シナリオ

その怒り、界を渡りて

#√ウォーゾーン #√妖怪百鬼夜行 #マガツヘビ #マガツヘビの掟

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 夜のしじまに声が轟く。怨嗟と憤激の入り混じった声は、周囲の空気を震動させ、間近に建っていた奇妙建築の壁を落剥させた。
「峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!」
 獣の唸りを連想させる声を上げる者は、巨大な黒い蛇に似ている。しかしその身の半分は隆々たる筋肉を有し、一振りで幾人ものひとを薙ぎ倒せそうな一対の腕を生やしていた。地に密着しそうな腹の両脇からも、腕によく似た形状の足が伸びている。
「糞が、糞糞糞餓鬼共が!」
 開いた口から言葉が吐き出され、びりびりと大気が震えた。
「どいつもこいつも糞馬鹿にしやがって!」
 苛立ち紛れに振るった手が、奇妙建築の通路に亀裂を入れる。
 蛇とひとの合間にいるような姿をしたそれは、一体の古妖だった。その口が声を撒き散らし、その手が何かを破壊する度、妖力がでたらめに溢れ出す。力の弱い妖怪ならば、その一端に触れただけで我を忘れそうだ。
 マガツヘビ。
 そう呼ばれる古妖は、この√に生きる妖怪全ての敵だった。かつて轢き潰され、殺された筈の。
「今度こそ、全部ぶち壊してやる! あれもこれも! それからあれだ! √EDENもだ……!」
 膨れ上がった怒りは、妖力と化して辺りに広まって行く。
 そしてその怒りは――√を越えた。

 √妖怪百鬼夜行の片隅にある食堂で、メイ・リシェル(名もなき魔法使い・h02451)は√能力者達を待っていた。
「来てくれてありがとう」
 近くにやって来た√能力者に気が付くと、メイは耳を押し込んだ帽子の鍔を軽く持ち上げる。
「マガツヘビの黄泉返りの話は、あなたたちも知ってるかな」
 無限の妖力と矮小なる頭脳の持ち主。
 危険性の塊とも言えそうな古妖が、理由は分からないが蘇りを果たしたのだ。
「全てのあやかしよ、マガツヘビを討ち滅ぼすべし……この『マガツヘビの掟』に従って、古妖達が一時休戦と共闘を持ちかけてきたんだ」
 幾つにも分かたれた肉片の一つですら、強大な力を持つ古妖達。その力を結集しても、彼らだけではたった一体のマガツヘビを倒す事すら出来ないと判断したのだ。
「マガツヘビも√能力者だけど、短期間で繰り返し何度も倒せば、いずれは蘇生しなくなる。古妖達の狙いはそこみたいだね」
 古妖に力を貸す事を、業腹だと感じる者もいるだろう。しかし、マガツヘビは古妖達だけでも、√能力者達だけでも倒す事の出来ない強敵だ。この√に住まう人々のためにも、古妖の力を利用するつもりで共闘するのが得策だろう。
「あなたたちにはまず、√ウォーゾーンに行って欲しいんだ」
 マガツヘビの妖力は既に√を越えている。その力は、√ウォーゾーンの機械群をも暴走させているのだ。
 このまま放置すれば、暴走した機械群をたどって√ウォーゾーンにマガツヘビが顕現する危険がある。更に、機械の統率者達が万一マガツヘビの存在に気付き、研究を始めてしまったとしたら。
「たぶん、すごくまずいことになると思う。もしかしたら、√EDENにマガツヘビが顕現した場合よりも」
 暴走しているのは、機械兵団によって制御権を奪われた運送用のドローンだ。まずは多数存在するこのドローン達を、一体残らず破壊する必要がある。
「この機械達を倒したら、またこの√に戻って来てもらうことになるんだけど……そこから、マガツヘビまでの道筋は、よく視えなかったんだ」
 この地をよく知る妖が何らかの道筋を示してくれるのか、マガツヘビの妖気が引き起こした事件を通じて後を追う事になるのか。詳しい事は、√ウォーゾーンから戻って来た時に、自ずと分かるだろう。
「最後に待ってるのが、マガツヘビとの決戦だよ。頭は良くないって言われてるけど、そのぶん妖力を振るうことにためらいが無いみたいだね」
 マガツヘビの妖力は無限とも言われるほどだ。その強大な力を無秩序に振るわれれば、周囲に大規模な被害が出るのは想像に難くない。
 マガツヘビとの決戦には、力の強い古妖が助力してくれる。彼らの√能力も利用し、策を練れば、勝機を見出す事も出来るだろう。
「ボクに視えたのはここまで。曖昧な部分があって申し訳ないけど、よろしくお願いするね」
 最初の√には、食堂を出てすぐの横道へ入ると行けるらしい。
 気をつけて、と声を掛けるメイに見送られて、√能力者達は一歩を踏み出した。

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第1章 集団戦 『暴走した運送用ドローン』



 √ウォーゾーンに足を踏み入れた√能力者達は、ドローンのプロペラが回転する音に出迎えられた。軽く視線を持ち上げれば、赤い警告灯を光らせたドローンの群れが見える。
 ドローンの一体が√能力者達に気付き、それを契機として機械達が一斉に降下を開始した。その身に爆発物を積載した機械達は、戦いとなればその使用を一切ためらわないだろう。
 幸い、足元は硬いコンクリート製で、周囲に遮蔽物も見当たらない。
 この戦闘機械達を迅速に倒すべく、√能力者達はそれぞれの武器を手にした。
 
レイン・ニイル


 今回戦う事になるマガツヘビは、怒りに任せて全てを破壊しようとしているのだという。レイン・ニイル(|取り替え子《チェンジリング》のレインメーカー・h07167)は、星詠みから聞いた話を思い浮かべて、軽く眉を寄せた。
 その地を、ひとを支配したい。酒池肉林に溺れたい。そんな、低俗でも納得が行くものならば、レインにとっては勝手にどうぞ、と呑み込める。けれども、マガツヘビは壊すだけで、その先の事など何も考えていないのだ。
 こういう馬鹿がボクは一番嫌いなんだよね。
 自然と、奏でる靴音が硬くなる。星詠みに見えてしまったのならば、√能力者としては手伝うしかない。腹の奥に気怠さを覚えつつも、レインはそれを細い息に変えて吐き出した。
 せめて魂が美味しいと良いな――そんなささやかな希望は、プロペラの回転する音に断ち切られてしまう。
「あー……機械かー……」
 細めた緑の瞳に、幾つもの赤い警告灯が映った。無骨な機体は美味しくなさそう、というより味がする気がしない。
 それでも、禍いの蛇に近付くには突破するしかないのだ。この√ウォーゾーンで力を得ていた事を、レインは幸いに思った。
 唇が、ゆっくりと詠唱の形を取る。
 その音とレイン砲台を持ち上げる動きに反応して、ドローン達が無数の同型機を招集する。けれどもそれが爆薬を落とすよりも、数多の細い光が天より降り注ぐ方が早い。
「機械に水はご法度でしょ?」
 あどけなさすら漂わせる口元が、緩やかに弧を描く。その間にも、ドローンは片端から落とされ、ばらばらに砕けて行った。始めから空を埋めていたものも、集められたものも、雨の名を持つ兵器に貫かれる。
 当たり前のように軌道を狂わせて行くドローン達の間を、レインは堂々と歩き始めた。
「前座って言うのかな? 機械なんか用はないよ、サヨナラ」
 視界内に収まるドローンは、みなコンクリートへと落下し黒煙を上げる。
 破壊された機械達の耳に、誇らしげなレインの声は届いていなかった。

