過ぎた幸運にご用心?
「これは、このカードを拾ったおかげね!」
切欠は、落ちていた2枚のカードを拾った事だった。
誰かの落とし物だろうか、交番にも行ってはみたものの。巡回中だったのか、お巡りさんの姿はそこにはなく。仕方なく、家に持ち帰った。
「これは……星座と、軍服の人、かしら?よくわからないけれど、これも何かのご縁ね。
軍人さんのお顔も、女の子みたいに可愛らしいし。持っておきましょ。」
それ以来である。小さな幸運が、頻繁に訪れる様になったのは。
ガチャはよく当たるわ、コンサートの抽選には当たるわ、ついついよくわからないまま素人考えで買った馬券も当たった。
これだけ幸運に恵まれたのも、カードを拾ったおかげであると。御利益は本物だと信じるに至った訳である。
しかし、やがて。自分が選ばなかった選択肢で、大きな不幸も訪れる様になった。
歩くのを辞めたその道で。開けっぱなしだったマンホールに誰かが墜ちて、死んだ。
電車に乗り遅れて、一本電車を見送った。たまにはツキが無い日もあると笑った、その見送った車両で。通り魔があった。
ビル工事現場から鉄骨が降って来て、幸い自分は当たらなかった。代わりに、隣を歩いていた同僚が串刺しになった。
全ては、このカードを手に入れてから、『幸運』に恵まれるようになった気がする。
しかし、これは誰かから幸運を吸い取っているが故の結果なのではないか。
この『幸運』を失ったら、自分が被害に遭い、命を落とすのではないか。
その恐怖が、彼女にカードを手離させない。
●
「降って湧いた幸運ほど、怖いものはないにゃ!」
愛用の箒に腰掛け、ふわふわと宙に浮きながら。
星詠みの化け猫魔女っ娘、瀬堀・秋沙はいつもの灯台のようなぺっかり笑顔で元気よく叫んだ。
「というわけで、シデレウスカード絡みの事件にゃ!誰かが拾って、揃えちゃったみたいだからにゃ!回収をお願いするにゃ!
念のため、まずは『シデレウスカード』の説明から入っておくにゃ!」
『シデレウスカード』。それは『十二星座』もしくは『英雄』が描かれたカードであり、単体で所持していた場合には、何ら危険性はない。
そう、『単体で所持していた場合』なら。
このカードの厄介な点は、『十二星座』と『英雄』のカードが揃った時、所有者の身体を怪人化させるほどの、膨大な力が満ちる点にある。
所有者が√能力者であれば、膨大な力を制御してカード・アクセプターになれただろう。
しかし、只人であるならば。星座と英雄の特徴を併せ持つ怪人『シデレウス』と化してしまうのである。
そのカードの所為なのか、幸運の所以は定かではないが。
どうやらとある女性が『星座』と『英雄』、2枚のカードを拾ってしまったらしい。
「カードの『星座』も『英雄』の正体も分からないけどにゃ!英雄さんは、なんだかものすごい幸運の持ち主みたいにゃ!
……でもなんだか、不思議と強い感じはしないんだよにゃ。なんでだろうにゃ。」
幸運の所為かはわからないが。性別と、勤め人であること以外はほぼ不明。ただ、場所は分かっているという。
「A県Y市の競馬場にいるみたいだにゃ!競馬は慣れてなかったみたいだけどにゃ!お馬さんが好きなのかにゃ!」
彼女を発見することができたら、接触して欲しい……が。
恐らく、その『幸運』を手離す恐怖で、そう易々とカードを渡してくれる事は無いだろう。
むしろ、カードの力が暴走して制御できずに怪人化し、戦いにもなるという。
この怪人を倒し、さらに事件の首魁であるドロッサス・タウラスを倒せば、事件は解決となる。
「物は考えようだけどにゃ。猫が予知できたのも、みんながここに来てくれたのも、彼女が呼び寄せた『幸運』の一つかもしれないにゃ!じゃあ、いってらっしゃいにゃ!」
現場へ向かう、√能力者たちの背に。灯台のような笑顔がぺっかりと輝いた。
第1章 日常 『今日はカミサマもお昼寝してるよ』

――頑張りそうな馬を観るのは好きだ。
――頑張っている馬を観るのも好きだ。
手に入れた幸運のお陰で、勝つ馬が自然とわかる様になってきた。……気もする。
「適当に買っても、大金を賭けても勝てる気がするけど。……その勇気はないのよね。」
女性は馬を眺めながら、直感で一頭を選び。ふらふらと馬券売り場に向けて歩き出した。
後で纏めて換金すればいいだろう、と。小さく手堅く勝った|馬券《こううん》を懐にしまって。
「今回のシデレウスカードは『持っていると幸運をもたらすカード』って感じだな。」
どの様な『英雄』のカードに出会えるのかと、独り言ちながら。
黒いハットリボンのカンカン帽に、ベージュのコートの裾を揺らし。
競馬場の入場門を潜った|橘・創哲《たちばな・そうてつ》(個人美術商『柑橘堂』・h02641)は、真新しい施設を見回した。
レースが行われる休日とあって、地方競馬場ではあるが程々の賑わいがある。
「せっかく競馬場に来たことだし、カードの幸運にあやかりたいところだが。ひとまずは今回拾っちまった奴を探すとするか。」
「幸運に関連した星座と英雄……分かれば戦闘になった時、対処の方法も思いつくかもしれないけど。」
着崩したジャケットに、白いポニーテールが馬の尾の様に揺れている。
カードの正体を探り、今後の戦闘に活かそうと思考を巡らせているのが、|星宮《ほしみや》・レオナ(復讐の隼・h01547)である。
「物凄い幸運の持ち主、だけじゃ絞るのは無理かなぁ。」
彼女の言うとおり、『英雄』には『幸運』が付いて回るものである。むしろ、それが無い限りは『英雄』と成る事は難しいのかもしれない。
故に、幸運というキーワードからその正体を類推するのは不可能であろうと、レオナは早々にその線を捨て。
√能力という札を切るべく、彼女は腰に下げた自身の変身や戦闘に用いるアイテム『ミスティカ・キー』を捻った。
「ま、今は持ち主を探す事が先決。それじゃあ皆、お願いね。【Summon!!】」
――【|召喚《サモン》・ロックビースト】
現れたのは、10㎝程の隼や狼、蜘蛛などの形をした、『ロックビースト』と呼ばれる動物型メカたち。
捜査や偵察を行う、この動物の魂を宿す機械たちを召喚する√能力は、レオナの|力量《レベル》に応じて召喚数が増えるという特徴を持つ。
22体という数もあれば、人海戦術を行うには十分であろうし……現場にいる、他の√能力者を探し出して、連携を取る事も可能だろう。
