竜の吐息は宝石色
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夜会。それは貴族の社交の場。√ドラゴンファンタジーにある冒険王国においても、冒険者から一国の主へと成り上がったのならば、周辺諸国との外交をうまくこなすことも義務の一つとなってくる。
今宵、城にて催されるは、そうした冒険王国の若き王女の社交界デビューのための宴。花々の満ちたダンスホールに居並ぶ貴族の子息令嬢は、それぞれに主役より派手にならないよう大小の宝石で身を飾っている。ゆくゆくはこの国の統治者となる娘が、継承者の証である大きな宝石のついたネックレスを身に着けてダンスホールに現れると、会場に飾られたどの花よりも華やかな美貌に皆がため息をついた。
給仕係であるドラゴンプロトコルの青年、ロレンスもまた、長年使えてきた王女が美しく着飾った姿に目を奪われていた。物語のような身分違いの恋などではない。幼少から見守ってきたお転婆な|姫君《プリンセス》が、立派な|淑女《レディ》となった姿に感服し、無上の喜びを感じているのだ。王国に仕える者全て、同じ気持ちでいることだろう。
そんな夜会が突如現れた魔物の群に襲われ、多数の死傷者を出すなど、誰が予想できようか。
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降りてきたゾディアック・サインは、魔物による夜会襲撃……そしてその裏にある喰竜教団の暗躍をレイシー・トラヴァース(星天を駆ける・h00972)に告げたという。
「てなわけで、ついに尻尾を掴んでやったぜ! 今回は被害が大きいうえに、喰竜教団の教祖が直々にやってくるらしい。奴らの悪事、丸ごとぶっ飛ばしてやってくれ!」
事件の概要はこうだ。とある王女の社交界デビューが、鉱石を主食とする魔物に襲われる。宝石を身に着けた貴族たちや彼らを守る警備兵、使用人らに被害が出ることが予測されている。
「ところがこいつは陽動だ。あいつら、魔物をけしかけて貴族たちを守らせといて、本当の狙いはドラゴンプロトコルの使用人ってことらしいんだ」
貴族たちの大半は人間かエルフで、使用人には獣人が多い。会場ではドラゴンプロトコルは珍しく、ロレンスを見つけることは簡単だ――もちろん、敵にとっても。
宴が行われるホールにも警備はいるが、彼らだけでは魔物たちの相手で手いっぱい、使用人まで守ることは難しい。
「けど、その場に√能力者がいれば話は別ってやつだ。まずは魔物の群をバシッとやっつけて、相手が予想してるより早く事件を解決する。そしたら、のこのこやってきた教祖様をぶっ飛ばして、ドラゴンプロトコル襲撃事件も解決だ」
魔物が現れるまでの間は、夜会に混ざっても問題はない。のちに貴族の仲間入りをする可能性があるため、√能力者はこの地域の貴族に歓迎されるのだ。
なお、この時点でロレンスに敵の狙いを告げる必要はない。事件発生後は王女を守るため共に避難する。だが、事件のことを先に知った場合、敵の狙いを逸らそうと単独でホールを離れてしまう。この場合、何が起きるかはわからないが、ドラゴンストーカー迎撃の前にロレンス捜索が必須となる。
「ちなみに、今回のテーマは花なんだってさ。花言葉にちなんだギフト交換とかもあるらしいぜ。あとは音楽聞いたりダンスしたり、飯食ったり……絶対おいしそうだよなぁ」
数秒ほど想像の世界に浸ったのち、レイシーははっと我に返った。
「あ、でも一番の目的はドラゴンストーカーの奴をぶっ飛ばすことだから、それは忘れないでな! じゃこれ冒険者向けの招待状な。無記名なんで自分の名前書いといてくれ。がんばってな!」
