【天使化事変】アマランスちゃんの憂鬱
「マスター、お代わりだ。あと5~6杯」
静かなBGMが優しく包み込むように流れるムーディーなバーの片隅、カウンターに突っ伏しながら疲れた声で注文を出す女性に、マスターは労わるように声を掛ける。
「2杯で十分ですわ。といいますか、そろそろそのあたりでおやめになられては……アマランス様」
マスターの女性が口にした名前。おお、それこそは、ヨーロッパの古き歴史の影に常に蠢き、人が知ってはならぬ知識を身に付け、人が立ち入ってはならぬ領域に踏み込んだ禁断のものども――『羅紗の魔術塔』の中にあってもその人ありと知られた魔女、アマランス・フューリーのことではないか。
だが恐るべき魔女は、細い腕の中に顔を包んだまま、ぐずぐずと抗議する。
「お代わりだ! っていうか私の設定年齢がわからない以上、一応酒ではなく100%ぶどうジュースを飲んでいるのだからいいではないか!」
「そのコンプラへの配慮、さすがアマランス様ですわ。ですがいくら100%ぶどうジュースでも、飲み過ぎてはお腹壊しますわよ? ただでさえ薄着しててお腹冷やしているのですし」
そこへ。
カランカラン、とドアベルを涼やかに鳴らし、数人のローブを纏った男たちが入ってきた。
「おーい、コッチとりあえずビールね。それでさ、さっきの話だけど……聞いたかよ、もう100敗くらいしてるらしいぜ?」
「マジかよ100敗はさすがにマズくね? ……アマランス様もさあ」
ぴくり、と顔を埋めたまま、アマランスは反応する。マスターも、あわわ、という表情を浮かべるが、ローブの男たちは、バーの片隅にいて顔を隠しているアマランスの存在には気づかないようだ。
ここで公式設定のリマインド。簒奪者たちは死んでも蘇り、記憶を保持している同一個体である。つまり、すべてのシナリオで倒されたり失敗したアマランスはすべて同一人物であるから……同一人物が100回失敗しているのだ!
「ご自分が全部出撃してるわけじゃないとはいえ、『天使捕獲作戦』の総指揮をとってるのはアマランス様だから責任はアマランス様にあるわけだしな。100敗はなあ……普通の組織ならとっくにクビだろ」
「俺たち『羅紗の魔術塔』の名前に傷がつくよなあ。そもそも、なんでそんな人が今の地位にいるんだか」
「そりゃあれだろ、アマランス様は……お顔は確かにめちゃ美人だし……お体もほら……えっちだし……」
「ああ……『そういうこと』か」
「『そういうこと』だろ?」
意味深に頷きあうローブの男たちのテーブルへ!
「誰が枕魔術士かー!!!!!」
アマランス、キレた! 暴れこんだ彼女の身に纏った羅紗が光輝き、深く刻まれた魔術文字が乱舞する!
「う、うわあああああアマランス様!?」
「私えっちなことなんかしてないもん!! 手も握ったことないっていうか、彼氏も彼女もできたことないもん!!」
いかに100敗していようとも、アマランスの実力はまさに端倪すべからざる超絶の領域に達していることは確かであった! いかに100敗していようとも! いようとも!
「うるさーい! ……はあ……はあ……」
頭から湯気を出しながら魔術士たちを叩きのめしたアマランスは、震える拳に決意を満たしてぎゅっと握りしめる。
「……それもこれも、毎回私の邪魔をする√能力者どものせいだ。今度星が詠めたら、必ずやその恨みを……むっ! 新たな星が詠めた!」
きらーん、とアマランスの瞳が輝く!
「そ、そうか……そうすればよかったのか。『天使』よ、今度こそ逃がさぬ。そして立ち塞がる√能力者どもに復讐してやるのだー!!」
●
「見つけたぞ。新たな『天使』」
「天使……? 確かに私の名前はアンジェリカ、天使を意味しますが、普通の女の子ですよ。急に不思議な体になってしまいましたが……」
アマランスはとある街角で一人の少女に声を掛けていた。黒い金属質の体に翼をもつ、それはまさに新たな生命「天使」の証だ。
その少女の足元に――アマランスは速攻で泣きながらゲザった! そっと目薬をしまいながら!
「くすんくすん、君に頼みがある。私たちの実験材料になってほしい。お願いだから。この通りだから。君が承知してくれないと私はとても困るのだ。すごくすごく困るのだ。ぜひ助けてほしい! うえええん!」
「まあまあ、そんなにお困りに? 泣かないでください、わかりました、お好きになさってくださいな」
おお、なんたることか! 「天使」は完全なる善人であって完全なる無私の奉仕者。ゆえに……アマランスが困って見せ、泣き真似で普通に頼めば、自分を犠牲にすることでも普通にOKしてしまうのだ! このままでは天使の少女、アンジェリカが危ない!
●
「……と言う星を詠んだんです。ヤバいです、『羅紗』はついになりふり構わず、泣き落としと土下座で天使の子を連れ去りに来ました! いやそれアリなんですね!?」
星詠み、パンドラ・パンデモニウム(希望という名の災厄、災厄という名の希望・h00179)は、危機感をにじませて√能力者たちに訴える。
「今、天使の少女アンジェリカちゃんは、『羅紗』の支部に連れ込まれています。準備が整い次第、本部に移送されるようです。その前に救出しなければ!」
√能力者たちよ、『羅紗』の支部へと突入し、天使アンジェリカを救ってほしい!
「あと、なんか知りませんが、今回のアマランスちゃんは妙にやる気満々です。そちらにも気を付けてくださいね。もう100回も失敗してるくせにね」
第1章 冒険 『羅紗の魔術塔の支部強襲準備』

闇の中に佇む廃墟はそれ自体が他者の存在を拒むかのような呪いに満ちた雰囲気を醸し出す。いや、気のせいではないのだ、事実、その建物は――恐るべき魔術結社『羅紗の魔術塔』の支部であったのだから。
普通の人間ならばただの薄気味悪い廃墟にしか見えぬその場所も、√能力者たちにははっきりと感じ取れる、邪悪なる意思と悍ましきたくらみの凝集した影を。
しかし、羅紗の支部だからと言って無差別に破壊行為はできない。なぜなら、このどこかに、「天使」の少女、アンジェリカがいるからだ。まず彼女を救出せねばならない。それも、彼女が『羅紗』の本部に連れ去られる前にだ。
だが、さすがに『羅紗』。支部とはいえ、各所に魔術的警戒網が張り巡らされ、魔術師や使い魔たちも定期的に巡回してくる。
√能力者たちは、まずこの警戒網を何らかの方法で突破し、そしてアンジェリカの居場所を聞き出したり、地図を見つけるなどして探り出さねばならない。
だが、……一番の問題はその後だ。
「アマランスさんというあのお姉さん、とてもお困りのようでした。この私の命であの方をお救いできるのなら、こんな幸せなことはありません……」
アンジェリカは本心からアマランスを救うために身を捧げようとしている。
これが『天使』と呼ばれる種族の、本質的な、そして根本的な問題であるのかもしれない。天使たちはあまりにも純粋で善人過ぎ、自分を度外視しすぎているのだ……。
√能力者たちはアンジェリカを探し出したとしても、彼女を救い出すためには、何とかうまく説得しなければならない!
(プレイングの流れは、一例としては『1:警戒網の突破 2:アンジェリカの捜索 3:アンジェリカの説得』となりますが、あまり縛られることなくご自由にどうぞ)
「天からの御使いという言葉が聞こえました、即ちこの縁は神聖竜さまの導きとも言えましょう」
「何だお前? おい止まれ」
「見た、聞いた、ならば救う。そこに止まる理由などありません」
「いや止まれ!? 止まれって!?」
「進めよさらば道は開かれん。この道を進めばどうなるものか、迷わず行くのです行けばわかります」
「うわああああ誰か来てくれええ!!!???」
止まらない、止まらない。エキドナ・デ・イリオス(狂信の|神聖祈祷師《ホワイトクレリック》・h02615)の歩みは決して止まることはない。だって神聖竜さまの導きだから。おお神聖竜さまを讃えよ、神聖竜さまを崇めよ。
そう、たとえ彼女の行く先が、おそるべき魔術結社、ヨーロッパの歴史の裏で常にその存在を朧気にささやかれていた伝説の中の伝説たる『羅紗の魔術塔』であろうとも! そして、そこに羅紗の魔術士どもが数多警戒を厳にしていようともだ!
「な、なんだ、どうした!?」
たまたまエキドナに最初に出会ってしまった運の悪い魔術士が挙げた悲鳴に、他の魔術士たちもわらわらと集まってくる。
「こ、この女、変なんです!」
「むっ、何だお前は!?」
語気鋭く誰何する魔術士たちに、エキドナはとにかく歩みを止めぬまま淡々と告げる。視線は一点ただ真っ直ぐに前だけを見つめ、その瞳は彼女の不動なる信念のごとくに微動だにせぬ!
「そうです私が神聖竜さまの使徒です。さあ皆さんも神聖竜さまに帰依しましょう。神聖竜さま、嗚呼神聖竜さま。神聖竜さまったら神聖竜さま」
「ダメだこいつ!? ていうか止まれいい加減に―!?」
何人もの魔術士がエキドナの腰にしがみつき手足を抑えつけ、それでもずるずると引きずられていくほどのおそるべき信心パワー!
ああ、だがそれでも限界はあるというのか。ついに。
ぽきっ。
いやーな音が、魔術士たちのしがみついたエキドナの腕から響いた。
「あっ」「あ……」「あー……」
魔術士たちはパッと手を放し、お互いに気まずそうに顔を見合わせる。俺じゃねえよ? おまえだろ?といわんかのように。妙な侵入者とはいえ、可憐な女性をぽきっ、って感じにしてしまってはさすがにちょっとだけ気まずいというものだ。
おお、実際、エキドナの細い指が一本、あらぬ方向を向いてしまっているではないか。誰だこんなひどいことをしたのは!
「私です」
「お前かよ! 自分でかよ!?」
「ですが心配ご無用です」
「心配はしてねえよ!?」
エキドナは魔術士たちのツッコミにも涼しい顔、折れた指を高々と差し上げる!
「神聖竜さまは常に私たちをご覧になっています。24時間365日。さあお聞きください、『|神聖竜詠唱・第三楽章《ドラグナーズ・アリア・テルッツオ》』!!」
その詠唱と同時、朗々と響き渡った世にも妙なる玲瓏の歌声は眩い輝きを伴って、まぎれもない神秘の彼方からの尊き波動を降り注がせる!
見よ、エキドナの折れた指が自然と回復し元の美しい形に戻る、さらに!
「すべての状態異常は回復します。そう、――魔術という得体の知れぬ頓珍漢なものを信じ込んでいる『狂信』など、まさに状態異常といっても過言ではありません。目を覚ますのです」
「お前が言うな!?」
これぞエキドナの√能力! その力は周囲の『魔術士』という『状態異常』を回復したことで一時的に魔術を使えなくさせ、そして!
「くっ、なんということだ……俺たちは役割を果たせていない……!」
「役割を果たせない」ことへの強烈な罪悪感に浸らせる! 今の魔術士たちは、膨れ上がった罪悪感で今にも押し潰されそうな、か弱い存在にすぎない!
「役割を果たさなければ……役割……役割……!」
いわば役割渇望症に陥った魔術士たちは死んだ目でエキドナに群がり、取り押さえて「役割」を果たそうとする。しかし!
「あなたたちの役割は他にあります!」
「な、なんだって!?」
エキドナの叱咤に魔術士たちは瞠目! 彼女が宣した言葉とは!
「それはすなわち! 神聖竜さまへの絶対の帰依! それこそが人間の果たすべき最大の『役割』に他ならないのです!」
それかよ!
しかし誰もツッコむものはない、なぜなら、魔術士たちは√能力に掛かり、魔術への信奉を失っている。つまり羅紗の魔術塔を警備する役割はもう有しないのだ。存在意義を失って空っぽ、でも何かしなければならない、という役割欠乏症の状態に、エキドナの訓示がするっと染み通った! マジ恐ろしい洗脳……いやその、布教である!
「そ、そうだった……神聖竜さまを讃えよ……神聖竜さまを崇めよ……」
「それでいいのです。で、天使の少女はどこです?」
元魔術師たちから詳細な場所を聞き出したエキドナは再び、何事もなかったように真っ直ぐ歩き出すのだった。
すべては神聖竜さまの導きのままに。神聖竜さま万歳。神聖竜さまに栄えあれ!
武道古歌に言う。『突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀、杖はかくにもはずれざりけり』と。
「えーいです、あはははー!」
そう、杖こそは機に臨み変に応じ、千に変わり万に化してあらゆる戦況に対応し、その尽きることない変幻の間合いと仕法で戦を制する武器である。
「わ-いです、あはははははー!」
その磨き抜かれた技法はまさに芸術ともいえ、兵法の奥義を存分に知らしめるものであり……
「とりゃーです、どっかーん!!!!」
ちょっとールナリア・ヴァイスヘイム(白の|魔術師《ウィッチ》/朱に染める者・h01577)―! せっかく杖術について語ってるのにーひどくなーい? とにかくデタラメに杖を振り回すだけとかさー!
……とはいえ、実際にそれで功を奏しているのだから仕方ない。そう、ルナリアが黄金のようにきらめく髪を振り乱し、風を斬り裂いて力任せにブン回すトネリコの大枝は、まさに災厄が形を取ったがごとき暴威の塊だ! その威力は、触れるだけで彼女に群がってくる恐るべき魔術士の使い魔どもを次々とゴミに変えていくほどである!
「ということでお邪魔しますねー。ここが、『らさ』のみなさんのおうちで間違いないですかー? アンジェリカさんはどこにいらっしゃいますー?」
「散々人の使い魔をブチのめしておいて今更確認するのかよ! もし間違いだったらどうするつもりなんだ!」
わらわらと集まってくる羅紗の魔術士たちが血相を変えてルナリアの小さな体に詰め寄る。いかに下っ端とはいえ、彼らはヨーロッパに古くから伝わる禁断の知識をその手に収めんとする、悍ましくも古ぶるしきものどもの狂気なる集団だ。普通なら恐怖と戦慄で身動きも取れなくなってしまうに違いない。ましてやルナリアのように可憐で華奢な、一輪の花のような美少女ならば震えあがっt
「えーいどかーん! あははははーです!!」
知ったこっちゃなかった! ルナリアが傍若無人に振り回した大杖は、まとめて数人の魔術士を早くも星屑の彼方へと送り届ける地獄の産地直送便と化したのだ!
夜空の果てに消えた哀れな犠牲者のことなど気にもかけず、ルナリアは腰に手を当て、群がる魔術士たちにぷんぷんと怒って見せる。
「いいですか? 人がものを尋ねているのですから、それにちゃんと答えないのは失礼というものですよ。あなた方が『らさ』の皆さんですね?」
「いきなり殴りこんできて手当たり次第にぶん殴るのは失礼じゃないのかよ!? っていうかそもそも『らさ』じゃねえ。俺たちは『羅紗』だ!」
目を血走らせて、というか半ば半泣き状態で睨みつける魔術士たちに、ルナリアはきょとんとした表情を浮かべて小鳥のように愛らしく小首をかしげた。
「らさ?」
「らしゃ!!」
「らさ」
「No! すぴーくあふたーみー、『ら』」
「ら」
「しゃ」
「しゃ」
「OK、『羅紗』」
「らさ」
「舐めてんのかー!!!!」
「細かいことをうるさいですねー、そーれどーん!!!」
またしてもルナリアのトネリコの大枝が猛威を振るう!
「アバーッ!?」「グワーッ!!??」
まさにそれは形を持った破壊の概念、人の姿を取った破滅の象徴! ルナリアがトネリコの枝を奮うところ、大地は哭き天は叫び世界は慟哭せずにはいられない!
これこそが彼女の恐るべき√能力、『|力を増す魔法《ウルズ》』に他ならない。そう、いくらなんでもか弱いエルフの少女が、素でこんな暴の化身のような蛮勇を奮うはずもない、これはあくまでも魔術で強化されたパワーなのであって
「命中率と反応速度が1.5倍になる。」
……強化されたパワーであって……
「命中率と反応速度が」
知ったこっちゃなかった! ルナリアが強化したのは速度系であって、パワーは地だった!
だがルナリアはその蒼く澄んだ瞳を哀しみに曇らせる。もし出会いが少しでも違っていたら、こんな悲劇は生まれなかったのかもしれないと。
「ああ、なんということでしょう。穏やかに話し合うことさえできていればこんなことには」
「いつ!? ねえいつ話し合いタイムが設定されたの!?」
「はあ? 誰が話し合おうなんて言いました? 何を自分勝手な理屈をこねているのですか、調子こいてんじゃありませんよ殴ります!! あははは!!!!」
「ダメだこいつ!!?? グワーッ!!!!」
かくして僅かに数瞬。
ルナリアの歩んだ後にはただ屍の山が築かれるのみであった。
「本当に失礼な方々でした、せっかくお尋ねしているに答えてくれないなんて。まあ、なんか地図があったから良しとしますが……」
ルナリアは魔術士の一人が懐に潜めていた地図を取り出し、再び侵攻を開始する。
「まったく困ったものです、『羅紗』の皆さんは」
「や……やっぱり言えるんじゃねえかチクショウ……がくっ」
消えていく意識の中で、『らさ』の魔術士たちは、魔術よりも恐ろしいなんかの後ろ姿が小さくなっていくのを、ただ見送るのだった……。
「ははあ……なんてオモロ……あ、いや。大変なことになってしまいましたね〜」
ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)は思わず知らず上がってくる口角を意識して引き締めようとしつつ、それでもにんまりとした口調でつぶやいた。
なにせ、ヨーロッパの古き歴史の影に永らく蠢き続けてきた、謎めきおぼめく禁忌なるものども、悍ましき有史以前の昏き領域の系譜を受け継ぐ魔術の使徒――『羅紗の魔術塔』の恐ろしさは、これまでにも何度も人の口の端に登ってきた。……その実体が、まさか。
「ポンコツ集団っすよねアレ」
言い方! もっとこう、人の心に配慮した言い方をしてあげて! まあだいたいにおいて事実ではあるが。
「正直、アンジェリカさんが実験材料にならないとかであれば、アマランスさんの側にいるくらいはいいんじゃないかなと思うんすけどねえ」
ヨシマサは考える。アンジェリカはあくまで自由意志でアマランスに付いていったのだ。……たとえそれが嘘泣きによるものだったとしても。もしアンジェリカの身の安全が保障されると仮定したなら、アンジェリカは。
「こう、……羅紗の組織内で、アマランスさんの唯一の味方になるんじゃありませんかね? 純粋にアマランスさんを助けようとしてるのはアンジェリカさんだけなわけでして。最初はアンジェリカさんを騙すつもりだったアマランスさんも、いつしかアンジェリカさんの真心にほだされ……私が本当に必要だったのは魔術の真髄ではなく親友だったのだ、と気づいたりしちゃって……いいっすねえ。うん、いい」
ふわふわ~んとした甘いSEと共にほんわかとしたソフトフォーカスに包まれたアマランスとアンジェリカの姿を思い浮かべ、ヨシマサは後方で腕組みしつつ推しを見守るかのようなスタンスを取りそうになる。陸軍としてはヨシマサの意見に同意である!
