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上手に焼けますか?
『|峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!《GAOOOOOOOOOOOOOONNNN!!!!!!!!!!》』
日暮れの迫る渓谷に、獣の咆哮が響き渡る。空を震わせ地を揺らす、その大音声こそが復活した巨大妖怪、『マガツヘビ』の雄叫びである。
山ほどに巨大な体躯と、無限とも称される莫大な妖力を持つその妖怪は、怒りに任せて大暴れしながら血走った眼で辺りを見回す。
『糞糞糞ッ! あの野郎どこ行きやがった!!?』
「おうおう、わかりやすくキレてんなあ」
マガツヘビの叫びを聞きながら、古妖の一人が苦笑する。山間部を抜けて『狙いの場所』に辿り着いた彼は、事前に配置していた部下達……火鼠の群れに合図を送った。燃える毛皮を赤々と輝かせた火鼠達は、打ち合わせ通りの位置へと駆けていき――炎の列で、ちょっと説明し辛いくらいの罵倒の言葉を形作った。
『ふざけんなよ糞餓鬼ども!! お前ら一匹残らずすり潰してやるからな!!!』
マガツヘビが体を震わせると、剥がれ落ちた黒い鱗が地へと落ちる。ただの一片にしても普通の人間くらいはありそうなその鱗は、即座に形を変え、小型のマガツヘビへと変化して、火鼠達の方へと這い寄りはじめた。
「おっと、これは……予想外だな」
火鼠の中でも蒼い炎を纏った大将は、部下達に命令を下して近くに集める。相手も古妖ではあるが、和解や停戦という選択肢はない。『全てのあやかしよ、マガツヘビを討ち滅ぼすべし』、それは古よりの掟なのだから。
●朱に染まる戦場
「皆さん大変です! √妖怪百鬼夜行に、巨大妖怪『マガツヘビ』が現れました!!」
星詠みの一人、漆乃刃・千鳥(|暗黒レジ打ち《ブラックウィザード》・h00324)が√能力者達にそう呼びかける。
忌まわしき愚鈍の獣、無限の妖力と矮小なる頭脳の持ち主など散々な呼び方をされているようだが、その実力は本物。古妖ですら単独での撃破は不可能と断じ、こちらとの共闘を申し出てくるほどだ。
「実際のところ、正面から戦り合った場合僕達も勝負になりません! ここは古妖の方々と手を組み、マガツヘビを共に撃破するのが理に適った選択だと思われます!」
マガツヘビも√能力者ではあるが、短期間で繰り返し幾度も倒せば、やがて蘇生しなくなるようだ。決して油断せず、挑んで欲しいと彼は言う。
「今回協力していただきたいのは『蒼火』という名の古妖さんです。蒼い炎を纏った火鼠で、他の火鼠の親分のような立ち位置にあるようですね」
部下である火鼠と共にマガツヘビに挑みかかった彼は、√妖怪百鬼夜行の休火山地帯にある『炎獄谷』に誘い出そうとしている。
火口跡を含む熱泥地帯に形成されたこの場所は、赤胴色の岩肌と、常に立ち上る赤い湯けむりが特徴となっている。冷めない地の熱と独特の光景によって、一種の観光地にされているが、『夕暮れが谷を深紅に染める時、妖の火を投げ入れることで、かつての熱を取り戻す』という言い伝えがある。
「古妖さんが言うには、どうも本当の話みたいです! 敵を谷底に叩き落とし、炎獄谷が噴火時の熱を取り戻せば、さすがのマガツヘビも丸焼きにできるでしょう!!」
ということでマガツヘビを誘導中の蒼火だが、さすがに一筋縄ではいかないようで。敵の生み出した小型マガツヘビの群れに襲われ、取り囲まれているらしい。
「この古妖さんを助け、小型マガツヘビを倒していけば、業を煮やして本体が向かってくるはずです! どうか協力して、この強大な敵を打ち倒してください!!」
作戦が上手く運べば、打ち倒したマガツヘビの上を奇妙建築で埋め尽くし、復活を遅らせるべく『魂封じの宴』を催すことになるだろう。
「火鼠さんの話ではここでの『宴』は焼肉だそうです!!! がんばっていきましょう!!!!」
なぜだかやたら気合の入った声音で、星詠みは一同を送り出した。
これまでのお話
第1章 ボス戦 『火鼠大将『蒼火』』

●
赤銅色の岩場の合間から、血のように赤い湯けむりが噴き出す。そんな谷底から少し離れたこの場所も、同じように赤色が漂っていた。時折物好きな人と妖怪が訪れる程度の寂れた観光地であったそこに、今日は多くの妖怪達が集まっている。
「火鼠! あれが! 衣は炎に耐えると有名な!」
揺らめく赤い靄を眼鏡にかけた魔法で見通し、|ネルネ・ルネルネ《🌀ねればねるほどいろがかわって🌀》(ねっておいしい・h04443)がそう歓声を上げる。群れ成す火鼠の特徴は確かにその情報通りだったが、その外見は思ったよりゴツい。リーダー格に至っては筋骨隆々に見えるくらいだ。
「あれ、やきにくは?」
