シナリオ

魔法のベリーフェス!

#√ドラゴンファンタジー #3章受付中 #作業中。少々お待ちください

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 √ドラゴンファンタジーの森の奥、霧の晴れる小道を抜けた先にある、小さな村では年に一度の祭典、ベリーフェスの真っ只中だ。
 空を映すような澄んだ湖のほとりから、なだらかな丘にかけて、森中のベリーが一斉に実をつけています。
 陽光に透けて輝くラズベリー、指先で弾けるブルーベリー、蜜のような甘さのストロベリー、舌の奥に広がる酸味がクセになるブラックカラント、そして光を宿すような琥珀色のゴールデンベリー。
 摘みたての香りが風に乗って広場へと流れ込み、人々をふわりと包み込む。
 村の人々は、摘みたての実と花を編み込んだ花冠をかぶり噴水のある広場や通りに出店を出し、甘い香りと明るい音楽で賑わっているのであった。

 温かくなってきましたねと微笑みながら、|煽《あおぎ》・舞 (七変化妖小町・h02657)は、新しいダンジョンがとある村の近くで発見されたと言う。
「天上界の遺産が生み出すダンジョンは、内部や近くにいる生物をモンスターに変えてしまいます。ですが√能力者である私達なら、モンスター化することなくダンジョンに入ることが出来ます」
 そこで村人に危険が及ばないよう、ダンジョンへと向かい謎を解き、その階層を牛耳っているモンスターを退治してほしい。
「どんなダンジョンになっているかは、近くの村人に聞くといいでしょう。お祭りをやっているようですし、折角ですから参加してみるのもいいかもしれません」
 ベリーに包まれた村では出店が沢山。
 このお祭りの期間しか味わえない、特別な料理もいっぱい振舞われているという。
 ジャム屋では、イチゴやラズベリーは勿論。パンにぴったりなブルーベリーとシナモンのジャムに、ピリッとしたあとから甘さが追いかけてくる、ドラゴンベリーのスパイシージャム。
 パイとタルトの屋台からは、香ばしい香りが漂い。中でも目玉となるのは、マジックベリーパイだ。
 何でもベリーを一晩ハチミツ酒で漬けてから焼き上げ。外はカリカリ、中はじゅわっとジューシーで、食べるたびに違う実の味がし。運が良ければ、幻の“白ラズベリー”入りのパイが当たるかもしれない。
「当たった人には幸運が訪れるかもしれません」
 あったかいものだけではない。ひんやりスイーツの店もちゃんとある。
 魔法で作られたというベリーフローズン。舌にのせた瞬間、すっと溶けて、甘さが花みたいに広がっており、上にはベリーとベリーの形をしたルーンチョコが乗せられている可愛いデザインだにもなっている。
 ベリーのジュースも色々あるが、大人の人にはベリーワインなんかもいいかもしれない。
 赤、青、紫……光の色で味が変わる不思議なワインは、甘酸っぱいものから辛口まで味も豊富だ。
 それからベリーの花冠もだが、他にもモチーフにした可愛らしいアクセサリーが売られていたり。
 天秤ばかりに、左右ピッタリベリーを乗せるベリーチャレンジや。村の近くでは、ベリー摘みも出来るので、そちらに足を運ぶのもいいだろう。
 そこまで説明すると、舞は笑顔でこちらを振り返る。
「素敵なお祭りだと思いませんか? 一日中楽しめそうですよね」
 心もお腹も満たし、祭りが終わるころにはきっとダンジョンの情報も自然と集まっているはず。
 甘い香りの詰まった、ベリーフェスで、心ほどけるひとときを――。

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第1章 日常 『お祭りに行こう』


橘・百合

●甘さ満開!
 わぁっと歓声を上げながら、|橘《たちばな》・|百合《ゆり》 (ポニテ拳士・h07061)は、ベリー色の花冠を頭にのせて、お祭りの会場へと踏み込んだ。
「めっちゃ、甘い匂いがいっぱいで素敵で!」
 霧が晴れた小道の先に広がる、色とりどりの屋台と、甘くてふんわりした果実の香り。
その中心で、百合は両腕を広げ、揺れるベリー風の飾りを見あげ、お店を見渡し目を輝かせていた。
「ラズベリー! ブルーベリー! ストロベリーにブラックカラント……って多すぎじゃない!?」
 声に出して数えながら、目移りしっぱなしで屋台を巡る百合。
 まず飛び込んだのは、焼きたての香ばしい香りに誘われたパイとタルトの屋台。
「えっと、これがマジックベリーパイ? 一口ごとに味が違うの? わー、面白そー!」
 アツアツをふーふーしながらかじると、最初はラズベリーの甘酸っぱさ、次にブルーベリーの濃厚さ。3口目には……はじけるような甘さのストロベリー!
「うまっ……! これ、やば。ずっと食べてられるやつだよ……」
 美味しいと幸せを噛みしめながら歩いていると、次はジャム屋から甘くスパイシーな香り。
「え、ドラゴンベリーのスパイシージャム!? 何それ絶対おいしいやつじゃん! パンください」
 ふんわか柔らかいパンを受け取ると、たっぷり塗ってパクリ。
「わぁっ、ピリッとして、でもすっごく甘いくて、クセになりそう」
 さらに辛い物を食べれば、次は甘い物へ。
 ベリーフローズンの魔法スイーツに目を奪われて。
「ベリー型のルーンチョコ乗ってる!? え、これ、食べちゃっていいの? ほんとに?」
 ひんやりスイーツをぺろりと口に入れた瞬間、ふわっと香る果実の風と冷気。
「んーっ、しあわせ~~……」
 すると近くの年配女性が笑って言う。
「うふふ、楽しそうねお嬢ちゃん。ああ、でもねぇ。最近、森の方で変な噂があって……まぁ、お祭りの間は近づかない方がいいわよ」
「それって、この辺に出たっていうダンジョンのこと?」
 百合の言葉に、女性は少しだけ表情を曇らせる。
「ああ、それね。森の奥で見つかったって話だよ。けど、中には、天秤がずらりと並んでて、それがどうにも不気味だったとか、入ろうとした人が変な問いかけをされて何かに襲われたっていうじゃないか」
「うーん、なるほど。問いかけ系のダンジョンか、けっこう厄介なタイプだよね」
 妙に古びた石畳の並んだ先だから、近づかないようにと百合に念を押して去っていった。
(「ちょっと気になるけど、今はお祭りだし、考えるのはあとでいっか!」)
 まだまだお祭りはこれから。食べ物系屋台制覇と、気合十分で楽しむのであった。

玖老勢・冬瑪
凶刃・瑶

●甘酸っぱい光
 陽の光がきらめき、ラズベリーの赤、ストロベリーの桃色、ゴールデンベリーの琥珀色が通りを染め上げる。
 ベリーフェスの広場には、甘やかな香りが流れ、|玖老勢《くろぜ》・|冬瑪《とうま》 (榊鬼・h00101)と|凶刃《きょうが》・|瑶《よう》(似非常識人マガイモノ・h04373)の足取りも自然と弾む。
 はしゃぐ声、きらめく瞳。
 未知の料理に瞳を輝かせて、次々と屋台に向かうその姿は、彼女の来歴を警戒し観察していた最初の頃とは随分違う。
 少し大げさに笑うのも、社交的な調子も、彼女なりの演技だって気づいている。けれど。
「冬瑪くん冬瑪くん!! ほらっ、あれ見て! 幻の白ラズベリー入りのパイだって!」
 瑶が、はしゃぐ子どものように目を輝かせてパイの屋台を指差す。
 その横顔に、思わず冬瑪は笑みをこぼした。
 けれど、今では知識や社交的な性格に随分と助けて貰っている。
「よしよし、今日は瑶さんへの日頃のお礼! 好きなものをたんと食べりん! まずはそれにするか」
「えー!奢ってくれるの!? ふふーん、じゃ、遠慮なく! 見たことない料理ばっかりで興奮しちゃうねぇ!」
 パイの外は香ばしくカリカリ、中はとろける甘さと果汁でじゅわり。ふたりでひとつずつ頬張りながら、瑶が口いっぱいに広がる味に頬を緩める。
 白ラズベリーには当たらなかったが、その味に満足そうな瑶が、指先をぺろりと舐めた。
「ん~! しあわせ~! 研究所より、こういう場所のほうがずっと有意義かもだねぇ!」
 次に立ち寄ったのは、ワインの屋台。赤、青、紫と色の変化に合わせて味が変わる不思議なワインに、瑶は瞳を細め一口。
「ワインは……おお、色合いが変わるのか! ええねぇ、おいしい?」
「む! 美味し! このワイン、色と一緒に味も変わるよ!? この色、辛口だね。でも、これ味が変わる理屈、ちょっと調べてみたいかも!」
 冬瑪にはノンアルコールの同じようなジュースを差し出され、同じように一口飲んでみる。
「……おお、なんだこれ。酸っぱ、でもあとから甘くて。へぇ、ええねぇ」
「でしょ?  興味深い、研究したくなる味だよ、これ」
 楽しそうな瑶の声に、研究魂に火がついたかなと苦笑交じりに隣へと視線を向けながら、更に二人は屋台を巡り歩き、花冠を手に取ってみたり、ベリー型のアクセサリーを指先でつまんで試しにつけてみたり。
 楽しいお土産の時間が増えていく。
「こんにちはー、ちょっと教えてもらえんかな」
 人懐こい調子で冬瑪がアクセサリー店の主に声をかけると、笑顔で応じてくれる。
「……ああ、あの森の奥のやつかい? なんでも、しばらく進むと行き止まりになるらしいんだよ。けど、そこには妙な天秤がいくつも並んでるんだとさ」
「天秤?」
 二人の視線は、自然とベリーチャレンジの光景へと吸い寄せられる。
「ただの飾りじゃない。その天秤、片方が傾けば扉が閉じ、釣り合えば道が開くらしい。『こうかなもの』を捧げるらしいんだが、良く分からないんだよ」
「ありがっさま!」
 なるほどと、頷きつつ聞いた内容を記憶し、ふと冬瑪は視線を上げる。
 そちらでは、ベリー型のピアスや、リボン飾りのアクセサリーを身に着けた女の子たちが楽しげに笑っている姿がある。
「……それと、あの人に何か、似合う小物を見立ててくれんかや?」
 その視線は、自然と向こうの屋台で聞き込みをしている瑶へと注がれ。店主もそれを追い、ふっと笑い。
「これなんてどうだい?」
 差し出されたのは、濃い深紅のリボンに、ラズベリーを模した繊細な飾りがひと房光を帯び宝石のように揺れ。彼女の髪に、きっとよく映えるだろうと冬瑪は思った。
 御礼、だけでは無い気がする。
 けれど、それ以上の言葉を見つけるには、まだ少し早い気がして。
 何かを伝えたいのに、それが何かはまだ冬瑪自身でもよく分からない。
 理由ははっきりしないけれど……。
「冬瑪くーん! そっち何か面白い話あったー?」
 明るい声と共に、瑶がベリーワインのグラスを片手に手を振ってくる。頬はほんのり赤く、笑顔は太陽みたいで愛らしく。
 可愛いなと、冬瑪は表情を綻ばせ。
「……ああ。ちょっと、ええもん見つけたかも」
 気付けば、その飾りを宝物のように、大切に懐にしまっていた。
 心なしか懐と一緒に胸も温かく、ベリーの香りと一緒に、ふたりの笑顔は、祭りの音楽に溶け込んでいくのであった。

