シナリオ

死に至る病

#√汎神解剖機関 #天使化事変 #羅紗の魔術塔 #誤『アマランス・フェーリー』正『アマランス・フューリー』

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 #√汎神解剖機関
 #天使化事変
 #羅紗の魔術塔
 #誤『アマランス・フェーリー』正『アマランス・フューリー』

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●至る病
「はぁ……! はぁ……!」

 雨が降りしきる中、修道女である10代の少女は、あてもなく街の中を逃げていた。
 少女は、己の身に降りかかった地獄から逃れる術を知らない。ただ、こうして周囲の人に被害が及ばぬようにと、人気を避け逃げ回る事しか出来ない。
 少女の地獄の始まりは、住んでいた修道院で起こった『天使病』の蔓延。寝食を共にしていた者達が体調の不調を訴え始めると、それは、瞬く間に周囲に伝播した。
 それはかつて、『善なる無私の心の持ち主のみ』が感染するとされた風土病。|それ《・・》は、その病名とは裏腹に、罹患した修道院の皆を『オルガノン・セラフィム』という化け物に変貌させた。

 そして、少女が住んでいた修道院は地獄と化す。

 命からがら逃げ出せた少女だが、新たな地獄が少女を待ち受けていた。『羅紗の魔術塔』と呼ばれる、ヨーロッパ独自の秘密組織の追っ手も、少女を迫ってきたのだ。

 なんで。どうして。

 めまぐるしく変わる環境への混乱。己も皆のように『オルガノン・セラフィム』へと変貌してしまうのではないかという怯え。訳の分からない組織に捕らわれた場合、どうなるかわからない未知への恐怖。
 そしてなにより。

 なんで。どうして。
 自分は、いつから、こんな異形の姿になってしまっているのか。

 少女は地面へと座り込み、膝を抱えながらも水溜まりに映った己を姿を流し見て、溜息をついた。
 その姿が、『天使』と呼ばれる存在であることに気づく事も無く。
 少女は、ただ『人』では無くなった自分の姿に絶望し、涙を流すのみだった。


「皆さん、最近あった『天使』という存在に関する予兆についてはご存じっすか?」

 |伽藍堂・空之助《がらんどう・からのすけ》が、集まった√能力者達に問いかける。
 それは、√汎神解剖機関のヨーロッパ各地で、老若男女問わない『善良な人々』が、突如として『天使化』するという事件。人心の荒廃した現代では、既に根絶したものと思われていた代物だった。

「今回は、その『天使』の救出作戦ッス! 『アマランス・フューリー』からの逃走劇っすね。最終的に、あちらさんが狙っている『天使』を最後まで守りきる、或いは、安全圏まで逃亡できれば、こちらの勝ちです。ただ、それを成すのは、きっと一筋縄ではいかないでしょう。それでも、『天使』はかなりの美少女さんらしく。これはもう助けるしかないッスね」

 ヘラヘラした様子で宣う空之助。いつもながら緊張感に欠け振る舞いに、肩透かしを受ける√能力者達だったが、空之助から語られる、少女が現在に至るまでの話を聞き、その禄でも無さに全員が顔を顰めた。
 捨て子として修道院に拾われ育てられ、不運にも、修道院に住まう全員が『天使病』を罹患し、今では羅紗魔術士『アマランス・フューリー』に追われている。それは、あまりにも不幸過ぎる生い立ちではないだろうか。

「説明の通り、『天使』はすでに『敵達』に捕捉され、追われています。まずは、『天使』を襲っている、羅紗魔術士『アマランス・フューリー』の放った奴隷怪異達を撃破してください。その後も、諸々変化した状況に応じた戦闘はあるでしょうが……。ただ、確定事項はあります」

 そこまで告げ、空之助は俯いて、一息つく。これから告げる事実は決して、先程までのように、緊張させぬようにおちゃらけた態度で話すような内容ではないためだ。顔を上げた空之助の表情は、真剣そのものへと切り替わっていた。

 その事実は。
 少女にとっては、地獄そのものになるのだから。

「|修道院《・・・》で発生し、『少女』を捕食するために追ってきている『オルガノン・セラフィム』の殲滅ッス」

 少女の地獄の始まりは、修道院から。
 ならば。
 |修道院《そこ》から、少女を追ってきたという『オルガノン・セラフィム』の正体は――。

「――それでも、ですよ」

 最悪な状況を思い浮かべる√能力者達を、現実へと引き戻すかのように、空之助が珍しく強い口調で告げる。ここまで話を聞いた√能力者達が抱いた推測は、きっと正しい。だが、少女の地獄を終えるには、それが必要なのだ。

「ただ、『少女』は我々のその行動を良しとしないでしょう。それでも。まずは、その地獄から救い出さないといけない。人が最も恐れ、死に至らしめる事が出来る、孤独という病から『少女』を救い出すためには、必要な第一歩ッス」

 だから、どうか宜しくお願いするっすよ。
 そう言って、手をヒラヒラと振って見送る空之助。
 彼が語った事件の内容。その説明中に、途中から僅かに、だが確かに変化していた呼び名があった。
 保護すべき対象『天使』を、いつからか『少女』と呼んでいたのだ。
 そして、その『少女』を蝕む、『人』が最も恐れる孤独という名の病から救ってやってくれと告げた言葉の意味は。心情は。推し量るに余りある。

 なるほど。
 そういうことであれば、確かにこの戦いは、その『第一歩』だ。

 まずは『少女』が今居る地獄から救い上げなければならない。少々風変わりな格好をしているだけの『少女』を苦しめる病は、光りある場所でしか治せないはずだから。

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第1章 集団戦 『狂信者達』


ウルト・レア
アーシャ・ヴァリアント
クラウス・イーザリー
十・十
シンシア・ウォーカー
萩高・瑠衣

●それは少女にとって、救いと成りえるか否か
 天使となった少女が、必死に路地裏を逃げ回っている。そして、その少女を、羅紗魔術士『アマランス・フューリー』の放った『狂信者』達が追いかけている様子を、上空を飛ぶ輸送機からウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)が眺めていた。

「さて……。奴等は天使を追うのに夢中のようだ。後ろから……、明かりを持っている奴らが邪魔だな。優先して潰すか。『|光学迷彩システム起動《オプティカル・カモフラージュ・システム》』」

 能力によって、迷彩を纏い、夜目が利くようにすると空中へと身を投げ出し、降下を開始する。地面へと降り立つまでの僅かな時間、己と同様の任務を請け負った、天使の少女の下へ向かう者達の姿が視界に入った。それを加味した上で、頭の中で作戦を立案。前衛は他の者に任せ、自身は後顧の憂いを断つ事にする。

 敵に気づかれぬように少し距離を空けて着地後、ウルトは夜の闇に紛れ込むように足音を消し、戦場へと急ぐ。

 上空から確認していた経路を辿った結果、少女は今頃、距離がそれなりにある袋小路に追い詰められているだろう。決して少女が逃げられぬように、『狂信者』がそこへ誘導していたのは確実だ。その証拠に、そこに至るまでの道を塞ぐように『狂信者』が配置されていた。

「……ッ!?」

 少女を追い詰め、完全に油断しきっていた『狂信者』の首にワイヤーロープを巻きつけ、引っ張り締めつけることで、敵の言葉を封じる。
 そこで初めてウルトの接近を察知した『狂信者』が、斧槍を掲げて跳躍し、ウルトめがけて、その斧槍を振り下ろす。

 だが、それは悪手だった。

 ウルトは冷静に『狂信者』に括りつけたワイヤーロープを更に強く引っ張り、移動の推進力を得ると同時に、『狂信者』の首を落としてみせたのだ。
 そして、その勢いのまま、新たな『狂信者』の首へとワイヤーロープを放つ。
 少女を取り囲み、襲いかからんとしている前衛の『狂信者』達は知らない。万が一の可能性を考慮し、様々な箇所に配置していた後詰め部隊の一部が、音も無く静かに闇に葬り去られている事を。