宴の会場にやってきた体の|獅猩鴉馬・かろん《しじょうからすま かろん》(大神憑き・h02154)にとっては、その様子は異様なものに見えていたかもしれない。火鼠の纏った火の一帯に、群がり行くのは無数の蛇。
「へび? へびもやくの?」
「焼くと言えば焼くけど……焼肉は終わってからかな?」
「えぇー」
ネルネの言葉に、かろんは不満気にそう返す。仕事の流れをいまいち聞いていなかった気配は感じるが、とにかく「しかたないなー」と呟いたかろんは、大神の従える眷属達を呼び出した。
「よーし、やきにくのまえにおかたづけだ!」
放っておけば小型マガツヘビの群れに吞み込まれてしまうであろう火鼠達に手を貸すため、かろんは彼等に攻撃を命じる。大神の眷属達は隊列を組むように駆けて、蛇達の背後を取り、奇襲を仕掛けていった。
鋭い爪で、牙で、自らよりも大きな蛇達に食って掛かり、彼等は敵を足止めしていく。
「いいね、その調子で敵を誘導できたりする?」
「え? うん」
追撃をかける好機と見て、ネルネもまた呪文を詠唱、魔術による色とりどりの炎を生み出す。そんな彼に頷いて返したかろんは、眷属達へとさらに命令を下した。
「みんながんばれ!」
――指示が大雑把すぎないか? かろんに憑く大神が疑わしげな目で見てくるが、彼女は口笛を吹くふりをしてそれを受け流した。
小型マガツヘビもまた爪を、牙を使って反撃を繰り出す。強力なそれらの攻撃を、眷属達が『頑張って』凌いでいると、火鼠達もそれに応じるようにして組織的な抵抗を開始した。目の前の的に一斉に飛び掛かったかと思うと、引きずり出すように後退する、それらの動きは恐らく大将の指示によるものだろう。
「へえ、マスゲームみたいな事もできるんだね」
感心したように頷きつつ、ネルネは大量に呼び出したカラフルな炎、フレミーちゃん達を敵陣の真ん中に向けて解き放った。
「うおー!焼肉ー!!」
「やきにくー!!」
乱舞する炎は時に敵へと直撃し、時には火鼠や大神の眷属を守るように飛んで、攻撃反射で小型マガツヘビを弾き返す。
二人の手によって包囲陣に大きく穴が開く。これによって、後続もまた問題なく火鼠達と合流できるだろう。
「ちなみにさっきの悪口は何て書いたの?」
『教えてやってもいいが、子供のいる前ではちょっとな』
「え? なんのはなし?」
そんなやりとりをしている内にも、大神の眷属達は一時的な味方である火鼠達を癒して、「俺達が片付けるの?」みたいな視線をかろんの方へと送っていた。
●
「私はオリヴィア・ローゼンタール、√EDENのダンピールという人妖です」
火鼠達のもとに駆けつけたオリヴィア・ローゼンタール(聖なる拳のダンピール・h01168)は、苦戦する彼等に対してそう名乗りを上げる。
「あなたの策が成れば焼肉――もとい、マガツヘビを倒せると聞いています。奇しくも私も炎属性! ここは一時共闘といきましょう!」
一瞬食欲が透けて見えたが、その分意図は伝わりやすかっただろう、追い詰められつつあった火鼠の大将も、これには素直に頷いた。
『いいだろう、一時休戦だ』
「よろしくお願いします、蒼火さん」
霧島・光希(ひとりと一騎の冒険少年・h01623)もまたそう告げて、相棒たる|影の騎士《シャドウナイト》と共に戦列に加わった。長剣と短剣、両手に竜漿兵器を構えた彼は敵を見据える。マガツヘビの鱗から生まれた小型の分身達は、他に目もくれずこちらに向かって突っ込んできていた。
「なんだか、すごく怒ってるみたいだけど……?」
「いったい何を申された、火鼠らよ」
同じく合流したツェイ・ユン・ルシャーガ(御伽騙・h00224)が面白がって尋ねると、火鼠達はこそこそとその内容を伝えてくれた。
「……ほう、まあ、それは怒るであろうなあ……」
火の鼠だけに煽るのが得意なのか、悪辣な古妖であるからこそなのか、とんでもない内容にツェイは思わず苦笑する。元来この手の行為は口にした側の品格まで問われるものだが、今はそれに乗じるのがいいだろう。そう判断した彼は、蒼火に問う。
「古妖殿――否、大将。此処でひとつ我が策に乗ってはくれぬか」
そうして迫り来る敵の前へと進み出たツェイは、小型のマガツヘビ達へと言葉を投げかけた。
「如何したマガツヘビ、吠えるばかりがお前の取り柄か」
『……それだけか? もっと言ってやったらどうだ』
「既に怒り狂っておる故、これくらいでも――」
十分であろう。ツェイがそう続けるより早く、小型マガツヘビは素早く仕掛けてくる。襲い来る爪、鋭い刃をばら撒いた符を囮代わりにして凌ぎ、誘導しながら、ツェイは再度蒼火のところまで後退した。
「さあて大将、お主の火の粉を頂戴できるかの」
合図に合わせて、蒼火がその名の通りの炎で毛皮を燃え上がらせる。舞い踊る蒼い火の粉は火鼠の毛皮と同様に熱への耐性を宿すもの、それが味方を守っている内に、ツェイは白群の炎を紡ぎ出した。
