怪異は仔を成すために
●楽園
「星が降りてきたよ……この世界の人々が狙われてる」
雨深・希海(星繋ぐ剣・h00017)が、居合わせた√能力者達に語り掛けた。
√EDEN。
約束の場所と呼ばれる、表向きは平和な世界。
だが、その裏では様々な√から現れた簒奪者達による侵略が行われていた。
簒奪者達の目的は、√EDENに存在する膨大なインビジブルだ。
凄惨な事件が邪悪なインビジブルを呼び出し、邪悪なインビジブルは簒奪者達に力を貸す。
そうなれば、簒奪者達の力は更に増大してしまうだろう。
「だから、阻止しなくちゃいけない。皆の力を貸してほしいんだ」
希海は√能力者達に頭を下げた。
●人を仔と成すために
暗い海の底で、禍々しい色をした巨大な蛸のような触手がうねる。
触手には幾人もの人が囚われ、その姿を怪異に変えようとしていた。
その触手の中心に青い肌をした裸体の女が嗤った。
「妾の『仔』となるべき汝らに、祝福を与えよう」
くすくすと愉悦の表情を浮かべた女の周囲に、インビジブルたちが集いはじめた。
「敵は……仔産みの女神『クヴァリフ』。彼女がこの√の人々を取り込んで『仔』にしてしまおうとしている」
クヴァリフは√汎神解剖機関に存在する怪異だ。彼女の臓器は今の√汎神解剖機関を成す為に重要な役割を担っているという。
「そんな相手が自分から侵略してくるなんて……恐ろしいね」
希海は少し身体を震わせて、√能力者達を見渡した。
「しかも、今回は彼女を信奉する信者たちまで現れていて、人々を拉致、監禁している」
そうして、彼女がこの√に現れた瞬間、一気に人々を取り込もうというのだろう。
「だから、まずはみんなを助けないと。幸い、監禁されているところはわかってるんだ」
希海はそう言うと、スマホから地図アプリを開いた。
「……この港の倉庫の中。入口はいくつかありそうだし、中は薄暗いから、工夫をすれば信者たちに気付かれずに潜入もできると思う」
人々を安全かつ秘密裏に助けることが出来れば、簒奪者の目論見は大きく崩れることになるだろう。
「そうなれば、あとは信者とクヴァリフとかを追い払えばいいだけ」
そう思えば、実にシンプルな作戦だ。
だが、希海にはひとつ不安があった。
「星詠みは万能じゃないんだ。敵にも同じ星詠みがいるから」
だからこそ、予知は覆る可能性がある。
何が起こるかはわからないのだから、用心する必要があるだろう。
「だけど、たくさんの人が死ぬなんて見過ごせないよ。だから、その……無責任かもしれないけれど……みんな、頑張って!」
精一杯の応援をして、希海は皆を送り出したのであった。
第1章 冒険 『人質救出作戦』

●
「はぁー……」
大きなため息を一つ。それからキョロキョロ、キョトキョト。
予知された現場の近くで、魔花伏木・斑猫(ネコソギスクラッパー・h00651)は挙動不審になっていた。
「大丈夫?」
「ひょぅあっ!!」
突然背後から声をかけられて斑猫がぎょいんと反りかえる。
斑猫に声をかけたのは、シャル・ウェスター・ペタ・スカイ(不正義アンジャスティス・h00192)。ともに√能力者として駆け付けたのだ。
「あはは、驚きすぎ」
シャルの言葉に、斑猫はべそべそと涙目になって訴える。
「だってだって、汎神の怪異ですよぉ!?」
青ざめた顔でぶんぶんと手を振って、必死で恐怖を表現する斑猫。
「ただでさえインビジブルは怖いのに汎神の怪物なんか余計に怖いに決まってますぅ!」
生来のビビり性な斑猫は、これから現れる女神のことを考えただけで、もう震えが止まらない。
だが、それでも彼女は今この場に立っている。
ビビッているが故に、簒奪者達の目論見が果たされた未来の方が恐ろしいと分かっているのだ。
だからシャルもからかうような笑顔を見せながらも、斑猫を信頼する。
「じゃ、ボクは向こうから行くから、あとは任せたよ」
「ふぇえっ!?」
軽やかに去ってゆくシャルの後ろ姿に、任されちゃった斑猫はまたしてもガクガク震えるのであった。
●
しいんと静まり返った倉庫は、冬の気候もあって冷たく底冷えしていた。
一か所に集められた人々は寒さと恐怖に震えて、絶望に俯いている。
これから自分の身に何が起こるのか、彼らには全く想像がついていない。それに、たとえ想像したとしても、それらは全て的外れ。√EDENの人達にとって、怪異は空想上のものでしかないのだから。
そんな人々を、覆面を被った信者達が監視する。間もなく現れる『母』への捧げものを、一つたりとも減らしてはいけないと緊張しているようだ。
――そんな時。
「はい、どーん!!」
同時に大爆発が巻き起こった!