御嶽・草喰
如月・縁

●甘くて赤い
 霧が晴れた森の小道を抜けると、果実の香りが風に乗って鼻先をくすぐった。
 陽光を受けて輝く湖、そのほとりに開かれた小さな村では、ちょうど年に一度のベリーフェスの真っ只中。
 明るい音楽が鳴り、花冠をかぶった人々が広場を彩っている。
「果物の祭か! いや、断じて勘違いするなよ」
 大きな狼の耳を揺らし、好奇心に金の瞳を輝かせ|御嶽《みたけ》・|草喰《くさばみ》(草喰はむ狼・h07067)は祭りの出店を見回した。
「俺は脚弱きを喰らわぬ。俺が肉を喰らうのは、『脚強き者』を狩った時だけだ。故にそれまでの間、草や果物で腹を満たすのはおかしいことではない」
 何だか自分に言い聞かせるように言いながら、ラズベリーのパイを三つ、フローズンをひとつ、ジャムの試食を全種集め、草喰はしれっとしている。
 祭りの喧騒の中でも目立つ大きな尻尾に、村の子どもたちが『わんちゃん!』と指さしはしゃげば、彼はむすっと鼻を鳴らす。
「俺は狼だ。心配するな、お前達脚弱を喰らう気はない」
 狩りをするために来た。
「ダンジョンの噂を聞き、その親玉が脚強き者ならば喰らうつもりでここに来た。断じて、甘い果物を目当てに来たわけではない。本当だ」
 けれどまあ。折角来たのだから、前菜くらい、いいだろうと。断じて果物が好きなわけではないと、キリッと表情を引き締め緩やかに尾を揺らす。
 どうやら買えるだけベリーを買って、食べられるだけ食べるつもりのようだ。
「ふふ、まあ。可愛いお客さん。いっぱい買ったのね」
 ふわりと甘い声がした。ピンクの髪をふわりとなびかせ、|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)がベリーワイン片手に現れる。
 ここで購入したのか、彼女の耳でベリー型のイヤリングが小さく揺れた。
「もしかして、あの噂のダンジョンの調査で?」
「お前もか。酒の匂いがするな。祭を口実に飲みに来たのか?」
 ベリーに負けない酒精の匂いに、草喰は鼻を軽く動かした。
「うふふ、どうかしら。私にとってお祭りとお酒は切り離せないの。ほら、今日は偶然じゃなくて。ねえ、よかったらご一緒しない?」
 縁は微笑んで、ワインを掲げた。
 先ほどとは違う色を見せるワインは、まだ草喰には分からない。同じようなジュースがあるというので、それを貰い考える。情報集めをするというなら、目的は同じだ。それに彼女が居た方が、ベリーを買うのも何かと助かる。
「あ、バーや友人へのお土産も考えておかないと」
「なら、今手にしてるのでいいのではないか」
 それもそうねと、微笑み縁と草喰は屋台の一つに。
 縁がお土産のベリーワインを注文しながら笑みの奥で、そっと術式を張る。人々の会話が甘い香りに紛れて耳に入ってくる。
 気が付けば縁はお酒で盛り上がってた男達と『今日のベリーフェスと出会いに乾杯♪』と、相手の懐に入って意気投合しているではないか。
「ところで、このあたりのダンジョンについてなのだけど……色々教えてくれるかしら」
 草喰は彼らの傍らに陣取ると黙って耳を澄ませながら、ゆっくりと、静かに果実の香りを噛みしめ。ひとときだけ心をゆるめる、けれどいつでも牙を剥けるように。
 お酒で口が軽くなっている男達は、それぞれバラバラに縁に答えていく。彼女が聞き洩らすような呟きや、周囲の声はしっかりと草喰が大きな耳で拾って。
 二人が聞き集めた情報を合わせると、
 ダンジョンは古びた石畳の途切れた先、木々の合間に入り口が開いている。
 中はほぼ一本道だが、行き止まりに妙な天秤がいくつも並んでおり、片方が傾けば扉が閉じ、釣り合えば道が開くらしいが、宝石や道具の重さじゃなく、『意味』で釣り合わせる必要があるらしい。
「興味深いのはその先ね」
「蜘蛛、獣、女……情報がバラバラだな」
 殆どの者が恐ろしい物を見て、慌てて逃げ帰ったので正確な情報はなかったが、何かが奥に居ることは確かだ。
「まだ帰ってこれなかった人は出ていないのは良かったけど、安心はできないわね」
 二人は考えるように黙り込んだが、まずは……。
「え? おかわりもくださるの? 言っとくけど私、お酒強いですからね?」
 差し出されるワインに縁は表情を緩ませ、マジックベリーパイの白ラズベリー入りを当てた草喰は嬉しそうに尾を揺らし。
 今だけは、甘さの中に、緊張を溶かし、祭りを楽しむのであった。

レティシア・ムグラリス
リニエル・グリューエン

●ベリーアフタヌーン
 湖面には青空が輝き、その岸辺から丘へと続く斜面には、様々なベリーの実が陽光に透けて煌めいて。村からは祭りの賑わいが響いてくる。
「まあ、なんて可愛らしいところなのかしら。ベリーフェスタですって、レティシア様!」
 緑の髪を風に揺らしながら、リニエル・グリューエン(シャリス教団教皇・h06433)は感嘆の息をもらす。
 露出の多い装いに人目を引きながらも、堂々と胸を張り、レティシア・ムグラリス(シャリス教団聖女・h06646)の手を引いて広場へと歩き出す。
「春はどこもお祭り日和のようですね、リニエル様」
 レティシアは、柔らかく微笑んで答えた。
 銀の髪に合わせ編まれたベリーの花冠が、彼女の清らかさをいっそう引き立てている。
「今日はいいですよね? こんなに甘い香りが漂ってますし! 祭りの謂れも気にはなるけど、こんなに甘い香りが漂うなら、食べない選択しなはいわ!」
「くす……でも、食べすぎにはお気をつけてくださいね? 今日は共にベリーを楽しみましょう」
 そんなすがる瞳で見られましたら、拒否できませんとレティシアは苦笑を浮かべた。
 そんなやりとりをしながら、ふたりは祭りの中心へ。
 ジャムやタルト、フローズン、ベリーワイン──華やかな香りと色彩がふたりを包み込み、まるで別世界に迷い込んだかのようだ。
 中でも二人の目をひいたのは、マジックベリーパイ。
 一晩ハチミツ酒に漬け込まれたベリーを使ったこの逸品は、食べるたびに異なる味わいが楽しめる。
「マジックベリーパイ……これは不思議ですね」
「どのベリーも気になるけど、私も一口ごとに楽しめるマジックベリーパイが気になるわね」
 では、一緒にとレティシアとリニエルは並んでベンチに腰かけ一口。
「私はブルーベリーの味でしたが、レティシア様はどうでした?」
「最初はストロベリー、次は……ふふ、これは……ブラックカラントですね。少し大人の味がします。一口ごとに様々なお味が楽しめますね」
「わたしも次の一口、楽しみだわ」
 思わずたがいに笑みを零し、ストレートティーを添えて、静かに時間を過ごす。
 甘い味と香り、音楽と人々の笑顔に囲まれて、ほんのしばし、世界が穏やかに流れていた。
 だが、その空気に混じって、リニエルはふと空気の揺らぎを感じ取る。
 ざわざわと、祭りのざわめきに混ざり、明らかに楽しんでる者達とは違う雰囲気の一団が数人。
『森のほうで、大きな蜘蛛が出たっていうぞ』
『ベリーを取りにいったやつが、変な穴にはいったらしく天秤が並んでたとか、変な声を聞いたそうだ』
 彼らのささやく声が、風に乗って聞こえてくる。
「……なるほど、何かが森で起きているようですね」
「では、人々のためにも調査をしないといけませんね。人々の安寧こそ、シャリス教団の教え!」
「はい、人々の救済を私も望んでます。是非参りましょう……」
 スッと当然のように立ち上がるレティシアにリニエルが金の瞳を細め、嗜めるよう名を呼ぶ。
「……ぇっ、私を危険に晒したくない? リニエル様、私もご一緒に……」
「いけません、あなたを危険に晒すわけには」

「お気遣いは大変うれしく……でも、私も貴女の一助になりたいのです」
 静かに、しかし揺るぎない言葉。
 その青い瞳に込められた意志を、リニエルはしばし見つめ……やがて、口角を上げて微笑んだ。
 聖女の言葉を教皇はありがたく受け取り、ひとまず森を見てから考えようと、祭りの余韻と共に、ベリーが彩る中へと歩き出すのであった。