第1章 日常 『花と音楽の夜』

自分の名前を記入した招待状を見せれば、ダンスホールにあっさりと通される。さらに「冒険者様のご到着です」などと会場全体に知らされるのだから、慣れない冒険者であれば緊張することだろう。とはいえ、それさえ過ぎればよほどのことがない限り目立ちはしない。
冒険者の立場で参加したユーフェミア・フォトンレイ(|光の龍《ティパク・アマル》・h06411)は記憶を失ったとはいえ、高貴な者としての振る舞いは体が覚えている。軽食をマナーに則り汚さぬように食すなど当たり前にできること。
その青い瞳は警備の隙や侵入経路を見逃さぬように会場を見渡す。賊の類には警戒があるが、巨大な魔物が力任せに突入してくることは想定されていないのだろう。
ふと、目が合ったと思った貴族の青年がにこやかに手を振る。ユーフェミアの優雅な所作に惹かれた者が他にも数名いるようで、声をかける機会を伺っているように見えた。
(「あまり注目されると困りますね……」)
ユーフェミアにとっても、暗躍する喰竜教団は許容できる相手ではない。が、ドラゴンプロトコルの一人として注意を引いて敵を分散できないか……それを考える以上、事件に関係のない貴族がそばにいては……|高貴なる者の責務《ノブレス・オブリージュ》と称して守ろうとされては困る。
「少し、見てきました」
カフェバーにやってきた白・琥珀(一に焦がれ一を求めず・h00174)を『連れ』と判断したのか、貴族達の視線が逸れるのをユーフェミアは感じる。
「丁度いいところに。助かりました」
「丁度いい? ともかく、ダンスホールは私たちが入ってきた扉と、姫君が入ってくるであろう奥、それからそこのテラスしか出入口はありませんね」
琥珀はドラゴンプロトコルの使用人――ロレンスに、避難経路について聞いた時のことを思い出す。彼は微笑んで答えてくれた。
「そのようなことまで気になさるとは、さぞ腕の良い冒険者様なのですね。ご安心ください、有事の際は私どもが皆様を安全な場所へお連れ致しますので」
と、警備と避難は王家が責任を持つとしつつ、避難に使えそうな出入口を教えてくれたのだった。その内容はユーフェミアの見立てとも一致していた。
「それにしても、鉱石を、主食……」
琥珀は無意識に、見えるように身に着けた本体――ロイヤルアンバーの勾玉に触れる。代々の家宝ということにしてはいるが、本来こちらが琥珀なのだ。鉱石を求める魔物に対して囮として使えはするだろうが、砕かれれば一巻の終わりだ。
「何か、お飲みになりますか?」
少し心配そうなバーテンダーが琥珀に尋ねる。
「え、ああ、ではノンアルコールカクテルを」
「私もサンドイッチをもう一つ」
これから戦うことになるのだから、酒は入れない。花の宴に相応しいフローラルなカクテルと、香りづけのされたサンドイッチをつまみ、二人は襲撃に備える。
冒険王国の王を兄に持つジェラール・ラ・グランジュ(ラ・グランジュ王国の王弟殿下・h06857)にとって、後継者のお披露目となる夜会は当然招待されてしかるべきもの。雪割草をモチーフにした礼装に、コーラルのラペルピン。同伴する竜宮殿・星乃(或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)のドレスには桜草があしらわれ、首飾りにはネフライト。王家に連なる者とその同行者たる者、ドレスコードも完璧だ。
「ジェラール・ラ・グランジュ王弟殿下がご到着です」
重厚なドアが開き、目の前に華やかな会場が広がる。その場の全員の注目を一身に受ける。そんなことより。
(「星乃……解っているのか……?」)
