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#√汎神解剖機関 #クヴァリフの仔 #乙女心 #🌈

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 #√汎神解剖機関
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●人間同士で争うなど愚かなことだ
 とある男の口癖だった。成程、確かに、この一言には一理あるが、それは『耳を貸してくれる相手』であった場合のみ。少なくとも、この場に存在している『女』は『その相手』に当て嵌まりはしないだろう。まるでヴィーナス。絵画からぬるりと、お辞儀をするかの如く出現したかのような彼女は、はあ、と、息を吐いて魅せた。
 まさか……私の知らないところで、あの娘が好き放題していたとは想定外。しかし、ひとつ大きな収穫があった。クヴァリフの仔……あれも蒐集すべき立派な|新物質《ニューパワー》。女神クヴァリフは私達が想像していた以上に気紛れらしく、ぶらつく範囲は世界中に及ぶ……なら、この、娯楽施設とやらに仔を落としていても、嘘ではない筈。
 捕獲できなかった天使を探すついでに、一石二鳥をするのも悪くないな……。

●新物質争奪戦
「君達ぃ! 丁度いいところに来てくれたねぇ。忙しいだろうけど、ちょっと√汎神解剖機関に行ってきてくれないか? ああ、クヴァリフの仔案件さ。少々、面倒な事になりそうでねぇ。いや、なに。もしかしたら、羅紗の魔術塔が出張ってくるかもしれないってだけさ」
 クヴァリフの仔――それは新物質としての価値を秘めた、あらゆる組織が喉から手が出るほど欲しがっている代物。ならば、嗚呼、羅紗の魔術塔が出てくる可能性だって大きいのではないか。集められた√能力者たちは新たな頭痛の種に苛まれる。
「まあ、狂信者どもがクヴァリフの仔を崇めているってだけの可能性も考えられるし、何もかもは不安定なのだがねぇ。最悪の場合も頭に入れて行動してほしい。宜しく頼むぜ。アッハッハ! あ、そうそう。狂信者どものアジトは遊園地の中にあるらしいぜ」

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第1章 日常 『遊戯施設でストレス発散』


 遊園地――それは人々の夢。√汎神解剖機関における黄昏色を七色へと変化させる、素敵な素敵な場所。現代社会を生きる我々にとっての、悦ばしきストレス発散のひとつ。そんな眩暈がするほどの空間だと謂うのに、星詠み曰く――狂信者どものアジトが『在る』らしい。アジトの発見の為にはまず、兎にも角にもアトラクションだ。
 ふと、君達が隣を見ると絶世の美女。いや、まさか、そんな事はないだろうと思っていたら、絶世の美女からのお声掛けだ。そこのアナタ、折角の縁だ、少し私と遊ばないか? 願ったり叶ったりではないか。君達は絶世の美女と――ヤケに肌色の主張が激しい彼女と遊園地を巡る事となった。それにしても、こんな場所に……あの娘の情報も莫迦には出来ないな。ん? ああ、此方の話だ。しっかりと、楽しむとしよう。
星越・イサ

 積み上げたマゾヒズムの一種、その刺激を舐るように、ひとつ、ひとつと摂取していく。そのようなイメージに囚われながらも脳内、いつも通りの振盪に浸っているのか。遊園地のアトラクション――特に、コーヒーカップ――それは|▓▓《安定》した日常にスリルを求める人々の虚構……? 不確定性ではなく確定だ。これをデジャヴと呼ぶには、嗚呼、あまりにも記憶とやらに新しい。あれ……? つい最近、具体的には数週間前くらいに、同じようなことを言った覚えが……。五月病にでもやられたのか、或いは、振盪の類が悪化したのか。もとい……今回は狂信者のアジトを探すために、虎穴に入らずんば以下略のために、アトラクションで遊ぶと……。やはり、わからない。よくわからない、が、世の中は大抵理解できない事で回転をしている。そうやって満ち溢れているもの。それを心得た上で……ええ、私は踏み込む覚悟を持っています。蛮勇だと、無謀だと、嗤いたいならば、嗤うといい。
 遊園地は成程、オマエが想像していたものとは少し違っていたご様子だ。まるでシェイク、ぐるぐるとストローで撹拌されたかのようなアトラクションが多い気がする。……何故、こうも私の調子を狂わせようとする『もの』が……。兎も角、重要なのは声を掛けてきた『お姉さん』への対応だ。レディとレディでは在るのだが、美人を待たせるワケにはいかない。ときにこのお姉さん、私のノイズまみれの視界でもすごく綺麗な方なのはわかりますけど、ちょっと「嫌な予感」がしませんかあ? ぐるりと、今にも勝手に動きそうな目の玉を自分の意思で。もちろん、だからこそご一緒したいです。決まってるじゃないですか! 不意打ちめいた手放しだ。大きな、大きな声とやらに隣の芝生は首を傾げる。私、視聴覚がおかしくても「加速度」の感覚は楽しめるってことに最近気がついたんですよ。一緒に遊びましょう! そ、そうだな。何から乗ろうか……あの、エンジェル・フォール……?
 臓腑がひっくり返るかのような、浮遊感。
 まるで何もかもが飛び出してしまいそうで、お隣の芝生はしっかり蒼い。

クラウス・イーザリー

 人間同士で争うなど……。
 希望も絶望もない――そう描写をしてしまえば、植物めいた『もの』にも思えてしまうが、現実、植物などと謂う言の葉は似合わない。冷静に、真っ直ぐに、目の前で起きている沙汰を受け止め、己が何をすべきかを理解する。素晴らしい在り方だ。素晴らしい在り方ではあるのだが――果たして『それ』は√ウォーゾーンらしさを孕んでいる。
 俺で良ければ、喜んで? 理解はした。いや、理解をしてしまった。目の前にいる絶世の美女とやらは、魔術士とやらは、そのまんまの意味を擁していたのだ。羅紗の魔術士が――アマランス・フューリーが――遊園地に??? いや、他人の空似かな? 幾ら冷静さを武器にしていても、こんな、唐突とやらにはヴェールが掛かってしまっても仕方がない。まあ、本人でも別人でも、簒奪者でも、現状、戦う気がないのであれば……静観をするのが正解か。仮に本人だとしたら、アマランス・フューリーのお忍びなのだとしたら、一緒に行動すれば監視も兼ねる事だって可能だ。それにしても……羅紗の魔術士の目的は、何だろうか。これを把握できれば、咀嚼できれば、立ち回りも楽になると謂うのに。
 狂信者どものアジトを探すならば――見つけるだけならば――最も効率的なのは『全体』を知る事からだ。高いところに行くべきで、僥倖、この空間には様々な『煙』が発生している。……えっと。観覧車かジェットコースターならどっちがいい? お隣の美女は如何してだろうか、顔が若干蒼い。……観覧車だ。観覧車に行こう。羅紗の魔術士が放つだろう『圧』が欠片として感じられない。もしかしたら、他人の空似が正しい可能性も……?
 兎も角、それほど並ぶ必要はなかった。途中、酔い止め代わりのキャンディを買ってあげて、ゆるりと籠の中へと入り込む。ああ、そろそろ観覧車の一番『上』だろうか。オマエはぐるりと、怪しげな場所はないかと探っていく。……あれは……? 遊園地のシンボルだろうか。不可思議なカタチをしている城のような建築、その下、不自然に人が集まっている。……あの服装は……狂信者と謂うには……。
 あれでは軍隊だ。何処かの機関の部隊だ。
 ――考えられる展開とやらは、如何に。

香久山・瑠色

 地面とお友達になった。オフィーリアめいて、真っ白い。
 誰が駒鳥を殺したのかと――何で駒鳥を殺したのかと――愉しそうに囀ってみせた。添えられていたのは鏃の鋭利さなどではなく、ああ、釘に塗れた金属バットの類であるのか。これで、回れと謂うのだろうか。このような、掴みどころのないもので、廻れと謂うのだろうか。それは兎も角として重要視すべきは――目を回してあげるべきは――美人さんに違いない。こんにちは、お誘い、嬉しいです。おひとりですか? それとも、迷子なのでしょうか? 美人さんなのに珍しい。珍しい……? 珍しいものなのか? 成程、確かに、此処には人が集まっていて、如何にも私は落ち着けない。ところでオマエは如何なのかと。ところでアナタは如何なのかと。お隣さんに問いを返された。僕? 僕は……迷子です。生まれたときから、物心つくころから、迷子みたいなもので、一緒に遊ぶ友達もいなくって。ええ……知り合いの方に誘われてきたんですけど、待ちぼうけを喰らっていました。なんとも奇妙な親近感。まるで組織の中の美女のような有り様であった。そうか、アナタも苦労をしたのだな。わかった。エスコートをしてくれると嬉しい。見渡す限りの騒々しさだ。
 遊園地のアトラクション……僕としては、メリーゴーランドが外せないです。嗚呼、回転木馬か。ここの回転木馬は如何やら、蝙蝠か何かのハーフらしいが……。子供っぽいですかね。いえ……あれでは、子供が泣いてしまいます。怪物的なものは他にも幾つか。コーヒーカップ? ぐるぐる、ぐるぐる、目が回りますけど、あのくらくらする感じはまあ……嫌いではない、ですかね。指差した先には独楽よりも、駒鳥よりも回転するカップたち。嗚呼、無慈悲かな。オマエは――視線を逸らした美人の『気分』がわからない。
 あ! ジェットコースター乗りましょうよ!
 彼女を引っ張った。引っ張って、阿鼻叫喚の列へと掻っ攫う。大丈夫です。手を握っててね、なんて、ベタなことは言いませんから……。お付き合いした相手が化け物とは。お付き合いした相手の三半規管が化け物とは――末路は最早、描写の必要もない。

アリエル・スチュアート

 懐かしい心地ではあった。天空を翔けるかの如くに、臓腑がわらう。
 降りた時がおそろしいが、さて、遊園地を囲んでいるのは、
 何処の組織の部隊なのだろうか。
 バランス感覚を鍛えるべく――片翼の状態でも歩める為に――頑張っていた頃を思い出す。向こう側で生まれたての仔鹿をしている、ちょっと可哀想なお姉さんを見ながらも、ふんわり、思考を整えようか。羅紗の魔術塔が関わってくる……? アマランスのお姉さん、天使達のことは諦めたのかしら。いや……あの魔術士のことだ。きっと、考えがあっての行動に違いない。目的の為ならば手段を択ばないタイプの簒奪者なのだから、甘んじて、目を回しているだけに過ぎない筈だ。……でもまあ、アジトの隠れ蓑と謂う割には、思ったよりも『普通』に立派ね。大型のアミューズメントパークには一般人も……√能力者でない『もの』も集まるだろう。そう思惟してみたら、もしかしたら、行方不明者が出てもおかしくはないか。流石はヨーロッパ最大の組織の財源力と謂ったところかしら。思考を遊ばせるのはいったん、ここでストップ。小さい、小さい、機械仕掛けな妖精さんたちに『おまかせ』するのが効率的に宜しいか。上空から索敵させよ、園内の隅々までオマエの掌の上とせよ。
 それは良いんですが公爵、さっきの女性アマランスに似てませんでしたか? アマランスが粗相をしそうになっているのは、少し、胡乱ではありますが。
 声を掛けてきたのはティターニア、辛辣さが玉に瑕だが、優秀なオマエの相棒である。あ、うん、私もそう思ったけど、向こうが何もしてこないなら、様子見よ。それに、なんだか顔色良くなかったし、たぶん乗り物酔いしてたんじゃないかな。あの状態では悪さも出来ない。とりあえず、妖精たちに任せきりというワケにもいかず、さて、此方も高所へ……。
 ほう、高所から眺められる場所。つまりジェットコースターかフリーフォールですかね。
 絶叫系は却下よ!?
 では、あちらの回転するブランコは如何でしょうか。絶叫系を怖がっている公爵にピッタリなアトラクションかと思われます。
 ……あれなら、まあ、ジェットコースターよりかは……?