「焼き加減は……火山には及ばぬであろうがの、はは」
『|白群燎齎《エンライ》』、敵味方の入り混じるそこで炎が爆ぜて、敵には炎熱によるダメージを、そして味方には炎の加護を齎す。
『今だ、押し返せ!』
大将の号令に合わせて、火鼠達が一斉に攻撃態勢を取る。彼等の毛皮に纏う赤が、その火勢を上げて。
「なんかいろいろな意味で燃える感じ……」
――行こう、|影の騎士《シャドウナイト》。こちらもまた加護を受けた光希が、手にしていた竜漿武器を銃のように構え直す。
「【|謎めいた弾丸《エニグマティックバレット》】、起動」
刃の上に宿る謎めいたエネルギーを弾丸へと変えて、敵の群れの中心近くの小型マガツヘビへと連続射出。爆破の衝撃で周囲の群れをまとめて吹き飛ばす。攻撃の影響範囲には火鼠を含めた味方も巻き込まれているが、彼等に対してはエネルギーの付加による強化を与える。
──ちょっと蒼火さん達を頼らせてもらおう。今回のように味方の頭数が多い場面ではバフの価値も高くなるもの、普段の何倍も強化された彼等と共に、光希と|影の騎士《シャドウナイト》は深く切り込んでいった。
そしてもちろん、味方の強化の恩恵はオリヴィアの元にも届いている。飛び掛かってきた小型マガツヘビの爪を見切り、躱しながらカウンターの一撃を見舞って、動きの止まった敵の尾を掴み取る。怪力を活かした彼女はそのままジャイアントスイングの要領で相手を振り回し、他の個体へ向けて豪快に投げ飛ばした。
折り重なるように倒れたマガツヘビ達に向けて、掌を向ければ、そこに聖なる炎が燃え上がる。
いつもよりも大きく火勢を増したそれを、眩く輝かせて。
「一足早く蒲焼きになっちゃってください! |聖炎爆滅破《セイント・イグニッション》!!」
夕暮れの渓谷を白く照らす爆発が、敵の群れをまとめて吹き飛ばしていった。
「この調子で行きましょう!」
頑張ってやっつけていけば、至る先は待望の焼肉パーティーだ。気合を入れ直したオリヴィアは、先頭を切ってさらなる敵へと突撃していく。
●
「一同、整列、……猫、動くな」
七・ザネリ(夜探し・h01301)の言葉に「はーい」とノッテ・ニンナ(てんのひかり・h02936)が返事をして、一行はとりあえず彼の前に並ぶ。
「目的は分かってるな? そう、宴だ」
今回の締めくくりとして約束されし焼肉、だがそこに至るにはこなすべき仕事があるのだと、改めてザネリは言う。
「きっちり働いて腹空かせろ」
「まあ、いいだろう。今日ばかりは座の従業員として働いてやる」
「ご安心くださいな、ご尽力いたします」
働かざるもの食うべからず、と言いますし。ジャン・ローデンバーグ(裸の王冠・h02072)に続いて九段坂・いずも(洒々落々・h04626)がそう返事をして、小沼瀬・回(忘る笠・h00489)もまた同様に頷く。
「その方が飯も美味かろう。特別手当にも期待しているぞ」
「特別手当だあ?」
「なるほど、楽しみだな特別手当」
妙な知識を吹き込むんじゃない。回を咎めるように一瞥した後、ザネリは嘆息してこめかみを押さえた。そんなもの用意されてるわけもないのだが。
「……蛇肉は美味いか試すか?」
げ、とジャンが顔を歪める。
「言っておくが食べる肉は牛がいいぞ、俺は」
「私も蛇肉は御免被る、が……かるびの部位はありそうだな……」
「私は蛇でも牛でも、どちらでも構いませんよ」
回といずもについてはそこまで文句はなさそうだが……古妖の肉片ひとつに大騒ぎしているのがこの√妖怪百鬼夜行である、少なくともこの『ヘビ』の肉は素直に封じておいた方がいいだろう。まあ、宴の時が来ればなにかしらあるだろう、たぶん。
「蛇の肉は嫌だからな! おい! 絶対だぞ!!」
はいはい、とジャンをあしらったところで、ザネリは戦場へと視線を向けた。蛇と鼠、妖怪となってサイズは変われどその力関係に変化はないらしい、放っておけば次々と丸呑みされてお終いだ。ただし今回はこちらもガキと淑女――あまり無理な扱いはさせられない人員を連れている。盾役はこちらで担う必要があるだろうか。
「ねずみ。へび。いっぱいです。これはじけんですね!」
「よう、ねずみの民たち。後は王様――従業員に任せとけ!」
「おい待て何故前に出る」
「はんにんはこの中にいます!!」
とりあえずその辺りの気遣いは一切考慮されなかった。ザネリ達を押しのけて前に出たノッテは、高らかにそう宣言する。名探偵の晴れ舞台ともなれば、敵もその動きを止めてしまうもの。
「ははあ、なるほど犯人はこの中に」
感心したようにいずもが応じて、停止した戦場を流し見る。敵の鱗から生じた小型のマガツヘビと、迎え撃つ火鼠たち、両者の入り乱れたそこは混沌としている。
