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Flowery Moon

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●花の祝祭
 √ドラゴンファンタジーにて。
 今日は冒険王国のひとつ、フロワルーナの街で祝祭が行われる日。
 賑わう街中に飾られているのは月の魔力を受けて蒼白く輝く花――街と同じ名前のフロワルーナ。親しみを込めて『月の花』とも呼ばれているこの植物は、街の外にある不思議の丘だけに咲く特別なものだ。
 冬に見頃を迎える花をめいっぱいに飾りつけることで、季節が廻る感謝を示す。
 それがこの祝祭に込められた想い。

 街の大通りには幾つもの屋台が並び、住民や観光客が行き交っている。
 元からそこにある店の軒先や窓には花飾りがたくさん結わえられ、通りはいつも以上に賑やかで華々しくなる。
 街に出ている屋台では|冬苹果《ふゆりんご》の編み込みパイや、ふんわりと花の香りがするシュガーグレーズドーナツ、満ち欠ける月のかたちを模した色とりどりのチョコレートロリポップなどを販売している。
 なかでもお土産として人気の品は、瓶詰めにされた|月花の蜂蜜漬け《ハニーフラワー》。それを使った|曹達《ソーダ》ドリンクは食べ歩きのおともにぴったり。大通りで人気のパン屋の焼き立てふわふわ雲パンに蜂蜜をあわせるのもオススメだ。
 その他にもお祭りでよく見かける串焼きや揚げ物、焼き料理。大人用のワインや酒類などを売っている店も見つかるだろう。

 祝祭中は定期的に街の中央にある鐘が鳴らされ、それに合わせて噴水広場に魔法の花吹雪が舞う。花吹雪は触れると次第に消えていくものであり、手のひらの上でキラキラと光る様子はまるで雪のようだ。
 また、噴水の中央には街の創始者であり勇者と呼ばれる人の像がある。
 像が手に持っている帽子の窪みに向けてコインを投げ、見事に中に入れば願い事が叶う。または強くなれる加護が与えられるという噂もあるので挑戦してみるのもいい。

 この街の何処で誰と何をして、どうやって過ごすかは自由。
 冬の祝祭の日を楽しんで思い出に刻む。√世界には日々、危機が訪れているが――今日のような特別な日もまた、確かに存在している。

●フロワルーナの日常と危機
「月の花のお祭りがあるんだってね。行ってみたい人はいるかい?」
 星詠みのひとり、三日月・遊星(焔と雨・h02510)はドラゴンファンタジーの世界で催される祝祭を紹介し、遊びに行っておいでよ、と語った。
 だが、こうして能力者にこのことが告げられた理由はもうひとつある。
「でもね、星の巡りが危険な未来を導き出したんだ。お祭りの日の後の真夜中、街の近くにある丘に厄介なモンスターが出現する、ってね」
 つまりこれは討伐依頼も兼ねているというわけだ。
 予知が起こる未来まではまだ余裕があるため、まずは街に訪れて祭りを楽しむことができる。その後に街を脅かす存在を倒しにいく手筈となる。
「未来のかたちは揺らぎやすいものだけど、このままにしておいたらフロワルーナの街が危ないことだけは確かだよ。だから、救いに行こう」
 そして、遊星は話を終えた。
 皆の無事と土産話、或いはお土産品そのものを期待している。そのように告げて手を振った少年は能力者達を見送った。

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第1章 日常 『お祭りに行こう』


ゲルト・ニーハウス

●ひとときの邂逅
 美しい鐘の音が鳴り響き、魔法の花が降りそそぐ。
 本日はフロワルーナの街で祝祭がひらかれており、どこもかしこも賑やかだ。
「お祭り……♪ お祭り♪」
 尻尾を揺らしながら、ゲルト・ニーハウス(森閑たる獣・h01014)は街を歩く。
 彼には珍しく、琥珀色の瞳や龍の尾には感情があらわれていた。街の人々や観光客がこの祝祭を大いに楽しんでいるからだろう。
 こうやって祭りの雰囲気にあてられるのも悪くはない。
「どこにいこうかな」
 ゲルトの目的は特にはなかった。行き交う人波に身を任せるだけでも、周囲の人達の嬉しい感情を知れて楽しいからだ。それに何気なく周囲を見回しているだけでも、至る所に今季の主役である|月の花《フロワルーナ》が目に入る。
 本物ではなく、花をモチーフにしたもののあるのだと気付いたときは感心した。
 花をもっとよく眺めてみたくなったゲルトは自ら足を進める。
 そうして、入り込んだのは或る路地裏。
「噂で聞いて来ただけだから、この街のこと、全然知らない」
 だから――。
 こういう時は現地のインビジブルに聞いてみるのが一番。
「教えてくれるかな」
 ゲルトが声をかけてみると、透明な存在が近くでゆらりと揺れた気配がした。ゴーストトークの力によって、それは青年の姿になる。
『昔、この街がまだ村だった頃。花のダンジョンに飲み込まれそうになったんだよ』
 そんな語り口で彼は教えてくれた。
 不思議の丘と呼ばれる場所こそ、かつて封印されたダンジョンの入口であること。封印を成したのが街の創始者でもある当時の勇者だという。
「そうなんだね」
 ゲルトはこくりと頷く。
 するとインビジブルは封印が大変だったこと、今を生きる人があのダンジョンの危険に巻き込まれてほしくないことを語った。
「封印が解けないと、いいね」
『ああ。そうだ、お祭りを楽しみたいなら噴水広場にいっておいで』
「あっちの方かな」
『そうさ。あそこには生きていたときの勇者……の像もあるからね』
 ゲルトは示された方向に視線を向けていたが、すぐに振り向く。よく聞こえなかったが勇者という言葉の後に「ぼくの」と続いた気がした。
「ぼくの、って……? あれ?」
 しかし、そのときにはもう彼は消えていた。
 静かな路地裏でゲルトが出逢ったもの。それはきっと、この街の――。

千堂・奏眞

●願いの軌跡
 賑わいの声が其処かしこから聞こえてくる。
 花舞う街の冬のお祭りは盛り上がり、誰もが楽しげな表情をしている。
「これが月の花かぁ!」
 フロワルーナの街に訪れた千堂・奏眞(千変万化の錬金銃士・h00700)は辺りの様子を眺め、装飾として飾られているリースに目を向けた。可愛くあしらわれた花は美しくて、とても良い香りがする。
「どこも楽しそうだし、良いお祭りだな」
 奏眞がまず気になったのは月花の蜂蜜漬け。きっと周囲にふんわりと漂う香りの元もこれなのだろう。屋台はたくさん出ており、他にも美味しそうなものが盛り沢山。
「探し甲斐もありそうだ。そうとなれば、早速食べ歩きだぁー!」
 意気込んだ奏眞は上機嫌。
 手近な店で売っていた月花の蜂蜜ソーダをお供にして、屋台を巡る所存だ。
 ドーナツは揚げたて、ロリポップ型のチョコレートは様々な形がある。香ばしい匂いがするのは串焼きだろうか。なかには創作料理もあり、どれも美味だった。
「ん、これも旨い」
 奏眞は屋台で買ったドーナツを味わいながら、改めて街並みを見渡してみる。
 どこを見ても花をあしらった装飾があり、可憐で美しい。
「冬に咲く花かぁ」
 街の象徴でもある花は、月の魔力を受けてこの時期に咲き誇る。奏眞からすればとても珍しくて興味がわくものだ。
「そうだ、お土産に月花の蜂蜜漬けを買っていこうかな」
 瓶詰めの蜂蜜は持ち運びも保存も抜群。
 そして、先程に通ってきた店に飾ってあった花のアクセサリーも良さそうだ。リングにネックレス、バングルなど。色んな種類とデザインがあったので選ぶのもまたよい。
 そうして、買い物を楽しんだ奏眞は噴水広場に向かう。
「コイン投げと聞いたら挑戦してみないとな!」
 願いを叶えるという噂の像。その帽子に向けてコインを放り投げた奏眞は願いを込めていく。今ここで願うのはたったひとつ
 このお祭りは壊させない。街を襲う者を無事に追い払えるように、と。
 投げたコインは弧を描き――ちゃりん、という音と共に帽子におさまった。すると近くに居た少年達から歓声があがる。
「兄ちゃん、すごーい!」
「へへ、カッケぇか?」
 そうして彼らのヒーローとなった奏眞は、暫し子供達の人気者だったとか。

ユオル・ラノ
カトレア・シェルビュリエ

●瓶詰めに宿る思い出
 風が吹き抜け、飾られた花を揺らす。
 月の彩を映したかのような雰囲気の街は今、祝祭で賑わっていた。
「聞いてた以上に、街がお花でいっぱいだねぇ」
「本当だ。美しいね」
「ほら、あちこちから知らない香りがしてわくわくしてくるよ」
「君との初めての遠出がこの場所で嬉しいよ」
 目の前の景色を眺め、花の様子を見つめたユオル・ラノ(メトセラの嬉戯・h00391)とカトレア・シェルビュリエ(ヘリオドールの花束・h00390)。二人は嬉しい気持ちを感じながら、花咲くフロワルーナの街を往く。
 大通りには此度のお祭りだけの特別な屋台がたくさん並んでいた。
 ユオルはカトレアの隣を歩き、あえて道側を進む。それは彼女が店を眺められやすいように配慮してのこと。歩くペースもカトレアに合わせており、ゆったりと刻むリズムのような足取りだ。
 カトレア自身もユオルのささやかな気遣いがわかっている。
 とても嬉しくて、愛らしくて、微笑みが咲く。目を楽しませてくれる屋台ばかりが楽しいことではないけれど、今は内緒にしておく方がきっといい。
 こうして二人で出掛けるのは初めてのこと。
(反応が良くて面白いなぁ)
 ユオルはカトレアの様子を見るだけでも楽しい気持ちになれているようだ。
 そんな中、ユオルはふと先を示す。
「あ、レアさま~あれ美味しそう。飲んでみない?」
「ふふ、いいね。試してみよう」
 二人が目を向けたのは、月花の蜂蜜漬けを使った曹達ドリンクが売られている店。
「ボクは甘いもの好きだけど、キミは?」
「僕も好きだよ、甘いの」
 ユオルが問いかけるとカトレアがふわりと微笑む。
 ふたつくださいな、と屋台の店主に頼んだ彼女は期待を抱いている様子。そうして二人分のドリンクが渡される。せっかくなら同時に飲んでみたいとして、ユオルとカトレアはそっとカップに刺されたストローに口を付けた。
「ほう……! これはなかなか。花の香りと曹達の刺激が楽しいね」
「うん、おいし~。この香りレディも好きそう」
「確かに。成家にも飲ませてやりたいな」
「レア様も気に入った?」
「とても美味しいよ」
 しゅわしゅわと弾ける曹達。そこに感じる蜂蜜の風味と花の香。
 喉を潤し、甘さを味わうには丁度いい。この豊かな風味を出しているのが隣で売っている瓶詰め蜂蜜だと思うとそちらにも興味が湧いた。
「それなら、瓶詰もふたつ貰おうかな」
「ふたつ?」
 ユオルが先に会計をしたことでカトレアが瓶に伸ばす手を止めた。思わず瞬く彼女に向けて、ユオルが片方を差し出したからだ。
「はい、ひとつあげる」
「おやおや、今日もしっかりパトロンをするつもりだったのに」
「そう、だからいつものお礼だよ~」
「たまには逆を、と? それなら断る理由も遠慮する意味もないな。ありがとう。君の齎す驚きは、いつも僕を喜ばせてくれるね」
 カトレアにとっては意外だったがユオルの言葉を聞いて納得できた。告げられた礼と言葉を嬉しく感じたユオルは、双眸を細めて笑う。
「ふふん。喜んでくれてなにより」
「人型の子たちは愛玩動物のように可愛らしくて気に入っていたけれど……君は気遣いもできる賢い子なんだね」
「賢いってやっとわかった? じゃあ、ほかのお店も見て回ろうかぁ」
「ああ、今日を存分に楽しもう」
 ユオルとカトレアは共に歩き出し、次はどこに行こうかと語りはじめた。
 月花の彩りで満たされた街。
 此処には今、ちいさな幸せのひとときが巡っている。

