シナリオ

狸が鼓を打てば蛇神舞う

#√妖怪百鬼夜行 #マガツヘビ #マガツヘビの掟 #5月16日23時59分に締切ます

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 #√妖怪百鬼夜行
 #マガツヘビ
 #マガツヘビの掟
 #5月16日23時59分に締切ます

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 ――√妖怪百鬼夜行、讃岐高松城城下。
 √EDENにおいても玉藻城の別名を持つこの城は、広大な内堀に海水を引き入れるという独特な造りを持つ海城として知られる。
 天守閣こそ失われてはいるものの、水手御門は直接海に向けて開く海城独特の門として全国唯一の現存例として学術的価値も高く。
 また、三重櫓として造られた着見櫓は多くの破風に窓の長押型など、装飾性の高い、美しい城である。
 その様な美しい海城の城下に不釣り合いな、怒号の様な咆哮が響いた。
「|峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!《GAOOOOOOOOOOOOOONNNN》!!!!!!!!!!」
 ――マガツヘビ。
 全ての妖怪たちに伝わる『掟』に討ち滅ぼすべしと伝わり、無限とも称される妖力を備えた、あらゆる妖怪に危険視される超強大な古妖である。
 その復活したマガツヘビの姿を、天守より一匹の狸の古妖が苦虫を嚙み潰した様な表情で窺っていた。
「マガツヘビめ。よりにもよって、儂の膝元である四国に現れようとは。」
 狸の名を隠神刑部。八百八狸の総帥であり、かつては伊予松山城の城主を務め、四国を制覇したとも伝わる古狸だ。
 本来は城主の経験に違わぬ将才、そして変化と謀略を得意とする強力な古妖ではあるが。
 そんな彼でも、自力でマガツヘビを討つ事は不可能であると即座に判断した。
 となれば、将の判断は早い。配下の狸を呼び出すと、その命を伝える。
「誠に業腹ではあるが、我らの側でない星詠みに伝えて参れ。
 ――讃岐を守るべく、『掟』に従い助力を乞う、と。」


「というわけで、√妖怪百鬼夜行の高松で隠神刑部が待ってるにゃ!」
 にゃっ!と切り出したのは瀬堀・秋沙。今日も今日とて浮かせた箒を椅子がわりに腰掛けている。
 何が『というわけ』かはわからないが、いきなり古妖の名を出し、色々と端折っているあたり。緊急事態には違いない。
「|猫《わたし》たちの√妖怪百鬼夜行には、『全てのあやかしよ、マガツヘビを討ち滅ぼすべし』って掟があるにゃ!
 そのマガツヘビっていう、とんでもなく強い古妖が復活しちゃったみたいにゃ!」
 秋沙曰く、その強さは古妖の『椿太夫』ですら『古妖の力だけでは到底足りず、皆の力を結集せねば、勝利は夢のまた夢』と評するほど。
 そう、マガツヘビという強敵の前には、デモクラシーに加わった妖怪や古妖という垣根は無い。掟の『すべてのあやかし』には、古妖も含まれているのだ。
 それで今回は『掟』に従い、隠神刑部が助けを求めて来たという訳だ。

「城を拠点に、刑部の部下の八百八狸たちが奮闘してるんだけどにゃ!国道30号線沿いに攻め寄せて来る小型マガツヘビの群れの相手で手一杯にゃ!突破されるのも時間の問題にゃ!」
 作戦の概要は以下の通りとなる。
 先ず、第一段階として国道30号沿いに北上して来る小型マガツヘビの群れを隠神刑部、そしてその配下である八百八狸たちと共に撃退する。
 第二段階として、城より打って出てマガツヘビ本体に逆撃を加える。
 第三段階として、マガツヘビの討伐に成功した場合、その封印の儀を執り行う、とのこと。

「マガツヘビは、おつむに難があるようだけどにゃ?それを補って余りあるほどのパワーの持ち主にゃ!
 隠神刑部の策や高松の城や町割りをうまく使って、みんなで無事に帰ってきて欲しいにゃ!
 あ、あと隠神刑部から追伸にゃ!『封印の儀は無礼講である。月見櫓にて宴を催し、一差し舞おうぞ。』との事にゃ!」
 ――それでは、いってらっしゃいにゃ!
 ぺっかり。灯台のような笑顔が、強大な敵に立ち向かいにゆく√能力者たちの背中を押した。

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第1章 ボス戦 『隠神刑部』


 ――高松城城内、隠神刑部本陣。
「マガツヘビめ、力任せに防衛網を突破しおって。勢いに乗った莫迦は、手が付けられぬ。」
 城下には小型マガツヘビによって破壊された余波であろうか、火の手が上がり。
 八百八狸が慌ただしく駆け回る中、陣を構えた古狸の元に次々と戦況の悪化を知らせる情報が舞い込んでくる。
「伝令!マガツヘビの群れを抑え切れず、番町を通過したとの由!」
「伝令!敵の一部が金毘羅街道に流入!至急応援を乞うとの由!」
 緊急報告の洪水に、さしもの隠神刑部も疲れたように眉間を揉んだ。
「番町の狸どもは今少し時間を稼げ。兵庫町、寿町の陣が落ちれば終わりぞ。
 一般の妖怪は下がらせよ。彼奴らは一度死ねば終わり、民を無為に死なせるわけにはいかぬ。
 船は用意しておるな?小豆島ならば、多少の逃れる時間は稼げよう。」
「へい、親分!しかし、連中、この街のために、『掟』に従って死ぬまで戦うと……。」
 八百八狸が一匹の言葉に、狸はひと時、目を丸くし。
 ふん、と鼻を鳴らした。
「莫迦者共め。……戦意は結構、それでも下がらせよ。枕を並べて討死など、今どき流行らぬ。
 ――ああ、それに。……来たぞ、我らが後詰が。」
 城内に現れた√能力者たちを見遣ると、古狸は床几を立ち、直々に頭を下げた。
 互いに遺恨は有れど、将としての礼を失する事の無い威厳が、この古狸にはある。
「此度の増援、祝着至極に存ずる。誠に忝い。
 ……早速ではあるが、貴殿らには兵庫町の防衛をお任せしたい。番町を抜かれつつある今、恐らくはこちらの防衛網も直に食い破られよう。」
 √能力者たちに地図を示すと、瀬戸大橋通りと目と鼻の先の区画を扇子で示す。
 成程、此処を抜かれてしまえば、本陣である高松城や、駅の失陥は免れないだろう。
「そうなる前にマガツヘビの群れ共の撃退をお願いしたいが、出来るか。
 無論、我が手勢も付けよう。貴殿らの下知に従うよう言い含めておる。
 ――何としてでも、港を死守せねばならぬのだ。」
 古妖は最悪の事態に備え、一般の妖怪たちの退路を確保し。その避難の時間を稼ごうとしている。
 その意を汲んだ√能力者たちは大きく頷くと、八百八狸たちとともに、大手門より打って出た。

※Caution
・この戦いでは、八百八狸たちが√能力者の増援に加わります。
・使用する√能力は『隠神刑部』のものに準じますが、本人に比べると威力は落ちます。
・√能力者たちの指示には余程のものでない限りは従いますので、陽動や援護などにご活用ください。
シアニ・レンツィ

 瀬戸大橋を介し、岡山県と香川県を結ぶ国道30号線。
 この道は高松城の南、中新町交差点が終点となる。
 シアニ・レンツィ(|不完全な竜人《フォルスドラゴン・プロトコル》・h02503)が高松城を拠点に防衛陣を敷く隠神刑部との邂逅を果たした時、終点から先の国道11号側の稲荷山、栗林公園方面には濛々と黒煙が上がり、古狸の配下たちが慌ただしく駆け回っているところであった。
「ひどいことをする古妖も見てきたから、複雑な気持ちが無いわけじゃあないけれど。」
 実際、この隠神刑部もまた、その多くの肉片が|悪逆の限りを尽く《ひどいことを》し、方々で√能力者たちによって討伐されている。
 その彼が同胞たちの退路を確保せんと奮闘している姿に、シアニは翡翠の目を丸くした。
「それでも今、自分以外の誰かの為に頑張ってる姿を見せられたらさ、もう好きになっちゃうじゃない。そんなの。」
 そんな、素直な言葉が聞こえたのであろうか。古狸は、ふん、と鼻を鳴らし。毒気を抜かれたのであろうか、それとも照れ隠しであろうか。
 さっさと行って参れ、とでも言うように、閉じた扇子を城門に向けて示して見せた。
 そんな仕草に、彼女もまた面白おかしそうにくすくすと笑い。自身の身長程はあろうかという戦鎚を肩に担いで、気合を入れ直す。
「任せて、タヌキのおじさん。どうにか食い止めてみる。」
 八百八狸たちを伴い、青鱗を煌めかせ。竜人の少女が城門より打って出た。

「リーダーはあたしと、緑竜のユア!八百八狸ちゃん達にもそれぞれついてきて!」
「かしこまりやした。我らが『掟』と主命に従い、お供いたしやす!」
 寿町に控える狸たち、彼らの腹鼓による激励を受け。
 シアニは隊をふたつに分け、黒いマフラーを風に靡かせ駆けていた。
「えーい、数には数!みんな集合ーっ!ドラゴン会議、はっじまっるよー!」
 彼女の√能力【|幼竜の集会所《サモン・ミニドラゴン》】でミニドラゴンの群れを呼び出しているため、彼女の指揮下にある仲間は多い。
 分裂してなお並の古妖の肉片ほどの強さを持つ小型マガツヘビたちに、数で対抗しようというのだ。
(素敵な商店街もあるし、守りたいなぁ……。)
 兵庫町商店街の白く立派なアーケードを横目に見ながら、シアニはふと思う。
 もう春の陽気が進んで久しく、肉まんを食べる様な季節でもないであろうが。食べ歩きをしたら、きっと楽しい事であろう。
 そしてその商店街の賑わいを地元の妖怪たちも誇りに思っている事であろうし、その楽しみを暴力の化身の様な敵に破壊され尽くす訳にはいかない。
 そのためにも、今は崩壊しかけながらもなんとか持ちこたえている番町の補強が優先だ。
 そして恐らくは、此処から先の乱戦、そして連戦は一瞬たりとも気の抜けない状況の連続となるだろう。
 シアニは駆けながら、大きく息を吸い込んだ。そして力強く、拳を天に突き上げて見せる。
「がんばろー!おー!」
「「「「応ッ!!!!」」」」
 竜人の少女の鬨に、狸たちの威勢の良い声、そして幼竜たちの鳴き声が続き。
 シアニは崩壊しかけながらもなんとか粘っている番町の戦場に、文字通り、戦鎚のフルスイングを以て殴り込んだ。

「峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!」
 ユア隊……緑色の幼竜を中心とした小竜たちの火球のブレスと、そして狸たちが神通力で飛ばした瓦礫や倒木、破壊された車などが、小型マガツヘビの群れに降り注ぐ。
 愚鈍であり、その上分け身となった小型マガツヘビであっても、その力はあまりに強力だ。
 生半なダメージでは、聊か通りが悪い。――が。
「シアニ殿、俺たちの神通力は効果覿面でさぁ!」
「さっすがぁ!なら、どんどん撃ち込んでいって!」
 【周囲のものが別のものに見える化かされ状態】に陥ったことで、分け身たちに混乱が生じている。
 幾ら愚鈍と雖も、味方は攻撃しない。味方が増えたのなら、突き進めば良い。それくらいの意識はある。しかし、その味方が『何故か』攻撃してくるのだ。
 彼らに指揮を執ることが出来る個体がいれば、味方を巻き込んで攻撃するなり、無視して突き進むなり、何らかの方針を定め、『何故か』に対する策を講じることも出来たであろう。
 しかし、敵はただの群れ……ただ強いだけの、烏合の衆である。
「今だよ!みんな、体勢を整えて!」
 シアニの号令の下、この混乱の隙に乗じて、元より番町を守っていた狸たちが陣の再編成を試み始める。
「峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!」
 その最中、ユア隊の射撃を偶然か、強引にか。潜り抜けて来た小型マガツヘビが、組み直したバリケードをその剛腕で以て破壊し、突破を試みんとした。
 神通力による混乱はあれど、それは狸たちが味方に見えているだけのこと。
 バリケードを構成する障害物は、障害物として見えているのであろう。破壊にも一切の躊躇いが無い。
 しかし。ぎしり、と。その腕が止まった。
 その腕に絡みつくのは、地面より伸びた、魔力の鎖。じゃらりと音が鳴るばかりで、マガツヘビが幾ら腕を動かそうと試みても、びくともしない。
 幾度も愚直なまでに動こうと試みる、そんな敵の横っ面。
「このハンマーで……びたーん、だ!!」
 巨大な鉄塊が殴りつけ、意識を刈り取り。小さな十二神将に化けた狸たちが、動かなくなったマガツヘビの身体をその手に持った槍や鉾で突き殺してゆく。
「大丈夫、マガツヘビだって倒せる敵だよ!みんな、頑張ろう!えいえい!」
「「「「「おおおおお!!!!」」」」」
 ここぞとばかりにシアニが挙げた、鬨の声。
 狸と妖竜たちが唱和し、腹鼓が戦場を震わせる。
 強大な古妖への逆撃の一手が今、竜人の少女によって打たれたのであった。

小明見・結

 ――番町の戦場に、混乱が生じている。
 √能力者という増援により陣の再編が試みられ始め、兵庫町や寿町に抜けていく小型マガツヘビの数がにわかに減少し始めたのだ。
 その最中。より大きな混乱を生む攻撃的な策が一手。この戦場に辿り着いた√能力者の手によって今、打たれようとしていた。

「町の人たちを守るためなら、私も全力を尽くすわ。」
 ひと時前。城内に現れた|小明見・結《こあすみ・ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)は戦いを厭い、話し合いによる解決を望む、穏やかな気性の持ち主である。
(できれば、マガツヘビって古妖とも戦いたくないけれど。どうも対話ができそうな感じじゃない、かしら。)
 星詠みならずとも、√能力者たちが稀に幻視するという、予兆。結もまた、それを介してマガツヘビを見たのであろう。
 言葉を解すると雖も、愚鈍且つ王劍『天叢雲』を得る事しか頭にないマガツヘビに、話は通じない。彼女はそう結論付けた。
「私個人は古妖に因縁もないし、協力してくれるなら願ったりかなったり。狸さんも協力してくれるのね。」
「へい、本陣を離れられぬ主人に代わり、我らがお供いたしやす!」
 威勢よく応じる狸たちとは対照的に、話が通じず、その上放置しておけば高松の街を破壊し尽くすであろうマガツヘビを放っておける道理はない。
 ロングブーツの踵をかつりと鳴らし、若葉色の精霊と八百八狸たちを伴って。心優しい魔術士は城門より出陣したのであった。

 番町の防衛線に結が到達した時、既に小型マガツヘビたちは攻撃を迷う素振りを見せるなど、力任せの積極攻勢が緩み、混乱が生じていた。
「一体一体が強力なら、一気に来られると止めるのは難しそう。」
 幾ら現在の敵がただ強いだけの烏合の衆と雖も、一斉に群れを為して襲い掛かられた場合の破壊力は、この戦いの戦況が物語っている。
 √能力者たちの力を上回り、更には策謀を得意とする強力な古妖である隠神刑部。その策すら力任せに打ち破り、√能力者たちの増援までの時間稼ぎに追い込む程なのだ。
 幾ら『矮小なる頭脳』と呼ばれようとも、油断など出来る相手ではない。
 ……いや、油断ならぬ相手なら、その相手をもしも敵にぶつけられたのなら、どうなるであろうか。
「……化術で攪乱ってできるかしら。相手同士で戦わせたりとか。」
 結が思いつき、狸たちに提案したその一言が。やがて番町や、その他の戦場の小型マガツヘビたちに、甚大なダメージを生じさせることになる。

 さて。小型マガツヘビは、分け身と雖も並の古妖に肩を並べるほどの力を持つのは、幾度も述べた通りである。。
 √能力者たちや、八百八狸では一体を倒すにも骨折りを強いられるその力。
 |味方《マガツヘビ》に変身したら、その力を積極的に振るう事を防ぐことが出来た。ならば。
「結殿の策、中々エグいハマり方してやすねぇ。」
「なんてこった。大人しい顔して、おっそろしいことを考えやがる……。」
 その結果を見て、その策に乗じた狸たちもまた口々に、感嘆と畏れの入り交じった吐息を漏らした。
 ――戦場に突如発生した、小型マガツヘビたちによる、凄惨な同士討ち。
 結や狸たちから見れば、小型マガツヘビ同士が殺し合っているようにしか見えないが。
 狸たちの神通力により、今の小型マガツヘビたちには周りのすべてが狸に見えているという絡繰りだ。
 狸ならば力を振るうのに理由はいらない。咆哮と共に振るわれた腕が、|狸《マガツヘビ》の肉体を容易に引き裂き。
 その引き裂いた|狸《マガツヘビ》を、別のマガツヘビが振るった尾がその身体を圧し折り吹き飛ばす。
「後は、相手が分散するように時間稼ぎをしましょう。」
 同士討ちが始まっても、まだまだ中央公園に沿った国道11号側から国道30号へと、次から次へと戦場に小型マガツヘビたちは供給されてくる。
 この圧力を弱めねば、溢れた敵が金毘羅街道方面に流入してしまうだろう。結はこの流れを断ち切るために、この1年で学び、力を蓄えてきた√能力を発動した。
「ここは、数の力が活きる場面ね。あんまり考えて動くタイプじゃなさそうだし、何体かは引き付ける筈。」
 彼女の【稲穂ゆらし】によって現れた風の精霊は、20体。
 半径20メートル以内という制約はあるが、狸とはまた別に現れた『明確な敵』。その効果は覿面であった。
 結の見立て通り、至極単純な性質である小型マガツヘビ。味方殺しに熱中している個体こそ、精霊の姿も目に入らぬようであったが。
 そうでない個体たちは彼女が思わず拍子抜けするほどに、小さな竜巻で挑発する精霊に面白いように釣られ、国道30号を南下してゆく。
「結殿、奴らを何処に誘導する気なんで。」
「マガツヘビを攻撃させながら南に向かわせるわ。残りの北上してくる相手は、きっと皆が倒してくれる。」
 遅滞戦術に加えて、混ぜた毒……味方が敵に見えるという、状態異常を受けた敵たちもいる。
 例え精霊が消えたとしても。小型マガツヘビの前に現れた新たな|仲間《たぬき》たちを、彼らは喜んで殺戮し始める事だろう。
 その策を解した狸たちは、うへぇ、と舌を巻いた。
「戦いたくなんてないけれど。この混乱で、他の戦場も楽になるかしら。」
 |仲間《マガツヘビ》の攻撃で傷付いた敵が北上してくるならば、より戦いが優位に運べるであろう事は明白だ。
 彼女の思惑通り、交差点の向こうから、新たに始まったであろう小型マガツヘビたちの同士討ちの咆哮が聞こえてくる。
 敵の圧が明らかに弱まった、番町の陣で。
 穏やかな精霊術師は街を守るべく戦っているであろう√能力者たちや狸たちに、静かに思いを馳せた。

クラウス・イーザリー

「行こう。奴らを止めるんだ。」
 高松城の城門を潜る前に。クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、改めて共に戦う八百八狸達一匹一匹の顔を見渡して、声を掛けた。
 応、と力強く気勢を上げる狸たちを前に、彼もまた穏やかに頷き返す。
  誰かを救うための戦いを当たり前のことだと考えている彼にとって、高松の街、そして妖怪たちを救うだけに留まらない喜びが、この戦いにはある。
(一時的なことだとはいえ、普段敵対している相手と協力できるのは嬉しいな。)
 この戦いが終わったならば。また何処かの戦いで、隠神刑部の肉片や、その配下である八百八狸ともまた戦う事になるのであろう。
 それでも今このひと時に限れば、彼らもまた『戦友』だ。
(隠神刑部の大切な部下達だ、できれば無事に返したい。)
 戦友を守るという誓いを胸に秘め。√ウォーゾーン出身の学徒兵と狸たちの混成部隊が戦場に躍り出た。 