倉庫のシャッターがド派手にひしゃげて、薄暗い倉庫に光が差し込んだ。
炎と煙の中心、逆光の中に一人の青年――シャル――が立っていた。
「ひゃっほー、蹂躙だー!」
シャルは大げさに喜び勇みながら倉庫の中へと入り込む。
「な、何だ、何が起こっているっ!?」
パニックになる信者達。その反応に『にぃっ』と笑ったシャルは、炎を周囲に生み出して、それを次々と放ってゆく。
「まずいっ! あのガキだ!」
「お、おい止めろ!!」
信者達はこぞってシャルへと向かってゆく。
「そうそう、こっちおーいで!」
にこにこと笑いながら、信者達へと炎を放つ。
「ぐあっ!」
「うぉっ、眼がっ……!?」
炎は信者達の顔面に当たると、その視界を真っ暗に覆い尽くした。
「ほーら、ボクはここだよー!」
視界を奪われた信者を煽るようにシャルが呼びかける。
「うぅっ、くそぉ……!」
信者は声を頼りに必死でシャルの元へ向かおうとするが、ふらふらとした足取りのせいで、壁やコンテナにぶつかってしまう。
「あはは、あたふたしちゃって」
それを見て、心底楽しそうに笑うシャル。
そんな応酬が繰り広げられる中、捕らえられた人々は敵か味方かもわからない乱入者に戸惑い、身動きが取れずにいた。
信者達は幸い皆シャルに注目していて、隙だらけだ。だが、逃げようにも、手錠などで自由は制限されている。
だが、√能力者達にとってそれは承知の上。シャルはあくまで陽動で、人々を助ける本命は斑猫にあったのだ。
というわけで、シャルが大騒ぎをしている間に斑猫はこっそりと逃げ道を確保し、おっかなびっくり人質のもとまでやってきていた。
「あ、あのー……」
「ひぃっ!?」
「ぎゃひっ!?」
突然かけられた言葉に悲鳴を上げる人質。そんな人に驚いて悲鳴を上げる斑猫。
ハッとした斑猫はこほんと咳払いをして、深々と頭を下げた。
「助けに来ましたのでどうか神妙にして下さいお願いします……!」
ぺこ、ぺこ、ぺこーっと何度も頭を下げる。
その必死さに、そのうち人質たちは困惑しながらも斑猫に従い始めたのであった。
斑猫は持ってきた工具で次々と手錠を壊し、避難経路へと導いてゆく。
そんな様子を遠目で見ていたシャルは、にぃっと笑って再びフレイムを召喚する。
「ほらほら、もっと楽しませてよ!」
放った炎を反射させて、信者達の周囲を飛び回らせる。
「う、うわぁっ」
「ひぇっ!」
信者達が悲鳴を上げて逃げ回る。
だが、散々な目にあわされている信者達であっても、目立った傷はなかった。
後々彼らとは戦うことになる相手だ。今倒せるなら倒しておくのも良いのだろう。が。
「ノンノン、ボクは敵で遊ぶのも大好きだから」
逃げ惑う信者達を見て、シャルは楽しそうに笑っていた。
だが、そんなイタズラ(?)好きのド派手な陽動のおかげで、信者達は怯えたりすることなく、シャルに注目し続けることとなった。
かくして、人質たちは無事に救出されたのであった。
仔産みの女神『クヴァリフ』。人間を取り込み、忘我のうちに仔となす怪異だ。
今、この港の倉庫には、そんな怪異の仔とするべく多くの人質が集められていた。
「子供になる方にも拒否権はあるはずです」
誉川・晴迪(幽霊のルートブレイカー・h01657)はそう断じる。
「というわけで、無理矢理なお母様の元からは、さっさと逃げてしまいましょうね」
晴迪はそう言いつつ、手に持ったお人形の手を振った。
「なるほど……見張りはあそこと、そこと……」
倉庫近くで様子を伺う晴迪は、見張りの信者達の配置を確認する。
見張りのうち何人かは巡回までしていて、わりと厳重だ。
「これでは足の遅い方は逃げ難いですね」
ならばこういう時は――。
「ん?」
信者がふと、その方角を向いた。
視線の先には、ぼんやりとした炎が灯っていた。
「おい、あれはなんだ?」
光は信者達の注目を集め、そのうち何人かはゆっくりと警戒しながら近付いてゆく。
「何か燃やされているのか? 火事なら早く消火を――」
その光景を不思議がったのは、人質たちであった。
「……なんであいつら、何もないところを見てるんだ?」
灯された光は『破滅の炎』、√能力者にしか見えない幻の炎であった。
信者達もまた√能力者であるので、その炎は彼らにだけしか視認できない。したがって、人質達には、何が起こっているのかわからないのだ。
これは、人質達の不安や混乱を煽らない良い手段となった。
だからこそ。
「……えっ?」
人質達のもとにひょっこりとお人形さんが現れても、彼らは冷静でいられたのだ。
(「まずはここまでは作戦通りですね」)
人質達の前で晴迪がお人形さんの手をひらひらと振った。
晴迪は倉庫に潜入するや、まずは破滅の炎を灯して信者達の注意を引いた。
十分な注意が引けた段階で、インビジブル・ダイブを用いて一気に移動、人質達のもとへと到達した。
そして今、幽霊である晴迪は、√能力のない普通の人には見えない。なのでこうやって誰にでも見えるお人形さんを介して、人質達と交流を図ったのである。
お人形さんはぴょんぴょんと跳ねて、手に挟んだメモを取るように促す。
「……これは……」
人質がメモをとると、その中身を無言で読む。そして、人質同士で頷きあうと、密かに立ち上がった。
『こっちだよ』
とでも言うかのようにお人形さんが手招きする。
信者達は、彼らのそんな動きに気付いていない。こうして、人質たちは無事に倉庫から逃げ出すことが出来たのであった。
「囚われた人達を助ける、侵略者たちを倒す……両方やらないといけないか」
星詠みの予知を聞いて、霧島・光希(ひとりと一騎の冒険少年・h01623)は頭を悩ませた。
囚われた人達を助けたところで、√EDENに侵入した簒奪者は再び同じ事件を起こすだろうし、怪異の出現は止められない。
ならばやるしかないのだが、それでも大変だという想いはつきまとう。
