シナリオ

【サポート優先】路地裏の天使

#√汎神解剖機関 #天使化事変 #羅紗の魔術塔

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 #√汎神解剖機関
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●天の使いは地を這えど
 若き実業家・アンジェロが異変を覚えたのは晴れた日曜のお昼前、教会の前の広場で炊き出しの準備をしている最中のことだった。
 今日のメニューはたくさんの豆と野菜と、皆に人気の特製のミートボールがごろごろ入ったミネストローネ。それからバターの香りが豊かで冷めても美味しいショートブレッドは、朝早くに起きて自宅で焼き上げて来た自信作。その出来栄えにアンジェロは微笑む。どちらも予算を超えた部分をこっそり自分で出しているのはいつか神父様に告解するか、さもなくばお墓まで持って行く内緒の話だ。
 春も近づき空気も温むこの時期なら、人々を並ばせ待たせるのが冬の間みたいに心苦しくなることもない。せかせかと流れ作業めいて配給をせずとも、多少ゆったりと言葉を交わしやすいのも好ましい。
 実際、予定の時間はまだだと言うのに、人々がお喋りをしに集まって来る。
「今日のご飯は何だい?」
「内緒〜……って言ってもわかるかもだけど、過去一の出来栄えだから期待してて!」
「アンジェロが前に紹介してくれた先に無事に就職出来たよ」
「おー、おめでとう!お祝いに後でオマケしとくね」
「私はおかげで部屋が借りられたよ」
「あっ、じゃあそれもお祝い要るね?」
「良いなぁ!オレもその内何か祝って貰えることがあれば良いんだが」
「うーん、それよりも俺と一緒にお祝いする側になってるかもよ?」
「そりゃ一番理想的だなあ」
 食事を振る舞うこと以上に、こうした交流こそがアンジェロの目的だ。とは言え温かな食事を受け取る皆の笑顔はやっぱり早く見たくて、仕上げに味を調えてから手早く鍋をかき混ぜていた時に——ふと、背中に鋭い痛みを覚えた。振り向こうとしたら視界を遮るものは——これは何だろう? 金属の骨格に、白い羽根――。
「え、あ、あれ……? ちょっとだけごめんね!」
 何故だか、これをあまり人に見られてはいけないような気がした。火を止めるのも忘れて、お玉杓子を持ったまま、アンジェロは慌てて教会の裏に駆け込む。
 何度見ても、自分の背中に翼が生えている。やり方をどうして知っているのかはわからないものの、ぎこちないけれど、動かせる。これが自分の一部なのだと、否応なしに認識をした。
 ふと唐突に、射抜く様な何かの視線。其方を見やれば、化け物がいた。
 思わずお玉杓子を取り落としてしまう。
「ええと、君たちは……?」
 引き攣った笑みを浮かべるアンジェロに構わず、化け物がじりじりと距離を詰めて来た。肌でわかる、決して友好的ではないどころか、害意に満ちた雰囲気。後退りながら、アンジェロはあることに気付く。
 もうすぐ広場には炊き出しに並ぶたくさんの人たちが訪れる。叫んで助けを呼べば誰かは来てくれるだろうが、この化け物たちはきっと危険だ。何処か遠くに、出来るだけ人のいないところへ連れて行くべきだ。
 そう考えたアンジェロは走り出していた。
「おいで!こっちだよ!」
 教会の裏口の門から駆け出し、すぐ側の日当たりの悪い路地裏に駆け込んだ。この路地裏の住人たちはきっとこの時間、日曜の祈りや、それこそ炊き出しに向かっているに違いない。
 それに、複雑に入り組んだこの場所でなら、化け物を上手く撒いて時間を稼げるような気がした。幼少を育ったこの場所のことをアンジェロは誰よりもよく知っている――。

●最近よく聞くあのお話
「わたし、カタツムリさん!あなたたち、天使化の事件のことは知っているかしら? 知っているわね!じゃあ、手短で良いわよね」
 ルトガルド・サスペリオルムは上機嫌な笑顔を浮かべて、集まった√能力者たちの顔を眺め渡した。そうしてこの無邪気で気ままな人間災厄は自分で勝手に結論を出した。
「ある町で、恵まれない人々のための炊き出しをしていた人が天使化をしたみたいなの。かわいそうね。しかも、同時に天使ではなくオルガノン・セラフィムになったひとたちもいたみたいだし、オルガノン・セラフィムは何だか他からもたくさん集まってきているみたい」
 この頃やけによく聞く話だ。何番煎じになるのやら、数えているものすらあるまい。
「言いたいことはもうわかるでしょう? 天使を保護して敵をたおして来てちょうだい」
 流石に手短に過ぎるのではないか。出立をやや躊躇った能力者たちに、ルトガルドは仕方なさそうに言葉を重ねた。
「わたしが確認できた天使は一人、アンジェロという青年だけだけれど、ほかにも居てもおかしくはないわ。その場合全員の保護をお願い」
 じゃあ、とそのまま有無を言わせずに別れの手振りをひとつ。
「留守番は退屈だから早く帰ってきてくれたら嬉しいわ。いってらっしゃい!」

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第1章 冒険 『路地裏を駆けるもの』


四角・転
ベルグリム・グアップ

●路地裏珍道中
「おいおい、どうしてまたこんな厄介に遭遇すんだよ……」
 狭く薄暗い路地裏にはおよそ似つかわしからぬ仕立ての良いダブルスーツの男が溜息を吐く。派手なインナーや小物の合わせ方からしてもおよそ堅気とは思えぬ男の名前はベルグリム・グアップ(資本主義経済の敵・h02861)、無尽蔵に生み出す金貨で資本主義経済を脅かしかねない人間災厄だ。
「なんだかややこしそうな依頼なのだわ!グーで殴って解決するタイプの依頼の方がやりやすいのだわ!」
 傍らに居るのは闇取引の相手方——ではなく、テンション高く騒いでいる四角・転(バカも歩けば√に当たる・h00087)。袖も裾も余らせたオーバーサイズ気味のジャージ姿で大切そうに一升瓶を抱えた姿はベルグリムとは実に対照的なラフさ加減、一見舎弟に見えなくも……いや、見えない。ジャージは完全に健全な体操服だし、あどけない容貌も相俟って見目は完全に高校生だ。愛らしい貌に似合わず仄かな酒の匂い、素面か否かは怪しいが。
「まぁそうややこしくはねぇだろ。俺にはもう少しややこしい方がやり易かったが」
「あら? そうなの?」
「多少ずる賢い奴らを相手にしてる方がラクだからな」
 頭の回る小悪党こそ交渉と誘惑の余地もある、ベルグリムの得意分野だ。だが、妙な天使のなり損ないとやらは浮世の富にはおそらく目もくれないだろう。
「ま、正攻法あるのみだ。天使化した奴を助けに行けば良いんだろう。走れるな?」
「殴る程には得意じゃないけど、それくらいなら出来るのだわ!」
 言うが早いか駆け出した転、リミッターを解除したとでも言わんばかりに出足からトップスピードだ。それを見て舌を巻きつつ、走るのには向かぬよく磨かれた革靴で、しかし転に劣らぬ速さでベルグリムも駆け出した。
 路地裏は成る程、入り組んでいるのであろうが、天使のなり損ないどもが上げる奇妙な声に聞き耳を立て、追跡をして行けば、ある程度向かうべき先は知れた。
「ん? でもこれ、後ろからも来てねぇか?」
「確かになんかそんな感じがするのだわ!でも今は——」
 速度を落とさず転が駆け込んだ曲がり角の先、石畳に転んだ青年に今まさに天使のなり損ないの一体が襲い掛からんとするところだった。
「そこまでなのだわ!ボク登場!」
 キリッと格好良くキメたつもりの転のキメ顔をおそらく敵は見なかった。転大型の義腕に殴り飛ばされて壁にめり込んだ為である。
「大丈夫か?」
 天使の青年、アンジェロに手を貸してベルグリムが助け起こした。
「え? あ、貴方たちは……?」
「話は後だ。走れ!」
 背後から迫る敵を流動する金貨の盾で遮りながら、告げる。訳も分からぬ味方と展開に訳も分からぬまま頷いたアンジェロは、再び路地裏を駆け出した。