「ぅ……ぁ……」
 自分を取り囲む集団に、天使となった少女は恐怖で身を硬直させている。
 誰かが巻き込まれぬようにと、人気が少ない場所に逃げ込んだ結果、街灯もまともに無い裏路地に迷い込み、袋小路へと誘い込まれてしまった。それも、曲がってからそれなりに走ってから、ここが行き止まりだという事に気づく程度に距離がある事を考えれば、取り囲む数人の腕を掻い潜れたとしても、再び曲がり角まで到達し、違う道へ逃げることは不可能だろう。
 絶望に顔を青くした『天使』を捕らえるため、『狂信者』の一人が腕を伸ばした、その瞬間。
 アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの竜人格闘者・h02334)が、『狂信者』が伸ばした手を押し潰すような形で、地面へと降り立つ。

「はいはい。そこまでね、弱いものいじめは感心しないわよっと」

 空から急降下してきたアーシャはそう言って、その着地点とされたことによって、粉砕された手の痛みでのたうちまわる『狂信者』の頭を鷲掴みした。

「アタシはね」

 頭蓋骨を握り潰すほどの力で掴まれ、藻掻く『狂信者』を身体ごと持ち上げながら、アーシャは後ろで座り込み、呆然と自分を見上げている少女に語りかける。

「正直、貴女次第だって考えてるの。その先は、『頑張りなさい』って程度で。だって、アタシって家族以外への関心は希薄だから。まぁ、また縁があったなら、その時はその時だってね。ただ――」

 この状況下において、世間話でもするかのようなアーシャの声色に、少女は戸惑う。その一方で、アーシャから放たれる、有無を言わさぬ圧力に『狂信者』達は動けないでいた。

――この現状からは、救ってあげるわ。

 その想いを、アーシャは敢えて口にすることはなかった。
 アーシャが『狂信者』の頭を掴み上げたまま跳躍すると、掴んでいた『狂信者』を頭から地面へと叩きつけて息の根を止めると、その袋小路の入り口を逆に封鎖するように踏み砕き、自身のみを強化する竜漿に満ちた領域を展開する。
 そんなアーシャを、『狂信者』達が取り囲む。
 そして、手にした狂信の斧槍で、一斉に攻撃を仕掛けてきた。その攻撃を見切り、見事に回避するアーシャだったが、攻撃を終えた『狂信者』の姿が、狂信によって得た魔力を纏うことで、かき消える。
 しかし、アーシャはそんな状況に動揺する様子は無かった。
 そこで『狂信者』達は考えるべきだったのだ。その能力が面倒だったからこそ、アーシャが、少女から離れ、袋小路を塞ぐように『狂信者』達の密集地帯へ飛んで、ここを戦闘場所に選んだ理由を。

「これだけ密集してくれてるなら、暴れていれば勝手に誰かには攻撃が当たるのよっ!」

 両手にはめた竜斬爪を振りかざし、蹴りを放ち、尻尾を振り回す。
 それは、純然たる竜の力を示す暴威の嵐となって『狂信者』に牙を剥いた。


 ゴーグルを着用し、暗視で闇を見通しながら『少女』の下へ辿り着いた、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、跳躍して少女の下から離れたアーシャと入れ替わるように少女を背にすると、迫ってきた『狂信者』に銃を構え、冷静に狙いを定めて紫電の弾丸を放つ。
 自身の戦闘スタイルから、少女を守りながらの戦闘は不可能だと判断したアーシャは、クラウスの存在を察し、その役目を任せたのだ。その意図を、空中での刹那における視線の交差で汲み取ったクラウスは、その役目を全うするべく、少女に優しく語りかける。

「俺達は、君を助けに来たんだ。いきなりで訳がわからないと思うけど、どうか信じて欲しい」

 これから、オルガノン・セラフィムを倒すことを考えると、信じてもらうべきではないかも知れない。
 異形の姿で家族同然の人々を失って、それでも生きなければいけない。
 それはきっと辛い環境だろう。それでも、死ぬよりは、或いは魔術塔の連中に捕まるよりはいいはずだ。

「……ッ。は、ぃ。ありがとう、ございます」

 その思いを察してか。
 少女は、自分を助けに来てくれた人達に心配をかけてはいけない一心で、御礼の言葉を口にした。
 事前に招集しておいた『狂信者』達が、その能力で更に人数を増やしていく。その一体一体を、確実に手にした拳銃で撃ち抜いていくクラウス。クイックドロウを用いて、紫電の弾丸を放ち、少女に『狂信者』達を近寄らせない。
 そんな姿を見て、少し安心出来たのだろうか。自分が迷惑をかけている手前、図々しいと思いつつも、自分を安心させるような言葉を投げかけてくれたクラウスに、優しく、そして、何よりも残酷な願い事を口にした。

「わたしのことよりも、みんなを。修道院のみんなを、助けにいって、くれません、か……?」

 その言葉に。その姿に。
 クラウスは、かつて見た、自身を突き飛ばし、安心したような笑みを浮かべた友の姿を幻視した。

「……ッ」

 手にしていた形見の拳銃を、殊更強く握りしめて、トリガーを引き続ける。
 この先に続く、『地獄』から目を逸らすように。


 少女の言葉に、クラウスの集中力を乱され、その射撃から精密さが欠けてしまった隙をつき、数人の『狂信者』が横をすり抜けて、少女へと手を伸ばす。

 自分が不用意に声をかけたことで、クラウスの注意を逸らした事に、少女は深い自責の念を抱く。だが、『狂信者』はあくまで自分を狙ってきており、その代償を支払うのが、自分である事に、少女は安堵した表情を浮かべる。

「ところがどっこい。そうは問屋が卸さないでごぜーますよ」

 だが、その『狂信者』達の魔の手は、子猫と『憑依合体』することで、猫耳と尻尾を生やした|十・十《くのつぎ・もげき》(学校の怪談のなりそこない)によって阻止される事となった。猫の俊敏さをもって、『狂信者』の懐に潜り込み、得意の喧嘩殺法による猫パンチという名の掌打と、昇猫拳という名の回転アッパーで撃退してみせたのだ。
 それは『憑依合体』によって、猫の特性と空間を引き寄せる能力を得た十が、『狂信者』達のいる空間を自分へと引き寄せる事で成し得た結果だった。

「さてさて。とりあえず、目の前の敵を倒さないといけないでごぜーますなー」

 そう言いつつ、通常よりも発達した猫耳を立てると、戦闘行為が行われていると思われる音とは別に、雨によって路上に出来た水溜まりを慌ただしく踏む音が、周辺のあちこちから聞こえてくる。夜で、しかも、こんな雨が降っているにも関わらず、だ。
 その音の大体が『狂信者』だと、十の野生の勘も告げている。『羅紗の魔術塔』は、この『天使』の少女に、相当に御執心のようだ。

「むむー。ならば、とるべき手段はひとつでごぜーますよ」

 少女の警護を、持ち直したクラウスに任せる。袋小路の入り口ではアーシャが暴れているため、ここまで辿り着く『狂信者』の数は知れているだろう。それに、別方向からも、上手く音を消して此処へ近づいて来ているウルトの存在も、十は感じ取っていた。
 ならば、と。十は俊敏な猫の動きを以て、壁を蹴って疾走する。目指すは、その周囲の騒がしさに反して、妙に静かな場所。そこに、この軍団を指揮する者がいる。


