白銀に隠れ潜む毒婦
●雪の内に
ひんやりと冷たい空気が、吐き出す息を白く浮き上がらせる。
冬の気配を色濃く映し込んだ雪原の奥。葉が枯れ落ちた木々に囲われた洞窟の中に、彼女は潜む。
「よいか、お前たち。決行は明日の夜……此処より東の町へと赴き、そこに住む人間どもを捕らえよ」
「はっ、クヴァリフ様の仰せのままに」
『狂信者達』は彼らの女神へと平伏す。
インビジブル・クロークも言葉こそ発さないが、女神に従うように頭を下げた。
配下を侍らせ、仔産みの女神『クヴァリフ』は妖艶な笑みを白い顔に滲ませた。
「この地の人間どもを取り込み、妾の『仔』とするのじゃ。我が√を支配するための礎となってもらおう」
●怪異を生む母
「初めまして。私は星詠みの泉下・洸と申します。以後お見知りおきください」
泉下・洸(片道切符・h01617)は柔和な微笑みを向ける。
穏やかな笑みを湛えたまま、彼は依頼の概要について語り始めた。
「さて、自己紹介はこれくらいにしましょう。事件の概要ですが、仔産みの女神『クヴァリフ』とやらが、町の人々を襲う計画を企てているようです。皆様にはこれを阻止していただきたいのです」
彼女は町に隣接する森の何処かに潜んでいる。クヴァリフが配下を引き連れて町へと向かう前に、潜伏している拠点を発見してほしい。
発見後、戦闘へと持ち込み撃破することができれば、人々への被害を出さずに済むだろう。
今年は例年よりも根雪が早い。寒く足場も悪い中での捜索は大変だろう。しかし、だからこそ隠しきれない痕跡も存在するはずだ。
「クヴァリフは捕まえた人々を取り込み、『仔』……怪異として生み直すつもりです。斯様な毒婦にくれてやるものなど何もありませんね」
人々の安寧のためにも、どうかクヴァリフを見つけ倒してきてほしい。
第1章 冒険 『入口を探れ』

●雪路
突き刺すような風が、銀世界を駆け抜ける。
吹き付ける寒風に、東風・飛梅(あるじを想う霊木・h00141)は靡く髪をそっと押さえた。
眼前の白銀の大地を見つめ、介入しなければ起こるであろう惨事に心を痛める。
「私たち妖怪は、儚い命を持つ、人に憧れた。その人間を、怪異に変えてしまおうだなんて」
後に戦うことになる女神――クヴァリフ。彼女にも、人という存在の尊さに気付いてもらいたい。
淡い望みだ。叶わないだろうことも理解してはいるけれど。
(「……それでも、彼女に伝えたいわ。人の尊さを」)
強く心に想いながら、飛梅は雪原を歩む。
『一夜もあれば、私はあなたのもとへ飛んでいく』――たとえどこに隠れていようと、この寒空を飛び、女神の傍へと行ってみせる。
「後に続く人が私の残した痕跡で混乱してはいけないわね」
雪に残された跡が決め手になり得るのであれば、余計な跡は残さない。
ふわりと跳躍し、空中を舞うように足を運ぶ。
なるべく雪原に足跡を付けないように進みながら、木々の奥を注意深く観察した。
(「いろんなところに目を凝らして……どんな痕跡も見逃さないよ」)
物音、匂い、何かの気配――あらゆる痕跡を探るように、飛梅は神経を尖らせた。
空気が凛と澄んでいる。白い息を吐き出して、彼女は真っ直ぐに前を見据えた。
(「雪に残る足跡、移動の痕跡……雪はすべてを覆い隠すけれど、時にすべてを曝け出すの」)
純白は刻まれた痕跡を露わにする。上に雪が積もりさえしなければ、溶けるまで残り続けるのだ。
雪原は不気味な気配すら漂わせる。包み込むように広がる純白の中を、飛梅は静かに進んでいった。
●白を探る
雪に覆われた森は、常よりも静かに感じる。その静けさが、余計にこの地の寒さを際立たせていた。
