シナリオ

実験No.XXXX:スケープゴート

#√妖怪百鬼夜行

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●観劇
 其処はかつて栄華を極めた劇場だ。しかし、経営不振と時代の流れに逆らえず閉館し、今現在は廃墟となりつつある。
 舞台を飾る赤いカーテンに、赤黒い色が飛び散った。
 地を這うような呻き声、怒号、笑い声。劇場内に響き渡る声は、狂気に満たされている。
 舞台の上では、殺害劇が繰り広げられていた。妖怪たちが次々に舞台へと上がり、互いに殺し合う。
 その凄惨な舞台を、観客席から眺める男が一人。彼がこの殺害劇の仕掛け人――犯罪鬼妖教授『モリアーティ』である。
「さあ、殺し合い、力を示してみせろ。最後の一人に、私の力をさらに与えよう」
 彼は目の前で繰り広げられる同胞同士の殺し合いを、愉しげに見つめていた。

●教授の企み
「皆様、またしても古妖が復活しました。彼の名は、犯罪鬼妖教授『モリアーティ』……邪念を抱く者を犯罪へと導く者です。此度は彼を倒し、どうか再封印していただきたいのです」
 |泉下《せんか》|・《・》|洸《ひろ》(片道切符・h01617)は、今回の依頼について淡々と語る。
「彼を封印していた祠は中々に丈夫なようで。古妖の力を以てしても、破壊できるものではないのだとか。しかし、壊せない代わりに、封印を解く方法はあまりにも簡単なのです。……誰かが『誰かを殺したい』と祠に願いさえすれば良い。彼はあっという間に祠から出られてしまうのです」
 洸は簡単だと言うが、実際にはそうあるものではない。
 辺鄙な場所に造られた、曰くもわからぬ祠だ。そんな場所でわざわざ人殺しを願うなど、そうあるものではない。――だが、何の因果か、それが叶ってしまった。
「祠から出たモリアーティは、一つの実験を始めました。祠の容量が一人分であると仮定し、別人をモリアーティと誤認させられないか。つまり、自分の代わりに封印される者を作れないか実験しているのです」
 そのためにモルモット……妖怪犯罪者たちに力を与え、まずは彼ら同士で殺し合いをさせる。その中で生き残った一人に、さらなる力を与えてやると唆して。
 そうして一人の犯罪者をモリアーティへと近付けていき、最終的にはモリアーティ本人が殺害する。その際に、祠の封印が反応を示すか検証するつもりのようだ。
「私としては、妖怪犯罪者たちが殺されようが知ったことではありません。ですが、モリアーティの実験は、放置しておけば脅威になると認識しています」
 そもそも、力を得た妖怪犯罪者が、実験の過程でより凶悪な犯罪に手を出す可能性が高い。関係のない一般人に被害が及ぶ危険があるということだ。悪人同士の殺し合いで済んでいる今のうちに、脅威をなくしてしまいたい。
「それと、劇場はモリアーティの力で迷宮化しています。彼らのいる場所まで行くには、鏡の迷宮を越えなければなりません。この鏡が、少々厄介でして」
 鏡の迷宮は、天井、壁、床まですべて鏡で作られた迷路だ。そして、鏡面を見たとき、見た者の欲や衝動を増幅させるという。
「皆様には、心理的な圧力に抗いながら進んでいただきたいのです。抗い切れなかった場合は、迷宮の外に追い出され、モリアーティのもとに辿り着くことができなくなってしまいます」
 鏡の迷宮を無事に抜けられた後は、劇場の中心部での戦闘となる。心して挑んでほしい。
「モリアーティについては、撃破さえすれば祠に封印することができます。祠についてはこちら側から何かする必要はありませんから、その点はご安心くださいね」

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第1章 冒険 『欲増の座鏡』


緇・カナト

●呼び声
 欲望、衝動。それは誰もが心に抱える情念である。
「頭の回るヤツって実験したりが好きだよねェ。人間観察が趣味なの分からなくもないケド」
 お供の|千疋狼《オクリオオカミ》を引き連れて、緇・カナト (hellhound・h02325)は廃劇場へと足を踏み入れた。
「……で、とりあえずは鏡の迷宮を抜けるのかァ」
 事前情報どおり、どこを向いても鏡だらけ。鏡の中には自分の姿が映り込み、無限に連なり続ける。
 それだけでも気持ちが悪いのに、此処の鏡は欲望や衝動を増幅するときた。
 だが、歩きながら鏡面を覗くカナトの胸中は落ち着いている。当然だ。『自分がどんな凶器を持っているか』なんて、明日の天気より把握している。
「何を映し出すかなんて、そりャあ決まってる」
 鏡に映るカナトの姿がぐにゃりと歪み、真っ黒に変色する。歪んだ黒は一匹の怪物へと姿を変えた。ソレは名状しがたい怪物のようにも、大きな犬のようにも見える。血のように赤い眼をギラつかせ、低い唸り声を上げ、怪物は鏡の向こうからカナトを見ていた。
 何もかも壊し尽くしてしまいたい──怪物は咆哮を上げ、鏡の中で暴れ回る。その眼は狂気に溺れ、凶器を手にし、砕いて、壊して。
 散らばった硝子の破片が、カナトの顔を無数に映し出した。そして再認識するのだ。その怪物は、カナト自身であると。腹底からせり上がる激情を、カナトは強引に押し込める。雁字搦めの理性は、飢えた猛犬を繋ぎ止める鎖だ。
「……モリアーティ、だったか。イイ趣味してんなァ、いやらしいったらない」
 怪物も硝子の破片も、心を読み取る鏡が映し出した幻影だ。軽く悪態をついて、カナトは止まっていた足を前へと踏み出す。
(「……嗚呼、でも、やっぱり」)
 あの衝動に、身を委ねられたなら何れほどすくいに。
 甘美な誘惑は、抗い続けるカナトへと囁くのだ。楽になりたいだろう? こちらにおいで、と。