互いの誕生花と誕生石、自らの象徴を身に着けることを許し合う関係。……当然、そう見られるはずだ。
星乃の提案ではあるが、どこまで意図しているかを掴みきれない。とはいえ今更着替えるわけにもいかず、ジェラールは星乃を伴い会場へと足を踏み入れる。
歓談することしばし。王女が姿を見せると、会場が沸いた。やがてダンスが始まれば、ジェラールは王女と踊らねばならない。星乃に目配せすると、それぞれに踊る相手の元へ。
星乃に声をかけてきたのは、近隣の冒険王国の貴族だ。しばし踊った後、近くにドラゴンプロトコルの使用人がいるのを見つけた星乃。
「申し訳ございません、少し疲れてしまいましたわ」
「それはいけない。……君! 彼女に飲み物を。それから休める場所へ案内してもらえるかね」
男は紳士的に使用人――ロレンスを呼ぶと、お相手頂き光栄だった、と言い残して、輪の中へ戻っていった。
一方、星乃がロレンスと接触するのを横目で見届けたジェラール。だがまずは王女の相手をせねばならない。
「ラ・グランジュ王国のジェラールです。兄王に代わり、ご挨拶にまいりました」
「お会いできて光栄ですわ」
作法に則り、兄に恥をかかせぬように。本人の魅力に絡めて国や王のこと、そして使用人まで一通り褒める。
「彼らも今日という日を喜んでいることでしょう。特にあそこにいる彼は、感極まっているご様子ですし。彼が私のパートナーを休ませてくれたようですので、後ほど是非お礼を」
「ロレンスですね。年が近いので、幼いころ良く遊び相手になってくれました。昨今、ドラゴンプロトコルの方が危険な目に遭うことが多いですから、私も心配で」
ゆえに、ドラゴンプロトコルの使用人はほぼ全員、暇を出したことにして別の場所で保護している。しかし彼だけは王女のそばに仕えることを望み、王はそれを許したという。
(「だから彼しかいないのか……」)
それでも、襲撃を受けるのだ。ジェラールは今一度、この場を守ろうという決意を固めた。
頃合いを見てダンスを申し込み、一曲踊って王女の前を辞す。ジェラールはテラスに星乃を見つけると情報交換を行った。
「ロレンスさんは優しい方でした。会場によく目を配ってはいますが、王女を見ていることも多くて」
「安全な場所への移動を断って、ここに残ったそうだからな」
本人は誤解だと言うだろうが、そういう想いがあると捉えられても仕方あるまい。そこまで考えたところで、星乃の首元に光る己の誕生石が目に入り、ジェラールはそっと目を逸らす。
「ともかく、冒険者を見つけてこの話を共有しよう」
「ええ。その前に先輩。一曲、踊っていただけますか?」
社交の場では交流の場、ダンスパートナーも入れ替わるもの。それでもひと時、二人で踊ることくらいは許されてもいいだろう。
会場には貴族はもとより、多様な冒険者も数多く訪れていた。同時に王侯貴族の一員として会場に入る者、冒険者らしい格好のまま訪れている者。集めやすい情報はそれぞれ異なり、ダンスを通じてそれらの情報が√能力者達に行き渡っていく。
眞継・正信(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)とルイ・ラクリマトイオ(涙壺の付喪神・h05291)も、正装で訪れることで貴族からも冒険者からも情報を集めていた。ダンスの相手の入れ替わり、歓談の場――それぞれに情報が交わっていく。
想定されている避難経路、ロレンス以外のドラゴンプロトコルはこの場にいないこと、彼の性格……通常最も警護が固い主賓とともに行動するだろうことは、√能力者達にとって共通の予想だった。
手早く情報収集を終えられた正信は、カフェバーの片隅でルイを見やる。
