救われぬ地に春よ届け
√ウォーゾーン。それは地表を無限の戦闘都市群で埋め尽くす機械兵団との「第三次世界大戦」が繰り広げられている現代地球。暦では春を迎えるのは、この世界でも同じだが……。そこに住む者達に季節を楽しむ余裕など無いことは言うまでもないだろう。
「ねえパパ。『おはなみ』ってなぁに?」
なけなしの金を叩いて買い与えたのであろう絵本を読みながら、少女は父親に尋ねる。父親は何も言わず、ただ優しく少女の頭を撫でることしか出来なかった。
新しく星詠みとなった|八木橋・藍依《やぎはし・あおい》(常在戦場カメラマン・h00541)が彼女の会社「ルート前線新聞社」にて、真剣な顔で√能力者達に語り出す。
「√ウォーゾーンのとある街が、機械兵団に襲われるという予知を得ました。この蛮行を防ぎ、街に平和を取り戻してほしいのです。」
プロジェクターを器用に使い、作戦内容を話す。スクリーンに映し出されているのは√ウォーゾーンでは珍しい、農作物が自生・繁殖している地域のようだ。
「街から20kmほど離れた地域に野生化・繁殖した食料作物の自生地が発見されました。かつての農産地域らしいですね。知っての通り√ウォーゾーンの人達は生活に困窮しており食事もままなりません。まずは皆様には食料を街へと運び入れる手伝いをしてほしいのです。」
自身も√ウォーゾーン出身ということもあり、藍依にも思う所はあるのだろう。
「食料の輸送に時間が掛からず、スムーズに行うことが出来れば一晩だけ休息を取ることが出来ます。街の人達も歓迎してくれるでしょう。珍しく食料を手に入れることが出来たので、ちょっとしたお花見も楽しめるみたいです。」
我々が別のルートから食料品を持ち込むのも良いかもしれませんね、と藍依は笑顔で微笑んだ。
「最後に倒すべきボスは『ダイビング・シャーキラー』です。これを倒せば今回の任務は完了となります。強敵ですが、皆様なら倒してくれると信じています。どうかよろしくお願い致します。」
真剣な顔に戻ると、藍依は√能力者達を送り出すのであった。
第1章 冒険 『兵站経路打通作戦』

その戦いはどれくらい昔の出来事だったろうか。機械兵団の襲撃によって手放すことを余儀なくされた、かつての農産地域に作物が繁殖していた。食事を行わない戦闘機械群には興味の範囲外だったのだろう。売り物にこそならないが、街の人達が飢えを凌ぐには十分な量だ。ここから街は20kmほど離れている。食料の輸送を無事に行えるように街の人達と協力しよう。
POW・SPD・WIZの選択肢以外の行動を行ってもOKです。皆様のプレイングをお待ちしております。
「なるほど、戦闘機械に見つからないように食糧を運び込むのがお仕事と。つまり|神籬《うち》の通常業務ってことですね!」
水垣・シズク(機々怪々を解く・h00589)は√能力【|行動要請:優先順位の変更《オーダー・プライオリティアップデート》】を発動して、下級怪異が寄生した自立思考の他脚サイコドローンを展開する。これにより安全な経路を導き出すことが出来るのだ。倒した敵の部品を多少もらっていこうと考えていたが、現状はその必要すら無さそうなほど敵の少ない経路を割り出すことが出来た。
「こちらの経路なら敵も少ないですし、安全に進むことが出来ます。今回は街の人の護衛もありますし皆さんと一緒に行きましょう。」
地図に印を付けながら、分かりやすく説明する。社会的信用に長けている彼女は街の人達と打ち解けるにも時間は掛からなかった。索敵を行いながら、認識阻害バリアを張ったカーゴドローンも並列処理で動かして食糧の輸送も手伝う。
「ありがとうございます。人手不足だったのでとても助かりました。」
人々の感謝の言葉に笑顔で返すシズク。大して戦闘力は無いので護衛される側にならないように気をつけたいと考えていたが、その心配も杞憂に終わることになりそうだ。
安全な経路を作ろうとしていたのは|木原・元宏《きはら・もとひろ》(歩みを止めぬ者・h01188)も同じであった。既に情報を得て地図を確認していた彼は、隠れられるような塹壕を作りながら街の人達が安全に進めるように行動していた。