茶治・レモン
日宮・芥多

●路地裏と陽だまりと
 教会の表の広場が何やら騒がしい。だが、それは今その場を離れて歩みを進める茶治・レモン(魔女代行・h00071)には関係のないことだ。
「人の居ない所へ逃げた……それならば、あっ君の出番では?」
 教会裏の通用口を出た先、よほどの目的がなくば如何にもお近づきになりたくはない類の細く薄暗い路地裏が口を開けて居る。その趣にレモンが思い出したのはいつかの雪の日の朝だ。
「ほら、あっ君にお似合いの路地裏です。人に見つかり辛い所で、いつも悪いことしてるんでしょう?」
 皮肉を込めてレモンが告げると、傍らの日宮・芥多(塵芥に帰す・h00070)は如何にも感心したかの様に指を鳴らして頷いた。
「あー、これ確かに一見すると官憲の目につきにくそうな場所ですね!でも逆にいかにも過ぎて目を付けられ易そうなので減点です」
「はい?」
「残念ですね、俺はもう少し人に見つかりやすい所で悪いコトしてますよ。そっちの方が一周回って見つかりにくいですからね!」
「はい??」
 突如始まる裏社会講座(講師:現役反社のA.H.氏)、良い子に聴かせるべきでないのにまさかの満12歳の子どもを相手にマンツーマンで力説してくれるのだから全く手に負えない。幾らでも嬉々と喋り続けそうな芥多の言葉の先を咳払いして妨げたレモンの方がよほど大人の対応を心得ている可能性がある。
「えっと、それだけ慣れてる感じなら、保護対象の彼のいる場所、天性の才でビビビと分かったりしないんです?」
「確かにバリエーション豊かな天性の才でもビビビと見つけられそうですが、まぁ、敢えて堅実に聞き込みで探り出しますか」
「なんで?」
 宇宙猫顔のレモンを意にも介さずにその眼前で血液パックを握り潰す芥多。レモンはもはやこの男へと何かを問うのを諦めた。実際此度の芥多の行動には多少の理由があるものらしい。血飛沫を浴びて血の通う姿を取り戻したそこらのインビジブルたち、芥多の問いかけに応えて目に見たものを、ある方向を教えてくれた。
「成る程、あっちに行ったわけですね!」
「へぇ。あっ君にしてはお手柄です。確かに、あちらに敵性ではない生命の気配があります」
 芥多の結論を待つ前に既に展開していたレモンの√能力は、この陽の差さぬ路地裏に陽だまりと、春の花畑を連れて来ていた。地を壁を獰猛なまでに逞しく這う蔦に、白詰草を思わせる牧場の白の丸い花々、その名も知れぬ花の薫は、どこまでも透く梔子色の春の陽の下に馥郁を齎した。
 無論、今のレモンにはのんびりとそれらを愉しむ余裕はないのだが。
「さ、あっちです!あっ君走って!ダッシュ!ダッシュ!」
「え、俺が走る必要ありますか?」
 全力で駆け出したレモンの隣を、芥多は悠々と早歩き。背丈の分だけ脚の長さも歩幅もまるで違うのだ、皆まで言わすなと言わんばかりに唇に指を立てた芥多に対して若干腹を立てたレモンは完全に無視を決め込んだ。
 インビジブルの証言と蔦と花々の告げた通りに二人が辿った先に、果たして目当ての青年は居た。その場所に至る四方八方の小道から天使のなり損ないもといオルガノン・セラフィムが果たして何をどう嗅ぎつけてか湧いて出て来る様を見て、レモンは蔦を差し向けた。まるで投げ網の要領で、彼等を押さえつけんとする。
 無我夢中でアンジェロだけを追っていたところで不意に身動きを封じられたオルガノン・セラフィムのひとつ、その首を『塵芥』の刃があっさりと刈って落とした。
「こうですよ魔女代行くん!この方が捕まえるよりよっぽど早いです!」
「……分かってますが」
 これとて元々人間なのではないか。地面に転がった頭部を見下ろすレモンの表情は常と同じく無表情だが、言い淀んだその先を芥多は聡くも察したらしい。
「あ、なるほど。割り切れない感じですよね、解ります!俺も割り切ってなんてないですよ!」
「え、じゃあなんで——」
「単にそこまで興味がないんですけど、これに興味持つ要素ってなんかあります?」
「ええ……」
 別の個体にハチェットを揮いながらの芥多の言葉、呆気に取られたレモンは別段嫌悪もないものの、とは言え答えは持ち得ない。何であるならばこの破天荒な彼の興味を惹き付けるのか無邪気な好奇を抱きつつ、天使化をした青年に先を急げと手で促した。

