桜吹雪はとぐろを巻く。
√妖怪百鬼夜行のとある地を突如として、桜が覆いつくした。
通りを囲い、町を埋め、遠目から見ればそれは、一つの大樹のようですらある。
仰げば桜色の天蓋となり、立ち並ぶ幹は檻のようになって内に人々を留めた。
驚愕する住民たちは、しかしすぐにその魅力に取りつかれて花見を楽しみ始める。飲み食いの準備に勤しんでいた者もまた、手を止めてぼーっと花びらに見とれていった。
次第にその身を幹にもたれさせ、安らかに瞼を閉じていく。陽気を透かす桜色の木漏れ日が、幸せそうな人々を照らした。
風が吹き、花びらが舞う。
「これでは、あの方が迷ってしまいましょう」
本来その地に立つ桜は、一つきりだった。
伝承を残し、人々から敬われる枝垂桜。辺りを埋め尽くす異様な花々の中でもそれは侵されずに凛と立っていた。
人々には見えない妖もまたそこに。
長い黒髪に真っ白な肌。桜色の着物を着るその女性は、枝垂桜を目印に、愛する人を待っている。
しかしこんなにも桜が咲いていたら、見失ってしまうだろう。それに、日頃騒いでくれる者たちも集まってきていない。
加えて、それだけじゃなかった。
「……蛇の、気配」
町を埋め尽くす木の根が、僅かにうねる。妖としての本能で幹を伐り倒すも、それは再び根を張った。
——桜が全て散った時、蛇は蘇る。
●
「マガツヘビが、復活しようとしています」
星詠みが予言を告げる。
「√妖怪百鬼夜行のとある地にて桜に擬態したマガツヘビが、惑わした人々を集めて生気を吸っているようなのです。復活する前に仕留めておきたいものですが、如何せんかなりの範囲に広がっている上、再生力も高いようです。まずは住民の避難を優先してもらった方が良いでしょう」
今回は油断ならない依頼だと、集めた√能力者へ注意事項を伝えた。
「その地には、本来なら皆様と敵対する古妖も存在しています。ただその者も、マガツヘビを倒そうしているようなので、もし遭遇したなら共闘を心がけてください」
少しだけ緊張を和らげるように微笑みながら、現場へと直行する扉を開く。
「花見日和に依頼するのは心苦しいですが、まあ皆さんなら片手間に桜を楽しむことも可能でしょう。ただし、あまり心囚われないようにしてくださいね。あなた方でも養分になりかねませんから」
そうして送り出す√能力者へと、挨拶を投げかけた。
「それでは、お気をつけて。よろしくお願いしますね」
第1章 冒険 『不可思議桜の舞い散る刻に。』

御巫・朔夜は星詠みに導かれるがまま、桜に覆われたその地にやってきていた。
「これは確かに……異常だな」
見る者の心を奪い、春の風物詩である桜。しかし全ての景色を埋め尽くすほどにその花びらを咲かせていれば、さすがに気味が悪くなった。
まだ人の気配はない。村一つだけではなく、その周辺までも囲っているのだから相当広い範囲にわたっているのだろう。
「……一応、調べておこうか」
御巫・朔夜は足を止め、桜の幹に歩み寄る。そうして√能力【|武装化記憶《サイコメトリック・ジオキシス》】を行使して、触れたそれの記憶を読み取った。
—————
「くっ……!」
突然流れ込む、不明瞭な音。あまりに不快なそれは全身へと広がり、負の感情を強制的の膨張させられた。
足が重くなり、これ以上進むのを躊躇ってしまう。
「……なるほど、これがマガツヘビか。これは、倒さなければならないな」
しかし、√能力によって生み出したサイコメトリック・オーラソードで幹を伐り倒してどうにか意識を保った。
敵の脅威を知り、先へと急ぐ御巫・朔夜であった。
●
久遠・氷蓮もまた、頭上を覆う桜を見上げていた。
「いやぁ! 圧巻だな!」
彼は他では見れないその光景にただ声を上げて感心する。
それがマガツヘビによるものだという事はすっかり忘れて、一時花見を楽しんでいた。
「ん? なんだ……?」
とその時、彼の前で舞い散る桜が不思議に形をとる。それは、彼が誰よりも大切に思う双子の姉であり、それが笑顔でこちらに手を振っていた。