動物型メカとその主は、目立たない様に競馬場内の捜査を開始するのであった。
馬たちが土を巻き上げ、重々しい蹄の音と共にダートコースの馬場を駆け抜けていく。
創哲が先ず件の女性を探すのに選んだのは、スタンドからであった。
数レースもあれば、外れては落胆する人物、当たって満足げに頷く人物。勝敗を気にせず、ただただ馬の姿を写真に収めようとカメラを構える客。様々な観客を観察する余裕がある。
創哲が探すのは、勝ち負けに拘っていなさそうな女性客だ。恐らくは、友人を連れているような事もなく、一人でいる事だろう。
そして、幾度かのレースを経て。彼は条件を満たす女性に狙いを定め、席を立った。
「今日は調子良い感じか? オレはもう素寒貧だぜ……。」
突然話しかけてきた創哲に、女性は驚いたようではあったが。すぐに視線を馬場に戻した。
「そうね。ビギナーズラックかもしれないけど、運よく当たっているわ。
……手堅く買ってるから、調子がいいという程でもないと思うけれど。」
果たしてその姿は、レオナが見立てていた通り。競馬場の雰囲気に馴染まない、場違いなスーツ姿。
どうにも幸運に恵まれているという表情ではなく、疲れ切った印象を受けるが。勝っていることを否定しない。
つまり、美術商の見立て通り。今までの様子からも、当たり続けている可能性は高そうだ。
「いやあ、手堅くても、勝ちは勝ちだろ?そのツキにあやかりたいもんだな。
とくると、他にも最近ツイてると思う事もあるんじゃないか?」
話の取っ掛かりがあれば、流石の美術商である。当たり前の様に女性の隣に腰を下ろし、事件の核心に迫るべく、少しずつ話を膨らませてゆく。
『本当につまらない事ではあるけれど。』と、女性は前置きをした上で。
女性曰く、自分でも忘れていたような懸賞に当たったり、色々とあるけれど。最近はなんやかんや幸運に恵まれている気がする、と。
なんやかんやの詳細まではわからないが、恐らくは予知の中にあった凄惨な事件を回避し続けている事も含まれているのであろう。語る女性の顔は、やはり晴れない。
「最近って事は、何かきっかけでもあるのかね。
――ご利益のあるお守りとか、なんか変わったもんでも拾ったりしたのかい?」
そこで初めて女性は。何か心当たりがある事を感じさせるような表情で、創哲の目を見た。
「お守り……そう、お守りね。偶然手に入れてから、なんだか幸運に恵まれている気がするわ。」
――代わりに、周りに不幸が起きている気もするけれど。
小さく呟いたその声を、美術商は聞き逃さない。
今後の戦いに備えて、カードの正体を探る好機と見るや。創哲は人懐こい笑みを浮かべて、女性の顔を覗き込んだ。
「ちなみにそのカードを貸してもらう……いや、見せて貰う的なことは無理な感じ?」
なんでもない様に訪ねた創哲の言葉に、女性の顔がさっと青褪めたのを、丸縁眼鏡の下の赤い瞳は見逃さなかった。
「ああ、悪い悪い。あんまりにもスるもんだから、藁にも縋る思い、って奴でな……。」
流石に、先ほど知り合い、言葉を交わしただけの創哲に、命を左右しかねないカードを渡すのは、ハードルが高かったのだろう。
これは、貸して貰う事は難しそうだ。そう察した彼は苦笑を零し、『冗談だよ』と手を振って見せた。しかし。
「見せるだけなら、いいわよ。お話、楽しかったもの。そのお礼。」
意外な展開に、目を丸くした創哲の前に。ポーチから取り出された、2枚のカードが差し出される。
――1枚は鏃のサイン、『人馬宮』。
――そして、もう1枚の『英雄』の姿は。少年とも少女とも付かぬ、白い羽飾りのついた|帽子《シャコー》を被った、近代の軍人の姿。
馬、そして槍と共に描かれたこの『英雄』は、恐らく騎兵なのであろう。オレンジと黒の2色模様の飾り紐の下、十字型の勲章が輝いている。
「へぇ、中々イカしたカードじゃないか。どれも馬に連なるカードだなんてな。」
「ふふ、競馬をやってみようと思ったのも、この組み合わせだったからなの。
……あ、私、軽食を食べてくるわ。あなたにも、程ほどの幸運がありますように。」
そう言うが早いか、女性はこれ以上話す事は無いとでも言うように。
創哲に背を向けて、キッチンカーへと足を運んでいくのであった。
「カード所有者の面が割れさえしちまえば、後は注意しとくだけだ。焦らず様子を見守っておくとするかね。……見てるんだろ、それでどうだい。」
創哲が声を掛けた、その先に。小さな狼がいる。
レオナが放ったロックビーストの一体が、美術商と女性が会話しているのを見付け、その様子を偵察していたのだ。
画像や音声を届ける事が可能であるロックビーストのお陰で、レオナにも女性がクロである事は伝わっている。
20体を越えるロックビーストたちが、目立たぬよう女性の動向を偵察し。やがて、レオナが控える馬券売り場にも姿を現す事だろう。
『ボクもその方針で問題ないよ』、と伝える様に、機械仕掛けの狼は頷いて見せた。
「じゃ、方針も決まったところで、オレも役得を楽しみますかね。さて、どいつがツキを運んできてくれるかな。」
カードの力が暴走し、彼女が怪人化するまでまだ猶予は有る筈だ。
創哲は彼女の様子を観察しながら、パドックを歩く馬たちの様子を見に行くのであった。
……外れた馬券は、『シケてやがる』と。くしゃり、握り潰して。
「オレンジと黒の2色模様の勲章。騎兵。性別がわからない英雄。マグナはわかる?」
創哲がレースを楽しんでいる合間に、レオナは彼が聞き出した情報を基に、左腕に着けた腕時計、否。マグナドライバーに宿るサポートAI『マグナ』に問いかけていた。
戦闘等を知識面からサポートする彼のデータベースであれば、『英雄』の正体を相当に絞り込むことが出来る事であろう。
「黄色と黒の飾り紐と十字の勲章は、帝政ロシアにおける『聖ゲオルギー勲章』で間違いないだろう。
『抜群の勇気ある行動を示した者』に授与される物、軍人としては高位の栄誉だ。そして、騎兵という職とその性別で、ほぼほぼ絞り込むことが出来た。
――アレクサンデル・アレクサンドロフ。またの名をナジェージダ・ドゥーロワ。
男装して軍に潜り込むなど、破天荒な行いと様々な幸運に恵まれて動乱の時代を生き延びた、ロシア初の女性将校だ。」
――ナジェージダ・ドゥーロワ?