クラウス・イーザリー

●相反するようで、同類
 我が身を顧みることなしに自ら囮になったと言う件の青年の精神性を、正しく天使の様だとクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は思う。稀有なまでに高潔なその利他の心への敬意を払う意味も込めて、何としてでも助けたいと心に誓いつ、路地裏を往く。傍から、少なくとも彼を知るものから見れば、かの天使とこの兵士とは明らかに同種の自己犠牲的な善性を備えていることは明白ながら、今それを指摘するものはない。指摘されたとて、天使と異なり天賦の力を授かる己には当然の責務だと彼が返して終わるのも明らかながら。
 さて、日当たりの悪く湿気た路地裏は少し歩いた限りでも迷路の様だ。それを無策に彷徨う様な愚かな真似をするクラウスではない。訓練された兵士として、戦地にて先ず成すべきことは戦場の把握に他ならぬ。この場の地形と敵の陣容、配置、その中での己と保護すべき対象の位置関係、それらは如何なる作戦行動をするにしても礎となる。優れた兵士にとって情報は火器にも劣らぬ武器となるのだ。
 とは言え元より違法めいた建築に植物が枝葉を伸ばしていくかの様に野放図な増改築、何処を当たってもこの路地裏のまともな地図など望めぬし、全容の把握等すぐには不可能な筈だった。本来は。
 だが今、二十六体のレギオン達がクラウスの目として縦横無尽にこの路地裏を駆け巡る。路地の構造、敵の位置、そして天使との位置関係。レギオン達から送られてきた情報、今の己の居場所からそこまでの距離と障害を踏まえた上での最短ルートを逆算してクラウスは駆け出した。優れた兵士は情報を使いこなすが、卓越した兵士は情報を得るところから抜かりない。
 持って生まれた生来の資質に日々の鍛錬で磨いた俊足、電流により脚力を強化する黒いブーツの恩恵までも加われば、その疾さには韋駄天の言葉こそよく似合う。視界を過ぎった黒い影を天使の成り損ない共は、せめて靡いたマントの端くらいは見咎めたか。それとて擦れ違いざまの銃撃や電気鞭での一撃に動きを妨げられた後のことではあれど。
「アンジェエロだね?」
 既にだいぶ疲労が色濃い、ろくに走れもしていないアンジェロに、やがて追いついたクラウスはまず名を呼ぶことで己が敵性の存在ではないことを示す。
「君を助けに来たんだ。安全な場所まで逃げよう」
「あぁ、どこの誰だか知らないが助かる……ありがとう」
 流れる汗を拭いもしないで僅かな安堵を見せたアンジェロだったが、クラウスの背後に果たして何を見止めたか、俄かに息を詰める。
「……でも、安全な場所なんて——?」 
「そうだった。既に結構囲まれて居るんだった」
 振り向きざま、銃撃。振り向く所作と向けた銃口と青い瞳の視線とがあまりにも流れる様な同一線上にあるその一連、それだけでクラウスの実力を知らしめるには十分だ。
「訂正。俺たちが君の安全を確保する」
 駄目押しの様に重ねつ、クラウスは天使を背中に守る位置にて敵に対峙する。複数形で述べたのは、すぐに味方が駆け付けることも織り込んだ上のこと。
「だから俺たちが有利に戦う為に、どうか前には出ないで欲しい」

第2章 集団戦 『オルガノン・セラフィム』


エイル・イアハッター
高柳・源五郎

●路地裏市場の新規開拓(断念)
 時を遡ること今より僅か前のこと、狭い路地裏の入り口にて一台の車がバックで路地へと侵入を試みていた。軽トラックを改造したものらしい黄色ナンバー、荷台に取り付けられた店舗部分に掲げた暖簾は『高柳褌店』。この車こそ、世にも珍しい褌の出張販売車であった。
「はーい、オーライ、オーライ、いや駄目だ!待ってストップ!これ無理だな」
「ふーむ、困りましたね。どうしたものでしょうかね」
 路地の入り口でトラックを誘導していた犬獣人のエイル・イアハッター(陽晴犬・h00078)はあたふたと腕で×印を作り、開け放した運転席の窓に肘を置き振り向いてそれを見て居た高柳・源五郎(不思議な褌屋「高柳褌店」の主人・h06243)は、福々しいその丸顔を悲しげに翳らせた。
「折角『不思議な褌(商品)』を売りに行けると思ったのですが……」
「あーそれね!でもなんか褌とか履きそうにない奴らだったし今回は気にしなくて良いんじゃないか?」
「では大人しく戦闘に加勢しましょうか……と言ったところで、この老体にはこの路地裏を今から全力疾走するのは些かきつく」
「おっけー、わかった。爺ちゃん、俺のバイクの後ろ乗って良いから元気出せ」
 出張販売車には丁重に施錠をした上で、源五郎を魔導バイク『エアハート』の後ろに乗せて走り出すエイル。妙に湿った路地裏の石畳とて、それが齎すスリップとて、いつかは空をと夢見る二輪に何するものぞ。黒い流線形は√能力者ふたりを乗せて疾駆する。
「しかしまぁ、もう春だってのにこうも日当たりが悪いと気が滅入るよなぁ」
「全くですねぇ。折角の春なのですから褌を新調して花見酒とでも洒落込むべきところを」
「花見ね、わかる。気が合うな」
 褌に関しては地味に全く噛み合って居ないと言うかエイルは触れていないどころか避けているのがポイントながら、それはさておき。
「ただとりあえず、ここの奴らにもお天道さんの光くらいは見せてやろうかね!」
「良いですね。ではわしからは唐草模様と豆絞り柄の祝福を!」
 何が善意だか祝福だか、そもそも何がお天道様か、兎も角エイルが指を鳴らした直後、真夏の陽射しよりも苛烈な光を伴ってマジックミサイルが辺り一面に降り注ぐ。低いエンジン音を響かせながらの『エアハート』の到着よりもよっぽど早く、天からの炎の雨は天使のなり損ないどもを強襲していた。そうしてその火の雨の合間を縫いながら、『エアハート』の後部より立ち、発つ刺客。唐草模様と豆絞り柄の躍る真白き褌の裾を新たなる武器『クランプアイビー・ウィップ』として振り回す源五郎が、そのふくよかな身体でどうして斯くやの軽やかさにて駆け抜ける。源五郎とすれ違いざま、なり損ないの天使どもがその褌に打ち据えられて、搦め取られて絶えてゆく。
「やるね!爺ちゃん」
「ありがとうございます。ところでこのとっても便利な褌、貴方も一着いかがでしょうか?」
「あ、これ実演販売的なあれ? いや、それは良いかな……」
 それはさておき、で終わらせようか。戦いはまだ始まったばかりなのだから。

