学園怪異談
●怪異の訪れ
√EDEN。それは私達が住む、この地球のこと。
豊富に存在するインビジブルに惹かれ、異世界からこの世界に様々なものが訪れるのは常。此度に対処すべきは√汎神解剖機関より訪れた怪異であり――。
「……或る高等学校に、それは潜んでいます」
星詠みのひとり、神谷・月那(人間(√EDEN)の霊能力者・h01859)は戦うべき相手と今回の状況を語っていく。
少し先の未来、その高校では半数以上の生徒が休み続けている状態に陥る。
今は数名が風邪などで休んでいると思われているだけが、いずれは大量の行方不明者が出たとして扱われる状況に変わっていくという。
「それは……怪異の仕業です。学校に潜んで少しずつ人を囚えて……自らの『仔』としていくようです」
行方不明事件の元凶は、『仔産みの女神』クヴァリフであることを月那は語った。人間を取り込み忘我のうちに彼女の仔とする能力は厄介だ。
高校に通う生徒や教師も本来なら行方不明事件に気付くのだろうが、√EDENの人々は異常現象を忘れる力が強すぎるのだ。
「私が詠めたのは、学校内で流れている何かの『噂』に強く興味を持った人が行方不明になっていることです」
肝心の噂がどういうものなのかまではわからなかったが、何らかのトリガーになっていることは確かだ。そのため、まずは学校内に潜入して生徒たちから噂を聞いて回ることからはじめた方がいいだろう。
潜入といっても秘密裏ではなく、堂々と学生として過ごせば良い。
行方不明ですら休んでいるだけだと認識される世界であるゆえ、怪しくない振る舞いをすれば生徒も教師も普通に学生だと思ってくれる。
「……その学校の制服は……赤と茶のアーガイルチェック柄が基調になったブレザーです。こちらを用意してみましたので、必要なら着てください。別の制服でも転校生だといえば受け入れてもらえます。他の√世界の方でも学生らしく振る舞えば大丈夫ですから……堂々と情報収集をしてください」
噂を聞き出すためには学生らしく過ごすことが秘訣です、と月那は話した。
当たり前のように授業に出たり、学食でお昼を食べたり、図書室や中庭などで休み時間を過ごしたりと自由時間も有効に使うと良い。友達になった者から噂を入手したり、過ごしていた場所で生徒が話していることを聞けるはずだ。
「噂を集めればきっと、戦うべき敵に出会えます」
戦う場所は自ずと導かれるだろう。
不幸中の幸いだが、大元がクヴァリフであることで行方不明者はすぐには殺されずに生きている可能性が高い。
もし救出できるチャンスがあれば保護してほしいと願い、月那は話を終える。
「怪異のことを放ってはおけません……。皆さん、どうかよろしくお願いします」
そして、月那はそっと頭を下げた後、能力者たちを見送った。
●学内にて
此処はどこにでもある、ごく普通の高等学校。
学生たちの学び舎であり、あるものは友人と楽しく過ごし、あるものは勉学に励み、それぞれの部活動に打ち込む場所。
昨今はずっと休んでいる者が増えてきているが、まだ誰も異変に気が付いていない。
「なぁ、次の授業が自習になったってさ!」
「やった、ゆっくりしようぜ!」
「ねぇねぇ、その後のお昼って学食で食べる? どうする?」
「パン買って中庭に行こうよ! 今日はあの子が休んでて少し寂しいけど……」
学生たちは毎日を普通に過ごしており日々を生きている。だが、その中には怪異に仕組まれたことに引き寄せられてしまう者もいて――。
「そういやさ、あの『噂』知ってる?」
「なになに? 教えて!」
第1章 日常 『ちょっとした違和感』

目の前にあるのは美唄高等学校の校舎。
潜入作戦前の一服として作戦を立てつつ、紅憐覇・ミクウェル(Ashes to Ahses・h00995)は少しばかり考え倦ねていた。
「待て待て、いくら大丈夫だと分かっててもあたしババアだぞ?」
ミクウェルは改めて自分の容姿を確かめる。
相応に振る舞えば大抵のことは受け入れられる状況とはいえ、心の抵抗がまったくないかといえば嘘になってしまう。
「大学ならともかく高校の制服とか……」
「さすがに俺も高校生って年でもないですね」
同様のことを感じていたのは志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)だ。同じく潜入を試みる仲間だと知った二人は学舎を見つめた。
若者の中に普通に混ざるのも悪くはないのだが、戸惑いは消せない。
遙斗は学生としてよりも教師側として動くのがいいと判断しており、その旨を仲間にも伝えていた。
「では、この煙草を吸い終えたら決行です」
「そうだね、決まりだ」
遙斗の言葉に頷いたミクウェルはふと昔を思い返す。様々な事情や状況で学校というものに通えなかった過去を考えると興味はあった。しかし、それゆえに学生らしい振る舞いがわからないのも事実。
「どうすっかねえ、もういっそボケた振りでもして乗り込むか?」
「方法はお任せします」
仕事前の煙草を吸い終えたミクウェルは自分らしさを活かすことを決め、遙斗も吸い殻を片付けてから「行きましょう」と告げる。
そうして、能力者達は噂の真相を確かめるために校内に踏み入っていった。
やがて昼休みのチャイムが鳴り響いてから暫く。
「ハル……ハルはどこかの?」
「あれ? こんにちは、保護者の方ですか?」
ミクウェルが自分のAnkerであるハルファイラの名を呼びながら歩いていると、或る生徒が話しかけてきた。
真面目で優しそうな女生徒に目を向け、ミクウェルは首を傾げてみせる。
「孫がねえ、ここに通ってると聞いた気がするのだけど」
「お孫さんが?」
「おーい、委員長!」
「どうしたのー?」
すると別の生徒が二人やってきてミクウェルと女生徒の横についた。どうやら委員長と呼ばれた彼女の友達のようだ。
「ハルさん、それともハルくん? その子の苗字を教えてもらえますか?」
「……ド忘れしちゃったわ、おほほ」
「むむ、困ったね」
温厚な老人を装うミクウェルは穏やかに笑った。今回の目的はもちろん人探しではなく噂を聞くことであり、ミクウェルは本題に入っていく。
「何かお話聞ければ思い出すかもだけど」
「お話ですか?」
「そう。皆さんは学校、どう?」
噂はないか、と直接的に聞くよりもまずはこういった切り口からの方が自然と話を引き出しやすくなるだろう。そう考えたミクウェルは委員長達の返事を待つ。
「どうっていうと……みんな普通に楽しく仲良く過ごしてます!」
「はい、最近はちょっと休みがちな人も多いけど」
「風邪が流行ってるんじゃない?」
「そう。そう。それは心配だねえ」
生徒たちは無意識に行方不明事件のことについて語っているようだ。
この世界の怪異などへの認識具合が肝心なことを忘却させているようだが、皆なにかしらで居ない生徒を気にしているらしい。
その最中、ミクウェルはふと気が付く。
(……これ、最初からハルに頼めば良かった? 耄碌しすぎだろ、あたし……)
思わず肩を落としそうになったが、ミクウェルはすぐに顔を上げた。
何故なら、生徒の一人が「そういえば」と噂を話し出したからだ。
「ハルといえば、三組の晴海ちゃんってあの噂のことを気にしはじめてからずっと休み続けてるよね」
「あの教室のこと?」
「ああ、『開かずの教室』ねー」
「そうそう! あっ、ごめんねおばあちゃん。三組の晴海さんがお孫さんかな?」
「いいや、違うねえ」
ミクウェルは首を横に振りながらも、自分の作戦は成功だったと悟る。
――開かずの教室。
これは怪異絡みの噂の可能性が高い。
「じゃあ職員室で聞いたほうが良いかもしれないですね」
「皆で案内するよ!」
「おばあちゃんも風邪をひかないように気をつけてね。最近、寒いもん!」
「ありがとうねえ、気にかけてくれて」
生徒たちが自分を気遣ってくれていることに感謝を示し、ミクウェルはそっと笑ってみせた。収穫は十分。それに俄然、やる気も出てきた。
しかし、このままでは職員室で教師と人探しについても話さなくてはいけなくなる。
どうしようかと考えていたとき、廊下の向こう側から見知った人影が歩いてきた。
「あ、センセー」
「志藤先生だ!」
「あぁ、さっきぶり」
それはすでに現代文の教育実習生として学内に馴染んでいた遙斗だ。偶然にもこの生徒達のクラスの担当に割り振られており、顔見知りになっていたらしい。
生徒にとって、教育実習生は割と歳も近くて親しみやすく感じられるもの。それゆえに遙斗も砕けた口調で接している。
委員長達に軽く手を振りながら、遙斗はミクウェルに目配せを送る。
「その方は?」
「おばあちゃん、お孫さんを探してるみたいなんです」
「だったら俺が職員室まで連れて行くよ」
「はい、お願いします!」
「すまないねえ、よろしく頼むよ」
あえて遙斗がミクウェルのことを聞いたのも自分と合流させるためだ。そうしてミクウェルと遙斗はうまく女生徒達と別れ、経過報告をしあっていく。
「こっちは噂をひとつ仕入れた。そっちは?」
「こちらも先輩にあたる教師から生徒間で同じ噂が流行っていると聞きました。あとは別の生徒が三階の『あの教室』にはいきたくないと言ったのを耳にしています」
「なるほど、繋がってそうだなあ」
遙斗はせっかくこの学校に来たのだから、と生徒とのコミュニケーションになる話を求めて情報を追っていたようだ。話のネタになるようなことといえばやはり噂。
或る教室が鍵になっている。
まずはそのことについて留意しておくべきだと感じ、二人は頷きあった。
「こんなババアを気にかけてくれたガキ共だ、護ってやらねえとな」
「未来ある若者の道が閉ざされるのは放っておけませんね」
風邪をひかないように、と言ってくれた生徒を思い返したミクウェルは目を細める。遙斗も生徒達が囚われる未来は望んでいないとして、解決への思いを抱いた。
守るべきは当たり前の日常。
学校生活という、この世界ではごく普通のことが壊されかけているならば――怪異の企みを阻止するのが√能力者の役割なのだから。
「怪異とは気になりますにゃ。早速お助けするですにゃ!」
響いたのは強い気持ちに満ちた思い。
その声の主は、小さな制服に身を包むココ・ナッツ(猫ねこ子猫・h01906)だ。
ブレザータイプの制服は二足歩行の猫にぴったりになるよう作りなおされており、どこからどう見ても猫の学生に見える。
「着心地も悪くないですにゃ」
似合っているかも、と感じたココは隣を見上げた。
そこには同じく学校に入り込むために訪れた能力者、青沢・屏(人間(√EDEN)の霊能力者・h00946)と八卜・邏傳(ハトではない・h00142)が立っている。
「制服って、まぁワクワクするもんさな」
「どんな噂がどのように広がって影響しているのか、調べていきましょう」
「はいですにゃ!」
