そのメイドの名は
●いいえ、他人です。
秋葉原に存在する、とあるコンセプトを掲げたメイド喫茶内。
復活を遂げた羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』は、『アマランス・フェーリー』という名のメイドとして、訪れるお客様への給仕に勤しんでいた。
訪れた客が、この店のNo1である『アマランス・フェーリー』を呼ぶ。
「アマランス・フューリーちゃん! こっちに注文を取りに来てよ!」
「私の名はアマランス・フューリーではなく、アマランス・フェーリーだ。私に注文を取って欲しいならば、惨めに泣き喚き|希え《こいねがえ》。この下郎が」
名前を訂正して、アマランスはお客様を汚物でも見るかのような視線で見て、吐き捨てながらも注文をとる。そこに更に、人気者であるアマランスに声がかかる。
「フューリーちゃん! オムライスにハートマーク書いてよ!」
「フェーリーだ。間違えるな。貴様の口に、ケチャップの代わりに練り|山葵《わさび》を丸ごとねじ込んでやろうか」
あくまでも、此処に居るのは羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』ではなく、メイドの『アマランス・フェーリー』だと訂正するためにテーブルへと向かう。そして今度は、そのお客様をまるで養豚場の豚を見るような冷えた視線で見ながら、『死ね』の文字をテーブルに置かれたオムライス上に書いてみせた。元々の性格がそうであったためか、その振る舞いにはそつがない。
そう。
ここは様々な『属性』を持ったメイド達が働く、少し特殊なメイド喫茶なのだ。
だが、ルールは至ってシンプルである。
それぞれのメイドには、各自が反応する呼び名があり、何か注文する際には、その呼び方で各々の好みのメイドを呼ぶ事が出来るのだ。
そして、ここでの『アマランス・フューリー』の呼び名は、そのままの名前となっている。実は、面接の際、咄嗟に変わった名前が思い浮かばず、僅かに変えただけの偽名『アマランス・フェーリー』と名乗った際に、|少し間違った名前《・・・・・・・・》で呼ばれることで、その『属性』を崩す事無くお客様に反応を返せるはずだと偽名をいじられてしまったのだ。その名がなんと、元の名である『アマランス・フューリー』である。
そして、また『誤った』名で呼ばれ、ピクリと眉をひくつかせながらも、メイドの『フェーリー』として名前を訂正しつつ、返事をして呼ばれたテーブルへと向かう。
アマランス・フューリーのメイドとしてのコンセプト――属性は、『無愛想ドS』である。
●
「黒歴史の傷が疼くッス……」
|伽藍堂・空之助《がらんどう・からのすけ》(骨董屋「がらんどう」店主・h02416)は胸を押さえながら、息も絶え絶えでそう呟いた。
「なんか、復活を遂げた羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』が、『アマランス・フェーリー』と名乗ってメイド喫茶で働いてるみたいッス。なんでも、復活したのが秋葉原で、力を取り戻すために、一般人の集客力が高く、効率が良く襲える場所として目を付けたのが、たまたま目についたメイド喫茶だったらしく」
馬鹿っぽい依頼内容に反して、意外とちゃんとした理由があった事に驚く√能力者達。
そして、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』は、自身の警戒が緩んだ一般人に対して、店内で禁止されている個人間でのやり取りを匂わせては連絡を取って、人気の無い秘密の場所に誘い込み、凶行に至っているという。
「まずは、そのメイド喫茶への侵入することが必要です。女性と男性によっては別れる形になるッスね。女性は、『自身の属性』……例えば『妹』とか?でしょうか。『呼び方』は自分の名前を元に決めれば、問題無くメイドとして入り込めるかと。男性は、基本的にお客様として訪れる形になるでしょうか。美麗な方であれば『女装男子』とか、幼い感じなら『男の娘』?とかの属性でメイドとして入り込めるかも知れませんが……。その際も自分が反応する『呼び方』も考えておいてくださいよ」
一般人男性の客として潜入して、『アマランス・フューリー』の情報を手に入れるならば、偽名である『アマランス・フェーリー』を目当てに通っている詳しい客に話を聞く必要がある。或いは、自分自身がアマランスに目を付けられるように、敢えてアマランスを本名で呼んで、怒らせることで接客させるか。
そして、メイドとして潜り込めば、他のメイドや、一般の客から個人間のやり取りに関する情報を聞くことが出来るだろう。
「最終目標は、勿論、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』の討伐です。ちなみに、彼女は店内では『アマランス・フェーリー』で通ってるッス。だから、裏の話を聞く時は、偽名である『フェーリー』として聞かなければ詳しくは教えてくれないでしょう。そう呼ばなければ、店内のアマランスしか知らない、距離が遠い人間として見られますから」
そういう線引きが出来ていない人間が、オタクの輪に入れない。絶対に。
そう言って、キリッとした表情で締めて皆を見送る空之助だったが、その笑顔は滅茶苦茶胡散臭かった。
第1章 冒険 『事件を暴け』

●ボクがママになるんだよぉ!
|十・十《くのつぎ・もげき》(学校の怪談のなりそこない・h03158)は、装飾が凝った可愛らしいメイド服に袖を通せたことにより、上機嫌だった。
メイドになるために作られたような√能力『|超奉仕状態《スーパーメイドモード》』を使用した上に、野生の勘を活用してお客様の望みを先読みしつつ、訪れた一般男性客に愛嬌を振りまく。
その姿に、この店にくる訳なのだから当然メイド好きの一般男性客はメロメロになっていた。
「くーちゃん、注文いいかなぁ?」
「お任せでごぜーますよー♪」
クルリと回転しながら、呼んだ男性客のテーブルまでやってくる。
「こここここ、この『お耳のお掃除サービス(全部盛り)』って言うのは……!」
誤字を疑うレベルに、『こ』を連呼しながら、メニュー表に新たに付け加えられた『くーちゃん専用メニュー』の内容について質問してきた。ちなみに、鼻息は凄く荒い。
「ボクが、この『使い始めたばかりの奉仕道具』から耳かき、ハンカチを取り出して、お耳のお掃除、お手製のお菓子を食べて汚れたお口をふきふきしちゃうでごぜーますよー♪」
その言葉に、声をかけてきた男性客が『ガタッ』と腰を浮かして膝をテーブルの裏に思いっきりぶつけた後、動きを止めた。
まさかの、想像した後の立ち往生である。
さすがに、このままでは話を聞くどころではない。
十は、硬直した男をテーブル席の奧へと押し込む。そして、手前の席に座って硬直したままの男性客を横にして、頭を自身の膝上に乗せると、全身全霊のご奉仕耳掃除を敢行する。
至福の時を与える事で、『ショタママ属性』というコンセプトを最大限に押し出し、その精神すらも蕩けさせることで、容易く話を聞き出そうというのだ……!
そして十は、そっと男性客の耳元で慈愛に満ちた声で囁く。
「ほ~ら♪ ボクのお手製お菓子もあるでごぜーますよー♪ だ・か・ら――」
――ボクが聞きたいこと教えて欲しいでごぜーますよぉ♪
その言葉に、膝上で耳かきを受けていた男性客は身体の向きを仰向けに変えると、母親の膝上で安心に満ちあふれているような表情で十を見上げた。
我、尋問ニ成功セリ。
男性客の、その曇りのない|眼《まなこ》に、十は己の作戦の成功を確信する。
そして、男性客は口を開いた。
「ばぶぅ」
「Oh……」
十は、思わずキャラを忘れた言葉を零して、天(店の天井)を見上げるのであった。
●キャットファイト!