八海・雨月

●今という時を
 月光を受け、冬に咲く花。
 この花は寒さの厳しい季節でも凛と咲くものであるゆえ、生活を彩る花として愛されているのだろう。八海・雨月(とこしえは・h00257)はお祭りが行われている街をゆったりと歩いていた。
「それで月の花ねぇ。結構な名前じゃないのぉ」
 偶然、自分の名前にも月が入っている。親近感を覚えた雨月は街のあちこちに飾られた花飾りを眺めていった。
「この雰囲気、嫌いじゃないわぁ」
 リースやツリーなど、オーナメントなどにもモチーフとして使われている花。それらはこの街に住む人々が手作りしたものらしい。
「それで人間達が浮かれて騒いでぇ……これを邪魔する奴が来る訳ねぇ」
 立派な冒険王国とはいえ、簒奪者の襲撃を受ければ壊滅してしまう。後のことを考えいた雨月だったが、すぐに思考を切り替える。
「まぁ、それは後で良いわぁ。まずは楽しみましょうかぁ」
 事が起こるのはまだ先だと聞いているので急ぐことはない。楽しむこともまた、この街のことを知れてよい。まずは屋台に行くことを決め、雨月は歩を進めていった。
 その中で雨月の目に留まったのは瓶詰めが並ぶ屋台。
「あったわぁ、気になってたのよねぇ」
 そちらに近寄り、可愛らしいリボンが巻かれた瓶をひとつ手に取る。雨月は月花の蜂蜜漬けを眺め、そっと陽にかざしてみた。
 光を反射した蜂蜜の中でちいさな花がふわりと浮いているように見える。普通の蜂蜜と香りや味が違うのか。少し違う形の瓶に入れられているものもあったので、雨月はそれらを手にとって見比べてみる。
「いらっしゃいませ!」
「ねぇ、これとこれの違いは? 何かこだわりがあるのかしらぁ」
「! よくぞ聞いてくれました! あのですね――」
 雨月が問うと店の少女が語りはじめた。味は同じだが瓶の装飾と花の入れ方にこだわっているとのことで、嬉しそうに話してくれた少女は微笑ましい。
「それじゃあ、この二つを頂戴」
「ありがとうございます!」
 雨月はそれぞれ金と赤のリボンが巻かれた瓶詰めを買い、お土産とした。
 あとは片方を開封して、チロチロと舐めながらのんびりと街を巡る。人間達を眺める雨月の瞳には、人好きな雰囲気が宿っていた。
「伝承も興味無くはないけどぉ、わたしは今生きてる人間が好きなのよねぇ」
 だからこそ守る。
 街を見つめる雨月の瞳には、今を楽しむ人々の姿が映っていた。

月夜見・洸惺

●花を愛でる街
 月というものには縁がある。
 この導きに不思議な繋がりを感じ、フロワルーナに訪れた月夜見・洸惺(北極星・h00065)は街の様子を見渡した。
「わ……」
 お祭りだけあって街中が華々しく飾られており、洸惺は瞳を輝かせる。
 青の双眸に映り込んでいるのは月の花。
 月の魔力を受けて淡く輝くという花は街のあちこちに飾られており、見る者の目を楽しませてくれている。月は洸惺の一族に関係しているものであり、それに加えて自身の名前の由来のひとつだと聞いている。
 母から教えてもらったことを思い出しながら、洸惺は街と月花に親近感を抱いた。
「このお花、すごく綺麗ですね……!」
「ありがとう、街の誇りなんだよ」
 洸惺は大通りの柱に飾られていた、ひときわ大きなリースに関心を寄せた。すると近くの店の人がにこやかに言葉を返す。
「きみ、街の外から来たのかい?」
「はい。これが月のお花……フロワルーナって言うお花なんですね」
「気に入ってもらえているみたいで嬉しいよ。街と同じ名前だから少しややこしいかもしれないけれど、それだけ皆に愛されてるんだ」
「へぇ……」
 青年が説明してくれたことを聞き、洸惺は楽しげに目を細めた。
 ここだけではなく、街中が花飾りで彩られている光景はとても綺麗だ。洸惺は暫しリースを眺めながら花に触れてみる。
「そんなに見つめてくれると嬉しくなるな。実はこれ、僕の店の皆で作ったんだ」
「すごく綺麗で……雰囲気に惹かれちゃいます」
「あはは、好きなだけ見ていていいよ」
 素直に受け答えをする洸惺が気に入ったのか、青年は優しく語ってくれた。そうしてふと、洸惺は彼に色々聞いてみたくなった。
「そうです、月のお花を使った雑貨とか小物とかを家族へのお土産にしたいんです。何処のお店や屋台がオススメですか?」
「おや、お土産選びか。それならウチの店だな!」
「お兄さんのお店?」
「あぁ、リースもアクセサリーもあるよ。何か食べたければ知り合いのドーナツ屋台も後で紹介しようか」
 洸惺の言葉を聞き、青年は店の方に案内してくれた。月と花の刻印付きのペンダントがいいか、或いはイヤリングか。または隠れたお洒落のアンクレットがいいか。
 洸惺は青年の話を聞きながら、そっと礼を告げる。
「ありがとうございます。どれも良くて迷っちゃいますね……」
 これから始まるのは――楽しい迷いが巡るお買い物の時間。

香柄・鳰

●守りたい時間
 祝祭の鐘が鳴り、花が空に舞う。
 今日はこの街の人々の誰もが笑顔になる日。賑わいと楽しさが満ちていることを感じながら、香柄・鳰(玉緒御前・h00313)は双眸をゆるりと細めた。
 ふわりと流れていったのは知ったものとは違う、不思議な花の香り。
 まずは蜂蜜、それから美味しそうなご飯の匂い。
「良いお祭りね!」
 この目に映るもの全てが今、煌めいてみえる。鳰は今日をめいっぱいに楽しもうと決めており、お祭りの中心である大通りに向かった。
 立ち並ぶ屋台では様々なものが売られている。甘いものはもちろん、食欲をそそる料理達は魅力的。月の花の装飾品を並べているところもあった。
 鳰は迷いながらも、先ずはいっとう惹かれた香りのものを目指していく。
「もし、お店の方」
「はーい、こんにちは!」
 鳰が声をかけたのは店の手伝いをしているらしい、幼い少女だ。愛想よく元気に迎えてくれたことを嬉しく感じつつ、鳰は店の品を指さした。
「このハニーフラワーソーダを下さいな」
「ありがとうございます! ちょっとまっててくださいねー」
「お嬢さん、こっちのドーナツもどうだい!」
 少女がソーダを作っていく中、隣の屋台から威勢の良い声が響いた。パパ、と少女が彼を呼んだことで二人は親子なのだとわかった。
「ではそちらも是非に」
 鳰は花の香りのするドーナツも一緒に購入し、暫しベンチで休憩することにした。こういったお祭りは遠慮などはしないのが楽しむ秘訣。お行儀なんかは気にせずに、がぶりといくのが美味しさを増すコツでもある。
 美味しい、と感じた鳰は続けてソーダをぐっと飲んでいく。
 しゅわりと弾ける喉越し。それに口の中に広がっていった香りが心地よい。
「これが月の花の香りでしょうか」
 甘いものはヒトを幸せにすると知っている鳰は、ふわふわとした気持ちを抱いた。これらはこの街の人々の手作りであり、花への思いが宿っているようだ。
 鳰はどこかから聞こえる音楽に耳を澄ませ、行き交う人々の会話や笑顔にも意識を向けていった。聞こえる世間話も楽しそうなものばかり。
 思わず口元が綻んだ鳰は微笑ましさを覚えた。改めて危機を防がねば、と思えるのはこの平穏がいとおしいものであるからだ。
 そうしていると、噴水の方から「すごーい!」という声が聞こえてきた。
「……ふむふむ? 何々?」
 どうやらコイン投げのおまじないに成功した者がいたようで、それを見た少年達が喜んでいるようだ。
「私も行ってみましょう」
 何を願いたいのかは未だどうにも思いつかないのだけど――それでも。
 この街をもっと識ることは、未来を繋ぐ力になるはずだから。

アイ・グレー

●甘い香りに包まれて
「わぁ……っ!」
 最初に視界に入ったのは、花、花、花。
 街中に飾られた月の花の装飾を見つめ、アイ・グレー(くさかんむりの魔女・h00133)は感嘆の声を紡いでいた。
 大通りの柱、店の軒先、噴水広場に鐘楼塔。
 フロワルーナの街いっぱいに祝祭の花が飾られており、目を楽しませてくれた。
「これが月の花……青白く輝いてて、とっても素敵」
 昼の中でもふんわりと光って見える花は、街の名前と同じ。きっと名付けた人が花を愛したのだろう。アイは想像を巡らせながら、同時に街も巡っていく。
「見つけた、瓶詰めハニーフラワー!」
 屋台通りを進んでいったアイが最初に出逢ったのは、話に聞いていた瓶詰め蜂蜜。
 透き通った蜂蜜は金色のお月さまを思わせる。そこに淡い色合いの月の花が合わさっている様子は月夜に降る一欠片の雪のようでもあった。
 瓶越しに輝く、甘やかな花は美しい。
 アイは屋台の人にことわってから瓶詰めをひとつ手に取った。陽に透かしてみることで更にきらきらと光り、アイは暫しそれを眺める。
 その際に思ったのは師が好んで食べそうなものだということ。
「せっかくですから、お土産に……。でもいつ頃に帰るとは言わなかったのですよね……どうしましょうか」
 保存が利くとはいえ、そう思うと迷ってしまう。
 少し考えた後、仕方ありません、と言葉にしたアイはひとまず自分用のものだけを確保することにした。
 瓶詰めを購入すると、月の花を模した造花付きリボンがおまけでついてきた。
 可愛い袋にも瓶詰めを入れてもらったアイはそれから、軽く街を回っていく。されど普段は温室に居るので、少しだけ人だかりに疲れてしまったようだ。
「あの辺りが静かでしょうか」
 屋台通りからやや外れたところにベンチを見つけ、アイは腰を下ろす。
 先程買った曹達ドリンクを片手にアイはゆっくりと過ごした。曹達の中で揺らぐ花と煌めく泡までもが楽しそうで、その様子を観察するだけでも有意義だ。
 時折聞こえるのは人々のはしゃぐ声や、よく響く鐘の音。
 祝祭の賑わいを離れた場所から眺めていると、この後に起こるであろう不穏な予知が嘘のように思えてしまう。
 それでも、いずれ厄災が訪れてしまうのならば――。
「……わたしに何かできればいいのですが」
 少し先の未来に思いを馳せたアイは、確かな決意を胸に抱いた。