刻・懐古

●あまい誘惑
 床、壁、天井。あらゆる方向が鏡に囲まれた迷宮を、|刻《トキ》・|懐古《カイコ》(旨い物は宵のうち・h00369)は、ぐるりと見回した。
「これは凄い。どこを見ても自分だらけ、あまり良い気分はしないね」
 見ているだけで酔いそうだが、進まねば劇場の中心部に辿り着けない。懐古は意を決して、迷宮を進み始める。
 ――ソレは、突然やって来た。
「うん……? 今何か横切ったような」
 何が横切ったのか。その答えはすぐに出た。ソレは再び鏡の中に浮かび上がり、懐古の前を泳ぎ始める。ふくよかで、それでいて香ばしそうな、鯛焼きの群れだ。
「しまった、近頃馴染みの鯛焼き屋に足を伸ばせていなかったから、鯛焼きを食べたい僕の欲が映し出されたということか……」
 付喪神として人に近しいこの身体になってというもの、食に対する欲が膨らんでいるようだ。
 懐古は鏡面を泳ぐ鯛焼きたちを見つめる。外はカリッ、中はフワッ、最高の生地の向こうから、あんこが顔を覗かせる……いや、もしかすると薄皮の鯛焼きかもしれない。薄くカリッとした皮の中に、あんこがみっちり詰まっているような――。
「なんて美味しそうなんだ。今すぐにでも鯛焼き屋に直行したい……」
 ぐう~っ、と。ヒトの形を得た腹が、鯛焼きを求めて鳴き声を上げた。これは苦しくも甘美な誘惑である。あの甘く優しい香りまでしてきそうだ。
「……まずい。鯛焼きのことで頭がいっぱいになりそうだ」
 かくなる上は、対策を打たねば。懐古は|幽玄の神妙《ユウゲンノシンミョウ》を発動し、猫の姿へと転じた。低くなる視界にはすぐに慣れて、丸い瞳で前を見据える。
(「この姿で突っ切ろう。少しでも早くここから出るんだ」)
 迷宮の端に沿って走り続ける。明日は、必ず鯛焼き屋へ行こう。

静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

●巣食う夢
 ――前方に見えてきた廃劇場は暗い影を落とし、しんと静まり返っている。
 ただし、それは表面上だけのこと。偽装されたその奥では、凄惨な実験が繰り広げられているのだ。
「恭兵、急に呼び立ててすまぬ。妖怪犯罪者とはいえ、モルモットの如き扱いをする輩が居る様でな」
 アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は、隣を歩く|静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)へと声を掛けた。恭兵は首をゆるく横に振り、近付く廃劇場に目を向ける。
「いや、別の√と言えどお前が俺の手が必要だと言うなら手を貸そう。いろいろ厄介そうだしな……」
 本来であれば劇場のエントランスへと続くであろう扉を二人は開いた。そこは辺り一面、鏡の間。複雑に入り組んで、文字通りの迷宮と化している。
 その性質は前もって聞いている。覚悟して足を踏み入れれば、悪辣な鏡はすぐに二人の心を映し出した。
 鏡が映した『彼女』を見て、恭兵は思わず舌打ちする。
(「――ああ、わかっていたさ。鏡が見せるとすれば、きっと彼女だろうってことくらい」)
 鏡の中で、白い髪がふわりと揺れる。
「……白椿」
 煌めく金の瞳が、恭兵を見た。
『恭兵様』
 鏡の中の彼女は花のように微笑んだ。その声色に恭兵の心は熱を帯び、砂糖菓子のように溶かされる。
(「俺のAnker……俺の大事な大事な|愛しい人《白椿》」)
 共に生きたい、共に在りたい。静寂家ではなく俺にだけに囚われていて欲しい。彼女の意思に反してでもいい。ただ愛を囁いて、抱きしめていたい。
 ――なんて酷い欲だ。見るに堪えず、顔を歪めて視線を逸らした先。恭兵はアダンの心象風景を視る。何処までも真っ直ぐに闘争を追い求める、孤高の獣の夢を。
(「恭兵の妹御への想いが愛なのだとすれば、俺様の目の前に在るこの光景は――」)
 アダンは知っている。それは本能を突き動かす鮮血の如き衝動、闘争への渇望だ。鏡の中のアダンは闘争に支配され、背を預けられる相棒――恭兵へと襲い掛かる。生死を彷徨う闘争を仕掛け、獣じみた眼差しを恭兵へと向ける。
 本能が叫ぶ。恭兵か己。何れかが死ぬ迄、闘争に溺れたい。荒れ狂う獣の様な衝動が息苦しい。
(「この衝動に僅かでも心を許せば、魂ごと真っ赤に染め上げられ、闘争を求めるだけの獣に成り下がってしまうのだろうか」)
 嫌気が差し、つい自嘲気味に口を開いた。
「此の様な醜悪、恭兵は忌避す……」
「大丈夫だ。お前の其れは醜悪などではない」
 掛けられた言葉にアダンは我に返り恭兵を見る。恭兵は真っ直ぐにアダンを見ていた。嘘偽りのない、誠実な眼差しだ。
 そうか、と小さく呟いた後、アダンも恭兵へと返す。
「恭兵、お前の欲はとても美しいな。異様に見える反面、直向きで純粋な愛を感じた。しかし、その妹御が囚われている、とは?」
「……すまない。『妹』についてはまたの機会だ……まずは敵を」
 恭兵は鏡の迷宮の奥をじっと見据える。迷宮を抜けるまで、まだ掛かりそうだ。一刻も早く、この悪趣味で悪辣な迷宮から抜け出さなくては。
「……何故謝る? 俺様は好ましく感じた、其れだけだ」
 謝罪の理由が掴めぬアダンであったが、言葉を交わし、二人で行動するうちに理解できる日が来るかもしれない。