「よりによって修道院だなんて、ずいぶんタチが悪い。それだけ心の清廉な方が多いのでしょうが……。なんというか、やりきれませんね」

 自身の持つ『環境耐性』によって、雨による肌寒さに対応しながら、シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)が、天使となった少女から離れた、開けた場所に集まっている『狂信者』達の姿を、空き家の影から眺めながら、小さくごちる。
 彼女もまた、他者を守りながら戦う事が不得手であり、単独にて動いていた。事前に、観光客ながらの現地の平易な語彙で、この場に立ち入ろうとする一般人には逃げるように伝えていたため、誰かが巻き込まれる心配は無い。

「光りあれ――『|Stellanova《ステラノヴァ》』!」

 静寂を引き裂き、シンシアが民家の影から飛び出し、『狂信者』達が密集している箇所へ、流星を模した魔法を放つ。だが、その魔法は、強力ではあるものの制御が難しく、命中率にバラつきがあるものだった。

――予想よりも、削れていないですね。

 ならば、と。幾度となく降り注ぐ流星の光が降り注ぎ、仲間を灼かれて浮き足立った『狂信者』達の群れの中に、レイピアを構えたシンシアが突っ込む。神速の突きを放ちながら、眼前の敵を屠っていくが、返礼だと言わんばかりに、少し離れた距離から魔力砲を叩き込まれる。

「くっ……!?」

 シンシアは、咄嗟に周囲の『狂信者』達を切り伏せ、背後に飛んで砲撃の直撃を避ける。爆風に吹き飛ばされ、雨に濡れた地面を転がりながらも体勢を整えて、レイピアを構え直す。
 その魔力砲は、発動には複数の助力が必要になるが、ここには、それに足る『狂信者』達がいる。そして、それは数が多ければ程、その威力は増大するのだ。奇しくも、シンシアは、本件の『狂信者』達において一番厄介な集団と相対する羽目となってしまった。
 本来であれば、乱発できるようなものではないはずの魔力砲が、次々と放たれる。シンシアも負けじとステラノヴァを放って対抗するが、放つ度に近くにいる『狂信者』達がシンシアに襲いかかり、それをレイピアで対応している間に、魔力砲の位置を微妙にズラしており、砲撃が止まない。 
 そんな時だった。
 十が現れ、魔力砲を指揮する指導者の喉を、その鋭い爪で搔き切ったのだ。

「面倒なヤツは、討ち取ったでごぜーますよ」

 シンシアの隣に飛んできて、Vサインして見せる十。

「どうしてここが?」

 首を傾げるシンシア。
 十が此処に居る理由。それは、妙に静かな場所と称した場所が、シンシアの戦闘現場だっただけのことである。
 だが、そこにはちゃんとした理由があった。
 まず、シンシアが事前に一般人には逃げるように伝える事で、戦闘の環境を整えたこと。それはつまり、『狂信者』達にとっても、この場所が誰にも邪魔されずに事を進めることに適していたのだ。
 そして、戦闘以外の準備に時間を有したからこそ、他の場所よりも遙かに戦闘開始が遅れ、十がその場所の存在に気づき、且つ、到着が間に合った。

「魔力砲の|釣瓶打ち《つるべうち》さえ無ければ、あなた達は恐るるに足りません」

 そう言って、シンシアはレイピアの切っ先を、その場にいる『狂信者』の集団へと向けて、全身から魔力を迸らせる。
 そして、シンシアは高速詠唱によるステラノヴァと、レイピアによる斬撃による組み合わせて。十は、『憑依合体』によって得た猫の身体能力と、空中浮遊を用いた三次元的な動きで、その場に居た、『狂信者』達の本隊討伐に成功するのであった。


 袋小路を封鎖するように戦っていたアーシャや、『天使』となった少女を背に守りながら戦うクラウスも。そして、ここに至るまでの敵を屠り、合流を果たしたウルトも。圧倒的な数で押し寄せてくる『狂信者』達に、疲労の色を隠せずにいた。
 だが、シンシアや十の手で、その『狂信者』の集団を指揮する者、そして後衛に控えていた本隊が討たれた事によって、状況が変わる。
 それを感じ取った3人が、疲労した身体を奮い立たせ、各々が手にした武器を再度握りしめ、この場に残る『狂信者』達を仕留めにかかった。
 その瞬間、その場に到着した萩高・瑠衣(なくしたノートが見つからない・h00256)が手にした篠笛で奏でる音色が響き渡る。

「援護するわ!――『|魂鎮めの囃子《シズメノハヤシ》』」

 萩高は、3人を範囲に収める位置に陣取ると、『狂信者』達の攻撃を回避しつつ、全員の防御力の強化と、その負傷を徐々に癒やしていく。だが、それは3人が囲んでいた『狂信者』達の目を引く事となってしまう。
 シンシアに対して猛威を振るった魔力砲が、萩高へと目標を定める。

「演奏で人に注目されるのは嬉しいけれど、随分と嫌な注目の仕方してくれるのねっ……!」

 悪態をつく萩高。
 回避――いや、周囲を『狂信者』達に囲まれていて、それは難しい。
 手前に居る『狂信者』を捕まえて盾にするか――それも却下だ。人質なんてとったところで、気にするような相手ではない。

『ならば耐えるしかないかな』

 防御は苦手な萩高だったが、そうは言ってられない。覚悟を決め、少しでもダメージを少なくするために、身構えるが、次の瞬間。

「猫は美味しいところには、敏感なんでごぜーますよ」
「お待たせしましたっ!」

 本隊討伐に成功したシンシアと十が合流を果たし、 魔導砲を構えていた『狂信者』達を屠る。 自身達の救援は途絶えたところに、敵の増援が現れたことに浮き足立つ『狂信者』達。

 かくして、烏合の衆へと成り果てた『狂信者』達は、その場に集った√能力者達の手によって、全員が討ち取られるのであった。

第2章 集団戦 『オルガノン・セラフィム』


●断章
「あ、の……。助けていただき、ありがとうございました……」

 自分を助けてくれた√能力者達に対して、丁寧にお辞儀をする『天使』となった少女。
 今を以てしても、少女自身、『天使』という存在になったということ、置かれている状況は理解出来ていない。
 だが、

『この人達ならば、きっとまだ残っているであろう、修道院の皆を助け出してくれるかも知れない』

 そんな淡い期待を抱いてしまう。
 しかし、先程、それを口にすることで、迷惑をかけてしまった手前、改めて身勝手な願いを口にするのは憚られた。

 そう。
 少女は、未だに自分が修道院で見た化け物達が、自分が心配する『大事な家族』であることを認められないでいたのだ。

 あの時、変異していく『大事な家族』を見てしまっていたとしても。
 同じように『人』でない『何か』になった自分を、『美味しそうに』見つける目も。
 修道院で、誰かを見つけることが出来れば、あれは悪夢だったと笑い合える。そうすれば、いつもの、あの幸せな日常に戻れるんだと、言い聞かせていたのだ。 
 だが、そんな『幸せ』は脆くも崩れ去ってしまう。
 修道院で見た化け物が、鎌首をもたげて、少女の方を見つめていたのだ。その首に、いつも優しかった老齢のシスターが身につけていた十字架が掲げて。

 それは、少女が修道院で見た地獄が、現実であったという証左。

 それでも少女は、己のように姿が変わってしまっていても『大切な家族』である事は分かってくれているはずだと思い込み、何度もシスターの名を呼ぶ。
 そんな少女の声に、釣られるように周囲を覆い尽くす『オルガノン・セラフィム』の集団。その集団に向けても、少女は痛々しく姿で何度も声を掛け続けている。
 そうする事でしか、この現実の中で、崩れそうな心の均衡を保てないのだ。