「とはいえ随分と人数が多いようですが」
「ふくすうはんですね」
「なるほど、面白い推理だな名探偵殿」
まあ確かに、間違ってはいないだろう。そちらに拍手を贈りつつ、回は商売道具を取り出しながら犯人候補に狙いを定める。
「はんにんは……あなたです!」
じっと敵を見定めて、示されるノッテの指先に合わせて、回の帳簿紐がそのマガツヘビを縛り上げる。
罪人が定まったならば次は裁きを、ジャンはその手に『王剣』を呼び出した。
「兄貴、俺の焼肉の為にも頑張ってくれよ……!」
王国一の騎士が何を思ったかは定かでないが、とにかく彼の腕にはずしりと重い聖剣が握られた。振り回すには少々大きいが、細い両腕でそれを支えて、構える。
震える剣の切っ先、だがすらりと抜かれたいずもの大太刀、山丹正宗はさらにその先へと伸びていた。
それを横目にして、「ううむ」と思わず唸り声が漏れる。
「……俺もそれぐらい軽々振り回せるようになるから。そのうち」
「ウフフ、ジャンくんもきっとすぐ背が伸びますよ」
お肉をたくさん食べましょうね。そんな風に笑いながら戦場を駆けて、二人の刃がマガツヘビの一体へと突き立てられた。抵抗を試みる敵を斬り伏せたところで、周囲のコガタマガツヘビ達も彼等を『より厄介な敵』と認識したようだ。
「あっ、あれもはんにん、これもはんにんです! あと多分こっちもそうですね! やっちゃってください!」
「……って、おい! 犯人多いって! 次どれ!?」
続けざまに飛ぶ指名に従い攻撃を仕掛けるが、既に拘束を脱する者も出始めている、いつまでもこの方式は続かないだろう。嘆息したザネリは、未だ最前線のノッテを指差して。
「おい、回。その猫掴んでろ」
「何? 掴むなら証拠だろう」
「労災申請されても困るんでな」
確かに怪我はよくないか。そう納得した回はノッテを摘まみ上げて、後方へと下げることにした。
「おお?」
摘まみ上げられたノッテは驚きの声を上げるが、すぐに意図を察したらしく「よろしい」と頷く。
「あとはみなさまにおまかせいたしましょう」
推理が終われば探偵の仕事はお終い。あとは腕を組んで堂々と構えていればいいのだから。
「暫しの安楽椅子探偵、だな」
「そういうことです! あんらく!」
胸を張った彼女が後方に収まったところでひと段落、もうひとつ溜息を吐くと、火鼠の大将から声が降ってきた。
『助力感謝する。……旅芸人か何かか?』
「一座を名乗ってはいるが……」
若干揶揄するような響きに、何とも言えない表情でザネリが返す。今回は手を組むことになっているが、この古妖も友好的な善人などでは決してない。
「……まあいい、こっちはあんたの火にあやかって、デカブツを黙らせたいだけだ」
『いいだろう。ならば――』
蒼火が自らの纏う炎を燃え上がらせて、周囲に火の粉を散らす。舞い踊る蒼い火の中で、ザネリの使役する蠍の火はより強く、赤々と輝きだした。
不吉な星のように光るそれは、素早く飛んで小型マガツヘビの一体を照らし出す。
「そこだな!」
「おい、突っ込むな。……聞いてねえな」
目印を見つけて揚々と切り込むジャンの後を追う。集中力は褒めてもいいがまだまだ経験不足か、周囲に向ける注意が足りていない。ジャンが標的を斬り裂く合間に、その背後には別の個体が迫っている。薙ぎ払われる尾の一撃を、ザネリは割り込む形で受け止めた。
「あら、ザネリさん。もしかして今……」
「……はあ」
いずもの声に嘆息をひとつ。返事の代わりに、呼び出した蠍火を目の前のマガツヘビに宿らせる。
「いずも、後は頼む」
はい、はい。愉快気にそう頷き、いずもは大太刀を振り抜いて敵の首を叩き斬った。戦い慣れた様子の彼女は、別の敵から奇襲を受けぬよう一旦下がる――そんな動きを見て、回は感心したようにザネリに言う。
「いずも殿の太刀にじゃん殿の剣、見事な“話術”と“交渉術”だ。良い部下を持ったな、ざねり殿」
果たしてこれは頷いていいものか。眉根を寄せた彼が答える前に、回は鷹揚に頷いた。
「無論、私も給料に見合った働きはしよう――」
一座の賃金の重みをくらえ。算盤珠や帳簿紐とは違い、重量を伴う銭箱が彼の合図と同時に飛来し、敵の一体を圧し潰した。
「あの銭箱、中身は本物なんでしょうか?」
「さあ……?」
箱の中からは盛大に硬貨の音が鳴り響いているように聞こえるが、果たして。
そんな軽口を交わしつつ、一座は多数の敵を捌いていった。
●
マガツヘビを討ち滅ぼすべし。その掟が課されているのは古妖を含めた『全てのあやかし』である。無数に湧いた小型マガツヘビと相対し、争う火鼠たちの様子を見て、神薙・ウツロ(護法異聞・h01438)が小さく呟く。
「共闘してくれるって話はマジなんだねぇ」
敵の敵は味方とはよく言ったもので、後ろから刺される可能性も考えてはいたが、こうして率先して戦う様子からすると、少なくともここの頭目は掟に殉ずる覚悟でいるようだ。