柳檀峰・祇雅乃

●これでは商売あがったり
「あー、うん。いえ、ちょっとこれは流石に駄目かもねぇ」
 癖のある黒髪をくしゃくしゃと掻き上げがてらに額を抑えて唸るのは、檀峰・祇雅乃 (おもちゃ屋の魔女・h00217)。黒衣を纏うちょっとなかなか見かけないくらいの長身、近所の子どもたちから魔女と呼ばれながらも、不思議なおもちゃ屋『おもちゃのハウザー』の店主として子どもたちの目線に寄り添っている彼女は実際、魔女である。
 それでその彼女をして何が『駄目』かと言わしめるならば、敵のビジュアルがもう『駄目』だ。『オルガノン・セラフィム』、天使のなり損ないと称するならばせめてもう少し『天使』寄りに近づけることは出来なかったのか、子どもたちが目にすれば何がどう転んだところで阿鼻叫喚の地獄絵図が目に浮かぶその外観に、祇雅乃は思わず眉を潜める。こんなものを世に解き放つわけには行くまい。
「見た目が子どもの敵だから、即ち私の敵とみなすわ」
 身も蓋もない事実、抗議するように振り向いた天使のなり損ないの一体へ、高く振り上げた魔導書を重力に導かれるまま叩きつけてやれ。さて、権威ある魔導書と言うものは多くの智慧を蓄えていて、記された叡智の分だけ頁の厚さと物理の威力が増すものだ。なり損ないの側頭部から振り抜けば、その頸椎の金属部位を上部からダイナミックに逆だるま落としをして見せる程度に——即ち切れ味の悪い斬首だ。魔女の一撃の名は伊達ではない、犠牲者にとっての致命と言う意味で。
「その爪も、臓物も、お口も本当、子どもたちが怖がるから無理ね」
 伸び縮みする凶悪な爪、蠢くはらわた、異様に開いて牙を見せつける口、そのどれをもひらりひらりと飛燕の如くに躱しつつ、漆黒の瞳で値踏みして曰く。そうして『無理』への応報はあまりにも重厚な魔導書による理不尽なまでの武力行使と喧嘩殺法で、また別の一体が、哀れ、地に沈む。
 それを傲然と見下ろす長身の女は何処までも冷ややかだ。
「それで、次は? ——子どもたちの敵からかかってらっしゃい」

藤丸・標

●「一口ちょうだい」だったかも
 藤丸・標 (カレーの人・h00546)は困惑した。確かこの近くに知る人ぞ知るカレーの店があると聞いた筈なのだ。不思議カレーハウス店主として敵情視察もとい市場調査にも熱心な——と言うことにしてカレーを食べたいだけの彼女はその店を探して居たと言うのに、迷い込んだのは完全に路地裏である。
 しかも何だか騒々しい。ふと路地の先を見遣れば、あれは最近巷を騒がせている天使のなり損ないではないか。そうと見て取るや、彼女の判断は早かった。
「よーし、解った。カレーを食べよう」
 純白のお皿に艶やかな炊き立てご飯、三日間煮込んだカレーが香ばしく薫る至高のひと皿——何処から取り出したか等はこの際気にしてはいけない。兎も角彼女がそれをひと口味わった瞬間にスパイシーな薫風一陣、『華霊魔神カルダモン』が降臨する。
その異能は人呼んでカレー護国線、否、|華霊護穀戦《デスティニーショウ・カーン》。
「って言うことでカレー食べるのに忙しいから後はよろしく」
 異形めいた爪を振り回すオルガノン・セラフィム達、標に襲い掛からんとしながら異様に大きく開いた口は果たしてカレーを寄越せと言っているのか。勿論今の標にはこんな化け物に構う暇はない。彼だか彼女だかの相手をするのは『華霊魔神カルダモン』。オルガノン・セラフィムたちへと融合し、足止めをして標の方へは近寄らせない。
 必死に抗う天使のなり損ないども。それを横目に標が悠々とカレーを一皿食べ切る頃、行動力の尽きたなり損ないどもは何かを叫びつつ、華霊魔神と共に香ばしいスパイスの香だけを残して消滅した。
「……水持って来れば良かった」
 喉が渇いた標はさっさとその場を後にする。

クラウス・イーザリー

●路地裏に雨は降る
「こ、この化け物は一体……?」
「さぁね」
 背中から掛けられた問いの答えをクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)がはぐらかしたのも、嘘まではつけなかったのも彼の優しさ故である。答えをクラウスは知っている。この天使のなり損ないどもの正体が人間、それも善なる人々であると言うことを。だが、その変化は不可逆であり、もはや元に戻す術がないのであれば、誰かを傷つけ殺める前に終わらせる他にない。
その後味の悪さは自分一人が背負い込めば良いと、決めた。
「これを」
 アンジェロの彼等への視線を遮る様にして、クラウスは隠密用の布を差し出してやる。魔術の齎す迷彩は薄汚れた路地裏に溶け込む色彩をアンジェロに纏わせた。
「奴らの狙いは君だ。必ず守るから、隠れていて欲しい」
「でも、君は——」
「心配要らない。こう言うのには慣れている」
 幸か不幸かそうなのだ、得手と言う程に好む訳でも慢心している訳でもなしに。
 故に、アンジェロの気配が後退るのを感じて襲い掛からんとした天使のなり損ないどもを迎え撃つのは決戦気象兵器「レイン」。嘗ては親友が扱っていた光の雨は、希望と言う光と引き換えにクラウスが得た武力。驟雨の如く周囲一円にクラウスの随意に注いで、敵を射る。
 声にもならぬ声を上げて天使のなり損ないどもが天を仰いだ。鋭い光の雨を追って注いだ淡い光、それを受けるや否やなり損ないどもの体躯が少しずつ修復し始める兆しを見せる。だが、クラウスには読んでいた展開だ。今一度呼び起こす光の雨、遍く広くに注いだ先の雨とは異なり、確実に仕留められるであろう数体へ狙いを絞って射抜いた様は神の矢を思わせる。回復し切る前に各個撃破して行けば数に押されることもなく斃し切れるか。三度目の雨もまた二度目と同じ鋭さと正確無比さで敵を撃つ。
 相手にまともな知性があればこの兵器の使い手であるクラウスを先ず狙うべきところ、本能で天使を狙うなり損ないどもは姿の見えぬアンジェロを探し求めるかの様に、覚束ぬ足取りで二人の方へ迫り来る。長く歪な爪を振り回したとて、その身が得体の知れぬ祝福を得て傷を癒す最中であるとて、クラウスが降り抜いたスタンロッドの打撃と電撃の前にはさしたる意味もない。
 それでも何処までも多勢に無勢、仕留めた筈の敵にまで注意が向かなかったのは致し方ない不注意だ。断末魔と共に振るう爪牙がアンジェロを襲うのを、他の手段で防ぐべくもなくやむなく身を挺して庇う。肩口を斬り裂かれながらも、既に半壊状態の頭部が外れる程に殴りつけて仕留めておあいこだ。
「君、怪我が……っ」
「深くはない。気になるなら後で手当てをお願いするよ」
 気遣うアンジェロの声にさらりと返し、クラウスはスタンロッドを構え直す。常なら怪我など気にもしないが、今回はそうは行きそうにない。即ち、これ以上負傷する前に片付けるのが望ましい。