霧音・雫


 霧音・雫(心は仮面で隠して・h07168)は、以前に他の√能力者から世界移動について聞いた事があった。実際に自分で経験してみると、耳にした言葉が体に染み込む気がする。
 少し上を向いた気分は、しかしドローン達の奏でる無骨な音に押し潰された。
 今回のは何だかすっごい敵って聞いたけど。
 待ち受けるその敵の元へたどり着くには、まずはこのドローン達を叩き壊さなければならない。
「あぁ……でも……もう、お腹空いた」
 零れた声は、雫自身にも弱々しく聞こえた。きゅうと胃の腑を締め付けられるような感覚が、心の奥底を引っ掻く。飢餓を抑える術は、死を回避するために為すべき事は、もう決まっている。
 雫は以前にエネルギーを集めた試験管を、腹部のベルトの穴へ装填した。瞬き一度の後、海の底を思わせる不機嫌な黒が装甲の形を取って雫の体を包む。顔に被さる仮面は、揺れ動く雫の心をその下に隠してしまった。
 ドローン達がエネルギーのチャージを開始する。雫は右手に現れた光の剣を握り締め、加速の力を乗せてドローンの一体を破壊した。
 ドローンは、何処が目なのか腕なのか、そもそもその区別があるのかすら曖昧だ。それ故に、雫は光の軌跡を幾度でも放つ事が出来る。がしゃがしゃと部品が砕ける音と、プロペラの音が何重にも重なって聞こえた。
 チャージを終えたドローンが、雫に体当たりをして自爆する。激しい爆炎を伴う一撃も、肉体を強化された雫にとってはただ痛いだけで済んだ。
 終わらない斬撃が、機械達をばらばらに壊して行く。雫の視界からドローンの姿が消えた時には、コンクリートの上に数え切れないほどの残骸が積み上がっていた。
 耳に意識を傾け、プロペラの音がしない事を確認すると、雫はほっと息を吐く。武器を下ろし、腹部のベルトから試験管を取り出した。
「敵はまだいるもんね……エネルギー切れしたら、なんにもできなくなっちゃうし……」
 そうなれば、待ち受けるのは死だろう。
「……死にたく……ないから」
 掲げた試験管へ、この場に漂うエネルギーがゆっくりと吸い込まれた。

ミラルティ・セルリオーヌ


 √ウォーゾーンに足を踏み入れたミラルティ・セルリオーヌ(死霊侯爵リッチルーラー・h04799)は、素早く迫って来たドローン達のプロペラ音を聞いて小さく息を零した。
「全く……爆薬搭載のドローンとは、物騒ですこと」
 淑やかな声で言葉を紡ぎながら、大鎌の刃を咲かせた黒杖を振るう。一拍の間を置いて、体に寄り添うドレスの裾を囲むように動物の骨や血肉がコンクリートの上に現れた。ぱらぱらと音を立てたのは、同時にばら撒いた弓矢だ。この場所には、有機物の気配があまりしない。それを見越して準備して来たものたちだった。
 魔力の気配を察知して、ドローン達が同型機を招集する。羽音のようなプロペラの唸りを聞いても、ミラルティは焦る様子を見せなかった。本命たるマガツヘビとの戦はまだ先。今は余力を残しつつ、迅速にこの機械達を片付ける時だ。
「これらを用意しておいて正解でしたわね」
 コンクリートを赤く染めるものに琥珀色の瞳をちらと向けて、ミラルティは大鎌の刃で空に鋭く直線を引いた。夜めいた影がその後を追い、骨と血肉がかたかたと音を立てて動き出す。
 息を一つ吐いた後、ミラルティの周囲には有機物を材料としたアンデッドが生まれていた。小さく唸りを上げる彼らの手には、剣や銃といった武器が握られている。
 アンデッド達が動き出した時、視界を覆い尽くさんばかりの数となったドローン達が、まっすぐに突撃を開始した。骨が剥き出しになった指が銃の引き金を絞り、プロペラの羽を破壊する。銃声は幾重にも響いて、ドローン達が次々と自らの爆薬で自滅して行った。
「見逃しませんわよ」
 アンデッドの攻撃を耐え抜いたドローンへ、ミラルティは刃の先端を向けた。全力の魔力が高速で紡がれ、暗い弾丸となってドローンを射抜く。更に刃を横に動かせば、隣に並んでいた一体も自らの積荷で爆発した。
 アンデッド達が気を引き、距離を取った上で魔法で仕留める。ミラルティの立ち回りは功を奏し、ドローン達は着実にその数を減らして行った。

