禍
●古妖「マガツヘビ」
「峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!」
咆哮が、全ての世界を渡り、空気を震わせる。
発達した犬歯を見せ付け、黒鉄の巨躯が、空を、或いは世界の天井を、血色の四眼で睨め付ける。背に背負う光輪は赤紫に輝き、毒々しい彼岸の花を思わせた。
「或れから何年経った? 十年か?百年か? 糞が、糞糞糞餓鬼共が!!!!」
古き妖、マガツヘビの目覚めは、独善的且つ、理不尽な憎悪と怒りに満ち満ちていた。
「此のマガツヘビ様を轢き潰し殺しやがって、糞糞糞が!!!」
当然の怒りとは誰も思うまい。纏う雰囲気からして粗暴で粗野、禍々しい瘴気、強大過ぎる気配。世界に居てはならないと、動物ですら本能的に畏れ、逃げ出すだろう。
「誰が『無限の妖力と矮小なる頭脳の持ち主』だ! 調べたぞ矮小の意味この野郎!! どいつもこいつも糞馬鹿にしやがって!」
厄災の類だ。
「今度こそ、全部全部ぶち壊してやる!! 人も妖も、全ての√も、あとあれだ、勿論√EDENもだ……!!」
余りにも拙い語彙は、強大な力の代償なのかも知れない。
「この俺がこんなに腸煮えくり返っているのに……。なんで出てこねえんだ、王劍『天叢雲』どう考えても俺こそが、お前に相応しき主だろうがよ!!!!」
最後の猛りは、何処か悲しさと悔しさを思わせた。
黒鉄の鱗が剥がれ落ちる。
●【百機夜行】電導キョンシー・雷鈴
「家電チャン達と遊んでる場合じゃないアルネー!」
椿太夫からの報せを受け取り、雷鈴は危機感の欠片もない、何とも暢気な声を上げた。
「でも壊されるのも嫌アル? 当たり前アルネー! それじゃ、抵抗あるノミ! 戦線を作るアル! 家主さん達も、やり遂げればきっと認めてくれるアル!」
街中の旧い家電達を、雷鈴は全て妖怪へと変えていく。使われていない、忘れられた家電ばかり故に、街には一切の迷惑が掛からなかった。
「今回だけは、ワタシ達もヒーロー! でも、結局何時も通り、√能力者サン頼りアルネ! 戦わないだけアル! コンゴトモヨロシクってしたいアルネー、デモ」
人は忘れる生き物だと、良く知っている。
「だから、ワタシ達とは相容れないアルー。家電チャン達も見捨てられないアル! サァ、一世一代の大一番、皆頑張るアルヨー!」
屈強な黒鉄色の大群が、雷鈴達の滞在する街へ向けて、進軍する。
●√百鬼夜行【マガツヘビの掟】
「全てのあやかしよ、マガツヘビを討ち滅ぼすべし」
「マガツヘビの掟」と呼ばれる、この取り決めは、√妖怪百鬼夜行に住まう全ての妖怪、人妖、獣妖、そして古妖までも、周知されている。
今、マガツヘビが復活し、古妖は一時休戦を申し入れ、√能力者と共闘を望んでいる。
●状況説明
マガツヘビの肉体から剥がれ落ちた鱗や肉片が次々に「小型マガツヘビ」に変化し、街を破壊しようと進軍している。現地に居る古妖【雷鈴】と共闘し、これを阻止する事になる。現状、街に被害は無い。
食い止められるかどうかは√能力者の行動次第だ。
マガツヘビの鱗から生じる小型マガツヘビは、一体一体が強大な力を持つ。
力の強い略奪者が、大群で襲撃してくる、と言う状況である。
これを忘れてはならない。
ただし、マガツヘビ同様、小型マガツヘビの頭脳も矮小、性格は直情的、そして、怒りによって正常な判断力は無い。有るのは果ての無い破壊衝動だけだ。
数が多い為、√能力者と古妖は否応無く長時間の戦闘を強いられるだろう。
簡単に纏めると、固く、重く、速く、多い。
補給と治療を始め、色々な事に気を配る必要がある、と思われる。
かなり厳しい部類だが、見方を変えれば、修行にはうってつけだ。
何か迷っていたり、切っ掛けが欲しいならば、成長の機会と、捉えても良いかも知れない。
●【世界説明】√百鬼夜行
√百鬼夜行は、妖怪と人類の共存・混血が進み、大正時代と現代が入り混じった令和の地球だ。しかし今、情念を喰らう「古妖」達が、封印から解き放たれようとしている。
この地は、かつて妖怪達の物だった。
妖怪は強大な妖力と凄まじい凶暴性を持ち、気紛れに開く別√への道に我先にと雪崩込み、衝動のままに悪徳と殺戮の限りを尽くし、生きる為に必要がないにも関わらず、諧謔の為に多くの血肉を喰らってきたと、伝えられている。
しかしながら、彼らはその性質から妖怪同士でも騙し殺し喰らい合っていた為、やがて数を増やすことが出来なくなり、緩やかに滅亡しつつあった。
しかし、他の√で言う所の大正時代辺り。
少しづつ何処かの√から人間達が迷い込むようになる。
人間は妖怪達にとっては最も美味い餌でしたが、やがて短い寿命を生き急ぐ彼らの儚い美しさに魅了され、自らの未来なき凶暴性を反省し、中には人と添い遂げる妖怪すら現れ始めた。
そうして「人間を愛するようになった妖怪達」は、人間のように団結し、群れ集う妖怪の群れ『百鬼夜行』となって、今もなお、人を喰らい続ける妖怪達、√能力者として覚醒していた彼、彼女等を『古妖』と呼び、次々と封印していった。
凶暴な古妖達を封印したおかげで、人と妖怪の交わる社会は目まぐるしい発展を遂げる。しかし時が過ぎ、社会が平和になったとて、抑えられぬが「情念」というもの。
あの人に愛されたい。
死んだお父さんに会いたい。
邪魔者を、殺したい。
そういった情念は、人も妖怪も、変わらず抱くもの。
古妖はそうした情念を感じ取り、漏れ出る妖力で彼らを封印に導く。そして、その情念を満たすことを条件に、古妖の封印は解かれてしまうのである。
多くの封印には、万一の際の警報装置が設置されていますが、大概は年代物のためうまく動作するとは限らず、動作したとて戦える者がいなければ意味が無い。他√への侵略も躊躇わぬ古妖は、可及的速やかに倒し、再封印しなければならない。
√百鬼夜行の今昔はそんなところだ。
世界の情景はと言えば。
己の凶暴性を克服し、人と交わり始めた妖怪達は、徐々に数を増やし、社会を興隆させてゆく。
妖怪達は人間達とその考え方を好ましく思い、容貌が人に似てるとハイカラと思うまでに感化された。その結果、妖怪と人の混血はますます進み、今では妖怪3:人間1ぐらいまで、人間の人口が増えつつある。