茶治・レモン
日宮・芥多

●全員、元人間
「ふと思ったのですが……」
「あんまり聞きたくないですけどって言ってもたぶん言いますよね」
「言います。流石魔女代行くん、ご明察です」
 日宮・芥多 (塵芥に帰す・h00070)が思案顔をして静かに口を開いた時点で、茶治・レモン(魔女代行・h00071)には既に碌な予感がしておらず、そして往々にしてそれは当たりだ。
 芥多の紫の瞳は興味深げに天使の成り損ないどもが降り注がせる謎の光を見つめていた。事前に得ている情報も鑑み、尚且つ実際観察するに、あの光はどうやら治癒の効果がある祝福だのと言う何からしい。
「敵が祝福を降り注がせるタイミングで味方面したら俺らも祝福マシマシの恩恵を得られるのでは?」
「あの得体の知れない祝福を? マシマシで嬉しいかもわからないのに?」
「見た感じ回復系でしょうから恩恵を受けられるなら害はなさそうですよ」
「受けられれば、ですよね。試したいならまぁ止めませんが……嘘ですやめてください浴びに行くな!」
 意気揚々と駆け出そうとした芥多の上衣の裾を掴んで慌ててレモンが引き留める。
「どうしてそう無鉄砲なんですか?」
「いやぁ、魔女代行くんの許可が下りたので……」
「普段僕の言うこと聞いてくれた試しとかありましたっけ?」
「ちょっと思い出すのでお時間を——」
 いつも通りの掛け合い、いつもと異なるのは奇異な鳴き声だか呻き声だかを立ててにじり寄る天使のなり損ないどもの群れに囲まれて居ることか。牙を剥きだしたなり損ないの頭を横薙ぐ様にして下顎を残して刈り取ったのは芥多の『塵芥』、爪で襲い掛かろうとした別の一体の腕を落としたのはレモンの『玉手』の刃である。
「おっと、普通に仕留めてしまいました。何度でも全快してしまうとか聞いたのでちょっと楽しみにしてたんですけど、ついうっかり」
「なんていうか……あの、いつも通りで何よりです」
 背中合わせで戦う布陣もそう、いつも通りだ。血を纏わせた『塵芥』の『幕無』、『殉真』を発動させた『玉手』、全周を彼方までも射程に入れる二振りの凶刃は使い手同士が護り合えば尚更死角などない。
 だが、肩越しに見遣った相方のナイフの太刀筋に、芥多は思うところがあったか。
「あぁ、魔女代行くんはもしかして、これが『元人間』だとか気にしてたりするクチですか?」
 避けて居た言葉での指摘にレモンは一瞬言葉を呑んだ。今斬り刻んでいる化け物たちとて昨日まで人として暮らして居ただろうとか、好きでこの姿になった訳ではないだろうとか、押し殺そうとしていた思考が頭を擡げてくるのを、押し殺して良いものか否か。
「……あっ君はそう言うの、気にしないんですか?」
 背中合わせの芥多に表情が見えないことにレモンは微かに安堵を覚えつつ、そう言うの、の言葉に委細をぼかして委ねつつ、揮う『玉手』で敵を斬り裂く。
「元は人間……って気にするところですか? なんと、俺も元人間です!その程度の話でしょ」
 返る声は常と同じく飄とした調子だ。
「ええと、なんて言うか……」
「それにこのまま生かし続ける方が残酷では? 例えば俺がこんなのになってしまった日にはひと思いに殺して欲しいと思いますけどねぇ」
「まず絶対に天使にもオルガノン・セラフィムにもならない人間の代表格があっ君なのでちょっと説得力ないですかね……」
 はは、と短い笑いと刃の唸る音。
「でもまぁとりあえず、ひと思いに死を与えることこそ救済ですよ!」
「そこには同感です」
 刻めど砕けどじわじわと傷を修復しつつ、正体もなくしたもののようにふらふらと群がって来る天使のなり損ないどもに、その異形に重ねてしまうヒトの面影に、レモンはもはや怯まない。
 こんな姿で生きるよりは。誰かを傷つける前に。せめて救済を。弔いを。全て自分が楽になる為の綺麗ごとであり、言い訳だ。だがそうした己の矛盾を非道さとしてひとたび咀嚼し、受け入れてしまえば、今更躊躇うこともない。
 常の冴えを取り戻した『玉手』、それを見届けて己も敵を斬り伏せつ、芥多は軽薄に笑う。
「まぁ、死の先にあるものが救済とは限りませんがね」
 その言葉すら今更にレモンの心が乱れることなどないと知っていた。

勢尊・暴兵

●28日の金曜日(執筆時点)
 勢尊・暴兵(10日の火曜日・h05543)は路地裏を彷徨っていた。今日は金曜日だが尊敬する『本家』が定めた13日でもなければ、本家に遠慮した暴兵が己の日と定めた10日の火曜日でも別にない。ただ、特定の日付と曜日でなくとも暴兵がリア充を憎む心は生まれてこの方24時間365日、ひとときたりとも和らいだことなどありはせぬ。
 故に暴兵は今この路地裏に居た。何を叫んでいるのかよくは聞き取れなかったが、何やら騒々しい声がしたのだ。そうして、蓋し、リア充と言うのは騒々しいものである。フェス——を行うには空間のない路地裏だ。クラブやライブハウスの類からの音漏れ——を考えるには、まだ日の高い時間ではないか。であれば、誰かの路上ライブ? 駆け出しのイケメンアーティストに黄色い歓声を上げているファンの女の子たち? 皆で仲良く同担と見せかけて抜け駆けしてたり裏切ってたり実はあちこちに浮いた話が?
「宜しい、リア充全て殺すべし」
 前提から何から全てが暴兵の妄想であるのだが、それは重要なことではない。ハチェットの素振りをしながら進んだ細い路地、ふと開けた場所で目に入ったものは、不埒な路上ライブ会場——ではなくて、他の√能力者に守られながら戸惑う天使の青年と、彼を狙う天使の成り損ないの群れ。
 どう捉えたものだろう。暴兵は全力で考えた。あの男モテて羨ましい? いや、あれはどちらかというと守るべき対象だ。それに流石に化け物にモテても何だか気の毒だ。であればあの化け物たち、追っかけが楽しそうで羨ましい? いや、なんかそれも違う様な……追っかけても報われなさそうだし……
「貴様ら……せめてもう少しリア充なら良かったものを……」
 憐憫交じりに、しかしそれ以上に盛大なため息交じりだ。√能力で先制が確約されたハチェットは天使のなり損ないのひとつを仕留めたが、それを揮う暴兵は本気で死んだ魚の目をしていた。
「どけ。私は早く帰りたい」
 隠しもしないやる気のなさよ。相手が非リア充なので致し方ない。暴兵にも天使の成り損ないどもにも辛い戦いが今、幕を開ける——!