「なんでここに……? いやっ……!」
違和感を覚えて、彼は√能力【竜漿魔眼】を発動する。研ぎ澄まされた右目は激しく燃え上がり、それをたちまち幻影だと見抜いた。
「つまりは、幻で俺をだまそうとしたってわけか!」
能天気から一転、その絶景の意図を瞬時に読み取り、行動に移す。魔導書をすかさず取り出せば、お得意の氷魔法をぶちまけた。
「ブチ凍れええぇぇ!!」
その大声による一撃は、辺りの幹をまとめて氷漬けにして砕く。しかしそれは、たちまちに再生して、再び桜吹雪を舞わせた。
「どんだけ回復したって、何度でも凍らせてやるぜ!」
それに対して久遠・氷蓮は、バカの一つ覚えのように魔法を繰り出し続ける。
●
暁・千翼は静かな足取りで、桜を見渡す。
「……これ全部、蛇が擬態しているんだよね」
星詠みの情報を思い出して観察するものの、とてもその樹皮に蛇の鱗は見当たらない。しかし近づいてみれば、僅かに蠢いているのが見て取れた。
「……下手に刺激しない方がよさそうだ」
攻撃すれば何か反応して反撃されるかもしれない。そう冷静に分析して、とりあえずもう少し辺りを探索することにした。
とその時、桜が散った。不自然に目の前で固まって形をとる。
それは、暁・千翼を過去に奴隷にした簒奪者の姿だった。
「なっ……!?」
とっさに体が強張る。克服した記憶が彼の身動きを捕えようとして。
しかし彼も、成長していた。
「……こういう攻撃か。でも僕は惑わされはしないっ!」
今手に入れた幸せな思い出を抱え、√能力【|錬成・贋作武装《アルケミア・フェイクアームズ》】を行使して、武器を創造する。それを対消滅させるように幻影へとぶつけて見せた。
たちまち消える過去の影。まだ僅かに体は強張りながらも、暁・千翼は先を急ぐのだった。
●
角隈・礼文は星詠みからの依頼を受けて、現場に辿り着く。
「さて、事件解決に赴いてみましょう」
桜に覆われる地域。不可解な景色を前にしても冷静に歩みを進める。
彼は誰よりも先に、人々が集う場所に辿り着き、声をかけて回った。
「……目を覚ましませんね。誰もかれもまどろみの中……とりあえずは移動させた方が良いでしょうか」
と、桜の幹にもたれかかる人を抱え起こそうとしたその時、
——!
足元を張っていた根っこが跳ね上がり、襲い掛かる。それをとっさに避け、距離を取った。
「栄養としている、のでしたか」
敵の狙いを思い出し、そう呟く。人々に手を出さなければ攻撃はしないらしい。
それならと√能力【ウィザード・フレイム】を行使して、攻撃を繰り出した。天井を覆う桜の花びらを消滅させ、敵の出方を窺う。
「……あまりにも早い再生。これは、人手がないと対処は難しそうですね。そういえば、手助けして下さる方がいたのでしたか」
星詠みの言葉を思い出して、角隈・礼文は事件解決のために動き出すのだった。
第2章 ボス戦 『『飛花落葉』妖桜・名も無き花曇』

ただ一つ、もとよりその地に咲いていた枝垂桜。
それを守る妖が一人。
「……」
——『飛花落葉』妖桜・名も無き花曇
美しい着物に身を包む、女性の姿をしたそれは、懲りずに辺りを埋め尽くす桜モドキを蹴散らさんとしていた。
彼女はその桜を目印に待っている人がいる。これだけ桜が多ければ、気付かれなくなるかもしれない。
それに、この地を守っている人々の生命を尽く吸われては、枝垂桜も枯れてしまう。
だから彼女は戦った。侵略者を排除するために、その力を振るう。
しかしそれは蠢き出す。
花びらが舞う。枝に着いた花弁が風に攫われ、宙で固まり、そして根っこがそそり立つ。それらはまるで一つになろうと組み合わさっていて。
「……まずいですね」
蛇が、完成されようとしている。そうなってしまえば、この身ですら滅ぼされてしまうだろう。
「あの人に会うまで、私はここを去れません……!」
高柳・源五郎は桜吹雪舞うその地に踏み入った。