マグナが導き出した、『英雄』としては聞き慣れぬ名に。
レオナは、はて、と首を傾げるのであった。
第2章 冒険 『シデレウスカードの所有者を追え』

――全てのレースが終わり、その帰り道。
カード所有者の女性は、駅までの直通バスに乗るでもなく、ふらふらと道を歩いていた。
なんだかんだで、乗る筈だったバスの時間を逃したのだ。
元々港と市街地を結ぶ通りだ。トラックなどの車通りは多い。
道は真っ直ぐだし、運が良ければタクシーくらいは捕まるだろう。
そこで、ふと女性の足が止まる。
「――また?またなの?」
道がにわかに渋滞し始めたのだ。さらに、遠くでけたたましいサイレンの音がする。
荒い呼吸と、早鐘の様な鼓動を推して、現場に近付き。
目に映るのは、停止しているコンテナ・トレーラーと。
――横転している、乗る筈だったバスの姿。
満員の車内の状況は。怪我人はいるのか。死者は。
――私が乗っていたら、どうなっていたのか。
その恐ろしい『幸運』を自覚するとともに。
2枚のカードが光り輝き、ざわり、ざわりと女性の身体が変化していく。
その下半身は、馬の様な4つ脚に。頭には、白い飾り羽の|軍帽《シャコー》を。そしてその手には、槍を。
シデレウス怪人『サジタリウスドゥーロワ・シデレウス』誕生の瞬間であった。
「敵が来る!逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げて、いいの……!?」
√能力者との戦闘という『危機』を察知したシデレウス怪人は、怯えたように蹄でアスファルトを蹴るが。
その一方で、逃げるための脚が動かない。
――ここで倒されることと、逃げ延びること。
果たして、どちらが真の『幸運』か。それを測りかねているかのように。
●Caution
・サジタリウスドゥーロワ・シデレウスは、以下の攻撃手段を持ちます。
POW:アルキードの記憶
知られざる【愛馬:アルキードの記憶】が覚醒し、腕力・耐久・速度・器用・隠密・魅力・趣味技能の中から「現在最も必要な能力ひとつ」が2倍になる。
SPD:英雄の危険予知
あらかじめ、数日前から「【危機からの逃走】作戦」を実行しておく。それにより、何らかの因果関係により、視界内の敵1体の行動を一度だけ必ず失敗させる。
WIZ:幸福転じて禍と為す
【豪運と何らかの因果関係】により、視界内の敵1体を「周辺にある最も殺傷力の高い物体」で攻撃し、ダメージと状態異常【不運】(18日間回避率低下/効果累積)を与える。
バスの事故現場からほど近く。逃走する意思と、逃走を拒む意思の板挟みとなり。
四つ脚となった下半身の蹄でアスファルトを蹴る女性、いやサジタリウスドゥーロワ・シデレウス。
|軍帽《シャコー》から覗く馬の耳に、突如として力強い名乗りが突き刺さる。
「私はダーティ! ダーティ・ゲイズコレクター! 不快な悪事の邪魔をする汚職警官ダーティとは私のことです!」
びくりと身を震わせ、耳をぺたりと伏せ。怯えた目で見つめる先に、果たして仁王立ちしていたのは。
紫色のコートと、特注の豪奢な警官服の裾を風に靡かせる汚職警官、ダーティ・ゲイズコレクター(Look at me・h00394)であった。
「あ、悪事!?私は、心当たりも何も……!」
実際に『まだ』何もしていない訳ではあるが。シデレウス怪人である以上は、そのうちドロッサス・タウラスらの目論見に従わされ、何らかの悪事に利用される事であろう。
「いずれ、その力は市井の人々を危険に晒すでしょう!そんなあなたがいつか行うであろう破壊活動は、とても不快です!
よって全身全霊で邪魔させていただきます!」
するりと胸の谷間から|輪胴弾倉の銃《リボルバー》を引き抜いて。オッドアイの汚職警官は怪人へと銃口を向けた。
「馬の脱走ですの?いえ、人でしょうか。それよりも、警官ならば事故の心配をした方が良いのではなくて?」
そんな状況に対し、至極御尤もな発言をするアナタ・オルタ・クエタ・ナントカ・ヴァルカス(人間(√EDEN)のルートブレイカー・h00637)は、常識人である。
半人半馬のシデレウス怪人を目の当たりにしてなお、彼女自身は『√能力? 何ですのそれは? そんなトンデモな能力、絶対絶対絶対、ありえませんわ! 』と力強く否定するほど、意識のみは未だに一般人である。
しかし、悲しいかな、彼女の身に宿る異能を打ち消す異能の力と、ドラゴンを呼び出す力は彼女が√能力者であることを示しているのではあるが。
彼女自身の一般人とは異なる『忘れようとする力』が強いためか、今なお彼女はその事実から目を背け続けている。
「あちらには既に警察や救急車も来ているから大丈夫だと思うよ。
僕たちは彼女が事故現場の方には行かないよう、フォローしようか。」
鮮やかな赤い髪に、どこか芝居がかった口調で、|桐谷・要《きりたに・かなめ》(観測者・h00012)はシデレウス怪人から事故現場への視界を封じる様に陣取った。
正面からの戦いを得手としない彼ではあるが、彼が『オトモダチ』と呼ぶ死霊の手を借りれば、敵の半人半馬の馬力を以てしても、彼を突破することは難しかろうし……
(戦意が薄く、事故に恐怖しているなら、わざわざ僕の方へは突っ込んでこないはずだ。なら、一人で十分。)
胡散臭さを感じさせるその表情の裏で、彼我の状況を計算しての立ち回りである。
「ブチ凍れええぇぇ!!」
「きゃぁぁぁぁあああ!?」
三者三様のやりとりを無視するように、一人の青年が初手から√能力を発動した。
不意を突かれた怪人が、悲鳴を上げながらその身を庇う様に両腕で顔を守れば。『偶然』、留め金が傷んでいたのであろうか。道路の案内標識が落下して、その雹の嵐の盾となる。
「星詠みから運が良いと聞いてはいたが、そういうのもアリかよ。」
吹き荒れる雹の嵐を呼び出した青年、|久遠・氷蓮《くおん・ひょうれん》(紅蓮の氷術師・h01405)は思う様なダメージを与えられず、思わず舌打ちした。