アーニャ・ヴァルキリーと名乗り、『ツン系メイド』としてメイド喫茶に潜入したアーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの竜人格闘者・h02334)は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』を倒さねばならぬと決意していた。
事の始まりは、新人として顔合わせした時に遡る。
自分が相対した限りでは自信満々だったアマランス。そのくせに負けて、今ではせっせとこのような場所で精を出している。
その姿を見て、ついつい見えなくしている尻尾でちょっかいをかけてしまった。短い悲鳴と共に、その場で転んだ『フェーリー』に対して、『ドジっ子メイドに鞍替え~?』と煽ってやったのだ。
それがいけなかった。
尻尾を見えなくできているのは、あくまで一般人に対してのみである。
つまりは、一般人には見えなくしていようが『アマランス・フューリー』には見えていた。そして、お返しと言わんばかりに、『ツン』状態で接客していたアーシャの背後を通り過ぎる際に、その尻尾を思いっきり握ったのだ。
その瞬間。
思わず『きゃっ!?』という声を上げてしまった。
その『ツン』らしからぬ声に、接客を受けていた男性客は勿論、周囲に居て、その悲鳴を聞いた男性客達は座っていた席から腰を浮かして色めき立った。
自分がデレるのは義妹のサーシャだけであり、他人にはデレないと豪語するアーシャが、ふいに漏らした可愛らしい悲鳴。それは『ツン』しか見せていなかった男性客にとっては効果は抜群だった。
そして二人は、ついにはお客様の前であることも忘れて煽り煽られを繰り返してしまっている。だが、誰もそれを不快には思わなかった。
基本的に『ツン』対応であるはずの二人が、お互いを煽り合う姿でしか摂取出来ない栄養素があるのだと、男性客達は静かに二人の様子を見守り始める。
「ちょっと! アンタはあっちのうざったいお客の相手でもしておきなさいよ!?」
「貴様こそ下がれ。貴様をデレさせるためだけに、義妹の話を延々と聞かされる哀れな豚の身にもなってみろ」
ギリギリと至近距離で睨み合うアーシャにアマランス。
言い合っている内容はあれだが、接客されている男性客は悪い気はしなかった。なぜなら『ツン』である二人が、自分を取り合って言い争っているというシチュエーションへの脳内変換を当然のように終えていたためである。
「はっ! サーシャの可愛さを理解出来ないから、そんな無様な格好する羽目になっているのよ!」
アーシャが、大事な義妹を貶すような発言をしたアマランスに、本来の目的を忘れ、更なる暴言を吐けば――。
「ふっ、そういう貴様こそ。義妹で釣られているにも気づかず、嬉々として話し込む姿は、滑稽を通り越えて、いっそ哀れに思えるぞ」
――アマランスが負けじと、一般人を誘き出すという作戦も忘れて言い返す。
言い争う二人が立つテーブル席に座り、未だに注文すら聞いてもらっていない男性客は、二人がそれぞれに持ってきたコップに入った水を飲みながら、悟りを開いたような、清々しい表情を浮かべていた。
永遠ってあるんだなぁ、と思いながら。
●その男、戦場帰りにつき
とあるメイド喫茶の前に、その男は立っていた。
そして、意を決して店内への潜入を試みるため、扉に手をかける。
「邪魔するぞ」
「お客様、いらっしゃいま――帰れ」
出迎えた、無愛想に接客している羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』が、扉を開けたWZを見て、即座に店の扉を閉めた。
残念!
ウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)の冒険は終了してしまった!
という訳には当然いかない。
だが、WZに騎乗したままでメイド喫茶に入れる訳もないのだ。
しかし、その理由を察することが出来ず、ウルトは侵入捜査を遂行するために、再度店の扉を開く。
「邪魔――」
「――帰れ」
待ち構えていたアマランスによって、再び店の扉は閉められてしまう。
今度は、台詞すら途中で遮られてしまった。
『何故だ。何度か殴り合った仲だが、こちらはWZに乗っている。フューリーにはわからないはずだ』
メイド喫茶の店先に、呆然と立ち尽くすWZ――改めウルトが、ブツブツと潜入に失敗した原因を考察する。
戦闘機械群の姿には慣れている『√ウォーゾーン』の人類だが、|メイド喫茶は《こちとら》、そういった殺伐とした世界においての癒し空間なのだ。そんな物騒なものに乗り込んでいる危険人物を入れるわけにはいかないのは当然の決断である。
だが、店先で真面目に自身の入店拒否理由について悩み続けるウルトの姿を見て、可哀想に思ったのか。他のメイドが出て来て、ウルトにWZから降りて生身でのご入店をお願いするのであった。
そして、無事?に店へと侵入したウルトは、アマランスの仕事っぷりを注視していた。ちなみに、その注視っぷりはアマランスを苛立たせる事には成功している。
そして、スッと片手を綺麗に上げて、挙手するとウルトはアマランスを呼ぶために名を口にした。
「フューリー。|注文《オーダー》だ。オムライスを要求する」
「……フェーリーだ。オムライスだな。黙って、座って、待て」
あからさまに、相手をするのが面倒だといった様子で、アマランスは最低限の言葉のみを告げて、注文をとってさっさと去ってしまったではないか。
『何故だ、聞いていた話とは違うぞ。熱意ある教官が、新兵に対して行う|通過儀礼《罵詈雑言》があると聞き及んだのだが……』
その行為が行われなかった原因について、ウルトは暫く悩んでみるが答えが出なかった。
しかし、これはチャンスだ。
アマランスは、今、己が出した|注文《オーダー》を通しに厨房へと向かっており、この場には居ない。ならば、その時間を利用して、近くにいる客への尋問を実施出来る。
そう思い立ち、ウルトは近くにある一般人が座っているテーブル席の前まで歩を進めた。そして、突然目の前で立ち止まったウルトに訝しがる一般人の前で、ウルトは自身の√能力『|欠落の誘い《ヴァイスオーダー》』を発動させた。
瞬間。
|世界《店内》は青き光に満ちる。
訝しんでいた一般人は勿論、周囲に居たノリの良い客達が『目がぁ~目がぁ~』と叫びだした。
その光景に、ウルトは冷や汗を垂れ流す。このような騒ぎになってしまえば、アマランスの耳にも届くはずだ。事実、アマランスが慌てた様子で厨房から戻り、額に青筋を立てながら、その手に持ったオムライスを片手に持ってウルトの顔面に向けて振りかぶっているではないか。
「……無念だ」
その姿を見たウルトは己の失策を悟り、諦めて素直にアマランスが放り投げたオムライスを顔面で受け止めるのであった。
●その男、戦場帰りにつき
とあるメイド喫茶の前に、その男は立っていた。
そして、意を決して店内への潜入を試みるため、扉に手をかける。
「邪魔するぞ」
「お客様、いらっしゃいま――帰れ」
出迎えた、無愛想に接客している羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』が、扉を開けたWZを見て、即座に店の扉を閉めた。
残念!
ウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)の冒険は終了してしまった!
