天使狩猟
●
「√汎神解剖機関のヨーロッパ各地で、老若男女問わず『善良な人々』が突如『天使化』する事件が起こる」
それが星詠み――|氷室《ひむろ》・|冬星《とうせい》(自称・小説家・h00692)の予知であった。
そもそも天使化とは何なのか?
√汎神解剖機関のヨーロッパにおいて、『善なる無私の心の持ち主のみ』が感染すると言われる風土病だったが、人心の荒廃した現代では既に根絶したものと思われていた。
「多くの場合、感染したものは『オルガノン・セラフィム』と呼ばれる怪物に成り果てる。が……今回、怪物にならず、真の『天使』となった人物がいる。美しい肉体に、失われなかった理性と善性……だが、その姿ではもう人間として一般社会で暮らすのは難しい。それに、オルガノン・セラフィムが天使を狙い、捕食しようとするだろう。そこで、キミたちに天使を救出してほしい」
そこで冬星は言葉を切り、難しい顔をする。
「……ところで、ヨーロッパには『羅紗の魔術塔』と呼ばれる秘密組織が存在している。汎神解剖機関とは対立関係にあり、オルガノン・セラフィムを奴隷として操る羅紗魔術師が所属している。天使を見つければ、その天使をも奴隷化しようとするだろう。特に注意すべきは羅紗魔術師『アマランス・フューリー』、あるいは彼女の使役する奴隷怪異たち。できれば『アマランス・フューリー』には遭遇したくないね」
冬星はぶるりと震えた。それほどまでに恐ろしい魔術師なのであろうか。
「そういうわけで、今まさに天使がオルガノン・セラフィムに捕食されようとしている。すぐに向かって救出してくれ」
あなたは星詠みに「早く言え!」と怒鳴りながら慌てて出発の準備をする羽目になるかもしれない。
こうして、あなたは『ヨーロッパ「天使化」事変』に巻き込まれることとなる。
第1章 集団戦 『オルガノン・セラフィム』

天使のもとへ駆けつけたあなた。
天使は既にオルガノン・セラフィムに取り囲まれ、今にも捕食されそうになっていた。
あなたは天使を守るため、オルガノン・セラフィムに戦いを挑むことになる。
|機神《はたがみ》・|鴉鉄《あかね》(|全身義体の独立傭兵《ロストレイヴン》・h04477)は決戦型ウォーゾーンに搭乗し、|立体機動推進機関《3Dマニューバーブースター》で空中を翔けるように|疾走《はし》っていた。
「……保護対象を確認」
オルガノン・セラフィムと呼ばれる天使の成り損ないのような怪物の群れに囲まれている、背に翼を生やした真性の天使が、「神よ、お助けください……」と震えながら祈りを捧げている、そんな光景。
鴉鉄はそれを視認しながらも、顔色ひとつ変えることはない。
そのまま空中ダッシュで音も立てず化け物の背後に接近し――|炸裂加速式杭打機《パイルバンカー》で一突き、撃ち抜いた。
そのままウォーゾーンの怪力で敵の身体を掴んで振り回し、近くにいる他のオルガノン・セラフィムを牽制する。
「■■■――!?」
「■■■――ッ!!」
怪物共は口々に喚きながら鴉鉄に向かって牙を剥くが、彼女は意に介さない。
彼女の遂行すべき目的は、怪物の排除のみならず。第一目標は、あくまでも天使の保護だ。
パイルバンカーに刺さったままの化け物を、振り回して明後日の方向に放り投げる。胸に風穴の空いた敵は地面にぐしゃっと音を立てて捨てられた。パイルバンカーを振りかざして次の獲物を選ぶように、尖った先端を見せつけると、成り損ないは「自分はああなりたくない」というように慄く。その一瞬の隙を突き、鴉鉄は√能力【|暗黒の森の番犬《ケルベロス》】を発動させた。
「|重力慣性制御力場《G.I.C.フォース・フィールド》の展開を確認……出力安定……加速開始……」
重力や慣性を操る特殊な力場を生成することにより、機動力を通常の3倍にまで引き上げると、鴉鉄の搭乗しているウォーゾーンはオルガノン・セラフィムの視界から消える。いや、消えたように見えるだけで実際は目にも留まらぬ速さで怪物たちを追い抜いただけだ。
そのまま保護対象である天使を確保し、迅速に戦線を離脱した。
