逃走劇は美しくあれ
●逃げなきゃ。
走る。走る。走る。走る。
逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。
どんなに転んだって、どんなにぶつかったって、逃げ続けなきゃならない。
気づいたら背中には羽が生えていて、気づいたら化け物が僕達を追っていて。
何がなんだかわからないけれど、でも、捕まっちゃいけないと勘が叫んでいた。
あの化け物たちがなんなのか。
なんで僕達を追いかけるのか。
なんにも、わかんない。
でも、これだけはわかってる。
――生きるためには、逃げないと!!
●「天使化」
√汎神解剖機関のヨーロッパ各地では、突如として「天使化」と呼ばれる病が広がり始めていた。
もともと天使化は「善なる無私の心の持ち主」のみが感染すると言われていた風土病であり、人心の荒廃した現代では既に根絶したもの……だったはずだった。
しかし知らず知らずのうちに世界には天使化が蔓延っており、いつの間にか怪物であるオルガノン・セラフィムと真なる天使に分かたれていた。
「そして、その天使達を手に入れようとする存在が現れた、というのが今回の事件」
ふう、とため息をついた 時谷・優雨(ふつーのままん・h04027)。
オルガノン・セラフィムの存在もなかなかに厄介だが、それよりももっと厄介な存在が羅紗の魔術塔と呼ばれる秘密組織。
ヨーロッパにおいて太古より続く魔術師達の記憶を織り込んだ|羅紗《らしゃ》を身に纏い、それを媒介につして戦う羅紗魔術士達の集まりだ。
彼らは自国の利益のためだけに汎神解剖機関と対立している。故にオルガノン・セラフィムを奴隷化させて使役することで利益を得ようとしているのだが、目につけているのはオルガノン・セラフィムだけではない。
美しい姿を保ったままに存在する「天使」。彼らもまた羅紗魔術士達に狙われており、彼らを奴隷にしてしまおうと考えているようだ。
「特にアマランス・フューリー。彼女はオルガノン・セラフィムではない天使の存在を強く求めているわ。もし彼女に天使達が捕まってしまえば……あんまりいいことは思いつかないわよねぇ」
優雨はやれやれ、と肩を竦める。天使達を新しい材料としか考えていないのだから、アマランス・フューリーに天使が捕らえられてしまったら何が起こるか。その先は想像に難くはない。
せめて天使として姿を保っている間に、何としても救出する必要がある。そう言って優雨が示したのは、1人の天使となった少年達。
彼らはオルガノン・セラフィムに追いかけられており、今もなお怪異によって侵蝕された地を走り続けている。何が起きていて、どうして逃げなきゃならないか、彼らには一切事情はわからない。
「けれど、捕まったら危ないというのはわかっているみたい。だからここからは私達で彼らを助け出す番よ」
優雨曰く。このまま放っておけば彼らは捕縛され、アマランス・フューリーを筆頭とした羅紗魔術士によって奴隷となり、強大な力を得ることになって場合によっては世界が崩壊する恐れもある。
そのため今ここで介入することで彼らを守りつつ、羅紗魔術士達の強化を妨害してしまおうというのが優雨の考えのようだ。
ただ予想外なことに、優雨が見えた予知では複数人の天使達がオルガノン・セラフィムから逃げ惑っていたという。どんな道を通ったかは教えられるが、誰がどんな道に進んだかまでは人数が多くてわからないという。
「もしかしたら、予知よりもちょーっと人数多いかも……。とにかく今はアマランス・フューリーから天使達を逃がすことを優先してちょうだいね!」
天使達を奴隷化させないため、彼らを救出していくこと。
それが今回の事件を収束させるための目標。
優雨はその目標を達成させるべく、あなた達√能力者を現場へと送り出していくことだろう。
第1章 冒険 『侵蝕された地へ』

●少女は逃げる、遠い、何処かへ。
なんで、どうしてと。何度頭の中で叫んだことだろう。
変な化け物が追いかけてくるし、妙な形をしたものが追いかけてくるし、何が起こっているのか。どうして自分が追いかけられなきゃいけないのか、なんにもわからない。
ただ、わかるのは『逃げなきゃ死んじゃう』ということだけ。捕まったら、殺されてしまうとどこかで感じ取っていた。
だけど、この瞬間。少女が生存する道が見つかった。
「恐らく、このあたりに……!」
女性――シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)の声が聞こえてくる。少女のいる位置では、何処にいるかはわからない。
