シナリオ

インビジブルは執事がお好き

#√汎神解剖機関 #クヴァリフの仔

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 #√汎神解剖機関
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●執事喫茶の女怪
 ――√汎神解剖機関の、とある執事喫茶にて。

「店長、あのお嬢様、また来てますよ……」

 執事服に身を包んだ店員の一人が、青ざめた顔、心細そうな声で店長の顔色を窺う。
 お嬢様――執事喫茶でいうところのお客様であるが、その姿は影のようで、表情すらも掴めない。

「おう、しっかりお嬢様のお相手しなさいね」

「無理ですよ! アレどう見ても人間じゃないですよ!」

「こーら、お嬢様差別しないの。プロの執事ならきっちりお嬢様を喜ばせないと」

「僕ただのバイトですけど!? そこまで言うなら店長が直々にお相手してくださいよ!」

「ええ? やだよ」

「この人でなしーッ!!」

 執事喫茶のバックヤードでそんな言い争いと悲鳴がこだまする。
 その喧騒も知らぬまま、怪異は紅茶を嗜んでいた。


「――いや、執事喫茶に女性の怪異が出る、という小さな事件に思えるが、油断してはいけない。なにしろ、『クヴァリフの仔』が絡んでいる可能性があるからね」

 星詠み――|氷室《ひむろ》・|冬星《とうせい》(自称・小説家・h00692)は、己の予知した未来をあなたに告げる。

「執事に未練を残し、インビジブルと化した女性の幽霊。それに実験的に『クヴァリフの仔』を融合させて、人類社会に危険をもたらそうとする狂信者たち……ほっとけないだろう? 女性の幽霊をそんなことに利用するなんて許せないし、何より……『クヴァリフの仔』は上手く使えば人類を延命させる|新物質《ニューパワー》ともなる。そういうわけで、可能な限り生きたまま『クヴァリフの仔』を回収してほしい」

『クヴァリフの仔』はぶよぶよとした触手状の怪物で、それ自体はさしたる戦闘力を持たないものの、他の怪異や√能力者と融合することで宿主の戦闘能力を大きく増幅させるという。

「まず、キミたちは執事喫茶で女性の怪異――お嬢様をおもてなしする。その段階でお嬢様を満足させると執事喫茶に併設されているメイド喫茶も周るらしい。その後、お嬢様は狂信者たちの手により、『クヴァリフの仔』と融合させられる。戦闘は避けられないだろう。心苦しい話ではあるのだけれどね」

 せめて、お嬢様の生前の未練だけでも晴らしてやれれば幸いだ。

「ちなみに、執事喫茶もメイド喫茶もその服装をしてくれれば性別は問わないらしいよ? 男装の麗人でも男の娘でも、なんなら似合わない女装でも歓迎してくれるそうだ。よかったら写真を撮ってボクへの土産にしてくれ」

 この星詠み、自分はついていかないからと言いたい放題である。あなたは出発前にこの男をひっぱたいて構わない。

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第1章 冒険 『潜入せよ!怪異執事喫茶!』


 あなたは女性の幽霊――『お嬢様』が現れるとされる執事喫茶を訪れた。
 窓際奥の席を見ると、たしかに影のような姿の女性が座っている。
 あなたはこの執事喫茶に新たなバイトとして潜入し、お嬢様をおもてなしすることになる。
 なお、執事服を着る人物の性別は問わないものとする。
望月・惺奈
尾花井・統一郎
紬・レン
十・十

「えっ、私が執事役を!?が、頑張ります!」

 |望月《もちづき》・|惺奈《せな》(存在証明の令嬢錬金術士・h04064)には男装をしての接客経験はない。だが良家の娘として、礼法には一日の長がある。故に、本物の執事に寄せるように立ち振る舞うことにした。慣れない執事服に袖を通し、幽霊の『お嬢様』に接する。

「おかえりなさいませ、お嬢様。わたくし、執事の惺奈と申します。新米ではありますが、お嬢様に誠心誠意尽くしますので、よろしくお願いいたします」

 桃色のロングヘアをリボンで一つに結び、優しい微笑みを浮かべれば、『お嬢様』は、ほぅ……と歓喜のため息を漏らした。

「ああ……女の子の執事もいいわぁ……。今日はよろしくね、惺奈」

「はい、お嬢様」

 幽霊の『お嬢様』が相手とはいえ、「確かにここにいるけれど、存在していない者」という意味では、惺奈も似たようなものである。故に、『お嬢様』に対する恐怖は全く無い。彼女と楽しく会話ができるよう、自然に接した。