「うー……こんな寒い中で捜索なんて散々っすねぇ」
深見・音夢(星灯りに手が届かなくても・h00525)は、両腕を擦りながら寒さに耐える。
とはいえ、この事件を未然に防げるに越したことはないと、彼女は気合を入れた。
「女神だろうが怪異だろうが、自分のために他人を捻じ曲げるような輩は見逃せないし推せないっすからね」
正義感を胸に抱けば冷たい風など何のその。音夢は周囲の環境に注意を向けつつ、雪の森を探る。
「足跡を隠すくらいの知恵はあるかもしれないっすけど、そんな不自然な痕があったら余計に怪しいっす」
動物は無論、やましいことが無い人もそのような痕は残さない。
この環境下ならば、雪に残された痕跡も探しやすい。痕跡を辿れば、拠点に近付けるだろう。
……とはいえ、迂闊に拠点に近付き過ぎるのは危険だ。まずは離れた地点から調べようと、音夢はライフルのスコープを覗き込んだ。
金の瞳をしっかりと開き、雪原を睨むように見据える。
「うーん、一見すると、全部同じ景色に見えるっすね。けど、必ず見つけてみせるっすよ」
ふと、視界の隅で何かが動いた。とっさに見やれば、野生の兎が森の奥へと駆けていく姿を捉える。
真っ白なふわふわの兎だ。
「ユキウサギっすかねぇ。かわいいっす……ん? あれは……」
兎とは別の足跡を見つけ、音夢は慎重に傍へと近付いた。……人の足跡のようだ。
クヴァリフの配下には、狂信者達がいた。もしかすると、彼らの足跡かもしれない。
●撒き餌
足跡が見つかった地点からさらに奥、木々が密集するエリア。
仲間たちが探索した跡を辿り、ポルカ・ナーラ (人間(√EDEN)の霊能力者・h02438)は森の奥へと足を踏み入れた。
「一度狩ると決めた対象は決して逃さない。待っていてくださいねぇ、クヴァリフさん」
霊衣と霊破ウィッグを変化させ、彼女は見た目を変えている。その姿は無害な地域住民そのものだ。
「見つけるのが難しいなら、彼らに連れて行って貰えば良いのです。それが手っ取り早いですもんねぇ!」
この近辺に拠点がある可能性が高い。この場所をうろつき、敵を引っ掛ける算段である。
……求めている獲物は、すぐに見つかった。
「なんだ貴様は。町の住民か?」
巡回の途中か、一人の狂信者が木々の奥から現れ、ポルカへと声を掛けてきた。
(「引っ掛かりましたねぇ。さぁて、釣り上げるお時間ですよぉ」)
ポルカは眉をきゅっと寄せ、今にも泣き出しそうな少女を演じる。
「弟が森に入ったきり帰ってこなくて……親切そうなお方、ちょうどこれくらいの少年を見ませんでしたか!?」
全然親切そうには見えないが、そこは相手に取り入るためのお世辞ということで。
狂信者は少し考えた後、覆面の奥で微かに笑った――ような気がした。
「子どもなら奥の洞窟に入っていくのを見かけたぞ。そこまで連れていってやろうか」
「本当ですか? 案内してください!」
狂信者に連れられた先、積もった雪と木々に覆われた洞窟が見えてくる。
(「こちらを騙してクヴァリフさんに捧げるつもりなのでしょうけど」)
騙しているのはお互い様だ。
「あの洞窟の中で見たぞ」
「あちらの洞窟ですね。ご案内ご苦労様です」
言葉と同時。|ポルカ流暗殺術《ポルカズ・ルーティーン》に沿い、狂信者の首に回し蹴りをかます。
雪面へと倒れ伏した狂信者はそのままに、ポルカは眼前の洞窟を見据え、不敵に微笑んだ。
第2章 集団戦 『狂信者達』

●
探索により、一同はクヴァリフが潜む拠点を見つけ出した。
洞窟内へと入れば、まず先に彼女の配下である狂信者達と遭遇するであろう。