「さて、それじゃ宴も控えてるってことだし――じゃんじゃん|焼《や》ろっか」
されど劣勢、火鼠とマガツヘビでは単体の実力差があまりにも大きい。そこを覆してやるべく、ウツロは火の護霊、朱雀を彼等の頭上に舞わせた。
「おや、あそこに居るのは神薙のオーナーさんじゃないかい?」
「え、ほんとに?」
月見亭・大吾(芒に月・h00912)の言葉に、宮部・ゆら(|十六夜《あの月》に届け・h00006)が耳を立ててそちらを探る。この手の規模の大きい戦いであれば、居合わせることもそう珍しくはないだろうが。
「じゃあ、あたしはいなくても大丈夫そうだね」
「えぇー」
「……そうもいかないのかい。若者もこんなにいるんだし十分じゃあ……」
後は任せたと言いたげな大吾だったが、ゆらの反応からするとそれも難しいか。今更彼女だけ置いて帰るわけにもいかないだろうし。
「……わかった、ちゃんと手助けはするよ」
今日は鬼火も元気が良いみたいだしね。ウツロの朱雀によるものか、火鼠の大将の放った火の粉によるものか定かでないが、たまにはこうして使うのもいいだろう。
「らくしょーらくしょー! みんなで協力してポコパン決めて、焼肉で祝勝会だよ!」
ぴょんぴょんと跳ねて準備運動をしたところで、ゆらは駆け付けるべき戦場を見遣る。
「大吾くんは戦うのあんまり得意じゃないんだっけ?」
「そうそう、あたしゃ喧嘩は苦手なんだ。頼りにしてるよお嬢さん」
「うん、まかせて!」
√能力者も交えて混沌としたそこへ、彼女は意気揚々と飛び込んでいった。
「霹靂は、一緒に戦うときは危ないからナシ、だったよね?」
先日の一件から教わったそれを反復しつつ、ゆらは力の使い道を吟味する。得意の雷撃は威力が高いが、味方も巻き込む可能性が高い。
「じゃあ、これだっ!」
展開したのは『電磁波探知』、敵の動きを察知した彼女は、相手の隙を突く形で打撃を打ち込む。だが小型と言いつつ彼女よりも巨大な体躯を誇るマガツヘビの分身は、止まることなく反撃を仕掛けてきた。
「おっと、危ないねえ」
『妖に火遊び』、大吾の放った弾丸が鬼火を生じさせ、火炎でマガツヘビの顔面を焼く。敵は攻撃の寸前で仰け反ることになったが、その隙を見たゆらは、自分の身体が一瞬でその目の前に移動するのを感じ取った。
戸惑いながらも素早い一撃で敵を悶絶させて――。
「ゆらちゃん、今のは良かったよー」
「おじちゃん!」
いつの間にやら近くに来ていたウツロが呼ぶと、空間が歪んでゆらの身体が滑るように後退する。それは『DOMINATOR:参仟弐佰壱式』……次元を弄るタイプの術を駆使したウツロの手によるものだ。
彼は周囲の戦場にその手を伸ばして、火鼠と小型マガツヘビ、その両者の戦いが有利になるよう働きかけている。当然その力は、ゆら達に対しても使えるわけで。
「助かるよ。蛇もそんなに得意じゃあなくてね」
「今のすごいね、どうやってるの~?」
「それはちょっと内緒だけど」
空間断裂、先程のマガツヘビに強力な追い打ちをかけながらウツロが応じる。
「じゃあがんばっておくれよ、おまえさんたち」
本格的に力を抜き始めた大吾の様子に苦笑しつつ、彼等は再度手を組んで、さらなる敵を倒しにかかった。
●
『全てのあやかしよ、マガツヘビを討ち滅ぼすべし』、その言葉は√妖怪百鬼夜行においては古くより伝えられていたものだ。とはいえ、長い年月の中で、例外も皆無というわけではないようで。
「“掟”だとさ。知っていたかい?」
「え? 掟? 知るわけないでしょ~初耳も初耳よ」
偶然居合わせた早乙女・伽羅(元警察官の画廊店主・h00414)の問い掛けに、佐野川・ジェニファ・橙子(かみひとえ・h04442)はひらひらと手を振って答える。
「だから正直ピンと来なかったんだけど……なんと、今回協力の暁には焼肉が待っているそうよ!」
「――ほう」
こちらも身の入らない態度で聞いていた伽羅の耳が、そこでピンと立つのが見える。
「で、俄然興味が湧いてきたってワケ! お肉食べずして美女は成らずですからね」
そういうものだろうか、いやそういうものだろう。もっともらしく頷く伽羅に対し、今度は橙子が問い返す。
「ちなみに伽羅殿は掟のこと――」
「ああ、警察の規則だか機密だかにあったからな」
今思い出した。まるで当然のようにそう言って、彼はマガツヘビ討伐へと繰り出していった。
「……で、この状況か。煽りの腕前は随一のようだが、いささか刺激しすぎたようだね」
辿り着いた戦場の一角、火鼠の大将を張る古妖のもとで、伽羅はそう言って肩を竦める。対する蒼火は部下の火鼠達に指示を飛ばしながら、忌々し気に呟いた。
『油断したつもりはねえが、見積が甘かったのは否定できんな』
