に気合を入れベーコンのしょっぱさが多少なりとも甘ったるい油だらけになった口を修正してくれる事を祈り、それに口をつける。
「…………」
……存外、悪くない。悪くないが、よくもない……微妙過ぎる……これは日本人の舌にあわない。アメリカではベーコンとホットケーキメープルがけ味のカップ麺が売っているというが、これほど味覚が違うとは……アメリカ、おそるべし。がくっ。
「う~ん、こうして観千流ちゃんの初海外は微妙な失敗に終わったのであった……」
さすがに奇をてらい過ぎた……ちゃんとお残しせず、カロリーを全て平らげたものの何か気持ち悪い。今はなんか食べ物をみたくない。海を見よう。海。あ、魚がいる……あの遠くに見えるのは有名なアルカトラズ島かな……
「やっぱ故郷の味が一番ですねえ……」
エルヴィスサンドもエルヴィス・プレスリーのおふくろさんの味らしいが、今は家4のご飯がたべたい。帰ったら……うっぷ、今は食べ物事を考えるのはやめておこう。
「ふー状況終了。対ありでした……なんていうかバーカ!」
人の日常をぶちこわしやがって! モニタのまえでキーボードに突っ伏し、ヘッドセットを外しながら葵はようやく日常のルーチンに戻る。気分をアゲるためにかけていたお気に入りのBGMの中での激しめのものをチルめのアニメEDソングに変え、今日崩す予定だった購入だけして積んでいる無数のインディーズゲームのDLを再開させる。さすがにこれはプレイは明日になるか。
「ん、ポテチもチリソースももうだいぶ少ないな……あ~もう今日予定狂いっぱなしだよ……」
そういいながらも、自然と思考は今回の戦闘で得られたフィードバックといくつかのアイディアへと移っていく。
「イクリプスレギオンの一番の長所は火力――ドローンにしては取り回しの悪さが目立つけれど、火力をスポイルはしたくない。なら近接対空防御用の装備を……あ~、いや、でも火力ガン振りのがやっぱよくないか?」
はー、とため息をつきながら行儀悪くチェアの上で胡坐をかき、ついでに頭も掻く。今回の戦闘で洗い出せた課題をどう解決するか。
「……いつもならポチりますけど、予定狂いついでにひっさしぶりに外いきますかね……あのパーツ屋潰れたとか言ってたし、新規開拓がてら、いつも行かなかった店の品ぞろえを確認しましょかね。あ、でも服あったかな……外出するための服がない、はシャレにもならんですよ」
葵は、宅配便サービスとPCやドローンのパーツに埋もれた服を発掘するのにさらに1時間をかけ、完全に予定をパアにしたという。