おしおき教育実習
チャンチャンチャンチャンチャ~ン♪
能力者たちが待ち合わせた場所に、軽快な音楽が流れる。
「しょうわ仮面のおねえさま、顏を隠して正義を助ける、いい|女《ひと》よ♪」
ディーヴァズマイクを片手に、|昭月・和子《あきづき・かずこ》(しょうわ仮面・h00863)が登場した。
「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。悪の組織のたくらみが星詠みにあらわれたのです」
しょうわ仮面は、身体をすっぽりと覆ったマントの内側から、赤いグローブをはめた手先を伸ばしてくる。
渡されたのは、パンフレットだった。
「悪事は、名門私立校の体育館で行われます。この私立アテナイ学園は進学率の高さで有名です。今回、『特別講師』という、教員免許の有無にかかわらず、学園の教育を手伝う一般人が募集されました」
紙片は、募集要項と試験、実習の案内というわけだ。
それにそって会場に潜入し、行われる悪事を防ぐのだ。
「悪の組織は、体育館の一般人を洗脳します。この洗脳は、みなさんには効きません。また、一般人のなかにも効き具合に差が出るようです。おそらく悪の組織は、洗脳がよく効き、そうでない者に暴力をふるう一般人を、スカウトしたいのでしょう」
体育館内でのさわぎに何らかの対処をすれば、敵も能力者に対抗してくる。
『戦闘員』や、もっと上級の戦力が姿を現すだろう。
「悪の組織の実態や、当面の目的などは詠めませんでした。アテナイ学園との関係も不明で、そこはまだ別の星詠みをお待ちください。しかしながら、秘密結社『プラグマ』の下部組織には違いなく、いずれは邪悪なインビジブルの利用、果ては『全ての√の完全征服』という野望に繋がっていくでしょう。簒奪者と戦うみなさん、そして心を同じくするヒーローのみなさん。どうか力をお貸しください」
第1章 冒険 『人々の洗脳を解け』

都内の名門校と言われるだけあり、会場の体育館も立派なものだった。
(「ん、洗脳される一般人かぁ」)
シキ・イズモ(紫毒の鳥兜未遂・h00157)は『職業』がら、目立たないのは得意だ。√EDENの流行をある程度踏まえた格好で来たが、同じような平服の男女も多い。
いわゆるビジネススーツの中に混じっていても違和感はなかった。
こっそりと見回すと、新しい職につこうと緊張気味な顔が並んでいる。起こることを何も知らずに。
(「……悪い組織の陰謀に関係のない一般人が巻き込まれるのは、ちょっとカチンと来るね。ボクのいた世界とは別の世界だけど、やることは変わらないな」)
開始時刻を待つあいだ、用意されたパイプ椅子に座らされた。
床面積に対して四分の一といったところ。
照明は十分だが、昼間だと言うのに窓には暗幕。説明の映像でも流されるのだろうか。
ところがまだ、なんの挨拶もされないうちから、両隣から唸り声が聞こえてくる。
「ええ~。ここからなの?」
悪の組織は、対象者さえそろってしまえばお構いなし。方法はわからないが、『洗脳』を始めている。
「うおおお!」
椅子から立ち上がって叫ぶ人と、突然のことに驚く人。
そして、シキはすぐさま異常を解こうと試みた。
『忘れようとする毒』を使う。
記憶を毒に変えて吸い出す事で忘却するのだ。
「時間はかかるかもだけど、これで無力化できるはず」
能力の対象範囲には含められている。
サイコメトラーの力を全開にした。
「洗脳自体を吸い出してしまえば元に戻るはず、だよね?」
とはいえ、心配していたとおり、洗脳の効きが早い一般人がパイプ椅子をふりあげて、同じ一般人に暴力をふるいはじめたのだ。
「おしおきだ~!」
そのスーツ姿の女性は奇声をはっした。
