迎賓
●√汎神解剖機関の、とある一般人
今は、朝だったか、昼だったか。
霧など出ていないのに、薄靄が掛かっている様な気分だ。通り縋った彼も、商売の呼び込みをする彼女も、きっと同じなのだろう。きっと今は夕暮れなのだ。
何かの気配がする。何者かの気配がする。けれど、どうだって良い。何時もの通り仕事をして、何時もの通り、溢れる程の娯楽に耽り、気分が良ければ夜遊びに出る。
何かから逃げている様だった。
けれど、どうだって良かった。
誰も彼もきっと、そうだ。
見れば分かる。誰一人、生きた人間の目をしていない。
生きながらに死んでいる。
煌びやかで猥雑な、満たされている日常に埋もれて、生死の境も分からぬまま、日々を終わる。幸福か、不幸かと問われれば、それ等を追うこともなく、何方からも逃げている。きっと、皆そうだ。
この世こそが地獄だろう。
ほら、そこにだって、あそこにだって……ああ、そんな者は居ない、居ないのだ。
偉い学者の居る胡散臭い団体が、この間も言っていた。
名前は汎神解剖機関、だったか。
ああ、今日は何時だったか。
虚ろな目で、無駄にデカい字体で書かれた煽り記事を読む。
きっと、この世全てが阿片窟なのだ。
薬など使った事も、ないのに、こんなにも退屈で、何をするのも、億劫だ。
記事には、森中の廃洋館が一夜にして小綺麗になった事が書かれていた。
だから何なのだろう。
どうでも良かった。
ゴシップに踊る心など、無かった。
何を期待していたのだろう。
希望を捨てる様に、ゴミ箱へ、それを投げ入れた。
●幕間
(ゲームで徹夜した時でも、此処までになった事は、無いね、うん)
世界の惨状、その一端をひとしきり眺め、寺山・夏(人間(√EDEN)のサイコメトラー・h03127)は自身の体験と照らし合わせ、意味も無く首肯した。鬱々とした思考に当てられて、やや気分が沈む。
重要な情報は、恐らく一つだけだった。他の事は、今回、夏には何も分からなかった。予知として出て来たのだから、何かが怒っているのだろう。
森中の、廃墟だった洋館で。サスペンスではお決まりの状況だと、頭に過った所で、意図的に思考を止めた。人の生死が掛かっている事は、考えたくなかった。
「星詠みより、√能力者へ」
この世界の人達は、これ自体が収入であると、覚えている。何時も通り、動画を制作し、サイトにアップロードする。
●状況説明(1章ギミック)
√汎神解剖機関で、廃墟となった洋館が一夜にして小綺麗になった。
恐らく怪異の仕業だろう。現地には既に、怪異を崇める集団が洋館の周囲に出現している。彼等は更に勢力を強める為に、一冊のゴシップ誌を作り、発刊した。
成果は芳しくなかったが、FBPC(連邦怪異収容局)の現地実働部隊、ウェットワーカーズがそれを察知し、強襲部隊が作戦行動を開始しようとしている。
√能力者達はまず、この事態を収拾する必要がある。
事態収拾の方法は二つ。
一つ目は、現地で展開しているウェットワーカーズを全て倒す事だ。
彼女等はそう強くない、難しくないだろう。
二つ目は、一時的な協力関係を結び、潜入捜査を促す事だ。
今回の彼女達は、自分達が上の使い捨てにされている事に、不満を溜めている。
交渉は難しくないだろう。
交渉内容次第では、汎神解剖機関に寝返る可能性も有る。
世界に影響を及ぼす大事では無いが、小事であっても、見える風景は少しだけ変わる。運命は変わらないかも知れないが、√能力者の意志だけが、世界の色を変えられる。
好きな方を選ぶと良い。
●世界説明【√汎神解剖機関】
√汎神解剖機関は、 秘密国家機関「汎神解剖機関」が、人知れず怪異と戦う現代地球だ。既に黄昏を迎えた人類を延命する為、彼らは狂気の戦いと研究に身を投じている。
黄昏とはつまり、人類の進化が止まった事を意味する。
眩しい程の活気と生命力を失い、慢性的な疲労と倦怠、うっすらとした悲観思考と終末思考に囚われてしまった。
時を同じくして、先人達が封じ、或いは理性を以て遠ざけてきた様々な怪異が次々と現れる様になった。これを好機と捉えたか、危機と捉えたかは定かでは無いが、国家は、秘密国家機関「汎神解剖機関」を創立する。
表向きは、人類に害を及ぼす怪異を人知れず葬る秘密の組織だが、その実態は、人知を超えた怪異を捕獲し、狂気の実験や解剖を以て、彼らの臓腑から人類を延命する何らかの『新物質』を獲得する。
汎神解剖機関の真の目的は、此方だ。
職員の中には√能力者も存在し、彼らの知識を収蔵した蔵書庫は異世界の同胞にも開放されている。
汎神解剖機関は日本を中心とした国際組織だが、米国には『連邦怪異収容局』、EUには『羅紗の魔術塔』といった独自組織も存在する。
彼等は幾つかの理由によって、怪異をばら撒く心霊テロリストの類と同様に、危険視されており、残念ながら、人類同士の戦いも避けては通れない状況だ。
此処は、何処となく陰鬱な空気と、猥雑な喧噪の両面を併せ持つ、仄暗い薄暮の中にいるような心理状況を余儀なくされる√だ。
ひたり、ひたりと迫り来る怪異の気配を、其処彼処に感じて、恐れている。人々は本能的に、それを信じている。ただ、公には証明されていない。
汎神解剖機関の弛まぬ努力が成し遂げた、と言いたい所だが、概ね、1994年に怪異の臓腑より発見された「クヴァリフ器官」により、超常現象に関する人々の想像力が制限を受けている為だ。
新物質は他にも、人類に様々な貢献を果たしている。
より詳しい情報が知りたい方は当該サイトの「ライブラリ」を参照して下さい。
第1章 集団戦 『FBPC機動部隊『ウェットワーカーズ』』

●摺り合わせ
「√汎神解剖機関か。いつ来ても陰鬱な雰囲気の世界だ」
生気を失った人間を、どこかつまらなさそうに緑色の双眸に映し、ガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)は、呟く。
「まあ、たまには良いかもしれないね」
栄光、叡智、栄華に浸り、黄昏れ、未来を投げ捨てた人類という者達に、邪竜の残滓は幾ばくかの興味を示した。
「何処行っても怪異、怪異、怪異。手前ェも舐めてんのか、嗚呼、クソ腹が立つ」
レヴィア・ルウォン(燃ゆるカルディア・h02793)は忌々しげに奥歯を噛む。
インビジブルに紛れて、気配だけを見せては見え隠れする怪異、それが人類の明日を担っている存在だと宣う。どうしようもないストレスが堂々巡る。薄氷の双眸が、怜悧な緑色に絡み付く。
「必然、人類には君の様な者が発生する、誇ると良い」
「初対面のヤツに上から目線甚だしいなオイ……」
清々しい程までのそれに、レヴィアは何となく毒気を抜かれて、溜息を吐く。何気ない立ち姿一つでも、ある程度の力量は見えるものだ。
「良く言われるね。悪いが、改める気は無いよ」
「ああ、そう言う類だろうよ。どう動く気だ?」
「下手をすると、三つ巴になってしまうかな」
空気が落ち着いたのを見て、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、状況を考える。目的は対立していない。交渉の意向を示す。
「何より、勿体ないわよね」
パトリシア・バークリー(アースウィッシュ・h00426)は、サンバイザーの下に灯る欲を隠そうともせず、快活に唇を動かした。
「情報も少ねぇからな」
√能力者の意向は一致していた。展開されている部隊を別個に捜索する。樹海の中でも、洋館はハッキリと見える。情報通り、小綺麗だ。それどころか、新築の様でありながら、ずっと其処に佇んでいたかのような、威厳や風格すら感じられる。
●「ウェットワーカーズ」の、とある日本支部の現状
「リーダーはどう思った? 本場来て、こんな心許ない装備で、汎神解剖機関の奴等やら子飼いやら、民間協力者と影に表にやり合えって言われて」
「そうだな。配属が決まった時は、上手く立ち回ろうと考えた。大体の報告書は、善処はしたが、先を越された、一歩及ばなかった。と書いて、装備の充実願を本国に出した」
「結果は?」
「見ての通りだ。改善される事は無かった。ああ、給金と支部の運営費だけはきっちり減らされていった。お陰でバイトと掛け持ちする事になったな」
「つまり私達の現状って、大体リーダーの所為なんですか?」
唇を尖らせる隊員に、リーダーは首肯し、肯定した。
「代わりに、維持費の一部を、私のバイト代で賄っている。どうせ帰国命令も除隊命令も期待出来ないからな」
「体調悪そうなの、その所為だったんですね。一切擁護しませんけど。粉骨砕身働いて下さい。私達の為に」
「責任は私にある。無論そのつもりだ。それから諜報活動は怠ってはいないぞ。今回の一件も見付けて来ただろう?」
「ゴミ箱に捨てられてたゴシップ誌拾って諜報活動はサボりでしょう普通に。やる気ありませんね」
「やる気はやって見せている様にするだけで十分だからな」
「良く駄目人間って言われません?」
「この状況、この国、この装備で、やる気を出せと言うのが無理筋だ。良く分かるだろう」
「それだけはめっちゃ分かります」
「と言うわけで各員、今回も、ほどほど、死なない程度に尽力する様に。手は抜いても良いが、手を抜いている様には見せるな。そう言う部分も含めて、確り仕事に励め」
「ラジャーっす」
やや緩い号令は、此処に配属された捨て駒達にとっては救いだった。
