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魔法のベリーフェス!
√ドラゴンファンタジーの森の奥、霧の晴れる小道を抜けた先にある、小さな村では年に一度の祭典、ベリーフェスの真っ只中だ。
空を映すような澄んだ湖のほとりから、なだらかな丘にかけて、森中のベリーが一斉に実をつけています。
陽光に透けて輝くラズベリー、指先で弾けるブルーベリー、蜜のような甘さのストロベリー、舌の奥に広がる酸味がクセになるブラックカラント、そして光を宿すような琥珀色のゴールデンベリー。
摘みたての香りが風に乗って広場へと流れ込み、人々をふわりと包み込む。
村の人々は、摘みたての実と花を編み込んだ花冠をかぶり噴水のある広場や通りに出店を出し、甘い香りと明るい音楽で賑わっているのであった。
温かくなってきましたねと微笑みながら、|煽《あおぎ》・舞 (七変化妖小町・h02657)は、新しいダンジョンがとある村の近くで発見されたと言う。
「天上界の遺産が生み出すダンジョンは、内部や近くにいる生物をモンスターに変えてしまいます。ですが√能力者である私達なら、モンスター化することなくダンジョンに入ることが出来ます」
そこで村人に危険が及ばないよう、ダンジョンへと向かい謎を解き、その階層を牛耳っているモンスターを退治してほしい。
「どんなダンジョンになっているかは、近くの村人に聞くといいでしょう。お祭りをやっているようですし、折角ですから参加してみるのもいいかもしれません」
ベリーに包まれた村では出店が沢山。
このお祭りの期間しか味わえない、特別な料理もいっぱい振舞われているという。
ジャム屋では、イチゴやラズベリーは勿論。パンにぴったりなブルーベリーとシナモンのジャムに、ピリッとしたあとから甘さが追いかけてくる、ドラゴンベリーのスパイシージャム。
パイとタルトの屋台からは、香ばしい香りが漂い。中でも目玉となるのは、マジックベリーパイだ。
何でもベリーを一晩ハチミツ酒で漬けてから焼き上げ。外はカリカリ、中はじゅわっとジューシーで、食べるたびに違う実の味がし。運が良ければ、幻の“白ラズベリー”入りのパイが当たるかもしれない。
「当たった人には幸運が訪れるかもしれません」
あったかいものだけではない。ひんやりスイーツの店もちゃんとある。
魔法で作られたというベリーフローズン。舌にのせた瞬間、すっと溶けて、甘さが花みたいに広がっており、上にはベリーとベリーの形をしたルーンチョコが乗せられている可愛いデザインだにもなっている。
ベリーのジュースも色々あるが、大人の人にはベリーワインなんかもいいかもしれない。
赤、青、紫……光の色で味が変わる不思議なワインは、甘酸っぱいものから辛口まで味も豊富だ。
それからベリーの花冠もだが、他にもモチーフにした可愛らしいアクセサリーが売られていたり。
天秤ばかりに、左右ピッタリベリーを乗せるベリーチャレンジや。村の近くでは、ベリー摘みも出来るので、そちらに足を運ぶのもいいだろう。
そこまで説明すると、舞は笑顔でこちらを振り返る。
「素敵なお祭りだと思いませんか? 一日中楽しめそうですよね」
心もお腹も満たし、祭りが終わるころにはきっとダンジョンの情報も自然と集まっているはず。
甘い香りの詰まった、ベリーフェスで、心ほどけるひとときを――。
第1章 日常 『お祭りに行こう』

●甘さ満開!