「……とはいえ、やっぱ放置はマズいっすかね」
と、思わず妄想の世界に入り込みそうになったところでヨシマサは自分を取り戻した。そう、天使と羅紗の長期接触は、そこに直接被害がなかったとしてもどんな影響を及ぼすかわからないのだ。
「それに、今後のイベント進行に関わるでしょうし」
メタ! いや大事な視点ですが! 確かに今後の羅紗イベントに関わりそうな匂いがプンプンしますが!
「つーことで……|群創機構装置Mk-III《スウォームメーカーマークスリー》、迷彩オン」
ヨシマサの指令一下、無数の小型探査ドローンが浮かび上がると、一瞬後には、光に溶け影に沈むようにその姿を忽然と消した。光学、心理学など多重迷彩を施した精緻な探査システムは、潜入対象が魔術的要塞であったとしてもその効果を減じるものではない。魔術もまた一種の系統だったシステムである以上、システムを騙すのは戦線工兵の十八番であるのだから。
ヨシマサの指示に従い、スウォーム・シーカーたちは姿を消したまま廃墟へと侵入していく。探るべきは天使の少女アンジェリカの居場所だ。
「そう、アンジェリカさんの居場所っす」
うむ、アンジェリカの居場所だ!
「そう、アンジェリカさんの居場所っすよ! くっ……ここも違うか……!」
ヨシマサは真剣な面持ちで廃墟内を遠隔探査! なんとシリアスなことか!
「あー、どっかにアマランスさんの美味しいネタ転がってねーっすかねえ」
ダメじゃん! いや隠密潜入捜査ができるとなれば、まあそういうの探りたくなるけども!
「むっ、これは! ビンゴっすか!? いや一度このセリフ言ってみたかった!」
おお、無数のスウォーム・シーカーの一機が遂に! 求める情報を探り出したのか!
『お互い、だいぶ「羅紗」の魔術文字が上達したな』
『ああ、これも修行の成果だな』
これは羅紗の魔術士たちの会話に間違いない。そう、羅紗の魔術の特徴はその名通り、羅紗布に記された魔術文字を操ることだ。その秘められた機密を暴けるのか!
『……そういえばさあ。魔術文字って普通の人間には読めないだろ?』
『そりゃそうだ。魔術士同士だって難しいくらいだし』
『だからさ……その、羅紗の魔術文字を使ってさ……そっと書いてるらしいぜ』
『誰が、何をだ?』
『……誰とは言わんが羅紗の魔術文字の第一人者が……キラキラの夢女子小説を』
「うわあ」
ヨシマサは思わず両手で顔を覆う。そんな恥ずかしくも悲しいこと聞きとうなかった!
きっとそれは噂話をしている魔術士たちも同じだっただろう、気まずそうな沈黙が続いた後、話はぎこちなく別の話題に逸れていったのだった。
「なんか……悪いことしちゃったっすね……」
ヨシマサは首を振って立ち上がる。今の流れで何となく入手した天使の少女の居場所に向かって。
そしてそのころ。
「……くしゅん」
机に向って『何か』を書き記しながら、人知れずくしゃみをするアマランスの姿があったのだった。
「ようし平和的解決に向けてゴーだよ田島さん!」
「……俺はビタイチ平和じゃないんだがな」
身を乗り出し腕を振り回してバクアゲの|身鴨川・すてみ《みかもがわ・捨身》(デスマキシマム・天中殺・h00885)に、運転席の|田島・陽郎《たじま・ひろう》(捨てるものあれば拾うものあり・h01676)はうんざりとした顔で呟く。
そう、運転席。軽トラの。
なにそれ。
といいたくもなろうものだが、軽トラなものは軽トラなので仕方ない。これぞすてみの√能力、特殊な霊的軽トラを召喚するのだ!
そう、霊的軽トラ。
なにそれ。
「世界の平和のためなら田島さんの平和なんてショボいものくらい我慢して役目でしょ」
「よし後で右と左のほっぺたがくっつくくらい捻ってやるから覚えとけ。……っていうか、まず俺がここにいることが何それだろ……」
陽郎は手並み鮮やかなハンドル捌きで軽トラを操り、果敢に廃墟に突入しながら重い吐息をつく。その暗渠こそは、恐るべき魔術結社「羅紗の魔術塔」のアジトなのだ。
「だってみかもちゃんは運転しちゃいけないんだよ、免許ないから違反だもん。その辺きちんとしてくれないと困るなー?」
「お前はそれ以外のことすべてをきちんとしろ。あとで右と左のほっぺたでちょうちょ結びができるくらい捻ってやるから覚えとけ」
……霊的軽トラに免許は必要なのだろうか。霊的大型免許とかあるのだろうか。霊的メガネ着用に限るとかあったり。
……それはともあれ、すてみは恐るべき魔術結社「羅紗」の支部に突入するため、必要とされるべき装甲機動戦力を、言い換えれば軽トラを召喚したのだ。そのためには運転手もついでに必要なので仕方がない。
「誰がついでだ……ったく、そもそもここはどこなんだ」
「なんだっけ。ええと、あっそうだ、羅紗のナントカっていう……」
「『羅紗の魔術塔』か!?」
説明しかけたすてみの言葉を食い気味に遮り、陽郎が鋭い目を輝かせた。
「うえ!? う、うん、確かそんなんでした……」
「羅紗!? 本当か!? 実在したのか、あの『羅紗の魔術塔』が! 古きヨーロッパの歴史の影に蠢き時代を操ってきたものたち、禁断の知識と技術に触れ、正気と人間性を引き換えに暗黒の領域に足を踏み入れたという昏く悍ましき魔術結社が!」
「……あいつ」
よしなよ。
テンション反転。
実際、陽郎は職業柄もあるが、元々名だたるオカルトマニアであった。その彼にとっては、すてみの雑で適当な召喚が怪我の功名とも相成ったのであり、漆黒の伝説ともいうべき『羅紗』に迫ることができたのは、まさに優曇華の花に巡り合うような僥倖以外の何物でもなかったわけである。
「ふ、ふふふふふふ。そうか、あの羅紗の魔術塔が目の前にいるのか。いいだろう、羅紗の真実をこの目で見届けてやる!」
ギャリギャリギャリ! 霊的タイヤを霊的ステアリング操作で霊的に大地に刻み込みながら、陽郎の霊的ドラテクは加速する!
「な、なんだ!?」「何が起こった!?」
その爆裂な騒音を聞きつけ、周囲の闇の中から湧き出るように魔術師たちが現れた。だがいかに修行を積んだ魔術師といえど、眼前をなんかものっそい勢いで走り抜ける軽トラというよくわかんない事態に対しては、一瞬認識の遅れが出るのはやむを得ないことだといえよう! そこへ!
「よーし轢いちゃえ田島さん!」
情け容赦ないすてみの檄が飛び、軽トラは白い弾丸、いや砲弾と化して魔術師たちにダイレクトアタックをぶちかましていく! ひっでえ!
「ふふふふ、どうした羅紗、そんなものか! 何人も口にしてはならぬ暗黒の詩篇に狂気の血文字で記された終末の叙事詩とまで謳われた伝説の魔道教団とは軽トラに負ける程度か!」
「あいつ」
よしなよ。
「まあ……軽トラは強いから仕方ないね。この調子ならきっとアマゾンズちゃんも一発だよ!」
「誰だそれは」
「誰だって言われても知ってるわけないじゃない、会ったことないんだし」
「……お前が名前出したんだろうが、なんかがあたり一面に転がりそうな名前を。後で両方のほっぺで縄跳びできるくらい捻ってやるから覚えとけ」
「んー、あの人の名前なんだっけ? 良く覚えてないんだよねえ。……アマテラスちゃんだったか……アサランチちゃんだったかな?」
「朝なのかランチなんかはっきりしろ」
「アンブレラちゃん……アンドゥトロワちゃん……アマランスちゃん……アンタダレちゃん……あっそれだ、アンタダレちゃんだったかも!」
「相手もその名で呼ばれたら困るだろうな」
正解……あったのに。
流れで一度通り過ぎてしまった名前にもう一周回って巡り合うまで、すてみと陽郎は数百の名前を検討したという。無数の魔術士をボカスカ跳ね飛ばしながら。
なおその後、すてみのほっぺたが大変なことになったのは言うまでもない。
「やつでは遅れてお邪魔しましょう。他のご同輩のやり方を参考にさせていただいければきっと侵入も容易いことでしょう」
|黒後家蜘蛛・やつで《くろごけぐも・やつで》(|畏き蜘蛛の仔《スペリアー・スパイダー》・h02043)は賢いので、他の√能力者たちよりわずかに遅れて行動を開始する。これにより他者の侵入経路やその方法を観測し、学ぶことができ、効率的かつ効果的な行動を選択することができるのだ。うむ賢い、やつでは実に賢い。
「さて、他の方々の侵入方法は……ふむふむ、この方は力ずくで。そしてこちらの方も力ずくで。そしてこの方も……なるほど……なるほど?」
やつではだだん!と地面を踏みしめ、頭からしゅぽっと湯気を噴き上げる!
「……いやほとんどがダイナミックエントリーではありませんか! 参考になりません!」
だってそれが√能力者だから。っていうかそれがネタシナリオというものだから。
「まあ……これはこれで人間というものの行動パターンとしては参考になりますが。仕方ありません、素直に隠密行動と参りましょう」
幸いにというか、先行している√能力者たちが暴れまわっていったおかげで、『羅紗の魔術塔』の警戒網はほぼズタボロの穴だらけだ。気配を殺せば比較的入り込みやすいだろう。
「しかし、他人事ながら悲しいことです、『網が穴だらけ』というのは……蜘蛛神の仔としましては他人事とは思えません。本当の網の張り方というものをお見せしませんとね」
細い首を振りながら廃墟に忍び込んだやつでは、意識を集中し気を高め、内なる力を解放する。そう、蜘蛛こそは数多の神話と伝説の中、その神秘と玄妙さにおいて尊崇を集めてきた大いなる存在。その力が彼女の身から迸り、月影に移ろうような繊細な糸となって結実する。芸術のように形を変えて展開されたものは、まさしく蜘蛛の巣だ。
「蜘蛛の巣があるということは、ここには蜘蛛がいたのです。さぁ見聞きしたことを、やつでに報告するのです、『|蜘蛛の目は見ていた《スパイスパイダー》』!!」
結果から原因を逆転して生み出す蜘蛛神の大いなる御業により、やつでの小さな手の上に生み出されたのはさらに小さな仔蜘蛛ではないか。インビジブルが姿を仮託したこの蜘蛛を通じ、やつでは思うままに情報を収集することができるのだ!
「さあ……羅紗の魔術塔の秘密を探るのです」
おお、実にスパイものっぽい!
「具体的にはアマランス様に関してのお話を、情報をたくさん集めるのです!」
……いやそっちかい!
「だって、こんな機会はめったにありませんからね! ええと、なになに……」
耳を澄ませたやつでに、仔蜘蛛は語り始める。少し前に実際にアジトで交わされていた魔術師たちの会話の再現を。
『暇だなあ、なんかウケる話とか面白い話とかないのかよ』
これはおそらく宿直の魔術士の一人が退屈に耐え切れず零した愚痴だろう。それに対し、もう一人の魔術士が答えたようだ。
『そうだなあ……じゃ、怖い話ってはどうだ?』
『おいおい、俺たちは痩せても枯れても羅紗の魔術士だぜ? 禁断のヴェールに隠された悍ましき知識を覗き見、暗黒の深淵を潜り抜けてきたんだ。そんな俺たちが怖がる話なんてあるかよ』
『まあ聞けよ、アマランス様なんだがな』
むむ、とやつでは神経を集中する。どうやら期待通りアマランスの話が出るようだ!
『アマランス様宛てにいくつもの荷物が届くんだ。中身は誰も知らない』
『そりゃ、きっと俺たちの想像もつかないほど高等な魔術儀式や深遠な実験のための魔術道具を、地図にも乗らない秘境の果てから取り寄せてるんだろうさ』
『そこで話はいったん置いとく。ある時、本部に一つの荷物が届いた。宛先を間違ったらしいんだが誰宛てかはわからない。いいか、わからないんだぞ? だがな。開けてみると、いつもありがとうございます、というペーパーと一緒に』
『一緒に?』
『……『ピンクのおうち』ってブランドの服がいっぱい入ってたんだと』
『何だよそのブランドって』
『フリフリのドレスやヒラヒラのレース、キラキラな花柄を満開にした、ゆるふわユメカワな少女趣味全力全開のブランド』
『…………』
『…………な? 怖いだろ?』
『本気で冗談にならねえ話はやめろ!!』
全蜘蛛が泣いた。仔蜘蛛と共におもわずやつでも瞼が熱くなるような感覚を覚える!
「アマランス様も苦労しているのですね……。いいではありませんか、女の子はいつだって可愛い服を着たいものです! そこに問題などあろうはずはありません!」
そうだそうだ!
「たとえ若干ウワキツであろうともです!」
いや言い方!
「ウワキツなアマランス様をやつでは応援します! 蜘蛛は織物の神でもありますからユメカワ系ドレスだって加護するのです! めっちゃウワキツであろうとも!!!」
だから言い方―!!!
「フッ……いやあ、今回の知識探求はなかなかの美味でしたね!」
「え、えぇー……。アマランスとかいう方、他所で見かけたときと大分雰囲気違わなくないっすかね……」
|深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)はアマランスの二面性とでもいうべき見え方の違いに思わず90度ほど首を捻らずにはいられない。
凛々しく神秘的、妖艶にして冷酷な恐るべき暗黒の魔女、歴史の彼方より紡がれてきた禁断の知識を掌中にし、人の触れてはならぬ悍ましき領域を軽々と乗り越えてきた『羅紗の魔術士』。その姿と、ポンコツでトンチキな残念お姉さんの姿とでは、あまりにも違いがあるのではないだろうか。
しかし、と音夢は今度は逆の方向に90度ほど首を捻る。
「いやでも……善良極振りな天使の方相手ならむしろ最善手なのかも? 結果的に天使の子の誘い出しには成功してるわけっすし……そうか、目的のためには手段を択ばない、と考えれば、むしろ一貫しているともいえるかもしれないっすね」
たとえ自分をスットコドッコイな道化と見せようとも、それで大いなる目的と深遠なる野望が達成されるのであればどうということはない! そんな崇高な覚悟を持っての行動であったかもしれないのだ! おお、なんと素晴らしいアマランスの決意であろうか!
「……いやまあ、たぶん素っすけどね、アレ。簒奪者は蘇るとはいえ、何回も倒されると、どっかのネジが外れるのかもしれないっすね……」
せっかくフォローしたのに台無し! まあでもたぶんそうなんだろうけど!
「ま、それはともかく……事件は事件っすよね」
ふう、と息を細く長く突き、音夢は薄闇の中を透かして状況をうかがう。
人気のない廃墟の奥に蠢く、人の領域をはみだしたものどもの気配は音夢にはよくわかる。怪人をその本性とする彼女とても、いわばその同類であるのかもしれないのだから。
「どうせ隠密は苦手っす。なら……いっそ、派手に花火打ち上げるっすよ! そのきれいな魔術をフッ飛ばしてあげるっす!」
硬い金属音を響かせて、音夢の構えた試製型対物狙撃銃【明星】が獲物を求め、スコープのレティクルを光らせる! えっ対物用でいいの!? 何が始まるんです!?
「第三次世界大戦っす! れっつぱーりぃ!!!」
情け容赦なく惹かれたトリガーとほぼ同時、風を引き裂いて唸った徹甲弾の着弾と共に、『羅紗』のアジトの一角が轟音を巻き上げ爆砕する! そこにたむろしていた魔術師たちも巻き添えに!
「さあまだまだいくっすよ! それそれー!」
どかーん! どかーん!! 爆裂! 爆炎! 爆滅! どでかい薬莢が景気よく排出されるたび、見る間にスイスチーズのごとく穴だらけになっていく「羅紗」のアジト! そこから狼狽して飛び出てくる魔術師たちも、次々と『明星』の餌食と化していく! 頭空っぽにして見られるアクション映画のクライマックスの如しだ!
だがさすがに腐っても『羅紗』の魔術士たち、百戦に錬磨された恐るべき古の魔術を修めるものどもだ。暴嵐のような音夢の狙撃をかいくぐり、幾人かが音夢に飛び掛からんとする! 決死の形相で彼女に迫りくる姿はまさに悪鬼! この距離では狙撃は間に合わぬ!
だが音夢は蓬髪の下に隠れた澄んだ黄金の瞳を煌めかせる。覚悟があるのは敵だけではないと知らしめるかのように!
「こっちにも、正真正銘のとっておきがあるっすよ!」
夜の闇の中に、一瞬狂った時が白昼を顕現させたかと思うほどの閃光――!
次の刹那、耳をつんざく大音響とともに、紅蓮の柱が怒り猛って天へと駆ける昇竜を思わせる凄まじさで噴き上がった。
魔術師どもをまとめて天空の彼方、星の果てまでブッ飛ばした轟爆、これぞまさに音夢の秘中の秘たる隠し技だ!
「『|火遁・連鎖爆雷変化の術《ヒートエンド・シェイプシフター》』っ!!!」
そう、その術とは!
「……うう、やっぱりこうなるっすか」
大いなる代償を支払いターゲットを丸ごと爆裂粉砕灼滅する連鎖爆雷! そしてその大いなる代償とは……音夢の大切な一張羅であった! 爆炎の中に虚しく悲しくヒラヒラと舞う音夢の衣服であったものの破片。
音夢に残されたものは、体のラインがぴったりくっきりと浮き出てしまう漆黒のインナーのみといういやーんな姿! おお、なんたる衝撃的なオタ女子の思いがけぬサービスショットが意外なまでに魅惑的にして蠱惑的なボディラインをあらわにしてみせたギャップによる悩殺的なインパクトか!