祖父母の代から冒険者であり、魔法使いの家系に生まれた彼は、氷の魔術を得意とする。
熱血で直情、感情的で情熱的という彼のいきなりの行動は短絡的にも見えるかもしれないが。
「倒さねぇと元に戻せねぇんだろ?なら、さっさと倒してやんのが正解だろうが!」
と、その行動は正鵠を射ていた。
「倒す!?私を!?ねぇ、何がどうなっているの!?」
悲鳴を上げた女性は、その身に起きた変化を認識しているのかも怪しい。槍を振り翳すと、氷蓮の√能力の攻撃範囲から逃れながら、恐らくはその存在感を無視できなかったのであろう、ダーティに突進してゆく。
勿論、シデレウス怪人化したとはいえ、つい先ほどまで一般人だったのである。その様な素人の攻撃に当たってやるような彼女でもないが。
「公務執行妨害および私見暴悪の罪にて武力制圧と相成り〼!」
『警官』に手向かいした以上、その√能力を使用する理由を満たすには十分だ。
「ぶ、武力制圧!?ちょっと待って、まさか私を撃つつもり!?」
ぎょっと目を剥く怪人に、躱し様の返答代わりに撃ち込まれるのは鉛玉。それも一発や二発などという数ではない。弾幕による牽制だ。
運よく振り上げた槍が幾発かの弾丸を防ぐが、その程度で防ぐことが出来る様な数ではない。
「銃弾が飛び交ったり、刃物を振り回したり。一体全体、何がどうなっているんですの?」
そして。混乱しているのはシデレウス怪人だけではない。感性が一般人であるアナタである。
勿論、彼女も√能力者であるからには、戦って解決できる力を持っているのではあろうが。
一般人と変わらぬ世界観である以上、|戦う力《そんなもの》を持っているとアナタが知る由もない。
そんな|一般人《アナタ》には、こういう時に決まって、無意識に発動する√能力がある。
「またあのドラゴンですの?ありえませんわ。」
頭を振るあなたの前に佇んでいたのは、|神聖竜《ホーリー・ホワイト・ドラゴン》。
アナタが無意識に発動した√能力、【|神聖竜詠唱《ドラグナーズ・アリア》】によって呼び出されたのだ。
――が。それを現実と認めないのがアナタという人物である。
その現実から目を逸らすべく、既に逃走を開始していた。
「彼女も√能力者……なんだよね?」
戦いから背を向けるというアナタの行動に緑色の目を丸くした、要ら√能力者たちと、怪人であったが。
彼女の置き土産である【|神聖竜詠唱《ドラグナーズ・アリア》】には、『困難を解決する為に必要で、誰も傷つける事のない願い』を叶えるという効果を持つ。
そして、その願いによって叶えられ、与えられた力は。サジタリウスドゥーロワシデレウスの幸運を打ち消すほどの、幸運。
これならば、シデレウスが如何に幸運に恵まれていようと、こちらも同等の幸運に恵まれたのならば、土俵は同じ。
そして、同じ土俵であるならば、素人の怪人に√能力者たちが負ける謂れはない。
ダーティがばら撒いた弾雨の中、要もまたその√能力を行使する。
「ちょっと手を貸してもらえないかな?」
――【|猫の手を借りる《ヘルプ》】
この力があれば、インビジブルの助けを借りた通常攻撃が2回攻撃かつ範囲攻撃となるのだが。
その攻撃が、当たり、その動きを牽制する。
「良い足止めですね!ならばこれもおまけしましょう!」
そして、足が止まったならば、追撃の機を逃す√能力者たちではない。
【視線を変換したゲイズパワーの鎖】がシデレウスと化した女性の身体を縛り上げる。
「さっきは『幸運』にも防がれちまったが……今度は外さねぇぜ!」
氷蓮が√能力を再発動をすべく魔力を集中すれば、彼の身を中心に冷気が渦を巻き始める。
「では、合わせましょうか!」
――【|穢れた制圧《ダーティ・サプレス》】と名付けられた、一連の連続攻撃の締めとなる、ガントレットの一撃が半人半馬の身体に痛烈な一撃を与えるとともに。
「おう!……凍り潰れろ!ヘイルストーム!」
素早く離脱したダーティの後に残された、サジタリウスドゥーロワを中心に、シベリアの冬将軍すらも生温いと言わんばかりの、雹の暴風が吹き荒れて。
怪人は悲鳴を上げる間もなく、300発にも及ぶ氷の飛礫をその身に受ける事になるのであった。
√能力によって齎された幸運により、サジタリウスドゥーロワ・シデレウスの幸運という優位性は崩れ去った。
怪人化したばかりで戦い慣れもしていない、一般人のままの感性である女性は、当然戦いに伴う『痛み』にも慣れていよう筈もない。
「いたい、いたいいたいいたい!!なんで、なんで私がこんなに痛い目に遭わないといけないの……!?」
√能力者たちの連携で痛撃を受け、馬の下半身でよろめきながらも踏みとどまり。半狂乱に駆け回りながら槍を振るう。
そんな怪人を前に|星宮《ほしみや》・レオナ(復讐の隼・h01547)は、これ以上は傷つけたくは無い、と。シデレウスを宥めようと必死に声を張り上げた。
「貴女がカードを手放す事で、自身に不幸が降りかかるんじゃないかって不安になるのは理解出来るよ。でも、どうかカードを手放して!」
「嫌よ!これが無かったら私、きっと死んじゃうもの!まだ私、死にたくない……!!」
シデレウスは今にも泣き出しそうな声で叫ぶと、いやいやと首を振り。レオナの言葉を拒絶する。
――こんな状態じゃ、怪人化した彼女の説得は無理そうだね。
そう判断したレオナが左手首を掲げて見せれば、その手にはモバイル形態から銃型変身デバイスとしての本来の姿を取り戻した『マグナドライバー』が構えられ。
神秘の鍵『ミスティカ・キー』をドライバーに差し捻れば、レオナの全身が光に包まれてゆく。
光が晴れた時。そこに豊かな白い髪を赤いリボンで纏めた、華奢な少女の姿は無く。
装甲で覆ったその背に光の翼を背負った復讐の隼――『マグナファルコン』が、見得を切っていた。
さて、『英雄』のカードの元となった、ロシア初の女性将校であるナジェージダ・ドゥーロワ。