「今日のティータイムは何があるのかしら?」

『お嬢様』がメニュー表を覗き込む。
 この執事喫茶では『本日のティータイム』として日替わりで様々な紅茶やお菓子、軽食などを用意しているらしい。

「お嬢様、わたくしにお任せを。本日は特別に、趣向を凝らしてご用意いたします」

 そう言って、惺奈が取り出したのは、愛用の錬金釜である。

「お好きなものをご用命ください。錬金術でどんな料理でもご用意いたしましょう」

「まあ、錬金術? 面白いパフォーマンスね」

『お嬢様』は本物の錬金術とは思っていないらしく、珍しがっていた。
 あとは彼女の仰せのままに、サンドイッチからマカロン、この執事喫茶ではとても手に入らないような高級な茶葉を使った紅茶まで、√能力【|正統なる王道の錬金《クラスィック》】で錬成したのである。
 その後、執事喫茶の店長から「ずっとここで働いてほしい」と要請があったのは言うまでもない。

 |尾花井《おばない》・|統一郎《とういちろう》(戯言を集めて囃し枯尾花・h03220)は、執事喫茶に行った経験があり、知見があった。

「あっし、護霊使いなんでインビジブルの娘さんがひどい目に合うのはどうにもねぇ。ごりょんさんだって嫌でやしょ」

 護霊の「ごりょんさん」にそう語りかけ、『お嬢様』を恭しく折り目正しくお出迎えさせていただくことにする。
 執事服に袖を通し、『お嬢様』を怖がらせないよう、ピアスは外しておいた。

「いらっしゃいやせ、お嬢様」

『お嬢様』のいる席に歩み寄り、微笑みを浮かべる。
 惺奈の用意してくれた紅茶や軽食、お菓子とともに、彼もお茶請けとして『お嬢様』とお話をさせてもらうことにした。

「あっしは奇妙な話を蒐集するのが趣味でござんしてね。よろしければお嬢様にひとつふたつ、慰みにお話をできればと」

「まあ、奇妙な話? やっぱり怪談とかかしら」

 怖いのは苦手なの、と幽霊が自らを抱きしめて震え上がる真似をする。

「いえいえ、奇妙な話はなにも怖いものばかりではござんせん。不思議な話や心温まる話だってあるんでございやす――」

 そう言って、演技を交えながら『お嬢様』の慰めになるような優しいお話を披露していった。
『お嬢様』は興味深そうに話に聞き入り、ときには驚いたりハンカチで涙を拭ったりと反応を返して、最後には「素敵な話!」とパチパチ拍手までしてくれる。

「いやぁ、リアクションがいいから、ついつい語っちまいやしたね。聞き手がいつもこうならいいんでございやすがね」

 統一郎も接客に満足したのであった。

「執事に未練、ねぇ……変わった怪異もいるもんだ。けど、おもてなしされたいって気持ちはちょっと分かるかもしれない」

 きな臭い話もあるが、まずは『お嬢様』に集中しなければならない。
 |紬《つむぎ》・レン(骨董品店「つむぎや」看板店主・h06148)は、執事としては新人ではあるが、骨董品店主としての接客経験を活かし、『お嬢様』の対応にあたる。

「失礼致します、お嬢様。本日お世話させて頂く執事の紬・レンと申します」

 穏やかに笑いかけ、ついでに『お嬢様』を魅了するようにウィンクまですれば、インビジブルの『お嬢様』も大喜びであった。

「紅茶のお代わりをお持ち致しましょうか。それと、お茶菓子のご用意も致しましょうか?」

「ええ、紅茶のお代わりをお願い。あと、薔薇のジャムはあるかしら? 紅茶に入れて飲みたいわ」

「かしこまりました。紅茶と一緒に、薔薇のジャムを探してまいりますね」

 一度バックヤードに引っ込むと、店長に薔薇のジャムがあるか尋ね、在庫をもらってくる。
『お嬢様』がジャムを入れると、紅茶の水面に薔薇の花びらが浮かび、花が開くように香りが広がった。