わぁっと歓声を上げながら、|橘《たちばな》・|百合《ゆり》 (ポニテ拳士・h07061)は、ベリー色の花冠を頭にのせて、お祭りの会場へと踏み込んだ。
「めっちゃ、甘い匂いがいっぱいで素敵で!」
霧が晴れた小道の先に広がる、色とりどりの屋台と、甘くてふんわりした果実の香り。
その中心で、百合は両腕を広げ、揺れるベリー風の飾りを見あげ、お店を見渡し目を輝かせていた。
「ラズベリー! ブルーベリー! ストロベリーにブラックカラント……って多すぎじゃない!?」
声に出して数えながら、目移りしっぱなしで屋台を巡る百合。
まず飛び込んだのは、焼きたての香ばしい香りに誘われたパイとタルトの屋台。
「えっと、これがマジックベリーパイ? 一口ごとに味が違うの? わー、面白そー!」
アツアツをふーふーしながらかじると、最初はラズベリーの甘酸っぱさ、次にブルーベリーの濃厚さ。3口目には……はじけるような甘さのストロベリー!
「うまっ……! これ、やば。ずっと食べてられるやつだよ……」
美味しいと幸せを噛みしめながら歩いていると、次はジャム屋から甘くスパイシーな香り。
「え、ドラゴンベリーのスパイシージャム!? 何それ絶対おいしいやつじゃん! パンください」
ふんわか柔らかいパンを受け取ると、たっぷり塗ってパクリ。
「わぁっ、ピリッとして、でもすっごく甘いくて、クセになりそう」
さらに辛い物を食べれば、次は甘い物へ。
ベリーフローズンの魔法スイーツに目を奪われて。
「ベリー型のルーンチョコ乗ってる!? え、これ、食べちゃっていいの? ほんとに?」
ひんやりスイーツをぺろりと口に入れた瞬間、ふわっと香る果実の風と冷気。
「んーっ、しあわせ~~……」
すると近くの年配女性が笑って言う。
「うふふ、楽しそうねお嬢ちゃん。ああ、でもねぇ。最近、森の方で変な噂があって……まぁ、お祭りの間は近づかない方がいいわよ」
「それって、この辺に出たっていうダンジョンのこと?」
百合の言葉に、女性は少しだけ表情を曇らせる。
「ああ、それね。森の奥で見つかったって話だよ。けど、中には、天秤がずらりと並んでて、それがどうにも不気味だったとか、入ろうとした人が変な問いかけをされて何かに襲われたっていうじゃないか」
「うーん、なるほど。問いかけ系のダンジョンか、けっこう厄介なタイプだよね」
妙に古びた石畳の並んだ先だから、近づかないようにと百合に念を押して去っていった。
(「ちょっと気になるけど、今はお祭りだし、考えるのはあとでいっか!」)
まだまだお祭りはこれから。食べ物系屋台制覇と、気合十分で楽しむのであった。
●甘酸っぱい光
陽の光がきらめき、ラズベリーの赤、ストロベリーの桃色、ゴールデンベリーの琥珀色が通りを染め上げる。
ベリーフェスの広場には、甘やかな香りが流れ、|玖老勢《くろぜ》・|冬瑪《とうま》 (榊鬼・h00101)と|凶刃《きょうが》・|瑶《よう》(似非常識人マガイモノ・h04373)の足取りも自然と弾む。
はしゃぐ声、きらめく瞳。
未知の料理に瞳を輝かせて、次々と屋台に向かうその姿は、彼女の来歴を警戒し観察していた最初の頃とは随分違う。
少し大げさに笑うのも、社交的な調子も、彼女なりの演技だって気づいている。けれど。
「冬瑪くん冬瑪くん!! ほらっ、あれ見て! 幻の白ラズベリー入りのパイだって!」
瑶が、はしゃぐ子どものように目を輝かせてパイの屋台を指差す。
その横顔に、思わず冬瑪は笑みをこぼした。
けれど、今では知識や社交的な性格に随分と助けて貰っている。
「よしよし、今日は瑶さんへの日頃のお礼! 好きなものをたんと食べりん! まずはそれにするか」
「えー!奢ってくれるの!? ふふーん、じゃ、遠慮なく! 見たことない料理ばっかりで興奮しちゃうねぇ!」