赫夜・リツ

 邪悪ではあるのだ。人を『人』として把握しながらも、使っているのだ。
 ――人間同士で争うなど。
 仮面をつける事に躊躇はなかった。日常を装う事に疑念はなかった。全ては『今』を守る為の行いであり、それを覆す事は誰にもできない。遊園地……エミちゃん、行きたがってたなぁ。頭の中は如何にもこうにも『天使』の微笑みだけ。微笑みの裏に不調が溜まっている現実くらいは、成程、長年の付き合いとやらでわかってしまうか。……エミちゃん、きっと我慢してるし、それに、魔術塔が絡む案件に……連れて行くわけにはいかない。頼れる兄がいるのだから、この騒動に『巻き込まれる』心配はない筈だが、しかし、メールの件もある故に、油断はできない。できないが……? あー……ちょっと待って? 思考が何者かに乱される。遠くに見えるあの女性は、お手洗いから出てくるあの目立ちたがり屋は、まさかと付ける事もなく。……どう見ても、視なくても、アマランスさんとしか思えないよね。
 いつかのリンドー・スミスを彷彿とさせる展開だ。彼も彼女も『思想』は違えど『ひと』で在る事に変わりはない。えっと……なんだか、顔色が悪いけど、何かあったのかな? 何かあったも何も、予想は出来てしまう。せっかくですので、クレープでも食べませんか。……本気か? 本気で、それを提案しているのか? 嫌がらせにしか聞こえない。私が誰かを知っていて、そう、謂うのであれば、褒めてやろう。水を頼む。
 観覧車こそが憩いの場だ。ゆっくりと腰を下ろして、小さな空間、二人だけの時を演出してくれる。水は受け取ってもらえた。やっと、反発しあうことなく接する事に成功した。胸を撫でおろしたいところだが――? ホッとしている自分に驚く。僕は、これを望んでいるのだ。こうして、たのしく過ごせたらいいのにと、思っているのだ。こんな僕を見て、こんな僕の感情を察して、彼女はどう反応をするのだろう。
 ……なんだ。私の顔に何か、ついているのか?
 まさか、これが戯れだと謂う事くらいは、解っているだろうに。
 笑われた。仕方のないこと。だけど、僕は、僕たちは……。
 鍋の中身を改めてはいけない、その先に希望は無いのだ。

カーシャ・ヴァリアント

 怪異とのお戯れが遠い、遠い、過去の沙汰に思えてならない。されど、カーシャ・ヴァリアント、オマエの魂とやらにはその時のカオスがしっかりと刻み込まれていた。なんか……また来ちゃったわ、ここ。此処が何処なのかと問われれば、ああ、見ての通りと返される筈。人々の黄色い悲鳴が響く中で、まったく愉快な騒がしさ。おお、遊園地。人間が想像し、創造した中でも随一たるマゾヒズムの溜まり場。……まぁ、楽しいと謂えば楽しかったしね。いつかお姉ちゃんと来れたら良いんだけど……その為には……。嗚呼、腹立たしい。毎日、毎日、恨みつらみを蓄える為とは言え、ムカムカとする。あの金髪女を排除しなくちゃだけど……ぐぬぬぬ……。唸るしかない。頭を抱えるしかない。何せ戦力差は歴然、あの催眠と洗脳を如何しても解けないのだ。
 つんつん、つんつん、肩に触れてきた何者か。声を掛けても返事をしないのだから、成程、そうされても仕方がないか。ん、何か用……? 目の前に存在していたのは絶世の美女。いや、世界で二番目の美女。こいつ……お姉ちゃんに二回だか三回だかぶっ飛ばされてた奴じゃない。アタシが『見えている』ってことは、そういうことよね? 思考をしていたが故の無動、奇天烈にでも思ったのか『二番目』が首を傾げる。何でもないわ、一緒に遊ぼうっていうんでしょ。アタシは優しいから、構わないわよ。きっとロクでもない事を考えている。そうでなければ、このような『箱入り』が『塔入り』がこんな場所で燥いでいる筈がない。人間じゃないし、むしろ、存在的には祟って呪ってナンボでしょ。
 ぐい、と、女の身体を引っ張ってやる。じゃあ、アトラクションはアタシが決めても大丈夫よね。ほら、これに乗るわよ。二人して飛び込んだのはロールケーキめいた何かしら。座席がふたつほど存在しており、安全バーがガシャコンと。……私は、このアトラクションが何かを知らないのだが……。はじまりのベルが鳴る。鳴ったと同時にロールケーキが――円形のアトラクションが――前やら後ろやらに、ぐるんぐるん。
 悲鳴も絶叫も聞こえない、黙している。
 ……それじゃ、次、乗りに行くわよ。ちゃっちゃと歩きなさい。ぐい、と、ロールケーキから引っ張り出して、そのまま外へと放ってやる。……うっ。ふらふら、よろよろ、塔入り娘はまだ渦巻きの中らしい。目回してるところ、SNSに晒してやるわ。

 全戦全敗の女、アトラクションにも負ける。
 動画はこちら。

ディラン・ヴァルフリート

 脳髄に粘りつくかのような――精神に圧し掛かってくるかのような――眩暈を味わっているのは、成程、彼女だけに違いない。散々、振り回されてしまったのだ。猛烈な絶叫その他を繰り返したのだ。反芻をする暇もなく、只管に、平然を装う気力も見当たらず。そんな彼女の正体など初対面で把握済みだ。……其方から……声を掛けていただけるとは、幸先の良い事ですね。確かに、√能力者としては『そう』だろう。何せ監視と同時にちょっとした悪戯を仕掛ける事まで容易なのだから。尤も、オマエの場合は……ヴェールを大切にすると宜しい。恥ずかしながら、探し物は不得手なもので。折角の遊園地ですし……楽しみながら、探すとしましょう。もちろん、あなたの探し物も、そう遠くない場所に『在る』筈です。人気のない場所が良い。騒がしくないアトラクションが良い。……私はもう、何も、乗りたくないのだ。彼方にあった射的であれば……心の底から嬉しいのだが。如何やら嘘ではない。猜疑心を失くしてはいけないが――彼女が疲弊している事だけは絶対と見えた。
 企ては『今のところ』ないらしく、冴えている五感に、第六感に掠りもしない。もしも、これが何かしらの『策』で在ったならば脱帽するのは此方と謂えよう。そういえば……こうした場では、食べ歩きも醍醐味なのだとか。全弾命中、遊園地のスタッフ数名が立ち止まって二人を見ていた。……食事くらいは此方で持ちます。な……何故……何故、其処までして、私を花畑に連れて行きたいのか。理解できない。理解、し難い。したくもない。何も要らないのですか? 僕は……一番辛い料理でもいただくとしましょう。
 射的を終えて二人が向かったのは近場の屋台だ。此処で一番辛い料理――ホット・ホットドッグを購入する。大きくてフワフワとしたパンが挟んでいたのは唐辛子たっぷりなソーセージ。ソースは阿呆みたいに真っ赤だ。……もう少し、辛い方が良いのかもしれないです。うっ……。見ているだけでダメそうだ。お花畑へと這うかのように。
 消えていく。

花喰・小鳥

 何者が鳥を逃したのか。何者が籠を壊したのか。されど、自由を得た小鳥は落ち着かず、別の籠へと逃げ込んだのか。遊園地ならデートでしょう? 何処かの夢見がちな乙女のように、何処かの初心な娘のように、クラクラと嗤う脳髄を傾け、如何にか支えてもらおうとする。だが、嗚呼、予想していた通りだが。あれはひどくずるいものだ。きっと、これは仕事なのだから、と、それ以上の何かしらをして――秒で返り討ちに遭う以外にはない。息を吐いたと共に視線、吸い込まれてしまったのは|乙女心量産機《コーヒーカップ》。……出来れば、乗りたくはないです。先日味わった撹拌を思えば、粗相を考えてしまったら、とても乗る気にはならない。……エチケットもないのですから。いっそ、何処かの誰かさんにおねだりでもしてみれば『手にする』事くらいは可能だろう。ですが……それは、私の末路を『私』で決めるような、マゾヒズムのような……厄介なことでしょう。嗚呼、情念。オマエは常にカップではないか。甘ったるいカフェオレ、砂糖を散らかすように、ぐるぐる、ぐるぐる。……お仕事といきましょうか。何者か曰く――自らの幸福の為に、耐えてくれた。
 虚構と名付けるには随分と苦労をした。舞台へと身投げしたものは悉くが死霊で、さて、災厄はオマエだけと考えられる。ここなら、見咎められても演出で通るだろう。まったりと、フワフワと、洋館の中をさまよっている。成程、ホラーハウス。屋敷でないのは正解であった。こんな時、こんな場所、あの男がいたとして、悲鳴をあげて抱きつくのはどうだろう。ダメだ。幾らイメージを柔らかくしたとしても、あっさりと、躱されてしまうに違いない。「君ぃ、いくらなんでも大根役者じゃないかね? いや、この場合は大根すらも無いと謂ってもいい」死霊――幽霊というワケか。イメージにまで侵蝕してくるとは、嗚呼、眩暈。片割れの彼女の怖がりようのほうが迫真だ。それに、あの男が一番のホラーとなってしまう。
 偽物の方で怖がるなんて、失礼なのではないだろうか。
 悲鳴はなかった。嗅いでも、嗅いでも、臭い物は出てこない。複数の人間が集団で動いている程度か。……ベンチで小休止。ソフトクリームを購入したのだから、溶ける前に食べてしまえば良いものを――ぱしゃり。誰かさんに送信。飯テロでもしておこう。「アッハッハ! 可愛らしいじゃあないか。しかし、君ぃ、それを選ぶだなんて、よっぽど、目を回したいらしい」……これは、私の頭の中の、あの男。実際に『口にしている』ワケではない。