「なんだ、これ……。」
 現場に到着したクラウスの口から、思わず声が漏れる。戦況は好転しつつある。のだが。
 番町の戦場は既に、小型マガツヘビ同士で殺し合う、混乱の坩堝と化していた。
 改めて情報の共有を受けてみれば、√能力者たちの策と狸たちの神通力により、小型マガツヘビ同士で同士討ちが発生しているとのこと。
 ならば、この小型マガツヘビの数を減らす好機を急ぎ活かさねばならない。
「君たちは神通力での攻撃をお願い。作戦はマガツヘビとは距離を置きながら、化かして同士討ちを誘うやり方を真似させて貰おう。危ないと思ったら、距離を置いて。」
「承知仕りやした!いくぞ、野郎どもぉ!」
 クラウスは、八百八狸達には大まかな動きの提案を伝えて、細かい行動は|本人《たぬき》達に任せるつもりでいた。
 彼らも四国を制覇した古狸の配下。見た目こそ狸であるが、デモクラシーに加わった妖怪たちを相手取った、古兵だ。
 作戦目標を大まかに伝えてやれば、慣れ親しんだ仲間たちとの連携でうまくやってくれるであろう。
 指揮官は頭で、現場の兵は手足。細かすぎる指示を意識すれば、却って転ぶ。
 そのことを、√ウォーゾーンの現場、それも最前線で戦ってきたクラウスもよく理解している。
 散乱する瓦礫などを神通力で射撃し始めた狸の姿を見守りながら、黒髪の学徒兵も射撃ポイントに付くために駆け出した。

「ここからなら、戦況がよく見えるな……。」
 交差点を見下ろす事の出来る、ビルの上。敵は栗林公園方面から湧き出しているが、国道30号の道すがらでも、同士討ちが発生しているのがクラウスの目にも映った。
 あれが恐らく、√能力者によって誘導された、化かされた小型マガツヘビの群れであろう。増援は化かされていないのだから、訳の分からないまま応戦しているといった様子である。
 その内、化かされた敵も全滅する事であろうが、それまでに十分なダメージを与える事は出来るであろう。その上、交差点に入れば狸たちの神通力による同士討ちと、√能力者たちによる十字砲火が待ち受けている。
 陣の立て直しが済めば、番町交差点は完全なキルゾーンと化すはずだ。
 ならば、次の敵を誘い込むために、この交差点にひしめく敵を少しでも減らさねばなるまい。
「この戦場でも力を貸してくれ、翼。」
 記憶の中の、太陽の様な笑顔に思いを馳せ。クラウスはその√能力を発動する。
 ――【決戦気象兵器「レイン」】
 その名の通り、無数のレーザーを雨の様に降らせる|親友《つばさ》の形見の品だ。
 その砲門は一体ずつ確実に仕留めるべく射角を絞り、混乱し回避どころではない小型マガツヘビの強固な体に穴が開き、斃れ伏すまで容赦なく降り注いでいく。
 その時、ふと。狸の一匹が、運悪く小型マガツヘビの攻撃範囲に入ってしまったのが。その口が、『やべぇ』と、そう動いたのが目に入った。
 たとえ狸が斃れたところで、刑部は必要な犠牲と割り切ることであろうし、死んだところで蘇ることであろう。
「やらせない……!」
 戦友を喪うなど、もう沢山だ。まして、見捨てる事など出来ようか。
 黒衣が、風の様にビルの壁面を蹴った。コートを靡かせ自由落下しながら狙撃銃を連射すれば、マガツヘビの腕が僅かに逸れて、空を切り。
 更には着地ざまに地を這うように放った電撃鞭、これが脚に絡みつき。狸を今度こそ仕留めようと動く、古妖の動きを食い止める。
 その一瞬は、確かに狸の命を救ったが。マガツヘビの赤い目が、無理な着地と戦闘機動を敢行したクラウスを捉えた。
「……ッ!!クラウス殿をやらせるなぁぁぁ!!」
「「「「応ッ!!!!」」」」
 救われた狸の号令の下、隊伍を組んだ狸たちが小さな十二神将に化けてゆく。
 アスファルトごとクラウスの脳天を叩き割ろうと迫ったマガツヘビの身体を手にした槍や鉾で貫き押し留めて、命の恩人である彼を救い。
 その間に体勢を立て直したクラウスが光の刃を抜き、その頸をするりと刎ねた。
「ありがとう、助かったよ。みんなも、無事?」
「なんの、礼には及びやせん。先にヘマこいたのはこっちなのに、命を救って頂き有難うございやした。この御礼は、いずれ必ず。」
 いいって、と、無表情の中に小さく笑みを作ったクラウスと狸たち。
 このチームで築き上げた『戦友』という確かな信頼関係は、大本であるマガツヘビとの戦いの中でも大きな力となることであろう。
 学徒兵と狸たちの共闘関係は、まだまだ続く。

葦原・悠斗

「あのタヌキジジイ、讃岐に帰りゃ一国一城の主な訳か。
 俺が前に会ったタヌキジジイとは違う肉片……別人な事は分かってるが、こういう側面があるのは正直意外だな。」
 |葦原・悠斗《あしはら・ゆうと》(影なる金色・h06401)は以前、異なる肉片の隠神刑部と共闘している。
「讃岐屋島は太三郎めの本拠であるがな。徳は知らぬが、城を使った戦は儂が上よ。」
 その時の古狸は人を食ったようなところもあるが、好々爺といった雰囲気であったが。
 床几に座し、矢継ぎ早に届けられる戦況の変化に指示を飛ばす此度の狸の肉片は、伊予松山城の守将としての側面が強いようだ。
 悠斗の言葉も聞こえていたのだろう。斯様な儂も居るだろうよ、と頷きながら、戦場の地図から目を離さない。が。
「儂は此処を離れられぬ故、野戦は貴殿らに任せねばならぬ。出来るな。」
 そう伝えるひと時、刑部の眼がしっかと悠斗の金の瞳をしっかと捉えた。
 『出来ない』、とは決して言わせない、有無を言わせぬ迫力と、√能力者である悠斗の実力への信頼を込めた鋭い眼光に。
 彼もまた金のチェーンネックレスをちゃらり、と鳴らし。動じることなく笑って返す。
「まあ、俺としても、√EDENを狙うマガツヘビ野郎を放ってはおけねえ。
 よろしく頼むぜ、『刑部さん』よ。」

 八百八狸たちから齎された最新の情報によれば、番町交差点付近での戦では√能力者たちと狸たちの策がハマり、以南で小型マガツヘビ同士での同士討ちが発生しているという。
 ならばと悠斗たちが選んだ戦場は、番町交差点以北……兵庫町である。
 番町の陣の再建を優先したため、√能力者の増援は後に回されていた。
 しかし、此処で兵庫町付近を徘徊する小型マガツヘビを掃討する事で、高松城とは目と鼻の先である寿町交差点を失陥する恐れはかなり薄まる事であろう。
「兵庫町ってのは横に長く広がってんだろ?なら、両側から挟み撃ちにするってのはどうだ?」
「成程、マガツヘビの野郎どもも、気紛れで番町に戻らねぇとも限らねぇ。俺たちが兵庫町を確保出来りゃ、折角立て直した番町も、背後からの強襲に怯えなくて済みやすからね。」
 そういう事だ、と悠斗が頷けば、狸たちも彼の提案に合点がいったと腹鼓を打ち。番町側に伝令役が走ってゆく。
 あちら側から合図があれば、それが一斉攻撃の始まりとなろう。

 ――一斉の腹鼓と共に、立ち上る狼煙。
「よし、やるぜ、お前ら。」
「「「「応!!!!」」」」
 瞬間。番町、そして寿町方面から、何処に隠していたのだろうか。
 吶喊の鬨と共に、大量の軍勢が国道30号に雪崩れ込んだ。
 ――【変幻百鬼夜行】
 それが、突如湧いて出た妖怪の軍勢の正体である。
 隠神刑部の配下である八百八狸たちもまた、デモクラシーにより敗走・封印されたものの、戦慣れした古兵、精兵だ。
 その半分の|力量《レベル》である配下の豆狸たちは戦力としては心もとないが、数は力。
(マガツヘビ野郎は頭が悪い、混乱させる事位はできるはずだ。)
 そう。小型マガツヘビたちは並の古妖の肉片ほどの力はある。しかし、悠斗の見込み通り頭が悪く、その上、力任せに突き進むがために『ちょっとした混乱』が生じた際に、方針を定めることが出来る『指揮官』が存在しない。
 左右からの挟撃に、小型マガツヘビたちは誰から殴り飛ばせば良いものかと、狙いが定まらず。一瞬、動きが止まった。
 ――その一瞬こそが、命とりであった。
 
 敵の迷いと共に、悠斗の視界で世界が止まった。
 彼の√能力により、瞬発力が超強化されたためだ。
 狙いを定めた一匹へのルートが、開けて見える。
 足裏で世界を掴み、置き去りにし。流れ星の様に、黒炎が尾を曳く。
 ――後は乾坤一擲の拳を叩き込むだけ!!
「ブッ潰れろッ!!」

 ――【|瞬間攻勢《スーパーアジリティ》】

 狸たちも、殴られた小型マガツヘビも何が起きたのか判らぬといった様子の中。
 マガツヘビの身体がひしゃげる様に、腹から『く』の字に折れ曲がっている。
 ――峨……亜亜……
 断末魔というにはあまりにか細い声で、小型マガツヘビの目から赤い光が消えてゆく。
 自身の身体の一部位を代償にすれば、連続攻撃も可能であるが。その必要もなかったようだ。
 何より、|主人格《ヒロト》の身体を粗末に使うのは、悠斗自身が望んでいない。
 連続攻撃に移行せずに済んだことに、一つ、息を吐いてから。
「よし、次はどいつだ。このまま兵庫町を取り戻すぞ!!」
 どしゃり、と崩れ落ちるマガツヘビに目もくれず。
 金眼のシャドウペルソナが次の獲物を求め、気焔を発した。

深見・音夢
魔花伏木・斑猫

「お互いの立ち位置はさておき、そちらにも退けない戦いがあるってことは理解したっす。」
「今は禍根を忘れて、手を取り合うことを約束します。」
 高松城城内にて、|深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)と|魔花伏木・斑猫《まかふしぎ・はんみょう》(ネコソギスクラッパー・h00651)は隠神刑部との対面を果たしていた。
「本来は其処な人妖や、儂共……我々妖怪のみで片付けるべき問題ではあるのだがな。誠に情けない限りではあるが、この場においては我々の力では如何ともし難かった。貴殿らの御助力に感謝する。」
 ――『マガツヘビを討ち滅ぼすべし』。
 妖怪、古妖の垣根を越えて、果たすべき絶対的な『掟』。
(本当にあらゆる古妖が能力者と手を取ってる目を疑うような状況。)
 斑猫から見れば、古妖とは|百鬼夜行《デモクラシィ》を経てなお、人を喰らい続ける凶暴な存在だ。
 その存在の代表格である、刑部。その彼が座していた床几から立ち上がり、頭を下げ謝意を示した。
 妖怪と古妖どころか、√能力者をも交えて共闘するというこの状況は、にわかには信じがたい事であった。
 この事実だけでも、マガツヘビという存在の危険性を窺い知る事も容易というものだ。
(それだけの災厄と考えれば背筋が震えますが、だからこそ絶対に阻止しないと…!)
「敵の敵は味方って展開は嫌いじゃないっすし。やるだけやりましょーかね。」
 一方で、音夢はその『掟』にも理解を示した上で、多少の考えもあった。
(ここで首尾よく片付けられたら、ボクらを敵に回すのは得策じゃないと思ってくれないかなーという打算込みなんすけどね。)
 音夢としては、今後も避けられる諍いは避けたい。これを機に、古妖から人と協調する側に回ってくれたら……などと思いもするが、それは求め過ぎであろうか。
 そしてその想いは、戦いの後も協調していく道があればと願う斑猫も同じであろう。
 ともあれ、とんでもなく臆病な人妖と、自己肯定感の低い改造人間、そして隠神刑部配下の八百八狸たちが城門を潜り、流れが変わり始めた戦場へと出陣した。

「はいはい、援軍の参上っすよっと。……それにしても、戦う前から随分と傷付いた敵が多いっすね?」
「小型マガツヘビたちの間で同士討ちが起きているという情報も入っていますから、その個体たちでしょうか……?」
 音夢と斑猫が立った戦場は、未だ残敵がうろつく兵庫町。
 √能力者と先に入った狸たちの【変幻百鬼夜行】により、数の上では押しているように見えるが、それでいて尚、一体一体が並みの古妖なみの実力を持つ小型マガツヘビである。
 腕を一薙ぎする度に、豆狸たちが木っ端の様に吹き飛ばされていくのが2人目にも映った。
「少しでも気を抜いたら流れを奪い返されそうっすね。早速っすけど、一手打たせてもらうっすよ!」
 音夢隊の八百八狸たちが、側面や背後に回り込もうという敵を阻止するように配置についた事を確認し。音夢は流れる様な仕草で弾薬ポーチから目的の弾を抜く。
(今押し寄せてきてるのは小型の大群、となれば範囲攻撃で纏めて仕留めるのがセオリーっすね。)
 既に大きな|手傷《ダメージ》を負っている敵たちならば、まとめて倒すことも不可能ではないであろう。
 そして何より、この混戦具合。長銃に装填した弾を使うにはもってこいと言える状況だ。
「味方への強化もできて一石二鳥、どんどん撃って敵も味方も巻き込んでいくっす!」
 発砲音と共に、戦場に一条、二条と雷が奔る。
 ――【エレメンタルバレット『雷霆万鈞』】
 もんどりを打ってマガツヘビが斃れると同時に。戦場に溢れる狸たちの身体に、雷の力が漲ってゆく。
 この√能力の効果は、敵には雷弾によるダメージを、味方には帯電による強化を与えるというもの。
 この効果があれば、神通力を以て敵を攪乱する狸たちも、実力以上の力を発揮する事が出来るであろう。

「狸さんたち、お願いします……!危ないと思ったら、術を解いてください……!」
 そして一方、スクラップジャケットに袖を通し、怖いなりに気合を入れ直した斑猫の合図とともに。
 八百八狸、豆狸で溢れ返る戦場に、突如として巨大化した狸が現れた。
 あまりの敵の多さに狙いを定められず、力任せに暴れるにも無駄な動きが多くなっていたマガツヘビたちに対して、更に追加された大きな的。
(どこを狙えばいい分からない混乱で、群れの統制と連携は取りにくくなるはずです……!)
 諸説あるが、小魚は群泳することで目標を絞り難くし、外敵を幻惑・混乱させるという。
 そして、そもそも指揮官がおらず、行動にも無駄の多いマガツヘビたちだ。
 斑猫の目論見通り、彼らの目に映りやすい巨大化した狸に対し、我先にと狙いに行こうとすれども足元の豆狸たちがその動きを邪魔し、益々以て狙いが定まらない。
 その混乱の最中、巨大化した狸たちの影から。多機能式改造ライフルの照星が、小型マガツヘビの胸……心の臓に合わせられた。
「こっちの炎は甘くて……そっちの炎は辛つらいぞ……な、なんて……。」
 小さく唱歌を模した言の葉を呟くと共に、銃爪が引かれれば。マガツヘビの上半身が爆炎に呑まれ、燃え上がる。

 ――【|蛍飮火狩《ホタルノヒカリ》】

 敵を呑み込む蛍火は、狸たちや音夢を包む優しい温風となり、既に雷によって強化されていた味方の体に更なる力を上乗せさせ、漲らせる。
 音夢と斑猫が選んだ|√能力《たま》の属性は異なれど。奇しくも味方を強化するという効果は一致していた。
 戦場を飛び交う紫電と鬼火の|十字砲火《クロスファイア》に、着弾する度に爆ぜる雷と炎が狸たちを次々と強化してゆく。
「こんだけ力をもらえりゃ十分だ!一気に行くぜ、野郎ども!」
「「「「応!!!!」」」」
 例え愚鈍であろうとも、統率する者さえいたならば。力の矛先を一本に絞ることが出来ていたならば。
 小型マガツヘビたちが√能力者たちにも、狸たちにも後れを取る事はなかったであろう。
 しかし、彼らはただ『強い』だけの烏合の衆であった。あまつさえ混乱している現状では、統制の取れたチームの前に為す術があろう筈もない。
「こ、こ、怖くて足が震えますが……このまま、押していきましょう……!」
「このまま劣勢、押し戻していくっすよ!!」
 有り余る力を終始空回りさせて。黒蛇の群れは鮫に食い破られ、臆病な斑猫に解体されていく事と相成った。

ライラ・カメリア
屋島・かむろ

 ――ご機嫌よう。
 戦場の鉄火場に似合わぬ淑やかな声。かつりと鳴る白いヒール。そして白いドレスの裾を摘み|一礼《カーテシー》する姿に。
 八百八狸たちは、暫し此処が戦火に包まれていることを忘れ、その姿に魅了された。
「何処ぞの姫君が参られたかと思うたわい。
 ほれ、狸共。見惚れておる暇なぞなかろう。それぞれの務めを果たせぃ!」
 一人……いや一匹、戦への集中力を切らずにいた隠神刑部が手を叩き、一喝すれば。我に返った狸たちが散っていく。
「若衆共が失礼を致した。此度の支援、誠に忝い。」
「いえ、いえ。小型マガツヘビが猛威を振るっている様子。微力ながら助太刀に参りましたわ。」
 鈴の鳴る様な声と共に微笑んだのは、ライラ・カメリア(白椿・h06574)だ。
 謝意を示す古狸、彼が掛けた眼鏡の奥に輝く鋭い瞳。歴戦の将としての気質を露わにしたその姿には、凄みすら感じさせる。
(隠神刑部さんの目を見ただけで分かる。この方の築かれた歴史の重み、並々ならぬ強さ。)
 平時ならどれほどの脅威なのであろうか、この古狸との交戦経験の無いライラに窺い知る事は出来ないが。
 その様な古妖ですら苦戦し、守勢に徹するまでに追い込むマガツヘビの強さにも自ずと考えが及ぶというもの。

 そして。涼やかなライラの気配とは対照的に。隠神刑部の前に仁王立つ少女がいる。
「|伊予の《隠神刑部》、アンタには正直言いたい事はある。」
 彼女の名は、|屋島《やしま》・かむろ(半人半妖の御伽使い・h05842)。
 その尾と耳を見てわかる通り、妖狸の血を引く半人半妖だ。
 ほう、と己の顎を撫でる狸を前に、鋭い目を向けていたかむろの目尻が、ふと下がった。
「……けど今は、変な意地も縄張り意識も後や。今はただ、讃岐の化け狸としてただ、感謝だけしとく。……大爺ちゃんが|居《お》ったらきっとそう言うやろしな。」
 『讃岐の化け狸』、『大爺ちゃん』。二つのキーワードから、隠神刑部は既知の者に思い至ったようであった。
 彼女の姿を見る目に、孫を見るような、懐かしさを感じさせる色合いが浮かぶ。
「……そうか、主は太三郎めの。言われてみれば、面影を感じぬ事も無い。
 彼奴めは四国の真なる総大将、徳のある狸であった。」
 太三郎狸。それはかむろの一族の初代であり、変化妙技は日本一、四国の狸の総大将と謳われる|大名《たいめい》である。
 太三郎は√EDENにおける伝説では猟師に討たれたとも、日清日露でも活躍しただのと生死については非常に曖昧な存在ではあるが。
 その孫娘にも敬意を払う刑部の姿からも、その影響力が窺い知れるというものだ。
「……思い出話に花を咲かせている場合ではなかったな。姫君に、屋島の。貴殿らの助力により戦況は好転しつつあるが、未だ気を抜く事は出来ぬ。任せたぞ。」
 座していた床几より立ち上がり、深々と頭を垂れた刑部に、白椿の少女と紅葉の少女が揃って頷いて見せる。
「わたしは祈ることしかできないけれど。どうか少しでもお役に立てますように。」
「化け狸、屋島かむろ。不肖讃岐の化け狸……いや、戦えん一般妖怪に代わって、参戦させて貰うけんな!」
 八百八狸たちと共に、瀬戸内海の海風を背に。紅白の少女たちが大手門から打って出た。

「狸の兵隊……大行進や!」
 城門から飛び出したかむろは、早速に紅白市松模様の布袋の口を緩め、小豆を周囲にバラ撒いた。
 するとどうしたことだろう、見る見る小豆が兵隊狸に変わってゆくではないか。

 ――【|軍隊狸大行軍《グンタイタヌキダイコウシン》】
 小豆の粒を自身の|力量《レベル》分の数だけ軍隊狸に化けさせるという、太三郎狸の末裔の名に恥じぬ√能力だ。
 太三郎狸はこれを一つの軍に変えたのだというから、その実力も窺い知れようというものであるが。
 かむろが呼び出したのは19匹。凡そ小隊単位である。
「八百にはちょいと……いや、かなり足りひんけど。地元の地の利と連携を駆使すれば、遅れは取らん。
 ウチの幻術・化け術も併せてのゲリラ戦法で、散々に化かしてひっかき回したるで。」
 そう、彼女たちは讃岐屋島の狸たち。伊予の八百八狸以上に、この地には明るい。
 かむろ率いる屋島・伊予狸連合は、封鎖が完了した金毘羅街道を突き進んでいく。