彼女は『|君の馬《アルキード》の方が、君より賢いぞ!』と上官に叱責を受けるほど、騎兵としての武勲の逸話には乏しい。
むしろ、居眠りして連隊から逸れたり、騎兵であるにも関わらず|愛馬《アルキード》を他人に貸したがために戦場を徒歩でうろつく羽目になるなど、ミスの逸話にも事欠かない人物である。
それでいて尚、フリートラントやボロジノなどの激戦に次ぐ激戦の最中、退役の原因となる打撲傷を受けるまで、ほぼ無傷で生存し軍務を続けていたという幸運。
彼女の破天荒ぶりに興味を持った、当時の皇帝に『アレクサンドロフ』の名を直々に賜る幸運。
そして、負傷した将校を救出し、真の勇士の証たる『聖ゲオルギー勲章』を授かる程の高潔な精神性が彼女を英雄たらしめたのだが。
しかし、往時には最強と謳われたコサック騎兵の娘としての矜持であろうか。彼女の手記からも読み取れる通り、挑戦意欲は非常に強い。
その元となり、歪められた英雄の意識に乗っ取られ、怪人として行動を起こすならば。
武勲ならずとも、如何なる悲劇を巻き起こす事になるであろうか。
「このままじゃ貴女は完全に怪人になって、本当に周囲に不幸を振り撒く存在になるし、貴女自身も不幸になる。
それに、カードが周囲の幸運を吸い取った結果が貴女の幸運と周囲の不幸なら、カードを捨てればそのバランスは戻る筈だよ!」
叫ぶマグナファルコンを黙らせるべく、薙ぎ払う様に、力任せに振るわれた槍。
しかし、テレフォンパンチの如き大振りなど、戦いに慣れた……いや、慣れてしまった隼の目を以て捌くのは、至極容易だ。
下から跳ね上げる様に振るわれた左腕、『ミスティナックル』の手甲が槍の切っ先を弾き。
「幸運と不運も√能力の一部なら、これで無効化出来る筈……!」
左と同じように手甲に覆われたレオナの右拳に、あらゆる√能力の中で『最強』と称される力が宿る。
槍の軌道を変えられ、槍に振り回され体勢を崩した半人半馬の懐に。
地を滑るが如く、光の軌跡を描きながら隼が踏み込み。ヒトの形を保つ腹に、渾身の右拳を叩き込んだ。
――【ルートブレイカー】
その√能力の効果は、至極明快。【自身の右掌で触れた√能力を無効化する】。
√能力によって齎されたモノであれば、それが例え『無敵』であろうと、並外れた幸運であろうとも。ありとあらゆる効果は露と消える。
腹に深々とめり込んだマグナファルコンの右拳により、シデレウスカードに宿る愛馬の記憶から引き出していたであろう怪力を失い。
振り回し、振り回されていた槍が、がらりと地に転がった。
その一撃に馬身の膝を折って崩れ落ちた、|軍帽《シャコー》を被った怪人を怪力で締め、意識を刈り取れば。
サジタリウスドゥーロワ・シデレウスのケンタウルスの如き馬の下半身は消えてなくなり、無事にヒトとしての姿を取り戻していたのであった。
「これは回収しておくよ。これが無くなれば、カードを持たなかった頃の貴女に戻るだけだから。」
レオナは安全な場所に女性を寝かせ、その着衣から『お守り』……『射手座』と『ナジェージダ・ドゥーロワ』のシデレウスカードを捜し出し、回収すると。
猛禽の如き眼光で物陰を睨み付けた。
「見ているんでしょ、ドロッサス・タウラス。お前の計画も此処までだよ。隠れてないで、出ておいでよ。」
――ああ、見ているぞ。見ていたとも。
――強い汝等に、此度こそは後れを取る訳にはいかぬからな。
レオナの声に応じる、その重々しい声音に一切の驕りは無く。ズシンと足音を轟かせ。
√能力者たちの前に、ゾーク12神の一柱、ドロッサス・タウラスが姿を現すのであった。
第3章 ボス戦 『『ドロッサス・タウラス』』

「所詮は武勲の無い、幸運頼みのマイナー『英雄』。
それに制御しきれずに中途半端にシデレウスに覚醒した挙句、|射手《サジタリウス》にも関わらず、弓も持たぬとは。
|半人半馬《ケンタウルス》の姿に相応しい、半端者よ。斯様な塵にカードを拾われてしまうとは、我の不運であった。」
――ゾーク12神が一柱、ドロッサス・タウラス。
それがシデレウスカードを失い、意識を失った女性の姿を塵芥の様に一瞥し、吐き捨てた怪人の名だ。
傷つけることは極めて困難であり、時に武器ともなる程に堅固な肉体を持つこの怪人。
一見して武人肌に見えるが、その実、相手を見下すという悪癖がある。
しかし、度重なる√能力者たちとの戦いが、彼の意識を変えた。
その巨躯に違わぬ重圧を放ち、√能力者たちを見据える赤い瞳には微塵の油断の光も無い。
「これまでの非礼を詫びよう、汝等は強い……!
然し、我らゾーク12神、『ジェミニの審判』にて如何なる相手にも後れは取る訳にはいかぬのだ。
故に。此度は『|英雄《すていし》』を用いて確と戦いを見、汝等の技を見た。勝たせて頂く。」
√能力者たちの力を認めたが故に、牡牛の意識に一切の隙も無い。
しかし、この本気の怪人を斃さねば、謎に包まれた『ジェミニの審判』なるものを乗り越えることが能わない事もまた確かであろう。
「改めて名乗ろう……!!我はゾーク12神が一柱、ドロッサス・タウラス!!」
大音声の名乗りと共に棍棒を振り被り、牡牛が一歩足を踏み出せば。
その神威を前に、震え上がる様に大地が揺れた。
「生半な攻撃では、我の肉体に微塵の傷も付けること能わず!!征くぞ!!!!」
|天王寺《てんのうじ》・ミサキ(我思う故に・h05991)は、怒りに肩を震わせていた。
「……幸運で弄ぶのがどれだけの重罪か、わかってんのか。」
――ぬぅ……っ!?
放たれたドスの効いた声音、その圧は。油断を捨てたドロッサス・タウラスにも、強いプレッシャーを与えるほどである。
しかし、ゾーク12神の誇りが、後退りしそうになる彼の心を奮い立たせ。その代わりに、得物である金棒を握り込む力を強くさせた。
「渇望しても手に入れられない、今日のオレみたいなのだっているのに!」
――は?