夏之目・孝則

●路地裏の大掃除
「もう少し静かなら申し分ないのですがね」
 こんなにも天気の良い休日の午後なのだ。ふらり見知らぬ路地裏探索、そんな楽しみ方をする好事家が居たとて別段不思議はあるまい。何より夏之目・孝則(夏之目書店 店主・h01404)自身が路地裏に店を構える身でもある。狭隘な路地も多少雑然と入り組む様も慣れたもの。
 流石に路地に天使のなり損ないが跋扈する様は、その彼をして怪訝な顔をさせしめるものの。
「天網恢恢——……と、ひとたび天使になりかけた貴方たちに言うのも奇妙な感じがいたしますが」
 孝則の呟きをなり損ないどもは果たしていかな思いで聞き届けたか。
 兎も角、既に√能力者たちとの戦いで相当に数を減らして手負いでもあるオルガノン・セラフィムたち、新たな敵の登場と見るや、癒えることを先んじたらしい。鳴き声とも叫びともつかぬ声音で頭上に呼ばう祝福は、生命と無機物の混じる肢体を光に包み、傷を、罅を、徐々に消す。そのまま孝則を囲むようにして間合いを保ちつ、強いて襲っては来ないのは、やはり、回復を遂げるべく時間を稼いでいるものか。
「成る程。それならそれで助かります。健康に良いものを差し上げましょう」
 此方も間合いを保ったままに宙の高くに無数に舞わせてみせるのは、常備している呪符である。その能書きを言うならば、|八割方《・・・》、健康に良いと、|されている《・・・・・》。
 ひらりはらりと舞い落ちる呪符。天使どもの頸の、胸の高さで唐突に爆ぜた。爆ぜて、その熱波と衝撃波とは、一寸したナパーム弾でも落としたが如くに、孝則から半径20メートル余りのオルガノン・セラフィムどもを吹き飛ばす。
「さぁ、『怨敵退散』……ってね」
 種を明かせば先の呟きこそがその詠唱、今や孝則の用いる呪符はいずれ劣らずこの威力。
「さて、清掃ボランティアと洒落込みましょうか。路地裏は多少日当たりが悪くても、せめて清潔であるべきです」

第3章 ボス戦 『羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』』


クラウス・イーザリー

●その善性に光あれ
「天使をこちらに引き渡せ。無用な戦いはお互いに利がないことは解るであろう?」
「悪いけど、素直に従う訳にはいかないよ」
 利他を気取った交渉は真の利他主義者を前にして初手で容易く決裂をした。大上段から尊大に譲歩したつもりの羅紗の魔術士の身勝手さと傲慢さは、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)にはお見通しだ。真正が贋作ごときに惑わされよう筈もない。
「アンジェロみたいに優しい人びとを犠牲にするような魔術を俺は肯定は出来ないな」
 学徒動員兵であれ軍人だ。であれば、合理だの功利だのに傾倒したとて本来罰は当たるまい、だがその上でクラウスは己の意思で倫理を選び取る。眉を顰めたアマランス・フューリー、纏う羅紗の魔術文字が光を帯びるのと同時に銃声。魔力の行使を妨げる陽動の様なそれと同時に、クラウスはダッシュで敵の懐へ飛び込んで居た。東洋の居合も斯くやの差し足、いかに戦いに長けていようが魔術師風情が逃れ得るものではない。
 そうしてひとたび間合いに入ってしまえば、後は反撃の隙を与えぬように攻勢あるのみだ。ガントレットに仕込んだクローによる息をもつかせぬ連撃、アマラントが翻る羅紗で受けようにも捌こうにも追いつかぬ。
「魔術師ですらない人間風情が……!」
 詠唱も集中もろくにかなわず防戦一本、それでも防ぎ切れずにその身に傷を刻まれながらアマラントが舌打ちをする。その焦りを好奇と見て畳み掛けようとしたクラウスだったが、果たして誘い込まれたか。少し大振りになった隙をつくかの様に、羅紗が光る。爆ぜる様に炎が上がり、それを見たクラウスは一歩退く。
 その隙に間合いを取り直した羅紗の魔術師、驚く程に短い詠唱の後にその足下より展開される魔法陣は、異界より怪異を連れて来た。
「出でよ、『レムレース・アルブス』!あの者と融合して足止めをせよ!」
 どうやら策士が策に溺れた。それこそ誘い込まれていることには気付かなかったらしい。襲い来る怪異を目の前に逃げも隠れもせぬクラウスはただ冷静に右の手でそれに触れる。途端に煙の様に掻き消える奴隷怪異、瞠目するアマランス。クラウスからしてみればほんの予定調和の一幕であり、掌の上。
「守るべきもののために自分が傷つく覚悟すらないんなら――そんな輩に俺は負けない」
 背後に守る天使の為に、たとえ反撃を受けようと一歩も譲るつもりはない。ないが、脅威たり得る能力を封じてしまえば、これ以上の反撃を許すつもりもない。
 路地裏の空気を揺らして、小型拳銃が高らかに鳴く。

白紅・唯案

●撮影・配信はご遠慮ください
「なんか知らんけど揉めてて草」
 羅紗の魔術師と√能力者の戦いを眺めて白紅・唯案(おしまい・h05205)が零す。言葉の割にはテンション低く、ダウナー気味の棒読みだ。画面の前で真顔で「大草原」だとか打ってるタイプに違いない。
「兄ちゃん大丈夫か? あれがアンチか?」
「あ、アンチ……?」
 水を向けられたアンジェロがやや戸惑った顔をする。
「とりあえずあれ殴ればええんか?」
 くい、と親指でアマランスを示す唯案。見目にはいかにもだらしないヨレたポロシャツにぼさぼさ髪のこの女に、アンジェロは何故今奇妙な圧を感じているのだろうか。いかにもナードで気怠げな女の一挙一動、言葉の端に何故にある種のカリスマ性が宿るのか。
「ええと、うん」
「おかのした。面倒やけど、ま、しゃーなし、手貸したるで」
 纏う空気も関西弁もいちいち胡散臭いのに、何故だかアンジェロは目を離せない。耳まで奪われることになろうとは、アンプもスピーカーも見当たらないと言うのに爆音のインストが路地裏にこだまする。
「あーテステス。マイクテス。……この曲はインストないんでMCやるンゴ。って詠唱が毎度お決まりだからたまにはアドリブ入れて行くやでー、なぁそこの乳のデカい女!」
 不躾な呼び方に、アマランスが射殺すような目で振り向いた。だがそれで怯む唯案ではない。
「なんかいかにも恋愛強者なリア充くさいおまいに無縁の話やろけど聞いてクレメンス。あれはワイがまだうら若きころ、結婚式の直前に当時のワイの彼氏の浮気が発覚したとこまで話は遡んねん」
 果たして何年前であったか。彼氏の裏切りに対する報復、そこに理不尽なアンチの仕打ち。実は割と真面目に悲惨な筋書きなのだが、如何せん某掲示板の公用語めいた某虎弁では台無しだ。愚弄されたと眦を吊り上げたアマランス、至極妥当な反応である。だがしかし、
「よし、マイクの調子おk。唯案いっきまーす!」
 助走つけてのコンデンサマイクのフルスイングがアマランスを襲う。その後出鱈目に殴りつける、全てが全て必中だ。この空間は今やギャグ時空、至極まともなアマランスには勝ちの目などはもはやない。
「あっ!今いいフレーズ思いついたから帰るわ~サンガツ」