いっぽう、シキの両隣でうなっていた人たちは正気にかえったようだ。騒ぎに驚いている。
「個人差か。10分あれば、皆を戻せるのに」
「え? 急に体育館に集められたけど、何? 今の時間は授業だったよね!?」
|春埜・紫《はるの・ゆかり》(剣の舞姫・h03111)は、暴れる人々にまぎれて震えていた。
八歳の女児なので、集まりがもともと社会人向けの就職説明会のようなものだとは理解していない。私立アテナイ学園の生徒ですらなかった。
√マスクド・ヒーローにおける一般人、何かの間違いで、完全に巻き込まれてしまったのだ。
「パイプ椅子振り回してるけど先生止めなくていいの〜〜!!!! 危ない! 危ない! 危ない! そんなの当たったら死んじゃう〜〜!」
うっかりにもほどがある迷子だが、頭脳は明晰だった。
「………はっ! 暴れてる人は暴れてない人をねらってる? 狙われてる人は見る限りマトモそうよね……」
観察眼をもち、クラスの中では足も速い。
ビジネススーツを着た、いかにも正気そうな青年のところに駆けていき、その後ろに隠れる。
「何なのよ、もう……あ、あら? 私、へんな気分に……」
√能力者ではない一般人なので、洗脳もされる。
「………ウオオオ!」
三つ編みの児童が、暴れはじめた。
「進学率(進級率)100%の私を見下して〜、この男子共(クラスの後ろの人達)が〜!!」
普段のうっ憤らしきことを口走りながら、パイプ椅子を掴む。
「そんな奴らはこうだ〜!! ……今のうちに仕返ししてやる〜……おっと……ワタシニホンゴシャベレナイネ」
椅子は持ち上がらず、どこから持ってきたのか、濡れた雑巾を振り回しだした。
「(フフフ……。小さな子供でも洗脳すれば役立つかもしれませんねぇ)」
この騒ぎのなかで、なぜだか嬉しそうな声。
|紫《ゆかり》は雑巾に夢中で気付かないが、それは彼女のすぐそばで呟かれた。
ツインテ―ルをポニーテールにまとめて、|不破・鏡子《ふわ・きょうこ》(人間(√マスクド・ヒーロー)のマスクド・ヒーロー・h00886)は募集に参加していた。
働きに出ている人の感じに、ビジネススーツを着ている。
(「また学校が襲われてるのか……今度は学生じゃない一般人が相手なのね。どちらにしても洗脳して悪の組織に組み入れようとか最悪もいいトコ、きっちり潰してやらなきゃね!」)
上着に隠して、パワーアシスト装甲胴衣を仕込んでいるが、洗脳そのものをどうにかする事はできない。
(「装備は寒かったからだけど。暴力を振るうようになった人からそうでない人をかばう事は出来る」)
鏡子は、人を傷つけずに無力化するよう腐心した。
ヘルメットのない素顔なので、√能力も控えた。折りたたまれたパイプ椅子が振り下ろされてきて、座面をなんとか手で防ぐ。
「おしおきよ~!」
別の洗脳一般人が、襟首をつかんできた。ビリっと布地の破れた音がする。
(「くっ。普通の人の力なら、脱がされるほどではないはず!」)
振り返って、相手を床に押さえつけた。
さいわい、上着の感触はあるので、装備の存在とともにヒーローとバレることもなさそうだ。
怪我人を出さないように頑張っていると、味方が状態異常を回復してくれたのだろう。暴れていた一般人が、何かを抜かれたようにヘナヘナと腰砕けになる。
(「よし、今のうちに」)
どさくさ紛れで、鏡子は一旦退散することにした。荷物内の装備を付けたい。
それにしても、洗脳された人々の暴れかただ。
しまいの方では服を引っ張りあっていたようだが、あれはいったい。
悪の組織も、洗脳を解除されたのを怪しんでか、体育館内に『戦闘員』を送り込んできた。
第2章 集団戦 『戦闘員』

灰色の全身タイツに全頭マスク。