 そうして、再び孤独に苛まれることとなった少女は。
 返ってくるはずの無い、聞き慣れた優しい声を求めて、『オルガノン・セラフィム』の集団に呼びかけ続けるのであった。 
ウルト・レア
レティア・カエリナ


「……黙って下がれ」

 ウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)が、悲痛な声をあげ続ける少女に、静かにそう告げた。
 事情は理解している。見知った者達なのだろう。それでも|あれ《・・》は、すでに少女が知る存在ではないのだと。
 それでも少女は、その言葉にブンブンと頭を横に振って拒絶を示す。

『焼け石に水、か……。まずは、天使もどきを始末すべきだな。だが、数が多い。仕方が無い……。レティアを呼ぶか』

 諦めて、ウルトは少女を守るように障壁を展開。そして、迫り来る『オルガノン・セラフィム』達に射撃を行いながらWZ搭載型通信機を取り出すと、空中の輸送機の護衛任務に就いていていたレティア・カエリナ(量産型WZ「レデンプトル」・h06657)へ連絡を取る。


「はぃ! サボってないですよ!?」

 ウルトからの緊急通信を受けたレティアが、お菓子を食べていたことを悟られぬよう、口に含んだ分を一気に飲み込んでから返答した。

「……まあ、今は言わないでおく。仕事だ」

 何か言いたげなウルトが、火器管制ネットワークを通して、敵の位置情報を共有してくる。どうやら天使もどきが多いらしく、『天使』の安全確保に手間取っているらしい。
 天使を√ウォーゾーンの研究所に拉致……もとい保護したいところだが、この任務に失敗すると小隊の立場が悪くなるだろう。

『まぁ、そのあたりは私が考えることでもないですからね』

 そう思い直し、空戦モードへと変身したレティアが、送られてきた位置情報を基に、複数の敵を同時にロックオンして、手にした砲銃の引き金を引く。

「空は私のフィールドです。『|蒼閃《ブルーフラッシュ》』!」

 √能力により強化された追尾ミサイルが、地上にいた『オルガノン・セラフィム』達を 薙ぎ払っていく。


 その作戦は、当初は上手くいっていた。
 だが、ウルトとレティアの戦闘能力の差が、如実に現れ始める。

「レティア! 上空からの援護射撃の弾幕が薄くなってきているぞ!」
「無茶言わないでくださいよっ。 私、先輩みたいに強くないんですよ!? むしろ、こっちが助けて欲しいです!」

 そして、レティアの『ちょ!? あぶな―』という言葉と共に、通信が途絶える。
 上空を見上げて確認すると、レティアの砲銃が放つ際に生じる火花がチカチカと不定期ながらも点滅を繰り返していた。どうやら、撃墜された訳では無く、応戦に手一杯になっているのだろう。
 こちらも、前線が押し込まれてはいないが、助けにいく余裕は無い。ならば、と。ウルトは自身の√能力を行使する。

「『|欠落の啓示《デス・オーダー》』。使命を与える。異形を狩り、殲滅せよ」

 蘇生された√能力者達が、前線を支えるために戦場に投入される。そして、一部はレティアの援護へ回す。
 天使として覚醒してしまっており、冷静さを欠いた少女には、ウルトの威圧は通用しなかった。そのため、物理的に『オルガノン・セラフィム』との距離を保つ。そうすることで、ウルトは、少女の突発的な動きに対応した。
 幸いにも、この場には己以外の√能力者も多い。それならば、ウルトは集団戦術を意識して、援護射撃を行うまでだ。
 装填のため、身を隠したウルトの視線の端に、倒れゆく『オルガノン・セラフィム』達に必死に手を伸ばし、泣き叫ぶ少女の姿。
 一呼吸つく。そして、身を乗り出し、トリガーに指を添え、襲いかかる『オルガノン・セラフィム』の一体の額に照準を合わせる。

「戦場に正義など存在しない。狩るか、狩られるかだ。悪く思うなよ」

 そう告げ、ウルトは静かにトリガーを引いた。

クラウス・イーザリー

 泣き喚く少女が、今、胸に抱いている絶望は、一体どれほどのものか。

『辛いな……』

 そんな少女を背に庇ったまま、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)の表情も苦痛に歪む。

 少女の大切な人達を、元に戻す方法は存在しない。

 言葉にすれば、それだけの事だというのに。その言葉を、戦闘が開始されて暫く経った今でも、クラウスは口に出せないでいた。少女の行く手を阻むように広げたクラウスの腕には、幼く小さいながらも、『天使』に覚醒した少女の力を示すような爪痕が、幾つも刻まれている。
 そして、彼女を喰らおうと、前線を越えて接近してきた『オルガノン・セラフィム』の一体が、クラウスが放った銃弾に倒れ伏す。
 喰らうために、手を伸ばす『オルガノン・セラフィム』。
 その姿を、助けを求めていると勘違いした少女は、半狂乱になってクラウスの腕をはね除け、倒れ伏した『オルガノン・セラフィム』に駆け寄る。
 その瞬間、『オルガノン・セラフィム』は息を吹き返し、大口を開けて少女の頭に齧りつこうと飛びかかってきた。

 咄嗟のことに、動けない少女。

 そんな少女の腕を掴み、再び自身の後ろへと引っ張りながら、少女と『オルガノン・セラフィム』との間に身体を差し込み、己の腕を犠牲にする。少女によってつけられた傷の上から、『オルガノン・セラフィム』の牙が深々と突き刺さった。その痛みに顔を歪ませながらも、クラウスは重い口を開く。

「……見える、かな。コイツは、君を本気で食べようとしているんだ」

 そんな状況になっても、少女は現実から逃れるために目を瞑り、俯いたまま、違うのだと首を横に振る。

「元には戻せない。だから、俺は――彼らを殺すよ」

 腕に噛みついた『オルガノン・セラフィム』の額に、クラウスは、手にした拳銃の銃口を突きつけ、トリガーを引いた。

「や、め――!」

 クラウスの言葉に、目を見開き、勢いよく顔を上げ叫ぶ少女。その拳銃から響いた発砲音だけが、やけに少女の耳に残響する。崩れ落ち、動かなくなった『オルガノン・セラフィム』を見て、少女はその場でへたり込む。

『恨まれたって構わない。変わってしまう前の彼らだって、これ以上彼女を苦しめる事は、きっと望んでなどいないはずだから』

 そんな決意を胸に、クラウスが決戦気象兵器「レイン」を起動させると、そのおびただしい量の光線を以て、迫る『オルガノン・セラフィム』達を焼き払った。

シンシア・ウォーカー

 激しい戦闘によって、袋小路だったはずの路地裏の周囲は、完全に破壊され尽くしてしまっていた。
 それにより、前方と上空からの襲撃を注視しておけば良かったはずだった戦闘が、更に困難になる。左右は勿論、背後からも『オルガノン・セラフィム』が少女を喰らおうと、襲いかかってくるのだ。
 更に悪い要素が重なる。夜の明かりが乏しい中、雨脚が強まり、『オルガノン・セラフィム』達の接近に気づくのが遅れてしまう。
 そんな中、シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)は、少女の背後に忍び寄ってきた『オルガノン・セラフィム』の一体を、高速詠唱と全力魔法を併用して強化したレイピアで貫く。

『ああ、このオルガノン・セラフィムも元々は……』

 倒れ伏した『オルガノン・セラフィム』の姿に、シンシアがほんの一瞬、気を取られてしまう。その事に気づき、雑念を振り払い、女の無事を確認しようと振り返ると、その目に映ったのは、すでに駆け出した少女の背中だった。
 まだ幼い少女の足音は、激しさを増した雨音と、戦闘音によって掻き消されてしまっていたのだ。守るために布陣していた√能力者達の横を抜けて、まだ生き残っている『オルガノン・セラフィム』の集団へと向かっている。