ララ・キルシュネーテ
詠櫻・イサ

●蜂蜜のように甘く
 ――眩い。
 空から降り注ぐ陽射しを受け、詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)は思わず目を覆う。周囲の明るさはまるで、自分を底のない海に沈めていくかのようだ。
 この街の華やかさも、祝祭の雰囲気も、全て。
(……俺には似つかわしくない気がする)
「イサ」
 其処に掛けられた聲はララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)のもの。まるで溺れそうな顔をしているわ、と囁いた彼女はイサの手を取った。
「ララ」
 その小さな手のひらに、すくいあげられた。
 そう感じたイサは彼女の名を呼び返す。ララは己が守る聖女だ。ああしてただ沈むだけの自分を引き上げる。傲慢で強欲で横暴で無垢で清らかな――。
「光の祝祭へ行きましょう」
「……」
「大丈夫よ、お前はララに着いてくればいいの」
 イサは特に何も言葉を返さなかったが、ララの眸が告げている。お前の返事はきいていないから答えなくてもいい、と。
 それが自分達の在り方。傲慢がときに救いになることをイサは知っている。それゆえにイサは手をひかれるままに祝祭へ進めた。
 光が強くなる。何も見えなくなりそうだった。しかしイサの様子が解っているのか、その度にララがイサを呼ぶ。
「行くわよ。ララを護衛する栄誉をあげる」
「その栄誉、有難く受けさせてもらいますよ」
 イサはやっと自ら口をひらき、彼女に対しての軽口を返す。こうやって言の葉を交わす度に呼吸ができる気がした。その証拠に今はもう、眩いばかりだった景色がすっかり変わっている。それは、彼女|が《と》共にいる世界。
 共に通りを歩く中、視界に入ったのは月の花をあしらった装飾の数々。
「あれが、月の花」
「ええ、綺麗ね」
「この花はララにこそ似合うよ」
「褒められている意味なら悪くはない気分だけど、そうかしら。月の花は……暗がりに光を灯す星のようだもの。お前にこそ相応しいとおもうわ」
 イサがふとした思いを零すと、ララは首を軽く傾げた。続いた言葉を耳にしたイサは驚き、慌てて首を横に振る。
「は、俺に花なんて!」
「動かないで、そのまま」
「…………」
 すると、ララが手を差し伸べた。夜明け空の髪に月色の花が飾られたことでイサは黙ってしまった。一度に二つのことを命じられたため飾られた花は取れない。
 ありがとう、と告げるべきなのだろうか。イサは逡巡したが、答えを出す前に彼女が歩き出した。どうやらララはそれで満足したらしく、イサを手招きながら先へ進む。
「何処へ行く? なんて愚問か」
「もちろん屋台の食べ歩きよ」
「やっぱり。食いしん坊の聖女サマの行く先は決まってたな」
「ララは月花の蜂蜜漬けが気になるわ。それに、あっちも」
 食いしん坊という言葉は聞き流し、ララは屋台を指さしていった。蜂蜜漬けの瓶は持ち帰り用と食べ歩き用としてソーダにしたものを。
 次は花の香りがするドーナツ、その後は雲パンをふんわりと千切って件の蜂蜜で。
「……本当、よく食うよな」
「それと冬苹果の編み込みパイもあとで食べるわ」
 そのちいさな身体の何処に入ってるんだか、とイサが心配になるほどララはたくさんのものを味わった。特に気に入ったシュガーグレーズドーナツをもうひとつ買ってきたララは、イサと半分こしたいと告げる。
「おいしいわね、イサ」
「甘い」
 当のイサはというと、味わいよりもリスのように食べ物を頬張るララの姿を気にしていた。あどけなさもあるが、ふとしたときに見せる彼女の表情はまるで魔性。
 そのとき、広場の方で鐘が鳴った。
 花が舞いはじめた景色の中、そっと振り向いたララは柔らかに双眸を細める。
「美味で綺麗で、素敵なひと時ね」
「嗚呼、美味しくて……美しいな」
 本当に、とイサは心からの思いを零す。
 神聖さを宿す少女を見つめる、その背で――ふたたび鐘の音が鳴り響いた。

エオストレ・イースター
誘七・神喰桜

●祝え、イースターであってイースターではない日
 舞う花、美しい彩り。
 賑わう街の景色、そして祝祭の気配。
「素晴らしい! なんてハッピーなイースターなんだ!!」
「イースターではないが華やかな雰囲気の祭りだね」
 歓喜の声をあげたエオストレ・イースター(桜のソワレ・h00475)の傍ら、誘七・神喰桜(神喰・h02104)はいつも通りの注釈を入れた。
「神喰桜! みてくれ……まるで冬のイースターだよ!」
 しかしエオストレは聞いていない。彼は踊るような足取りで以て街へ繰り出し、月の花の宴を大いに楽しみたいと願う。エオストレにとって祭りは好きなもののひとつ。その理由は皆が笑って楽しんでいるからだ。
 エオストレが喜んでいる様を見遣りつつ、神喰桜も隣を歩む。
 まるで雪のような月の花の美しさを見るだけで心があらわれるようだ。
「心地いいハレの気だ」
「噫、私も祭りは好きだ。それはそれとして――」
 神喰桜はちらりとエオストレを見た。
 その視線の意味を悟った彼は両手を広げ、此処はこのままがいいと語る。
「大丈夫、この祭りを僕のイースターで塗り替える気はないよ。月の花のイースターだからこそいいんだ!」
「イースターではないがな」
 思わず二度目の注釈を入れた神喰桜だが、ほっとする気持ちも抱いていた。
「……兎に角、お前がちゃんと他の祭りを敬う気持ちがあってよかった」
 そして、二人は屋台通りに向かっていく。
「これが特産か」
「さぁ早速……曹達ドリンクで乾杯だよ!」
 月花の蜂蜜漬けのソーダを買い求め、エオストレと神喰桜はカップを重ねた。一口味わえば、しゅわりとした爽やかさと甘い花の香りが広がっていく。
「美味だな」
「シュワシュワして美味しいね」
 視線を交わした二人はちいさく笑いあい、ささやかな日常を楽しんでいった。
 それから暫し街を巡った後、エオストレは気になるものを見つける。
「おや、神喰桜。面白い願掛けがあるみたいだよ」
「ふむ、願掛けもよし。やってみるか?」
 それは噴水広場にある像に纏わる話。街の人曰く、像の帽子の中にコインを投げて、それが見事に入ると願いが叶う、ということだ。
「いいだろう! イースターエッグ投球で鍛えたこの腕を見せる時だ!」
「確かにいつも投げているからさぞかし……」
「世界中がイースターになりますように!」
「ん!?」
 神喰桜はエオストレの動向を見守るつもりだったが、勢いよく紡がれた彼の願いを聞いて耳を疑った。
「いやいやいや、その願いは!」
 刹那、咄嗟の一撃が発動する。先に投げられたエオストレのコインよりも疾く、迅速に。一瞬で追いついた神喰桜のコインが帽子付近で燦いた。
「あー!」
 神喰桜のコインに自分のものが弾かれてしまったと気付き、エオストレはがっくりと肩を落とした。神喰桜は安堵しながら、これは力比べでもあったのだと説明する。
「私の願いの方が強かったというわけだ」
「な、なんてこと!」
 そういって頬を膨らませたエオストレだったが、本気では怒れなかった。
 何故なら――。
「お前がもっと強くなるようにと願掛けた。己で腕を磨くのもいいが、この世の神に加護をもらえるならそれもいいかと、な」
「む、それなら……」
 リスのように頬を膨らませていたエオストレだったが、師としての神喰桜の言葉を嬉しく感じたらしい。すぐに表情を変えたエオストレの様子が妙に可愛らしく、神喰桜の口許に笑みが浮かんだ。
 神喰桜が楽しそうならそれでいい。きっとこんな日常もよいものだと感じたエオストレは天を仰ぎ、お決まりの言葉を掲げた。
「これもまたイースターさ」
「イースターではない」
 その声に返される神喰桜の声もまた、いつもと同じものだった。

エメ・ムジカ

●花と謳う日
 魔法の花が空に舞いあがり、ふわふわと落ちてくる。
 冬の風を受けて煌めく花々が揺れる様子はとても美しく、エメ・ムジカ(L-Record.・h00583)はそれらを受け止めるために両手を天に掲げた。
「わぁっ! きらきら、きれいなお花がいっぱいだっ」
 まるでここは絵本の中のようなステキな街。エメはわくわくする気持ちのままにステップを刻み、街中に飾られた花や装飾を眺めてまわった。
「青いお花もお月さまみたいで……しんぴてき!」
 月の魔力を受けて咲くという花は愛らしく、不思議な雰囲気がしていた。
 街の人々は花をいとおしく想っているに違いない。何故なら、こんなにも花をモチーフにした飾りや食べ物であふれているのだから。
 エメは或る店の軒先に吊るされていたリースを見上げ、双眸と口許を綻ばせた。
 可愛らしいリースはきっと誰かの手作りだろう。それは、これから季節が深まっていく中に灯すちいさな燈。そのような印象を受けるものだ。
 なんだか嬉しくなったエメは大通りの様子にも興味を向けていった。
「お祭りも楽しそう~♪」
 通りには今日だけの特別な屋台が出ており、そこかしこから美味しそうな匂いが漂ってきている。中でもエメの心をくすぐったのは――。
「スイーツもいっぱい!」
 付喪神として生まれて今は命を得ているが、エメとしてはまだまだ食には疎い方。知らない食べ物がたくさんなのでどれも魅力的だ。
 そうして、エメは最初に見えた屋台へと駆け出していく。
 冬苹果のパイを扱っている店にはお洒落な平型木箱が並んでおり、そこに焼きたてらしい商品が置かれていた。
 きらきらと瞳を輝かせたエメは店の前でぴょこんと飛び跳ねる。
「りんごのパイ! いいにおーいっ」
「ふふ、さっき店で焼き上げてきたばかりなんだよ」
 すると店主らしき気の良い女性が笑顔を返してくれた。こんなときはまず挨拶だとして、エメは女性に声をかける。
「こんにちは! パイ、おひとつください!」
「あら、毎度あり。ここで食べていくかい?」
「うん! ぼくね、りんごのパイ初めてなんだ♪」
「本当かい、それなら美味しく食べるコツを教えてあげようか」
「ありがとう!」
 女性から伝えられたのは包み紙を上手く持つこと。そのまま齧るとパイの中身が溢れてしまうので紙で受け止めながら食べると美味しく綺麗に味わえるという。
 無邪気に喜び、わかった、と良い返事をしたエメは元気にお礼を告げた。
 そうして、次の目的地は噴水がある広場。
 エメはこの街の勇者だという像を興味津々に見つめていき、想像を広げてゆく。
「……彼は、どんな想いでお祭りを考えたんだろう」
 街の創始者として、どういった出来事があったのか。この街に名前をつけたのも彼なのだろうか。色々と考えていくのも楽しくて、エメは笑顔になった。
 それに今、この街のみんながにこにこしている。
 たくさんの人の笑顔をお祈りしたのかな? なんてことを考えながら、ベンチに座ったエメはぱたぱたと両足を揺らした。
 動作が少しそわそわとしていたのは、先程に買ったパイに期待を抱いているため。
 パイの包みを丁寧にひらいて、教えてもらったとおりしてみる。おもいっきり頬張って食べてみたパイはさくさくで絶品。苹果の味わいも余すことなく感じられ、零すこともなかった食べ方も大合格。
「優しい味で……うん! とーってもおいしい!」
 勇者さん、それにお店屋さんも。
 たくさんのありがとうを伝えたいと思い、エメは嬉しい気持ちを抱いた。
「幸せいっぱいのお祭りだなぁ♪」
 それに――このすてきな街にいつか、大切な子も連れて来れたらいい。あの子もお花がだいすきで、自分と同じ思いを感じてくれるはずだから。
「きっと気に入ってくれるよね。そのためにも、街を守らないと!」
 願った『いつか』が絶対に訪れるように。
 悲しい出来事は起こさせないと決めて、エメは花降る空をふたたび振り仰いだ。