という訳には当然いかない。
だが、WZに騎乗したままでメイド喫茶に入れる訳もないのだ。
しかし、その理由を察することが出来ず、ウルトは侵入捜査を遂行するために、再度店の扉を開く。
「邪魔――」
「――帰れ」
待ち構えていたアマランスによって、再び店の扉は閉められてしまう。
今度は、台詞すら途中で遮られてしまった。
『何故だ。何度か殴り合った仲だが、こちらはWZに乗っている。フューリーにはわからないはずだ』
メイド喫茶の店先に、呆然と立ち尽くすWZ――改めウルトが、ブツブツと潜入に失敗した原因を考察する。
戦闘機械群の姿には慣れている『√ウォーゾーン』の人類だが、メイド喫茶はこちとら、そういった殺伐とした世界においての癒し空間なのだ。そんな物騒なものに乗り込んでいる危険人物を入れるわけにはいかないのは当然の決断である。
だが、店先で真面目に自身の入店拒否理由について悩み続けるウルトの姿を見て、可哀想に思ったのか。他のメイドが出て来て、ウルトにWZから降りて生身でのご入店をお願いするのであった。
そして、無事?に店へと侵入したウルトは、アマランスの仕事っぷりを注視していた。ちなみに、その注視っぷりはアマランスを苛立たせる事には成功している。
そして、スッと片手を綺麗に上げて、挙手するとウルトはアマランスを呼ぶために名を口にした。
「フューリー。注文オーダーだ。オムライスを要求する」
「……フェーリーだ。オムライスだな。黙って、座って、待て」
あからさまに、相手をするのが面倒だといった様子で、アマランスは最低限の言葉のみを告げて、注文をとってさっさと去ってしまったではないか。
『何故だ、聞いていた話とは違うぞ。熱意ある教官が、新兵に対して行う通過儀礼罵詈雑言があると聞き及んだのだが……』
その行為が行われなかった原因について、ウルトは暫く悩んでみるが答えが出なかった。
しかし、これはチャンスだ。
アマランスは、今、己が出した注文オーダーを通しに厨房へと向かっており、この場には居ない。ならば、その時間を利用して、近くにいる客への尋問を実施出来る。
そう思い立ち、ウルトは近くにある一般人が座っているテーブル席の前まで歩を進めた。そして、突然目の前で立ち止まったウルトに訝しがる一般人の前で、ウルトは自身の√能力『欠落の誘いヴァイスオーダー』を発動させた。
瞬間。
世界店内は青き光に満ちる。
訝しんでいた一般人は勿論、周囲に居たノリの良い客達が『目がぁ~目がぁ~』と叫びだした。
その光景に、ウルトは冷や汗を垂れ流す。このような騒ぎになってしまえば、アマランスの耳にも届くはずだ。事実、アマランスが慌てた様子で厨房から戻り、額に青筋を立てながら、その手に持ったオムライスを片手に持ってウルトの顔面に向けて振りかぶっているではないか。
「……無念だ」
その姿を見たウルトは己の失策を悟り、諦めて素直にアマランスが放り投げたオムライスを顔面で受け止めるのであった。
●進撃のシア
メイド喫茶。
それは訪れた人々に癒しを提供する場の名称である。
様々な、個性的な属性を持ったメイド達の手によって、その癒しは極上のものへと昇華されていた――はずだった。
しかし、今。この場に居合わせた一般客は頬を伝う汗を拭う事も忘れ、極度の緊張感に包まれた店内にいる。
その原因となったメイドの名は、シア。
天然メイドのシアと名乗った、シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)その人である。
最初は良かったのだ。
左腕の包帯の痛々しさを見せながらも、そんなに天然ではないと笑うシンシア。その姿は美人薄命といった雰囲気を醸しだし、その美しい礼儀作法も相まって人気を獲得することに成功する。
そして、『そんなに天然ではない』という割には、ドジをする姿は愛嬌もあったのだ、|最初は《・・・》。
「このクリームソーダを、あちらのご主人様にですね。了解です、行ってきま……あああっ!?」
クリームソーダを届ける際に、手を滑らせて落としてしまうシンシア。
「た、大変失礼しました。すぐ片付けます!」
慌てながら、砕けたグラスの破片を片付ける。その姿を見て、『素手で触ると危ないよ』と笑う周囲のお客様に、シンシアは微笑み返す。
それだけ見れば、ドジっ子天然メイドである。
滑らせたクリームソーダを乗せていたトレーが、窓際の一角にあるカウンター席で談笑していた客の頬を掠めて、窓に突き刺さってさえいなければ。
そして、その日、訪れた男性客は思い出したのだ。
シンシアの|ドジ《殺意》という名の恐怖を。
コツリ、と。シンシアがフロアを歩く音が響き、客達の中で緊張が走った。
全員が視線だけを動かして、即座にシンシアが手にしている|商品《凶器》を確認する。
手にしていたのはフォークが供えられたパンケーキだった。
畜生! 誰だ!? あんな|商品《凶器》を用意させたのは!
動けるならば、全員が立ち上がり、注文者に殴りかかっていただろう。
フォークは駄目だろう、と。トレーで窓が突き刺さったのだ。ならば、そもそも刺すためにあるフォークは、命に関わる問題である。
『総員、戦闘態勢!』
『俺は、俺は……! 生きて故郷に帰るんだ……!』
『きっと、ついさっき入ってきたばかりの、この状況を知らない|新兵《一般客》が注文しやがったんだ。馬鹿野郎がッ!』
|シンシアの存在を認知している客《先輩兵士》達が、視線だけで会話を交わす。
だが、その客達の心配を他所に、シンシアが何事もなく無事に注文者のテーブルにパンケーキを運び終えた。
「ありがと! シアちゃん!」
それが、どれだけ薄氷の上に成り立った奇跡かを知らず、無邪気に喜ぶ|新兵《一般客》の姿に、ほっと胸を撫で下ろして|シンシアの存在を認知している客《先輩兵士》達が自分のテーブルへと視線を戻した――その瞬間。
「あっ!」
そんな、シンシアの短い声が響く。
己が危機的状況になる事を、即座に察した者達の動きは的確だった。
ある者達は、注文した商品をひっくり返し、その商品を乗せていた小さなトレーで急所を守り。
ある者達は、自身の前にあるテーブルの端を一斉に踏み抜いて倒すことで、防壁とする。
「フォーク渡し忘れちゃってました。どうぞ!」
「ありがと、シアちゃん」
そんな状況が背後で出来上がっている事も知らずに、トレーに残っていたフォークを客に手渡し、シンシアは久しぶりにドジらなかった事にご満悦といった表情で浮かべて振り返ると、そこには驚くべき光景が目に入ってきた。
動かせるテーブルは倒され、床に散乱する商品や食器。
カウンター席でも、カウンターテーブルの上にも商品が倒され、悲惨な状態になってしまっているではないか。
「もう。皆さんも結構ドジなんですね」
クスクスと上品に笑い、そう言ってルンルン気分で掃除道具を取りに行くシンシアの後ろ姿を眺める。
パンケーキを満足げに口に運ぶ新兵を他所に、先輩兵士達は互いの無事を喜び、涙を流しながら互いの健闘を讃え合う。
その一連の流れを、離れた場所で見ていたアマランスは呟いた。
「……なんだこれ」
●そして、彼は考えるの止めた
「な、なるほど……。ここがそのメイド喫茶?というお店なんだな」
とりあえず、一般人が狙われているならば止めなければいけない。
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)にとって、メイドカフェという存在は未知の領域だ。一般客を装って潜入し、情報を集めることにしたものの、勝手がよくわからないでいた。
そもそも、『属性』というのはなんなのだ。雷とか炎とかそういうものなのだろうか。分からぬまま、案内されたテーブルに座ってどうしたものかと悩んでいると、そんなクラウスに優しそうな笑顔を浮かべたメイドが歩み寄ってきてくれた。
とりあえず、優しそうな属性のメイドさんを選んで接客してもらおうと思っていたクラウスからすれば、渡りに船だ。
そして、そのメイドは優しい笑顔を浮かべたまま、クラウスの対面のソファーに座ると語りかけてくる。
「フフ……へただなぁ、お兄さん。へたっぴさ……! 欲望の解放のさせ方がへた……」
「は?」
なんか、急に顎が尖ったような人がたくさんいる世界線のような事を言い出した。
当然、突然そんな事を言われたクラウスは困惑するしかない。優しそうな笑顔を浮かべているのに、妙に雰囲気があるメイドは言葉を続ける。
「お兄さんが本当に欲しいのは……こっち。これをお店のレンジでチンして……ホッカホッカにしてさ……。冷えたジュースで|飲《や》りたい……! だろ……?」
メニュー表を開いて、その中で一番高いメニュー『特製オムライス』を指差す。
『指を差されたメニューには『メイドお手製』と書いてあるんだけど……。今、普通にレンチンするメニューだとバラしたような気がする。でも、チンするのがメイドさんってことなら『お手製』ってことで合ってるのかな……』
クラウスは、すでに目の前にいる『博徒打ち』属性のメイドの異様な雰囲気に飲まれてしまっており、訳の分からない思考に陥ってしまっていた。真面目な性格のクラウスには、きっとメイド喫茶は早過ぎたのだ。
それでも、仲良くなれば話を聞くことも出来るだろうと、クラウスは言われるがまま、オプションも積極的につけていく。
そして、満足げに注文を取り終えたメイドが、数分でオムライスを持ってきた。どうやらレンチンを隠す気はないらしい。そのまま、メイドは再び対面に座ると、テーブルに置かれたオムライスに文字を書いていく。
『ホカホカ焼き鳥(はーと)』
オムライスとは一体。
宇宙猫化するクラウス。すでにもう理解の範疇を超えていた。世界がぐにゃりと歪んだ気さえする。
ところがどっこい……!
これが現実……!