だからといって、光希は諦めたりしない。
「やれるだけやってみる。――行こう、|影の騎士《シャドウナイト》」
傍らに立つ騎士を呼び、光希は港へと向かうのであった。
「みんな、人質をうまく助けられたみたいだ」
港へ向かった光希は、他の√能力者達が次々と人質を救っている様子を確認した。
なら自分も、と、光希は念じる。
(「──|見えざる従者《インビジブル・サーヴァント》、起動」)
その呼びかけと共に現れた小さな不可視の精霊達は、光希の指示に従ってバラバラに散ってゆく。
この精霊達は光希の目となり、港の様々な情報を光希に齎してくれる。
そうして得た情報を元に、光希は見張りの目をかいくぐり、慎重に、慎重に倉庫へと侵入した。
(「……この道は使えそう」)
倉庫に侵入しながら、光希は人質達の脱出ルートを検討する。
倉庫の地図を叩き込み、見張り達の監視の目をかいくぐれるような道は無いか……。
なるべく安全に、なるべく正確に。
なにせ一つ間違うだけで人の命に関わってしまうのだ。
物陰に隠れながら、見張りの背を確認し、タイミングを計る。
「……よし」
頭の中で整理を終えて、あとは、人質の捕らえられているところまで進むだけ――。
そんな時。
「……っ!!」
突然、見張りが光希の方へと振り向いたのだ。
「ん? 何だ?」
見張りは何かに気が付いたようで、物陰へと向かってゆく。
「……インビジブル、か」
そこに光希はいなかった。いたのはゆらゆらと漂うインビジブルだけ。
(「……よかった、気付かれてないみたいだ」)
光希はそんな姿を傍目で見て、胸を撫でおろす。
光希は咄嗟に|不可視の瞬間移動《インビジブル・フェーズシフト》を使い、視界内のインビジブルと位置を入れ替えたのだ。
「……しかしなんだ、これは、何かエネルギーのようなものが……。もしや」
(「無理か……っ!」)
光希が飛び出す。見張りの背後に浮かぶインビジブルに狙いを定め、再びの|瞬間移動《フェーズシフト》。
「……なっ……」
一気に見張りの背後に周り込んだ光希は、|見えざる従者《インビジブル・サーヴァント》達とともに見張りを叩きのめしたのだ。
「よし、向こうで眠っててもらおう……」
光希は気絶した見張りを物陰に隠して、再び人質の元へと向かう。
こうして、入念な準備は実を結び、光希は見事に人質を救い出した。
他の√能力者達も皆、囚われた人々を救い出すことに成功しているようだ。
これで、簒奪者達の一つ目の目的は潰えたといえるだろう。
人質を失った信者達はきっと√能力者を襲ってくるだろう。
二つ目の目標のため、再び√能力者達は戦いに挑む。
第2章 集団戦 『狂信者達』

「我らが母への捧げものを奪った者達に、死の鉄槌を……!!」
「殺せ、殺せ、殺せ!!」
「代わりに母への供物となれ!!」
人質を失った狂信者達が口々に呪詛を述べながら√能力者を探し始めていた。
ここで彼らを倒さねば、彼らはまた周囲から罪なき人々を攫ってくるだろう。
ならば、ここで彼らを叩き潰しておかねばならない。
もう一般人は皆避難を完了した。遠慮はいらない。
さぁ、攻撃の時だ!
「捧げよ! 捧げよ! 捧げよ!!」
狂信者達が声を合わせて一斉に叫ぶ。
その怒号は倉庫をビリビリと揺らし、√能力者達を威嚇した。
「ひぃぃぃいぃっ……!!」
なかでも覿面に効いたのは斑猫だった。
「ここここっここ、怖すぎる……ッ!」
涙目になってブルブル震える斑猫。もはや完全に空気に飲まれ、圧倒されてしまっている。
「殺すとか捧げものにするとか物騒な」
対して、光希は狂信者たちの態度に物怖じせず、逆に少し余裕まで感じられる。
「……ところで、昔のゲームの台詞なんだけど知ってる?」
ビビり倒している斑猫に、光希が尋ねる。
「殺したんだ、殺されもするさ――って」
「そ、そそそそんなこと今言われましてもぉぉ~~っ!」
オロオロと斑猫が返す。全然緊張はほぐれなかった。だが、そんなに震えていても、斑猫は引き下がらない。
眼がぐるぐると回っていようと、脚が生まれたての仔鹿のようでも――。
「彼らを止めないともっと恐ろしいことになりますから……!!」
その様子に、光希は小さく頷いて前に出る。
「さぁ、いこう」
手に詠唱錬成剣を構えて、狂信者達へと向かってゆく。
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
後背に立つ指揮者のもと、12人もの信者達がたった一人の少年、光希に襲い掛かる。
光希はそんな敵を剣でいなしながら、ちらりと自身の背後を確認する。
――戦場は倉庫内、敵は大勢。
広いとはいえ建物の内部だ、と考えれば、壁際に追い詰められることだけは避けなければならない。
敵を引き付けながらの戦闘では、いずれそんな状況にも陥ってしまいかねない。
ならばと次の一手を打とうとした瞬間。
どぅっ、と突如として信者が燃え上がった。
「失礼。遅参しましたかな?」
現れたのは角隈・礼文(『教授』・h00226)、そして信者に放たれたのは彼のウィザード・フレイムであった。
礼文は周囲を見渡し、ゆったりと頷いた。
「人々の救助は済まされたようで、えぇ。ご無事で何より」
そう言うと、礼文は光希から少し離れ、手にした魔導書より炎を灯す。
「それでは攻勢に加わりましょう」
「よし、ぼくも……!」
新たな加勢に余力を得た光希は、手にしていた詠唱錬成剣に力を籠める。
すると、詠唱錬成剣が形を変え、銃口と引鉄らしきものが作られた。
剣でありながら、銃でもある……そんな姿となった詠唱錬成剣を持ち、光希は切っ先を信者達に向ける。
「捧げものの代わりに弾丸を喰らえ!」
光希が謎めいたエネルギーを籠めた弾丸『|謎めいた弾丸《エニグマティックバレット》』を放つ。
その弾丸は信者を撃ち抜き、その場で激しく爆発する!