「あ、あの……あなたはいったい……?」
戸惑う天使に鴉鉄は何も答えない。ただ、化け物から自分を守ってくれたことを察した保護対象は、「ああ……神は見ていてくださるのですね。本当にありがとう……」と感謝の祈りを捧げる。
「■■■■■――ッッッ!!!」
追いすがってくる化け物の言葉はわからないが、確実に怒り狂っていることだけはわかる。
「天使化ねぇ……他の√には妙な病があるモンだ。それに天使化した奴を狙う化物もいるのか。物騒な√だな」
|橘《たちばな》・|創哲《そうてつ》(個人美術商『柑橘堂』・h02641)は√汎神解剖機関に向かいながら「くわばら、くわばら」と呟く。
「天使を助けるためにも、敵の動きを止めるとするか。おあつらえ向きの作品があることだしな!」
天使がオルガノン・セラフィムに取り囲まれているのを視認すると、『アタッシュケース』からスイカ型の『ガラス細工たち』を取り出した。
「そらっ、喰らいな! たーまやー!」
化け物共にガラス細工を投擲し、自身の√能力【大玉スイカボンバー】で、爆破とともに震度7相当の振動を与える。
「■■■――ッ!?」
いかに怪物といえど、震度7の振動では立ち上がることすらままならない。
そうして敵の動きを抑えている間に、「こっちはなんとかすっから、とっとと逃げな!」と天使に声をかけ、逃走を促した。
「ですが、今度はあなたが――」
天使は戸惑いながら助太刀に来てくれた創哲の身を案じるが、ここに自分がいては彼が思うように動けないと察してくれたのか、背中の翼を広げて地上スレスレの低空を飛んで逃げる。
「――さて、あとはちゃんと天使が逃げられるように応戦しないとな」
創哲はアタッシュケースに詰めるだけ詰めてきたガラス細工を√能力で景気よく爆破していった。ガラスの破片が自身を傷つけても構わない。とにかくオルガノン・セラフィムを惹きつけて、天使が逃げる時間を稼ぐのだ。
「セラフィム達が悪いわけではない。しかし、止めねばならないな」
|眞継《まつぐ》・|正信《まさのぶ》(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)は、オルガノン・セラフィムに取り囲まれて絶体絶命の天使たちを視界に収めると、【|漆黒の外套《クロノガイトウ》】を纏った。
夜の気配に満ちた、黒い霧を身に纏い、速度を上げてオルガノン・セラフィムたちに急接近。
死霊犬『|Orge《オルジュ》』を同時に襲いかからせ、天使を捕食しようとしていたセラフィムの気を正信たちのほうへと逸らせる。
「■■■――ッ!?」
飛びかかってきたOrgeを振り払い、セラフィムは正信たちを敵として認識した。
「何にしたとてセラフィムに迫られれば天使達の身は危ういのだろうが、喰らうことを求めるならば、その口から塞いでおこう」
オルガノン・セラフィムの【捕食本能】による伸び縮みする爪の牽制と蠢くはらわたの捕縛を躱し、セラフィムが噛みつこうと異形の口を開ければ、逆に鉤爪の一撃を叩き込む。
「■■■……ッ……」
口の内部から鉤爪に貫かれたセラフィムが倒れ伏し、周囲の怪物たちも警戒を表した。
正信は背後に天使を隠し、死霊犬Orgeで挟むようにして守りの姿勢を固める。
「もう少しの辛抱だ。待っていてくれ」
正信が少しでも安心させるように天使たちに声をかければ、彼ら彼女らは正信を心配するような視線を投げかけるが、ひとまず安堵の息をこぼすのであった。
「私は天使のカバーに入ります。|榴《ざくろ》は敵を頼みます」
「……|花喰《はなくい》様っ、此方は……諒解、致しました」
|花喰《はなくい》・|小鳥《ことり》(夢渡りのフリージア・h01076)は影を滑るように駆けると、天使と敵の間に割り入って天使をかばった。
「怪我はありませんか? あなたを助けに来ました」
驚く天使に微笑みを浮かべる。
多少の怪我は『激痛耐性』で苦にもしない。
天使をかばう花喰の邪魔にならぬよう、|四之宮《シノミヤ》・|榴《ザクロ》(虚ろな繭〈|Frei Kokon《ファリィ ココーン》〉・h01965)はオルガノン・セラフィムに向けて攻撃を開始した。
