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鬼に背を預けても
●マガツヘビの掟
『全てのあやかしよ、マガツヘビを討ち滅ぼすべし』
人妖、獣妖、そして古妖に至るまで。
妖怪はみんな知っている。
マガツヘビの掟を知っている。
人間の君、半妖の君も聴いたことはある?
そう、その掟のこと。
そして今、マガツヘビが蘇ってしまったの。
いにしえの掟に従うべきは、今。
だって、だって――。
●今なお伝えられし
「もう街の破壊は始まってしまっているのだもの」
朽葉・日菜和(h05033)は確かにそう言った。
憂うように目を伏せ、そう言った。
関東某所の飲み屋街に、黄泉返りしマガツヘビは顕現したのだと。
マガツヘビの肉体から剥がれ落ちた鱗や肉片は次々に『小型マガツヘビ』と成り、街を破壊して回っていると。
「私も蛇に連なる妖だけれど……マガツヘビは全く別物の、得体の知れぬ存在よ。無限の妖力を持ち、世界の全てを汚染するの」
その強さは、たとえ『古妖』の総力を結集しても、彼等だけではたった一体のマガツヘビを倒すこともできない。それ程のものだという。
だからこそ。
「予兆は視たかしら? 既に古妖も事態の収拾に動き始めているの。実際、まさに今回の現場では、一人の鬼獄卒が戦ってくれているわ」
此度、成すべきは古妖の討伐ではない――共闘だ。
マガツヘビも√能力者に分類される。短期間で繰り返し幾度も倒せば、やがて蘇生しなくなると伝えられる。
「けれども……マガツヘビは愚鈍ではあれど、途方もなく強大な怪物なの。どうか、この機を逃さないで。たとえ、古妖に思うところがあったとしても」
此度の事件において討つべきは、マガツへビのみ。
全てが呑み込まれる前に。
全てが汚されてしまう前に。
これまでのお話
第1章 ボス戦 『鬼獄卒『石蕗中将』』

●蠢
――|峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!《GAOOOOOOOOOOOOOONNNN!!!!!!!!!!》
√能力者達が現場に辿り着いたのは、黄昏時であった。
常ならば、歓楽街が目覚め始める頃。
右も左も暖簾を提げて、提灯にあたたかな光が灯される頃。
嗚呼、今日もまたそのはずだったのに。
今や右も左も、蠢く得体の知れぬ何かに破壊され尽くしている。
そんな中、ひとり立ち向かう男がいた。
「諸君らは……む、我と刃を交えた者もいるだろうかな」
男を知る者もきっと多いだろう。
街角で彼の声を聴いた者もいるだろう。
「鬼獄卒『石蕗中将』。約束は違えん。今一度、言っておこう。怒りの矛は、マガツヘビ撃滅の暁までひとまず収めて戴きたい」
鬼獄卒が望むは、共闘。
其の証として、得体の知れぬ何かの――『小型マガツヘビ』の情報を手短に伝えてくれる。
「此奴らは本体から剥がれ落ちた鱗や肉片に過ぎぬ。早々に片付け、マガツヘビを追うぞ!」
地には巨体が這いずった後が残っている。
されど、すぐに後を追うわけにはいかない。
行く手を阻む『小型マガツヘビ』を倒さねばならぬから。
奴らを放置しては、街が食らい尽くされてしまうから。
【補足】
『鬼獄卒『石蕗中将』』は味方として立ち回ります。
表示されている√能力を使い共闘してくれます。
指示があれば従ってくれることでしょう。
第一章の討伐対象『小型マガツヘビ』の使用√能力は以下の通り。
体長は個体差がありますが、今回の現場で暴れている奴らはいずれも0.5~1m程の大きさです。
POW:マガツカイナ
【腕】による近接攻撃で1.5倍のダメージを与える。この攻撃が外れた場合、外れた地点から半径レベルm内は【霊的汚染地帯】となり、自身以外の全員の行動成功率が半減する(これは累積しない)。
SPD:マガツサバキ
60秒間【黒き「妖の火」】をチャージした直後にのみ、近接範囲の敵に威力18倍の【禍津ノ尾】を放つ。自身がチャージ中に受けたダメージは全てチャージ後に適用される。
WIZ:マガツイクサ
【小型マガツヘビの群れ】を纏う。自身の移動速度が3倍になり、装甲を貫通する威力2倍の近接攻撃「【禍津ノ爪】」が使用可能になる。
●
鬼獄卒の体躯と謙遜ない、威風堂々とした影が戦場に立つ。
「『石蕗中将』か。古妖と共闘することになるとは、何が起こるか分からないものだな」
六尺を越える恐ろし気な鉄十字怪人は、落ち着いた女の声でそういった。
彼女の名を、明星・暁子(鉄十字怪人・h00367)という。
全くだと暁子に頷いて応えた鬼獄卒の肩をぽんと叩くは。
「まさかお前と、とはな。世の中分からんもんだ」
整った顔立ちに鍛え上げられた身体の青年――御剣・刃(h00524)である。
「背中は預けるぜ、相棒」
刃の言葉に、鬼が笑んだ。
「くくっ、言うではないか。任せておけ」
人の気配を察知したか、蠢くマガツヘビが一斉に√能力者達を視認した。
――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!