「っ、見つけた! あの子……!」
しかしシンシアの方は少女と、彼女を追いかけるオルガノン・セラフィムの姿を見つけた。すぐさま少女を救うため、√能力『|楽園顕現《セイクリッドウイング》』を使って周辺の森から作り出した楽園の叢檻を使い閉じ込める。
「わ……っ!」
思わず驚いて、止まってしまった少女。何が起こったのかよくわからない、けれど追いかけてきた奴らが捕まったから、助かったんだ、というのは理解できた。
次に少女の前に現れたのは、金髪の美しい女性――もといシンシア。彼女はそっとしゃがみ込むと、少女と目線を合わせて声をかけた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「え……っと……」
シンシアに優しく語りかけられ、この人は敵じゃない、と判別した少女。小さく首を縦に振って、自分が無事であることを伝える。
ホッとした様子のシンシアだが、いつ、この状況を他のオルガノン・セラフィムが見つけるかはわからない。足止めしているとは言え、別の個体が現れてしまうと大変なことになってしまう。
「あなたはまだ走れますか? とりあえず、安全な場所まで逃げましょう」
そっと手を差し伸べ、ここから逃げようと少女に促したシンシア。その様子に少女は『この人は敵じゃない』と信じてくれたのだろう、ぎゅっと手を握り返してくれた。
まだ走れる。まだ逃げることが出来る。そう伝えた少女に、シンシアはホッとして……自分が迷子であることを告げた。
「……あのー……道とか、わかります?」
「えっ……たぶん、あっち……」
少女が指差す先は、どんな場所になっているかはわからない。けれどオルガノン・セラフィムがいない、という点に関して言えば……少なくとも安全な道はわかる。
シンシアは少女と手を繋いで、急ぎ現場を離れていく。オルガノン・セラフィムに追いつかれないように、慎重に、慎重に……。
●少年は走る。ここから、逃げないと。
何故、どうして、なんで。その言葉ばかりが脳裏に浮かんでは消えていく。
変な化け物が現れたかと思いきや、自分も天使のような翼が出てきて。それを知った|アイツら《・・・・》はまるで物を欲しがるかのように追いかけてくる。
もう嫌だ、もう嫌だ。早く、早く、こんな地獄から抜け出したい――!
「坊主、こっちだ!」
森の奥から唐突に聞こえてきた声――壇・壱郎(ツノツキ・h01763)の声が少年の『何故』を吹き飛ばし、助けが来たんだと喜びの感情で埋め尽くす。
その姿をすぐに見つけるや、壱郎はすぐに少年を抱きとめ持ち上げ、すぐさまその場を逃げ出す。まずは少年とのやり取りを行い、自分が少年を助けに来たことを明かした。
「よし、俺にしっかり捕まってるんだぞ。怖かったら、目を瞑ってりゃいいから」
そう言うと、壱郎は少年の返事を聞いた後、√能力『|熱血刑事式格闘術《タフガイ・アーツ》』によって着古したスーツとハードボイルドな空気を纏い、速度を上げる。
今はこの少年しか救うことが出来ないという歯がゆさがあるが、それでも、少年だけでも救うことが己の使命だというように彼は走る。怪異によって侵蝕され、オルガノン・セラフィムが跋扈する森の中をただひたすらに。
「どっちに逃げればいいか、わかるか?」
途中、森の中の道がわからなくなったときには少年に尋ねることで、地理的有利を得る壱郎。見知らぬ場所ではあるが、少年の協力あってこそ彼を救うことが出来る。
少年が救われる道を。オルガノン・セラフィムに狙われない道を。ただただ、少年を救いたいという気持ちだけで駆け抜けた。
(本来なら、他の子も救いたかったが……不甲斐ない。皆、頼んだぞ……!)
1度に守りきれる子供には限度があるため、少年しか救えないのが不甲斐ないと嘆く壱郎。
だけど、壱郎は信じている。他の|√能力者《なかま》達が必ずや、別の少年少女達を救ってくれると。
そのためにも自分は自分にできることをやる。たった1人しか救えなくても、それでアマランス・フューリーを筆頭とする羅紗魔術士達の思惑を打ち破ることが出来るのならば。
――自分がこうして手を出したことに、意味があるのだと!
●少年は逃げる。でも……。
なんで、と何度も声を上げた。でもその言葉に対する答えは誰からも得られない。
後ろから追いかけてくる化け物は、もう、変なうめき声しか上がらない。
なんで、なんで、なんで! なんで、こいつらは追いかけてくるんだ! わけがわからない!