箒星・仄々

●あったかい炬燵の誘惑
 犯罪者を使った実験。その内容は悪趣味極まりないモノであった。
「何とも悪辣で趣味が悪い企みですね。封印されていたのも当然です。倒して再封印しましょう」
 箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)は心に固く決め、鏡の迷宮へと入り込んだ。
 アコルディオン・シャトンを手に、軽やかな音楽を響かせる。自分の縄張りを意気揚々と歩く猫のように、仄々は元気に迷宮を進んだ。
 少し歩いたところで、目の前の鏡がひとつの光景を映し出した。畳の間に、大きな炬燵が置かれている。上にはみかんやせんべい、お茶までのせて。柔らかなふとんの内側は、きっとぽかぽかなのだろう。
「これは……とてもあったかそうですね……」
 心が炬燵を求めている。眼前に映る理想の炬燵に気持ちが高まり、仄々は瞳を輝かせた。
 今は季節の変わり目。三寒四温でまだまだ冷える時がある……炬燵に潜り丸くなって、まったりのんびりできたら、なんと幸せなことだろう。炬燵で寛ぐ自分を想像して、自然と顔が緩んでしまうほど。
 ……けれど、と仄々は自らが奏でるメロディに耳を傾ける。
(「ここでお家に戻ってまったりしたら、絶対後悔しますよ」)
 きゅっと表情を引き締めて、前を見た。自分を奮い立たせ、演奏に心を込める。
「絶対に再封印すると決めたのですから、帰るわけにはいきません」
 尻尾をぴん! と立て、お髭もぴん! と立てれば、元気がもりもり湧いてくる。陽気な旋律を奏で、鏡の誘惑を振り払いながら、彼は迷宮の出口を目指した。
「出口の方向はおそらくこちらですね。さあ、舞台を目指して突き進みましょう♪」
 鏡からは変わらず炬燵が仄々を誘っているけれど、仄々は足を止めない。

斯波・紫遠

●揺れる白炎
 鏡の迷宮は訪れた者たちの欲と衝動を、劇場の演目だと言わんばかりに映し出す。
「頭がいい悪い奴は碌なこと考えつかないね。……本当に嫌になる」
 迷宮へと足を踏み入れ、|斯波《しば》|・《・》|紫遠《しおん》(くゆる・h03007)は静かに息をついた。
 ――鏡に映る紫遠が、陽炎のように歪んだ。歪みが消えた後、再び紫遠が映し出される。見た目は紫遠だ。しかし、瞳は赤く髪は白い。その姿に紫遠は確信する。
(「間違いない……コイツは狗神だ」)
 紫遠は狗神を、どこか冷めた眼差しで見た。
「かれこれ20年くらい一緒にいるけど初めましてじゃん。何? 今更ながら僕に対して何かあんの?」
『…………』
 狗神は沈黙し、何も話さない。ただひたすら紫遠を見つめている。
「ダンマリかよ。ったく……気味が悪ぃな」
 苛立ちを噛み締めて、紫遠は先へ進もうとする。直後、正面の大きな鏡が白く輝いた。
 強烈な光に視線を引き寄せられる。眼前で盛る白い炎、その向こうに燃え盛る建物が見えた。燃え落ちる建物の傍には、友人たちが倒れている。白い炎が、彼らの血に塗れた姿をより一層強調した。
 凄惨な光景の中心に立っている者がいる。その姿に、紫遠は息を呑んだ。
「っ……!」
 ――|狗神《紫遠》だ。理解した瞬間、怒りが込み上げる。
「ざけんなよ、テメェの欲望オレに押し付けんじゃねぇわ。そうなる前に、オレがテメェを殺す。わかったら二度とやんじゃねぇぞ」
 |狗神《紫遠》は何も答えない。無言のまま、ニヤリと口元に笑みを浮かべてみせた。鏡を叩き壊してやりたい気持ちを堪え、紫遠は白炎が揺らめく迷宮を歩き続ける。
(「……これ以上考えるな。この先にいるクソ野郎のことだけ考えてろ」)
 紫遠は自分に言い聞かせる。『鏡に映る情景は未来の光景かもしれない』などと、これ以上考えるなと。