「ああ、本当に嬉しい。私、この瞬間が好きで、よく紅茶に薔薇のジャムを入れていたの」

「お嬢様がお喜びで、たいへん良うございました」

 レンも喜んでいる『お嬢様』に思わず微笑みを浮かべてしまう。
 この幽霊は無害だと伝わってくると同時に、このあとの「きな臭い話」を思うと、少し複雑な気分にもなるだろうか。

「同族としてはせめて良い記憶で覚えていて欲しいでごぜーますなー」

 |十《くのつぎ》・|十《もげき》(学校の怪談のなりそこない・h03158)は、短パンと袖の余った執事服を身にまとい、『お嬢様』の接客にあたる。
『野生の勘』で『お嬢様』の求めていることを先読みしてご奉仕することにした。

「小さな執事の作ったお菓子はいかがでごぜーますか?」

 袖の中から小さなマフィンやチョコレートなど取り出して『お嬢様』に渡せば、「まあ可愛い」とサプライズに喜ぶ声が聞こえる。
 さらに、十は『使い始めたばかりの奉仕道具』から爪切りを取り出してお嬢様の爪を深爪しないよう丁寧に切り、切ったあとはやすりで仕上げたり、耳かきを取り出して「お嬢様、小さな執事の膝枕で耳掃除はいかがでごぜーますか?」と耳元で囁いたりと甘やかした。

「えっ、耳掃除!? い、いいのかしら、こんなところで?」

「衝立を用意するでごぜーますよ。誰も見てないから大丈夫でごぜーます」

 もともと店員の執事も客も、『お嬢様』に対しては見えていても見ていないふりをしているので問題なかった。
『お嬢様』は十の膝を借りて椅子に横になり、耳掃除をしてもらって快適な時間を過ごしたという。

「お嬢様、ちょっとふーってするでごぜーますよ」

「ふわわぁ……」

第2章 冒険 『潜入せよ!怪異メイド喫茶!』


 執事喫茶でもてなしを受け、非常に大満足した『お嬢様』。

「次はメイド喫茶にも行ってみたいわ!」

 執事喫茶の隣に併設されているメイド喫茶に向かったのであった。
 あなたもメイド服を着て、『お嬢様』に接客をし、こちらでも満足していただこう。

 なお、メイド服を着る人物の性別は問わないものとする。
十・十

「メイド服なら私物があるでごぜーますなー。全力でご奉仕するでごぜーますよー」

 |十《くのつぎ》・|十《もげき》は『冥土服ではないメイド服』――袖あまりした上とミニスカートな下で組み合わされた機能性がほぼないメイド服を着用。
【|超奉仕状態《スーパーメイドモード》】により、魅力を増して奉仕の強化を図った。
 そして、執事喫茶と同じく、『野生の勘』によりお嬢様の|願望《してほしいこと》を先読みする。

「お嬢様、オムライスが食べたいのでごぜーますね? さっきサンドイッチやマカロンを食べたから、小さめのにしておくでごぜーます」

「あら、どうしてわかったの?」

「メイドにはなんでもお見通しなのでごぜーます」

 ミニオムライスにケチャップで「だいすき」と書けば、『お嬢様』も大喜び。
 さらに、執事喫茶で耳を綺麗にしたのを活用しようと『お嬢様』の耳元に口を近付け、幼い声で甘く囁く。

「お嬢様、あーんするでごぜーますよ」

「ふわっ!? なんか近くない!?」

「ASMRというやつでごぜーますよー。お嬢様はいつも頑張ってるから、メイドからのご褒美でごぜーます。よしよし……とろとろになるでごぜーますよー、あまえてもよいのでごぜーますよー……」