ステラ・ノート
エアリィ・ウィンディア
鈴成・千鳴
ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル

●美味しくて楽しい日
「ふわぁ、すっごくきれいー」
「これが月の花の、お祭り……通りの柱にもお店にも花飾りがたくさん結んであって、街中が華やかだね」
 エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)とステラ・ノート(星の音の魔法使い・h02321)が見上げているのはフロワルーナの街の景色。
 祝祭がひらかれている街は華々しく、空には魔法の花が舞っている。
「親近感がわくお祭りだね」
 ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル(ハイエルフのマンガ好き|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h02999)も仲間に倣って空を振り仰ぎ、目を細める。
「おまつりってわくわくしちゃうよねっ! みんな、いっぱい楽しもうねっ♪」
「祭りっていったら食いもんだよな、がっつり食べ歩くぜ!」
 エアリィの呼び掛けに鈴成・千鳴(しっぽファイター・h02574)が頷き、これから始まる出来事に思いを馳せた。
「お祭りといえば食べ歩きっ! そんなことを教えてもらったことがあるっ!」
 そうそう、と同意したエアリィも意気込みは十分。
 この街に来たのは後に起こる事件を解決するため。しかし、まだその時間までは十分な余裕があるのでこうしてお祭りを見て回ることができる。
「街を危険から守る前に、まずはお祭りを楽しもうか」
「そうだね、街を守る前にお祭りを楽しむのもいいんじゃないかな。のんびりと行こう。ボクはみんなの後についていくよ」
 ステラが仲間を誘い、ルナがいく場所は任せたとして後ろにつく。
 その先頭を進んでいくのはエアリィ――と思いきや千鳴だ。
「えーと、えーと」
「ほら、色々買ってきたぜ」
「はやいね」
「猫は素早いんでな」
 エアリィがまずどこに行こうか迷っている間に、即時行動に移った千鳴が両手いっぱいの食べ物を持ってきた。ステラが感心すると千鳴が得意げに答える。
 千鳴が持っているのは揚げ物に焼き料理、それに串焼き。
 どれもお腹を満たすがっつり軽料理だ。
「それならボクは……」
 ルナは周囲を見渡してみる。
 自分があまり食が太くないことをわかっているので軽いものがいい。そう考えたルナが選んだのはわたあめだ。
 ふわふわした食感を楽しみながら、ルナは甘さを口の中で溶かして楽しんでいく。
「ルナ、その甘いの私にも分けてくれよ」
「いいよ、好きなだけ……というとなくなってしまいそうだから程々に」
 千鳴からの申し出に答え、ルナは少し冗談めかす。
 ステラはエアリィの横を歩き、その顔をそっと覗き込んだ。
「エアさんは、お気に入りの屋台グルメは見つかった?」
 満月みたいなまんまるドーナツを買ったステラは質問を投げかけてみる。誰が何を選んだのかも気になる事柄だ。
「りんごあめ? どーなつ?? パイ?? すっごくいっぱいあるから、どれにしようか悩んじゃうねっ」
「甘いものがあったら、わたしにも教えて?」
「うんっ!」
「それじゃあステラさん、全部は食べきれないからシェアしよっ♪」
 エアリィは今語ったものをすべて食べてみたいのだと示したあと、みんなでシェア作戦を立案した。するとルナも興味を持ったらしい。
「おや、みんなでシェアするのかい? ボクも一口くらいなら全然大丈夫だからお相伴にあずかるね」
「ルナさんも一緒にどうぞ! みんなはどんなものが好きなの? やっぱり甘いもの? それとも大人の味なもの? 色々教えてっ!」
「好きなものは、そうだね――」
「わたしはさっきも言ったけど甘いものかな」
 エアリィの無邪気な質問に対し、ルナやステラが答えてゆく。エアリィは嬉しそうにその話を聞いた後、良い食べっぷりの千鳴にも声をかけていった。
「千鳴さんも!」
「んぁ、どうしたエア」
「タコ焼きってあるけどどうかな?」
「それならここにあるぜ?」
 何にでも興味津々なエアリィは千鳴に問いかける。すると彼女は大きな尻尾をひょいっと差し出した。言葉通り、その先端には舟型の容器に乗ったタコ焼きがあった。
「おいしそう! こういうの、わくわくが止まらないよねっ!!」
「あちぃから気を付けて食えよ!」
「はーいっ!」
「わかったよ、気をつける」
「火傷をしたら大変だからね」
 いつの間にかステラとルナもタコ焼きを食べる組に入っていた。それに加えてステラは蜂蜜漬けの曹達ドリンクを人数分用意してきたようだ。
「美味しそう……千鳴さんも飲んでみる?」
「おぅ、ステラもセンキュー。さっぱりしてるから揚げ物にぴったりだな!」
 千鳴は自分で買った唐揚げを食べており、爽やかなソーダにも舌鼓を打った。
「わ、ちょっとこぼしちゃった」
「おいおい、エア。蜂蜜で手ベタベタじゃねぇか、一旦拭け」
 その際も千鳴は仲間の世話を焼きながら楽しげに笑っていた。シェアの時間が巡っていく中、ステラとルナも話に花を咲かせていく。
「そう言えば、ルナさんも魔法使い……なのかな? 帽子も可愛いし、魔法のお話も聞いてみたいかも」
「ステラの帽子もとても似合っているよ。そうだね、今度ゆっくりお茶でも飲みながら魔法談義でもしようじゃないか」
 どうやらここでちいさな魔法同盟が組まれたようだ。

 それから暫し後。
「ふふ、みんなで外に出かけるというのも案外いいものだね」
 ルナは花が舞う空を見上げ、満足そうに語る。
 みんなでいっぱい食べ歩いて、綺麗で楽しい景色を満喫できた。それがとても幸せだと感じたエアリィは、ふと思い立つ。
「そうだ、お母さんにもお土産を買って帰ろうっと!」
 エアリィは更にわくわくしながらハニーフラワーを購入しにいった。
「そうだ、博物館の皆へのお土産は何にしようかな」
 街の人にもおすすめを聞いてみたいと考えて、ステラも聞き込みを開始していく。その際に何か違う情報も聞ければ、後の役に立つだろうと考えてのことだ。
 そんな中、千鳴は街の様子に意識を向ける。
「――さっきから食いもんと違う匂いがすんな。調べてみるか。ねぇねぇそこの人、最近何か変わった事とかある?」
 千鳴は街の人に聞き込みをはじめ、先に備えていく。
 そうすることで起きたのは――。

🌟 🌟 🌟 🌟 🌟 🌟 🌟 🌟

●|依頼発生《運命の分かれ道》!
 全力で祝祭を楽しむ。
 そして、何か『変わったこと』への聞き込みを行う。
 その両方を満たした結果、能力者達は或る老人と出会うことになった。

「おや、賑やかな|パーティー《御一行さん》じゃのう」
 魔術師のような格好をした老人は能力者をみつめ、にこやかに話しかけてくる。
 どうやらこちらがただの観光客ではないことを見抜いたようだ。
「お主らは冒険者じゃろう? いや、もしそうでなくとも戦う力を持っていることはわかるぞ。ワシにもかつてお主達のような頼もしい仲間がいたからのう」
 そのうえで老人は願いがあるという。
 神妙な表情になった彼は能力者達に語りはじめた。
「おそらく『不思議の丘』付近に魔物が潜んでおる。ワシは確かに見たのじゃ。あの鋭い眸、鋭い爪、それに猛禽の翼を……」
 老人は告げてゆく。
 月の花を採取しにいく際に魔物の影を発見したこと。年老いた自分では太刀打ちできないゆえに、そっと身を潜めてきたこと。
 他の冒険者を雇いたくとも、腕の立つものがちょうど出払っていること。
 そして――街に被害が出る前に、|魔物《モンスター》を倒して欲しい、と。

第2章 集団戦 『ハーピー』


●遭遇、ハーピー戦
 フロワルーナの街で祝祭を楽しんだ後。
 √能力者達は街中で出会った老人から魔物の討伐依頼を受けた。おそらく星の巡りが影響していき、モンスターが訪れる未来と繋がったのだろう。
 依頼主である老人が示したのは、街の外にある『不思議の丘』付近。
 そこは元ダンジョン。つまりは封印された遺跡の一部であり、入口だった場所だ。ダンジョンだった影響で|月の花《フロワルーナ》が咲いている場所でもあるのだが、悪い影響があると危険な場と化してしまう。

 時刻は夕暮れ時。
 丘に訪れた能力者達は周囲に気配を感じた。
 キィキィと叫ぶような声がしたかと思うと何かが幾つも滑空してきた。風を切る音と共に現れたのは、ハーピーと呼ばれるモンスター達だ。
 上半身は女性、下半身が猛禽類の怪物。腕そのものが翼になっているそれは危険極まりないものだ。群れをなしているハーピー達は能力者を獲物として捉えたらしく、今にも襲いかかろうとしている。放っておけば街の方にも飛んでいくかもしれない。
 未だ祝祭の余韻にある街を襲わせるわけにはいかない。
 平和を守るための戦いは、ここから始まっていく。
千堂・奏眞
八海・雨月

●空舞う危機
 日暮れの刻、揺らぐ空から夕陽が射す。
 薄い光に照らされた丘の上、千堂・奏眞(千変万化の錬金銃士・h00700)と八海・雨月(とこしえは・h00257)はそれぞれに身構えた。
 目の前には凶暴なハーピー。そして、丘の上に咲く月の花達。
 雨月は敵を見遣ると同時に街を背にして立つ。街の平穏を守るために依頼された討伐だが、元より異変があれば戦う気だった。
「まあ、頼まれるまでも無いわぁ」
「なるほどな。街を襲うだけじゃなく、月の花が咲いている所に魔物が出るのはどうしてかと思っていたけど元々、ダンジョンの入り口だったのか」
 それなら納得だと言葉にした奏眞はハーピーの動きを捉えた。こちらに向けられた脚の爪は鋭い。だが、奏眞は身を翻すことで一撃目を避けた。
「悪いけど綺麗な花畑を荒らさせていい理由にはならねぇからな。とっとと退治させてもらうぜ! ――リロード!」
 奏眞は|千変万化の錬金弾《アルケミカル・ブラスター》を発動させた。敵の翼や脚、そして爪。それらを見つめた彼は弾道計算を行いながら射撃に入る。
 此度の弾の属性は斬撃。当たれば麻痺毒を孕んだ衝撃波が発生する力だ。
「遠慮なくお見舞いしていいよな」
「えぇ、勿論。元々悪いものを全部倒すつもりで来たんだものぉ」
 奏眞の言葉に応え、雨月も攻勢に入る。
 キィキィと鳴き声をあげるハーピーは目に入る者すべてを襲う気らしい。対する雨月は変性殻槍を|捕食形態《プレデターフォーム》へと変えた。
 迫りくるハーピー。それらの意識が自分達だけに向くように仕向けるべく、雨月はあえてハーピーとの距離を狭めた。
 刹那、鋸歯状になった殻槍が敵を貫いた。
 ギギ、と断末魔めいた声をあげたハーピーが苦しみもがく。これほどに凶暴な魔物が街に向かえば被害は甚大。何もなくとも護るつもりであの街に来たが、雨月はすでに街の良さを知ってしまっている。
「……美味しかったのよぉ、ここの蜂蜜。失うには惜しいわぁ」
 だからこそ、姿だけ人に真似た害鳥共には何も奪わせない。
 雨月は静かに誓う。万が一にでも、たった一羽であっても街には流れさせない、と。そのまま敵の気を引く形で立ち回り、雨月は一気に跳躍した。
「来なさい、串刺しにしてやるんだからぁ」
 ――|断ちて獲れ、裂きて喰え《ロウオブカーニボア》。
 再び力を放った雨月はハーピーの中身ごとズタズタに引き裂くべく、身体を捻る。その勢いによって敵の身体が容赦なく切り刻まれた。
 雨月が次々と敵を倒していく中、奏眞が頭上のハーピーを軽く振り仰ぐ。
「空ばっかり飛んでないで、早く落ちて来いよ」
 次の瞬間、彼の言葉通りに敵が地に落ちた。そうなった理由は奏眞が的確に弾丸を撃ち込んだからだ。ギィ、と鳴いたハーピーはそのまま息絶えていく。
 まだまだ数がいようと関係ない。すべて倒すのみ。持ち前の早業で以て、奏眞は千変万化の錬金弾を解き放った。
「攻撃をさせる暇なんて与えてやるもんか」
「そうね、このままいきましょう。それにしても……鳥の部分もあんまり美味そうじゃないわねぇ? 今のわたしは舌が肥えてるのよぉ」
 雨月も次の標的に狙いを定めつつ、街のことを思い返す。
 あの幸せと平穏を揺らがせぬ為にも。
 持てる限りの力を振るい、能力者達は戦い続けてゆく。