通常であれば塹壕を作るという行動は時間が掛かるものであっただろう。しかし、元宏の√能力【|灰色の右手《ハイイロノミギテ》】によって自身の右腕の義手を変形し、人工筋肉の出力とレスポンスを向上させることで短時間での作業を可能としていた。クロームアーム義体サイボーグであり、高度な集中力を用いて√能力を使用することが出来る彼だからこそできる芸当だろう。
「生きて行くには食べるものが必要不可欠です。それに希望もあった方がいい。明日を待てる心でいられることは思いのほか大切だと思います。人の心は自分で思うよりも弱いものだったりしますから。」
その言葉に勇気付けられた街の人も多かったことだろう。元宏は街の人達の中から体力に自信のある者を何人か選び、彼らと協力して食糧の運搬を行っていた。
そして、率先して塹壕間の見回りを行い、慎重かつ迅速に敵がいないかどうかを確認する。戦闘や目立つ行為は避けて安全を確保することを優先することで、農作物を支障なく運ぶことが出来たのであった。
●応援歌
「ワシが剛拳番長轟豪太郎である!」
普段より声量抑えめで自己紹介を行ったのは|轟・豪太郎《とどろきごうたろう》(剛拳番長・h06191)だ。他の|依頼《シナリオ》ではネタ行動の多い彼だが、それだけのキャラでは決してないのだ。
「こう見えて、ワシとてPTAはわきまえておる!」
「……TPOのことですか?」
「そうとも言う!」
街の人達のツッコミに答えると、豪太郎は√能力【|番長応援歌《バンチョウオウエンカ》】を発動する。三三七拍子からの番長応援歌を歌い出すと、非√能力者である街の人達の傍らに学ラン姿の応援団員達が現れた。
「来てくれてありがとう!食料の運搬を頼みたいのである!」
「力仕事なら任せておけ」
応援団員達は食料を担ぐと、それぞれ街に向かっていく。大勢で行動すると敵に見つかるかもしれないと心配する者もいたが、そうはならなかった。この√能力のもう一つの効果で成功率が1%以上ある全ての行動の成功率が100%になっていたため隠密行動も100%成功となっていたのだ。
豪太郎本人も歌いながら働き、街の人達を鼓舞していた。荷物を運ぶだけではなく障害物の撤去や街の人達の護衛など、仕事量が多く大変ではあったが充実した顔をしていた。
●夜間作戦
誰にも気付かれないよう、夜間に行動する√能力者もいた。|川西・エミリー《かわにし・えみりー》(|晴空に響き渡る歌劇《フォーミダブル・レヴュー》・h04862)がそうである。
「人数がいればたくさん運べるよね。見つからないようにこっそりと行動してね。」
「了解です。」
「任せてください。」
エミリーの√能力【|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》】によって招集した12体のバックアップ素体に対して説明を行う。全員で連携して荷物を運ぶ作戦だ。
情報収集によって既に他の√能力者が安全な経路を模索している情報を得ることは出来ていた。この経路と自律浮遊装置【|SPOTLIGHT MAGIC《スポットライト・マジック》】を使い空中移動を行うことで現地まで移動し、食糧をコンテナに詰めると次は街を目指して移動する。
更に天候を操作して曇りにして徹底的に隠密行動を維持していた。ここまでするとこちら側も視界が狭くなってしまうが、視覚と暗視の技能を持っていたエミリーにとってこの状況での行動はそれほど苦でもなかった。
「さぁ街に春を届けましょう、きっとみんな笑顔になるはずです!」
白み始めた空に照らされた街を確認すると、エミリーも笑顔になるのだった。
●徹底警戒
「先行して現地に偵察に行き、安全なルートを確保することが出来ました。これなら皆さんが移動しても大丈夫でしょう。」
潜伏者の外套と忍び足を使用して、予め現地まで視察を行っていたエレノール・ムーンレイカー(怯懦の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h05517)は街に戻ると人々に説明を行っていた。