第2章 集団戦 『妖怪犯罪者』



 殺戮の舞台を照らすステージライトが、不自然に点滅する。
 観客席にいたモリアーティは点滅を視界に捉え、赤い眼を静かに細めた。
「……迷宮を抜けた者がいるな。それも複数」
 侵入者がいることは察知していたが、まさかあの迷宮を抜けてくるとは。実際に抜けられるまで、その兆候すら気付けなかった。
「純粋な力だけでなく、感知能力も随分と落ちているな。完全体でない以上、致し方ないか」
 強力な古妖は、その肉片を幾つにも分割されて各地に封印されている。このモリアーティも、肉片のひとつから生まれた存在なのであろう。モリアーティは舞台へと視線を戻した。
 妖怪犯罪者たちは相変わらず、我を失ったかのように殺し合いを継続している。
 モリアーティは溜息を吐いた。そして思う。殺戮に興じている彼らを落ち着かせるより先に、侵入者たちが攻撃を仕掛けてくるであろうと。
静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

●焔と剣
 鏡の迷宮を抜けた先、初めに感じたのは血の香りであった。舞台照明に鮮やかな血の色がよく映える。その色彩は、やがて黒に近付くのであろう。
 アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は、どこか冷めた瞳で殺し合いを繰り広げる妖怪犯罪者を見つめていた。
「何とも凄惨な殺害劇よな。脚本の考案者の悪辣さが透けて見える」
 悪辣な脚本家と、愚かで哀れな役者。お世辞にも趣味がいいとはいえない劇に、|静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)は眉を寄せる。
「犯罪者同士だからと言ってこんな『殺害劇』に参加させられたのは不運としか言いようがない……主催者が一番悪辣だ」
 恭兵はアダンの横顔を見る。アダンは敵の姿に自分を重ねるが、その心に揺らぎは無い。
「さて、闘争の時間といこうではないか。……なに、問題無い、恭兵。お前の言葉で、俺様の在り方を思い出せた故に」
 不敵に微笑むアダンに、恭兵も笑みを返した。
「一緒にこの時間を楽しもうじゃないか。準備はできている」
 恭兵は|曼荼羅《まんだら》を抜く。彼は確信していた。今まで以上に、晴れやかに戦う姿が見られるのだろうと。
 両腕を大きく広げ、アダンは高らかに告げる。
「これより戦いの狼煙を上げる! 覇王たる俺様の力、其の一端を味わうがいい!」
 アダンの影が蠢き沸き立ち、黒狼の群れへと転じた。舞台に|覇王の喝采《ベルゼビュート》が鳴り響く。黒狼たちは妖怪犯罪者へと駆け、その足に喰らい付いた。
「なんだ!? 初めて見る顔だな!」
「殺せ! 殺せ!」
 騒ぎ立てる敵群を狙い、恭兵は舞台へと上がる。敵が蛇の頭部をくねらせ、牙を恭兵へと突き立てようとした。
 だが、牙は届かず。アダンが放った影の鎖に縛り上げられ、うわばみは呻き声を上げるのみ。動きを止めた敵の懐へと飛び込み、恭兵は霊刀を握る手にさらに力を込める。
「物騒なご挨拶をどうも。お近づきのしるしと言っちゃなんだが――」
 |落花追撃《ラッカツイゲキ》――喝采を浴びて輝く剣技は、落ちる花を追うかの如く。
 曼荼羅の剣閃が、妖怪犯罪者の肉体を深く斬り裂いた。一撃、もう一撃と、刀と技能を駆使した攻撃を立て続けに繰り出す。
「一撃と言わず、何度でも、もらっていけよ」
 噴き上がる血の奥で、恭兵は淡々と紡いだ。魂ごと斬り捨てる一撃に、アダンが笑い声を上げた。
「フハハッ! 俺様の相棒が軽々に巻き込まれる筈が無い!」
「ハッ、あたり前だ、俺を誰だと思っている。お前の相棒だぞ。それくらい心得ている」
 軽口を言い合うように恭兵は返す。殺害劇の舞台を乱され、妖怪犯罪者たちは怒りに震えている。
「貴様らぁ、ふざけやがって……!」
「アイツらから殺せ!」
 徒党を組み始める敵へと、アダンは上機嫌な笑みを浮かべてみせた。
「ほう、殺し合いをしていた者同士で結託するか。其れも良し。役者のアドリブは嫌いではないぞ?」
 身に纏うのは魔焔の炎。万象を灰燼とする黒き炎であり其の幻影であるが、眼前の敵を焼き払うには充分過ぎる。
「俺様は覇王である。泥濘の如き欲や衝動を抱えても、求めるのは、信念を貫く闘争。信頼を置く相棒との共闘による愉悦也!」
 荒れ狂う魔焔は波となり、敵を呑み込んだ。炎は悲鳴ごと喰い尽くし、敵を押し流す。
 だが、いかに暴虐な炎であっても。彼の魔焔が、炎の中を駆け抜ける恭兵を焼くことは決して無い。
 魔焔の間を縫い、時には鮮烈な輝きに身を潜ませ、恭兵は敵の急所へと攻撃を叩き込む。
「付け焼刃の連携で、俺たちを崩せると思うな」
 恭兵の斬撃が、敵の頭を斬り落とした。炎に包まれた舞台の上で、彼は次々に敵を斬り捌いてゆく。