物部・武正
物部・リサちゃん

 アジト探しは上出来だ。シンボルの真下、地の底であれ。
 如何に獣と謂えど、如何に妖と謂えど、その輪郭が可愛らしさの化身なのであれば『愛玩』されるのは必然と解せよう。フワフワとしているのは何者かの足取りか、或いはオマエのヨチヨチで、指と指をくっつけるかのような心地に等しい。ウェ~イッ、リサちゃんとおデート~! おてて繋いでインパだぜ。随分とおちゃらけている彼のお隣、テディベアちゃんが歩いています。とっても、とってもかわいいね。タケチャンと……デート……。何を隠そうこのテディベア、能力者以外からはクマ耳フードの少年に見えている。まるでキャトられ、攫われる牛のように、ぶらぶら、二足を浮かせてみるのも『それ』らしい。迷子になったらダメだぜ? お土産に隠れるのも、勝手に消えるのもダ~メ☆ 値札ではなく釘を刺された。むう、と頬を膨らませた少年は――彼方、ライバルじみた何かしらとの邂逅。
 着ぐるみだ。中の人なんていない、と、声高に宣う人物も多いだろうが、残念ながら『リサちゃん』は騙せない。ニセモノ……ニセモノ……。本物からしたら、あんな『もの』、全部が全部贋作だ。肉と骨と血を抜いてから、綿を仕込まなければ始まらない。ブッ倒してやりましょう。もこもこ、もこもこ、少年が着ぐるみをぐるぐるパンチ。なーんて、ダメですよリサちゃん。平和に、平穏に、楽しみましょうね。アッ、着ぐるみさんに突撃しちゃよろしくないぜ! むに、と、リサちゃんの頭を押さえてみる。ニセモノなのは確かに言えてる~!
 わちゃわちゃ楽しんでいると横入りしてきた誰かさん。目を回して、お花を摘んでいた誰かさん。おっ、レディがいるぜリサちゃん! デートに水を差す無粋な輩ではないか。今度こそブッ倒しても良いのではないか。んも~、リサちゃんのほうがカワイイってば~。この一言にはほんの少しだけ、ほんの僅かにだけ、ショックを受けざるを得ない。……そういう事は、本人の前では、謂わない方が良いと思うのだが……。ほら、リサちゃんにメロメロで一緒に巡りたいってさ。謂ってない……。イイヨ……。タケちゃんの前では良い子でいよう。天使みたいにお行儀よく、不服を殺して。オッケー? さっすが、心が広~い。誘う相手を違えたようだ。誰かさんは別の意味で目を回している。
 んじゃ、一緒にジェットコースターでも乗ろうぜレディ。チャラ男とクマとギャルは高いところがスキ? ごくり。咽喉が鳴った。如何やら好きではないらしい。好きではないが、連行してやると宜しい。何せ相手は簒奪者。情けも容赦も不要なのだ。ところでリサちゃん、初めてのジェットコースター、怖くないかな?
 アーーーーー。
 リサちゃんはぬいぐるみである。故に、軽い。文字通りにフワフワと飛んでいきそうだ。ウヒョ~! フワッとしてグワっと! 宇宙だぜ! 怖くはね~けど、サングラス取れそ~! んでレディ、一番前を譲ってあげたけど、気分はウェイ??? ウェッ……。ウェイなら良かったぜ。そういやアジト探すんじゃん。あるから~? リサちゃんも見つけたら教えてね~。指をさしてもわかり難い。何せちっちゃいおててだから。

四之宮・榴
ディー・コンセンテス・メルクリウス・アルケー・ディオスクロイ

 儲かったのは桶屋だろうか。
 可哀想は可愛い――それが琴線に触れる『ひとつ』なのであれば、成程、見覚えのある『女』とやらも枠内ではあった。しかし、それ以上に、素晴らしい患者が在るのだから、浮気をしている場合ではないのだ。小娘と遊んでやる方がたのしそうなため。小娘で遊んでやる方がおもしろいため。徐々に、徐々に、愉快愉悦の類が確信へと迫っていく。まるで普段の通りに、まるで普段の『異常』に。仔の確保? 当然やるが。遊びと仕事は両立させよ。アッハッハ! 両立させたとして金銭、天使めいた三億円は飛んでいくだけだ。それを言われたらお終いよ。いや、わたくし、痛いところを突かれるのは、あまり好みではないゆえ……。
 ……あの。怪人のお隣には偽物が相応しい。医者のお隣には患者が相応しい。ぼんやりと、翼のカーテンを見上げながらも、如何にも真面目そうな|顔《かんばせ》を装ってみる。僕は、狂信者のアジトを……探したいの、ですけど……。度し難くても結構、それに、先程は翼のカーテンと描写したが、此度の医者は『ひと』である。わたくし普通に愉しむので。なにぶん怪人、標準機能~! さあて、付き合いたまえ榴嬢! 乗り気ではないようだが、乗るつもりではあるのだろう! ……勝手に、僕の頭の中を読まないでください。いえ、読んでも、尚、揶揄わないでください。放たれた|機械の半身《レギオン》の群れ、遊園地は広いのだから隅々まで『見る』のには、おそらく、時間が掛かるだろう。最大数を展開したオマエ――さて、残りの人間らしさは如何程か。相変わらず飛ばしているなあ。これ、小突いたらどうなるのかね。怪人サマからのお戯れだ。……メルクリウス様!? 触るのは……まって……やめて! それ、僕と繋がってる、ですから……っ……。つんつんと擽ったい。こしょこしょと、痒くなってくる。え? やめろ? やったが? ついでに尻でも揉んでおくか!! な……なんで……僕の行動の邪魔……ひゃ……っ!? 莫迦ぁッ……! ま、二割は冗談。ところで、榴嬢、柘榴みたいになっているのだが……。……僕で、遊ぶのやめて……ぇ……。脳味噌が茹だってしまいそうだ。目を回してしまいそうだ。いや、回っているのだろう。
 ともかく。熟れた林檎の腕を引っ張り手頃なアトラクションへと導いてやるのが宜しい。戦闘員が使えぬ場だ、頼るしかない。その代わりに|運命輪《因果》でも回しておこう――ああ、回すならカップより観覧車かね? ……すみません。なんで、僕は、こんなに密着しないといけないのですか? ユリカゴから墓場まで、そうやってほしいと神からの願いだ。出来れば高所を取りたいので……カップはもう、いいです。
 デートの邪魔はするものではないと教えておこう。
 ……メルクリウス様???
 ん? 何? デートじゃない? ワハハ。
 索敵はもう十分だろう。
 お花畑に消え失せた『あの女』に、幾つかの武装をした団体客。

長峰・モカ
和田・辰巳

 お酒を飲んで、ぐるぐるバットをして、目を回している|フリ《●●》、見破られたとしても尚、続けてみたいと思うほどだ。けぽ、と、可愛らしく真似してみるのも悪くはないが、其処まで心配させられない。たまには和田くんと遊園地デートでもしようかしら。今回はきっと長峰・モカ、オマエが引っ張っていく番なのだ。和田くんがやりたいこと、私にやってほしいこと、なんでもやってあげるからね。甘やかして、甘やかして、ダメにしたいのか。それともオマエ、ダメにされたいのか。モカさんからのお誘い、嬉しいです。しかし、ここ、狂信者がいるみたいですけど……。真面目ではないか。堅物と謂うには柔らかいが、正気ではないか。何処かの誰かさんからの『ご一緒』だって撥ね退けるほどの、美しいガードの硬さではないか。え? 狂信者をどうするかって? さっきの女が気になるって? もう……真面目なんだから。でも、そこが可愛いんだけどね。随分とイチャイチャしてくれている。周囲の人が此方をじっと、見てしまいたくなるほどに。じゃあ、お化け屋敷いこうか。ほら、インビジブルから情報収集できるかもしれないしね! え? 不意を打たれた気分だ。脳髄がひくりと冷や水を注がれたかのように。いえ、怖くないですけど。そ……そうですねインビジブルから情報集められるかもしれないですね! 何かを誤魔化してはいないか。其処は『突っ込み』を入れるべきだろう。え? 作り物? そんなの聞こえませーん! セルフではないか。ノリが良すぎるのではないか。雰囲気たっぷりなドロドロ、カップル様ご案内……。
 ヤケに空気が冷えていた。所謂、典型的な『お化け屋敷』ではあるのだが、ジャンプスケア。心臓に多大なダメージを与えようと仕掛けてくる。ぜ、全然怖くないですけど!? いつ、どこから、何が飛び出してくるのかわからない。目隠しをした状態で夜半、歩かされているかのような感覚か。和田くん……怖いの? 強がってて可愛い! そんなこと言ってるモカさんだって、怖かったら手を繋いでも良いんですよ? 横入りしてきた幽霊さん一匹、ここぞとばかりにキャーキャー、人間災厄が抱きついてみせた。和田くん、たすけて! ぱふ……? 埋まってます! 埋まってます! 何が何処に埋まっているのか。胸? 当ててんのよ。埋めてんのよ。こうしたら、なんにも、見えないでしょ? むー!!!
 酸欠で眩暈がする、そういう瀬戸際だった。ぜぇ……ぜぇ……モカさん、いじわるしないでください。ごめん、ごめん。そうだ。さっきお話してみたんだけど、どうやら、この遊園地のアジトは壊滅寸前らしいよ。へ……? 感心よりも先に驚きがやってきた。じゃあ、仕事は『これ』でおしまいなのだろうか。いや……何か、胸騒ぎがする。
 モカさん、すごいです。僕は戦う事しか出来ませんから、お互い、違う事が出来るのは存外……良いですね。支え合っているのだ。支え合っているからこそ、この現実は、嘘ではない。そろそろ、暗くなってきたね。ホテルに行こうか。
 ホテル内部にインビジブルの気配はない。気配があったとしても、これ以上の情報は無いだろう。じゃ、和田くん。今から全力で甘やかすから、覚悟してね。
 ここ、怖くないです。一泊出来て良かったとも思います。
 ……一緒にいてください。