「これは一体どういう状況でしょうか」
花見の予感を嗅ぎ取って、人の集まる場所で褌を売りさばこうと現れた彼は、しかしその地に住む人々が誰一人いないことを不思議に思い、そこに辿り着く。
桜吹雪と対峙する一人の古妖。その強力な気配は普段なら敵対する相手と思えたが、しかしそれが戦う方からより邪悪な気配が漂っていた。
「わしもお手伝いしましょうか」
状況の理解は中途半端ながらも、助太刀が必要だろうと変身褌に商品の褌をかざして変身する。好々爺だった姿から巨漢へと。その温和な姿は鬼面が隠し、褌がはらりと漂う。
——鬼褌坊
ヒーローとして活躍するその姿で、彼はさらに√能力【|雷鳴の褌の力《サンダーフンドシモード》】を発動する。
たちまちその鬼面と褌が雷の様に輝き、身体能力を底上げした。まさに雷の様な俊足で花吹雪を散らしながら焼いていった。
●
保稀・たまもまた、颯爽と参上する。
「この桜の木が、良くないんだねっ!」
春の風物詩に擬態してると言うマガツヘビの存在を感じ取り、彼女は注意深く辺りを観察した。
周囲に立ち並ぶ幹の傍には、未だ非難しきれていない人々。他の√能力者の手によって、着実に進んではいるが、戦闘が始まっている今、一刻も早く進めなければならないだろう。
「みんな。自分の足でも歩けるよねっ?」
そう投げかけながら、彼女は√能力【世界を変える歌】によって歌を歌った。それは辺りに響き、非√能力者の傍らに歌い手の幻影を出現させる。それによって、意識をもうろうとさせている人々は、徐々に覚醒していった。
「これで、みんなは大丈夫そう。じゃあ、あとはこっちを蹴散らせばいいんだねっ!」
笑顔を絶やさず彼女は、決戦気象兵器レインを起動させて、辺りに散らばる花弁を焼き払った。
「わたしがいる限り思い通りにはさせてあげないんだから!」
●
紅河・あいりはレゾナンスディーヴァらしく、歌を歌った。
「♪——」
彼女による歌唱は一際存在感を放ち、敵を引き付ける。更には魅了効果によって戦意を削ぎ、味方達の支援を実現した。
更には霊力で自在に操る武器であるシルバーバトンを手元で回転させて、向かってくる花びらたちを蹴散らしていく。それでも対処しきれない攻撃には、√能力【|ミニあいり分隊《ミニアイリ・スクワッド》】によって招集しておいた、12体の分身体で守らせた。
「さすがに桜の木には歌の効果は薄いみたいね」
何よりも敵は、歌の届かない範囲にまで広がっている。それらを全て対処するには、とどまっていてはダメだ。
紅河・あいりは歌いながら移動して、敵の戦力を削いでいった。
●
エーリカ・メーインヘイムはその巨体で、戦場へと乗り込む。
「人間さんが困っているのなら助けましょう」
博愛の精神で現れた全長8mの体は、当然それだけで注目を浴びる。自らが敵の攻撃の的となりながらも、√能力【レギオンスウォーム】によって、小型無人兵器「レギオン」を放った。
「レギオンさんたち、いってらっしゃい!」
無数の兵器たちは周囲へと散らばり、ミサイルを放って花吹雪を撃墜していく。更には逃げ遅れた人がいないかと朝刊各センサーによる索敵も行っていった。
彼女自身の戦闘能力はそれほど高くない。しかしその巨体故に、少し手で振り払うだけで、花吹雪は風圧に押し負けた。
「意外と私も活躍できそうですね」
珍しく戦火が得られたことに嬉しくなりながらも、エーリカ・メーインヘイムは敵を蹴散らす。
●
リニエル・グリューエンは他の√能力者に前衛を譲り、後方支援に専念した。
「怪我をしている方がいればわたしが手当てをするわよ!」
そう声を上げて戦場を駆け回る。多数の√能力者の下へ向かっている最中で、ふと気づいた。
皆が戦っている花弁は、先ほどから全く減っていない。撃ち落されるたびに、木々から再生して、新たな攻撃へと加わった。
かといって、木の幹を伐り倒してもそれもまたすぐに再生する。