 まるで迷子だった幼子が、家族を見つけたように。
 家族の体温を感じるために、その身体に縋り付こうと、両手を精一杯伸ばして。

 そんな姿に、シンシアは心を痛めるが、その判断は素早かった。

「ごめんなさい……!『|楽園顕現《セイクリッドウイング》』!」

 その声と共に、発動するシンシアの√能力。壊された壁の先にあった|叢《くさむら》が檻となり、少女を閉じ込める。これで、これ以上、少女がこの地獄を見なくて済むはずだ。

 恨まれるかも知れない。
 だが、それで少女の命を救えるのならば――。

 シンシアはしゃがみ、先程貫いた『オルガノン・セラフィム』が首にかけていた十字架のネックレスを手に取る。そして、それをレイピアを持つ手の手首に巻くと、手の甲を上にして、ポンメルが手首に下から押し上がるようにしてレイピアを持ち、その切っ先を敵へと向けた。 

「さっさと倒す。それが一番の弔いの形でしょう」

 悲しさはある。それでも、今はそれしか出来ない。
 そして振るわれる神速の刺突。手首に巻かれた、雨に濡れた十字架が揺れ、溜まっていた雨の雫が宙に舞い、シンシアの頬を濡らした。

 まるで、それは。
 今はもう、泣けなくなってしまった誰かが流す、涙のように感じられた。

アーシャ・ヴァリアント

 この身に降り注ぐ、激しい雨が煩わしい。
 そして、それ以上に。

「ああもう! うざったいわねっ!」

 迫ってきた『オルガノン・セラフィム』の数体を竜斬爪で切り裂いて、アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの竜人格闘者ドラゴニックアーツ・h02334)が吼える。

 次から次へと降って湧いて出る『オルガノン・セラフィム』が。
 鬱陶しくてたまらなかった。

 叢の檻の中で行動を封じられた少女は、相も変わらず泣いているのだろう。
 その姿を容易に想像出来たアーシャは、檻に手をついて、聞こえるかどうかわからない少女に語りかけた。

「アタシは神様なんかじゃないから、治したりは出来ないけど」

 この身は、竜人であり、その本質は破壊だ。救済などといった、善良なる行為を求められても困る。だが、それでも出来る事はあるのだ。

「さっきも言った通り、この状況から『アンタだけ』は救ってあげる」

 そして、アーシャは破壊の本質を体現する姿――真竜へと変身し、その灼熱の吐息で周囲にいる『オルガノン・セラフィム』達を焼き尽くす。ヨーロッパ特有の『天使化』という風土病。それが、万が一にでも√EDENに持ち込まれぬように。
 それでも、『オルガノン・セラフィム』は天使を捕食しようと檻の周囲に群がろうとする。その脅威から守るように、アーシャは真竜へと変身したことで巨大化した自身の尻尾を、少女を内包する叢の檻に絡めた。
 ヒトとしての理性を失い、本能にしか従えず、それを邪魔する√能力者達の排除よりも天使の捕食を優先する。それは知性を失い、誇りを持たず、ただ欲望に支配された獣の姿そのもの。

 その姿は。
 竜としての挟持を持つアーシャからすれば、不快でしか無かった。

 その不快感を吐き出すように、アーシャはすり寄ってくる『オルガノン・セラフィム』へ向けて、再び灼熱の吐息を放つのであった。

十・十
ウルト・レア


 少女は叢の檻に囲われ、更には、その檻を守らんとする他の√能力者もいる。あれならば、これ以上、少女に『オルガノン・セラフィム』達が死ぬ姿をみせなくて済むだろう。
 |十・十《くのつぎ・もげき》(学校の怪談のなりそこない・h03158)が、そう安心したのも束の間。なんと、行動不能状態になっているはずの少女が、『天使』となった力を以て以て、行動不能効果を強引に打ち消し、檻を中から破壊しようとしている音が響いてきたのだ。

「元気でごぜーますね……」

 大量の敵との連戦。街灯も無い路地裏。更に、強まった雨で視界も悪く、その中での戦闘は普段よりも高い集中力が要求され、これ以上長引かせるのは拙い状況。
 十は疲労困憊の身体に鞭打って、『オルガノン・セラフィム』達が一番多く残っている場所へ、味方を巻き込まぬように空中浮遊で向かう。
 その様子を見ていた、捕食本能に突き動かされた『オルガノン・セラフィム』が、その爪や蠢くはらわたで十の動きを強制的に封じて、その異様に大きく開いた口で十に齧りつかんとしてきた。
 その爪による攻撃を十は野生の勘で躱しつつ、敢えてはらわたに捕縛され、その口に引き寄せられる。そして、器用にするりと拘束から逃れると、引き寄せられた勢いを利用して『オルガノン・セラフィム』に接近。呪詛を込めた拳を敢えて逸らし、『オルガノン・セラフィム』の足元に、自身の√能力――『|怪談・閉じ込められた子供《サイゲンシタボクノシニバショ 》を放つ。その能力によって創り出された空間に、残り僅かになっていた『オルガノン・セラフィム』の集団を閉じ込める事に成功したのだ。

「ふ~。なんとか幼気な少女に、これ以上地獄を見せることは避けられそうでごぜーますなー」

 餓死した十と同じように、猛烈な飢餓感に襲われる『オルガノン・セラフィム』。
 そんな『オルガノン・セラフィム』に、十は悪戯が成功した子供のように、ニシシ、と笑ってみせ、そして――。

「――お腹空いたでしょ? 存分に食べていいですぜー」

 ついには、その飢餓感に耐えきれなくなったことで、共食いを始めてしまった『オルガノン・セラフィム』達を眺める。
 そして、最後に残った一体に、十はトドメを刺すと√能力を解除して、空を見上げた。

 未だ夜は明けずにいる。
 だが、いつの間にか、あれほど激しく振っていた雨が止んでいた。

 誰にも看取られる事無く、誰にも看取られる事無く死んでいく事への恐怖を、十は誰よりも理解している。
 だからこそ、思うのだ。
 修道院で起こったこと。そして、少女に降りかかったことは、確かに悲劇だっただろう。それでも、『オルガノン・セラフィム』となってしまった修道院の人々には、僅かながらでも救いはあったのではないかと。

 何故なら。
 自分達の死を悼み、涙を流す少女が、まだ、此処に居るのだから。


 群がっていた『オルガノン・セラフィム』の討伐を終え、ウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)が、この戦場に残った最後の一体を倒すことであたりは静寂に包まれた。

『レティアのやつ……何処に行った……?』

 上空を見上げれば、先程まで見えていた火花が見えなくなっている。

「あれは手を抜いてたな……」

 そう、ウルトがボソリと呟く。
 すると、繋がったままになっていた通信に乗り、その呟きをめざとく聞いていたレティア本人からの、大音量での抗議の声がウルトの耳に響いた。

「手を抜ける状況にあるわけないじゃないですか!? これだから――」

 まだまだ続きそうな言葉に、ウルトはそっと通信機の電源を落とす。
 そして、叢の檻を破壊して中から抜け出し、この惨劇を眺めて絶望している少女へ、ゆっくりと歩み寄る。
 その僅かな道中、ウルトが一縷の望みをかけて『オルガノン・セラフィム』の死骸付近の空中へ視線を移す。
 全ての生命は、死後、大半は無害かつ善良で、海の生き物のような姿となって、あてもなく空中を揺蕩う。ならば、『天使化』という病を患い、『オルガノン・セラフィム』となって死した者達のインビジブル達の中で、『天使化』という病を患う前の生前の姿をした者がいれば。