タロットを投擲し、貫通攻撃でセラフィムをまとめて撃ち抜けば、怪物たちは榴を睨みつけ、近寄ってくる。そこへ、影に潜ませている『深海の捕食者』で受け流し、巨大な魚の姿をした何かがカウンターでセラフィムに喰らいついた。
榴が敵を引き付けている間に、花喰が天使の膝に怪我があることに気付く。
「ああ……少し擦りむいていますね。手当てをしましょう」
セラフィムから逃げている最中に転んだのだろうか、痛々しい傷に、花喰が【|愛奴隷《カーミラ》】を使い回復させた。
√能力を見たのは初めてなのか、天使は目を丸くして花喰を見つめるが、彼女はにこやかに微笑むのみである。
そうしている間にも、榴は自身を中心に【|見えない怪物達の襲撃《レイド・オブ・インビジブル》】を発動し、不可視の怪物たちがセラフィムを襲った。|天使の成り損ない《オルガノン・セラフィム》にとっては何処から攻撃されているのかもわかるまい。はたから見れば、セラフィムがひとりでに地に倒れ伏している光景にしか見えないだろう。
「……僕は、|救える《助ける》者を……全て助けます。……今は、天使様と、花喰様、です、からっ!」
花喰は榴が敵を請け負っている間に彼女が負った傷を【愛奴隷】で綺麗に回復させる。
榴ならば多少の負傷は大丈夫だと信頼しているが、次の戦いのことも考えると、油断はできない。
「あなたたちの相手はここにもいます」
無数の白い炎の花びら――|燐火《レヴニール》を放ち、榴に集まっているセラフィムをおびき寄せた。
花びらのように舞い踊り、敵を呑み込んでいく。
「……花喰様だけを、攻撃はさせませんからっ」
榴も見えない怪物たちを使役し、次々とセラフィムを葬っていった。
榴と花喰の、お互いをフォローし合うコンビネーション。その観客は、天使のみ。
花喰は榴が倒した敵を|天獄《アンフェール・レプリカ》と呼ばれる日本刀で突き刺し、『生命力吸収』で命を喰らう。
「……他には、セラフィムは……いません、かね」
榴は念には念を入れて、第六感を集中させ、不意打ちに備えた。
今のところ、伏兵はいないようである。それは嵐の後の静けさか、あるいは……嵐の|前《・》の、か。
「花喰様っ、お怪我は」
「問題ありません。榴はさすがですね」
花喰は優雅な微笑みを浮かべている。
ひとまず、天使の安全は確保できた。
あとは、鬼が出るか、蛇が出るか。
第2章 集団戦 『オルガノン・セラフィム』

天使を確保し、保護に成功した√能力者たち。
このまま天使を近くの街まで護送し、一旦安全を確保しようとその場を離れることにしたが――新たにオルガノン・セラフィムの群れがあなたたちを襲う。
しかし、このセラフィムたちは天使を狙っているというより、「何かに追われている」ような感触を受けた。
「あら、オルガノン・セラフィムを追い込み漁していたら、天使がいるじゃない」
――女の声が聞こえる。羅紗魔術師『アマランス・フューリー』が姿を現したのだ。
「真性の天使は貴重だわ。なんとしても連れて帰りたい。でもその前に――オルガノン・セラフィムもできる限り回収しないと、ね!」
アマランス・フューリーは少しでも多くの奴隷を求めてオルガノン・セラフィムを狙っている。
あなたたちは可能な限りセラフィムの数を減らして、アマランス・フューリーによる奴隷化を阻止しなければならない。
なお、この時点ではアマランス・フューリーと交戦することはない。
「数は多いですが、榴なら問題ないでしょう?」
花喰・小鳥が四之宮・榴に声を掛けると、「……数だけなら……同じく数で……対抗致します」と表情が乏しい榴は素直に微笑んだ。
そんな彼女を花喰は見つめる。
――先ほどの戦い振り、見えたのは実力の片鱗に過ぎない。私のフォローが必要とは思えなかった。
そう思いつつ、|血社《ファシナンテ》に火を点し一服。緩やかに漂う紫煙と花喰自身の放つ甘い香りで、セラフィムたちをおびき寄せる。
群がってきた敵には容赦なく【|葬送花《フロワロ》】を発動し、先ほどよりも大きく花びらを広げた燐火が舞い上がった。