緇・カナト

●狂刃
 目的地には辿り着いた。ステージライトに照らされた舞台上では、妖怪犯罪者たちが殺し合いを繰り広げている。
 その光景を視界に捉え、緇・カナト(hellhound・h02325)はニヤリと口端を上げた。
「面倒な迷宮は抜けたわけだし、此の後は思う存分、暴れても良いってコトだよねェ……いいよね?」
 いいよ、と。誰に聞くわけでもなく自問自答する。カナトは灰狐狼の毛皮を身に纏い、三叉戟トリアイナを握った。|狂人狼《ウールヴヘジン》によって変成し、変生した肉体の衝動が赴くまま、舞台へと飛び乗る。
「なんだ! キサマ――」
「初めまして。それじゃあ死ね」
 カナトに気付いて振り向いた敵へと、ご挨拶の一撃をかました。トリアイナで敵を貫き、そのまま乱暴に薙ぎ払う。薙ぎ払われた敵は、争っていた妖怪犯罪者の間に挟まるように倒れ込んだ。鮮やかな赤が、倒れた敵の下から広がってゆく。
「やぁやぁ殺戮者サマの御通りだヨ。……ん? どうしたの、そんな驚いた顔をして」
 妖怪犯罪者たちが動きを止め、鋭い眼差しを向けていた。首を傾げるカナトに、敵の一人が口を開く。
「貴様……モリアーティ様の配下じゃないな」
 部外者を警戒するくらいは頭があるヤツもいるわけね、とカナトは思う。けれど、正直そんなことはどうでもいい。
「何か問題でも? 役者が一人増えたくらいで、そんなにビビリちらかすなよ」
 トリアイナを手に次の一手を繰り出す。空飛ぶ頭骸骨の反撃を受け流し、その先にいる本体を刺し穿ち、赤色をさらに舞台へと散らせた。
(「もっと生き延びる為のコネ作れば良いのにねェ。犯罪に至るような思考回路ではそんなモンか」)
 加害者が被害者へ。奪う者が奪われる者へ。この両者は常に隣り合わせだ。
「因果応報、キチンとしてきた事のツケは払わないとね?」
 さあ、奪ってやる。血の匂いが濃くなる中で、カナトは凶器を振るい続ける。

斯波・紫遠

●発散
 群像劇のように展開される殺害劇。広い舞台の至る場所で、残酷な争いが肉塊と血の花を咲かせている。
 その光景を目の当たりにし、|斯波《しば》|・《・》|紫遠《しおん》(くゆる・h03007)は顔を顰めた。
「……ほんっっっとに頭いいバカは碌なヤツいねぇな」
 不機嫌を隠すことなく悪態をつく。唆された馬鹿も馬鹿だが、唆したヤツもクソだ。
 頭の奥がジリジリと熱い。迷宮で視せられた白炎が、今も脳裏に焼き付いて離れない。無銘【香煙】を堅く握り、紫遠は敵を睨み据えた。
「……頭冷やすついでに八つ当たりもするから、安心してぶっ飛ばされてくれよ」
 |【狗神】此レ成ルハ陽炎ノ一撃《ブッタギリ》を発動。後方には控えず、我先にと舞台に乗り込んだ。手にした無銘【香煙】に、怨讐炎を纏わせる。
「楽しそうなことしてんじゃん、ちょっと混ぜなよ」
 相手の答えを待つはずもなく、破壊欲に満ちた斬撃を叩き込んだ。鋭い一撃に裂かれながら、妖怪犯罪者が紫遠を睨む。
「この野郎、俺たちの儀式の邪魔をすんじゃねぇ……!」
 反撃に飛ばされた頭骸骨を、紫遠は刀で弾き返す。
「儀式? 殺し合いをお綺麗な言葉で飾り立ててるだけじゃんか。馬鹿らしい」
 容赦なく吐き捨て、煙雨を展開。細かい煙のようなレーザーを発生させ、敵の体を削り取った。消耗していく敵を見つめ、紫遠は挑発の言葉をぶつける。
「一番強いのを証明する為にココに来たんだろ? ならもうちょい頑張れよ」
 言いながら、彼は視界の端に観客席を捉えた。
 配下が殺されているにも関わらず、モリアーティは平然としているように見える。
 ――敵をしばき倒してようやく落ち着いてきた頭に、また熱が再燃してしまいそうだ。
(「……あいつ、あとで絶対にぶっ飛ばす」)
 苛立ちと熱を無理やり噛み潰して、紫遠は妖怪犯罪者と戦い続ける。