だが、めげずにクラウスは口を開いた。
「あ、あのさ。『フェーリー』って子。お客さんと個人的なやりとりをしてるって聞いたんだけど。何か知ってる?」
その問いかけに、笑顔だったメイドの表情が悔しげに歪む。
「ふ、ふざけるなよ……! 今ここでっ……! それを口にしたら、戦争だろうがっ……!」
「ぇ」
なんだこの子、情緒不安定なのか。
クラウスは戸惑うことしか出来ない。ただ、メイドの言い方はあれだが、この状況で他のメイドの名前を出す事は確かに拙い行為なのだ。
メイドの彼女からすれば、接客した自身に対しての大量のオプション追加。気があるアピールしておいて、それらはお目当ての別のメイドの情報を聞き出すための手段だった。つまりは、自分は言いようにダシにされてしまったのだから、恨み節の一言でも言いたくなるのが心情というものである。
「ああいや、ちょっとした知り合いでね……」
悪気のないクラウスの言葉が、更なる追い打ちをかける。
これはあれか。痴情のもちれというものか。そういうものに、無関係の自分が巻き込まれただけなのかと、メイドは怒りを露わにして席を立つ。
「灼かれろっ……! 地獄の底で……!」
ひとり取り残されるクラウスは、もう考える事を諦め、オムライスを口にする。
最近の冷凍食品は美味いものだと、無駄に大きいグラスに入ったジュースを飲みながら、無心で食べ終えて、店を後にした。
ちなみに。
店を出たクラウスは、店の周囲に揺蕩っていたインビジブル達に、√能力である『|穏やかな対話《オダヤカナタイワ》』によって情報を聞き出すことに成功した。
第2章 集団戦 『狂信者達』

●断章
夜の帳が下りる頃、メイド喫茶の営業時間も終わる。
本日も『アマランス・フェーリー』としてのお勤めを終えた、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』が、とある廃工場内へと入っていく。
そこでは――。
「「「アマランス・フェーリーちゃん、万歳!」」」
無愛想ドSメイド『アマランス・フェーリー』を信奉する者達が集まり、奇声を上げていた。
今日も元気に叫ぶ集団に、アマランスは頭を抱える。
最初は、無駄に自身の力を消費する必要が無いようにするためのものだった。店から誘い出した数人を、手足となって働く怪異へと変化させたのだ。
そう。|数人《・・》である。
「なんという数の変態共……」
この荒廃した現代社会において、ここまで『変態化』する愚者が居ようとは。
確かに変態は、全人類が発病しうる不治の病。
しかしその発病条件は『『紳士』を名乗っておきながら、アマランスが羅紗を纏い、普段の服装へと着替える事で見えた生足で踏んで罵って欲しいと純粋に願う心』。人類の進化が止まり、人心の荒廃した現代において、変態は根絶されたと思っていたのだが。
何処か既視感を抱かせる考察台詞を、微妙に違う言葉に変えて頭の中に思い浮かべるアマランス。
『怪異へと変態を果たした変態が、他の変態も怪異へと変態させた』
文字にすれば『変態』という文字が踊り狂い、ゲシュタルト崩壊してしまっている。すでに彼らは命令が無くとも、アマランスが誘き寄せた一般人がこの地に訪れると、その嫉妬心に駆られて襲いかかっていく。そのくせ、勝手に『アマランス・フェーリー』への信奉しそうな|メイド喫茶の客《変態》に声をかけて人数を増やす。
なんだこれは。無限増殖バグか何かなのか?
早くデバッグ班を呼んで修正させろ。どうなっても知らんぞ。
人目がつかず、人気も無い場所にある廃工場内。
夜になって、変態が毎日集会を開いて騒ごうが誰にも気づかれていない。
それはつまり、誰かが気づいて、この騒動を鎮圧しない限り、アマランスの頭痛の種は増殖し続ける事になるのだ。
「「「お疲れ様です! アマランス・フェーリー様!」」」
メイド服から普段の服装へと着替えて帰宅したアマランス・フューリーに気づき、その場にいた変態が編隊を組んで一斉に頭を下げてきた。
「あ、ああ。残念ながら今日は誰も呼んでなどいない。だから――」
「「「では、今日は0時まで崇め奉って解散ですね! 了解です!」」」
―解散しろ。
そう言おうとしたアマランスの言葉は遮られた上に、この集会の続投を報告されてしまった。
「……そうか。では、私は奧で休む」
早く羅紗の魔術塔に帰りたい。
そう強く思い、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』は変態の声が極力聞こえないように、奧へと姿を消すのであった。
「やだなぁ……」
廃工場の天井にある、朽ち果てて出来た隙間から覗き見る事が出来た変態集団にアーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの竜人格闘者・h02334)は率直な言葉を零した。
今から、あの集団の中に割って入っていかなければいけないのかと思うと、背筋が寒くなる。
それでも、捨て置くわけにもいかないわけで。
アーシャは諦め、声高々に宣言する。
「聞け変態どもっ! 変態集合罪でぶっ飛ばすっ! 反論は聞かないわ。お前らはもう世間的に死んでいるっ!」
跳躍し、天井の一部を貫通して破壊することで、自身の√能力を行使するための条件を満たし、着地して大爆発を起こそうとした――のだが。
「はっ!? 貴様は、本日から新たに入っていた『ツン』系メイド、『アーニャ・ヴァルキリー』氏ではござらんかっ!?」
「なにぃ!? 我が至高にして頂点である『アマランス・フェーリー』ちゃんと言い争う事で、疑似モテ期を演出してみせたという!?」
落下途中にもかかわらず、アーシャはすでに帰りたくなってきた。
だが、自由落下中であり、スピードに乗った今ではそれも難しい。ならば、この一撃を以て周囲にいる『狂信者』という名の変態を吹き飛ばすのみである。
しかし、その程度の事で恐れをなす変態では無かった。
「「「ならばっ! 我らがする事はただ一つ!」」」
変態全員が綺麗に編隊を組み、アーシャの着地点と思われる周辺地点で仰向けの姿勢で地面へと寝転がったのだ!
「おいっ! 誰が踏まれても、恨みっこ無しだぞ!?」
「この角度から見える景色こそ、我が|理想郷《アヴァロン》。誰にも譲らんぞっ……!」
「ご褒美です。本当にありがとうございました」
アーシャが理解したくない言葉を発しながら、アーシャの着弾を待つ変態の姿が、そこにはあった。
「い、いやぁーーーーーー!?」
顔を青ざめさせながら叫ぶアーシャが、重力に抗うことは出来ずに寝転がって待機していた変態の頭を踏み抜き、大爆発を起こす。
爆風と共に吹き飛ばされる変態達。
爆心地に比較的近かった者達は、着弾の寸前までアーシャをローアングル視点で眺められた事にご満悦な様子である。誰も、直接頭を踏み抜かれて死亡した仲間のことや、その爆心地に極めて近かったため爆発に巻き込まれて死亡した仲間達の心配などしていない。
人数が増えれば、ご褒美が減ると考えた変態達は、当然、人数が増えてしまう『狂信の旗印』なんてものは使用するわけもなく、次のご褒美を待って、アーシャを囲うように地面へと正座して待機している。
普段、敵に囲まれていようが恐怖など感じる事は無かったアーシャだったが、さすがにこれには恐怖した。それはそうだ。攻撃をご褒美と呼んで、正座で待機する敵が何処にいるというのか。まあ、此処に居たわけだが。
正座する変態共の中心で、うろたえるアーシャ。
そんなアーシャの態度に、変態の1人が得心したかのように手を叩くと、アーシャへと声をかけた。
「あ。やっぱり、全裸待機の方がよか――」
「――に、人数は減らせたようねっ!」
変態の一人が言い終わるよりも先に、アーシャは言葉を遮った。周囲の変態が、『全裸』のあたりから意味を理解して、ワイワイと楽しげに服を脱ぎ始めている事に気づいたのだ。
そこでアーシャは、変態共が服を脱ぎ終わる前に目の前に座る変態を蹴り飛ばし、大声で叫んだ。
「アタシは一旦引かせてもらうわっ!」
アーシャ、全身全霊の戦略的撤退であった。
|十・十《くのつぎ・もげき》(学校の怪談のなりそこない・h03158)が、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』が根城にしているという廃工場を見上げる。
「とりあえず、『冥土服ではないメイド服』のまま『|超奉仕状態《スーパーメイドモード》』を起動してステータスを向上させて戦うでごぜーますな」
ここから先は、アマランスとその手先である『狂信者』達がいるのだ。油断すべきではない。
まずは、先制攻撃を野生の勘で察知した後、それに合わせて呪詛を込めた上段蹴りをカウンターを放つ。しっかりと呪詛を付与することで、戦闘を優位に進めていくことが出来るだろう。メイド服のスカートの中は、闇に紛れさせて見えなくしてしまえば問題無い。後は、隠密状態になった相手を呪詛で感知して、追撃の跳び蹴りをすれば良い。
敵の戦闘能力を加味した上で、戦闘開始から戦闘終了までを全てをイメージしてみせた十は、更にそのイメージを頭の中に叩き込む。そうすることで、いざという時にでも咄嗟に対応出来るようにしておく事こそが、戦闘で勝利することには重要なのだ。
深く深呼吸をして、気合いを入れる。
そして、いよいよ十が廃工場の真正面にあった大きい扉開け放つ――!