危うく、握り込んだ金棒を取り落としそうになった牡牛の怪人を余所に。
「ミサキさん、要するに競馬で大負けしたってことですよね。」
醒めた視線を向けるのが、シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)だ。
どうも、この二人組も競馬場に居たらしいのだが。どうにもミサキはとことんまで運に恵まれなかったらしい。
それで強い敵意を向けられる牡牛は、とんだとばっちりである。
「うるさいシンシア。この後競輪で取り戻すし。付き合え。」
「い、一緒にしないでください。私は勝ったので!」
恐らくは近場のN市のナイターやミッドナイトにでも河岸を変えるつもりなのであろうか。女子が2人揃っても姦しいことこの上ない。
『強者』に対し油断なく構え直したドロッサス・タウラスだが、すっかりミサキとシンシアのペースに呑み込まれている。
「まあ馬鹿なこと言うのはこのくらいにするとして。ドロッサス・タウラスだっけ?お前は一発ぶん殴って倒さないと気が済まない。」
「倒したいというのは同意。さっきまで人をいいように利用した挙句斯様な塵呼ばわりするって、中々の悪党ですよ。」
「ふ、汝らを倒せるならば、悪党に身を堕とす価値もあろうというもの。それに、我は怪人である。悪事を働いてこその存在であろう。」
漸く回って来たお鉢に、彼の牡牛も聊か安心した様であった。
地鳴りと共に踏み出した足に、ミサキとシンシアがマイペースに決戦の準備を整える。
「あ、サングラス貸します。多分眩しいので。詠唱終わったら合図するので頑張って避けてください。」
「……眩しいって何?借りるけども。」
すちゃりとサングラスを掛けた2人組と、ドロッサス・タウラスの決戦の火蓋が切って落とされた。
シンシアが魔導書の頁を捲りながら、範囲を巻き込む火焔の魔法を放ち。前線に向かって突撃してゆくミサキを支援する。
「汝らの事だ、何か策はあるのであろうが……策ごと叩き潰して呉れる!!」
ドロッサス・タウラスの星界の力に満ちた堅固な肉体は、それを振るうだけで【タウラスクラッシャー】の名を持つ√能力としての効果を発揮する。
更に厄介な点は、外れた地点から半径レベルm内は【一等星の如き光に満ちた世界】となり、自身以外の全員の行動成功率が半減するという追加効果を持つことだ。
躱せば、シンシアも√能力の追加効果の巻き添えを受け、魔法の成功率が半減するであろう。
(本命はシンシアの魔法、俺の役目は時間稼ぎだ。……痛そうだが、退く訳にはいかねぇ!)
ならばと、受ける覚悟を決めた鉄拳格闘者。その体を叩き潰さんと、剛腕が振り降ろされ。ミサキは咄嗟に両手を交差し、受け止めるが。
ずぅん!!その衝撃は、彼女の足元のアスファルトが蜘蛛の巣の様に|亀裂《クラック》を生じさせ、砕いてみせた。当然、防いだとはいえ全身に痺れが生じるほどの重い一撃に、ミサキのダメージも決して小さくはない。
「我の攻撃を身一つで受け止めるとは。中々どうして、大したものよ。」
「お褒め頂き、ソイツはどーも……!」
ぎりぎり、ぎりぎり。重たい腕と、か細い腕二本の鍔迫り合い。その重心を僅かに崩した隙にその腕を逃れ、素早くその脚を刈る。
体勢を崩すには至らないが、それはミサキの『相手の図体がデカい』という見立て通り。出たとこ勝負の本命は、此処からだ。
「その程度の蹴手繰り、我の足を崩すには至らぬぞ!!……むぅっ!?」
その両腕ごとドロッサス・タウラスの身体を締め上げるのは、ミサキがどこからか取り出した、人呼んで『なんかすっごい注連縄』。
どこかの神社に用いられていたというソレは、牡牛に負けない神聖さを持つのであろう。捕縛から脱出せんと藻掻く怪人の膂力にも、力負けしていない。
その身を捕えたならば、やる事はたった一つ。いつも通りの解決法。
一歩、踏み込み。√能力で練り上げ、固め。振り被る右の鉄拳。
「いっけー!!」
――【|とりあえず殴って解決《ヤッパコレダヨ》】
弧月の如き軌道を描き、渾身のオーバーハンドパンチがドロッサス・タウラスの顔面を強かに捉えた。
「ふ、ふふ。ははははははは!!それでこそ!それでこそ我が強敵と認めし、汝らよな!!ぬぅん!!!!」
強烈な一撃を受け、一歩、よろめくようにアスファルトを踏みしめるも。心より楽しそうな笑い声と共に。見る見るうちに、その身を金属の牡牛に変えていくではないか。
――【アクチュアル・タウラス】
攻撃・回復問わず外部からのあらゆる干渉を完全無効化するという、完全無敵を齎す√能力。
この効果の前には、辛くも牡牛を捕えていた注連縄も、ばちぃ!!と、音を立てて弾け飛ぶ。
拘束を逃れたドロッサス・タウラスは此処からが本番とばかりに、一声嘶くと。吐き出すのは星の力を込めた紅蓮の業火。
ごぉう、っと吹き抜ける星炎のブレスをあわやと言うところで回避したミサキは、これ以上の時間稼ぎは難しいと、たまらず叫ぶ。
「シンシア、まだか!?」
「お待たせしました!ミサキさん避けて!」
「よっしゃ!後は任せた!」
――やりましょうか光量合戦。
シルバーグリーンの瞳が金属の牡牛から、相方であるミサキが飛び退くのを確認すると。
|彼女《ミサキ》の時間稼ぎの甲斐もあり、高速詠唱してなお、これ程までの詠唱時間を要した全力魔法が完成し。シンシアは切り札となる√能力を発動する。
「光あれ。」
「うぉっ、眩しっ!?」
レースの手袋で包んだ右手を掲げ。降り注ぐはタウラスの操る星の輝きに負けぬ、1等星の輝きを誇る、流星群。
ミサキがかけたサングラス越しにすら目を晦ませるような、猛烈な光量だ。
――【|Stellanova《ステラノヴァ》】
(300発も打てば幾ばくかは当たるでしょう。たとえ無効化されようと、相手の力を削ぐことはできるはず……!)