エレノール・ムーンレイカー
ミモザ・ブルーミン

●笑顔の果実
 澄んだ湖のほとりに咲く甘い香りの中、ベリーの香気が風に乗って舞い踊る。
 香りに誘われるかのように、森の奥にある小さな村が開く祭典に二人は肢を運んだ。
「やっぱり来てよかった、ねぇエレノール♪」
 元気な声を響せ、赤い瞳をきらきらさせたミモザ・ブルーミン(エレノール・ムーンレイカーの妖精の使い魔・h05534)が、翼を震わせた。
「今回のベリーフェス、これはぜひとも参加してみたい! って思ったから、エレノールに連れてきてもらえて良かったよ!」
 ベリーを模したイヤリングを大事そうに小箱にしまいながら、エレノール・ムーンレイカー(怯懦の精霊銃士エレメンタルガンナー・h05517)の傍らへと飛び寄り、ミモザは満面の笑みだ。
「ふふ、ずいぶん気に入ったみたいですね。最近一緒にイベントに行く機会もなかったですし、今日はいっぱい2人で楽しみたいですね」
「うん、今日はいーっぱい2人で楽しんじゃおう♪」
 エレノールは、どこか照れくさそうに微笑み。ミモザは嬉しそうに辺りを飛び回った。
「うん、すっごくカワイイのが見つかってね! 妖精用のサイズなんてめったにないし、無茶苦茶カワイイやつだったから、買わずにはいられなかったのよ~。ほら、エレノールの分もちゃんと選んだんだから!」
 そう言って差し出された小さなイヤリングは、ゴールデンベリーのようにきらりと光を宿している。
「ありがとう、ミモザ。……すごく、綺麗です。後で着けてもらえますか?」
 控えめながらも心を許した者にだけ見せる穏やかな声音で、エレノールは答えた。
 既に彼女の前には、彩り鮮やかなパイやフローズン、ジャムの並ぶ皿。ふだんは抑えがちな食欲も、この祭りの雰囲気に溶けていて。
「ホント、よく食べるんだから」
「こういう祭りの時は、素直に食欲に負けてしまったほうが楽しいですからね」
 小さく微笑み、パンにジャムを塗りベリーごとの食べ比べをしたり、パイの絶妙な焼き加減と甘酸の絶妙なハーモニーを味わったり。
「うん、どれもこれも絶品です――。はあ、幸せ。ミモザも一緒に食べないの?」
 一すくい爽やかな口当たりのベリーフローズンをすくい差し出せば、ミモザも大満足で嬉しそうに目を細めた。
「本当に美味しい! こりゃエレノールが夢中になる訳ね」
「冷たくて、でも甘くて。舌の上でほどけていく感じ、癖になりますね」
「でしょ? マジックベリーパイもつまんで食べてみたけど、色んなベリーの味がして面白かったなあ~。あ、白ラズベリーは入ってなかったけど!」
「それは残念……ですが、どれもこれも絶品でお腹いっぱいなってしまうのが勿体ないですね」
 そんな他愛もない会話をしながら、食事の後はベリーチャレンジに挑戦!
 左右の天秤にぴったり同じ重さでベリーを乗せる、集中と直感のゲーム。
 大きく傾いた天秤を眺め、むむむと大小さまざまな色んなベリーを見つめ、第六感を頼りにエレノールは挑戦。
 左に乗ってるのがイチゴ4つに、ブルーベリーと……それなら右には同じくらいのイチゴを乗せたら……。
「これでどうでしょう」
 選んだベリーを天秤にエレノールが乗せていけば、その傾きは段々水平に。あとちょっとというところで選んだブルーベリーを置いたら今度は逆に少し傾いてしまって。
「うわっ、無茶苦茶惜しいっ! でもすごいすごい! あたし、全然分からなかったもん!」
「もう少しだったんですけどね。運がよかっただけかもしれませんが」
「やっぱり、こういうところは凄いんだねぇ」
 辺りに音楽と笑い声が満ち、風がほんのり甘い香りを運んできた。
 ダンジョンの天秤に乗せるものは、仲の良い二人なら同じおもさのものを持ってるかもしれないとか。色んな情報も集まった。
「今日は大満足。楽しかった♪ 連れてきてくれてありがと、エレノール。ね、また一緒に、どっか行こうよ!」
「ええ、ミモザ。また、行きましょう。……こうして過ごす時間も、悪くないですね」
 祭りはまだ終わらない。
 だけどその日、二人の笑顔と心はもう甘やかに、満たされていた。

緇・カナト
八卜・邏傳

●甘くて、甘酸っぱい
 幾重にも重なる美しい青空の下。
 ベリーの香りが甘く漂い、人混みの熱気と可愛らしいベリーの飾りと香りが溢れる通りを、緇・カナト(hellhound・h02325)と|八卜《やつうら》・|邏傳《らでん》(ハトでなし・h00142)は並んで歩いていた。
「ベリー祭だってねぇ。邏傳君はベリー系はお好き?」
「ベリー! お好きー! なんち美味しそうなお祭りなん♡」
「甘い酸っぱい色々だけど〜……あぁ、もう、この匂いだけで腹鳴るわ」
「うんうん、わかる! 空腹直撃のやつだわこれ」
「それじゃお祭り楽しもうか」
「わぁい! カナトちゃんとめいっぱい楽しむー♪」
 二パッと邏傳が笑えば可愛らしい犬歯が覗き、隣を歩くカナトの腕に軽くぶつかるように寄り添いはしゃぐ。
「どれから食べてく? オレは端から端までも良いよぅ」
「端から端まで? 確かにカナトちゃん一緒なら余裕よな!」
 ぱんっと手を叩く音が響く。邏傳のテンションに負けじと、カナトも肩を竦めて笑った。
「マジックベリーもフローズンも楽しもうねぇ」
「よっしゃ行こ行こ! 食べ尽くしGOー☆」
 早速、匂いにつられ目に入ったのはベリーワインの屋台。
「ベリーワインかぁ、俺はまだ飲めんけど光の色で味が変わるなんち面白そ〜。これは是非ともカナトちゃんに飲んで貰わんと!」
「不思議だな。香りだけでも、酔いそうだ」
 グラスの中で、ワインは赤から金、そして淡い紫へと不思議に色を変えていた。
「ジュースもあるんだ?」
 それなら言葉に甘えてとカナトは、ワインを。邏傳は、ミックスベリージュースを手にして。 
「カナトちゃんて酔ったりするん?」
「飲む量程々、ほろ酔いくらいかなぁ」
「なぁ、酔うとどうなるん? カナトちゃんって」
「んー、どうだろうなぁ? 2年後にでも酔わせてみなよ。じゃあ、キミの瞳に乾杯しよ~。ほら、今の色、君の目とおそろい」
「うわあ、そういうこと言う〜? ずるぅ〜〜。俺も、君の瞳に乾杯☆」
 耳まで赤くなった邏傳が、照れを隠すようミックスベリージュースで乾杯を返す。カチンと合わさるグラスの音が、小さく響いた。
 きっと、どちらも甘酸っぱく特別な味に感じられたかもしれない。
「色んなジャムあるんね! 知らないベリーちゃんいっぱいだわぁ。スパイシージャム面白そうだから買ってみようかなぁ」
 ジャム屋に並ぶ数々のベリージャムに、邏傳は目を輝かせる。
「よく知るベリーも並んでるけど、知らないのもいっぱい。ドラゴンベリーは邏傳君の知り合い……?」
「あはは! 確かにドラゴンベリー親近感あるねー。じゃ、俺はなんかカナトちゃんっぽいブラックカラント買おっかな」
「オレっぽいか~。ブラックカラントは酸味と名前カッコよだと思う〜」
「カナトちゃんそのまんまじゃん。じゃ、俺は逆に光ってる、ゴールデンベリー!」
「琥珀色のベリーも初めて見たかも。うん。明るくて、甘くて、あったかい味がしそう……まんま、邏傳君」
「えええ、それめっちゃ照れるやつぅ〜……」
 そう言いながらも、にへらと笑う邏傳の表情には、満更でもなさが滲んでいた。
 お土産も買って仲良く歩いていれば、今度はカットされたパイから立ち上る湯気と漂う香ばしい薫りが、二人の顔をふわりと包む。
「マジックベリーパイも絶対食べたいんー! ベリーフローズンも!!」
「この香り、反則級」
「やばい、うまい、無理、語彙なくなる〜〜」
「うまいは語彙じゃん」
 ひとつのパイを半分こして、フローズンも交換しながら味を比べ。
「あ、これ……美味しい。思った以上に、優しい味」
「でしょでしょ? ……舌の端、ちょっとついてる。ふふ、どんまい♪」
 二人の距離は自然と近づいて、時折ふわっと視線が交わると、どちらからともなく笑みがこぼれる。
「まだまだ屋台もあるし、今日はゆっくり楽しもうねぇ」
「じゃ、次は、あの串焼きいってみよ! ほら、ベリーと肉の意外な組み合わせ!」
「いいよぉ~、さ、行ってみようかぁ」
 寄り添って歩く二人の肩が、ときおり揺れ、軽くぶつかり合う。
 人混みの中でも、不思議と見つけやすい温度に。笑顔と香りが絡み合って、甘い風が優しく包むのであった。

竜宮殿・星乃
三ノ宮・志漣

●温かな時間
 甘い香りと祭りの賑やかな声が包む中、|竜宮殿《りゅうぐうでん》・|星乃《ほしの》(或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)は、少し緊張した面持ちで歩いていた。
 許婚である大好きな|三ノ宮《さんのみや》・|志漣《しれん》(竜巫・三ノ宮家の若君・h06792)とのお祭りデートに、彼女は精一杯お洒落をしてきた。普段の清楚な服装とは違い、今日はボウタイブラウスにニットベストを合わせ、ミニスカートで脚を見せて少し攻めた装いをしている。内心では少し恥ずかしさを感じつつも、志漣の反応が気になって仕方ない。
 今はただの星乃として、後で冒険者ステラとしてダンジョンに挑むかもしれなくても、目一杯楽しみたいのだ。
「星乃とお出掛けするのは久し振りだね」
「志漣様、今日は本当に楽しみです……!」
「僕もだよ、星乃。高校の入学もあって、しばらく一緒に出かけられなかったから、こうして二人で過ごせるのは嬉しいね。改めて、おめでとう」
 ありがとうございますと、頬を染め星乃が恐縮してると足元が疎かに。よろめいた星乃は思わず志漣の袖に掴まってしまい。
「おっと、少し手を繋ごうか? はぐれるのも怖いしね」
「!? あぅぅ……」
 志漣は優しく手を差し伸べ、星乃の手を握れば、顔を更に真っ赤にした彼女は、慌てたようにもう一度袖を摘んでしまった。
「高校生にもなって子供扱いが過ぎたかな?」
 怒ってないと良いけどと、志漣が心配すれば。そんなことはないと、頭を横に振りそっと手が伸びて来たので、今度こそしっかりと手を繋ぎ合い、いざ祭りへ。
 ベリーをテーマにした屋台を回りながら、まるで一つ一つの時間を大切にするように楽しんでいた。特に、マジックベリーパイは絶品で、星乃はその味に夢中になるも、どこか上の空。
「星乃、どうしたんだい? マジックベリーパイ、気に入らなかった?」
「あ……いえ、気に入っています」
 そんなことはないと首を横に振るが、実は緊張で味が解らず。
 やっぱり怒ってるかなと、志漣は少し強引に繋いでしまったかと心配そうに辺りを見回し、それなら気分転換にと雑貨やアクセサリーの並ぶ屋台へ。
 少しは気分転換になったのか、それとも手を離したことで緊張が解けたのか。星乃は色とりどりのベリーをモチーフにしたブレスレットやイヤリング、そしてブローチへと目を輝かせる。
「志漣様、これ、可愛いですね。ベリーをモチーフにしたアクセサリー、どれも素敵です」
 夢中になったかのように、星乃が何度もアクセサリーを見つめていれば、志漣は表情を緩ませ彼女の様子を微笑ましそうに見つめていた。
「あ……すみません、私ばかり夢中になって、志漣様につまらない思いをさせたら――えっ!?」
 志漣が不意に手を伸ばし、星乃の髪をすくうと、そのベストの胸元に先程密かに買ったブルーベリーモチーフのブローチを輝かせる。
 繊細な金細工の枝に、ブルーベリーの形を模した濃い藍色の宝玉が実っている。
「これ、星乃に似合いそうだと思って……君の髪や瞳の色に良く似てたから。高校入学のお祝いだよ」
「プ、プレゼントなんて……ありがとうございますっ。志漣様、とても素敵です!」
 星乃の照れくさそうだけど幸せな笑顔に、志漣はその表情を見て、機嫌を治してくれたかなと、安堵し寄り添うように微笑む。
「君が嬉しそうだと、僕も嬉しいよ。今日は本当に楽しいね」
「はい……志漣様、今日は本当に素敵な時間を過ごせました」
「それなら、僕も幸せだよ。君が喜んでくれるなら」
 星乃はその言葉にさらに頬を染め、ふわっとその言葉に抱かれるように歩き続けた。
 お祭りで賑わう中、二人の時間はゆっくりと過ぎ、まるでそれがずっと続いてほしいと思えるような、温かいひとときだった。