まずは道中にいる彼らを倒し、クヴァリフの居場所へと向かって欲しい。
なお、洞窟内は敵が設置した光源により、ある程度の視界が確保できているものとする。
●洞は熱く
洞窟は雪の中にひっそりと存在していた。
暗がりを見つめ、東風・飛梅(あるじを想う霊木・h00141)は言葉を紡ぐ。
「この洞窟がクヴァリフさんの拠点なのね。中には、クヴァリフさんと……この人たちがいるのね」
チラリ、と先ほど仲間が蹴り倒した狂信者へと視線を落とした。
雪にめり込んだ狂信者を眺めながら、深見・音夢(星灯りに手が届かなくても・h00525)も息をつく。
「しっかし狂信者っすかー……崇拝って意味では推し活に通じるところがあるかもっすけど、こういうのと一緒にはされたくないっすね」
狂信者の推し活には健全さが無い。推し活をする者として、彼らの所業は放っておけない。
洞窟へと入っていく二人に、ポルカ・ナーラ(人間(√EDEN)の霊能力者・h02438)も続いた。
「いやぁ、しかし……うー、寒い寒い。さっさと終わらせて服ちゃんと着ないと風邪ひいちゃいますねぇ」
素肌に直接吹き付ける風に、ぶるりと身震いする。動き回れば多少は温まるだろうか。
洞窟を進んでいくと、オレンジ色の灯りがチラチラと見えてきた。
洞窟内に設置された光源が、黒いローブを映し出す。間違いない、彼らが狂信者達だ。
飛梅は既に戦闘態勢を整えている。そうとは思えぬほどに柔らかな声色で、彼女は語りかけた。
「あなたたちがクヴァリフさんたちの信者さんたちね」
「! なんだ貴様らは!?」
「住民ではないな!」
侵入者に気付いた彼らは、言葉を荒げながら武器を構える。
「あなたたちは学び舎みたいなところで小さい頃に教わらなかったのかな? 人のことは大事にしなさい、って」
梅の香が、飛梅をふわりと包み込んだ。淡い光に照らされた洞窟内を、彼女は風のように駆ける。
「チッ……貴様らも√能力者か!」
「信心深いことは悪いことじゃないけれど、やっぱり悪いことはいけないことだよ。さあ、あなたたちの目を覚まさせてあげる。――私の拳でね!」
匂い起こせよ梅の花――梅の香が、狂信者達を春へと誘う。
「な……!?」
彼らには眼前の飛梅が、美しく咲き誇る花のように視えた。それはほんの一瞬だが、それで充分だ。
「東の空から風吹けば、私はあなたを思い出す――あなたにも、私のことを思い出してほしいの」
堅く握られた拳から繰り出される攻撃が、狂信者達を粉砕する。
春の微睡が一転して修羅場へと変わった。狂信の炎で反撃しようとする彼らの背後で、闇が動いた。
直後、ポルカの足技が狂信者の首へと叩き込まれる。
「ぐえ、ッ」
首が折れかけるほどの衝撃に、潰れた蛙のような声を上げた。
「静かに、素早く、そして優雅に。暗殺者でも、女の子ですからねぇ!」
「ぐ……おの、れ……!」
強い衝撃に傷を負いながらも、狂信の旗印を掲げる狂信者。迫り来る反撃に対し、ポルカは涼しい表情だ。
「おっと、まだ息がありますか。まぁそういう事もあるでしょう、女の子ですからねぇ!」
オートキラーを発動する。ポルカの足技は武器そのものだ。狂信者が振るう武器を、蹴りで弾き飛ばしてみせた。
激しく動き回れば、体温も寒さを感じぬほどに上がってくる。
「ようやく体があったまってきましたねぇ。まだまだこれからですよぉ!」
闇を纏い姿を消す彼女に、狂信者が必死に周囲を見回した。
「くっ、どこだ……!」
暗闇の中で、ポルカは鼓動の高鳴りを感じる。
(「緊張しますか? ドキドキしますか? あたしもですよぉ!」)