実の所、このリーダーがブラック過ぎる環境をホワイトにしている事を、隊員達はきちんと理解していた。何せ、ウェットワーカーズの該当日本支部は、敵組織の本拠と言う、すこぶる劣悪な環境の割に、損耗率が著しく低いと言う、本部すら把握している実績が有った。
深い樹木の海に、洋館に対する包囲陣が敷かれていく。
●非情な対応マニュアル
「Hello,お姉さん達。あたしはパトリシア」
明るい笑顔を見せて、サンバイザーを二指で弾き、薄暗い樹海で注意を引く。大型注射器を象ったシューターが一斉にパトリシアの方を向くが、気にした様子も無く、両手を挙げた。
「大方の予想通り、汎神解剖機関の方で動いてる。お姉さん達は連邦怪異収容局所属でしょ? こっち側に筋も通さず、いきなり送り込まれるなんて大変よね。どう、こっちに来ない?」
背丈の近い隊員の一人の前に堂々と近付いて、思い切り抱き締める。人差し指で背筋をゆっくりと、優しく撫で上げる。
「ついでに、楽しい一時も、おまけしてあげる。どう?」
怪力で逃げられず、助けて欲しいと涙目で訴える腕中の部隊員を切り捨て、武器を降ろすと、通信機で本隊と連絡を取る。
「完全に切り捨てられたみたいだけど、良いの?」
「……楽しませてくれるって約束、破っちゃ駄目ですからね?」
彼女は特に、其方の諜報活動に長けた隊員だった。
●人心掌握
良く知っている自分の庭を歩くかの如くだった。草木の感触と、木々の繁茂する風景を楽しみながら、邪竜は人として悠然と、迷うこと無く、樹海を歩む。
「やあ、お嬢さん達。君達の事は知っている。利害が反する訳でもない。一緒にどうだい?」
整った容姿、針金の如く鍛え上げられた細身。青年が、手を取り合おうと持ちかける。ウェットワーカーズの一部隊は、その存在感に腰を抜かしながら、提案が酷く魅力的な物に思えて、恐怖で喉を引き攣らせながら、必死に声を出そうとした。声は声にならず、どうにかこうにか、片手を伸ばして、少し待って欲しいと伝えようとした。
「大体のあらましは把握しているよ。現状を変えたいのであれば、汎神解剖機関なら紹介できる。FBPCよりは、多少はマシだろう。まあ、此方は、この件が終わってからだがね」
威圧を終わらせて、カエサルは、彼女等の返事を待つ。
●真摯と翳り
「事情を聞きたい。君達は、廃墟の狂信者を止めに来た、という認識で合っているかな」
真っ直ぐに向かってきたクラウスに、彼女等は攻撃態勢を取りながら、至極真面目に首を捻った。
「合ってると言えば合ってる、ただ、目的は怪異の捕獲だ。障害になるのは確実だから、止める……止めるで終わるかどうかは流石に相手次第だ。確約出来ない」
「なら、単刀直入に言うよ。協力できないかな」
熱の宿らない青い瞳は、言葉を返した部隊員を真摯に見つめた。クラウス自身、只の協力要請だと、良く分かっていた。他の手段が思い付かなかった。
「事情を良く知らない類だな。それとも平和主義者なのかい?」
「そうだね。故郷が、ここくらい平和になる様、努力する位には、平和主義者かな。ついでを言えば、俺は汎神解剖機関の人間じゃない。外部の協力者だよ」
表情を変えずに言うクラウスの瞳が、僅かに曇った様に見えて、隊員は息を吸い、吐いた。、
「酷い所の生まれなんだね。損害も、私達の比じゃ無いよね。分かった。少し待ってて」
●半端な答え
鎖を鳴らして赤銅色が歩を刻む。宵色の棺桶が背に揺れる。樹海に陽光が遮られても、尚、切れ長の薄氷は色を失わず、練り上げられた屈強な肉体は、汗粒の一つも見せない。猟犬の様に赤銅色を揺らし、巡回する。
「そう構えんなよ。端っからやり合うつもりはない」
遠間に感じた気配に、レヴィアは目線を遣り、言葉を投げ掛ける。
「大方、碌な情報持ってねぇんだろ。何かを掴めば僥倖で、掴んだ情報さえ手元に戻れば、生死は問われない。割食うのはいつだって現場側(こっち)だ。ふざけやがって。人を何だと思ってやがる」
「その言い草。民間協力者だな」
「言いてぇ事は山ほど有るんだよ」
怪異狩りに関しての不満は腐るほど有る。乗ってきたのに合わせて、捲し立てる。相手も同じような状況だ。
「俺は一応こう言うモンだ。今よりはマシな環境を紹介出来るとは思うぜ」
偽装身分証明を抓んで見せると、部隊員は怪しみながら、まじまじと見つめた。
「私個人に決定権は無い。判断を仰ぐ」
「中途半端だな。まぁそう言うモンか。テメェは人か? 犬か」
「付いて行く人を選ぶ位には人だよ、猟犬。今のリーダーだから、皆判断を仰ぐ。私以外の部隊も、きっとそうだろう」
意外な答えに、ルウォンは妙に納得した。
「その答えも、悪かねェな」
、
●判断
各隊から連絡。
寝返りの提案要請が四件。
何れも悪意は無し。
利害は一致しているが、機関への紹介はこの件の解決後との事。
ウェットワーカーズのリーダーは状況を纏めて、口を曲げて唸った。
一部隊は誘惑された。
一部隊は恐怖に魅了された。
一部隊は人間性に惚れ込んだ。
一部隊は単に気が合った。
「機関員は一人だな。コネは恐らくほぼ無し。バイトから解放される給金が出されるか、それともスパイ行為を要求されるか、ふうむ。面白い状況になったものだ。一番は部下達が生存しやすい環境かどうかだが。無茶な要求さえなければ、今よりは安全だな」
状況は大して変わらない様な気もする。
それでも、見える景色の色くらいは変わるだろうか。
今回の任務は特に、危険性が極めて低いから受けたと言っても良い。
思考よりも、この風に乗る方が気持ち良いと、心が囁いている。
「人間なら自分で決めろ、犬なら尻尾を振れは、中々痛烈だなぁ、うん、耳が痛い。忠犬では無かったからなぁ、私は」
通信機を取る。
「提案に乗ろう。少ない情報だが、開示を許す。彼等と共に行動せよ。任務終了後、生存者は伝手を辿り、機関に寝返る事を許可する」
「リーダーは?」
「バイト先は、雰囲気が良くて気に入っていたからな。名残惜しい」
●情報共有
「今回の任務は極めて、危険性が極めて低いんです。ゴシップ誌を発刊したのが、この樹海の中にある洋館の住所でした。狂信の元となっている要素が、その、極めて文化的な内容で、恐らく、彼等に戦闘能力はありません。ある方もいらっしゃるでしょうが、極めて小数だと思われます。怪異の行動以外に、命を落とす要素が無いんですね」
唇を啄まれ、熱い吐息を漏らしながら、パトリシアに話す。
「カエサル様には、お見えになりますでしょうか」
使用人の様に、掌握した女性を従えながら、カエサルは心なしか愉快そうに、樹幹を歩む。
「怪異が求めている儀式が、随分と風変わりみたいでねー。君が思ってるより、多分起きている事は、ずっと平和。ちょっとしたお祭りだよね。一応武力制圧の包囲網を作ったのは、樹海の中に、今回の主以外の怪異とかが居たら困るなって感じ。安全確保が主だったんだよね」
素の方で話す女性の話に耳を傾けながら、クラウスも洋館を目指す。
「猟犬は、ゴシップ誌には目を通すクチか? 目に毒かも知れんが見ておくと良い。それが唯一の情報源だ。上からの命令はもっと漠然としていてな。取り敢えず怪異による異変が起きたら駆け付けろ、位しか言われていない。後は丸投げだよ。私達は諜報も兼任しているからな」
渡されたゴシップ誌に目を落とす。給仕服に身を包んだ女と、執事服を着用した男が表紙を飾っている。美男美女と一目で見て分かるが、レヴィアは思わず呻きそうになった。
●合流
「つまり、血生臭い事は、ほぼ起こらないみたいね」
濃い仲になった隊員の一人と連れだって、パトリシアがゴシップ誌を見て、疑問形で喋る。
「恐らくね。愉快なことになりそうだ」
「それで終わらせて良いのかな。これ」
雑誌の表紙と内容に、クラウスは珍しく戸惑っていた。説得に応じた隊員が、それを見て、からからと笑う。
「あー……ノーコメント。ノーコメントだ。だから怪異は胸くそ悪ィんだよ」
殴って解決する類の方が余程マシな事を、レヴィアは察していた。力の強い怪異は本当に性質が悪い。
「迎賓館」と書かれた看板が、遠目に見えて来る。
第2章 冒険 『潜入せよ!怪異メイド喫茶!』

●怪異の胸中
その怪異は、発生の由来通りに、好奇心が強かった。
ふと、給仕服を着た者達が働く喫茶店を見付け、観察した。体験は出来なかったが、はて、それでは、給仕とはどの様な職業なのだろうかと、興味を持った。
同時に、執事服を身に付けた者達が働く喫茶も観察した。
はて、給仕服を身につけた者達よりは確りと役割を担っている。
人には性別がある。
それは男女として別たれている。
つまり、これは男女によって求められているモノが、明確に違うからだろうと検討が付いた。だが、もしかしたら、同じなのかも知れない。
同じだと思っている者達は、足繁く通わない者達が主張しているだけなのかも知れない。彼等は映像、画像によってその欲求が満たされているのかもしれない。
自信の本体に染み付いた記憶にも、その様な者は多かったと、確認が出来る。
ならば、その求めている物を提供する場所を作れば、人は喜ぶのだろうか。
テレビジョンの役割とは、そう言う物であった筈だ。
それは自身の好奇心が満たされる行為でもある。
夢中になってくれることも、素直に嬉しいと、感じられる。
●迎賓館
「いらっしゃいませ、お客様」
煉瓦造りの境界線、入り口となる、装飾付きの大仰な鉄柵が開かれると、数十のメイドと執事が一斉に頭を垂れて、訪問者を歓迎する。
「館の主から、この迎賓館を訪れる皆様をもてなす様に、と申しつけられております。何か御座いましたら、遠慮無くお申し付け下さいませ」