『戦闘員』は、低く身構えた姿勢で、フロアの一般人を取り囲む。
(「やっぱり秘密結社プラグマの……√マスクド・ヒーローに戻った甲斐がありました」)
募集会場に潜入していた柊・莉緒菜(改造人間のカード・アクセプター・h00601)は、ポケットから一枚のカードを取りだす。
「いまこそ、変身よ!」
一般人たちの前に出て、カードを高くかざした。
説明しよう。
柊・莉緒菜は改造人間である。彼女を改造した悪の組織から脱出し、√EDENで日常生活を送っていたが、ついに戦う時がきたのだ。変身カードを装填すると彼女の身体は……。
「きゃあっ!?」
突然、頬を叩かれ、莉緒菜は床に倒れ伏した。
カードは手を離れてヒラヒラと、いずこかへ舞っていってしまう。
暴力をふるった戦闘員は仁王立ちをしているので、ほかよりも位が高いのかもしれない。
「今回の洗脳は失敗か。まあいい、これも実験のうちだ。集めた人間たちは、既に完成した『おしおき先生』の教育実習に使わせてもらおう!」
リーダー格が合図すると、新たな戦闘員の部隊がやってきた。
こちらは素顔で、形はふつうの人間なのだが、表情は悪鬼の如し。
「まずはその倒れている女に、『おしおき』だ!」
命令された新規部隊は、莉緒菜に群がる。
「いやっ! あぁっん!」
服を引き裂かれ下着を露出させられてしまう。這いつくばって逃れようと伸ばした指が、違う感触に触れた。
ここは学校の体育館。バスケットボール用に塗られた白いラインだ。
「お願い……もう、許して……やめ……」
12人の『おしおき先生』は、センターサークルに沿って円を組むと、内側に莉緒菜を入れ込み仰向けにした。
彼女の四肢、肩と脇の紐、腰の左右と股の布を引っ張り合う。
あまった1人が隙間からはみ出たものを眺めながら、なにやらしゃべりだした。
「いいかぁ~。ジャンプボールは意地でも奪い取れよぉ」
バスケの指導らしいが、人数もやり方もめちゃくちゃだ。普通の布地が耐えられるわけもなく、各所が千切れていった。
大き目の膨らみが飛び出す。
「やめてぇ!」
莉緒菜は変身に失敗し、羞恥で戦えない。
だが、はからずも悪事の全貌が明らかになりつつあった。
「面倒だから、一気に一掃を狙おう」
シキ・イズモ(紫毒の鳥兜未遂・h00157)は反撃を開始した。周囲で一般人を威嚇していた『戦闘員』たちに、不意をうって態勢を崩させる。
戦闘員リーダーは、ただの応募者が抵抗するのを見て、かえって合点がいったようだ。
「洗脳が解除されたのは、一匹紛れ込んでいたからか!」
さらに配下を増員する。
新たな部隊は、また全頭マスクの奴らだ。
「追加で現れたね。何体いようと、チャージさえ終わってしまえばどうにかなるはず!」
『絡みつく粘性の毒』を貯める。
戦闘員は奇妙な形の武器を振るってくるが、シキはいなしながらリーダーに接近していった。
「ちょっとリスキーだけど……、まぁ、このくらいなら許容範囲かな」
さきほどの洗脳解除を待つ時間に比べれば、ずっと短い。
それに戦闘員は、増えたぶんだけ統制が難しいらしく、動きは鈍かった。武器攻撃のあいだをすり抜けると、シキは戦闘員リーダーのそばに滑り込む。
「今まで溜めた毒、じっくり味わうといいよ」
解放された√能力。
シキの身体が、粘性の高い毒に塗られ、素手格闘を仕掛けた。マスクもタイツも関係ない。毒に侵されたリーダーは、もがき苦しむ。
ニセの募集に騙された人々も、助けが現れて希望をもったようだ。
ビジネススーツ姿の青年が、皆をフロアの隅へと誘導するさまが見えた。
「さぁ、次に毒を味わいたいのは、誰かな?」
シキは、色のかわった腕を振って、構えをとる。新規戦闘員から受けた刀傷は、いまのところ軽微だ。