必死になって走った少年は、足元にあった木の根に躓き転んでしまう。最悪だ、と表情に焦りが出たのもつかの間のことで、オルガノン・セラフィムが少年に手を伸ばす。
もうダメだ。ここでおしまいなんだ。そう、少年の頭の中に言葉が掠めた瞬間に|それ《・・》が来た。
「――よく、頑張ったな?」
唐突に、虚空に持ち上がった少年の身体。何が起こったのか、少年の目では捉えることは出来なかった。
その正体はウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)による攻撃と確保の同時行動。√能力『|闇獰《アンネイ》』によって眼孔を持たない豹海豹型の闇を纏っていた彼は速度を上げて、オルガノン・セラフィムを倒しながら少年を救った。
もとは自分の一部でもある闇顎が少年の首根っこを咥えてウィズにぶん投げ、虚無の精霊達によって生み出される不可視の刃がオルガノン・セラフィムを切り裂いて、少年がウィズの背に到着するまでには完膚なきまでに倒された。
「ふむ……」
倒されたオルガノン・セラフィムについて調べてみたいが、今は少年を避難させるのが優先。本体であるウィズはそのまま少年を背負ったまま、安全地帯となりうる場所まで走る。
「お前さん、名前は?」
少年に名前を尋ねるウィズ。おそるおそる、少年は自分の名前を口にして……助けてくれてありがとう、と呟いた。あんまりにも急な出来事で驚いたけれど、助けてくれたのは間違いないから、と。
「気にすンな。とりあえず避難してもらうぜ」
そうしてウィズは少年を抱えたまま、ときには少年に道を尋ねながら安全地帯へと進んでいく。
たとえ何度少年を狙う敵が現れようと、簡単に彼は道を切り開いて進んだ。
やりたいことがあるし、気になることは多い。けれど、それはいつだって出来るのだと|良い《・・》笑みを浮かべながら。
「――あの化け物共には、後で用があるからなァ」
●少女は止まらなかった。何故なら……。
なんで、という言葉を何度叫んだかわからない。
自分が狙われている理由も、変な化け物に追いかけられている理由も、何にもわからなかった。
でも逃げないと死んじゃうというのだけはわかってたから、とにかく逃げた。
地面に転んでも、壁にぶつかっても、化け物は止まらないから……。
とにかく、生きたいから走っていた。
「――生きたいと願ったな!」
走る少女の近くから、声が聞こえた。まるで少女の必死の叫びを聞き届けたとでも言うかのごとく、その声の主は少女の傍へとやってきた。
その正体は黒統・陽彩(ライズ・ブラック・h00685)。√能力『サプライズ・フューチャー』によって超強化された彼の誇る未来道具マイティ・レスキュー・ツールによって少女の居場所が特定され、すぐに駆けつけることが出来た。
しかもツールは少女の探索のみならず森の内部の調査も完璧に終わっており、どのように逃げれば良いのか、また何処へ逃げ込めばオルガノン・セラフィムに追いつかれずに済むのかも調査し終えていた。
「よくぞ頑張った! 此処より先は、このライズ・ブラックが迫る悪を遮る城塞となろう!」
陽彩は少女に手を差し伸べる。その手の温かさが、凄く嬉しくて、少女は思わず涙が出そうになった。
けれどまだ泣かない。泣いてはいけない。泣いて良いのはこの場所から完全に逃げ切ったときだけだと、ぐっと堪えていた。
「さあ、行こう! 生きたいと願ったキミの、未来を掴みに行くんだ!」
そう言うと陽彩はツールの中にあった治療道具を使い、少女の怪我を治していく。生きる未来を掴み取るというのなら、前へ進む足を、未来を掴む腕を傷めたままでは格好が悪いと。
だから、少女は止まらなかった。彼が後押ししてくれたおかげで、未来を掴み取ろうと思ったから。
――化け物達に追われても強い心を持とうと、きっかけが生まれたから!
第2章 集団戦 『オルガノン・セラフィム』

●
おなかすいた。おなかすいた。おなかすいた。
どれだけ食べなきゃいけないのか、もうわからない。
とにかく、目の前にいる|羽つき《・・・》を食べれば、おなかはふくれる。
でも、まだ足りない。足りない。足りない足りないたりない!
もっといっぱい食べないと。|羽つき《・・・》が美味しいし。
もっといっぱい集めないと。|羽つき《・・・》がわかりやすいし。
追いかけて、集めて、食べて、また追いかけないと。
でも、変な人たちのせいで|羽つき《・・・》が少ない。
追いかけてる人数が、どんどん減っていく。
みんなでお腹いっぱいにならなきゃ、怒られちゃう。
だったらみんなで、残ってるのを追いかけよう。
手も、足も、胴体も、一緒にみんなで分け合えばいいから。
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プレイング受付:3/24 8:31~
受付開始前のプレイングは一度お返しさせていただきます。
集団敵『オルガノン・セラフィム』が現れました。
まだ逃げ続ける少年少女の天使達を捕食するため、そして√能力者達によって少年少女達が救われていると知ったせいか多数で集まって1人の天使を捕まえようとしています。
この章ではオルガノン・セラフィムのみを相手にします。思う存分戦ってください。
引き続き森の中での戦いとなります。木が多く、空は見えず、その他の怪異がまだ森を変容させているようです。
遮蔽物は多く存在しますが、オルガノン・セラフィム達はガンガンなぎ倒します。邪魔なもんは全部薙ぎ払えモード。