パイの外は香ばしくカリカリ、中はとろける甘さと果汁でじゅわり。ふたりでひとつずつ頬張りながら、瑶が口いっぱいに広がる味に頬を緩める。
白ラズベリーには当たらなかったが、その味に満足そうな瑶が、指先をぺろりと舐めた。
「ん~! しあわせ~! 研究所より、こういう場所のほうがずっと有意義かもだねぇ!」
次に立ち寄ったのは、ワインの屋台。赤、青、紫と色の変化に合わせて味が変わる不思議なワインに、瑶は瞳を細め一口。
「ワインは……おお、色合いが変わるのか! ええねぇ、おいしい?」
「む! 美味し! このワイン、色と一緒に味も変わるよ!? この色、辛口だね。でも、これ味が変わる理屈、ちょっと調べてみたいかも!」
冬瑪にはノンアルコールの同じようなジュースを差し出され、同じように一口飲んでみる。
「……おお、なんだこれ。酸っぱ、でもあとから甘くて。へぇ、ええねぇ」
「でしょ? 興味深い、研究したくなる味だよ、これ」
楽しそうな瑶の声に、研究魂に火がついたかなと苦笑交じりに隣へと視線を向けながら、更に二人は屋台を巡り歩き、花冠を手に取ってみたり、ベリー型のアクセサリーを指先でつまんで試しにつけてみたり。
楽しいお土産の時間が増えていく。
「こんにちはー、ちょっと教えてもらえんかな」
人懐こい調子で冬瑪がアクセサリー店の主に声をかけると、笑顔で応じてくれる。
「……ああ、あの森の奥のやつかい? なんでも、しばらく進むと行き止まりになるらしいんだよ。けど、そこには妙な天秤がいくつも並んでるんだとさ」
「天秤?」
二人の視線は、自然とベリーチャレンジの光景へと吸い寄せられる。
「ただの飾りじゃない。その天秤、片方が傾けば扉が閉じ、釣り合えば道が開くらしい。『こうかなもの』を捧げるらしいんだが、良く分からないんだよ」
「ありがっさま!」
なるほどと、頷きつつ聞いた内容を記憶し、ふと冬瑪は視線を上げる。
そちらでは、ベリー型のピアスや、リボン飾りのアクセサリーを身に着けた女の子たちが楽しげに笑っている姿がある。
「……それと、あの人に何か、似合う小物を見立ててくれんかや?」
その視線は、自然と向こうの屋台で聞き込みをしている瑶へと注がれ。店主もそれを追い、ふっと笑い。
「これなんてどうだい?」
差し出されたのは、濃い深紅のリボンに、ラズベリーを模した繊細な飾りがひと房光を帯び宝石のように揺れ。彼女の髪に、きっとよく映えるだろうと冬瑪は思った。
御礼、だけでは無い気がする。
けれど、それ以上の言葉を見つけるには、まだ少し早い気がして。
何かを伝えたいのに、それが何かはまだ冬瑪自身でもよく分からない。
理由ははっきりしないけれど……。
「冬瑪くーん! そっち何か面白い話あったー?」
明るい声と共に、瑶がベリーワインのグラスを片手に手を振ってくる。頬はほんのり赤く、笑顔は太陽みたいで愛らしく。
可愛いなと、冬瑪は表情を綻ばせ。
「……ああ。ちょっと、ええもん見つけたかも」
気付けば、その飾りを宝物のように、大切に懐にしまっていた。
心なしか懐と一緒に胸も温かく、ベリーの香りと一緒に、ふたりの笑顔は、祭りの音楽に溶け込んでいくのであった。
●甘くて赤い
霧が晴れた森の小道を抜けると、果実の香りが風に乗って鼻先をくすぐった。
陽光を受けて輝く湖、そのほとりに開かれた小さな村では、ちょうど年に一度のベリーフェスの真っ只中。
明るい音楽が鳴り、花冠をかぶった人々が広場を彩っている。
「果物の祭か! いや、断じて勘違いするなよ」
大きな狼の耳を揺らし、好奇心に金の瞳を輝かせ|御嶽《みたけ》・|草喰《くさばみ》(草喰はむ狼・h07067)は祭りの出店を見回した。