それを√能力者に言ったのは、執事長か、メイド長か、恐らく、客人に合わせて歩み寄る者は変わっている。
もし、携帯端末を持っているならば、この館の詳細な案内や料金システムが、この時に自動的に表示されている。この館は各種サービスに対して料金を提示しないタイプだ。後で利用サービスに応じた請求書が後日、自宅に届く。
宿泊部屋はあるが、その手の夜間サービスは行われていない。ルームサービスの提供をメイドか執事を選ぶ事は出来るが、それも詳細な相手の指名は出来ない。等、細かなルールが書かれている。目を通したかどうかは、√能力者によるだろう。
√能力者の他にも利用者が居て、些か雰囲気に酔って狂信的な部分が有る。中には、この間此処を紹介する雑誌を出したと、執事やメイドに話している利用者も居る。狂信は狂信でも、ファナティックを語源とした、ファンと呼ぶべき人達の集いだ。
この場所が好きで集っているが、法外な請求書から目を逸らし、入り浸っているとも言える。何せ、怪異に金銭感覚など、有るはずも無いのだから。
メイドと執事は、催眠状態の者も居れば、好きでやっている狂信者まで様々だ。だが、一様に所作は良く訓練されたものであり、その点に不満を持つ者は居ない。
●状況説明
√能力者は、迎賓館と名付けられた豪奢な造りの洋館で、大まかに二つの行動が出来る。
両方を実行しても良いし、何方か一方を実行するだけでも良い。
一つ目は、迎賓館に居る執事やメイド、協力関係に有るウェットワーカーズとの交流だ。ウェットワーカーズは諜報の為に、皆一様にメイド服に着替え、その立場で過ごそうとしている。
√能力者は着替えても良いし、着替えなくても良い。
これは単に執事やメイドと接する立場が、賓客としてか、メイドや執事としてか、を選択するだけだ。
また、交流する執事やメイドについては、ある程度、好きな容姿、性格、性別を指定出来る。希望があれば、何処かに書いておくと良い。
(※NPCのオーダーメイドサービスです、名は付けませんが、前章で制作したウェットワーカーズも含め、気に入った場合はPCでもアンカーでも、お好きな様にお使い下さい。名前は好きに決めて下さって構いません)。
二つ目は、怪異を弱らせる為の儀式だ。
迎賓館という場所で、【メイドあるある】や、【執事あるある】を実行することだ。
洋館で(偽装である)殺人事件が起き、メイドがそれを目撃する、執事が緊急的に武力行使をする、などなど、ドラマチックでも無くとも、思い付いた関連イベントを行う事だ。良ければこれを楽しむと良い。
これは√能力者だけでなくとも、ウェットワーカーズや、現地で仲良くなった執事やメイドに実行する様、協力したり、指示したりしても良い。
これらに関して、日を跨いで行っても良い。
目安は即日~3日程だ。単に幾らか日を跨いで行う、と書くだけでも良い。
特にデメリットは無い。
館の主は、テレビジョンから発生した怪異なのだ。
人を楽しませる事が、何よりも彼の心を充実させる。
●プロローグ
暗闇に、ぼうっと蝋燭の火が灯る。
すると、細身の男の影が、浮かび上がった。
「今宵は、語り部ゲンの物語に付き合って下さいまして、誠に有難う御座います」
男の影、鬼之瀬・玄(道楽一口話・h02765)はそう言って、しなやかに一礼する。観客の有無は、蝋燭の明かりでは、判断が付かない。
「今回の一口話で御座いますが、昨今、霊魂、荒魂、妖怪変化、幽霊、神の怒りと、騒々しい事、ご存知かと思います。お客様方の中にも、思い当たる方は、いらっしゃるんじゃあ、ありませんでしょうか」
燭台をす、すと客席をなぞるように動かす。すると、前髪に隠れた鼈甲の三白眼が僅かに、品定めする様に、細められた。
「そんな世の中ですから、一夜にして洋館が小綺麗になった。そりゃあ大変だ。なんて、世の中、誰も驚きやしませんよねえ。此度の話は正に一口、洋館で起こる、涙あり、笑いありの人間模様。少しばかり脚色もしてありますが、見たままを、皆様に語りましょう」
ふぅと、蝋燭の明かりを吹き消す。
物語の幕が上がる事を報せる合図だ。
●ガヤ
「誰推し?」
館に潜入し、好きなメイド服に着替えながら、ウェットワーカーズの面々はそんな話に花を咲かせていた。
「パトリシアさん」
「クラウス君」
「カエサル様」
「猟犬だな」
「直接遣り取りしたヤツの話は誰も聞いてないって」
話題を振った隊員は明るく笑って仕切り直す。最初に話題に挙がったのはクラウスだった。特に彼と同年代と、年上くらいの隊員からの人気が高かった。性格が義に厚く、影がある、良い所取りの性格に、確りと鍛えられた細身と、色白の童顔と、揃う物が揃っている。
「黒衣の王子様って感じ」
「王子というか、王と言う感じなら、カエサル様ですね」
次に話題に挙がったのはカエサルだった。年若い見た目に相反する、自信に満ちた言動に、冷酷でありながら気品を感じさせる雰囲気は、王の風格そのものであると言える。特に奉仕心の強い者からの支持が強く、魅了されているかの様に、支持層の熱量が高い。
「じゃあ、割と庶民派なのは猟犬こと、レヴィアさん?」
「口が悪い所だけじゃないのそれ……でも何だかんだ、面倒見とか付き合い良さそう」
レヴィアは普通の恋愛に焦がれる者や、年若い者からの支持が多かった。確りと鍛えられた肉体に、粗野な言動が逆に気に入られていた。そして、諜報を兼任している女性の目は誤魔化せない様だ。庇護してくれそうという部分も好印象の様だ。
「パトリシアさんも素敵じゃないですか」
「一部には凄い人気でしょうね、うん……アンタみたいなの、そう何人も居ないのよ。特にウチは、色事の諜報員が少ないし」
年若い割に、其方の方面が卓越しているパトリシアは蛇の道は蛇。同類、色事に精通している者達からの人気が高い。特に仕事が絡まない色事に溺れたいと言う憧れを持った者はちゃんと居る。大人のロマンスに焦がれているらしい。
「リーダーはどう思う?」
結局、この支部に所属しているウェットワーカーズは、最終的にリーダーの意見を聞こうとする。こんなことでも、判断を良く信頼されているのだろう。
「そうだなあ、気軽に付き合うなら猟犬、隣に居る事を許してくれて頼もしいのがクラウス、気に入られれば食いっぱぐれないのがカエサル、夜の街を楽しむならパトリシアだな。好きな者を信頼すると良い。こう言うのは結局、相性が一番だ」
●サーヴァント・コントラクト
「良く似合っているわ」
「有難う御座います。パトリシアお嬢様。って畏まらないと駄目ですかぁ」
「流石のあたしでも情緒くらいは求めるわよ。部屋への案内終わった後で、早々に! コンセプトをぶち壊すんじゃあ! な・い・わ・よ! あたし、一応サービス受けてる賓客よ、OK? 返事は、畏まりました、パトリシアお嬢様、よ! 軽くお辞儀しながらよ、分かった? 分かったらはい、リピート!」
パトリシア・バークリー(アースウィッシュ・h00426)は早々に演技を打ち切ろうとした給仕服姿のウェットワーカーズの隊員に、人差し指を立てて、思い切り貌を近づけながら、捲し立てる。
「畏まりましたパトリシアお嬢様ぁ! あ、名前をまだ、お伝えしておりませんでした。クロップです。部隊に配属されてからはずっとそう、名乗っております。改めて宜しくお願い致しますね、パトリシアお嬢様」
涙目で自棄になった様な返事から一転、スカートの端を抓んで、少し寂しそうに目線を伏せて、優雅に一礼する。艶やかな金色の髪がふわりと浮かぶ。
「入ってからって、それじゃあ偽名でしょう?」
「ええ、ですから、専属にして下さるのなら、好きな名前をお付けになって下さい。是非とも、私を飼い慣らしてみて下さいましね」
私は、パトリシアお嬢様の犬で御座いますから。
クロップと名乗った少女は、紅い瞳を細めて、唇は悪魔の様に歪ませて、主人で有るパトリシアの目の前で、首輪を付けて見せる。
じゃらりと、鎖を鳴らす。
忠誠の言葉とは、態度の全てが真逆だった。
「私が飽きるか、干からびるまで、貴方にお仕え致します。パトリシアお嬢様。でーも、後者であって欲しいなって、願っているのは本当ですよ。控え目に言ってぇ、お気に入りです」
「あなた、良く性悪って言われない?」
「私達の世界では褒め言葉で御座いますよ。パトリシアお嬢様」
クロップの態度に、パトリシアは溜息を吐いた。これ見よがしに鳴らされた鎖を手に取って、この従者をどうしてやろうかと、幾つか考えを巡らせる。
「これで本当に主従ね。言っておくけど、離してなんてあげないから、覚悟しなさいよ。飽きない夜を、教えて上げる。まあそれは一先ず今晩のお楽しみとして。情報収集、確りね?」
「畏まりました。御主人様」
●戸惑い、或いは求めている一時の平穏
「俺には良く分からない世界だな……」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は黒白の男女が、丁寧に接してくれる事に戸惑いながらも、サービスを享受していた。ただ、荷物を預ける気にはなれなかったし、ボディチェックが無い事に、胸をなで下ろしたりもした。
携帯端末に表示された料金請求の一例や目安には驚いていた。
「しかも、めちゃくちゃ高いな」
「こう言う所は初めてかな?」
迎賓館まで共に行動していたウェットワーカーズの女性が、館の者達と同じ様な衣装に着替えているのを見て、クラウスは首肯した。
「仕事熱心だね」
「クラウス君専属だよ。だから、それらしい言動は期待しないでね?」