「まあギャップは萌えの基本っすからね……。はっ、もしやアマランスさんもこのギャップ萌えを狙ってたんっすか!? ヤバっちょっと推せるかも!」
いやそれは多分ない。
「星詠みの事を疑うわけではないけど、……アマランスのお姉さんって私がとどめを刺した時は結構カリスマあったわよね?」
美しい柳眉をしかめた有翼の美少女、アリエル・スチュアート(片赤翼の若き女公爵・h00868)の疑問に、滑らかな合成音声が短い一言で応えた。
『だってあの時、アマランスの頭をブッ叩いて脳天かち割ったのは公爵ご自身ではありませんか』
「……あ」
ドローンのリーダー機、ティターニアの容赦ない指摘に、アリエルは思わず自らの口を抑える。脳裏に蘇るはあの光景。そうだ、アリエルは光輝く魔道槍グリモワールランスを高々と振りかぶり、情け容赦ない一撃を確かにアマランスの脳天に……!
「え、うそ、私!? 私がアマランスの頭叩いたから壊れちゃったの!? 私のせい!?」
『敵とはいえお気の毒に。公爵が頭叩いたせいでギャグ落ちすることになろうとは。公爵のせいで。公爵の』
「ち、違っ! まさかそんな、頭叩いたらギャグキャラになるなんてそんなつもりじゃ!」
『……そんなわけないでしょう、今のは人間の言うところの冗談というものですよ。事実と異なることを言うと人間は面白いと感じるのでしょう?』
慌てふためきかけたアリエルに、ティターニアは淡々と告げる。むぐぐ、と拳を震わせ、アリエルは美しいオレンジの瞳でティターニアを睨みつけた。
「いいことを教えてあげるわ、『言っていい冗談と悪い冗談がある』のよ!」
『なんとファジーで主観的で感情的な。まあそれはともかく、公爵が頭叩こうが叩くまいが彼女の本性はああだったのでしょう。所詮かりすま()だったという事で、あの手の私は出来る女です感を醸し出してる女は大体そう言うもんです』
「……その分析も結構ファジーで主観的で感情的じゃない?」
「いいえ客観的でデータに基づいています。具体的かつ説得的な実例を挙げれば、あの方だってそうでしょう? ――女王陛下だって』
「……うっわあ微妙に反論しづらい点をクリティカルについてきてこの子は……いやまあ確かにレイナス姉も喋らなければかっこいいお姉さんだけど、怒られるわよ……」
『そのお言葉は怒られることを問題にしているのであって、私の分析の正誤を問題にしているのではありませんね? つまり言外にお認めになった』
「ええいああ言えばこう言う! もういいわ、とにかく任務が先よ!」
まあAIと口論するのは大体非生産的である。それよりも生産的な工程に時間を使った方がいい。たとえば潜入工作とか。
「それ生産的なのかしら……まあどちらにせよ、相手は羅紗の魔術士の実力者、油断は出来ないわね」
アリエルに慢心はない。たとえ相手がトンチキ集団であろうとも。
彼女は意識を深く沈め、体の深奥、魂の根源から溢れ出してくる力を汲み上げる。魔法と機械の融合こそはアリエルの面目躍如、輝く神秘の泉のように湧き出た魔力は無数のドローンへと流れゆき供給され、その意のままにあらゆる局面を把握する耳目と為す。
「さあ、行きなさい、小さき機械の妖精達!『|妖精達の行軍《フェアリーズスウォーム》』!!」
これぞアリエルの√能力に他ならぬ。ティターニアを先頭とした機械妖精の一団は、そよ風に乗り夜気に紛れ、闇の中、音もなく『羅紗の魔術塔』の支部へと潜入を開始していく。伝説の中に生きる妖精そのままに、まるで空気に溶け込むかのように。
そう、ドローンたちは妖精のように神出鬼没でありつつも妖精のように気まぐれではなく、機械として正確でありつつも他の機械のような融通の利かなさもない。まさに両者の特性を合わせ持つ魔道機なのだ。
いかに羅紗の拠点といえど、たかが支部に過ぎぬアジトが、何条、機械妖精たちの慧眼から免れ得ようか。迷宮めいた内部機構から人員の配置、そして何よりも重要な事項――囚われている「天使」の少女、アンジェリカの居場所までを、機械妖精たちはまさに魔法のごとくに詳細に調べ上げていったのだった。
「うん、順調ね。これで問題なく次のステップに……」
ドローンたちの報告をモニターしつつ、アリエルが満足げに小さく頷いた時。
一機のドローンが、ふと声を拾った。基地内部を巡回する魔術士たちの何気ない会話の声を。
『そういえばさあ、最近、アマランス様なんだけどよ』
『ん? アマランス様がどうした?』
『頭にでっかいコブできてね? いつの間にかさ』
「…………」
アリエルは沈黙する。ただ沈黙する。そこへティターニアの重々しい合成音声が。
『公爵、まことに残念ですが、先ほどの言葉は冗談ではなかったようd……』
「………あー聞こえない聞こえない! 私のせいじゃないもん!!! 私が頭叩いたせいじゃないもんっ!!」
「なんだか不憫ではありますねえ……」
|イノリ・ウァヴネイア《|祈・危無《あむな・いのり》》(|幽玄の霊嬢《ゴーストループ》・h01144)は、これまでに取得した各種情報をゆっくりと読み解きながら細い首を傾げた。
……うん、なんか。ちょっと……微妙に恵まれないというか、『持ってない』感じの人だよね。アマランス・フューリーって。
もちろんアマランスはヨーロッパの永い歴史の裏側に踊りしものども、昏き影に包まれその実態も定かではない禁断の領域深くに踏み込み、人が知るべきではない悍ましき知識をその身に秘めた秘密結社――『羅紗の魔術塔』の中でさえも恐れられる大いなる魔女ではある。その実力を侮ることは誰にもできまい。
「……でも、だからこそ、それほどの魔女が連続で100回も作戦を失敗するものなのでしょうか。確かに√能力者の皆さんが優れているとはいえ……」
『つまりこうだ。アマランスは根本的にドジっ子』
「うわあ本山さん容赦ありませんね……」
イノリに憑いている12人の|幽霊《ともだち》の一人が容赦なく断定した! 他の11人もうんうんと一斉にうなずいている!
『実はちょっと憧れていたのだ。『羅紗の魔術塔』は、魔法を嗜むものにとっては禁断であるとともに、裏返せば一種の憧憬の対象でもあったのだから……。ああ、道に外れた魔法などと忌避しつつどこか惹かれてしまう繊細な乙女心……。だけど、まさかその羅紗の第一人者がこんなポンコツであったなどとは。いやもちろん、魔法の深遠な知識や偉大な技術は人格とは無関係、それはわかるのだが! こう、永い間推していた憧れのアイドルに実際に会ってみたらめっちゃ残念な子だった! そんなモヤモヤした思い、分かってくれるだろうか! わかってくれるね!! ちくしょうなんでこんなことに!』
「わ、分かりましたから落ち着いてください本山さん……!」
早口にまくしたてる『本山さん』の言にイノリが多少ドン引くのは仕方がない。とはいえ、『本山さん』は魔導書に憑いている魔法に造詣の深い幽霊、それだけに魔法魔術の泰斗である羅紗の悲しい現実にはきっと落涙を禁じ得ないのだろう。何という哀しい運命であろうか。
「まあ、そんなドジっ子アマランスさんにつけこむのもお気の毒ですが、お互いの|役目《お仕事》の為ですし……悪く思わないでくださいね……えへ……」
イノリはなんとか『本山さん』をなだめすかすと、暗闇の向こうにうっすらと浮かび上がる廃墟を眺めた。常人にとってはただの薄気味悪い建物に過ぎぬだろうが、幽霊である彼女にははっきりと見える、暗黒に溶け込みつつ蠢く『羅紗』の魔術士たちの姿が。
「本山さん、魔術士さんは普通の人とは違う景色を見る人……それなら|幽霊《わたしたち》の事も見えるんでしょうか……?」
『おそらく。羅紗は欧州最古の魔術結社だからな、心霊主義から完全に決別している魔術結社はないだろう』
「うーん、なら、普通の人は私たちが見えないからって、そのまま入り込むのは……得策じゃないですね……」
少し考え込んだイノリは、ぽむ、と小さい手を叩く。
「……逆に、見えるなら、見てもらえばいいんじゃないでしょうか……?」
「むっ、何者だ!? 怪しい奴!」
廃墟を巡回していた『羅紗』の魔術士たちは、前方から堂々と近寄ってくる多くの人影に鋭い誰何の声を飛ばした。
「こ、こんにちは……インビジブルです」
おどおどとしながらはっきり答えたのは無論イノリである。
「何、インビジブル? まあ確かに人間ではないようだが……」
魔術師たちは、ふわふわと宙に浮いている半透明なイノリたちの姿を見ながら半信半疑の顔色を浮かべた。
そう、簒奪者の廃墟には当然無数のインビジブルが集まってくる。その一つに紛れ込んでしまえばいいというのがイノリの作戦だった。
「は、はい……私たち、アマランス様に召喚されたインビジブルなんです。通していただけないでしょうか?」
イノリの言葉に、魔術士たちは顔を見合わせた。
「なんだとアマランス様に? ……おい、聞いているか?」
「知るわけないだろ、高位魔導士が自分の秘密の儀式を他人に漏らすわけがない」
「そりゃそうだよなあ……かといってあっさり通すわけにも……」
組織でありつつも魔術師としての秘密主義がまかり通る、それが魔術結社の弱点だ。魔術師たちが迷っていた時、不意に。
虚空の中から響いた声がある!
『お前たち、何をしているか。そのインビジブルは確かに私が召喚したものだ』
「え、ええっ、アマランス様!? これはアマランス様の|空間直接話法《ダイレクトボイス》ですか!?」
『そうだ。そのインビジブルどもは天使の少女アンジェリカの身の回りをさせるために召喚したのだ』
「え、でもそれなら俺達でも……」
『愚か者!』
ダイレクトボイスは鋭く激しい怒声を飛ばし、魔術士たちを震え上がらせる!
『アンジェリカは女の子なのだ、その身の周りをお前たちにさせるなど、今の時代コンプライアンス的にアレなのだぞ! ハラスメントになりたいのか!』
「そ、それは困ります! コンプライアンス的に!」
『であろう。ならばそのインビジブルを通すのだ。アンジェリカの居場所を教えてな』
かくてこっぴどくダイレクトボイスに叱られた魔術士たちは、アンジェリカの居場所を教えてイノリたちを通さざるを得なかった。コンプライアンス的に。
「……作戦、うまくいきましたね。さすが口羽さんです」
イノリはこっそりとささやく、そう、今の声は、彼女に憑いている幽霊の一人、声の幽霊『口羽さん』のものだったのだ。
『まあね。音坂さんも声にエフェクト掛けて、うまくごまかしてくれたし』
音の幽霊『音坂さん』と声の幽霊『口羽さん』の共同作業、この声真似に騙されないものがあろうか。これこそが幽霊たちを指揮するイノリの√能力、『|幽霊共同体《ゴーストニティ》』と『|幽霊大行進《ゴーストマーチ》』の連動効果!
こうしてイノリは教えられた小さな一室に足を踏み入れると、そこにまぎれもなく「天使」の少女、アンジェリカの姿を認めたのだった。
「あなたがアンジェリカさんですね」
「あ、あなたたちは?」
アンジェリカは鋼の体に驚いた表情を浮かべた。さすがに「天使」、幽霊の姿も見えるようだ。
「実は助けてほしいんです、あなたが困っているアマランスさんのためにここにいるのは知っているのですが……私たちも困ってるんです、こんなにたくさんの|幽霊共同体《なかま》も一緒に」
「そ、そんなにですか?」
「はい、私とお友達併せて260倍困っています!」
「260倍も!?」
「なので……あなたが来てくれれば助かるんです……260倍助かるんです!」
「260倍も!?」
おお、これぞイノリの秘技、「数で押せ」だ!
嘘はついていない、依頼が達成できなければ実際困るのだから。
その困り具合にアンジェリカも小さな胸に手を当て、心が揺れているようだ。もう一押し、と見えた時。
「おのれ√能力者ども! ここまで現れたか!」
部屋の扉がバーン! と開き、烈火のごとき怒りに目を血走らせた人影が現れた! その姿こそ紛れもない。アマランス・フューリーそのひとではないか! さすがにここまで侵入したなら彼女ほどの使い手の目をごまかすことはできぬ!
だが、アマランスの乱入とほぼ同時に。
各方面から侵入してきた√能力者たちも、一斉にアンジェリカの部屋に押しかけて来たのだ! なんかちょっとしたおしくらまんじゅう状態である!
「アンジェリカ、こっちへ来るのだ、こっちへ……ええい、狭い! 狭いというのに!」
アマランスの金切り声が響き渡る中、彼女と√能力者たちの激突が始まる!
どうすればいいかおろおろしている、天使の少女アンジェリカを真ん中にして!
第2章 ボス戦 『羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』』

「アンジェリカ、こちらへ来い! 私はとても困っているのだ、ここにいる√能力者どもに、もう何度となく邪魔をされたのだからな! お前ならわかってくれるだろう、この私の困り具合を! さあ助けてくれ、超困っている私を!」
「こ、困っているのですねアマランスさん……お助けしたい気持ちはあるのですが……どうしましょう」
見事、「天使」の少女アンジェリカの部屋を見つけ、突入した√能力者たち。
しかし、そこに、ついにアマランス・フューリーが現れた!
戦いは避けられない、だが、アマランスは、両陣営の真ん中にいるアンジェリカを傷つけるわけにはいかないことから、今の時点では、全力では攻撃をしてこないだろう。
もっともそれは√能力者たちにとっても同じことだ。アンジェリカを巻き込まないように、敵の攻撃を上手くさばきながら、アンジェリカの説得を本格的におこなってほしい。
もちろんアマランスも必死でアンジェリカを説得しようとする。
さあ、『説得バトル』の始まりだ!
「ご覧ください。フルカラーホログラムPP加工金箔捺し文字入れ表紙、フルカラー口絵本文紙色変えありです」
「えっ何が何で何ですか!?」
端麗な美貌を微動だにさせず滔々と訳の分からないことを言い出したエキドナ・デ・イリオス(狂信の|神聖祈祷師《ホワイトクレリック》・h02615)の言葉に、「天使」の少女、アンジェリカは思わず目を丸くする。
だが気にもかけず、エキドナは、どん! と懐から何らかの塊を取り出した。思わずどこに入ってたんだそれ、とツッコみたくなるほどに分厚く重量感があるその塊とは何か。眼前に身構える恐るべき難敵、『羅紗』の魔術師アマランス・フューリーと戦うための武器であろうか!
否。そのありがたみ溢れる塊から発せられる波動の、心穏やかにして静寂にさせられる神聖な感覚の素晴らしさは決して争うためのものではない。これこそ争いを好まぬ神聖竜さまの加護領域展開、『|神聖竜の領域《ドラグナーズ・サンクチュアリ》』! それを発した塊こそは偉大なる神聖竜経典である!
「無論この程度の文章量では到底語りつくせはしませんが、これこそ神聖竜さまの偉大な御力とその尊き教えを懇切丁寧に挿絵付きで説き明かした導きの書とそのガイドブック本文1000ページ小口焼き加工付きです。時の彼方なる太古より受け継がれてきた悠久の歴史を物語る書であり」
「待たぬか! 何が悠久の歴史だ、さっきのセリフ、どっからどう聞いても貴様自作の同人誌のオプション印刷であろうが!」
「……ほう」
語気鋭くツッコミを掛けたアマランスの声に、エキドナはきらりんと瞳を輝かせた。
「その話題がわかるとは、どうやら|ご同輩《同人屋》のご様子ですね、アマランスさん」
「しまった! つい耐え切れずに!」
艶やかな唇を噛み締めるアマランスに、エキドナは静かなる慈愛深き声を掛ける。
「良いのです。自らの迸る熱き情熱を伝えることになんの恥じることがありましょう。どうやら私の竜ケットのようにアマランスさんもどこかに参加しているようですね」
「竜ケットって何ですか!?」
かわいそうに、一応話が通じてるようなエキドナとアマランスと違い、アンジェリカはほぼ置いてきぼりである。
「竜ケットとは神聖竜さまの偉大な御業を讃えるための学術論文及び宗教画発表領布会のことです」
「そ、そんな会があるのですか!?」
「前回の竜ケットは主催私・参加サークル私・入場者私の計1名でした。先ほどのガイドブック1万部刷っていったのですが」
「フン、哀れなものだな√能力者。その点、私の羅紗ケットでは」
エキドナの言葉に鼻息荒く、アマランスは大きな胸を自慢げに逸らす。
「羅紗ケットって何ですか!?」
そして当然またもやアンジェリカは置いてきぼりである。
「羅紗ケットとは羅紗の魔術塔における魔術研究論文や図解の発表領布会のことだ。私はそこの壁サークルである」
「ほう、それは素晴らしい」
エキドナはアマランスの言葉を素直に称賛し、拍手を送る。
「まあそれほどでもあるがな! √能力者よ、貴様もまあ腐らずに気長に頑張ることだな、はっはっは!」
天を仰いで哄笑したアマランスを眺めつつ、エキドナはさらりとアンジェリカに語り掛けた。
「……ということで、アンジェリカさん。アマランスさんは一向に困っていないようです。むしろ恵まれているようですよ」
「あれえっ!?」
得意の絶頂から一転し絶句するアマランス。なんということか、アマランスは元々、自分が困っているからという理由でアンジェリカに助力を求めたのだ! それなのに、困っていないことが暴露されてしまっては、計画が破綻するではないか!
「いや待て√能力者! おのれ、先ほどといい、口が上手いな貴様!?」
「伝道者は口説にたけているものです」
「か、壁サークルだからといって何もかもうまく行くわけではないのだぞ! むしろ売り子とか列の整理とか大変なのだからな! |魔術書《スケブ》頼まれたりとか!」
しどろもどろになったアマランスの姿に、エキドナはアンジェリカを振り返った。
「どうやらアマランスさんはきちんと自分の壁サークルとしての責任を果たす、コンプライアンスに配慮できる良識ある人物のようですね。簒奪者といえど必ずしも悪ではない。……だからこそ罪を償い、良き人へ戻るべきなのです。二人で力を合わせ、彼女を人の道へ戻しましょう。外道入稿とかしないようなカタギに」
「げ、外道入稿って何なのか、よくわかりませんけど……」
アンジェリカもまた、くすっと笑みを漏らす。
「私、今までは、『困ること』ってよくないことなのだと思っていました。でも、お二人のお話を聞いていると……『好きなことに一生懸命打ち込んで困る』のは、実は楽しいことなのかもしれませんね」
アンジェリカの言葉に、エキドナは優しく頷いた。
「然り。たとえ入稿日前一週間ほど徹夜が続いて困っても、それは後から考えれば楽しいものです」
「お前はもう少し計画的になった方がいいのではないか√能力者?」
「……これは中々狭い部屋の中で困ったことになりましたね~」
ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)は、言葉と裏腹の愉悦に満ちた笑みを隠そうともせずに楽し気に髪を揺らした。彼は己の少しだけ偏った性癖をよく自覚している。
ヤバイ現状その1。『羅紗の魔術塔』の恐るべき魔女、アマランス・フューリーがすぐ目の前にいる。
ヤバイ現状その2。保護対象である「天使」の少女、アンジェリカはまだ羅紗とこちら側とどちらにつくか決めかねている。
ヤバイ現状その3。なのでお互いに全力で攻撃はできず、閉鎖空間ゆえに逃げることもできず……。
結論。
めっちゃ楽しィィィ!!!!