邏傳と屏もココと同様の制服を着用しており、ふたりともよく着こなしている。怪異の企みは必ず阻止するとして、三人は協力しあうことを決めた。
「遊びなんかじゃねぇって分かっちょんけど、それでもさ。このガッコの服洒落てんし、やる気出てくるってもんよ」
邏傳は上着の襟を直しつつ気合を入れていた。
この学校の校風は明るく、生徒達も制服を自由に楽しく着こなしている様子。それならば自分も倣おうと決めたのが邏傳の心持ちだ。
「にしても噂、なぁ。やっぱ手当たり次第に当たってくってのが手っ取り早いよな?」
邏傳がふたりに問いかけると、屏とココもそれがいいと同意した。
「そうですね、それでは放課後に集まりましょう」
「集合の時間は了解にゃ。いざ解散ですにゃー」
そうして、三人は一生徒として学内に潜入していく。
普通の授業時間、賑やかな休み時間。
一見すれば何ら変わりのない学校生活がここにあり、生徒達は何も知らずに日々を過ごしている。そんな彼らに不安を与えないように留意している屏は、適度な形で生徒に噂について尋ねていた。
「すみません、ちょっとお邪魔してもいいですか?」
「うん、どうしたのー?」
「私も最近、よく噂という言葉を耳にするので、少し気になってしまって……どんな噂なのか、教えてもらってもいいでしょうか?」
「いいよー!」
クラスメイトは話しかけてきた屏に快く応じてくれる。
こうやって最初に聞いた噂は、近所に新しい店が出来た、というもので外れだったが打ち解けるきっかけになった。
それに元から高校生であるため、屏は自然にクラスに馴染んでいるようだ。
「なぁ、青沢ってオカルトに興味あんの?」
「来たばかりだし、あの噂は知らないだろ」
「今、『噂』って――」
昼休みの雑談時間の中、さっそく男子生徒が屏に話をしてくれた。噂を気にしていたのでオカルト好きかと思われたようだが、特に妙な疑問は抱かれていないらしい。
その噂が何なのか問うと、男子生徒が楽しげに話しはじめた。
「がしゃがしゃ教室の話!」
「教室? それにがしゃがしゃ、とは……?」
「誰も使ってない教室なのにたまに変な音が鳴ってるらしいぜ」
「俺達さ、その噂を調べて突き止めてやろうと思っててさ!」
「それは……」
屏はわずかに眉をひそめた。
この学校には怪異が潜んでいる。噂を気にしたり、検証或いは追及することに興味を持つ生徒が被害に遇う可能性が高い。
次の被害者になる可能性があるならば、それを止めておくのも役目だろう。
「そういえば、入ってはいけないところに入った生徒が先生に叱られているのを見ました。その教室のことでは?」
「ほんとかよ」
「やべー、話が広まって先生が厳しくなってんだな」
「もし捕まって補習とか言われたらどうする?」
「怒られるくらいなら帰りにゲーセン寄って帰るほうがマシ!」
「じゃあ青沢もあそこには近付くなよ。三階の一番端っこだからな」
「はい、ありがとうございます」
屏がとっさに語った架空の話によって、男子生徒達が噂の教室にいくことは阻止されたうえに件の教室の場所も判明した。
こうして屏によって密かに生徒の被害が減り、日常を守る礎となっていく。
同じく昼休みの最中。
「授業聞いてるだけやったのに、腹は減るもんやなぁ」
学食にて、邏傳は周囲を見渡していた。構内には美味しくて安い定食メニューを食べに訪れる生徒や、購買にパンや飲み物を買い求めに来ている者でいっぱいだ。
よし、と声にして笑みを浮かべた邏傳は手近な生徒の近くに歩み寄っていく。
「なぁちょっといい? オススメ学食メニューってあるん?」
「あー、オレ日替わりしか食わねーんだよな。だっていつも美味いもん」
「俺としては野菜カレーがオススメ!」
「親子丼もうめーよ、食ってみろよ八卜」
「つーか、やつうらて呼びにくくねえ? ハトちゃんって呼んでいい?」
「それいいな。嫌がっても呼ぶぞ、可愛いからな!」
邏傳が問いかけた男子学生の一団はクラスメイト達。次々と返答してくれる彼らは学校生活を楽しんでいるようだ。なかでも木曜日にしか出ないロースカツ丼が絶品らしく、邏傳は大いに期待を抱いた。
「よーし、今の内にこのガッコの食堂メニュー全制覇しちゃる」
「その調子だぜ、ハトちゃん!」
邏傳は学生達に馴染んでおり、潜入中の目標も設定した。もちろん目的を見失っているわけではない。こうして食事をする時が一番会話が弾むからだ。
それに昼の時間であればクラス以外の生徒や、実は密かに学校内情に詳しい食堂のおばちゃんとの交流もできる。
そういった楽しみを交えた情報収集の最中、邏傳は気になる話を聞いた。
「おばちゃん、今日はカレーで!」
「はいよ、お待ち! そういえば、邏傳ちゃん……あんた怖い話は平気?」
「ん? まぁちょっとは」
「なら聞いて欲しいのよ。アタシ、この前に食堂の控室にサイフを忘れて夜の学校に入れてもらったことがあってねぇ。そのときに人影が消えるのを見たのよ」
「……え?」
「食堂の廊下の窓から見える三階の窓に誰か……制服を着た子が立っててね――」
曰く、中から窓を開けようとしたらしい少女が倒れるように消えた。
それ以降は何も見えず聞こえず、おばちゃんは自分の見間違いだったと言い聞かせていたのだが後から怖くなったらしい。
「幽霊かもしれないって思って怖いのよ~」
「そっか。聞かせてくれてありがとなぁ、おばちゃん」
なるほど、と邏傳は頷く。
この世界の仕組み、異変を忘却するか都合よく改変してしまう作りのせいで幽霊話だと変換されているのだろうが、その出来事は紛れもなく怪異の仕業だ。
「つまりそれは、怪異に引きずり込まれた生徒の最後の姿ってことやろうて」
一方、その頃。
「噂の聞き込みをするとなると、そうにゃ!」
ココは実際に歩き回ってみることで学内の構造や教室の位置を調べていた。
その際にふと思い立ち、情報収集先を絞ってみることにする。
「こういう時は三年生がよく知ってると思いますにゃ。だから三年生を探すにゃ」
入学したばかりの一年生よりも、最高学年の方が学校のことを知っている。最近に流れはじめた噂だとしても何かしらの変化を感じられるのも三年生だろう。
三年の教室があるのは三階。
階段を一段ずつ懸命に登っていったココは、三年生のリボンをした女生徒達を見つけて近付いていく。
「それでね、ずっと欲しかったコスメセットをね――」
「へー、それいいね!」
何やら楽しそうに集まっている生徒達の前に行き、ココはきょとりと首を傾げる。
「つかぬことをお伺いするにゃ」
「うん?」
「どうしたの、何かあった?」
女生徒達はココを新入生だと感じたらしく、快い返答をくれた。
ココはちゃんとした前置きをいれつつ、行方不明事件や怪異についての聞き込みを行っていく。何も知らない生徒もいたが、情報は数ともいうし聞き込みは足で得るものだとココは知っている。
知らなければまた次へ、何かのヒントがあればそれを交えて次へ、と聞いて回った。
ココの情報収集には駆け引きも何もない。何故ならば愛らしくて素直な子猫であるから。直球の体当たりはやがて功を奏していった。
「奥の教室の噂にゃ?」
「そう、あの廊下の端はわかる? 『開かずの教室』に入れそうなんだって言った子達がずっと休んでるの」
「なるほどですにゃ」
「あんなにわくわくしてたのに酷い風邪でずっと来れないなんてね」
「早く治ってほしいね、晴海さんと三守くん」
三年の生徒の話によると、男女二人が休み――もとい行方不明になっているようだ。生徒はただの休みだと感じているが、能力者としての勘がそうではないと告げている。
(……風邪じゃないにゃ、絶対に怪異絡みにゃ)
ココは確信を抱き、正しい噂に辿り着いたことを実感していた。
そして、ココと邏傳と屏は約束通り、放課後に集った。
「――というわけですにゃ」
「こっちも似たような話を聞けたから、十中八九それなんよ」
「それが『がしゃがしゃ教室』というわけですね」
噂になっているのは、開かずの部屋の話。
それは三階の廊下の一番奥、片隅にひっそりとあること。
夜の学校で窓辺に見えた影が倒れるように消えた、という目撃がある。
「で、何が『がしゃがしゃ』の正体なんやろな?」
「それも探しにいきますにゃ!」
「そうしましょうか」
情報を整理し終えた能力者は自分達が徐々に真相に近付いていることを確かめ、行方不明事件の解決を目指してゆく。
千代見・真護(ひなたの少年・h00477)は現役の小学一年生。
しかし、任務のため今だけは高校生だ。
「学生っていうなら一緒だし、高校生のおにいもいるし、大丈夫」
雰囲気で話すならどーんとお任せ。
そんな風に胸を張って美唄高等学校に訪れた真護だったが――彼は今、とても困っていた。潜入捜査としての役割は十分に果たせており、誰も真護を疑っていない。
しかし、細かな部分が小学一年生としての少年を戸惑わせていた。
たとえば裾を捲って着ているブレザー制服。
足が届かない高さの椅子と机。そして、何よりも難しいのが授業内容だ。
まずは一限目。
「国語? ああ国語ね」
最初こそどやっとしていた真護だが、難しい漢字には懸命に平仮名を振っていた。
次は二限目の数学。
それもⅡという数字がついているものだ。
国語のようにそれなりにやれると思っていた真護だったが、すでにパニック状態。
「数学? えっ? ああ、うん、えぇぇ……算数はどこからジョブチェンジしたのさ?」
格好いい数字がついている謎。
突然に出てきた公式という難解そうな存在。他の授業も社会だったものが名前を変えて登場しており、理科などは更に細分化していた。
「次の内容は……三国志、ね。国が三つあるヤツでしょ」
真護はもはやパニックを超えて笑顔で適当に答えている様子。やっとのことで授業を終えた少年は疲れ果てていた。
「ふぇぇ、これがまだ見ぬ大人の世界ってやつなんだね……」
「ねぇ、大丈夫だった?」
「ありがとう。なんとか……」
しかし、真護の慣れない様子を気にした女生徒が話しかけてくれた。
礼を告げて気をとりなおした真護は噂話を聞くために動いていく。気付けば数人の女生徒が真護の机を囲んでおり、日常的な会話に混ぜてくれていた。
男子で本来は小学生でもあるが、真護は流行知識を活かして会話に乗っていく。
「そのアクセサリーって女の子の間で流行ってるの?」
「そう、女の子ってかうちらの間でだよ」
「なるほどー」
「ねぇ、千代見くんは好きな人っている?」
「えっと、それは……」
不意に恋バナになりかけたことで真護は俯いた。耳まで真っ赤になった真護が可愛らしいと感じたのか女生徒達は微笑ましそうに笑っている。
はっとして顔を上げた真護は頬を押さえながら、話題を変えてみた。
「それより学校であるあるな噂話を教えほしいな?」
「あるあるかぁ」
「三守先輩って人がいるんだけど、空き教室の鍵を隠してたらしいんだよねー」
「教室ってあの部屋?」
「鍵と部屋?」