「俺には分からない世界だから、その方が助かるよ。取り敢えず、部屋は借りようと思っているんだけど」
「鍵は預かってるよ、見取り図も覚えたから、案内するね」
遠慮無く手を捕まれて、部屋まで案内された。
(いや、これは……本人への意思確認や配慮が不足しているから、連行だな)
どうでも良い事を考える。
その程度には、何方でも良かった。
何時も相対している現実からは、どうにも、かけ離れ過ぎていて、少々頭が働かない。彼女の快活さに救われている状況だ。
「未知の世界に足を踏み入れた気分って、こんな感じなのかな」
「不思議の国のクラウス君かー、それはそれで見てみたいね」
●慈悲と戯れ
主と認めたガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)を成る可く待たさない様に、彼と相対したウェットワーカーズの部隊は、特に早々と着替えを済ませ、主を割り当てられた部屋へと案内する。
「案内ご苦労。さて、此処の怪異はメイドあるある、執事あるある、を実行すれば弱らせる事が出来る様だ。弱らせる事は必須では無いが」
頭を垂れた者を邪竜は睥睨する。魔性の瞳に、退屈と好奇を、ありありと映しながら。
「暇ではある。何かしてくれたまえよ」
ああ、と間を置いた。
「やる気を出すには、少しばかり褒美が足りないかな。そうだね、専属の部隊にしてあげようか。機関よりも待遇を良くする事を検討しよう。飽くまで、上手く出来たら、だがね。励みたまえ」
言葉に宿る自費に一層恭しく頭を垂れ、彼女等は主に断って、一先ず部屋を後にする。
「時間は必要だろう。暫くは館を見回って暇を潰そうか」
●心労
「血生臭いことが起きねぇのはいいことだ」
「そう思わないとやってられないと、顔に出ているぞ」
「うるせぇ、さっさと案内しろ。着替えねぇといけねぇんだよ」
レヴィア・ルウォン(燃ゆるカルディア・h02793)は若干の胃痛を感じ、片腹を抑える。差し出された錠剤の箱を、素直に受け取った。
「……助かる」
「猟犬向きの仕事では無いなぁ、見ていて楽しいが」
「こう言うのはアイツ向けなんだよ。今日はぜってぇ会いたくねぇし、絶対に呼ばねぇがな。それに、仕事だからな、覚悟は決めてる」
「うん、格好良いなぁ猟犬は。肩は何時でも貸す」
「要らねぇ」
愚痴を共有したウェットワーカーズの隊員に、ゆっくりとした歩調で館の客室に案内され、さっさとスーツに着替え、ネクタイをそれらしく緩める。上着は検討して、良いかと部屋へ適当に放る。疲れの演技は必要なさそうだった。心労が顔に出ている。
「庭か、ロビー辺りか。ああ、玄の野郎、首突っ込んでねえよな。まさかな」
手に入った少ない情報から、状況を整理する。
嫌な予感しかしない。
●真は物語に秘めやしょう
「おもろい話のタネになりそうな予感はしてんけど、まさかコスプレするとは思わへんやろ」
玄は、借金返済の道中に妙なゴシップ誌の噂を聞き付けて、拾った。怪異の仕業であると簡単に検討が付く。となれば、これは語り屋の領分の話だ。それ以上に、作られた状況が、創作意欲を掻き立ててくれる予感がした。
「此処はほんま終わっとんなぁ」
異世界を見て回る事が出来る様になってから、玄は良くその手の言葉を口にするようになったと自覚している。口にしながら飄々と、この世界を歩いている。嘘か真か、を語り屋に問うこと自体、間違っているのだ。何方も嘘で、何方も真だ。芯を欲するならば、物語の中にこそ、それは在る。
「って」
玄は間違いなく性別は男性だ。体付きは確かに細く、前髪が長い為、その瞳の形は見えづらい。彼は何故かクラシカルなメイド服を身に纏っていた。何故か。それは迎賓館の主の気紛れであった。
「なんで僕がメイド服やねん! もしかして主さん、えらい物好きか? ま、報酬貰えんなら何でもええねんけど……相棒居ったら、流石に気まずいなぁ」
自分と違って仕事熱心な赤銅色の猟犬を思い出す。どんな案件にも首を突っ込める胆力もある以上、出くわす可能性はゼロでは無い。と言うか、高いと見るべきだ。明らかに一般人とは異質な者が、館でメイドとしての業務をこなしている
「気まずいんやけど……」
溜息を吐く。せめて会わないように、願いながら協力者を探す。
●執事志望
「なになに……迎賓館?」
樹海に佇む洋館の看板を、ゼズベット・ジスクリエ(ワタリドリ・h00742)は空色の髪をくるくると人差し指で絡めて遊びながら眺めた、何同類や、見た顔が居るのを確認して、にっと笑う。
「何だかちょっと楽しそうな予感! こっそり、僕もお邪魔しちゃおうかな」
「いらっしゃいませ、お客様」
「ねえねえ、僕も執事になってみたいんだけど、なれる? 大丈夫そう?」
「当館では、誰もが執事、給仕としての振る舞いが出来る様、皆で常に助け合い、協力しております。何方でも、と言う程では御座いませんが、ある程度の礼節さえ弁えていらっしゃれば、今すぐにでも見習いとして、雇用致しましょう」
出迎えた執事は名前も聞かず、ゼズベットを執事見習いとして雇用し、迎え入れた。
「ありがとー!」
「そう言った遊興を提供している場でも御座います。ただ、高額な利用料金を頂く立場で御座いますから、振る舞いについては確りと指導致します。ご了承下さいませ」
礼を言ったゼズベットに執事長は耳元に口を寄せて、ひっそりと伝えた。役割を逸脱している情報は、こうして密やかに伝えるルールなのだろう。
「指導役は帳さんという方です。ご案内致しましょう」
●五里霧中の案内人
「案内ありがとう。それで、何か儀式をやりたいんだけど」
「うんうん、わかんないんだよね!」
部屋への案内が終わった後、困った顔のクラウスに相槌を打つ。
「そうだね。何とか……助けてくれると嬉しい」
「んー、じゃあ、ちょっと、私に付き合って」
強引に肩を掴んで横並び、端末のカメラを向けて、シャッターを切る。デジタルのシャッター音が複数回鳴り響いた。
「うん、良く撮れてる。それじゃあ次はお庭を巡ろう、お庭!」
困り顔のクラウスが映っているのを見て、珍しい表情だと、やけに嬉しそうにする。
「……うん?」
次は庭、写真を沢山撮る事が、あるあるなのだろうか。
思わず首を傾げた。
「あ、私はベルって言うんだ。偶に呼んでくれると、嬉しいなー!」
●王様の暇潰し
「良く手入れがされている庭だった。
無駄な枝は無く、葉も花弁も、健康的な色付をしている。細やかで、心の籠もった作業がされている。カエサルは満足気に首肯した。庭の造りは和洋両方の折衷で、好きな方に賓客が足を落ち着けられる様にしている。花の品種と説明を見れば、それとなく分かる様な配慮もされており、迷子にならない様に、モニュメントが所々に設置されている
西洋のエリアには、シックな色調のアンティーク・テーブル。細工の付いた銀の菓子置きが当然の様に置かれている。
和風のエリアには、朱色か木の色を活かした細工入りの木製卓と椅子。それぞれ目を楽しませる様に、配置されている。
「思ったよりは暇を潰せたね」
カエサルが庭を観察していると、メイド姿の影が声を掛ける。
「カエサル様、ですね。どうか私を、お側に置いて下さいませ」
青い髪を後ろ手で纏めた少女は、そう言って深く頭を下げた。
「勇気を出して、と言った所かな。中々面白いお嬢さんだ。私に初対面で、そう言った事を言える者は、多くは無いからね」
仰々しく片腕を上げ、指を鳴らす。小気味の良い音と共に、出力を控えた光剣が掌中に現れる。
「頭を下げるという行為は、首を落としても構わないと言う意思表示でもあるらしいね」
首筋に光剣を当て、少女の動脈を切れるか切れないか、驚異的な精度で弄ぶ。
少女は冷や汗を浮かべながらも、恐怖に耐え、喉を鳴らさず、主の気紛れな戯れに付き合った。
「お望みであれば」
「狂信かな?」
「いいえ、一目惚れです」
「ふむ、面白い答えだね」
魔力を操作し、光剣の姿を変える。宝玉となったそれを少女の掌の上に、浮かび上がらせる。
「今日を含めて三日の間に、コンマ1秒かな。それだけ生き延びられたのなら、飼ってあげよう。触れた後は、一時も手放してはいけないよ。それは私の慈悲に対する背信行為だ。君の命は無いと思いたまえ」
「分かりました」
掌上のそれに触れる。精神が吸われた様な感覚と共に、カエサルの姿が映り、仮想の肉体は瞬間に切り刻まれた。痛覚は確りと現世の肉体に刻まれ、少女は今度こそ悲鳴を上げる。
「仮想死亡後のインターバルは一秒に設定しているよ。夜間の睡眠時は夢として、同じ事が起きる。説明は以上だ。肉体や精神に異常を来すことは無い。努力したまえ」
予想以上の暇潰しを見付け、カエサルは上機嫌に庭を見て回る。
後には少女の呻きと悲鳴。疲弊しきった足音だけが聞こえて来る。足取りは、カエサルの方を向いていた。
庭を歩いている、貴方の姿がどうしようもなく、胸をざわつかせたのだ。頬に朱が差す感覚を初めて知ったのだ。一人の者でなくも良いと思った。側に居させてくれれば、それで良い。
(それだけで、良いから……)
遠い遠い道程を歩む。
●疲れた若いリーマンと目隠れ女装メイド(クラシカル)
何時もとは似ても似つかないフラリとした足取り。疲労を隠そうともしない社会人の振りをして、レヴィアは庭に居る客に話しかける。
「そういうことで、今日は癒やしを求めて此処に来たんだよ」
夜勤疲れ、繁忙期の後、上司との簡単な諍い。認めたくないがこの手の話題の引き出し方は、あの自由人の真似事だ。本当に舌は良く回る。ある事無いことポンポンと。
