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なんであれ、食べれば終わり
●招く声は幼き声
春だというのに廃校へ訪れる若者。
周囲を見返したくて、一人でも事を成せると知らしめたくて、誰にも告げずにここまで来た。それが片道切符とも知らず。
「仔産みの神、貴女様の慈悲に感謝を」
授かった召喚手法を用い、信奉する女神の仔を呼び出した。細長い体をうねらせて、悍ましい姿を若者はその目に焼き付ける。
『ぎゃぁぁぁぁっ』
「えっ? こんなところで泣き声?」
若者の背後からこの場に似つかわしくない赤子の声が響いた。声に釣られ、振り返ってしまった彼は、見てしまう。赤子のような姿が割れ、孵化する『特定危険呪詛生物・オオアカゴハキガイ』の姿を。
「ぁ……あ、あぁぁっ」
瞳から正気が失われ、その場に膝をつき、オオアカゴハキガイを目線を逸らせずに見つめていた。目を離すことができないが正しいかもしれないが。ただただオオアカゴハキガイを見つめる若者に影が落ち、そして……。
哀れな若者は誰にも知られる事無く、気づかれる事もなく、この舞台から退場していった。
残された触手と貝はうねうねゆらゆら、共鳴するかのように揺れ動く。二つが重なり、一つとなった。
●今度は踊り食いパーティーです
「……皆様、ゾディアック・サインが降りました」
微睡から目覚め、水上・雪華(暁光・h00503)は静かに告げる。気味の悪い物を見たのか頭を振ってから、説明を始めた。
「郊外にある廃校にてクヴァリフの仔が召喚されました。その近くに存在していたのか、特定危険呪詛生物として指定されているオオアカゴハキガイと融合しています」
召喚した若者はオオアカゴハキガイの養分とされてしまい、その場には居ない。すでに二桁近く増えている為、オオアカゴハキガイの完全な駆除を行う必要がある。
これからの時期、肝試しと称して廃墟に向かう人物がいないとも限らないからだ。
「クヴァリフ機関がありますが、怖いもの見たさや度胸試し等、若気の至りにて行う方は存在するでしょう。更なる被害が発生する前に排除をお願いします」
該当の場所には他に被害者となり得る生物は存在しない為、サーチ&デストロイ方式でも構わない。何か音が聞こえる方へ進むと出会えるだろうと。
「それと、その……クヴァリフの仔もまた増殖しております。憑依した個体の分裂体にも宿ってしまったらしく、こちらも全数回収をお願いいたします」
言いにくそうにしながらも、数が増えている本命の回収も依頼する。1匹でも逃せば、それが連邦怪異収容局の手に渡ってしまったら、現状より厄介な事態に陥るだろう。
「狂気に陥ることがないよう気を付けてください。皆様のご武運を祈っております」
彼女は深々と頭を垂れ、現場へと向かっていく能力者達を見送った。
これまでのお話
第1章 冒険 『追跡』

(アカゴって赤子なのかな……)
これから索敵を行う廃校を見上げ、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は静かに思案する。
対象の名前にどこか不吉さを感じていた。『特定危険呪詛生物』というカテゴリが存在する時点で禍々しい。どんな姿か星詠みも説明していなかったが、碌な姿ではないのだろう。
√汎神解剖機関は怪異と関わる以上、得体のしれない存在を否が応でも深く知っていくことになる。狂気と常に隣り合わせの世界ともいえるか。
「……とにかく、これ以上被害を出さないためにも頑張って排除しよう」
27体の小型無人兵器「レギオン」を召喚し、周囲の索敵を行いながら先行させる。少しでも早く異変を察知するために。全数の超感覚センサーを活用するのは、彼の精神を蝕むかもしれない。
「確か、何かしら音を発しているんだったか」
自らの聴覚も活用し、最大限の警戒をしながら、廃校の内部へと歩を進める。もしもの時は狂気耐性で耐えられるだろう。早々頼ることにならない方がいいのは確かである。
「何が出てくるかわからないから、気を付けないと」
超感覚センサーに何か反応があった。そちらの方へと進路をとる。
いつ標的が現れてもいいように小型拳銃へ手を添えて。早撃ちに向いているそれは先手を取るに適しているからだ。
「どんな姿でも倒すべきは倒さないとだ」
改めて気を引き締め、奥へと向かう。歴戦の戦士に油断はない。
神賀崎・刹兎(デルタ・ケーティ・h00485)は軽い足取りで廃校の中を進んでいく。可愛らしい容姿には不釣り合いなバス停を携えているのはいささか異様に映るかもしれない。彼の傍らには半透明な人型が付き従っていた。
「なんだかとっても楽しそう!」
胸元に手を当て、頬を染めながら、彼は楽しそうに笑う。心からそう思っているのだろう。そこはかとなく彼から狂気を感じるのは人間災厄だからか。
「いっぱいいるんだね? 僕お父様に言われたとおりにそういうのやっつけちゃうよ!」
ね、カペラ。と傍らの人型に声をかける。ソレはただただ頷くだけ。崇拝している存在に頼られたら悪霊となった今も力を振るうに足る理由になる。
「音が聞こえる方に行けばいいんだよね。どんな楽しい事をしているのかな?」
楽しいことなら気になるなぁ。と、耳を澄まして気になる音の方へと足を向ける。もしもがあれば手にしているバス停で返り討ちにすればいい。