そのせいで戦況は一進一退のまま。加勢してくれている人数が多い分、どうにか持ちこたえてはいるが。
しかもまだ、敵は本当の姿を現していない。早いうちに打開しなければと視線を巡らせ、気付く。
地面が僅かに蠢いていた。その下で何かが張っているようで。
「根っこね!」
気付いたリニエル・グリューエンは、すかさず√能力【|神剣の戦乙女《シンケンノイクサオトメ》】を発動する。
神霊『神剣の良く早乙女』を纏った彼女はたちまち、その駆ける速度を向上させて、地面を蠢く根っこを追いかける。
そして、全てを貫く一撃を放つ。
「【神技・月影】!」
地中をえぐった先で、根っこが消滅する。すると、それと繋がる木の幹までもが焼失した。
●
敵の弱点を見抜いた情報提供により、戦況は郵政へと傾く。
それをサポートするため、星越・イサも支援をした。
「えっと、みなさんのためにならないとっ」
たどたどしく零しながら彼女は√能力【|揺るぎなき確信《アブソリュート・ビリーフ》】を行使した。
戦いで広がった被害や破壊状態が、たちまちに回復していく。勢い増す味方達の背中を押して、決着の準備を整えた。
これ以上の後方支援は過剰だと判断して、星越・イサも前線へと向かう。
外宇宙由来の思考の力によって、敵の思念を感知。そこへ大量の情報を繰りつけて、動きを阻害させた。
吹雪く花弁が一時止まる。攻撃がやんだその瞬間、集まる√能力者たちが一斉に、地面を這う根に向けて攻撃を放った。
——!!!
消えていく桜の木々。ついに再生することもなく、次々に元の景色へと戻っていく。
桜の天蓋が晴れ、幹の檻が消える。人々を捕える術も失って、その魔性の桜は徐々に消えていき。
しかしそれはまだ、本当の姿ではない。
危機を察知してか、ついにそれは現れる。
「———!!!」
耳をつんざく絶叫が、辺り一帯にとどろいた。
第3章 ボス戦 『マガツヘビ』

「ついに姿を現しましたか」
桜を守る古妖は荒れ狂う蛇を前に泰然と立つ。
そしてそれに対抗するように、周囲で舞い散る花弁が集まろうとしていて。
「これ以上は許しませんっ」
その着物の袖から枝を伸ばして、一枚一枚を刺し貫く。そうしながら敵の成長を防いでいった。
「一人での相手は難しいですが、今は心強い方々がいます」
珍しくも微笑みながら、√能力者たちに本体への攻撃を託すのだった。
●
桐谷・要は、現れた敵の強大さに後ずさる。
「んー、僕は戦いは得意じゃないし、古妖と同じように邪魔をしようかな」
マガツヘビは桜の花弁を吸収して更に成長しようとしていたが、それを尽く防がれている。それならばと集める前にまず、小型の蛇へと変じさせて、攻撃を避けるように仕向けた。
「これ以上の強化はさすがにヤバそうだしね」
小型蛇が本体へと集合しようとするのを見兼ねて、桐谷・要は√能力【ゴーストトーク】を行使し、周囲のインビジブルと協力を取り付けた。
「さあ、僕のオトモダチのお出ましだ」
人手を増やして小型の蛇を対処していく。それらは小さいままなら、踏みつぶすだけで花弁に戻ってくれた。
「これなら僕も活躍できるね」
そうして桐谷・要は敵の強化を防いでいく。
●
勢尊・暴兵は、ぶつけるべき殺意をさまよわせていた。
「桜の咲いてるとこならリア充がいると思ったのに、いないじゃないか」
年齢イコール彼女イナイ歴の彼は、とにかくカップルを殺さねばならないという強い周年に苛まれていて、傍から見ても人が集まりそうなこの場所にやってきたのだが、手当たり次第に探しても見当たらない。
そうしてマガツヘビと遭遇した。
「あー貴様が俺の楽しみを奪ったのか? 許せないなあ?」
標的を定めた彼はハチェットを構える。するとその敵意に反応してか、マガツヘビは、突如としてその身に黒き妖の火をチャージし始めた。
「火か。いいなぁ、それでリア充を燃やしたらさぞ気持ちがスッキリするだろうなぁ!」
あまりにも強力な力が溜まっていっているのにもかかわらず、勢尊・暴兵はハチェットを振るい続けた。そのダメージを無視してマガツヘビはチャージを続行し。