箒星・仄々

●子猫の舞台
 迷宮を抜けた先には、残酷な光景が広がっている。
 殺伐とする舞台を見上げながら、箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)は思考を巡らせた。
(「力を求めて殺し合いをされている方々ですから遠慮は無用とはいえ、それも教授さんに唆されたから。知らずに実験材料にされているのは可哀想です」)
 悪人とはいえ、妖怪犯罪者たちは犠牲者でもあるのだ。
 教授に仕組まれた殺害劇。仄々自身、この凄惨な演目に素直に乗じてやるつもりはない。
「血生臭い殺し合いは好きではありません。ですから、私なりの戦い方で犯罪者さん達を倒しましょう」
 仄々はアコルディオン・シャトンを演奏しながら、ぴょこんっと舞台に飛び乗った。耳をぴんと立て、尻尾を元気よく揺らしながら、陽気なメロディを奏でる。妖怪犯罪者たちが、訝しげに仄々を見た。
「なんだ? 音楽……?」
「皆さん、どうぞお耳を傾けて、私の演奏を聴いてくださいな♪」
 怪訝そうな視線は気にせず、仄々はアコーディオンを鳴らし続ける。
「ネコチャンが楽器を弾いてる……可愛い……」
「呆けてるんじゃねぇ! おい猫! 邪魔すんな!」
 うわばみが目をギョロリと剥き、仄々へと襲い掛かった。仄々は猫の耳とお髭をピクッと震わせて、攻撃が来る方向を予測する。
「おっと、危ないですね」
 舞台上を駆け回り、時には敵の足の間を潜り抜け。彼はうわばみの牙から逃れ続ける。
 仄々を捕まえることができず、妖怪犯罪者たちが声を荒げた。
「さっきからちょこまかと!」
「猫鍋にして喰ってやる!」
 あったかい場所は好きだけれど、鍋の中は熱過ぎる。
「お鍋で煮込まれるのはご遠慮願いたいところです」
 丁重にお断りしながら、仄々はアコーディオンのボタンを決まった順に押し鳴らす。
 ただ演奏しているだけではない。|たった1人のオーケストラ《オルケストル・ボッチ》の力を、旋律へと乗せていた。
「感じませんか? 体の芯まで響き渡る、温かで深みのある旋律を」
 震度七の震動が、ぐあんぐあんと敵を揺らし始める。立っていられず、転がる妖怪犯罪者たち。うわばみが必死に反撃しようとするが――。
「おいっそれは俺の頭だ!」
「シャーッ?!」
 狙いも定まらず、仲間を噛んでしまう混乱事態だ。
 殺害劇は何処へやら。コメディのような光景に、仄々はご機嫌に尻尾を振る。
「私の演奏をいっぱい聴いていただけて嬉しいです。さらに感謝の気持ちを込めて奏でますね」
 アコーディオンを鳴らせば、旋律は輝く音符の弾丸となる。虹色に煌めく音符は、元気な子猫のように跳ね回った。
 不規則に跳ねる弾丸に目を回す妖怪犯罪者たち。弾丸はその体へと直撃し、ぽんっ! と弾け飛んだ。
「ぐはあっ!?」
 衝撃に妖怪犯罪者たちは、舞台から吹っ飛び強制退場。
「やっぱり、楽しいのが一番ですよね♪」
 終奏で綺麗に締め括り、仄々は朗らかな笑みを浮かべるのであった。

第3章 ボス戦 『犯罪鬼妖教授『モリアーティ』』



 モリアーティは観客席からゆっくりと立ち上がる。
「実験体はすべて殺されてしまったか。やれやれ、また最初から集め直さなければな」
 だが、その前に――とモリアーティは√能力者たちへと視線を向けた。両手のひらを合わせ、ぱちぱちと打ち鳴らす。
「素晴らしい劇を見せてもらった。君らが私の所有物ならば、なお良かったというのに」
 劇場内に拍手の音が響き渡る。それは相対する者の神経を逆撫でする音か、それとも。
静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

●並び立つ
 余裕げな様子は、不完全であっても己の力量に自信がある為か。
「ハッ! 俺様達を所有物等と、笑わせてくれる。貴様の手に余るであろうよ」
 そう返すのは、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)だ。
 |静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)も、モリアーティに言葉を投げる。
「先程まで舞台にいた犯罪者達も決してお前の所有物ではないだろう。自分の掌の上でなんでも転がせると思っているかのようだな」
 続けてアダンは得意げな顔をして、流れるように語った。
「特に……相棒はやんちゃ盛り故な。従順と見せ掛け、手を思い切り噛み付かれても知らぬぞ。貴様が相手だろうと、恭兵は其れが出来る強者だ」
「そうだ、俺達を所有物扱いなど笑わせ……ん? 待てアダン、それは自慢なのか??」
 危ないうっかり流しそうになった。恭兵は踏み止まり、アダンにツッコミと言う名の指摘を入れる。
「ん? 先の迷宮の仕返しも兼ねた、相棒自慢だが?」
 アダンは当然のことを言ったまで、と言わんばかりの表情だ。こうも自信満々では、恭兵も不思議とそのような気がしてきてしまう。
「まぁ、確かに従順なフリは得意だし……噛み付くつもりもあるが。やんちゃ盛りなのはむしろお前だろうに」
「クハッ、其れに関しては否定出来ぬな!」
 アダンが愉快そうに笑った。結局お互い似た者同士なのかもしれない。話を聞いていたモリアーティが、冷淡な声色で口を開いた。
「仲が良いのは素晴らしいことだな。それで、惚気話は済んだかね?」
「心にも無いことを……それと、その言い方は気に食わない」
 恭兵は|曼荼羅《まんだら》を構える。惚気などという誤解を招く表現は止めてもらいたい。それも含め、モリアーティの性格の悪さが出ているのだろうが。
「外しはしない。そのいけ好かないツラごと斬り伏せる」
 恭兵は舞台から飛び降り、観客席の間へと身を滑り込ませる。アダンも|魔蠅の羽《エクリプス》を広げ、その背に二対四枚の羽影を宿した。
「貴様が空想ならば、俺様は影で相対しよう。万物を喰い尽くす影、其の真髄をとくと見るがいい」
 羽音を響かせ、暴虐の名に相応しい漆黒の光線を放射する。前列の観客席を破壊しながら光線は突き進み、モリアーティへと衝突した。光線を受け止めるその側面から、恭兵が|彩花災宴《サイカサイエン》を叩き込む。モリアーティの体を、鋭い剣閃が斬り裂いた。刀越しに伝わる感触に手応えを感じる。
「存分に噛みついてやれ。いや、噛み付くと言うより、噛み砕くと言った方がいいか?」
 恭兵はアダンへと語りかけた。語りかけに、アダンは喜々と返す。
「良き判断だ、恭兵! 噛み付くのみでは物足りぬ。獣の様に喰い散らかしてやろう!」
 二人の連携は、モリアーティに確かな傷を残した。
 モリアーティは血に塗れながら眉ひとつ動かさず、ただ静かに息を吐く。
「……やれやれ、元気過ぎる犬も考え物だな」
 空想により具現化した鴉型ドローン群を展開し、二人へと差し向けた。鴉は飛び、上空から銃弾の嵐を二人へと浴びせる。恭兵の思考にノイズが走った。だが、空想兵器により混濁しかけた思考はすぐに引き戻される。
「恭兵! まだ動けるであろう?」
 銃弾を羽影で払い落としながら、アダンが強く呼び掛ける。その声色は恭兵に対する信頼に満ちていた。
 クリアになる思考に、恭兵は力強く頷いてみせる。
「当然だ。この程度で倒れるわけない」
 迷宮で恭兵がアダンの在り方を思い出させたように、アダンの声が恭兵を引き戻す。
 モリアーティの反撃は二人に傷を負わせるが、彼らが倒れることはない。