そこにいたのは。
全裸待機のために脱いだ服を、いそいそと着直している半裸の変態達だった。
「へ、変態でごぜーます! それも極めて特殊な変態でごぜーますよ!?」
そのあまりの光景に、十が思わず叫び声を上げる。
そしてそれは、先程まで頭の中で真面目に考えていた戦闘手段が一瞬にして消し飛んだ瞬間でもあった。
「き、貴様はっ!?」
メイド服を着こなす十の姿に、一人の『狂信者』――もとい変態が驚きの声を上げる。
「知っているのか!? 雷d……げふんげふん、会員ナンバー○○××!?」
「うむっ! 奴もまた今日現れた新進気鋭の一人。『ショタママ属性』という異質なジャンルを開拓した、確か名前は……『くーちゃん』だ!」
「「な、なんだってーー!?」」
変態共に衝撃、走るッ……!
そして、今まさに変態を討たんと飛びかかろうとしている十に向かい、手で制止しながら変態の一人が問いかけてきた。
「『ショタママ属性』。つまりは、貴様の性別は『男』という事か……?」
「え? そうでごぜーますよ」
恐る恐る尋ねてきた変態の問いに、十は頷きながら答える。
そして、もういいかと戦闘態勢をとる十に対して、変態達は真面目な雰囲気でタイムを要請してきた。なんか、鬼気迫る勢いだったため、十もそれを承諾する。
「あれは……我ら的にあり、なのか?」
「我らはあくまで『ツン』な女性に踏まれて罵って貰いたい紳士であれば。あれを『あり』と見るのは些か問題がある気も……」
「いや、しかし……。本人がそう言っているだけで、あえて性別不詳をアピールして、我らの精神を削るという新手のスタンドタイプかも知れませんぞ……」
変態が輪になって、なにやら議論している。
そこで、ふいに全員が十の姿を見てきたので、十は笑顔で手を振ってみせた。その姿に変態達は無言で頷き合う。
「では、ありということで。対戦お願いします」
変態達はスッと立ち上がり、キリッとした雰囲気で手を差し出してきた。
十は、その態度にニッコリと微笑み返すと、手を差し出してきた変態の顔面に、呪詛を目一杯溜め込んだ渾身の上段蹴りをお見舞いするのであった。
編隊を組んだ変態を、これ以上変態させないようにしなければならない。
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、自分でも何を言っているのか分からないが、とにかくそう決意した。
とりあえず、これから敵の本拠地へ侵入するのだから、『|紫電の弾丸《シデンノダンガン》』を発動させ、電撃鞭も準備した。ならば、後は突撃するのみである。
そして、クラウスが一歩廃工場に立ち入ると、その存在に気づいた『狂信者』改め変態達が、その怒りを露わにする。
「くっ!? フェーリーちゃんの後をつけて来た男が来たぞっ!」
「なにぃ!? 者共、出会えぃ出会えぃ!」
姿を見せたクラウスに対して、『自分達が信奉するフェーリーをつけまわした男』という不名誉な認識を抱く変態達。そういった来訪者はもれなく抹殺してきた変態達は、殺意を滾らせてクラウスを囲む。なんだかよく分からないが、ちゃんとした戦闘という流れになりそうになり、何故か安心感を抱くクラウス。
だが、そこで異端者が現れた。『男の娘属性』に脳を蝕まれた変態が、他の変態達を制して、前へ歩み出て皆に告げる。
「……メイド服を着せれば、コイツも『あり』かも知れない」
「なん……だと……!?」
驚愕に染まる変態達。
「??????」
宇宙猫化するクラウス。
「おい。その先は地獄だぞ」
変態の一人が、血迷った言葉を発した男の肩を掴み、これ以上進むことを制止する。
だが、その変態は歩みを止めなかった。一歩、また一歩とクラウスに向けて歩み出す。あのメイド喫茶のメイド服を握りしめて。
「確かに、始まりは憧れだった。だが、根底にあったものは願いだっただろう」
「……ッ!」
歩みを止めぬ変態の言葉に、他の変態達は何故か衝撃を受けた様子で、手にしていた武器を地面へと落とす。
「この|√汎神解剖機関《世界》という地獄を覆してほしいという願い。ただツンデレ女子に踏まれて罵られたかっただけなのに、結局、何もかも取りこぼした俺達の、果たせなかった願いだ」
クラウスとの距離を詰め、ついにはお互い近接武器の攻撃範囲内に入った。見守る変態達は、静かに涙を流している。
「…………」
クラウスは、突然始まった茶番に、『メイド喫茶といい、今のこの状況といい、世界は広いなぁ』と、しみじみ思いながら押し黙っていた。
こんなにも夢中になれるものがあるのは多分良いことなのだろう。ならば、自分もとりあえず場の空気に合わせようと、武器も電撃鞭に取り替えていた。真面目な性格故の、付き合いの良さが裏目に出てしまった結果である。
「それでも、俺は。変態を張り続け――あふん」
なにやら決意に満ちた台詞を語りながら、大きく武器を振りかぶった変態の姿に『戦闘が開始された』と判断したクラウスは、変態が台詞を言い終わる前に手にした電撃鞭を振るった。当然、圧勝である。
崩れ落ちる変態。
言葉を遮っての攻撃に、変態達から批難する視線がクラウスを襲う!
さすがにメイド服を着る気にはなれないが、なんだかいたたまれない。そうなると、先程語った内容の一部でも叶えようと、クラウスはおもむろに足を上げて、崩れ落ちた変態を踏みつける。
どうだろうかといった感じで、周囲の変態達に視線を送るクラウス。
その姿を見た変態達は、口を揃えてツッコミを入れた。
「「「いや、そういうことじゃない」」」
重なり合う世界、√(ルート)。
そして、その重なり合う異世界を幻視できる異端の存在が√能力者である。|この世界《√汎神解剖機関》でも様々な世界の√能力者が行き交うことで、重なり合った世界のひとつである『√ウォーゾーン』において存在する『鹵獲した敵の殺戮兵器を操る者達の姿』も、今この世界でも見慣れたものになりつつある。その姿を目撃した「普通の人」は心を守るために、徐々に慣れようとするのだ。
しかし、√世界が、一般人達が、訪れる別世界の住人の姿に慣れようとも、世界を渡る√能力者自身が世界……というか日常に馴染めない者だって、いる。
「貴様等は全員包囲されている。大人しく投降しろ」
その男の名は、ウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)。√能力『|混成第8旅団歩兵小隊《アサルト・ユニット》』によって展開された包囲網の中、必死に抵抗をみせる元一般人の『狂信者』という名の変態相手に、自身が持つウォーゾーンに搭乗した姿で投降を呼びかけていた。
「こいつがどうなっても知らんぞ」
突入と同時に、近くにいた変態を手にもった金属棍棒でぶん殴って昏倒させた後、その変態が懐に忍ばせていた、メイド服姿の『アマランス・フューリー』の写真を手に取り、着火させた状態のライターを近づける。
その瞬間、変態共から悲鳴が響き渡った。
「ちくしょう! やっぱりウォーゾーンなんか着て|我らの聖域《メイド喫茶》に踏み込もうとする鬼畜野郎だっ! 平然と卑劣な交渉を持ちかけてきやがる……!」
「我らが秘宝『フェーリーちゃん、チェキ写真』になんて真似を……!」
「やっぱり√ウォーゾーンなんかから来る野郎は信用ならねぇ……!」
√ウォーゾーンに対して、熱い風評被害が発生中である。
しかし、過酷な戦場に身を置くウルトからすれば、自身の行為は至極当たり前の交渉術なのだ。戦術的に効率を重視し、敵が一番重要視しているものであろう物品を以て、交渉を行う。ただそれだけである。
「仕方が無い、か……」
未だに敵は投降する気配を見せない。
ならば、と。ウルトは別のものによる交渉に移る。自身の懐から、おもむろに一枚の写真を取り出す。
「ば、馬鹿な……!? 我らの知らない写真だと……!?」
その写真に写った画像を、怪異となったことで強化された肉眼で確認して恐れおののく変態達。
ウルトが懐から取り出した写真。
そこには、メイド服を着こなす『アマランス・フェーリー』ではなく、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』としての姿が写し出されていたのだ。
変態達から言わせれば、オフショット写真、というものである。
その場にアマランスがいれば卒倒していたであろう、酷く低俗でありながらお互いに真面目な交渉が開始されるのであった……!