もちろん、安全というのは√能力者の護衛あっての話である。エレノールの√能力【|梟の使役霊《ファミリア・ストリクス》】を使用して千里眼を持つ霊体のフクロウに周囲の索敵と警戒を行わせ、より安全に街の人達を移動させて食糧の輸送ができるようにしていた。
エレノール自身も輸送隊の周囲を警戒し、護衛を行っていた。索敵はフクロウが行っていたが、敵以外の脅威――例えば、設置型の罠が経路上に予め仕掛けられていた、なんてこともあり得ない話では無いのだ。
「お腹が減っては力が出ませんし、希望も生み出せません。この食糧で街の皆さんが少しでも明日への希望を持てればいいのですけども……。」
優しい彼女は街の人達が希望を持てない状況を憂いていた。そして、そのような状況を変えるために私達が居るのだと、強く思うのであった。
どれくらい時間が経っただろうか。それぞれの√能力者が思い思いの方法で運搬した食糧は街へと運び込まれていた。徹底して安全を優先した結果、敵に気付かれることなく作戦は成功した。
第2章 日常 『食卓を囲もう』

警戒を忘れずに行いながら慎重に行動した結果、機械兵団に気付かれることなく作戦を終えることができた。街で一晩だけ休息を得ることが出来そうだ。
食糧の運搬を手伝った一人の男が√能力者達に話し掛ける。
「街の中央に小さな桜の木があってな。そこで今夜、花見をしようと思うんだ。規模の大きなものではないが、よかったらお前さん達もどうだ?」
男の言う通り、街の中央には桜の木が咲いていた。小さな木だったが、過酷な環境でも桜の花を咲かせているその様は、何処となく力強くも見えた。
●静かな決意
「あら、お花見ですか、いいですね。」
花見の話を聞いて、そう答えたのはエレノール・ムーンレイカー(怯懦の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h05517)だった。
「私も少し準備を行いたいので、街の会場近くの調理場がありましたら、貸して頂けませんか?」
「それは構わないですよ。たくさんありますから。」
この街では普段は料理を行う余裕などないのだろう。使われなくなった調理場は少なくなかった。街の人達も考えることは同じで、調理器具や携帯型のコンロなどがお花見会場に運び込まれていた。
「(街の食糧事情の事もあるし、別の所からお米や海苔とかを持ってきて、現地で花見に来た人におにぎりでも振る舞いましょう!)」
そう考えていたエレノールは予め√EDENと√ドラゴンファンタジーを訪れておにぎりの材料を調達していた。お米と海苔はもちろん、おにぎりの中に入っている具材も忘れ時に用意していた。
そうしておにぎりを作り、花見に来た人達へとおにぎりを配っていく。料理の技能を持っている彼女にとって、この程度の作業は朝飯前だ。今は夜だったが。
「お疲れ様だ、ずっと料理をするのも疲れるだろう。そろそろ休憩して、あなたも花見を楽しんでほしい」
そう声を掛けたのは食料の運搬を手伝い、√能力者達を花見に誘ったあの男だった。エレノールは周囲を見渡すと、丁度花見の参加者が全員おにぎりを受け取ったところだった。
「お姉ちゃんにも『おはなみ』楽しんでほしいの。パパは滅多に出来ないお祭りだからって言っていたから。」
男の傍に居た少女がエレノールに話し掛ける。この男の娘なのだろう。
「そうですね。お花見はみんなで楽しんだ方が良いでしょう。」
作業を終えて荷物を片付けると、エレノール自身のおにぎりも持参して花見に参加する。家族を失った経験がある彼女にとって、あの親子の好意は無下にしたくはなかったのだ。
小さくも美しく、そして逞しく咲く桜の木を見上げながら。今回のお花見が無ければ見ることが出来なかったであろう、街の人達の楽し気な様子を見ながら。
この街の人達が来年もお花見ができるように。この戦い、絶対に勝ちたい。とエレノールは決意を固めるのであった。
●思案と結論
「お花見、良いですね!