もっと教えて、と真護が願ったことで女生徒達は噂の全容を話していった。だが、いつの間にか話は元の恋バナに戻ってしまう。
「さっきの反応だったらやっぱり好きぴがいる系?」
「ふぇ……むりめー」
「あ、いっちゃった! 千代見くーん、ごめんねー!」
その話はごめんね、と語って再び真っ赤になった真護は立ち上がり、あまりの恥ずかしさにダッシュで走り去ってしまう。
だが、真護にとって好都合でもある。何故なら今しがた聞いたばかりの噂の話を他の能力者に伝える機会にもなっていくからだ。
同時刻、別の教室にて。
白皇・奏(運命は狂いゆく・h00125)は手鏡で自分の装いを確かめていた。
奏でもまた、小学生男子なのだが今は女子用の制服を着ている。普段から身長以外は大人っぽい女の子のようにも見えると言われており、こうして制服を着てしまえば違和感も完全に拭い去れるからだ。
そもそもジェンダーレスが進む世の中、どの制服を着ようと自由。それが似合うのならば問題などひとつもない。
というわけで、奏は転校生としてこの場に潜入している。
(良かった、皆も普通だ)
賑わう教室の中、奏はひそかに安堵していた。
何故なら、人間災厄【ファム・ファタール】の権能で√能力者以外に被害が出てしまうおそれがあったからだ。事前に権能を抑える道具をもらってきたため、ちゃんと効果が出ていることが嬉しかった。
何の罪もない学生達を破滅させてしまっては本末転倒。
簒奪者と戦うために許された自由の最中、人々を救うことが奏のすべきこと。その中でもこうやって普通の光景が見られることは奏にとっては特別だった。
「やっと休み時間だー!」
「さっきすっごく眠そうだったけど、昨日夜更かしした?」
「そうなの、漫画が面白くってさ」
「どんな話?」
そんなやりとりをしている生徒の話を聞くだけでも楽しい。もちろん会話の中に『噂』が紛れていないか探し、聞き込みをするのが奏の目的だ。
「えぇと、今まで聞いたのは――」
奏はこれまでに教室の隅や廊下で偶然に耳に入った話や、直接的に自分が聞いた話をいくつか思い出してみる。
まずは学食の裏メニューの噂。これは真実だが怪異関係ではない。
次にとある教師同士が恋愛関係になっていること。そのまた次は学食のおばちゃんが妙に情報通だということ。これもまた違う。
そうして、奏は噂に詳しい女子生徒を見つけ出すことに成功した。
「よかったら教えてくれるか?」
「はい、良いですよ。私が聞いたのはですねー!」
お喋りな女子生徒曰く、噂はこうだ。
場所は三階の何処かにある扉。
扉を開けると異世界に連れて行かれてしまうという。
「そこで試練をクリアできれば願いを叶えてもらえる……ということです。試練の最中に殺されてしまう可能性もあるから気をつけて、というのが今の最新の噂ですね」
「最新?」
だが、奏はふと違和感を覚えた。
最新があるということはそれよりも古い噂があるはずだ。とても不思議な噂であるために疑問も浮かんでくる。それから女生徒と別れた奏は推理していく。
噂には多少の尾びれがつくもの。
だが、噂の本質そのものは嘘ではない。つまり今しがた聞いた噂の中にこそ真実が隠れていると見て良さそうだ。
「異世界だとか願いだとか。そういうのは怪異の仕業だよな、間違いなく……!」
潜入している仲間とも情報共有しようと決め、奏は歩き出した。
授業が終わり、部活動が始まる時刻。
皆が思い思いの時間を過ごし、それぞれの目標に向かって頑張っている中。
花篝・桜良(天使嗓音・h01208)は体育館のステージに立っていた。その格好は赤と茶のアーガイルチェック柄が可愛らしい、この学校の制服姿だ。
そこに少しだけお洒落が加えられている。手首には可愛いシュシュがつけられ、髪もちょっと特別。白苺の髪は普段通りに二つに結ったままだが、可愛らしい編み込みでアレンジされていた。
「え、えと、まって、まって」
「大丈夫! 今日はリハーサルだし失敗してもいいの」
「でも、その」
「むしろ失敗しちゃった方が次に活かせるわ。もちろん成功しても万々歳!」
桜良を可愛く着飾らせ、これから始まることに期待している生徒は軽音部に所属している少女達。何故か、否、運命的に桜良の才能をみつけた女生徒が、こうしてライブリハーサルの助っ人してここに連れてきたわけだ。
「ほんとに大丈夫そう……?」
「問題なし!」
「もうすぐ本番だよ、準備はいい?」
「う、うん……!」
少女達の勢いに押された桜良はマイクを握り、ステージから見える景色を見つめた。そこには軽音部の活動を聞いて見に来た生徒達が集まっている。
(情報収集にきたのにいいのかな。でも、はわ……。あ、いいこと考えちゃった)
今は皆、演奏と歌唱を楽しみにしている様子。
それに人を集めれば自然に噂も集まっていくというもの。桜良てんさい、と人知れず思いを抱いた桜良は笑顔に鳴った。
巻き込まれ体質はいつもどおり。それにこの声が有効期限付きの歌声だとしても、今という時を彩るためのものになっていく。
「よぉし、ライブいっくよ~」
――|友愛和音《キョウメイ》、開始。
響き渡る歌声はステージから皆に届いていき、不可視の心蝶が現れはじめる。生徒達も桜良の歌に聞き惚れており、コールとレスポンスまで起こっていく。
こうすればあとは簡単。
集まった生徒につけられた心蝶の効果で皆が情報をもってきてくれるはずだ。
そうして放課後だけの特別なライブは終わりを迎える。
「ふふーん、褒められちゃうなぁ」
きっと桜良は大活躍。そう確信したことで笑みが咲き、桜良は上機嫌になった。
其処から手に入れた噂はふたつ。
ひとつめは『こんなに素敵な歌だったから、桜良ちゃんを眼々様が見ていたはず』。
ふたつめは『誰もいないのにガシャガシャと音がする教室がある』というもの。
桜良は首を傾げつつ、どちらも本当に巡っている噂だと判断した。
「眼々様って妖怪? それに教室の噂も気になるなぁ」
何にせよ他の仲間が集めた噂と総合してみる必要があるだろう。桜良は有力な情報を手に入れたと感じながら、能力者達の元へ向かっていった。
真護に奏、桜良。
噂へのアプローチはそれぞれだが、皆が良い情報を集められている。
噂の真相との遭遇まで――あと、少し。
冬の風が吹き抜け、校舎の合間を駆け抜けていく。
頬をくすぐった風は冷たかったが、夢野・きらら(獣妖「紙魚」の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h00004)は気にせずにその場でくるりと回ってみる。
「へえ、ここの制服はオシャレだね」
ふんわりと揺れたスカートはアーガイルチェック柄。
リボンも学年ごとに違っており、基本の色を邪魔しないカラーリングになっている。いい感じ、と言葉にしたきららは改めて学内を見渡す。
「学生らしく振る舞えばいいって言われたけどうまくできるかな?」
きらら本人としては自信がないが、だからといって怪異の企みや行動を放っておくわけにはいかない。行方不明者がいる以上、解決したいと願うのは香住・花鳥(夕暮アストラル・h00644)も同じだ。
「学校での事件と聞いたら見過ごせないよね」
花鳥もまた制服姿で訪れており、転校生として過ごす予定らしい。
共通の目的を持つ能力者仲間がいれば心強い。そう感じた花鳥ときららは、偶然にも同じクラスに振り分けられていた。
きららは他の学生を見様見真似で行動すればいいだろうとして意気込み、花鳥も気合をいれていき――そうして、潜入捜査がはじまる。
授業を受け、休み時間を過ごし、昼食を食べてまた授業。
なかには退屈だと感じる生徒もいるだろうが、これらが平穏な学校生活だ。
(ここでは此の範囲まで進んでるだなぁ)
花鳥は授業内容を眺め、ぼんやりとそんなことを考えていた。
きららは特に国語の物語の読み解きに興味を示し、真面目に授業を受けている。
「ん……次は昼休みだね」
それまで机にひらいていたノートを閉じ、きららは立ち上がる。花鳥に手を振れば彼女は笑み、一緒に食堂で過ごすことも多かった。
少し気になっていた学食のメニューを食べる目的も果たせており、日常は穏やかだった。そんな彼女達が昼のあとに取っていた行動は、図書室へいくこと。
噂の収集を行うのにもいい場所であると考えたことに加え、個人的に図書室にどんな本があるのか気になったからだ。
不審な行動をするよりも、自分の好みで動いたほうが違和感なども生まれにくい。
それに休み時間にも図書室に来るような生徒。そういった者は、きっと。
「知りたがり屋さんが多そうだよね」
「『あの噂』のことをよく話してたのも、図書室通いの子だったからね」
きららはそのように考えており、花鳥も同意していた。
花鳥は前にいた学校の話やこの学校の話をすることで女生徒と打ち解けることに成功している。もしかしたらすぐに大きなアタリを引けるかも、ときららは期待していた。
そして、その予想は本人達の想像以上の出会いをもたらしていた。
それは――。
「ねえ、あの教室の鍵が手に入ったの?」
「はいっ!」
「わ、大きい声はだめだよ。史緒里ちゃん」
「ごめんなさい……でも、兄さんが鍵を隠した場所がやっとわかって嬉しくて」
きららが鍵について問いかけ、花鳥が大きな声を窘めた相手。
それは三守・史緒里という一年生の少女だ。少し前に図書室で知り合いになった彼女には三年の兄がいるらしい。
史緒里から聞いたのは、開かずの間になっている『がしゃがしゃ教室』の話。
普段は施錠されているが、「その鍵とスペアをそれぞれ手に入れたから探検してくる。スペアの鍵は後輩の肝試し用に隠しておく」と言っていた次の日に、兄は行方不明になっていたのだという。学内の者は行方不明者が休んでいると思い込んでいるが、肉親である者はそうはいかない。
史緒里は感覚的に、兄が何かの事件に巻き込まれたのだと悟っているようだ。
それゆえに何かを調べている様子のきららと花鳥に兄の捜索を願った。
「お願いします、私はどうしても怖くて行けなくて……」
「大丈夫、ちゃんと見てくるから」
きららは心配そうな史緒里の瞳を見つめ、しっかりと頷いてみせる。
これだけの情報と状況が揃っていれば怪異関係で間違いないだろう。
「みんなで楽しく過ごしていられるのが学校生活だと思うから。史緒里ちゃんのお兄さんが早く戻れるようにしなくっちゃね」
もちろん、他の行方不明の人も。そう語った花鳥も救出への思いを抱いた。
そんな最中、更に確かな情報を集めている能力者もいた。
ここにあるのは平穏そのもの。
学校生活の様子、そしてどこにでもいるインビジブルを見つめながら、アレクシア・ディマンシュ(ウタウタイの令嬢・h01070)はそっと呟く。
「……ここが楽園と言うのには異論が無いですわね」
この学校の制服に着替えて登校してきたアレクシアは今、√EDENの世界の在り方を改めて実感していた。