「予定外の動きを見せる様子もないし、この後は魔物の群れをバシッと退治する――うん、分かりやすくてありがたいね」
「ええ。しかし……」
この後に起きることを考えると、ルイの表情が沈んでしまう。輝かしい前途を祝う宴が、これから壊されるというのだ。使用人が犠牲になれば、王女は悲しむに違いない。
未来に心を痛める優しいルイへ、正信は安心させるように柔らかく諭した。
「今はまだ、戦う時ではない。風雅な夜会に交わるのだから、我々も宝石を纏おうじゃないか」
差し出したのは、薄緑の組紐に金の鎖と黄色のガーネットの飾り紐。蝋梅をイメージした品だ。蝋梅の花言葉は「奥ゆかしさ」。花と宝石のドレスコードと聞いて、ルイの性格にぴったりだと、正信が用意したものだった。薄い黄色の輝きが、ルイの青いストールに映える。
一方。ルイは正信へラペルピンを贈った。あしらわれた五つの赤い宝石を五本の薔薇に見立てる。その意味は「貴方に出会えてよかった」。ルイから正信への気持ちにふさわしい。何より、高貴なる吸血鬼である彼には真紅が似合うだろう。
「夜会の間だけでも、つけていてくれないかい?」
「もちろん。私からも一つ、お願いがあります」
「何かな?」
互いを想って用意した宝石を身に着け、ルイは微笑む。
「折角ですし一曲、お願いできますか?」
ルイが手を差し出すと、正信の手が重ねられる。ルイは白い祈りの衣を翻すと、ダンスフロアへと進んでいった。
第2章 集団戦 『鉱石竜「オーアドラゴン」』

ダンスホールの入り口がにわかに騒がしくなる。豪奢なドアを破壊し、守衛を吹き飛ばしながら飛び込んできたのはオーアドラゴンの群だった。本来鉱山に生息するこの飛べない竜は、いくら金銀宝石が集う場とはいえ冒険王国の城の中に現れることはまずありえない。……喰竜教団の仕業なのだ。
腹を空かした魔物たちは、貴族の持つ宝石に目を向けた。駆けつけた守備隊や冒険者の傭兵が間に入り、使用人が貴族らを下がらせていく。
混乱が長引けば、喰竜教団の思うつぼ。戦う力を持たぬ者が無事に逃げられるよう、そして喰竜教団の教祖が現れるまでに魔物を倒しきるために、√能力者たちは戦いを始める。
ドレスコードである宝石を身に着け、会場に紛れ込んでいた√能力者は他にもいる。シリウス・ローゼンハイム(吸血鬼の|錬金騎士《アルケミストフェンサー》・h03123)もその一人だ。由緒正しき血筋の吸血鬼……ではあるが、不意に目に入ったミニショートケーキに惹かれることもある。
シリウスがカフェバーへ向かったその瞬間、轟音とともにドアが吹き飛んだ。そして、青い鉱石の鱗を持つドラゴンたちが会場になだれ込んでくる。
「む、お出ましか」
シリウスがその錬金術で槍を錬成し、奥でサンドイッチを食べていたユーフェミアは何度目かのおかわりをしゅっと口に放り込む。
そしてユーフェミアは立ち上がって【魔術師の短杖】を構えた。
「ここは私たちに任せて、あなたも逃げてください」
「はい!」
「俺たちで守る。ここにいる人たちを連れて、慌てずに避難してくれ」
√能力者でない貴族や給仕の者たちを背に、ユーフェミアは素早く魔術を詠唱する。すると、足元に広がる魔法陣から小さな光の竜が生まれオーアドラゴンに攻撃を始めた。それらを宝石の反射と誤認する個体もあるのか、オーアドラゴンは光の竜を食べようとしたり、炎を吐きかけたりするものの、素早く飛び回る光の竜はオーアドラゴンを翻弄し、その力で攻撃を続けていく。
詠唱は素早く、オーアドラゴンは現れては消える光に対処しきれていない。だがその代償として、ユーフェミアはこの場を一歩も動けない。ゆえにシリウスは前に出て、ユーフェミアにも避難する貴族たちにも、敵を近づけさせない覚悟で戦う。