では遠慮なくお招きにあずかっちゃいましょうか。」
水垣・シズク(機々怪々を解く・h00589)はいつにも増して乗り気であった。彼女も食材を持ち込むことを考えていたのだが、一つ悩みがあるようだった。
「手土産は何が良いですかねー。こないだホワイトデー用に仕入れすぎたクッキーとかチョコの類は持っていくとして、それ以外は……んー、一方的な施しみたいな形になるのはそれはそれで良くないんですよねー。」
シズクの考えにも一理ある。ただでさえ食糧の輸送を手伝って貰った上に豪華な食事まで振舞われたら、街の人達に罪悪感が芽生えてしまう可能性があるのだ。ましてやここは√ウォーゾーンであり、街の人達に返せるものなど無いだろう。
「保存の効きそうな余剰在庫を多めに持ちこんで、調理に使わなかった分は後ほどお取引、辺りが落としどころでしょうか。」
シズクの脳内会議にて、折衷案がまとまったようだ。金勘定は無事に彼らを守り切ってからという方針も決定した。
「今はとにかく、お料理、手伝いますよー!」
方針さえ決まれば、あとは行動あるのみ。率先して花見用の料理を作っている街の人達を手伝うことにするのであった。
●人の心と街の将来
「花見、ですか。是非参加させてください。」
そう語るのは|木原・元宏《きはら・もとひろ》(歩みを止めぬ者・h01188)だ。荷物の運搬作業では塹壕を作成するなど力仕事が人一倍多かった彼だが、その表情は疲れを感じさせないものであった。
そんな彼が行う作業は花見の手伝いではなく、桜の木の状態を確認する事だった。ルートを渡って来た元宏には様々な知識も有している。街に運び込んでおいた様々な栄養剤と肥料からいくつかを選び、桜の木に与えておく。
当然、すぐに結果が現れることはない。しかし、それで良いと元宏は考える。今回の事件だけでなく、将来のことまで考えての行動だ。
「心の安らぎになるものはいいものです。人は思ったよりも強くない。人の力ではなかなか死なないかもしれませんが、それより大きな力はいくらでもあります。それに、心こそ無限ではない。心を救うことは大切だと思います。」
今回使うことが無かった肥料も、桜の状態に合わせて適切なものを使用するようにと街の人達に伝えておくのも忘れない。√能力を持たない一般人にも出来ることはあるのだと、元宏は伝える。
一通りの作業を終えると、元宏は花見に参加することにした。
「花はいいですよね。気持ちが落ち着きます。」
元宏は未成年なのでお茶を飲みながら、桜の木を眺める。その後は街の人達や他の√能力者達が作った料理を食べることにした。彼自身には料理はできないのでハムやソーセージ、チーズなどの加工食品を所持していたが、花見で出された料理は思いの外量が多かったため、交流して仲良くなった街の人達に保存が利くそれらの加工食品も分け与えることにした。
●番長は料理もできるのだ
「ワシが剛拳番長轟豪太郎である!」
引き続き声量抑えめで|轟・豪太郎《とどろきごうたろう》(剛拳番長・h06191)は改めて自己紹介を行う。子供達などの荷物の輸送に参加出来なかった街の人達も居ることを考えての行動であった。
豪太郎は自前で持ち込んだ大量の食材を加えて、炒飯を作ることにした。
「炒飯は飯の一粒一粒にちゃんと火が通ってパラッとしていなければならん。故に、|番長オーラ《破壊の炎ベースの武器》による焼却技能で鉄鍋の上からも火を通す!」
白米を炒める音と、美味しそうな匂いが辺りに漂ってくる。
「わぁ……美味しそう!」
「いい匂いがする!」
「おじちゃんすごーい!」
「お兄ちゃんである!」
豪太郎からツッコミが入ったものの見ていた子供達からは大絶賛であり、子供だけではなく大人達も炒飯の完成を心待ちにしていた。
そして√能力【|番長応援歌《バンチョウオウエンカ》】もいつの間にか発動し、大勢の応援団員達が完成した炒飯を食器に盛り付けて、一人ずつ食事を手渡しする。今回、豪太郎が歌ったのは三三七拍子と応援歌ではなく、静かだが希望を感じさせる歌だった。
全員に料理が配り終えたことを確認すると、豪太郎は満面の笑みで話す。
「轟流番長炒飯の完成じゃあッッ!!さあ、おあがりよ!」
「いただきます!」
元気な子供達の喜びに満ちた声が街に響くのであった。
第3章 ボス戦 『ダイビング・シャーキラー』

お花見が終わってから、どのくらいの時間が経過しただろうか。日は沈んでいたが、どんなに長い夜にでも明日は訪れる。当然のことだ。深夜から翌朝に掛けて√能力者のうち、ある者は昨日の花祭りの後片付けを街の人達と手伝っていた。また、他の√能力者は仮眠から覚めたばかりで、他にもある√能力者は緊張で眠ることも出来ずに眠気を抑えて徹夜していた者も居るかもしれない。……しかし、束の間の休息は唐突に終わりを告げることとなった。
「楽しいなぁ小魚共。どうした?楽しいときは笑うもんだぜ」
豪快な印象を与える言葉は、とても低い声で発せられていた。その声は√能力者だろうと、そうでなかろうと全員がぞっとするものだった。
声の主、そして全員の一つの視線の先には強力な敵『ダイビング・シャーキラー』が現れていたのだ!