「うあぁっ!!」
「がぁっ……!!」
爆風に巻き込まれて吹き飛ばされてゆく信者達。
「今ですな」
そこに追撃のように、礼文のウィザード・フレイムが着弾する。致命傷を受け、信者はそのまま動かなくなる。
「ふむ、シンプルで使い勝手のよろしい攻撃魔法ですな」
コツ、コツと足音を立てながら位置を変え、ピタリと止まって3秒詠唱する。
一発一発、攻撃を放ちながら移動することで安全確保をする作戦だ。
炎を灯しながら、礼文は少し考える。
「あの方々の信仰の炎とやらも興味はありますが……ふむ」
礼文は炎に宿す力を変え、再び放つ。
「きょ、教主!! 敵はあちらです!!」
その炎の軌跡を見た信者が叫んだ。
「……うむ!!」
その声に応じ、信者達の最後方に立っていた男、教主と呼ばれた者が頷いた。
すると、倉庫の中にガラガラと巨大な砲塔が運び込まれた。
「目標、不届きなる√能力者どもに、母なる神の鉄槌を下すのだ!!」
狙うは、礼文の放つ炎の方角。狂信の炎に周辺の信者達が集まり、祈りを捧げ始める。
「放てぇー!!」
直後、号砲が響いた。炎の柱は礼文のフレイムを飲み込み、倉庫の壁を貫いた。
これならば炎の先にいるであろう礼文でさえひとたまりもないはずだ。
「やったか!」
信者達が歓喜する。だが。
「母……仔産みの女神、クヴァリフのことですかな?」
信者達の放った方角とはまったく違った場所から、礼文の声が響いた。
「えぇ、とても興味深い怪異です。ぜひとも、研究したいと思っていたのですよ」
礼文は魔導書から再び炎を出して告げた。
「それから、その炎もしっかりと拝見させていただきました」
「ど、どうして……!?」
礼文は、ウィザード・フレイムに反射能力を与えて放っていたのだ。
その反射のおかげで、信者達は礼文の位置を誤認、明後日の方向に発射をしてしまっていた。
「も、もう一度じゃ!」
教主が叫ぶ。その時。
「失礼しまぁぁぁぁぁぁす!!!!!」
「ぎゃぁぁあー!!!??」
その教主を、背後からチェーンソーの一撃が襲ったのだ。
その一撃を放ったのは、斑猫であった。
斑猫は光希や礼文が戦っている間に闇に紛れ、一体一体闇討ちをしていたのだ。
そして、その凶刃は遂に教主にも及んだのだ。
「わぁぁああああっ?!!」
「ひぃぃぃぃーっ!??」
ズタズタになった教主に驚き悲鳴を上げた信者の声に思い切りビビって悲鳴を斑猫。だがそうやって悲鳴を上げていながらも、チェーンソーは再び振り上げられた。
「ごめんなさぁぁぁいっ!!!」
「ぎぇええええーーっ!!」
チェーンソーの一撃は迷いなく正確そのもの。スクラッパーという狩人たる斑猫の本領発揮というものだ。
ズタズタになった信者達と、ガクガク震えながらチェーンソー剣の爆音を鳴らす彼女の姿は信者達にとんでもない恐怖を与えたことだろう。
「殺されたくないのですみませぇぇん!!」
再びチェーンソー剣を振り回すと信者が吹っ飛んでいった。
「すごいな……っと!」
光希はそんな戦況に驚きつつも、自分のほうに接近してきた信者を見るや、落ち着き払った様子で弾丸を足元に放つ。
「あがっ!!」
「うぁっ!!」
光希の足元で大きな爆発が巻き起こり、信者達は爆風に吹き飛ばされながら、大きく怯む。
その爆炎の奥で、キラリと刃が煌めいた。
(「――そこだッ!」)
爆発で発生したエネルギーは、味方にはエネルギー増強の効果を与える。光希はその力の乗った一閃を放ち、信者達を斬り伏せたのであった。
こうして、信者達はみるみるうちに数を減らしてゆく。
クヴァリフ出現までに信者達を片付けることも不可能ではないだろう。
「ひとつこの機会に謁見させていただきましょう」
礼文は炎を放ちながら、興味深そうに告げるのであった。
人質を失った狂信者達は、√能力者に対して激昂していた。
だが、怒りを抱いているのは彼らだけではない。
シャルもまた、信者達に怒りを抱いていた。
「これでもボクは怒ってるんだ」
先程までイタズラを繰り返して愉しんでいたシャルの目つきが変わる。
「愛しい人間種を贄にするなんてさ!」
そう言うと、ぞわぞわとシャルの身体に変化が現れた。
その身体はみるみるうちに銀の鱗に覆われ、シャルは竜人の姿へと変貌すると、信者達を威圧するように睨みつけた。
「ひっ……!!」
細身ながらに、竜人となったシャルの姿はかつてドラゴンファンタジーの世界で覇を唱えた竜の威容そのもの。
その姿に怖気づく狂信者達は、統制の取れていた動きを崩し、徐々にバラバラになってゆく。
「怯むな! あんなものこけおどしに過ぎん!」
そこに、巨漢の信者が巨大な斧槍を携えて前に出た。斧の石突きガツンとコンクリの床に叩きつけてから、腰を落とす。
「我が斧の威力、見よやぁあっ!!」
咆哮とともに巨漢の信者が地を蹴り、宙へと舞った。見かけによらず非常に機敏である。
空中でシャル目掛け、斧槍を振りかぶる。射程にさえ入れば、先制攻撃は確実だ。が。
ゴォォォーッ。
「ぐわぁああーーっ!!」
シャルの吐き出した雷のブレスは、斧槍の射程外にまで容易く届いてしまったのだ。
巨漢の男は全身をバチバチと弾けさせながら、べしゃりと地面に落ちる。その姿を見送ったシャルは、残る狂信者達に咆哮し、叫んだ。
「どうしても贄が必要ならキミ達がなればいいじゃない!」
ビリビリと空気が震える。狂信者達は顔を見合わせ、オロオロと戸惑っているようであった。
(「……まぁ、なるほどそうですねって捧げものになられたら困るんだけどさ」)
狂信者達を見るとどうもそんなことを考えそうで危なっかしい。
だが、それはそれとして、今の一言はシャルの本音でもあった。
(「どうしてなにも関係ない人達を巻き込むの。殺そうとするの」)
シャルの瞳が怒りに燃える。
(「許せない」)
「う、うわあああっ!!」