またこの章では少年少女の天使達はプレイング内容にいると記載がない限りはいないものとして扱います。
まだ助けてぇな……って方は、少年少女の天使を登場させる旨を書いていただければ幸いです。
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●輝く未来は誰のため
そういえば、と陽彩は少女の名前を聞く。小さな言葉で彼女は陽彩に名前を告げると、いい名前だ! と陽彩は返してくれた。
けれどそんないい名前でも、オルガノン・セラフィムに食べられてしまえば覚えている事が出来るのは陽彩だけ。何としてでも、彼女の未来を守り抜く必要があった。
「さて、数ばかり集まってきたな……」
少女を狙って、オルガノン・セラフィムの群れが次々に集まってくる様子が見える。そのどれもが|羽つき《少女》を狙っており、なんとしてでも捕まえようと伸び縮みする爪を伸ばし少女を捕まえようとしてきた。
しかしそれを、右の掌で触れることで無効化していく陽彩。√能力『ルートブレイカー』の発動は容易なもので、オルガノン・セラフィムの動きさえ見ていれば妨害は簡単だ。
そこで陽彩は少女と別れ、オルガノン・セラフィムを一気に倒すことに決めた。彼女と共に走って逃げ続けるよりも、少女を追いかけ回すだけのオルガノン・セラフィムを倒したほうがずっと少女のためになるからと。
「もしキミの方に怪物が来たら、大きな声を出すんだよ。必ず駆けつけるから」
そう言って陽彩は手元にブラック・ザンバ・ブレードを呼び寄せると、まず1人目のオルガノン・セラフィムに向けて叩きつける。少女にも手が伸びるよりも、オルガノン・セラフィムが少女に向かおうとするよりも、ずっと速く先んじて。
下手に動いてしまえば陽彩もタダでは済まない。オルガノン・セラフィムの攻撃を一身に引き受ける可能性が高く、捨身の一撃とも言えるだろう。
しかし彼は少女に向かおうとするオルガノン・セラフィムを優先的にブラック・ザンバ・ブレードで叩きつけ、捕食本能をルートブレイカーで無力化して打ち消す。
そこに一切の迷いはない。迷っていては自分も少女もこの化け物に食われると判断しての、超速の決断を下していた。
「誰にも奪わせやしない。異質な病を患った少女の未来であっても、輝かしい未来が待っているのだから」
1人、また1人。異形の化け物達は切り刻まれていく。
統率の取れていない烏合の衆は、やがて1つの約束をした男に斬り伏せられる。
「――私は約束を守る男なのでね!」
●影は等しく、誰にでも。
オルガノン・セラフィム。異形の化け物たち。
これらが生まれた経緯を考える壱郎の頭の中に、嫌な考えが通り過ぎていった。
「……こいつらも元は人間だとしたら……」
天使化という病に侵された人間。もともとは逃げ惑う少年少女達と同じモノ。人という姿を失ってしまってからは、自分達が人間だったことすら忘れている化け物。
「……いや、もうなりふり構ってられねぇか」
脳裏に浮かんだ考えを捨てて、今はもう化け物と戦うしか無いのだと腹を括った壱郎。両手で音を鳴らすと、大声でオルガノン・セラフィムに挑発をしかける。
――誰かが少年少女を救うか、あるいは少年少女達が逃げ切れる時間を稼ぐ。
それが壱郎の頭の中に打ち立てられた作戦だ。たった1人でオルガノン・セラフィムを相手取る間に、仲間達が少年少女を逃がす時間を作れればそれで良い。ここで追手の数を減らすことが出来れば、さらに良い結果になる。
オルガノン・セラフィム達も必死だ。爪を伸ばして牽制し、蠢くはらわたで壱郎を捕まえようとしても、なかなか彼を捕まえることが出来ずにいる。
「どうした、俺が相手じゃ食欲がそそられないってか!」
派手に立ち回り、少し目立つことでオルガノン・セラフィムの群れの注意を引き付けていく壱郎。どんなに目立ってもいい、どんなに大量に来てもいい、ここで引き付けることが己の役目。
けれど、タダで引き付けるだけでは味がない。ちょっとしたスパイスでも添えるかのように、壱郎は√能力『|影の処刑者《パニッシャーズ・シャドウ》』で泥濘のような影の領域を広げ、牽制攻撃を仕掛けた。
「――気をつけろ。俺の影がおまえを赦さない」
少年少女達に手を出した罪を、影の領域・黒い煉獄によって閉じ込めて。
手錠のついた影の鎖・原罪の鎖がオルガノン・セラフィムの自由を奪い。
大地に広がる影から射出された断罪の楔が、異形の身体を貫き、罰する。
多少食らいつかれようが、影はその分の罪を罰するようにオルガノン・セラフィムに大打撃を与える。
それが罰を与えられているだなんて、彼らは気づかない。
永遠に、影の檻の中で罪を償い続けるのだ。
●泡沫の刻がやってくる
「……今回の奴らは割と意識残ってンな……?」
はて、と。ウィズは考え込む様子を見せた。オルガノン・セラフィム達の様子が少し違うと。
しかし彼らは言葉は発することが出来ても、飢えに対してのみ反応を示しておりその他の言葉を受け付ける様子はない。理性のない状態で少年少女達を追いかけ続けているようだ。
「まぁ……警戒はしておくかねぇ。もっとも、杞憂に終わると思うけどな」
ニィ、と笑みを浮かべたウィズの背後に迫るは、少年少女達を探しきれなかったオルガノン・セラフィム。伸び縮みする爪を使って牽制しつつ、ウィズに狙いをつけて蠢くはらわたによる捕縛を行おうとする。