 失う哀しみは癒える事はないだろう。
 それでも、多少の慰めにはなるのではないかと、そう思ったのだ。

 だが、現実は残酷だった。周囲を揺蕩うインビジブルは全て、人の形を成していない。海の生き物のような姿で、ただ空中を揺蕩うだけだ。

 ならば、奇跡を祈るしかない。

 ウルトは、少女の前に辿り着くとしゃがみ込み、生気を失った表情を浮かべて俯いた少女に告げる。

「顔を上げろ。前を向け。お前はまだ、死んでなどいないのだから。ならば、死んでいった者達を想い、祈りを捧げる事が出来るのは生者であるお前だけだ」

 ウルトの言葉に、少女は顔を上げた。
 そして、ウルトは空中を揺蕩うインビジブルを制御して少女の元へ集わせる。

 その瞬間――。

「――ぁ」

 一匹のインビジブルが、少女の頬に擦り寄り、その身体で少女の涙を掬ってみせたのだ。
 その姿を、『天使』に覚醒した少女の瞳は、確かに捉えていた。

第3章 ボス戦 『羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』』


●断章
「態々雨に濡れるのが嫌で、|天使になれなかった出来損ない《オルガノン・セラフィム》の回収を下々の者に任せたが――」

 羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』は、その尊大な態度を崩さず、身構える√能力者達を無視して、その背後に控えている少女に視線をやる。
 背中から翼を生やした人ならざる姿。だが、その態度には明らかに理性が感じられ、|天使になれなかった出来損ない《オルガノン・セラフィム》とは明らかに異なっていた。

「――ふむ。早計であったか。よもや、この人心の荒廃した現代において『天使』が誕生していようとは」

 望外の喜びだ、と。アマランス・フューリーが、妖しく微笑む。
 だが、その言葉は新たな被検体を発見したことへの喜びからくるものであり、少女をひとりの人間としては見ていないことが、√能力者達には安易に理解出来た。事実、アマランス・フェーリーから見れば、少女は『天使』という実験動物の1つでしか無い。
 そんな狂気に満ちた視線を遮るように、√能力者達が立ち塞がる。
 そこでようやく√能力者達の存在を思い出したアマランスは、顔を顰めた。

「……あぁ。そういえば、この|天使になれなかった出来損ない《オルガノン・セラフィム》の回収を邪魔したのは君達だったか。回収に失敗したのは残念だが、今はどうでもいい。優先すべきは『天使』の方だ。|こんな出来損ないではない《・・・・・・・・・・・・》」

 そう言って。
 アマランス・フェーリーは、足元に転がった『オルガノン・セラフィム』の頭を踏み潰してみせた。

 その光景を目にした少女が、怯えも忘れ、怒りを露わにしてアマランスへと襲いかからんとする。それを必死に押さえつけながらも、√能力者達がアマランス・フェーリーへ向ける視線も鋭い。
 それを心底不思議そうで見つめ、アマランス・フェーリーはやれやれと首を振り、戦闘態勢をとる。
 そして、その場にいる√能力者達に厳かに告げた。

「どうやら、残念ながら『交渉』は失敗のようだ。ならば――」

――実力行使といこうか。
十・十

 羅紗の魔術士『アマランス・フェーリー』を前にして、

「じゃー自分はできそこないじゃないんでごぜーますかねー?」

 慢心がごぜーますなー、と。気怠そうに|十・十《くのつぎ・もげき》(学校の怪談のなりそこない・h03158)は告げる。

「犠牲になった人の代わりに、死者が全力で殴るでごぜーますよ」

 連戦によって疲弊した体に鞭打って、空中浮遊を使った三次元的な動きでアマランス・フェーリーに近づかんとする。

「ふん。君のような死者が、天使になれなかった出来損ないの死体の代行者を語るか。滑稽だな」

 アマランス・フェーリーが、十へ侮蔑を孕んだ言葉を返し、羅紗から輝く文字列を放つ。
 それに対し、十は先読みを駆使して呪詛を込めた攻撃で迎撃を狙い、見事に成功させてみせた。

「なっ!?」

 そのあまりの手際の良さに、アマランス・フェーリーの顔が驚愕に染まる。その隙に、十はすでにその懐に入り込んでいた。

 アマランス・フェーリーが自身に放った言葉に興味は無い。
 だが、それでも。犠牲になった者達への冒涜だけは許せない。

 右拳を強く握りしめる。
 そして、√能力『|一点集中全力突《パイルバンカー》』を発動させ、その拳を振り抜く。

「全力でーぶん殴る!」

 鎧砕きと呪詛を込めた捨て身の一撃が、アマランス・フェーリーの腹を正しく捉え、その衝撃が叩き込まれた腹から背中へと抜け、アマランス・フェーリーを吹き飛ばした。
 十の握りしめた右拳から、突き刺すような痛みが走る。

『あ~あ。コレは折れたでごぜーますなー』

 その痛みをどこか他人事のように感じながらも、十は歯を食いしばり、足のつま先に力を込めた。そして、突き出した右拳を元の位置に戻して弾丸のように疾走すると、離れた壁へと衝突して崩れ落ちそうになっていたアマランス・フェーリーの懐へと再び滑り込むと、その右拳でアマランス・フェーリーの顎を捉え、頭を跳ね上げた。
 攻撃を終えた十は、跳躍して元いた場所へ戻る。
 これ以上の追撃はしなかった。否。出来なかったのだ。元いた場所に着地した十の右腕は、支える力を失い垂れ下がっている。その右拳は腫れ上がり、誰の目からしても重傷だった。
 止むこと無く響く鈍痛が、十に右拳が粉砕骨折している事を告げている。だが、十は痛みを無視し、振り向いて少女に笑いかけた。

「まー、そんながらじゃなーでごぜーますけどね、ボク。でも多少はすっきりしたでごぜーますかね?」

アーシャ・ヴァリアント

「ふん。さっきのが交渉のつもりなら、アンタ才能ないわね。頭でっかちな魔術士さんは塔にでも引っ込んでお勉強だけでもしてなさいな」

 アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの竜人格闘者・h02334)が、片膝をついた羅紗の魔術士『アマランス・フェーリー』に、そう言い捨てた。
 背後に控えた少女に、『アンタはそこでみてなさい。代わりにボッコボコのギッタギタにしてやるから』と告げて、√能力『|竜王妃融合《ドラゴニックフュージョン》』を発動させた。
 そして、相手の非道に怒った|守護霊《実妹の霊》と融合し、アーシャは長さと斬れ味が強化された真・竜斬爪を構える。

「随分と舐めた口を聞いてくれるッ……!」

 そんなアーシャに対して、アマランス・フェーリーは口の端から流れる血を手の甲で拭い、静かに立ち上がりながらも、その声色に怒気を滲ませ、羅紗から輝く文字列を放つ。
 それは、アマランス・フェーリーの攻撃手段のひとつ『輝ける深淵への誘い』。だが、アーシャに放たれたソレには、√能力者達と対峙した当初あったであろうアマランス・フェーリーの驕りは消えていた。

「くっ……!」

 見切りで避け、切断、破壊を繰り返しながら進むも、その全てを防ぎきれない。
 驕りを消し去ったアマランス・フェーリーの攻撃は苛烈であり、アーシャへと飛来する文字列は、微弱ながらも確実にアーシャの身体にダメージを蓄積させ、ついには頭部を破裂させ、一度死亡させることに成功させる。

「ふん、造作も無い。油断などしなければ、君達のような者に私が敗北する事はあり得ぬ」

 頭部を失ったアーシャの身体に、侮蔑の視線を送るアマランス・フェーリー。
 だが、アーシャが使用した|竜王妃融合《ドラゴニックフュージョン》という√能力は、攻撃力の強化と空間引き寄せ能力を得るだけではない。最も突出した能力。それは、『今まで獲得した成功数と同回数まで、死後即座に蘇生する』というもの。
故に――。