そう、ヨシマサのアレな性格とは! ヤバいことほどワクワクが止まらないスリルジャンキーなのだ!
「とはいっても、……うーん、どうしましょう。こっちのカードはあんまりないんっすよねえ」
スリルジャンキーだからといって彼の冷静な判断力が欠如しているわけではない。ドーパミンをどくどく分泌しながらも、同時にヨシマサの頭脳は現在自分が置かれている状況を的確に判断し、ひとつの決断を下した。
「アマランスさんが恥ずかしい目に遭ってもいいんですかアンジェリカさん?」
「!!??」
MS注。これは立派な主人公サイドのセリフである。読者諸氏には誤解なきようお願いしたい。ほんとだよ。
「アンジェリカさん……実はボクはアマランスさんにとって非常に恥ずかしくてとんでもない秘密を知っているんです」
「は、恥ずかしい!? とんでもない!?」
黒い鋼の顔を真っ赤に染めるアンジェリカの向こうで、こちらは多分別の意味で顔を真っ赤にしたアマランスが頭から湯気を出し逆上していた。
「√能力者!? 貴様いきなり何を言い出す! 訳の分からんフェイクはやめろ!」
「おやあ? いいんですかねえボクにそんな口きいて」
激怒に任せ√能力を発動したアマランスの放った名状しがたき古代怪異が牙を剥いてヨシマサに襲い掛かった! だがヨシマサもすかさず召喚した|群創機構装置Mk-III《スウォームメーカーマークスリー》を駆使しこれを邀撃する。 アンジェリカを巻き込むわけにはいかぬゆえに、さしものアマランスの能力といえども十分な威力は発揮できていないのだ。
ひょいひょいと古代怪異の攻撃をかわしつつ、なおも揶揄うように軽い口調でヨシマサは続ける。
「それはもうねえ、白日の下に晒されたら大変なコトになってしまうような秘密をね。ほらアレのことですよ、アレの。ほんとに身に覚えがありませんかね、アマランスさん~?」
軽妙なヨシマサの態度と口調などデタラメであると信じられるものなら信じたいであろう、だが! アマランスにはどうしても弱みがある、もしかしたら本当に知られているのかもしれないという疑心暗鬼が彼女の動揺を誘う!
加えて、何よりもヨシマサの巧みな話術と表情、仕草のなんと効果的なことか。軽い目配せ、案じて見せるような顔つき、余裕を見せる微笑、ちらちらとうっかり口が滑りそうな様子をうかがわせる口元。それはもう芸術の域に達していると言ってよい揶揄。
だが耐えるんだアマランス! 相手の誘いに乗ってはいけない!
「な、何をいうか! 私にそんな恥ずかしい秘密などあるはずが!」
「ほんとにぃ~?」
そう、しらを切りとおすのだ!
「そんなひみつ……そんなひみ……そn………うわあああんどうやって知った貴様―!!?」
あああ……。なんでそこで乗せられちゃうかなアマランス。
まあ、それだけヨシマサの誘いが巧み過ぎたのだが。
「ええっ、アマランスさん、本当に恥ずかしい秘密があったんですか!?」
愕然とするアンジェリカの肩をぽんぽんと叩き、ヨシマサは悲し気に首を振る。
「そこは深く触れないでおいてあげるのが優しさというものっすよ。でもね、もしアンジェリカさんがおとなしくボクたちに付いてきてくれなければ……アマランスさんの恥ずかしい秘密、SNSで全世界公開しちゃおっかな~!!」
MS注。これは立派な主人公サイドのセリフである。読者諸氏には誤解なきようお願いしたい。ほんとだよ。ほんとだってば。
「……それはあの、悪いひとがよく言うセリフなのではありませんか?」
「悪くはないですよ~、むしろ正しいんです、情報を正しく使った、って意味でね」
「情報って怖いんですね……わかりました、アマランスさんを守るために、あなたと一緒に参りましょう……」
手段はともあれヨシマサは見事に目的を達成したのだ。手段はともあれ。ともあれ!
「まあ約束は守るっすよアマランスさん。ちゃんとアレのことは秘密にしときますからね~、あなたの素敵な「創作」のことはね」
「待て! 貴様どこまで知っているのだ! まさか……まさか!」
我を忘れるほど追い詰められたアマランスは顔面蒼白になって絶叫する!
「私が自分の作品に自分で声をアテて録音していることまで知っているのかぁっ!!!???」
「……いやそこまでは知らなかったっすよ……今のはボク悪くないですからね?」
「ああ、アンジェリカさんは無事っぽいっすね。調子に乗って派手にぶっ放したんでちょっと心配だったん……」
|深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)の言葉が終わるより先に。
「ど、どうなさったのです!?」
「天使」の少女アンジェリカは黒い鋼の表情を変え、慌てた様子で音夢に駆け寄った。
「……いや、あなたを心配してたのはボクの方なんっすが……」
「でも、そのお姿は!」
アンジェリカは胸に手を当て、心配でたまらぬ様子で音夢を見つめる。
そう、今の音夢の姿、それは! 悩ましくも妖艶な、体のラインがあちらもこちらもバッチリぴったりボンキュッボンと浮き上がったセクシーな極薄黒インナースーツというあられもない姿であった! 下手に肌色が多いよりもむしろ黒いシルエットの方がかえって無限に想像力をかきたてるナイス叡智といわざるを得ない!
「いやまあこれは名誉の負傷という奴で……」
「でも、女のひとがそんな恰好では……。あ、そうです、これを」
何をするのか、と音夢が目を見張る間もなく、なんと。
アンジェリカは自らの体に生えた羽をためらいなくむしり取り、そっと音夢の体を包んだではないか。
「これで少しは隠せるのではないでしょうか」
にっこりと微笑んだアンジェリカに。
「お、推せるぅぅぅぅっ!!!!!!!」
ブチ上がった音夢の絶叫が響き渡った!
「アンジェリカさんマジ天使! これリアルガチで推せる奴っすぅぅぅぅ!!!!!」
「え、え、え????」
きょとんとするアンジェリカの手をガシッと取り、音夢は天にまばゆく輝く星を見つめるかのように瞳を輝かせ、推し活パワーを漲らせて天使の少女に迫る!
「ぜひボクと一緒にもっとキラキラなステージを目指してほしいっす!」
「待たぬか√能力者! 天使を誘ったのは私が先だ!」
だが! 音夢の取った手と反対側のアンジェリカの手を取り、しっかと引き留めたものがいる。彼女こそは恐るべき『羅紗の魔術塔』の魔女、アマランス・フューリーその人だ!
「むっ、あなたがアマランスさんっすね。ボクは同担拒否のスタンスではないっすが……ここは譲れないっすよ!」
おお、片手を音夢に、もう片手をアマランスに取られ、アンジェリカは二人の間で引っ張り合いの様相ではないか。
「わ、私、どうしたら……!?」
困惑するアンジェリカに、音夢は熱く激しく語り掛けた。ギューッと手を引っ張りつつ。
「アンジェリカさん、そもそもボクらがなんでこんなことするかっすけど……そこのアマランスさんに困らされてる人が大勢いるからっす。アマランスさん本人も確かに困ってるかもしれない、けど、彼女を助けたら今度はアマランスさんがもっと多くの人を困らせるんっすよ!」
「耳を貸すな、アンジェリカ!」
今度はアマランスが叱咤する。むにーっと手を引っ張りつつ。
「羅紗は純粋に人類の未来を救う真理の探究をするために活動を行っているのだ。一時的な犠牲が出るかもしれぬが、長期的大局的視点で見れば、我らの方が、より多くの人間のためになる!」
おお、なんたる熱い思想と主義主張の戦いに巻き込まれた可憐な少女の腕がゴム人形のごとくあっちとこっちに引っ張られ続けるどうしたらいいかわからぬ光景か!
「い、いた……」
思わず小さな悲鳴を上げかけたアンジェリカの声に、はっと音夢は我に返る。
(いけないっす、これではアンジェリカさんを苦しめるだけ……けど、手を離せばアンジェリカさんを羅紗の手に渡してしまうっす……仮に彼女の命が奪われないとしても間違った道に進ませることになる……! 推し活としてはどちらが正しいんっすか!? 推しを苦しませないことと、推しを誤らせないことの、どちらが……!?)
音夢が唇を噛み苦悩したその瞬間。
ぱっ、と。
なんたることか……アマランスが手を離したではないか!
「えっ!?」
目を見張る音夢に、アマランスは唇を得意げに歪め、勝利を確信したように哄笑する。
「ふははははは! 私の方が先に手を離したぞ。羅紗の知識をもってすれば知らぬことはない! これは先に手を離した方が相手を愛している証明になるという、古事記とやらに載っているエチゼン・オーカ・ジャッジメントであろう!」
だいぶ違う! 違うが、まあ合っている! おお、このままアンジェリカはアマランスに連れ去られてしまうのか!
しかし。
アンジェリカはそっと寄り添ったではないか。……手をつないだままの、音夢の側へと。
「なっ!? ど、どうしたのだアンジェリカ!? 手を離したのは私だぞ!?」
瞠目するアマランスに、アンジェリカは悲しげに答えた。
「はい。でも、あなたは、手を放すときに笑っておいででした。でもこちらの方は、苦しそうで、辛そうで、泣きそうな顔になりながら、それでも必死に私の手を握ってくれていました。私の身を真に案じてくださったのは、きっと……彼女の方です」
「お、推せるっすぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
歓喜歓喜大歓喜! 大逆転! 音夢の最後まであきらめず一心に真心を貫く推し魂がこの勝利を呼んだのだ!
「おのれ、こうなったら力ずくでも!」
「そうはいかないっす! ここから入れる保険があるのが√能力――『|熱情語りの独壇場《オシカツオンステージ》』開演っすよ!」
見よ、アンジェリカに掛けてもらった先ほどの羽が光と共に音夢の身を覆い、輝きを増して艶やかにして華やかなアイドル衣装へと変じたではないか! アンジェリカとお揃いの双子コーデだ!
「さあ、ぱーりぃタイムっす! この狭い室内で逃げ場なんてないっすよ!」
爆上がった音夢はその勢いのまま、アマランスの攻撃を軽々となぎ倒して危地を脱していったのだった。
「出たわね、アマランスのお姉さん」
アリエル・スチュアート(片赤翼の若き女公爵・h00868)は油断なく身構えながらついに現れた恐るべき魔女、『羅紗の魔術士』アマランス・フューリーに相対していた。
古代より伝わる禁忌の知識を自在に操るアマランスの恐るべき魔術の手練を決して侮ることはできぬと、アリエルの脳裏に強く蘇るあの激闘の記憶が告げている。そう、かつて戦ったあのときの記憶が。――アマランスがまだシリアスキャラだったころの記憶が!
「……たんこぶ……」
「何か言ったか√能力者!?」
「いえ別に何も……ほ……ほんとに……ほんとにあるわ! たんこぶある―!!」
「だからさっきから何を言っている―!?」
凛とした鋭いまなざしに妖艶な雰囲気を纏った美女にして、超自然を操る魔力で世界を歪ませるほどの魔女でありながら、頭のてっぺんにぷっくり膨らんだたんこぶが隠せないアマランスに哀しい現在……。一体誰なのか、こんな酷いことをしたのは!
「悲しい事件だったわ……誰も悪くなかった……そう、強いて言うのなら、きっと運命が……運命が悪いのよね」
『運命に訴訟起こされますよ|公爵《真犯人》』
冷静にツッコむレギオンのAIティターニアの合成音声をスルーし、アリエルはビシッとアマランスを指さす!
「とにかく、こちらの居心地が悪いからそのたんこぶは何とかさせてもらうわ! その後で再勝負と行きましょう!」
「再勝負……? どういう意味……はっ!」
訝し気な表情を浮かべたアマランスに電撃奔る! おお、彼女にも蘇ったのだ、あの時の記憶が!
「思い出したぞ! 貴様、あの時私を殺した奴だな!? おのれ私の仇にこんなところで巡り合うとは!! 殺された私の無念を晴らしてくれる!」
「……死亡上等な能力者同士の会話ってなんかこう……アレよね……」
「痛かったのだぞ貴様の攻撃は! それはもう死ぬほど痛かった!」
「死んだものね」
「私はあまりにも何回も殺されているからついうっかり見過ごすところであったが!」
「……復活上等な能力者同士の会話ってなんかこう……ほんっとにアレよね……」
怖いのは、公式設定上、この展開が別にネタシナリオではなくガチシナリオの真面目なシーンでも普通にあり得るということである。何度でも甦る√能力者たちマジぱねえ。
「まあそれはさておき、たんこぶ治させてくれないかしら。そうすれば、あなたも戻れるかもしれないわよ?」
「何にだ」
「シリアスキャラに」
「何を訳の分からぬことを。私は常にシリアスであろうが!」
「……本当のシリアスキャラは自分のことシリアスって言わないのよ……ええいめんどくさいわ! 『リジェネーションサークル』ッ!!」
「何ッ!?」
アリエルの涼やかな声が響き渡り、透き通った黄金の輝きが虚空を満たす。華麗な文様を描く閃光が滑らかに走り抜け、壮麗にして清澄なる神殿を思わせる魔法陣が対象を包み込んだ! つまり、アマランスを! これぞ対象を治癒するアリエルの√能力である!
「待て貴様、魔術師に体系の違う治癒魔術を掛けるなどかえって痛い……いた! 痛たたたた! グワーッ!!??」
「……痛いんだ……。まあ良薬は口に苦しってね。まさかこの能力を敵に対して使うことになろうとは思わなかったけど……これでたんこぶも完治するでしょ」
『意外と気にしてましたね、この公爵』
「うるさい。……さて、アンジェリカさん。これで、アマランスの困り事はほぼ解決したわ」
アリエルは傍らの「天使」の少女へ声を掛ける。
「ということは、アマランスはもう困っていない。なら、もう彼女に手を貸す必要はないわよね? じゃあ私たちと一緒に来てくれないかしら。むしろ私たちの方が困って……」
おお、だが、その時!
「フッフッフッフッフ……」
不気味な笑い声と共に、アマランスがゆっくりと起き上がり、ギラつくまなざしでアリエルを睨みつけたではないか! その頭部には……見よ、もうたんこぶはない! 完全に治療されている!
「間抜けめ√能力者! 貴様のおかげでシリアスキャラとして蘇ったぞッ!!」
「な、なんですって!?」
思わずハッとするアリエル。まさか、シリアスになったアマランスはここで決戦を仕掛けるつもりなのか! 決戦は第三章の予定だったのに!
「喰らえわが能力! 『記憶の海の撹拌』ッ!!」
それこそはアマランスの恐るべき力! 彼女の記憶世界より知られざる怪異を呼び出すのだ!
記憶世界から!
アマランスの記憶から!
蠢きのたうつように現れた巨大な影は……そのまま、大地を抉り割るような恐るべき威力で、ぶん殴った!
――アマランスを!!!
「ぐえええええ!!!????」
そう、アマランスの『記憶』に最も強く残っている一番恐ろしい怪異、それは!
頭をぶん殴られたあの時の『記憶』であったのだ!
それが蘇ったのだから当然また頭をぶん殴られる!
「…………今度は私のせいじゃないわよ本当に」
『なんといいますか、本当に『持っていない』ひとですね……』
先ほどまでよりさらに巨大なたんこぶを作って目を回しぶっ倒れたアマランスを眺め、アリエルたちは呆れ半分憐憫半分のため息をつくのだった。
「ほいや! 混乱魔法をしびびびび!」
おお、正に阿鼻叫喚無間地獄! ルナリア・ヴァイスヘイム(白の|魔術師《ウィッチ》/朱に染める者・h01577)の傍若無人にして言語道断な暴走ぶりはリプレイ開幕早々とどまるところを知らぬ!
「混乱魔法―! どかばき! そーれ混乱魔法―!! ぐしゃどがぼご!!」
「やめやめろ! それのどこが混乱魔法だ貴様……グワーッ!?」
蒼白な顔つきで立ち向かった羅紗の魔女、アマランス・フューリーともあろうものが、なすすべもなくシバキ倒される!
……シバキ倒される!?
そう、ルナリアが「こんらんまほ―!」と叫びながら全力全開でぶん回しているものは、巨大なトネリコの杖であったのだから!
触れるものすべてなぎ倒す勢いで当たるを幸い手当たり次第にブン回されるトネリコの杖は壁面を撃ち砕き天上を突き崩し床を叩き割る暴虐の化身、破壊そのものの顕現となってことごとくを粉砕せしめていく! その行く手にアマランスがいようがいまいが知ったことではなし!
「『混』沌の渦に巻き込み撹『乱』する『魔』の方『法』! つまりこれこそが混乱魔法じゃなくて何だというのです! あはははは、ほいやー!! 面、面、めぇぇぇん!!! 突きぃぃぃ!! 小手ぇぇぇ!!」
「混乱してるのはお前自身だー!! 魔法で面とか小手とか自分で言ってて無理があると思わな……アバーッ!?」
渾身の抗議もむなしくまたもや爆裂的にブッ飛ばされるアマランス! これでは到底集中しての瞑想などできようはずもなし!
然り、アマランスの√能力は、人知を超越した悍ましき怪異を召喚するという恐るべき威力を有するものの、その発動に10秒の瞑想を必要とする。だが刹那を争う戦場において10秒の隙とはなんという意識の空白であることか。その間隙を見逃すようなルナリアであるはずもないのだ!
「私は見逃しましょう……しかしこの杖が見逃すかな? あはははは、てりゃああ!!!」
どんがらがっしゃん。
またも炸裂した大杖の一撃がアマランスを叩き伏せる。あたかもビルの屋上から地面に向けて思いきり叩きつけた大福の如き有様だ!