けれど、オルガノン・セラフィムは一定の距離からウィズに近づくことが出来ずに、爪だけを伸ばしてもがいている様子を見せた。何が起こっているのか、何故近づけないのか、全くわからないままにただ爪だけが揺らめいて……気づけば真っ暗な闇の中へと飲み込まれた。
√能力『|星脈精霊術【薄暮】《ポゼス・アトラス》』。光に依り輪郭を強める陰影が脅威の跳躍力を持ってオルガノン・セラフィムの足に絡みつき、6つの闇顎となってその身体を食べていく。
オルガノン・セラフィムが多数押し寄せようが関係ない。現場に光がある限りウィズの影は意志を持ってオルガノン・セラフィムを喰らい尽くす。
「どれだけ来るんだか。まぁ、残らず喰らってやるよ。調べるのはそれからだ」
爪が牽制して来ようが、、はらわたが捕縛しに来ようが、闇は等しくオルガノン・セラフィム達を飲み込んでいく。例えウィズに近づけて異様な開き方をする口がウィズの頭上に迫ったとしても、わずか数秒後には真っ黒な闇の中へと吸い込まれて食われてしまう。
ウィズの視界に入ったが最後、オルガノン・セラフィムは皆少年少女を食べるどころではなくなってしまうのだ。
(今のはちと危なかったかもしンね……)
飄々とした風貌のまま、オルガノン・セラフィムを駆逐していくウィズ。
内心、頭上にオルガノン・セラフィムの口が迫っていたことにはハラハラしていたが、食われずに間に合ったのでセーフということで再び落ち着きを取り戻していくのだった。
●曲がるより真っ直ぐ
オルガノン・セラフィムの数が増える度、少年少女達への危機が迫る。腹が減っては戦はできぬという言葉があるが、今まさにオルガノン・セラフィムは空腹に耐えかねており早く食べたいと差し迫る。
けれど狙っていたはずの|羽つき《少年少女》はどこにもおらず、逆に小さな羽を背に携えたシンシアとご対面するオルガノン・セラフィム。違う、そうじゃない、と言いたげにムッ……とした表情を作っていた。
「あからさまに『探してるのはそっちの羽つきじゃないんだよなあ』な顔しないでください。怒りますよ!」
なんとなくそう言う表情をしていることに気付いたシンシアは魔導書を開くと、手早く詠唱を唱えて√能力『ウィザード・フレイム』を創造し、オルガノン・セラフィムを焼き尽くす。
3秒毎に、オルガノン・セラフィムに向けて1度の攻撃を放つ炎は瞬く間に辺りを燃やし、炎の檻を作り出しては外部と内部を分断する。新たな個体が現れても、炎を突き進めなければ手助けなど難しく。
だが、流石は|熾天使《セラフィム》の名を持つ存在。オルガノン・セラフィムは頭上に降り注がせた祝福を受け取ることで10分以内には身体に受けた損傷を回復していく。
悠長にしている暇はない。手早く、全快される前に燃やさなければ与えたダメージは全て無に帰してしまう。
しかしシンシアはだからこそ焦らずに、各個撃破を目指した。焦って全体を燃やすように動いても、どこかに綻びが生まれてそこから反撃の一手を食らう可能性があったからだ。
「ッ……!」
もし、炎の中から手が伸びてきてもそこは動いて回避すれば良い。動けば炎は消えて無くなってしまうが、もう一度詠唱し直して焼き尽くせば良い。
全ては火力、火力、火力! ねじ曲がった思考よりも、実直な力で倒せばよいのだ!
「私、こう見えても脚力は自信がありますので! 捕まえられるものなら、ご随意に!」
挑発の言葉を投げながら、シンシアはヒットアンドアウェイを繰り返してオルガノン・セラフィムを討伐していく。
逃げ惑う少年少女達の恐怖を焼き払うように、病に堕ちた形を今一度無に返すように、|魔術師の炎《ウィザード・フレイム》は延々と森の中を蠢き続けるのだ。
●倒すだけが勝利の道に非ず
天使化した少年少女は大半の√能力者に助けられ、事なきを得ている。
それでも逃げ切れない少年少女達はどうしても出てしまうが、仕方のないことだ。
そのまま食べられて、生を終わる。それだけのことなのだが。
「同族で集合し、1人に狙いを定め、分け合おうとする。……随分知性的なようですな?」
ゴースト・バギーに乗って少年少女達を救出して回る角隈・礼文(『教授』・h00226)は寸前で食われそうになっていた少年をまた1人、すれ違いざまに腕を掴んでバギーへと放り込む。
少年への乱暴な扱いには謝罪の言葉を述べて、素早くオルガノン・セラフィムから距離を取るためにバギーの速度を上げる。オルガノン・セラフィムとは戦わずして、天使達を救出して回ることを選んでいた。
「まあ、観察対象としては興味深いところなのですが……」
今回の最終的な目標は天使達を救出すること。故にオルガノン・セラフィムへの攻撃は他の√能力者に任せ、礼文は逃げ遅れた少年少女の救助を担当していた。
それでも、オルガノン・セラフィムは頭上に降り注がせた祝福を受けながら、どんな傷をも負いながら、少年少女達に手を伸ばしていく。飢餓状態ともなればなりふり構っていられないのだろう。
「――ひとまずは、この呪文をどうぞ?」
追いかけてくるオルガノン・セラフィムに対しては、√能力『|神秘なる叡智の断片《テイクノーツ・グリモワールフラグメント》』を使い、逃避に関する呪文――自らの姿を隠す呪文を書き込んだ紙片を創造して使用し、バギーや少年もろともその姿を隠して森の中へと逃げていく。
分身を作る呪文で的を増やすことも一瞬頭に浮かんだが、本物と区別がつけられてしまった場合が対処が取れないということで、姿を隠す呪文。森と同化した状態ならば、音や匂いで判別はついてもその場にいるかどうかの判別はつけられず、安全にその場から脱出することが出来るのだ。