そして、その決着は3分で済んだ。
「俺の……負けだ」
「ききき貴様!? 抜け駆けして、あの写真を手に入れるつもりだな!?」
「なんと!? それは、許されざる行為でございますぞ!!」
他の変態達の言葉にも耳を貸さず、一人の変態が武器を捨て、ウルトへの降伏を申し出る。そして、ウルトから写真を手渡されると後生大事に懐へと仕舞い込むと、神妙な面持ちで手錠を回され、ロープで腰縄をつけられ、小隊員達に素直に連行されていく。
そして、その変態は連行中に立ち止まると、振り向いて他の変態達に今生の別れを告げる。
「俺もまた、『アマランス・フェーリー』ちゃんに踊らされただけの哀れな犠牲者に過ぎないって事さ……」
そう言って、廃工場の外へと姿を消していった。
直後、一発の銃声が響く。
ウルトは静かに目を瞑り、この過酷な状況の中であっても、勇敢な決断を下した変態の死に黙祷を捧げる。
最後の一撃は、せつなかった。
「ひ、ひぃ!?」
廃工場内へと入ってきた、シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)の姿を見た『狂信者』という名の変態達の一部から、短い悲鳴が響いた。
なにやら己を見た一部の変態が、腰を抜かして己への恐怖を体現しているようだが、シンシア自身には全く見覚えが無いためスルーする。
それよりも、この奧に羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』がいるというのなら、この変態達を突破する必要があった。思ったよりも数が多い変態に対して、シンシアは√能力である『|揺蕩分隊《タヨレルミナサマ》』によって、事前に招集しておいた12体のインビジブル達を前に出す。
睨み合う両者。決戦の刻は近いはずだったが、√能力者としての今のシンシアには、天然ドジっ子であった雰囲気は掻き消えていた。むしろ、こちらに厳しい視線を向けるシンシアの姿。
それはつまり――。
「我らは逃げも隠れもしない!」
「この奧に行きたいというならば、我らを倒してからにするが良い!」
「こいよ、シアっ……! 武器なんて捨てて拳でかかってこい……!」
「さぁ! 存分に俺達を嬲るが良い!」
待望のご褒美タイムへの確変が確定した瞬間である。
少しでも物理的距離を短くするため、武器を放り出す変態達。格好よく戦闘を開始せんと言い放つが、最後の一人は欲望を抑えきれなくなっていた。
『何故でしょう。倒さない方が彼女にダメージを与えられる気もしてきました』
シンシアは、その姿にドン引きである。
しかし、今のシンシアには頼もしき味方がいるのだ。『きっと、なんかこう……上手くやってくれるでしょう!』といった感じで、若干メイド喫茶でのポンコツっぷりが抜けきっていないシンシアが、待機させている12体のインビジブル達に、突撃を命令しようと手をかざす。
だが、インビジブル達は『我々には荷が重いです』って表情を見せる。さすがに、あの変態の相手をしたくないシンシアが、珍しく本当に困った様子で『どうにかして』と頼みこむ。しかし、暫しの押し問答の末、あろうことかインビジブル達はアスキーアートで見かける『お断りします』というポーズをとって、シンシアを煽り散らかし始めた。
まさかの反逆行為である。
しかし、考えてもみて欲しい。この場に現存する直近のインビジブル達は、アマランスに誘われた結果、この場で命を奪われた人々である。それはつまり、メイド喫茶に熱心に通い詰めた強者達である。この手の知識は、一般教養の範疇なのだ!
「あ、あなた達……!」
更には、それを見た変態達もインビジブル達に倣い、シンシアを煽り始める。
一致団結した変態達の姿に、苛立ちを隠せないシンシア。顔を伏せて、プルプルと身体を震わせて――。
「――してやります」
「は?」
シンシアが小さく呟いた言葉を、煽って楽しんでいた変態達は上手く聞き取れず、首を傾げる。
「この世から……一匹残らず……!」
「ひぃ!?」
即座に、変態達とインビジブル達が両手をあげてフルフルと頭を横に振って、シンシアに降参の意を示す。
だが、そんなことにシンシアは頓着しない。ゆっくりとした歩みの中、レイピアを引き抜き、ヒュンヒュンと空気を切り裂きながら近づいていく。
「駆逐してあげます……! この世から、一匹残らず……!」
そして、恐怖のあまり全員が土下座で謝罪している変態達とインビジブル達の前に立つと、シンシアは静かに問う。
「遺言はありますか?」
「「「ぴ、ぴえん」」」
その直後、廃工場内に変態達の断末魔が響き渡った。
第3章 ボス戦 『羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』』

●断章
「貴様等ッ! 何時だと思っている!」
あまりの騒がしさに、奧にいたはずの羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』が怒鳴り込んできた。
「うるさいにも程がある、ぞ……?」
アマランスが、目の前に広がる光景に目を丸くする。
てっきり変態共が騒いでいるかと思いきや、その変態共は力尽きて倒れ伏しているのだ。よもや、ついに興奮し過ぎて意識をぶっ飛ばしでもしたのかと訝しむが、数人の√能力者達が立ったまま、その変態を見下ろしているではないか。そこで始めて、アマランスは自身の拠点が√能力者達に襲われていることに気づく。
姿を見せた羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』に、なんとか頭を切り替えて警戒態勢をとる√能力者達。
そして、まさか一応自分の支配下にあった怪異が倒されたことが信じられないのか。アマランスがフラフラとした足取りで一番近くで息絶えた『狂信者』の生存を確認して、しっかりと死んでいる事を確認した後、小さくガッツポーズをとった。
だが、アマランスとしても、ここでラスボスっぽく立ち振るわなければ沽券に関わる。そのため、とりあえずこの変態共の死体の存在は無いことにして、話を前に進めることにした。
「初めてであろうな……。ここまで私をコケにしたおバカさん達は……」
話を進め始めたアマランスへの√能力者達の視線は生温かい。
ただ、なんだかんだ折檻されて満足げな死に顔を見せる変態達の姿を見ると、そうしたくなる気持ちは分からなくも無い。
しかし、本当に自分の存在に気づかれないとでも思っていたのだろうか。天使関連で短期間に倒され過ぎて、ポンコツ化が進んだりしているのか。それは誰にも分からない。
「命を賭せ。或いは、この身に届くかもしれんぞっ!」
とりあえず、それっぽい雰囲気を出して戦闘態勢に入る羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』。
こうして、最終決戦の火蓋は切られた――!