今回のアレクシアの立場は短期の交換留学生。
普通の転校生とは違って、いつかは帰ってしまうことがわかっているクラスメイトというのは特別な感覚がするものだ。
アレクシアは定番の「どこから来たの?」や「好きなものを教えて!」という生徒達からの質問に快く応え、クラスにうまく馴染んでいた。
選んだ部活動は合唱部。
放課後に集って皆で歌えば、アレクシアの歌声を皆が称賛して喜んだ。最初こそ部員達はあまりに上手い新入部員が来たことに驚き、緊張していたが――。
「アレクシアさん、今日もお話できる?」
「わたしも!」
「まぁ、皆さん抜け駆けは許しませんよ」
部活の後、アレクシアと話す時間を皆が楽しみにしていた。それぞれに持ち寄った飲み物を嗜みながら行う歓談はとても穏やかだ。
日常のこと、学校の授業のこと、個人の悩みのこと。普通の学生と話すひとときはアレクシアにとっても悪いものではなかった。
そして、歓談はやがて噂のことへと移行していった。
何気ない会話が終わったふとした時、アレクシアは部員達に問いかけてみた。
「何でもこの学校は色んな噂があると聞きますわ」
「あら、アレクシアさんも興味があるのかしら」
「アレクシアさんに教えてしまうの? あの噂は怖くていやだよ」
「私もよ。だってずっと『見られている』のよね?」
「そっち? てっきり教室の方かと思ったわ」
「見られて……? そのお話、是非ともわたくしに教えて下さいな」
そういって声の異能も活用していったアレクシアは、彼女達が少しだけ自分との距離感を縮めて心を開くように働きかけた。
そこから聞けた噂は『眼々様』と呼ばれる目玉の化け物を見た生徒がいたこと。
だが、それよりも今は『がしゃがしゃ教室』という噂の方が出回っている。何でも誰もいないはずの空き教室から激しい音がするというのだ。
「なるほど、わかりましたわ」
噂の根源は二つある。
そして、おそらくどちらも本当の怪異から来ているのだと予想できた。
「……仔産みの女神クヴァリフ、慈母神の性質も兼ね備えた存在。つまりは、そこから噂の情報を加味していけば――」
次の動きについて思考を巡らせたアレクシアは窓辺から空を見上げた。
こうして花鳥ときららは開かずの教室の鍵を手に入れ、アレクシアはこの学内の状況を整理して推察するための情報を集めた。他の能力者の集めた話なども共有され、いよいよ怪異に迫るときが来た。
夕暮れは近く、やがては夜が巡る。
深くて暗い時刻が訪れれば、きっと――次に訪れるのは戦いの時間だ。
第2章 集団戦 『ポルターガイスト現象』

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▼美唄高等学校の噂:調査結果
[怪異Case:A]
・学校内呼称『眼々様』
・目玉の化け物を見た生徒がいたとの噂あり
・ずっと見られている、見ているというワードのみ獲得
・遭遇方法の情報:なし
[怪異Case:B]
・学校内呼称『がしゃがしゃ教室』
・開かずの間と化している三階の教室より、ときおり何かが激しく動く音がする
・夜に生徒が該当教室に入っていた目撃証言あり
・教室の鍵を入手済み
・遭遇方法の情報:「教室」「三階」「夜」「鍵」より推察
おそらく深夜の教室内への侵入がトリガー
▼|星の導き《行動選択》
👾[怪異Case:B]への接触
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●『ポルターガイスト』
時刻は真夜中。
ここは校舎の三階の奥にある、空き教室。
学内への潜入捜査で噂を集めた能力者達は、すべての情報を総合することでこの時間と場所が怪異への入口だと判断した。
代表者が鍵を差し込み、扉を慎重に開けていく。そして、そこにあったのは――。
「……!」
それを最初に見た者は驚きの声をあげた。
なぜなら教室内には檻のように折り重なった学校机や椅子があり、その中に生徒らしき男女二人が囚われていたからだ。集めた情報の中にあった行方不明の人物、『三守』と『晴海』という生徒だろう。
彼らは眠らされているのか、気を失っている状態だ。
おそらく此度の黒幕である仔産みの女神『クヴァリフ』の仔にされかけているのだ。すぐに駆け寄って机を退かしたいが、能力者達は悟っていた。
この学校机と椅子そのものこそ、悪しきインビジブルが宿った敵であることを。
予想通り、次第にがしゃがしゃと耳障りな音が響きはじめた。
その様子はまさにポルターガイスト。
生徒二人を助けるにはまず、襲いかかってくるポルターガイスト現象を蹴散らすことが必要だ。机と椅子は『仔』候補である人間を守っているので、あえて生徒を狙いさえしなければ余波で傷つけてしまうことはないだろう。
ポルターガイスト現象をうまく鎮めた後、教室の外に出してやれば助けられるはずだ。その後に仔産みの女神『クヴァリフ』が現れることも星詠みが予知しているため、連戦になる覚悟もしておいたほうが良い。
そして、ポルターガイストと化したインビジブルが襲い来た。
それらにどう対処していくかは、ここに集った者の行動と選択に委ねられる。
🌟 🌟 🌟 🌟 🌟 🌟 🌟 🌟
願いを託されて受け取った鍵。
怪異の扉を開くため、それを使ったのは香住・花鳥(夕暮アストラル・h00644)。
彼女の後ろからひょこっと顔を出し、ココ・ナッツ(猫ねこ子猫・h01906)は中の様子を窺っていった。
「あれにゃ!」
その瞳に映ったのは物々しい雰囲気を醸し出す数々の机と椅子。
あの中に生徒が囚われているはずだ。
「――最優先は行方不明者の確保」
各自装備の点検等は念入りにお願いします、と告げた志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)は一気に教室に踏み入っていた。
伝えた言葉は自分にも言い聞かせるためのもの。
それによって気合いを入れた遙斗は銃を抜き、敵に向かって言葉を放っていく。
「警察だ! 無駄な抵抗は……って、言っても無駄ですね」
何せ相手はポルターガイスト。
悪しきインビジブルなのだから、こちらの言うことを聞くはずがない。銃爪に指をかけた遙斗は戦闘態勢に入りつつ、紅憐覇・ミクウェル(Ashes to Ahses・h00995)と共に行方不明者の状況確認を行っていく。
「見つけた」
ミクウェルの視線の先には気を失っている生徒達の姿がある。
「小僧のほうが三守くんで、小娘のほうが晴海ちゃんか。待たせたな、ガキども」
助けに来たぜ、と言っても彼女らには聞こえないだろう。それゆえに返事は求めていなかったが、ミクウェルと花鳥の耳に小さな声が届く。
「ん……」
「史緒里ちゃんのお兄さん……! とと、焦っちゃいけないね」
「反応があったな。眠らされている以外は無事みたいだ」
ミクウェルはほっと胸を撫で下ろした。
夢野・きらら(獣妖「紙魚」の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h00004)も生徒達の様子を確かめていき、安堵の言葉を紡いだ。
「そうみたい。仔産みの女神『クヴァリフ』が今回の親玉で良かったよ」
何故なら、机と椅子は『仔』候補を守り抜く。
今も檻のような形になって生徒を包み込んでいるので、そこだけは安心していいときららは判断した。
「史緒里ちゃんのお兄さんと、晴海さんを人質に取るような心配はないね」
二人を教室の外へ連れ出す前に怪異現象を収めることが先決。
「でもここは私たちの力で何とかしないとダメそうだね。二人をクヴァリフの仔になんてさせたりしないよ、絶対に」
きららに頷いた花鳥は護霊符を握りしめ、精神を集中させていく。
その際、きららは自分の能力について考えた。
(けれどちょっと困ったね)
今の自分が扱えるのはどれもこれも大雑把なものばかり。使えそうな力といえば、足を止める必要のある|魔術焔《ウィザード・フレイム》だけだ。
「すまないが敵を――」
引き付けてくれるか、と仲間に願おうとしたきららだったが、そこに威勢の良いミクウェルの声が響いた。
「いずれ忘れるにしても怖いものなんざ目にしねえのが一番だからな。ガキどもが目を覚ましちまう前に、ポルターガイストをぶっ飛ばすぞ、てめえら!」
――ブラスターキャノン・フルバースト。
文字通りの大掃除をすると宣言したミクウェルの勢いは心強い。
それに加えて遙斗が学校机に銃口を向けてトリガーを引いた。仲間がいれば問題ないと感じたきららもまた、自らの力を紡いでいく。
「やろうか」
「はい、手は抜きません」
「徹底的にやるにゃ」
遙斗は返事と共に銃声を響かせ、ココは百錬自得拳を繰り出す。それによってポルターガイストが貫かれていき、足を撃ち抜かれた個体が床に落ちる。
だが、すぐに別の机や椅子が迫ってきた。
刀を抜き放った遙斗は接近する椅子に刃を向ける。状況によって武器を使い分けながら、遙斗は√能力を織り交ぜていた。
「動くな!」
人型相手ではなくとも威嚇射撃は通用する。視界内の対象を麻痺させ続けていく遙斗の行動は味方の攻撃や回避のサポートとなっていった。
ミクウェルは一気に敵を蹴散らしていたが、その中の一体が厄介な動きをする。敵は最も殺傷力のある物体に取り憑く力を持っていたのだ。
「一基で手堅く狙い撃ってくぞ! っと……くそが、取り憑いてんじゃねえよ!」
即ち、ミクウェルのキャノンこそが狙いだった。
途端に霊障が襲ってきたが、ミクウェルは動揺などしていない。
「身体能力なんざ腰と一緒に死んでるんだよ、ぼけえ! 元からババアが機敏に回避できると思うな!」
つまりは霊障などノーダメージと同然。それにダメージ効率はこちらが上だとして、ミクウェルは一気に敵群を押し切りに入った。
そのとき、きららはポルターガイストから何かの波動を感じる。
『――やっと破壊できる。もっともっと破壊したい』
それは机に宿った悪しき感情のあらわれなのだろう。これまでの状況に応じた攻撃と反射だけではない、目晦ましにもなる一撃が必要だときららは察した。
「だったら、破壊されてみるのはどうかな」
生徒を巻き込まないよう気をつけながら、きららは詠唱を重ねる。
炎は現象を貫き、それらが取り憑いていた机は乾いた音を立てて床に落ちた。
「護霊の力を此処に」
更に花鳥が力を巡らせていく。
召喚した護霊に攻撃を願った花鳥は、辺りの様子を見渡してみた。最初は自分に向かってくる机と椅子、次は仲間の死角を突こうとしている敵を狙う。
「そういえば、インビジブルを倒したあとも教室の机と椅子は残ったままかな……」
「多分な。ポルターガイストが操るのはその辺の物品ってのが定石だ」
花鳥が疑問を落とすと、ミクウェルが応えた。
「それならあとで二人を連れ出す時に崩れないようにしないと」