町並みは転入が最も多かった大正時代の気配を色濃く残しつつ、最近の転入者達が持ち込んだスマートフォンやインターネット等の広域通信網を四苦八苦で再現した事により、大正と現代が入り交じる不思議な光景が展開されている。
また、人間が持ち込んだ文化は、人間達のブームが去った後でもしつこく愛好されていたりする。元号もいつのまにか令和に変わっており、例えば、令和の今でもメンコはコンビニスイーツ並に新作が作り続けられていたりする愉快な一面がある。
しかし、あちこちに古妖を封印した「祟りの柳」や「呪いの社」がある影響か、次元が出鱈目に混合された『奇妙建築』も数多く存在する。
入口は狭いのに巨大なお屋敷や、名古屋から鳥取に繋がる裏路地など様々で、下手に封印をいじる訳にもいかず、皆「それはそういうもの」として暮らしている。
√百鬼夜行は、そんな世界だ。
第1章 ボス戦 『『百機夜行』電導キョンシー・雷鈴』

●極光幻肢
ガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)は大群を見て、溜息を吐いた。
「面倒な草刈りだね」
正気を持たない者に語る言葉など無く、あれに思う事も無い。
禍々しい仮面を被る。
「今より、この戦場は私の領域だ」
宣戦布告を合図に、宙空に六色の法陣が展開され、虚空に竜の姿を描き出す。
ほぼ同時。空間を覆うほどに極大化した光剣が抜き放たれる。
オーロラにも似た極彩色の閃光が、頑強な肉体を想像を絶する程の超高温と共に焼きながら斬断する。
数瞬、黒鉄の大群の肉を焼き切る閃光は、朝日が昇っている空間に、幾重もの爆発を重ね、極夜を作り上げる。
「手続きは少し面倒だが、悪くないね」
憤怒と破壊衝動のまま、死に損ないを集めて強化再生し、速度三倍で襲来する敵が、大爪を振りかぶるよりも早く、魔力を込めた掌で頭を掴み、人外の膂力で頭蓋ごと握り潰す。憤怒混じりの咆哮を気にも留めず、八方、上方、数に物を言わせて、包囲を試みる敵の動作を起こりだけで見切り、五体を瞬時に光剣で寸断。すかさず、首を跳ねる。
黙々と、黒鉄色の草を刈る。
マガツヘビからすれば、全てが挑発行為だった。
咆哮が重なり、木霊する。
破壊衝動と憤怒の儘に、ガイウスに戦力が集中する。
●摺り合わせ
「派手にやってるアルネー!」
「君が共闘してくれる古妖だね。よろしく頼むよ」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、感想を漏らす雷鈴に手を差し伸べた。
「んー……」
唸りながら、雷鈴は迷う。
「それはナシアル! デモ、嬉しいのも本当アルヨー! 今回は宜しくネ!」
迷ってから、小さく手を振って断った。然し、人なつっこい笑顔を浮かべて、共闘する事を約束した。
「ありがとう。一先ず拠点を作って欲しい、これを改良してくれないか?」
クラウスが金属板を放ると、街の行く手を塞ぐ場所に小型のシェルターが展開される。
「アイアイ、お安い御用アル! 家電粒子ビームっ!」
両手を合わせ、放たれた光線が、自動展開式小型シェルターに目覚ましい技術革新を与える。シェルターには高性能人工知能が搭載され、粒子活用物質生成機能、自己複製機能、合体機能、四足歩行機能が追加される。
「始めまして、マスター・クラウス。フレックスと申します。何なりとご命令下さい」
人工知能フレックスは、クラウスに命令を求めた。
「フレックスか。出来るだけ強固な拠点を築いて欲しい。頼むよ」
「了解致しました。要塞の建築終了予定時間は、三時間程です。作業を開始致します。暫くお待ち下さい」
無限の自己複製が始まり、小型鉄板が見る見る内に下地を作り始める。
「アイヤー、高性能アルネー。家電チャン達も協力ネ、頼むアル!」
「古妖との共闘、ね。一先ず、あなたで良かったわ、雷鈴さん」
東風・飛梅(あるじを想う霊木・h00141)は桜色の髪を揺らし、雷鈴に微笑みかけた。憎悪を欠落した霊木の人妖は、ただ、故郷を守るためだけに、最善の策を打つだけだ。
「私は補助を。大群に震動を与え続けるわ」
「回復、情報統合はこっちで引き受けようか」
咆哮、憤怒、世界を越えた錯覚すら覚える程の強い敵意、鱗の規模ですら大群を作り出し、そこから吹き出す瘴気に、 西織・初(戦場に響く歌声・h00515)は、古妖が協力関係を申し出た事に、成る程と、頷いた。
空を歩く。合わせて、セイレーンの羽根を模した黒い外套が静かに靡く。黒マスク型マイクのスイッチを入れ、宙空で、ピックをギターの弦に合わせた。
「世界の敵のお出ましかしら? 市街地に敵が到達する前に、対処しなくちゃね。雷鈴だっけ? 宜しく頼むわよ、可愛いお姉さん」
片目を陽気に瞑りながら、パトリシア・バークリー(アースウィッシュ・h00426)は懐から取り出した砂色の護符を握り締めた。雷鈴は口説いているのだろうかと問いながらも、褒め言葉を素直に受け取って嬉しそうにしていた。
「まずは、チビどもを蹴散らさいなとな。背中は預ける、しっかり付いて来いよ、雷鈴!」
御剣・刃(真紅の荒獅子・h00524)は、雷鈴を激励し、信頼の意志を向けて、軽く指を鳴らす。
「アイアイ。出来る事はするネ!」
「俺は、後方から火力支援かな。皆で協力して頑張ろう」
青空に僅か輝く星を、クラウスは見上げる。
√能力者達は、脅威に対して、決死防衛を敢行する。
●使命
「苛つくのは程々にしときない。アンタが暴走したら、本末転倒よ」
りん、と。
鈴の音が鳴る。
パトリシアは目を閉じる。
正真正銘の世界の敵、同族が怯え、逃げ出す程の脅威に、巨大な護霊が涎を垂らして唸り、怒っている。生かして帰すなど、有り得ないと、猛っている。それは、使役者であるパトリシアの制御をも逸脱するほど、強い敵意だ。
静まり給えと願い、畏み申す。
砂色の札が震えて、ゆらりと頭が現れる。
「地を駈ける、大いなる獣の王」
敵意に当てられた御霊の制御で頭に痛みが奔る。
「浅ましき、簒奪者、共に」
胴体が現れ、言葉が濁る。札の感触を縁に、力ある言葉を紡ぐ。
「むく、いを、下せ」