糸根・リンカ
エメ・ムジカ

●葬送曲と楽園を穿つ光
 夕暮れの陰りと共にやってきたもの。
 ハーピーの群れが煩く鳴く光景は妙に不穏で嫌な雰囲気がした。
「むむ! あれが今回の困ったさんだね?」
 エメ・ムジカ(L-Record.・h00583)は此度の敵を見上げ、両手を伸ばした。
 空を舞うモンスターたちには届かないのは承知。それでもムジカは自分の言葉だけでも届けるべく、声を響かせた。
「ハーピーさんたち! あんまりみんなを困らせちゃいけないんだ!」
 呼び掛けに対し、向こうから返ってきたのはギィギィという耳障りな鳴き声だけ。そこに敵対心が宿っていることを察し、ムジカは怒りの気持ちを返す。
「ぼく達が許さないんだからね! めっ! だよ」
 ぷんぷんと憤り、腰に手を当てたムジカはハーピーたちを強く見つめた。彼と同様に糸根・リンカ (ホロウヘイロー・h00858)も敵を振り仰ぐ。
「あなたたちも元はこの世界の一員だったはずです」
 竜漿を持つ地上の生物は遺産の影響を受けると凶暴なモンスターと化してしまう。それゆえにこのハーピーたちもそうだったのだろう。
 されど魔物となった今、それらはリンカの言葉が聞こえていないかのように振る舞っている。リンカもそれが解っており、首を横に振る。
「だけど危険なモンスターになってしまった今、この世界にあなたたちの居場所はありません。だから、倒します」
 宣言と同時にリンカは√能力を発動させた。
「咎人の追放を」
 ――|楽園穿つ廃棄孔《パラダイス・ロスト》。
 刹那、リンカの背後に光輪が浮かび、全てを吸い込むが如く鳴動をはじめる。それはどこか別の異世界へと誘う孔。吸い込みの突風は瞬く間にハーピーの体勢を崩していく。この力はリンカの人間災厄として権能だ。
 その行動に続き、ムジカも攻勢に入っていく。
(手助けくらいにしかならないと思うけど……それでも!)
 役に立ちたい気持ちは十二分。
 ムジカは胸の前に手を伸ばし、魔法石を備えたソードハープ型の錬成剣を握る。その際に思い壁たのは街の人たちの顔。楽しそうな笑顔と優しい声。そして、アップルパイの食べ方を教えてくれたおねえさんの表情。
 守りたいものが、この背にある。
 街を護るように立ったムジカは竪琴剣から響かせた音に共鳴させた術式を展開し、自らの√能力を発動させていった。
 ――Noir lapine la Waltz!
「さぁ、愉快に踊ろうよ♪」
 それは黒兎のワルツ。弦を爪弾き奏でた音色は音響弾となり、飛んでくるハーピーたちに向けて撃ち放たれた。旋律が周囲に広がる度、ムジカはくるりと踊るようにステップを踏んでいく。
 しかし、音響弾を偶然避けたハーピーがムジカに迫ってきた。
「わ……!」
 少し驚いたムジカだったが、すぐに身を翻しながら竪琴剣を振るう。それによって揺らいだハーピーをリンカの力が吸い込んでいった。
「大丈夫でしたか?」
「平気だったよ。ありがとう!」
 リンカからの問いかけにムジカは明るく答え、刃を構え直す。リンカもさらなる攻撃を加えるべく力を紡いだ。
「まだまだいきます。そのままこの√から追放されてください」
 次はもっと強力に。そう考えたリンカは地面にしがみつき、巻き込まれないように気をつけていた。この力はただ相手を吸い込むだけではなく、周囲の仲間が吹き飛ばされないように抵抗力を与えるものでもある。
 ムジカや他の仲間の様子も気にかけながら、リンカはハーピーを見据えた。
「月の花も少し散らしちゃいますが……この花吹雪があなたたちへの手向けの花です」
 風を受けて舞い散った花弁がハーピーと共に吸い込まれていく。
 それは言葉通り、葬送かつ見送りの花となった。
 リンカの傍ら、音色を響かせたムジカも新たな一羽を地に落とす。
「まだいるみたいだね。ぼく達の力でやっつけちゃおう!」
「はい、最後まで戦い抜きましょう」
 そうして、リンカはそっと願う。
 ――棄てられた先で、あなたたちの楽園が見つかりますように。

エアリィ・ウィンディア
鈴成・千鳴
ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル

●星雨に雷霆、猫連撃
 街から暫し進んだ地、不思議の丘。
 夕暮れ時になり、薄暗くなっているこの一帯は妙に不気味な雰囲気がした。
「はぁ、はぁ、ふぅ。思ったよりも距離があったね」
 こんなことなら箒に乗ってくるんだったよ、と零したのはルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル(|星樹《ホシトキ》の言葉紡ぐ|妖精姫《ハイエルフ》・h02999)だ。
 不思議の丘に辿り着くまでも一苦労だったが、ここから戦いも始まる。
「きな臭えにおいがすると思ったら――爺さんの言う通り、お出ましだ」
 頭上を振り仰いだ鈴成・千鳴(しっぽファイター・h02574)は飛翔するハーピーの群れを捉えた。おそらく相手はこちらを見つけるやいなや攻撃してくるだろう。
 上空からの襲撃は脅威だが、千鳴は何の心配もしていない。なぜならすぐ側には仲間がいる。それゆえに大丈夫だと信じているのだ。
 互いにカバーしあって挑むことを誓い、千鳴は身構えた。
 エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)も敵の襲撃に備え、周囲に何体の敵がいるか数えていく。
「ハーピーさん、こんなところまで来なくてもいいのに……」
 お祭りという楽しい時間。
 放っておけばそれを奪ってしまうかもしれないならば許せない。エアリィは飛翔する敵が十数体いることを確かめ、左手の精霊銃のトリガーに指をかけた。
 次の瞬間、エアリィが攻撃を仕掛ける。
 ギィ、というハーピーの声がしたがエアリィは怯まない。その狙いは翼か足。素早く動く相手であるゆえに狙い撃つのが難しいが試みるのは無駄ではない。
「地上に落とす前に落ちればいいんだけど、うまくいくかな?」
「成功するかどうか、まずはやってみるだけだ!」
「ふむ、相手は空を飛ぶ化け物か」
 千鳴が威勢よく駆けていく様を見遣った後、ルナはその援護に入ることを決めた。上空への攻撃手段がないのならば自分が|あいつら《ハーピー》を叩き落としてやるだけ。
「しばらくの間、護衛は頼むよ」
「おっしゃ、任せろ!!」
 仲間に願ったルナに対して千鳴が強く応えた。
 魔導書を開いたルナは星明かりの雨を発動させるべく、詠唱をはじめる。
「きぃきぃ煩いやつらだね。ここは全力でいかせてもらうよ」
 ――空に満ちる星明かり、終わりなき光の雨、降り注ぐ刃となりて敵を貫け。
 スターライト・レインが空から降り注ぎ、ハーピーの翼を貫き落ちていく。ルナの攻撃によって敵が低く飛んだことに気付き、千鳴が前に出る。
「よし、引きずり降ろせたな。やっと出番だ!」
 一気に切り込むことで千鳴は標的に肉薄。こうなれば後は尻尾と両手を駆使して肉弾戦で攻め込んでいくのみ。
 その際に敵の爪はプロテクターで受け流し、味方の射線を塞がないよう努める。千鳴が追い立てることでハーピーは一団となって対抗しようとしているようだ。
 だが、その動きこそエアリィが狙っていた展開だ。
 ――エレメンタルバレット『雷霆万鈞』。
「きたね、まとめてどかんっ! だよっ!」
 爆発によってハーピーがまとめて散っていき、同時に帯電による戦闘力強化の効果が巡っていった。千鳴は己の力が押し上げられていく感覚を抱きながら、まとまっているハーピーへと突撃していく。
「まとめてぶっ飛ばす!」
 身体を一回転させた尻尾でのなぎ払いが敵を貫いた。
 その際に反撃してくる個体もいたが、エアリィが霊剣による攻撃でカバーする。
「おっと、エア、助かったよ」
「さ、ルナさん、千鳴さん、張り切っていっちゃってーっ!」
「この勢いなら負けることはないな!」
「さて、地に落ちた鳥がどうなるかは一目瞭然かな? この調子で残りの奴らも落としていこうか」
 雷霆の爆発、三毛猫連撃、更なる星明かりの雨。
 三人の攻撃は重なり合いながら迸り、周囲のハーピーを次々と地に落としていった。攻防は激しかったが戦況は能力者の有利なまま進んでいる。
「ふぅ、つっかれたぁ~」
「だいぶ敵は減ったが――まだ何かいるな?」
「そう、まだまだ次があるんだよねー」
「油断はしないようにいこう」
 エアリィは肩を回しながら小休憩を挟み、千鳴は辺りの様子を探る。ルナも次の戦いに向けての思いを強め、魔導書に力を巡らせていった。

エオストレ・イースター
誘七・神喰桜

●彩る花火を餞に
「む……! なんて……イースターめいた鳥なんだ!」
「あのハーピーの、どの辺がイースターなのだ!?」
 不思議の丘に現れたモンスターを前に、エオストレ・イースター(桜のソワレ・h00475)と誘七・神喰桜(神喰・h02104)は言葉を交わす。
 エオストレからすれば色とりどりな鳥妖はイースターカラーとも呼べるもの。対して神喰桜としては凶暴な魔物でしかない。
「ハーピー……イースターっぽいが、あの祝祭の街を襲わせる訳にはいかないからね」
「イースターについてはよくわからないが、彼処は私達を楽しませてくれた街だ」
 敵に対して違う思いを抱いていても、街を守りたい気持ちは二人共同じ。
 守らねばなるまい、と言葉にした神喰桜は構えを取った。幸せに日々を過ごす人々の姿を実際に見て感じた以上、魔物になど傷つけさせはしないと強く思える。
 それに皆の笑顔を思い浮かべれば覚悟も完了するというもの。
「残念だけど、君たちにはここで退場してもらうよ」
 エオストレがハーピー達に宣言した刹那、敵の群れが動きはじめた。その行動に逸早く気付いた神喰桜は傍らに呼びかける。
「卯……エオストレ! 警戒せよ!」
「勿論だとも神喰桜! 頭上注意、了解!」
「すぐにでも空から襲われるぞ!」
「その前にここで仕留めよう!」
 エオストレと声を掛け合い、神喰桜は竜神の威圧と神殺しの朱桜を纏う。
 その間にエオストレは素早くイースターエッグを投球していき、ハーピーを爆破に巻き込んだ。一気に広範囲を爆発させて複数を巻き込む狙いだ。
 そんなエオストレの様子はちょこまかとした兎のようで少しばかり心配だった。それゆえに神喰桜は彼を庇って守りつつ、霊力を解き放つ。
 牽制としての斬撃を見舞いながら、空に逃れられる前に斬り伏せた。
 エオストレと協力してハーピーを追い落としていく神喰桜の動きは見事なものだ。
 それによってハーピーが揺らぐ。
 だが、向こうも音波を放つことで対抗してきた。されどエオストレは慌てることなくイースターなオーラを巡らせて防ぐ。其処から即座に切断してやるとして、エオストレは次の行動に入った。
 ――|AMAZING♡ESTAR《イースター・ハプニング》!
 イースターの真骨頂をみせるべくして桜吹雪と春の女神の祝福が巡る。
「おっと、おいたはいけないね!」
 その爪も音波も、この華麗なるデコレーションで封じるのみ。エオストレは神喰桜の一撃と共に爆破を起こし、ハーピーそのものを絢爛な花火へと変えた。
 佳き形で敵がデコレーションされていき、動きが鈍ったところが神喰桜の出番。
「合わせるぞ!」
「更にイースターを重ねていくよ!」
 神喰桜が思い切り放つのは絶華の一閃。空間ごと存在を断ち斬る不可視の剣戟がハーピーを切り裂き、桜吹雪が周囲を覆い尽くす。
「徒花と散るがいい!」
「これもまた、イースターさ」
 二人がそれぞれの言葉を紡いだとき、辺りのハーピーは根刮ぎ地に落ちていた。
 神喰桜はデコレーションを見渡しながら、軽く肩を竦める。
(本当は、エオストレにはイースターエッグではなく刀で戦って欲しいのだが……)
 今は兎に角、この場を切り抜けることが先決だった故に多くは言わないでおいた。それよりも神喰桜が気になるのはハーピー以外の気配だ。
「神喰桜、何か嫌な予感がする」
「噫、油断はするな。次に行くぞ」
 エオストレと神喰桜は気を引き締め、暮れゆく空を振り仰いだ。