そう考えているうちに、信者の一人が斧槍を拾い、シャルへと立ち向かった。
「そうこなくちゃ」
再びゴォッとブレスを吐いて、信者を焦がす。そのまま流れるように残る信者達を見やると。
「ひ、ひぃぃっ!!」
と、悲鳴を上げながら散り散りに逃げ出してしまう。
「あれあれー、どうしたのー?」
シャルはわざとらしく語り掛けながら、彼らを追いかけ回す。ブレスの射程に入ったならすかさずブレス。信者は次々と黒焦げになってゆく。
だが、数が減ってくると信者達もみな、倉庫の影に姿を隠してしまっていた。
シャルは「ふぅーん」と余裕たっぷりに唸り。
「隠れても無駄だよ。ボクに傷をつけたいなら出ておいでー」
と挑発した。
「く、くそぉぉっ!」
物陰から現れた信者が突如現れ、斧槍の刃を突き立てる。が。
「ウソだけど」
その一撃はシャルに全く傷をつけられなかった。そればかりか、斧槍の刃が砕け散ってしまったのだ。
それもそのはず。竜人の姿となったシャルは、完全な無敵状態になっているのだ。
(「とはいえ、暴れるのはここらへんまでかな」)
ブレスを吐きながらシャルは考える。
この形態は魔力を大量に消費する。それが尽きてしまえば元の姿に戻ってしまうばかりか、気絶までしてしまうからだ。
「そうなったら、今回の事件の原因にお説教できなくなるからね」
そうして魔力の消費を半分程度に抑えつつ、シャルは残る敵を蹴散らすのであった。
第3章 ボス戦 『仔産みの女神『クヴァリフ』』

『おやおや。あの者共らが我が仔となる者達を用意するというから来てみれば……』
海の底から、腹の奥にまで震わせるような声が響いた。
倉庫の外、海の中からザバァと巨大な水しぶきをあげて現れたのは、仔産みの女神『クヴァリフ』……この事件の元凶であった。
「まぁ良い。そこの√能力者達よ」
ぐにゃり、ぐにゃりと触手を揺らしながらクヴァリフは手招きをした。
「我が抱擁に包まれ、仔となるがよい」
クヴァリフは返答など求めないというような態度でにたりと笑った。
この女神こそが|王権執行者《レガリアグレイド》――。
強大なる異形との戦いの幕が今切って落とされた。
「まさか、神を見る機会を得るとは思いませんでした」
仔産みの女神『クヴァリフ』を見上げ、ノア・レムナント(方舟の残滓・h01678)が呟いた。
人を『仔』という名の怪異に変える存在――。
(「どのように取り込んだ人を怪異に変えるのか興味は尽きませんが……」)
そんな心境を察したのか、クヴァリフはにたりと笑って手を広げる。
『クハハ、妾の抱擁が欲しいか? ならば早く来るがいい』
ぐねり、ぐねりと揺れる触手がノアを誘う。だが、ノアは無言でブラスター・ライフルを構えて答えた。
「捧げものはないですが、弾ならいくらでもありますよ」
『つれないのぉ』
クヴァリフはケラケラと笑いながら、触手を鞭のようにしならせる。
『なら妾から抱いてやろうぞ』
ギョロリとクヴァリフの眼球がノアを一斉に睨みつけた。
それが戦闘開始の合図となった。
触手が唸りを上げて、地面に叩きつけられた。
ノアは間合いを測りながら、状況を見極める。
(「周りの触手は狙っても効果は薄そうです」)
というより、果たして通常兵器でダメージを与えることが可能なのだろうか? そんな疑念がよぎる。
瞬間、ふと背後に視線を感じた。
(「――しまっ……!」)
咄嗟に背後に視線を向けるノア。だがそこにあったのはクヴァリフの『眼球』のみ。
『ほぉれ』
ぞくりと背筋が凍る。眼球は牽制。本命は今目を逸らした瞬間の隙――。死角より青白い腕がノアに伸びる。
「くっ!」
ほとんど反射的に地面を滑り、ノアはその抱擁を脱する。間一髪。抱擁は空を切った。
『つれないのぉ』
ニタニタと笑うクヴァリフに、ノアは苦虫を噛み潰したような表情を向けた。
圧倒的強者。それが|王権執行者《レガリアグレイド》……。
この存在に対抗するためには火力不足かどうかなど、あれこれ考える必要はない。
「今出せる限界の火力でいきましょうか」
ノアが右手を掲げるとその手にいくつものヘビー・ブラスター・キャノンが呼び出される。
(「とかく戦いは数×威力……破壊力こそ正義ですからね」)
砲口を全てクヴァリフに向け、照準を合わせる。
「一斉……発射!!」
激しい轟音と地鳴りが戦場に響き渡る。
有無を言わさぬ一斉射撃、全砲口から容赦なく放たれた砲撃がクヴァリフを襲った。
『………!!』
激しい爆発が巻き起こった。土煙が吹き荒れ、火柱が上がる。
もうもうと燃え上がる黒煙に向かい、ノアはじっと砲口を向け続けた。
この程度で終わる筈はない。ノアの瞳に油断は一切無い。
(「少しはダメージを受けて欲しいところですが……」)
そう願った瞬間、炎の中で影が蠢いた。
『クハハ……やるのぉ』
炎の中から、のそり、とクヴァリフが現れた。触手の数本が千切れ飛び、本体にも傷らしきものが確認できる。
手ごたえはあった。この力は神に届いた。
ノアはその実感とともに、武器を構えなおすのであった。
戦場に轟音が響き渡る。
仔産みの女神『クヴァリフ』と√能力者が戦いを始めたのだ。
これまでに一般人の救出、その実行者たる狂信者達を退けてきて、残すはクヴァリフ一人。
だが、相手は|王権執行者《レガリアグレイド》。これまでとは格の違う相手である。
だからこそ、これは必然だったのかもしれない。
「待たせたな!!」
戦場で、そう叫んだ者がいた。
|空地《そらち》・|海人《かいと》(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)である。
「だいぶ出遅れたけど、状況はだいたいわかった! あのタコみたいなのをぶっ倒せばいいんだよな?」
海人はそう言うと、バッとカメラを取り出した。……否、それはカメラではない。