礼文の目論見は大成功。命のやり取りを1つも行うことなく、完璧に少年少女達を救い出す。
だがオルガノン・セラフィムの怒りは留まることを知らず、いつしか森の中に響き渡る怨嗟の声をあげ始めていた。
第3章 ボス戦 『羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』』

●
なんとか天使化した少年少女達を救出できた√能力者達。
オルガノン・セラフィムの追跡も完全に断ち切ることが出来、少年少女達はたいそう喜んでいた。
しかし、まだ終わっていない。
オルガノン・セラフィムはただの奴隷であり、本能と命令に従っていただけ。
この事件の裏には天使化した少年少女を手に入れようとする存在がいる。
羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』。|天使になれなかった出来損ない《オルガノン・セラフィム》を使役し、天使を我が物にしようとしている者。
天使となった少年少女を羅紗魔術を使用して奴隷にすることで、新たな力を身に着けようとしている者。
彼女の存在がある限り、少年少女に平和は訪れることは絶対にない。
だから、何としてでも彼女の範囲内から少年少女達を引き剥がす必要があった。
ならばどう動こうかと考えていたところで……アマランス・フューリーは√能力者達の前に現れた。
彼女は言う。『天使をこちらに引き渡せ』と。
貴重な存在である天使を手に入れるためならば、何をしてでも――√能力者達を殺してでも手に入れると、言い切った。
√能力者がこうして√汎神解剖機関に存在すること自体もあまり良い思いをしていないからか、早速殺しにかかろうとしてきたアマランス・フューリー。
今こそ決戦の刻。
少年少女達が本当に救われるかどうかは、この戦いで決まる!
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プレイング受付:4/12 8:31~
受付開始前のプレイングは一度お返しさせていただきます。
ボス敵『アマランス・フューリー』が現れました。
彼女は少年少女の天使達を手に入れるため、邪魔な存在である√能力者達を抹殺しようとしてきます。
また隙があれば、少年少女に手を伸ばして手中に収めようともしてきます。
この章ではプレイングに記載がある場合のみ、少年少女の天使も存在している形になります。
プレイングに記載があれば彼らのお手伝いを借り受ける事ができます。
ただし、√能力者ではないため能力の使用は出来ません。それっぽい動きをしてもらうことは可能です。
なお実際に天使Ankerさんが来た場合、単身の場合はアドリブで合流させる形になります。
合同の場合ははぐれないようにご注意ください。
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●負けられない理由。
「はいそうですか、と。天使を渡すわけないじゃない」
羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』の姿を見ても、怖気づくことなく答えを返したシンシア。逃げ続ける少年少女達は奴隷になるために天使へと変貌したわけじゃないのだから、彼らの自由にさせたい。アマランス・フューリーから逃げ切ってもらいたい。
(……でも……)
相手はあのアマランス・フューリー。一筋縄でいかないことはシンシアにはわかっている。純粋な魔法勝負では魔法の強さで負けてしまうことは間違いないだろう。
だからこそ、シンシアはどう動くかを考えた。既にアマランス・フューリーは奴隷怪異「レムレース・アルブス」を呼び寄せており、少年少女達を追いかける体制を整え始めていた。
「……一か八か……!」
こうなれば、自分の身を前に置いてでもアマランス・フューリーと奴隷怪異を止めるしか手段はないと踏み込んだシンシア。素早く自分の手袋を鋼鉄製に変化させると、√『|黎明嚮導《レイメイキョウドウ》』で距離を詰めていた奴隷怪異に向けて手始めに近接攻撃とグラップルを繰り返した連続攻撃を叩き込んでいく。
一発、また一発、的確に奴隷怪異の身体を叩き、穿ち、一歩たりとも自分より後ろに通さないように奴隷怪異を巻き込んで攻撃を繰り返す。
だがただでやられるほどアマランス・フューリーは落ちぶれちゃいない。奴隷怪異にはシンシアの動きを止めるように指示を出し、自分も魔術を用いて反撃に出る。奴隷怪異と融合させることでシンシアの動きを鈍らせてからとどめを刺すつもりだ。
「そのぐらいっ、お見通し、です!!」
それでもシンシアは止まらない。奴隷怪異の融合は事前に薄く張り巡らせておいた魔術のオーラを使って阻止し、融合のために手を伸ばしてきたところを掴んではアマランス・フューリーへと奴隷怪異を投げ飛ばす。
その勢いは連続攻撃を叩き込まれる瞬間と同等のもので、命を賭けての大勝負に差し出したもの。生半可な防御術では止めることは出来ないし、アマランス・フューリーが魔術で押し返そうにも反応速度が遅れてしまっていた。
「――貴方に理由があるように、私にだって負けられない理由があるんです!!」
大きく声を張り上げたシンシアは、再び拳を振るっていく。
自分の体力尽きるまで、アマランス・フューリーを止めてみせると。
●お味はいかが?