第2章 冒険 『魔法のパズル』


◆心の天秤
 古びた石畳の道が森の中でぷっつりと途切れた先、木々の陰にぽっかりとダンジョンが口を開けていた。
 道はほぼ一本道だが、油断は禁物。途中で何度も天秤が現れるからだ。
 見た目は普通の金属製の天秤。だが、こいつがとんでもなく厄介だ。
 金塊を乗せようが宝石を山ほど積もうが、ピクリとも動かないときがある。
 必要なのは、『意味』――想いの重み。
 例えば、こんな場面があった。
 仲間の一人が、片方の皿に恋人からもらったというブローチをそっと置いた。色あせた小さな飾りだったが、彼にとっては何よりも大切なもの。
 そうして考える。これと釣り合う『意味』ってなんだと。
 あるものがブローチと同じ宝石を見つけ置いたが、天秤はブローチの方に傾いたまま。
 そして別の仲間が、亡くなった兄の形見という古びた笛を反対側の皿に置いた。
どちらも、もう会えない誰かとの『絆』が込められた品。
 カチ、と軽い音を立てて天秤が釣り合ったそのとき、正面の石扉が音もなく開いた。
 全員で安堵の息を吐いたのも束の間、薄暗い通路に踏み込めば、奥の闇の中から、這いずるような気配と共に「汝に問う」と響いてくる女の声が……。
 それは蜘蛛だとか、獣だとか、女の姿だとか。複数の情報が飛びかい、気味が悪い。だが、奥に何かが居るのは間違いない。
 ダンジョンに挑むというのなら。まずは、天秤に乗せるものを考え何か同じおもさの何かを用意し、道を開くといいだろう。
橘・百合
竜宮殿・星乃
御嶽・草喰
如月・縁

●それぞれの想い
 どこか、まだ甘いベリーの香りが漂っているような気がした。
 華やかな祭りの喧騒を背に、4人は森へと分け入っていく。
「さっきまでの、楽しい時間が恋しいですね!」
 ポニーテールを揺らし、|橘《たちばな》・|百合《ゆり》(ポニテ拳士・h07061)が、ひょこひょこと先頭を歩きながら言った。
「ええ……とっても、素敵な時間を過ごせました――と、いけません……いえ、いけないわ」
 ここからは冒険者としての時間。|竜宮殿《りゅうぐうでん》・|星乃《ほしの》(或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)としてではなく、『ステラ』として頑張らなければと、気を引き締める。
「でも、もう少し飲んでいたかったわね」
 ほのかに酒精の気配を香らせ、|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)が笑みを零すと、「俺は、さっきの果物の方がいいぞ」と、|御嶽《みたけ》・|草喰《くさばみ》(草|喰《は》む狼・h07067)は、しれっと手にしていたベリーを口に放りこんだ。
 そんな祭りの余韻も、ふと視界に現れた構造物で一変する。
 古びた石畳の道が、森の中でぷっつりと途切れた先。苔むした木々の陰に、ダンジョンの入り口が冒険者を待ちうけていた。
 中に入れば、程なくして黒鋼の輝く金属でできた、大きな天秤が現れる。
 しかしこの天秤は、普通の天秤ではない。何を乗せたとしても、その重さ通りの傾きになることはない。ただ一つ、乗せられた想いの『意味』だけが鍵となる。
「これが、噂に聞いていた天秤ね。いたた……飲みすぎたかしら。傾いて見えるわね……」
「大丈夫です。本当に傾いていますわ」
 最初に天秤に気づいたのはだった。自信なさ気に小首を傾げるも、同じに見えますよと、|星乃《ステラ》は苦笑を浮かべ、試しに辺りの宝石のような石をいくつか乗せてみる。
 だが、秤は動く気配もない。まるで重さを感じてないかのようだ。
「……天秤の左右のお皿に、同じくらい強くて似た想いが籠められた品を置くことで、釣り合い、扉が開く――ということですか……」
「天秤に乗せるのは意味のある何かですよね!」
 自分には何があるだろうと、百合は首を傾げた。
「ちょっと心当たりがありませんので、とりあえず手持ちでどうにかできそうなものを探します! こういうのって無視して、扉を壊したりはダメですよね!」
 映画とかでも壊すと逆に大変な目にあいますし。
 何を乗せるべきなんでしょうと考えていた百合が、手にしたのは小さな向日葵の髪飾り。
「親からの贈り物でいいなら、この髪飾りなんかは、もしかしたらいけるかもしれません! 向日葵のデザインで、とても気に入っているんです!」
 これを外すと、髪がワッサーって広がっちゃうのでちょっと困ってしまうと笑いながら、少し背伸びをして左の皿に百合が髪飾りを置く。
「誕生日に貰ったもので、向日葵みたいに育ってほしいとのことですが……それにしては、身長が伸びませんけど……!」
 気にしてませんがと手を離せば、ゆっくりと上がってた左の皿が降りていく。
 髪飾りには親が娘に込めた想いと、それを受け取った百合の想いがあるのだろう。
「おっ? ちょっと、傾き直ったぞ?」
 草喰が覗き込み、なら俺もと取り出したのは、お金と、さっき買ったベリーと、小腹がすいた時に食う山菜。
「意味のあるものか……まあ、あまり動かないよな」
 ワラビ、それからタラの芽と置いてみるも、秤は僅かに揺れるだけ。それでも草喰にとって、それなりの大事な食料。見た目以上、秤は重く感じているようだ。
 ならばと、次に取り出したのは、使い込まれた手製の小物入れだ。
「随分、大事にされてるんですね」
「うむ。それなりに大事にしているものだが。どんな『意味』を持つかは、よく分からんが……」
 そう言いながら、草喰は小物入れを見つめた。
「……俺にはライバルと言うべき人間がいる。俺はそいつを『脚強き者』と認め、喰らおうとして、全く歯が立たず返り討ちにあった。そいつは俺を殺すでもなく、飯を食わせて帰らせた」
 何度も戦って、負けて、何度も飯をご馳走になったのだと。
「小物入れは、そいつの妻という女が、作ってくれたものだ。これを置いてみるか?」
 そこには草喰が思う強者の姿と、彼らから貰った優しさが籠っている。
 皿に置いた途端、天秤がふわと、さらに水平へと近づいた。
「ふふっ……じゃあ、次は私かしら。二日酔いだけど、頭を使わないといけないわね」
 少し考え、縁は女神として美は必須ですしと、イヤリングを置いてみると今度は逆に少しだけ左が重くなった。
「あら、難しいわね。では、これはどうかしら?」
 そう言って、徐ろに縁が取り出したのは、赤紫色の瓶。
「お酒ですか?」
「巫山戯てませんって……フェスで購入したものだけど、私にとってはお酒は欠かせないものなのよ」
 傾き具合は、ビン1本分くらいの重さが丁度良さそうだが、見た目通りではないのが難しいところ。だから、一同は見守っていたのだが……。
 艶やかに微笑みながら、縁が右皿に添えれば、ガクンと思っていた以上に大きく傾いた。
 どうやら彼女にとってのお酒とは、そういうものらしい。
「……それなら」
 星乃が静かに天秤へと近づくと、二つのものを取り出した。
「私の、冒険者として重ねた経験を記録した、これからも記録していく『スマートフォン』」
 左の皿に置かれると、少しだけ下がっていく。
「それから……私の、絶対冒険者になる。冒険者として大成してみせるという気持ちが籠もった『冒険者登録証』――冒険者になりたくて、ずっと夢見て、それを叶えた証です」
 見た目の重さだと大したことないが、ここには言葉にできないだけの彼女の想いがある。
 言葉のひとつひとつが、芯を持って響き、冒険者登録証を左皿に置いた瞬間――。

 カチ。

 乾いた、しかし確かな音が鳴った。天秤が、見事に水平を保つ。
「開いた……?」
 百合が顔を上げた先、重い音と共に石扉が開き始める。冷たい風が、奥から吹き抜けた。
「開きましたね……」
 思わず4人は顔を見合わせるように、笑みを浮かべ。それぞれの想いのこもったものを回収すると、通路を見据え。
「さて、行きましょうか。次はどんな問いが待ってるのかしら?」
「なんであれ、喰らう覚悟はある」
 縁の軽口に、草喰が鼻を鳴らす。
「よーしっ、それじゃ気を引き締めて! 行きましょー!」
 百合が飛び出すと、それに続いて皆が通路の闇へと踏み出していくのであった。