櫂・エバークリア
黒野・真人


 櫂・エバークリア(心隠すバーテンダー・h02067)と黒野・真人(暗殺者・h02066)がマガツヘビとの決戦に赴くのは、今回が初めてではない。
 また懲りずに出て来てんのか。
 ドローンのプロペラ音を聞きながら、櫂は内心で独り言つ。自分達以外にも、マガツヘビ討伐に向かった者は大勢いる。既に何度も倒されているにもかかわらず、また現れるとは。懲りるという事を知らないのか、それとも倒される事が些事に思えるほど怒り狂っているのか。
 また出やがったのかクソヘビ。
 真人が胸の内でそう毒づくのも、無理も無い事だろう。
 ドローンの立てる音が、急速に近付く。櫂はサングラスの下で黒い瞳を細めた。
 ここは櫂の暮らす世界だ。マガツヘビの妖力がこの世界の機械達を狂わせているのならば、見逃す訳には行かない。
「わりーな。手伝ってくれ」
 ちらと目線を向けて来た櫂へ、真人は軽く口元を緩めた。
 どこにどんだけ来やがってもムダだって――
「思い知らせてやろーぜ、カイ」
 ここは共犯者たる櫂の世界で、ルートエデンも狙われている。ならば真人が選ぶ選択肢は決まっていた。
 ブチのめす一択だ。
「にしてもアレだよな」
「ほんと何考えてんだかな」
 恐らく似たような事を考えたであろう二人が、ほんのいっとき顔を見合わせる。
 ぴりと肌に感じるのは、この世界に溢れ出た妖力か。力ずくで、怒りの波動だけで、妖力が界を渡る。それはマガツヘビの力の一端を示しているだろう。
「バカでも力だけはマジ強敵って思うな」
 真人の言う通り、強敵である事に間違いは無い。舐めてかかれば痛い目を見るであろう事を、櫂もしっかりと認識していた。
 ここは勝手知ったる世界。だからこそ、きっちり仕事はこなす。真黒の狙撃銃を手に取ると、櫂の内面に細い糸がぴんと張り詰めた。
「気は引き締めてくか」
 能力の気配を察してか、ドローン達が唸りを強くする。エネルギーのチャージを始めた機械達へ、櫂は銃口を向けた。
「キカイ相手ならアンタの独壇場かな?」
 真人の声に、銃声が被さる。起爆のケーブルを、櫂が撃ち抜いたのだ。
 戦線工兵は機械に強い。今の銃撃によるケーブルの切断も、ドローンの構造をよく知る櫂にとっては慣れたものだ。爆発物を持っていようと、それは変わらない。
 ならば自分は邪魔にならないようにと、真人は迫り来るドローンとの距離を慎重に測る。その間にも、ドローンは次々にその挙動を狂わせて行った。
「……いやマジで手早いなー……」
 時折受ける自爆攻撃にすら、手早く反撃を見舞う姿を見れば、真人からは感嘆しか出て来ない。
「なーに、こん位朝飯前だ」
「ったらオレは始末の方引き受けるぜ」
 にっと笑う櫂へ、真人は同じ種類の笑みを返した。ふうと緩やかに息を吸って、鋭く吐き出す。太古の神霊が、翼をまとって真人を包む。終焉の名を持つ刀に、影めいた揺らぎが宿った。
 とん、とコンクリートを蹴った真人は、影の名残だけを残してドローン達の中へと飛び込んで行く。ケーブルを断たれ、羽を落とされたドローンを、神速の刃で両断した。
 ドローン達が唸り、爆薬が炸裂する。しかし、それを見越してのスピード勝負だ。神鳥を纏う真人には、部品の破片すら届かなかった。
「ポンコツは消えな!」
 裂帛と共に振るう刀が、また一体のドローンを両断する。櫂もまた、羽持つ機械達を手早く解体して行く。コンクリートの地面は、無力化されたドローンを優しく抱き止めてはくれない。
「ちゃっちゃと済ませて向かうぞ」
「当たり前! いこーぜ!」
 ドローンの砕け散る音を背に、二人はまた新たな一体を地に落とした。

倉稲・石香


 唸るドローンの群れを見て、倉稲・石香(取り替え子のゴーストトーカー・h01387)はやれやれと軽く溜め息を吐いた。
「他√までボクの故郷の汚点が知り渡るのは勘弁してほしいね」
 ドローン達はプロペラを震わせて、まっしぐらに石香の元へと突っ込んで来る。その様を見ると、本当に輸送用に作られた品なのかと疑いたくなった。
 どうせなら警告灯なんて光らせずにやれば気づかれにくくなるだろうに。
 暴走するドローン達に、石香の考えなど知る由は無い。ただ羽虫めいた音を立てて、同型機を招集するだけだ。
「まぁいい」
 石香が、すいとドローンの一体を見上げる。それと同時に周囲の空気が一変した。それに触れた者を狂わせるような、甘やかでありながら細かな針を抱いたものに。
 ドローン達の警告灯がちかちかと瞬き、ぐるりと機体を巡らせる。そうして、仲間である筈の他のドローンへとその身をぶつけ始めた。
 石香の影から現れた死霊が、するりと空を滑ってドローンへと取り憑く。石香の碧眼が見上げる空は、金属音を響かせる物騒なものへと変化していた。
 この場にいる存在で、個々の能力ならば√能力者が一番危険な存在だろう。けれど、危険な『物体』は、爆薬を搭載したドローンに他ならない。石香が目線を向ける度、ドローンは他の機体から攻撃を受ける。
 意識的に引き起こされたポルターガイストは、正確に危険を認識し機械達を自滅の道へと誘っていた。
「お互いにぶつかり合って、他人様に迷惑をかける前に爆散してくれたまえよ」
 石香の言葉を、ドローン達は認識したかどうか。
 積載されていた爆薬同士が、連鎖して炸裂する。地を揺らすような爆音が響いた。
 ぱらぱらとドローンの破片が降る中を、石香は何事も起きていないような顔で歩いて行った。

刻・懐古


 √ウォーゾーンの地面は硬い。
 刻・懐古(旨い物は宵のうち・h00369)は、滅多な事が無い限り√妖怪百鬼夜行から出る事は無い。
 なので、これは“滅多な事”だ。
 コンクリートの地面を踏み締め、懐古は無機質な世界を見回す。大正時代の気配を色濃く残す√妖怪百鬼夜行とはまるで違い、一目見ただけではどんな役割を果たすのか分からないものもあった。
 ドローン達が懐古に気付いて接近して来る。そのプロペラの回転音さえ珍しかった。
「人工の鳥……いや、そんな可愛らしいものではないか」
 軽く首を振った拍子に、三つ編みにした赤茶の髪が揺れる。出来る限り近づく前に落としたいところだ。
 懐に入れた懐中時計へ布越しに手を当てて、きっかり三秒、詠唱する。巨大な影が、懐古の背からすくりと立ち上がった。
 滑らかな動きで空中のドローンへ突き進む影は、時計の針の形をしている。鋭い長針が積載された爆薬を貫いて、空中で破裂させた。
 その場に静止して詠唱を続けつつ、懐古はドローンをじっと見詰める。あれらはどのような用途で使われるのか、興味深い。
 紡がれてはドローン目掛けて飛んで行く時計の針が、赤く瞬く警告灯を貫いた。投下された爆薬は、もう一本の針が跳ね返す。
 今や時計も“でじたる”。端末で見れるから、と時計屋に立ち入る客も減った。
 そう思うと、みぞおちの辺りが少しばかり重くなる。このドローン達も、あの“もにたー”で時間を映すのだろうか。
 二本の長針が空中で交差して、ドローンの警告灯を砕く。時計の付喪神として、複雑な想いが胸の内で渦を巻いた。
 口に出しかけた言葉を呑み込んで、懐古は黄昏を映す瞳を僅かに細める。
 影の長針と短針が同時に飛び立ち、招集されたドローンをまとめて貫いた。ふっと、唇から呼気が零れる。
 仄かに熱を持った棘が、ちくりと胸を刺す。
 これを、人は嫉妬と呼ぶかもしれない。
 懐古の見詰める前で、最後のドローンが空中で爆発した。