「どんな過ごし方してんだ。馴染み無くてよ」
大概の客は奉仕を楽しんでいると言う回答が返ってきた。変わり者は殆ど部屋に籠もって、芸術活動に精を出す。また自然や庭の出来が良いので、スケッチに繰り出す者も多く、そう言った客をメイドや執事が見付けては、確りとサポートしているらしい。
服飾と美男美女を眺めるだけなら、庭仕事に精を出す者達を眺めるだけでも十分に絵になるという。
「ルームサービスは指定出来ないけど、仲良くなった人が進んで来てくれたりはするの。とっても嬉しいのよね。専属も憧れるわ!」
専属は飽くまでメイド、執事側からしか申し出が出来ない。それは内部だけで処理されていたり、言わずとも汲み取ってくれたりする。個人の仲なので利用料金も個人間の相談にしても良いのだとか。
「ゲスの勘ぐりかも知れねえが、こう言う場所だと色々他にも有るよな」
「そう言えば、館の主人にはどうやっても会えないのよね。何処にいらっしゃるのかしら?」
(ま、そうだろうな。情報はこんなモン……)
視界を横切る長い前髪、聞き覚えの有る声と、口調。何故か長い裾のメイド服を着た男が、視線に気付いて此方を向く。
互いに、携帯端末を引き出し、相手に向ける。
カメラモードの起動からシャッター音まで、僅かな躊躇いか、心労の所為か、レヴィアは丁度一秒、遅れた。
「僕の方が、シャッター押すの、早かったなぁ、相棒」
「何で手前ェが居るんだよ……腹いせにこの写真ばら撒くか。恥は無えのか」
「やめてや! せめて金になるよう売りさばいてや! 恥? あるに決まっとるやろ、気まずいわ普通に! でも会ってしもうたなら、もう仕方ないやん? 随分疲れとるな?」
「手前ェが居るなら、もう手前ェに任す。何か分かったら連絡寄越せ。手伝える事は手伝ってやる」
「おおきに。愛を感じるわぁ」
「一ミリもねぇよそんなもん」
部屋番号を教えて、身体を引き摺る様に戻る。
気分が悪い。目眩がしそうだ。
●帳さんと見習いさんの一日目
「帳先輩ですね。宜しくお願い致します!」
「はい、宜しくお願い致します。暫くは私の指示と注意を良く聞いて下さいね、見習いさん」
黒い髪をした青年、帳は特に庭を見回ってサービスをすると言う役割に特化していた。客の機微に敏感で、良く気が利く。庭の構造を確りと覚えていて、茂る樹木も詳細に話し、雑学も豊富でどの様な年齢層からも話題を引き出して、和やかな雰囲気を作っていた。
「この業務は特に、絵画に詳しい方も良くいらっしゃいますので」
絵の知識も広く浅く拾っている様だった。また、滞在している客の、無意識的なスケジュールを把握しており、茶を出す時間がずれる事は無く、多忙を絵に描いた様だった。初日は流石のゼズベットも付いて回るのが精一杯だったが、案外意識していない所から出る話題と、礼節がやや欠けているものの、明るい声で客の話題に乗ったり、悩んでいる客には確り気遣ったりと、評判は悪くなかった。
「見習いさんは、とてもお優しいのですね。良い心構えです。ですが」
もう少し礼節を持って接する様にと、短く注意が飛ぶ。そんな注意のワンシーンも、愛嬌が有る物と、微笑ましく見守られていた。
●メイドのお玄ちゃんと一輪の花
「相棒は素っ気ないなぁ」
仕方が無い。この手の雰囲気は苦手なタイプだ。
代わりに、荒事には滅法強い。
「レヴィア結構女からも人気あるんやけど、本人あれやからな。リーマン風ってけっこーレアショットやし、誰か高く買ってくれへんかな」
「お玄さーん! 手伝って頂けませんかー」
「その声は牡丹ちゃんやな、ええよええよー」
仲良くなった牡丹と言うメイドの要請に応え、玄はついでに頼み事をする。黒の瞳に、緑色の長い髪が印象的な、礼儀正しい娘だ。
「代わりに、ちょっと僕の事も手伝ってくれへん?」
「んー、えっと、お玄さんの頼みなら、良いですよ?」
少しの戸惑いを感じて、玄は軽く頭に疑問符を浮かべる。
「……おおきに。少しやりたいことがあってなぁ」
●脱力
「お帰りなさいませ、レヴィア様。なんてな」
すっかり馴染んだウェットワーカーズの銀髪が、給仕服の姿で出迎える。
「仕事してんのか手前ェ……まあ良い。今日は疲れた。しかし、メイドって飯だ菓子だに絵を描いて呪文? を唱えてるイメージだったが」
「それは大衆向けの店で行われている給仕サービスの一環だな。メイドはそもそも、ただの家事手伝いだ。主人に見捨てられると、行き場が無くなるし、良い主人に奉仕したいと思うのは当然だろう?」
「成る程な、俺の知識の方が偏ってたって訳か」
「と言うわけで、やってみようと思うんだが」
出来立てほかほかのオムライスが、目の前に給仕される。
「あ? あーまぁ、別にやりてえならやってくれていいが、やるなら特別仕様で頼む。金はある」
「特別仕様か。さて、どうしたものかな。まずは定番の、美味しくなぁれ」
胸の中央で、ハートマークを両手で作り、オムライスに向けて突き出す。
「……ならねぇよな?」
「ならないだろうな。それからケチャップで絵を添えなければな」
中々器用な手付きで、可愛らしい丸っこい垂れ耳の犬が描かれる。その下には、今日は一日お疲れ様、の文字が添えられた。
「……これ、どっから崩すんだ」
「そこに迷うのか」
犬に何らかの思い入れがあるのか、真剣に戸惑うレヴィアを見て、くくっと銀髪の女隊員は笑う。
「そう言や、名前聞いてなかったな」
「うん? あー……好きに呼べ。それを名にしよう。猟犬の名付けなら、どの様なモノであっても不満は無いからな」
●二日目
クラウスは隊員に付き合っていた。事ある事にシャッターを切る。かと思えば、確りと給仕をする。昨夜も事ある毎にルームサービスを持って部屋を訪れては食べている所をやけに眺めたり、寝床で適当な話を持ってきたりする。
二日目はどうかと言うと、朝からまた庭に連れ出された。やけに体調の悪そうなメイドが庭に見えた。
「何をしているのか、聞いても良いかな?」
「んー、館を訪れたお客様に恋をしてしまったメイドを演じているよ。って言うのが、クラウス君向けの説明。本当の所は、気になる男の子との思い出を一杯作って残そうー! を実行している所。クラウス君の故郷程じゃないけど、私達もね、何時死んでもおかしくない仕事に就いてるからさー、それに青春! 普通の事に憧れちゃうよね!」
そう言って悲しそうに目を伏せた。
「私達にはどれも、縁が無いモノだからさ。あ、演技とかじゃ無いからね」
「うん……いいや、良く、分かるよ。その気持ちは。俺で良かったら、幾らでも付き合うから」
心が痛む。良く分かる。世を去った友を思う。金色の瞳にじっと見られているのに気付いた。
「あー、こりゃ敵わないね。でも、私も諦め悪いから、頑張っちゃうぞー」
「頑張るなら、名前を聞いても良いのかな?」
「名前かぁ、名前はー、クラウス君の好きに呼んでくれれば良いよ!」
●これはこれで滅茶苦茶息が合って仲が良い
「クラウス君、仲良さそうだなぁ、良いなー、僕も混ざりたい」
「あれはお邪魔してはいけない類でしょう、他へ回りますよ、見習いさん」
「あ、そうだ。僕あれ見たいんだった! 高い位置からカップにお茶を華麗に注ぐヤツ!」
「あれですか。憧れる気持ち、とても良く分かりますよ」
「帳さん本当に良い人だよね!」
互いに親指を立てる。帳はこう言った会話にもきちんと対応してくれる。案外ノリが良いのだ。一緒に居て気持ちが良い。
「カエサル様がそろそろ、暇潰しに庭を散策されるお時間です。其方で披露致しましょうか」
「やった! 有難う御座います。僕がやるのは……?」
「駄目です」
「新人教育っていう体で……」
「駄目です。それならば執事達の前で練習を積んでから、ですね」
「確りしてるぅ……」
「個人的になら、付き合って差し上げますからね? ちゃんと然るべき場所で練習致しましょう」
その言葉にゼズベットはすぐに表情を輝かせた。
●スケジュールフリーが集う茶会
「進捗はどうかな?」
満身創痍と言った様子の青い髪の少女を見下ろす。辛うじて立ち挙がっては、カエサルの後をついて行く。追い縋る。恋をした人の問い掛けに、声を出す。
「いち……」
「ほう、一刀見切ったのだね。しかしまだまだ、先は長いよ」
カエサルが頭を撫でると、少女はその感触が、何よりも嬉しいらしく、頬を赤らめて、安らいだ様な顔をした。
「引き続き、頑張りたまえ」
「カエサル様。宜しければ、紅茶をお煎れ致しますが」
「ああ、帳君、君は本当に優秀だね。長い滞在でも無いにも関わらず、私が来る時間を良く把握している。頂こうか、付いて来ている者達にも、菓子と一緒に、宜しく頼むよ」
「畏まりました」
高い打点からカップに向かって素早く降ろしながら、紅茶を零さずに、カップに紅茶を注ぎ、音を最小限に、ソーサーに載せ、賓客に提供する。カエサルは独特の雰囲気から、不思議と女性客が付かず離れずの距離で付いて回っている。そう言った客にも帳は丁寧に紅茶を注ぎ、提供した。
「それと、君は同類だね。事に当たる時は宜しく頼むよ」
「宜しく……お願い致します。カエサル、様! ゼズベットと言い……申します」
「うん、君は、随分其方の業務に向いていないね。然し、これはこれで楽しいモノだね」
カエサルの機嫌は目に見えて良いものだった。
「賑やかだと思って来てみたら、そう言う感じか、後、顔見知りも居るじゃねぇか。ゼズベット、だったな。こう言うの出来る手合いじゃねぇだろ……」