 ――|峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨《GAOOOOOOOOOOOOOONNNN》!!!!!!!!!!
 荒々しい、小型マガツヘビたちの咆哮が轟く、現在の最前線。
「わたしが祈る間、交代で陽動作戦をしてくださる?それ以外は、好きに立ち回っていただきたいわ。危なくなったら必ず下がってね。」
 かむろより一足先に番町の戦場に立ったライラは、麾下の狸たちにそう伝えた。
 隠神刑部に付き従う八百八狸。刑部には遠く及ばずとも、彼らもまた|百鬼夜行《デモクラシィ》で妖怪たちと幾度も干戈を交えて来た古兵たちである。
 戦を心得る彼らならば、ライラが大まかな目標を伝えるだけで並み以上の働きを見せてくれるであろう。
 白い姫君の言葉に、狸たちは、へい!と気焔を発し。
 彼らに守られながら、少女が膝を折って瞑目し、天に祈りを捧げる。
 ――ふわり、と。
 風に乗って舞う、花期も佳境に差し掛かったかという白い花弁。
 白い椿の花が戦場に咲き乱れた。

「さあ、舞い踊りましょう──!」
 ――【pétale】
 発動された√能力は、ライラの祈りに応じて舞う花弁を用いた攻撃が、2回攻撃且つ範囲攻撃になるというもの。
 それもただの花弁ではない、鎧すら無視し、その身を貫く花吹雪だ。
 既に√能力者たちの策略により同士討ちが発生し、大多数の敵が傷付いているこの戦場。
 この柔らかな花びらの乱舞の前に。体力の尽きたマガツヘビの首が、椿の様にぽとりと落ちて、転がってゆく。

 しかし、大きな混乱を来していようとも。その身を散々に椿の花弁に斬り抉られようとも。力と体力任せに、強引に突破を図る者も居る。
 その剛腕が、ライラが率いる狸たちに襲い掛かろうとした、その時。
「撃てぇ!!」
 ――ぱぱぱぱぱぁん!!!!
 横っ面から、無数の砲火がマガツヘビたちの先手を取って、意識の外から降り注ぎ。
 彼らを物言わぬハチの巣に変えた。
 銃声の主は横隊を組み、未だ硝煙の立ち上る歩兵銃を構えた兵隊狸たちと、それを率いる蓬色のストールを靡かせた少女、かむろ。
 そう。金毘羅街道沿いには、城下町らしいクランクや、多数の路地がある。
 地形の利用を得意とする彼女たちは、アーケードの下を潜り抜け、裏路地を利用しては迷い込んだ小型マガツヘビを強襲し。
 或いは八百八狸に任せ、幻影で敵を攪乱して交戦を避け。国道11号から敵の側面を突いて見せたのだ。
「|蛇っころ《マガツヘビ》にも、それから伊予の狸にも|まっきょらん《負けてない》とこ見せたんで……気張りぃよ!」
 かむろたち讃岐の狸たち。その士気は地元というだけあって、非常に旺盛だ。
 ライラが放つ、白い花弁が舞い踊る中。
 讃岐と伊予が誇る狸の連合軍が、互いに負けじと競い合うように銃火と神通力を放ち、統率の取れぬ黒蛇の群れを次々と駆逐してゆく。
 暴威のマガツヘビに逆撃を仕掛ける準備は、着々と整いつつあった。

フォー・フルード

 矢継ぎ早に持ち込まれる、津波の様な緊急情報。刻々と変わりゆく戦況。
 それを眉間に皺を寄せながら、対応策を差配してゆく古妖・隠神刑部。
(上官が居る戦闘行動。素晴らしい。自分にもこの様な上官がいれば――。)
 そんな古狸の姿に、フォー・フルードは電脳の隅に走り、溜まった|ノイズ《愚痴》を一度停止させた。
 黒鋼のベルセルクマシンには、過去の|記憶《ログ》も、指令も上官もない。
 兵士、或いは兵器であるにも関わらず、全ての戦場を自己判断で戦わねばならない事に、何かしらの不満もあるのかもしれないが。それは彼のみぞ知る事である。
「今回は防衛戦。特にここまで侵入を許した戦いであれば白旗の一つでも振りたいですが聞き入れる様な方でもないでしょう。徹底抗戦、協力させていただきます。」
 王劍『天叢雲』に拘り破壊の限りを尽くすマガツヘビ、そしてその走狗たる小型マガツヘビたちに話が通じようはずもない。
 この事情を理解した上で隠神刑部に積極的な協力を申し出たフォーの姿は、一目瞭然に√妖怪百鬼夜行の存在でないことがわかる。
 √ウォーゾーンに生まれ、戦闘に特化したその躯体の心強さ。これに古狸は眼を細め、頭を下げた。
「貴殿の様な、戦の理解る『兵』に御助力頂けるとは、有難い。……ならば、略したものではあるが、軍議を執り行うとしようぞ。」

 大まかな戦況は、既に古妖が伝えた通りではあるが。√能力者たちの介入により、戦況が大きく動いていた。
 まず、寿町から番町までの区間において、√能力者たちがほぼすべての小型マガツヘビの掃討に成功したとのこと。
 そして、讃岐・伊予狸の連合部隊により、金毘羅街道に紛れ込んだ小型マガツヘビの退治も完了し、現状での高松城及び高松港の失陥の危機は遠ざかったということ。
 そして、番町交差点付近の戦場では√能力者たちと八百八狸たちの策略により、小型マガツヘビ間での同士討ちが発生し、新たに流入して来るマガツヘビたちも程度にバラツキはあるが、少なからず|手傷《ダメージ》を負っているということ。
 それらの情報を基に、隠神刑部という『上官』と、理性のベルセルクマシンが狙撃による迎撃を行う地点の検討を始める。
(餅は餅屋というそうですが、地図上の知識だけでは得られない土地勘を持っているのは、間違いなく隠神刑部でしょう。)
 差し迫った状況の中、深く策を論じ合う余裕こそなかったが。
 フォーが持てる装備、と技術、土地勘を持つ狸たちとの連携を活かすべく選ばれた地点に、フォーも深く頷いた。
「しかし、だ。この城の天守櫓が生きておれば、貴殿の狙撃の腕を活かせたのであろうが……。
 100年以上も前に破却されたとあっては、どうにもならぬな。」
 そう言って、溜息と共に古狸が目配せする先は、遥か昔に天守閣を乗せていたであろう、石積みの天守台。
 同じように、地久櫓も上物は失われており、射角を取る事は難しいであろう。
 元来、城とは要塞である。櫓は、狙撃や|横矢掛《クロスファイア》の起点でもあった。
 その機能が残されていたならば、フォーの射撃が更なる猛威を振るう可能性もあったのかもしれないが。
 しかし、その『もしも』に、フォーは頭を左右に振った。
「私には馴染のない世界の有り様ではありますが。城塞がその役目を喪うだけの、平和の期間があった。その歴史もまた、尊重されるべきでしょう。」
 『武力が役目を喪う時代』。調理や読書などの人類の文化に触れ、√ウォーゾーンとは異なる、表向きは『平和』な時代を知るフォーである。
 その様な世界で、兵器として生まれた自身がどのように生きるのか。彼も考えた事があるのかもしれない。
 さて。こうして、人類に友好的な人殺しの機械は『上官』と打ち合わせた地点に向け。
 八百八狸たちと共に、密やかに作戦行動を開始するのであった。

「算出完了、誤差許容範囲内、|射出《FIRE》。」
 √能力による狙撃を受け、体力の限界を超えた小型マガツヘビの頭が弾け跳ぶ。
 頭を喪い、斃れ行く仲間に構いもせず。小型マガツヘビは禍々しい咆哮を上げながら、番町交差点へと向かってゆく。
 ――ここらで一つ、戦線を押し上げたいと思う。
 隠神刑部より示された地点。それは番町交差点の先、国道11号に面する金融ビル群の屋上であった。
 このポイントであれば、番町交差点の陣と連動することで、半包囲に移行することができる。
 頭脳に難があり、直進を優先する敵群に対しては、有効な横撃を加えることが出来るであろう。
 更にはこのフォーの射撃陣地を潜り抜けたところで、番町交差点という√能力者たちが罠を張る迎撃地点が待ち受けている。
 そこに追い込むまでに、体力は削ることが出来るだけ、削っておきたい。
 √能力により未来視の機能を獲得した緑色のカメラアイが機を見て輝き、狸たちに号令を発する。
「今です。投擲を開始してください。」
「「「「承知!!!!」」」」
 途端、宙を舞う手榴弾。眼下の国道で、次々と爆炎の花が咲いた。
 八百八狸たちが、フォーが使用する擲弾『銀鳩』を『投擲』し始めたのだ。
 しかし、それは特別性と言えど、本来ならば並の古妖を上回る力を持つ小型マガツヘビに致命打を浴びせるほどの効果は生まないであろう。
 それを致命打に昇華させるべく、フォーと狸たちは策を打っていた。
 ――眼下のマガツヘビたちの間に、混乱が広がってゆく。
 手榴弾が爆ぜる度に、マガツヘビたちが手近な|存在《もの》……つまりは味方に攻撃を加え始めた。
 番町交差点と同じく、またしても【忌まわしき神通力】で化かされ始めたのだ。
 狸たちの【神通力】は『最も殺傷力の高い物体』で攻撃することで効果を発揮する。更には高台を取っている以上、視界内の敵は選り取り見取りという訳だ。
 もし、小型マガツヘビたちの間で情報共有が成されていたならば、同士討ちに対応するべく対抗策が練られていた事であろう。
 しかし、彼らにそこまでの知恵はない。勢いさえあれば、力のみで押し通る事も出来たかもしれない。
 しかし、その勢いさえも削がれた烏合の衆が、策も無しに『軍』を相手取る事は難しいであろう。
 広がる|混乱《デバフ》に、マガツヘビ同士の殺し合い。そして、頭上から次から次へと投げ込まれる手榴弾。
 そこに、体力が尽きようという敵の命を確実に刈り取る、【|予測演算射撃機構《セルフ・ワーキング》】を駆使したベルセルクマシンの狙撃。
「終わりは見えつつありますが、より強力な|敵本隊《マガツヘビ》が来るまでの時間稼ぎとは。困難な戦線維持になりそうです。」
 黒蛇の群れは、確実に数を減らしている。
 しかし、これらよりも遥かに妖力で上回り、微かに知能が上回るマガツヘビという相手方の首魁が控えているのだ。フォーの仕事はまだまだ終わらない。
 上官のいる戦場の風を感じながら、照星に収めた獲物目掛け。
 黒鋼のベルセルクマシンは、再び愛銃の銃爪を引いた。

コウガミ・ルカ
黄菅・晃

 高松城下での戦いは、既に佳境を迎えつつある。
 √能力者たちと伊予の狸、そして小勢ながら讃岐の狸たちの策。
 これにより小型マガツヘビたちは強力な自らの力を同胞に向ける事となり、甚大な被害を被るに至っている。
 しかし、戦いの趨勢はまだ決したわけでは無い。一つのかけ違いで、どうとでも転ぶであろう。
「……アンタ、何か企んでる顔してる。」
 その最前線、番町交差点の戦場で。|黄菅・晃《きすげ・あきら》(汎神解剖機関のカウンセラー・医師兼怪異解剖士・h05203)は傍らに控える|相棒《かいいぬ》、コウガミ・ルカ(人間災厄「麻薬犬」・h03932)の顔を覗き込んだ。
 しかし、彼が『何か』考えていることはわかっても、『何を』考えているかまでは。
 如何に彼女がルカのカウンセラーであり専属医であると雖も、理解りよう筈もない。
 ――グルルルル……。
 ただ唸り声を上げるだけのルカに、晃は肩を竦めて見せた。彼が己から話してくれない限りは何もわからないのは、日常会話でも診療でも同じことだ。
「まぁ、アンタの考えだし。何がとは言わないけど、好きにしなー?
 ――言霊の使用、許可。」
 ――その言葉と共に。
 言の葉を操る化け物であり、猟犬であるルカの|枷《マスク》が解かれた。

 さて、自己認識は『化け物』ではあるが、ルカは友人や友軍には大人しく、ややもすれば臆病であると言ってもよい。
「あんた達、仲間。……覚えた。」
 拘束を解かれ、露になった口を狸たちに見せながら。潰された喉で端的に言葉を紡ぐ。
(敵味方の認識がおかしくならないように気をつけないと……。)
 ルカが√能力として発する『言霊』は、物によっては致死性の効力を発揮する場合もある。
 その上、今回の友軍は普段は敵として相対している隠神刑部、そしてその配下の八百八狸だ。巻き添えにする恐れは多少なりともあり得る。
 彼は八百万狸との連携をとれるよう、普段は『認識操作』で敵と認識している相手を仲間と認識できるよう書き換えて。
「俺、初め、合わせる。最後、遠くに、逃げて、ほしい。強い|言霊《やつ》、使う、から。」
 共に戦う狸たちに、そう声を掛けるのであった。

 ――|峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨《GAOOOOOOOOOOOOOONNNN》!!!!!!!!!!
 味方の攻撃に傷付いて尚、小型マガツヘビは戦意旺盛にその剛腕を振るっている。
 狸たちの神通力により、味方すらも|敵《たぬき》に見えている状態ではある。
 しかし、並みの古妖に比肩するその膂力。一撃でも受けてしまえばただでは済まない事は、疑いようがない。
 晃は揺れる白衣の影から、ずるりとショットガン型のシリンジシューターを引き摺り出し。
 油断なく銃口を敵に向けながら、自身を守る【|怯える影の拒絶《シャドウオブソロウ》】、そしてルカや狸たちをフォローするべく己の√能力を発動する。
 足元から延びる影は、戦場の味方一人一人の影へと繋がり……。
「おお、なんだぁ!?」
 狸たちに驚きの声を上げさせる事と相成った。
 それは、窮地に陥った事を示す声音ではない。その逆である。
 一撃で容易に命を刈り取るであろう小型マガツヘビの剛腕が、止まって見えるようになったため、だ。

「危なくなったらこの子が引っ張ってくれるから、安心しなー?」
 ――【|手伝い好きな影の命綱《シャドウオブオプティミズム》】
 影を伸ばし、接続した者の命中率と反応速度を上昇させる|効果《バフ》を持つ√能力だ。
 切断されてしまえば効果は途切れるのだが、影という特性上『切る』事は難しく、変幻自在であるからには、並みの光源は『迂回する』という選択肢もあるであろう。

 そして、その効果の対象となっているのは、神通力で援護射撃を行っている狸たちばかりではない。ルカも、である。
 晃の散弾銃の援護射撃を受けながら。影の効果により機動力を増し、『過剰強化』された聴覚や嗅覚をも動員し。
 上半身を吹き飛ばされかねない剛腕を、晃が援護に付けた影とナイフでいなしながら。放たれた猟犬が小型マガツヘビに躍り掛かった。
「――動くな。」
 その言葉を聞いた、小型マガツヘビがその意味を解したかはわからない。
 しかし、その身体は影に縫い付けられたかの如く、凍り付いたかのように動きを停止させた。

 ――【狂犬の咆哮】
 ルカを『化け物』たらしめる、強力な|異能《√能力》。言葉一つで敵の動きを止め、得物であるナイフを怪力で振るって追撃を行う、彼ならではの√能力だ。
 既に傷付いているとはいえ、マガツヘビの両の脚が宙に浮くほどの勢いでナイフを突き込み。
 みぢり、と体内の臓器を捻じ切りがてら、敵の群れに向けて蹴り込んでやる。
 突如として放り込まれた|獲物《みかた》に群がり、嬲り殺しにする小型マガツヘビたち。
 この瀕死の獲物に夢中で隙だらけの脳天に、ルカがその怪力も込めた、渾身の踵を叩き込んだ。

「……そろそろねー。狸達ー?思いっ切り引っ張るから覚悟しなー?言霊当たりたくないでしょー?」
 敵の群れの中に自ら突っ込み、乱戦となったルカの姿。そして。
(晃、あれ、使う。……離れて。)
 飼い犬からの、この目配せに。晃は一呼吸置いてから、影を引っ張り、狸たちを一斉に離脱させた。
 『あれ』。本格的な戦闘に移行する前にルカが述べていた、『強いやつ』の効果範囲に狸たちを入れる訳にはいかないからだ。
(敵は俺と同じ化け物。……なら、殺しても大丈夫だな。)
 理性を感じさせぬ、古妖の鱗が変じただけの化け物。ただ強いだけ、破壊と殺戮だけを求めるだけの存在。
 ならば、この『言葉』を使うにも、躊躇いは無い――!!

「……死ね……!」
 他者の死を願う、忌避されるべき一言。
 それがルカの、『|言霊《√能力》』として放たれたならば。如何なる結果を齎すか。
 ――【鎖の千切れた狂犬】

 その効果範囲は、己を中心に24m。効果の対象は己を含め、無差別に。
 『心臓(核)部分の停止』への抵抗力が下がる、つまり、期待できる効果は『死にやすくなる』ということ。
 自身も効果の対象となるというデメリットもあるにはあるが。晃の影が接続され、反応速度が上がっている今ならば、大して畏れる必要もあるまい。
 狙うはただ、敵の致命的な部位。
 怪力で頸を裂き、胸を突き、腹を抉り、物言わぬ骸に堕とす。

「相変わらずバーサーカーって感じ。……自分が化け物だって、納得はしてほしくなかったんだけど……。」
 ルカの主治医は、新たな|注射器《シェル》を装填しながらこの姿に複雑な心境を独り、吐露する。
「今が辛くないなら、カウンセラー兼医者としては万々歳。私はそれを守るまでよねー。」
 しかし、診察対象がそれを『選んだ』ならば、その選択を尊重するのが自身の職務である、と。
 そして。選んで、飼い犬が直ぐに命を燃やし尽くさぬように。
 主治医が引いた引き金、その発砲音が。更にもう一体の黒蛇の頭を吹き飛ばした。

箒星・仄々

 ――小型マガツヘビの増援が、遂に絶えた。
 数多の√能力者たちが策を用い、力を振るった成果が実を結びつつあるのだ。
 この緒戦を締めようと、|帽子《シャコー》の赤い羽根を風に揺らし、桜色の肉球でアスファルトを踏みしめて。
 黒猫の獣人、|箒星・仄々《ほうきぼし・ほのぼの》(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)が八百八狸の一部隊を率いて、西門より打って出た。
「皆さんを守り抜きますよ。狸さん達との協奏も楽しみです。」
 番町交差点の最前線へと向かう途上、逃げ遅れた者や戦うつもりの一般妖怪が居れば、救援と避難誘導を行う予定であったが。どうも、その必要はないらしい。
 如何に古妖と妖怪が敵対していると雖も、この戦いでの総大将は隠神刑部。
 その総大将の指示に従って、一般の妖怪たちは退避を完了させつつあるという事であろう。
(必要なら、世界を変える歌も歌うつもりでいましたが。これならば、後顧の憂いなく戦うことが出来そうですね。)
 もちろん諸説あるが、都市を囲う様な城壁を基本的に持たぬ日本の城郭は、西洋の強力な城壁で都市を囲う城塞都市とは『守り』の意識が異なる。
 総構えを除く日本の城郭は、城下町の住民を収容できるようには造られていないのだ。
 むしろ、その多くが寺や枡形、虎口を設けて敵を誘い入れ、戦火に呑まれることを前提とした造りとなっている。
 城下町に住まう一般妖怪たちだからこそ、その特性を知り。海路、或いは駅から逃げろという指示にも頷きやすかったのかもしれない。
(だからと言って、皆さんの思い出の籠った街を壊させはしません。帰る家があるとないとでは、大違いですから。)
 翠色の手風琴を抱える手に力を込めて。仄々は最前線の現場に辿り着いた。