オーアドラゴンが身を丸め、ゴロゴロと転がってくる。とっさに回避するシリウスだが、その背後にあったテーブルや食器の類は、その上に並んでいたミニケーキと共に粉砕された。
質量を考えれば、受けることは非現実的、轢かれればひとたまりもなかっただろう。シリウスの脳裏に、ふと|Anker《おとうと》の怒り顔がよぎる。怒らせたくは――悲しませたくは、ない。シリウスはその赤い瞳で一体に狙いを定めると、|戦闘錬金術《プロエリウム・アルケミア》を起動し、槍を|対標的必殺兵器《ターゲットスレイヤー》へと変形させる。
岩をも砕く赤き槍が、オーアドラゴンを貫く。鉱石の欠片がキラキラと空を舞い、シリウスは一頭、また一頭と仕留めていく。
ふと、ぐちゃぐちゃに崩れたデザートコーナーを見る。今のところ人的被害は出ていないものの。
「デザート……食べ損ねた……」
苺の赤に惹かれた心を振り払うかのように、シリウスは背を向け、次の敵へ向かう。
会場中にいた、戦う力を持たぬ貴族達が全て一つの入り口から避難せねばならない。ロレンスら使用人が避難誘導を続けているが、それでも緊急事態に不慣れな貴人も少なくない。彼らを逃がしきるまでの間、敵を引き付けるのも√能力者の役割だった。
だから、琥珀は危険を冒して本体である|琥珀石《ロイヤルアンバー》を見せつける。普段であれば武器として変形させるその石を、囮とするために。
無論、琥珀の武器はそれだけではない。霊剣【須佐】を抜き払うと、古龍の力を下ろし、その刃でオーアドラゴンの鱗を貫いていく。吹き飛ぶ鉱石は深い青を湛えていて、シャンデリアの豪奢な光を深い場所で反射した。
「あの青い鉱石もなかなか興味深いんだけどなぁ」
石から生まれた付喪神である琥珀は、同類に近い鉱石に興味を持った。このオーアドラゴン達は飢えているからか、同胞から剥がれ落ちた破片まで食べている。落ち着いてからよく見られるように、いくらかは残っていてくれることを願って竜の鱗を砕き、仕留めていく。
(「それにしても、思ったより食いつきが悪いな……」)
琥珀は首をかしげる。オーアドラゴンに宝石を見せつけるように緩急を付けて動いているが、初めこそ食いついた様子の個体も、すぐに他の獲物を探し始める。
「ああ、琥珀は鉱石に入っていないということか」
宝石の仲間として扱われることも多いアンバーだが、その実態は化石化した樹脂だ。厳密には石ではないそれを、オーアドラゴンは見分けている……ということなのだろう。
「鉱石に……入っていない……!?」
その言葉に、ジェラールは息をのむ。先ほどから星乃ばかりが狙われており、ジェラールはほとんど攻撃されていない。それもそのはず、彼が身に着けた宝石……星乃の誕生石であるコーラルとは珊瑚、深海の動物由来のジュエリーだ。こちらも鉱石とは言えない。
(「だから餌と認識されないというわけか……!」)
星乃の首元のネフライトが煌めけば、ジェラールのそばにいたオーアドラゴンの一体がその光に引き付けられ、星乃に向かって突っ込んでいく。
(「……ごめんなさい、先輩。でも、先輩が狙われないから、私もオーアドラゴンたちとの戦いに集中出来るんです」)
その性格、あるいは立場から、ジェラールは星乃を守ろうとするだろう。だがそれが時に足かせとなる場合もある。例えば、敵を引き付けてまとめて殲滅するつもりの時だ。
「轟嵐竜顕現! ひた疾れ、バーストストリーム・ドラゴン!!」
|竜宮殿式・轟嵐竜詠唱《ドラグナーズ・ロンド》により召喚された翡翠色の竜が会場に嵐を巻き起こす。星乃はそれに飛び乗ると、オーアドラゴンを一か所に集め始めた。