懸念はしているが、花鳥は大きな心配などしていなかった。何故ならここには生徒を救いたいと願って集った能力者がいる。
倒すのが得意なひと、守るのが得意なひと。考えを巡らせるひと。
頼もしい仲間がたくさんいるのだから、花鳥は此の身で出来る精一杯を頑張るだけ。そんな思いに呼応するように動いているのはココだ。
ココは拳で以てポルターガイスト現象を穿っていた。
一度、敵と見做したならば容赦はしない。子猫なりの矜持を抱いたココは持ち前の身のこなしを活かしながら、教室の奥まで距離を詰めていく。
遙斗が言っていた通りに最優先は生徒の救出。
「早く出してあげたいにゃ。でもここら自体が敵なのにゃら、囲んでる檻を壊さないといけないにゃね」
先ずは確認の一撃を。
ココは仲間が敵を蹴散らしてくれている間に、机の檻を壊しても大丈夫か試した。
檻を殴っても無反応だった場合は壊れるまで殴る。
殴ったことで反撃が返ってきたならば、ポルターガイスト現象の中心となっているものを攻撃しに向かう心持ちだった。
「にゃ! これは後回しにゃけど急ぎたいにゃ」
結果は後者。素早く身を引いたココは判断を下し、仲間達の攻撃に加わっていく。
こうみえて猫は割とせっかち。当てずっぽうで動いたとしても、今は能力者達が集っているので自由に動いて大丈夫だろう。
ここからも攻防は続く。
怪異との戦いにおける勝利を得る、そのときまで。
「三守先輩と晴海先輩を離して」
飛びまわるポルターガイストを前にして、千代見・真護(ひなたの少年・h00477)は強い口調で言い放つ。
仲間達と共に突入した空き教室内。その奥には檻のように重なった机と椅子があり、内部に気を失った生徒達が囚われている。学内では休みだとしか認識されておらずとも、かれらの家族は行方不明になったことがわかっている状態だろう。
「お父さんやお母さんも帰ってくるの待ってると思うし、みんな心配してるんだから、そんなことしちゃだめだ!」
真護は自分の思いを懸命に語り、能力を巡らせていく。
√能力――|武装化記憶《サイコメトリック・ジオキシス》。働きかけたのはこの教室にもある黒板。それを通じて高校そのものに呼びかける狙いだ。
「美唄高校さん、聞いて。あなたの教室やここのみんなが危ないんだ。どうか守る力を貸して欲しいの」
飛び交う机だって、あの椅子だって学校生活の一部。
ポルターガイスト現象がそれを操っているのならば、学校そのものだって被害者であると定義できるはずだ。
「ぼく、ちゃんと机とか並べて、教室を綺麗にするからお願い」
真護はまだ小学生だ。
しかし、高校でも中学でも小学校でも学生が通うところであることは同じ。学校生活を大切にする気持ちには違いはなく、誰かを助けたい思いだって一緒だ。
すると、真護は一瞬だけ過去の校長らしき人物の姿を見た。
「わかった、これで戦うね」
それが過去の所有者扱いになったのだろう。学校を壊す相手が因縁になる解釈され、サイコメトリック・オーラソードが真護の手元に現れた。
その交渉の間、真護を守っていたのは白皇・奏(運命は狂いゆく・h00125)だ。
仲間が学校そのものの力を借りたいのだと気付いていた奏は、ポルターガイストと戦い続けていた。
昼間と違って女子制服から着替えており、いつもの装いに戻っている。
「学校生活はさすがにドキドキしたけど、今は真剣だよ」
相手はポルターガイストで攻撃してくる怪異。
それらは侵入者を排除するべく激しい攻撃をしてきた。その中でも敵が取ったのは教室内で傷能力が一番高いものを操る力。即ち、比較的鋭利な部分がある机だ。
「やっぱり! 空き教室にあるものってこれだもんね」
机に加えて椅子が次々に降ってきていた。
奏は動きを予想しながら攻撃に対処していこうと思っていたが、次の瞬間。
「痛い!」
攻撃を受ければ状態異常まで与えられるうえに普通に激痛だ。器用に避け続けられるような運動能力はないと自覚しているので√能力に頼るほかない。
「頼む、護霊――ルナイーリス!」
月虹の浄化時間を発動させた奏は真っ直ぐに前を見据えた。
そこには月明かりのような光と虹色の体毛を持つ、神秘の護霊が出てくる。鳳めいた姿の|護霊《ルナイーリス》は力を巡らせ、月光閃が解き放たれた。
そのまま机や椅子を攻撃していけば、ポルターガイストという現象そのものを破壊していけるだろう。
そのとき、奏はふと思い立つ。
「どこかに本体か居るはずだけど、まだ分からないな……」
奏の考えの根本は的確だった。
されど推察する材料が足りないとも察しているので、今はただ攻撃を行うのみ。浮かせられるものがなくなるまでルナイーリスに力を注ぎ続けることを決め、奏は果敢に戦い続けた。
同じくして、アレクシア・ディマンシュ(ウタウタイの令嬢・h01070)もポルターガイスト現象へ対抗していた。
「わたくしの√能力……存分に聴いていただきましょうか」
それは、世界を変える歌。
――|聖歌絶唱・万象を変転させ給え我が歌よ《オラシオン・レゾナンス・オブ・リアリティ》。
世界を変えなさい、我が歌よ。
我が歌声は人々を震わせ、精神を震わせ、世界を震わせ、現実を震わせる。
アレクシアがそう紡いだ刹那、ポルターガイストが起きている地点の中心が割り出される。それと同時に現実改変の力が響き渡っていった。
|世界《√》の現実を改竄する歌唱は周囲に広がり続ける。
これこそが人間災厄であるウタウタイの力。
「――その生徒二人は、傷つけさせません」
元よりアレクシアは√汎神解剖機関にて歌手活動を行っている。無機物でさえ魅了してしまうのがアレクシアだ。その歌声は次第に強くなっていき、現実改変を更に促進するものとなった。
この勢いを削がれなければポルターガイストは次第に鎮静化するだろう。
勝機を感じ取ったアレクシアは凛と語る。
「クヴァリフとの戦いに備えるためにも、誰にも大事があってはありませんもの」
「こんなポルターガイスト現象なんて蹴散らして、とにかく先輩達を助けるんだ」
「まだまだいくよ!」
アレクシアが先を見据えた発言をしたことで、真護と奏も意思を固めた。
救出までもう少し。
能力者達の力はそれぞれに迸り、勝利への道筋を描いてゆく。
「ここにもイースターの救いが必要なようだね!」
「……それは……必要ではないだろう」
夜の学校に響いたのは、闇に包まれた景色とは正反対な――エオストレ・イースター(桜のソワレ・h00475)の明るい声。その言葉にすかさず反応したのは誘七・神喰桜(神喰・h02104)だ。
「そうかな?」
「何を言っているのかよくわからないが、十分に気をつけろ」
「勿論だよ、神喰桜!」
冷静な神喰桜に対してエオストレはいつもの調子のまま軽くウインクしてみせる。噂になっていた空き教室に潜んでいるのはポルターガイスト現象。その裏には仔産みの女神が潜んでいると聞いている。
嫌な予感と気配がすると感じ、神喰桜は頭を振った。
「……邪なる神か。今やるべき事はイースターじゃない、人の子らの救出だ」
「わかっているとも、僕はあの子たちを助け出す」
クヴァリフは行方不明者を自らの仔にしようと目論んでいる。決して敵の手に渡してはいけないことはエオストレもよく理解している。
「そして怪異達にイースターの素晴らしさを思い知らせなければ!」
「卯……じゃなくてエオストレ! 来るぞ!」
「そのようだね! 見てご覧、ポルターガイスト達もわくわくがとまらないようだ」
二人が目を向けた先には学校机や椅子が飛び交う形で浮かんでいる。神喰桜は敵に先手を取られぬよう、即座に打って出た。
同時に机が迫ってきたが、神喰桜は霊力を盾にしつつ刃を振りあげる。
霊能震動波が敵に向かって放たれ、その目標がずらされていった。相手がブレたところをすかさず斬り落としていくのが神喰桜の狙いだ。
其処にエオストレによる√能力が重なる。
「やんちゃだね。おいたはそのくらいにして大人しくしたまえ!」
――AMAZING♡ESTAR《イースター・ハプニング》!
桜吹雪と春の女神の祝福を纏ったエオストレは、飛んでくる机や椅子をいなしていく。その勢いでイースターのデコレーションを施すエオストレは何処か楽しげだ。神喰桜として少しばかり思うことはあれど、余裕があることは悪くないと判断した。
「狙いやすいようにしてやっているんだ。頼んだぞ」
「もちろんさ!」
「これも修行……しかし、私にはお前を守る義務がある」
無論、神喰桜も果敢に斬り込んでゆく。
神喰桜が巡らせる霊震がポルターガイスト現象そのものを惑わせているため、エオストレが敵を綺麗に飾って爆破、もとい花火にする好機が生まれていた。
そうすれば桜花絢爛の花吹雪が周囲に舞い踊る。
「華やかに敵を惹き付ける! これぞ、イースターさ!」
高らかに宣言するエオストレに向けて軽く肩を竦め、神喰桜は注意を促す。
「最後まで気を抜くなよ」
「神喰桜の仰せのままに。さて、あとは斬ってもらっていいかな」
「勿論だ、斬ってみせよう!」
そして、ひといきに敵へと踏み込んだ神喰桜が現象ごと敵を両断した。エオストレはその様子を確かめ、双眸を細める。
「やったね!」
嬉しそうなエオストレに対し、神喰桜は再び首を振ってみせる。
「……本当はお前が斬るべきなんだがな。お前は私に頼りすぎではないかい?」
「そうじゃなくて、信頼していると言って欲しいな」
「……そういう事にしておこうか」
敵も順調に減っており、学生救出への道もひらかれかけている。今はこれでいいと自分を納得させ、神喰桜は身構え直した。
エオストレも最後まで手を抜かないことを約束し、更なる桜吹雪を巡らせてゆく。
夜の学校は特別感が強い。
普段は学生でも入ることができず、教師や警備員にでもならなければ真夜中の廊下を歩くことなどなかっただろう。
怪異絡みとはいえど、こうして忍び込むのは心が踊る。
「ぃよーし! 噂のがしゃがしゃ、待っとれよー」
噂に聞いた怪異はどんなものかと想像していた八卜・邏傳(ハトではない・h00142)は期待を抱いて戦いに挑んでいった。
だが――。
「……って。がしゃがしゃって。それ?」
実際に現れたのはポルターガイスト現象。確かに机や椅子がぶつかりあう音が空き教室にガシャガシャと響いている。
驚きで一瞬だけ固まった邏傳のすぐ隣を、他の能力者が蹴飛ばしたらしい椅子がすり抜けていった。うわ、と思わず声をあげた邏傳は気を取り直す。
「可愛ぇ音で呼ばれとんけど、当たったら痛さが洒落にならんやつじゃん!!」
そりゃ厄介だと実感した邏傳は身構える。
その視線の先には行方不明者となっていた学生二人が眠っていた。彼らを包み込む机と椅子はまるで小さな城のよう。
本当は浪漫を感じる造りになりそうなものだが、今だけはそう感じられなかった。
「そうじゃねんだわ。人を囚えるようなこんなもんに浪漫もセンスもなくてな、ましてや襲い掛かってくるもんっちゃねんだわ……っと!