第2章 集団戦 『対超常特務部隊「暗部」』


 遊園地の中心――シンボル――その真下。
 遊園地に相応しくない集団が、狂信者としても相応しくない連中が、完全武装で『こと』を終わらせていた。彼等は何かしらを探しているらしく、まだ、見つけていないご様子だ。リーダーらしき人物が声をあげる。
 くそ……まだ、見つからないのか。リンドー・スミスからの命令だからな。何が何でも手に入れないと、最悪、俺達が怪異の餌にされちまう。
 隊長! 隠し通路がありました。如何やら【鍵はかかっていない】みたいです!
 何……? 鍵がされていない? 狂信者どもは『弱者』ではあるが、莫迦ではない。考えられるとしたら、ひとつだ。俺達以外の何者かがいるってことだ。面倒な……。
 隊長! 向こうから何者かがやってきます!
 あ……? おいおい、つまりは、あれか? 少なくとも、三つの組織がこの場に存在しているってことか? 仕方がねぇ。やりたくはないが、相手は此方よりも強い。死ぬよりかはマシだ……! クヴァリフ器官を用意しろ!
 狂信者どもは最早ない。
 絶世の美女の行方は不明だが、きっと、
 お花畑で蹲っているに違いない!
四之宮・榴
ディー・コンセンテス・メルクリウス・アルケー・ディオスクロイ

 パンとワインの道をいく。
 店頭に並んでいたお肉たるや、脂肪がたっぷりと蓄えられており、その甘さは保証されている。串刺しにされた肉の塊こそ、くるくる、くるくる回すべきだろう。削ぐようにしてお皿か、或いは|血肉《パン》に乗せていく。勿論、脳内を巡るこのイメージとやらはお医者様の『おもしろ』の結果に違いない。……僕は、何を考えて……いえ、考えていないのでしょうか。ともかく……最悪な三つ巴……です。まるでストーカーではないか。ガッツリと武装をした連中と神秘を纏っている連中、其処に汎神解剖機関が土足で踏み込む展開、嗚呼、眩暈がする。……なんか……ある意味、見たことある感じの……方々です。此方が脳味噌を動かしている合間にも、いそいそ、準備完了のジェスチャーをしている。慣れていますね……戦闘……対√能力者戦。厄介だ。厄介であると同時に面倒臭い。あれらを片付けるのであれば――生贄たるオマエでは、些か、苦しいだろうか。
 怪人に――わたくしに――【メルクリウス】に、ヒトとして戦えと? ワハハ、おもしろ。リンドー・スミスの言の葉こそを至上とするのであれば、怪人、オマエの人に分類されるのではないか。それは、あなた、わたくしに対する嫌がらせではなく、真に人である者への侮辱なのではないか。……メルクリウス様、その、ご自分の|毒《血液》でしたら、打ち消されはしない……ですよね? ワハハ、榴嬢、余所見をしている場合か。それを持って、それを構えて、狙って、引き金を引きたまえ。はじめての銃だ。はじめての|有為転変《エモノ》だ。少しだけ心配ではあったのだが、されど、緊張している余裕もない。
 自我を顎としたならば――口腔と定めたならば――情け容赦のない|水銀《どく》を籠めよ。まるで注射を行う主治医のように――処方する主治医のように――バスバスと、撃ち込んでやれ。……ちぃ! これだから埒外な連中は……おい、応戦するぞ。そっちの小娘の無力化が先だ。蜘蛛の糸を手繰るかの如くに|身体《にく》が揺れる。不意に狂った視界は成程――怪人による寵愛であった。己の背に隠しておこう。托卵をされた鳥のように。
 メルクリウス様……? 投薬が効いている。極めて強い酒気よりも、実に、臓腑を巡っていくかのような歓びか。さあて……アルゴスの眼にて! この場を静粛にしてやろう! ぎょろりと見据えた先には連中の『腕』、切り落としてやれば確実にタイムセールの餌食と謂えよう。ついでに腕以外を切り落としてしまえ。くそが……化け物め。俺がテメェを殺してやるよ……! 肉薄を試みた勇敢な戦士、率先して死にに来たのか、と、喝采と共に送ってやると宜しい。アッハッハ! これは遊園地のヒーローショーなどではない。わたくし、本物なのだ。転がった戦士の頭部。焦った奴から死んでいく。
 メルクリウス様……! 隊長クラスの命令によって近づく莫迦は最早なく、超常を封じる為の弾幕が怪人の肚へとめり込んだ。……大丈夫ですか? 何を心配しているのやら。無駄だぞ、その心配。ともあれ……得られるものはすべて頂くとも。それは、命も、仔も、天使も、何もかも! 我がアルゴスの眼――これは、√能力ではないので。……メルクリウス様、もう少し、投薬を……しておきます。アッハッハ! わたくし、肉弾戦もこなして魅せよう。いや、あなた、今度はわたくしの番だ。
 投薬の効果は絶大だ。加えて【メルクリウス】は幹部級である。

カーシャ・ヴァリアント

 頭が大きくて、かたいのだ。
 柔らかくする為にも、ぐるぐる、揉んでやるのが優しさだ。
 ぴろん、ぴろん、喧しくなってきた何かしらの音源とやらをオフにする。すいすい、指先で触れてやったならば不憫かわいいに対しての反応どもか。絶世の美女は――世界で二番目の彼女は――ある意味で有名な『ひと』とされ、画面の向こうのお友達の話題となった。その中にはおそらく、どっかの|天才《アザレア》も含まれるのだろう。乙女心をぶち撒けた『もの』同士、仲良くしてくれたら宜しいか。ふふ……あんな位でヘタレちゃうなんて|引きこもり《魔術師》はこれだから……。ネットの海を片付けつつ新たな『お客さん』とやらにご挨拶をせよ。で……今度はなんかコスプレ集団がいるみたいだけど……ちょっと驚かしてみようっと。生死の境で争っている最中だと謂うのに『死の側』がちょっかいをかける。実に冒涜的な展開ではあるのだが――これも、姉を取り返す為の修行である。
 お呪いは必ずしも『ひと』に向けられる沙汰ではない。ぺたりと貼り付けたお相手は野犬その他の地獄である。大きな、大きな、鴉の|最早ない《なきごえ》を皮切りにして――場は混乱へと落ちていく。くそ……こいつら、何処から涌いてきやがった! 遊園地だってのに野犬だと? √能力者の仕業か……? いや、違います隊長! 聖水がまったく効きません! 正体を探ろうとしても、正体を暴こうとしても、それは決して、赦されない。不意を打たれた一人がばたりと倒れ込む。なんだ……何が起きている? チクショウ、化け物め。こっちにくるな……! ま、まて、俺だ! 俺だっての……!
 あははは、面白いー、何かお札やお水バラまいてるけど、そんな程度でアタシを祓えると思ってるのかなぁ。祓えるのは――殺せるのは――√能力だけだ。あわれ、本物の幽霊に『それ』は無意味を極めている。お腹も空いてきたし、いただきまーす。たらふく吸収した生命力、この積み重ねこそが『いつか』を迎える。
 幽霊の出る遊園地って話題になっちゃうかもね。

花喰・小鳥

 歩く事すらも困難だと謂うのか。
 首を痛めるくらいは、構わない。
 熱にやられたソフトクリーム、コーンの下側からポタポタ、秘密を暴露するかの如くに。隠されていたものを暴いた瞬間は、秘められていたものを晒した刹那は、成程、マゾヒズムに近しい快感になるのかもしれないが――其処までの愚かさを抱え込む事はできない。事、ここに至ればいいのでしょう、きっと。雨あられに中てられようとも、鉛の弾に狙われようとも、いつだって『紫煙』を忘れられない。大きく、大きく、肺臓へと溜め込むかのようにして――園内は禁煙でも、これは、緊急事態ですから。もうもうと、盲目と、誘い始めた怪しげな効能。ふらふらとやってきた数人に対して何を告げるべきだろうか。断頭台――黒い神の名を冠する――故に、死刑は免れぬ。遊園地でぼっちはさすがに寂しいんです。切り飛ばしたのは頭部ではなく腕。もしも、首に命中していたのなら……小鳥は啄む意気も失せるのか。……うう、おいしくない……。齧っても齧っても真に満たされる事はなく、嗚呼、腕はきっと犬死だろう。あなたたちは連邦局のエージェントのようですが、羅紗の魔術士は見ませんでしたか? 羅紗の魔術士……? アマランス・フューリーか……! よりにもよって、そんな大物! 俺達の不利じゃあねぇかよ、クソが……! 至近距離から放たれた弾丸――天獄の門を封ずるかの如くに、沈むかの如くに。
 どうやら、初耳のようです。それにしても……いたい……。痛いのは嫌いだ。痛くなるなら、痒くなるなら、別のベクトルに向けて終えば宜しい。とりあえず処方された|お薬《エクスィテ》。日に日に増えていくのだが――汚染――それが、脳髄に対して『よく』てたまらない。……ア……アァ……。身体が軽い。こんなにも力が漲っている。なんだか、なんでも、出来る気がして仕方がない。……化け物め……人間災厄め……! 逃げようとしない。遁走を試みた瞬間に殺されると彼等は理解していた。……まるで私が悪役みたいです。ええ、たとえ、あなたが主人公だとしても、結末は変わりません……。
 薔薇のように息絶えた。
 薔薇のように袈裟とした。
 誰かさんの所為だ。誰かさんが返り討ちにしたから、その所為だ。
 隠し通路のその先へと――鬼が出るか蛇が出るか、奴隷が嗤うのか。

香久山・瑠色

 頭上、パタパタと旋回しているふたつの影。
 化け物三半規管が隣にいたのだ。振り回されるのは必至であり、必死に食らい付こうと試みるだけ無駄であった。醜態を晒して、痴態を晒して、世間様へと垂れ流されてしまっては、嗚呼、嫁にいけないと泣いてしまいそう。お姉さんの僥倖はおそらく、未だに全てが把握できていないところだ。あれ……お姉さん、迷子になっちゃったんですかね? くるりと、きょろきょろと、お手洗いの方に視線を投げても気配なしだ。まさか、僕よりも早く迷ってしまうなんて、あのお姉さんはおっちょこちょいなんですね。クスクスと、笑ってみせたオマエに肩からの視線。じっと、ジッと見つめてくる鴉は――濡れたかの如くに、呆れてみせた。わかってる。こういうとき、迷子になっているのは僕の方。でも……謂わないでほしい。わかってるから。……カァ。鳴くだけだ。啼くだけに留めたのだから、褒めてやれ。
 さて……。物騒な連中からのご挨拶にも対処しなければならない。きっとお姉さんの方が強いのだろうけども、ここで出し惜しみをしていたら袋叩きにされかねない。ここはサバゲ―会場じゃないんですよ。もちろん、戦場でもありません。自己犠牲を美徳と宣うならば、献身を僥倖と宣うならば――せめて、人間らしく『やる』べきだ。ああもう、クヴァリフ器官とかすぐ使う! これだからこの√の人間は!!! ズカズカと土足で踏み込むが良い。聖水よりも札よりも――最強たる証を翳してしまえ。ドーピングってなんですか! 変なものを口に入れちゃだめってお母さんに教わらなかったんです!? ぺっしなさい、ぺっ! お、俺達は子供じゃ……? 異形化しないだと……? 最大加速回転のコーヒーカップに放り込みますよ! もう!!! や、やめてくれ……その怪異の報告書は読んだが、あれには乗りたくねぇ……! |烏戸《カラス》と|小雀《スズメ》からの翻弄だ。隙を作ったのだから、隙間を通してやったのだから、あとは身包みを剥いでやれ。
 これも、それも、没収です!
 それとも、コーヒーカップじゃなくて、ジェットコースターがお望みですか?