ジェラールはそれを見上げることしかできない。……否、まだすべきことがある。耳に届いたかすかな男のうめき声を、ジェラールは聞き逃さなかった。その音の方へ駆けよれば、男が一人、腰を抜かして取り残されている。
「く、くるな、私を食べても美味くないぞ」
オーアドラゴンの一体が、男に――正確には、男の大きなルビーのブローチに狙いを定めている。ジェラールは迷わずそのジュエリーをむしり取った。
「あっ!? 何をする!」
ともすれば王女のそれより目立ちかねない品を選ぶセンスも信じがたいが、この期に及んで『たかが石ころ』に執着する姿勢もジェラールの神経を逆なでする。
ジェラールは躊躇なく、ルビーを投げた。その先には星乃と竜が作った嵐がある。オーアドラゴンは風に乗った赤い輝きに惹かれて、自ら背を向けそれを追っていく。
「なんてことを! あ、あれは命より大切な家宝なんだぞ!」
ルビーを追おうとする男を、ジェラールは引き留めた。
「石ころに自分の誇りを委ねるな! そんなものが無くても輝ける自分を生きて証明しろ!!」
ジェラールは強引に引きずって、男を城の奥へと連れていく。星乃はそれを竜の上から見送ると、周囲に避難を要する者がいなくなったことを確認、攻勢に移る。
「ゲイル・スパイクッ!」
竜の吐息に乗って加速し、飛び蹴りの衝撃でオーアドラゴンを一気に蹴散らす。本来上品なドレス姿でやることではないが、そうも言っていられない。
「お目汚しですが……何卒ご容赦を」
名家の令嬢星乃と、冒険者ステラ。二つの顔が交錯する。大規模な衝撃波はオーアドラゴンをまとめて吹き飛ばし、星乃は次の敵へと向かっていった。
先ほどまで豪奢な調度品であった破片、鉱石の鱗に削られた壁、食いちぎられた花……散乱した瓦礫の中を、オーアドラゴンが暴れまわる。自身の巣であるかのように我が物顔で闊歩する鉱石竜を、ルイは苦々しく思う。
「生命あればこそ、ですが……モノにも心はありますからね」
付喪神であるルイからしてみれば、やがて同胞となるかもしれない品々を破壊しつくされて心が痛まぬはずもない。
正信は家具をかじっては捨てる鉱石竜の姿を見て、よほど空腹なのだろうと推測した。
「本来の住処からここまで連れて来られたのなら、さぞかし腹も空いているだろう。だが、ここには君達の食べるものはないのだよ」
あったとしてもささやかな宝石の類のみ。目玉となりうる王女の宝石は、本人、そしてロレンスとともにとうに逃げおおせている。それでさえ、この場に殺到した魔物全ての腹を満たすにはまるで足りないだろう。
「引き付けるから、頼むよ」
「お気をつけて」
二人は互いに贈りあった宝石を示し、オーアドラゴンの興味を引く。とはいえせっかくの贈り物、食べさせるわけにはいかないが。
三秒間の詠唱とともにウィザード・フレイムを生み出した正信は、転がりながら襲い来るオーアドラゴンから身をかわし、あるいは炎をより強く発光させて目潰しをする。可能な限りその場にとどまり、乱れた足場を整える必要もある。
「正信さんには近づかせませんよ」
|千里を駆けるあい色の影《カゲヒメ》をまとい、ルイは流れるようにオーアドラゴンを引き寄せ、闇撫の爪先で触れていく。オーアドラゴンを一体、また一体と倒し、その間に正信のウィザードフレイムが破損した床を修復、足場を整えていった。
(「これなら……!」)
巨体の勢いを活かす鉱石竜を、√能力で引き寄せて攻撃していくルイ。もはや足元を気にする必要もなく、持ち前の速さを十全に生かした闘いを進められる。対して正信はその場を動けないが、肉薄するオーアドラゴンには犬型の死霊【Orge】をけしかけて対抗する。