「出来ていないね」
「だろうな、どう考えてもタイプじゃねぇ」
昨日よりは随分と顔色の良くなったレヴィアが、のそりと顔を出す。玄に任せた時点で、やることは終わった。碌な情報も無い。庭は意味も無く徘徊するのに、丁度良かった。
「不出来な執事と言うのは見ていて中々楽しいモノだと、今学習した所だよ」
「僕の扱い酷くな……酷くありませんか」
「成る程な」
「だろう?」
●騙り
「役者ももう揃っとるしな、ほんなら、そろそろ始めましょ。主役は牡丹ちゃんや、宜しゅうな」
とん、と少女の肩を押し出す。周囲が暗闇に呑まれ、物語がゆっくりと綴られていく。
スポットライトが三人のメイドを照らし出す。
「これで、漸くあの子が館を去ってくれるね」
「私達の主様を独り占めしようとしたあの子が悪いんだ」
「面白い顔を、してましたねぇ」
三人の娘がくすくすと笑い、スポットライトが消えて、一層に嘲笑が印象付けられる。
一人の娘が映し出される。
「ああ、申し訳ございません、申し訳ございません、旦那様。どうかお許し下さいませ。私にはもう、行く所がないのです」
お客様の席に出す料理の味付け、順番、説明、全てが出鱈目だった。新米メイドの牡丹は、その素直さと素朴さが、館の主人に、いたく気に入られていた。それが、多くのメイドの顰蹙を買ったらしい。結託して、彼女を陥れようと、罠に填めたのだ。
「全て、私の教育が至らなかった責任です。旦那様。彼女を、どうかお許し下さいませ」
メイド長であるお玄は許しを請うて、深く頭を下げた。長い前髪の所為で、表情は読めないが、何時も通り、表情を殺しているのだろう。
雨の日だった。
主は、必死に頭を下げたメイド長、お玄の真摯な態度に根負けし、全ての責任を彼女に取らせる代わりに、牡丹を残すことにした。
「メイド長、いいえ、お玄さん……そんな、そんな」
母のような人だった。此処に来てから、自分の面倒を公私問わず良く見てくれていた人だった。何故、このような別れになったのだろう。
頬を自然と涙が伝う。溢れんばかりの涙が伝う。ああ、ああ、別れとは、このように辛いモノだったのだろうか。
「泣かないで、牡丹ちゃん。これが最後の指導よ。良くお聞き。此処では弱さを見せたら命取り、私のことを悔やむなら、牡丹ちゃん。アナタがメイド長になって、見返しておやりッ! 元気でね」
「はい、はい、牡丹、きちんと守りますから。お玄さん、私、泣きませんから」
「それで良いのよ」
周囲に、光が戻って来る。
「コレで良いんですか、お玄さん?」
「ばっちりばっちり! 牡丹ちゃんええ演技やったで。我ながらハリウッド級の演技やわ、な?」
「何でテメエがメイド長役なんだよ。詰め甘過ぎだろ」
「牡丹君に罪は無いね。勿論他のエキストラにもだ」
「救いが無さ過ぎて暗いかな。あと音楽! 音楽が足りなくて寂しい!」
「もう少し、セクシーなシーンがあっても良くない?」
芝居の終わり、√能力を持つ者達は散々な感想を零した。
「ええと……うん、楽しかったよ」
「クラウス君。同情は一番心に痛いからやめてや! 牡丹ちゃんはどやった?」
「えっと、お玄さんと一緒にお芝居が出来て、楽しかったです!」
「え、ああ、あーうん! ありがとな!」
素直な笑顔に玄は正直、戸惑った。
何処かで、怪異の拍手と笑い声が響く。
●遠い憧れ、果てない恋慕
何度目の一刀を越えただろう。二刀目が見えてきた。疲れ切っているのに自然と身体が動く。いいや、動作が極端に削られているのだ。今までの動作では無駄が多すぎるから、自然と身体がそうなっていった。そうでもしなければ、この無数の剣戟を潜り抜けられる気がしなかった。
(カエサル、様……)
一刀一刀の剣閃が美しい。迅い、重い。
これでも、まだ無駄はあるのだろうか。
次の剣閃を見切る。
(また、褒めて下さいますでしょうか)
頭を撫でられるだけで、とても嬉しかった。
●三日目
迎賓館がゆっくりと姿を変えていく。
洗脳されていた執事とメイドが退職を申し出て館を去って行く。
蔦が絡まり、廃館の姿が顔を出す。
庭に置かれていたアンティークが錆びて、木目調のテーブルや椅子が脆くなる。あちこちが汚れ始め、一日目の姿は見る影も無い。
食堂で、カエサルを慕うウェットワーカーズが、カエサルの為の食事会を開く。賓客を持て成す際のあるあるという事だろう。
美食家である彼を納得させる程度には、食事の説明も味も凝っていた。レシピは、それぞれの出身地の郷土料理で、取り分け自身が良く食べていた味付けで作られた。物珍しい味わいも多かった様だ。
「これは確かにあるあるだろうね」
そう言った彼は、顔色の悪い一人の少女を傍らに置いていた。
「今日の夜までだよ、頑張りたまえ」
大概は一日と持たない過酷な試練を、彼女は耐え抜きそうだった。感情とは時にこのような熱情を生むから面白い。邪竜は珍しく、上機嫌に唇を釣り上げた。
「帳さんは進んで来たタイプだったんですね」
「ええ、迎賓館というネーミングも気に入っておりました。主はとてもセンスが良い」
ばしゃりと豪快にカップから紅茶を零すゼズベットを和やかに見つめて帳はからからと笑う。
「請求書は踏み倒されるでしょうね。お客様の大半は、帰りたがりませんでしたから、きっとこうなる時を、待ち望んでいたのでしょう」
「酷い話だよね。これじゃどっちが悪いのか分からないし!」
「ゼズベットさんは本当に良い御仁です。アナタさえ宜しければ、友人と思っても、宜しいでしょうか」
「勿論歓迎歓迎、僕も帳さんの事気に入ってるしね!」
「有難う御座います」
館は随分と寂しくなった。大半のメイドと執事はやることを無くし、残った√能力者と数名の客をもてなしている。
「そろそろ頼むで、相棒」
「言われなくても分かってんだよ。それから牡丹……だったか。無碍に扱ったら殺すぞてめェ」
「え、あーうん、どないしよな……本当、どないしょ」
「情けねぇ選択だけは避けろよ」
●蝋燭に火が灯る
「さて、一夜にして小綺麗になった館はあら不思議、たった三日、滞在した者達によって見るも無惨な姿になりました。何故かって、それは偏に、様々な愛の形があったからでしょう、主人も嫉妬してしまったのか、ふしだらさに失望したのか、それは私にも分かりません。滞在者の涙あり、笑いありの一口、楽しめましたでしょうか? 続き? 続きはまた、後日。語り屋お玄の一口話においでになった時まで、それでは」
玄は蝋燭を灯し、光一つの暗闇で丁寧に一礼する。
やはり、客がいるかどうかは見えない。
これは何時、彼がどこで話したのか、それは皆様の想像次第。
意味の無い、只の幕間かどうかも、あなた様、次第。
それでは、これにて。
第3章 ボス戦 『ヴィジョン・シャドウ』

●館の主「ヴィジョン・シャドウ」
廃館にゆったりとした拍手が響く。
「今回の僕が組んだ企画は、楽しめたかい? 僕は勿論、楽しませて貰ったよ」
唇が悪意たっぷりに三日月を描く。
「然し、人は本当に勝手なんだねえ、帳君、それに牡丹君。君達は僕の用意したエキストラでは無かったのに。特に帳君、君は此処で、それはもう甲斐甲斐しく、他人に尽くしたよねえ。殆どは君に正しい報酬を支払わなかった。何でだろうねぇ、さっぱり分からない。でも、分かったことはあったよ!」
モザイクの掛かった顔が、明らかに喜悦に歪む。
「人は、他人の事を深く、慮る事が出来ないんだね。僕はさ、僕が退治されて、企画が終わっても君達が確りと暮らせるよう、料金を設定していたのにさ! その殆どが、料金システムの穴を付いて、長期滞在と不払いを選んだ。本当に人って残酷で、自分勝手で、面白いね」
劇場的な声の抑揚は、壮大な実験が終わった後のマッドサイエンティストの様だ。
「ま、当然、意図的に作ったんだけど。余りにも予想通りで、笑いが止まらなかったよね。さて、館の様子を見て分かる通り、僕は弱ってしまった。だけど、痛い解剖も動けなくなる封印も嫌だからね。全力で抵抗させて貰うよ」
怪異は何処からか取り出したクラッパ-を鳴らし、カットを切る。
「此処からは番組変更、ゴールデンタイム放映のアクションドラマだ。勿論、主人公は僕こと、館の主、ヴィジョン・シャドウだ」
ヴィジョン・シャドウの影が膨張し、館を包む。何処からともなく、声が響く。
「番組の粗筋は、館に賓客を名乗って襲撃する悪漢を次々と薙ぎ倒す館の主! 正義の付喪神! 彼は己の正体を知られぬ様、本体であるテレビジョンを隠し、電波と影と衝撃、人型の分身を用いて、悪漢の襲撃を乗り切る為、孤軍奮闘するのであった!」
廃館のあちこちに、テレビジョンの複製と、モザイクで顔が覆われた、赤髪のスーツ姿の男が無数に出現する。
●状況説明
状況は√能力者達の努力の甲斐あって大きく進行した。
現在、館に残っているのは数名の執事とメイド。それからウェットワーカーズの面々だ。荒事に慣れているウェットワーカーズは、√能力者の指示次第で行動を変える。
特に指示が無ければ、残った執事とメイドを庇護しながら撤退する。
√能力者が前章で関係を築いた者に対して、個人的に用があるならば、記載しておくと良い。
戦闘は、常に√能力【放送】が発動している状態で戦う事になる。
今回の舞台が、この√能力によって、構築されていた為だ。
効果は「【テレビドラマの内容】を語ると、自身から半径レベルm内が、語りの内容を反映した【撮影スタジオ】に変わる。この中では自身が物語の主人公となり、攻撃は射程が届く限り全て必中となる」と言ったものだ。