「俺は脚弱きを喰らわぬ。俺が肉を喰らうのは、『脚強き者』を狩った時だけだ。故にそれまでの間、草や果物で腹を満たすのはおかしいことではない」
何だか自分に言い聞かせるように言いながら、ラズベリーのパイを三つ、フローズンをひとつ、ジャムの試食を全種集め、草喰はしれっとしている。
祭りの喧騒の中でも目立つ大きな尻尾に、村の子どもたちが『わんちゃん!』と指さしはしゃげば、彼はむすっと鼻を鳴らす。
「俺は狼だ。心配するな、お前達脚弱を喰らう気はない」
狩りをするために来た。
「ダンジョンの噂を聞き、その親玉が脚強き者ならば喰らうつもりでここに来た。断じて、甘い果物を目当てに来たわけではない。本当だ」
けれどまあ。折角来たのだから、前菜くらい、いいだろうと。断じて果物が好きなわけではないと、キリッと表情を引き締め緩やかに尾を揺らす。
どうやら買えるだけベリーを買って、食べられるだけ食べるつもりのようだ。
「ふふ、まあ。可愛いお客さん。いっぱい買ったのね」
ふわりと甘い声がした。ピンクの髪をふわりとなびかせ、|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)がベリーワイン片手に現れる。
ここで購入したのか、彼女の耳でベリー型のイヤリングが小さく揺れた。
「もしかして、あの噂のダンジョンの調査で?」
「お前もか。酒の匂いがするな。祭を口実に飲みに来たのか?」
ベリーに負けない酒精の匂いに、草喰は鼻を軽く動かした。
「うふふ、どうかしら。私にとってお祭りとお酒は切り離せないの。ほら、今日は偶然じゃなくて。ねえ、よかったらご一緒しない?」
縁は微笑んで、ワインを掲げた。
先ほどとは違う色を見せるワインは、まだ草喰には分からない。同じようなジュースがあるというので、それを貰い考える。情報集めをするというなら、目的は同じだ。それに彼女が居た方が、ベリーを買うのも何かと助かる。
「あ、バーや友人へのお土産も考えておかないと」
「なら、今手にしてるのでいいのではないか」
それもそうねと、微笑み縁と草喰は屋台の一つに。
縁がお土産のベリーワインを注文しながら笑みの奥で、そっと術式を張る。人々の会話が甘い香りに紛れて耳に入ってくる。
気が付けば縁はお酒で盛り上がってた男達と『今日のベリーフェスと出会いに乾杯♪』と、相手の懐に入って意気投合しているではないか。
「ところで、このあたりのダンジョンについてなのだけど……色々教えてくれるかしら」
草喰は彼らの傍らに陣取ると黙って耳を澄ませながら、ゆっくりと、静かに果実の香りを噛みしめ。ひとときだけ心をゆるめる、けれどいつでも牙を剥けるように。
お酒で口が軽くなっている男達は、それぞれバラバラに縁に答えていく。彼女が聞き洩らすような呟きや、周囲の声はしっかりと草喰が大きな耳で拾って。
二人が聞き集めた情報を合わせると、
ダンジョンは古びた石畳の途切れた先、木々の合間に入り口が開いている。
中はほぼ一本道だが、行き止まりに妙な天秤がいくつも並んでおり、片方が傾けば扉が閉じ、釣り合えば道が開くらしいが、宝石や道具の重さじゃなく、『意味』で釣り合わせる必要があるらしい。
「興味深いのはその先ね」
「蜘蛛、獣、女……情報がバラバラだな」
殆どの者が恐ろしい物を見て、慌てて逃げ帰ったので正確な情報はなかったが、何かが奥に居ることは確かだ。
「まだ帰ってこれなかった人は出ていないのは良かったけど、安心はできないわね」
二人は考えるように黙り込んだが、まずは……。
「え? おかわりもくださるの? 言っとくけど私、お酒強いですからね?」
差し出されるワインに縁は表情を緩ませ、マジックベリーパイの白ラズベリー入りを当てた草喰は嬉しそうに尾を揺らし。
今だけは、甘さの中に、緊張を溶かし、祭りを楽しむのであった。