「ん、これで一瞬時間稼ぎができましたね。ならばとどめです、本当に魔法を使いましょう! 『らさ』の人達と同じように、私も魔法使いですので!」
「一瞬」も何もあったものかと思わなくもないが、ルナリアはたった今、猛威というか暴威を振るった大杖を天高く掲げ、意識を集中し魔力を込めていく。
そう、アマランスのように10秒とは言わずとも、彼女もやはり魔法を行使するにはある程度のラグが必要であり、今までの好き放題暴れ放題勝手し放題魔法って自由ですか? なモードもそのための時間稼ぎであったのだ。たぶん!
「決してこの杖に感じる思いきり相手をドツキ倒した時の物理の手ごたえがたまりませんよねとかいう私の趣味嗜好ではありません! さあ全方位無差別爆撃です、『|普通じゃなくなる魔法《クッタリスルマホウ》』!!」
「……えっ全方位無差別爆撃??」
吹き荒れる暴力の嵐を避けて部屋の片隅に小さくなっていた「天使」の少女、アンジェリカはその思いがけない声に愕然とする。だがもう遅い!
「しびびびびびびび!!!」
「きゃぁぁーっ!!??」
ナムサン! ルナリアの前にあっては保護対象も何もあろうものか! 老若男女善悪等しく皆犠牲者と化さしめる究極の平等主義者、それがルナリアだ!
「は、はわわわわ……」
ぐるぐる目となったアンジェリカがよろよろとその身をふらつかせる。純粋善の塊である「天使」の種族が混乱状態に陥ってしまったらいったいどうなるというのか!
「……困ったことは……ありませんか? お助けしますよ?」
「え? いえ特にありませんが……私強いし可愛いし完璧ですし」
フラフラと自分に詰め寄ってきたアンジェリカの座った眼に、さすがにルナリアも多少引く。だがアンジェリカはさらにぐいぐいと押し寄せてくる!
「そんなことはないでしょう、何かあるでしょうお困りのことが! 愛ですか!?お金ですか!? それとも世界征服したいですか!? 言ってください、何でもお助けします! お助けさせてください!! お助け!! させてええええ!!!!」
「ないですってば! なんですかこのお助けジャンキー!?」
おお、天使の混乱とはお助け依存症になることであったのか! このシナリオ唯一の穢れなき光明であったアンジェリカの変わり果てた姿には読者諸氏も思わず涙に溢れた目を覆わざるを得ないことであろう!
「えい睡眠魔法」
だがルナリア容赦せん! めんどくさくなったルナリアはアンジェリカの脳天にトネリコの杖で軽くチョップ……いやその、睡眠魔法を行使した! 少しはためらったりしようよ!
「きゅう」
目を回しぶっ倒れたアンジェリカを抱えあげると、ルナリアはさっさと踵を返す。混乱状態に陥り、自分の召喚した怪異たちと自分で戦っているアマランスを尻目にしながら。
「いやあ、我ながら素晴らしい説得でした。やはり説得はトネリコの杖に限りますね」
「アンジェリカ、これまでの流れで分かったであろう。√能力者というのはなんかこう、控えめに言ってもアレな奴らばかりなのだ!」
快刀乱麻を断つがごとくビシッと言い切ったアマランス・フューリーの言葉の何たる強靭な説得力か! 万人が頷かざるを得ぬその物言いに、純粋な善人である「天使」の少女、アンジェリカもさすがに若干目を泳がせつつ否定はできない! だってだいたい合ってるから!
「そんなものたちと一緒に行ってもろくなことにはならぬ。さあ、改めて私と共に『羅紗の魔術塔』へ赴こうではないか。お前が一緒に来てくれないと私はとても困る。それはもう超困る。困った人を見捨てておけぬのがお前の気持ちだろう?」
手を差し伸べるアマランスに、アンジェリカもためらう。アマランスが困っているのは確かのようなのだが……。
「ちょおっと待ってください! アンジェリカ様を連れては行かせませんよ!」
おお、だがその瞬間。しゅたっと現れたのは|黒後家蜘蛛・やつで《くろごけぐも・やつで》(|畏き蜘蛛の仔《スペリアー・スパイダー》・h02043)だ!
やつではアンジェリカを庇うように彼女の前に滑り出ると、語気鋭く言葉を紡ぐ!
「アマランス様! あなたは間違っています!」
そうだそうだ、正論を返してやれやつで!
「だって、羅紗の皆さんだって今までの流れでは大概間抜けだったじゃないですか!」
そっちかい! まあ実際そうだったけど!
「ま、間抜けなのは部下たちだ! 私はそんなに……そんなに間抜けじゃなかった! きっと!」
「部下の皆さんがお間抜けさんなのは認めるのですね? なら、アンジェリカ様を連れて帰っても結局うまくいかないのではないですか? だって組織ごと間抜けなんですから」
「あれっそうなるのか!?」
一本! これはやつでが一本取ったと言えよう! さすが蜘蛛の御子、やつでは言葉をも糸のように巧みに織り紡ぐのだ!
アマランスは慌てて方針を変える!
「いや、ウチの部下たちも実はそれほどダメではないのだ。結構頑張り屋揃いで……」
「部下の皆さんがよくやってるならやっぱりアマランス様自身が駄目なんじゃないですか?」
「うぐうううう!!!」
何かアマランスちゃんどう転んでもダメな感じなんですがどうしたらいいでしょうか。
「それにですね」
やつでは窮地に陥ったアマランスを見逃さず、すかさず追撃に入る!
「アマランス様、あなたは今……アンジェリカ様を困らせています! やつでたちもまあアレかもしれませんがアレなだけですからマイナス1ポイント。しかし! アマランス様はただ間抜けなだけじゃなく誰かを困らせるのでマイナス2ポイント! よって、マイナスの多いあなたのところへアンジェリカ様を行かせるわけにはいかないのです!」
「……いやせめてプラス方面で競わぬか!? 何でマイナス方面で競うのだ!?」
「無理なことを言わないでください!」
「無理なのか!?」
「こほん、それはそれとしまして」
やつではアンジェリカの瞳を見つめながら言葉を継ぐ。静かな抑揚の中に強い信念を込めて。
「やつでは「天使」という種族と何度もお話ししました。……どの方も、戸惑いながらも自分の立場を受け入れ、前向きに自分ができることを探して羽搏ける意思を持つ方たちだったのです。――「天使」は人間を超える種族でも、人間ではない異種族でもない、人間としての心と連続性を持つ……ようするに人間なのです!」
静寂の中に、アンジェリカの小さく息を飲む音が響いたようだった。
「私が……人間……。この黒い鋼の体と翼のある私が……?」
こくり、と頷いて見せ、やつでは微笑みを投げかける。
「アンジェリカ様、あなたがた天使さんは人。ですから人であるアンジェリカ様を困らせるのは悪いこと! ならば、悪いことをする人は叱ってもらわないと良い人にはなれません! ワガママを聞いてはいけないのです!」
「つ、つまり……」
「そうです!」
やつでははっきりと決意に満ちた瞳で断言した!
「アンジェリカ様がアマランス様のためになりたいのなら、その道は、アマランス様の言いなりになることではなく……ちゃんと彼女を叱ってあげることなのです!」
「わ、わかりました!」
アンジェリカは今こそ心が晴れ上がったかのようにぱあっと顔を輝かせると、アマランスに向き直り、唇を開いた! 今こそアンジェリカの厳しい叱咤が下されるときだ!
「めっ」
ほわああああん……。
何このほんわかでふわふわな空間。
思わずやつでもアマランスもふにゃ~っとした蕩け顔にならざるを得ない!
だが一瞬早く我に返ったやつでは、ぽやや~んと毒気を抜かれたアマランスの隙を突き、素早くアンジェリカの手を取ってそっと脱出に向かったのだった。
やつではそっとアンジェリカにささやく。
「……アンジェリカ様を心から心配している、とある方から、ここより救出するようにお願いされています。その方を、たぶん……アンジェリカ様は一番困らせてはいけないのだと思いますよ。ええ……やつではそう思います。家族を、ね」
「むむ……接触せずに終われたらそれが一番よかったんですが……」
|イノリ・ウァヴネイア《祈・危無名》(|幽玄の霊嬢《ゴーストループ》・h01144)は保護対象の少女、「天使」のアンジェリカをまさに目前にしつつ、柳眉をひそませていた。今一息でアンジェリカを一緒に連れ出すことができそうだったところへ、恐るべき魔女、羅紗の魔術士アマランス・フューリー自身が直接乗り込んできたのだから無理もない。
「仕方ありません、お友達の皆さんはいったん後ろに下がっていてくださ……」
イノリは多くの幽霊の仲間たちを前線から下がらせようとする。彼らの戦闘能力は高くなく、さすがに絶対強者たるアマランスとの戦いに参加させるわけにはゆかぬのだ。恐らくアマランスが本気になれば、きっと幽霊たちは鎧袖一触消し飛ばされてしまうだろうから。
ああ、だが! それは一瞬遅かった!
「うわああ、な、なんという大勢の軍団だ! 私は一人だというのに、このものたちに私を袋叩きのフルボッコにさせようというのか! なんてかわいそうな私なのだ! アンジェリカ、お前もそう思うだろう!?(棒読み)」
「えええっ!?」
何とアマランスは大袈裟な身振り手振りで「可哀想なアマランスちゃんアピール」を全力でおっ始めたではないか!
そう、純粋な善人である天使のアンジェリカは、可哀そうな人、困っている人を救いたいと願う少女。ゆえに。
「そんな可哀想な私の味方をしてくれるのはお前だけだアンジェリカ! さあこっちへ来てくれ!」
同情を買って優しいアンジェリカを味方に付けようというアマランスのおそるべきさくせんに利用されてしまったのだ!
「いやそれズルいでしょう!? どう考えてもあなたの方が強いですよ!?」
抗議するイノリだったが、その彼女の声に、「そうだそうだー!」「おしばいはやめろー!」「うそつきー!」「ふぁくとちぇっく-!」などと一斉に幽霊のお友達が唱和し始めてしまった。戦闘では弱いかもしれないが、260人の幽霊たちの大合唱はもう一種の圧である!
なまじアマランスが戦うそぶりを見せていないだけに、それだけで、実際になんか大勢でアマランス一人をいじめているかのような構図ができかけてしまっているではないか。何という狡猾して隙のない恐るべきアマランスの戦略か!
「た、確かに……アマランスさんの方がかわいそうなのでしょうか……」
アンジェリカはまだ迷いつつ、アマランスの方へ視線を向けようとする。いけない!このままではアンジェリカが連れ去られてしまう!
イノリは意を決し、強く唇を噛み締めると、勇気を振り絞って反撃に出た!
「そ、そうはいきません……。アマランスさん、あなたは経験がありますか? ……「え、住民票ないんですか?」と言われたことが」
「何っ!?」
「「戸籍謄本は? 収入証明は?連帯保証人は? え、印鑑もないんですか?」とか言われたことは? 「それじゃどこも部屋なんか貸してくれませんよ」と言われたことはありますか……?」
一斉に滂沱の滝涙を流す幽霊のお友達!
そう、イノリたちは幽霊である。ゆえに、そう簡単に住む場所など見つからないのだ! なんたる悲しい現実か! そんな悲しく苦しい住宅事情など、巨大な組織の大幹部であるアマランスには恐らく想像もつくまい!
「そ、そんなもの、適当に空き家に棲めばいいではないか……幽霊なのだろう」
たじたじとなりつつ、それでも言い返すアマランスに、きっとなりイノリは首を振る。
「不法占拠じゃないですか……そんなのいけません。それに、そんなことをしていたら、すぐに噂になりますよ。このSNS時代を舐めてはいけません……。あっという間に「あの空き家何か変だけどもしかして幽霊でもいるんじゃね?」「バズリ狙い嘘乙。じゃあ今度凸してくるから」「おけまる動画拡散よろ」みたいな流れになるんですよ……なんて怖いんでしょう……」
「むう……た、確かにめんどくさい……」
「そのたびごとにみんなで身を隠さなければいけませんし、もし見つかりでもしたら、今度は自称霊能者とか自称ゴーストバスターとか乗り込んできて「祓ってみた動画」とか撮られるんですよ……」
「……めっちゃ実感籠ってるが、もしかしたら幽霊って大変なのか……?」
うわあ、という表情を浮かべるアマランスに、フッ……とイノリは過去をにおわせるような悲し気な微笑を浮かべる。なんか重い! 重いなんかがあったんだきっと!
「今でこそ√能力者として就労・住居支援を受けていますが……それも仕事の成果を上げているうちだけで……もし成果を上げられなければ今のおうちも追い出されて……えへへ……なんて世知辛いんでしょう……」
ついに声を上げ一斉に号泣する幽霊の皆さん! なんたる悲痛にして愁嘆、悲哀に満ちた寄る辺なき幽霊たちの孤独な光景か!
「た、確かにそれはイノリさんの方がお気の毒です……ぐすっ……」
アンジェリカも紅涙にくれつつその影はそっとイノリに寄り添うのだった。勝負あったか!
「ええい、こうなれば力ずくでアンジェリカだけでも頂いていくぞ!」
歯噛みしたアマランスはついに本性を現す。禁断の知識を纏う羅紗の魔女としての、世にも鮮やかな美しさの中にも隠し切れぬ悍ましさが漏れ出すその姿を!
「羅紗の魔術、その奥義を受けるがいい!」
虚空に翻る薄絹は閃光の乱舞を為し、名状しがたき亜空の奥より古代の呪いを放たんとする。まともに受ければその災禍は想像を絶するであろう、だが――イノリに260人のお友達あり!
幽霊たちは確かにその戦闘能力は皆無に等しい、だが、場合によりけりだ。今、アマランスの術式が、その身に纏う華麗な羅紗に依拠するものであるのならば……。
幽霊たちは一斉に吐息を吹きかけ、小さいながらも集中した旋風を巻き起こした! ほんの僅かな風速、それで十分だ。アマランスの羅紗の動きを制し、魔力の発動を遅延させるには!
一瞬だけ、アマランスの能力が乱れる。その刹那、すかさずイノリは「足立さん」の力を借り、空間を超えて飛ぶ! 大きく翻り虚空に偃月を描いた烈脚が、凄絶なる廻し蹴りとなってアマランスを直撃した!
「みんなの力……目にも止まらぬ|報復劇《リプライザル》……『|幽霊報復劇《ゴーストライザ》』、です……!」
「ぐわああっ!!」
叩き伏せられるアマランスは大きく呻き声を上げる。さすがに一撃で致命打とはいかぬ、だが目的の遂行には十分だ。アンジェリカを守り、彼女を戦場から離脱させるには。
「影沢さん、音坂さん、アンジェリカさんを頼みますね……」
闇に包まれ足音も消えた少女が離れていく気配を感じ取り、イノリはふうとため息をつく。
「とりあえずこれで……今回は、おうちを追い出される危険はなくなりましたね……えへへ」
「これ以上争うのはやめてー!!」
悲痛な|身鴨川・すてみ《みかもがわ・捨身》(デスマキシマム・天中殺・h00885)の叫びと共に、白い流星が空中を走った。それは軽トラ! 既に幾人もの羅紗の魔術士たちを跳ね飛ばしボコボコになってはいたが、未だに一応原形をとどめていた軽トラを――すてみは力の限り投げつけたのだ!
「ぐえええええ!!!????」
すっとらいいぃぃぃく! 軽トラは見事に命中した。恐るべき『羅紗の魔術士』たるアマランス・フューリーのドタマに!
「き、貴様いきなり何を……」
「何してくれてんだお前―っ!?」
だが涙目になったアマランスが激怒するより前に、すてみの胸ぐらを掴んでがっくんがっくん揺さぶっていたのは、|田島・陽郎《たじま・ひろう》(捨てるものあれば拾うものあり・h01676)、すてみの相棒である。
「誰が相棒だ。断固否定する」
じゃあ保護者である。
「保護してないしされるような奴でもない」
じゃあなんて言えばいんだよう。
「………人とミトコンドリアみたいな関係……なんか気が付けばそこに住み着いてるような奴……」
ということですてみの宿主である。ストーリー再開。
すてミトコンドリアは不思議そうな顔できょとんと不機嫌そうな宿主を見つめた。
「えっ田島さんなんで怒ってんの?」
「あの軽トラは俺が乗って召喚された奴だろうが。それをブチ壊したら俺が帰れん!」
「じゃあいっしょにいればいいじゃん。ということで、アンジェリカちゃんと……なんだっけ、そうそうサラマンダちゃん〜! あらためて初めましてー! でも喧嘩はダメなんだよ!」
怪訝な目をして周囲をきょろきょろ見回すアマランスに、すてみはぷんぷん! と怒りポーズをしてみせた。
「ちょっと、人が呼んでるんだから無視しちゃダメだよアラホラサッサちゃん!」
「………?」
「違ったっけ? アマガエルちゃんだっけ?」
「もしかして私のことを言っているのかおい!? この私の、『羅紗の魔術士たるアマランス』のことを!?」
「ああそうそうそれそれ」
ぽむ、とすてみは両手を叩き、納得したようにぱあっと明るい顔で言う。
「『どんがらがっしゃんのじゃんじゃかじゃんのアリャマコリャマ』ちゃん!」
「ボケようとしてもっと面倒な呼び方になってるではないか!!」
だが悲痛なアマランスの叫びをスルーし、すてみは普通に続ける。もうほんとに普通に。
「それはさておくとしてね」
「さておくな!?」
「みかもちゃんたちはアンジェリカちゃんを連れて帰りたい。でもアンドゥトロワちゃんも同じなんだよね。こういう時の方法はただ一つなんだよ」
「フッ、その通り、しょせん我らと貴様らは戦う定め……」
「さあデスゲームの始まりです!!『|これから皆様にはゲームをして頂きます《オヤクソクイントロダクション》』!!」
「なんでだー!!??」
アマランスも陽郎も、すてみ以外の全員が異口同音に突っ込む! おお、天使たる少女アンジェリカさえもが控えめに「なんでですかー……」と可愛くツッコんでいるではないか。今ここにみんなの心が一つになった。すてみに対するツッコミという立場で!
だが知ったことではない、すてみは恐るべきアイテムを取り出す。そう、「全自動デスゲーム作成装置」に他ならない!
……なんだよそのアイテム。
「ということでここに致死量1㎎の毒液があるよ」
すてみが装置から得意げにとりだしたのは二個のコップだ。そこには!