「……へぇ……汚い色してんなァ?」
√能力『|闇獰《アンネイ》』によって瞳孔を持たない豹海豹型の闇を纏うウィズは、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』の魔力を見て牙を剥いて笑う。
濁りきったその魔力はまさにドドメ色と呼ぶにふさわしく、食えばどんな味がするのだろうと。食することを目的としているウィズにとって目の前の相手が強大かどうかなんて関係ない。美味いか、不味いか、そのどちらかだ。
とはいえ、一瞬でも気を抜けばアマランス・フューリーが呼び出す知られざる古代の怪異がウィズに襲いかかってしまう。冷静に立ち位置を計算し、アマランス・フューリーの10秒間の瞑想の間にウィズは数多の武器に加えて闇顎の爪牙を叩き込む。その威力は装甲を貫通し、通常時の2倍の威力が注がれる。
10秒の瞑想の後に現れるのは羅紗の記憶海に刻まれた知られざる古代の怪異1体。術者に呼び出された怪異はすぐさまウィズを敵だと判断すると距離を離されないようにと手を伸ばす。
「おっと、そいつァちとまずいな」
立ち位置の計算を更新し、アマランス・フューリーと古代の怪異の立ち位置が自分と一直線になるように立ち回るウィズ。少しでも範囲からはみ出そうものなら銃で牽制し、距離を詰めてこようものなら闇顎の爪牙で距離を引き剥がしていく。
その時間は1分にも満たない。だが、アマランス・フューリーと古代の怪異の猛攻撃を叩き込むには十分な時間であり、ウィズの技量を完全発揮するには十分な時間でもあった。
「――……」
ギリギリを見極め、古代の怪異の一瞬の隙をついて肉薄し、切り刻んだウィズ。怪異にしては生々しく割かれ、燃やされれば怪異は焼け落ち、そのままウィズの腹へと収められる。
咀嚼する間もなく丸呑みにされた古代の怪異は一旦は腹の中で暴れたが、消化液に溶かされるように身動きが取れなくなるにつれてぱったりと動きを止める。完全に消滅してしまったことはアマランス・フューリーも感知しているようで。
「悪ィな。味わう時間がもったいないぐらい、魅力感じなくてなァ」
どちらが悪役だかわからないほどに、悪い笑い声をあげたウィズ。
やがて彼はアマランス・フューリーの身体にも、その牙を突き立てていく。
●タフガイは倒れない
(……先に、逃がすか……?)
ちらりと、壱郎は後ろにかばっていた天使の少年に視線を向けて逡巡する。羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』の狙いは天使達を手に入れることであり、壱郎との戦いではない。故にすぐに少年を逃がすという選択肢は消えて無くなった。
だが、代わりに壱郎は少年に言葉を投げた。「俺から離れるな」と。生きていたければ、アマランス・フューリーに捕まりたくなければ、絶対に自分から離れないように動いてくれと。
その言葉に少年は首を大きく縦に振った。怖いけれど、ここでその恐怖を表に出しては死んでしまうと感じ取ったのだろう、彼は大きな背中を見据えていた。
その合間に、10秒の瞑想をしていたアマランス・フューリー。羅紗の記憶海から知られざる古代の怪異を1体呼び寄せると、そのまま使役する形で少年へと手を伸ばす。
「させるかッ!!」
少年へと伸びた手を遮り、攻撃を受け止めた壱郎。たった一撃で壱郎の皮膚は焼けただれ、血を流すほどに痛みが迸るが彼は臆することなく降りかかる攻撃を少年から守り耐え続けた。それも全て|好機《チャンス》を見出すために。
どんなに高位な魔術士であろうと、長らく戦いを続けていれば疲れによる隙が生まれる。だが長引けば壱郎も同じように疲れが生じてアマランス・フューリーからの猛攻撃を受けることは間違いない。まさに一世一代の大勝負を仕掛けていた。
ものの10分ほど。アマランス・フューリーと古代の怪異の猛攻を耐え続けた壱郎。少年も逃げ惑うのに必死で息もそろそろ切れかけている頃に、ようやくその隙を見つけ出した。
(――見えたッ!!)