海人はカメラを腰に回し、それをバックルとした。さらに、各√の記憶を収めた『√フィルム』をそのバックルに差し込む。
「現像!」
直後、フィルムが海人の全身を包むように広がり、閃光の如く輝いた。
次の瞬間現れたのは『フィルム・アクセプターポライズ』。
そして√マスクド・ヒーローの記憶を|能力《ちから》に変えた基本形態『√マスクド・ヒーローフォーム』となったのである。
「ハァッ!!」
喚び出した新武装『閃光剣・ストロボフラッシャー』を手に、ポライズが駆ける。
「全部タコ刺しにしてやるぜ!」
ポライズが閃光剣を振り、触手や眼球を切り裂く。それらは容易く切断できたが、ポライズはどうやら少し攻めあぐねているようでった。
『おやおやぁ?』
クヴァリフはそんなポライズの姿に、ニタリと笑う。
『まったく……初心な男よ……ふふふ』
クヴァリフが何か可愛らしいものでも見るようにしながら告げた。
その様子に、ポライズはドキリとする。
(「強そうだし怖そうだし裸でエッチだし……女神本体は色んな意味でヤバそうだから、あまり近付かないでおこう……」)
そんな心の声を見透かされてしまったかのように思えたからだ。
『どうせ我が仔となるのだ。恥ずかしがらずともよいぞ?』
「だ、誰がそんなこと!」
思わずポライズが反論する。だが、実際本体に直接攻撃をする機会を見逃しているのも事実だった。
『お前が変身をしたのだから、妾も姿を変えねばなぁ?』
その隙を見逃さず、クヴァリフはその胎より、ずるり、と何かを生み出した。
「うっ……!?」
その光景に、ポライズが目を反らす。生まれたのはクヴァリフの仔であった。
その仔をクヴァリフは即座に取り込み、姿を変えてゆく。その姿は『未知なる生物』としか言いようが無く。
『さぁ、おいで……我が仔におなり……』
そう告げる言葉一つで、ポライズの身体がクヴァリフの元に引き寄せられてゆく。
「う、うぉっ!」
ポライズは引き寄せに必死で抵抗し、様子を伺う。このまま女神と肉薄すれば、きっと深手を負ってしまうだろう。
――だが。
「はぁぁっ!!」
ポライズはあえて、その場で跳躍した。空中にいてもなお、身体は吸い寄せられてゆく。
『さぁ、さぁ』
クヴァリフが両手を広げ、ポライズを迎え入れようとする。それこそが、大きな隙となった。
「今だ!! とぉーっ!!」
引き寄せられながら、ポライズは閃光剣の切っ先をクヴァリフへと向けたのだ。
『あぁっ――……!!』
引き寄せる力、落下する力、それらがすべて閃光剣に乗せられた。
そうして身体ごと突き立てた刃は、クヴァリフの心臓を見事に貫いていた。
「どうだっ!!」
剣を抜き、ポライズが距離を取る。心臓へのダメージを負ったクヴァリフは反撃もままならず、ぐったりとその場で俯いていた。
確かに致命傷だった。間違いなく、クヴァリフは死んだ。――だが。
『クハハハ……やるのぉ』
のそり、と身体をもたげて、クヴァリフが嗤う。心臓に出来た穴はみるみる塞がり、クヴァリフは吐き出した血を拭う。
何度死んでも即座に蘇生する力――。クヴァリフは『仔』と融合したことでそれを得ていたのだ。
『ごふっ……、ふふ』
「んっ……!?」
蘇りながらも、再びの吐血にポライズが反応する。
そう、今の一撃は無駄ではなかったのだ。クヴァリフは倒せない相手ではない。
確かにポライズは、クヴァリフの命を削ることに成功していたのだ。
強敵、仔産みの女神『クヴァリフ』との戦いには、多くの√能力者が集まり、激しい戦いが繰り広げられていた。
相手はたった一体の怪異。だが、|王権執行者《レガリアグレイド》たるその脅威は、他の√能力者とは明らかに一線を画している。
「おお……おぉっ!」
そんな女神に礼文は興奮を隠せずにいた。
「数多の眼球の蠢き、忘我を齎すという祝福、何よりも生命を生むその肚のメカニズム……!!」
これまでの戦いで見せた数々の技は、どれも礼文の知的好奇心を刺激するのに十分すぎるほど。
「ううむ、興味深い……もっとじっくり観察したい……!」
鼻息を荒くした礼文は、周囲を見渡してぶつぶつと呟く。
「もう犠牲になる人々は救出されている訳ですし、多少ゆっくりしていっても……」
と、そんな時。
「助太刀に来たわよ……ってデッカぁ……」
戦場に|萩高《はぎだか》・|瑠衣《るい》(なくしたノートが見つからない・h00256)が到着するや、クヴァリフの姿にあんぐりと口を開けた。
「他の√ってあんな化け物までいるの?」
半ば呆れたような口調で呟く瑠衣。√EDEN出身のうえ、他の√のことにまだあまり詳しくない瑠衣にとっては常識外れもいいところだろう。
だが瑠衣は怯まない。むしろ啖呵を切るようにクヴァリフを見上げて告げる。
「しかもなんか私たちを子供にしようとしてるって、モンペか何か?」
「仔……ふむ?」
瑠衣の言葉に、はっとして顔を上げる礼文。
「ああ、なるほど。仔にされては、死後蘇生も難しい訳ですな」
それに気付いて礼文は一瞬黙って。
「さぁ皆さん、邪神の魔の手からこの地の人々を守りましょう!」
調子よく腕を振り上げ、仲間達を鼓舞する。彼の逡巡を知ってか知らずか、瑠衣も頷き叫んだ。
「さっさといなくなって頂戴な!」
『さぁ、妾のもとに来るが良い。仔にしてやろうぞ』
「それがモンペって言ってんのよ!」
迫る両手から逃れながら瑠衣が叫ぶ。その周囲を飛び交う眼球が瑠衣をギロリと睨みつけ、その視線に気圧された瞬間を触手が降りかかる。
「うっ……!」
どすんと重みのある激しい一撃を咄嗟に躱す瑠衣だが、その衝撃は全身に伝わってきて、瑠衣はその身をよろめかせる。
『ほぉれ』
その瞬間、クヴァリフが迫る。
「まず……っ」
抱擁で身動きが取れなくなっては反撃もままならない。それだけは回避しなくては――!