●ベリーアフタヌーン
湖面には青空が輝き、その岸辺から丘へと続く斜面には、様々なベリーの実が陽光に透けて煌めいて。村からは祭りの賑わいが響いてくる。
「まあ、なんて可愛らしいところなのかしら。ベリーフェスタですって、レティシア様!」
緑の髪を風に揺らしながら、リニエル・グリューエン(シャリス教団教皇・h06433)は感嘆の息をもらす。
露出の多い装いに人目を引きながらも、堂々と胸を張り、レティシア・ムグラリス(シャリス教団聖女・h06646)の手を引いて広場へと歩き出す。
「春はどこもお祭り日和のようですね、リニエル様」
レティシアは、柔らかく微笑んで答えた。
銀の髪に合わせ編まれたベリーの花冠が、彼女の清らかさをいっそう引き立てている。
「今日はいいですよね? こんなに甘い香りが漂ってますし! 祭りの謂れも気にはなるけど、こんなに甘い香りが漂うなら、食べない選択しなはいわ!」
「くす……でも、食べすぎにはお気をつけてくださいね? 今日は共にベリーを楽しみましょう」
そんなすがる瞳で見られましたら、拒否できませんとレティシアは苦笑を浮かべた。
そんなやりとりをしながら、ふたりは祭りの中心へ。
ジャムやタルト、フローズン、ベリーワイン──華やかな香りと色彩がふたりを包み込み、まるで別世界に迷い込んだかのようだ。
中でも二人の目をひいたのは、マジックベリーパイ。
一晩ハチミツ酒に漬け込まれたベリーを使ったこの逸品は、食べるたびに異なる味わいが楽しめる。
「マジックベリーパイ……これは不思議ですね」
「どのベリーも気になるけど、私も一口ごとに楽しめるマジックベリーパイが気になるわね」
では、一緒にとレティシアとリニエルは並んでベンチに腰かけ一口。
「私はブルーベリーの味でしたが、レティシア様はどうでした?」
「最初はストロベリー、次は……ふふ、これは……ブラックカラントですね。少し大人の味がします。一口ごとに様々なお味が楽しめますね」
「わたしも次の一口、楽しみだわ」
思わずたがいに笑みを零し、ストレートティーを添えて、静かに時間を過ごす。
甘い味と香り、音楽と人々の笑顔に囲まれて、ほんのしばし、世界が穏やかに流れていた。
だが、その空気に混じって、リニエルはふと空気の揺らぎを感じ取る。
ざわざわと、祭りのざわめきに混ざり、明らかに楽しんでる者達とは違う雰囲気の一団が数人。
『森のほうで、大きな蜘蛛が出たっていうぞ』
『ベリーを取りにいったやつが、変な穴にはいったらしく天秤が並んでたとか、変な声を聞いたそうだ』
彼らのささやく声が、風に乗って聞こえてくる。
「……なるほど、何かが森で起きているようですね」
「では、人々のためにも調査をしないといけませんね。人々の安寧こそ、シャリス教団の教え!」
「はい、人々の救済を私も望んでます。是非参りましょう……」
スッと当然のように立ち上がるレティシアにリニエルが金の瞳を細め、嗜めるよう名を呼ぶ。
「……ぇっ、私を危険に晒したくない? リニエル様、私もご一緒に……」
「いけません、あなたを危険に晒すわけには」
「お気遣いは大変うれしく……でも、私も貴女の一助になりたいのです」
静かに、しかし揺るぎない言葉。
その青い瞳に込められた意志を、リニエルはしばし見つめ……やがて、口角を上げて微笑んだ。
聖女の言葉を教皇はありがたく受け取り、ひとまず森を見てから考えようと、祭りの余韻と共に、ベリーが彩る中へと歩き出すのであった。
●笑顔の果実
澄んだ湖のほとりに咲く甘い香りの中、ベリーの香気が風に乗って舞い踊る。
香りに誘われるかのように、森の奥にある小さな村が開く祭典に二人は肢を運んだ。
「やっぱり来てよかった、ねぇエレノール♪」