「榴、畳み掛けましょう」
花喰が煙草と権能を行使したのを確認すると、榴も彼女に群がっている敵を一掃するため動き出す。
「伊達や酔狂で……インビジブルを使いこなしてる訳では、ないのです……!」
――【|見えない怪物達の天泣《レイン・オブ・インビジブル》】。
大量で巨大な、鯨のようなインビジブルが300回降り注ぎ、地面ごと抉り、敵を呑み込んだ。
「いま退いてくれるなら戦わずに済むと思います」
花喰はアマランス・フューリーに声をかける。
相手をせずに済むならそのほうが楽でいい。きっと承知はしてくれないけれど。
対話を試みる花喰の背は榴が守っていた。
「……邪魔は……無粋です」
なおも襲いかかるセラフィムを、遠距離からタロットでの貫通攻撃、近距離は深海の捕食者で攻撃を繰り出し、敵の攻撃から花喰を庇っては、インビジブル融合により己の傷を癒す。
アマランス・フューリーの返答は、「そちらこそ天使を置いて退く気はない?」というものだった。もちろん、花喰も榴もそれを承諾はできない。交渉は決裂である。
「榴は手強いですよ」
花喰は微笑んでアマランスに警告した。
――尻尾を巻いて逃げるなら今のうちですよ、と言外に匂わせている。
「……僕は、僕に出来る事をしてる……だけです」
榴は花喰に褒められたのを照れ隠しするかのように、なるべく感情を滲ませない声を出したのだった。
――アマランスがセラフィム達を求めるのならば、その隙に天使達を救助することも出来るかもしれないが……。
眞継・正信はそこまで考えて、首を横に振った。
「いや、そうそう都合良くは動いてくれまい。悪いが、邪魔をさせてもらおう」
天使たちに「他の√能力者が守ってくれる、その傍で庇ってもらっていてくれ」と告げて、再び『漆黒の外套』を身に纏う。
先ほどは捕食者から狙った正信であったが、今度は【聖者本能】に突き動かされるセラフィムを優先して狙った。
外部から受けたあらゆる負傷・破壊・状態異常を全回復させるセラフィムの√能力は厄介である。
鉤爪による範囲攻撃で複数のセラフィムを同時に狙いつつも、一体一体確実に無力化し、仕留めていく。
ふと、犬の鳴き声が聞こえた。死霊犬「Orge」を天使たちの傍で守らせていたのだ。セラフィムたちが近付けば迎撃、それと同時に吠えて正信に知らせてくれる。
「このセラフィム達が全て元はひとだと思えば気が重いが……仕方あるまいね」
正信は天使たちを守るために、黒い霧を纏い、彼らの元へと俊足で駆けるのであった。
決戦型ウォーゾーンに搭乗しながら、機神・鴉鉄は考える。
先ほどは緊急時につき、背後から鉄杭を打ち込む暴挙に出たが、よく考えれば敵もつい先ほどまで一般人であり、人間性は善に寄っていた。
思い返すと、何か悪いことをしてしまった気分になってしまう。
とはいえ、引き受けた仕事となれば私情は禁物である。
|長砲身機関銃《アサルトライフル》でセラフィムに牽制射撃を放ち、ブースターによる空中ダッシュで上下左右に機敏に移動。敵集団の全体的な残数と分布をおおよそ把握した。
「発射シークエンス、開始……|回転式原動機《エネルギータービン》、出力上昇を確認……照準補正、良し……発射します」
発射に最適な位置を割り出したのち、【|星火降りて原野灰燼に帰す《メテオディザスター》】により徹甲炸裂焼夷弾を射出。貫通・爆発・燃焼によりセラフィムを一掃する。
ダメ押しに、|電磁投射砲《レールガン》、|重質量砲《マスドライバー》、ミサイルによる一斉射撃で残った敵を殲滅していった。
こうして、アマランス・フューリーのオルガノン・セラフィム奴隷化をことごとく阻止したのである。
第3章 ボス戦 『羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』』

「ふーん、あれだけのセラフィムを倒せるんだ。やるじゃない、あなたたち」
オルガノン・セラフィムを全滅させ、いよいよ羅紗魔術師『アマランス・フューリー』を引きずり出した√能力者たち。
「普通の人間じゃない……√能力者よね。誰の差し金?」