「いらっしゃいませ空鬼諸君!」
その瞬間、礼文の声をともにいくつもの影が戦場に割って入ってきた。
それは予め礼文の呼びかけに応じて集結した『|次元を彷徨う怪物たち《トゥエルブ・ディメンショナル・シャンブラー》』であった。
空鬼は瑠衣の盾となり、クヴァリフに襲い掛かる。
「次元を跨ぎ、いらっしゃいませ」
慇懃に挨拶を交わし、礼文は空鬼達の指揮を開始する。
「助かったわ……」
抱擁から逃れた瑠衣がふぅと息をつく。これならば、と息を整えながら篠笛を手にクヴァリフを見やる。
『邪魔よのぅ……』
対し、クヴァリフは触手を振り回し、群がる蠅を扱うかのごとく空鬼たちを追い払っていた。
触手はぐねぐねと縦横無尽に動き続け、隙は少ない。だが、その本体は逆に落ち着き払い、それどころか瞳を閉じている。
「何をしているの?」
瑠衣が訝しんだ次の瞬間。クヴァリフが瞳を開いた。
『さて……』
ぞくり。戦場に広がる気配に、瑠衣と礼文の背筋が凍る。
『おいで、かわいい我が仔よ』
その言葉に応じ、クヴァリフの前に突如として異形が現れた。
海洋生物をぐちゃぐちゃに混ぜたようなグロテスクな見た目をした、クヴァリフの『仔』であった。
『邪魔な蠅は払わんとのう?』
まるでクヴァリフがもう一人増えたような威圧感だ。それもそのはず、その仔はクヴァリフと同等の戦闘力を誇っているのだ。
「これはこれは……!!」
冷や汗をたらりと垂らしながらも、眼を血走らせて礼文が感嘆する。いまだ恐怖よりも好奇心が勝っているということだろう。
『さぁ、我が仔よ、蹴散らそうぞ』
クヴァリフの指示に従い、仔が√能力者達に這い寄ってゆく。
「ですが、私たちは数が多いという利点があるのです」
礼文が空鬼たちに指示を出す。その能力は確かに礼文に劣り、また個体差もある。
それでも12体もの連携はクヴァリフといえど耐えがたいものがあろう。だが、相手もまた2体。戦力差は想定よりも拮抗しているようであった。
そんな時――。
――ピリリリリりりり……。
笛の音が戦場に響き渡った。
『耳障りな音よ……』
クヴァリフが不快そうな表情で瑠衣を睨みつけた。次の瞬間。
どん、と突如、クヴァリフと仔に激しい衝撃が走った。
『な、なにぃ!?』
|偽伝・鼓囃子《ツヅミウチモドキ》――。
瑠衣の篠笛の音色が、クヴァリフ達を震度7相当の震動を与えたのだ。
『何なのだ、これはっ……!!』
如何にクヴァリフが巨体といえど、震度7ものエネルギーには身体のバランスを崩さずを得ない。
(「眼球や仔たち共々、存分に揺さぶってあげる!」)
篠笛を吹きながら、瑠衣は礼文に目配せする。
(「思い切り攻撃しちゃって!」)
「助かりました。では諸君――」
礼文が空鬼に向けて腕を突き上げる。
「一斉攻撃です!」
その号令に従い、12体の空鬼が一斉に突撃する。
一斉攻撃は仔を破り、そのまま本体のクヴァリフへまで至る。
『う、うぅぅぁあっ!!』
空鬼たちの攻撃を受け、クヴァリフが痛みに悶えた。
√能力者達の連携は、強大なる女神を、その仔もろとも打ち破る一撃となったのであった。
「あぎゃあああ! 遂に出てしまいましたぁぁ!!」
仔産みの女神『クヴァリフ』を前に、斑猫はここ一番の悲鳴をあげた。
青黒く怪しく蠢く触手、海底の底から響く声、そしてこの怪異が|王権執行者《レガリアグレイド》という強者なのも恐ろしい。
「ひぃぃぃっ……3倍恐ろしいですうぅ……!!」
今にも気絶してしまいそうなくらいの恐怖が斑猫を襲う。だが悲しいかな、彼女の体質は彼女を夢の世界に誘ってくれることを許してはくれない。
とはいえ、こんなところで気絶しては悪夢も見れそうにない。斑猫はプルプル身体を震わせ、零れそうになる涙をこらえ、クヴァリフへと立ち向かう。
「アレがクヴァリフ? なんかすごいな」
対して光希は冷静に、しかし胸の奥に|兵《つわもの》としての震えを感じて口元が僅かに釣り上がる。
(「――どこまでやれるかな」)
そう思えばこそ、身体に熱が宿る。ぞくぞくと湧き上がる闘志に、光希は傍らの|影の騎士《シャドウナイト》に語り掛ける。
(「だからこそ――行こうッ」)
光希と影の騎士の身体が重なりあう。光希は影の騎士の鎧を身に纏い、大剣をその右手に、自身の|竜漿武器《剣》を左手に携える。ここに、不死の騎士が誕生した。
「い、いいい、いきますよぉっ!!」
「うん――!」
斑猫と光希、二人の√能力者が一斉に飛び出した。
「ふ、ふぅぅー……うぅぅー……っ!」
ズタズタチェーンソーのエンジンをブンブンと鳴らし、嗚咽混じりの荒い吐息で斑猫は戦況を確認する。
相変わらず斑猫は涙目でビビり散らしている。しかしそれとは裏腹に、その思考は非情なまでに冷静だ。それはこの戦いを『狩り』と捉えた彼女の本能だったといえよう。
正面から立ち向かうこと、単独行動は下策。それならば。
「来いっ!」
斑猫は手をかざして叫ぶ光希を見やる。
『ほぅ?』
クヴァリフの身体がぐい、と引き寄せられた。光希の√能力による引き寄せだ。光希は|空間ごと《・・・・》クヴァリフを引き寄せ、強制的に自身の間合いへと入り込ませた。
「はぁぁっ!」
引き寄せた瞬間を狙い、光希が両手に剣を構えて飛び掛かった。
まずは左手の剣を振り下ろす――が。
『くくく……策はそれだけか?』
「うぅっ!?」
触手が伸び、光希の剣を受け止める。その先端で搦めて奪い取ろうか――その瞬間、触手が根元からちぎれ飛んだ。
『なに?』
「あぁあーっ、ごめんなさいぃぃっ!!」
斑猫のチェーンソーの一撃が決まったのだ。斑猫は戦場全体をよく観察していた。だからこそ連携の一撃を叩きこむことが出来たのである。
結果、自由になった光希はすかさず右手の大剣をクヴァリフへと突き入れる。
『がっ……!!』
深々と突き刺さった刃に、クヴァリフが苦悶の表情を浮かべた。
(「けど……浅いっ!」)
光希は、左手の剣から触手を振りほどくと、もう一閃クヴァリフへと刃を走らせた。
『くくっ……はしゃぐでない』
刃はクヴァリフの肌を切り裂いた。だがこれも浅い。クヴァリフは残る触手をしならせ、光希を叩き伏せる。
「ひぇぇっ……!!」
その痛そうな姿に、斑猫が悲鳴を上げる。その間にクヴァリフは一度間合いを取り、嗤った。