次は必ず仕留める。彼女は神経を研ぎ澄ませ、敵の首へと狙いを定めた。
――ここですよ、なぁんて。囁きの後、闇から繰り出された足技の一撃が、今度こそ狂信者の首を斬り落とした。
次々と倒されていく中でも、狂信者達は立ち向かってくる。
「数はこちらの方が多い! 攻め立てろ!」
迫る狂信者の軍勢に対し、音夢は迷いなくブローバック・ブラスター・ライフルを構えた。
得意の火遁ではなく、洞窟内という状況に合わせた攻撃法を用いる。超重量の兵器へと、彼女は雷属性の弾丸を装填した。
「雷装弾装填、雷霆万鈞! そっちが数で攻めてくるなら、範囲攻撃で纏めて片付けるまでっす」
照準を迫り来る敵へと合わせ、彼女は彼らを鋭く睨み据えた。
「この一撃は痺れるっすよ! ビリビリ痺れて、爆発するっす!」
雷の弾丸を雨嵐の如く射出する。
着弾地点から弾丸は雷撃と共に炸裂し、狂信者達を衝撃で吹き飛ばした。
「ぐあああっ!?」
「こ、この狭い空間で無茶な……!?」
「狭い場所でライフルは不利、なんて常識的な考えは捨てておくべきだったっすね。ああ、それと――」
音夢は狂信者達へと力強く告げた。
「推しに捧げるのは他人の犠牲じゃなくて自分の愛っすよ! それこそが真の推し活っす!」
誰かを推し、愛し、尊く思うという行為に犠牲など要らない。それが彼女の信条であり、戦うための力の源なのだ。
「くっ……眩しい……いろんな意味で!」
彼女たちの攻勢に、狂信者達はしだいに数を減らしていく。
額の汗を拭い、音夢が仲間たちへと声を掛けた。
「ふーっ、イイ感じっすね! あと少しってところっすか?」
「そうだね。信者さんたちの数もだいぶ減ってきているみたい」
変わらず梅の香を纏わせながら飛梅が頷く。惑わされた敵の反撃は弱く、拳で払い除けるのも容易い。
刃の如き足技で敵勢を蹴り倒しながら、ポルカはニコリと仲間たちに笑みを向けた。
「残りもサクッと倒して、クヴァリフさんに会いに行きましょうか!」
狂信者達を掃討するまで、あと一息といったところだ。
●最期の一撃
冷たく暗い洞窟の中で、空気を焦がすような戦闘は続く。
「いやぁー、お二人ともお強いですねぇ。こんなに頼もしいなら、あたしはもうちょっと気を抜いても良かったかもしれませんねぇ」
仲間の戦いぶりに、ポルカ・ナーラ(人間(√EDEN)の霊能力者・h02438)は上機嫌に紡いだ。
気を抜いても良かったかもと言いながらも、虎視眈々と狩りやすい敵を探す。
(「暗殺は効率的に。……ふふっ、見つけましたよぉ」)
乱闘で集団からあぶれた狂信者を見つけ、ポルカは柔らかな微笑みを浮かべた。
闇から姿を現した彼女は、狂信者へと歩み寄る。――ゆっくりと、焦らすように。
「駄目ですよぉ、あたしみたいなのが居る時に孤立しちゃったら」
脱ぎ捨てられた霊衣が、地面へと落ちる前に霊気へと変化し、空気に溶けてゆく。
「な、ななな、貴様、一体何を……!」
ウブな反応を見せる敵を、ポルカは真っ直ぐに見つめ返した。
「……あ、何しているのかって? 気にしないでくださぁい、これがあたしのルーティーンなので」
距離を詰めてくる彼女へと、焦燥に駆られた狂信者は斧を振り上げる。
「気にするなだと!? 無理を――」
無理を言うな――狂信者が最後まで言い終えることはなく、振り上げた斧がポルカを傷付けることもない。
|ポルカ流暗殺術《 ポルカズ・ルーティーン》による流麗な足技が、斧よりも先に敵の急所へと届いたのだ。首を刎ねられ、狂信者は地面へと崩れ落ちる。
「では、あたし達は先に行かなければなりませんので……おやすみなさい、良い夢を」