なるほどねえ、と頷いた伽羅は、早速そこに覗いた弱味を突く。
「だったら、ねえ。手を貸そうじゃないか。もちろん、それなりの“誠意”があれば、だけれどね」
蒼火の舌打ちが聞こえる。これまで訪れた√能力者達が協力的だっただけに、気を抜いていた部分があるのだろう。
「あ、伽羅殿が猫だからって鼠さん脅してる~」
「いやいや、こんなに大きな鼠を脅そうとは思わんさ」
ただね、古妖と妖、猫と鼠、敵同士が手を組めばそれだけで勝利の合図なのだと、エデンではまことしやかに言われているのさ。そんな風に伽羅は調子よく語ってみせる。
「勝ち確ですってよ~、小さい鼠さんたち。今乗らないと損じゃない?」
周囲の火鼠達を橙子が煽る。大将としては、彼等の不安を取り除く必要もあったのだろう、苦虫を噛み潰したような顔で、蒼火はその話に乗った。
時間もないからね、安くしておくよ。いや前金はありえねえだろ状況考えろ。などとこそこそやっていたようだが、話はどうにか纏まったようで。
「では今から辺りを一斉にしばきますから、そこのネコチャンと一緒に弱ってる奴に突撃ヨロシクね」
先陣を切った橙子の呪髪が伸びて撓る。向かい来る小型マガツヘビの群れに、鞭の如く振るわれたそれは、敵陣をまとめて薙ぎ払った。当然それだけで倒せるような敵ではなく、伸ばした爪で、力強い腕で、敵は彼女の髪を引き千切ろうと迫るが。
「蒼火よ、大人しく機を伺うなどせず、果敢に仕掛けるのだぞ」
『誰にモノ言ってんだ?』
「こっちの髪は燃えてもへーきだからね?」
舞い散る火の粉に続いて毛皮の蒼炎を燃え上がらせて、火鼠の大将は小型マガツヘビの一体に体当たりを仕掛けた。蒼火の巨体が敵を吹き飛ばすのに合わせて、跳躍した伽羅が上から刃で貫き、とどめを刺す。
「この調子で確実に減らしていきましょう!」
即席の連携としては悪くないだろう、そう笑って、橙子が頭を振る。艶やかな黒髪がさらに伸びて、蛇の群れを迎え撃った。
●
「厄介な相手、というのは理解した」
迫り来る巨大な蛇の群れ、マガツヘビの鱗から生じた群体に対して、ジャック・ハートレス(錻力の従者・h01640)の認識はシンプルなものだった。
「即刻焼き払う。それでいいな?」
『いいだろうさ、できるもんならな』
軽く言ってくれるものだと、火鼠の大将が若干投げやりに応じるが、その辺りを気にした様子もなく、ジャックはルメル・グリザイユ(半人半妖の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h01485)へと大斧の刃を向けた。
「……だってさ。やめとく?」
「いや?」
見くびられているのならば、やれるところを見せてやるだけ。そんな様子の彼女に「だよねえ」などと返しながら、ルメルはその刃に可燃性の液体を這わせた。
鈍色の刃が塗れるのを確認し、ジャックは身の丈ほどもあるそれを振りかぶる。武器に取り付けられた心臓部が大きく脈打ち、蒸気が噴き出す。
『錻力の号哭』、叩き付けられた大斧は大地を揺るがせて、その振動で迫り来る敵を捕まえた。
「火を」
『仕方ねえなァ!』
彼女の声に蒼火が応じて、身に纏う炎を燃え上がらせる。舞い散る火の粉はジャックの立つ戦場にも降り注ぎ、大斧の上で燃え広がった。
蒼色の炎が、ブリキの身体の表面を照らす。その輝きの中で、彼女は足止めした敵の元へと地を蹴る。
便宜上『小型』と呼ばれつつも、ジャックの体躯を越える大きさを誇るマガツヘビの分身は、回避を諦め両の腕でそれを受け止めた。食い込む刃が肉を切り裂く。だが純粋な力比べであれば敵の側に分があるのだろう、刃の方向を力ずくで逸らす形で、マガツヘビは致命傷からどうにか逃れる。
力で勝っているとはいえ、この蒼い火の粉が舞う中では炎の影響を抑えきれないのだろう、消極的な動きに徹する相手に対し、ジャックはここぞとばかりに距離を詰めていった。
燃え盛る斧が鱗を砕く。しかしそれは決め手にはならず、小型マガツヘビもまた反撃を試みる――そんなやりとりに転機をもたらしたのは、準備を整えたルメルだった。
「蛇肉って、鶏胸肉みたいな食感なんだっけ~?」
詠唱錬成剣をバヨネット型に変化させた彼は、挑発的に問いかける。
「ねえ、そんなにいっぱいあるなら……ちょっとぐらい分けてもらっても良いよねえ」
それは攻撃宣言と言ってもいいだろう、同時に防具を脱ぎ去り、敵へと向けて疾走する。当然マガツヘビもそれを阻止すべく爪を振るうが、ジャックの攻撃によって鈍ったそれを見切るのは容易い、ルメルはナイフを振るってそれを弾き返した。
『Vigilante Persecutor』、条件を満たしたことにより魔術が発動、転移したバヨネットの刃先がマガツヘビを内側から貫く。刀身に走った溝には先程の可燃性物質がたっぷりと這わされており、傷口から内部に塗り付けられた。