首を横に振った邏傳は攻撃に入ろうとしたが、その前に机が突っ込んできた。少しばかりの怒りを覚え、邏傳は反撃に移っていく。
「モノは大事にせにゃあいかん。どっかのばあちゃんがそう言ってたけどサスガにお前さん等は手荒に扱っても良いよな?」
邏傳は再び迫ってきた机と椅子の脚に手を伸ばし、一気に捕まえる。そこからそれらを縛って繋げて――。
「ほいっと。ちぃーと大人しくしてような?」
下手に千切ろうとするものなら、邏傳特製の呪いの綱が更に器物を締め付ける。
「これ以上暴れんなら綱も黙ってねぇよ? ま、どっちも喋りもしねぇけど!」
邏傳は机達を拘束しながら、次の攻撃機会を狙っていった。
一方、それよりも少しだけ前のこと。
「……あたし、後方支援がしたかったのに」
ポルカ・ナーラ(人間(√EDEN)の霊能力者・h02438)は肩を竦めていた。
ここに訪れる前、上の者に「いいから現場に出ろ」と言われたことで半ば強制的に戦場に送られたようなものだ。
「本当にブラックですよねぇ、はぁ……」
しかしポルカとしてはお上が言うことは絶対。戦いの影響で汚れてしまうのは嫌だが、拒否したところで何も変わらないとも知っている。
「やりますかぁ。で、えーっと、ここが現場で……おや?」
そして、ポルカは能力者達が戦っている様子を発見した。
「もう戦闘の形跡がありますね? それならあたしも混ざりましょうか」
まだ戦いが終わらないのならばうまく介入するべきだろう。ポルカはポルターガイスト現象と戦っている能力者を見渡し、その位置取りや狙いを把握していった。
援護に入ります、と宣言したポルカは身を翻す。
幸いにも今は夜。
明かりのついていない学内ならば十分に闇に紛れられる。姿を隠しながら教室内を移動したポルカは、ひといきに奇襲に入った。
相手は現象そのものだが、暗殺の知識や経験は活かせるだろう。
「あたしの足技、ハチェットみたいに良く斬れるんですよぉ」
「おぉ、ナイス!」
どうですか、と問いかけるポルカの動きは見事だ。邏傳は彼女の参戦に頼もしさを感じ、引き続きポルターガイスト現象への対処を行っていく。
邏傳が敵を縛って繋げているおかげで狙いも定めやすい。
「さて、次です」
ポルカは身を翻し、ポルターガイストからの攻撃を迎撃した。再び闇に紛れたポルカは姿を消しながら次の標的を見定める。
そのときに三守と晴海の方にも意識を向けたポルカは、好機が訪れそうだと察した。
何故なら――。
「待っとれ、もう少しで助けちゃる!」
「いけそうですね」
邏傳が少年達に向けた声は真剣そのもの。他の能力者も確実に生徒を助けるために動いていることがよくわかったからだ。
そして、此処から戦局が大きく動きはじめる。
✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡
ポルターガイストは能力者の猛攻によって弱まっていた。
ある一瞬、それまで機会を狙っていたココが救出に向けての言葉を紡ぐ。
「あそこを一斉攻撃にゃ! そうすれば机と椅子の檻が解けそうにゃから!」
「わかった!」
ココが示した先に向けてミクウェルがブラスターキャノンを向けた。全力で放たれた一撃は見事に机を貫き、現象の根幹自体にダメージを与える。
次の瞬間、とっさに駆けた邏傳と真護が崩れていく椅子を蹴飛ばして弾いた。
「ぁっぶね、セーフ!」
「先輩達!」
「ルナイーリス、机が当たらないようにして」
「大丈夫ですわ。そんな未来は起こりません」
護霊を呼んだ奏も生徒が怪我を負わぬよう落ちる机を排除する。そこにアレクシアの力が加わったことで救出は確実なものとなった。
その隙に遙斗が机と椅子の檻から晴海の方を救い出して抱える。
「行方不明者、安全確保!」
捜査官として冷静に、かつ被害を最小限に抑える。それこそが己の務めだとして、遙斗は少女を安全な場所に避難させていった。
「史緒里ちゃんのお兄さん! 良かった……」
「彼はぼくらで協力して運ぼう」
花鳥は三守少年に手を伸ばし、親玉が飛んでくる前に、と語ったきららも補助として彼を抱える。そして、行方不明被害者達は無事に教室の外に連れ出された。
「……来る」
「ポルターガイストの次は神様のおでましだね」
その間、神喰桜とエオストレは教室の奥を強く見つめていた。其処には奇妙な渦が出来ている。ポルカは異様な気配を感じ取りながら、|それ《・・》を瞳に映した。
「あれが……」
――仔産みの女神、クヴァリフ。
第3章 ボス戦 『仔産みの女神『クヴァリフ』』

🌟 🌟 🌟 🌟 🌟 🌟 🌟 🌟
生徒は無事に救出され、教室の外に連れ出された。
しかし、能力者達は異変を感じ取っている。ポルターガイスト現象が消えた空き教室内に渦が現れ、そこに怪異――|仔産みの女神《クヴァリフ》本人が現れたからだ。
「汝ら、妾の『仔』になる人間をどうした?」
闇の中で蠢く蛸めいた触手。
クヴァリフはゆっくりとした動作と共に問いかけてきた。彼女はこの場所以外のことはわからないのだろうか。仔候補としていた生徒二人が教室内から消えたことで、行方を追えなくなっているようだ。
無論、誰もクヴァリフの問いになど答えない。
生徒達は廊下に寝かされているが、それを教えてしまえば救出が無駄になるからだ。
するとクヴァリフは生徒達から興味を失ったらしく、√能力者を見つめた。
「まぁよい。汝らを妾の新たな仔としよう」
仔産みの女神からすれば人間であれば誰でもいいのかもしれない。クヴァリフは無数の眼球――おそらく学内で『眼々様』という噂になっていた怪異を呼び寄せる。
「汝らに、祝福を」
そういって彼女は触手を妖しく揺らした。
勿論、クヴァリフから正しい意味での祝福が与えられるはずなどない。
この場で怪異の母たるものを斃し、この学校に平穏を取り戻す。それこそが今、ここに集った能力者達が目指すべき未来だ。
🌟 🌟 🌟 🌟 🌟 🌟 🌟 🌟
「何だか怖そうなのが出てきたにゃ」
「出てきましたねぇ、クヴァリフ」
蛸のような触手を蠢かせる、怪異の母。
√汎神解剖機関より侵蝕してきた存在を見つめ、ココ・ナッツ(猫ねこ子猫・h01906)とポルカ・ナーラ(人間(√EDEN)の霊能力者・h02438)は身構え直す。
「この事件を追えばアンタが出てくるって思ってましたよ」
ポルカの狙いは彼女そのもの。
クヴァリフ器官の名の由来にもなってもいる仔産みの女神は、何度倒したとて足りないくらいの存在だ。
「何回出てきても、何回でもぶっ殺してやりますよぉ!」
「あれはつまり怪異を産み出し続けるママにゃね。ここで倒しておかなければ被害がどんどん広がるだけにゃ!」
ポルカが意気込み、ココも敵への思いを言葉にした。
「さて、いよいよクヴァリフとの戦いですか」
アレクシア・ディマンシュ(ウタウタイの令嬢・h01070)も仔産みの女神から決して目を離さぬまま、冷静に構えた。
「妾の力、見せてやろう」
するとクヴァリフが無数の眼球を蠢かせ、己の仔を解き放つ。それに対抗すべく動いたアレクシアは精神を集中させていく。
――発動、|聖歌絶唱・不可視の不可思議は呪歌となる《オラシオン・インビジブル・カーステッド》。
それは簒奪者たる者への呪詛を歌う力。
アレクシアはひといきにクヴァリフに肉薄した。そして、最も強き仔――眼々と呼ばれている敵が攻撃する直前を見極めるべく動く。
刹那、視界内のインビジブルとアレクシアの位置を入れ替えられた。それによって攻撃を回避したアレクシアは狙いが上手くいったと実感する。
何故なら、入れ替わったそれは簒奪の概念を体現する者へと攻撃を行うようになったからだ。呪詛を歌う|不可視の不可思議《インビジブル》は、クヴァリフを対象して行動していく。
「皆で倒すにゃ!!」
「賛成です。あたし一人でどうにかなるレベルの相手じゃないですからねぇ」
「そうにゃ!」
「だから集団でボッコボコにする事に、罪悪感なんてないですよぉ」
仔の対処に移ったココは仲間に呼びかけた。
ポルカも協力体制を敷くことが最善だとして頷く。そして、ココは一気に床を蹴る。子猫らしい身軽な身体を活かし、敵の死角に入ろうと狙ったのだ。
(眼がいっぱにゃ。でも、その視線が届かなさそうな場所なら……!)