緇・カナト

●演出
 硝煙の香りに包まれた廃劇場は、無数の殺意の内へと沈む。
「さァて、と。実験体は全て居なくなってしまったようだねェ。またイチから集めなおす? それとも……」
 世間話でもするように、緇・カナト(hellhound・h02325)は語りかけた。ニヤリと口の端を吊り上げて、さらに言葉を続ける。
「オマエごと消し去って仕舞えば、こんなクダラナイ御遊戯も終いだねぇ」
 犯罪鬼妖教授とやらに、ひとつ話でも。果たして空想は現実に成り得るのか? |虚の災い《フローズヴィトニル》が、天を震わす咆哮を上げた。
「悪評高きは天の大狼、」
 カナトはヒトから、とある神話に登場する破滅の狼の姿へと転じる。
 巨大な狼へと変身したカナトを、モリアーティは興味深げに見つめた。
「ほう、狼か」
「オマエの空想、殺戮兵器が通用するか。試してみるかい? 遊んであげよう」
 その威容ならば逃げも隠れも必要ない。敵の前に立ち、カナトは獣の眼をギラつかせた。
 モリアーティは空想兵器を具現化し、素材が不明瞭な足枷を創造する。
「魔法の紐、と言うべきか。これで君を捕えてみせよう」
「神話に倣ったのか。面白いことしてくれるねえ」
 カナトは牙を剥きモリアーティへと飛び掛かった。その巨躯に足枷が巻き付く。
 強く締め上げられる感覚に息が詰まった。教授の空想兵器は、無敵すら貫通し得るということか。
「へぇ……さすが、封印されるだけはある」
 だが、姿こそ模したが、カナトは神話の狼とは違う――彼は足枷から抜け出せる。
 足枷を爪で引き裂き、牙で喰い千切った。拘束から解放されたと同時、絶対零度のブレスを撃ち放つ。猛烈な吹雪がモリアーティへと吹き付けた。
「災いを齎す獣は、終焉を見せる。舞台の終演にピッタリだろう?」
 白い景色の中で楽しげに紡ぐカナトを、モリアーティが冷たい眼で見つめ返す。
 終幕は、少しずつ歩み寄っていた。