ララ・キルシュネーテ
詠櫻・イサ

●牡丹一華と冥海と
 美しい時間を満喫したあと。
 楽しみだけで終わらないのが此度の件。
「無粋だな。余韻に浸る暇もなく……襲撃なんて」
 詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)は魔物が現れた不思議の丘を見遣り、祭りの様子を思い起こす。言葉通りに未だ楽しかった時間の思い出に浸っていたいが、そうはさせてくれないのがこの状況だ。
「さぁ、イサ。狩りの時間よ」
 ララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)は一歩を踏み出し、イサを呼ぶ。そうしてララは花咲くように綻んで、傍らの窕と銀災を馴染むカトラリーへと変えた。
「はは! 狩り、か!」
「それ以外の何だというの」
「聖女サマは随分と血の気が多い事だ」
 イサが笑うとララは当然だといった様子で答えた。それもまた彼女らしいとしてイサも構え、ハーピー達に狙いを定める。
「イサ。ララを守る栄誉、然りと果たして頂戴」
「勿論、俺も護衛としてその栄誉を有難く果たさせていただきますよ」
「頼もしい護衛ね」
 ララは空舞う鳥へと視線を向け、ふとした言葉を零す。
 見据える先には自由に空を飛ぶハーピー達の姿があり、少女の視線はどこか憂いを孕んでいるようだった。
「……ララはまだ、パパのようにうまく飛べないのに。自由なことね」
「飛べてもどこにもいけやしない。……大丈夫だよララ」
 その呟きを聞いたイサは、羨ましがる必要なんてない、と言葉を添えた。するとララは首を横に振ってみせた。
「羨ましい、なんて思わないわ。だって……」
 ――お前たちは、ここで終わりなのだから。
 死の宣告めいた言の葉を紡ぎ、ララはハーピーを狙い撃つ。桜色の牡丹一華の花嵐が空に舞う中、ララは甘やかな声で囁いた。
「鬼ごっこしましょ」
 とん、と風と戯れるように跳躍。流れるような勢いで荒ぶ花一華がハーピーを包み込み、瞬く間にその翼を切断していった。
 更にララは窕のナイフで敵をなぎ払い、銀災のフォークに破壊の炎を纏わせる。どんな反撃が来ようともその前に串刺しにして終わらせるだけ。
 イサも同時に迫りくるハーピーを狙う。
「ちょこまか飛んでちゃ鬼ごっこも何も無いだろう! 落としてやる!」
 冥海ノ泪――堕ちておいで。
 彼の言葉の後、冥海へと引き摺りこむ滅殺の渦が巻き起こる。その力は見る間に魔物を撃ち抜き、翻弄していった。動きを鈍らせたならば後は此方のペース。
 イサはララをかばいながら波紋のエネルギーバリアを巡らせ、ハーピーからの攻撃を的確にいなしていった。対する敵からはキィキィという耳障りな鳴き声が聞こえる。
「騒がしいぞ、お前たち!」
 イサがハーピー達に言い放つ中、ララは地に落ちた一体の方に歩み寄っていった。
「お前、美味しいかしら」
「げ、ララ! 変なもん食うなよ! 腹壊すぞ!」
「一口、味見をしてみましょう」
 心配するイサの注意も聞かず、ララは落ちた羽根をそっと喰む。それによって傷を癒したララは「不味いわ」と口にしてから別の個体を追いかけに向かった。
「イサ、そっちにいったわ捕まえて」
「任せろ!」
 イサはララの方から飛んできた個体に狙いをつけ、更に穿ちにかかった。
 敵の攻撃も激しくなってきたが、ララもイサも怯んではいない。寧ろララは楽しそうな様子さえ見られる。
「もっと遊びましょ」
 敵に呼びかけるララは更なる花の檻を巡らせていた。イサも彼女の補助としての津波を放ち、敵を落としていく。
「ほんと、聖女サマは貪欲なことで。……そういうところが、」
(うらやましいのだけど)
 続くはずだった言葉はそっと胸裡に押し込めて――。
 其処から巡る攻防は激しく、花と波の揺らぎは魔物を屠る力となって迸った。

ユオル・ラノ
カトレア・シェルビュリエ

●翼落とす祝宴
 不思議の丘を飛び回る影。
 まるで骨が軋むような鳴き声をあげているハーピーの群れを見上げ、カトレア・シェルビュリエ(ヘリオドールの花束・h00390)は気を引き締めた。
「祝祭の興を削ぐとは。放っておけないね」
 あの街で楽しませてもらったお礼も兼ねて、ここは自分達が頑張る番だ。ユオル・ラノ(メトセラの嬉戯・h00391)も同様に魔物を眺めているが、考えていたのは少し違った観点からのこと。
「あの魔物、臓器も人と獣の特徴が混在してるのかな。面白そう……じゃなかった」
「ここできっちり食い止めるとしようか」
「うん、楽しんだ分のお礼はしようかぁ」
 カトレアの声を聞いてはたとしたユオルは視点を戦闘に戻す。
 されど分析は止めず、目の前の敵がどのようなものか思考していく。鳥の要素を多分に含む。知力の程度は不明。鳴き声しかあげないことからすると人語は介さない。
 それならば――。
「光り物は好き? ……ねぇ、よく見てよ」
 ユオルは愛用のメスを前に構え、ハーピー達にそれを見せる。そこに魔力を通せば、刃は真珠色の耀きを帯びて光った。
 狙い通り、ハーピーは光に反応して動きはじめた。
 だが、それは精神汚染を齎す輝きだ。通常とは違う動きで揺らめいたハーピーの精神が侵されている。
 それによって大きな隙ができたと察し、カトレアが行動に入った。
「見たまえ! この世の美を粋を集めた銀灰の瞳を!」
 上空を舞っているハーピー向け、カトレア美人絵巻を広げて見せる。
 発動、陰翳礼讃。
 描かれた自分の美の数々により魅了と恐怖を与え、飛行力を鈍らせるのがカトレアの狙いだ。外見、内面、あらゆる美を語ることにより威力を増す力は深く巡る。
「豊かに波打つ黄金の髪を! 遍く者に愛情を注ぐ嫋やかな心根を!」
 次第に周囲は輝きに満ちた祝宴の会場に変わっていく。
「そして……陽光を纏いし真の姿を」
 ――さあ、祝宴をはじめよう。
 カトレアの力によってハーピーが次々と地に落ち、ギィギィと鳴いた。そうやって落ちてきた者をカトレアが呪詛により引き留めて動きを止める。
 更に畳みかけるように、己の美について語り聞かせていけばいい。そうして追撃として一撃を加えていけば勝利は目前。
「祭へ行きたかったのだろう? 存分に堪能したまえ」
 カトレアが美しい笑みを浮かべる中、ユオルも攻勢に入っていった。
「……レア様の戦い方、興味深いなぁ。どんな仕組みか観察したいけど――」
 あの絵巻はあまり見ないでおいた方がいいかもしれない。ユオルは興味を抑え、カトレアが攻撃を受けないようにひそかに守りながら立ち回っていく。
 そこに発動させたのは、幻実の地平線。
 真珠の耀きを帯びるメスで以て、地に落ちてきたハーピーまで跳躍する。先ず狙ったのは脚の腱。更に首元への一閃を叩き込み、相手の力を削る。
 たったそれだけでいい。無駄に切り刻む必要はないことをユオルは解っていた。
 ユオルは少ない手数で的確に魔物を倒し、トドメを刺していく。
「レア様のおかげで理想的な動きができるよ」
 敵を幻惑する不可視の霧もあり、ユオルは周囲の敵を次々と切断した。そうして、カトレアとユオルの協力によってハーピーは戦う力を失っていく。
「そろそろかな」
「最高の終わりにできたかい?」
 ユオルは辺りを見渡し、戦況を確かめる。動かなくなったハーピーに向けてカトレアが問いかけた。答えは元より期待していない。
 戻ってこない返答こそが、カトレア達が求めていたものだった。
 そして、戦いは終わりへと導かれていく。

香柄・鳰

●不穏の翼、堕つ
 不思議の丘と呼ばれるこの地には、花が咲いている。
 此処には街で見たものと同じ、或いはそれ以上に美しい花々が咲き乱れている。
「こんなにも――」
 良い香り、と香柄・鳰(玉緒御前・h00313)は言葉にした。お祭りでも香った花がこんなにも濃くてうつくしい。しかし花の香りに満ちた場所には異質な気配もする。
 ハーピーの鳴き声に耳を澄ませ、鳰は気を引き締めた。
「あの街を荒らしてはなりませんね。一羽残らず此処で墜としましょう」
 暮れなずむ空を背に魔物達が迫ってくる。
 まだ陽が残る内で良かったと感じながら、鳰は輪郭を結ばぬ朧な瞳を前に向けた。陽光がハーピー達で遮られたり、朧気なシルエットならば捉えられる。
 己の頼りない眼でも問題ないとして鳰はそっと身構えた。
 次の瞬間、翼が風を切る音が耳に届く。
 それこそハーピーが上空から降下した気配だと察し、鳰はその場から飛び退く。同時に敵影に向けて放ったのは鷦鷯。
 投擲された短刀がハーピーの翼を貫いたことで、ギィと悲鳴めいた声があがった。
 怯ませることが出来たと感じた鳰は一気に地を蹴る。そのままハーピーへ向けて駆け抜け、肉薄した鳰は鈴の音を響かせた。
 至近距離で音色を聴かせたことによって相手の動きが止まる。
 ハーピーは目の前にいる鳰を睨み付けたが、捕縛されているゆえに自由に飛べない状態だ。鳰は口許をそっと緩め、魔物に語りかける。
「ごきげんよう、素敵な翼をお持ちね」
 返ってきたのはギィギィという鳴き声のみ。
 しかし、鳰は気にすることなく言葉の続きを紡いでいく。
「空を飛べるあなたが羨ましい」
 何処までもゆける翼があるというのに。ただ害をなす為に羽搏くだけだなんて勿体ない、とも鳰は感じていた。それゆえにこのままにはしておけない。
「全て断ってしまいましょう」
 宣言と同時に鳰は僅かに身を引き、ハーピーとの距離を取った。そうした理由はたったひとつ。玉緒之大太刀による一閃を与えるためだ。
 浄化の霊気が収束していき、刃が振り上げられる。
 そして――。
「祝いの場に、貴方は相応しくないわ」
 言の葉と共に振り下ろされた一刀。
 夕暮れごと切り裂くような軌跡は、最後の一体であるハーピーを深く貫いた。
 
 こうして危機のひとつは去り、不思議の丘に静寂が満ちる。
 だが、未だ終わりではない。
 夕陽が沈んだ丘の上には、これまで以上の不穏な気配が漂いはじめていた。

第3章 ボス戦 『堕落騎士『ロード・マグナス』』


●英雄は死ねず、現世を彷徨う
 不思議の丘を照らしていた夕陽が沈む。
 ハーピーの群れを全滅させた能力者達は丘に光が満ちていく光景を見ていた。
 いつしか空に浮かんでいた月の光を受け、丘に咲く月の花が輝き出したのだ。街に飾られていた花々も美しかったが、蒼白の淡い光を宿す花は可憐にみえた。
 丘の上で揺れる月の花は神聖であり、見惚れてしまうほどのもので――。
 
 だが、そこに影が渦巻きはじめた。
「聖剣はどこだ……」
 地から響くような低い声が聞こえたかと思うと丘の上に人影が現れる。漆黒の鎧を纏った影は騎士のようだが、纏う雰囲気は邪悪だ。
「探さなければ……聖剣を……。あの街にあるのか……?」
 彼の名は堕落騎士『ロード・マグナス』。
 世界に安寧をもたらす聖剣を探索する勇者として有名だったが、√能力者ではなかったことが仇となり、魔物化してしまった存在だ。数多のダンジョンを制覇した実力の持ち主ではあるが、今は聖剣を求めながらすべてを破壊するだけの魔物である。
 大きな槍剣を振り上げたロード・マグナスが一歩を踏み出す。
 それによって足元の月の花が散った。
 堕落騎士は花を踏み荒らしていることなど気にせず、能力者達を睨みつけるように兜を揺らした。街を背にしている能力者が邪魔者だと感じたらしい。勿論、フロワルーナの街には聖剣などないが言っても聞かないだろう。
「邪魔をするならば斬る。――退け」
 有無を言わさぬ様子の堕落騎士。
 たとえ生前がどうであれ、今の彼はモンスターとなった身。倒すことこそが彼を救い、フロワルーナの街をも救う道だ。
八海・雨月

●騎士に捧ぐ言葉
 それは、かつて英雄だったもの。
 栄光は過去にしかなく、現在はモンスターとして彷徨う存在。
「哀れねぇ……」
 堕落騎士『ロード・マグナス』に視線を向け、八海・雨月(とこしえは・h00257)は双眸を鋭く細めた。
 道半ばで斃れるのは脆弱な人間ならよくあること。力を持っていながらも及ばず、悪しき世界の理に飲み込まれてしまった者。それがロード・マグナスなのだろう。
「……でも、儚い命を生きた果てがこれなんてねぇ」
 雨月は視線を外さぬまま、騎士の末路を思う。生前の意志すら踏み躙られているような存在、魔物になってしまった彼を放置しておくわけにはいかない。
「まあ、ちゃんと終わらせてあげるから安心しなさいなぁ」
 全力で挑むことこそが彼への手向け。
 雨月は街を背にした形で佇まいを直し、攻勢に入っていく。
 先ずは地を蹴り、肉薄するべく駆ける。
 両腕のみ人化けの術を解いていった雨月は、それを鋸歯状の巨大な鋏角に変えた。その勢いのまま突撃すれば、マグナスの鎧すら貫く威力の一撃になってゆく。
「いくわよぉ」
 雨月は自らの長身を活かした一閃で以て、騎士を穿った。
 重い衝撃が相手を襲ったが、たった一撃で倒れるほど弱い者ではないと雨月も解っている。鎧と融合しているマグナスは剣を振り上げ、雨月を貫こうとした。
 されど雨月とて反撃が来ることは予想している。直撃で大きな衝撃を受けないように身を反らし、鋏角による一撃を更に振るい返す。
「また同じ攻撃か?」
 騎士はこちらの動きを見切ったようだが、雨月には或る作戦があった。
「避けても良いけどぉ……次が怖いわよぉ?」
 マグナスが避けたことで、外れた鋏角を地に刺して霊力を巡らせる。そうすれば周囲は遠浅の海に変異させて結界を貼れるというわけだ。
 更なる剣の攻撃は片方の鋏角で受け、鍔迫り合う。相手もなかなかの力だが、こうして競り合っている間にもう片方で相手の胴に喰らい付けば――。
「ぐ……う……聖剣、を……」
 マグナスの身体が大きく揺らぎ、大きな隙が生まれた。
 雨月は続く能力者の気配を感じ取り、射線をあけるために素早く身を引く。
「後はわたし達に任せて眠りなさいなぁ。また次の、新しい儚い命になるまでねぇ」
 彼の無念は分かるが害を成すならば葬るだけ。
 この戦いが終わった時、雨月は騎士にこう告げるのだろう。
 ――おやすみなさい、と。