 戦場に流れる、剽軽なメロディに。音楽性よりも、『音』に反応を示したのであろう。
 戦場に残され、最早死に体とも言えるような状態の小型マガツヘビたちが、一斉に音源……黒猫のケットシーの姿を見詰めた。
「そんなにょろにょろじゃ、とても速くは進めないでしょうね!」
 あまつさえ、なんだ、あの獲物は。よくわからないが、何やら騒いでいるではないか。
 仄々の想像通り、主の鱗などが元となった黒蛇は、マガツヘビ以上に知性が低い。
 目に付く敵全てを攻撃するような性質を√能力者たちに利用され、大打撃を被った訳であるが……それが改められることは、今回の戦場ではなかった、という事であろう。
「ヘビさんこちら〜!手の鳴る方へ~!」
 その声に、囃す狸の腹鼓まで加われば。最早その存在を主張する者どもを無視する事は出来ない。
 仄々の挑発にまんまと誘き寄せられ、ボロボロの黒蛇の群れが黒猫に襲い掛かってゆく。
 先も述べたとおり、城下町には|虎口《クランク》や枡形……外敵を効率よく仕留めるための機能を持たされている。
 侵入されれば終わりの西洋の城下町に対し、日本の城下町は殺意を持たされた防御拠点なのである。
 勿論、街の整備の過程で、姿を変え、或いは消していくことも多いが……ここは√EDENではなく、√妖怪百鬼夜行なれば。
 比較的高層の建物と建物に挟まれている細目の道路も、十分に残っているであろう。
 隘路に誘き寄せられた黒蛇たちの前に、立ち塞がるのは八百八狸たち。
 そして、そこに走り込んだ仄々がくるりと反転すれば、別動隊の狸たちが黒蛇の退路を断つ。
 罠に嵌った。この事を理解できた小型マガツヘビは、果たして居たであろうか。
「――演奏会の始まりです!さあ、元気よく行きますよ〜♪」
 猫と、狸と、高松の|城下町《れきし》が、簒奪者に牙を剥いた。

 隘路の中に、仄々の放った音撃と色とりどりの音符が乱舞する。
 狸鼓を打てば猫又舞う、というが。この場においては黒猫が手風琴を奏でれば、それに呼応するように勇気と希望を得た八百八狸が腹鼓を打つ。
 ――【愉快なカーニバル】
 【音色】属性の弾丸を射出し、着弾地点を中心に音撃のダメージと、味方への|鼓舞《バフ》を与える√能力だ。
 アコルディオン・シャトンの演奏に狸達の腹鼓のリズムが加わり、猫と狸の協奏によるメロディはビルの間を木霊し。
 ボレロの如く折り重なった音色はクライマックスに向けて高まってゆく。
 降り注ぐ音色の波に、ただでさえ√能力者たちや狸たち、そして同士討ちで傷付いた体が耐えられよう筈もなく。
 次々と膝から力が失われ、古妖ほどの力を誇った強力な肉体も、最早立ち上がる事さえ叶わない。
「これで第一幕のフィナーレ、です!」
 黒猫の合図とともに一斉に光り輝く音符が降り注ぎ、津波の如き大音量が爆ぜ。
 何時しかその余韻も、黒蛇たちの気配も完全に消え去った時。
 戦場に沸いたのは、スタンディングオベーションに代わる、盛大な勝鬨の声だった。

「狸さん達お疲れ様でした!
 ――さて、いよいよ本体さんの登場ですね。」
 仄々が見詰める先、稲荷山の頂上で。
 ――|峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!《GAOOOOOOOOOOOOOONNNN!!!!!!!!!!》
 痺れを切らしたのであろう。市中全てを震わせるような、マガツヘビの猛々しい咆哮が轟いた。
 遠く離れている筈の仄々たちをも呑み込み、圧し潰さんとする禍々しい重圧。
 しかし小さな黒猫は、歴戦の兵でも尻尾を巻いて逃げ出したくなるような、悍ましい遠吠えに怯むことはなく。
 その程度で役者は殺れぬと、その背筋をピンと伸ばしてみせる。
「でも、大丈夫!私たちなら、きっとよい演奏ができますから♪」
 まだまだ、序の段を終えたばかり。
 本番の幕に向け、黒猫はその姿勢を以て|楽団の仲間《たぬき》たちを鼓舞して見せるのであった。

第2章 ボス戦 『マガツヘビ』


 ――|峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!《GAOOOOOOOOOOOOOONNNN!!!!!!!!!!》
 今までに事件の中心となる簒奪者と対峙した事がある者なら、わかるであろう。
 その黒蛇が放つ、禍々しい重圧は。それらをあまりに大きく上回っていた。
 ――稲荷山を下りたマガツヘビは、栗林公園から国道11号を北上。
 周辺の瓦礫や自動車の残骸、小型マガツヘビ共の亡骸、全てを蹴り飛ばし、殴り飛ばし、吹き飛ばしながら、√能力者たちが防衛の最前線として陣取り、鱗たちを撃退した番町交差点まで進撃してきたのだ。
 『無限の妖力』と称されるその力。それが真実であろうと、否が応にも理解させられるオーラに射竦められれば。
 歴戦の兵の中にも、蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなる者も出ることであろう。
「糞が、糞糞糞餓鬼共が!!!!使えない鱗共が!!!!何手前らで潰し合ってやがる!!!!糞糞糞が!!!!
 どいつもこいつも糞馬鹿にしやがって!今度こそ、全部全部ぶち壊してやる!!」
 ごぉう、と。怒気と呪いを孕んだ罵詈雑言が戦場を吹き荒れる中。
 ――かろり、かろり。
 これを何処吹く風と、快いリズムと共に一本歯の下駄を鳴らし。
「とまあ。此奴は見ての通り、大いなる力に全てを持ったいかれたが如き莫迦者でもあるのだがな。御方々、緒戦、御苦労であった。」
 この戦の指揮を執っていた古狸……隠神刑部が戦場に姿を現した。
「貴殿らが黒蛇の群れを打ち破って呉れたお陰で、城を守りに使う必要もなくなった。
 城将が槍働きなど、と。詰まらぬ事は謂わぬよ。今此の時より、儂も存分に力を揮おうぞ。」
 敵に回してみれば、謀略に神通力と厄介な手合いではあるが。裏を返せば、この古狸の知恵が味方に付いたならば、この戦力である。
 きっとこの無限の妖力を持つとされるマガツヘビも、最後には打ち破る事も叶うだろう。
「莫迦は莫迦だが、莫迦力の持ち主でもある。各々方、暮れ暮れも油断召されるな。莫迦を相手に負ける程、莫迦らしい事はない故な。」
「莫迦莫迦煩ぇぞ、何べん莫迦って言いやがった糞野郎!!俺でも莫迦くらいは分かるぞこの野郎!!
 先ずは手始めに、俺の鱗たちを糞馬鹿にした殺し方をしやがったお前らだ!!!!
 今からお前らを一人残らずぶっ殺してやるからな……!!」
 この通り、挑発はよくよく効く。そう目配せする狸に、√能力者たちも各々が頷いて見せた。
 短絡的で、容易に挑発に乗る手合いなら、付け入る隙も見出すことが出来る事であろう。
 然し、古狸が述べた通り、油断をしてはいけない。生半な策では、力任せに打ち破られる事もあるやもしれないのだ。
 攻撃も効果が薄く見えるかもしれない。しかし、積み重なれば、最後には斃せる筈。いや、斃さねばならぬのだ。
「……ふ、古妖などと呼ばれる儂が、人と共に戦うなど二度と無いと思うておったが。
 先の事など判らぬものよな。のう、小源太。」
 それは、√能力者たちには聞こえるかも判らぬ、小さな呟き。軽く笑みを浮かべた刑部は、大きく息を吸い。
 マガツヘビに負けじと、高松の街を揺るがすような大音声で配下の八百八狸たちに檄を飛ばす。
「八百八狸共、今こそ手柄の立て時ぞ!!此処は太三郎狸が本拠、讃岐の地なれども!!
 我ら伊予狸の力を天下に示さん!!者ども、征け!征けぇぇぇぇい!!」
 総帥の号令に背中を押され、我先にと果敢にマガツヘビに攻めかかる狸たちとともに。
 √能力者たちが、各々の得物を手に、この難敵との戦いに挑む……!!

●Caution!
 ・この戦いでは、隠神刑部が皆様と共に戦います。使用√能力は第1章のものをご参照ください。
 ・隠神刑部は指示が無くとも自由に戦いますが、援護を要請すれば余程の指示でない限り、必ず従います。
 ・また、八百八狸も戦場に居ります。此方も指示があれば従いますので、陽動等にご利用ください。
魔花伏木・斑猫
深見・音夢
小明見・結

「糞餓鬼共が雁首揃えて何やろうってんだ!!!?たかがそれだけの数で、このマガツヘビ様をどうにかできるなんて思っちゃいねぇよなぁ!!!?」
 ――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!!
 √能力者を前に、漆黒の蛇が咆哮した。大気を震わせ、魂ごと揺さぶる、その重圧。
 確かにこれ程の力があれば、頭脳は要らぬであろう。思考と試行のプロセスを踏み倒し、力尽くで眼前のあらゆる敵を滅ぼすだけの力をこの古妖は持っている。
 妖怪たち総てを縛る掟に『滅ぼすべし』と名指しされ、『無限の妖力』と噂される前評判は、決して伊達ではない。
「古妖すら恐れる妖怪…いえ、ここまで来ると最早『怪物』……。い、一周して恐怖が吹き飛びそうなくらいです……。」
 |魔花伏木・斑猫《まかふしぎ・はんみょう》(ネコソギスクラッパー・h00651)は、自身の臆病風すら吹き飛ばすほどの暴威に、常日頃からの挙動不審さまで失くさんばかりとなっている。
「……で、でも……隠神刑部とさえ共闘出来る今ならば、この利を汲み取らない手はないんです……!」
 改造の果てに姿かたちが変わったとはいえ、√EDENにおいては『果ての二十日』を統べ、鍛冶神の零落した姿とも伝わる妖怪『イッポンダタラ』。それが斑猫の人妖としての本性である。
 吹き飛ばされそうになった恐怖をこれ幸いと、震える声で勇気を振り絞り。
 マガツヘビ滅ぼすべしとの掟を果たすべく、獲物である多機能式改造型ライフルのグリップを強く握り込み。
「……あ、あの!……多頭でもないのなら、包囲されてなお影響がないとは言えないはずです……!こ、ここは、モグラたたきの様に、一斉に攻撃するのは、どうでしょうか……!」 
 震える声で、狸たちの指揮を執る古狸に献策するのであった。

 隠神刑部の号令に合わせ、果敢にマガツヘビに挑み掛かってゆく八百八狸の群れの中。
 先の戦いで、小型マガツヘビに壊滅的な打撃を与えた一計を案じた|小明見・結《こあすみ・ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)は、素早くこの緒戦の要に目星を付けた。
 伊予狸の大将である古狸は勿論のこと。そして、頼りなさげな猫背ではあるが、確かな実力を持っている斑猫、そして黒衣の怪人である深見・音夢だ。
(きっと魔花伏木さんや深見さん、隠神刑部さんはマガツヘビにとっても脅威で、優先的に倒したいはず。)
 特に、隠神刑部はマガツヘビを挑発する事で気を引いている。ならば、マガツヘビの攻撃も集中しやすいであろう。
(だったら私は、彼らが十全に戦えるようにサポートに回りましょう。)
 その方針を決定すると、その空色の瞳を祈る様に閉じ。彼女がこの一年で学び、得意とするに至った精霊術を発動した。
「お願い、皆を守って。」
 黒蛇から齎される異常なまでの重圧と、狸たちの鬨の声に緊迫する戦場。
 そこに一陣、その空気を和らげる様に春風が吹く。

 ――【守り風】
 それが、結の発動した√能力の名だ。
 攻撃から一度だけ守ってくれる風の精霊を召喚する、という効果を持つが。
 それと共に、これまでの戦場における善戦の度合いによって召喚数が変わるという、一風変わった効果を併せ持つ。
 その効果により彼女に呼び出された精霊、その数はゆうに50体を越えていた。
 最前線の陣地を食い破らんとしていた強力な黒蛇の群れを見事に押し戻したという、その素晴らしい戦果が反映された形だ。
 こうして、精霊の一群が結の命を果たすべく戦場へと飛んでゆく。

「あー……なるほど。これは良くも悪くも事前の評価がピッタリっすね。」
 良くも悪くも。つまり『無限の妖力』と称されるその力を確かに認めつつも、子供の喧嘩の如き、簡単な挑発にも容易に乗る『矮小なる頭脳』。
 この両極端な性質を目の当たりにして、|深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)は呆れ半分に呟いた。
 小型マガツヘビは、その知恵の無さ故に√能力者たちに手玉に取られ、同士討ちという形で自壊していったが。
 その主であるマガツヘビも、その大口から吐き出される罵詈雑言の数々からは、大凡知性というものを感じる事は出来ない。
 ならば、付け入る隙を見付ける事も叶うであろう。
「となれば、やはり絡め手で行くのが上策と見たっす。」

 音夢が仕掛けの準備を始める中、戦場では、斑猫の策を受けて、狸たちがマガツヘビの包囲に移っている。
 そしてその群れは戦い始めより更に数を増やしており、隠神刑部の姿も複数いるようにも見える。が、それはマガツヘビからの視点。
 此方から見れば、包囲に参加しているのは結が呼び出した風の精霊だ。
 八百八狸たちの神通力により、小型マガツヘビと同じように、化かされ状態となっているマガツヘビ。
 その黒蛇に怪しまれぬように低空飛行する|精霊《たぬき》たちは、いざとなれば味方や隠神刑部ら伊予狸たちの盾となる。
 これでは結の目論見通り、マガツヘビが多少は攻撃を優先するであろう古狸に狙いを定める事など出来やしないであろう。
 また、『どれだけマガツヘビが強大でも一度に全員を攻撃なんてできない』。この斑猫の結の認識は一致していた。
 幾らマガツヘビが強力な範囲攻撃を持っていようと、側面や背面からの一斉攻撃を防ぐことは叶わない。
 そして、正面からの攻撃は回避や防御に専念し、致命的な一撃は結の精霊が盾となる事でやり過ごす。
 如何に無限の妖力、膂力を持っていようと、当たらなければ火力というものは意味を為さない。
 『敵に翻弄されている』というこの事実に、然程ダメージは無くともマガツヘビは加速度的に怒りを募らせてゆき。それがいざ、臨界点に達した時。
 ――――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!!!!
 禍々しい雄叫びが、再び大気を震わせた。
「糞糞糞!!!!ちまちまちまちまと煩えなあ、糞どもが!!!!なら纏めてぶっ潰してやるからな、そこ動くんじゃねぇぞ……!!!!」
 湧き上がるのは、黒蛇の怒り、苛立ち、怨みを形にしたかの如き、黒き『妖の火』。
 近接範囲の敵を即死させるであろう威力を誇る【禍津ノ尾】……【マガツサバキ】を放つための|溜め《チャージ》に入ったのだ。

「これを待っておったのであろう?」
 笑みを隠したかのような隠神刑部……いや、彼が変じた十二神将が1人、宝槍を手にした伐折羅大将の声に、音夢もにやりと鮫歯を見せて応じた。
 しかし、この策をマガツヘビに察されてはならない。此処から先、マガツサバキを乗り越えるための要は、彼女だ。
「皆の者、奴に『妖の火』を溜め終えさせてはならぬ!!必ずや中断させるのだ!!
 でなくば、我らに待つは死あるのみぞ!!」
 一撃必殺ともなろう威力のマガツヘビの√能力を発動させてはならぬ。
 この檄に応じる様に、斑猫、結、そして狸たち。彼らの攻撃もまた、苛烈さを増してゆく。

「術式侵食。……《一寸の蟻に天下は敗れる》」
 斑猫の√能力【|皆神孤蟻喰《ミナミコアリクイ》】により生成された呪術弾が、彼女の愛銃よりマガツヘビに撃ち込まれる。
 しかし、確かにその身に弾丸は吸い込まれた筈だが、黒蛇は嘲笑うばかりでダメージを受けた様子はない。
「笑わせるんじゃねぇ!!!!そんなのが効くと思ったか、糞が!!!!」
 そう、【マガツサバキ】による『妖の火』のチャージ中は、マガツヘビがダメージを受けることは無いのだ。
「……そ、そうかもしれませんね。……でも、今は。これでいいんです!」
 『見た目上』の効果が無かろうと気にするものかと、銃声と共に次々とライフル弾が撃ち込まれ。
「隠神刑部さんや狸さんが協力してくれるの本当に心強いわね。今回だけじゃなくて、ずっとこの関係を続けていきたいわ。」
 追い撃つかの様に、結の援護射撃も兼ねた精霊たちの風の全力魔法がマガツヘビの体にぶつかり、弾けてゆく。
「儂は、戦はこれきりになるであろうからな。残念ながら、貴殿の希望には添えぬよ。」
「それは、どういう意味……?」
 協力関係ではなく、『戦は』と敢えて限定した|伐折羅大将《刑部》は、結の疑問に答えることは無く。
 大地を割り砕かんばかりの踏み込みと共に、マガツヘビに槍を突き込む。
 無論、チャージ中にはダメージを受ける事が無いマガツヘビは下卑た咆哮を上げ、為す術もなく『妖の火』は黒く、大きく燃え上がるばかり。
 ――そして、限界まで燃え上がる刻限……60秒が経った。
「じゃあな、糞餓鬼共!!!!纏めて死ねぇぇえええええ!!!!」
 ――【マガツサバキ】
 轟轟と燃え上がる、黒い炎。膨大な妖力に、陽炎の様に世界が歪む。
 威力18倍とも言われるその火力、それを『無限の妖力』と称されるマガツヘビが放てば。さて、どうなるか。
 少なくとも、√能力者たちはおろか、隠神刑部でさえ、肉片一つ残らないだろう事は想像に難くない。

「それも放てれば……の話っすけどね。」
 ――沈め!!