第2章 ボス戦 『八岐大蛇之姫巫女』



 暴走したドローンを片付け、√百鬼夜行に戻って来た√能力者達は、腹の底まで響くような轟音を耳にした。音の源へと目をやれば、木々や石が高速で動き一つの建築物を構成しようとしている。
 うごめく物質の前には、白い着物姿の女がいる。女の身には白い大蛇がまとい付き、飛び交うものへと牙を剥いていた。
「ああ、戻らはったんどすか。はばかりさんどす」
 女は√能力者に気が付くと、そう言って緩やかに瞬きをする。その間にも、飛び交う石や木による建築は止まらない。
「うちは八岐大蛇之姫巫女いいます。八岐大蛇を宿した古妖どす」
 白い蛇の魔獣が、動き回る石の一つを砕いた。八岐大蛇之姫巫女は、がらがらと動く物品へちらと目を向ける。
「あれはマガツヘビが、高速で奇妙建築を作ってるんどす。その狭間に身を隠すつもりのようどすなぁ」
 マガツヘビを討つためには、作られている最中の奇妙建築へと飛び込むしかない。建築に使われているのは木々と石が大半だが、常に変動する奇妙建築は中に入った者を容赦無く攻撃するだろう。
「隠れられたら、厄介な事になる。その前にこの奇妙建築を探索して、マガツヘビまでたどり着かなあきまへん」
 この奇妙建築を動かしているのは、マガツヘビの妖力だ。それをたどって行けば、追い付く事は難しくない。
「うちも協力します。うちの能力も、上手に使うとくれやっしゃ」
 八岐大蛇之姫巫女が、奇妙建築へ一歩を踏み出す。
 奇妙建築の中へ入れば、周囲を構成するもの全てが敵となる。高速で飛ぶ石や木々、不安定な地面等にどう対応するか。√能力者達は考えを巡らせ、素早く前へと進んだ。
 
刻・懐古


 別√で片付け物をし、漸く慣れた地へと戻って来たかと思えば――
「なんとも騒がしい」
 刻・懐古(旨い物は宵のうち・h00369)は、眼前の光景を見て、ふうと小さく息を吐いた。
 少しずつ形を成しつつある奇妙建築は、マガツヘビが妖力を用いて作っている隠れ家のようなものらしい。何とも奇妙な事をするものだ。
 蛇は隠れることを好むのだろうか、と言いかけて、懐古は言葉を呑み込む。いま隣にいる古妖の八岐大蛇之姫巫女も、また“蛇”なのだ。一緒くたにはされたくないだろう。
「ほな、行きまひょか」
「うん。よろしく頼むよ」
 白蛇を纏う姫巫女へ頷いて、懐古は共に奇妙建築の中へと足を踏み入れる。途端に、地がうごめくような感触が足裏へ伝わって来た。ぎゅっと足に力を込めて踏み留まり、飛来する石を避けて前へ進む。姫巫女は八岐大蛇と融合を果たし、体の各所から生やした大蛇で飛来物を叩き落としていた。
 周囲全てが敵とあらば、こちらも目や手は多い方が良い。
 懐古が左の掌をそっと上に向けると、ぶわと烏の群れが現れた。
「守りと危機感知を頼むね」
 烏は一声鳴いて、奇妙建築のあちこちへと飛び立って行く。その間にも、周囲の景色は目まぐるしく変化を続けていた。
 三歩ばかり進んだところで、烏の声が鋭く鼓膜に突き刺さる。軽く身を左へ倒せば、尖った木の枝がすぐ傍を高速で通り抜けた。
 右へ左へと舞う烏達の声に助けられ、懐古と姫巫女は揺らぐ建築の中を順調に進んで行く。
 建築物の中に仕掛けが張り巡らされていると言えば、絡繰り屋敷が懐古の頭に浮かぶ。けれどここは、そんな上品な代物ではない。この無秩序ぶりは、まるでマガツヘビの胸中のようだ。
「荒くれているねえ。白蛇の君もそう思うかい?」
 足元に転がり落ちた石を跳び越え、姫巫女へと目線を移す。綿帽子の下で、青と緑の狭間にいるような瞳がきゅっと細まった。
「ええ、そうどすなぁ。怒りに任して妖力を振るう事しか出来ひん、マガツヘビそのままどす」
 尤も、その無限とも言える妖力こそが脅威なのだけれど。
 二人の少し先を行く烏が、一声鳴く。その烏に導かれて、懐古は姫巫女と共に先へと急いだ。

霧音・雫


 隣を進む八岐大蛇之姫巫女を見て、霧音・雫(心は仮面で隠して・h07168)は密かに息を零した。この綺麗な人が、協力者の古妖なのだ。
 何を話せばいいのかと巡らせた灰の目に、周囲の奇妙建築の様子が映る。この中は木々や石が飛び交うのみならず、瞬き一度ごとに姿を変えて行くのだ。
 早く先へ進まなければ、マガツヘビに隠れられてしまう。そうなればどうなるかは、あまり想像したくなかった。
「古妖さん。戦いやすいように、道を広げてもらえないかな……?」
 奇妙建築の中へ入る前、姫巫女は蛇を用いて飛び交うものを壊していた。その事を思い出しつつ、そっと言葉を紡ぐ。
「ええ、構しまへんよ。任しとぉくれやす」
 姫巫女の唇がすっと弧を描き、白い着物に包まれた腕がふわりと広がる。身に宿した八岐大蛇と完全なる融合を果たし、姫巫女は両腕から白い大蛇を生やした。
 鋭い息を吐いて、大蛇が行く手を阻む石を砕く。背後から飛んで来た鋭利な木の枝は、背から生えた蛇が弾き飛ばした。
 足元から伝わる揺らぎに、雫は建築物が入った人を攻撃するという意味を芯から理解する。
「……古妖さんも僕が守ってあげるからね」
 先程の戦いでエネルギーを集めた試験管を取り出し、雫はベルトの穴へそれを装填した。息を一つ吐く間に、少年の姿が装甲に覆われる。海の底めいた不機嫌な黒に、今は赤が混じっていた。
 仮面を被った顔を行く先に向けて、姫巫女が広げてくれた道を駆ける。容赦無くこちらを打ちのめそうとする飛来物は、片端から拳や光剣で砕いて行った。
 先へ進むと同時にヘビー・ブラスター・キャノンを召喚し、一斉射撃で姫巫女の白蛇が開いた道を更に広げる。
 ごつ、と避け損ねた石が頭部にぶつかったのは、その直後だった。衝撃はあれど、痛みはそれほどでもない。
「あら。大丈夫ですやろか?」
「大丈夫。僕頑丈だから……」
 また正面へ顔を向ければ、装甲越しにもびりと伝わるものがある。マガツヘビの妖力だと、すぐに分かった。
 この先で待つものの元へたどり着くために。
 雫は姫巫女が突き崩した石の群れを、光剣でばらばらに切り裂いた。