ジャックが斧を真横に振る。飛び散った蒼い火の粉は、さながら導火線となったその液体に燃え移った。
『があああああッ! クソがッ!!!』
あっという間に炎に包まれた小型マガツヘビが、苦鳴と共に罵倒の言葉を吐く。
「長く孤独だったのだろう?」
なら、愛をくれてやる。振り返った彼女は、去り際にハートの形のそれを放る。可愛らしい見た目をしてはいるが、その実これは手榴弾である。炎の中に投げ込まれたそれは、ダメ押しのように爆ぜて、マガツヘビの体を吹き飛ばした。
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巨体から剥がれ落ちた鱗の一つ一つ、それらが小型のマガツヘビと化し、群れを成して迫る。迎え撃つのは隊列を成す火鼠達、古妖と並び立ち戦うというこの状況は、√能力者達にとっても不可思議なものだろう。
「敵の敵は味方ってことかな……」
そう呟きつつも、詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)は周囲への警戒を緩めない。『聖女の護衛』としては万が一、背中を刺されることも考慮に入れておかねばならないだろう。
「なぁ、ララも警戒を――」
そう促してみるが、当の彼女、ララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)は完全に「お腹がすいたわ」という顔をしていた。ダメだこれはと溜息を吐くと、ララにもそれが聞こえたようで。
「ララは食べることばかり考えているわけではないのよ。ちゃんと戦のことも考えているわ?」
「ああ、うん……そうだな」
俺がしっかりしなきゃな、と気を取り直す。とはいえ、周囲の火鼠達が二人を気にした様子はない。『それどころではない』というのが正確なところかもしれないが。
蒼炎を纏う大将の命令に合わせて、火鼠達は敵を受け止め、誘い込むように動いている。そんな古妖の布陣を利用するように、ララはとんと花嵐のように駆けて切りかかった。
通常の古妖を凌ぐ力量を持ったマガツヘビは、当然それを叩き落としにかかるが。
「ふふ、イサ。お前にララを守らせてあげる」
無造作に振るわれた尾の一撃を、イサの展開した泡状の障壁が防いだ。
「ララに手出しはさせない……!」
その間に間合いを詰めたララは、お返しとばかりに銀のフォークを突き立てる。続く一太刀は桜吹雪を伴って、破魔の刃が敵の堅い鱗を切り裂いていった。
彼女が傷を負わせた相手に、イサは水激のレーザーを薙ぎ払うように放ち、反撃を阻む。するとその隙を活かすように、火鼠達が次々と小型マガツヘビへ跳びかかっていく。体当たりと同時に、彼等は纏う炎を燃え上がらせて、水蒸気を上げる敵の身体を焼き苛む。
「ふうん……」
古妖達の戦う様子を目にして、ララもまた迦楼羅焔をその身に宿す。
「ララの迦楼羅焔だって、決して負けないんだから」
不敵に笑う彼女の炎が、いつもよりも強く燃え上がっているのは、火鼠達の舞わせた火の粉を呑み込んでいるためか。
イサが牽制射撃で追い込んだ敵に対して、ララはその焔を解き放つ。
「――こんがりと焼却してあげるわ」
眩く輝くそれは、小型マガツヘビの一体を焼き焦がしていった。
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腕持つ蛇が地を這いずり、その黒い体躯を蠢かせる。一体ごとの大きさも侮れないが、それが集団を成すこの光景は、マガツヘビを知る者にとって大災害の訪れを見るのに等しい。若干涙目になったシュガーポップ・シュガージャック(獣妖「ナイトメア」のドリーム・ライダー・h05483)は、その現実を受け止め切れないと言うように遠くを見る。
「大人になったら選挙とマガツヘビ討伐には必ず行くように、とか言われてたけどさ、まさか本当にその時が来るとはね……」
彼女のところには大分フランクな形で伝わっていたらしい。とはいえ、その脅威は十分に教えられていたようで。
「見なよアレ、鱗一つが古妖くらいに強そうじゃないか」
うう、と呻くようにしながら呟く。誰に対して、というものでもないだろうが、その場に居合わせた香柄・鳰(玉緒御前・h00313)がそれに応じる。
「小型でこの大きさならば、本体は如何程なのでしょう?」
「うう、思い出したくない……学校の教科書には載ってたと思うけど……」
確かに総出で殴れという言い伝えではあったが、本当にどうにか出来るものなのだろうか? 既に帰りたい、といった様子のシュガーポップだったが、残念ながら掟は掟。
「ええい、ままよ! もうどうにでもなーれ! お世話になります火鼠さーん!」