斯波・紫遠
箒星・仄々

●終幕
 舞台上で繰り広げられていた殺害劇よりも、観客席の方が盛り上がっている。
 悪趣味の権化に褒められたところで嬉しいはずがない。|斯波《しば》|・《・》|紫遠《しおん》(くゆる・h03007)は深く息を吐き出した。体を動かして苛立ちを発散したおかげか、思考は落ち着いている。
「体温まったし、頭は冷えた……はず。さぁて、最終ラウンド行きますか」
 箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)もアコルディオン・ シャトンを構え直し、真っ直ぐにモリアーティを見据えた。
「これ以上、命を弄ぶことは許しません。封印しましょう」
 恐ろしい抹殺計画にも臆しはしないと、仄々は気合を入れる。
 モリアーティは彼らを相変わらず冷めた瞳で見つめていた。その心はわからない。――だが、彼が何を考えていようが、やることは変わらない。
 紫遠は【狗神】怨讐の炎と無銘【香煙】を、それぞれの手に持つ。青白い炎を全身から湧き立たせ、紫遠は言葉を紡いだ。
「僕も実験をしようか。君の体が灰になってしまったら封印はどうなるんだろうね?」
 魂だけが封印されるのか、灰ごと封印されるのか……気になるところだ。|業火絢爛《ゴウカケンラン》により、炎と刀は|双剣《打刀と脇差》へと転じた。
「そのようなこと、実験するまでもない」
 モリアーティは犯罪者の頭脳を以て因果を歪める。霞む視界は、攻撃の妨害によるものか。
 紫遠はanalysisを起動し、アシスタントAIのIrisを呼び出した。
「アリスさん、援護射撃を頼むよ。ヤツに確実に当てたい」
『状況を確認しました。煙雨、展開します』
 レイン砲台――煙雨を起動し、レーザーを放射する。霞む視界の中、レーザーが行き着く先を追って紫遠は駆けた。そこだと狙いを定め、双剣を振るう。モリアーティの体から、赤い鮮血と青白い炎が噴き上がった。
「……たかがAIの分際で生意気だな」
 悪態をつくモリアーティに、Irisが機会音声で淡々と返す。
『モリアーティ教授、貴方は完全体ではないと聞き及んでおります。肉片の分際で大口を叩いた場合、窮地に追い込まれた際の体裁の悪さが50%増加するでしょう』
 モリアーティの表情が僅かに険しくなった。追い詰められつつある彼へと、仄々がアコーディオンを響かせる。
「どんな所でも、例えそこが悪逆の都でも、正義の風は吹くのですよ」
「ほう、ならば吹かせてみるといい」
 完全犯罪『抹殺計画』を語れば、顕現する毒霧の満ちる古都。仄々は霧の中へと降り立って、しゃんと背筋を伸ばした。悪逆の都であっても明るい演奏は止めない。音撃により発生した風で、仄々を包み込もうとする毒霧を追い払う。
「教授さんといえどリズムは稚拙ですね。攻撃の拍子が丸わかりですから、必中でも避けたり防御するのは容易いですよ」
 尻尾をふりふりと揺らしてみせ、モリアーティを煽り立てる。
「…………」
 モリアーティは何も言わない。
 焦ったり苛付くと黙り込むタイプでしょうか? と考えを巡らせつつ。仄々はミュージカル・ミュージカル♪ の幕を上げる。
「陰鬱な古都を、メルヘンチックな童話空間で上書きしちゃいましょう。目眩くショータイムをご覧あれ!」
 テンポの速いメロディは、冷たい風が駆け抜けるかのように。
「まずは北風さんが登場です。ぴゅーぴゅー風だ♪ 毒霧なんて吹っ飛ばせ♪」
 お次は元気よく弾むように。
「すかさず太陽さんも登場。ぽかぽかサンサン♪ 心も体も軽やかに♪」
 強い北風と、眩しい太陽の光が、古都の霧を完全に消し飛ばした。
 舞台を塗り替えられ、陽光の下に晒されたモリアーティは、そこで漸く唇を噛み締めた。
 澄まし顔に苦渋が滲む。だが、その顔を見た程度では、紫遠は満足しない。
 モリアーティの存在そのものが腹立たしい。迷宮で悪趣味な映像を見せられたせいだ。
 紫遠は助走をつけて、モリアーティを思いきり殴り付けた。
「どりゃあっ!」
 ドゴオッ! と鈍い音を立てながら、紫遠の拳がモリアーティの顔にめり込む。白炎を纏った拳から生じた衝撃が、モリアーティを吹き飛ばした。
「っぐ……!?」
 モリアーティはよろめきながらも起き上がり、この時初めてはっきりと紫遠を睨み付けた。どうやら自分の顔がお気に入りだったようだ。だがそのようなこと、紫遠には一切関係がない。
「これはミラーハウスのお礼だ。めちゃくちゃ胸糞悪かったよ」
「……褒め言葉として受け取っておこう」
「いやー、イケメンになったじゃん。よく似合ってるよ」
 睨むモリアーティに、紫遠は厭味ったらしく微笑みかけた。
 表情を歪ませるモリアーティへと、仄々が朗らかに語りかける。
「とっても怖いお顔をしていますね。教授さん、そろそろのんびりしませんか?」
 アコーディオンを鳴らす度、無数に光の音符が生まれた。輝く音符たちは流れ星の如く、モリアーティへと降り注ぐ。
「キラキラきらめく音楽の中で、どうか安らかに眠ってください」
 霧が晴れた古都に音が降る。音撃はモリアーティの都を打ち壊し、その先にいる彼すら撃ち抜いた。
 紫遠の炎が体を炭化させ、仄々の音撃が残った体を砕き、モリアーティはついに力尽きる。
「実験……失敗か……」
 彼は悔しげな言葉を遺し、霧の如く散り消える。強制的に祠へと転移、封印されたのであろう。
 ――彼が居なくなった後も、仄々はメロディを響かせ続けた。
(「教授さんも、一つの命であることには変わりありませんから」)
 静かな眠りを願い、祈りの音色を奏で続ける。
「びゅーびゅーサンサン♪」
 一方で、紫遠も清々しい表情を浮かべている。
「ふーっ、思いっきりぶん殴れたし、スッキリしたな」
 紫遠は思う。幻影であっても、あんな光景を見るのは二度と御免だ。
(「……あんなことにはならない、ならせない。絶対に」)
 かくして、彼らはモリアーティを無事封印し直すことができた。もっとも、今後も別の彼――或いは同じ彼が、封印が解かれた暁に、再び犯罪的な計画を企てるかもしれないが。

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挿絵イラスト