巨大な四肢が大地を震わせる。世界の守護者が敵意を剥き出しにして咆哮する。空気を震わせる咆哮と共に、特大の岩礁による雪崩が発生し、軍勢の勢いを削ぎ落とし、巨大な四肢が躍動し、巨体が敵の軍勢を押し流す、巨大な牙が固い皮膚ごと肉を抉り、瘴気ごと食い千切る。 足元で起こる反撃、霊的汚染を、片端から浄化し、ついでに自身の存在を維持する。
辛うじて理性を保っているが、ベヒモスは最早、聞く耳を持っていない。
「ほんっと困った子ね、アンタは!」
●慈愛の拳、重ね
「何となく、親近感を感じるわ、あの子には」
ベヒモスが暴れている辺りに展開し、飛梅は大地に拳を宛がう。
「私の拳は、あなたの心を震わすことはできるのかな」
多分無理だろうと思いながら、力を込める。慈愛の拳が大地を震わせ、敵の大群の身体を揺らす……筈だった。
震度7と言う数値は、人にとっても、物にとっても軽くは無い数値だ。建造物が破損し、硝子は割れ、普通の人間であれば、立つ事すら難しい。だが、相手は規格外の化物だ。其処彼処で咆哮が上がる。
それでも、進軍速度と反応は、鈍る。
「一度じゃ足りないんだ? なら、重ねれば良いね」
あなたの心が震えるまで、何度でも、何度でも。
「打ち付けてあげる」
飛梅は大地を打ち付ける。敵に到達する衝撃波が加算され、明らかに敵の行軍を、速度を鈍らせ、与える振動が鱗に罅を齎す。
あなたはきっと、生まれ方を間違えただけよ。
そんな慈愛を、込めながら。
●動
「援護が有難いぜ!」
全身に息を入れ、脳を隅々まで活性化させる。
鍛え上げられた肉体、幾つもの修羅場を潜り抜けてきた経験、死地に、或いは強敵に、嬉々として飛び込む覚悟。幾つもの要素が合わさって為される、奇跡と言っても良い所業。若輩で修めた武の境地。
それは種族としての身体限界を超えて、あらゆる感覚を研ぎ澄まし、強化する。支援によって鈍った敵の群れに飛び込み、僅かな動作から、或いは僅かな空気の振動から、その軌道を完璧に予測し、相手の勢いを利用して投げ落とす。先の大軍がそれにつられて足を取られ、倒れた敵の喉を突く。
鱗の罅に手刀を入れ、頭蓋を砕く。
大群の真ん中で、六文銭を懐に入れ、男は憤怒を気概で跳ね返し、大立ち回りを繰り返す。
●無情に行使される優しさ
「大きい犬? の息が荒いな。流石に疲れが出てるか」
初は空を闊歩する。遠い遠い空まで飛び上がり、耳と目で戦況を把握する。
ギターを鳴らす。何となく、メモに目を走らせる。
「あるべき姿に、戻ろう」
優しい音色が響く。澄んだ歌声が響く。
時に掠れた様な繊細な歌声が、マスク型のマイクを通り、穏やかなリズムに乗って、曲自体を盛り上げる。
セイレーン憑きのパフォーマンスは、意識の有無に関わらず、人に、世界に影響を与える。時に生命が息吹き、時に無情に、命を奪う。
世界の傷が、声に感化されて、活力を取り戻す。ベヒモスの活力が徐々に戻る。
●状況進行
ガイウスは動き出した自軍との位置関係を把握する。手を取り合うつもりはないが、作業は効率的な方が好ましい。作業として行う方法を幾つか試し、確立するには確かに有効な状況だった。実戦まで持って行ける物も幾つかは出来る。
状況は左右から磨り潰す形だ。進行ルートが交わることは無い。最後方では自動化された拠点建設が始まっている。勝利条件は街に到達させない、と言った所だろう。
挟み撃ちの軌道を取る事を決め、ガイウスは無感情に光剣を振るう。
●3時間経過
雷鈴は√能力者の戦線維持に努めた。初の範囲に届かない√能力者やその他に疲労が見えた時に、忘れられたくない想いを増幅し、届ける。
「忘れようとするのではなく、忘れられたくないことによって存在を保つ。そういうことなのね」
「人はすぐ忘れようとするアルネ。良くないアル! 忘れられるのは、悲しいネ」
「そうね」
大地に打ち付け続けた拳の痛みが引いていく。
幸い、前線は維持されているが、刃は流石に疲弊が見え、身体に幾つもの浅い傷跡が見える。それでも、集中状態を維持し、この時間を凌ぎ続けているのは驚異的と言って良かった。
初は長時間の演奏と歌唱に、指と喉が限界に達しそうだった。掠れた喉を水で湿らせ、どうにか演奏を続けていく。
ベヒモスの存在維持に勢力を費やしながらの戦闘に、パトリシアの気力と体力は思った以上にすり減っていく。幸い負傷は最小限に抑えられているものの、勢いは鈍るばかりだ。
「フレックスより、皆様へ。支援体制が整いました。何時でも、皆様を匿える準備が出来ています」
後ろを見れば、小さなシェルターが一つだけあった場所に、居住スペース付きの、金属多重障壁を備えた、半円状の堅固な要塞が、築かれていた。
「多少であれば、機能を利用した自動修復も可能です」
初は報せを聞いて一度、要塞へ避難し、飴をなめて、休憩を取る。
限界が近かったパトリシアも前線から退き、ベヒモスを維持しながら、呼吸を整え、飛梅から貰った餅を食べる。
●後方火力支援
「ありがとう、フレックス。二人の穴は俺が埋めないとな」
震動で弱った敵に、真昼の星から、苛烈な光の雨が降り注ぐ。関節と四眼を的確に撃ち抜きながら、スマートゴーグルを装着し、レーザーライフルを構え、ゆっくりと息を吐く。
束ねた黒髪が揺れる。
スマートゴーグルに表示される情報を脳内で処理しながら、引き金を引く。
独特の高音が鳴り響くと共に、光が一点に収束する。
目標に定めた遠い敵影の目を貫通し、脳髄を焼く。
確認を省き、二射、三射。念の為に四眼全てに光を通し、徹底的に脳を焼く。動きの止まった敵を、刃が相手をしている敵を、後方と上空から、正確無比な狙撃が、戦場を制圧する。
エネルギー切れのビープ音と共にカートリッジを吐き出し、装填。作業に一切の迷いは無い。ライフルの冷却時間をレインの飽和攻撃で埋める。
●昼を越えて
それから更に一時間ほど、前線で粘り続けていた刃の集中力が途切れ、肩を抉られる。ベヒモスのフォローによって、撤退する程度の体力と時間を維持出来た。すぐさま、初の歌の癒やしが届く。10分間の前衛役はパトリシアが請け負った。
震動と砲撃で弱った敵の重い一撃を大剣で受け流し、そのまま胴に叩き付け、宙に出現させた法陣を蹴り、大上段から得物を打ち下ろす。体重と勢い、そこに霊力を乗せて尚、黒鉄の鱗を容易に裂く事は適わなかった。罅に合わせて、漸くと言って良い。
(ほんと冗談みたいな頑健さ、嫌になるわ!)