「ふわわぁ……」

 至近距離で囁きつつ、メイド服の袖で頭をなでなですれば、『お嬢様』も骨抜きである。

紬・レン

「お嬢様、穏やかで良い子じゃないか。実験に利用される未来が見えてるのは辛いけど……少しでも楽しい思い出が作れるように、俺も精一杯ご奉仕しよう」

 紬・レンはお気に入りのコスメで化粧直しをして、今度はメイド服に袖を通す。

「普段からオシャレの一環でレディース系の服着てるので抵抗感は無い……が、こう、何だ。メイド服自体は初めて着るからドキドキするね」

 お嬢様のお眼鏡に適うといいな、と思いながら、身支度を済ませ、再び『お嬢様』のもとへ。

「おかえりなさいませ、お嬢様♪」

 多少恥じらいつつも元気に明るく振る舞う。

「あら、執事のときとはまた雰囲気が違って……ふふ、メイド服もよく似合うわ、なんて言ったら、ご気分を悪くするかしら?」

「いえいえ、そんなことはございませんよ。実は普段からレディース服を着て過ごしておりますので」

「あら、そうなの?」

 その後は「メイド喫茶の近くにあるあのお店の服が可愛い」など、『お嬢様』からオススメを教えてもらったり、レディース服の話題で盛り上がった。

「オムライスがもっと美味しくなるおまじないをかけますね。よければお嬢様もご一緒に♪」

「ふふ、萌え萌えキュン♪ こういうの、定番よね。なんだか懐かしいわ」

「定番といえば、ご一緒にチェキ撮影もいかがですか?」

 メイドの店員を呼んで、ツーショットを撮ってもらう。
『お嬢様』は「ありがとう。このチェキ、大切にするわね」としみじみ写真を眺めていたのであった。

紅河・あいり

「お嬢様、はじめまして。本日お嬢様の専属メイドを務めさせていただきます、あいりと申します」

 紅河・あいり(クールアイドル・h00765)は、メイド服に|身を包み《変装し》、持ち前の|礼儀作法《演技》で丁寧に『お嬢様』に接する。
 お嬢様はあいりの顔を見て、「あら、貴女もしかしてアイドルの……?」と言いかけたが、あいりはお嬢様の唇にそっと人差し指を当てた。

「本日のわたくしは、ただのメイドのあいりでございます」

 そう言って微笑めば、お嬢様も「そうね、野暮なことを言ってしまったわ」と言葉を引っ込める。

「それでは、お嬢様。精一杯のご奉仕をいたしますので、お気に召していただければ幸いです」

 あいりはお嬢様の爪にネイルを塗ったり、食事の際には食事エプロンを『お嬢様』につけてあげたりと甲斐甲斐しく世話を焼いた。
 もちろん、アイドルとのチェキは貴重なので、お嬢様が希望するままにツーショットを撮る。

「店長、ここってカラオケあります?」

 マイクを片手に、『お嬢様』のみを観客として歌唱を披露。ちなみにこのメイド喫茶はきちんと営業許可を取っている。

「貴重な時間をありがとう。こんな贅沢なひととき、成仏しちゃいそうだわ……」

 お嬢様は感極まった様子で、チェキを見つめながらほぅ……とため息をついた。

「ちなみに、お嬢様は何が未練になって成仏できないのでしょうか?」

 あいりは、今まで誰も聞けなかったことを質問する。
 すると、お嬢様はどこか遠くを見つめるように顔を上げた。

「執事喫茶で、一目惚れをしたの。この喫茶店だったかと思ったけど、違ったのかしら。それとも、もう辞めてしまわれたのかしら……」

 花開くことはなかった恋。インビジブルになっても惚れた執事を探し続ける未練。
 あるいは、この時点で成仏してしまえば、お嬢様のためには良かったかもしれないのに。

 ――『クヴァリフの仔』との融合実験……。
 あいりは鋭く視線を周囲に走らせる。
 既に近くに狂信者が待ち伏せをしているかもしれない。警戒しなくては。

第3章 集団戦 『被害者』


 √能力者たちの接客の結果、執事喫茶とメイド喫茶で至福のひとときを過ごした『お嬢様』。
 しかし、その幸せな時間は長くは続かなかった……。

「キャーッ! 化け物!」

 メイド喫茶にぶよぶよとした触手の怪物が現れる。『クヴァリフの仔』だ。
『クヴァリフの仔』はあなたに向かって触手を伸ばし、襲いかかってくる。
 ――が。

「危ない!」

 その攻撃を『お嬢様』が庇ってしまう。
 そう。星詠みのお告げは覆らない。
 お嬢様が融合実験に利用される未来を避けられないのは、あなたを庇うためである。

『ククク……実験は成功したようだな……』

 狂信者たちはそこにはいない。
 カメラ付きのドローンから『実験』の経過観察を遠隔で行うつもりのようだ。

「執事さん……メイドさん……逃げて……」

 お嬢様は自らのインビジブルとしての力を急激に増幅され、制御できない。
 何人もの分身を作り出し、『クヴァリフの仔』と融合したお嬢様があなたに迫ってくる。
 しかし、執事喫茶とメイド喫茶での思い出を作ったため、攻撃自体は緩やかになっている。
 心苦しいかもしれないが、あなたは『お嬢様』をその手で除霊しなければならない。
十・十