流星を模した魔弾の雨がタウラスを中心に降り注ぐ。それらはシンシアの思うとおり、牡牛の体表で無効化され、弾けて消えていく。――が。
「むぅ……っ!?この姿のまま、受け続ける訳にはいかぬか……!!」
牡牛はその変身を、解き。その身で全力魔法を受ける事を選択したのだ。
【アクチュアル・タウラス】の無敵にも、大きな弱点がある。それは、無効化する度に体内の【星界の力】を大量消費し、枯渇すると気絶するというものだ。
つまり、シンシアの放った流星群は怪人の星界の力すらも枯渇させ得る威力があったと、彼自身が認め、ダメージを受けてでも気絶だけは避けたという事に他ならない。
光の豪雨を、怪人は凌ぎ切りはした。
が、星界の力を想定以上に消耗し、その堅固な肉体も少なからずダメージを負っている。
「これ程、血沸き肉躍る戦い……そうはあるまい。汝らに、感謝を。
まだまだ付き合ってくれような?」
その傷を物ともせず、ドロッサス・タウラスの声音は戦いの高揚感に打ち震えていた。
「おう、競輪のミッドナイトが始まっちまうから、時間は掛けてやれないけどな!」
「まだ言っているんですか……。帰りのお金くらい残しておいてくださいね?」
朱鷺色の羽を背負った格闘者と、純白の翼を背負った淑女。
二人は軽口を叩き合いながら、再び強敵に立ち向かってゆく。
「おっと、ちょっとばかり出遅れちまったか。」
黒いリボンを巻いたカンカン帽に、大正風のベージュのコートを揺らして。黒の丸縁眼鏡を掛けた小粋な青年、|橘・創哲《たちばな・そうてつ》(個人美術商『柑橘堂』・h02641)が戦場に姿を現した。
物陰の安全であろう場所には、競馬場で言葉を交わした女性が寝かされていることを確認し。創哲は『へっ』と、安心したような笑みを溢す。
「とりあえず競馬場で話した姉ちゃんの救出は完了したようだし、あとは元凶の討伐だけだな。
シケたことやってる奴をイカしたアートにしてやんねぇと。」
度の入っていないレンズ越しに見つめるのは、この事件の元凶である怪人、ドロッサス・タウラスの隆々とした肉体。
先の√能力者との戦いで手傷を負ったようではあるが、その戦意は未だに衰えるところを知らない、と言ったところだ。
「我にアートとやらを理解出来るかは測りかねるが、それが汝の力と言うならば。その|技芸《アート》を我に示して見せよ!!」
牡牛の怪人に油断は無い。怪人は再びその身に無敵を齎す√能力、【アクチュアル・タウラス】を発動させ。創哲の前に、その威容を現すのであった。
(敵は『星界の力』ってのを元に強化されるのか。)
吐き出された星炎の業火、それをカンカン帽を抑えながら飛び退き躱して。創哲は自身の審美眼を以て、敵を観察する。
先の戦闘で『星界の力』をそれなりに消費したとはいえ、ドロッサス・タウラスはその力を使い切る事を選ばなかった。
「その力とやらが、あとどのぐらいあるのかは分からねぇが。とりあえず消耗させたらぶっ倒れてくれるってことだよな?」
そう。既に、アクチュアル・タウラスの破り方は判明している。幾ら無敵であろうと、何らかの効果を無効化する度に体内の星炎の力を大量消費するのだ。
恐らくは、その消耗を防ぐために『創哲に攻撃をさせない』という事が牡牛側の最適解となるであろうが、そうは問屋が……いや、美術商が卸さない。
「そしたらとにかく数ぶつけてやんぜ!」
黒革のアタッシュケースの留め金をばちり、と開き。とある小説の如く、蜜柑や檸檬の形をしたガラス細工がばら撒かれた。
「ガラスだと!?その様な儚いものでは、我の身は……むぉぉぉ!?」
ガラスの果物が、タウラスの足元で爆ぜた。
創哲が彼の美学に従って自作したガラス細工には、√能力者の得物らしい性質を持つ。
――そう。任意で爆発するのだ。
「イカした芸術家が言ったそうじゃねぇか。無条件に生命をつき出し爆発する。その生き方こそが芸術なのだ、ってなぁ!!」
創哲は、ガラス細工職人としては破門された身である。しかしそれは、彼の勢いある生命の力を、彼の祖父では受け止め切る事が出来なかった故かもしれない。
その美学を込めた蜜柑や檸檬型のガラス爆弾たちが、無敵の牡牛に勢いよく当たって砕け、粒子を煌めかせながら爆ぜてゆく。
「おお、まるで、星の瞬きの如き……美しい……!」
武に一辺倒、芸術を解さぬ筈の怪人が感嘆の声を漏らした、その一瞬の隙。
「お!シケた奴かと思ってたが、俺の『美』を理解しようとするなんて、少しはイカしたところもあるじゃねぇか!