 瞬間。尾を振るわんとした歪な姿のまま。マガツヘビが、固まった。
 無限の妖力とも言われる、その黒蛇は身動ぎ一つも適わず、ただただ唖然と口を開けるばかり。
「この、糞餓鬼が……!!俺様に、このマガツヘビ様に何をしやがった!!何しやがったぁぁぁ!!」
 一呼吸置いて。訳が分からない、と喚き散らすマガツヘビの姿を尻目に。
 斑猫や結たち√能力者、そして八百八狸たちがこれから振われる筈だった尾の間合いの外へと逃れてゆく。
 そして、黒蛇が睨むその先に。金の瞳、そしてそれを取り巻く白目をも漆黒の瞳に変えた眠り鮫。それをベースとした怪人の姿があった。
 ――【|擬装限定解除・深夢《シズメフカキニ》】。
 それが音夢が発動し、マガツヘビを釘付けにして見せた√能力の名である。
 彼女のコンプレックスである怪人の姿を限定的に解除し、毎秒体力を消耗する、その代わり。
 目を閉じるまで、視界内の全対象を麻痺させ続けるという√能力だ。
「……正直、本性が漏れるから使いたくない奥の手だけれど。」
 海底から響くような、音夢の冷ややかな声と共に。彼女の目が閉じられる。
 それを合図に、あらゆる障害を薙ぎ払い、破壊し尽くすであろう尾が烈風を巻き起こしながら振るわれたが、その尾は1人として対象を捉えることは無い。
「ンがっ!?糞糞糞糞糞……!!畜生共がぁぁぁああああ!!!!!!」
 斑猫の放った、身を侵食する呪術の弾丸。結と精霊たちが放った全力の魔法。そして、隠神刑部の突き出した槍の痕が。確かにマガツヘビの肉体に刻まれていた。
 その怨念の籠った絶叫は、マガツサバキの効果により60秒間先送りにしてきたダメージがひと時に襲ってきたが故であろう。
 まだまだマガツヘビを斃すには至らないであろうが、√能力者たちの策により、ダメージを積み重ねられたのは確かである。
 その上、マガツヘビの決め手となる一撃をふいにする事に成功したのは、大きな戦果と言える。
「こういう手に引っ掛かるから、どれだけ強くても矮小なる頭脳と言われるんだよ、君は。」
 呆れかえったと言わんばかりの、ため息交じりの音夢の声に。
 知恵に劣る黒蛇は、その怒りを露も隠さずに咆哮を上げるのであった。

屋島・かむろ
クラウス・イーザリー

 ――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!!
 マガツヘビは、大いに怒り狂っていた。
 古妖である隠神刑部に傷を受けた事は勿論のこと。√能力者という、吹けば飛ぶような木っ端の如き存在にしてやられ、渾身の一撃で気持ちよく『ぶっ潰す』筈が空振りに終わり、その上で手傷まで負ってしまったのだ。
 この事実は、黒蛇のプライドを大いに傷つけた。その鬱憤を晴らすかの様に尾を、腕を振い荒れ狂うマガツヘビを前にしてなお、|屋島《やしま》・かむろ(半人半妖の御伽使い・h05842)の目は冷ややかだ。
「えらい怒っりょんなぁ……。地元|ごじゃ《めちゃくちゃ》にされて、怒り心頭なのはウチの方やっちゅうんに。」
 かむろの地元は、讃岐の屋島。源平合戦において平家の運命を決定付けたとも言える、あの屋島である。
 そして、屋島の頂上からは高松城がよくよく見える。そう、高松市から10㎞と離れていないのだ。
 慣れ親しんだ高松の街並みを、妖怪や人の営みを破壊し尽くそうというこの黒蛇を、讃岐狸の末裔が許せようものか。

 地元の戦いという事で元より士気の高いかむろとは別に、隠神刑部の、将としての号令に士気を奮い立たされた者もいる。
(頼もしいな……。)
 将としての檄に強く頷いて、武器を手に駆け出したのはクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)。
 故郷である√ウォーゾーンにおいて、学徒兵として幾度の戦火を越えてきたクラウス。
 普段は穏やかな彼の魂をも、古狸の声は奮わせた。
「敵は強大だけど、協力すればきっと大丈夫。こんなに頼もしい味方がいるんだからね。」

「マガツヘビ、天晴、天下の大うつけ!我らの手の内で、良いように踊る奴の姿を見たか!
 誠に、まっことに笑わせてくれる!さあ、次はどの様に笑い者にしてくれようか!」
「手前この野郎!!!!俺を糞馬鹿にしやがって!!!!糞糞糞糞!!!!糞雑魚ども、そこを退けぇ!!アイツをいの一番にぶっ殺してやらねぇと、俺の気が納まらねぇ!!!!」
 マガツヘビは、学ばない。簡単な挑発にも面白いように釣られてゆく。
 そう、クラウスが刑部に提案した挑発の策は、大いに効果を発揮していた。
 更に言えば、√能力者が召喚したダミーの|隠神刑部《精霊》も多数召喚されているが故に、それが『本物』であるかも怪しいのだが、その可能性を考えもしないが『矮小なる頭脳』と称される所以であろうか。
 そして、視野が狭まった敵に対して最も有効な手、それは無防備な側面からの攻撃。この一手を打たんと、クラウスはその右手を掲げた。

 ――【沛雨】
 大型レイン砲台を召喚し、一斉発射するというこの√能力は、召喚したレイン砲台の数だけ命中率と機動力が下がる。
 しかし、その代わりに召喚数の3倍という恐ろしいダメージを叩き出しうる効果を持つ。
 そして、呼び出されたレイン砲台、その数20基。随伴し、ファミリアセントリーもその砲口を向けた。
 レイン砲台はその召喚数の代償として、命中率も極端に下がっているが……それを当てるだけの準備は、既に整っているのだ。
 さて、緒戦から八百八狸たちは、マガツヘビに対して【神通力】を以て攻撃を加えている。
 勿論、ダメージは大して通ってはいないが、化かされ状態に陥っているのは、先の戦闘を見ても明らかだ。
 そして、もう一つ。18日間回避率が低下する効果は、累積する。
 果てしてマガツヘビは、一体どれだけの神通力による攻撃を受けてきたのであろうか。
「――撃て。」
 静かに振り下ろされる右腕。その合図と共に、レイン砲台が一斉に火を噴いた。
「なんっ、だぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」
 それは、マガツヘビが初めて上げた、驚愕の声。それもそうだろう、60倍+αの火力が意識の外から突然に、無防備な横っ面に浴びせられたのだ。
 生半な攻撃ではよろめきもしないマガツヘビが。その攻勢にバランスを崩し、転んだ。
「今だ、みんなで集中攻撃しよう。」
「応!御美事也!狸共、今こそが機ぞ!逃すでないぞ!」

 伊予狸たちによる、神通力の一斉射撃が始まる中。
 地元、讃岐の狸も負けてはおれぬと気を吐いた。
「まぁ折角香川まで来ぃよったんや、土産代わりにええモン見せたる。」
 瞼を閉じ集中するかむろ。その妖力の高まりと共に、紅葉柄の長羽織の裾がひらめく。
 それはかむろの『大爺ちゃん』が、実際に見聞きしてきた物語。その末裔であるかむろが伝え聞いてきた伝説。
「ほんまなら、寺のおじゅっさん住職しか見れん特別モン。それも何と今回は讃岐と伊予のスペシャルコラボや。
 …併せぇや伊予の、屋島の戦い、扇の的や!」
「ほぅ、太三郎めのあれが見られるか!天下に名高き我らが総帥、太三郎狸の十八番が!――よかろう、喜んで合わせてみせようぞ。」
 刑部の幻術のサポートを受け、その赤茶色の目を見開けば、世界が変わる。
「ああ!!!?糞、今度は何だってんだ、この野郎!!!?」
 海に浮かぶはマガツヘビ。戦場よりかむろを囃す、一時は天下を恣にした武将の群れ。
 高松の市中だった筈の其処には。荒く、疾い、瀬戸内の海が広がっていた。それは、かむろの発動した√能力、その幻術の効果に他ならない。
 変化の達者であった先祖の名の通り、この戦で名を挙げ備中荏原荘をはじめとする所領を得た青年武者、那須与一資隆に変じたかむろは、重藤の弓を携え|鵜黒の駒《愛馬》に跨り、ざんぶと波間に乗り入れた。
 海の中より黒炎を上げ、【マガツサバキ】を放たんとする60秒のチャージを始めるマガツヘビだが。
(ひと所に留まって、溜め時間有りの近距離攻撃なんて悠長なんに付合う義理はあれへん。)
 そう、今の戦いは遠距離より推移している。わざわざ敵の得意な間合いで戦う必要など一切ないのだ。
 波間に揺れる、|マガツヘビの頭《扇の的》。この時、もし与一が的を射抜けなければ、彼は源氏と那須氏の名に泥を塗った事を恥じて、腹も切ったであろう。
 命を懸けた一矢、その緊張。与一に変じたかむろは我が事の様に思い知る。
 思い知ったが故に、自然と祈りの言葉が口から零れた。
「南無八幡大菩薩。我が国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神。
 ――願わくはあの扇の真中射させてたばせ給え……!」

 その一瞬。瀬戸内の荒波が、風が、凪いだ。
(――今や!!)
 
 ――ひょう、と射た鏑矢は。狙い過たず|マガツヘビの頭《扇の的》に突き刺さる。
 マガツヘビの頸を飛ばすとはいかないが。扇は天に高々と舞い上がった。

 ――わぁぁぁぁああああああっ!!!!!!
 故事の通りに箙を叩き、戦場を揺るがさんばかりの歓声を上げる八百八狸たち。そして、船上の狸たちもまた船端を叩いて大喝采。
「美事、御美事!!天晴、天下の弓の上手!!――将に、太三郎の屋島であった。」

 ――【屋島合戦・南無八幡大菩薩】
 これこそ、かむろが受け継いだ屋島の戦いの一部始終。
 ここが屋島の戦いなれば、マガツヘビが滅ぶのは今此の時でなかろうと。またしても【マガツサバキ】を空振った黒蛇は、チャージ後に現れたこの一矢の手傷により、更に滅亡の道を歩み進めてゆくことだろう。

 この物語の一部始終を見、士気の高まりを目の当たりにしたクラウスは、思わず握っていた手を解き。
 まだまだ戦いは終わっていないにも関わらず、つい見入ってしまった自分に苦笑した。
「相手は中々倒れないだろうけど、諦めずに攻撃を続けよう。」
 √能力者たちと伊予狸たちが、マガツヘビに着々と無視できないダメージを積み重ねながら、戦いは中盤へと差し掛かってゆく。

黄菅・晃
コウガミ・ルカ

 高松の市街地を舞台としたマガツヘビとの戦いも、遂に中盤に差し掛かった。
 『無限の妖力』、その前評判に嘘はなかった。√能力者たち、そして狸たちの猛攻を受けて尚、その戦意は衰えるどころか怒りに任せて高揚しているようですらある。
 その身に確かに傷を刻んではいるが、まだまだ終着点は見えてこない。
 『矮小な頭脳』、この前評判にも嘘はなかった。敵の攻撃の意図を理解せず、容易に敵のつまらぬ挑発に乗っては策に掛かり。既に二度にわたって決め手となる『マガツサバキ』を空振ってもいる。
 ――このまま押していけば。或いは。
 重なりゆく疲労とは裏腹に、士気が上がり続けてゆく戦場。そんな場においても、|黄菅・晃《きすげ・あきら》(汎神解剖機関のカウンセラー・医師兼怪異解剖士・h05203)の何処か無気力に感じる声音は相変わらずであった。
「さて、デカブツにはデカブツで対応してやらないとねー。」
 しかし、それが戦意の低さと考えるのは早計である。彼女はこれが平常運転。
 ……いや。強敵相手に『果たすべき仕事』を為すために、いつも以上に真剣である事は疑いない。

 ――……グルルル。
 その傍らに立ち唸り声を上げる|相棒《猟犬》、コウガミ・ルカ(人間災厄「麻薬犬」・h03932)はといえば。
 主治医の纏う僅かな空気の違いを、その鋭敏な察知能力から把握するに至っていた。
(晃、あれ、使うんだ……。久しぶりに見るな。)
 ルカが思う、『あれ』。その正体は、この戦の中でいずれ解る事であろうが。
 血風吹き荒ぶ只中にあっても、痛みも恐怖すらも感じぬ『筈』の狂戦士の脳裏に、その時の晃が操る『影』の姿がありありと浮かぶ。
(凶暴化した時によく見る晃の影。あれは自我が無くなってる時の俺でも、怖かったな……。)

 そんなカウンセラーの『空気の違い』を、愚鈍、そして己の怒りにのみ囚われているマガツヘビが知る由もない。
「何をコソコソと企んでやがる、糞餓鬼共が!!!!手前らが幾ら喚いて足掻いても、最後は力だ!!勝つのは『無限の妖力の持ち主』、このマガツヘビ様に決まってるだろうが!!!!
 この俺が!!手前ら如きの攻撃で!!!倒れるわきゃねぇだろうがよ!!!!」
 ――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!!!!!!!!!!
 黒蛇が吠える。しかし、晃はそれがどうしたとばかりに動じない。
 餓鬼が思い通りにならぬと喚き散らしているだけの事。相手にしているだけ時間の無駄であると、『心』の専門家である晃はよく知っている。
「久々に1つにくっつけるかぁ。狸達ー?護衛頼めるー?今から大技使うから防御が心許ないのよねー。」
「応さ、承った。まあ、もう重々に承知のことであろうが、彼奴は大莫迦者故な。儂共でも如何様にも止められようとも。」
「待てコラ手前この野郎!!!!すかして、このマガツヘビ様を無視してんじゃねぇぞ!!!!糞糞糞、糞面白くねえ!!!!先ずは手前からだ白いの!!!!」
 吠えても喚いても、己を恐れるどころか意にも介さない白衣の晃に、マガツヘビは怒りの矛先を向けた。
 しかし、八百八狸たちの神通力により、古狸の姿であった精霊たちは黒蛇の視界の内でのみ、その姿を晃に変えて。本物の彼女は、既にその中に紛れてしまっている。
 その内から飛び出したのは、黒衣の|猟犬《ルカ》。既にその口元の枷は外れ、彼を人間災厄たらしめる『|言霊《√能力》』発動の準備は整っている。
「晃、サポート、する。」
 如何に強大な古妖と雖も、|神通力《√能力》による幻惑効果が発生しているのは、既に周知の事実となっている。
(なら、『これ』も効くはず。)

 ――動くな。
「煩えぞ糞餓鬼が!!!!このマガツヘビ様に手前如きが命令するんじゃねえぞ!!!!
 ――おいなんで動かねえんだ俺の腕!!!!俺の腕なんだから俺の思い通りに動くべきだろうがよ糞が!!!?」
 ――【マガツカイナ】。それは、振るわれれば、その膂力から来る大ダメージは避けられず。
 外れれば一定範囲内を『霊的汚染地帯』と化して、己以外の全ての行動の成功率を半減させるという、厄介な効果を持つが。
 マガツヘビ自身が白状している通り。腕を振う事が出来なければ、効果を発揮する事も無い。
 これを可能にしたのがルカの√能力【狂犬の咆哮】だ。この敵の体を『言霊』で縛れるのは、連続攻撃の締めとなる、ナイフによる強撃までの一瞬。
 彼の怪力を以て、鋭く喉元に突き込まれるナイフも。本来は急所であるべき其処に刺さりはすれども、効果があったかは判らぬが。
 しかし、その一瞬が積み重なれば。
「時間稼ぎ、ありがとねー。おかげでこの子たちの準備もできたわー。
 ――じゃ、得体の知れない怖さ、見てみるー?そんでもって恐怖に震えなー?」
 やる気が感じられない晃の声と共に。
 戦場に現れ、黒々とした翼を雄々しく広げる|巨鳥《ワシ》。
 晃の切り札、喜怒哀楽を表す『影』たちの『融合』が成った。

 ――【|蠢く恐怖の顕現《アグリゲイトオブテラー》】
 この√能力は、晃の攻防を担う喜怒哀楽の影を融合し、攻撃に全てを振ったものであると言ってもよい。
 大きく翼を広げてマガツヘビを威嚇する影の姿は、すらりとした足に、頭には優美な飾り羽。
 蛇を蹴殺し喰らう、毒蛇の天敵。『書記官鳥』の名で知られる、ヘビクイワシのようでもあった。
 鎌首を擡げる様に体を起こしたマガツヘビに対し、|書記官鳥《ワシ》の鋭い鉤爪の蹴りが頭に突き刺さる。
「|手前《てめぇ》、手前手前手前!!!!このマガツヘビ様の頭を足蹴にしやがって!!!!
 馬鹿にしやがって!!!!この俺様を皆で馬鹿にしやがってえええええ!!!!糞糞糞おおおおお!!!!」
 それは、聞く者が聞けば、痛々しくも聞こえたかもしれない。その絶叫と共に振るわれた手が、喜怒哀楽の影の盾となった精霊を吹き飛ばし、霧散させる。
 『影憑き状態』。それがマガツヘビにかけられた|状態異常《デバフ》だ。
 影憑きは正体不明の恐怖に囚われるというが。恐慌し、激昂するマガツヘビが何を感じているのかは、黒蛇自身にのみ解ること。
「……っ。」
 しかし、恐怖に駆られた闇雲な攻撃と雖も、その一撃はルカの回復能力を超え、一撃で絶命させ得るのだ。
(多分、作り直す時間が無い……。)
 『過剰強化』された身体能力を活かして躱し、反撃のナイフを振い。
 その一撃に合わせる様に、ショットガン型のシリンジシューターから放たれた|注射器《シェル》がマガツヘビの頭部で爆ぜ。
「ほら、何処見てるのー?アンタの遊び相手はあっちでしょー?」
 追撃の|影《ワシ》の蹴撃が、顔面の傷口を抉る様にその頭を蹴り飛ばす。
 ――ぐわり、と。
 そう、蹴られた頭が大きく揺れる姿を。
 転倒はすれども、大きなダメージを受けたような様子を見せなかったマガツヘビが、ダメージを受けていると確信させる姿を。
 戦地に立つ狸たちは。そして√能力者たちは。その目で確かに見た。
 ――効いている。これまでの攻撃は、無駄ではなかった。
 強大な敵を前に、これ程にまで味方を鼓舞する事実があるであろうか。
「佳し!佳し!!押しておるぞ!!彼奴め、痩せ我慢も限界と見た!!
 勇士らよ、鬨を挙げよ!!マガツヘビ、討ち滅ぼすべし!!」

 ――雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄!!!!

 ――玉藻城下の戦場に。√能力者たち、そして狸たちの雄叫びが響き渡る。

シアニ・レンツィ

 ――雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄!!!!
 戦場に響き渡るのは、禍々しいマガツヘビの咆哮ではなく。
 √能力者たちの奮戦により、初めてダメージを負ったらしい姿を見せた黒蛇の姿に勇気を得、畳みかけんと狸たちが上げた鬨の声。
「ふふっ、不思議。タヌキのおじさんが来た途端空気というか、風が変わった。これが誰かを率いるってことなのかな。」
 己の身、そして魂すらも奮い立つ様な歓声に。シアニ・レンツィ(|不完全な竜人《フォルスドラゴンプロトコル》・h02503)は、自らの戦意も高揚している事を、文字通り肌で感じていた。
 いつ倒れるかも解らぬどころか、ダメージを負っているのかすら判らない敵を斃さねばならぬという、苦しい戦いだ。
 しかし、機を逃さぬ隠神刑部の号令、そして√能力者たちの奮戦が相互に作用しあい、流れを引き寄せつつある事を。
 シアニもまた、この場に立つ者たちと同様に、確信している。
「あぁ、どうしよう。あたしも引っ張られてる。一緒に勝ちたい、勝たせたい……!」
 傾きかけた流れを完全に掴むため。
 青鱗の少女は愛鎚を担ぎ、強大な黒蛇に挑み掛かってゆく。

 ――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!!!!!!!!!!
 マガツヘビが吠える。
「糞糞糞!!!!糞が!!!!何でだ!!!!こちとら『無限の妖力』を持つマガツヘビ様だぞ!!!!」
 何故、自身より遥かに力で劣る雑魚どもにも関わらず、自身を恐れず、立ち向かってくるのか。
 そして、そんな雑魚どもを駆逐できないのは何故なのか。
 先の戦いで『恐怖』の|状態異常《デバフ》を受けたマガツヘビもまた、自身から逃げつつある流れを感じ、憔悴していた。
 一方のシアニは、その様な黒蛇の内心など知る由もない。ただ、浮足立っている事だけは、わかる。
 ならば、打てる手は今打たねばなるまい――!
「ユア、みんな、集合ーっ!」
 掛け声と共に現れたのは、緑竜ユアを筆頭とする、幻影のミニドラゴンたち。シアニが得意とする√能力【|幼竜の集会所《サモン・ミニドラゴン》】を用いて、増援を呼んだのだ。
「タヌキちゃんたち!ミニドラゴンたちを、葉っぱとか鳥とか、見辛い姿に化かしてほしいなー!」
「へい、合点承知でさぁ!!今度は一体全体、何を見せてくれるんで?」
「まだ内緒!でも、すぐわかるよー!」
 続くシアニからの指示に、八百八狸たちは威勢よく返事を発し、神通力で周囲の物品を浮かせ。マガツヘビ目掛けて雨霰の様に、次から次へと発射してゆく。
 シアニからは、マガツヘビからの視点は分からない。
 しかし、これまでの『化かし状態』がハマっている事実をこそ信頼し、ミニドラゴンたちをマガツヘビを取り囲むように展開させてゆく。――そして。

 ――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!!!!!!!!!!

 マガツヘビが、怒りに身を震わせた。
 黒蛇の脳内に、突如として一斉に雪崩れ込んで来たのは。
「右だ!」「左だ!」「後ろががら空きだ!」「ばーかばーか!」etc……
 己を馬鹿にする言葉も混ぜ込まれた、無意味な情報の洪水だ。
 しかし、誰が己を馬鹿にしているのか。そして、そんなものはありもしないのに、どれが『本当』の言葉であるのか。出処を探す様に、辺りを見回している。
(頭部の衝撃はじわじわ効いてくるはずっ!諦めないよ!)
 考えようとする度にシアニの戦鎚の衝撃が頭に走り、黒蛇なりに纏まりかけていた思考を中断させ、吹き飛ばす。
「糞糞糞!!!!わかりかけて来たのに邪魔しやがって!!!!手前、殴り過ぎだ糞餓鬼がああああああ!!!!」
 シアニの地道な攻撃に、遂に怒りが頂点に達したマガツヘビは。その黒々とした腕を大きく振り被り、√能力を発動せんとする。
 ――【マガツカイナ】
 当たれば黒蛇の膂力も合わさり、大ダメージを受ける事は避けられず。躱せば周囲一帯を霊的汚染地帯にするという、凶悪極まりない力だ。
 腕の一撃の驚異は、シアニもよくよく理解している。
 それを阻止すべく……そして、恐らくは戦場の誰もが思いも寄らぬ一言を。シアニは叫んだ。

「あっ、足元に王劍がっ!?」

 それは、あまりにも古典的に過ぎ、尚且つ幼稚であるが故に。何時しか使われなくなる、一発限りのネタ。――しかし。

「遂に俺を選んだか天叢雲剣!!!!」

 『矮小なる頭脳』は、伊達ではない。
「見ちゃうよね、足元!!」
 ――そう、見た。見てしまった。まんまと引っ掛かってしまった。
「嘘かよ!!!!無えじゃねえか糞糞糞糞!!!?俺をだまして、馬鹿にしやがって……あの野郎、何処に行きやがった!!!?」
 屈辱に頭に血を上らせたまま、マガツヘビは辺りを見回すが。
 当然、シアニはこの一瞬の、大きな隙を見て移動を終えている。

 ――ごぉうっ!!