レティシア・ムグラリス
リニエル・グリューエン

●尊い想い
 ダンジョンへと踏み入ると、突然それは現れた。
 古びた金属の光沢の天秤は、薄暗いダンジョンの中でも妙に際立ち静かに揺れる。どちらの皿も空。けれど、空っぽなはずなのに、そこには何かが満ちているような、そんな不思議な圧があった。
「現れましたわ。これが……噂に聞いた『天秤』ですね」
 レティシア・ムグラリス(シャリス教団聖女・h06646)がそっと呟いた声は、空気に溶けるように消える。
 シャリス教団の聖女と教皇、二人で挑むこの道。その途中で現れた仕掛けは、ただの通せんぼではない。
 リニエル・グリューエン(シャリス教団教皇・h06433)は、正面の天秤へと視線を向けた。
 天秤の存在が空間に与える緊張感は、すぐに二人の理解に届いた。
「天秤……重さを量るもの。けれど、量られているのは物じゃなくて、きっと意味。宗教だと、神々が罪の重さを量るように……」
 周囲には宝石や石ころが無造作に転がっているが、きっとこれらは色んな人が試した残骸なのだろう。
「となると……深堀するなら量る重さは重量ではなく、他の何か……かしら?」
「……そうですね。重さではなく、想いの重みを、そしてそれが同等の重さでなければならないのでしょう」
 目を合わせた瞬間、どちらからともなく頷き合う。
 リニエルが、ふっと唇をゆるめて言った。
「レティシア様、私達が持つ教団の宝珠を乗せてみましょうか?」
「ええ……はい。教団の宝珠、ですか? 勿論肌身離さずに持ってますが……、っっ、なるほど!」
 リニエルの慧眼に、レティシアが目を見開き強く頷いた。そこに一瞬、喜びとも、畏れともつかぬ表情が混じった。
 教団の宝珠。それは単なる儀式の道具ではない。
 祈りと信仰、神への誓いと、自分たちが紡いできた絆。それらが宿る、いわば魂の片鱗だった。
 二人の宝珠はそれぞれの祈りが込められ、けれど不思議なほど似ていて。
「私の宝珠には、教皇様から教えていただいた祈りの旋律が染み込んでいます」
「私の方も、レティシア様と旅した時間が、ちゃんと刻まれてるから。ねっ?」
 同じシャリス神への信仰と、そして互いへの信頼。
 ぽん、と軽い音を立てて、まずレティシアが片方の皿に宝珠を置く。
 続いてリニエルも、もう片方の皿に宝珠をそっと乗せた。
 その瞬間、空気が少しだけ震えた気がした。微かに、鳥の羽音すらも吸い込まれてしまうような、濃密な沈黙。
 天秤の皿が……ゆっくりと、静かに、動いた。
 左右に揺れていたバランスが、ふいにピタリと止まる。
 カチ、と軽い金属音をたて釣り合ったのだ。
 レティシアは、胸元でそっと手を組んで小さく息を吐いた。
 リニエルは、ちょっとだけ胸を張って「ふふん♪」と得意げな笑みを浮かべてみせた。
 でもその瞳は真剣そのもの。これは自分たちの信仰が“正しく届いた”という証。
 すると、正面にそびえていた無機質な石の扉が、やがて重い音と共に、ゆっくりと動いた。
 奥へと広がる通路は暗く伸びており、どこか不穏な怪しさを漂わせていた。
 だが、今は……。
「……開きましたわね」
「うん。私達の想い、通じたんだよ」
 お互いに視線を交わし、小さく頷いて、二人は一歩、扉の向こうへと踏み出す。
 まだ見ぬ何かが待つその先へ、シャリス神の加護を胸に携えて。

玖老勢・冬瑪
凶刃・瑶

●柔らかな好奇心
 どこか甘いベリーの香りを纏わせながら、古びた石畳の道を進み、その先のダンジョンへと|玖老勢《くろぜ》・|冬瑪 《とうま》(榊鬼・h00101)と|凶刃《きょうが》・|瑶《よう》(|似非常識人《マガイモノ》・h04373)は、踏み込んでいった。
「ここが村の人が言ってたダンジョンか〜! たっぷり腹拵えも出来たし、次は頭を動かさないとね!」
「ふふ、お粗末さまでした」
「噂だと……」
 ダンジョンの中に広がる石造りの空間を、興味深そうに瑶が覗き込むと中央には金属製の天秤があり、両側に雑多な宝石が散らばっている。
「あった! これが例の天秤かな? 冬瑪くんは何乗せるー?」
「うん、そうみたいだねぇ。これが『物の重さ』じゃなくて、『想い』なんかを測る秤なんだね。店の人らにも話を聴けたで、備えられるかとも思ったが……うーむ、難しいねぇ」
 冬瑪が天秤をじっと見つめ考え込み。瑶は肩をすくめ、軽い足取りで近づく。
「『こうかなもの』とは言われたけど、ただ金銭価値が高いだけの物では駄目との噂も、
単純な重さではないとすると……やはり気持ち『想い』ということか……」
 お金に換えられない、即ち何よりも高価なものになるのだろう。
「面白そうだよね! お互いの共通しそうなものでも乗せてみる?」
「瑶さんと俺の共通点と言えば……彼女の事は表の部分しか知らないけれど、『好奇心』だろうか?」
 こうしている今も既に、瑶は好奇心に目を輝かせ秤で実験を始めている。
 有難いのは、失敗しても何も起きないだけということだ。
「私が乗ったら天秤は傾くのかな」
 大きな天秤は、人一人くらい余裕の大きさがあり瑶が乗っても大丈夫そうだ。
 ホッとすることに、ちゃんと宝石や石ころよりちゃんと瑶の方に傾いてくれた。もしこれで、逆に傾いたりしていれば、それは彼女が彼女自身に何も想い入れがないということなのだから……。
 色々と考え冬瑪 が取り出したのは、一台のカメラ。
「おー! そのカメラね!」
「生物部としての活動を記録してきた相棒だからねぇ」
「それならこの子なんてどうかなー? 私の相棒なんだよね!」
 そう言って取り出したのは、チェーンソー〈Lethal Buddy〉何でも切れる彼女の相棒だ。
「瑶さんのそれは……うん、現場でも世話になった記憶があるに?」
「支給品だけど、メスが通らないものも楽々刻めるから結構愛着あるんだよね」
 暫しの別れに「ばいばい」と頬擦りしたら、潔く天秤へと乗せた瑶の手つきにはどこか愛情が込められている。
「ちょっとは何かの重さを持ってるんじゃないかな?」
「そうだね。それに駄目なら色々と試してみよう! 頼むぞん」」
 どこか祈るように、冬瑪は、慎重に天秤のもう一方にカメラを乗せる。
(「『今まで』が分からないなんて、お互い様。カタチがないものだし、自分は自分でしかないのだから。それでも、ほんの少しの想いの共通点があるのなら。とても興味深いし、嬉しい気がするんだ」)
 二人が見守る中、天秤は最初、何も反応を示さなかった。しかし、徐々に二つの皿が静かに動き始め、ついにはぴたりと釣り合う。
「おお、釣り合ったね」
 冬瑪は驚きながらも、その結果に嬉しそうに表情を綻ばせる。
「すごいね! 想いで測るって、ちょっと信じられないけど……やっぱり不思議だよ。私も、カメラやLethal Buddyに、こんなに想いが詰まってるって気づいてなかったなぁ」
 いったいどんな想いだろうと、瑶が研究心全開で振り返ると、冬瑪はしっかりと天秤を見つめ、満足そうに微笑んでいた。
「なぁ、瑶さん。これって『想い』が物の重さを決めるって、どういうことなんだろうね?」
「うーん、難しいけど……きっと、自分が大切にしてるものや、心に残ってる思い出が物に宿って、それが重さとして現れたってことなんだろうな」
 釣り合ったそこに込められた想いは、本人たちが気づいていないものもきっとあるのだろう。果たして、何が釣り合ったのか。
「不思議だなぁ……でも、目には見えないものを計るとは、また面白いものだ」
 冬瑪は笑う。すると、瑶もまた、心から楽しんでいるように笑顔を見せた。
「それにしても、この天秤、まだ他にも色んなものを試してみたいね! 次は何にしようか?」
「そうだな……次は、もっと違ったものを乗せてみたいな」
 果たして、その時に冬瑪が思い浮かべたものは何なのか……。
 二人は暫く色んなものを秤に置いてみて、いくつかの実験をすると、開かれたダンジョンの奥へと進んでいくのであった。

エレノール・ムーンレイカー
ミモザ・ブルーミン

●これからの二人
 ダンジョンの中。天秤の置かれた場所は、静まり返っていた。
 エレノール・ムーンレイカー(怯懦の精霊銃士エレメンタルガンナー・h05517)が、中へと踏み入ると、無造作に天秤に置かれた宝石が目に入る。
 右にも左にも、大きさも量もバラバラに積まれていて、なぜか釣り合っているけれど、見れば見るほどおかしい。
「うーん、確かにこれじゃインチキって感じね。よし、あたしが片づけちゃおっか!」
 フワリと前に出るように飛んで、ミモザ・ブルーミン(エレノール・ムーンレイカーの妖精の使い魔・h05534)が天秤の皿に向かった。
「ミモザ、そんな雑に……」
「えーい!」
 ミモザが宝石を押すべく、皿に着地したその瞬間、ガクンと天秤が傾く。
「!?」
「あ、あたし、そんなに重くないよ!?」
「そうよね。見た目の量が違いすぎるわね……これは、最初から本当の釣り合いじゃないのね」
 銀の髪が揺れ、琥珀色の瞳がじっと天秤を見つめるエレノールの言葉に、そうよと憤慨しながらミモザは、宝石を天秤から払い落としてく。
 じゃらじゃら、カランと転がっていく音が、広間にやたらと響いた。
「……ま、これでスタートってことよね」
 天秤は空っぽになり、左右がゆらゆらと静かに上下し一定の均衡が保たれている。ただし、それは重さがないから。扉を開けるには、これから、意味のある何かを置かねばならない。
「成程、要は想いの重さが釣り合う品を載せればいいのですか……」
「ふーん、そういう事ならフェスで買ってきたイヤリングなんかいいんじゃない?」
 エレノールは小さくうなずいた。そして、そっと小箱を取り出す。中に入っていたのは、金の粒のように小さな実のかたちをした、ゴールデンベリーのイヤリング。
「……フェスで買ってきた、このイヤリングならどうでしょうか。ミモザさんには、同じデザインのブラックベリーのイヤリングがありますし」
「デザインが同じやつなのよね。そう、実質ペアみたいなもんでしょ!」
 ミモザがぱっと手を挙げて笑った。
「買ったばかりで、積み重ねた想いこそありませんが。これから2人で、一緒に想いや経験を積み重ねていくものと思えば、丁度釣り合いが取れる品だと思うのです」
「ふふっ、エレノールってば、まじめ~。でも、そこが好きよ! さあさあ、そうと決まればささっと乗せてみよう♪」
「……うまくいってくれると、いいのですが」
「うまくいくかどうかって? 大丈夫大丈夫、あたしたちの友情を信じなさいって♪」
 エレノールは『これからも共に楽しい時間を過ごして行けます様に』と心の中で願いを込め、そっと左の皿に、ゴールデンベリーのイヤリングを置いた。
 小さな金属音が響いて、天秤が一瞬だけふわりと揺れる。
 ミモザもイヤリングを取り出す。濃い紫の果実を模した、ブラックベリーのモチーフ。
 「というわけで、あたしはこっちに置くわねっ!」
 願掛けでもするように、『これからもエレノールと楽しい時間を過ごせます様に!』と願いながら。
 天秤の右に、もうひとつのイヤリングが落ち着いた瞬間――重みがゆっくり伝わり、天秤が、ゆらりと揺れた。左右の皿が行ったり来たりして、いったん左に傾き、今度は右へ。そしてもう一度、左に。……でも、最後には、ふっと静かに、まっすぐ水平に戻っていった。
「……っ、やった!  釣り合ったわよ、エレノール!」
「ええ……本当に」
 二人は顔を見合わせて笑った。照れたような、誇らしげな、ちょっとはにかんだ顔で。
 確かに同じ想いを願いながらイヤリングをそれぞれ置いたが、積み重ねた想いなど関係ない。それを選び、購入し、渡した……全ての瞬間にお互いの中に芽生えた絆や喜びといった沢山の想いが既にこめられていたのだから。
 これからの願いは、まだ途中。でも――だからこそ、きっとそれは釣り合っているのだろう。