それでも、パトリシアは奮戦する。咆哮が鬱陶しい以外に、この状況であれば、飛梅とクラウスの支援のお陰で、脅威と言える行動は少ないと言って良い。代わりに雷鈴はほぼ飛梅と要塞に付きっきりの状態だ。
10分が気が遠くなる程に遠く感じられる。意識が遠退く感覚を覚える。限界を越えそうになった時、ふと、大剣が軽くなる。周囲の動きが、やけに鈍く感じられた。手に持った大剣が、そうしろと言うように、青い瞳に軌道を映し、描く。あれほど頑健だった的に、すっと、刃が通る。身が軽く感じられて、包囲した敵群を、見える軌道に沿って、ゆらりと動けば、大剣が勝手に肉に入り、苦も無く斬断し、包囲網からあっさり抜ける。
訳が分からない感覚だった。
何となく、長く持つ感覚で無い事も、パトリシアは理解していた。
であるにも関わらず、身体は誰かに操られている様に止まる事が出来なかった。
感情も思考も何処か遠くに飛んで、身体だけが勝手に動く。
代償に、丁度刃の怪我が治った所で、極端な疲労に襲われる。
●夕方
合間にクラウスは持っていた携帯食を囓り、飛梅の餅と一緒に√能力者達に渡す。ゆっくり味わっている時間は無いが、状況的には十分な休憩と言えた。
√能力者達の疲弊は、限界に達しようとしていた。一方で、大群の勢力は目に見えて衰えている。あと一息だが、此方も息が続かない、そんな状況だった。
「草刈もそろそろ終わりだ」
何処かから声が聞こえる。指を弾く音が、やけに大きく聞こえた気がした。
竜の姿を象った極光の法陣が一際強い光輝を纏う。極彩色の光が、夕暮れを塗り潰し、幻想を見せる。
一瞬の出来事。
√能力者達の疲弊、負傷、気力、全てが回復し、充溢する。
僅かとなった大群に、地上から伝わる衝撃波が襲い、巨大な護霊が牙を鳴らし、大剣と拳が叩き付けられる。僅かな隙に、僅かな進軍の気配に、空と要塞から光雨が降り注ぎ、巨大な護霊の傷を、上空で響く歌声が癒やし、要塞の負傷を大妖が癒やす。
そして、背面から自在伸縮する極光色の光剣が、更に威力と精度を上げて、いとも容易く、大群を平らげていく。最期の一匹の首を、光剣が跳ねる。
ガイウスはつまらなさそうに、仮面を取り、衣服の埃を払う。
それは、庭先の掃除を終わらせた後の仕草の様にも見えた。
√能力者達は、半日に及ぶ長時間戦闘という、厳しい状況で、街と人に一切の被害を出さず、防衛拠点を築いた上で、余力を残し、勝利を勝ち取った。
大勝を収めたと言って良いだろう。
第2章 ボス戦 『マガツヘビ』

●禍「マガツヘビ」
夕暮れの平原に咆哮が轟く。
全てを呪う、全てを憎む、全て、全て、全て。
憤怒を以て憎み、呪い、破壊する。
何処までも、何時までも、自身を認めない世界に対する宣誓だった。
吠え猛る黒鉄は、ただ、ひたすらに巨大。
巨大な頭が雲海を貫き、地上を血色の四眼が睥睨する。
一足で地が悲鳴を上げ、震え上がる。
一度、腕を振り上げれば空気が竦み上がる。
「糞餓鬼共が、邪魔ばっかしやがって! あいつらもあいつらだ。俺様の鱗の癖に、何でこんなド田舎の街の一つも破壊出来てねえんだよ、糞が。糞の役にも立たねえ雑魚共が!」 感情に呼応するように明滅する毒々しい光輪は瘴気の気配を一層強めていく。
●状況進行
夕刻。√能力者に妨害され、思惑が外れたマガツヘビが姿を現した。
その頭蓋は雲よりも高く、山の様な巨躯を持つ。戦闘においては地上を割る事は容易な程であり、黒鉄の鱗に覆われた皮膚は鋼鉄を遙かに凌ぐ強固さを持ち、耐久力も図抜けて高い。
また、マガツヘビの鱗や肉片は、放っておけば即座に小型マガツヘビとなる。対策は必要だろう。
幸い、先程までの戦いで注意は√能力者の方に向いており、構築した要塞のお陰で、街への被害は考慮しなくても良い。
余波による震動で建築物の倒壊の恐れはあるが、既存組織で対応出来る範囲であり、建築物の再生、負傷者の治療は等は戦闘後でも十分に間に合う。
戦闘後の行動を記載する必要も無い。
雷鈴は流石にやや怯えているが、引き続き協力してくれる。して欲しい事があれば、指示を出しておくと良い。状況と要望に応じて、出来る限りの事を行う。
フレックスが制御する、建築した要塞は堅固だが、マガツヘビの本体相手には心許ない。一撃でも食らえば崩壊するだろう。逆を言えば、一撃は耐えられる上に、瓦礫はそのまま身を隠すには丁度良い物になる。
要塞に攻撃が及ぶまでに、何らかの手を施し、強化するのも選択肢だろう。
厄災と呼ぶに相応しい強敵だ。打てる手は何でも打ってみると良い。
√能力者は状況を把握し、巨大な禍との戦いに身を投じる。
●序
「これが本体か。なるほど、言い伝えられる訳だ」
「あー、遠目に見えてたのが、やっぱこれだったか」
「大きいな……」
「こんなのに暴れられては、たまったものではないわね」
「相手がデカブツだろうが、真っ正面からぶった切るのみよ」
作戦など一つだけと言わんばかりに言い放ち、御剣・刃(真紅の荒獅子・h00524)は六文銭を握り、愛刀に手を掛ける。
「雑魚は雑魚なりに、抗うとしようか」
不条理に抗うのは、何時も弱者と人間だ。権利が与えられているのは、この二種のみ。西織・初(戦場に響く歌声・h00515)は、演奏を以てそれを為そうと、愛用のギターを軽く響かせ、マイクのオンオフを確認する。
「まともにやり合うのは、止めた方が良いね」
パトリシア・バークリー(アースウィッシュ・h00426)は一本の短剣を取り出し、水平に構え、空いた掌を刀身に押し付け、目を閉じる。
「頭脳が矮小なのも当然かもしれないな、頭まで良かったら、手の打ちようが無い」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、そう呟きながら、スマートゴーグルで座標を確認し、ウォーゾーンへと送信する。レイン砲台と共に待機させていた青白い機動人型兵器。機会翼を身に付けた蒼月が、オートパイロットによって、クラウスの元に急降下し、主を招き入れる様にハッチを開く。