レイン・ニイル


 八岐大蛇之姫巫女の姿を見て、レイン・ニイル(|取り替え子《チェンジリング》のレインメーカー・h07167)はこの人――人ではないけれど――が『古妖』なのだとすぐに察した。
「こんにちは」
 緑の瞳を微笑の形に細め、まずは挨拶をする。けれども目線は、滑らかに観察の色をまとった。不躾かもしれないという意識はある。だが、一時的にとはいえ、共に戦う相手だ。多少は様子を窺っておきたい。
 姫巫女がまとう白い大蛇が、レインの目には艷やかな果実のように映る。ほんのひとかけを失敬して、味を試してみたくなるような、そんな欲求が腹の底から湧いて来た。
 けれど、さすがに協力してくれる存在の味見は難しい。怒らせるのは本末転倒だと判断するだけの悟性をレインは備えていた。
 奇妙建築の中を進もうとすると、姫巫女がこちらを見てにっこりと笑う。
「うちの蛇が気になります? でもマガツヘビを討ち滅ぼすまでは共闘関係どす。仲良うしまひょ」
「そうですね。よろしくお願いします」
 どうやら意図は見透かされたらしい。それでも、全力で蛇の所へ向かいたいという思いは同じだ。レインは満面に笑みを浮かべると、奇妙建築の奥を見た。
 不安定に揺らぐ足元に加え、木々や石が容赦無く飛んで来る。ここは、強さでは格上の姫巫女にメインを任せたいところだ。
「ボクもお手伝いしますから、道を開いてもらえますか?」
「ええ、構しまへんよ。行きましょか」
 姫巫女が先に立ち、身にまとう蛇を鎖鎌へ変化させる。回転する刃は姫巫女の移動速度を上げて、木々や石に阻まれた道を文字通り切り開いて行った。
 勿論、レインもただ後について行くばかりではない。粒子状のレイン砲台を自らの周囲に舞わせ、雨の如き細さを持つ光線で障害物を粉々にする。
 飛来物が粉微塵にされて行く中で、足元の揺れが大きくなった。姫巫女の姿勢がぐらりと揺らぐ。
 不安定な地を蹴って、レインは姫巫女の傍らに立ちその身を支えた。
「怪我ないですか? 大丈夫ですか?」
 以前に教えられた『いたわり』という言葉。それを何の引っ掛かりも無くレインは使う事が出来た。
「おおきに。大事あらしまへんよ」
 体勢を立て直し、姫巫女はまた鎖鎌を振るう。
 災いの蛇が立てこもる場所。本当の闘いが待つ地へ、二人は着実に進んで行った。

倉稲・石香


 出たな食い気に全身全霊の蛇巫女。
 八岐大蛇之姫巫女の姿を見て、倉稲・石香(取り替え子のゴーストトーカー・h01387)は真っ先にそう思った。
 外見は白い蛇をまとう淑やかな娘の姿だが、肌をちりと灼くような感覚が微かに漂っている。マガツヘビの妖力に紛れてしまいそうなほどではあるが、姫巫女もまた強力な古妖である事を、√能力者としての石香の感覚が告げていた。
「あら。何処かでお会いしましたやろか?」
「いいや、気にしないでくれたまえ」
 人やこちらではなく、|奴《マガツヘビ》を丸呑みにする分には、とやかく言うつもりは無い。石香は姫巫女から目線を外し、ごくごく淡い青の瞳で奇妙建築の奥を見た。
 既に足元は揺らぎ、視界内の景色は目まぐるしく変化を続けている。
「送狼変身」
 静かに詠唱を済ませると、手の中に現れた光の剣を飛び交う石や木々に向けて突き出す。すっと手を離れた剣の射程まで跳躍すると、石香の身は猟犬めいた全身鎧をまとった。光剣に弾かれて、飛来物が奇妙建築の壁や床にぶつかる。
「蛇巫女の君、ボクの武器を蛇で引き寄せてくれないかい」
「ええ、構しまへんよ」
 八岐大蛇と完全融合した姫巫女が、腕に生やした蛇の一体を使って石香の光剣を回収した。それを受け取って、再びの跳躍を果たす。
「この繰り返しで安全に進んで行こう」
「悪ない案どすなぁ。行きましょ」
 石香が飛来物を叩き落とし、姫巫女が光剣を回収する。それを幾度か繰り返すうち、石香は白蛇が開く口の大きさに目を留めた。
「これだけ大きな口なら、この奇妙建築をそのまま丸呑みしてしまうなんてことは出来ないのかい?」
 石香の言に、姫巫女がころころと笑う。
「怖い事を言うお嬢はんどすなぁ。マガツヘビにお腹の中で暴れられたら、ひとたまりもあらへんやないどすか」
 それもそうか。
 納得の頷きを返して、石香はまた奇妙建築の床を蹴って跳躍した。