 シアニの鉄塊の如きハンマーから、ブースターが火を噴く音がする。
 黒蛇が音の出処を見る暇など、ハンマーを振り被った青鱗の少女が与える筈もない。
「ご近所迷惑なマガツヘビは……!!」
 そう。彼女が居たのは、マガツヘビの視界より、更に上。
 重力加速に加え、ブーストの加速。更には身の丈ほどの戦鎚を軽々と振り回す、持ち前の怪力が真価を発揮して。
 ――めぎぃ。
 マガツヘビの頭蓋から、何かにヒビが入る様な音が響く。
 しかし、それでなお、ハンマーのブーストは止まらない。
「く、そ、があああああああああああ!!」
 マガツヘビの頭を支える膂力と、シアニの竜化した両腕の怪力とがぶつかり合い、拮抗し。そして。
「このハンマーで!!びたーん!!だ!!」
 ――【|不完全な竜はご近所迷惑《フォルスドラゴン・スタンプバースト》】!!
 地響きと共に、交差点のアスファルトに広がる、蜘蛛の巣の如きクラックと土埃。
 √能力者たちの猛攻、そして青竜の一撃の前に、その頭を垂れるかの如く。
 愚かなるマガツヘビが、顎から大地に叩き付けられた姿があった。

「手を緩めるでないぞ!!シアニ殿に続けぃ!!続けぇぇぇぇい!!!!」
 効いている。追い込みつつある。流れは此方にある。
 戦場の誰しもが、そう確信するが。油断しそうになる心を隠神刑部の号令が引き締める。
 マガツヘビに逆転の一手は与えまいと、積み重ねられる猛攻。
 高松の城下町を舞台にした戦いは終盤に差し掛かり。
 幼竜たちを引き連れたシアニもまた再びハンマーを担ぎ直し、よろめきながら鎌首を擡げるマガツヘビの姿を睨め付けるのであった。

フォー・フルード

(儀式を持って鎮め、封じる。なるほど。まさに天災と表現するに相応しい。)
 黒鋼の躯体を持つベルセルクマシン、フォー・フルード(理由なき友好者・h01293)がマガツヘビと相見えた時。
 鋼の心に生じたのは、人が自然の猛威に触れた時の様な。ある種の畏怖の念であった。
(無限の妖力。怪異を表す数値がほぼ意味を為していない。最早、生物というより物理現象そのものと相対しているようです。)
 その力のみで街一つを滅ぼし得る暴威。古妖の力を結集してなお、それを越え得る『無限の妖力』。
 しかし、自然現象、物理現象と決定的に異なるのは、相手が稚拙な挑発にも乗るような、意志を持つ存在であること。
 そして、斃さねばならぬ相手であるということだ。

 ――本隊到着を確認。
 だが、この場には……今日この日限りと雖も、指揮官が、上官である隠神刑部がいる。
 ならば、フォーのやるべき事は一機の兵として、作戦目標を達成するべく、為すべきことを為すだけであろう。
 ――アイテム『magic trick』をマガツヘビを対象に起動。
 ビルの屋上より、グリーンのカメラアイが黒蛇を走査し、解析し。
 異波共振化サポートAI『|magic trick《種も仕掛けも》」が、有効足りうる霊力を武器に纏わせる。
 ――そう。あの脅威の古妖も、封印されていたというのであれば、斃せる存在なのだ。
「撃退任務、最終段階開始。友軍との連携を重視し、作戦行動を開始します。」
 √能力【|予測演算射撃機構《セルフ・ワーキング》】による一射を、マガツヘビに弾かれることを警戒してわざと足元に撃ち込んだ。
 着弾と共に、フォーの電脳の脳裏に数多の先の展開の可能性が見えてくる。 
 勝利の可能性は、糸よりも細く見える可能性ではあるが、確かな道筋がある。
 可能性がゼロでないならば、やり様はある。
 こうして、可能性の中の勝利を現実のものとするべく、狙撃兵の長い戦いが始まったのである。

 そして、戦いは終盤。佳境も見えつつある段階だ。
 フォーの予測した可能性の中では、『わかっていても防げない』火力の違いで押し切られた未来が幾つも見えた。
 しかし、√能力者たちや狸たちの奮戦により、マガツヘビには眼に見えてダメージが現れており、最悪の未来の可能性は着々と芽を摘まれている。
 此処からは敵に立て直す時間を与えずに、一挙に攻め立てるのが上策であろう。
「隠神刑部上官、私が何とか隙を作りますので、その瞬間に神通力でのキツい一撃を撃っていただければ。」
「委細承知。なれば、合図は要らぬ。貴殿の思う、最良の頃合いで援護を下されば良い。」
 狸の伝令を通し、この様なやり取りを上官と交わしてから、フォーはビルよりその躯体を宙に躍らせた。
 風を切り、自由落下をしながら愛銃『WM-02』が火を噴き。手近な信号機を目掛けて放たれるのはフックショット『KV-55』。
 信号機を弓の様に撓ませながら、フォーの身は振り子のように落下の勢いと遠心力を利用して再び宙に躍り上がり、再び銃爪を引き、弾丸の雨を降らせてゆく。
「糞餓鬼が!!!うろちょろ、うろちょろと目障りだ!!!!羽虫みたいに叩き潰してやるからこっちに降りてきやがれ!!!!来たら、一撃で熨してやるからな!!!!」
 マガツヘビの怒り、苛立ちに呼応するように【マガツサバキ】による黒炎の再装填が行われるが、それの対応策は既に、√能力者たちによって割れている。
 一撃必殺の威力も、当たらなければ無いも同じだ。
 これが、必ず当てる様な工夫や策を用意して来る手合いであれば、常に一撃必殺の威力に、より強く警戒せねばならなかったであろう。
 【マガツカイナ】により霊的汚染地域化していれば、回避に失敗する事もあったかもしれない。
 しかし、マガツヘビはその様な策を用意しなかった。いや、『矮小なる頭脳』故であろうか、思い付くことが出来なかった。
 ならば、単純に間合いに入らなければよい。その上、チャージ中はダメージを受けないとはいえ、それはただ手傷を先送りにするだけのこと。
 此方から加える攻撃も、全く無駄ではないのだ。そうこうしている間に、再び60秒は無為に過ぎて、一撃必殺の尾は再び轟音を伴って空を切る。
 ――だが。
 その尾の余波を受けたのであろうか。宙を舞い躍るフォーの軌道が、ズレた。
 姿勢制御が出来ないのか、体勢を立て直そうと両腕をバタつかせるが。あろうことか、そこはマガツヘビの間合いの内。
「来やがった、来やがった、糞餓鬼が!!!!先ずは手前をぶっ潰す!!!!」
 剛腕の一撃がフォーを捉え、破壊しつくすという未来が、誰の目にも見えた事であろう。
「――誘いに乗りましたね。交戦規定を専守防衛に変更します。」
 今、この時。狙撃に最も関係ない部位は何処か。脚であろう。なら、ひと時の|痛み《アラート》と衝撃に耐えればよい。
 フックショットで強引に姿勢を立て直すと、フォーは蹴り出す様に、差し出す様にその脚部を伸ばす。
 がしゃり、と。脚が砕ける様な音がしたが。
「んがあっ!?!?」
 続く銃声と共に、破壊を確信し、油断した黒蛇の頭が銃弾のカウンターを受けて後方に向けて大きく跳ねて仰け反り。
 破壊された筈のフォーの脚は、どうした事であろうか。元に戻っているではないか。

 ――【|後の先《セカンドディール》】

 この√能力こそが、フォーに加えられたはずの深刻なダメージを『なかったことにした』絡繰りだ。
 そして、マガツヘビの胴は今。フォーの頭部への銃撃により、ガラ空きとなっている。
 ――今です。フォーがそう伝えるまでも無く。事前の打ち合わせの通りに、宝槍を構えた巨きな|十二神将《ふるだぬき》たちの姿が、其処にあった。
「肉を切らせて、骨を断つ。貴殿の場合、肉は無いのであろうが。御美事であった。
 ……合わせ方は、これで良かったであろうか。のう?」
 ――どすり。どすり、どすり。
 黒蛇の胴を貫き通す、槍衾。本来であれば、これで命の緒を断ち切るであろう、決定的な一撃に。
 ――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!!!!!!!!!!
 意地もあるのであろうか、マガツヘビは口から黒々とした血を吐き出しながらも斃れず、吼える。
 然し、死線には終わりが見えた。
 黒鋼の狙撃兵の決定的な援護に拠り。戦いは√能力者たちが優勢のまま、佳境を迎える。

箒星・仄々

 高松の城下町を舞台にした、マガツヘビとの戦いも遂に佳境を迎えた。
 √能力者たちも、古妖・隠神刑部率いる八百八狸たちも、傷付いていない者はいない。
 しかし、積み重ねてきた策と攻撃の数々が実を結び、あの強大な黒蛇の躯体に数多の傷を刻んでいる。
 ――もう、あと一息だ。
 狸たちが声を嗄らして叫ぶ中、その背中を後押しするかのように手風琴の調べが鳴り響く。
「いよいよ大詰めですね。マガツヘビさんを倒しましょう。」
 ぴん、とシャコーの羽を揺らし、背筋を伸ばし。
 |箒星・仄々《ほうきぼし・ほのぼの》(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)が、この舞台の幕引きに挑む。

「今日の演目は…オリジナルな物語、『勇気ある狸の冒険』です♪
 これは悪さばかりする大蛇さんに知恵と勇気で立ち向かって平和を取り戻した狸さん達の物語ですよ。」
 序曲を奏でながら、仄々がこれから始めようという歌を説明すれば。その内容を聞いた隠神刑部が目を丸くして見せた。
「ほう、儂ら古妖が『平和を取り戻す』、とな。
 ――ふはっ!愉快、愉快。いやしかし、この場に於いては、強ち嘘とも言えぬのがまた愉快よなぁ。」
 戦に臨む緊迫感はそのままに、古狸も気分を良くしたのか、ぽん、と腹鼓を打つ。
 確かに、√能力者たちが辿り着くまで非戦闘員の妖怪たちを逃がそうと奮闘していた隠神刑部だ。
 この戦いにおいては同胞を守る、頼りになる将であったことは疑いようがない。
「して、狸が主題という事は、我々が主人公であるという事かのう?」
「いえ、私が主人公のタヌ吉です。」
 さらりと答えた仄々に、隠神刑部以下八百八狸たちが少しばかり残念そうな表情を浮かべたのは、きっと気のせいではないだろう。
「手前ら……手前ら、何呑気に話してやがる!!!!何笑ってやがる!!!!糞糞糞がぁ!!!!手前らが戦ってんのは『無限の妖力』のマガツヘビ様だぞ!!!!」
 蚊帳の外に置かれたマガツヘビは、当然面白くない。更に、矮小な、取るに足らぬ筈であった存在共に追い詰められつつあることは、『矮小な頭脳』であろうとも認めざるを得ない状況だ。
 ――――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!!!!!!!!!!
 黒蛇はひとつ、咆哮すると。その身から剥がれ落ちた鱗が、再びあの一体一体が並みの古妖ほどの強さを持つ小型マガツヘビとなり。それを傷だらけの身に纏い始めたではないか。
 ――【マガツイクサ】
 ただでさえ強靭なマガツヘビの移動速度が3倍になり、装甲を貫通する【禍津ノ爪】が使用可能になるという√能力だ。
「出し惜しみは無し、ということかのう。彼奴め、全ての鱗を使いおった。」
「どうやらその様ですね。では刑部さん、八百八狸さんたち、打ち合わせ通りに。」
「心得ておる。各々方、抜かりなく参ろうぞ。」
 隠神刑部以下、伊予狸たちが頷いたのを見て、仄々もしっかと頷き返し。
 舞台俳優の貌がきりりと引き締まる。
「それでは開演です!マガツさんも、折角ですからご鑑賞下さいね〜!」
 ――そして、最後の攻防の幕が開く。

「糞糞糞!!!!ふざけた歌を歌いやがって!!!!おちょくってやがんのか手前らあ!!!!」
 戦場を埋め尽くす腹鼓の音、そして戦いに関係の無さそうな、仄々の歌と踊り。
 芸能を理解しないマガツヘビは怒り狂うが、その目に見えているのは『今日この日の戦い』を舞台にした即興ミュージカル。
「♪大蛇が意地悪ばかりする。くねくね ぬるぬる 困ったぞ。
 ♪食べ物を皆たべられちゃう。くねくね ぱくぱく 困ったぞ。」
 この小さな黒猫が歌う事で発動している√能力、それが【ミュージカル・ミュージカル♪】だ。
 ミュージカルを演じる事で、仄々を中心とした自身から半径29m内が、演目に応じたミュージカル空間に変わる。
 この√能力で生まれた空間内では仄々が物語の主人公となる必要があるため、狸たちは聊か残念そうではあったが、黒猫が主人公の『タヌ吉』を演じるしかなかった、という訳である。
「僕は小さいし力もない。大蛇が怖い 逃げたいな。
 でも皆のために僕だって何か出来るはず〜。
 ――大蛇は何が苦手だろう?」
 マガツヘビを取り巻く世界は既に、今日の戦いをイメージした世界に置き換わっている。
 既に化かされ状態に陥り、戦場に漂う精霊たちすらも狸に見えている黒蛇には、狙うべき敵がやはり定まらず、混乱するばかり。
 そんなマガツヘビを尻目に、八百八狸たちが歌い出す。
「そう言えば言い伝えでは太鼓の音が苦手っておいら聞いたことがあるよ。」
「僕も聞いた!」「私も聞いた!」「おらも聞いた!」
 本職の仄々に比べて、多少役者としてのの腕は劣るであろうが。
 鼓を得意とする彼らのリズム感は流石のものであり、即興の仄々の歌劇にもついてくる。
 心強い共演者たちのお陰でリズムが波に乗れば、仄々の声は明るい勢いを増して、表情も益々輝きを放つ。
「よーし皆で力を合わせて腹鼓作戦の決行だ!えいえいおー!」
「何を!!!!何を言ってやがる!!!!何をふざけてやがる!!!!糞餓鬼共が!!!!」
 狙いが定まらず、突然始まった歌劇に半ば呆然としていたマガツヘビであったが。
 考えてみれば、通常の三倍もの速度を得、更に強力な爪の一撃を得たのである。
 速さに任せ、片端から切り裂いてしまえばいい。やっと、その答えに行きついた。

 ――しかし、それももう遅い。

 いざ速度を出そうとしても、加速できないのである。
 マガツヘビを強化していた【マガツイクサ】が、その効力を失っていたからだ。
(――単純なマガツヘビさんが怒っているのですから、間違いなく隙だらけです。)
 仄々の【ミュージカル・ミュージカル♪】には、効果範囲内の攻撃を必中にする、という効果がある。
 その効果を用いて、仄々は何をしたか。それは、マガツヘビの鱗が剝げ落ちた姿を見れば、一目瞭然であろう。
 黒蛇の身を覆い、強化していた小型マガツヘビ。本体がミュージカルに気を取られ、怒りを募らせている内に、これを音符の弾や音撃で弾き飛ばしていたのである。
(――これで強化された力は消えるはずです!)
 目配せする仄々に、応!!と力強く答えた隠神刑部が十二神将に変じ、その戟を振い。
「ふはは!ははははははははは!愚かなり、愚かなりマガツヘビ!
 斯様な戦の大詰めに、些末事に気を取られ、勝ちの目を自ら捨てるとは!
 だから貴様はこう言われるのだ、『矮小な頭脳』、と!!」
 呵々と大笑しながら、鱗という守りもすべて使い切った黒蛇の肉体を戟で切り刻み。
 驚き、たたらを踏むマガツヘビに向け、仄々が奏で、放った音符たちが箒星の様に煌めきながら降り注ぎ、その隆々とした黒い体を埋め尽くしてゆく。
「嘘だろ!!!?俺は『無限の妖力』のマガツヘビ様だぞ!!!?
 妖怪どもが束んなって、やっと轢き潰せる俺様が!!!!こんな、こんな雑魚どもに!!!?
 こんな訳の分からねぇ歌でやられるのか!!!?
 ――糞糞糞、糞があああああああああああああ!!!!」
 滝の様な輝きの中から響く、ありったけの怨みを込めた黒蛇の断末魔の絶叫。
 やがて、光の中でもまだ見えていた、その禍々しく赤く輝く目は、やがて光を喪い。
 ――ずぅぅぅぅん……!!!!
 地響きと共に、番町の交差点にその骸を横たえた。

 誰しもが、立ち尽くし、ただただ顔を見合わせる。
 あの掟に語られる強力な古妖を斃すことが出来た事を、誰しもが未だに信じられないのだ。
 その静寂を破ったのは、仄々の朗々とした歌う声。
「♪やったぞやったぞ 大成功!さあ皆で祝おう!えいえい おー!!」
 それに釣られて戦場を埋め尽くす、鬨の声の唱和と腹鼓、そして大喝采。
 長い長い大舞台を終えた手風琴が大きく息を吐き出し、黒猫の恭しい一礼と共に。
 高松城下における、古妖マガツヘビとの戦いは幕を閉じるのであった。

 ――しかし、物語は此処で終わりません。
 此処から始まるのは、勝利の祝宴を兼ねた封印の場面。 
 倒したマガツヘビを封印せねば皆の苦労も水の泡。奇妙建築を築いて、あの恐ろしい黒蛇を閉じ込めなければなりません。
 さあさ皆様、御立ち合い。
 もう一幕ばかり、狸たちの戦を見届けるために、お付き合いを。

第3章 日常 『妖怪大宴怪!』


 高松城城下におけるマガツヘビとの戦いは、激戦の末に√能力者と隠神刑部率いる八百八狸たちの勝利に終わった。
 然し、物語はこれで終わらない。この黒蛇を封印するという儀式を執り行わねば、真に討伐したとは言えないのだ。
 戦で傷付き、疲れ果てた√能力者たちを前に、古妖・隠神刑部は深々と頭を下げた。
「――各々方、御苦労であった。大義であった。貴殿らのお陰を以て、マガツヘビの討伐が成った。誠に有難く存ずる。」
 高松城城下、番町交差点にて討ち取られたマガツヘビの骸は、隣接する公園へと運び込まれ。
 この骸を中心に、√妖怪百鬼夜行に時折見られる摩訶不思議な構造物……『奇妙建築』が建てられた。

 さて。√能力者たちは今、この奇妙建築の畳の大広間に通されている。
「早速ではあるが、これよりマガツヘビめの肉体を封印する儀式を執り行う。
 なに、その様に構えられるな。貴殿らはただ、この無礼講の宴を楽しんでくれればよい。――さあ、運んで参れ!」
 古狸は将としての顔を捨て、穏やかに微笑むと。ぽんぽん、と腹鼓を打った。
 すると、共に戦った八百八狸たちが高松の山海の幸を次々と運んで来たではないか。
「これがこの『儂』の最後の晩餐となる。この奇妙建築にマガツヘビを封じ、儂の肉体を生贄に封印を固める故な。」
 先の戦いの最中に、とある√能力者に語った『戦はこれきりになる』という言葉の答えが、これであった。
 自身の肉体を使う事で初めて叶う程の強力な封印、人柱。
 つまり、この『隠神刑部』とは今宵限りの語らいとなると、古狸は言外に述べている。
 恐らくは、八百八狸たちも主が人柱になると共にその召喚が解け、姿を消すのであろう。
 神妙な表情を見せる√能力者もいる中で、隠神刑部は呵々と笑い、にやりと口元を釣り上げて見せた。
「ふふふはははは!なに、案ずるな。儂は『肉片』ぞ。儂を封印に使おうと、別の儂が貴殿らに牙を剥く事もあろうよ。
 ――然し、この『儂』は、十分に懐かしき物を味わった。物を喰らうも、今宵限りで良い。」
 狸たちが奇妙建築の障子を開ければ、遠くに月明かりに照らされた高松城の月見櫓。
 そして避難していた妖怪たちが戻りつつあるのであろう、賑わいを取り戻し始めた商店街などの街並み、喧騒が聞こえてくる。
 全て、√能力者たちと狸たちで守った、日常だ。
「さあ、飲めや、歌え!太三郎めの膝元、瀬戸の海の幸を賞味あれ!
 共に戦った勇士に、儂が出来る事と言えばこれくらいだから、のう!」
 その号令と共に狸たちが腹鼓を打ち囃し、室内には刑部の幻術であろうか、桜をはじめとした四季折々の花々が咲き誇り。
 一部では愛媛で有名な歌舞伎を演じたり、舞う者まで出始めた。