一説によれば、聴覚は最後に消える感覚とも言われている。
死に逝く狂信者へと最期の言葉を手向けた後、ポルカは洞窟の奥へと目を向けた。
「さて、運命の人はすぐそこです。会いに行きましょうか」
狂信者達はすべて倒し終えた。残すは、仔産みの女神『クヴァリフ』のみである。
第3章 ボス戦 『仔産みの女神『クヴァリフ』』

●
狂信者達を倒し、洞窟の奥まで来た√能力者たち。
彼女たちを、仔産みの女神『クヴァリフ』は落ち着き払った面持ちで出迎えた。
「配下どもが騒がしいと思っていたが、あっという間に殺されたか。まったく、だらしがない奴らじゃのう」
触手を蠢かせながら、彼女は艶やかな笑みを滲ませる。
「ようこそ、妾の隠れ家へ。とはいっても、結局は間に合わせの拠点じゃが。……これ以上、お前たちに邪魔されるわけにはいくまい。我が仔を生むためにも、退いてもらうぞ」
無数の青い眼球がギョロリと動いた。明確な殺意を滲ませた視線が、ジッとこちらを見つめている。
●蠢く怪異を討て
敵との巡り会いは、どんな時でも刺激に満ちている。
クヴァリフの歓迎という名の殺意に、|ポルカ《Porca》・|ナーラ《Nara》(人間(√EDEN)の霊能力者・h02438)は熱い視線で応えてみせた。
「会いたかったですよぉ、クヴァリフ。何度でも何度でも、葬ってあげますからねぇ」
口元には微笑み――だがその瞳には明確な敵意を宿す。
「そんなに妾が恋しいかえ? 熱烈過ぎるのも考え物じゃのう」
ポルカを見つめ、クヴァリフは悩ましげに溜息をついた。
|東風《こち》・|飛梅《とびうめ》(あるじを想う霊木・h00141)は一歩前へと歩み出て、凛と紡ぐ。
「あなたがクヴァリフさんね。話があるの。戦うことと同じくらい、大切な話よ」
「大切な話? お前たちと話すべきことなど、心当たりはないが」
クヴァリフは首を傾げながらも、触手をうねらせた。
既に戦闘は始まっている――飛梅は触手を視界に捉えつつ、真心を込めて語り続ける。
「人という存在は儚い。だけど、だからこそ尊いものなの。だから、その存在を歪めるだなんて、あってはならないことなのよ」
「何かと思えばそのような話か。くだらぬ」
触手が振るわれた。
(「速い……!」)
一瞬でも集中を切らせば見失うだろう。飛梅は必死に触手の軌道を捉えんとする。
「逃がさぬぞ?」
クヴァリフが笑う。だが、飛梅は既に決めていた。完全回避でなくとも、急所に当たらなければそれでいいと。
掠める触手が痛みを齎すが些事だ。
「もちろん逃げないわ。あなたの心に私の信念を届けるために、此処まで来たんだもの」
大地を揺るがす揺るがない拳――地面へと拳を打ち付け、強烈な衝撃波を放つ。
「く……っ!」
激しい揺れと衝撃に体を揺さぶられ、クヴァリフが息を詰めた。
飛梅の拳に憎しみは存在しない。それは欠落であり、信念でもある。――何事も誰かのせいで、だなんて言いたくない。
「この拳で、あなたの心をも揺るがしてみせるよ」
飛梅の攻撃に合わせ、ポルカが動いた。|オリーブの翼《プロトコル・アーク》で加速し、一気に敵へと肉薄する。
(「お味方さんの的確な攻撃――この機を見逃すようなあたしじゃありませんよぉ!」)
纏う闇ごと斬り裂くかの如き華麗なる足技が、クヴァリフの体へと打ち込まれた。
「ポルカちゃんラウンドハウスキック! 喰らいやがれ! ですよぉ!!」
装甲をも貫通する一撃に、クヴァリフの体から血が噴き上がる。病的に白い肌を赤く染め、彼女は眉を寄せた。
「まったく……鬱陶しいのう」