咆哮のち、跳躍。
空を覆い尽くす化け物の群れが、腕を振り上げる!
「あれがマガツヘビか。では行こう。……自律浮遊砲台ゴルディオン、攻撃開始!」
鉄の軌道音が、開幕の合図。
ブラスターキャノン・フルバースト!
召喚されしキャノンの数は、十。
一斉発射された砲撃が、マガツヘビを迎撃する。
この√能力は、命中率と機動力が犠牲になる。
されど、マガツヘビの牽制には充分。
宙で化け物共が体勢を崩す。
「今のうちに!」
暁子の声に、男達が身構えて。
「行くぜ、鬼獄卒!」
「然り。……相棒」
方や拳を突き出し、方や鞭を振るう。
「まずは、てめぇだ!」
身体の限界を超えて、深々と……まず一体目。
落ちてくる敵の軌道を見切り。続けて二体目。
体勢を立て直さんとする個体へ残像を残る速さで近付き、三体目。
深く地を蹴り、相手の攻撃が威力を発揮する前に――。
撃つ、撃つ、撃つ。
幾体目だかのマガツヘビが呻く。
「此の、マガツヘビ様を……」
「あ? 五月蝿ぇ野郎だな」
呻いた傍から、刃は拳を叩き込み。
「まぁ、お前が何者であれ」
予兆を想起する。化け物が無様に吼える様を。
「誇りもなく生きるなんて、俺はゴメンだがね」
地に落ちて身体をくねらせたそいつを強く踏みつけて、とどめ。
刃が顔を上げると、砲撃を中断した暁子と青年の背を護り抜いた鬼獄卒と目が合った。
どうやら現在地の周辺は片付いたようだ。
「行こう」
誰ともなしに、声掛けた。
そして、一斉に走り出す。
今は、共に。
●
まさか古妖と共闘する事になるとは。
あまりの事態に、困惑と怖れを感じる人妖がひとり。
(「相手や事態を考えるとそれも已む無し。呉越同舟ですよね」)
戦場を駆けるイッポンダタラの名を、魔花伏木・斑猫(h00651)といった。
「そ、それにしても……」
戦場に転がった“残骸”を横目に呟いた声は震えていた。
既に誰かが戦った跡であろう。
古妖相当の、それも大群。
正直、怖い。けれども。自分でさえも知っているマガツヘビの復活を考えれば。
(「そちらを食い止めない方が怖すぎます……!」)
ゆえに、諦めてはならぬと自分を奮い立たせ。
ようやく、見覚えある男の背が見えた。
「む……諸君も|来てくれた《・・・・・》のか?」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
迫る小型マガツヘビを鞭で弾き返しつつ斑猫をちらり振り返る鬼の瞳と声色は、彼女の記憶にあるものと少しだけ違っていた。
(「あの時は、腑抜けだとすごく怒鳴られたけれど」)
「感謝する。いざ、マガツヘビの本体を追わん!」
かつて交戦したものとは別の肉片ゆえだろうか。
さておき、鬼獄卒は斑猫を“頼れる存在”と認識してくれているようだった。
「まずは此処に蔓延る輩を蹴散らさねばな、二人共」
「え? 二人?」
反射的に振り返った斑猫は、びくりと肩を跳ねさせた。
「ん! 話はちょっとだけわかった!」
何時からついてきていたのだろう。
音もなく其処にいた立派な体躯の獅子獣人の女――獅出谷魔・メイドウ(h00570)は!
「あの小さい連中と戦ってェ! それからもっと戦うんだな! 楽しみだなあ! なあ! なあ!」
「え、あの……その……」
斑猫がおどおどしている間に、メイドウは(勝手に)心を躍らせる。
メイドウにとっては、そうなるのも無理はない。
彼女は強さを追求する者。
伝承されし危険な存在であれど、彼女にとっては格好の腕試しの相手でしかない。
手にした大剣を片手でぶんと音を立て、構え。
「でさ、でさ。なあ、そこの強そうなの! オニっていうんだよな?」
啖呵を切るは、倒すべき敵に非ず。
「む。我か?」
「マガツ……なんとか? 片付けてさ! 後で戦おうぜ!」
鬼獄卒に対してだ。
思いがけない挑戦に、鬼はニヤリと牙を剥いて笑った。
「これはこれは。……其が叶えば、諸君の挑戦を受けようではないか」
「いよっしゃーあ!」
心が躍る。身体が躍動する。
「行くぞ、オニ! お前の強さも見せてみろ!」
鬼が弾いた敵の一匹に、メイドウが大剣を叩きつける!