カトレア・シェルビュリエ
ユオル・ラノ

●月の花に安らぎの祈りを
 聖剣を探し求め、彷徨う騎士の魔物。
 目の前に立つ存在を思うと、妙に胸が締め付けられた。√能力を持たないがゆえにモンスターと化し、今やただの破壊の化身となっている騎士は哀れだ。
「彼の平和を願う気持ちは僕らと何ら変わらなかっただろうに」
 カトレア・シェルビュリエ(ヘリオドールの花束・h00390)は一度だけ目を伏せ、そっと顔を上げた。
 生前は勇者にもなれたはずの立派な者だったのだろうが、その果てがこれだと思うと悲しくなった。ユオル・ラノ(メトセラの嬉戯・h00391)はカトレアの横顔を見た後、自分も騎士に目を向ける。
「これは……あまり楽しくないかなぁ」
 憐れみも哀れみも、今のユオルにとってはまだ遠い感情。
 しかし、カトレアが現状を悲しい話だとして感じていることは解った。それにユオル自身も、騎士が本質から逸れた姿を眺める今の気持ちを良いものだとは感じていない。
 それならば楽しくないをなくしてしまえばいい。それがユオルの思いだ。
「ね、レアさま」
「どうかしたのかい、ユオル」
 ユオルが声をかけてきたことでカトレアは軽く首を傾げた。彼女の肩には力が入っているようだったが、ユオルはそこには触れずにそっと双眸を細める。
「もう少し頑張って、後でゆっくりお花を見ようねぇ」
 その声にカトレアがはたとした。
 そうだね、と頷いた彼女は肩の力を抜き、普段と同じような笑みを見せる。
「ふふ、素晴らしい提案だ。腕が鳴るね」
 なんだか力が湧いてきたと感じたのはユオルの言葉と思いのおかげだ。カトレアは一歩後ろに下がり、堕落騎士マグナスの姿を瞳に映した。
 ユオルは反対に一歩を踏み出し、指先で弄んでいたメスを構え直す。
「やろう、レアさま」
「いくよ、ユオル」
 互いの名を呼びあった二人は攻勢に入っていった。ユオルは全身に真珠色の防御陣を巡らせ、地を蹴って高く跳躍する。
 その間にカトレアが呪詛を巻き起こし、マグナスの妨害に入った。
 同時に広げたカトレア美人絵巻の力を用い、手にした不思議万年筆で防御にも意識を向ける。そうしてカトレアが相手の行動を鈍らせてくれている中、ユオルは影に呪いの炎を纏わせていった。
「退け……」
「そう言われて退く人なんてどこにもいないよ」
 低く響く騎士の声に対し、ユオルはフェイントを交ぜた動きで対抗していく。マグナスの攻撃は激しく、完全に防げないことは分かっていた。だが、辿り着ければ充分。
「退くのはキミの方だよ」
 詠唱は続けさせないとしてユオルは天旋による一撃を見舞う。ユオルの速さと斬撃をより確実に活かすべく、カトレアが騎士の動きを阻みに入った。
「跪きたまえ」
 ――|我が美に傅け《コウフクナルシハイ》。
 カトレアの言葉によってマグナスの動きが完全に止まった。カトレアは決して目を逸らさず、閉ざさず、最後まで戦い抜くことを決めている。
 そう、|君《彼》が膝をつくまで。
 騎士が麻痺している最中、ユオルも更なる斬撃を解き放った。
 蹴撃からのメスでの一閃は深く騎士を切り裂き、大きな衝撃を与えている。ここで仕留めきれないのは理解しているが、次に繋げば必ず勝機がやってくると分かっていた。
 祈りの作法は知らないけど、と言葉にしたユオルは騎士に言い放つ。
「まどろみの中で、キミの探し物が見つかるよう祈ってあげる」
「君の活躍に影など似合わない。今夜の月光と共に、陽光たる僕も君を照らそう」
 カトレアもユオルと共にマグナスを見つめ、静かに願った。

 かつての英雄に敬意を。
 ――そして、安らぎを。

エオストレ・イースター
誘七・神喰桜

●仮令、災厄と成り果てても
 堕落騎士、ロード・マグナス。
 彼が纏う禍々しいオーラが示すのは到底解り合えない存在だということ。
「あ、あの姿……あれは……!! シャドウ……イースター!!」
「なっ……シャドウイースターだと!?」
 エオストレ・イースター(桜のソワレ・h00475)があげた声に対し、誘七・神喰桜(神喰・h02104)は驚きを見せたが、すぐに我に返った神喰桜は首を横に振る。
「流石にあれはイースターではないだろう」
 いつものことである。
 しかしエオストレも普段通りにあれをイースター認定していた。
「いや、ちょっとダークな感じのイースターだね。」
「あれもイースターに類するのか!?」
「判別が難しくとも、神喰桜もじきにイースターのイロハがわかるようになるさ!」
 無邪気に笑いかけてきたエオストレはかなり本気だ。
 主に翻弄されてしまっている神喰桜だったが、彼が言い張るのならば仕方ない。これ以上の否定はしないが肯定もしないのがいいだろう。
「卯桜の言うことはよくわからんが、ともあれだ」
「うさじゃなくて、エオストレ!」
「イースターであろうとあれは斬らねばならん、それはわかるな?」
 名前を訂正するエオストレの言葉はさらりと流し、神喰桜は堕落騎士を示す。既に別の能力者と戦いを始めている騎士の存在感は圧倒的だ。
 頷いたエオストレは改めてダークイースター、もといロード・マグナスを見つめた。
「斬らねばならないのはわかるよ。でも、大きくて強そうで威圧的だぁ……兄さんならすぐに何とかできたのに」
「……兄君のことはいい、今は自分のことを考えろ」
 呟いた今の主に頭を振ってみせ、神喰桜はそっと宥めた。
 はたとしたエオストレはまた無意識に兄と自分を比較していたことに気付く。ともあれ、目の前の敵を倒すことだけは間違いない。
「わ、わかってる!! 何せ僕は、イースターなのだから!」
「その意気だ」
 これも鍛錬と思い臨めばいいと告げ、神喰桜はエオストレに視線を送った。
 信じている。
 重ねた言葉を噛み締めるようにして、エオストレは心を奮い立たせた其処から先手を取るべく、彼は全力でイースターエッグを投擲していく。
 神喰桜はエオストレのことを然りと守ると誓い、桜吹雪を重ねていった。
 堕落騎士も此方に気付き、手にした剣による斬撃を見舞ってくる。されど神喰桜はその攻撃ごと切断する勢いで鋭い桜のオーラを放ち返した。
「聖剣、を……」
「ここまで想われる聖剣は幸いなのだろうか、悩ましいな」
 するとマグナスが自分の求める剣について呟いた。その声を聞いた神喰桜は複雑な思いを抱き、堕落騎士の生前を思う。だが、死んだ者が完全にもとに戻ることがないように、堕ちたままの騎士では過去の栄光も取り戻せない。
 エオストレもそれがわかっており、油断も容赦もしないつもりだった。更に投げられたイースターエッグ。それを敵に触れると同時にすかさず爆破させることで動きを阻み、隙を作る狙いでエオストレが動く。
「君の聖剣はここには無い、残念だけどね!」
「あの街に……あそこに、きっと――……退け!」
「わ!」
 対するマグナスは激しい斬撃で卵を斬り裂いた。その衝撃と余波に驚いたエオストレは自身の右掌で衝撃を打ち消す。
「止められるとはいえ剣に素手はちょっと怖いな。くっ……神喰桜!」
「ならば私をつかえ、エオストレ!」
「噫、力をかしてくれ!」
 エオストレが呼びかけると、神喰桜が神刀『喰桜』としての姿へと変じた。喰桜を握り締めたエオストレは騎士の正面から挑むべく、然と立った。
「神刀『喰桜』――今は、お前のための刀だ。上手くつかってみせろ!」
「僕だってできる!」
「大丈夫、そばに居る」
「……うん」
 手の中から聞こえる頼もしい言葉を胸に、エオストレは堕落騎士との距離を詰めた。駆け抜ける最中、交錯する戦意と視線。
 斬撃を放つべく、エオストレと神喰桜の意志は重なっていき――。
「さぁ共に、彼を厄より解放しよう!」
「君を斬り……厄災から救ってみせるさ!」
 神をも滅する、喰桜の一閃が悪しき騎士を真正面から貫いた。

ララ・キルシュネーテ
詠櫻・イサ

●寄る辺なき者に弔いを
 丘に現れたのは威圧感を放つ存在。
 禍の気配を纏っている騎士は花を踏み潰しながら、ゆっくりと進んでいた。
「漸く……と思ったら……今度は騎士様がお出ましか」
「ご立派な騎士様ね」
 詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)は肩を竦め、ララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)はじっと堕落騎士を見つめる。
 其処から感じられるのは負のオーラと圧倒的な力。
「ララ、強いものはすきよ。でも――」
 騎士を強者だと認めたララだったが、背にしている街の方角をちらりと見遣る。あそこはララたちを楽しませてくれた街。お礼はしなければいけないと感じているからこそ、少女はこうして此処に居る。
「あの街にはいかせられないわ」
「退け……」
「そうは問屋が卸さないってのはよく言うだろ」
 ララが宣言すると騎士が低く呟いた。イサは首を横に振り、自分達が動くはずがないと示してみせた。何にせよ此処で戦うことは避けられない。
「怪物に成り下がったとはいえ騎士には敬意をはらわなきゃ。イサ……いくわよ」
「聖女サマのお心のままに」
 呼び掛けに応えたイサは軽く一礼した後、改めて堕落騎士を見た。
 倒さなければならぬ存在であることは確か。それに、唯の妄執の塊になったような彼奴の姿は見ていて苦いものがあった。
 イサが身構える中、ララはふわりと微笑んだ。
「ふふ、隠れんぼしましょ」
 桜色のしろくま・シュネーを介して現れたのは、くまのぬいぐるみの姿をした巨体、キルシュネーテ。ぬいぐるみをひとつ撫で、双眸を細めたララは攻撃を命じる。
「――見つけて、みつめて、花の獄」
 キルシュネーテは思いきり騎士を殴り、光蜜ノ愛浄が相手の身を灼いていった。
 先ずは一手。
「この一撃はお前に散らされた月の花のぶん」
 ララ自身もシュネーを足場にしていき、堕落騎士を強襲しにかかる。自分はまだ飛べないが、身軽な分だけ素早く刃をお見舞いできる。
 窕の刃で切り裂き、銀災で串刺しに。花吹雪で身を守ったララは何度でも敵を穿つとして、ひらりと身を翻した。
「は!? そのくまのぬいぐるみ……護霊だったのかよ!?」
「そうよ」
 ララが解き放った派手な攻撃を目の当たりにしたイサは、俺も負けていられない、と言葉にして海を司る蛇腹剣を抜いた。その際にイサが意識したのは堕落騎士の足元。
「……あの花が踏み躙られるのは見ていられないしな」
 月の花が無惨に潰されていることだって見過ごせない。騎士があれ以上踏み出す前に葬り、花も守ってやりたかった。
「ララ、前に出すぎるなよ!」
 イサはララを即座に庇えるように備えながら、剣を振るった。
 その間も桜色の皇帝ペンギンの雛、マヒルが物陰から応援してくれていた。
「きゅぴきゅぴー!」
「……可愛いぞ、マヒル。と、余所見してる場合じゃないな」
 思わず頬が緩みそうになったが、イサは表情を引き締めた。マヒルは後でたくさん褒めてやればいいだろう。
 そして、イサから豪雨めいたレーザーが其処から解き放たれたことで堕落騎士が貫かれていった。霊震で振動させていき、相手の行動を阻害すればララの番が訪れる。
「お前の探し物はここには無いの」
「あの街にだって無いからな!」
 イサは水のエネルギーを障壁としていき、即座に反撃にる。攻防が繰り広げられる中、ララはロード・マグナスから決して視線を外さずにいた。
「お前も苦しかったでしょう、失くしたものが見つからないのは」
「う……ぐ、聖剣……聖剣は何処に……」
 騎士は呻きながら何処にもない剣を求め続けるだけだった。
 互いを見たララとイサは視線を交わし、同時に攻撃を仕掛けることを決める。
「残念だけど、さよならね」
「その苦しみから解放してやるぜ」
 ――もしも、死が救いであるのならば。
 刹那。ララとイサが振るった刃が月の光を反射し、その軌跡が美しく燦いた。