黒野・真人
櫂・エバークリア


 八岐大蛇之姫巫女の姿を前にして、黒野・真人(暗殺者・h02066)は以前の戦いで共闘した古妖を思い出していた。
 妖怪絵師たるかの古妖も、まさしく『古いアヤカシ』といった風情だった。今回共に戦う姫巫女は、八岐大蛇をその身に宿している。真人としては、いにしえの物語から抜け出た存在が目の前にいるような気分だった。
「やあ、お嬢さん。俺は櫂・エバークリア。今回はよろしく頼むよ」
 普段よりも幾許か柔らかな声で挨拶をする櫂・エバークリア(心隠すバーテンダー・h02067)には、気負ったところが全く無い。恐らくは、古来より伝わる物語には疎いのだろう。
「カイ」
 いつも通りお茶でも、と誘いを掛けようとする櫂を、真人が小声で引き止めた。振り向いたその耳へ、八岐大蛇がどのような存在であるかを簡潔に説明する。
「古代の超ボス使役してんのと同じ」
 囁かれた言葉に、櫂は思わず目を瞬いた。とんでもない大物。流石は古妖だと、改めて認識する。
「気軽に誘えるお相手じゃないってワケか」
「そーゆーコト」
 けれど、味方であればこれほど心強いひともいない。足場すら目まぐるしく動くこの奇妙建築の中で、共に力を合わせられるとなれば願ったりだ。
「もうすぐこの奇妙建築も、終わりが見えてくる頃どす。よろしゅうおたのもうしますなぁ」
「こっちこそヨロシク」
 緩やかに腕を広げた姫巫女の周囲に、八岐大蛇が姿を変えた鎖鎌が回転しながら浮かぶ。真人はその能力と、自身の習得している技との相似に気付いた。
「それでお互い粉砕しながら進んだら手早くね?」
 オレも同系使えるし、と付け加え、櫂へちらと目を向ける。
 キレイにブッ壊し続けたら必ずたどり着くってのは、脳筋のリクツかもだけど最適解。
 櫂が頷いた事で、真人は自身の考えが間違っていない事を確信した。
「分かりやすおしてええどすな。その案で行きましょか」
 姫巫女の方にも異存が無いとなれば、行動をためらう理由は無い。
「それじゃ、今回はバックアップに回るか」
 櫂が素早く手指を動かし、三人全員の武器に改造を施した。手に持つ刀が仄かに光るのを、真人は夜めいた瞳でしっかりと見届ける。
 サンキュ、と手短に礼を告げて、真人はぐにゃりと歪んだ足元を蹴った。同時に宿した神鳥の力が、一つにまとめた髪の先から尾羽根を思わせる影を零す。
「いくぜ!」
 振るう刀の一撃に、眼前の障害物が跳ね飛ばされるように消えて行く。
 真人は先頭を姫巫女に任せるつもりは無かった。古妖とはいえ、女を弾除けになど出来る訳がない。
 櫂が視線を上向けると同時に、こちらも一つにまとめた銀髪が肩口を擦る。無造作にも思える仕草で持ち上げた真黒のライフルが、姫巫女を打とうとした石を撃ち砕いた。
「女性には物なんか投げず、優しくするもんだぜ」
 真人と姫巫女の後へ続く足取りに、乱れは一切無い。不安定な足場は、櫂にとって足止めにすらならなかった。暗闇だろうと雑多な工場だろうと、今までも仕事はこなして来たのだ。
 真人の刃が行く手を阻む木々を貫き、立て続けに破砕音を響かせる。景色は目まぐるしく変化すれど、視界は徐々に開けつつあった。
「壊し損ねたのは頼むぜ!」
 応じる姫巫女の声を背に、真人は更に見晴らしを良くして行く。神鳥の力で速度を増した身には、飛来物をすり抜ける事など造作もない。
「道はオレが作る!」
「りょーかい。こっちでも撃ち落とすぞ」
 櫂の奏でるライフルの音と、姫巫女の鎌が取り零しを砕く音が、幾つも重なる。奇妙建築に足を踏み入れた時から感じていた妖力が、だんだんと濃さを深めて行った。
 しかしガンガン攻めて来ると思ってたんだが、建築物の中に潜むとはな。
 ライフルの引き金を絞りつつ、櫂はマガツヘビの行動を少しばかり意外に思った。それでもこの奥にいるのであれば、やる事は決まっている。
「辿り着いて弾を叩き込んでやるか」
 真人の刀が奇妙建築の壁に穴を開け、櫂の銃弾がそれを広げて行く。
 そうして、一際大きな石を穿ち砕いた時。
 周囲の空気を震わせる咆哮が、辺りを満たした。

第3章 ボス戦 『マガツヘビ』



「峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!」
 奇妙建築の最奥へたどり着いた√能力者達の前に、ひとと黒い大蛇との合間にいるような姿の古妖が現れた。
 離れた場所からでも、皮膚がびりびりと痛みを覚えるほどの妖力が放出されている。
 この古妖こそがマガツヘビだと、否応無しに思い知らされた。
「糞糞糞が! このマガツヘビ様の策を台無しにしやがって! この糞餓鬼共!」
 太く逞しい腕が、ぶんと空を切る。溢れた妖力の余波だけで、奇妙建築の壁が砕け散った。
「奇妙建築に籠って力を溜めてから、全部壊してやるつもりだったんだ! それをぶち壊しやがって! 糞餓鬼共が!」
 だん、とマガツヘビの掌が地を叩く。奇妙建築が崩れ落ち、周囲が開けた。
「止めだ止めだ! まずはてめぇらぶっ壊してから、この√の人間も妖も全部ぶち壊してやる!」
 ふうと、八岐大蛇之姫巫女が小さく息を零す。
「おつむの程度はご覧の通りどすけど、妖力は危険極まりあらへん存在どす。あれを討ち滅ぼすまでは、うちも力をお貸しします」
 古妖と√能力者。双方の力が無ければ、マガツヘビを討つ事は叶わないだろう。
 怒りに任せて荒れ狂うマガツヘビを前に、√能力者達はそれぞれの武器を手に取った。
 
レイン・ニイル


 マガツヘビが、怒りに任せて周囲に力を振るっている。その様を見て、レイン・ニイル(|取り替え子《チェンジリング》のレインメーカー・h07167)は思わずくすりと笑みを零した。弧を描いた唇を、掌でそっと隠す。
 頭は良くないとは聞いていた。実際に相対してみれば、なるほどそう言われても仕方がないほどの、真正の馬鹿だ。
 奇妙建築を用いる策も愚策と言う他は無く、レインにとっては至極つまらない。僅かに落ちた黒い鱗を、拾い上げようという気にすらならなかった。
 絶対に美味しくないし喰らう価値もない。
 倒してあげようね――と、緑の瞳がマガツヘビの様子を窺う。
「なんだなんだ、てめぇら! ああ、その白蛇、糞気に入らねぇ! ぶっ壊してやる!」
「あらあら、やかましいどすなぁ」
 マガツヘビの目線は、主に八岐大蛇之姫巫女に向けられている。力ある古妖となれば、無限の妖力の持ち主なれど警戒するのは自然な事だ。
 けれど。
 レインに対しては、油断の色が仄かに見えた。|取り替え子《チェンジリング》とはいえ、レインの見た目はあどけなさの残る子供だ。取り分け危険視する必要を感じないとしても、おかしくはない。
 ならば、それを利用しないのは損というものだ。
 するりとこちらを見た姫巫女へ、レインはウィンクを一つ返す。
「ボクは露払いね」
 マガツヘビに聞こえないよう囁くと、両手で耳を塞ぐような仕草を取った。
「わぁあああ!」
 くるりと背を向け走り出すレインは、一撃を見舞うだけで命を刈り取れるように思えるだろう。前菜とも言える存在を、マガツヘビが見逃す筈が無い。
 空気が揺れるような妖力を放ちながら、マガツヘビが後を追って来る。その右腕に力が集まるのを、レインは背中で察知した。
 振り下ろされた右腕へ、振り返りながら自らの右手を当てる。それだけで、マガツヘビが腕に集めていた妖力が霧散した。
「あぁ? 糞餓鬼が! 何しやがった!」
 お姉さん、と呼ぶ必要すら無い。
 レインの作り出した大きな隙を、姫巫女は見逃さなかった。白い大蛇が鎖鎌へと姿を変え、マガツヘビの鱗を貫く。
 姫巫女の攻撃が描く美しい曲線に、レインはにこりと笑みを浮かべた。