やがて、最後のオーアドラゴンが排除された。だが事件はこれだけでは終わらない。正信は床の修復を続け、ルイも警戒は解かない。黒幕は、これから現れるのだから。
第3章 ボス戦 『喰竜教団教祖『ドラゴンストーカー』』

静かになった会場に、足音が響く。
「想定より事態の収束が早い……愛しきドラゴンプロトコル様も、この場にはいないようですね」
瞑目し、わずかに悔しそうに語るドラゴンストーカー。
「ならば機会を改めるとしましょう、皆様を排除した後に……」
√能力者達が退けば、この狂える教祖は再びロレンスを追い、襲撃するだろう。この場で彼女を撃破し、企みをくじかねば。
喰竜教団の教祖、ドラゴンストーカーは√能力者達に狙いを定める。
ルイがかつて遭遇した時、教祖はドラゴンプロトコルでない者など歯牙にもかけぬ様子だった。
「目に留めていただけるのは光栄なこと……」
ルイが前に出て、ドラゴンストーカーの前に立ちふさがる。避難した人々を思えば、こちらに注意が向いているのは好都合。
「思い上がりを……路傍の石でもつまずきかねねば排除する、それだけのこと」
√能力者を排除するべき敵と定めたとはいえ、ドラゴンプロトコル以外眼中にないのは変わりないようだ。
「嗚呼、愛しきドラゴンプロトコル様。邪魔者を排除したのち、必ずやお迎えに……」
「いいや。少なくとも今日は、君にその機会は得られまいよ」
正信もまた、ドラゴンストーカーと奥の出口の間に入る。教祖はそんな二人に冷たい一瞥をくれると、邪魔だと言わんばかりに大剣を振るった。ルイは再び思念集合体:影媛の力を得ると、蹴撃に闇撫の爪先を宿し攻撃を仕掛ける。
「ここから先には行かせませんよ」
ドラゴンストーカーは離脱を試みるが、ルイの√能力により、間合いに引き寄せられる。
「小癪な……そちらにもドラゴンプロトコル様がいらっしゃるというのに」
この場にいるもう一人のドラゴンプロトコル……ユーフェミアにはしかし、教祖の声など届いてはいない。|私は『存在』する《テトラグラマトン》により一時的に光の真龍の姿を取り戻したユーフェミアは、光となって上空へ消える。
「ああ……!」
恍惚の表情で手を伸ばすドラゴンストーカー。しかし、その光に手が届くことはない。「|祈り《テフィ・ラー》と|真理《エメト》……|強き光《イル・オール》」
囁くように厳かに、ユーフェミアの声が光となって降り注ぐ。
これこそ、ドラゴンストーカーが目指す姿の一つ。狂える教祖はその光に身を焼かれながらも、それに近づこうと自らもインビジブルを呼び集める。……だが、呼び集めているはずのインビジブルが思うように集まらない。
「尊きドラゴンプロトコル様、ただひと時だけでなく、私どもの力で永久に、一つに……! そしてわたくしどもを阻む全てを焼きつくすのです!」
「すまないが、それはさせられないな」
インビジブルのうちのいくらかは、正信の制御下に置かれている。自身を食らわせることもかなわぬまま、狂気的なまでに真竜を求めるドラゴンストーカーの姿はまさに狂信者と言って過言でない。
それでも、正臣の制御を抜けドラゴンストーカーのもとへとたどり着くインビジブルが現れる。正臣は無数の小さな蝙蝠をその奔流に紛れ混ませると、僅かずつながらも幾度も攻撃を仕掛け、敵の身を削っていく。さらにOrgeをけしかけ、ルイがインビジブルから引き離そうと試みる。
そのために、かなりの時間を要し、体力の消耗も激しいが。教祖はやがてインビジブルにその身を食らわせ、|真竜《トゥルードラゴン》が現れる。
「君が倒れるとすれば、それはただの敗北だ。けして尊い竜にはなれるまいよ」
「誰が……倒れると……?」