●苦しい時こそ
「このダイビング・シャーキラー様がお前らを海の藻屑にしてやるぜ!」
すみません、ここ陸地なんです。
「ワシが剛拳番長轟豪太郎である!」
その言葉に対して負けじと豪快に名乗りをあげたのは|轟・豪太郎《とどろきごうたろう》(剛拳番長・h06191)である。
「どうやら、強敵のお出ましじゃのう。笑ってほしいのか?あぁ、お望み通り笑ってやろう!楽しい時に笑うのは当たり前すぎてつまらん。番長は、苦しい時こそニヤリと笑うものだ!!」
豪太郎は挑発する。お前は苦しい時に笑うことが出来ない負け犬だと。安い挑発だ。ダイビング・シャーキラーはそれを分かっていた。しかし、敢えて乗ることにした。
「それならなァ、見せてくれよォ。苦しい時の笑顔って奴をよォ!」
シャーキラー式確殺コンボで豪太郎を苦しめるダイビング・シャーキラー。シャークトゥース・クローによる捕縛で動けなくなった豪太郎は何か言いたそうにしているようだ。
「なんだァ?辞世の句なら聞いてやってもいいぜェ?」
「困ったのう……サメならフカヒレスープかカマボコにしてやろうかと思ったが、鉄屑では食べるところがないではないか。」
「こいつ……ッ!」
予想に反してダメージが入っていなかった訳では無い。豪太郎の根性と激痛耐性の技能があったから耐えることが出来たのだ。
しかし、ダイビング・シャーキラーは自分の技に余程自信を持っていたせいか、完全に虚を突かれてしまったのだろう。一瞬だけ腕の締め付けが緩んだ。そして、そのチャンスを逃す豪太郎ではなかった。締め付けられた状態から√能力【|百錬自得拳《エアガイツ・コンビネーション》】を発動して拳を打ち続けたのだった。
「こんなもんでええかの?苦しい時の笑顔ってやつは」
「ぐぅ……ッ!」
不敵に笑う豪太郎に対し、たまらずダイビング・シャーキラーは距離を取らざるを得なかった。
●陽動作戦
明けない夜はない。しかし、朝が来るのは喜びか恐怖かは人によるでしょう、と|木原・元宏《きはら・もとひろ》(歩みを止めぬ者・h01188)は考える。自らは希望を体現して他人の心を動かせるようなタイプではないと考えながらも、全ての人が明日を楽しみにできるように一振りの刃として役に立ちたいと願う。
身長ほどもある特殊鋼製の大剣・スレッジソードを構え、目の前の脅威であるダイビング・シャーキラーに挑む。
「うぉッ!?」
豪太郎から距離を取っていたダイビング・シャーキラーは新たなる√能力者の攻撃に気付いて間一髪で避ける。激しい衝撃波と共に、さっきまで居た位置に巨大なクレーターが出来ていた。
「あ、あぶねえッ……!」
思わず冷や汗をかくダイビング・シャーキラー。しかし、元宏の攻撃を避けるのはそこまで困難な訳では無いと気が付くのであった。
「動きが遅いぜッ!それに、そんなに大きな武器を振り回していたら行動を予測するのは簡単だぜッ!」
「大事なことはチャレンジすることなのです」
「何の話だ?」
攻撃を繰り返し、クレーターを作り続けていく元宏の攻撃は止まらない。
「手を伸ばす限り何かを掴める可能性がある。可能性とは希望のことだ。愚直に体現できればそれでいい。倒れなければ次があるのだから」
「まさか……ッ!」