なら、今日は出血サービスだぜ!【フルーツサイダー(大盛)】だ!」
アタッシュケースから次いで取り出したのは、彼の虎の子の作品であり、√能力の媒介となる【フルーツサイダー(大盛)】。
その効果は彼の作品を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃になるというものだ。
サイダーの様に爽快に弾け飛ぶ色とりどりのガラスの粒子と、止まぬ爆発の前に。
創哲の『美』に魅入ってしまった怪牛は、そのイカした猛爆の前に星界の力を見る見る消耗していくのであった。
「先人の言葉を教えてやるよ。芸術は爆発だ、ってな!」
「むっ……むぅぅぅ……!!」
√能力者たちの猛攻・猛爆の前に、さしものドロッサス・タウラスも星界の力の大量消費を余儀なくされ、思わずたたらを踏む。
恐らく、これ以上の無敵の√能力【アクチュアル・タウラス】を使用する事は、難しいだろう。
変身の限界を悟った彼は、金属の牡牛の姿より、元の怪人態へと姿を変じる。
「日頃の行いが悪いから、そういう事になるのさ。これに懲りたら心を入れ替えたらどうだい?」
その姿を一目見て、当初より事件に関わり続けてきた|星宮《ほしみや》・レオナ(復讐の隼・h01547)が冷ややかな声を放った。
「ふ、我は怪人。世界に覇を為さんと悪事を為す、悪党である。
強き汝らの言葉を耳に容れはするが、我が従う事などないとわかっていよう。」
傲慢さと侮りを捨てたドロッサス・タウラスは、正しく屈強な武人。
今でこそ√能力者たちの善戦により、優位を保っているが。その戦意に燃える赤い瞳を見れば、一つの綻びで戦況が怪人の側に傾くであろうことは間違いない。
(ある意味、心を入れ替えたから見下してないんだろうけど。
今まで通りと思えば、今度はこっちが痛い目見る番だね。)
戦いに挑むレオナの藍色の瞳にも、油断は無い。
左腕を掲げ、マグナドライバーを銃の姿に変形させ。神秘の鍵『ミスティカ・キー』を捻れば、その華奢な体が光と共に『ファルコンアーマー』に包まれてゆく。
光が晴れるとともに、背から翼の如き光を吐いて。復讐の隼『マグナファルコン』が、幹部怪人を相手に見得を切った。
「汝はヒーローか!!ならば、相手にとって不足は無い!!我が星界棍棒を喰らうがいい!!」
風を切る、などという言葉では生温い程の轟音を伴って、怪人の棍棒が振るわれる。
「……ッ!ボクは、ヒーローなんかじゃない。」
――【ドロッサス・スマッシュ】
命中すればタウラスの骨も砕けるという諸刃の剣だが、その威力は絶大だ。万が一命中すれば、アーマーを装着したレオナも只では済むまい。
この強力無比な一撃、しかしマグナファルコンは棍棒を足場に軽やかに受け流し、カウンターで渾身の蹴りを顔面に加えて見せる。
「ぬぅっ!!」
レオナは華奢な身ながら、その胸の改造手術痕が示す通り、改造人間である。
彼女にとって望んで得た力ではなく、その上、大きな代償さえも伴ったが。その怪力は鎧通しの如く牡牛の怪人の強固な肉体の表面を貫き、その脳を揺らした。
しかし、油断を捨てた牡牛は、その覚悟、勝利に懸ける思いも違う。屈強な脚は、確かによろめいた。無論、レオナが与えたダメージが小さかった訳でもない。
――が。赤い眼差しが、蹴りを今まさに終え、着地しようというマグナファルコンを睨め付ける。
「我は……何人にたりとも、後れを取る訳にはいかぬ……いかぬのだぁ!!!!」
裂帛の気合と共に、返す刃……否、棍棒を強引に振り抜いた。
――今ひと度の、【ドロッサス・スマッシュ】
めきり。その骨がひしゃげる様な音は、どちらの腕からか。
「く……ぅっ、ああっ!」
棍棒に弾き飛ばされたレオナは光の翼を展開し、何とか空中で体勢を立て直す。
(咄嗟の防御が間にあってなかったら、危なかった……。)
怪人からの強い殺気を感じたレオナは、咄嗟に両腕でガードの姿勢を取るとともに、光の翼で逆ブーストをかけ、彼女に出来得る限り衝撃を殺したのだ。
それでいて尚、ガードした両腕に残る、強い痺れ。
これで、牡牛の体勢が万全かつ、脳を揺らしていなければ。ガードの上からでもレオナの意識は刈り取られていたであろう。
しかし、『命中』したが故に、ドロッサス・タウラスも無傷では済まない。
折れたのは、怪人の右腕。今一度右腕での√能力を使えはしようが、無理な体勢の一撃が祟り、大きな隙が生じている。
その隙を隼の目は見逃さない。軽やかにその場で跳ねれば、足元に滑り込む様に現れる、一体の狼型ヴィークル……狼の意識を宿すという『狼王ソニックウルフ』だ。
レオナが狼王に騎乗すれば、それは瞬時にバイク形態に変形し、その両輪が遠吠えの様な唸り声を上げる。
――決め時は、ここだ。
マグナファルコンは、組織が作り上げたベルトにミスティカ・キーを差し込み。その√能力の発動条件を整えた。
幸い、此処は|舗装路《ターマック》。ウィリーと共に円を描くように距離と速度を稼ぎ、メーターは一気にレッドゾーンを示す。
怪人が体勢を立て直しきる、その刹那。隼が、狼より飛翔した。
狼王と光の翼によって上乗せされた超加速。装甲に包まれた両脚が、更に紅蓮の炎に包まれる。
「【UNLOCK!】これで決めるよ。」
――【プロミネンス・ブレイク】
隼の蹴撃の如き蹴りが、ドロッサス・タウラスの身体に突き刺さり。
「が……ッは!!しかし、我は、我はまだ倒れてはおらん……まだ、倒れはせん!!……ッ!?」
怪人は、斃れない。斃れないが、息を呑み。終わりを悟った。
燃え上がる両脚を突き立てたまま、上半身を起こし。キーの装填を終え、マグナドライバーの銃口を突き付けているマグナファルコンの姿が、否応なしに目に映ったからだ。
「いいや、これで終わりだよ……【Final Break!!】」
――【|FB《ファイナルブレイク》・ファルコンキャノン】
銃口よりゼロ距離でドロッサス・タウラスの身に突き刺さるのは、二羽の隼。
この√能力は、敵の体力が3割以下という条件が整っていなければ、微弱なダメージを与える事しか叶わない。
しかし、条件が整っていたならば。それは必殺の効果を発揮する。
「ふふ、ははははは!!我は、侮りを捨てていた!!それでいて尚、汝らは我を越えるか!!ジェミニの審判に、恐るべき手合いが加わったものだ!!」
ゾーク十二神が1人、ドロッサス・タウラスは、√能力者たちの強さを讃え、呵々と大笑すると。
その身から溢れ出す光に包まれ。マグナファルコンを巻き込み、爆破四散した。
至近距離の爆風に揉まれ、装甲も弾け飛んだマグナファルコンが、受け身もままならないままアスファルトの上を転がってゆく。
「これくらい捨て身の一撃でないと、本気のお前を倒せるとは思ってなかったよ。」
白い肌に擦り傷を作り、よろめき、立ち上がりながら。
ファルコンアーマーをパージして、元の華奢な少女の姿に戻ったレオナは一言、呟くのであった。
●エピローグ
「あれ、私……?」
全てが終わり、√能力者たちが見守る中。シデレウスカードの所有者であった女性は眼を覚ました。
目立った外傷もなく、『忘れようとする力』が働いたのだろうか、事件の前後の事は、微かにしか覚えていないようであるが。
√能力者に救われるという幸運に恵まれた彼女は、平穏な幸運と不運が織り交ざった日常に帰ってゆくことであろう。
そして、レオナの手に納まったカード、『射手座』と『英雄・ナジェージダ・ドゥーロワ』の2枚のシデレウスカードが、今後どのような事件に繋がってゆくのであろうか。
『|最強の騎兵団《コサック》』に憧れ、将校にまで上り詰めた『英雄』の、『危機からの回避』の幸運。
そのカードの御利益が、自ら危険に立ち向かう√能力者の身に及ぶことはあるのであろうか。それは定かではない。