最も、そうなる前に刹兎を崇拝するカペラが先に行動を起こすだろう。命を落とす原因が崇拝する彼だったとしても、それは栄誉ある事。肉の器が無くても護ることはできる。
「クヴァリフの仔はまだ居ないかな? 早く回収しなきゃ!」
刹兎はただただ無邪気に笑う。お父様の為にも頑張ろうとはしゃぐ彼はどこまでも天真爛漫だ。無邪気な声は廃校に響く。
狂気は共鳴するらしい、オオアカゴハキガイを呼び寄せられるかもしれない。
「おおお、いろんな√でいろんなことが起きてるけど、相変わらずクヴァリフの仔も召喚されてるんだね! またまた回収いっちゃうよ!」
複数の√で活躍している少女、雪月・らぴか(霊術闘士らぴか・h00312)は事件解決の為に邁進する。クヴァリフの仔回収も手慣れてきているかもしれない。
「それにしても郊外の廃校って、めっちゃ心霊スポットっぽい! 行きたくなっちゃう気持ちもわかるよ!」
ホラー好きであれば一度は行ってみたい心霊スポットなのだろうか。彼女は腕を組み、頷く。彼女もホラーが怖いけれど好きだから気持ちがよくわかる。
「探し物をするときは人海戦術の出番! みんなー、調査の時間だよー!」
28体の彷徨う雪だるま調査団を呼び出した。UV灯やEMF等の幽霊調査道具を各自一つ手に持った可愛らしい雪だるま達が整然と並んでいる。
「分かれ道になったら半数ずつに分かれて探索していこう! 気になる音が聞こえたらそっちを重点的にね!」
らぴかの言葉に拳を振り上げ、雪だるま達は応える。UV灯を床や壁に照射し、僅かな痕跡も見逃さず探索する意気込み進んでいく。微かな音も逃さないように。
「……目的以外の幽霊とか霊障とかでてこないかな?」
霊的現象は惹かれ合うもの。もしかしたらを思い、彼女も少しだけ期待を抱きながら聞こえる音の方へ進んでいく。
遠くから電子音が聞こえた気がした。
「いやあ付き合ってもらってすまないね和田氏! この手のものになると! テンションが! 上がってしまい!!」
最初からハイテンションかつだんだん声が大きくなっているのはディー・コンセンテス・メルクリウス・アルケー・ディオスクロイ(辰砂の血液・h05644)だ。もともと声が大きいのに更に大きく聞こえる。
「いえいえ、とんでもない。僕も美味しそうな依頼だなと思いましたから」
メルクリウスの大声に動じず、和田・辰巳(ただの人間・h02649)も抑えられない❘好奇心《食欲》に忠実だった。
彼らの前には持ち運びしやすい折りたたみバーベキューセットと5キロの木炭。何をしに来たのだろうか。
「わたくし……仔がな。かなり好きでな……」
「はい、よく存じてます」
あちこち追いかけて誘拐じゃなくて蒐集したり、食べようとしたり、溢れんばかりの熱意をもって追いかけているメルクリウス。交流のある辰巳も知っているからこそ、保護者として誘ったわけだ。人選としてこれ以上ないくらい正しい。
「え、何知っている? アッハッハ! それはそう~」
「あ、今回みたいに新鮮なら刺身も行けそうですね」
「刺し身……ボイルでポン酢……仔との盛り合わせ……」
オオアカゴハキガイを焼き貝にするだけではなく、刺身や湯引き、クヴァリフの仔と一緒に食べようとしている。クヴァリフの仔も軟体だから相性はいいのかもしれない。味に関してはそれぞれのご感想におかませします。
「というのはともかく、だ。悪く思うなよ、「本業」だ」
メルクリウスの√能力、彼謹製の毒液から26人の戦闘員が身体を起こし、躊躇なくその身に刃を落した。するとその人数が倍に増え、それぞれが気になる方向へと歩き出す。創造主と同じく、目が見えているのか不明だが、感じるものがあるらしい。
「さあ探せ探せ! 音のする方へ、お前たちの毒液が震えるほうへ。サーチ! デストロイは時による! 大捜索だとも、アッハッハ!!」
「流石、メルクリウスさん。頼りになるなぁ」
辰巳も蛇の式神を呼び出し、先行させる。視覚を共有できる為、危険を事前に探知することもできる。時折、壁の罅や割れ目にも目を光らせて。対象の大きさが分からない為、小さな隙間も油断できないのだ。
「こうも広いと探すだけでも大変そうですね」
「かくれんぼということか。可愛い仔との戯れと思えばこそ!」
どんな状況でもクヴァリフの仔と関われることが嬉しいらしい。来た時よりテンションが上がっている気がする。いつもの事と辰巳が気にすることなく探していく。バーベキューセットを運ぶ戦闘員がいるあたり、年下に優しく面倒見がいいようだ。
どこにいるか、楽しそうな二人の探索はまだ始まったばかり。
第2章 冒険 『真夜中に鳴り響くもの』

十数年前に廃校となって久しい校舎。能力者達が捜し歩く音がぼんやり……いや、割と騒がしく響く瞬間があるも、順調に進んでいる。
『ぎゃぁぁぁぁっ』
『ジリリリリン』
廃校の中から、外から、赤子の泣き声が電話の音が響き渡った。何かしら罠が作動した様子ではない。
赤子の泣き声はオオアカゴハキガイ、探している存在。では、電話の音は?
その正体を現時点で知るものはいない。
ここからは音をより分けて探し出す必要があるだろう。もしくは、電話を止めるのも手かもしれない。
目的の存在、その声を能力者達は知っているのだから。