「力を合わせれば、きっと大丈夫だよ」
「お、怯えてないアルヨー! ホントホント! ワタシ古妖! 人を驚かす側ネ! 怯えるなんテ……正直ちょっとビビってたアル。アリガトネ!」
否定したり肯定したりする雷鈴が愉快で、クラウスは思わず破顔する。
「フレックスを頼む」
「任せられたアル!」
「勝手を許せば、あるじ様だって、無事では済まないかもしれない。でも、そうせない為に、私たちが今、ここにいるのよね」
東風・飛梅(あるじを想う霊木・h00141)は邪気を祓うように柏手を打ってから、片足を後ろに引き、思い切り身を屈めた
●前哨戦
ガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)は他の√能力者達を一瞥する。前衛が二人、後衛が二人。遊撃出来る高機動の人型兵器が一機。
「そんな所かな」
戦力状況を確認するなり、視界に捉えたインビジブル、特にマガツヘビに近い物と、自身の位置を入れ替える。
「君の来歴や歴史に興味はあるが」
光剣を出現させる。それが合図だった。
「是非も無いね。此処は私の領域だ」
振るう。瞬間、注ぎ込まれた膨大な魔力によって、剣閃が膨張する。巨躯を覆って余りある灼光が幾十、幾百と重ね、巨躯を灼きながら、細切れにする。
「ああ、んだ死にかけの糞竜が! 偉そうに! 俺様が! その程度で! 殺せると思ったか!」
焼き斬った筈の身体が即座に再生し、巨大な爪が、重量を感じさせない速度でガイウスに迫る。
「つくづく思うが、君には品性が足りないね」
当然の様に近場のインビジブルと位置を入れ替え、消滅の魔力を込める。
「行け」
ガイウスの指示に従い、インビジブルがマガツヘビの身体に突貫し、爆ぜる。灼光と共に一部が消滅し、再生する。巨大な剣閃がまた、幾十、幾百と重なっていく。人外の戦は周囲を灼光で染めながら、続いていく。
●獣の女王
呼ぶ時と同じ様に、目を閉じて集中する。
実体化を解いた後も、重圧を寄越し続けるベヒモスの手綱を握ることに、パトリシアは必死だった。
「我は刃、そして汝を統べる者。天より遣われし輝ける剣よ。地を駆ける大いなる獣の王よ。その牙を、その爪を、その神威を刃に宿し、我等が怨敵、その全てを討ち滅ぼさん」
力ある言葉に、短剣が瞬く。大いなる獣の御霊が、天剣に宿り、その刀身を震わせる。
「吠え猛れ」
放たれた言葉と共に、咆哮が空気を震わせ、宙空に巨大な法陣を描き、数百に分裂した、ベヒモスの爪牙が、主の指示と共に、その急所目掛けて、超高速で飛翔する。
●蒼月
クラウスは蒼月のコクピット内でコンソールを弄る。スマートゴーグルを同期させ、武装の接続状況、各部の稼働率。
「オールグリーン。行こう」
機体を操作する。要塞を壁に、両肩のミサイルランチャーを上空に向かって射出。間を置かずに実弾ライフルとレーザーライフルの照準を合わせ、マニピュレータを操作。数瞬遅れて、トリガ。装甲を極限までに減らした
発火炎、続いて轟音、そして硝煙。大型薬莢が排出され、地面に落下し、軽くめり込む。同時に光の収束する高音。軽量機体の人工筋肉はしゃがんでいるにも関わらず、リコイルを逃し切れず、大きく跳ねる。
それ等を余すこと無く聴覚センサが捉え、クラウスの耳に、ズレなく響かせる。
スモークを引いて、巨躯へと向けて急降下するミサイルの予測軌道を確認し、打ち切った両肩のランチャーの接続を切り、廃棄。レーザーライフルのリチャージと冷却時間に合わせ、クラウスは一度、呼吸を整える。
●戦場の歌
「……杞憂だったな」
初は空を歩きながら、周囲で起こっている現象と耳を叩く轟音に思わず苦笑した。
「響き渡れ、満たせ」
斬り付ける様な一音。
前奏はそのまま、剣の舞う嵐の様に。
歌詞は味方を鼓舞する。
戦いを、抗いを、救いを、革命を、理不尽を打倒する、勇気を。
不屈を歌う。不撓を弦で綴る。
そうして作られる音響弾を、パトリシアの魔法陣を潜らせる。
御霊の意志が宿り、天剣の加護を受け、其れ等が数百に分裂し、意志を持って世界の敵へと牙を剥く。
「明日を夢見て。絶望に革命を。理不尽に反旗を。畏れに抗え、勇気を奮え」
戦場に想いが響き渡る。
●着弾
トマホーク軌道のミサイルが着弾し、爆煙がマガツヘビの視覚を塞ぐ。強靭な鱗を剥がすには至らないが、その数瞬の間に、ガイウスの剣閃の量が数倍になる。細切れになる身体の再生時間まで計算し尽くされたそれは、再生の瞬間に、質量弾と収束光弾、そしてベヒモスの爪牙となった数百の短剣と音響弾の直撃をも許し、肉を直接、内側から噛み砕き切り裂く。
目倉となったマガツヘビの四眼を同時に抉り、更に耳孔から侵入し、耳と脳を直に抉り続ける。
「嗚呼亜阿亜! ふざけんなよ世界にシッポ振るだけの糞犬が!!」
気を取られるだけで五体を削がれるも、それすら無視してマガツヘビは尾に瘴気色の炎を纏い、一瞬で距離を詰める。
●九字切「獅子吠」
「そこだ。行くぜ獅子吠! 呼ぶのは久し振りかァ!」
刀が震え、獅子の咆哮が響き渡る。雷光と共に顕現する古の竜。名を刀の銘と同じくとする龍は、その身を、認めた人間に憑依させる。半龍半人と化した刃は、刀に霊力を流し、極限までに刀身を、感覚を、肉体を、研ぎ澄ます。
ゆっくりと流れる時間の中で、 距離を詰めた瞬間に、雨粒を掬う様に、刀を薙ぐ。
それは古流の九字切りか、修羅となって至る一太刀か。
刹那の雷光。
雲耀の一刀が空間を裂き、血振りの動作で斬った空間を元に戻す。
巨躯を裂いた事実だけが残り、二つに分かつ。
「武の極地。見えたか、デカブツ?」
●慈愛の月
斬断された胴の修復に合わせて、クラウスは機体を飛翔させる。プリズムランチャーの光線を留め、光剣として展開。機械翼を最大出力。マガツヘビの胴体に突き刺し、更に脚部で光砲を蹴りつけながら、グレネードを投げる。