潜入、潜伏、たった今かけつけたなど、ヒーローや能力者が戦いに加わる。
|零識・無式《ぜろしき・むしき》(化異人零号・h00747)の場合は怪人、いや|化異人《かいじん》だ。
「さて助太刀しに来たが……またこの学園か」
素早い抜き手で、戦闘員のみぞおちを突く。
「今回は特別講師という肩書を出汁に集めた人がターゲットみたいだが」
ひとりをかわして、ふたつぶんの頭をぶつけ合わせる。
「学園が実は悪の組織に乗っ取られていたとか、怪人が人に化けて運営してるとかあるのか? もしかして」
へたりこんだ雑魚の腹を踏んで乗り越える。
数々の状況から、私立アテナイ学園への疑惑は高まるものの、無式には判っていた。
「まぁ今はそんな事考えるより目の前にいるいかにも下っ端戦闘員ですって奴らの対処だな」
敵はリーダー格もやられてしまい、戦力差を補おうと兵を増やしている感じだ。
定番のように数で押してくるが、指揮系統はめちゃくちゃである。
「それで反応速度が落ちてりゃ世話ないな。よし、ここいらか……。|化異人態解放《カイジンタイカイホウ》!」
増殖する特殊細胞。
召喚されてくる、異業武装。
「そっちが対応出来ないスピードで一人一人串刺しにしてやる」
姿を変えた無式は跳躍した。
下っ端のぼんくらが倍ずつ増えるあいだに、素顔のときの倍の運動量で。
体育館の天井のトラス構造を蹴り、『串刺公』の尖った先端を掲げて、戦闘員の胸に突き立てる。すぐさま、犠牲になった敵の肩を蹴って杭を抜くと、反動で別の奴の胸に刺し直した。
激しい連携技だ。
「まさに攻撃こそ最大の防御って奴だ。ある程度数が減って受けるダメージも減る」
全頭マスクの『戦闘員』はあらかた倒した。
残るは、『おしおき先生』と呼称されていた素顔タイプが12人。
その所業に、フロッシュ・ニッテカン(|疾閃《ライトニング》スピードホリック・h00667)はちょっと引き気味になる。
「まじめにひどォい……まァ良ッかー。倒せば良いのは変わらないもんねェ。うん」
「装備を着けて戻って来てみれば……一部早速ピンチになってるみたいね!」
|不破・鏡子《ふわ・きょうこ》(人間(√マスクド・ヒーロー)のマスクド・ヒーロー・h00886)もヘルメット越しに叫ぶと、ふたりでセンターサークルを両コート側から挟み、おしおき先生をそれぞれに引き付けることにした。
「その……サイボーグの人っ! ここは速攻をかける!」
「えと、ヘルメットのキミ、ボクもダッシュには自信あるよ!」
フロッシュは敵をはやし立てながらバックステップを踏む。
「よォーしボクに倒されたい奴から……あびゃ!? 誰さ、今お尻叩いたの!」
いつの間にか、背後に回り込まれていた。
しかも、おしおき先生の姿が変わっている。タイツの面積が減り、危険な個所が蛍光色に輝いているのだ。
「おしおきだ。指導するーっ!」
「えッ、おしおき? 鬼に捕まッたら尻叩き付きの足腰を鍛える特訓?」
まごまごしていると、戦闘員たちはフロッシュをあらためて囲む。この特攻モードになると速度も上がるらしい。タイツ面積は時間とともに狭くなっていった。背後に回った個体が、ぺちぺちと叩いていく。
「それバラエティのおしおきィ! なんかおかしいだろォー!?」
抗議は受け入れられない。
ダメージはそれほどでもないと思ったら。
ビリビリーッと、布が破ける音。
「ッてホットパンツの後ろがー!? なにこの嫌な副次効果!」
身体をひねって、被害のほどを確認する。
「レオタード風インナー着てて良かッたァー……変わらないかなァ。……ん?」
露出度は、敵のほうが格段に上がっていた。
もう、蛍光色に輝く部分しか残っていない。それにつれて、動きが鈍くなる。特攻モードには制限があったようだ。