「馬鹿なっ!?」

 即座に蘇生し、空間引き寄せ能力によって眼前に迫ったアーシャの姿に、驚愕するアマランス・フェーリー。その隙に、アーシャは両手の真・竜斬爪を振るう。その攻撃はアマランス・フェーリーの両肩を抉り、鮮血が宙に舞った。
 そして、体勢を整えたアーシャが追撃せんと羅紗と両腕に狙いを定め、両腕を振り下ろそうとした瞬間――。

「――ッ! 舐めるな、下郎がぁ!」

 アマランス・フェーリーが叫び。
 羅紗から放たれた文字列がアーシャの視界を染め上げ、その追撃を阻止してみせた。

ウルト・レア
レティア・カエリナ


「やってくれるな……ッ!」

 想定していたよりも遙かに上をいく√能力者の実力に、怒りと殺意が混じり合った光を宿らせながら、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』が睨みつけた。

 瞬間、感じたのは寒気。そして、僅かな死への恐怖。

 それらを振り払うためにも、ウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)は、即座に薬剤を注入し、全身を強化しつつインビジブル化する。
 全身に流れる、微細な血流の動きすら認識出来るような万能感。戦闘に対する恐怖を忘れさせるほどの興奮の渦中にある精神と、それに反比例するかのように冷静な思考回路。そして、その口から、身体から、呼吸を繰り返すほどに僅かに滲みでる、ユラユラと揺れる蒼炎がWZ搭乗口の隙間からも溢れる。

「アマランス・フューリーか……。魔術士ならば、なんでもアリだ。術者本人を早急に叩く必要があるな……」

 羅紗の動きを注視しながら、平常時よりも更にクリアになっている思考が、自身の置かれた状況、周囲の状況を瞬時に判断する。

『出力制限解除は無理だ。全てを破壊しても良いなら選択肢に入るが……』

 ならば今回は、レティアの奴に、やる気を出してもらうこととするか、と。
 ウルトは小さく呟いた。
 そして、輸送機内のオペレーター経由でレティアがいつも利用している√EDEN用の偽造電子マネーの残高を増やすと、√能力を使用し、この戦場の上空へ放り出した。

 いつも手当だの休みだの言っているのだ。
 手当も出したことだし、多少の無茶は|強引《・・》にでも聞いてもらう。


 一方。ウルトが、ちょうど薬剤を自身の身体に投入した頃のこと。

「なんでいつも手を抜いてるとか言うんですかね! 私はいつも真面目に頑張ってるのに!」

 レティアは文句を言いながら、残っていたお菓子をモグモグと食していた。
 先程の敵だって、自分には充分脅威だったのだ。それでも命令に従い、必死に戦った部下に対しての物言いがアレでは、あまりにも自分が不憫だと、通信も切れていることからと好き勝手に不満を口にしていた瞬間――。

「――は?」

 突然、手を伸ばした先にあったはずのお菓子が消え、空中に放り出されていた。パニックになりながらも、上空で力場による光の屈折を利用した迷彩を起動させる。
 そこでちょうど、レティアの無線にウルトからの通信が入った。ならば、この状況を作りだしたのはウルトだと理解したレティアは、ウルトに文句を言おうと口を開きかけるが。

「迷彩を維持しつつ、残像を別の箇所にも投影。射撃中心で、援護射撃か連携攻撃」
「ア、ハイ」

 いつもよりも冷徹な口調と端的な命令に、ウルトがインビジブル化した事を察したレティアは押し黙り、素直に了承したことだけを伝える。
 そして、素早く戦闘準備に入り、スコープを覗き込む。

「うわぁ……なんですかね、あの魔術士。強そう……を超えて、危険な感じしますね。なんですかね、あれ。私、役に立てる自信全く無いんですけど」

 覗き込んだ先に居るアマランス・フューリーの姿を確認したレティアは、率直な思いを口する。
 そこに再びウルトから通信が入った。

「やる気代は、すでに渡してある。奮闘を願う。out」
「は?」

 レティアの短い疑問に答える者はいない。
 すでに通信は切られており、スコープの先ではウルトが操るWZ「マルティル」が、手にしている対魔術コーティングが付与された金属棍棒を、アマランス・フューリーへ振り下ろさんとしていた。

 やる気代=賄賂。

 その図式は、稲妻の如く、レティアの身体を駆け巡る。
 そしてレティアは、通信が切れているにも関わらず、構えた砲銃のトリガーを引きながら叫んだ。

「Copy!」

 アマランス・フューリーが召喚した奴隷怪異『レムレース・アルブス』が、ウルトへ『嘆きの光ラメントゥム』を放つ。

「ぐっ……! 今のレティアの支援を受けても尚この状況か……!」

 手に持った金属棍棒がアマランス・フューリーの防御を抜けた事はありがたい。
 だが、レティアの援護射撃を起点として、隙間を縫って√能力である|連続攻撃《スクラップ・コンビネーション》を駆使してもなお、片脚を潰すだけに留まっている。
 自身のインビジブル化に、能力を向上させたレティアによる援護射撃と連携攻撃。当然、与えたダメージ量はかなりのものなのだ。それでも、片脚を潰す範疇に抑え込まれてしまっている。
 その理由は、召喚された奴隷怪異『レムレース・アルブス』の能力に、回復技があることだ。その上で、片脚を潰した程度のところまでの回復しか許していない状況に喜ぶべきか否かは悩むところだ。
 内臓にダメージが入っている状態で、両肩からも出血。そして、片脚を引きずりながらも、アマランス・フューリーは立っている。
 一方ウルトは、常に展開していたエネルギーバリアも後僅かで尽きるだろう。
 ならば――。

「――レティアほど賭け事が好きではないが。俺は、この命をチップ代わりに、分の悪い賭けに出るとしよう」

 限界を超えたスピードでの突進を開始する。
 よもや狂ったかと、アマランス・フューリーが奴隷怪異『レムレース・アルブス』を盾にした状態で迎撃を命令する。一瞬にして距離をゼロにしたウルトに対して、攻撃技である『嘆きの光ラメントゥム』を放とうした奴隷怪異『レムレース・アルブス』の頭を、レティアが放った弾丸が貫通する。そして、『レムレース・アルブス』の身体が地面へと崩れ落ちる影に隠れるように姿勢を低くして、片膝を地面に突き刺し、強引にWZを旋回させた。
 嫌な音が機体全体に響き渡る。
 それを放置したまま慣性の法則を味方につけ、スピードを落とさず方向転換を成功させ、得た遠心力を上乗せした金属棍棒を下から上へと振り上げ、頭を狙う。
 だが――。

「ぐっ……! おのれっ……!」

――間に合わされたッ……!
 