緇・カナト
八卜・邏傳

●思い出は胸に
 薄暗いダンジョンの通路に、明るい賑やかな声が反響する。
「あのお肉の串のやつ、めっちゃ美味かったぁ♡」
「甘い酸っぱいベリー満喫したことだし〜。お次も、楽しむとするかぁ」
「おうさ! わくわくじゃんね」
 どこかに出かけるかのような|八卜《やつうら》・|邏傳《らでん》(ハトでなし・h00142)のテンションに、緇・カナト(hellhound・h02325)は苦笑を浮かべ見守るように視線を向けていたが、石造りの広間に足を踏み入れた瞬間、鼻先がひくりと動いた。
「なんだか、鉄の臭いが強いねェ。ま、気のせいか」
 それが言葉通りの鉄ではなく、血の可能性もあったが、臭いの元は閉ざされた扉の奥。重厚な天秤が行く手を塞ぐ先からだ。
 天秤は誰かが乗せたのか、不自然に両の皿には雑多な宝石や金貨が無造作に盛られ、今はかろうじて釣り合っているようだが、どう見ても、見た目の量が合っているとは思えなかった。
「こーゆーのはさ、まずちゃんとリセットからじゃん?」
 宝石を摘まみ上げどかすと満足そうに、邏傳は目を輝かせ、
「ふふん、これでまっさら~! さー、天秤ー! のせるーっ!!」
「じゃ〜ん、バレンタインデーに邏傳君から貰った駄菓子……!」
 実はこんなこともあろうかと持ってきてましたと、カナトが懐から出したのは、バレンタインに邏傳からもらった、謎のぷるぷる駄菓子。
「未だにぷるぷる怯える原理が分からないんだけどさァ。謎こわい。物理的に」
「ぇ? 原理はともかく、ぷるぷるしちょんの可愛ない??」
 可愛いという問題だろうか。
「そー、来るんなら~、俺はグリーンデイに、カナトちゃんからも貰ったカレーパンちゃんで勝負だぃ☆」
「食べもの同士だから如何だろうねェ……?」
「具沢山で、野菜で、ゴーヤーで、最強よ!」
 邏傳は自信があるのか、誇らしげにカレーパンを掲げた。
 笑い合いながらそれぞれの皿にお菓子を置いてみるが、天秤はカナトの置いた方へと大きく傾く。
 見た目だけなら、カレーパンの方が重そうなのだが。
「この天秤楽しー! 色々試したくなるじゃん」
「ぷるぷるしてたから勝ちってことかねェ? ……あとで食べ比べしよ〜か」
 ついでに原理も知りたいしとカナトが言う横で、邏傳はもう一度宝石を置いたり、片側に食べ物をまとめてみたり試してみているが、やはり上手く揃わない。
「う〜ん、ダメそうだし次も行ってみよう〜。やっぱ、記憶や想いの重みってヤツが必要ってことかねェ」
「じゃあ、アレ使っちゃお!」
 2人が同時に掲げた腕には、揃いのバングルが。
「大鍋堂みんなで出かけたコルヌの思い出〜の」
「みんなでお出かけ楽しかったね〜。カナトちゃんのバングルと、形も思い出も良い感じじゃねかな」
 それぞれの腕で、別の色の祝福の輝石があしらわれ煌めいている。
「此れで釣り合わないって、石扉が開かなかったら、文句言ってやらないとねェ」
「うんうん。もし開かなんだら、流石にこの天秤壊れてんじゃね」
「いや〜、思い出深すぎて笑ったわ。アレは……と或る昼下がりのこと……」
「文句っちーか、言い聞かせじゃん!」
 ワイワイ喋りながら、カナトが左の皿に、邏傳が右の皿に、腕輪をそっと乗せようとした。その瞬間――。
 足元に散らばってた宝石に邏傳がバランスを崩し、支えようと手を伸ばしたカナトも一緒に倒れそうになり、思いがけず邏傳の両手を互いの腕輪ごと、天秤の皿に押し倒すように乗せてしまった。
 その瞬間、カナトが驚きの表情を浮かべ、さらに彼の体重がほんの少し、邏傳の方にかかりしっかりと指先が絡み合った。
「おっと、すまん! ちょっと力加減ミスった」
「――!?」
 邏傳が驚ろいて声を呑み込み見あげていると、その様子には構わずカナトは続ける。
「あのとき班チーム分ける為に籤引きし始めたら、何やかんや擦ったもんだあったよねェ」
 覚えてると問いかけるカナトに、恐らく邏傳も同じ光景は思い浮かべていたがそんなのは一瞬で、直ぐに目の前の彼のことだけでいっぱいになる。
 こちらを捕らえるようなカナト視線に、邏傳は、息が止まるような感覚が走った。
 その瞬間――。
 カコン、と柔らかな音を立てて、不意に天秤がぴたりと釣り合う。
「おぉ〜、思ったとおりだね。オレたち、やるじゃないか。天秤さんの目も節穴じゃないってことだねェ」
「……やぱ、カナトちゃん最高!」
 僅かに早まる鼓動を抑えつつ、冷静を装おうと笑うが、邏傳の心の中では動揺が続いており。
 扉が重い音を立てて開く。
「コルヌちゃんの思い出で、バッチシと思ったんよ〜! ずっと楽しかったし〜!」
「女子会始まったり、お茶会始まったり……班は別だったんだけど……」
 あまり表情を見られないよう、いそいそと邏傳が扉の先を覗き込み、暗がりに踏み込もうとした――そのとき。
「……続きは、ダンジョン攻略後でね?」
 ふいに背後から、カナトの囁きが邏傳の耳に触れる。
「ッ……ぉわ……っ!?」
 邏傳は肩を跳ねさせ、ピタリと足を止めた。
 微かな息の音、あたたかい気配が背中に伝わり、邏傳はその場で一瞬、体が硬直し、耳元に残った温もりが熱が、じわじわと顔全体に染みわたっていく。
「……な、なに、カナトちゃん、続きって、何のっ……!?」
 わたわたとする邏傳の腕を、カナトがくいっと引き寄せ。苦笑交じりに、軽く指先でツンと突くと、手を取り歩き出す。
「……いくよ?」
 不意の手のぬくもりに、またも邏傳の思考がふわりと浮く。
「ちょっ、ま、まってってばぁ〜〜っ!」
 抗議は軽やかに宙に溶け、引かれるまま、邏傳はカナトの背中を追って、ふわりと暗い通路に消えていった。
 やがて、2人の気配が、静かに石壁に吸い込まれていくと、扉は再び閉まるのであった――。

第3章 ボス戦 『『アンドロスフィンクス』』


◆闇の問いかけ
 天秤を越えた者たちが進む先は、ひやりと湿った空気が漂う暗い通路がしばらく続いた。 足音だけが静かに響き、やがてその静寂を裂くように、艶めかしくも悪意の満ちた女の声がどこからともなく降ってくる。
『――汝に問う』
 嘲笑うように、だが声は聞いたものの戸惑いなど構わず問いかけを続ける。
『この世で最も重い羽根とは、何か。答えよ』
 続く問いはどれも、論理も意味も通らぬような、答えの存在しない問いばかり。
『形のないものに、名を与えよ。答えよ……』
 意味のない問いの嵐が吹き荒れ――だが、それに気を取られた瞬間、闇が蠢く。
 突如として頭上より、降りかかるかのように異形が影を落とし見下ろしてきた。
 ――アンドロスフィンクス。
 柱のような無数の蜘蛛肢を携え、有に人の背丈を超える化け物の姿がそこにあった。
ミモザ・ブルーミン
エレノール・ムーンレイカー
御嶽・草喰
如月・縁
レティシア・ムグラリス
リニエル・グリューエン
竜宮殿・星乃
八卜・邏傳
緇・カナト
凶刃・瑶
玖老勢・冬瑪
橘・百合