「闘力は53万でごぜーますか? というか変態の首領だとしたら、アマランスも変態と言う認識になるんでごぜーますがよろしいか」
「いいわけないだろう。このたわけがっ!」
|超奉仕状態《スーパーメイドモード》を発動させたままの|十・十《くのつぎ・もげき》(学校の怪談のなりそこない・h03158)の質問に、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』が吼えた。然もあらん。
アマランスが奴隷怪異「レムレース・アルブス」を召喚し、十に向かって「嘆きの光ラメントゥム」を発動させる。
「薙ぎ払えっ!」
召喚された奴隷怪異「レムレース・アルブス」が口を開き、わざわざそこから光を放出した。
その攻撃を、十は野生の勘で先読みして回避すると、レムレース・アルブスに急接近する。そして、そのまま喧嘩殺法で蹴り飛ばしていく。
アマランスの台詞が若干怪しいが、順調に通常戦闘が行われている。あわよくば、このまま押しきりたいところだが、それはアマランスが新たに召喚した「レムレース・アルブス」によって打ち消された。
融合を命じられた「レムレース・アルブス」が、十が蹴り放った『ありきたりな鬼火』を見事に回避して、眼前へと辿り着き、融合命令を無視して十を殴り飛ばした。
そして、吹き飛ばされた十に対して、格好良く言い放つ。
『――おまえ。もしかしてまだ自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?』
「おい。お前は一体何を言っているんだ」
レムレース・アルブスの言葉に、困惑するアマランス。
そもそも、厳密に言えば十は幽霊であり一度死んでいる。執念や未練によって、生前の姿そのままに強力なインビジブルと化した存在だ。更に加えると、お前って喋れたんかい、というツッコミもある。だが、こうした謎空間なのだ。そういうことだって、ある。
「取り消すでごぜーますよ……! 今の言葉……!」
無駄に強者感を出す「レムレース・アルブス」にイラッとした十が、その顎にシャイニングウィザードを叩き込み、お返しと言わんばかりに吹き飛ばす。そして、余裕ぶっているアマランスの懐に入ると、飢餓の呪詛を込めた浴びせ蹴りを放った。
アマランスが、その身に降りかかる十の蹴りを必死で防御する。しかし、魔術士である彼女はそもそも肉弾戦は不得手である。当然、何度も|いいもの《・・・・》を受けてしまい、トドメとばかりに振り抜かれた蹴りは、その頬を完全に捉えてアマランスは地面を滑っていき、その場で膝を着いた。
アマランスが、口の端から流れ出た血を己の手の甲で拭う。
「ふっ……やはり闘争とは力の解放。こうでなくてはな」
ようやく始まった真面目な戦闘に、アマランスは心を躍らせていた。
しかし、そこにレムレース・アルブスが口を挟む。
『――アマランス様。着地点にいた『狂信者』はまだ辛うじて生きていたようですが、着地の際に、とある生地が下から見えたことにより無事昇天したようです』
「説明しろ。今、私は冷静さを欠こうとしている」
アマランスが、レムレース・アルブスに問い詰める。
こうして、火蓋が切られたはずの最終決戦における『最後ぐらいは真面目にやろうという雰囲気』は、いきなり暗礁に乗り上げることになったのであった……!
「言われなくても、届かせてやるさ」
加速する戦闘と混沌の中、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は必死に抗っていた。
一応、最終決戦に相応しい言葉で雰囲気を出そうとするが、明らかに締まらない感じがする。だが、ここで己が挫けてしまえば、この場は混沌が支配してしまうだろう。それだけは避けなければならない。
決意を新たにしつつも、『とりあえず生で』みたいな緩い気持ちで決戦気象兵器「レイン」を機動させて、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』が呼び出した「知られざる古代の怪異」に狙いを定めるが、ふと疑問を抱いてしまう。
「俺達は、少し前にシリアスに戦ったばかりじゃなかっただろうか。それともあれは幻覚だったんだろうか、或いは今が幻覚なのか……」
そして、その疑問をつい口に出してしまった。
当然、その隙を見逃すはずもなく、「知られざる古代の怪異」が反論してくる。普段喋れるかどうかも分からない存在のくせに、こういう時だけは饒舌なのだ。
『一体いつから、ここがシリアスな戦場だと錯覚していた?』
「なん……だと……」
知られざる古代の怪異の台詞に、驚愕するクラウス。
「おいまて。話を聞け! ちょっとでも真面目に戻そうとしていた先程の意思を取り戻せ。悪魔にでも魂を売り払ったのか、貴様は!」
一瞬にしてギャグ空間に引きずり込まれるクラウスを、必死に真面目空間に繋ぎ止めようとするアマランス。ただ、残念なことにアマランスが理想としている雰囲気は、一生訪れそうにないが。
「悪魔か……。悪魔で、いいさ。悪魔らしいやり方で、話を聞かせてもらう」
「正気に戻れ! すでに随分と毒されているぞ、貴様!」
アマランスの言葉を無視し、クラウスが哀しげな表情を浮かべて光線を放つ。
その光線によって「知られざる古代の怪異」は身を焼かれながらも、一矢を報いるためにクラウスへと手を伸ばす。だが、その手がクラウスに届くことは無く、一歩手前で倒れ伏した。
己の限界を察した「知られざる古代の怪異」は、静かに目を閉じながら最後の言葉を告げる。
『止まるんじゃねぇ、ぞ……』
「むしろ、いい加減この空気を止めてくれ……」
満足げな笑みを浮かべて、「知られざる古代の怪異」の姿は掻き消えた。アマランスのツッコミは放置して。
その姿を見送り、クラウスは思う。ギャグ空間だと思っていたが、「知られざる古代の怪異」の仲間は数多く倒れてしまっている。その果てに、彼自身もついには倒れることとなったのだ。そこに果たしてギャグ空間などはあるのだろうか、と。
いや、きっと無い。我々√能力者は己が信念のもと武器を取り、彼らも彼らなりの正義があり武器を手にした。その正義は相容れぬものであったために起こった戦いなのだ。ならば、そこにあった戦いに不真面目も真面目も無いはずである。
真面目にそう考えたクラウス。だが、そもそも、そういった思考自体がギャグ空間に汚染されてしまっているということに気づいていない。
「この戦いに、真の勝者など存在しないのかも知れないな……」
「駄目だ、コイツ……。すっかり毒されてやがる……!」
訳の分からない言葉を呟くクラウスに、アマランスの心労はどんどんと蓄積されていくのであった。
必死に真面目な戦闘を望む羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』を前に、日中のメイド姿を思い浮かべるウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)。
一応、咄嗟に戦闘態勢を取ったウルトだったが。
『アマランス・フェーリー……いや、アマランス・フューリーか。彼女を倒さなければ……倒さなければ? どうなるんだ?』
その脳内は、ギャグ空間に毒されてしまっていた。
つい身構えたものの、争う理由が思い浮かばない。変態……もとい『狂信者』達は自発的にアマランス・フューリーについていったようだ。それを邪魔する権利はあるのだろうか、と。ウルトは自問自答を繰り返す。
その結果。
「被害者もいないようだし……。すまない、『アマランス・フェーリー』。お前の趣味を邪魔するつもりはなかった。仲良くやっててくれ」
「おい。貴様、正気に戻れ。私の名は『アマランス・フューリー』だ。しかも、犠牲者はしっかり出ているぞ」
なんか長々と思考の海に潜っているかと思えば、ウルトが訳の分からない事を言い出した。
アマランスが慌てて、ウルトの思考を正常に戻そうとする。アマランスの言う通り、アマランスに誘われてやってきた相手を彼らは殺していた。しっかりと被害は出ているのだ。
それなのに、ウルトは止まらない。
「怪異だからといって、殺す必要もなかったのではないかと、今になって思うのだ。よし、怪異と化した連中を蘇生しようじゃないか」
「おいまてばかやめろ。いいか。冷静になって考えろ! 私は羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』で! 貴様等√能力者と敵対する者だ!」
ウルトの言葉に焦りだすアマランス。