獅猩鴉馬・かろん

●路地裏冒険譚
 幼い子どもにとって、見知らぬ場所への探訪はすべて心躍る冒険だ。無垢な童心には、獅猩鴉馬・かろんの澄んだ紫の瞳には、薄汚れた暗い路地裏の入り口すらも、彼方にまぼろしの財宝を隠した伝説の洞窟のように見えたのだ。
 そんな光景をひとたび目にしてしまったならば、駆けこまずには居られない。路地が狭ければ狭いほど、複雑怪奇に入り組めば入り組むほどにかろんの小さな胸の内には好奇と期待が湧きたって、それらをそのまま動力としたかの様に心臓が高鳴った。
 奥に進めば進むほど不穏な喧噪が近づくことも、凸凹として歩きにくい石畳に得体の知れない金属めいたなにかの骸が散らばることも、かろんは果たして気付いているのかいないのか。ただ、長い耳を立て、スン、と小さく鼻を鳴らした大神様はこの路地の入口を潜る前から『何か』に気付いていたのは間違いがない。
 他方でかろんは呑気なものだ。
「お? もしかしてたたかいか?」
 路地の奥、√能力者と簒奪者との果たし合い。それを目にして、『戦い』と認識しながら慌てた風もない。
「まかせろ!かろんもおてつだいするぞ!やるぞー!」
 所在なさげなアンジェロに申し訳程度に一声かけるかろんだが、その声にアマランスが反応する前に、かろんが出撃する前に、大神が彼女を遮り護る様にしてその眼前に立ちはだかった。そうして眷属たちが羅紗の魔術師目指して一斉に駆け出していた。
「あ、やっぱだめかー」
 かろんが僅かに気落ちした呟きを零す間にも、眷属たちの爪が、牙が、或いは重量を乗せた突進が、アマランスへと襲い掛かる。
「いけー!やっちゃえー!」
 やがて見ている内に楽しくなって来たらしい、はしゃいで応援に回るかろんのことを、大神が悠々と尻を揺らしながら見守っている。

ツバクロ・イットウサイ

●剣聖目指して、ドブ攫い
 酷く薄汚い場所だ。故に近所の皆の笑顔の為によくドブ攫いのお仕事にも精を出すツバクロ・イットウサイ(シャイニングミストブレイカー・h01451)をしてさえ眉目を曇らせしめる、この路地裏はそうした場所だ。ツバクロのご近所なんかよりずっと掃除が必要そうでありながら、もう長いこと掃除をした者などないのだろうし、今もまたその機ではない。
 ツバクロが今日手掛けるお掃除は、ドブ攫いは、言うなればこの√そのもののゴミの始末だ。
「わたくしはツバクロ・イットウサイ」
 相手の射線を遮る様に天使の青年を庇う位置へと立ちながら、腰に佩いた『ニホントウ』の鯉口を切る。
「無辜の民は傷つけさせないし、ここであなたのお命頂戴するわ」
 金糸の髪が、花の模様の黒い着流しの裾が揺れた。それを残像めいてアマランス・フューリーは見た。礼儀正しい宣戦布告の間にもその身に降ろした太古の神霊、その神寵を受けたツバクロの脚は疾風の如く、魔術師ごときの動体視力で追いつけぬ。それでも事前に見知った得物の形状より推し量り、襲い来るだろう斬撃へと羅紗で備えたアマランス。ツバクロはそんな防御を読み切っている。
 故に空気を、魔術師の肌を裂くのはツバクロが手首にスナップを利かせて鋭く投げた小刀の切っ先だ。無防備だった肩口へとそれを受けたアマランスが咄嗟に傷を抑えた刹那、羅紗の護りも緩むことをツバクロは知っている。お花畑だの夢見がちだの笑われようとも、卑しくも剣聖を目指すのだ。日頃はアホの子だのと呼ばれるおつむでも、命のやり取りをする場面では何手も先をも読み切ってそれに合わせて太刀を揮う。
 ひとつと無駄のない太刀筋で、羅紗のひと筋ごと、ツバクロの太刀はアマランスを袈裟斬りにした。優れた剣術にはきっと、あらゆる余剰も不足もない。
「正義は勝つ、とでも言っておくわ」
 刃についた血を払い、振り向きもせずにツバクロは呟く。

江藤・葵

●路地裏グルメ紀行
 昼時だ。正午を告げて何処か彼方で教会の鐘が鳴り響くのを、江藤・葵(空腹フリークスバスター・h00424)は路地裏で聴いた。身の丈に余る殴り棺桶を担ぎつつ、狭い路地を往きながら、正しく腹時計とでも呼びたくなる正確さにて、お腹の虫が、きゅう、と鳴いた。
いかにも重い得物を携えながらも、空腹であろうとも、揺れるポニーテールも愛用のピンクのスニーカーの足取りも酷く軽やかだ。
 葵にはひとつ確信がある。言葉までは聞き取れずとも空気を揺らす誰かの声、戦いの音、この先には敵がいる。美味しそうな|食材《怪異》であれば今日のランチにもってこいだし、十分なサイズ感の敵であるならば下処理を済ませて可食部だけを持ち帰るのも良いだろう。心が躍る。足取りも弾む。まさに舞い上がらんばかりの心地は二対の白い翼を羽搏かせるばかりに留めて何とか地に足はつけながら、果たして、葵の期待は綺麗に裏切られた。
「あぁ、また新手か」
 葵の気配に気付いて羅紗に魔力を滾らせつ、アマランス・フューリーは足先を向けることはなく流し目のみで彼女を見た。
 それを受け、スン……と擬態音のつきそうな調子であまりにも目に見えてテンションを下げる葵である。
「あ、ハズレ……」
「ハズレ!?」
「食欲が湧かないと言うか食べられないタイプ……」
「食欲……!?」
 恐らくは酷く不本意に言葉を交わすことになりながらも、まるで何を言っているのか解せぬと言う顔でアマランスが訊き返す。冴えぬ表情で葵は答えず、殴り棺桶の鎖を手繰る。
「不届き者めが。怪異ども、片付けよ!」
 不機嫌に羅紗を靡かせたアマランス、その指先に導かれる様に古代の怪異が召喚される。
「あっ、美味しそう」
「美味しそ……!?」
 怪異を前にした葵の反応は百戦錬磨の魔術師でも想定外か。美味しそうとの言と同時に、アマランスが戸惑うより前に棺桶が怪異を殴り飛ばした。
「今日のご飯……」
 叩いて叩いて、肉を柔らかくして、血を抜いて——完璧な下処理をしたところで、制限時間で怪異が消えた。ショックを受けた葵はついでにアマランスにも痛烈な一撃を入れておくことにする。
「この卒塔婆に、斬れないものはない——」
 卒塔婆で。
「何故!?」
 おそらくただの八つ当たり。