物部・武正
物部・リサちゃん

 人の恋路を邪魔してくれたのだ。人の大切な時間を台無しにしてくれたのだ。水に流すつもりなど欠片としてなく、いっそ、何もかもが狂ってしまえば良いのにとも思う。ゾロゾロ、ゾロゾロ、量産されたマスコットのように屯している、空気が読めない迷彩ども。さっきのヘンな女といい、これを赦してやれるほど広い心は抱けないか。困りましたね、困ったね。クマのぬいぐるみは柔らかくて、決して、傷つく事などないが――恨みつらみは増すばかり。うひょ~。ミリタリーってヤツ~? イカスじゃ~ん。マイフレンドは如何やら連中の装備に夢中らしい。男の子の憧れと真正面からぶち当たったのだ。目が眩んだって仕方がない。チヤラヲだって追い求めたいワケよ、レディよりも浪漫を。ミリタリーでレディオなチャラ男、リサちゃんはどう思う~? タケチャンは、イマのママでカッコイイ……スキ。一切の照れもなく言いきってみせた。テディベアの肝はひどく据わっており――可愛らしさと漢らしさが座っているのか。え~、今のオレが一番スキなの~? キャ~ッ、照れちゃ~う☆ ハードボイルドさとチャラさの混沌。これを引っ掛かりなく成り立たせる能力者ふたり。さて、雰囲気に呑まれつつある連中は――クヴァリフの肚を摂取するのか。
 さ~て、チャラ男もおだてりゃ木に登る~? カワイイポーズをしているテディベアの為だ。お互いがお互いの期待に応えるべく動き出したワン・シーン、実に感動ものであろう。足止めは任せろリサちゃん! チヤラヲが放ったのは銀河である。コーヒーカップよりも渦巻きをしている、衝撃波である。クヴァリフ器官のチャージには時間が必要だ。必要だと謂うのであれば――そこに最高震度をお見舞いしてやるぜ。愛と正義と宇宙をお裾分け、ついでに虹色のアーチも受け取りな。グラグラしていないリサちゃんに何を向けようか。カメラ、或いはチヤラヲの視線。こっち見て~! カワイイ~! はい、ポーズして~!
 カワイイポーズ☆ と同時に引き出したのはおともだちの力であった。いつも一緒の桐箱をパカっとしたならば何を呼び込む。この場で一番殺傷力の高いもの――そう、天井。わざわざド派手にしてくれたのだ、此方もド派手にやらねば勿体ない。容赦なんて要りません。おともだちも、そう謂っています。遊園地のシンボル諸共――落として、潰してやるといい。え、天井落とすの~? マ~? さっすがリサちゃん、やることが派手だぜ。
 ケガしないようにネ☆
 掌を翳したところで物理的に『むり』だ。
 仮に呪いを無力化できても――圧死する他に道はない。

クラウス・イーザリー

 握り締めた|拳《グローブ》――慈悲深い昏倒。
 汎神解剖機関の連中に引き渡してしまえば、
 きっと、死ぬ事だけはない筈だ。
 美しいものが――妖艶なものが――蒼白としている姿、哀愁すらも押し退けるほどの嘔気とやらを、ああ、同情するのは人の|性質《サガ》か。あの人が魔術士なら……噂のアマランス・フューリーなら……あの状態は、此方としては『ラッキー』なんだけど。人の体調不良を素直に喜ぶ気にはなれないな。もちろん、敵に塩を送るつもりはないのだが、人間精神からは完全には逃れられない。それはさておき――目の前の肉の扱い方について、だ。こいつらをどうにかしないと、戦闘慣れをしていそうな奴らを片付けないと、クヴァリフの仔のところには辿り着けそうにないね。考えるのは此方だけで十分だ。考えさせる時間を与えない、電撃こそ、今を打ち破る為の特効薬と解せよう。まるでミサイルが如く――最前線へと身投げする。いいや、これは身投げではない。勝ちの目を見たが故の行動であった。
 蝶のように踊れ、蜂のように刺してやれ、そして何より、人間のようにしてやるのだ。出力の調整は『気絶』レベル。腕を狙っての打撃から痺れ狙いの鞭打ちまで――別に、殺したい理由もないし、可能なら『無力化』を狙っていくよ。超常現象を相手に立ち回るのが得意なら、普段から、人相手の戦闘はしていないって事だろうし。クヴァリフ器官を摂取させない。仮に、咀嚼をされたとしても――時間内に『触れて』しまえば宜しい。……殺してくれ。ここで、殺してくれた方が、人間らしい死に方ができる……。罰が待ち受けているだけなのかもしれない。でも、あなた達は、あまりにも、因果応報が似合っている。
 これは戦争なのだ。戦争にも約束事は不可欠である。

赫夜・リツ

 おう、リツ! クヴァリフといい、アマランスといい、ぐるぐるするのが流行ってんのかよ。ギャハハ! 黙ってて。
 コーヒーカップの中身めいて、ソフトクリームの上だけのように、ぐるぐる、情け容赦なく遊ばれていたらしい。その結果、オマエに対してのちょっと強めの当たりにはなったのだが、いや、それも仕方のない事だろう。アマランスさん……結構色んな人に振り回されていたのか。そりゃ、クレープ食べられないよね、ごめんね……。口直しのお水が少しでも回復に役立ってくれたら、と、思うのは良心なのだが。ある意味では好機なのではないか。あの魔術士を完膚なきまでに、タジタジにしてやるチャンスなのではないか。それは……考えていないって言ったら、嘘になるけど……それより……アジトの方がどうなっているかな。想定外だ。想定外の中の想定外だ。狂信者の『き』の字も見当たらず、むしろ、目の前に存在しているのはひどく正気な連中であった。ありゃぁ……。おい、そこのオマエ。リンドー・スミスからの報告にあった人間災厄だな? あの男曰く、かなりの強者だとか……。連邦怪異収容局の部隊との遭遇。くわえて、オマエは如何やら有名人らしい。……つまり、これは、問答無用ということかな……? 撃たれた。只管に、莫迦みたいに、惜しみなく鉛を喰らった。正確には――喰らってなどいない。世界は歪んでいるのだから、ルベル、返却をしてやると宜しい。……くそ。これだから、人間災厄は……!
 うーん、数が多くて困るなぁ。遊園地の外で待機していた面々もやってくる。総力戦をされてしまっては多勢に無勢。いや、たとえ、余裕があったとしても『イレギュラー』が起きる可能性は拭えない。こうしている間にもクヴァリフの仔を連れた狂信者を追えなく……? 最悪だ。最悪が頭の中で萌えていた。ちょっと待てよ……? 下手すると、お花畑から出てくるアマランスさんと、狂信者が鉢合わせになるんじゃ……? そうなると至難だ。狂信者たちが怪異にされ、奴隷化したら……。急がなくてはならない。優先すべきは破壊ではなく速攻。ひとつ、ひとつと薙ぎ倒し――鍵のない彼方へ。

ディラン・ヴァルフリート

 連携は取れていた。戦場内の能力者、その埒外性も判っていた。
 それでも、尚、穿つ事が出来ないのは、
 ――単純な、力の強さの問題である。
 酸味と苦みに苛まれて――口腔を侵されて――魔術士は今頃、最悪な気分なのだろう。この状態で√能力者達と『やりあえる』ほど、彼女は愚かではないらしい。……行ってしまいましたね。死したところで蘇る身、精神的なダメージは残る筈なので、このまま帰っていただければそれに越した事はありませんが……さて。アマランス・フューリーに関してはひとまず忘れてしまおう。今、対処すべきは目の前の困難であり、それを障壁ではないと証明しなければならない。発動すれば60秒の時間稼ぎが確定する、と……「彼」の好みそうな能力です。成程、ドーピング。脳内麻薬の発生、痛みに対してのナンセンス、まったく『クヴァリフ器官』というものは――所謂、生命に対しての冒涜でしかなかった。
 発動する『素振り』を晒した時点で彼等の『敗北』と考えられよう。文字通り、目に止まらぬ|早業《はや》さで――無尽の|剣群《雨》が降り注ぐ。いや、仮に、薙ぎ払われても尚『チャージ』を始めた者には串刺しの刑。動けなければ、成程、如何に強かろうとも関係ないか。あなた方にも……事情はあるのでしょうが。その上で、理解した上で、転職を勧めます。此方の連絡先でも、差し上げましょうか。ええ……怪異の解剖については、技術面に関しては、僕よりも上等な筈ですので。異形と化した右の掌が――破刻が――先送りとやらを無碍にする。そのまま、怪力とやらで……竜の爪で……捻じ伏せてやれば容易い。肉と骨を引き寄せる行為、躊躇は皆無だ。
 |人間《●●》同士で争うなど愚かなこと……ですからね。
 負け戦なら猶更です。

アリエル・スチュアート

 逃げ場を殺してから穿つと良い、刃は不要、幅を広げるべきだ。
 神秘と物理の狭間にて――尋常と異常の狭間にて――抗う術、必死に追い求めてきた結果が『これ』だ。人類は哀れなことに、知的生命体は愚かなことに、争う道以外を往けないのだ。そう、考えてしまったのであれば、連中、|上司《リンドー・スミス》の口癖からひどい彼方に置かれている。なるほど、遊園地にアマランス以上に相応しくない奴らがいたのね。ふわふわとしたピンク色の束を指でくるくる、弄りながらも観察を続けていく。『アマランスも遊園地にふさわしいですかね?』辛辣さが玉に瑕な彼女からの突っ込み。ええ、かもしれないわ。でも、簒奪者とはいえ√能力者。√能力者は個性的な格好をしているのが普通じゃない。『……まあ公爵が言うと説得力はありますね。同じ穴の狢でしょうか』ムッと顔を顰めてみせたが、兎も角。目の前の|暗部《かれら》を如何にかしなければならない。連中の武装を見るからに『能力』に対しての準備は出来ているようだ。ならば……。
 滑舌も――魔力の巡りも――上出来だ。たとえ、相手が練達した強者であろうとも、絨毯めいた攻撃からは中々、逃れられない。遠距離からの一方的。ちぃ……! 魔術師か! 魔術士の前に魔術師を相手取るとは、なんつう運の悪さだよ! 隊長らしき人物から出された命令は『聖水』と『お札』だ。ふりかけても、貼り付けても、それが果たして『正しい』事なのか判断に難い。……ええ、見ての通り『ただの魔法』よ。バレないうちは『これ』で仕掛けるわ……。『公爵、どうやら気付いたようです。√能力を撹乱に使用してみては?』最初からそのつもりよ、ティターニア! さあ、行きなさい、小さき機械の妖精達! 召喚された|妖精《レギオン》の群れ、挟み込むかの如く――蹂躙の為の布石とせよ。
 能力の無効化には『道具』が必要だ。能力の無効化には『右掌』が不可欠だ。使わせる余裕をなくして終えば、それこそ、じっくりと調理してやれば問題なく。これならこっちの消耗は少なくて済みそうね。アマランスが出てくるかもしれないし、素早くやるわよ。