気が付いた時には既に遅かった。元宏の攻撃を避けることが出来たのはそう誘導されていたからであった。気が付けば周囲はクレーターだらけで逃げ場は残っていなかった。
「や、やめ……」
「叩き潰す!」
元宏の√能力【ミーティアクラック】、隕石の力を纏った大剣による強力な一撃がダイビング・シャーキラーに命中した。
●決着
「出てきましたね……。あれを倒せば、この辺りもしばらくは平和になるはず。街の人々の明日の平和のために、全力を尽くします!」
真剣な眼差しでダイビング・シャーキラーを睨むのはエレノール・ムーンレイカー(怯懦の精霊銃士エレメンタルガンナー・h05517)だ。無辜の人々を守り、脅威を排除すると覚悟を決めていた。
対するダイビング・シャーキラーは既に豪太郎と元宏の攻撃で深手を負っていた。しかし、かろうじてまだ息はあるようだ。
「ちくしょうッ!」
ここまで追い詰められても、ダイビング・シャーキラーは冷静だった。向かってくるエレノールに対し、右手のキャノンを向け√能力【ハザード・スプラッシュ・キャノン】を発動。自慢の武器で確実に攻撃を命中させることが出来るという自負があった。
「命中……していないだとッ……!?」
愕然とするダイビング・シャーキラー。確かに捉えたはずだ。そんなことがある訳が……
「その√能力は視界内の相手にのみ効果があるようですね。ならば視界に入らないように行動すれば封殺することが出来ます。」
エレノールの√能力【|精霊憑依《ポゼッション》】で、地水火風の4大精霊の力を纏った彼女の移動速度は3倍になっていた。更に幻影使いの技能と組み合わせることでエレノール自身の幻影も生み出していたのだ。
「こいつ……じゃあねえッ!こいつも……違うッ!」
想定外の事態に冷静さを失い、ダイビング・シャーキラーは闇雲に幻影を攻撃する事しか出来なかった。その状態の敵に対して、死角に回り込み攻撃するのは苦ではなかっただろう。エレノールは錬成剣に四精霊の力を集め、光の刀身を生成した【フォース・ブレイド】を構えて攻撃する。
「ぐぎゃあッ!」
警戒していなかった場所からの攻撃。思わず声を上げてしまうほどの衝撃。ダイビング・シャーキラーの巨体は弾き飛ばされ、無様に宙を舞い仰向けに倒れた。
「た、頼む……どうか命だけは……」
最早体を動かすことも出来ずに命乞いを始めるダイビング・シャーキラーに対して、エレノールはフォース・ブレイドで首を刎ねた。
●エピローグ
戦いは終わった。√能力者達は街に戻り、任務の完了を伝える。それは今まで機械兵団の脅威に怯え続けていた人々にとって、これ以上ないほどの朗報であった。
「ありがとう。機械兵団に対して勝利を収めることが出来たのは初めてだ。勝利祝いに、また花見をしたいと思うのだが、どうだろうか。」
「お兄ちゃんたちも、お姉ちゃんも、お疲れ様!もう一日だけ『おはなみ』をすることになったの!」
街の男と、その娘が√能力者達に声を掛ける。三人は顔を見合わせると、それぞれ答えた。
「花見には番長と応援歌が必要じゃな!参加させて頂く!」
「では僕も参加しましょう。街の人達と話したいことも残っています。」
「ありがとうございます。戦いで疲れましたし、お言葉に甘えましょう。」
彼らが帰還するまでには、もう少し時間が掛かりそうだ。