「借りはぜぇッたい返す……√能力の時間だオリャァ!!」
フロッシュは『サンダーラピッド・|verマゼンタ《マゼンタバージョン》』を発動した。
赤紫の稲妻で形作られし投斧『藤雷のフランキスカ』を機関銃の如く連投する。
「1秒ちょいで終わる範囲攻撃は効くだろー?」
おしおきとやらで周りにいてくれたのが、まぁ良かった。
「にゃははは……ひゃぐぅ!? カ、カンチョー……なんでとことん、ネタ方面にィ……」
真後ろの一体に反撃をくらったが、フランキスカでトドメを刺しておく。
鏡子に向かってきた『おしおき先生』は、反応速度が復活していた。
「相手が多い上に何かよく分からない通信で強化されるとなると後々不利になるかも知れないからね」
『スピード・アッパー』を試みる。
「アーマーパージ! 全エネルギー、スピード系へ!」
『対怪人戦闘用装甲胴衣』は青く輝いた。
速度重視形態に変形したのだ。この姿で出せる速度は、敵が通信で強化したぶんを上回る。
「こっちは鬼ごっこにすらならないわよ!」
蹴撃|格闘者《エアガイツ》の技のかぎりを、素早く接近してたくさん叩きこむ。
「やっぱりこれね!」
優位をとっている鏡子だが、ヘルメットの内側では懸念の表情をつくっていた。
速く動く為に装甲を外した分、ダメージは直接インナーに来る。それに時間制限もあるのだ。敵が通信接続を維持するかぎり、あの反応で動いてくるなら、いずれは掴まってしまう。
(「良く観察すれば、イヤホンか何か通信を伝えている機械なんかも見つかるかも知れない。叩き壊せれば……」)
だが、素顔タイプのおしおき先生には、外部機器に類する物はなかった。
『洗脳』の完成形という予測が脳裏をかすめる。
「……少しくらい傷付くのは我慢して上げる。その代わり、しっかり私の蹴りを受けなさい!」
素顔タイプも殲滅する。新規部隊が押し寄せることもなくなった。
「フッフッフッ。確かに、いい実習になった」
体育館の隅から、不気味な笑い声が響く。
鏡子やフロッシュが振り返ると、一般人の集まりの中から、ビジネススーツの青年が立ち上がっていた。
「私は、外星体『ズウォーム』……」
そのスーツが段々と透けていく。ビニールのレインコートのように、透明になった。青年は、下になにも着ていない。
第3章 ボス戦 『外星体『ズウォーム』』

「ようやくお出ましね、あなたが今回の黒幕……何その格好!?」
|不破・鏡子《ふわ・きょうこ》(人間(√マスクド・ヒーロー)のマスクド・ヒーロー・h00886)は、すっかり透けてしまっている青年を指差した。
突きだした手の甲で、さりげなく『男性』が視界に入らないようにする。
「半分くらい服着てる意味無いじゃない……それが外星体のセンスなの?」
「おっと、失礼した。擬態を解くのを忘れまして」
透明スーツの中で、青年の肌は甲虫を思わせる質感に変っていき、最後に頭部が虫そのものになる。
「改めまして。私は、外星体『ズウォーム』です」
「服はそのままなのね。洗脳して一般人に着せようとでも思ってたのでもそうじゃなくても、とにかく許さないよ!」
この会場で暴れ出した応募者や、すでに倒した『おしおき先生』の恰好と行動を思えば、露出の多い服と洗脳の組み合わせは有りえる。
(「こう言う時はとにかくやられる前にやるべき、って相場が決まってるの!」)
鏡子は怯まず、『ズウォーム』へと跳躍し、近接攻撃の射程まで距離を詰める。
「破壊刃……っ!」
変形機構を備えた武器が、振り上げた手のなかにくる。
重く頑丈な刃物は、昆虫体の胸元を切り裂く。
「や、やりますね……。ほう?」
『ズウォーム』は片手を負傷箇所にあてて、数歩あとずさった。しかし、そこにいるはずのヘルメット姿が見当たらない。