ココが狙うのは不意打ち。
先程にポルカが言っていたように、クヴァリフは一人では太刀打ちできる相手ではない。だが、呪歌を響かせているアレクシアや暗殺術で立ち向かうポルカ達がいれば、ココの狙いも成功しやすくなる。
ココの動きを把握しながらポルカも打って出た。
確実に対象を始末する為ならば手段は問わない。それがポルカの流儀であり、能力者としての行動でもある。
「これからぶっ飛ばしますので、動かないでくださいねぇ」
攻撃を宣言したポルカは一気に蹴撃を見舞いに駆けた。服を脱いで身軽になり、迫る触手を華麗に捌く。そうすることで叩き込める一撃は強烈だ。
「このスタイルが気になるかもしれませんが、大丈夫ですよぉ。こうする方が戦い易いってだけですから。最後まで一緒に頑張りましょお!」
「えいえい、にゃー!」
「はい、完膚なきまでの終わりを刻みましょうか」
ポルカは周囲の仲間を見渡してから、自分は問題ないと宣言する。
同時に呼びかけた言葉は鼓舞代わりにもなり、ココは気合いを入れた。アレクシアも仲間が自分のやりやすい形で戦うのが一番だと感じたらしく、そっと頷く。
クヴァリフ、それに最も強き仔。
どちらにも力を巡らせ続けているアレクシアは仔産みの女神に言葉を向けた。
「この呪詛を受け続ければどうなるか……想像に難くないでしょう」
後に待っているのはクヴァリフの敗北。
されど、倒されるまで相手は激しい猛攻を続けてくるだろう。
「危なさそうな能力にゃ。受け止めるよりも逃げるが勝ちにゃ!」
揺れ動く触手に捕まらないよう左右にステップを踏み、ココは全力の猫パンチを繰り出す。たとえ囚えられてしまっても速やかに逃げ出す気概だ。
ココは足手纏いだけにはならないとして、猫らしい動きで以て攻撃を加える。
「いくにゃ!」
「あたしの足技で、今回もズタズタに切り刻んであげますからねぇ!」
次の瞬間、ココの百錬自得拳とポルカの蹴りが同時に炸裂した。
その間もアレクシアはインビジブルと自分を入れ替え続けることで、敵に絶え間なく呪詛を叩きつけていた。
能力者の攻撃で力を削られていく簒奪者に対し、アレクシアは凛と宣言してゆく。
「――わたくしは人間災厄ウタウタイ。歌声で世界を変える√能力者ですわ」
アレクシアの言葉通り、現実は今も変化している。
クヴァリフが学生達の大半を仔として取り込んでいく悲劇はもう、何処にもない。
星の巡りが報せた未来の更に向こう側。
そこに訪れるのは――ここに集う者達の力で紡いでいく、新たなる道であるはずだ。
「まったく、本当に女神が出てくるとは厄介ですね」
「はっ。他人が産んだ子を横取りするような小狡い奴が仔産みの女神だぁ?」
志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)と紅憐覇・ミクウェル(Ashes to Ahses・h00995)はクヴァリフの姿を捉え、それぞれの思いを口にした。
明らかに強敵であり、埒外の存在が彼女だ。
されどこうして目の前に出現した以上、倒す好機が訪れたということでもあった。
「でも、こいつを倒せば任務完了! もうひと頑張りと行きましょう!」
遙斗は仲間を鼓舞しながら銃を構える。
「やりましょうか」
青沢・屏(人間(√EDEN)の霊能力者・h00946)も頷きを返し、レイン砲台を展開した。
周囲が妙に歪んでいるのは、この教室が一時的にクヴァリフの領域になっているからなのかもしれない。ならば、その周囲に絶え間なく配置していけばいい。屏は仔産みの女神から決して視線を逸らすことなく立ち向かっていく。
そんな敵を見ながら、なんだ、と口にしたのは白皇・奏(運命は狂いゆく・h00125)。
「仔産みの女神なんて言うから、母性の象徴かと思ったけど。なんてことはない、自分の仔と言い張って眷属を増やしてるだけなんだな」
それならば、今更恐るることはない。
「この√EDEN、お前が好きにできる隙なんて一片たりともありはしない」
奏は護霊ルナイーリスを呼び、クヴァリフへと思いを向けた。
「あぁ。それに名前の割に随分としょぼいじゃねえか。母なる者といっても名前倒れもいいとこだなあ、おい!」
すでにミクウェルはキャノンを展開しており、敵を強く睨み付けていた。
――そんなものに奪わせはしねえ。
絶対に。そのように強く語ったミクウェルは言葉を続けてゆく。
「ガキ共の未来も。あのガキ共を、家族からもよ!」
眼球の先々に次々と召喚されていくヘビー・ブラスター・キャノンは、ミクウェルの意志を反映するかのように動いていった。
その最中、ミクウェルは思考を巡らせる。
こちらを牽制してくるくらいならば当然、眼の前にキャノンがある状況をよしとしないはずだ。即ち、相手は射線から外れようとする。
「どうだ、脅威だろ? たとえこのキャノンが怖くなくても視界の邪魔だしな!」
クヴァリフへの挑発も兼ね、ミクウェルは果敢に攻撃を続けた。これで逆に敵を避けられないような状況に追い込むか、或いは誘導できれば僥倖。
そして、そこへ遙斗による斬撃が見舞われる。
迫りくる触手に対抗するには刀を、その奥に控えるクヴァリフ自身には銃撃を。距離に応じて得物を切り替え、遙斗は敵に立ち向かう。
「止まれ!」
先程に有用だったように、遙斗の威嚇射撃は生み出された仔を貫いていった。相手は未知なる生命として誕生させることが分かっている。
それゆえに遙斗はクヴァリフの動きを止めることに専念していた。
「今は足止めさえできればそれでいい! 後は――」
共に戦う仲間が繋いでくれる。
信じた通り、奏の護霊が鋭い一閃を解き放っていった。
潜入捜査、そして先程と現在の戦闘。皆に抱いた信頼を胸に、遙斗は警官らしく冷静な状況判断に努めてゆく。
同様に戦う、屏が狙ったのは相手が瞑想を始めた瞬間。
即座に決戦気象兵器レインの力を発動させ、間髪いれずに攻撃を放っていく。召喚されるであろう仔の出現位置を予測していく屏は、同時に霊気を高めていった。
「ふぅん……随分と悠長なご遊戯ね」
その際に屏が己の思いを声にした。自分を待たせるのは構わない。だが、その『仔』が屏の相手になる覚悟はできているのか否か。問いかけた屏はクヴァリフを見つめた。
しかし、塀は明確な答えを求めているわけではない。
「まあ、どちらにせよ、レーザーの餌食になる運命は変わらないけど……」
その間にもレインの力が幾筋も敵を貫いていった。
クヴァリフの触手が蠢いたが、その幾つかには鋭く穿たれた穴があいている。ぎょろりとした目玉が屏を見つめ返しているのも分かった。
ああ、おぞましい。
この光景はまるで、いつまでも続く地獄の中にいるかのようだ。
「早く終わらせましょう」
宣言した屏は次の攻撃を解き放つことを決め、レイン砲台を更に展開していく。
渦巻く光景が広がる教室内。
そこに奏のルナイーリスが放つ月虹の浄化が再びあらわれ、奇妙で邪悪な気配を消し去っていく。されど蠢く触手が揺れる度、クヴァリフの力が広がっていった。
「さぁ、汝らも早く妾の仔になるがよい」
「これでも動じないなんて侮れないね」
月光閃で反撃に入りながら、奏は仔産みの女神を見据える。
不気味に動く眼玉。それ以外にも眼々様と呼ばれた仔が絶え間ない攻撃を仕掛けてきていた。それらに負けぬよう、奏は裁きの聖なる光を巡らせた。
眼球の牽制攻撃すら、さらに牽制する力。
護霊を信じている奏は全力を賭す。女神の抱擁、それに触手の攻撃。どちらも癒しの虹華が巡っていることで奏への悪影響が緩和されていた。
どんな抱擁だろうと、邪神の手になど捕縛されたりしない。
|人間災厄《ファム・ファタール》を簡単に籠絡できると思ったら大間違い。
「存分に思い知ってもらわないとね」
そして、奏は眼球や触手に守られていない無防備な箇所に目をつけた。刹那、隙を突いた奏の意志に呼応し、護霊が力を巡らせた。
「ルナイーリス、本体に思い切り浄化の月光閃を浴びせてやれ!」
瞬く間に光が氾濫し、クヴァリフの眼を灼いていく。
ミクウェルは奏の一手が大ダメージを与えたことを悟り、自らも動いた。
「眼の多さが命取りだったな! ……おっと!」
その際にミクウェルは伸びてきた触手に捕縛されてしまい、機動力が低下する。されど最初から捨てる勢いでキャノンを展開したのだ、それがなんだというのか。
寧ろ、そこからの攻撃に意識が移る時が好機。
「喰らいやがれ!」
繰り出される一斉射撃。繰り返される前に消し炭にするべく放たれた攻撃は、クヴァリフの腹を真正面から貫いた。
それを大きなチャンスだと見た屏と遙斗が追撃をくらわせていく。
「その悪夢、私達が打ち砕いてあげましょう」
「必ず倒します」
あと少しで決着がつくはずだ。しかし、思えばこれは大変な事件だった。
連戦しているため遙斗には煙草に触れる時間すら与えられていない。もし事が終わったら外で煙草を吸いたいと考え、遙斗は刀を構え直した。
(必ず、無事に終わる……。厄介な事件でも解決する、それが――)
√能力者であり、警察でもある己の役目。
あとで一息をつく時間を思いながら、遙斗は迫り来る触手を斬り裂いた。
相手が何度、蘇生しようともその度に屠る。
能力者達はこの戦いの終幕が訪れることを願い、最後まで戦い抜く気概を抱いた。
ついに現れた邪神。
蛸めいた触手を蠢かせ、数多の眼を動かす女神は禍々しい雰囲気を纏っている。
「なんて禍々しい……イースターとは程遠いな」
頭を振ってからクヴァリフを見つめたエオストレ・イースター(桜のソワレ・h00475)の傍ら、誘七・神喰桜(神喰・h02104)は言葉を返す。
「そもそもがイースターではないからな」
「あの触手は――頑張ればいけるかもしれないが……」
「触手を? 何に?!」
ふとエオストレから零れ落ちた呟きが気になったが、深くは聞かない方がいいだろう。神喰桜は主であり弟子でもある彼に問う。
「ともあれだ。……エオストレ、圧倒されていないか?」
「大丈夫、圧倒されてなんていないよ。……僕だって……」
――厄災を継いでいるのだから。
神喰桜の声に応え、エオストレは決意としての言葉を紡いだ。
「油断はするな……。相手は神の座にあるものだ」
斃せる存在だとしても決して侮ってはならない。神喰桜の呼び掛けにエオストレは頷きだけを返し、密かに震える心を鎮めた。
神喰桜はクヴァリフの前に立ち、彼女が語ることを全面的に否定してゆく。
「此処に、お前の仔たるものは無し」
「汝らが仔となればよい」
「いいや、御断りだ。在るべき世にかえるがいい」
「そうさ……謹んで断ろう。悪いが、君のベビーにはなれない! 君の祝福は呪いに等しく『重』すぎるからね」
それにイースターには相応しくない。
エオストレは巡らせたオーラで身を守り、神喰桜は主に迫る一撃を防ぐべく咄嗟の一撃で攻勢に入った。神喰桜はそのまま霊力による攻撃と剣戟を併せ、触手と眼球そのものの切断を試みた。
その際、やはり気になるのはエオストレの動向だ。
「前に出すぎるなよ、エオストレ!」
「大丈夫、神喰桜……! 僕だって……やってやれない事はない!」
――|INVISIBLE♡ESTAR《イースター・パニッシュ》!