 ――さあ、存分に戦勝の祝宴を楽しんで、この封印の儀式を完遂させよう。

※Caution
 ・奇妙建築内での宴です。山海の幸やお酒を楽しむことが出来ます。
 (食べたいものは御指定頂ければ、可能な範囲で描写させて頂きます。)
 ・また、隠神刑部や八百八狸たちと語らったり、歌い踊る事も出来ます。
 ・成人の飲酒は認めますが、未成年(※ステータス上で20歳未満と表示されている方)の飲酒は描写いたしません。
 ・公序良俗に反する行為、また奇妙建築を破壊するような行為は採用いたしません。
 ・グループでご参加いただける場合は迷子防止のため、【】内にグループ名、又はお相手の方のお名前をご記載下さいませ。
葦原・悠斗

 |葦原・悠斗《あしはら・ゆうと》(影なる金色・h06401)は、運び込まれてくる豪奢な料理の数々を前にしても、憮然としていた。
 マガツヘビを相手に疲弊したとか、この宴の主である隠神刑部が単純に気に入らないとか、そういった理由から、ではない。
 と、いうのも。
「最後の晩餐。……やっぱそういうことだよな~!」
 この封印の儀式には、何者かの生贄が必須となる。古妖を遥かに上回る『無限の妖力』の持ち主マガツヘビともなれば、強力な古妖である隠神刑部の肉片を以て、初めて封印が成るのであろう。
 あの古狸はこの結末を見据えて、最初から死の覚悟を決めた上で高松城を守っていた、という事になる。
「マジムカつくぜ、この『刑部さん』よお!どいつもこいつもカッコつけやがって。」
 悠斗には、それがどうにも気に喰わない。それも、嫌悪の情からではないのだから、尚更に性質が悪い。
 となれば、今、このどうにもムシャクシャとした気持ちを晴らす手段を見付けようとして。
 お誂え向きに、料理の数々が運ばれてきているのを思い出した。
「こうなりゃ、テメーのおごりでメチャクチャに飯食いまくってやる!覚悟しとけよ!」

 アナゴ、クロダイ、サワラ、イカナゴ、タコにイカ。
 『覚悟しとけ』、その言葉に嘘は無く。
 食べ盛りの若人の胃袋には、次から次へと瀬戸内海の海の幸が納まっていく。
 更に面白くない事に、それが兎にも角にも美味いのだ。
 別腹が別腹を呼び、とにかく目についたモンを片っ端から食いまくる、そう心に決めた悠斗を八百八狸たちも面白がって。
 次から次へと、やれ酢橘をかけろだの、いやいやこれは塩でいくのが通だのと、次から次へと料理を運んでくる。
「それから……高松の讃岐っつったら、讃岐うどんだろ?
 俺讃岐うどん食った事ねーんだよ。あったら3杯くらい食ってやる。」
 『三杯じゃ足りねぇぜ、旦那!』狸たちにそう囃されながら、悠斗の食道楽が宴を更に盛り上げてゆく。

「ハァ~……チクショー、月が綺麗じゃねーか。」
 ……とはいえ、流石に限界というものもある。
 箸を休めるべく、夜風に当たり。月灯りに照らされた高松の街をぼんやりと眺めてみた。
 しかし、こうして鱈腹食べても、誤魔化す様に月を愛でても、晴れぬ思いもある。
 この思いを晴らすべく、ふたつの手立てを既に試し終えた悠斗だが。残る手立てはもう、ひとつしか残されていなかった。
 そう、共に戦ったあの狸と語らえるのは、今宵限り。
 この機を逃せば、この『狸』と語る機会は二度と訪れない。
 彼は諦めた様に嘆息すると、すぅっと大きく息を吸い込んで。
「オイ『刑部さん』!」
 饂飩のどんぶりを抱えたまま、隠神刑部の前に仁王立つ。
 眼鏡越しに、何事かと。そんな青年の姿を見遣る古狸に。
 悠斗は刹那、はにかむような素振りを見せてから、きゅっと眉を吊り上げて。
「もし、またどっかでテメーの肉片が悪さしたら、俺がぶっ潰しにいくからな!
 首でも何でも洗って待ってやがれ!わかったか、このタヌキジジイ!」
 二十歳の青年の、敬意と憎まれ口が入り混じった景気の良い宣言に、狸は、ほっほ、と古妖らしからぬ、好々爺の貌を見せ。
「相わかった。次に黄泉路に現れるのが、儂の肉片であるか、将又其方であるか。一足先に行って、待っていてやろうぞ。
 ――ああ、別にお主が急ぎ来ても構わぬが……つまらぬ土産話は持って来るなよ、|孺子《こぞう》。」
 からかいとも激励とも取れる言葉と共に、口角を上げる古狸に。
 悠斗は、空になった饂飩のどんぶりを突き付けて。
 『うるせぇ、おかわりだ』と、気が晴れた様に笑って答えるのであった。

魔花伏木・斑猫

「ひぃぃぃ……。」
 全ての妖怪の力を結集して滅ぼすべし。
 その様な旨の掟に語られる程に強大な古妖、マガツヘビとの戦いを制した|魔花伏木・斑猫《まかふしぎ・はんみょう》(ネコソギスクラッパー・h00651)。
 宴の間に通され、漸く緊張と恐怖から解放された彼女は大きなため息をついた。
 √能力者たちに損害は無く、高松の街も最小限の被害に抑えた上で、今回もどうにか無事にマガツヘビを抑える事が出来た。
 しかし、だ。この祝宴の主であり、頭を下げて√能力者たちに礼を述べ。当たり前の様に自らを贄とする封印の話をする隠神刑部と八百八狸たちの姿に。
 斑猫は、得も言われぬ寂しさも覚えていた。
(彼らとはこうしてわかり合えるのに。次会った時には、また怨敵同士だなんて。)
 そう。この隠神刑部の『肉片』とは共闘が叶ったが。その記憶が別の肉片に持ち越されることは無い。
 何れ、別の『隠神刑部』が√妖怪百鬼夜行など、何処かでその姦計を巡らせて。それを阻止すべく立ち回る彼女と刃を交える、などという未来も充分に考えられる事だ。

 ――けれど、今は彼らの心意気を汲んで宴に興じましょう。きっとそれが、彼らへの礼儀にもなるはず。

 先の未来を憂い、悲しんでも、今は仕方がない。そうしている間にも、戦友である彼らと過ごす事の出来る時間は、刻一刻と失われていくのだ。
 この地に応援に駆け付けた√能力者たちという勇士を持て成そうという狸たちの流儀に従い、斑猫も瀬戸内海の幸に箸を付ける。
 新鮮な刺身は勿論のこと、地酒も当然に選りすぐりのもの。
 これらに斑猫は舌鼓を打ち、狸たちの歌と踊りを楽しく見物する。
 その内に。この宴の様子を、己という存在の消滅を間近に控えているとは思えぬほどに穏やかに眺め、盃を傾けている隠神刑部の姿が目に映った。
 その視線に気付いた刑部は、徳利を片手に斑猫の傍らまで足を運び。彼女の猪口に酒を注いだ。
「おお、貴殿は。戦場でも、見事な銃捌きであった。若衆共が踊って騒がしい事この上ないが……楽しめておるか。さ、御一献。」
 この機を逃せば、封印の時までに真に伝えたい言葉を刑部に伝える事は出来ないかもしれない。
 斑猫は並々と注がれた猪口を片手に、普段の臆病さ、挙動不審さを捨てて、古狸の顔を確と見つめる。
「『今回の』貴方がたのことは……いずれ、別の貴方がたが敵意を向けてこようとも。
 決して忘れることはないでしょう。」
 それは、この隠神刑部を『個』として認める言葉。
 この古狸にこれより待ち受ける『死』を、心より悼む言葉。
 斑猫より伝えられたものに、古妖は柔らかな笑みを浮かべると。
 『そうか』と、ただ一言。きっと、それ以上に言葉は要らないのだ。
 言葉の代わりに、一人と一匹は猪口と杯を合わせ。
 共に、くいっと酒を呷るのであった。

クラウス・イーザリー
黄菅・晃
深見・音夢
コウガミ・ルカ

(――こういう雰囲気、いいな。)
 高松城下を舞台にした、マガツヘビとの激闘。
 このあまりにも強大な古妖の討伐に成功したとはいえ。
 √能力者たちも、隠神刑部をはじめとする八百八狸たちも、一様に傷を負い、疲弊していない者は1人としていない。
 しかしこの宴の場は、その疲れすらも吹き飛ばすような活気に満ちていた。
 とある者は歌い、とある者は踊り、またとある者は狸たちに囃されるままに食事を掻き込み。
 そんな賑やかな場の中にあるクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、変化に乏しい表情の中に、微かな笑みを浮かべた。
 何せ、食事と言えばレーションやタブレットなどが中心となる、|自分の世界《√ウォーゾーン》ではお目にかかれない、豪華な宴だ。
(別れは寂しいけど、存分に楽しもう。)
 狸たちに誘われるがままに、クラウスは宴の席に着く。
 
「さて、それじゃあボクも飲み食いに繰り出すとするっすかね。」
 |深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)は、宴の席を軽い足取りで歩き回っていた。
 深酒が過ぎてしまう事で、自身のコンプレックスである|すっぴん《本性》が出る事を警戒し。普段は缶の酒を1人でちびちびと呑む事が多いという彼女だ。
 折角ならば、他の仲間や狸たちにも声を掛けて、共に宴の空気を楽しみたいという魂胆である。
 そこで、目に入ったのが。
「おいしい……。」 
 |自分の世界《√ウォーゾーン》では見たことすら無い、選り取り見取りの豪華な食事を目の当たりにし。表情を緩めてその味覚を堪能する、彼女とも面識のあるクラウスと。
「まさか仕事終わりにお酒が飲めるとはねー。日本酒でも飲むかー。
 何かつまめるものも欲しいわね。」
 などと軽く言い放って浴びる様に酒を呑み、周囲の八百八狸を既に潰している|黄菅・晃《きすげ・あきら》(汎神解剖機関のカウンセラー・医師兼怪異解剖士・h05203)、そしてそんな|主治医《飼い主》の様子を部屋の隅から観察する、コウガミ・ルカ
(人間災厄「麻薬犬」・h03932)の姿であった。

(晃がすごく楽しそうにしてる。……お酒と、全部俺が知らない食べ物だ……。)
 ルカの|言霊《√能力》を封じるためのマスクも、物を飲み食いするには邪魔であろう。
 そんな、晃の配慮により外されたマスク。これをどうにも手離せず、口元を押さえながら料理やお酒、妖怪や晃を始めとする√能力者達を観察していたルカであるが。
「そんな隅っこで他のやつ観察してないで、アンタも食べたり飲んだりしなー?
 マスクならさっき外してるでしょー?あ、お酒おかわり。」
「そうっすよー!コウガミ殿もこっちに来て混ざって欲しいっす!それにしても黄菅殿、いけるクチっすね?」
 酒を注ぎ合う音夢と晃、そして美味しそうに山海の幸を口に運ぶクラウスの輪の中に取り込まれる事となった。
「……っグルルル。……今日、いらない。空腹、感じない、から、大丈夫。」
(空腹感は元から無いから、俺より他の仲間に食べ物を振り分けたほうが良いと思う。)
 そう。ルカは、空腹を【薬物吸収】で感じていないため、食べる必要はない。
 更にその気性から他の仲間を気遣って、食べないようにしていた。のだが。
 狸たちによって次々と運び込まれる料理の数々。恐らく、ルカ1人が食べたところで何ら影響は無いであろう。その上。
「ルカ。これ、とっても美味しいよ。」
 薄い表情の中で、クラウスが瞳を輝かせながら鯛の刺身を口元に運ぶのを見せられ。
「こういう場では食べるのも礼儀だよー?」
 という晃の言葉に、狸たちも、そうだそうだと料理を満載した皿を手に集まってくる。
 遂にはルカも折れ。『……ありがとう。』そう言って、クラウスと同じく刺身に箸を伸ばすのであった。

 さて、宴と共に、晃と音夢の酒も進んでいる。
 この妙齢の女性2人の飲みっぷりは中々のもので、特に晃に至っては、狸たちと雑談も交えながら酒瓶をどんどん空にして、先に潰れた狸の山を築き上げている。
 戦いの折には彼女と共に戦った喜怒哀楽の影達も、喜怒の影達は狸達と遊んだり、力比べをし。
 哀楽の影達は晃や音夢の酒をついだり、おつまみを用意したり料理を運んできたりと自由に動き回っている。
 自身のコンプレックスもあり、晃ほどには酒が回っていない音夢は、そんな酒宴の様を柔らかな笑みを浮かべて見回した。
「ボク、こういうみんなでワイワイする、宴会的なのは新鮮なんすよ。」
 へぇ?と徳利どころか瓶を片手に、カウンセラーはいつもの無表情で怪人の姿を見遣り。
 音夢はさらに一杯、猪口を干す。
「酔っ払うわけにはいかないっすけど。こんな賑やかな輪も、いいものっすね。」
「そうねー。一人で飲むのも楽で良いけど、たまには雑談しながらも悪くないわねー。」
 何度目になるかはわからないが、影が継ぎ足した酒で乾杯を交わし。
「――あ、魚介系はあるっすか?特にカツオのたたきとか!」
 勿論ありやすぜ、という狸を前に、音夢は満足げに頷くのであった。

「晃、誰かと、お酒飲む、珍しい。」
 主治医の中々見せない顔に、ルカが首を傾げる傍らで。
「……俺はまだお酒を飲めない年齢なんだけど。美味しいの?」
 クラウスは、酒を飲んで盛り上がる妖怪達や√能力者たちを見て、隠神刑部にそっと尋ねていた。
「おお、酒は佳いモノぞ。香りも良く、その土地土地の個性があり、一度飲めば忽ち些事を忘れ、愉快な心持となる。身体を温める般若湯、百薬の長とはよく言ったものぞ。
 一方で、過ぎれば毒ともなろうし……彼奴らの様に醜態を晒す羽目となるが、のう。」
 古狸は自らも盃を呷ると。呆れ半分といった面持ちで、晃に潰された狸の山を眺めていた。
「そういうもの、なんだ。
 ……一緒に酒を酌み交わせなかったのが、ちょっとだけ寂しいな。」
「それがヒトの定めた法ならば、ヒトであるために法に従っておればよい。
 それに、儂の様に物好きな『肉片』がまた現れぬとも限らん。
 その時に、貴殿が酒を愉しめる歳になって居れば良いのう。」
 ――でもそれは、今の『彼』ではない。
 クラウスにも、勿論目の前の隠神刑部も分かっている事だ。
 別の『彼』と敵対することもあるだろうが。
(目の前の『彼』と築いた思い出は忘れない。) 
 ならば、宴が進むごとに減っていく、共に過ごす事の出来る時間の中で、クラウスがやるべき事と言えば。
「ありがとう。一緒に戦うことができて良かった。」
 将としての振る舞い、戦闘力、宴の過ごし方。
 数々の事柄を学ばせてくれた、|戦友《せんせい》とも呼べる存在に。万感の思いを込めて頭を下げる事であった。

「ああ、でももちろん、さよならは無しっすよ?」
 クラウスのバトンを繋ぐように、少しばかり慎重な脚運びで現れた音夢が、言葉を継ぐ。
(どうにかひと段落っすか。……何となくそんな予感はしてたっすけど、今回の主役にはちゃんと挨拶しておかないとっすね。)
 晃や狸たちとの酒盛りに興じ、カツオのたたきなどをひとしきり堪能しながら、音夢は小休止の空気になるのを待っていたのだ。
 これから贄となる彼には、伝えたい事もあるし……これが今生の別れとなると思いたくないのは、彼女も一緒だ。
「それに……また今度が敵とは限らないっすよ。ボクら√能力者っていうのはそういうもんっすから。」
 『そんな馬鹿な』、と口にする者は1人としていない。
 そう、未来のことなぞ誰も分かりやしない。
 この様に、√能力者たちと古妖と協力するという、にわかには想像し難い共闘が現に起こったのだ。
 もしかすれば、この『肉片』と何らかの形で再会する機会もあるかもしれない。
 古狸は音夢の言葉に頬を緩めながら、自身の盃と音夢の猪口に酒を継ぎ足し。クラウスのグラスにはお茶を継ぎ足して。
 その輪には、いつの間にやらルカと、あれ程呑んだにも関わらず、未だに酔った様子を微塵も見せない晃も混ざっていた。
「儂は封印の要として、静かに過ごすのも良いかと思っておったが。
 ――ならば此処は、再会を期して、かのう?」
 そう言って、音頭を取る刑部に。
 今宵幾度目かもわからぬ、景気の良い『乾杯』の声が唱和されるのであった。

小明見・結

 高松城下のマガツヘビの討伐と、この強大な古妖を封印するための酒宴。
 この賑やかな宴を、影から支え続けていた者がいる。
「宴を楽しんでくれ、って言われてもなんだか性に合わないわね。」
 |小明見・結《こあすみ・ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)だ。
 彼女は一体一体が並の古妖程の力を持つ小型マガツヘビ討伐に於いて、黒蛇の群れの同士討ちを誘う策を用いた。
 この策により√能力者たちと隠神刑部率いる八百八狸たちは、小型マガツヘビとの戦いでの損耗を必要最小限に抑える事ができ、万全の態勢でマガツヘビ本体との決戦に挑むことが出来た。
 そう。この戦いでの彼女は、敵勢を壊滅に追い込む切欠を作った最大の功労者の一人なのだ。
 しかし、そんな結が。
「私はお菓子でも作って、手伝いに回りましょうか。」
 と宴に加わるどころか、厨房に現れたのだ。
 主である古狸より、『勇士たちを持て成せ』と指示されていた厨房方の八百八狸も、これには大いに慌てた。
「ま、待って下せぇ!此処は我らに任せて、何卒、何卒!宴にお戻り下せぇ……!」
 そう言って懇願するが。
 戦を望まぬ優しさを持つ結も、その言葉には敢えて従わない。
「料理に合わせるなら、さっぱりしたものが良いかしら。
 水羊羹に果物を使ったゼリーやムースとかかしらね。
 好みもあるでしょうし何種類か作りましょうか。」
 ちゃきちゃきと手慣れた様子で、得意とする菓子作りを始めてしまう。
「ああ、ああ……ご無体な……。」
 がっくりと項垂れる狸たちも、やがては諦めて。結と共に、料理を作り始めたのであった。
 無論、彼女が作ったお菓子を真っ先に味見して。その素晴らしい味を以て労をねぎらわれた事は、言うまでもない。