投げやりなことを言いながら、彼女は当面の味方……火鼠達の元へと駆けこんでいった。赤く燃える毛皮を持つ妖怪、火鼠達は大将の命令に従い、小型マガツヘビ一体当たりに数体固まって挑んでいる。味方と協力して火力を上げてはいるようだが、それでも劣勢は免れないようだ。
「や、やっぱり厳しいんじゃない??」
『弱気になるんじゃねえよ、士気に関わるだろうが』
状況を分析するシュガーポップに対し、蒼い炎を纏った一際大きな個体、蒼火が言い返す。一瞬身を竦ませた彼女に変わって、鳰が朗らかに応対した。
「まあ! いにしえの妖怪大将さんと共闘する事になろうとは光栄ですこと」
どうぞ宜しくお願いしますね、と丁寧に挨拶をしながら彼女は続ける。
「まさか、そういう大将さんが弱気になってはいませんよね?」
『……当たり前だろうが』
それは安心しました、と返して鳰が刀を抜く。一方のシュガーポップも、気を取り直して自らの仲間達を呼び出した。
「群れには数で対抗したいよね。集えよ眷属!」
『白昼堂々・夢魔騒動』、12体のナイトメア、干支にちなんでいる……と思われる従者達を戦列に加えて、小型マガツヘビと火鼠達の入り乱れる戦場へと向かっていった。
炎の群れが尾を引くように地を駆けて、黒い鱗の蛇に向かって喰らい付く。火の粉とも鮮血とも知れぬ赤が宙を舞い、マガツヘビの爪がそこに真っ直ぐ裂け目を作った。切り裂かれ転がる火鼠、倒れたその身体を飛び越えるようにして、夢魔達は敵に突撃を仕掛ける。
「炎は収めなくていいからね、ボクも熱は扱えるからさ!」
援軍であることを火鼠に示すように、シュガーポップは前線に声をかける。そこでふと思い付いたように、彼女は身に纏う霊気を展開した。甘やかなオーラは熱となって、味方の火鼠達の炎を煽り立てる。
「これですごい突進もできるんじゃない? ……ということで、指揮は任せるよ火鼠大将さん」
『な、なに?』
「だってボク√能力の代償で反応速度鈍ってるし」
いきなり手駒の指揮を任されて面食らった様子の蒼火だったが、戸惑っている暇は無いと判断したのか、群れに小型マガツヘビを迎撃するよう命令を下し始めた。
『そこに居やがったか、アオネズミ!!!』
こちらの指揮系統に気付いているのか居ないのか、蒼火に気付いた小型マガツヘビの一体が、群れを蹴散らすようにして強引に迫る。牙を剥くそれを迎え撃ったのは、古龍の力を纏わせた鳰の刃だった。
「……ふふ、不思議な光景ですね?」
常ならば敵であるはずの存在に庇い、庇われる。これもまた時勢の妙だろうか。
風切り音を察知した鳰は、強力な爪の一撃を顔も向けぬまま受け流し、返しの太刀でその身に深く傷を負わせる。
「今だよ!」
『かかれ!!』
蒼火の名と同じ色の火の粉が散って、さらに火勢を上げた火鼠達が手負いのマガツヘビへと殺到する。最後に夢魔の猫がその頭を蹴り飛ばして、敵の一体を戦闘不能に持ち込んだ。
「では――敵の集まっている場所を教えていただけますか?」
まとめて切り払い、確実に数を減らしていくために、鳰はそう問いかける。
他の√能力者達の攻勢もあり、この場の戦いは徐々に終息に向かっていた。
第2章 ボス戦 『マガツヘビ』

●焦熱地獄行
火鼠達と協力し、√能力者達は小型のマガツヘビを殲滅することに成功した。一段落したところで、燃え盛っていた火鼠達の炎が少しばかり弱まる。多数による群れを成していたそれも、今ではほとんど疎らになっている。その代わりに、傾いた日の光が、断崖を紅く染め上げていた。
風にたなびく焦げたような獣臭と、草を焼く微かな熱の残り香。その静寂を引き裂いたのは、やはり古妖の叫びだった。
『糞糞糞糞ッ!! どうしてこうも上手くいかねえ!!?』
同時に、低く重い地鳴りを響かせ、木々を薙ぎ倒しながらそれが迫る。現れたのは、黒光りする鱗の波。
――マガツヘビ。
先程戦った小型のものと形は同じだが、空に伸びるその身の大きさは、比べ物にもなりはしない。
所詮先程のものなど剥がれ落ちた鱗に過ぎず、まともに組み合えば勝ち目など万に一つもないのだと、この場に居る全員が理解した。
夕日を隠す巨大な影が落ちるそこで、火鼠の長は一同にだけ聞こえるように口を開いた。
『……さて、ようやく仕事にかかれるな?』
彼が示したのは、自分達の背後に口を開けた巨大な渓谷、炎獄谷だ。
この地の言い伝えに関しては、事前に説明があった通り。であれば敵を誘き寄せ、日が沈む前に谷底へ誘導、もしくは突き落とすことができれば、炎獄谷の熱でマガツヘビを焼き殺せるはず。巻き込まれれば当然こちらも耐えられないので、死にたくなければ谷からの脱出も必要事項に加えられるだろうか。
『苛つかせやがって! 此のマガツヘビ様が!! 直々に叩き潰してやるよ!!!』
こちらの狙いも知らぬまま、強大な古妖が雄叫びを上げる――!