そこでエオストレが発動していったのは√能力を無効化の力。牽制の眼も触手も退けられるよう立ち回りながら、エオストレは右掌を掲げる。
まるでハイタッチするようにすべてを無効化しながら、エオストレは敵の元へ駆けた。途中、イースターエッグを投げつけて爆破していくのは、仔産みの女神の注意を逸らすためのもの。
戦いの巡りが佳き流れになっていると判断し、神喰桜も力を揮う。
――神刀『喰桜』。
朱桜を纏う退魔の神刀、即ち本来の姿へと戻った神喰桜は主に呼びかける。
「エオストレ、私を使ってみよ!」
いざ、という時に『|私《神刀》』を振るえなければ意味が無い。そのように告げた神喰桜はこれも修行の一環だと示した。
どれほど鍛錬を行っても、実戦における経験がなければ意味を為さない。
今のエオストレは主として頼りないが、信頼しているのは確かなことだ。
彼の手元へと馳せ参じた神喰桜は己の身を託す。
「わかったよ。これで――斬り伏せる!」
エオストレは神喰桜の信頼に応えるように神刀を握りしめ、大きく踏み込んだ。神喰桜自身も抑えていた力を解放していく。
「世を蝕む神への一閃を加えてやろう」
「僕達の力で!」
「噫。何せ私達は――神殺しの神刀と、其の新たなる使い手なのだから!」
エオストレの手によって振り下ろされた一閃。
薙ぎ払われた刃は女神を貫き、その身を喰い荒らすかの如く斬り裂いていった。
圧倒的な存在感。
囁くような聲、突き刺さる視線。
そして、たくさんの眼がこちらをみている。わかるのはそれだけであり、千代見・真護(ひなたの少年・h00477)にはあれらの聲を理解できないでいた。
「ぼくにはよく聞き取れないけど……でも、なんだかとっても嫌な感じがする!」
真護はクヴァリフと、その周囲に蠢く触手や眼を見つめ返す。
あきらかな異形と対峙している今、恐怖がないとは言えなかった。だが、真護の心の中にはそれ以上の闘志と決意が燃えている。
「みんなを守るんだ」
「うん、守ろう。怖くても、目をつむりたくても……終わらせるために!」
少年の声に応えたのは花篝・桜良(天使嗓音・h01208)だ。
桜良だって本当を言えば怖い。得体のしれない邪神めいた存在も、気持ち悪く動き続ける触手も、クヴァリフの周囲に浮いている眼玉の化け物も。
そのうちの数体が自分を見ていることに気付き、桜良は身体を震わせた。
「わわわ、眼々様きちゃった」
「おっとぉ、へーきか?」
その様子に気付いた八卜・邏傳(ハトではない・h00142)は桜良を気遣い、ぎょろぎょろと眼球を動かす眼々様との間に割り入る。
「だ、だいじょうぶ……多分。今度は私も、が、……がー……がんばる!」
「そんならよかった」
桜良からの返答を聞き、邏傳は改めてクヴァリフを瞳に映す。
「クヴァリんて……女神ちゃんとゆーか、なんとゆーか。その迫力バリバリの脚がもう……タコちゃんじゃん。眼々様と合わせて目玉もいっぱいっちゅーか」
噂を聞いた時から気になっていたので、双方にお目見えできたことは悪くない。嬉しいのかといえば複雑だが、多分おそらく嬉しい部類。
邏傳は身構えながら、クヴァリフの仔たる眼球お化け達の様子をうかがう。
「しっかしあれが眼々様て。おめめくりくりなんはわかるし、まあ、そのとーりなんだけど。ちょお呼ばれ方が可愛すぎない?」
おどろおどろしい眼々様がなぜ噂になったのかは、もはや追求しなくてもいい事柄。邏傳が眼々様へと打って出る中、桜良は恐怖を消せないでいた。
「妾の仔になるといい。祝福しようぞ」
するとクヴァリフが此方に意識を向け、ぎょろりと目玉を動かした。それによって更に恐ろしさを覚えた桜良は一歩後ずさった。
「あぁっー! でもやっぱり前線に出るのは怖い……から、サポートがんばる……」
「わかったよ、よろしくね」
桜良の頑張りたい心を感じ取り、真護は信頼を寄せる。
そこから右手を掲げた真護は√能力を発動させ、自分に向かってくる力を無効化した。
ルートブレイカーの異能を駆使して駆ける真護は、クヴァリフとの距離を詰める。たとえ触手に捕縛されようとも怯まない。この右手で触れれば相手の√能力を無力化することができるからだ。
「負けないよ、絶対!」
もちろん、ただ大人しく捕まる気はない。
真護は迫った触手をジャンプして避けながら立ち回った。逃げ足を活かしてから繰り出す単純な攻撃であってもダメージは蓄積させられる。むしろそれは小回りが利いた的確な一撃となり、徐々にクヴァリフの力を削っていた。
そして、桜良もまた片手を掲げた。
どこからともなく呼び寄せられた桜の花嵐が周囲に舞い、あたたかな巡りをもたらしていく。それは心に花を咲かせてみんなを勇気付けるための力
「全部みんなの力。私に力はないけど、お花を届けることならできるから」
戦いの終わりが来るまで、|快音《ハートビート》を響かせる。
桜良の援護に元気付けられつつ、邏傳は仲間を守る動きに入っていく。
だが、次の瞬間。
「うぉっ!」
女神の抱擁、即ち触手によって腹を穿たれた邏傳は思わず声をあげる。人に比べて頑丈だが、邏傳だって痛いのは痛いし苦しいことだって苦手だ。
「痛いんも苦しんも好きくないんよ。だってフツーに嫌じゃんね」
それはきっと、この学校の生徒も同じ。
仔にされた場合どうなるのかは未知だが、残された家族や友人の心の痛みも生まれてしまうだろう。だからこそ痛くても戦っている。
「そんなオイタするタコちゃん達にはお仕置き!」
温厚な俺だって黙っちょらん、と付け加えた邏傳は変身能力を使った。
瞬く間に真竜へと変化した邏傳は灼熱の炎を解き放つ。
「ちぃーと熱いかもだけど、よー焼いちゃるから我慢してね♡ 立派な目玉焼きとたこ焼きになりなぁよ。材料足りんけど!」
冗談を交えながらも全力で。
邏傳の攻撃が激しく迸る中、桜良も懸命に花嵐を巻き起こす。
「これが私の祝福! 春いちばん、もっともっといっくよー!」
「ねぇ、クヴァリフ」
戦いが廻る最中、仔産みの女神に呼び掛けた真護は√能力を弾いて無効化する。仔を増やすために動いているという相手だが、真護はこうも感じていた。
「本当は自分のしたいことだけしか見えてなくて、あとは何も見えてないんじゃない? それでいいの?」
「ふむ、生意気な口を利く」
「どうであっても……この世界では、怖い事を起こさせないよ」
真護は誓う。
生徒にとっての恐怖や不安をなくすために、能力者として最後まで戦おう、と。
竜漿を大量消費している邏傳は意識が遠のくのを感じていた。だが、ここで気絶したとしても仲間がいるので問題はないと考えている。
その際にぼんやりと思い出したのは、これまでの日々のこと。
(あー……ハトちゃんって呼ばれる学校生活も終わりかぁ。ハトは平和の象徴とか言われとったりするし良いなあ思うけど、俺は所詮ハトではねんだわ。だから、)
最後の力を振り絞り、邏傳は灼熱の吐息を巡らせた。
「荒々しうて悪いね」
「きっとね、もうすぐ終わるから……」
「倒れて、クヴァリフ!」
桜良の放つ桜花が舞い躍り、真護がクヴァリフの肚から生み出される仔を退けた。
戦いは間もなく終結するだろう。
平穏を取り戻す瞬間はもう、すぐそこまで訪れている。
仔産みの女神と√能力者。
双方の力は遠慮も迷いもなく解き放たれており、戦いにおいての激しい火花が散らされている。誰もが勝利を目指して力を揮う。
その一員として立ち回っている夢野・きらら(獣妖「紙魚」の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h00004)は、あることを気に留めていた。
戦うクヴァリフは生徒のことを一度は諦めた。
だが、もしも。すぐそこに手に入りやすい者がまだいると知ってしまったら――。
(三守さんと晴海さんの存在を勘付かれる訳にはいかない)
きららは現状が紙一重の状態だと理解していた。
廊下に寝かせてある彼らを動かすことは誰にも出来ない。もし誰かが廊下に出て保護しようものなら注意がそちらに向かうだろう。それゆえに今、この教室の中でクヴァリフを倒さなければいけない。
「けれど念の為に準備しておいてよかったよ」
“大雑把”な手段だけれど、それでも。
きららはクヴァリフに勘付かれぬよう下準備を行っていたのだ。
そして、きららは魔導書から決戦型WZ「マスコバイト」を呼び出した。そのままそこへ乗り込んだきららは動作確認のフェーズをスキップしていき、戦闘に入っていく。
白き体躯の決戦型WZは夜の最中によく映えた。
すでに情報収集はある程度は為されており、更に戦闘知識を活かすことで今の状況に相応しいものに変えていく。
つまり、マスコバイトで戦闘の位置を無理矢理に押し上げていく作戦だ。
「エネルギーバリア、展開」
きららは全力で持って防御障壁を張り巡らせる。その間にクヴァリフによる牽制の一撃が放たれたが、きららはものともしない。
触手が迫ろうとも構わない。力の限りで捕縛を振り解いていき、更に加えられる連続攻撃にだって耐えてみせる。
その姿は仲間への攻撃を防ぐ盾であり、まさに守護者そのもの。
「……皆、攻撃を頼んだよ」
「我が身を犠牲にして戦う、と? 妾の仔にすればさぞかし働いてくれそうな……」
故に、欲しい。
クヴァリフはきららを幾つもの眼で見つめ、軽く舌なめずりをした。だが、きららは真正面から彼女を否定する。
「お断りだね」
「さぁ、汝に祝福を与えん」
仔産みの女神はこちらの態度など構わないといった様子で更に攻撃を仕掛けてきた。
だが、きららは果敢に耐え続ける。
この間に仲間がそれぞれの力を振るい、全力を賭し、邪悪な神の最期を繋げてくれると信じたからだ。
そうして、激しい攻防が巡った。
誰もが間もなく戦いが終わることを察しており、クヴァリフを見据えている。
「今こそ好機だね」
きららは頷き、マスコバイトを真紅に輝く決戦モードに変えていった。
耐え忍び、護る|一時《ターン》はもう終わり。ここからはプロジェクトカリギュラによる決着の時だ。
きららは一気に踏み込み、眼々様ごとクヴァリフを窓際に押し付けた。
「む……!」
「此度の結末を与えてあげよう」
その動作は一瞬。クヴァリフが出来たのは短い声を紡ぐことのみ。きららは素早く立ち回り、外に待機させておいたWZ小隊による一斉掃射を浴びせてゆく。
「妾の祝福を、拒むなど――」
「生憎、信心深くはなくてね。祝福は間に合ってるんだ!」
仔産みの女神の声が掻き消され、代わりにきららの言葉と激しい音が響き渡った。
そして、一瞬後。
それまでクヴァリフが居た場所には何もなくなっていた。空き教室にあった異空間めいた渦も消えており、怪異の気配は一欠片も感じられない。
こうして勝利が訪れ、戦いの幕が下りた。
●怪異撃退:その後の話
美唄高等学校を包み込もうとしていた悪夢は、その夜を境に消え去った。
行方不明だった三守・結城という少年と、晴海・遙という少女は怪我ひとつなく救い出されており、その日のうちに家に送り届けられた。
もちろん、荒れていた教室内の清掃や整理も能力者によって行われた。
後の経過を聞くに、二人は何事もなくすぐに復学したようだ。
三守・結城の妹である史緒里は泣いて喜び、暫し兄から離れなかったという。晴海・遙も今では部活に励み、楽しい日々を過ごしているようだ。
彼らが日常を取り戻したのは能力者のおかげ。
また、他の生徒達も本来あるべき生活に戻っている。
学校中に広まっていた怪異の噂もまるで最初からなかったかのようだ。異常を忘れる力が強く働く世界では、皆があの噂そのものを忘れていく。
だが、きっと残ることもある。
たったひとときでも、共に過ごしたクラスメイト。同じ部活に入ったり、誘うことで活動した同志のことや、偶然に出逢った相手のこと。或いは教育実習の先生や、孫を探して訪れた保護者のこと。
普通に過ごしたことは忘れられず、ちいさな記憶として在り続けるはず。
学園怪異談。
――そんなものは、存在しなかったことになった。
世界を守る忘却の先。今ある事実こそが、√能力者が活躍したことを示す証だ。