「それが各1リットル注がれているの!」
「オーバーキルすぎるわ!?」
「これを早飲み一気して」
「何の仕組みも駆け引きもない!?」
「死んだ方の勝ちだよ!」
「普通に死ぬのか!? そしてそっちが勝ちなのか!? デスゲームってそういうのじゃないだろう!? おい運営、どうなっている!?」
目を血走らせて睨みつけるアマランスに、運営即ち陽郎は沈痛にして悲しげな表情を浮かべ、うんうんと頷く。他人事みたいに。
「ええ本当にね……お騒がせしていまして深くお詫び申し上げますとしか言えないんですが、こいつどうしたらいいかわかんないんですよねうちの組織も……」
「そ、そうか……苦労しているのだな……」
「わかりますか」
「わかるとも」
見つめ合うアマランスと陽郎。今再び両陣営の心が一つになった。すてみ以外の。
だがすてみには知ったことではない。普通に進行を開始する。いやほんとに普通に。
「じゃあ勝負を始めちゃうよ! さあ、油断してるとみかもちゃんの方が先に飲んじゃうからね! おりゃああ!!!!!」
おお、なんたる凄まじい勢いか! すてみは光さえも逃れ得ぬブラックホールのごとき宇宙的なまでの吸引力でコップになみなみと注がれた毒液を力いっぱい飲み干した! えっ死んじゃうのでは? と見えた刹那、だが!
「……残念……生きてるね。みかもちゃんまたデスゲームクリアできなかったよ……あ、湿っぽくなっちゃったね! ごめんごめん」
意外ッ! 何と見事な生還! すてみはぴんぴんしているではないか! なんか本人は残念そうだけど!
「……何で生きているのだその娘」
アマランスの当然の疑問に、鉛のように重い溜息をついて陽郎がぼそりと答える。
「さっきすげえ勢いで毒飲んだじゃないですかそいつ」
「……うむ」
「で、口に含んだ時に思いっきり歯を噛み締めて」
「……うむ?」
「毒素を噛み砕いてしまったと思われます」
「毒って歯で砕けるものなのか!?」
「それが身鴨川って生き物ですので……」
「なんだその珍獣!?」
唖然とするアマランスに陽郎はお昼のお得ショッピング番組めいたやっすい笑顔を浮かべ、棒読み口調で迫り始める。
「ってことで、どうです、ミス・アマランス。「天使」も確かに珍しいですが、その珍獣も相当珍しい実験動物になると思いますよ、素直だし頑丈だし。天使の子じゃなく、そいつを持ってっちゃいかがです? でもお高いんでしょうってそんなことはありません、なんと無料、さらに今ならデスゲーム参加権10回無料パスも付いてくるビッグチャンス! さあご応募は今すぐ!」
「いらぬわ! というか、態のいい厄介払いをしようとしているな!?」
「はい」
「認めるな!?」
「いいから持ってけ! 持ってってくれ! それとも自治体指定の袋に入れたりしないとダメなのか!? 火曜日と木曜日に限定されているとかなのか!?」
「もー、二人とも、何してるのかな」
アマランスと陽郎が言い合っている中、当の本人すてみはぐいともう一杯のコップをアマランスに突き出した。普通に。ほんとに普通に。
「さ、今度は|地獄で会おうぜ《アスタラビスタベイビー》ちゃんの番だよ!」
「地獄ってシャレにならな……お前まさかそのオチにするためにずっと呼び間違え続けていたん……むぐ、コップを押し付けるな。やめヤメロー!!!???」
だがすてみの「倦厭する行動への抵抗を減じる」という√能力により、アマランスは十分に抵抗できぬ! じたばたしつつ、ついに毒杯を口に含ませられ……。ああ、もう描写できない……。
「あーあ、みかもちゃんの負けだね。デスゲームは死んだ方が勝ちだもんね」
「アマランスだったもの」がぐでーっと床に転がっている姿を前にして悔しそうなすてみを眺めつつ、陽郎はそっとアンジェリカにささやいていた。
「ってことでだな、アレの面倒を見ないといけない俺が一番困ってるだろ? こっちに付いてきてくれるよな」
「アッハイ……」
勝者、田島陽郎。
第3章 ボス戦 『羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』』

かくして――。
√能力者たちは無事に「天使」の少女、アンジェリカの保護に成功した。今はもうアンジェリカの身に累が及ぶ危惧を抱かずともよいはずだ。
だが、無論、最後の決着はここからが本番だ。
怒り心頭に発したガチ切れマジおこモードのアマランス・フューリーが、今度こそ全力全開で√能力者たちに襲い掛かってくる!
「おのれ√能力者ども……そんなに私をいじめて楽しいか! 私が何をした! 私はただ、信念を持って理想のために一生懸命生きてきただけなのに! あまらんすがんばったのに! もうゆるさないから! うわああああん!!!!」
……なんかこう、半泣きのぐるぐるパンチな勢いで。
逆ギレというか逆恨みというかだが、ただでさえ凄腕の魔術師であるアマランスの攻撃の威力が怒りパワーでさらに上がっている。トンチキに見えても侮ることは決してできない! ……たぶん。
√能力者たちはこの戦いに終止符を打って欲しい!
素直に全力で迎え撃つか……、あるいは、逆ギレをなだめて隙を作る、などというのも一つの方法かもしれない。
死の静謐に満ちた荒野に寂寥たる一陣の風が吹いて悲し気に歩み去る。
空気が軋む音を立てるかにさえ思えるほどの緊迫が双方の間に凝固していた。
一人は√能力者。そしてもう一人は簒奪者。相容れずしょせんはどちらかが消えゆかねばならぬ定めの二人であった。おそらく僅か数瞬の後には、無情の攻撃によってどちらかが倒れ伏しているであろう。
そのうちの一人が、淡々と言葉を紡ぐ。
「……とうとうこの時がきたようっすね……ゼーロットさん」
「決着をつけようぞ√能力者……ん? 今、なんと?」
恐るべき簒奪者、『羅紗の魔術塔』の魔女たるアマランス・フューリーは、一瞬怪訝な表情を浮かべ、眼前のヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)に尋ね直した。
「『とうとうこの時がきたようっすね』って」
「違うその後!!」
「『ゼーロットさん』」
「誰だそれー!?」
思わずツッコむアマランスを、ヨシマサは信じられないものを見たような目で見つめ返す。
「えっ知らないんっすか? ゼーロットってのはあれです、白っぽい装備をゾロっと垂れ流したポンコツのウォーゾーン」
「知らぬわ! ってかそれはロボットではないか!」
「だから、白くてゾロっとした装備を纏った、失敗続きで感情的でポンコツな敵。ほら、あなたはゼーロットそのものじゃないっすか。ダメっすよ自分がゼーロットだってことを忘れるなんてゼーロットさん。あはは困ったなあゼーロットさんったら、ゼーロットさんはゼーロットなんっすよー?」
「誰かー!? 誰か来て―!? この人変なの―!?」
悲痛なる叫びをあげるアマランスだが、戦場では助けを求める叫びなど誰にも届かぬのだ。何という非情な運命であろうか。
「そう、運命に抗うのは悲しいことっすよ。ボクもね、いくらあなたが羅紗の魔術士って言っても人類に攻撃するのはまだ抵抗がありますんでね」
「じゃあ帰れ! 帰ってよぉ!」
「そういうわけにもいかないんで、そこで閃いたんです。つまりこうだ、あなたはゼーロット」
「……ね、お医者さん行こう?」
「相手がゼーロットなら人間じゃないんだ! やってやる! やってやるぞ! そういうわけっす!」
「なるほどねー、……ってなるか! もうこうなれば叩き潰すまでだ!」
覚悟を決めたアマランスは魔力を滾らせ戦闘態勢に入る! 半ば破れかぶれになったともいう!
だが侮ることはできぬ、恐るべき禁断の古き秘法を操る羅紗の魔術士の中でも有数のアマランスが本領を発揮しその真なる力を解放したとき、生き残れるものが世界にどれほどいるというのだろうか!
「うんそうっすね、でも、ここにいるのはアマランスちゃんじゃなくてゼーロットっすからね」
「アマランスだー!!」
ゼーロットは絶叫しつつ自らの身に纏った羅紗を翻らせる!
「だからアマランスだ! なんで地の文まで取り違えるのだ!?」
羅紗に刻まれた古の魔術文字が悍ましきおぼろげな輝きを見せ、幽玄の世界からこの世に会ってはならぬ力を引き出そうとする。何という恐るべき魔力であることかゼーロット! すごいぞゼーロット!
「…………あまらんす、なきそう。……いやこんなことではへこたれぬぞ! 喰らえ『輝ける深淵への誘い』!!!」
おお、宙に浮きあがった輝きはまるで生き物のように蠢いて驟雨のようにヨシマサに降り注ぐ! この呪われし光に射竦められたものはその身の破滅を逃れられぬ!
だがヨシマサにはひるむことなく手にしたマルチツールガンを構えた。ゼーロットに魔力あるならばヨシマサにも√能力あり。彼の身から迸った力が銃に集約し、その形状を一瞬にして変える!
「『|爆拡形態《ブロウアップモード》』!!!」
輝く鋼は巨人か神か。重厚にして荘厳なるシルエットはハンドガンが巨大な装甲を伴った超重砲インフェルノギアへと化した証に他ならぬ! 砲口から地獄の業火のごとく、紅蓮の爆炎が吹き放たれた!
狙いは術者本人か、違う。それとも魔術文字か、それも違う。羅紗だ! 魔術の起点となる羅紗を目掛け、超重砲が咆哮する!
そしてそれこそがまさに羅紗の魔術の弱点に他ならぬ。魔術文字で強靭化されていたはずの羅紗は、今まさにその魔術文字自体を放出してしまっているのだから。
轟爆!
寸分狂いなく羅紗を撃ち抜いた超重砲インフェルノギアの砲焔は瞬時に羅紗を燃えあがらせ、魔術文字の光も当然その威力を失う。そればかりか。
「可燃物を身に付けて戦場に来るのは危ないっすよねえ」
淡々と告げたヨシマサの言葉が終わらぬうちに……。
その身に纏った羅紗それ自体が激しい火柱を天まで噴き上げて爆裂したではないか! そう、対象を撃ち抜くのみならず誘爆の効果をも付与する、これがヨシマサの√能力だ!
これではいかにゼーロットが恐るべき魔女であってもかわすすべはない。ゼーロットのボディは瞬時に天地をも貫く大爆発に巻き込まれ、嵐の中の木の葉のごとく吹きとばされたのだった。
「うう……ゼーロット、もうダメ……あれ、ゼーロット……? わたし誰だっけ……?」
ぷしゅー、と黒焦げになり、ばたりと倒れ込んだアマランスは焦点を失った目でうわごとのようにつぶやく。
え、君はアマランス・フューリーだよ? ねえヨシマサ。
「もちろんアマランスさんっスよ? 何言ってんっすかアマランスさん」
「うわああああんもう訳わかんないいいいいいい!!!!」
例えるならば凛然と。摩天の巌に潜み咲く、孤高の華凜の揺籃を、無情の風雨が乱すがごとく。
落花の寂寞は沁み入るように、胸の隙間に突き刺さり、消えぬ痛みを呼び起こす。
哀しき傷みを、切なき悼みを。
「ええ、本当に悲しいものね……」
アリエル・スチュアート(片赤翼の若き女公爵・h00868)は静かに言葉を零す。その胸の奥に溢れる哀切の情と共に。
「……こんな子供みたいに駄々を捏ねるアマランスは見たくなかったわ」
「誰のせいだと思っているのだ! 私だって何もこんな無様を晒したくて晒しているわけではないわ!!!」
敵ながらもその気品と風格は一目置くに値する、ああ、そんなキャラだったはずなのに。何だというのか今の彼女、すなわち羅紗の魔女たるアマランス・フューリーは。
『昔はカリスマのあった方でしたが。今となってはカリスマ(笑)という感じですからね』
淡々と事実を述べるのはアリエルの側に仕えるドローンのAI、ティターニアの声。AIゆえにただ淡々と事実を羅列するその言葉は、ある意味余計にキツい!
「だからそれはお前たちのせいだろうがー! 何度となく私の邪魔をし、計画を阻み、あまつさえ何度も殺してくれて! 全部お前たち√能力者が」
「あまらんすのばかー!!」
ばしぃ! 間髪入れず飛んだ鋭いアリエルの平手が情け容赦なくアマランスの白い頬を張り飛ばした!
「いったあああ!? え、今私なんでひっぱたかれたの……!?」
思わずペタンと尻餅を突き、真っ赤に晴れ上がった頬を抑えながらアマランスは目を白黒させるしかない!
「そうやって全部他人のせいにするなんてアマランスの弱虫! 自分に問題があったと何故思えないの! 自分の中に原因を見つけてそれを解決していかなきゃ、いつまでたっても成長しないのよ!」
「がーん! そ、そうだったのか……今私は目が覚めた……」
「わかってくれたのね、アマランス!」
「ああ、分かったとも……って、そんなわけあるかー!!!」
一瞬キラキラと二人の間に尊みの背景効果が流れていったように思えたが気のせいだった! すぐに我を取り戻りたアマランスは素早く飛びのき間合いを取ると、燃えがるような瞳でアリエルを睨みつける。
「あら残念……なんやかんやで上手くごまかせるかと思ったのに……」
「誤魔化されるか! 今度こそ積年の怨み晴らしてくれようぞ√能力者。っていうか、まずこのたんこぶの怨みをな!」
「うわーしつこい……そもそもあなたがたんこぶ作られるようなことするからいけないのよ? その辺自覚してる?」
そう、アマランスの美しいはずの頭頂部にぷっくり膨らんだ哀しきたんこぶ。それこそはアリエルとアマランスの二人が激戦を繰り広げた宿命のライバルである証の傷跡なのであった!
『……普通はそういう宿敵の傷って、たんこぶではなく額の向こう傷とか胸の七つの傷とかそういうのだと思うのですが……』
「私だってたんこぶの宿敵とか願い下げだわ。さあ、こんどこそ綺麗に片をつけましょう!」
アリエルは風を巻いて颯爽と一筋の魔導槍をりゅうとしごく。その刃なき異形の穂先に煌めく光は輝き瞬く星にも似て、魔力の凝集された鮮烈なるエネルギーの結晶だ!
「『|魔導槍の光迅球《ライトニングボール》』!!!」
朗々と響く詠唱はあたかも走馬灯のごとく、思い出したくない記憶を呼び覚ます! アマランスのたんこぶに、いや脳内に!
「お、おのれ、何度も同じ手は食わぬぞ! ドローンどもをぶつける気だな!」
咄嗟に対空防御態勢を取ったアマランスの反応の速さは、羅紗の魔術士の中でもそれと知られた恐るべき彼女の実力の一端を物語るもの。かつての戦いでアリエルが繰り出した戦術への対応だ! そう、アマランスは己の『記憶』を縦横に操る恐るべき魔術の使い手であるのだから!
ああ、だがしかし!
この場所は以前とは違い、羅紗の支部、アジトの中という閉所ではなかったか!
「……あっ」
そう、そんな閉所でドローン突撃など行えるはずはない。にも関わらず、上空に気を取られてしまったアマランスは、『記憶』に重点を置くあまりに『現在』を忘れてしまったといえよう! すなわち! 隙だらけだ!
「喰らいなさぁぁぁい!!!」
「い、いやあああああ!!?? もうあたまはいやああああ!!!!!」
思いきり魔槍を振りかぶったアリエルの鬼気迫る形相に、思わずトラウマが蘇り、自らのたんこぶをかばって頭を隠してしまったアマランス。だが!
「お尻ぃぃぃぃぃっ!!!!」
どばしぃ!と 凄まじい音を立ててアリエルの魔槍が叩きつけられたのは、アマランスの、おお……美しくも悩ましき魅惑的な曲線を描く豊満なるヒップであった!
「いったああああああ!!!???」
甲高い悲鳴を上げて思わずのけぞるアマランス。哀れ、その豊満なヒップといえどもアリエルの凄まじいお仕置きのインパクトを緩和することはできぬ!
「悪い子にはお尻ペンペンよ!!!!」
ばしぃ! ばしぃ! 止まらぬ! アリエルはあたかも勇壮に和太鼓を叩くがごとく、アマランスのお尻目掛けドンガドンガと激しいお仕置きの乱れ打ちだ!!
「いたい! いたあああああいっ!!!」
「まだまだお仕置きよ、さあお尻出しなさいお尻!!」
槍を振り回しながら追いかけまわすアリエルと、お尻を抱えよたよたしながら逃げ回るアマランスという言語に尽くしがたい光景を見つめながら、ティターニアは一人悩むのだった。
『公爵という地位のお方がケツバット地獄……世界の平和のためとはいえ、この記録映像はロックを掛けておく方が良さそうですね……』
「怨み重なる√能力者め、此処であったが最期、もう逃がさぬ。覚悟をするがいい!」
その背後に揺らめく青白い輝きは、あまりにも濃厚な悍ましき魔力が目に見えるほどにさえ凝集されたものであろうか。轟然と燃え上がるような憤怒、そしてどろりと滴り落ちるような重い怨念を込めて、恐るべき羅紗の魔女、アマランス・フューリーは眼前の敵たる少女を睨みつける!
それに対し、少女は素早く手を翻し、懐から何かを抜き放った! それは果たして必殺の銃か、それとも無情の剣か!
いや、どちらでもない!
『アマランス様推し!!』
ビビッドなギラギラ原色ときらびやかな文字でデカデカと大書された、いわゆる推しうちわであった!
「……は?」
思わずアマランス本人も目が点になる。だがその少女、すなわち|黒後家蜘蛛・やつで《くろごけぐも・やつで》(|畏き蜘蛛の仔《スペリアー・スパイダー》・h02043)は知ったこっちゃねえという風情でぶんぶんと推しうちわを振り回す。
「推せる! 推せますよアマランス様! その毅然とした態度と悪の女幹部としての風格から繰り出されるポンコツエピソード! いわばあなたは吹き荒れる甘いスイートな嵐、|甘嵐好《アマランス》!」
「いきなり何を訳の分からぬことを! 私のどこがポンコツだ!」
目を怒らせ怒鳴りつけたアマランスに、やつではビシッと一本指を立て、断言する。
「自らを主人公にした夢小説に自ら声を当てフルボイスにしてしまう夢想力!」
「グワァァーッ!!!???」
おお、何たるすさまじい名剣の一刀両断がごとき切れ味の返し技か! アマランスはそのただ一言に激しく血反吐を噴き出して竜巻のように空中に吹きとばされ、ドグシャアアア!!! と、顔面から大地にダイナミック激突を免れぬ!
「……き、貴様……なぜそれを知っている……」
口元にこびりついた血をぬぐいつつ、震える膝で立ち上がらんとするアマランスに、やつではきょとんと小首をかしげ、上を指さして見せた。
「上?」
思わず天井を振り仰いだアマランスだが、無論そこには何もあるはずもない。
「いや天井ではなくてですね」
やつでは可憐ににっこりと微笑んだ。
「他の方のリプレイ読んだんです。この上の方にあるでしょう?」
「なんだそのメタは!?」
愕然とするアマランス! だが実際、このシナリオにはっきりと書き記されている以上、直接その現場におらずとも、ログを読めばすべてわかってしまうのは当然と言えよう!