刻・懐古


 先程まで中を駆けていた奇妙建築が、今はもう粉々に砕けている。
「おやおや、折角作った奇妙建築だというのにせっかちな」
 辺りに散った残骸を見て、刻・懐古(旨い物は宵のうち・h00369)は黄昏を秘めた瞳を細めた。おつむの程度については、なるほど蛇の君が呆れる通りらしい。
「ああ、うるせぇ! ぶち壊すぞ、糞餓鬼が!」
 猛るマガツヘビの体が、自らの姿を写した小さな蛇の群れをまとう。ぶわと風が吹いて、震える空気が赤茶の髪へぶつかった。
 懐古は前衛には長けていない。荒くれ者にはどう対峙すべきか、瞬き一度の間考えを巡らせた。そうして、一つの解に行き当たる。
 書生服の懐から、懐古は己が本体である懐中時計を取り出した。その蓋を柔らかく撫でれば、幻影が無数の金木犀の形を取ってマガツヘビへと舞い飛ぶ。甘い香すら漂わせそうな見た目に反し、花は黒い鱗を削り取って行った。
「なんだこれ! あぁ、糞うざってぇ!」
 せめてもの妨害に花を。そう懐古が思った通りに、マガツヘビの注意は幻の金木犀へと向けられた。花は黒い爪をすり抜けて、数える事すら億劫になるほど繰り返しマガツヘビを裂く。
「この機を逃す手はあらしまへんなぁ」
 八岐大蛇之姫巫女は、掌を上向けて腕を広げた。八岐大蛇。その壱頭が呼び出され、大きく開いた口から毒息を吐いた。花に惑っているマガツヘビに、それを回避する術は無い。
「蝶のようで美しいだろう」
 舞い踊る金木犀を前に、懐古はやんわりとした声で呼び掛ける。返って来たのは、聞くに耐えない雑言ばかりだ。
「美を解するほど、おつむは良うあらしまへんよ」
 蛇の頭を操りながら、姫巫女はほんのりと笑みを含んだ目で言う。マガツヘビがまた、周囲を震わせるような怒声を上げた。やはり目の前の暴君は、花の美を感じる心も持ち合わせていないらしい。
 びりりと揺れる空気を裂いて、黒い爪が姫巫女へ向かう。
「蛇の君、向こうの注意が逸れたようだよ」
「あら、おおきに」
 懐古の言葉を受けて、姫巫女が後退る。マガツヘビの爪は空を掻いた。
 金木犀の幻影はもう消えている。懐古はもう一度、懐中時計の蓋を撫でた。
 舞い飛ぶ花の群れが、再びの惑いの中へマガツヘビを落とす。金木犀が削り落とす肉体へ、蛇の頭が毒息を吐き掛けた。

霧音・雫


「峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!」
 腕や腹のあちらこちらに傷を負ったマガツヘビが、辺り一帯を震わせるような声を上げる。その様を目にして、霧音・雫(心は仮面で隠して・h07168)は張り詰めていた気持ちが緩むのを感じていた。
 強さは分かる。距離を置いていてなお、その妖力はぴりぴりと肌を刺して来るのだから。
 けれど。
 雫は灰の眼差しを、隣に立つ八岐大蛇之姫巫女へちらと向けた。この古妖が強く綺麗であったから、待ち受けるマガツヘビも凄いのだと思っていたのだ。しかし実際は、力が強いばかりでどうにもバカっぽく感じられる。
 早く倒してエネルギーにしちゃお。
 沈む気持ちを押し込めて、雫は試験管を取り出した。
「古妖さん、一番威力高い攻撃お願い」
「せやったら、これどすなぁ」
 姫巫女が両腕を軽く広げ、身に宿した八岐大蛇と完全なる融合を果たす。雫はその間に、二歩ばかり前へ進んでいた。
 痛いのも、怖いのも嫌だ。それでも、雫は戦わなければ死んでしまう。
「死にたくないから……変身」
 試験管をベルトの穴へ装填すると、少年の身を装甲が包んだ。雪の如く静かな白に、真紅の怒りが蛇の鱗めいて覆い被さっている。
「なんだこの糞餓鬼が!」
 叫ぶマガツヘビが、黒き妖の火をまとう。仮面越しに焼け付くような感覚を受けつつ、雫は獅子座と神話の英雄の力を身の内から引き出した。体が軽くなると同時に、獅子を刻んだ剣が手の中に現れる。
 無造作に地を払ったマガツヘビの尾を跳び越えて、黒い巨体へ刃を振るう。マガツヘビはまた妖力を溜め始めたが、雫は構わず斬撃を見舞い続けた。振り下ろされる拳を、跳ね回って避ける。
 怒りに駆られているマガツヘビの目には、雫の姿しか映っていない。姫巫女が慎重に間合いを測るのを、雫は視界の隅で確認していた。
 星の如くきらめく刃が、マガツヘビの腹を裂く。その直後に、黒い尾が唸った。
 高威力の一撃を跳躍して避けた刹那、マガツヘビの全身に傷が走る。僅かに動きが止まったその隙を、姫巫女は見逃さなかった。
 姫巫女の両腕から生えた白蛇が、勢いを付けてマガツヘビに食らい付く。黒い体が仰け反った。
「まだ倒し切れてはいてはらへんけど、力は確実に削げてます」
「えと……ほんとにありがとう」
 緩く笑みを浮かべる姫巫女へ、雫は小さく頭を下げた。