●導く解
 肢の合間を蠢く影に、『アンドロスフィンクス』は血の気の無い女性の顔を歪ませ、金糸の蜘蛛糸を垂らした。
 良く見れば、暗い回廊の天井には巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされ、そこから滴る水滴が規則正しい音を響かせている。蜘蛛の糸はまるで生き物のように、空気を震わせて揺れていた。
 天より、ぞっとするような甘く妖艶な声が静寂を切り裂く。
『――汝に問う』
 アンドロスフィンクスは嗤いながら、細長い肢をゆっくりと振り上げ、その先端から光を吸い込んだかのように漆黒の金糸を垂らした。
 一本の肢が影のように揺れ、侵入者を狙い澄ましたかのように振り下ろされる。
『この世で最も重い羽根とは、何か。答えよ』
 エレノール・ムーンレイカー(怯懦の精霊銃士エレメンタルガンナー・h05517)は、背後に響く冷たい風とともに転がるように一撃をかわし、その瞳を鋭く見開いた。
 その傍らでミモザ・ブルーミン(エレノール・ムーンレイカーの妖精の使い魔・h05534)が小さく震える羽根をそっと広げる。
「これはまた、例え正解を答えても、自ら死なないようなスフィンクスですね……」
「えー? 答えようのない問題を出すって、ヒキョーじゃない? そんな子にはお仕置きが必要だね!」
 ミモザの声は軽やかで、だがその眼差しは挑戦的に輝く。
『……答えよ』
 間を置かず、迫りくる声と共に頭上から金糸が降り注ぐ。まるで降雨の如き糸の雨は、周囲の石壁や床を容易く削り取り、彼らを包み込む『スフィンクス・トラップ』を形成した。
 逃げ場のない斬撃の檻に、冷ややかな恐怖がじわりと広がる。
「答えのない問いなんて、スフィンクス失格ですよ。退場してもらいましょう! ミモザ!あなたの力を借りますよ!」
「おっけー、いつでもどうぞ!」
 自身のAnkerでもあるミモザに、エレノールは炎の精霊を憑依させ、|精霊纏いし妖精《ポゼッション・オブ・フェアリー》に。
「ふふん、当然、あたしたちの力なら、打ち倒せるにきまってるって♪ 行くわよ!」
 紅蓮の火精霊がミモザの全身に灯った。翼は燃える羽根へと変じ、指先から点火された六つの火球が螺旋状に放たれる。
 火球は糸檻に衝突すると同時に連鎖爆ぜ、衝撃波で斬糸を内側から千切った。破れた隙間をすかさず|精霊憑依《ポゼッション》し、その手に光の刀身【フォース・ブレイド】を生成し、足元に風精霊の力を纏ったエレノールが突進し死角から攪乱し斬りかかる。
「たとえどんな敵でも、わたしたちなら、打ち倒せるはず……! 行きます!」
「こいつが、元凶ね……。それはともあれ、問いに答えてあげましょうか」
 金糸の猛攻を『ディヴァインイリュージョン』で、インビジブルと入れ替わり避けていた一方、冷静に状況を見極めていたリニエル・グリューエン(シャリス教団教皇・h06433)は、聖域の名を冠する杖〈サンクトゥアリウム〉を掲げた。その眼差しは揺るがず、揺るぎない信念が宿っている。
「この世で最も重い羽、ねぇ……」
 彼女の声は静かながらも力強く、重厚に響く。
「それは汝ら、人々を喰らう者らの事ね。なぜかって? 人々が羽ばたくのを阻害する、正に害獣でしかないためよ!」
 その言葉に込められた鋭い断罪の響きは、暗い回廊の空気を一層凍らせた。
 答えを待たず、アンドロスフィンクスから再び吹き出した金糸が空間を切り裂くように鋭く伸びる。まるで獲物を締め上げるかのように、糸が獰猛に空気を振動させる。
「また、来ます!」
 様子を伺っていたレティシア・ムグラリス(シャリス教団聖女・h06646)は、声をあげると同時に、|idola《イドラ》を発動。体が一瞬にして異なる位置へ移り、霊障の余波が糸を弾き返した。
「我が身は幻影、幻影もまた我が身……きっと……あなたには、リニエル様の答えすら理解できないんでしょうね」
 そう囁くように呟いたレティシアの唇が、思わずくすりと微笑みを零した。
 その微笑には、問いに堂々と答えたリニエルの自信満々な態度に対する、確かな信頼と静かな余裕が宿っていた。

「謎々ボスらしい噂は聞いたなぁ……思ったより、でっかいなァ。人猫スフィンクスなハズなのに、蜘蛛糸トラップなんて属性過多にも程がある〜」
 まさか見あげるほどとはと、肢の間を緇・カナト(hellhound・h02325)は駆け抜け、飛び跳ねるよう追ってくる|八卜《やつうら》・|邏傳《らでん》(ハトでなし・h00142)を振り返った。
「属性過多には激しく同意!」
「……仕方ない。さてラブコメごっこ(?) も、満喫したことだし真面目に〜お仕事片付けて帰ろうか」
「はいなー! お仕事も確とやりますさ☆」
 邏傳は、にっこり笑って応じながら、小首を傾げた。
「重い羽根ぇ?? さっぱ分かんね! |跳《ハ》ねる俺、とかダメ?」
 そんな調子でとぼける彼に、カナトはわずかに眉を上げて肩をすくめる。そして、次の言葉には、ふっと息を含んだような微笑が添えられた。
「邏傳君なら、羽根なんかより――こんなに軽〜い」
 その声とほぼ同時に、蜘蛛の巣の天井がざわめいた。金糸の雨が天から降り注ぐ。キラキラと光を散らすその罠は、美しくも致命的な一撃。
 だがその瞬間、カナトは音もなく邏傳のそばに滑り込むと、その身体を片腕で引き寄せると、何の苦もなさげにひょいと抱き上げた。
「わっ!? わ、わ、わ!? 俺、軽うないよ!? ちゃんと筋肉も骨もあるし!?」
 焦ったように叫ぶ邏傳に、カナトはあくまで淡々とした調子で返す。
「軽い、軽い……片手で充分。ほんと、簡単に投げれそうだなァ……」
「投げるん? でもカナトちゃんなら、投げてくれても本望よ〜?  なーんて☆」
 と、冗談めかして笑ってみせたものの、返事がないことに気づいた邏傳は、ぱちくりとまばたきしながら確認する。
「……冗談よね?」
 その不安そうな声に、カナトは少しだけ肩をすくめると、ふっと息を吐いて微笑んだ。
「やっぱりダメ……? そっか〜じゃあ仕事しよ」
 そのままそっと地面に降ろされた邏傳は、ちょっと残念そうだ。
「そいえばさぁ、投げ飛ばされる遊び、昔流行ったなー、びゅーんって!」
「……投げ飛ばされる遊び流行ってたの?? 普通にコワい。骨折れるよ……」
「コワないよー。命に関わらん程度でスリル味わうのがいいの」
 そんな他愛もないやり取りを交わしていると、頭上の蜘蛛巣の間から、再び不気味な囁きが降ってきた。
『――汝に問う。触れずに触れるとは、いかなる指先か? 答えよ』
「あ、変わった……」
 そんな風に暢気に答え、カナトは灰狐狼の毛皮を纏い、手には三叉戟トリアイナを。
「変成せよ、変生せよ。……今度はこっちの番だ」
 |狂人狼《ウールヴヘジン》となり、目を細めてスフィンクスを見上げるカナトの横顔に、邏傳も思わずニヤリと笑う。
「うん、カナトちゃん、もふもふわふわじゃん♡ 真面目な姿もカッコいい」
「さっき投げていいって言ったな?」
「言ったけど、今はやめてー!!」
 ふざけるように笑いながらも、「俺は、もふとは真逆で!」と、邏傳は腕と足に竜の鱗を纏い。壁を蹴り上がり、アンドロスフィンクスの頭上へと飛んだ。
 それを追うように見上げた瞬間、アンドロスフィンクスがバランスを崩した。
「わーお、いい切れ味。思った通り、機敏な動きは不得意だったようだね」
 その図体と、質問からの不意打ちという攻撃方法から推測してた|凶刃《きょうが》・|瑶《よう》(|似非常識人《マガイモノ》・h04373)は、嬉しそうに切り落としたばかりの肢を抱え、|玖老勢《くろぜ》・|冬瑪《とうま》(榊鬼・h00101)を振り返った。
「ねぇ冬瑪くん、見て見て! 関節の断面、想像以上に美しくない? なんて魅力的なフォルム! |解剖《バラ》し甲斐がありそうだねぇ!」
「瑶さん。早速、|解剖《バラ》したん? 感心するのはあと。まだ動く肢は残っとるよ」
 冬瑪は苦笑しつつ、榊鬼の面を指で撫でた。すでに鬼火は瞳孔の奥で脈打っている。
 熱気と土埃が混じる中で、アンドロスフィンクスは余裕の笑みを浮かべ、再び甘く叫び問いかける。
『――汝に問う。円の始まりに、あなたはいたか? 答えよ』
 一際大きな問いかけは叫びのように空気を震わせ、アンドロスフィンクスが睨む者たちの動きを『スフィンクス・クエスチョン』で麻痺させてくる。
『答えよ……答えよ……私の問いに答えなさい!』
 その声はまるで瘴気そのものが言葉となって呟くかのように、空気を震わせた。
 瘴気が瘴気として形を成し、青白い霧が|橘《たちばな》・|百合《ゆり》(ポニテ拳士・h07061)たちを包み込む。視界は薄紫色に染まり、まるで異界の境界に立たされているような錯覚をもたらした。
「なんかめっちゃ質問してきますけど、答えられそうなやつには答えてもいいんですかね? なんか回答したらしたで、変なイベントが始まりそうな気がするんですけど!」
 百合の声には、わずかな不安と動揺が混じっていたが、それでも覚悟を決めたような強さがあった。
 しかし、答えたら負けな気がすると自嘲するように告げた直後、彼女の四肢がじわりじわりと麻痺し、重くなっていく。ゆっくりと膝をつく姿に、切迫感が一層高まっていく。
 その頭上から細やかな鈴音が降った。
「大丈夫、貴方は私が守ります……もう、戦闘中でも謎かけ?」
 |如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)は、全身を覆うヴェールを宙で開き、|透光《クリア》を輝かせ、暗いダンジョン内を照らす。
「蜘蛛、獣、女。フェスで皆さんが話していた内容に……言われてみればぜんぶ当てはまるかも。でも美しくはないわね」
 その光は、暗く閉ざされたダンジョンの隅々まで届き、薄紫の瘴気を払いのけ。仲間たちを包み込む優しい光は、まるで聖なる手のように麻痺の鎖を霧散させた。
「……ね、いま。『この世で最も重い羽根』が落ちたわよ。だって退けられないでしょう?」
 その言葉は静かに、しかし断固たる決意を込めて告げられた。
『……っ、ぐ……』
 アンドロスフィンクスは、初めて言葉に詰まり、怯えにも似た動揺がその表情に浮かぶ。
 そして、鋭い肢を振り上げて暴れはじめたが、その動きにはどこか焦燥が混じっていた。