「他にも全部読んでますよ。あとは……年齢を省みず溢れんばかりのフリルとレースを散りばめた衣装に挑む乙女力!」
「アバァーッッッ!!!???」
再びアマランスは凄絶なアッパーカットを見舞われた如く激しくきり揉みしながら沖天にブチのめされ、グワシャアアアアッ!!! と瓦礫をまき散らしながら大地に深々と沈む!
「や……やめろ……人の心とかないのか貴様ァァァ!!」
「えー、そこが可愛くてめっちゃ推せるんじゃないですか甘嵐好様。だいたいこのリプレイは全世界に公開されてるわけですから、隠しようがないんですよ。さあ皆様もリードナウ!」
「や、やめろ! おいそこで読んでいるお前、「お前」のことだ、シークバーを動かすんじゃない! 一章とか二章を読むな! やめてお願いいい!!!」
おお、アマランスはわちゃわちゃと両手を振り回しながら、「あなた」が過去ログを読もうとするのを妨げようとしている! だが無論通じるはずもないことは「あなた」が一番よく知っているだろう。どんどん読んでいただきたい!
「うんうん、それでこのリプレイの最初のほうに戻って読み直すと、あの自信満々に姑息な振る舞いで勝利しようとしてあっさり見抜かれる残念力、一層の味わいがありますねえ!!」
「うわあああああん外道―――!!!!」
「ということでですね」
やつではおもむろにごそごそと大きな袋を取り出すと、きらきらと瞳を輝かせて、泣き顔のアマランスに差し出した。
「これは甘嵐好様に、やつでからプレゼントなのです」
「ぐすん、な、なんだこれは……」
アマランスは涙をぬぐいながら袋を受け取ると、もそもそと開いてみる。と、袋の中から現れたのは!
「蜘蛛さんたちが頑張って作ったのです!」
ひらひらのフリルときらきらのレースに全体を彩られた、目も鮮やかなキュンキュン力全開の、豪華にして可憐なドレスであった! ドリーミーにしてファンタスティックな乙女チックワールドを惜しげもなく展開した、いわゆる姫ロリゆめかわ系のハイセンスコスチューム!
「き……貴様! どこまで馬鹿にする気だー!!」
「馬鹿になんかしてないのです。これはきっと甘嵐好様に似合うと、やつでは心から信じているのです。逆に、ここまで乙女なコスを着こなせるのは甘嵐好様しかいないともいえましょう!」
おお、きっぱり言い切ったやつでのその瞳は、まっすぐに澄み切った輝きを宿し、決してイジったりネタにしたりしようとする意図は感じられぬ! その推しを想う一途な心に打たれ、アマランスはおずおずとドレスを自分の身に当ててみる。
「そ、そうか……似合うかな……確かに可愛いが……」
「ぴったりなのです! じゃあこっち目線下さいファンサお願いします!」
「え、えへ、アマランスでーす……」
照れながらポーズを作って見せたアマランスをすかさずやつではスマホでパシャリ!
「じゃあこれSNSに乗っけておきますね!」
「おい待て!? やめろまた全世界公開はヤメロー!!!!????」
叫ぶアマランスを尻目に、やつでは蜘蛛の糸に捕まって、素早く逃走を図るのだった。
「……いつか、また星詠みの人に呼ばれてお邪魔する時があれば、たぶん普通に敵同士でしょうが、でも今日のアマランス様は推せましたよ!」
「アマランス殿!! ちょっと言いたいことがあるっす!!!」
「アッハイごめんなさい!!!」
「……いやなんで正座してるっすか?」
「いやなんで私を正座させるのだ!?」
|深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)の激しいテンションと鋭い語気に、思わず羅紗の魔術士アマランス・フューリーはちょこんと正座せざるを得ない! ここまで√能力者たちにさんざんオモチャにされてきたことにより、だんだんと「恐るべき魔女アマランス」から「あまらんすちゃん」への変異が始まっているというのか!
「ううっ、涙なくしては語れないっすねえ……つまり泣きゲーのヒロインってことっすね、これは推せるっす……!」
「誰のせいだ誰のー! っていうか今どき泣きゲーとか古いわ!!」
「……ああン?」
ゴーグルの奥の瞳をギラリと光らせた音夢は、涙に滲んだ瞳を一転して猛禽類のごとく鋭く光らせる! いけないアマランス、その発言はまるで地雷原の上でコサックダンスを踊るようなものだ!!
「……なんつったっすか今? ……泣きゲーは古い? 泣きゲーは時代遅れ? 泣きゲーは苔むした過去の遺物で化石になった存在??」
「……いやそこまで言ってな……」
「正座ァァァ!!!!!」
「はいいいごめんなさいいいいい!!!」
ほら、こうなった。
烈火のごとく顔を紅潮させ頭から湯気を噴き出した音夢は、正座させたアマランスの前に椅子を引き寄せ、どっかと座り込んだ。
「……えっと、済まぬがこれって長時間コース……?」
おそるおそる上目遣いに尋ねるアマランスを、音夢はことさらに上からねめつける。
「そこ! そういうとこっすよ、言いたかったのは! どうなってんっすか!!」
「な、何が!? あまらんすなにもわるいことしてない!!」
ひいい、とビクつくアマランスに、音夢は震える拳を握り締め、血を吐くような激しさで……熱い想いを吐露しはじめた!
「……ただでさえクール系からポンコツ可愛い系とかいうギャップ萌えなのにそこからあざとい系に派生するとかどうなってるんすか!!!!」
どうなってるんだろうね。ほんとにね。
「……??? 言ってる意味が分からぬ!」
「つまりこうっす! これ以上何かキュンなことをやるようなら!」
「な、なんだ!? そうか、全力で戦うというのだな!? アマランス負けないぞ!!」
「ボクがお持ち帰りして、いろんなコトしちゃうっすからね!!」
おっとここで審議! 審議です! 音夢さん、それは言っちゃっていいことですか!? 青少年のなんかに悪影響を及ぼしたりしませんか!?
「大丈夫っす! もちろん本人の意思に背いて酷いことはしないっす。ただ……当社比健全な薄い本の題材にしたりっすね」
「どこからツッコんでいいのかわからぬが『当社比健全』って何だ!?」
「だから健全本っす。当社の基準で」
「どこに基準があるのだ!? その基準自体が怖いのだが!?」
「あとそれから……」
「まだあるのか!?」
「衣装の試着してもらうっすよ! 当社比健全なコスプレの!!」
「だからその当社比基準公開して!?」
半泣きになったアマランスの肩にポンと手を置いて、音夢は沁み込むように語り掛ける。
「……こほん。アンジェリカ殿の優しさに付け込んで誘拐するってことはこういうことなんすよ。よくないことってわかったっすよね?」
「……あまらんす、別に天使を薄い本の題材にしようとかコスのモデルにしようとかしないもん」
「…………まあそれを言われるとなんも言えねえっすが……」
なんか音夢の正当性がちょっと……すごく……揺らいじゃったように思うのは気のせいだろうか。
「ええい、ここまで懇切丁寧かつ論理的な説得をしてもまだ諦めないんって言うんっすね!」
「むしろそれでどうやれば諦めると思ったのだ!?」
おお、ついに交渉は決裂してしまった! 音夢は椅子を蹴飛ばして立ち上がり、対してアマランスも素早く羅紗の衣を翻して身構える! とうとうここに凄絶なる√能力者同士の天地を覆す超常の戦いの火蓋が切って落とされるというのか!
「は、はわああああああっ!!!???」
おお、だがなんとしたことか、突如アマランスが苦しみだした! まだ音夢の攻撃が繰り出される前だというのに、腰をぐねぐねとくねらせ、脚をばたばたとぴくつかせて!
「……ああ、痺れたっすか。ずっと正座してたっすからねえ」
おお、熟練者の戦いとは始まる前にすでに決着しているものであった! 完全に足を痺れさせたアマランスはもはや戦える状態ではない!
「じゃ、お仕置きっすね。|雷霆万鈞《エレメンタルバレット》」
「ちょ、まって、せめて戦わせて……ふぎゃああああああああああ!!!!」
情け容赦ない音夢の撃ち放った天誅たる雷神の一撃は無情にアマランスを撃ち据え、その薄い羅紗の衣をギリギリのギリまでびりびりに引き裂いちゃったのだった。
……ねえこれ青少年の教育に悪くない? こう、ぼろんってダイナマイトでボンバーなものがなんかいろいろまろび出ちゃってるよ?
「大丈夫っす。ほら雷撃の煙が。謎の煙はいつだって青少年を守るものっすからね!」
「神聖竜さまにはすべてお見通しです。あなたは今困っていますね?」
「……その通りだ。変な宗教の信者に絡まれているせいでな!」
淡々と語り掛けるエキドナ・デ・イリオス(狂信の|神聖祈祷師《ホワイトクレリック》h02615)の声に、若干引き加減になりつつも、あえて逃げ出そうとしないのはさすがアマランス・フューリー。羅紗の魔術塔の恐るべき魔女たる面目躍如といえよう! ……逃げた方がよかったのに。
「変な宗教。それはいけません。ならば神聖竜さまに帰依するのです。神聖竜さまはすべての変な宗教から守ってくださいます」
「お前だー!? お前のことだー!?」
「ふむ、私がどうか?」
「だから変な宗教の」
「ふむ、どこに変な宗教が?」
「だからお前が……」
「ふむ、私がどうか?」
「エンドレスではないか!」
「そうエンドレス、尊き教えに終わりはないのです。いいことをおっしゃいましたね、まさに神聖竜さまの教えは果てしなく悠久にして永遠、既にあなたはいいところまで悟りに近づいていますよ。そこで神聖竜さまにもっと近づく方法ですが」
「あっダメな奴だこれ」
だから逃げた方がいいって言ったのに。勇気と無謀は違うんだから。
「む、今あなたはなぜか不安になっていますね」
「そうだな! 何故かな! なんでだろうな!!」
「不安を抱くのは迷いがあるからに他なりません。神聖竜さまを信じましょう、それが救いとなります」
「……なんかこう、迷いがある方が人間らしくていいんじゃないかなってアマランス思うな……」
「人間? そんなものに価値はありません。この世はすべて神聖竜さまに帰一し一つになるべきものだからです。さああなたもすべてを神聖竜さまに捧げましょう」
「冗談ではないわ!」
アマランスは純白の羅紗を翻し、鋭い瞳をエキドナに向ける。その目の輝きは強い決意と覚悟に満ち、譲れない意志と信念に満たされて煌めく。
「我ら『羅紗の魔術塔』はあくまで人間の未来を切り開くための組織。わけもわからぬものにこの身を委ねる気などない!」
そうだ、羅紗は確かに、非人道的で悪辣な実験や命を軽んじる犯罪に手を染める許されざる存在である。けれど彼らの理想はあくまでも人間の可能性を切り開き、未来を導くと信じるところにあるのだ。そういう意味では、すべてを神聖竜に帰せんとするエキドナの教えとは、ある意味対極にある!
「人間の未来のために、どうやらここでお前を倒すしかないようだな、狂信者!」
……なお、言うまでもないがあくまでもアマランスはすごく悪いやつであり、主役はエキドナである。なんか逆に見えてきた気がするが。
「受けよ、『純白の騒霊の招来』!!」
それはともかく、アマランスはその身に宿した膨大な魔力を轟炎のごとく立ち昇らせる! 燃え上がる魔性の輝きの底、歪み果てた空間の奥からその身を覗かせたのは、名状しがたき奴隷怪異、レムレース・アルブスと呼ばれる異形の脈動! 人知に図り難いその怪異に、エキドナはいかに対するか!
「自ら神聖竜さまの教説に訪れるとはすばらしい心がけです。では神聖竜さまについて語りましょう」
勧誘始めちゃった! 異界の怪異相手に!
「……嘘ぉ……!?」
さすがにアマランスも顎をがっくりと落とし、その信じがたい光景を見つめざるを得ない。だって怪異レムレースはエキドナに対し、めっちゃ攻撃を仕掛けているのだ。だが、エキドナはそんなレムレースに対しいささかもたじろぐことなく、なんとがっちりと両腕で掴み取り、大地にぶん投げ豪快に締めあげ叩きつける!
「教えドロップ! 教えスープレックス! あなたが何故か苦しんでいることは私にはわかります。教えドライバー!!」
そうだね、なぜ苦しんでいるんだろうね!
「苦しい時こそすべてを神聖竜さまに……おとなしくなさい、神聖竜さまを信じ……聞きなさい、し、ん、じ、る、のです!!!! 教えスパーク!!!!」
「いかんレムレース、そいつとまともに戦うな! 同化してしまえ! っていうかそいつがどうかしている!」
誰が上手いことを言えと。
だがアマランスの指示に従い、レムレースはついに奥の手を繰り出した。敵と融合同化し自分もろとも相手を消滅させる恐るべき能力を!
「……ふむ。神聖竜さまと一つになろうとすること自体は敬虔な志ですが」
だがエキドナは徐々に自分の身を侵食されて行きながらも微動だにせぬ。
「かといって主導権を自分が握ろうというのは傲岸不遜、神罰覿面に降る行いです。……ここまで手は尽くしました、ならば後は『救済』のみ」
ドロリと滴り落ちるような神々しい霊気。――そんな矛盾した表現が許されるならば。
エキドナの身に纏わりつきのたうつ力の奔流はまさにそれであった。
エキドナを喰らわんとしていたレムレースが物理世界の外に響く悲鳴を上げて蒸発する。
全てが溶け落ち、すべてが再構成されてゆく。まともではない何かに。それが至聖の天上から降り立つものか、それとも暗黒の陥穽から這い出すものか、誰が知ろう。知りうるのはただ一つ、――エキドナと呼ばれていたモノから生み出された、決して直視してはならぬ「それ」が顕現したところには、ありとあらゆるものが存在を許されぬということだけだ!
『……我ノ手ヲ煩ワセルナ』
遺された言葉はただそれのみ。
いや、それは言葉であっただろうか。
おそるべき何らかの意思の形骸、思惟の残滓ではなかったか。
恐怖に目を見開くアマランスが最後に見たものは、ただ暗黒の果てに燃え盛る形而上の炎だった……。
「……おや、気づいたら、勧誘すべき人がいなくなってしまいましたか……」
無人の荒野に佇むエキドナは、小さく小首をかしげると、くるりと視線を向ける。
「……いえ、『ここ』にいましたね」
そう。
読者である「あなた」にだ!
「さあ、神聖竜さまを信じるのです、『あなた』も!」
「さぁ、今日もシャリス神への祈りを捧げましょう」
「ごめんなさい許して下さい。いやなんで立て続けに狂信者が来るのだ!! 何て日だ!」
リニエル・グリューエン(シャリス教団教皇・h06433)の真っ直ぐにして真摯、清楚にしてちょっと「向こう側」に焦点イっちゃってるかな的な瞳の前には、さすがの羅紗の魔術士・アマランス・フューリーも思わず半泣きにならざるを得ない!
……だってさっき狂信者に会って殺されたばっかりだったから。何とか蘇ったかと思ったらまた敬虔な神の使徒が来ちゃったのだから、さすがにちょっとアマランスが可哀想かなと思わないこともない。悪人だけどねアマランス!
「くっ、だがどうすればよいのだ。うかつに相手の言うことに反発しても狂信者には火に油を注ぐだけということは、よーく分かったからな……」
「あら、そこの汝、もしかして神の救い手が必要かしら……?」
ターゲットロックオン! リニエルの黄金の瞳は迷えるアマランスの姿を的確にとらえた! 危ない、このままではまた神様を信じましょう攻撃の前にひでえ目に遭うことは火を見るより明らか!
だがその時、アマランスに天啓が下った!
「そうか! 弱みを見せるから付けこまれるのだな! ということは……こうだ! あー、そこの乙女よ。今の私は満ち足りており全てに満足し幸福であるゆえに何の心配もないぞ」
「えっ、本当に?」
リニエルは小さく首をかしげる。これこそがアマランスの思いついた狂信者に対する回避方法だ! 幸福だと示せばきっと勧誘されないに違いない!
「仕事は上手く言っているの?」
「もちろんだともすべての計画は順調に進行し何の障害もなく達成は間近だ!」
「部下や同僚とも仲がいいのね?」
「うむ皆私を敬愛してくれている優秀な部下たちだからな!」
「趣味やプライベートも順調?」
「ああ決して人に言えないような恥ずかしい趣味などはなく充実した私生活を過ごしているとも!」
しばしの沈黙の後。
リニエルはにっこりと微笑んで、冷酷に言い放った。
「嘘つき」
「なんでええええ!!!??」
「だって」
と、リニエルは当然のように言葉を紡ぐ。
「汝、その一言一言いうたびに泣いてるじゃない」
おお、全羅紗が泣いた! いかにも白々しい言葉を吐くたびに、アマランスの目に知らず知らず溢れる涙! それが何より雄弁に彼女の境遇を物語っていたのだ! っていうかもう全部棒読みだったしね。誰だってわかるよね。
「わたしにはわかるわ、汝はそんなにも悲しんでいる、さあシャリス神に祈りをささげ救いを望みましょう」
「うがあああ、やっぱりまたそのパターンかあああ! だが屈しはせぬ、羅紗の誇りに描けてもな!」
半ば破れかぶれ気味にアマランスは最後の抵抗を試みる! 強大な魔力が爆発的に膨れ上がり、次元を穿ち時空の果てより禁じられた知識を呼び覚ます!
「『記憶の海の撹拌』!!」
それこそは羅紗の魔術の中でも恐るべき秘儀、決して人に知られてはならぬ古えの悍ましき怪異を呼び覚ます禁断の極意だ!
だが、その魔術こそがリニエルの逆鱗に触れた。彼女の金色の瞳がすっと澄んだ色を失い、獰猛な魔獣のように刃めいた輝きにとって代わる。
「……神の救いを拒むのね? ならば汝は神の敵、神罰を受けなさい。ここに集い、神敵を討ち滅ぼせ!――『the Knights Templars』!!」
その宣言に応じ、影のように揺らめき現れたのは12人の騎士団。だが、この能力は個々の反応速度を半分にしてしまう。それはアマランスの能力とあまりにも食い合わせが悪い! アマランスの力は10秒の瞑想を必要とし、それが最大の弱点であるのだ、だが、リニエルの騎士団もまた速度において劣るのであれば、アマランスの弱点を突くことは至難ではないのか!