倉稲・石香


 唸りを上げるマガツヘビを目にして、倉稲・石香(取り替え子のゴーストトーカー・h01387)はまとっていた全身鎧を解除した。この姿のままでは、高威力の禍津ノ尾に吹き飛ばされてしまう。
「なら手を変えねばな」
 独り言つと、石香は妖装具にはめ込んでいた妖器物を取り替えた。封印を解かれた器物が妖力を溢れさせる間に、足元を蹴って跳躍する。
 空中で丸まった石香の体が、石槌へと変化した。そのままマガツヘビの頭部に直撃したかと思うと、黒い巨体が地にめり込む。
「なんだ! 何しやがった、糞餓鬼が!」
 神器へと変身を果たした石香の体は、マガツヘビに超重力と猛毒を与え続けていた。しかし、この状態では石香は自分の意思では動けない。
「蛇巫女の君、ボクは今、自力で動けないんだ。回収を頼めるかい」
「おもろい能力どすなぁ、ええどすえ」
 八岐大蛇之姫巫女はするりとマガツヘビへ近付き、頭部にめり込んでいる石香を両手で持ち上げた。マガツヘビは吼えているが、超重力の影響からはまだ脱していないようだ。
「このまま武器としてボクを使うか、撤収して変身を解除して別の攻撃を打つかはお任せするよ」
「そうどすなぁ。強い武器があるのに、それ使わへんのは損どす」
 淑やかな声で言い、姫巫女は石香を槌として振るった。小型マガツヘビの群れが黒い身を包むも、重力で全て剥がれ落ちて行く。
「てめぇ! このままで済むと思うなよ、糞が!」
「やかましおすなぁ」
 罵声を浴びせるマガツヘビの頭を、槌としての石香が繰り返し穿つ。地道な攻撃ではあったが、ダメージは着実に積み重なっていた。
「引き篭もって力を溜めるための要塞の割には脆弱だったよ、君。馬鹿力が自慢だというのに下手に変な工作に走るからこうなるのだよ」
 姫巫女の手が、また石香の体をマガツヘビの頭部へ打ち付けた。

櫂・エバークリア
黒野・真人


「ああ、糞糞糞が! どいつもこいつも糞馬鹿にしやがって!」
 黒野・真人(暗殺者・h02066)と櫂・エバークリア(心隠すバーテンダー・h02067)を前にして、マガツヘビは攻撃よりも先に怒声を繰り出した。
 罵倒すげえな。
 攻撃より先そっちかと、真人は夜を塗り重ねたような瞳を瞬く。隣の櫂も、夕暮れを思わせるサングラスの奥で、瞬きを繰り返していた。
 なんか大分知能落ちてないかアレ。
 そう思う櫂の脳裏には、かつて戦ったマガツヘビの姿が過っていただろうか。奇妙建築に身を隠す程度の事を策と呼ぶ事と言い、後先を考えず力を振りまく事と言い、八岐大蛇之姫巫女が『ご覧の通り』と言うのも頷ける。真人が呆れているのも尤もだ。
「マジでクチ悪いな」
 そう口にした時、真人の表に素の少年がいっとき姿を見せて、すぐに隠れた。
「あの手のは口ばっかりだぜ」
 まだ空気を震わせている怒号を聞きながら、櫂は笑って見せる。
 真人がこの古妖を『クソヘビ』と称するのは、その行い故だ。けれどこうも多様性に欠ける罵倒を繰り返されると、その言葉遣いが理由と解釈されてしまいそうだった。
 実のところ、マガツヘビにはもう、さしたる余裕は無いのだろう。二人の見解はそこで一致していた。これまで戦った√能力者達の付けた傷跡が、無視出来ないほどに積み重なっている。
 勝ちたいならもうちょっと考えて、と口にしかけて真人はにっと口角を上げる。
「あームリか。アタマも悪ぃし」
「なんだと、この糞餓鬼が! ぶっ壊してやる!」
 口元に浮かんでいた櫂の笑みに、仄かな揺らぎが滲んだ。妖力も力も確かに凄いのかもしれない。しかし、あからさまな真人の挑発に即座に反応し、自ら隙を晒している事には気付いていないのだ。
 マガツヘビの注意が逸れている間に、櫂は姫巫女へ目線を移した。
「月之舞で、全力攻撃頼めるか?」
 囁くような声音で言えば、ゆるりと頷きが返って来る。櫂はそれを見届けて、前へと足を踏み出した。右手には、真黒の狙撃銃が握られている。
「キッチリ足止めするぜ」
 終焉の名を持つ刀を鞘から引き抜いて、真人は櫂より更に一歩マガツヘビに近付いた。
「りょーかい」
 いつも通りの軽い調子で言った後には、櫂は流れるように戦闘態勢へ移行する。半歩ばかり後ろで、姫巫女がまとう蛇達と完全融合を果たすのが分かった。
「クソヘビ! これでも喰ってろ!」
 真人の叫びに応じて、帚木の名を持つ大管狐の分霊が黒い靄をまとって現れる。尾に影めいた黒の名残を引きずって、帚木は一直線にマガツヘビの口へと飛び込んだ。
「喰われんのはテメエだけどな」
 マガツヘビが問い返す間も無く、体内へ収まった帚木が周囲の肉を食い荒らす。黒き妖の火を抱いていた右腕が、がくんと高度を下げた。
「糞餓鬼! てめぇ何しやがった!」
「いや、説明しても分かんないだろ」
 口調の軽さとは裏腹に、櫂の銃撃は重い。マガツヘビの視線が櫂の方を向いて、黒い尾が足を払った。ずぐりと痛みが伸し掛かるが、即座にインビジブルを纏わせた弾丸を付けてそれを返す。
「お二人とも、お強おすなぁ」
 刀を振るう真人の後ろから、姫巫女の腕より生えた蛇がマガツヘビに食らい付いた。
 周辺の建物に亀裂を入れそうな雄叫びと共に、強引に持ち上げられた右腕が真人に迫る。跳び退いた足元が、マガツヘビと同じ黒に染まった。霊的な汚染だと察するも、マガツヘビは瞬き一度ごとに動く力を削がれて行く身だ。大きな影響は無い。
 櫂がライフルの引き金を絞り、マガツヘビの目を正確に撃ち抜く。動きが鈍っているところに不意を突かれ、巨体のうごめきが止まった。
「終わりだぜ……消えな」
 真人の刃が腹を真横に切り裂く。その喉から絶叫がほとばしる前に、櫂は再び目に狙いを定めた。
「お前は俺達には勝てねえよ!」
 視界を奪われたマガツヘビがのたうつ。その背から黒い靄が緩やかに立ち上った。マガツヘビの妖力ではない。体内で役目を果たした、帚木の霊力だ。
 巨体が倒れ、二、三度跳ねた後に動かなくなる。長い呼吸を二度ばかりした頃には、マガツヘビの体は空気に溶けるようにして消えて行った。
 武器を収めた二人が、共に戦った姫巫女を振り返る。
「助かった。サンキュ」
「心強かったぜ。ありがとな」
 白蛇との融合を解いた姫巫女は、にこりと笑って二人に一礼した。
「どうもおおきにどした。次に会う時は、敵同士どすなぁ」
「その時は遠慮なく殺る」
 真人の言に姫巫女がころころと笑い声を立てる。
「お二人には、出来たらもう会いたないなぁ」
「星の巡り合わせ次第、だな」
 ゆっくり踵を返す姫巫女を見送って、櫂は真人と目線を合わせた。こちらも帰る時だ。
 元の√へ戻るため、二人は一歩を踏み出した。

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