あのような地獄を作りだした連中の復活などご免被ると、ウルトがいそいそと√能力を発動させようとしているのを必死に止めようと己が敵だと主張する。しかし、そんな願いも叶わず、ウルトが『|欠落の啓示《デス・オーダー》』を発動させた。
『はっ……ここは一体? 我々はご褒美により昇天したは――』
「ちぇすとーーー!」
復活した変態が現状を正しく認識する前に、アマランスは召喚した「知られざる古代の怪異」に指示し、変態を再昇天させる。そして、アマランスはウルトの頭をハリセンで叩き、胸ぐらを掴んでユサユサと身体を揺らす。
「何処の世界に! 敵を率先して増やす馬鹿がいるのだ!」
「む。確かに俺はこの世界の住人ではないが、しっかりと順応して、この世界に存在しているはずだ。問題無い」
「問題しか無いから、こうして私がキレてるんだろうが!?」
戦場と変態の空気に毒され過ぎたウルトに、敵であるはずのアマランスが世界の常識を叩き込む。
いよいよもって混沌を極める廃工場内に、アマランスが望む真面目さは皆無であった。
シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)は先程の出来事を思い出し、怒りに拳を振るわせていた。
「インビジブルを頼ろうとした私が間違いでした。私に『煽り耐性』の技能が無いからってあいつら好き勝手して……!」
ならば、ここはもう私が直接戦うしかないと、決意と殺意を高めて羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』へと宣言する。
「覚悟しなさい、アマランス・フューリー!」
「戦闘することには賛成だが、その怒りの半分は私には関係ないものではないだろうか……」
アマランス・フューリーが、困惑顔で答えた。
確かにあの『狂信者』を生み出したのは自分だが、シンシアに関していえば、その半分は自爆によるものであるはずだ。その殺意を全て自分に向けられても困るので、アマランスは「知られざる古代の怪異」を呼び出して、殺意の分散を図る。
それでも、シンシアは止まらない。
「|マニュアルは血で出来ている《クリムゾンレッド・メモリア》……。それが貴女を倒す技の名です」
シンシアが√能力を発動させる。
能力が、今のアマランスに対して正しく『周辺にある最も殺傷力の高い物体で攻撃』を行うために動き始めた結果――。
「しょ、正気か……!? 貴様……ッ!」
「えぇ……?」
――選ばれたのは、『狂信者』の死体でした。
アマランスが顔を青ざめ、シンシアは眉を顰める。
それが物理的ではなく、精神的なものであるかはさておいて。確かに、この場にある最も殺傷力が高いのは変態であり間違ってはいない。しかし、満足げな笑みを浮かべた変態達が宙を舞い、アマランスに襲いかかる絵面だけ見れば通報案件である。
「くそっ! こうなれば本人を倒すべきか!」
必死な形相で変質者達を回避しながら、アマランスが「知られざる古代の怪異」にシンシアへの攻撃命令を下す。
すると、今度は「知られざる古代の怪異」まで拙い言葉で喋り出したではないか。
『オレサマ……オマエ……マルカジリ……』
「フッ……。あまり強い言葉を使わないでください。弱く見えますよ」
攻撃よりも先にネタを優先させる召喚した怪異もあれだが、それに合わせるシンシアもシンシアである。そもそも、マルカジリという言葉が、シンシアの言う強いものかどうかすら判断がつかない。
「貴様等、ホントいい加減にしろよっ!?」
そんなやり取りで、この変態の死体を使った攻撃の時間を無駄に延長されるアマランスが吼えた。
そして、始まった戦い。
一進一退の攻防をみせる「知られざる古代の怪異」とシンシア。
その背景で、宙を舞う変態の死体に襲われ続けるアマランス。
一部のみを切り取ってみれば壮絶な戦闘シーンにも見えるし、また違う一部を切り取って見れば、通報案件にしか見えない。
真面目な戦闘を望むアマランスとは相反していく戦場の空気。
そしていよいよ戦闘は佳境へと入る――!
「何処の宇宙の帝王様かしらね……。まぁ格好つけてても、こんなパジャマ着てるのかと思うとしまんないけど」
「ききき貴様ッ!? あの部屋を漁ったのか!?」
とある部屋にあった、『アマランス・フェーリー』用のピンクでかつ猫耳フード付きのパジャマを片手にアマランスを煽るアーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの竜人格闘者・h02334)。
実は、アーシャは変態達から一時的に戦略的撤退していた際に、偶然に厳重に封印されていた部屋を発見していた。そして、その中からアマランスが一番ダメージが大きそうな『アマランス・フェーリー』用のピンクでかつ猫耳フード付きのパジャマを盗みだしていたのだ。
「普段着と比べると随分と可愛らしい……アンタ少女趣味だったりするの? プークスクス」
「それは、あのメイド喫茶であったパジャマでお出迎え期間とかいうとち狂った企画で渡された制服だ! 私の趣味などではない!」
怒りに震えるアマランスを煽るアーシャ。
「貴様のように、客の前で可愛らしい声を上げて注目を集めてから、地面へと顔面から突っ込んで尻を出す真似は、私には到底真似出来んがな」
「あ”?」
正確には、互いの妨害行為がエスレートした結果、アマランスがアーシャの尻尾を全力で引っ張ったことによって起きた事件なのだが……。
そんなアマランスの煽りに対して、当時の怒りも再熱したアーシャが額に青筋を立てて詰め寄った。
睨み合う両者。
そして、互いに宣言する。
「いくわよ、羅紗の魔術士。|舌戦《武器》の貯蔵は充分かしら?」
「よかろう。ならば|戦争《クリーク》だ」
そこからはもう、メイド喫茶時の再来である。アマランスとアーシャ、共にお互いの足の引っ張り合いで起こった恥ずかしいミスを口に出しては罵り合う。
不毛と言う無かれ。彼女達は、互いのプライドを賭けて口撃を繰り出し続ける。だが、互いに譲れる訳もなく、互いの体力が尽きることはない。何故なら、二人は√能力者であり、簒奪者なのだ。そんなもので決着がつくはずがなかった。
ならば、雌雄を決する手段はひとつしか無い――。
「――出しなさい。貴女の……『輝ける深淵への誘い』……を」
「……ふっ。よかろう」
アーシャの言葉に、アマランスが応える。
互いに、互いの攻撃が避けられぬ射程距離内。ならばこそ、勝負は一瞬だろう。例え、お互いが使用する能力が『微弱ダメージによる蓄積させることで効果が発揮する』ものであったとしても。一撃でも多く相手に叩き込んだ方が、勝つ。
掛け声は勿論、合図すら無く、二人は同時に動いた。
「死ぬが良い!『輝ける深淵への誘い』!」
「裁くのは、アタシよ!『|竜妃爆裂乱舞《ドラゴニック・ダイナマイト》』!」
回避や防御などを無視した、攻撃のみの交差。
その勝負はやはり一瞬にして決着した。
「くっ……馬鹿、な……」
悔しげな表情を見せ、崩れ去るアマランス。
その姿を眺め、アーシャは呟いた。
「アンタの敗因は、たったひとつ。単純な答えよ……『アンタはアタシを怒らせた』」
アーシャが空を見上げる。
長い夜は、終わった――。
●エピローグ
とかなんか格好良く終わった風だが、バッチリ負の遺産のようなものは残っていたりした。
なんせ、まがりなりにも人気だった『アマランス・フェーリー』が姿を消したのだ。当然、メイド喫茶は大混乱となる。色々と噂が立ったが、元々あった『フェーリーが一般客と裏で連絡を取り合っていた』という噂が飛躍し、仲良くなった一般客と付き合う事となって辞めたという話に着地してしまう。
そうすると、自分もワンチャンあるんじゃないかと思ってしまうのが人の性なのか。連日、それぞれの目当てのメイドに声をかけてもらおうとする客が殺到した。
羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』を倒したこと自体に罪悪感は無いが、結果としては他の一般人であるメイド達が忙殺されてしまっている現状に、些か罪悪感を抱いた√能力者達はメイド喫茶を暫くの間手伝うことにする。
接客をしながら、勘違いした客に『当店では、そういった行為を禁止しており、それを理由にフェーリーは解雇されました』と説明していく。
暫くすれば、そういった噂は収束していき、メイド喫茶は平常通りの賑わいを取り戻していった。それを見届け、√能力者達も店を辞めて、無事に任務終了となったわけだが……。
メイドとして働いていた√能力者達が目的だった客が、再び騒ぎ出してしまうことまでは、さすがに面倒はみきれないのであった。