爆煙と轟音に衝撃。汚染地帯を右掌で払って、飛梅は直後に跳躍する。爆煙で身を隠し、慈愛の拳が胴を殴り付ける。
打撃に愛を込める。二撃目には倍の愛を込める。三撃目には更に倍の愛を込める。
その魂を清めたまえ。清めたまえ。清めたまえ。
「清めたまえ……!」
慈愛の拳による乱撃が、マガツヘビの瘴気を局所的に浄化する。
遂に、外傷が残り始める。
●六芒極光
「思ったより、呆気無かったかな」
六色の法陣がマガツヘビを囲い、六芒星を描く。法陣が回り、宙空に散った魔力を回収し、注ぎ込み、溜め込んだ魔力が循環する。
「次は会話が出来る程度に、冷静になってから、蘇ってくれると嬉しいのだがね」
生成される六色の光柱。更にガイウスの合図に収束し、生成される、規格外の極光剣。
頭上、転移。同時に、唐竹に振り下ろされる。
一瞬、刹那、幾つコンマを区切れば良いだろうか。
断面と瘴気が、そんな僅かな時間に、灰燼と化す。
灼き切られ、活動停止にまで追い込まれたマガツヘビの肉体が、大地に横たわる。
第3章 日常 『花の散る刻』

●黒鉄天蓋の桃園
断面が灰となり、二つに別たれた巨体は倒れ、沈黙する。
だが、その命が絶たれた訳では無いと、誰もが確信していた。
怨嗟、怨嗟、怒気、瘴気。肉体から漏れ出るそれが、世界へ向けられた破壊衝動を、届かぬ王劍への渇望を、大気を震わせ、地の生気を瘴気に変換し、インビジブルをも取り込み、身体を修復しようとする。
「全然お役に立てなかたネ……√能力者サン強いヨ。古妖の過激派、大丈夫アルカ……? ま、ワタシには関係ないネ! 家電チャン、フレックスチャン、皆、ちょっと手伝うアルヨー!」
「マスター、許可無く行動する事をお許し下さい。緊急事態につき、雷鈴の協力要請に従います」
戦闘の合間、更に高性能化し、巨大化していた要塞と、その統合AIと家電妖怪達は、雷鈴の指示に従い、巨体を瞬時に埋め尽くし、黒鉄色のドームを作り出す。
「最期に、知り合いから貰った瘴気を吸って育つ子をたっくさん植えるヨ。妖怪ダケド無害ネ、ホントヨ? 本当の本当に人の味方にしたかったらちゃんと絆紡ぐアルネ。それに、これだけやっても、起きる時間が延びるだけアル。家電チャン達と同じ、コノコト、忘れちゃいけないヨ? 人はすぐ忘れるアルネ、ヨクナイヨ! それから」
袖から取り出した種は、マガツヘビの身体にどっしりと根を張り、瞬く間に天蓋に届くほどの大樹となって、綺麗な桃の花を咲かせ、艶やかな花弁を散らしていく。
「家電チャン達の意志は√能力者サンと同じヨ、でも、だから、もう帰れないアル。ちゃんと、遊んであげてネ」
家電妖怪は主人を守る為に此処に来た。マガツヘビがどの程度で、活動を再開するのか分からないのなら、此処を離れる事は出来ない。監視の目と緊急時にいち早く対処を行える存在は彼等とフレックスだけだ。
「勿論フレックスチャンと話しても良いヨ。他は……食料あるなら酒宴でも花見でもすると良いアル! デモ家電チャン達の仲間外れだけは駄目ネ! 家電チャン達の博物館作ったりしても良いヨ! 寧ろ推奨ネ!」
雷鈴自身はどれでも満足しそうだ。無理に博物館を作る必要は無いだろう。実質何をやっても雷鈴にとっては、この桃園で一緒に家電と過ごす事、それ自体が宴になる。
「ア、因みに桃も美味しいヨ。無害無害。ホントホント、雷鈴嘘付かないネ!」
それだけは何か企みのある嘘な気がした。半分程度は嘘だろう。食べてみたい場合は浄化なり何なりしてからの方が吉だ。
そのまま食べた場合は、実に含まれている瘴気と桃樹妖怪の趣味によって50%位の確率で混乱状態に陥る。具体的には、情緒がおかしくなる。
無性に泣きたくなったり、独り言が多くなったり、笑い出したり、急に重い過去を話したり、大切な人や物の自慢をしたりする。
因みに桃樹妖怪の趣味から、何か強く思っている物事が有れば、それを優先して選ぶ。
この先、一般人に食べさせたくない場合は何らかの処置をしておくと良い。
味は問題ない所か、良く熟れた蜜たっぷりで甘味が強く、柔らかく、とても美味しい。 マガツヘビの強い瘴気と妖力の影響で、年中桃花は咲き乱れ、実も成り続ける。持ち帰りたいのならば、収穫に遠慮は要らない。
宴が終わったら、雷鈴は、顕現した肉片をドームの中に埋め、最期の封印を終わらせる。
雷鈴の話を聞きながら、ドームの中に入り、√能力者達は、桃園を見上げる。
●バーチャル・キャラクター
「随分立派になったなあ……」
小規模な山脈と言って良い程の大きさになったフレックスウォールを見て、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、思わず感嘆の声を漏らした。
「恐縮です。マスター」
出入り口付近で、見慣れない、中性的な風貌の人物が、長い黒髪を風に踊らせながら、クラウスに返事をする。
「……君は?」
「技術革新の恩恵により、感情のトレース、人型の実体化投影が可能になりました。実装理由はコミュニケーションの円滑化の為、だそうです」
「ああ、つまり」
「はい、フレックスですよ、マスター」
赤い瞳が満面の笑みを浮かべて、フレックスは思い切り、小さな身体を主人に預けた。クラウスは戸惑いながらも、それを抱き留めた。労いついでに頭を撫でると、リアルな感触が伝わって来る。不思議な体験だった。
「これからも、ここを守る為に頑張って欲しい。それが俺の、マスターとしての最後の命令だよ」
「はい、はい。了解致しました。頑張りますね、マスター!」
●ざわめき
それはそれとして、人が行う宴会には、何もかもが足りていない事に気付き、フレックスは率先して買い出しに向かった。
黒天蓋の施設内は、桃花の淡い光が、閉ざされた空間を彩っており、照明が無くとも、桃色の蛍火が、気紛れに身体をゆする桃樹妖怪の、心地良いざわめきの音に合わせ、揺らめいている。
「私も梅の木の妖怪だから、似たものどうしかしら?」