星越・イサ

 断片的なノイズの完全体、人間の脳味噌に良いワケがない。
 巨大な巨大な情報が女神様の触腕めいて、うねり、行方を欲する。
 ああ……。心の中に残っているのは焦りで在ろうか、それとも、一種の安堵で在ろうか。警鐘を鳴らそうとしていた脳内で、まったく未曾有な情報とやらが、ぐるぐる回転している。お姉さんとはぐれてしまいました……。顔色真っ蒼なお姉さんを、窮極的なまでの神秘たるお姉さんを、野放しには出来ないと、そういう沙汰か。あの、すみません。そこの方々、お取込み中のところ申し訳ないのですが……。飛んで火にいる夏の虫、或いは、キーウィの行進。てこてこと、警戒心の欠片も無さそうな面構えで『隊長』らしき人物に話しかける。アマランスさんを見かけませんでしたか? ざわつく遊園地の一角、騒がしくなる戦場。はっ……? なぜかこの名前が、なぜかこの名称が、口をついて出てきてしまいました。アマランス……アマランス・フューリー……? 何故、君のような女性が『その名前』を……? いえ、お気になさらず。あの、すごく綺麗で、肩と、こう、胸元が出たドレスを着ている……。まあ、いい。少なくとも、君が『我々の機関の人間』ではなく『アマランス・フューリーを忘れていない』ことは理解した。つまり、君は汎神解剖機関の人間で、くわえて、能力者なのだろう……? 嫌な予感がする。あ、あれ……もしかして、戦いですかぁ~? 閃けよアカシックレコード、デタラメだった記載が真実を孕んでいく。
 口よりも早く、思考よりも早く。音よりも速く、光よりも速く。うるさい|呼び声《コール》のお裾分けだ。慣れていない一名はこの眩暈に抗えず、たとえ、座り込む程度で済んだとしても――追いかけてくる事はない筈だ。私、戦いは苦手なんですよ~! あ、あと、その銃弾! 封印はまだしも暴走はだめですよ! お互いのために! たぶん本当に、頭が割れちゃうかもしれないので! 遁走こそが一番の解決策だ。
 アマランス・フューリーの行方を辿れ。

第3章 ボス戦 『羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』』


 綺麗だったハンカチ、最早、見る影もない。
 臭いの付着している|それ《ハンカチ》は塵としても最悪の類だろう。いや、勿論、付着している『もの』はお花畑の一部なのだが、それ以上に汚濁なのは――嗚呼、血液で在ろう。全ては『片付いていた』のだ。狂信者どもは絶世の美女の手によって『片付けられていた』のだ。連邦怪異収容局の暗部はない、狂信者のアジトも、ない。
 よくも……よくも、先程は、振り回してくれたな。
 まだ、目が回っている気もするが、そんな事よりも……。
 クヴァリフの仔だ。ナメクジめいた肉の塊は既に『確保』されている。おそらく、羅紗の何処かに『記録』されているのだろう。これを回収する為には――奪い返す為には――羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』を斃す他にない。
 ……頭がクラクラする。気分も、まだ……。
 いや、気の所為だ。何故なら、私は魔術士――この程度のイレギュラーに――この程度の眩暈に、屈するほど乙女ではないのだ。能力者よ、|新物質《ニューパワー》を手に入れ、研究するのは『羅紗の魔術塔』。私達だ。
 巴の中へと誘ってやれ。
カーシャ・ヴァリアント
星越・イサ

 遊んでいるのか、遊ばれているのか。
 リリスを彷彿とさせる――アスモデウスを彷彿とさせる――豊満な身体が揺れている。幾ら頭を抱えても、幾ら、気の所為だと思おうとしても、この後遺症からは逃れられない。まるでSNSへと垂れ流された失態動画だ。ぐるぐる、ぐるぐる、矢印のように回っていく。おーおー、フラフラしてる割に頑張った感じ? 言の葉を返せないほどの不調と謂えよう。フヨフヨ、フワフワ、漂っている|憑依霊《オマエ》の姿が、より、嘔気を増幅させる。でもさぁ、ここの遊園地に来たのに|コーヒーカップ《アレ》に乗ってないとか駄目じゃない。ひくっ……。吃逆のような悲鳴だ。息を呑むしかなくなった。ほ、本気なのか? 私は、これ以上、自分を痛めつける趣味などないのだが……。呼吸を整えなければならない。精神を正さなければならない。冷静さを取り戻す為にも――時間を貪食しなければならない。
 あ……あ……あーーーっ! 瞑想をするよりも前に耳朶、叩きつけてきたのは叫びであった。肺臓よりも先に胃袋と脳味噌が吃驚、絶世の美女は意識を其方に向けた。綺麗なお姉さん! いえ、アマランス・フューリーさん! まさか同一人物だったなんて!? そして、再び私の前に敵として立ちふさがるなんて! ……あっちのはアンタの知り合い? まあ、アタシと同じくアンタを振り回したいみたいだけど。まったく姦しい状況ではないか。右左と視線を動かして……それだけで、アマランス・フューリーは目を回してしまいそう。羅紗の魔術塔にもアマランスさんにも特に恨みはないですが、星詠みさんの依頼です。覚悟してください! 挟み込まれた。前門の虎後門の狼――魔術士は改めての瞑想を試みる。
 結論から、魔術士の試みは失敗に終わった。これだから|魔術士《引きこもり》は。頭が固いクセに運動しないもんだから、そうなるのよ。念動力によって吹っ飛ばされた豊満、愉快なほどの必然によってホールインワンか。う……うぅん……此処は……私は「どこ」に……? 豊満を動かすよりも傾く視線。ゆっくりと流れていく景色。な……何故……私が、何か悪い事をしたとでも……? コーヒーカップだ。何が悪いのかと問われれば、何もかも。こういう時って掛け声があった方が良いのよね? よいではないか? レッツ・ゴー・サイクロン??? まあ、最大速度まで直ぐだから、聞こえちゃいないだろうけど。悲鳴か絶叫か、或いは断末魔か。アマランス・フューリーの美貌は最早、くしゃくしゃとしている。
 うーん……啖呵を切ってみましたが、どうやら、私の出番はあんまりないようですね。いえ、攻撃手段を持ち合わせていないので、これは、僥倖なのですが。アマランス・フューリーは愈々、召喚の為の文句すらも口にできない|ご様子《ぐるぐる》だ。それにしても、あのコーヒーカップってあの時の怪異……。ぶんぶん、頭を振って気分の悪さを取っ払う。思いつきですが、今なら、かなりの効果が期待できます。そこの幽霊さん! ちょっと何かが見えるかもしれませんが、なるべく、目を回さないようにお願いします。はあ? ちょっと待ちなさいよ。アンタ、何するつもり……?
 |脳内《メモリ》のお裾分けである。
 情け容赦のない、過去からの|墜落《フリーフォール》である。
 何をするのかと思ったら、幽霊に『それ』は効かないわ。安心してぶっ放しなさい。コーヒーカップの中にいるシェイクの悪夢。回転しながら落ちていく感覚とは――嗚呼、想像したくもない。そしてやってきたダメ押し。撹拌し尽くされた魔術士の頭の中に『ひとつ』の汚染。絶叫マシーンに乗りたい。絶叫マシーンを全制覇して、ダメになりたい。がこん、と、最初に地獄はお終いだ。
 ……ゲホ……。
 歩ける筈がない。立てる筈がない。
 目が回って、気持ちが悪くて、頭が痛くて、這うしか出来ない。
 くふふ、盛大に吐いちゃって……まだまだ、序の口よ。
 私……私は、もっと、乗らなければ……🌈
 頑張れ頑張れ♥
 ……こっちの目が回りそうなのですが、幽霊さん?

香久山・瑠色

 奴隷は沈黙していた。
 三半規管は勿論、臓腑にまでダメージが入っているのだ。加えて、醜態を晒し尽くしてしまった現状、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』の心身はズタボロである。邪魔をするな。私の――アトラクション全制覇の――邪魔をするならば、容赦はしない……? 違う。アマランス・フューリーの目的はクヴァリフの仔の確保、新物質の入手ではなかったのか。自らの思考のノイズ、それに気づいてしまった彼女は頭を抱える。糞……忌々しい能力者どもめ。私の顔に泥を塗るとは……! 塗りたくられたのは吐物ではないか。如何にも窶れているような気がして可哀想。フューリーさん……怪異を、インビジブルを使い捨てにできるあなたの『それ』は才能なのでしょう。でも、僕にはわからない。羨ましくもない。振盪している合間にやってきたシリアスな空気。呼吸を整え、水を含み、呑み込んだ豊満の反応は如何に。つまり、私との違いを確固たる『もの』にしたいと、そういう意見か? 失くしたのか、失くしてないのか。重いのか、軽いのか。人間精神が要なのか、否なのか。
 護国霊戦――その激烈さについては最早、この場では、オマエ以外は解せないだろう。混沌の最中で失くしてしまった――亡くしてしまった「鶴見」、その時『こわい』としか思えなかった己は……さて、ズレた何者かでは理解できない。あなたの気持ちなんて、わかりません。あなたの、気持ちの悪さだって、わかりません。ふぅ……成程、私も、わからない。いや、お互いに理解するつもりなど、欠片としてないのだ。犬猿すらも裸足で逃げ出すサマだ。睨み合って、喧嘩にすらもならない――天地よりも凄まじい、幅広さ。
 きっとあなたは交差点で、歩道橋を渡っていく賢い人。きっとあなたは本来、コーヒーカップには乗らず、写真を撮る賢い人。でも、僕は……横断歩道や、ぐるぐるを選びます。信号の色が変わる前に駆け抜けたり、白いとこだけ踏んで歩いたり、ハンドルを握り締めたり……そう、したいんです。私とは真逆なのだ、そう思っていても驚きはない。僕とあなたがすれ違うなんて、本当はなかった。√みたいに交錯してしまったのが、運の尽きですね。雀が、燕が、鳴いた。白鷺が、鷹が鳴いた。梟と烏もソレに続く。
 使い捨てるあなたと、捨てられない僕。
 どっちが「今」強いんでしょう?
 嘆きの光が啄まれ、|聖者の涙《ナンセンス》は涸れていく。
 泡沫の如くに――むんず、と、血肉が攫われた。