効果範囲はざっくり、迎賓館と呼ばれていた範囲の施設全てとなる。
語った内容は上記の通りだ。
退治に必要な事は、ヴィジョン・シャドウの本体であるテレビジョンを見付け出し、叩くこと。
本体の場所は、モザイク掛かった顔のスーツ姿の男を倒すとヒントを吐く。
ただし、これは弱った怪異が勝手に定めた、遊興的なルールだ。√能力者が付き合う必要は無いし、必然性も無い。
まあ、人型を倒すとそこそこ良い反応をする程度にはユーモアがあり、特殊な空間な事もあって、何故かヒット数とコンボ数、討伐数が視界に表示されたりもする。これらを引っくるめて怪異の趣味であり、遊興である。
他にも手段は数多くある筈だ。
特に難しい事は無いだろう。
√能力者達は状況を把握し、行動を開始する。
●連作【迎賓】
蝋燭が揺らめいてる。
暗がりに、人影が照らし出される。
「今宵は、先日の一口噺の続きをご所望のお客様が多く御座いまして、折角ですから、この物語、迎賓と名付ける事に致しました。迎賓、迎賓館と言う存在は知っていても、この単語、ご存知の方、如何ほどいらっしゃいますでしょうか」
暗闇を照らし出す蝋燭と、それを持つ鬼之瀬・玄(道楽一口話・h02765)は、夜道の案内人の様だ。
「迎賓とは、賓客を迎え、持て成す事。まっこと、聞き慣れない単語ばかりが出て来る。そう思ったお客様も多くいらっしゃいますでしょう」
暗闇の中で、髪を揺らしながら、玄はゆっくりと歩く。左右に歩く姿は幽鬼の様でもあり、右往左往をしているだけの様にも見える。
「賓客とは、敬うべき客人の事で御座います。ご存知の方にとっては、下らない前置きで御座いますが、どうかお許しを。つまり、迎賓館とは、大切なお客様を迎え、持て成す館……或いは建造物という事で御座いますね。さて、皆様は何故、この物語に、それほど、興味を持たれたのでしょう」
これが、僕にとって、尊敬するお客様方への、持て成しであると、心の何処かで、理解されているからでは、無いでしょうか。
玄は問い掛ける。
当然の様に、答えは無い。静まりかえっているのか、尤もだと頷いているのか、暗闇の先が、照らし出される事は無い。
「物語の終幕は、切った張ったの大立ち回り。虚構塗れの大嘘話。ですが、それも、お客様方の好まれる展開で御座いましょう?」
妖しく口角を釣り上げ、蝋燭の火を吹き消す。
案内人の居ない暗がりで、死神が嗤う。
●キャットハンド・シスターズ
「猫の手も借りたいね」
パトリシア・バークリー(アースウィッシュ・h00426)は怪異が分身するのを見て、冷静に呟いて、愛用の金属手甲に施された、血染め鴉の細工に、口付けをする。
「来て」
呼び掛けと共に濡れ羽色の羽根が舞い、アリア・ベレスフォード(パトリシア・バークリーのAnkerのなんでもしてくれる人・h06361)が姿を現した。
「お呼びでしょうか、パトリシア」
長い黒髪を揺らしながら、アリアはパトリシアに傅いた。
「手伝ってちょうだい」
傅いたアリアの唇を奪う。そのまま有無を言わせず、舌を絡ませ、魔力を送り込み、相手の体内で循環させる。指向性を持たせた魔力はアリアの体内で順応し、その姿を徐々に変質させる。
頭からは捻れた角が、肩からは蝙蝠の様な黒の皮翼が、尾てい骨からは悪魔の様な尖った尻尾が生えて来る。熱愛を宿す焦茶色の瞳が、淫欲に浸る悪魔の様だ。
「あー、浮気、浮気ですねー!」
「クロップ、アリアさんは今日からあなたのお姉さん、仲良くしなさいね」
「義理の姉妹設定ですねぇ。はーい! 今日から宜しくお願い致します。アリアお姉様ぁ」
「ええと、良いんですか、クロップさん?」
クロップは悪魔の姿をしたアリアに躊躇いなく、甘えたがりの妹の様に思い切り抱き付いた。アリアは少し困惑しながら、頭を撫でる。
「良いのよ。この子、性悪だし」
「そーれーよーりー、名前ですよぉ、名前! ちゃんと付けて下さいよぉ! 折角パトリシアさんの下で働くんですからぁ」
「後ね、後」
身の丈か、或いはそれ以上の無骨な大剣を構え、パトリシアは廃館を跳ねる。
「正義が悪に負けるプロローグ、って王道なのよね。因みに、物語の中盤でも良く使われる手法よ」
宙空に出現させた法陣を蹴り、テレビジョンの包囲網を一つ薙ぐ。派手な破壊音と共に重量家電が、廃館に叩き付けられる。背後に忍び寄るテレビを、大型注射器の針が次々と撃ち落とす。
「おぉ、身体の調子が良いですねぇ。そゆことですかぁ」
貴女に付いて来て良かったと、クロップがはしゃぐ。周囲を桃色の霧に包みながら、手応えの無さにアリアが首を傾げた。
パトリシアは目端にCombination! と、ヒット数がスタイリッシュに表示されるのを確認しながら、アリアの仕草から状況を把握し、手近な分身に向けて跳ね、巨大な得物を叩き付ける。
「君の死刑宣告は、ギロチン。この重さが罪の形であり、慈悲の形」
親指を立てて、轟音とともに怪異の分身の気配が薄まる。
「辞世の句はどうでも良いから、本体の居場所のヒント吐きなさいよ」
「はいはい、一つ目のヒントはね、この状況を打破すること」
全力で巫山戯ている、消えかけた怪異を腹いせに串刺しにする。
コンボ数が増えた。
パトリシアは溜息を吐いた。
●若者の人間離れ
「些か終幕には相応しくない演出だね。まあ、付き合ってあげようか」
ガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)は指を鳴らす。膨大な魔力によって形成された法陣が、自身に付き従っていたウェットワーカーズの隊員と、青い髪の少女を包み込む。法陣はゆっくりと閉じられて行く。
「ロヴィーサ。約束通り、仕えることを許そう。君達は当面、彼女の世話役かな。それと」
包囲している無数のテレビから発せられる震動が、翳された掌に触れた瞬間、震動が凪ぐ。
「√能力にだけ頼るのは、やめておいた方が良い」
右手に触れた先から力の根本が掻き消されて行く。震動が空気に触れ、伝わる前に目視で捉え、右掌で握り潰す。ある程度動作を区切って表現しても、人間離れした荒業と言う他無い。
「右手に触れない工夫が必要だね。もし君が物語の英雄だとして、この程度、乗り越えられなければ」
震動を握り潰しながら、一息で懐に入り込む。
一閃。
「それは英雄を夢見て語るだけの、滑稽な端役だ。さしずめ、ドンキホーテと言った所かな」
光剣の軌跡は確かに、首を跳ねていた。
無駄を極限にまで省いた体捌きと共に繰り出される、あまりにも鋭利な一閃は、怪異の分身が、それを自覚し、気付くまでに、実に数秒を要した。
「天晴れ、この僕が、斬られた事に気付かないとは、見事、誠に見事な一閃であった! 次のヒントは、館を出ることだよ!」
目端にキル数がカウントされ、カウンターやパリィが積み上げられる。
「ああ、展開に予想が付いてきたよ」
法陣が閉じられ、数名の人影が消える。
彼女等は館の外、樹海に何時の間にか移動していた。
●お人好し
「楽しかったのは本当! 知り合いの色んな姿を見れたし、友達も出来たしね!」
「おやおや、随分とお人好しなんだね、ゼズベット君は」
「お人好しなのは多分、君もだよね。でも、無罪放免ってワケにも行かないからさ」
ゼズベット・ジスクリエ(ワタリドリ・h00742)は何時も通り、正直に気持ちを伝えながら、細剣を抜く。
「宜しく、自称正義の付喪神さん? 君に終焉を運んであげる」
悪役の振る舞いは確かこんな感じ、と何となく帳の方に目を遣った。元気が無い彼を見て、ゼズベットは、笑って見せた。
「帳さん、色々有難う! 今度は華麗にお茶を注いでみせるから、絶対また会おうね!」
笑いかけられて、声を掛けられて、帳は戸惑ってから、友人の声に応えた。
「ええ、その時を、僕も、楽しみにしております。また、必ずお会いましょう」
夢を見るような口調だった。
「約束!」
ゼズベットに向けて、テレビから一斉に放たれた影の波動、追尾を全速力で振り切りながら、双子星の蒼い瞬きが、道を切り開く。
「ほらほら、正義の味方なら、上手に踊って見せなきゃ!」
細剣がそよいで泳ごうと、風精に歌いかける。
悪戯に吹く風が輪となって、怪異の分身の四肢を刻む。
包囲が緩めば、青い燕がにっと間近で笑う。
「君、正義の割にやることめちゃくちゃせこい気がするんだけど!」
首に宛がった細剣を、すらりと引く。
「OH……NINJA……ゼズベット君には言われたくないなぁ!」
「ほーら、早く本体の居場所吐いた方が楽になるよ?」
「この卑劣感め! 次のヒントは、分身を一定数倒せ、だ」
「じゃあ、目指せ、全討伐ー!」
気配の薄まった怪異の胸部を貫いて、次の目標を目指す。
●シルバー
「最初から最後まで巫山戯てやがんな。心置きなくぶん殴れそうで何よりだ。オイ……そこの銀髪の、ああ面倒臭ぇ」
レヴィア・ルウォン(燃ゆるカルディア・h02793)は銀髪のウェットワーカーズに薄氷を向ける。
「シルバー! 残ったヤツらの避難誘導がてら、本体探しの協力頼めるか。特に牡丹の事庇っといてくれ」
「了解だ。人に呼ばれるのが嬉しいと感じるのは、何時振りかな」
他の部隊の面々とリーダーに軽く手を振る。それが短い、別れの挨拶だった。
巫山戯た野郎だが、相手は腐っても怪異だ。油断するな危険と判断した時点で判断しろ。道は」
金属の蛇が威嚇音を発しながら館を自在に徘徊する。片手で振るわれる其れ等がテレビを薙ぎ払い、怪異を絡め取り、引き寄せる。