やがて仮初めの真竜が、ダンスホールに現れる。
「わたくしどもこそ……皆様を真竜へと至らしめる者」
「我は|ただしき者《ツァディ》、そして|神《エル》である」
光と灼熱が、夜会の会場だった場所を支配する。それはひと時、仮初めとはいえ、真竜と真竜のぶつかり合いでもあった。
喰竜教団の主と何枚も壁を隔てた城の奥。警護の兵や傭兵として雇われた冒険者たちが警戒と安全確認を行い、貴族たちは不安そうに周辺を見渡したり、安全確保を待ったり……その一団の中に、ジェラールの姿もあった。
もとより√能力を持たないジェラールが、教祖と対峙してできることは少ない。むしろ星乃の手を煩わせてしまうだろう……それが分からぬジェラールではない。では、今この場で自身にできることは……そう考えたとき、緑の瞳は自然とロレンスの姿を探していた。
「失礼……王女殿下のご様子は?」
「このようなことになってしまって、ずいぶん……驚いてしまったようで」
少し離れた王女の表情は窺い知れないが、ロレンスが慎重に言葉を選んでいることを鑑みれば、かなり憔悴しているであろうことは想像に難くない。
「俺にも兄が居るから解ります。緊急事態の時、気心の知れた頼れる人が傍に居る力強さを。我々のことはお気になさらず。王女殿下を一番に」
「お心遣い、傷み入ります」
真面目な気質のロレンスのこと、急にこの場を離れたりはしないだろうが……ジェラールは引き続き、ロレンスの動向に注視する。
一方。ダンスホールでは教祖との激しい戦闘が続いていた。真竜降臨により巨大化した無敵の真竜。それに対抗しながら、星乃はジェラールを想う。
(「騙す形になったこと、きちんと謝るためにも……!」)
互いの誕生石を身に着けることを提案し、ジェラールが鉱石竜に狙われぬようにした。守るためとはいえ、ジェラールが√能力者でないとはいえ……彼の本意ではなかっただろう。だが、ドラゴンストーカーが目の前に現れた以上、撃退せずに彼の元へ行くことはできない。
「舞い上がれ、ダイヤモンドダスト・ドラゴン!!」
星乃は|彩氷竜《ダイヤモンドダスト・ドラゴン》を召喚し、真竜の姿となったドラゴンストーカーと対峙する。
(「|オーアドラゴン《こいつら》のボスか……」)
シリウスは足元に転がる鉱石を錬成槍の石突で転がすと、巨大化したドラゴンストーカーに挑みかかった。大剣による薙ぎ払いを潜り抜け、詠唱錬成槍を突き刺し錬金毒を流し込んだら、反撃は受けとめずに躱し、下がっては隙を見つけて再び懐に潜り込む。
(「|甘味《ミニショートケーキ》の恨み……いや」)
それも正直、あるにはあるが。
「これ以上被害は出させない!」
果敢に攻め込む理由は、一つではない。
輝く氷の息吹によりドラゴンストーカーの動きは鈍り、徐々に錬金毒が回っていく。
「今です、融合を!」
星乃は彩氷竜に願い、ドラゴンストーカーとの一体化を試みる。己ならざる者に侵食され、自由を奪われ、悲痛な咆哮を上げる真竜。それは殺害し肉体を奪う形で融合し、身勝手な『善意』を為してきたことへの意趣返し。
何より……。
「感じるでしょう? ――あなたの悪行に対する彩氷竜の怒りを!」
動きの鈍った敵に、シリウスが槍を構えて急所を狙う。頭を潰されて活動できる生物は少ない。彩氷竜の融合が進み、ほぼ静止している相手であれば、如何に高い場所でも――シリウスは槍を構える。
「決着だ!」
「少しは悔い改めなさい!!」
蒼白金の竜が完全な融合を果たしドラゴンストーカーの体が氷に包まれる。次の瞬間、投擲された錬成槍が真竜の顎から頭を貫き、氷ごと砕け…………狂える教祖の肉体は、数多の氷片となって輝き、消えていった。