千堂・奏眞
香柄・鳰

●繋ぐ力、護る意志
 花の匂いが、少し変わった。
 それと同時に香柄・鳰(玉緒御前・h00313)が感じたのは異様な雰囲気。
 夜の暗さのせいで細部までは捉えられなかったが淡い光が潰えたようだ。鳰は邪悪な気配を纏う騎士に意識を向け、悲しげな言葉を落とした。
「……ああ、踏みつぶしてしまったの?」
「せっかくの綺麗な花を踏み潰すなよ」
 その近くで、確かな憤りを言葉に宿したのは千堂・奏眞(千変万化の錬金銃士・h00700)だ。踏まれた花は萎れてしまい、もう二度と輝くことはないだろう。
「こんな素敵な花を――」
「魔物化したせいで善悪すらもわからなくなったのか」
「…………」
 鳰が悲しみの感情を滲ませ、奏眞は堕落騎士に問いかける。しかしロード・マグナスは無反応だった。魔物と化している彼が求めるのは、見つからぬ聖剣だけなのだろう。
 纏うオーラから邪悪さを感じ取り、奏眞は構え直す。
「……かつての実力者だ。油断はしない」
「何かをお探しの様子ですが、もうあなたは……」
 鳰は騎士が必死であることを悟っていた。
 されど声や音から伝わってくるのは禍々しさしかなく、花の様子をみるだけでも、あの街や人々を慮ってくれるような相手ではないとわかった。
 騎士は能力者達を睨みつけるように兜をゆっくりと左右させ、低い声を放つ。
「邪魔者よ、去れ。退かぬならば排除するだけだ」
「……ええ、そう。私達はあなたを妨げる者ですよ」
 だから此方を向いて下さいな、と告げた鳰もまた戦う準備を整え終えていた。いくぜ、と仲間に伝えた奏眞は一気に地を蹴る。
「アンタは大人しく寝ているのが仕事だ。悪いが、倒させてもらうぜ」
 鋭い声で宣言すると同時に、奏眞は力を放った。
 ――|翔破錬成《コメット・トゥスミティシオン》。
 素早く脚にパーツを纏った彼は移動速度を上げていき、堕落騎士を狙い撃つ。その目的はあの街は勿論、花が咲く場所からできる限り相手を吹き飛ばすこと。
「それ以上、花を荒らすならぶっ飛ばす!」
「続いて参ります」
 鳰も即座に抜刀し、構えた大太刀で一閃を放った。二人が連携したことで間髪いれぬ攻撃となり、マグナスの身体が大きく揺れる。
 だが、相手も反撃をくらわせようと動いていた。鳰は其処から生じる鎧の音を聞き、草や花を踏む重い音や潰れる草花の匂いで次の行動を読む。
「そこです」
「本当だ。流石だな」
 鳰が示した場所に先回りした奏眞は、反撃すら潰す勢いで怪力を発揮した。
 何やら騎士は詠唱を始めたが、それすら行わせない。その隙も立ちっぱなしにもさせないとして、奏眞は弾道の計算と跳弾を駆使することで立ち向かった。
 牽制の射撃は上手く巡り、奏眞は追撃に入る。
「喰らいやがれ!」
 ――|彗覇滅焦陣《すいはめっしょうじん》。
 激しい連撃はその名の如く、相手を滅する陣となって広がった。鳰は奏眞が作ってくれた好機を掴み取り、マグナスの剣を弾きにかかる。
 相手の得物は偽りの剣だが、鳰の肌を撫でるように振り下ろされた。
 されど、鳰は即座に鷯の力を発動させる。
 鷦鷯を抜いた彼女はロード・マグナスの鎧の隙間を狙い、一気に刺し貫いた。
「……!」
 息を呑むような気配が鎧の中から伝わってくる。鳰は堕落騎士の禍々しさを間近で感じ取りながら、そっと問いかけた。
「まだ続けられます、よね?」
「……無論、だ」
「では、斬り合いと参りましょう」
「花も街もこれ以上は荒らさせない!」
 鳰と騎士が奏でる剣戟の音に続き、奏眞の鋭い声が戦場に響き渡った。
 強敵ではあるが、彼らの攻撃によって騎士は弱り始めている。哀しき存在を屠り、あるべき平和を乱さぬために――。
 佳境に入った戦いは、ここからより激しくなっていく。

エアリィ・ウィンディア
鈴成・千鳴
ステラ・ノート
ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル

●彼の騎士に敬意を
「ロード・マグナス、懐かしい名前だね」
 かつては栄光と功績と共に名を馳せていた、聖剣を探す騎士。
 彼の過去を思い浮かべ、ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル(|星樹《ホシトキ》の言葉紡ぐ|妖精姫《ハイエルフ》・h02999)は一度だけそっと瞼を閉じた。
 彼も今やただのモンスターだ。
 その証拠に、足元の美しい花にも見向きはしない。生前の意志を継いでいるところもあるが、ただ盲目的に聖剣を求める化け物になってしまっていた。
「かの有名な勇者のこんな姿は見たくなかったものだよ」
 ルナは短い黙祷を終え、瞼を開いた。
 過去がどうであれ、今は街を襲う魔物の討伐が成すべきことだ。
「……退け」
 対する声は低く、響く声にステラ・ノート(星の音の魔法使い・h02321)の脚が思わず震えた。しかし、ステラは負けじとめいっぱいに力を込める。
「街の人達も、月の花も、あなたに踏み躙らせはしないよ」
「邪魔者は倒す」
「そんなに退かせたいのなら……全力で、来い!」
 ステラは恐怖に押し潰されまいとして、堕落騎士に啖呵を切った。こうなったからには、自分も全力で立ち向かうだけだ。
「……大丈夫。わたしは、ひとりじゃないから」
 ステラは両隣と後ろに意識を向けた。
 後方にはルナが、そして左右には鈴成・千鳴(しっぽファイター・h02574)とエアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)がいてくれる。
「どうやら何を言っても無駄だな。倒すしかねぇ」
「騎士様、強かったんだよなぁ……。でも、今回はみんながいるから平気だよっ!」
 戦いへの覚悟を抱く千鳴と元気よく構えたエアリィ。
 それぞれの思いを胸に、仲間たちは各自の行動に移っていった。
「――いくぞ!」
 先手を取り、一番に動いたのは千鳴だ。
 仲間が後方から支援してくれる形になっているのでやりやすい。ありがたさを感じている千鳴はひといきに駆けることで敵に肉薄した。
 即座に放たれた尻尾のグラップルはロード・マグナスに容赦なく叩き込まれる。
 エアリィも精霊剣による一閃と、精霊銃を使った零距離射撃で打って出た。もちろんロード・マグナスも反撃に入ってくる。
「何か来るよ」
 ルナはカースドフレアが襲い来ると察したが、敢えて動かなかった。
 ともに戦う仲間が対応はしてくれると信じたからだ。その代わりにルナは聖晶の星杖を掲げ、対抗詠唱を始めていった。
「空に満ちる星明かり、終わりなき光の雨……」
「こっちは任せて!」
「みんな、あたしが道を切り開くから追撃をよろしくねっ!」
 ステラがルナの動きを察し、エアリィが皆に呼びかける。
 相手のカースドフレアは移動を破棄しているから生まれるもの。ならば敵を移動させるか、飽和攻撃を仕掛けるかで対処ができそうだ。
「いくよ、殲滅精霊拡散砲!」
 エアリィが率先して動いていく間、ステラは呪いの炎を受け止めるつもりでいた。多少ならば耐えられるとして気合いを入れ、ステラは地を踏みしめる。
 千鳴も尻尾で薙ぎ払うことで召喚の解除を試みていき、騎士を強く見つめた。これが目くらましになればいいと考え、千鳴は果敢に攻め込んだ。
「まだまだ!」
 敵の一閃もあったが、キャット・ハンズで受け流して反撃に繋げればいい。
 更にステラがエアリィの後に続き、地を蹴った。其処からの接近、そして空中移動。騎士を上下に翻弄していくステラは、皆が攻撃する隙を作る行動をしていた。その際もステラは敵の詠唱の感覚、攻撃の癖を観察することで戦いの流れを読む。
 その一瞬後。
「あたしの全力を味わってねっ!!」
 六属性の魔力弾がエアリィからひといきに解き放たれ、騎士を揺らがせた。
 猛攻によって堕落騎士は否応なしに移動させられていき、狙い通りに呪いの炎が消失する。ルナが詠唱を終えたのは、次の瞬間だった。
「降り注ぐ刃となりて、」
 ――敵を貫け。
 星明かりの雨が周囲に降り注ぎ、暗い大地を照らしながら迸ってゆく。
「今がチャンスだな!」
「うん、とっておきの一撃をお見舞いするよ」
 ステラも合わせて高速でオーメンスフィアの詠唱を紡ぎ、敵の行動より前に割り込む形で力を発現させていった。
「これが、わたしの全力魔法。受け取って……!」
「あんたに必要なのは聖剣じゃなくて休息だ――旅は終わりだぜ!」
 千鳴が皆で刺すトドメの一撃に選んだのは尻尾百錬撃。
 勢いよく放たれる尻尾と拳の連撃。
 殲滅の精霊砲に加え、オーメンの呪いと星輝の刃がマグナスを貫いていった。
 ここに集い、戦った者すべての力が巡り、勝利を引き寄せたことをエアリィ達は識っている。繋がった能力者達の力は悪しきものを穿ち、戦いの終わりを導いていった。

 そうして、戦いの幕が下りる。
 動けなくなった騎士はその場に膝をつき、譫言のように何かを呟いた。
「聖剣、を……手に入れ――」
「これがボクの……いや、ボク達の全力だよ、ロード・マグナス。かつての意志も失くして、彷徨うだけの今のキミに抗えるかい?」
 その姿を見つめたルナは、倒れゆく堕落騎士に問いかけた。
 無論、答えはない。
 何故ならばもうマグナスは戦う力も命も失っていたからだ。そこでエアリィは戦いの完全な終わりを確かめ、凛と宣言する。
「これで終わりっ!」
「うん、おしまいだね」
「勝ったんだね……よかった」
「お疲れ様。エア、ステラ、千鳴。みんなのおかげで楽をさせてもらったよ」
 安堵するステラの傍らでルナは仲間を労った。
 千鳴は皆に笑いかけた後、不思議の丘の様子を見つめる。
「ここに亡骸でも残りゃ、依頼主の爺さんに葬る場所はないか聞いたんだけどな」
 元は世界を守ろうとした騎士である彼に敬意を払いたいと思った。
 だが、肩を落とした千鳴が見遣った先に彼の騎士の亡骸は残っていない。瞬く間に消失してしまったからだ。
 その代わりに見えたのは、魂を見送るように淡く光る月の花の姿だった。
「束の間だろうが、ゆっくり休んでくれ」
 千鳴はそっと呟き、花咲く丘から夜空を見上げた。


●終わりなき日々
 騎士はいずれまた何処かで蘇り、世界を彷徨うのだろう。
 本当の死を迎えられない宿命から彼を解き放つことは出来ないが、それでも。ここで能力者たちが行ったことは決して無駄ではない。
 その証拠は確かにある。
 フロワルーナの街は守られ、これからも変わらず此処に在り続ける。
 季節の巡りを祝い、喜びを分かちあう。そんな日々がまた巡っていくのだから。

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