「隠密か、ステルス技術か。フッフッフ」
光学迷彩だ。
一撃入れて、鏡子は隠れた。
(「次のチャンスを伺おう。あの見た目なら手加減する必要はなさそうね。破壊刃を思いっ切り叩きつけて、あの趣味の悪い服を廃盤にしてやるわ!」)
「私のスーツを評価されていましたが、あなたも透けているのでは? 『洗脳』は無効らしいので、ちょっと応用します」
外星体が手にしたのは紙の束を挟んだクリップボード。
(「あれは……入口で書かされたアンケート?」)
「『記憶』をたどって攻撃させてもらいますよ。『ネガ・マインド・ウェポン』!」
ボードから発せられる破壊光線。
迷彩は破れ、鏡子に命中する。
フロッシュ・ニッテカン(|疾閃《ライトニング》スピードホリック・h00667)は、つい視線をそらせてしまったので、出遅れた。
「変態だァー!?」
恐る恐る、指のあいだから確かめると、外星体『ズウォーム』の擬態は解かれ、虫の表皮と頭部になっている。
「……人じゃァないなら違うのかな、人型ではあるけども、うん」
聞こえていた範囲では、敵は武器生成能力を使ったらしい。
物品から所有者の記憶と因縁を引きだし攻撃力を上げる、『ネガ・マインド・ウェポン』だ。
「でも無視! 遠距離攻撃にだけ集中~!」
「フッフッフ。これはあなたの服のものですよね?」
外星体が床から拾い上げたのは、フロッシュのホットパンツの切れ端。
布から、細長い棒状のものが召喚されてきた。
「……なにさその変なバット。あ……そうか、さッき戦闘員と闘ッたから因縁が生まれ……ぎゃいん!?」
『ズウォーム』が、いいフォームでお尻を叩く。
「超痛いィィ……! 色々あッたからァ、色々とォ、ひびくゥ……! ……待ッて? つまり尻叩き、というかおしおき続行!? えー!?」
「組織に頼まれたのは、『おしおき先生』の製造ですからね。私自身が体験しなければ」
バシィッ!
いまのフロッシュの下半身を守っているのは、レオタード状のインナーだけだ。
しかも肉のあいだに食い込んでしまって、尻っぺたはむき出しなのである。
「何度もくらッてたまるかー!」
「おっとと、これは……」
『ネガ・マインド・ケツバット』が空振りになる。
「一撃加えたと思った? それは残像だよォ。お返しの√能力! 叩き込んでやるぞー!」
『サンダースロウ・|verバイオレット《バイオレットバージョン》』を発動する。青紫の雷で形作られし鎌鉈が、転がっていた戦闘員の身体を引っかけ、『ズウォーム』に投げつける。
衝突が起こり、敵はもろとも倒れ伏した。
「よしリベンジ成……にぎャアァァー!? す……捨て身が過ぎるゥ……ひどいィ……!」
残像の尻がうけたダメージは、あとで適用される。
また身体をひねって確認すると、色黒の肌が真っ赤に腫れてしまっていた。
「フッ……フフ」
外星体『ズウォーム』はよろめきながらも立ち上がった。透明なスーツの肩を払って、ボタンを留め直す。
「実験に時間を使いすぎたようですね。ヒーローの諸君には、そろそろ退散していただきましょう」
虫のような手で、器用に指パッチンする。
体育館内の空気がゆらぐと、5基の破壊光線砲が転送されてきた。さらに、ズウォームの複眼も武器状に変形している。
「全キャノンエネルギー充填、無重力レンズ起動……むむっ、この音は?」
武器になった目で、見回す。
遠くから、エンジン音が響いてきて、ひときわ大きくなった。
窓ガラスの一枚が割られて、暗幕が裂け、4輪バイクが突っ込んでくる。
「理不尽上等。俺は俺の勝手を押し通させてもらう!」
運転しているのは、白神・明日斗(歩み続けるもの・h02596)。