クラウス・イーザリー

 背中を押したのか、頭を揺らしたのか、何方にしても、
 結末は同じだと――。
 危険域に入り込んだのは――虎穴へと身投げしたのは――きっと彼女の方である。彼女が虎児を得るべく、クヴァリフの仔を得るべく、回転系アトラクションに飛び込んだのだ。故に――振り回したのは俺じゃない……それに、全部、自業自得じゃないか……。言い訳じみた言の葉だとオマエは思うのかもしれないが、しかし、アマランス・フューリーにとっては図星でしかない。いや、何方かと謂えば頭上の星である。ピヨピヨと、キラキラと、クラクラ具合とやらをカートゥーンめいて表現している。己……能力者、私は今からアトラクションの全制覇をするのだ。あなた達に邪魔をされる云われなど……? あれ? なんだか戦いを避けられそうな雰囲気だ。|雰囲気《こんらん》は数秒後に治まるが、もしかしたら、意外と魔術士は洗脳などに弱いのかもしれない。……そういう訳にはいかないよね。希望はない。
 走れ、奔れ、戦車の如くに――WZの体躯を借りなくとも、オマエは戦禍を駆け抜けてきたのだ。君は肉体的に弱い……脆いのかもしれないね。それなら、こっちの得意に引きずり込んであげよう。超至近距離からの袈裟だ。仮に、これを躱されたのだとしても――矢継ぎ早に斬撃を浴びせる。くっ……面倒な……結局、私を振り回す事になっているのではないか。集中が断たれてしまえば、ああ、詠唱を絶たれたも同然と考えられる。かろうじて召喚できた|奴隷怪異《オルガノン・セラフィム》も――右掌の所為で『ない』に等しい。ならば……手負いの獣がおそろしいこと、教えてやるとしよう。殴打だ。魔力を籠めた殴打だ。赫々とした加護が――友の想いが――死なない程度に、頭蓋を守る。君が次に遊園地に来ることがあるなら、酔うアトラクションは避けた方が良さそうだね。右掌で魔術士の頭を叩く。その衝撃によって――刺激によって――我慢していたものが、決壊した。
 ……誰にでも、弱点はあるものなんだな。

花喰・小鳥

 クネプフェの真似事だ。
 乙女心の滂沱に対しては――乙女心の悪心に対しては――肝心なところ、耐性と謂うものはおそらく、皆無であったのだ。惰性で食んだ煙草の苦みについては、さて、吐物の味を和らげるのには丁度いいのか。……ようやく会えました。ようやく、逢う事ができました。ですけども、あなた、私よりも顔色がひどいものです。煽っているのか、誘っているのか。いつの日にか鞭を打ってくれた、いつの日にか甘いものをくれた、監視者の一人の真似をしながら――花咲く笑み。……莫迦にしているのか? それとも、それがあなたの性根なのか。性根なのであれば、私は……女として、あなたを軽蔑するとしよう。羅紗の魔術士からの、アマランス・フューリーからの凄まじいまでの毒舌。これをさらりと躱してやったならば、無視してやったならば、もっと痛いところを突いてやれ。遊園地であなたは何をしていたんです? 独りでデートはありません、独りで回るだなんてありえません、私は散々な気分になりました。あなたもでしょう? 同じ穴の狢、破裂するかと思うほどに、爆ぜて終うかと思うほどに、眩暈、いやがらせを反芻する。女の私から見てもあなたはあまりにも魅力的だと思います。睨み合う獣のように、奪い合うサキュバスのように、鳥籠の中で。
 羅紗が光を孕んだ。孕んだと同時に跳び上がったのは――跋扈したのは――人食いの獣であった。あなたは焦っているのでしょう。あなたは目を回しているのでしょう。ですが、私は遠慮や容赦を持っていない、ただのケダモノですので……。暗影より現れた|天獄《きば》の鋭さ――刺し込むかのように、文字をなぞるかのように。もう少し可愛く啼いてくれないと、もう少し可哀想にしてくれないと、興醒めです。正気か? 正気なのか? 正気で私と『抱き合いたい』と、そう、宣っているのか……? 鶏が先か卵が先か。食らい尽くすのが先か爆発するのが先か。アア……頭が、じくじく、しています。この……この、放せ。放さなければ、お互い、死んでしまう……。
 放すなんて勿体ない。手放す意味がわからない。
 足りない刺激を|お薬《エクスィテ》に求め、もう一度。
 あは、躰が熱いです。
 ぼっち同士繋がるのはどうですか? 私は、平気です。
 私は、痛くありません。
 お団子だ。お団子になってしまえ。
 ――お互いの臓腑を混ぜるように、全てが赤く染まった。

四之宮・榴
ディー・コンセンテス・メルクリウス・アルケー・ディオスクロイ

 砕かれた|塔《からだ》の内側、染み込む眩暈の素。
 慎重さを武器とした王の如く――城を鎖し、永久に贅を尽くさんとした王の如く――這い寄る病の王とやらには、まったく、気が付けないサマであった。たとえ、女がガードを固めていようとも。たとえ、女が慢心の欠片すらも殺していようとも。哀れな事に、致命的な失敗とやらは|黒死病《やまい》の如くに招かれるのだ。……何故か……心配したくなる雰囲気なのですが。何処かの娘を思い出すほどの惨事だ。何処かの少女がこの場に存在していたら余計に、混沌、無秩序の底なしとお友達だったに違いない。振り回す……? 何のことを仰っているのか、解りかねます。アマランス・フューリーの表情は複雑なものを湛えていた。成程、確かに、目の前の彼女は魔術士と遊んでくれなかった一人である。ご気分と、ご機嫌が宜しくないのだけは、伝わりますが……。三半規管が硝子なのであれば既に砕けている筈だ。ぐい、と、呑み込んでみせたのは唾液か、或いは……胃液。かわいそ~。アマランス・フューリーの視線は如何やら怪人の方に吸い寄せられているらしい。怪人の巨躯がゆらゆらと嗤い――指を差して『不憫』を改めるかの如くに。まあ榴嬢には負けるか。……それは同情のつもりか、憐みのつもりか、私よりもよっぽど、悪役に向いていそうな……。
 メルクリウス様……今、僕のことを『かわいそ』と謂いましたか? アッハッハ! 榴嬢、その話は後にして、いったい、何があったのかねこの乙女は。乙女と謂うほどの年頃ではないだろうに、ぼつりと、アマランス・フューリーは文句をこぼす。乙女ではないか。乙女でなければあなた、何だと謂うのか。まあ、構わん。敵対する意思があるのならわたくしとて。……そうですね。回収は……簒奪は、阻止させていただきます。羅紗より現れた怪異の奴隷、その性質は果たして嘆きなのか哀しみなのか。響く、響く、何が響く。愚者の警鐘だ、忠告してやろう。気をつけたまえよ、この『眼』には――。
 腹を空かせた怪異どもが寄って集って『贄』を求むる。贄は成程、齢15の娘が良いらしく。魔術士の指揮から若干、外れてしまった。……仕方がない。怪異ども、女の方を頼む。其方を片付けてくれたなら――私が、あの化け物の相手をしよう。アッハッハ! わたくしを化け物だと、俺を化け物だと、そう定義するのだな。ならば人間、掛かってくるといい。静電気のように痺れても文句は謂わないことだ。
 僕が盾になりましょう、僕が贄となりましょう。護られるだけの女では、僕はないので。素晴らしいほどに成長期だと何処かの誰かに褒められたのか。兎も角、羅鱶は既に融合済み。喰って喰われての関係性だが――あとは消滅させると宜しい。今が……好機です……。僕が隙間を縫うように……攻撃を加えれば……! 投擲されたタロット。ああ、魔術師と塔。逆位置と正位置の――最高なタイミングでの横槍。
 くそ……ただでさえ、目が回ると謂うのに、この牽制は……! 羅紗の魔術士の悪態が耳朶を擽ってくれた。怪人冥利に尽きると、元幹部らしさが出ていると【メルクリウス】が啼いている。|水銀蛇《レディー》、掻っ攫ってくれたことに感謝だ。さて、お前にも詰め込んでやろう。怪異肉と水銀を! 不憫かわいいのレッテルを! 蝕まれるのは慣れているかね。慣れるものか。味わいたくもない。脳髄がツルツルとなった。
 道化はお嫌いか? わたくし、進んで道化として動くのは得意だが。
 メルクリウス様……もう、聞こえていない、です。
 嫌いと謂っても躍ってみせるがね。

ディラン・ヴァルフリート

 何処までも、何処までも、彼方までも、最果てまでも、羅紗の魔術士は惨めであった。数多の敗北の経験が『クセ』の類を孕んでいるらしく、加えて、直そうとしても空回るばかり。一発逆転のチャンスを掴もうと試みたところで――何もかもが手遅れで、最早、無かったのだ。ご苦労様です。……いえ、本当に苦労していたようなので忠告を。泥濘に足を取られたのだ。肩まで……脳天まで、どっぷりと沼に浸かっている。仮に冷静な状態を維持できていたとしても――アマランス・フューリーは耳を傾ける事など難いと思えた。クヴァリフの仔、全て置いて帰るなら追い打ちまでは掛けませんが。莫迦げている質問だ。質問をする必要など、まったく、ないのだ。返答を待っている間に『仕掛け』を施す。……莫迦にするな。私は羅紗の魔術士、目を回した程度で折れるとは思うな……! まあ……貴女の事です、これは予想していた展開でしかありません。業、劫――練り上げられた|超常《オーラ》が爆ぜ、目くらまし代わりの火炎の壁。くらくらと踊る炎に改めてクラクラとさせられた。
 小癪な真似を……! アマランス・フューリーは練達の魔術師だ。相手が如何様な『動き』をしたとしても対応する手段は豊富にある。しかし、豊富な手段を繰るほど頭脳が冷えていなければ――それはむしろ『枷』となる。何処だ……何処に消えた。さては、既に発動させていたのか……? まるで卵の中身だ。ぺたりと触れてやった己の背中、尾のカタチは如何に――これは憶測ですが……奴隷怪異と言うからには、主が命令を出せずとも……働くほど勤勉ではないのでは? 背後からの接触――口腔とやらへの蓋。呼吸すらも赦さず、只、強く擁するのみ。……貴女には、抗う力すらも残されていない。そうですよね。重なり合った眩暈――そのまま、リボンのように振り回してやれ。
 眼球と脳が振盪している。その結果がこの『棒倒し』なのであれば奪い返す事など容易い。羅紗への干渉は――ハッキングは――刹那に終わり、ぽろりと、肉の塊が転がった。これで依頼は達成でしょうか……。