そして放たれようとした直前。
「だが、私には当てられないな」
勢尊・暴兵は闇を纏って姿を消す。標準を見失ったマガツヘビの一撃は、ただ空を焼くだけだった。
「さあ、代わりに切り刻ませろ」
●
観王寺・透は少し離れた場所からその戦場を眺めていた。
「動くのは苦手だから、僕はここから失礼するよ」
√能力【ウィザード・フレイム】を行使する。立ち止まったまま3秒詠唱するごとに、ウィザードフレイムを創造して、それを次々とマガツヘビに送り込んだ。
「出来れば早く片付けたいからね」
他の√能力者たちのおかげで後衛にまでは攻撃が回ってこない。そうたかをくくっていたが、それに対応するため、吸収しようとしていた小型蛇を、こちらに回してきた。
「でも、弱いね」
しかしそれらの力はさしたるものではなく、単純な霊気を飛ばすだけ塵にするには十分だった。
「凄い恐れられていると聞いたけど、さすがに数の暴力にはかなわないか」
観王寺・透は少し期待外れだとばかりにそう呟く。
●
立岩・竜胆は誰よりも前に出て、刀を振るった。
「皆さんのおかげでとても戦いやすくございます」
他√能力者たちの支援も相まって、虚を突いた攻撃がやってこない。
とその時、マガツヘビの腕が奇妙な挙動を取る。大きく振り上げられ、それは僅かに膨らみ、振り下ろされる。攻撃速度としては遅い。しかしその威力は通常よりも増大している。
「いえこれは、誘い、でございますね」
むしろ外れる事を想定した攻撃に、すかさず刀を交えた。
「ぐっ……!」
あまりに重い一撃。しかし耐え切れない事はない。見事敵の思惑を事前に防いだ立岩・竜胆は、反撃へと移った。
「それでは、こちらも同様に、でございます」
武器をしまい、己の腕を本来の姿を思い起こさせる。そして放たれる√能力【|龍爪大禍《リュウソウタイカ》】は、先ほどの敵の攻撃と同様、外れても利があった。
「この爪こそが、我が罪禍なり」
「————!?」
迫る選択。避けるか受けるか。その迷いがマガツヘビの行動を遅れさせ、防御も中途半端となった。
「避けて頂いても良かったのでございますが」
立岩・竜胆は柔和に微笑みながらも、苛烈な攻撃を続けるのだった。
●
斯波・紫遠は、少し離れた所で刀を構えていた。
「本体との合流は諦めたんだね?」
彼の前にいたのは、本体よりも一回り小さなマガツヘビだった。それは、元々本体に集めて強化しようとしていた花弁の集合体であり、相対する手数の多さにそうして分身体を作る事に方針を変えたようだった。
「さて、どれだけのものなのか。——危ないからね、避けるなよ」
対してすかさず放つ√能力【|【狗神】此レ成ルハ陽炎ノ一撃《ブッタギリ》】。逃げる刀——無銘【香煙】に怨讐炎を纏わせて、その威力を増大させる。
「——GA!?」
「うん、大したことないね。これなら下手に数作る必要はなかったんじゃないかな?」
目に見えない二連続の攻撃が、広がり舞い散る花弁をせん滅する。抑え込もうと更なる分身体を作るものの、それもまとめて切り払われた。
●
アリス・セカンドカラーは蠱惑的な笑みを浮かべながら、マガツヘビへと歩み寄る。
「あなた、美味しそうね。料理してもいい?」
「———!」
危険を悟ってマガツヘビが攻撃を繰り出すが、あらゆるエネルギーを糧にするサイキックヴァンパイアは、その攻撃が持つ力量すら吸い取った。
「うーん、中々濃厚ね」
そして懐へと踏み入り、傷付いたその体に細い指を這わせる。
「じゃあ、残りもいただいちゃっていいわよね?」
うふふ、と笑ってその桜で作られた体からエネルギーを吸い取っていく。するとたちまち蛇の体は花弁となって、徐々に崩れていき。
そうして、桜は散った。
残ったのは、枝垂桜が一本。
戦いが終わり、古妖はそっとそれに寄り添う。
「これで、あの方を待てます」
彼女もまた、日常へと戻っていった。