√ドラゴンファンタジー風の冒険服で、戦闘用4輪バイク『アルファルク』を乗り回す。その腹に、ちっちゃな手をまわしてしがみ付く少女、|アリス・グラブズ《繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝?ヰ繧、繧ケ $B%"%j%9(B》(平凡な自称妖怪(怪人見習い)・h03259)。
「南蛮渡来のハイカラ妖怪よ! よろしくね!」
急ブレーキがかかって車体が前傾すると、アリスはその勢いで宙へと飛び出した。
「|外道《げどう》|大《おお》しばき! 良い子になーれ!」
むすんだおててから先に床につく。
バスケットボールコートはすり鉢状にへこんで、なんか滅茶苦茶になった。外星体が召喚した5基の破壊光線砲は、ひとつ残らず、爆発してしまう。
「な、なにごと、……ですか?」
ズウォームは振動で立っていられない。
崩壊した地面を、乗り越えて走ってくる、『アルファルク』。
「戦闘錬金術展開。キャスト、フェアリー!」
明日斗はヴィークルを操りながら、搭載された錬成装置を作動させる。20体ほどの小型兵器『フェアリー』が車体にセットされた。
「さ、行って来い、フェアリートルーパーズ!」
射出された小型兵器は、自立機能で飛び回り、備えられたチェーンガンで敵を攻撃した。
「むうう、煩わしい。フフ、止むを得ませんね……」
無重力レンズを出したままだと見えづらいのか、ズウォームは武器を引っ込めて複眼を元にもどす。
外星体がふたたび蟲の顔を上げたとき、ヒーローや能力者たちは万全の体勢を整えていた。
「このまま、たたみかけるわよ!」
|アリス・グラブズ《繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝?ヰ繧、繧ケ $B%"%j%9(B》(平凡な自称妖怪(怪人見習い)・h03259)が号令する。
勢ぞろいしたヒーローたちが……いや、どちらかと言うと、別組織の『戦闘員』が変な形の剣で、外星体『ズウォーム』に斬りかかった。透明スーツのあちこちに破れ目ができる。
「フ、フフ……ズウォームキャノン、緊急召喚!」
指パッチンが鳴ったところに、アリスが『バス停』を投げつける。あの、コンクリの重しに柱が立ってて、先に丸い表示板がついてるやつ。
薄い金属盤が、蟲みたいな頭と人体の境目にめり込んだ。
「グェッ!」
3基ほど転送されてきた破壊砲がすぐに光線を発射したが、なんだかすごいシールドを構えた戦闘員が、破壊エネルギーを分散させてしまう。
防御に使った盾には、組織を表すエンブレムが。
「どこの木っ端組織か知らないけれど、ここは秘密結社ディスアークのナワバリ」
アリスは一気に接近し、透明スーツの襟を掴んで締め上げる。外星体は、やられた喉をおさえて咳き込んでいるところだった。
「げほげほ……。ディ、ディスアークだと? そんなものこそ、聞いたことがない」
「あ、ここって√EDENじゃないんだっけ。まぁいいわ。勝手に決めたよ。さっさと出ていきなさい!」
ちっちゃな身体からは想像もできない怪力で、外星体『ズウォーム』は投げ飛ばされた。
体育館の天井に穴をあけ、青空に放り上げられる。
上昇しながら頭脳派の簒奪者は反省した。
「√EDENか。悪の組織は1系統ではなかったとは。……成田先生、ごめんなさい」
空中で爆発四散する。
トドメをさした秘密結社ディスアークのアリス隊は、結社謹製のすごいバズーカ砲を床に置いた。私立アテナイ学園の施設が、いろいろと滅茶苦茶になったが、ニセの募集で集められた一般人の記憶は曖昧になるだろう。
それにここは√マスクド・ヒーローだ。
事件はヒーローたちが解決したと、巷の噂にのみ残る。