触手塊のような仔を召喚し、ポルカへと嗾ける。触手に絡まれようものなら、手足が千切れるかもしれない。
(「絶対に絡まれてなんかやりませんよぉ。――翼よ、何処までも羽搏いて」)
加速を維持し、ポルカは仔の触手を躱す。追ってきた触手が時折絡み付くが、足技で払い落とし耐え凌いだ。
洞窟内を立体的に動き回りつつ、ポルカは紡ぐ。
「良いトコロに当たらなくてイライラしてます? 眉間に皺が寄ってますよぉ」
「……相変わらず、忌々しい者どもめが」
クヴァリフが低い声で呟いた。そんな彼女の側面から、飛梅が再び拳を打ち込んでみせる。
震動する大地にしかと立ち、飛梅は揺るぎない想いを瞳に宿す。
「あなたの心を震わせるまで、私は何度だってこの拳を叩きつけてみせるよ」
即席とはいえ中々に良い連携だ。優勢に傾きつつある中でも、ポルカは気を緩めることなく敵と対峙する。
「焦らず慌てず、じっくりとクヴァリフを追い詰めていきましょうねぇ」
たとえ敵が強力であっても、仲間との共闘が凌駕する。お手本のような連携で、彼女たちはクヴァリフとの戦いに挑み続けた。
●推し活ONステージ
張り詰める緊張感の中、|深見《ふかみ》・|音夢《ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)はクヴァリフと対峙する。
「大物のお出ましっすね。さっきの狂信者たちが崇拝するだけあって美形でボンキュッボンっすけど、推せるかどうかはそこだけじゃ決まらないっす!」
容姿も要素であることは認めよう。だが、あくまで要素の一つでしかない。
……決してスタイルで負けたとか羨ましいとか、そういうのではない。断じてない。
ともかく御大層な野望を食い止めると、音夢はクヴァリフを睨み据える。
「随分お仔さんにご執心みたいっすけど、毒親的な愛情はノーサンキューっす! 代わりにボクがアイドルの尊さってやつを教えてやるっすよ。つまり……『|熱情語りの独壇場《オシカツオンステージ》』!」
突如として、薄暗い洞窟にステージライトが降り注いだ。頭上から注ぐ光の中で、音夢は熱く語り始める。
「仮にも崇拝される側ならファンへの感謝の気持ちは必要っすよね。そして何より大事なのは距離感! 遠くに感じる魅力的な相手が手を差し伸べて歩み寄ってくれる瞬間こそ至高っす……!」
コンサートステージから何処からともなく歓声が響き渡る。
一体この声は何処から、そもそもいつの間にステージが? キラキラと輝くライトに、クヴァリフは眉を顰めた。
「いい加減、その暑苦しい語りをやめるのじゃ」
彼女は仔を召喚し、ステージを妨害しようとする。
仔が繰り出した触手を、これまた何処からともなく出現したステージ用のマイクスタンドで殴り返した。
「……え? まだ語り始めたばっかりっすよ? 何せ今この時、この空間ではボクが主人公っすから」
「主人公とは、また大それたことを言うのう」
「信じられないっすか? なら、今からそれを証明してやるっす」
コンサートステージはさらなる熱狂を見せる。すうっと、大きく息を吸い込み、音夢は洞窟内へと声を響かせた。
「つまりどういうことかっていうと……これくらいの無茶は許されるって事っすよ!」
ヘビー・ブラスター・キャノンを召喚する。ずらりと並んだ4基の兵器が、砲口を一斉にクヴァリフへと向けた。
数に物を言わせた力押し戦法――それは、今の音夢の心をありのままに映し出している。
「はち切れんばかりの推しへの愛と情熱っ! この一斉掃射にすべてを込めるっす!」
隙だらけだろうがあてずっぽうだろうが、この全力疾走は、推しへの愛は止められない!