「お前……『肢強き者』だな?」
 |御嶽《みたけ》・|草喰《くさばみ》(草|喰《は》む狼・h07067)が、低く身構え、次々に振り下ろされる『斬烈の赤肢』を避け、唸る。
「ならば、問おう。『お前をこれから喰らう奴は、誰か。答えよ』」
 だが回答の代わりに躊躇いのない、強烈な次撃目が弧を描き、|竜宮殿《りゅうぐうでん》・|星乃《ほしの》(或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)を薙ぎ払おうと迫る。
「くっ……さすが、私がまだ戦ったことが無いモンスター! ……経験不足が恨めしいけど、臆すわけにはいかないわ。今の私は夢見た冒険者なんだから!!」
 ――|竜宮殿式・紅焔竜詠唱《ドラグナーズ・タンゴ》。
「燃え盛れ、クリムゾンフレア・ドラゴン!! ……スフィンクスに負ける竜は居ない! そのことを教えてあげるわ!!」
 星乃の詠唱で現れた紅焔竜が盾となり、火花を散らしながら衝撃を受け止め、更に燃え上り。命中の代償に、アンドロスフィンクスの肢には深く亀裂が入った。
「大口真神よ、我が大親父様よ、見ていてくれ、うまくこいつの肢を弾いてやる」
 まだ必要に振り下ろされる肢の下を駆け抜けながら、草喰は地を蹴った。
「心配ない、今日の俺はついてる。さっき白ラズベリー入りのパイを引き当てたからな。それで運を使い果たしたとか言うのはなしだぞ」
 喰らいつくように、『|盟神摧穿《メイシンサイセン》』でヒビの入った肢に飛び掛かれば、それは完全にボキリと折れた。
「……もう答えなくていい。正解は、俺だ! さあ、俺は祈ったぞ。次はお前が祈れ、さもなくば代償を払え」
 更に肢を奪われたアンドロスフィンクスは甲高い悲鳴をあげ、ダンジョンが震えた。
 巣から落ち、逆さにもがく姿に一同は一気に畳みかける。
 百合は足裏で石を蹴り、爆発的加速でスフィンクスの懐へ。
「当たって砕けろ!」
 掌底がアンドロスフィンクスの胸甲を抉り、続く『|瞬勁・猛虎硬把山《シュンケイ・モウココウハザン》』の動きで腹へ一撃、内腑を潰す。
 防御が剥がれた隙を狙い、星乃の喚びだした紅焔竜が突進と共に、強靭な顎で開いた胸孔を噛み砕き、焼け爛れた肉片を撒き散らし。
「声は厄介だからね。少し、黙ってもらおうか。|此れが私のやるべきこと《コレガワタシノヤルベキコト》だね」
 追い打ちをかけるように、瑶のメス〈Blood Wet Scalpel〉が、鋭く首を裂き血煙が立った。
 だが、喉を失ったであろうアンドロスフィンクスは首を傾げ、またしても無意味な謎を吐く。
『形、なき光を、抜けぬ影で包め――答えよ』
 問答と同時に、酷薄な笑みが走り、金の斬糸が再び生成される。
 失った肢を補うように、糸で身体を吊り上げ、アンドロスフィンクスは糸雨を降るう。
「来るわ、ミモザ!」
「平気! 逃げ足には自信あるんだから!」
 ミモザは鋭い目つきで前方の蜘蛛糸を見据え、素早く身を翻す。狭い隙間を縫うように飛び跳ねながら、鮮やかに火炎魔法を放つ。 
「エレノール、お願い!」
 エレノールはフォース・ブレイドをしなやかに振るい、次々と伸びてくる蜘蛛糸を断ち切る。何せ、ミモザを傷つけさせるわけにはいかない。√能力で強化されているだけで、その身は違うのだから。
 金属の刃が空気を切り裂く音が響き、二人の息はぴたりと合っていた。
「このまま一気に突破するわよ!」
 ミモザの声に力が込められる。
「任せて、ミモザ!」
 エレノールも笑顔で応じる。
 咆哮が響く。アンドロスフィンクスの胸甲は爆ぜ、衣と肢の至る所が傷つき焼け焦げていた。追い詰めた――そう思えた刹那、女怪はぞっとするほど艶やかに笑った。
『最も重い羽根、それは――“期待”だ。今、貴様らの肩に最も重くのしかかっている』
 蜘蛛肢が残存糸を吸い上げ、天井一面に無数の刃翼を咲かせた。三百どころではない、数え切れぬ殺戮の花弁。

『こ、こここ……たえよ』
「この世で最も重い羽根とか世界最大の鳥の名前を言えばいいんですかね? 知りませんけども! それとも、同じ夢を持った仲間や味方が集まれば羽根から翼になって夢の実現へと羽ばたける、みたいな!」
 百合の拳が叩き込まれ、レティシアが唱える。
「地獄の業火よ、神敵に断罪の浄炎を!」
 展開された魔法陣はアンドロスフィンクスを囲み、|Inferno《インフェルノ》の火球が音を立てて降り注ぎ。巣一帯を炎に包み。
「神撃よ、驟雨の如く降り注げ!」
 リニエルの叫びに『|神の極光《ディヴァイン・ジャッジメント》』が、雷撃が嵐のように落下し、火球と交わることで熾烈な熱雷を生み出す。
 その光景は、神話に記された天の怒りの如く。
「これぞシャリス神の怒りの裁定です。すみませんが、滅させていただきます」
『……おまえら……答え……答……』
 火と雷が完全に敵の体を包み込んだ。無数の糸が燃え上り千切れ、怪物の衣が焼け焦げて落ちる。その口から漏れた言葉は、もはや意味を成していない。
「倒れるのは、まだよ」
 縁がヴェールを広げ、透光を重ね。光が羽根のように舞い、闇を切り裂き。
「斬れる糸? ほいじゃ裂き合いっこて訳ね! 蜘蛛糸て頑丈ち聞くから腕なるわぁ! そのまま肢狙ってこかしちゃる!」
 光に照らされ、今であればアンドロスフィンクスの姿もよく見える。
 邏傳は笑い落下しながら腕を伸ばす。竜鱗が踊るように広がり、鋭い爪となって指先を覆う。|S‘C🥀《サクサクチルチ》が解放されて。
「咲いて裂いて散って、またね!」
 加速する身体と共に、らでんは蜘蛛糸の網へ飛び込み、すれ違いざまに切り裂いた。
 残った肢が跳ね、全身で斬撃を繰り出すスフィンクス。空間のすべてが糸で封じられ、逃げ場はない。
 だが、素早く駆け抜ける三叉戟トリアイナの一閃が、蜘蛛糸ごと薙ぎ払い落とし、バランスを崩した邏傳は高度を保てず、体が傾き。
「う、わ」
 ふわり。
 風を裂いて走るカナトが、その身体を軽々と――まるでお姫様のように抱き止めた。
「……お、姫様抱っこ!?」
「マイハニー邏傳君にケガは無い? ……もう何だか、此のノリでいい気もしてきた」
「おうよ! まだまだへーき☆マイハニーカナトちゃん。それに、抱っこされるの、悪ないなァ♡」
「はいはい。今日、二回目だけどな」
 互いの額が自然に近づき、額に小さく「こつん」と音が響き、微笑みあう。
 時間は十分に稼いでもらった。
 冬瑪はアンドロスフィンクスの正面で、大槌を肩へ担ぐ。
「|作麼生《そもさん》とくれば、|説破《せっぱ》が相場」
 鬼火が刹那に炸裂。その身に『|善鬼神招来・茂吉鬼《アサオニ》』を降ろし。
「花の舞 舞いあげるには 千早振る……千早振る神が うけてよろこぶ……!!」
 炎を帯びた大槌が円を描き、アンドロスフィンクスの頭頂を真正面から叩き割る。
 衝撃波が回廊を吹き抜け、アンドロスフィンクスの謎掛けが粉砕音と共に掻き消えた。
「知と識は異なるもの。答えなど、己で探せ……その頭、カチ割る!」
 残る肢が崩れ、巨体が揺らぐ。
 呻くような断末魔の中、アンドロスフィンクスは崩れ落ち沈黙した。
「……そう、俺も。この想いがなんなのか、自分で探さにゃぁならん」

 静寂が戻った空間に、かすかな呼吸と鼓動だけが残る。
 灰を舞わせるように、戦いの熱がゆっくりと引いていく。
「終わりましたね」
 星乃が静かに、息を零した。
「終わったわね。あ、いけない。天秤に置いたままのワインは回収しないとね」
「これで村の安全も確保できましたよね」
 縁と百合が、ゆるりと微笑みあう。
「ねぇねぇエレノール、次はもっと簡単な問題がいいな〜!」
「でも、ミモザがいればきっと解けるわ」
 明るくエレノールとミモザが声を上げ、レティシアとリニエルは無事を神に感謝した。
「よーし、じゃああとはお楽しみタイムよねっ☆」
「「……はいはい。付き合ってやるよ、お楽しみタイムになァ」
 楽しそうな邏傳に、カナタは苦笑を浮かべ。
 まだ祭りが続いているなら、もう少し楽しもうと盛り上がり。
 いい果物が、ゆっくり食べられるかもと草喰の尾が揺れた。
「もっとじっくり解剖したかったなあ」
 戦いの余韻の中でぽつりと呟いた瑶に、冬瑪はふと微笑んだ。
「その好奇心の代わりには、ならんかもしれんけど」
 そう言って、懐から小さな箱を取り出す。
 箱の中には、濃い深紅のリボンと、ラズベリーを模した繊細な飾り。光を受けた実が宝石のように艶めき、揺れるたびに甘い色香を放った。
「君の黒髪に、きっと映えると思った。今日の記念、じゃんね。気が向いたら、着けとくれん」
「えー! いつの間に!えへへ、至れり尽くせりだ。ありがとう。戦場で渡すなんて、サプライズにも程があるよ! ……でも、最高♪」
「……良ければ、瑶さん。また一緒に、二人で。出かけてくれるかん?」
「もちろんだよ!」
 瑶は震える指先に必死で力を込め、額の横にそっとリボンを結びつける。
 戦いの熱が引いたあとも、彼女の頬にはほんのり朱が差していた。
「どう? 似合う?」
「うん。……とても」
 冬瑪は照れたように視線をそらしながら、彼女の手をそっと取った。
 遠くでは仲間たちの歓声が響いていたが、二人の間にだけ、甘く静かなラズベリーの香りが、優しく揺れていた。
 差し込んだ光が羽根を照らし、薄く銀に輝かせた。謎かけは最後まで無意味だったが、それでも仲間たちは答えを一つ示した――。
 重い羽根は、絆という翼でしか運べない。そして、それぞれの帰る場所なのだろう。

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