「作る。あー、あと飯と、犬の絵、うまかったぜ」
「む……あ、あーうん。ありがとう、な!」
思いも寄らない表情を見せられて、シルバーは思い切り調子を崩した。何だか頬が赤くなっている気がした。
その様子を見て捕縛された怪異が嗤う。
「君達は面白いよねぇ」
「うるせぇ喋んな。人が自分勝手で残酷だ? だから何だってんだ。んなこと誰でも知ってんだよ。承知の上で、必死に足掻いて生きてんだ。人ってのはよ!」
引き寄せる。宵色の棺桶で頭を思い切り殴り付ける。
「一言多いんだテメェは。ついでに|アイツ《玄》もな」
●同業
「相棒、その言い方は無いやろ……」
玄は溜息を吐いて顔を上げる。
「まあええ、ほんで同業のよしみや、このお遊び付き合うたる。最期まで全力で悪足掻きする敵さんをぶっ倒す。字面からしておもろいやん?」
それから、シルバーに保護されている牡丹の方を見る。
「巻き込んだ責任は取らなあかんしなぁ。な、牡丹ちゃん」
覗き込む。袖口から折った紙を取り出して、結んで見せる。
「多分帳君も一緒なんやろうけど、何か訳があって此処に来たんよなぁ。僕は、ヒーローにはなれへんけど、どーしょーも無い時はそれ握って会いたいって願うてな。お玄さんは、何時だって牡丹ちゃんの味方や。な、僕、意外と甲斐性あんねんで」
目を瞑る。
「悲しいかな。エンタメは大量消費されるんが常の世界や、今の子って、映画も倍速で観るやんか。ほなら、テレビなんて最早オワコン。時代は一周回って生で聞く人情劇や。ぶっちゃけ、語り部ゲンの物語、おおろかったやろ?」
「おーおー、語り部が聞いて呆れる。喜劇に逃げていたじゃあないか。あれじゃあ三流も良い所だね」
「でも、最期まで観たんやろ。その時点でなぁ、僕の勝ちなんよ」
影が膨張する。世界が暗闇に塗り変わる。
「僕、地獄はなんぼでも見てきてん。見飽きるくらいにな」
無数の蝋燭に火が灯る。
「おんなじ様に、怪異の寿命が、僕には視えるんよ」
黒装束の死神が、怪異の分身の背後から、手に持った大鎌を首筋に宛がい、刈り取る。
「これじゃあ討伐数しか稼げへんのよな……効果時間も長うないしなぁ」
●黒
「その筋書きなら、結末はバッドエンドだね」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、接近戦を仕掛けてくるモザイク顔、必中の軌道を読み、黒塗りのナイフで腕ごと軌道を削ぎ落とす。切り離されても尚追尾する腕をスタンロッドの電流で焼き尽くし、両腕を失った所で思い切り足刀で蹴り飛ばす。背後に迫る怪異の気配に反応し、分身に肘鉄を入れ、体勢を崩さ、流れる様な動作で逆手に構えたナイフが首を裂く。
「KAMIWAZA……ヒントは館にはない、だね!」
「分かった。有難う」
大量のテレビをスタンロッドで薙ぎ払う。洋館の出口までが、まだ遠い。
●庭
大剣が押し潰し、光剣が首を跳ね、風と共に蒼の双子星が踊る。鎖の蛇が牙を剥き、棺桶と死神が命を刈り取る。黒衣に身を包んだ身体が音無く命を散らしていく。協力ボーナスによるコンボ加算は留まる事を知らず、時に鮮やかに命を散らせばボーナスが入る。
√能力者の後を追うように、ウェットワーカーズ達が一般人を庇いながら付いていく。
「漸く館は突破できたかな」
「こっちは出入り口だ。他ァ頼む。玄、テメェは付き合え」
「流石に言われんでも付き合うたるって、相棒」
「では、私とゼズベット君、クラウス君で庭の散策かな」
「カエサルさんとクラウス君は宜しくねー!」
「うん、宜しく」
庭に出たのに合わせて、クラウスは小型ドローンに庭を探らせ、本体を探す。クラウスのドローンを援護する様にゼズベットが空を飛び回り、広くなった場所に浮かぶテレビを叩く。
歩いている怪異はカエサルの光剣が容赦無く首を払い、クラウスがナイフで首を裂く。
「妙な状況だよねー」
「ゼズベット君は好きだろう? 罠を張らない、お人好しの怪異による遊戯だ」
「一応命掛かってるんだけど! それなりに必死だって」
「少々危険な方が、遊戯は楽しめる物だよ」
「そういうこと言うカエサルさんの方が怪異より奇々怪々だと思う」
「実際、俺にとっては妙な状況か続きっぱなしって感じだ」
●避難経路
玄が瞑想するまでの時間を、 レヴィアが稼ぐ。特に数が多い出入り口のルートを、鎖の蛇がテレビごと絡め取り、怪異の分身へと叩き付ける。轟音と共に、敵陣に踏み入り、宵色の棺桶で、敵を纏めて薙ぎ払う。僅かな隙を、待避を優先したウェットワーカーズが潰す。
暗闇に蝋燭が灯ると、幻想世界の死神が、猟犬と共に命を刈る。
上空には一台の小型ドローンが追尾している。
「何か妙だな」
「これ、探すって感じちゃうよな」
出されるヒントは殆どが討伐提示だ。特に庭に出てからは顕著で、先ずは一般人を避難させろなどと言い始めた。
「もう少しで出口だ。こうなったら最期まで付き合えば分かんだろ」
「なんや、寂しがりみたいやな」
案外、それが正解なのかも知れない。
(動画は残っても、テレビはなぁ……)
●呆気
避難経路の確保が終わり、二人とシルバが引き返す。
怪異の力は更に弱まっている様に感じた。
庭を小型ドローンが散策する。怪異とテレビが減少して、段々と、スムーズになって行く。
「協力回数と討伐数、それからコンボ数が一定を超えたようだね! 正義は挫かれつつある、おのれ悪漢め!」
庭の道順のヒントを吐く。庭の奥の奥に進むと、古めかしい木造倉庫。そこから、微かに電磁波の音が聞こえる。小型ドローンによる安瀬確認の後、全員が廃倉庫に乗り込んだ。
暗がりに、砂嵐にモザイクの顔の男が映る。
「悪漢としての立ち回りは楽しめたかな! 偶には正義面も悪くないね」
「君、最期までセコかったね、条件が結局全討伐だったよね?」
「ゼズベット君は最期まで楽しんでくれたようだね! テレビ冥利に尽きるよ。もう万事休すだからね。抵抗する余力も無い」
「君、本当に捻くれとるなぁ……」
玄が前に出て、何処からか取り出した札を貼る。
「はらいたまえ、きよめたまえってな」
呪文でも無い戯言。札自体に効果があるのだろう、怪異は封印された。
●職業:特定個人の味方
「本当に、奇妙な事件だったな。けど、あまり被害が無くて良かった。ベル、君はこれからどうする?」
「ん?」
金眼がきょとんとした様子でクラウスを見る。
「どっちに転んでも、危ない仕事である事は変わらない。でも、縁を作った相手だから」
「クラウス君、そんな顔しちゃ駄目だよー。でも本当、不器用なだけで色々な顔するんだー」
「そんなに、かな」
「自覚無いなら私だけの物にしたーい! って事で友達。友達だよー! 友達で留めるからねー、でも、困った時は絶対力になるから、何時でも呼んで! ほら、今回みたいな状況だと、私が居ると便利でしょ、ね?」
「えっと?」
噺が妙な方向に転がっている気がして、クラウスは疑問を口にした。
「今日から私の職業はクラウス君の味方って所! 実体はフリーターかな。良い所見付けて適当に働こうかなって、ね」
シルバーがそうした様に、味方に小さく手を振って別れを告げる。ベルはもう、何方でも無かった。クラウスがどうするかは、彼のみが知るところだ。
「ねね! もう少し此処に居るなら、少しだけ一緒に遊んでくれない?」
この物語は、そんな一言で締め括られて、幕を閉じる
●寿命の灯/縁の灯火
蝋燭に灯が戻る。
死神が消えて、蝋燭が灯る。
それが、寿命の灯の様に見えたのは、何故だろうか。
「合縁奇縁、袖すり合うも多生の縁、惚れた好いたは人の人生の岐路で御座います。さて、申したとおり、このお話は全て大嘘、怪異と呼ばれる存在など世の中に居やしません。人との出会いが、廃館を洋館に見せたので御座いましょう。或いは、馴染みの無い樹海が、豪奢な物に見えたので御座いましょう。かく言う僕も、この時の事は良く覚えておりません。牡丹なる人物も、もしかしたら、私のことを覚えていないやも知れません」
目を閉じる。折った紙を結ぶ。
「神様の縁結び、紙は良く神としゃれた掛け方をするものです。これはお客様と私の縁、千切ればそれまで、そして、金の切れ目にもご用心。地獄を巡るにも六文銭は必要で御座います。お玄の一口噺を気に入って頂けましたら、また次回」
存在の有無を確認出来ない客に、深く一礼し、男の影は闇に消える。
●エピローグ
鬼之瀬・玄は今回の件を話に落とし込もうと、脚本を作る、タイトルは迎賓。演出方法には何時も通り頭を悩ませる。牡丹の事をふと思う。この世界では難しいかも知れないが、元気にしている事を願った。
レヴィア・ルウォンはシルバと仕事をする事がまま有る。玄に頼みにくい情報収集は此方に任せる事が増えた。良い関係を保っている。
ゼズベット・ジスクリエは、別れ際に帳の住所を聞く。友人の所に遊びに行くのに理由は入らない。ただ、紅茶の入れ方は練習してから会いに行きたいと考えた。励ましは届いただろうか。元気がなかったら、また届けに行けば良いとも思った。
ガイウス・サタン・カエサルはロヴィーサに今日も試練を与える。と言っても、当分はマナー講座の様な物が大半で、ロヴィーサはメイドとなったウェットワーカーズの隊員と、楽しく日々を過ごしている。
パトリシアは名前をせがむクロップに頭を悩ませていた。遂にアリアと結託し始めた。何故か滅茶苦茶気が合っていた。
クラウスは友人であるベルが現れると、その騒がしさも日常だと思えるようになった。
√能力者は、守った日常を謳歌し、戦いに身を投じる。