赤星・緋色

●魔法よりも魔法らしく
 呼ばれた気がする。何にと強いて言うならば世界にとでも言うべきか。
輪郭は定まらずとも確信に満ちた第六感めいた何かに導かれ、赤星・緋色(フリースタイル・h02146)はこの地を踏んだ。徒歩で渡った√、正しく世界が呼んだと言うべきか、即座に路地裏の奥の死闘にご到着。
「助けに来たよ。下がってて」
 幼くとも職業暗殺者、命のやり取りをする状況の判断は頗る早い。羅紗の魔術師を敵と見定め、おろおろと所在なさげに佇む天使の青年を護るべき対象だと見て取るのに秒も要さない。小さな子どもの登場にやや面食らった様子であった青年も、その一言を受けて頷いた。
「私の番だね」
 青年を下がらせたと共に、己に注意を引く様に緋色は魔術師へと声を掛ける。
「子ども? お前も魔術師の類か」
 警戒を見せたアマランスが奴隷怪異を召喚する。
「魔法? どうかな。違うけどこれは確かにそれに近いかも」
 嘆きの光が満ちる中、それこそ魔法でいろいろ隠した緋色のアウターから飛び出すのは無数のエフェクトパーツたち。蛍光を発しながら飛ぶ何か、光を発しながら編隊を組んで飛ぶドローン、打ち上げ花火の様な弾が出る浮遊砲台エトセトラ、何故かいちいちどれも主張が激しめなのは何故なのか。
「仕組みは解らないけど自動でやってくれる、って私がいってたからね」
 緋色の言葉を合図としたが如くに、それらが奴隷怪異と魔術師を襲う。光の魔法だ。陰気な奴隷怪異の光を払うが如くに煌びやかに、コミカルなエフェクトやふざけた擬音なんかまでも伴って、エフェクトパーツたちが弾を浴びせたり体当たりしたり、上手く立ち回ってくれている。
「こっちの光の方が楽しいし綺麗だね」
 『私』が言っていた通りだ、全て彼らが自動でやってくれている。故に緋色はのんびりと彼らの働きと眩い光のパレードを見守った。

フーディア・エレクトラムリーグ
西院・由良

●路地裏の饗宴
 フーディア・エレクトラムリーグ(暴食汚職暴力お嬢・h01783)は考えた。今回保護すべき天使は若き実業家だと聞く。つまりおそらく金がある。しかも慈善家だとも聞く。であればおそらく義理堅く、助けた暁には随分な謝礼をくれるのではなかろうか。頭の中で算盤を弾く。全ては飯の為である。
「もう大丈夫ですわ~!わたくしがあの無法者を退治してアンジェロ様を守ってご覧に入れますわ~!ですからその暁にはたっぷりの謝礼と、感謝の証の宴席も別途宜しくお願いいたしますわ~!」
「あ、はい」
 皮算用がそのまま口に出てしまうのも、それでアンジェロにやや引かれていることに気が付かないのも致し方ない。フーディアの思考の8割が飯なのだ。
「その返事、聞きましたわよ~!出来れば満漢全席を希望いたしますわ~!」
「あの、楽しそうなところ悪いが、出来れば加勢してくれると助かるんじゃが」
 言質を取ってはしゃぐフーディアにかけられた声。振り向けば、敵の召喚した得体の知れぬ古代の怪異を黒衣の少女——外見上は——が仄白く月の光を宿した狼の群れに抑え込ませているところだ。
「歓談を続けさせてやりたいところじゃが、こやつ思ったより手強くてのう」
 腕組みをしつつ見守る様はまるで苦戦している様にはまるで見えないが、確かにここは戦場である。
「わかりましたわ~!」
 故に朗らかに答えたフーディアは思考を残りの2割、暴力へと切り替える。どちらにしても本能だ。同時、人化を解いた蜘蛛の姿へと変じ、白銀の蜘蛛糸を放ち、古代の怪異を抑え込む。
「あぁ、これは助かる」
 実は群狼を喚んだ反動で反応速度を減じていた由良と、狼たち自身である。それが多少の枷とはなっていたのは事実。だが、身動きとれぬ相手には今、躱すことの能わぬ狼たちの牙の鋭さは暴威でしかない。戦いと呼べるのかも解らぬ一方的な蹂躙、もはや野生の捕食にも似た。
「あっ、わたくしが食べようと思ったのに~」
「これ消えるから食べられんじゃろ」
 その通り、時間切れで溶け消えた古代の怪異は、狼たちとフーディアいずれの胃袋にも入らない。
「小癪な真似を……!」
 焦りを滲ませたアマランスが、間髪入れずに奴隷怪異を召喚する。
「あら、あれは~?」
「良かったな、食えそうじゃ」
「何の、話を……」
 目を輝かせた白銀の蜘蛛、生温く見守る少女の言葉に、魔術師は冷たいものが背中を流れるのを覚えたか。
 焼き直しだ。先と全く変わらぬ展開だ。怪異が嘆きの光を放つことのみ先と変われども、その光に身を灼かれながらでも、群狼も白銀の蜘蛛も、捕食にどうやら忙しい。
「後はアナタだけですけど、あんまり美味しそうじゃなくて残念ですわ~」
「ふーむ、これも食べるのか。わしの愛読の手記の様な沙汰じゃな」
 後退る魔術師に、人間災厄と獣妖が迫る。
「どれ、それなら食べやすく刻んでやるか」
「少し気分が上がって参りましたわ~!」
 軍刀型のファミリアセントリーが羅紗を刻んで、獣妖形態の蜘蛛の全体重を乗せた掌底がアマランスに襲い掛かる。
「あまり簡単に息絶えないで欲しいですわね~!」
 その後の仔細は大人の都合で割愛したい。心優しい天使の青年が耳を塞いで顔を背けていたものの、途中で失神したと言う顛末のみをここに記す。

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