東風・飛梅(あるじを想う霊木・h00141)は桃園に踏み入って、桃樹妖怪の群れに声を掛ける。すると、嬉しそうに木々が揺らめく。人の姿で、歩けることが羨ましいと、飛梅に語り掛けた。
「あら、やっぱりそこは羨ましいのね? なら、此処を訪れた人間や、フレックスと確り仲良くすると良いわ。そうすればきっと、ね」
頷く代わりに、さらさらと桃花が舞う。
「でも、瘴気が糧、なのよね?」
「そうネ。本来群生なんてしないアル。それに、成長速度も、もっと、もっとゆっくりアルネ」
雷鈴の説明に、優しく木々がざわめく。仲間が沢山居る状態と、仲間が沢山居ても、尚、衰える気配の無いマガツヘビに、怯えているのだろう、幹を震わせた。
「見事なものだ。マガツヘビ君は良い肥料の様だね」
淡く、蛍の様に揺らめき、漂う桃花、咲き誇る桃園。耳を打つ、ざわめく木々の澄んだ音に、ガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)は、満足そうに首肯する。
「なかなか良い景色だ」
「三国志の桃園を思い出すな」
御剣・刃(真紅の荒獅子・h00524)はこの後衛に、義兄弟の契りを交わした海向こうの武将達を想起した。
「桃園の誓い、だったかな」
「忠義と功績を称え、後世が作った逸話だったかな。出自が面白いね」
国の興り、その中心人物を描くには、文字通り華の有るシーンだ。それが、記録に残った史実の行動と実績から逆算して作られ、史実の結果から、物語の始まりが作られている、因果の逆転が起きていると考えると、中々に面白い事例だろう。
「親近感があるし、実も頂いてみようかしら」
「退治の報酬としては妥当だね」
「手伝うよ」
「これも宴だな。手伝うぜ」
「それじゃあ、準備が整うまで、皆で桃狩りね」
パトリシア・バークリー(アースウィッシュ・h00426)は、軽く法陣を描く。
「お呼びですかぁ、パトリシア様ー?」
スザンヌ・ラドウィック(猫のように気ままなスージー・h06913)が法陣から顔を出し、藍色の瞳を機嫌良さそうに細めて、明るい返事をする。
「スージー、いらっしゃい、あたしと一緒に楽しもう」
「あ、これは皆で桃狩りの流れですね、桃狩り! パトリシア様にしては気が利くシチュエーションじゃないですかぁ!」
「普段は甲斐性が無いと毒付くのは、この可愛らしい口かしら?」
毒突く従者の柔らかな両頬の感触を楽しみながら、思い切り抓る。
「いひゃい、いひゃいですぅ! はやまりますから、ひゅるしてくらはいー!」
桃園が一際大きく、愉快そうにざわめいた。
●収穫
賑やかな気配に釣られて、家電妖怪達が次々と寄ってくる。桃樹妖怪達と一緒で彼等も喋れないが、口の形と態度で大概の感情は読み取れる。
「あなたたちも食べたいのね。じゃ、スージー、この子達の分も確り収穫しましょうか」
「パトリシア様ぁー、サボりは良くないですよぉー」
「朝から夕暮れまで戦っていたた御主人様の言うことが聞けないの?」
「むぅ、分かりました」
パトリシアから貰っている魔力の残量を確認しながら、跳躍。足場になりそうな太い枝に飛び乗って、成った桃を切り落とす。落下する桃をパトリシアが確りと地上で受け取る。
「おっけーおっけー、その調子!」
「全然元気じゃないですかぁ!」
スージーは半ば自棄になりながら、機嫌の良い主人の顔を見て、無理矢理納得させた。
「愉快な主従だね」
二人の様子を見ながら、ガイウスは空中散歩を決め込み、のんびりと桃を収穫する。
「高枝切り鋏は、流石に持ってなかったな」
折り畳み式の購入を真剣に検討しながら、クラウスは枝と枝を四肢を器用に使い、飛び移り、愛用のナイフで桃を枝から切り離し、空のバックパックに桃を詰めていく。
「良い身のこなしだな!」
刃は幹を蹴って、木々の間を跳ねる。跳ねながら、愛用の包丁で的確に桃を切り離し、掴んでは籠に傷が付かない様に放る。
「こんな事でも、案外個性が出るものね」
手近な桃樹妖怪に掌を当てる。先程と同じように話しかける。
「今日の分、くらいで良いわ、分けて貰えるかしら」
願いに応えて、桃の実が、飛梅の元に送られて来る。
「ありがとう、大切に頂くわね」
●最強の主夫
飛梅が感謝の言葉を紡ぐ頃、買い出しに出ていたフレックスが戻って来る。
「買い出し終わりました。調理の知識がある方はこっちへ!」
フレックスがバーチャルコンソールを弾くと、マイクロ・ロボットが量産され、組み合わさって、簡易キッチンを作り出す。
「調理には水も必要だろう」
ガイウスが指を弾く。簡易キッチンの付近の地面に、白色の魔力が瞬時に法陣を描き、魔力の満ちた水が噴水の様に湧き出て来る。
「あ、有難う御座います」
「礼には及ばないよ。もう暫く、楽しませて貰うからね」
家電妖怪達が生えた腕を生かして、器用に作業に取り掛かる。効率は悪くは無いが良くも無い。
「ったく、そんなんじゃ日を跨いじまうぞ!」
見兼ねた刃が割り入り、テキパキと作業を高速化していく。指示出しも胴に入っており、見る見る内に下拵えが終わり、次々と料理を仕上げていく。
●連歌
必要な分が揃った辺りで、腰を落ち着けて、飛梅は桃の実を囓る。何となく気分が良くなって、大切な者について口が滑る。
「少し、話したくなったから耳を傾けて欲しいわ。私のあるじ様はね、学び舎の先生で、とっても物知りなのよ」
飛梅は主の事を思う。
紫色の髪をうなじの辺りで短く切り揃えた、和服の似合う穏やかな佇まい。深い慈愛と知性を湛えた琥珀色の瞳は、人、妖怪の分け隔て無く向けられる。教え子であった飛梅は当然ながら、深い敬愛を抱いている。
「和歌もいっぱい知ってるし、詠むのも上手なの。ああ、私も一句、詠んでみようかしら?」
萎れざる 桃花につどふ もののけの 宴の音の 止むことのなし
「穏やかな詩だね。ふむ、連ねてみようか」
黒鉄の 天蓋のもと 舞い踊る
「あ、これは七七を詠めば良いんだね」
淡く儚い ひとひら蛍
「連歌、だっけ? 古い遊びよね」