 金属棍棒が頭に迫る中、アマランス・フューリーは、その僅かな隙間に自身の腕を滑り込ませていた。

 頭の破壊には至らなかったか。

 ウルトは無念そうに歯を食いしばりつつも、動けぬ身体を強引に動かし後方へと飛んで、距離をとる。これ以上の戦闘行為の続行は、厳しそうなのだ。少女の護衛に回るしかない。
 それでも、片脚を潰し、そして今、アマランス・フューリーが頭を守るために盾とした腕を完全に潰すことに成功したのは確実な戦果だった。

クラウス・イーザリー
シンシア・ウォーカー

● 
「どんな内容であれ、お前との交渉が成立することは無いな」

 死者を冒涜するような行為をする奴と、まともに会話ができるとは思わないと、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)はダッシュで羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』の懐まで踏み込むと、最大出力のスタンロッドを思いっきり振るう。
 だが、その攻撃はアマランスが召喚した奴隷怪異『レムレース・アルブス』によって防がれてしまう。

「この私の首、そう容易く討てると思うな!」

 アマランスの叫びに呼応して、レムレース・アルブスが『嘆きの光ラメントゥム』を放った。クラウスはレムレース・アルブスの攻撃を、身体を捻りながら後方に飛ぶことで回避する。
 そう。今のクラウスは『身体を捻らせて』回避するしかないのだ。そうでなければ、先程のアマランス同様に致命的な攻撃から庇うために犠牲にしたことにより、力が入らずに垂れ下がった片腕がクラウスの動きについていかないのだ。
 その状況下での戦闘は厳しくなるだろう。それでも、クラウスは先の戦闘の際に『オルガノン・セラフィム』の攻撃に対して、片腕を犠牲にして少女を庇った事に後悔などしていない。自身の片腕で、少女の命を救えたのだ。

「彼女は渡さない」

 クラウスがスタンロッドを構え直し、まるで誓いのように宣言する。
 だが、それを聞いたアマランスの態度は冷めたものだった。クラウスが言った『彼女』という存在に覚えが無かったからだ。

「異形になって、大切な人を失って。それでも生きることになろうとも。羅紗の魔術塔に捕まって実験動物にされるよりは良いだろうから」

 そこまで告げられ、ようやくアマランスは、クラウスの言う『彼女』という存在が自身が持ち帰ろうとしていた『天使』ということに気がついた。

「誰かと思えば『天使』のことか。よもや、その腕の負傷は、私が使役した者達に負わされたものか? それとも、ここに転がっている『天使になれなかった出来損ない』によるものか」

 アマランスが召喚したレムレース・アルブスを操り、邪魔な|天使になれなかった出来損ない《オルガノン・セラフィム》の死体を蹴り飛ばしながらクラウスへと向かわせる。

 その姿を見て。
 クラウスは、スタンロッドを静かに仕舞った。

「武器を収めるとはなっ! 狂ったか!」

 アマランスが号令を発し、レムレース・アルブスが攻撃準備に入る。クラウスはそれを防ぐため疾走し、そのレムレース・アルブスの懐に入ると無事な右掌で触れ、√能力を発動させた。

 その瞬間、レムレース・アルブスの姿が消え失せる。

 クラウスが発動させたのは『ルートブレイカー』。右掌に触れた√能力を無効化する能力を有するものだ。
 アマランスが、慌てて新たなレムレース・アルブスを召喚して身構えさせる。その姿に、今度はクラウスが冷めた視線を向けると、『悪いが』と前置いて口を開く。

「どれだけ召喚しようが、俺には関係無い。攻撃だろうが回復だろうが、どちらでも自由に命じるがいいさ。俺はただ、お前という存在を否定するために、お前が召喚する全てを悉く打ち消すだけだ」


 目の前で繰り広げられる、凄まじい戦闘に少女は圧倒されつつも、その片方が自身に向けた『実験動物』への視線に怯えたまま、身体を震わせていた。その少女を安心させるように、隣にいたシンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)が少女の頭を撫でる。

「大丈夫ですよ。貴女は私達が守ります。そのために来たのですから」

 そのシンシアの柔らかな微笑みに、少女は僅かながらも躊躇いながらも頷いた。
 この人達は自分の『大切な家族』を奪った人達だ。だが、それでも自分を必死に守ろうとしていることは理解できる。
 優しき少女が、それを無下にすることは出来ない。

「……第一声がそれですか。雨に濡れたくないだなんて、随分とお高く止まった御方ですね」

 シンシアが少女の頭を撫でていた手を下ろすと前へ一歩踏み出し、持っていたレイピア構え、その切っ先を今度はアマランスへと向ける。

 そこでふと。
 少女の耳に、レイピアを持った手首に巻かれた見慣れた十字架のネックレスが揺れる音が聞こえた。
 少女の脳裏に、あの地獄が甦る。

 変異していく大切な家族。
 そんな中でさえ、変異していく自身を捨て置いて早く逃げるように告げたシスター。
 そして、少女を修道院の入り口の扉から閉め出し、それでもなお泣きながら戻ろうとする少女に、扉を閉じる寸前まで微笑みを絶やさなかった。

 また捨て置かれる事を恐れた少女が、前に出たシンシアの服の袖を掴む。自分が犠牲になれば、これ以上誰も傷つかないで済むのならば、という決意を滲ませ。
 少女の行動に、一瞬驚きの表情を浮かべたシンシアだったが、その意図を察して少女を安心させるように微笑み、空いていた手で袖を掴んでいる少女の手を優しく握ると、ゆっくりとその手を外して、前へ向き直る。

 これ以上、この優しい少女を哀しませるわけにはいかない。

『相手は魔術士。ならば仕掛けましょう。こちらは泥臭くとも、接近戦を!』

 シンシアが、自身の√能力『インビジブル・ダイブ』を使用して、まるでアマランスへの道標を示すように空中に揺蕩うインビジブルと位置を入れ替えながら、その不規則な動きでアマランスへ肉迫する。
 負傷により動けぬアマランスは、すでに10秒瞑想を済ませており、『記憶の海の攪拌』を使用して『知られざる古代の怪異』を呼び出していた。それをシンシアの行く手を阻むように、前衛へと配置する。
 目の前を塞ぐ『知られざる古代の怪異』に、シンシアは入れ替わることで霊障状態になったインビジブルを制御して特攻させた。それでも、自身と同等の強さを持つ『知られざる古代の怪異』は体勢を崩しながらも攻撃を放つ。

 シンシアからすれば。
 その崩れた隙間の先にアマランスが居れば問題無かった。

 その攻撃を無視し、少しでもレイピアが届く距離を稼ぐために踏み込み、その隙間にレイピアを持った腕を伸ばす。
 アマランスが召喚した『知られざる古代の怪異』の動きが、シンシアがレイピアを持った腕とは逆の肩を抉った状態で止まった。
 激痛を超えて、その先にある腕の感覚は無い。そこに至るまでの神経ごと削り落とされたのだろう。だが、そんなこと、シンシアにはどうでも良かった。 

 隙間を突いたシンシアのレイピアが、アマランスの胸を貫いているのだから。
 
 信じられぬような表情で、自身を貫いたレイピアを眺め、アマランスは呟いた。

「馬鹿、な……」

 それが、アマランスの最後の言葉だった。
 その場に崩れ落ち、あれほど嫌っていた雨に濡れた地面へと倒れ伏す。それと同じくして、召喚された『知られざる古代の怪異』は掻き消えた。

●絶望の夜を越えて
 その場に集結した√能力者達は皆、満身創痍といった有様だった。
 その右拳に全てを込めて、その結果右拳が砕けてしまった者。
 一度は死亡するまで追い込まれてしまった者。
 WZが無残な姿になった者。
 強引に引き上げられた能力を用いての戦闘による疲労感によって、輸送機内で倒れ伏してしまっている者。
 腕を負傷した中、√能力を行使し続けた事によって疲労困憊の者。
 その肩は抉られ、その先にある腕の感覚を失うほどの重傷を負った者。

 それでも、自身達は『天使』となった少女を守ることが出来たのだ。それ以上に求めることなど、ありはしない。故に、その場に居た√能力者達は、皆それぞれの笑みを浮かべていた。

『さあ、行こう』

 誰かがそう言って、その様子を少し離れた場所で見ていた少女に手を差し伸べる。
 躊躇いながら、恐る恐るでも。
 少女は√能力者達の下へと一歩を踏み出した。

 長い夜は明け、涙を流しながらも踏み出した少女の道を、朝日が照らす。
 少女の背後から差し込み始める光が、雨によって出来た水溜まりで反射してキラキラと輝いて見える。
 それはまるで、少女がこれから歩む道に祝福があらんことを祈るような、そんな優しい光だった。

挿絵申請あり!

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挿絵イラスト