アマランスはあなたを値踏みするように眺める。
「いえ、星詠みが送り込んできたことはわかるのよ。ただ、どこの陣営の星詠みなのかによるわよね。……まあいいわ。どのみち私と敵対してることはわかるし」
アマランスは穏やかな笑みを浮かべ、あなたと『交渉』しようとする。
「その天使、あなたにはわからないだろうけど、とても貴重で希少価値があるものなの。渡してくれない? そうしてくれたら、私はあなたを見逃すわ」
もちろん、あなたは頷くわけにはいかない。
善良な天使を奴隷化して何が目的なのかはわからないが、ろくなことではないのは明白である。
「……ああ、交渉決裂かしら。なら、それはそれでいいわ。あなたを倒して天使を奪えばいい話だものね」
アマランスは攻撃の姿勢に入る。
あなたはアマランスに対抗しつつ、天使を強奪されないよう守りきらなければならない。
「とうとう羅紗のなんとかってのがおいでなすったか」
アマランス・フューリーの登場にニヤリと不敵な笑いを浮かべる橘・創哲と、「貴重な存在であるなら、その存在の意思を尊重してほしいものだが……おそらくそのようなつもりはないのだろう」とため息混じりに肩を竦める眞継・正信。
「ここで天使たちを持ってかれる訳にはいかないからな。とっとと撤退頂くとするか!」
創哲がアタッシュケースからガラス細工たちを取り出すのと同時、正信は天使たちに声をかけた。
「私達はあなた達を守るために来たのだ。それが私達の目的だ。だから、あなた達の自己犠牲では、私達も幸せになれないのだよ」
天使たちはどこまでも善良で、助けに来た√能力者たちすらも心配してしまう。誰かが傷つくくらいなら自らが犠牲になることすらも厭わない……さすがは真性の天使に成った者たちとも言える。
ただ、その自己犠牲を√能力者たちは良しとはしない。
それを伝えると、正信は己の背後に天使を庇い、死霊犬「Orge」も傍に呼び寄せた。
創哲は箱型のガラス細工を取り出すと、「たんと味わいな! 新作【ビターショコラバースト】だ!」とアマランスに向ける。
ガラス細工は√能力を注ぎ込むと、爆破と同時に金縛りの呪いを撒き散らす爆弾となる。
「……!」
アマランスの動きが止まった隙を狙い、さらにガラス細工を投げ続けて追撃。
「……なるほどね。普通のガラス細工に見えるけど、√能力を注ぐと爆発する性質を付与できる、ってところかしら。面白いわね。それに綺麗な攻撃手段。ここで殺さなくちゃならないのが惜しいわ」
アマランスは目を閉じ、瞑想を始めた。
――√能力が発動する!
それを察知した創哲は天使たちを庇うために自ら喰らいに行く。
「バケモン共との戦闘で傷ついちゃいるから、頭部が破裂する可能性はあるが、それはそれで良しだ。自分自身が吹き飛ぶイカした経験するのも悪くねぇからな!」
「できれば、天使たちの前で人の頭部が破裂するのは刺激が強いので見せたくないがね」
同時に、正信も動いた。
「手数が増えるのは不味い。『知られざる古代の怪異』とやらを召喚するなら、それを防がねばなるまい」
√能力が発動するまでに必要な瞑想は10秒。
正信は【漆黒の外套】を身に纏い、速度を上げる。
「っと……さすがに素直に能力を使わせてはくれないわよね」
鉤爪の一撃をすんでのところで躱すアマランスであったが、正信と交互にOrgeが飛びかかった。
「召喚する時間は与えない。同時にダメージも蓄積させていただこう」
「あら、容赦ない」
しかし、アマランスは美しいほどの笑みを浮かべているのである。
機神・鴉鉄は考える。
遠距離攻撃型の敵は動きが鈍く、照準合わせに手間取るであろう。
そこで、まずは|重質量砲《マスドライバー》と|電磁投射砲《レールガン》を撃ち、アマランスの足元を爆砕。
大質量の実体弾による爆炎と電磁力で加速した弾丸による煙幕で視界を封じると、態勢を立て直す隙を与えないよう、ブースターで素早く敵を中心に旋回しながら足元の地面を継続的に砲撃。
アマランスの姿は煙の向こうに消えているが、動きも視界も完全に封じたため、そこから動くことはない。