小さくともマガツヘビ。その膂力は伊達ではない。
「ぐぬう!」
メイドウの大剣を|腕《カイナ》で押し返さんとする化け物。
拮抗を破ったのは、獄卒鞭による加勢であった。
「ありがとよ! しっかし、この数……」
礼を言っている間にも、次々と襲い来るマガツヘビ。
真っ向から力で押し切るよりは。
「こっちの方がいいな!」
大剣を地に突き刺して、メイドウは構えを取る。
「左からってんなら、」
向かって右へと掌底を使って力を受け流す。
無意識にパリィへ乗せるは√能力。
敵の力を無効化したことに、メイドウ自身は気付かぬままに。
「食らいな!」
身体の回転をパワーにして、そのまま左の掌底をぶち込んだ!
「よおし、まずは一匹! オニ、倒した数で勝負だ! 横取り上等、文句言うなよ!」
「面白い。受けて立つぞ」
メイドウが暴れ回る一方、鬼獄卒を捉えたマガツヘビ共は。
「む」
愚鈍なりに攻め方を変えることにしたらしい。
体躯が大きめの個体により小柄なものが纏わりついて。
素早さと、爪の鋭さを増して襲い掛かってくる。
好きに暴れさせては、まずい。
「マガツヘビを、一か所に集めてくださひ!」
やや引き攣っていながらも、決死の思いで斑猫は鬼獄卒へ声掛けた。
すると、鬼は。
「心得た。……戦場の色を変える。驚いて、心の臓を止めるなよ」
「え?」
だんと強く足を踏み鳴らす。途端、辺りが血を思わせる赤色へと変色して。
「此処は魔獄、此処は形状。我が庭にて朽ちるが良い、マガツヘビよ」
鬼獄卒の姿が、消えた。
刹那、マガツヘビの大群が次々と一か所に向かって飛んでいく。
飛んだ後には、鬼の残像。
戦場を己がものに作り変え力を増すことで、鬼は斑猫の望む状況を作り上げる。
「妖の娘よ。長くは持たぬ。策があるならば、やれ」
「……はい!」
鬼に答えてみせた声は、今度こそ明瞭なものだった。
マガツヘビが地に積みあがる、その中心点を見定めて。
さあ、本領発揮だ。
「足元……お気をつけ下さい。そして……離れてくださぁい!!」
|地雷屋《グラウンド・ゼロ》、発動。
「「「糞! 鬼に人妖に、何だあれ? とにかくどいつもこいつも……」」」
|有象無象《マガツヘビ》共の言葉が最後まで紡がれることはなかった。
全てが、爆音の下に消えてゆく。
チェーンマインの幾重もの、幾度もの爆発の下に何もかもが霧散して――。
後には、√能力者達と鬼獄卒だけが残った。
「いよっし! 片付いたな! じゃあ、オニ! |戦《や》ろう!」
「いえ。まだ……本体がいますので」
「そうだっけ? あ、そういやそうだったな! で、どこだどこだ!」
斑猫の説明に、回収した大剣と尾をぶんぶん振るメイドウ。
其に応えるかのように、大地が揺れた。
続けて、低い声での咆哮。
――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!
破壊され尽くした飲み屋街の向こうからだ。
「いざ、行かん。共に」
鬼獄卒が促した。
集った皆が駆け出した。
咆哮の元へ。
目的を同じくして。
第2章 ボス戦 『マガツヘビ』

●壊
瓦礫の中を駆けてゆく。
その途中、不自然な穴があった。
戦いの最中に“本体”の姿を視認できなかったのはおそらく、奴が地下に潜ったからであろう。
さて、潜航したマガツヘビは果たして何処にいったのか。
答えは、すぐ其処だ。
――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!
地平線から顔出した。
ぬうっと化け物が顔出した。
否、地平線ではない――真新しいクレーターだ。
街を深々と抉った其処から、マガツヘビが上半身のみを覗かせている。
「ぶち壊してやったぞこの野郎! 此れでも矮小というか糞共が!!」
吼える。吼える。化け物が吼える。
「だが足りねえ! まだ足りねえ!」
怒りに任せて、ただ吼える。
「人も妖も、全ての√も、あとあれだ、√EDEN……!!」
討たねばならない。
「だがまずは……お前らからだ! そこの矮小なお前らからぶち壊す!」
討たねば全てが、壊される。
* * *
「小型の排除は首尾よく行ったが、天がこちらに味方したとも言えよう」
鬼獄卒は言葉を続ける。彼が言うまでもないことかもしれないが。
「マガツヘビは『無限の妖力』を持つ。何の迷いも躊躇いもなく振り翳す」
それは、古妖ですらも敵わぬ程の力。
「後には退けぬ。されど……ははは、どう戦ったものか」
それでも、鬼獄卒は笑っていた。
「力を合わせ、策を巡らせ――言うは易く、行うは難いな」
それでも、彼が敵に背を見せるつもりはないようだった。
「いざ、行くか。共に」
此度の戦、鬼獄卒が背を預けるは√能力者達だ。