「ブラスターキャノン・フルバースト! 持ってきやがれってんっすよ!」
超火力の弾丸が、猛烈な勢いでクヴァリフへと撃ち込まれた。
「ぐう、っ……!」
無数の弾丸が彼女を貫き、その肢体に風穴を開ける。
「これが主人公の証明! そしてそちらさんは文字通りの悪役っす!」
苦しげに呻くクヴァリフへと、音夢は堂々と宣言した。推しを応援する音夢も、今この瞬間、推しと同じくらいに輝いている。
●決着
戦いは終結に近づいている。クヴァリフは未だ存命だが、その身は深く傷付き消耗している。
だが、突き刺すような殺意と邪悪な気配は衰えていない。
夥しい殺気を浴びながらも、|深見《ふかみ》・|音夢《ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)は真っ直ぐにクヴァリフを見つめる。
「あれで落ちない辺りは流石っすね。とはいえ手応えは十分でステージも温まってる」
戦いの舞台へと、新たな援軍――|零識《ぜろしき》・|無式《むしき》(化異人零号・h00747)が上がったのだ。
「これまた悍ましい姿の化け物だな。怪人でもここまで悍ましい奴は見た事ないかもしれねえな」
無数の目と触手、病的に白い肌からは血液が滲み出す。目を背けたくなるほどに醜悪だが、無式は決して目を逸らさない。
「援軍助かるっす! 一緒に戦う仲間が増えるのは心強いっすよ!」
心強い援軍に笑みを浮かべる音夢へと、無式は力強く頷いてみせた。
「とりあえずこいつを倒せば一件落着。それに弱ってるようだしここは一刺し加えさせてもらうわ」
武器を構える二人。彼らを視界に映し、クヴァリフが怒りに満ちた声色で言い放った。
「妾は倒れぬ……そう何度も殺されてなるものか!」
産み出したばかりの仔と完全融合し、空間ごと二人を引き寄せる。
だが、強制的なその力を前にしても、無式は落ち着き払っていた。
「厄介な攻撃だが、接近戦主体の俺からしたら好都合だ。その引き寄せ、利用させてもらうぞ」
|化異人態解放《 カイジンタイカイホウ》を発動させる。変身した姿は、身分関係なく串刺し刑に処した権力者を彷彿とさせた。
「異業武装『串刺公』――この杭でアンタの体を穿ち、処刑する」
血のように真っ赤な杭は、これから眼前の怪異の血でさらに色濃く染まるであろう。
引き寄せで至近距離にまで接近した瞬間、クヴァリフの胸元へと杭を打ち付ける。
「グウッ……!」
クヴァリフが激しく吐血した。蘇生が即座に繰り返されるが、その度、無式は串刺公を彼女の心臓へと突き穿つ。
「死んでも蘇生するなら蘇生しなくなるまで貫き殺すだけだ」
「おの、れ……!」
触手で攻撃を繰り出すも、決定打を与えられない。だが、それも無理はない。
「来たばかりの俺と疲弊したアンタじゃあどっちが先に根を上げるかなんて考えなくても分かるからな」
ついでのように触手へと杭を突き刺せば、奇妙なタコ串の完成だ。
めった刺しにされても、クヴァリフはしぶとく生き永らえようとする。そんな彼女へと、音夢は最後の一手を繰り出した。
「あともう一押し、押し切る……いや、推し切るっす。さぁ、ここからはカーテンコールっすよ!」
邪悪な怪異へと差し向けるは、ブローバック・ブラスター・ライフルの砲口。
特殊弾丸をMAXまで装填し、雷属性エネルギーを惜しみなく注ぎ込んだ。
「エネルギー装填っ! 解き放て雷霆万鈞! この爆発力は、推しへの愛があってこそっす!」
引き寄せからの触手の殴打にも怯まず、照準はクヴァリフの心臓をしっかりと捉えている。
「仔への執着が強いか、ボクの推し愛が強いか、ここで決するっすよ!」
ライフルが雷撃に激しく輝いた。視界を焼き焦がさんばかりの光に、クヴァリフは表情を引き攣らせる。
「今度こそ我が仔を産むのじゃ……ッ!」
他者を犠牲にするその願いは届かない。届かせない。音夢は全身全霊を込め、トリガーを引く。
「その執着ごと、ぶっ飛ばしてみせるっす!」
撃ち込まれる弾丸、鳴り響く雷鳴――巻き起こった大爆発がクヴァリフの体を呑み込んだ。
爆風が過ぎ去った頃には、クヴァリフは跡形もなく消え去っていた。
怪異の母は消滅した。クヴァリフによって、近隣の住民が怪異へと変えられる危険も消えたと言えよう。