「せめて、アナタの好きなメイド(服)で眠らせてあげるでごぜーますよ」

 |十《くのつぎ》・|十《もげき》は、『冥土服ではないメイド服』を着用したまま、再び【|超奉仕状態《スーパーメイドモード》】を起動。
 今回は速度を上げて『お嬢様』に果敢に突撃する。

「アアアアアア!!」

 お嬢様がポルターガイストにより、怨念とともに飛ばしてくる椅子や食器を、十は空中浮遊で三次元に動きながら「野生の勘」で機敏に回避。メイド喫茶の中は荒れ模様だが、怪我人はいない。
 お嬢様の目前に接近すれば、喧嘩殺法を活かしての蹴りを叩きつけた。

「萌え萌えきゅんとなってドカーンでごぜーます!」

 なるべく苦しまずに済むよう、一撃でお嬢様の分身を葬ったのは十のせめてもの慈悲か。

「お眠りございませ、お嬢様、またいつかご利用ください、でごぜーますな」

「ウッ、ウウウウウウ……」

 分身の一体を撃破され、お嬢様は手で顔を覆いながら唸り声を上げる。
 彼女とて、大好きなメイド喫茶を自分の手でめちゃくちゃにするのは精神にかなりの負荷がかかるに違いない。
 しかし、怪我人がいないのは、彼女が己のポルターガイストをなんとか自制しようとしている証なのかもしれなかった。

紬・レン

「お嬢様……!」

 紬・レンは心痛に顔を歪める。
 前もって戦いは避けられないと星詠みから聞いていたが、この現実を目の当たりにすると辛いものがあった。
 だが、ここでおめおめと逃げ帰るわけにもいかない。

「これ以上悲しい思い出が増える前に、何とかしなくちゃな」

 メイド服を着用したまま、霊剣"花霞"を構えて戦闘態勢に入る。
 それと同時に【花霞二重奏】を発動した。

「花の如く優雅に……!」

 分身の集団に斬り込み、目にも留まらぬ早業で斬り伏せていく。
 お嬢様の放つ、喉を張り裂くような絶叫による攻撃は、『霊的防護』や『激痛耐性』で耐え凌いだ。
 なんて、悲痛な声なんだろう――レンは苦々しい気持ちになりながらも、攻撃を続ける。

「お嬢様、貴女は優しいな。ここで出会ったばかりの相手を身を挺して庇うなんて、そうそう出来る事じゃない」

『クヴァリフの仔』に精神を蝕まれ、正気を失いつつあるお嬢様に、心を込めて語りかけた。

「俺も覚悟を決めるから。最後の時まで御供させてくれよ、お嬢様」

早乙女・伽羅

「ふむ。『クヴァリフの仔』と融合させられたインビジブルか。哀れではあるが、善良な市民が犠牲になるというのなら、除霊せざるを得まい」

 |早乙女《さおとめ》・|伽羅《きゃら》(元警察官の画廊店主・h00414)は至って冷静にことに当たる。
 未来ある若者や子供も来店している喫茶店である。相手は害意のない幽霊だったと聞いているが、私情は挟まず、対処しなければならない。

「来るなッ……、来るなァァァ!!」

『お嬢様』が喉を振り絞って叫ぶ。
 ビリビリと空気ごと痺れる感覚に「むっ……!」と毛が逆立った。
 しかし、お嬢様は動けない伽羅に攻撃するわけでもない。
 執事喫茶やメイド喫茶で過ごした思い出が、彼女の動きを自制させている。
 おそらく、敵も味方も一歩も動かない状態にすることで時間稼ぎをしているようだが、この状況がいつまでも保つはずがない。
 やがて金縛りが解けると、伽羅は己の籠手に仕込んだ釣り針でお嬢様を縛り上げ、拘束した。
 さらに、【|Trompe-l'œil《ダマシエ》】により、お嬢様の金縛りをキャンバス画に複製して、逆にお嬢様を麻痺させる。