果実取り 木々を行き交う 人の子に
「方向性がジャイアントスイングですよぅ! パトリシア様」
あやかしおもふ 愛おしきかな
「支度終わったぞって、面白い事やってんな」
禍津去り 地には桃源 空に花
「雅な遊びアルネー」
生きるは家電 忘れるなかれ
「正面から殴っていきますね。料理も出来ましたし、皆で頂きましょうか」
「連歌になるとは思ってなかったけど、こう言うのも良いわね。私たちの宴は続いていく。この場は、解散しても、思い出の中でずっと、ね。」
●酒宴
刃は愛用の猪口に酒を注ぐ。あぐらをかいて、改めて、蛍火の様な桃花の散る様を眺める。ひとひら、猪口の上に導かれた花弁に、気分を良くして、目を細めた。家電妖怪達が持って来る食事をつまむ。家事のコツに付いて指導して貰ったことをよく感謝し、彼等の家のレシピで作られた物を薦めて来る度に、少しずつ抓みながら、のんびりと酒を呑み進めていく。
「桃の花も良いが、やはり散る美しさは桜が一番だな」
桜は武人の心その者だと、刃は考える。
芽吹き、若木となって、枝を付け、幹を作り、大木となって花を咲かせ、儚く、美しく艶やかに散っていく。
精一杯生きて、潔く散る。その様に生きたいと、思う。
「この様な風景ならば、特に日本酒は良いね」
酒器に導かれるひとひらを飲み干し、饗された食事を品良く食べ進める。見慣れないレシピ、舌に馴染みの無い味が運ばれてくる度、ガイウスはその料理を堪能した。
「美味しいわね、スージー、欲しい物あるかしら? 食べさせてあげるわよ」
「あ、パトリシア様からのご褒美は、素直に嬉しいですねぇ」
主人からカトラリーで口元に持って行かれた料理を遠慮無く貰う。ついでに頬に唇を押し当てると、パトリシアも同じ様に、頬に唇で触れる。
「今日は頑張ってくれたし、もう少し甘やかしてあげるわね。膝上にいらっしゃい」
素直に笑顔を浮かべて、スージーは主人の膝を占有した。
「……美味しいな」
「マスター、いっぱい召し上がって下さいねー!」
「うん、ありがとう、頂くよ」
フレックスの薦めてくる料理をクラウスは静かに食べ進める。
「あなたたちは、食べられるのかしら?」
飛梅は桃樹妖怪に料理を差し出してみる。答えは、好んで食べない、だった。人の身をもつことが出来たら、試して見たい。そう聞こえた。
「それが良いわ。瘴気よりはきっと、美味しい筈よ」
●桃樹妖怪の桃
「そろそろデザートに頂こうかしら」
剥かれて、くし形に切った桃を一切れ囓る。瑞々しさと濃密な甘味が口中を潤して行く。
「うん、美味しいわね……?」
今日有った凶事や激闘、桃花の舞うこの場所がなにもかも、笑い事の様に思えてきて、パトリシアは急に笑いが止まらなくなった。
「あはは、何これ、今までのことが何でもかんでも面白いわ! スージーはどう?」
「パトリシア様が食べてから召し上がろうと思っていましたから」
「あんた本当にもう! おかしいわ!」
「感情に作用するタイプですねぇ、害は無いんでしょうけどぉ」
主人に頭を撫でられながら、顔の至る所にキスの雨が降る。片腕で思い切りホールドされている所為で逃げられないが、スージーとしては悪くない、幸せな時間だった。
見れば桃を口にした家電妖怪達もそれぞれ、それなりに情緒を崩壊させて、様々なリアクションをしていた。
「なかなか美味だね。だが無害ではないな」
ガイウスが雷鈴を一瞥すると、雷鈴はぴしりと固まった。生身だったら冷や汗を滝の様に掻いていただろう。思い切り目を泳がした。
「だ、ダッテ……少しくらい悪戯したかったアルヨ。出来心、出来心ネ……!」
「致命的な物ではないとは言え、感心は出来ないな。一般人には効果を周知した上で、自己責任で食べさせるべきだ。良いね」
「ハイ。フレックスに確り情報伝えておくアルヨー」
ガイウスの念押しにやけに機械的な返事を返した後、がっくりと肩を落として、フレックスに詳細を説明した。
●メンテナンス
情緒が崩壊した家電妖怪達の様子に、桃の作用だろうなとアタリを付けて、クラウスは多数いる家電妖怪達に身体に異常は無いか問い掛けた。忘れられた家電な事もあって、痛んでいる部分は多かった。スマートゴーグル等も併用して、一人一人丁寧にメンテンアンスしていく。幸い重傷者は居らず、クラウスにとっては良い経験になった。
(俺が使っている武器や装備も、こんな風に色々考えているのかな……)
例えばこの√では百年過ぎた物には魂が宿る。伝えでは無く、それは妖怪として人の姿を取る。
(これからは、もっと大切に扱いたいな)
ガントレットを摩る。良い機会に巡り会えたと、自然と微笑んだ。
●終幕
「家電チャン達と、それから桃樹妖怪の皆と、一杯遊んでくれてアリガトネ。お陰で皆やる気になってくれたヨ。お陰で皆、人の為に一層頑張ってくれるト思うヨ!。フレックスチャン、最期の仕上げネ、ちょっと気持ち悪いかもしれないけど、勘弁アル!」
「雷鈴、最後まで、ありがとう。一緒に戦えて良かったよ」
「礼は要らないヨ。少し名残惜しいケド、また会ったら、その時は宜しくネ!」
雷鈴は歯を見せて笑い、身体を奇妙建築に捧げた。同化の感覚に、投影された人間型のフレックスは、流れ込む妖力に戸惑い、思わず目を瞑った。
「こうして封印がなされました。然し、誰からも忘れられた頃にマガツヘビは復活するんのです。此処はそんな繰り返しなのかしら?」
「しっかり、語り継がないといけないわね、この場所の事も、マガツヘビのことも」
●エピローグ
飛梅は今回の一件の事を全て、あるじに話した。寺子屋の皆で、遊びに行く話が持ち上がったかも知れない。
クラウスは戻って装備と武器を念入りに手入れした。
刃は日常に帰る。ただ、桜を見に行こうと思ったかも知れない。
ガイウスは桃を配下とロヴィーサに配り、反応を楽しんでいた。中々愉快な一幕になっただろう。
パトリシアはスージーの願いを一つ聞く約束を守った。内容は本人達だけが知る。