 さて。そんな厨房での一幕もあったが、宴と共に夜が更けていく中。
(隠神刑部が落ち着いてそうだったら、話がしたいわね。)
 結は厨房から出て、宴の主催者である古狸の姿を探した。
 その探し狸は、√能力者たちとの呑み比べに敗北し、潰された狸たちの山を呆れ半分の笑みを浮かべて眺めている。
「今日はお疲れさま。今、お話しても大丈夫かしら。」
「おお、貴殿は。其方の策、美事であった。無論、構わぬよ。」
 将としての顔を捨て、邪悪な古妖としての顔も捨て。好々爺と言っても良い表情で、刑部は結の続く言葉を促す。
「生贄になる、本当にこれ以外の方法が無いのかしら。私としては誰かが犠牲になるようなのは避けたいわ。
 この町を守れたのだって、あなたたちが居てくれたからだし。」
 結が見遣る、開け放たれた障子の向こう。眼下の高松の街には、続々と住民たちの生活の息吹が、活気が、戻り始めている。
 決定打を与えたのは、√能力者たちであることは確かだ。然し、隠神刑部たちが時間を稼いでいなければ、高松に住まう妖怪や人間たちの生活の立て直しは、莫大な時間を要する事になっていたかもしれない。
「繰り返しになるけれど、私はこれからもこの関係を続けていきたい。
 そのためなら、できる限りの協力はするわ。だから、どうにかならないかしら。」
 握る拳に力を入れながら、必死に言の葉を紡ぐ結を慈しむ様に、狸は、ふと目を細め。然し、その首を横に振る。
「残念ながら、優しい貴殿の意には添えぬ。今、分かっている手段では『儂』という『隠神刑部』の『肉片』を用いる事でのみ、マガツヘビの封印は成る。
 そして、別の手段を探すだけの時間は無いのだ。あの愚かなるマガツヘビが、直ぐに蘇らぬとも限らぬでな。」
 元々、『肉片』という存在である隠神刑部は、自身の『死』についても聊か価値観が異なる。
 然し、嘗ての江戸の世、√EDENに語られる伝承に於いては人間と共に戦った歴史を持つ古狸である。
 更に言えば、化かす先の『心』を把握していなければ、効果的な化かしを行う事は出来ないであろう。それ故にか、狸は結の心にも、理解を示した。
「世界の有り様によっては、|百鬼夜行《デモクラシィ》に従った妖怪たちの様に、古妖から人間を愛するようになる者も増えるかもしれぬ。
 斯様な変わり者に出会った時に、貴殿の優しさを活かしてやっておくれ。」
 そう言うと、この話題は終わり、とでも言うように、刑部はぽんと、その腹を叩く。
 それは、妙に子気味良く、明るい音で。
「そうさな、先ほど貴殿の仲間が話しておった。『また今度が敵とは限らない』、と。
 ――故に、今は。いつかの再会と……貴殿がその日まで壮健である事を祈念して、乾杯と参ろうではないか。」
 何故、この古狸は古妖である事を選んだのか。
 結にも、もしかしたら、この狸自身も『酒の所為』で、分からなくなっているのかもしれない。
 まるで孫に接するかのような、それはそれは優しい声音で。
 狸は結に向けて、盃を掲げて見せるのであった。

フォー・フルード

 さあ、夜も更け始め。酔い潰れ、戦線離脱する狸も更に増えてゆく宴の席。
 これが本当に古妖・隠神刑部の『肉片』と今生の別れとなるかもしれぬという宴とは思えぬほどの賑わいとなっていた。
 それは、√能力者たちが『ヒト』とは異なる死生観を持つ古狸ら八百八狸たちの意を汲んだからであるかもしれないし、古狸たちの側から、死を悼む√能力者たちの心情を慮った故であったかもしれない。
「――……。」
 そんな中、フォー・フルード(理由なき友好者・h01293)は、宴会の様子を隅の方から見つめていた。
 彼はお祭り騒ぎが苦手という訳ではない。『平和』の知識を本から吸収し、そして人類に友好的であれ、という人格が宿っている彼にとっては、この光景は大変に興味深いものであろう。
 √能力者たちと狸たちが種族、更には敵味方という壁を越え、共に食事を取り、酒を酌み交わし、数年来の仲間であったかのように肩を組んで歌い合う。
 この空気に自然に慣れるのが『人に友好的である』という、彼自身の目標の最終段階となるのであろうか。
 そんな演算をするべく、観察をしていたのだ。
 そこで、ふと。宴の様子を肴に一杯吞んでいる|隠神刑部《上官》の姿が目に入った。
(彼は、贄として此処で消える。
 それが彼の製造理由、生きる意味であるのなら止める理由はない、ただ――。)
 機械の兵である彼にとって、『製造理由』については理解の及ぶところであった。
 その様に|生まれ《造られ》た存在ならば、その目的を果たす事こそが刑部にとっての最善なのであろう。
 然し、『ただ』。フォーにも、古狸に伝えたい事はあった。部屋の片隅より立ち上がると、刑部の下へと足を運ぶ。

 古狸は、やはり死を前にした者とは思えないほど、鷹揚な仕草でフォーを迎えた。
 ベルセルクマシンの前にいる彼は『本体』ではなく、肉片という、いわば分身。だからこそ、個人の『死』というものには無頓着な様であった。
 このマガツヘビ討伐戦に於いて、これは古妖に共通する特徴でもある。そのおかげで、我が身を贄とする封印の儀が可能となるという側面もあった。
「適切な采配に感謝を。様々な人物が今回の作戦には関わりましたがアナタあってのものだと考えています。それだけを伝えたく思いました。」
 そう語るフォーに、刑部は、ほっほっほ、と大きく頷き。
「なに。貴殿らの協力が無ければ……儂の描いた策など、マガツヘビの奴めに力任せに踏み砕かれておったよ。
 礼を言うならば、互いの遺恨を忘れ、策に合わせてくれた其方らにこそ。」
 そう言って、フォーたちの労をねぎらった。
 その後、彼に酒を呑む機能があるかわからない、と刑部は踏んだのであろうか。今回の戦を振り返り、指揮官と兵は話に花を咲かせる事と相成った。
「……然し、そうか。適切な采配か。いくさを解る者にそう言われたならば、将としては最高の栄誉よ。他の『肉片』共に語って聞かせる手土産が出来たわい。」
 そう言って、古狸は将としての顔を捨て。くしゃりと黒鋼の兵に破顔して見せたのであった。

 ――その暫し後。
 封印が為されたのか、未だ宴の最中か判らぬ頃。
 フォーの姿は、再びビルの屋上に在った。
「――次元透過確立、階層統一完了。」
 そこで発動した彼の√能力、【|L.P.S.《レイヤー・ペネトレイト・スナイプ》】は、本来異なる√の壁を飛び越えての狙撃を行うものである。が。
 今、彼が相棒たる【WM-02】を抜くことは無い。必要なのは、そのグリーンのカメラアイに映り込む視覚情報のみ。

(開発されたのか、ビルだけが建っている√。何も無い荒地になっている√。……ああ、見付けることが出来ました。――これが。)

 彼の目に映るのは。この戦の前に、隠神刑部が彼に語った風景に近しきもの。
 √EDEN、そしてこの世界のソレは、同讃岐の丸亀城とともに明治維新に於ける『全国城郭存廃ノ処分並兵営地等撰定方』、通称廃城令を生き延びるも……100年以上もの昔に姿を消した。
 原因としては老朽化が第一に挙げられるが、国内での戦が落ち着き、用いられなくなった事も大きいであろう。これは刑部も言っていた通りだ。
 地域のランドマークとして着目され、各地に再建され始められるようになるのは、20世紀も半ばになってからの事である。
「なるほど。平和な時代があった証拠だ、と彼には言いましたが――確かに惜しい。」
 彼の目に映るソレは、何処の√に存在するのかはわからない。
 √EDENこそが楽園というならば、フォーが見付け出したこの名も判らぬ世界にも、四国最大とも言われるソレを必要とするだけの動乱、騒乱があるのであろう。
 ――然し。

「――美しい天守閣ですね。」

 月灯りの下に浮かび上がる、白漆喰によって塗り固められた三重四階建ての天守櫓。
 現存している月見櫓より遥かに大きいその威容を、彼は一言に万感を込めて、そう評した。
「讃州讃岐は高松さまの 城が見えます波の上……。」
 ベルセルクマシンは独り、|隠神刑部《上官》に思いを馳せ。
 満月を供に、静かにデータベースにあった唄を口遊むのであった。

シアニ・レンツィ

 隠神刑部の口よりさらりと語られた、『儂の肉体を生贄に、封印を固める』という言葉。
 それは、この高松城下の戦いで共に激戦を潜り抜け、友誼を結んだ古狸たちとの永訣を意味する。

 ――いかないで。

 思わず出そうになった言葉を、シアニ・レンツィ(不完全な竜人フォルスドラゴンプロトコル・h02503)はすんでのところで押し留めた。
(だめだよあたし。言っちゃだめだ。)
 このために、√能力者の皆が傷付きながら戦ってきたのだ。
 隠神刑部たち八百八狸は、初めからそのつもりで死力を尽くしてきたのだ。
 自らもマガツヘビとの厳しい戦いを制し、皆の苦労を知っているからこそ。その決心を、今更止める訳にはいかなかった。
 胸の奥に痛みを押し込んで。彼女は、古狸たちとの永訣の宴の席に着いたのである。

 さて。シアニの心の痛みも、√能力者たちと狸たちによって生み出される賑わいに、やがて蓋を被せられてゆく。
 特に、彼女はまだまだ育ち盛り。戦いで疲れはしても、やはりお腹は空いてくるものだ。
「あたしね!一度海沿いの地域のおさしみ、食べてみたかったんだぁ。
 すっごくおいしいって聞いたから楽しみだよー!」
 そんな言葉を聞いてしまっては。おらが国の美味を気に入って貰うべく、狸たちにも気合も入ろうというもの。
「へぇ、そりゃぁ讃岐に阿波、伊予に土佐、四国は四方を海に囲まれてやすからね!」
 勿論、彼女の望みを叶えるべくタイにカワハギ、ブリにスズキなど、続々と刺身が運ばれてくる一方で。
「京の鱧だって、元を辿りゃ阿波の生まれだ!」
「讃岐の春と言えば、鰆を忘れちゃいけねぇや!|春祝魚《はるいお》を食べて景気付けやしょう!」
「土佐とくりゃカツオと相場が決まってらぁ!」
「手前ら、伊予のお国の料理を味わって貰わねぇでどうする!
 古事記より伝わる、|赤魚《タイ》を使った鯛めしをどうぞ!」
 勢いづいた狸たちによって、讃岐どころか、四国中の魚介料理までもが運び込まれてくる。
「待って、待って、タヌキちゃんたち!私、そんな食べられないよ!?」
 シアニはそんな光景に悲鳴交じりの声を上げるが。
 実際に食べて見れば、流石狸たちが自慢にしているだけあって、実に美味しいのである。
 美味なものを食べていれば、自然と頬は綻ぶというもの。
 彼女は変な笑顔になっているのではないかと恥じらうが、狸たちはそんな姿に満足げに、誇らしげに眺めているのであった。

 狸たちにあれも食え、これも食えと勧められ続けた食事もひと段落したころ。
「みんなも、タヌキちゃんたちと遊ぼう!」
 シアニが発動した√能力は【|幼竜の集会所《サモン・ミニドラゴン》】。
 狸たちにとっては、真っ先に現れた緑竜のユアたちもまた戦友だ。
 封印の儀が成るまで踊り明かそうというタヌキたちはミニドラゴンたちを迎え入れ、ドラゴンたちも腹鼓に合わせて飛び回る。
 しかし、なんとも狸たちの奏でる腹鼓の調子の快いこと。猫又をも躍らせるというそのリズムに、次第にシアニも体がうずうず、うずき出す。
(ふふっ。あたし達みんなで頑張ったことを思い出して、楽しくなっちゃう。)
 ならば、どうするか。そんなの簡単な事だ。
 踊る阿呆に見る阿呆、ならば共に踊らねば損であろうと、阿波踊りでも唄われているからには。
「あたしもー!あたしも踊るー!」
 笑顔の青鱗の少女が、ミニドラゴンたちと共に踊る狸の列に加わった。
 彼女が踊りの輪に加わったことで、狸たちの踊り好きの血が更に騒いだのであろうか。
 先程まで潰れていた筈の狸たちまでが、千鳥足のまま踊りはじめ。
 何匹かは踊ったまま転ぶだの、ぶつかるだの、調子外れに歌い始めるだの。
 それがとてもとても、可笑しくて。シアニも、狸たちも、大いに笑い合った。

 しかし、いつかは祭りは終わるもの。楽しければ楽しい程、時間は無常にも早く流れてゆく。
 ああ、もうすぐ終わってしまうのかな。ふと、そう思った時に。必死に蓋を被せ、目を背けて来た現実と寂しさが、どっとシアニの心に押し寄せてきた。
「……タヌキのおじさんもタヌキちゃんも、なにかしてほしいこととか、ない?」
 ――だめなのに。
 彼女は宴の始まりから、ずっとその様に自分を律してきた。
 しかし、一度自覚してしまった寂しさは、彼女の心から離れてはくれなかった。
「あたしね、忘れないよ。」
 笑顔のまま、絞り出す様に出した声に、やがて嗚咽が混ざる。
 終わりの時が刻一刻と近付くと共に積もって来た寂しさ。
 遂には彼女も我慢の限界を迎え。涙がその堰を越え、溢れ出した。
「もし別のあなたが悪いことしても、誰かの為に一緒に戦ってくれたタヌキのおじさんがいたこと、忘れない、から…っ。
 ――ごめんねっ、あたし、泣き虫で…。困らせたくなんか、ないのに。」
 そう言い終えるか、言い終えないかの内に。大きく、ふかふかとした柔らかな手が、シアニの頭をぎこちなく撫でていた。
 そのふかふかの手の主は、隠神刑部。そしてシアニの周りには、いつの間にやら八百八狸たちが集まっている。
 彼らは『化かす』プロフェッショナル。そして、化かすには相手の心を知らねば有効な化けの手を打てぬ。
 シアニの心もよくよく分かるが故に、各々が彼女を心配そうに見遣るが。
 然し、彼らは元来人間を喰らう古妖である以上、『本当の』接し方はわからない。
 隠神刑部の手が妙にぎこちないのも、それが正しい慈しみ方なのか、わからないという様子でもあった。
 だが、その想いは、感受性の強いシアニにも伝わったのであろう。
 隠神刑部の大きな手の下から、涙は止められそうにないから、せめてもと。頑張って、笑顔を作る。
「さよなら……ううん。またね、タヌキのおじさん。タヌキちゃんたち。あたしのことも、忘れないでね……!」
「忘れようものかよ。貴殿の大鎚を軽々振り回す勇猛な戦いぶり、儂らの様な『肉片』のために泣く優しさ。
 ……ああ、儂らを封じた妖怪どもの気持ちも、少しばかりは理解るというものよ。なんと、温かい。」
 忘れぬよ、と孫を慈しむかのように笑う隠神刑部。そして、また会いましょうぜ、と明るく笑う八百八狸たちに。
 シアニは彼らとの何時かの再会を願い、ウサギの様に赤く腫れた目で。もう一度、笑顔を浮かべて見せるのであった。

屋島・かむろ

 マガツヘビ討伐が成り、かの黒蛇の上に奇妙建築が建てられ始まった封印の儀。
 その賑わいの多くについて、これまで語ってきたが。
 宴が始まるより前、八百八狸たちに混ざり、気を吐く一団があった。
「おらっ!おどれら、最後の最後まで伊予の連中におっきょい大きい顔させるつもりやないやろな?」
 そう、讃岐の国は屋島を故郷とする、|屋島《やしま》・かむろ(半人半妖の御伽使い・h05842)率いる屋島狸たちだ。
 屋島といえば天智天皇の時代に築かれた外寇防備の城である屋島城を持ち、源平の合戦の主戦場ともなった場所であるが、この高松とは目と鼻の先だ。
 そんな彼女らの縄張りで起きたマガツヘビとの戦で、同じ四国は愛媛を拠点とする伊予狸たちは主戦力として防衛に戦闘にと奔走し、贄となって命をまで張ろうというのである。
 それが彼らにしか果たせぬ役目であるならば、かむろは√能力【百鬼夜行】で呼び出した屋島狸たちに別名を飛ばす。
「こななん本来讃岐モンうちらがやらなあかん、戦いで後れ取った分しっかりもてなしや!伊予のモンと√能力者さんにたっぷり讃岐堪能させぇや!」
 既に戦も終わり、避難やそのサポートに回ってた狸も戻っている。
(宴のホスト役には十分な数やろ。)
 宴を切り盛りする八百八狸たちに混ざって、讃岐の狸たちが忙しく走り回っているのはその様な訳であった。

 さて。この宴に加わった√能力者たちが思い思いに飲み食いし、料理を手伝い、歌い踊り、或いは隠神刑部ら八百八狸たちに別れを告げ。
 マガツヘビを封印するための儀式、宴もたけなわの頃を越えてゆく。
「…って事や。八百八狸、あんたらももっと羽目外しぃや。アンタらにも感謝しぃよんやからな。」
 後の仕事は任せろ。そう笑うかむろたち屋島狸に、伊予狸たちも顔を見合わせて。
 彼ら伊予狸たちは屋島の狸たちの意を汲み一礼すると、宴の只中に雪崩れ込んでゆく。
 更に彼女には、この場の屋島狸たちのリーダーとして、一言でも礼を伝えねばならぬ者がいた。
 配下に指示を伝え終えると、かむろはグラスを持ってその場へと足を運ぶ。
「伊予の。」
 そう、この高松に現れた伊予狸たちの総帥、隠神刑部その人である。
 ほっほっほ、と馴染の末裔の来訪に、古狸は腹鼓を打って出迎えた。
「おお、太三郎の。見事な屋島の扇であったな、思わず見惚れたわ。」
 照れ隠しであろうか。世事はええよ、と手をひらりと振って。古狸の前に腰を下ろす。
「ウチはなりたてピチピチの女子高生。未成年やし、ウチは茶ぁでそっちの酒と乾杯や。」
「人間の法とは、中々面倒なものよな。だが、それを大切にするのが其方ら|百鬼夜行《デモクラシィ》に加わった者たちであろうものな。」
 グラスと盃を合わせると、讃岐と伊予の狸は互いに茶と酒を呑み干して。
 そうして、彼女は改めて刑部に向き直ると、両手を畳みに付け、深々と頭を下げた。
「ともあれ、改めて讃岐の狸……いやさ妖怪や人間、不肖讃岐代表して礼を言わせて貰います、此度は有難う御座いました。」
 貴殿が頭を下げる事も、と言おうとした古狸に。ぱっと頭を上げたかむろは、いつもの調子でニヤリと笑っている。
「……無論『肉片』が要らん事しぃよったら、そん時はくらっしゃげたるけどな!」
 不敵に笑う彼女に、隠神刑部は『やってみせよ』、と。鷹揚に笑って返すのであった。

「さて、ここからはホンマの無礼講!ウチも『平家物語合戦巡』を使った派手な『余興』と行こか!
 折角やし、穏神も交えて一大幻術ショー開催や!」
「ほう、儂と幻術比べとな。よかろう、太三郎めには遅れを取る事もあったが、其方にはまだまだ負けぬよ。」
 そして始まった讃岐と伊予の狸たちの化け合戦、そして響く隠神刑部大音声の大笑い。
 この奇妙奇天烈な幻術と幻術、化け術と化け術のぶつかり合いに笑わぬ√能力者たちは無く。
 その声は満月が輝く高松の夜空に、どこまでも響き渡ってゆくのであった。

●エピローグ
 隠神刑部も、八百八狸たちも、大いに笑った。
 これが最期、とばかりに、笑って、笑って、笑い明かした。
「見るべき程のことは、見つ。今はただ、この地の暫しの平和の礎とならん。」
 宴の終わりに、そう口にした古狸の口元には、心より満たされた事を示す様に、深い深い笑みが浮かんでいる。

「……太三郎よ。暫し、この地に根を下ろさせて貰うぞ。」

 ――ああ、誠に。人間共に裏切られた我が身であるが。
 隠神刑部の肉体が、奇妙建築に融ける様に、消えてゆく。 
 ――|百鬼夜行《デモクラシィ》とやらに加わった者どもの気持ちが理解るなど、古妖失格であろうな。
 その様に自嘲するも。嘗て人間より受け、根深いと思っていた心の傷が、知らぬ間に癒えていることもまた事実なのだ。それ故に、願わずにはいられない。
 ――大元たる『儂』よ。人に裏切られ、人を欺き、人を喰らう、隠神刑部よ。
 ――一事が万事など、有り得ぬのだ。この様に信ずるに足る者たちも、居るのだ。
 微睡むような心地と共に、この場に残る√能力者たちを見渡せば。
 涙を堪え切れぬもの。歯を食い縛るもの。笑って見送るもの。数多の顔が其処に見える。
 何百年もの間、忘れていた温かさ。松山の城を守護していた頃のような、満たされた気持ちに。
 古妖らしくもなく。ふと、彼らの安寧を願う言葉が自然と溢れ出していた。
 ――この様に、穏やかに眠りに就けるとは……嗚呼、儂は果報じゃ。誠に、果報者。
 ――……みな そくさい で な。 えにし、あらば また あおう ぞ ……

 古狸の肉片、及び八百八狸の消滅と共に。高松を舞台としたマガツヘビ討伐は、真の終わりを迎えた。
 何れ、この奇妙建築を残して街は元の姿を取り戻し、この様な戦があった事すら、徐々に忘れられていく筈だ。
 しかし、その場に居合わせた√能力者たちは、きっと忘れる事はないであろう。
 共に戦った、八百八狸たちの事を。
 彼らの目に映った、古妖であった筈の、隠神刑部の最期の顔を。
 ――それはそれは喜びに満ちた、穏やかな表情を。

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挿絵イラスト