「神妙にお縄につけ。『クヴァリフの仔』を生きたまま切除すれば、あるいは――」

 と、ここで言葉を切り、伽羅は空中に釣り針を放った。
 釣り針は『お嬢様』と、それに相対し戦っている伽羅を観察している狂信者のドローンを絡め取る。

「いつまでも趣味の悪い覗きをしているんじゃない。お前たちもいずれは捕まえる。首を洗って待っているんだな」

 そう言い残して、ドローンを破壊した。

望月・惺奈

「預言は……変えられませんでしたか……まさか、私達を庇ってなんて……」

 望月・惺奈は顔を曇らせる。
 執事喫茶にお嬢様が来店し、それを接客するだけの短い間の交流ではあったが、楽しいひとときを共に過ごした。
 そして、命懸けで惺奈たちを護ろうとしてくれる心の優しい人を見捨てて逃げるなんてことが、できるはずがない。

 戦いたくはない、が、苦しんでいるところをそのまま放っておけるはずもない。

「助けてあげたい……!」

 もし、それができなければ、執事を務めた者の責任として、せめて苦しみから解放させてやらなくてはならない。

 普段であれば錬金式の銃火器による大火力を用いて戦う惺奈であったが、今回ばかりは『お嬢様』に対してそんな戦い方はできなかった。

「来るな、来るな来るな、来るな――ッ!!」

 お嬢様はあらん限りの声で叫ぶ。
 そんな想いを【|君を想う反響の錬金《リフレクション》】で受け止めた。お嬢様の苦しみを映したような錬金結晶体がポロポロと惺奈の手からこぼれ落ちていく。

「大丈夫です、私が全て受け止めますから」

 さらに、簡易的な錬金術で足元から綿のように柔らかいロープを錬成し、お嬢様の足を捉えて動きを止めた。
 その間に、惺奈は頭を計算でフル回転させる。

 ――なにか、錬金術でお嬢様を救う方法はないか。
 どう足掻いても助けることはできないのか。
 星詠みの預言を回避する方法――。

 惺奈は、思いついた方法で一か八か勝負に出ることにした。
 緊張が高まり、大きく深呼吸をする。
 もしかしたら、この方法ではダメかもしれない。
『クヴァリフの仔』とともに、お嬢様も消滅してしまうかもしれない。
 だが、やってみるしかない。

「――これが、皆を守り戦う為の錬金術です」

 ――【|勝利へ導く旗幟の錬金《ヴィクトワール》】。
 錬金式百花繚乱砲を、錬金式必滅兵装『星火燎原砲』へと変形させ、お嬢様と融合している『クヴァリフの仔』に狙いを定めた。
 少しでもズレればお嬢様は消滅する。

「……クヴァリフの仔を浄化します!」

 浄化の光で『クヴァリフの仔』を浄化し、お嬢様から切り離す。
 それは、お嬢様の身体に大きな負荷をかける、いわゆる大手術である。

「届いて――!」

 星火燎原砲から光弾が発射された。
『クヴァリフの仔』とお嬢様の融合している境目を慎重に撃ち抜く。
 触手状の怪物は悲鳴を上げてお嬢様から剥がれていった。
 それが他のものと再融合する前に、素早く捕獲し、生きたまま切除に成功すると、惺奈は緊張の糸がほどけて、その場にへなへなと座り込みそうになる。
 が、なんとか踏みとどまり、立ち上がってお嬢様に近づく。

「お嬢様! お怪我は!?」

「……ふふ、そうしてると、あなた本物の執事みたい」

 お嬢様は穏やかな声色をしているが、その身体は消えかかっていた。

「どうして……私、失敗したんですか?」

「いいえ、私は成仏する時が来た、それだけ」

 実はね、とお嬢様は囁くように告白する。

「私、思い出したの。一目惚れした執事さんがメイドさんと一緒に結婚して辞めてしまわれたの……。その未練を思い出したら、悪霊になるとわかっていたから、心の奥に封印していたのね。でも、あの人じゃなくても、素敵な執事さんやメイドさんたちに会えたから、もう満足してしまったみたい」

「お嬢様……」

 惺奈は眉尻を下げながら微笑んで、どこまでも心優しいお嬢様に最後の挨拶を告げた。

「貴女は、幽霊かもしれないけど存在していました……確かにここに存在していたんです……お嬢様の事は私が覚えていますから。ゆっくりとお眠り下さい……」

 ――星詠みのお告げは、確かに結果としては覆らなかったのかもしれない。
 それでも、無理やり除霊するのではなく、お嬢様がこんなにも安らいで成仏できたという、その一点だけが嬉しい。

 ――その後、執事喫茶に女性の怪異が現れることは、二度となかったという。

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