鴉鉄は上空へ飛翔した後、爆炎が消えた瞬間に、√能力を発動する。
「|決戦攻撃を発令《コード:レッド》……|増加装甲接続解除《アーマーパージ》……|突撃を開始します《チャージ・イン・エネミー》……」
――【|ルビコン川を渡る《クロス・ザ・ルビコン》】。
「攻撃を宣言し」「防具を脱ぎ」「敵の攻撃を弾いた後」「正面から」「|炸裂加速式杭打機《パイルバンカー》で近接攻撃」した場合にのみ成立する代わりに、通常の8倍ものダメージを与える大技である。一種の「背水の陣」に近い。
攻撃宣言とともに、鴉鉄の搭乗しているウォーゾーンから増加装甲が切り離される。
アマランスの正面に落下し、攻撃を弾くと同時、カウンターでパイルバンカーを打ち込んだ。
「いったぁ……。これ召喚が間に合わなかったら死んでたわね……」
アマランスの目の前には【知られざる古代の怪異】がパイルバンカーに貫かれている。爆炎と煙幕に遮られていた間に召喚したものか。しかし、アマランスも確実にダメージを負っていた。
「ロボット……ロボットもなかなか面白いわね……羅紗の魔術塔でも製造できないかしら……」
羅紗魔術師は知的好奇心が強いのか、ウォーゾーンを見つめながらブツブツと何やら呟いている。
事ここに至って会話と遠慮は無用だろう。
花喰・小鳥は影を滑るように疾駆して【|告死鳥《ナハティガル》】を叩き込む。
日本刀『|天獄《アンフェール・レプリカ》』による攻撃を、アマランスは躱すが、無の領域がその足枷となるだろう。
「あなたの好きなようにはさせません」
花喰はその上で、微笑みすら浮かべて敵をおびき寄せる。
無の領域は共に戦う榴にも影響を及ぼすが、彼女には問題ないという確信があった。
「二人とも制約を受けるなら条件は同じ。そうでしょう?」
そう微笑む花喰の後ろから、魚――|羅鱶《ラブカ》がアマランスに襲いかかり、噛みつこうとする。
「……羅鱶、花喰様をお守りして……っ!」
――【|深海の生きた化石《ラブカ》】。榴の√能力。
花喰に追随し、攻撃しつつ回復も行うことでサポートしていく。
「あら、そちらも召喚術? 私の奴隷怪異といい勝負しそう!」
アマランスはむしろ楽しそうに騒霊の奴隷怪異『レムレース・アルブス』を召喚し、羅鱶と対等に張り合った。
榴を狙うその攻撃を、花喰は庇う。
「多少のダメージは|慣れています《激痛耐性》」
騒霊を天獄で斬り裂き、|その命を喰らう《生命力吸収》ことで返り討ちにした。
榴もタロットの投擲で騒霊を貫通するようにアマランスに攻撃を加えながら前線に上がっていく。
「チッ……二人がかりで連携攻撃されるとキツい……!」
アマランスは理解した。
警戒すべきは前衛の花喰のみではない、後ろから支援してくる榴も充分に危険な敵である。
羅紗から輝く文字列を放ち、まずは花喰を撃破、そののち榴も潰さなければ――。
「力押しの剛腕勝負は嫌いじゃないですけどね」
アマランスの攻撃によって花喰の髪がなびき――右の魔眼が晒される。
その魔眼でアマランスを射抜いた。
「――! 魅了、それに精神汚染……!」
まともに視線が合ったアマランスは回避しきれず、集中を乱される。
前線に上がってくる榴は、敵の召喚した奴隷怪異たちを深海の捕食者で受け流しながらカウンター。花喰がおびき寄せ、引き付けてくれた敵を丁寧に確実に潰していった。
「……もう、お帰りください」
花喰は天獄を、榴は深海の捕食者をアマランスに向けて警告する。
「僕たちは……天使様を玩具になんか……させたくない……っ!」
羅紗魔術師は笑みが消えた顔でふたりを見つめていた。
「……いいでしょう。今回は退きます」
アマランスは「天使はもったいないけど、勝ち目のない戦いはしたくない」とばかりに背を向ける。
「ヨーロッパ各地で天使化は立て続けに起こっているようだし、何人かは天使を捕まえられるでしょう。今回失敗したとしても」
そう歌うように言い残して、羅紗魔術師は去っていく。
「覚えてたら、また会いましょうね」
――そう。まだ『ヨーロッパ「天使化」事変』は始まったばかりなのだと。