だが。
「あなた仕事上手く言ってないのね計画は全部潰されたのねいつまでも達成の見込みがないのね部下とは仲が悪いし恥ずかしい趣味だらけで全く充実してないのよね」
ひっどい! これぞリニエルの高速詠唱(みたいなもの)! 一流の術師に掛かれば事実の羅列も呪いと変わらぬ! っていうか事実だからこそ余計に呪いとなる!
先ほどアマランスが付いた嘘を嘘と見抜いたからこその反言は氷の刃となって思いっきりアマランスに突き刺さったのだ! 容赦なさすぎる!
「ぐわああああ!!?? や、やめろおおお!?」
思わず悶絶するアマランスは集中を途絶させてしまい、術式が中断!
そこへすかさず……12人の騎士団が襲い掛かった! あとはもうフルボッコである!
「これぞ神罰よ。悔い改めなさい。具体的にはシャリス教のガイドブックを買いなさい。特別定価10万円にまけてあげるから」
「くすん……はい……」
「あと壺とかお守り」
「うわあああんん!!」
アマランス・フューリーは死んだ。
リプレイ完。
「……いや終わらせるな!? そう簡単に滅んでたまるか!!」
おお見よ、鉄網の上のお餅のごとく、ぺしゃんこに潰れたアマランスがぷくーっと膨らんで再び元の形を形成する! そう、簒奪者は一度死んでも再び甦ることができるのだby公式設定!
「はいどーん!」
だが関係なし。ルナリア・ヴァイスヘイム(白の|魔術師《ウィッチ》/朱に染める者・h01577)が再び振るったトネリコの大杖によって、アマランスはまたしてもくしゃぽいと叩き潰された!
「待て落ち着け能力者、最後にどちらかが倒されるのは戦いとして仕方がないとしてもその過程を大切に」
「どーん!!」
「人の話をだな」
「どーん!!!!!」
「聞k」
「どどど-ん!!!!!!!!」
なんたることか、それこそお餅つきのごとくぺったんぺったん! ルナリアのブン回す杖はせっかく頑張って再生復活しようとするアマランスを、そのたびごとにぶち転がしていく!
今となっては戦場には、いわば『ア』『マ』『ラ』『ン』『ス』がバラバラになって点在しているだけという悲惨なるありさまだ!
でもここからでも再生するんだよね簒奪者。便利だね。カートゥーンアニメみたいで。
「あはははは! モグラ叩きゲームみたいです! あ、こっちの破片が再生始めましたねどーん! 今度はこっちですねどーん!! 面白―い!!」
「面白くないわー!! っていうかほんと良くないぞそうやって人が頑張って蘇ってるのを殺し続けぐしゃああああ」
もう何十回目か、あまりに叩かれ続けてもう3頭身くらいになっているアマランスが必死で抗うその言葉に、ルナリアも不満気に唇を尖らせた。
「知りません! わがままを言わないでください、何も頑張ってるのはあなただけじゃありません。私も日々頑張って叩いてるんです!!」
「えっわがままなのかな!? 私今どこかわがまま言ったのかな!?」
「そう、叩きがいのある相手は叩くのは楽しいので私は頑張って叩いているのです! ドラゴンとか!」
「えっドラゴンもお餅にしてるの……!?」
「叩くとスッキリするのです。スッキリするのはいいことです。人は日々の生活の中でたまったストレスをどこかで解消しなくてはいけないのです」
「お前の生活にストレスがたまる要素がどこかあるのか!? っていうか私が一番ストレスが溜まってるわ!?」
「……話してたら叩きたくなってきました、もういいですか? いいですよね?! 我慢できません!!!」
「お前がいつ我慢しぐしゃあああああああああ」
かわいそうに、どっかのネコとネズミのカートゥーンアニメだって、ここまで何度も叩き潰されはしないだろうに……。
それでもアマランスは根性でぴょこんと復活する! なんかもう、潰され過ぎで2頭身くらいになっているが!
「ええい、このままカートゥーンキャラ扱いされてたまるか! 私がシリアスキャラだということを思い知らせてやるぞ能力者!」
アマランスの身に纏った羅紗が眩い光を放ち始める! これぞ羅紗の魔術士たる彼女の本領発揮、恐るべき禁断の古代魔術の発動準備だ!
「あははは、活きがいいですねえ叩き甲斐がありますどーん!!!」
ルナリアはそんなアマランスにまたも容赦なく大杖を奮おうとし……けれど、おお、なんと!
すかっ。
彼女の無敵の一撃が初めてスカってしまったではないか。これは一体どういうことか!?
「む、なんだか身が軽いぞ。これなら攻撃をかわすことなど造作もないわ!」
そう、アマランスは今、潰され過ぎて2頭身状態! つまり普段の10頭身くらいの状態から比べれば五分の一。ゆえに、機動性と回避力が五倍にアップしたのだ!
何たる怪我の功名か! ちょこまかちょこまかと走り回る2頭身アマランスの素早さに、さすがのルナリアの杖も追い付けぬ!
「ふははははは! お前の頑張り過ぎだ能力者! 私の勝ちだな!」
高らかに哄笑するアマランス(2頭身)は満を持して魔術を発動した!
が。
「よわっ」
ぺちん。
ああ、アマランスが調子づくのもそこまでであった。撃ち放ったアマランスの羅紗魔術は……ルナリアの小指の先っぽで軽く弾き飛ばされたのである。
「なんでええ!!???」
「らささんは今2頭身になってるんだから攻撃力も五分の一だからです!」
何たる盲点か!これではアマランスの攻撃は全く通用せぬ!
「じゃあ今度はこっちの番です、せっかくですから錬金術の叡智を見せましょう! 出しましょう出しましょう|対標的必殺兵器《ごっつい鈍器》を!」
今こそルナリアは行使する、恐るべき√能力『|戦闘錬金術《プロエリウム・アルケミア》』を!
対標的に関し絶対必殺必滅必罰必勝の効果を持つその能力が具現化したものは、――トネリコの大杖だ!
「今までと変わらんではないか!?」
ただし数百倍の大きさの!
「……加減しろ莫迦」
「これなら2頭身ボディでちょこまか逃げようと関係ありません。範囲ごと面制圧いや空間制圧でぶっ潰しますから!!!! 往生せいやあああああああああああ!!!!!!」
ぷちっ。
アマランス・フューリーは死んだ。
『とほほ~もうカートゥーンはこりごりだよ~』(黒ワイプアウト)
「ちちち違うぞ私は別に決して秘密の日記を肌身離さず持ち歩いたりしていないからな!」
「……あああ……なんで自分で言っちゃうんですか……」
|イノリ・ウァヴネイア《祈・危無名》(|幽玄の霊嬢《ゴーストループ》・h01144)は、必死な形相で胸を抱え込んだ眼前の相手、アマランス・フューリーの姿に顔を覆ってうずくまってしまった。
ああ、だが何たる無情か。アマランスが懸命に抑え込んでいる胸の衣の奥から、その手をぐいと押しのけて、ふわりふわりと何かが浮かび上がってきたではないか。可愛い花柄とにゃんこのイラストが描かれた表紙の、それは日記帳だ!
「やめてええええそれはだめええええ!!」
泣きそうになりながら手を伸ばすアマランスの指先わずかに届かぬ空中で、日記帳ははらりとページを開くと、謳うような声がいずこからか響き、朗読を開始する――。
『〇月△日。昨日もあなたの夢を見たわ。ああ、いつ会えるのかしら。まだ出会ったことのない夢の中のあなた。私はいつでも待っているのよ、この運命の扉が開かれる時を。あなたは白い馬にまたがり、私を虹のかなたへと連れて行ってくれるはず。でもちょっぴり恥ずかしいわ、この胸のどきどきがあなたに聞こえちゃったらどうしましょう』
「もうわたしのまけでいいのでころしてください」
完全に焦点を失った目で魚河岸のマグロのごとく転がっているアマランスがうわごとのようにひらがなで呟く姿はあまりにもひでえ状態!
「……あああ、すみません……さすがに私も同じ女性として、乙女の日記を暴いちゃうのはやりすぎかと……ちょっとこれ止められないんでしたっけ、√能力って」
あわあわ、と慌てるイノリの言葉が示すように、それは彼女の√能力によるものだ。ではいったい何が起こったというのか。その過程を見てみよう!
「えっと……そう、これは信念と信念のぶつかり合いなんです……進めば一つ手に入って、負ければ全てを失うんです……」
それはついに決戦が始まったその時のことだった。一生懸命顔面の筋肉に力を入れてキリッと決め顔を保持しているイノリは、アマランスに向けて決断的に言い放つ。
「私たちは私たちの平穏な家を守るために……負けられないんです……!」
「フン、言ってくれるではないか能力者。だがそれはこちらも同じ!」
一方アマランスも凄まじい魔力を滾らせ泰然たる余裕を見せつけつつ身構えた。
「来るがいい、簡単にこのアマランスに負けを認めさせられるなどと思わぬことだ」
「それなら√能力発動です……|幽霊暴走車《ゴーストラック》……!」
イノリは総身に満ちた力を今解き放つ。その能力こそは!
「近くにある、最も殺傷力の高いアブない物体で攻撃しちゃいます……!」
ここでリフレイン。
「最も殺傷力の高いアブない物体で……」
最も殺傷力の高いアブない物体。
……あらゆる意味において。
そう、それは。
ファンシーでプリティーでスイートドリームいっぱいな乙女のシークレット日記であったのだ!
ある意味ではきっとこの地上で最も殺傷力が高いアブない物体といっても過言ではあるまい。特にアマランス的な感じのキャラにとっては!
……まあ、もしこのシナリオがシリアスであったなら、「もっとも殺傷力が高い物体――それはアマランス自身が操る羅紗だ! イノリはアマランスの羅紗を逆に操ったのだ! ババーン!」みたいな展開になるかもしれなかったけど。
でもならなかった。そうはならなかったんだよアマランス。だから回想はこれで終わりなんだ。
「もうころして」
「まさかこんなになるまでいじめる気はなかったんです……これ以上はさすがに良心が痛いので……えっと、√能力って止められないんでしたっけ……」
「と、止めてくれるなら感謝するぞ能力者!」
『暴走車』は止められないから暴走車なのであって止められたら暴走車ではないのだ。だがそれでも、イノリはその本来の優しさから、頑張って自分の√能力を抑え込めないものかと気合を入れようとした。ぱあっと顔を輝かせ生き返った表情を浮かべるアマランス。だが。
『いや、だけどさ』
その時口を挟んだのは、イノリに憑いている多くの幽霊仲間の一人、本の姿の本山さん。
『土佐日記とか更級日記とか十六夜日記とか。昔から、日記文学ってあるでしょ。多くの人が何百年単位で読みたおしてる、それどころか教科書にさえ載ってる。別に日記って必ずしも秘密を守らなくてもいいんじゃない? むしろみんなで読んでもいいんじゃない?』
「……そういえばそうですね」
なんたる運命の皮肉であることか、イノリたちは本屋さんを経営しているため、いろんな本の種類に関して詳しかったのだ!
『あと、その魔女普通に悪いこといっぱいしてるやつだし、別に情けかけなくてもいいだろ』
「そういえばそうですね。√能力続行」
「まってええええ!!!!????」
アマランスの啼泣にも拘らず、イノリの√能力は再び日記の頁を繰ったのだった。
『×月◇日。今日はコーヒーの粉を買ってきたの。実はアマランス、コーヒーって苦くて得意じゃないんだけど、でも頑張って慣れておくんだ。いつか大好きな人と迎えるモーニングコーヒーを美味しく飲むためだもん。そしたらまだ会えてないけどその人は、ちょっと驚いた顔で言うのよ、アマランス、大人の味がわかるんだね、そんな君も素敵だよ、なんて。やーんモーニングコーヒーなんてアマランスちょっとえっちかしら?』
「……わたしいつしねますか」
奈落の底へ届きそうな巨大な墓穴を掘ってる感じのアマランスは大体120%ほど死んじゃってる中、イノリの力はクライマックスを迎えた。
「じゃあえっと……ちょうど近くに動くものがあったのでそれをぶつけさせていただくということで……うん、最初から動くものの方がぶつけやすいんですよね、やっぱり……」
日記は?
「書く人の感情が動いたから日記になっているのでしょう……?」
それアリなんだ……。
まあともかく。イノリの手が差し伸べられるところ、なんかよくわからないものすごい重圧と世界が終わらんとするほどの轟音が響き始めた! これは一体!? イノリの力はその辺にあるものをぶつけるだけでは!?
「だからですね……ちょうどこの上に飛んできた……隕石を」
それアリなんだ……。
ということでさっさと逃げ出したイノリの後方、動けないアマランスの頭上に……。
巨大な隕石が情け容赦なくぶちかまされたのだった。
「ちなみに日記はちゃんと確保してますから大丈夫……お店に置いておきましょう……」
人の心ってさ……。
「アマランスさん!……出遅れましたが、微力ながら……勝負です……☆」
「え?」
「え??」
アリス・アストレアハート(不思議の国の天司神姫アリス・h00831)の可憐な声に、アマランス・フューリーは思わず間抜けな声を発して相手を見つめた。で、アリスもそれに対してぽかんと相手を見つめる。つまりにらめっこの体制に。
「……あっぷっぷ?……えーと、私、な、なにか変なこと言いましたか……?」
「聞き間違えたかもしれぬ。済まぬがもう一度言ってくれぬか」
「えーと……勝負です……」
「もう一度」
「勝負……です……?」
膨れ上がった水風船がぱぁんと音を立てて弾けるかのように、その時! アマランスの瞳から滂沱の涙が溢れ出た!
「え、えええ!!??アマランスさん!!??」
あわあわ、と事情がよくわからないアリスの前で、アマランスはものっそい勢いで泣き出す。
「勝負!? 今、勝負って言った!? 本当に……本当に戦ってくれるの? 私、戦ってもいいの? イジられたりオモチャにされたりお尻割られたり宗教に勧誘されたりカートゥーンになったりすることなく……本当に戦ってくれるの!!??」
「え、あ、はい……これまでは何かお気の毒で出ていけなかったんですけど…って、羅列されるとほんとにお気の毒……」
「ありがとおおおおおおおお!!!!!!」
感涙にむせぶアマランスは激情のままにぎゅっとアリスの小さな手を握り締め、ぶんぶんと振り回す!
「はわ、はわわわわ!?」
思わずぐるんぐるんとあっちこっちに引き回されてしまうちっちゃなアリスだったが、アマランスは歓喜のあまりに気に留める様子もなく、半ば歌うようにキャッキャしているありさまだ!
「わあああい、まさか本当に戦ってくれる相手がこのシナリオで現れるとは! ようしアマランス張り切っちゃうぞー!! 一緒に頑張ろうな能力者!」
「は、はいい……って、一緒に頑張るようなことなんでしょうか……?」
「頑張って殺し合おうな!」
「言い方がですね!?」
若干目を回しながらもアリスは、シェイクハンドメリーゴーランド地獄から何とか脱出! その刹那に可憐な背から純白に輝く無垢なる翼を展開すると、風を孕み広い大空へと飛翔した! なにしろこれまでの能力者との戦いでアジトは崩壊し屋根なんかもうぶっ飛んでいるので彼女の天舞を妨げるものは何もないのだ!
「わーいわーいばとるだー! はははは! やるなー能力者―えーいこれでどうだー」
極上の機嫌のアマランスは満面の笑みを浮かべたまま、地上からその身に纏う羅紗をアリス目掛け次々と打ち出した。あたかもそれは大地から天に向かって降り注ぐ物理法則を無視した豪雨の如しだ!
だがそれをアリスは紙一重、神聖なる啓示をその身に受けしがごとくにギリギリで交わしながら間合いを詰める!
しかし、回避すればするほど美しき羅紗は数を増やし天空一面を覆わんばかりの華麗なる魔境と化していく。アマランスの狙いは明らかだ。その羅紗そのものでアリスを撃墜する気はない、時間を稼ぐのが目的だ、10秒だけ持てばよい。その時間がアマランスに勝利をもたらすのだから。
「ふはははー! 私戦ってる! シリアスに戦ってるぞ! なんと素晴らしい気持ちなんだー!」
「シリアスかどうかはともかく……さすがアマランスさん……本気になれば強いです……!」
「お前も大したものだぞ能力者―あはははー!」
楽しそうに笑いながら、しかし攻撃それ自体は一撃必殺の殺気を秘めたガチモードというなんか不可思議な状況の中、薫風を翻しアリスの繊手に閃光が走る。それこそは閉ざされた神秘の幻想を開く鍵、クイーンオブハートキー!
「時間を稼がれたらアマランスさんの攻撃が来ちゃいます……手数で押すしかありません……!」
同時、左手にかざされたのは一連のカード、ハートのアリス! 次の瞬間吹雪のように天空に舞い散ったカードは虚空を覆わんばかりに膨れ上がったアマランスの羅紗を斬り裂き、さらにクイーンオブハートが打ち払いつつ道を作り出す、アリスの突き進むべき勝利への道を!
だがその瞬間、アマランスの瞑想もすでにリミットを迎えた。アリスと同時に、アマランスの√能力も炸裂する!
「フラワリーズ・フェイトストーム!!」
「記憶の海の攪拌!!!」
二つの超常力が激突した時、時空を超えて虹色の花々は咲き乱れ、波打つ黒き大海の中に鮮やかな色彩が煌めき輝いた。残る色彩はどちらか。黒か、虹か!
暗黒に飲まれたと見えた花の嵐が、しかし――一輪、二輪、鮮やかに花開いていくではないか。やがて満開の花の舞が暗黒の海を完全に覆いつくした!
アリスの花は勝利を飾ったのだ!
「我が魔術が破れた……!?」
「アマランスさんの瞑想……少しだけ時間が足りなかった……です。……いえ、本当は足りていました、でも……足りないことにしました……私の力で」
アリスの花吹雪は時空すら歪ませる。すなわち――アマランスの術の完成に必要な時間を、ほんの一瞬、僅かに不足させる分だけ……巻き戻した! ゆえにアマランスの魔術は不十分であったのだ。
「フッ……いいだろう。最後にシリアスな戦いができて満足だ……!」
咲き乱れる花の華麗な光に飲まれて消えていきながら、アマランスはにっこりと晴れやかな笑みを残す。
「……最後の相手がお前でよかった、能力者」
「アマランスさん、私も……」
アリスは消えていくアマランスの手を取り、澄んだ瞳でそっと語り掛ける。
「……私も……もう少しトンチキしてもよかったかもです☆ 生き返ったら、今度はもっとトンチキしましょうね♪」
「いやせっかくいい感じに終れそうだったのにそれー!?」