『だが、確かに主らと遊んでやるには妾のみではちと骨が折れる』
すぅ、とクヴァリフは全身の力を抜く。その様子に、斑猫がとびかかる。
「そうはさせませぇぇんっ!!」
チェーンソーを振り回し、触手を次々に吹き飛ばしてゆくが、クヴァリフは慌てる様子も無く告げる。
『ほほほ、そう急くな』
そう言っている間に、クヴァリフは瞑想を終える。するとその傍らに海洋生物をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような異形が現れる。
『ほうれ、主らの兄じゃ。遊んでもらうがよい』
「だ、だだだ、だれが兄ですかぁ!!」
斑猫は距離を取りながら叫ぶ。すごく嫌そうな顔だ。
「仔になれと言われても、こんな毒親はごめんですぅう!!」
『わがままを言うでない』
諫めるように言うクヴァリフ。同時に異形が動き出した。
「わがままじゃ、ない……!」
『ほぅ?』
光希が立ち上がり、異形に刃を突き立てた。だが異形は止まることなく光希を吹き飛ばす。それでも光希は即座に立ち上がり、異形を引き寄せ反撃の一撃を刻んでゆく。
さきほどまで受けていた傷はまるで無かったかのように癒えている。光希の怯まぬ意思による斬撃が、その身体を奮い立たせているのだ。
『……なるほどのう』
反撃によって光希の傷が癒えているのを見て、クヴァリフが感嘆する。
そうこうしているうちに異形は制限時間を越え、虚空へと消えていった。
『なれば妾も本気を出さねばの』
クヴァリフは肚に手をやり、ふふ、と笑う。現れたのは、クヴァリフの新たな仔……。その仔をクヴァリフは自身の身体に取り込んで、新たな姿へと変化してゆく。
『ふははは、さぁ我が仔となれ』
新たな姿となったクヴァリフは、両腕を開き、招き入れるような仕草をとる。
「……っ!!」
光希の身体が引き寄せられる。まるで意趣返しのような力をもって、光希を抱擁する。
「が、あぁっ……!」
バキボキと背骨が砕ける音がした。命の灯火の消える音――しかし。
「……つよいな」
光希の瞳に再び光が宿った。口から吐いた血はそのままに、ぐっと腕に力を籠めて刃を振り上げる。
『うぐっ……!?』
なまじ近すぎたせいか、そして油断もあったか、光希の刃は深々とクヴァリフの身体を抉っていた。間違いなく致命傷であった。がくりと項垂れたクヴァリフであったが、光希がそうであったようにクヴァリフもまた首をもたげてくすくすと笑う。
『妾はその程度では死なぬ』
新たな姿となったクヴァリフには、いくつもの命が宿っていたのだ。
(「けど……斬れるなら、ダメージを与えられるなら」)
光希は守りを捨て、刃を振る。
(「いつかは倒せる」)
『むぅっ?!』
何度攻撃を与えても、何度殺しても光希は立ち上がる。
その都度に、クヴァリフの傷は増えてゆく。
『これは……っ』
とうとうクヴァリフが冷や汗を流した。
その瞬間。心臓を直接潰すような殺気がクヴァリフを包んだ。
「……蜻蛉の最高狩猟成功率は97%、ってご存知です……?」
『な、にっ……!?』
クヴァリフの背後に、離脱した筈の斑猫が潜んでいたのだ。斑猫はその身に『蜻蛉の外套』を纏っていて、先程までとは段違いに素早い動きを見せる。
これまでにクヴァリフの身には大きな傷がいくつも出来ていた。光希の愚直なまでの連続攻撃に、斑猫自身がつけたもの。その中でも一際大きな傷を睨みつけ、斑猫がチェーンソー剣を振り上げる。
その表情はそれまでの斑猫のものとはまるで違っていて、冷たく、鋭い。それは『狩る者』の顔であった。
ここに、クヴァリフと√能力者の立場が逆転した。
『あぁああああああっ!!!』
傷口を深く、深く抉られて、クヴァリフが悲鳴を上げた。
倒れないならば倒れるまで。倒されるたびに立ち上がる。√能力者達の捨て身の連続攻撃は、クヴァリフの命を着実に削ってゆくのであった。
『く、ふ、ははは……!』
√能力者達の怒涛の攻撃を受けて、仔産みの女神『クヴァリフ』の命は残り僅かであった。
まさか、と思わないわけではなかった。√EDENという楽園に、ここまでの抵抗力があったとはこれまで想像しえなかったことだからだ。
だからこそ、なお、欲しいと思った。
『欲しい、欲しいぞ……我が仔となれ……!!』
クヴァリフは肚の記憶から『最強の仔』を呼び出して√能力者達を威圧する。
そんなクヴァリフの前に、ゆっくりとシャルが歩み出る。
『む……?』
「あのね……」
シャルは立ち止まり、まっすぐにクヴァリフを見据えた。
その周囲に、ふわ、ふわと小さな雲が浮かび上がりはじめる。
攻撃をしてこない√能力者に怪訝な顔をしたクヴァリフ。そんな彼女に、シャルが告げる。
「誰しも自分の望まない考えの持ち主に変化したくないんだよ」
怪異という存在のうちいくつかは人間と似た姿をしている。しかし、おそらくまるで心理構造は違っていて、クヴァリフもまたそうであるのだと思った。
(「きっと彼女にとって仔を作るのは息をするのと似たようなもの――」)
シャルはそう考える。だが、それは人間にとっては簡単に受け入れられるものではない。
同時に、クヴァリフもまた人間の考え方を理解できないだろう。それでも言いたいと思ったのは「理由も無く、怪異だからといってクヴァリフを傷付けるのが嫌だった」というシャルの個人的感情に他ならない。
「だからボクは貴女を止めに来た」
『何を言っておる?』
クヴァリフは高圧的な態度で返す。
やはり、通じないか――。シャルは少し悲しい顔を見せると、即座にぷちクラウドを放つ。
語り掛けている間にも、ぷちクラウドの数は増えている。その数はクヴァリフが呼び出した仔を圧倒し、そのままクヴァリフへと向かってゆく。
『くく……くはは……妾が死ぬか……!!』
シャルの攻撃を受けて、満身創痍であったクヴァリフがとうとう崩れ落ちた。
『だが、ますます欲しくなったぞ……蘇りし暁には、次こそは……!!』
そう言い残し、クヴァリフの身体が消えてゆく。だが、彼女は√能力者。きっとどこかで蘇り、再び√EDENへの侵攻を企てるだろう。
「せめて……解りあった状態で別れたかったな」
簒奪者達との大きな隔たりを実感しながら、シャルは消えゆくクヴァリフを見送ったのであった。