元気な声を響せ、赤い瞳をきらきらさせたミモザ・ブルーミン(エレノール・ムーンレイカーの妖精の使い魔・h05534)が、翼を震わせた。
「今回のベリーフェス、これはぜひとも参加してみたい! って思ったから、エレノールに連れてきてもらえて良かったよ!」
ベリーを模したイヤリングを大事そうに小箱にしまいながら、エレノール・ムーンレイカー(怯懦の精霊銃士エレメンタルガンナー・h05517)の傍らへと飛び寄り、ミモザは満面の笑みだ。
「ふふ、ずいぶん気に入ったみたいですね。最近一緒にイベントに行く機会もなかったですし、今日はいっぱい2人で楽しみたいですね」
「うん、今日はいーっぱい2人で楽しんじゃおう♪」
エレノールは、どこか照れくさそうに微笑み。ミモザは嬉しそうに辺りを飛び回った。
「うん、すっごくカワイイのが見つかってね! 妖精用のサイズなんてめったにないし、無茶苦茶カワイイやつだったから、買わずにはいられなかったのよ~。ほら、エレノールの分もちゃんと選んだんだから!」
そう言って差し出された小さなイヤリングは、ゴールデンベリーのようにきらりと光を宿している。
「ありがとう、ミモザ。……すごく、綺麗です。後で着けてもらえますか?」
控えめながらも心を許した者にだけ見せる穏やかな声音で、エレノールは答えた。
既に彼女の前には、彩り鮮やかなパイやフローズン、ジャムの並ぶ皿。ふだんは抑えがちな食欲も、この祭りの雰囲気に溶けていて。
「ホント、よく食べるんだから」
「こういう祭りの時は、素直に食欲に負けてしまったほうが楽しいですからね」
小さく微笑み、パンにジャムを塗りベリーごとの食べ比べをしたり、パイの絶妙な焼き加減と甘酸の絶妙なハーモニーを味わったり。
「うん、どれもこれも絶品です――。はあ、幸せ。ミモザも一緒に食べないの?」
一すくい爽やかな口当たりのベリーフローズンをすくい差し出せば、ミモザも大満足で嬉しそうに目を細めた。
「本当に美味しい! こりゃエレノールが夢中になる訳ね」
「冷たくて、でも甘くて。舌の上でほどけていく感じ、癖になりますね」
「でしょ? マジックベリーパイもつまんで食べてみたけど、色んなベリーの味がして面白かったなあ~。あ、白ラズベリーは入ってなかったけど!」
「それは残念……ですが、どれもこれも絶品でお腹いっぱいなってしまうのが勿体ないですね」
そんな他愛もない会話をしながら、食事の後はベリーチャレンジに挑戦!
左右の天秤にぴったり同じ重さでベリーを乗せる、集中と直感のゲーム。
大きく傾いた天秤を眺め、むむむと大小さまざまな色んなベリーを見つめ、第六感を頼りにエレノールは挑戦。
左に乗ってるのがイチゴ4つに、ブルーベリーと……それなら右には同じくらいのイチゴを乗せたら……。
「これでどうでしょう」
選んだベリーを天秤にエレノールが乗せていけば、その傾きは段々水平に。あとちょっとというところで選んだブルーベリーを置いたら今度は逆に少し傾いてしまって。
「うわっ、無茶苦茶惜しいっ! でもすごいすごい! あたし、全然分からなかったもん!」
「もう少しだったんですけどね。運がよかっただけかもしれませんが」
「やっぱり、こういうところは凄いんだねぇ」
辺りに音楽と笑い声が満ち、風がほんのり甘い香りを運んできた。
ダンジョンの天秤に乗せるものは、仲の良い二人なら同じおもさのものを持ってるかもしれないとか。色んな情報も集まった。
「今日は大満足。楽しかった♪ 連れてきてくれてありがと、エレノール。ね、また一緒に、どっか行こうよ!」
「ええ、ミモザ。また、行きましょう。……こうして過ごす時間も、悪くないですね」
祭りはまだ終わらない。
だけどその日、二人の笑顔と心はもう甘やかに、満たされていた。