古代の怪異に指示を出す一瞬、思考を切り替えているアマランス・フューリーは数秒だけ視線が外れる。そこが最大の弱所だと見抜いた壱郎は、次の攻撃に切り替わろうとする瞬間を狙って一歩、踏み出す。
全身全霊を込めた、渾身の一撃。羅紗魔術で防御しようとも多少は肉体へのダメージが残るほどの大きな一撃。勢いまで殺すことの出来なかった掌底はアマランス・フューリーを大きく吹き飛ばし、大地へと叩きつけていった。
「そんな薄っぺらい布地で、俺の拳を防げるか、ってんだ……!」
肩で息をしながら、少しずつ呼吸を整える壱郎。
アマランス・フューリーがもう一度動き出すかどうかを見極めをしつつ、少年を守る盾となった。
●ヒーローの矜持
「この少女は決して渡さない! 彼女と交わした約束があるからな!」
陽彩は羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』に向けて、高らかに宣言する。絶対に天使となった少女は渡さないと。
すぐさま少女を背負った陽彩はクウソウ・ブースターを使って空を飛び、アマランス・フューリーが呼び出した奴隷怪異「レムレース・アルブス」から距離を取るように動く。少女が吹き飛ばないようにしっかりと服を掴んでもらいつつ、配慮ができないことを伝えて全速力を出してアマランス・フューリーと奴隷怪異を撹乱していった。
ある程度アマランス・フューリーと奴隷怪異の位置をばらけさせたところで、リアライズ・ガンを装備。少女に少しだけ揺れることを伝えてしっかりと服を掴んでもらい、全力で連続攻撃を叩き込む。
ただでさえ相手は強敵、確実に倒せるかはわからない状態での戦いだ。少しでも全力を出しきらないとまずいと判断した陽彩は、惜しみなく攻撃を続けた。
合間に奴隷怪異の動きも封じていく陽彩。動きの予測を予測しつつ、AIを搭載した特殊弾頭を使って確実に撃破していく様子を見せる。光による攻撃が行われれば良いが、涙による回復ともなると少々厄介なもので、回復された分を削り切るため何度も何度も弾頭を撃ち込んだ。
やがて奴隷怪異の呼び出しが遅くなる頃。陽彩はこれを好機と見て、√能力『|連黒撃《ブラック・コンボ》』を決める。
リアライズ・ガンによる牽制射撃を行って視線を誘導しつつ、アマランス・フューリーに弾丸を打ち込み。その弾丸が合図を受けて黒枝となってアマランス・フューリーを捕縛。
「これで終わりだ!!」
最後の一撃だと言わんばかりに、ブラック・ザンバ・ブレードによる強烈な連続攻撃を持ちうる怪力全てを叩き込む形でアマランス・フューリーへと振り下ろした陽彩。
その一撃は確実にアマランス・フューリーへの大打撃となり、身体に大きな痛手を負わせることになったのだった。
●興味はあれど
「さて、もうひと働きと行きましょうか」
羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』が礼文の前に現れると、一瞥をくれてやった。まるでアマランス・フューリーの欲しいもの――天使達はもうここにはいないと。他の√能力者達によって既に逃げた後の少年少女達。誰もが皆、生きる未来を掴み取りに向かったのだと。
「教職に籍を置くものとしては、ええ、少年少女という未来の担い手の奴隷化という所業は気が引けるものですので」
要求は却下だと確たる意志を持って答えた礼文。その様子にアマランス・フューリーは冷ややかな目を向けたが、当初の目的から何ら変わりはない。礼文を倒し、少年少女達の逃げた先を追いかければよいだけだ。
ならばあとは目の前にいる敵を殺すだけ。すぐさま羅紗から輝く文字列を礼文に放ち、逃げ場をなくすように文字列で檻を作り上げた。
「ふむ、なるほど。あなたの羅紗はとても興味深いのですが……ううむ、実に惜しい!」
文字列を眺めながら、そしてアマランス・フューリーに視線を向けながら、悔しそうな表情を向けた礼文。出来ることなら羅紗を持ち帰って研究してみたいところだが……そうもいかないのが惜しいところ。
少年少女の天使達の未来のため、ここでアマランス・フューリーを解体まで持っていかなければならない。それだけが非常に惜しいものだ。
じっと、自分の動きを妨げる輝く文字列を眺める礼文。ごそごそと懐からメスを取り出すと、√能力『|魔法を分析し魔術を解析し魔導を解き解す《マジカル・アナライザー》』を使って知識の中から必須構造となる文字列を抽出、その部分を切除した。
「これだけの文字列を展開したところで、見極めればどうということはないのですよ」
そう礼文が告げると同時に、ぱらぱらと崩れ行く輝く文字列。微弱なダメージしか与えられないように練り込んだのが仇となったようで、切り裂かれ解体された文字列は二度と復旧することはなかった。
「これも人助けという、善行のため。ご理解いただきたいものだ」
そう呟いた礼文は再びメスを握りしめると、アマランス・フューリーの放つ文字列を次々に崩していく。
タネさえわかれば、こちらのもの。興味さえ出れば、手のひらの上。そう告げるかのように。
●終わり
√能力者達の働きにより、一時的にアマランス・フューリーを退けることに成功。
強烈な一撃を受けたことで√能力者という存在を知り得たアマランス・フューリーは次なる対策を練るために一時撤退することになる。
少年少女の天使達の未来は、無事紡がれた。
彼らがこれから先どう生きるかは……誰も知らないまま。