物部・武正
物部・リサちゃん

 ウェイの一声でこの愛だ。
 ふたりを切り放す術などない。
 損傷した脳味噌の治癒は如何にか『出来た』が、哀れにも、三半規管に対しては魔力を廻せそうにない。未だに回っているかのような感覚がこびりついており、羅紗の魔術士のバランスは惨事にすらも至れなかった。フリーフォールにジェットコースター、ロールケーキにコーヒーカップ。あらゆる絶叫、あらゆるグルグルによって虐められたのだ。仕方のない状況ではある。お、誰だっけ? あ、そうそう。さっきのレディ! なんか気分悪そうじゃ~ん、大丈夫そ~? 誰の所為だ、誰の。私が寛容な人間だったとしても、三度は怒るくらいの沙汰ではないか。アマランス・フューリーはお怒りだ。オマエに対しても、誰に対しても。な~に怒ってんの。みんなで楽しく遊んでただけなのに~。先頭を譲ってくれる程度には『いいやつ』なのだろう。しかし、その『いいやつ』が必ずしも良い方向に行くとは考えられない。ま、これに懲りたらおとなしくやられな? ついでにクヴァリフのベビーちゃんも返してネ☆ 腹が立つ語尾ではないか。星が回っているのに、余計に、ぐるぐるしてしまう。能力者どもめ……私を何処までも、莫迦にしやがって……。どうせ、あなた達も、クヴァリフの仔を|新物質《ニューパワー》として利用する算段なのだろう?
 クヴァリフの仔も天使も、出来損ないも――リサちゃんにとっては些細な問題だ。此度の大問題は、そう、さっきの女がしつこく『デート』を邪魔してくる事。どうしましょう、なんてナレーションに訊かれなくとも『やる』以外にない。何を迷う必要があるのか。何を躊躇う必要があるのか。今度こそボコボコにしてやりましょう。もう吐くものもないようですし。鬼、悪魔、くまちゃんだ。想いとやらを力に変えてやれ。
 ウェ!? リサちゃんも負けじと激おこ!? やる気に満ちたぬいぐるみが、殺意に満ち満ちたテディベアがアマランス・フューリーを睨んでいる。やる気満々、殺気溌剌、怨み津々、邪気揚々~! なんとも物騒な言の葉の嵐ではないか。ぞくりと、羅紗の魔術士が『おそれ』を覚える。な……何……? 私が、恐怖をしているだと……? いや、そんな、まさか……。やっちまってよマイハニー、レディのハートをブチ抜いて♡ 肝を冷やすのではない。肝を抉り出されたかのような予感。何をする気だ。私に、何をする気だ……! 文字盤が輝くよりも前に――そこのけ そこのけ チヤラヲが通る。
 先手はもらうぜ……。チャラ男がチャラくない瞬間だ。攻撃の意思を抱いた魔術士に対して跳躍し――肉薄。後手はリサちゃんにあげる☆ つまりだ、レディ。アンタの手番は永久に来ない。絶望を臭わせると共にハチェットでの一撃。かろうじて頭蓋は守れたが、さて、咄嗟に受け止めた腕の被害は――致命である。そこのけ そこのけ クマちゃんが通る。やっちゃえリサちゃん、致死量の「カワイイ」をぶつけちまいな。
 おともだちの力を借りたリサちゃん、文字通りの倍増である。先程と違うところは、より『恐怖』を誘うものであった。呪いを纏ったテディベアは助走をつけて、拳を叩きつける。かましてやれ鳩尾! かましてやれ脳天! 気が済むまで、気が済むまで、気が済むなんて、ありえない――! いやだ……嫌だ。また、私は……何もできずに、終わるのか……?
 キャ~ッ、カワイイ~!! 言うなれば『カワイイの煮凝り』~☆
 呪いによってグズグズになった身体、流れているのは髄であった。
 ダッコ……。
 両手を広げたテディベア、誰に向かってのおねだりだろうか。アマランス・フューリーは沈黙している為、そのお呪いの行方はチヤラヲ以外にない。アッ、そんな呪いまみれでハグされたらオレやばいカモ~? ま、いっか☆ 身内に対して甘々だ。リサちゃんに対しては途轍もなく甘々だ。はぁい、ギュッ♡ 大丈夫だろうか。もしも、これが尋常の能力者で在ったならば正気を失くしていたかもしれない。うひょ~、内臓がミゾミゾする~! 人体の不思議だぜ、生きとし生けるもの全てに感謝~☆ 宇宙は終焉を迎えた、以上!
 ラブラブなふたりには関係ありませんでしたね!
 そんな器の小さい男にお迎えされた覚えはありませんもの。
 男の器は宇宙そのもの!
 これからも、ず~っと一緒にいましょうネ☆

アリエル・スチュアート

 アマランス・フューリーが壊れた原因は誰だったのか。
 奇しくも同じ部位だ。球体が脳天を砕く。
 意地であった。意固地であった。素直に敗北を認めておけば良かったと謂うのに、素直に撤退しておけば良かったと謂うのに、すっかり目を回しているアマランス・フューリーは立ち上がろうと躍起になっていた。如何にか立位を保つ事に成功した魔術士はあえて『目を瞑る』事で自分がまったく平常なのだと思い込む事にしたのか。……そうそう、そうよね、その血の汚れ。やっぱり冷徹で残酷なアマランスには、魔術の為には何でもするアマランスには、この位のカリスマがないとね。アリエル・スチュアートは何度も何度も『羅紗の魔術士』と戦闘をした。その為――彼女の|醜態《泣き落とし》もしっかりと記憶している。しかし、それを口にするつもりは無い。……目回して虹色のモノを出してる女に、泣き落としをした女に、あります? カリスマ。ティターニアの辛辣さが棘となって『ここぞ』とばかりに流れ込む。目を瞑っていてもちゃっかり、聞こえてしまうものだ。アマランス・フューリーは若干震えている。……今回は天使ではないけど貴女の企みはまた阻止させてもらうわ。優しい。とっても優しい、聞こえていないフリ。或いは、一縷の望みの類なのかもしれない。
 機械仕掛けの妖精たち――フェアリーズレギオン――を展開させると同時に空母を動かす。瞑想をさせない為にも絨毯の如く、弾幕を巡らせながら一歩一歩と距離を詰めよ。……余裕がなくなってきたようね、アマランス・フューリー。このままじゃ、目を瞑っていたら負けました、なんて謂う破目になるわよ? 此処に来てようやく治まった眩暈。凛々しいお顔で迫りくる|能力者《オマエ》を射止める。良いだろう。あなたが、其処まで謂うのなら――私が如何に冷徹で残酷なのかを、改めて教えてやろう。出現した怪異については最早描写の術がない。うごめく触手を薙いだのは――刃のない得物であった。ふふ、そうそう、こうでなくちゃ。私も、こういう戦闘を望んでいたの、アマランス・フューリー……! 勢いは死なない。死ぬべきは魔術士だけだ。叩き込んでやれ、オマエの全身全霊……。
 あー、あんま考えなしで突っ込むとアマランスの虹色のモノが付いたりしません……? もし……一滴でも付いたら、貴女の侍女辞めますからね、アリエル。
 そんなヘマを私がするとでも……?
 魔導は二度刺す――二度、叩く。

赫夜・リツ

 驚きの連続ではあった。まさか、三つ巴の戦いになるなど、まさか、アマランス・フューリーが一人勝ちを狙っていたなど、想定外も想定外か、いや、何よりも想定外なのは連邦怪異収容局の――その暗部である彼等の――人間災厄「ルベル」に対しての反応であった。あんなことを言われるとは思わなかったな。スミスさんが……あの人が、どんな説明をしてるのか気になったけれど。今は『それ』に思考を裂いている場合ではない。幾ら目を回していて、凄まじい弱体を喰らっている魔術師相手でも油断は出来ないのだ。クヴァリフの仔も保護しなければならない。アマランスさん……新物質を手に入れるって言ってるし、臓腑から新物質を取り出すんだろうな。でも……。誰の笑みが脳裡にこびりつく。誰の頑張りが脳裡に過ぎる。彼と彼女の、兄妹の、意思を穢すわけにはいかない。……僕はその仔を保護して、成長を見守る研究を考えていて、その為に『ここ』に来たんですよね……。ズタボロな状態でも如何やら魔術士はおはなしをしてくれるご様子だ。あなたは……物好きらしいな。物好きで、途轍もなく綺麗ごとが大好きなようだ。……わかっていますよ。その仔がどんな仔なのか見せてもらえませんか? 騙して奪うとかする気はないですよ……。だろうな。私は、あなたのような人間を何度も『見ている』気がしてならない。しかし、私は今、目を回している。目が回っていては、羅紗の魔術にも、失敗するのかもしれない……。吐き出された子供は「おぎゃあ」とひとの真似をしてくれた。肉の塊がうごめいている。
 触れ合いに関しては容易なものであった。狂信者達に囲まれて、崇められていた『純粋無垢』は天使にも近しい性質を孕んでいるのか。クヴァリフの仔だって、ものによっては少女みたいなものらしいと、この間、スミスさんに言われてからずっと、考えていまして……。無抵抗なのだ。無邪気なのだ。生まれたばかりの女神の『仔』はナメクジのように這うだけなのだ。……向き合わないといけない、そう、思うようになったんです。ならば、どうする。私にも『羅紗の魔術士』としてのプライドがある。既に、ズタボロなものでは在るが、私には大切なものだ。なあ……あなたは、あなた自身と『これ』を重ねているのか……? 図星だ。赫夜・リツは――身体を弄繰り回されている。
 覚えていないんですけどね。
 欠落するほど嫌だったんだろうなと思ってます。
 時間が――静寂が――嘘みたいに流れている。アマランス・フューリーが空気を破ったのは、空気を変えたのは、甘ったるいものに吐き気がした所為か。それとも。ふざけるな。あなたは、結局、平和な道を望んでいるだけなのだろう? 私が相手でも、それを貫き通したい、と……。ああ、頭が痛い。振り回された所為だ。それに、今の私は「喋っている」ことが奇跡に近いのだ。ギャハハ! おいおい、リツ! 俺の出番はないらしいぜ! 異形の腕が嗤ってみせた。いいや、これは笑いである。
 目が回って、気分が悪い……今日はもう、やめにしよう。
 ……僕はもう少し、お話したいのですが。
 良いか? 本来なら、この世界に、√汎神解剖機関に、
 天使は生まれない筈なのだ。
 巴は愈々、完全に沈黙し、
 羅紗の魔術士は――アマランス・フューリーは、
 失恋した乙女のように、退散をした。

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挿絵イラスト