健気な少女は母親を想いて
何でも治せる薬草があるらしい。
それは、この国の峡谷にしか生えていない、とてもとても珍しい薬草。
そんな話を聞いた。
軽装備、腰に剣を引っ提げて。
乾いた岩場を、時折足を水に濡らしながら進む。
私だって、駆け出しだけど冒険者なんだ。
スライムだって狩れるようになった。
ここが危険だろうと、お母さんの為にも行かなくちゃいけない。
この峡谷に生える薬草があれば、お母さんの病気もきっと。
使命感に燃えるドラゴンプロトコルの少女。
名はニア・エトルマージュ。
そんな少女を狙っている喰竜教団が、一人。
「餌、はっけ~ん」
ニタリと顔を笑みに歪ませた。
●そんな、美味しい話。
「私もたまに薬草採取に行くのだが」
耳をぴるりと動かして、そう、ヴェルタ・ヴルヴァール(月の加護授かりし狼・h03819)は話を切り出した。
「大抵は複数の薬草を煎じたりなんだり、色々な工程を経てポーションが完成する」
語るのは最近の趣味らしいポーションの作り方。
そしてそれらは、ある程度効果は確約されているが、あとは投与された者の回復力などで完治させるものなのだ。
何が言いたいかと言うと。
「万能薬なんて、ないんだ」
例えば、重い病気から一瞬で回復させたり、一般人を死から蘇らせたり。
そんなものは、存在しない。存在してはいけない。
「まあ、√能力者は別だがな?」
ニヤ、と悪戯に笑うとヴェルタは本題に移ろうと息を吸った。
「あるドラゴンプロトコルの少女が狙われている。名前は、ニア・エトルマージュ。
母親が病気なんだと」
ニアは駆け出し冒険者で、母親の代わりに生活費を稼ごうとしているらしい。
スライムを倒したり、薬草採取のクエストをこなして、ギルドに帰った折、とある噂を聞いた。
この国には峡谷があって、危険だがダンジョンとして解放されている。
もちろんモンスターもいて、崖崩れが起こることだってある。
「けれど、その峡谷に何でも治せる薬草がある、と聞いたら?」
わかるな?とばかりにヴェルタは片眉をあげた。
「……ニアを助けてやってくれないか。
狙っているのは……喰竜教団だ」
詠んだ自分は行けないから。
罪のない者への虐殺だけは起こってはいけない。
だから。
「よろしく、頼む」
真剣な顔であなた達へと告げた。
第1章 冒険 『細く長い、希望の道』

進む、すすむ。
足を滑らせようとも、モンスターに襲われようとも。
進んで、すすんで、後ろでガラガラと大きな音がした。
音は遠い。きっと崖が崩れてしまったのだろう。
──戻れない。
どうしようと足が止まる。しかし、頭を振って、決意の漲った表情で再び足を動かす。
待ってて、お母さん。絶対に。
ニアの覚悟は、固い。
後ろから、悪意が迫っているとも知らずに。
(『一瞬で楽になる』薬草があるなら、それは)
トリカブトか、その他の毒草の類いか……。
頭で考えを巡らせながらも玖老勢・冬瑪(榊鬼・h00101)は悪い足場を歩いていく。
とはいえ、山育ちである冬瑪には、然程問題のない道かもしれない。
動物の足跡を探すように少女の痕跡を辿りつつ、峡谷を進んで行けば、ふと足が止まった。
眼前に広がるは岩。
どうやら、崖崩れが起きていたようだ。
ふうむ。呻き声なども聞こえて来ないし、恐らく少女はもっと先だろう。そう結論づけて。
「ほうかあ……。ほいじゃあ、これしかないかのん?」
冬瑪は息を吸い込むと、てーほへてほへ、掛け声を上げて反閇を踏む。
そうして、その身に宿すは|【善鬼神・榊鬼】《サカキオニ》。
鬼は岩場を踏み込むと、軽々と跳躍していく。
崖崩れもなんのその、その先も足場と足場を経由して。
少女の後ろ姿を認めれば、近付いて声をかける。
「のんほい」
目の前の少女は飛び上がって、またモンスターかと腰の剣へと手を伸ばしながら、強ばった表情で振り返る。
しかし、予想外の人の姿で、その表情は拍子抜けしたようだった。
「あんたがニアさんかや?」
「な、なんで私の、名前を」
すかさず問う鬼に、ニアは再び警戒を強めたが。
「冒険者ギルドに登録しとるだら?ほいなら、聞けばわかるでね」
「あ、そ……そっか」
優しい声に肩の力を抜いた。
話を聞けば彼女は困っているようだった。この岩が邪魔で先に進めない、と。
鬼は任せときん、そう笑って、ちょいと岩をどかしてみせた。
その様子に目を丸くするニア。これなら私の目当てのものも見つかるかもしれない。
「あ……あの、あなた、は?」
「すまんすまん、おどけたかん?俺は冬瑪というよ。俺も薬草を探しに此処まで来たんだが……どうもこの土地には疎くてのん」
「そうだったんですね。実は、私も、薬草を」
「ほうかほうか。良かったら、同行してもええかん?」
「はい、ぜひ、お願いします!」
ニアと冬瑪は通れるようになった先を進む。先程までとは違って、賑やかになった旅路。
道中薬草を探す傍ら、冬瑪が理由を尋ねてみれば、母親が重い病気なのだとニアは答えた。
ほうか、それで。ニアは偉いのん。
二人話しながら険しい道を行く。
冬瑪は懸念を、心の内に秘めたまま。
(母親のために頑張る子の命が失われるなんてこと、許す訳にはいかない)
傭兵である誇りと使命感を持って峡谷を急ぎ、しかし確かな足取りで進むはクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)。
最近増えに増えている喰竜教団の被害。
星詠み達も依頼をしているが、それでも数は多すぎて、ついに魔の手は今回の少女にまで伸びようとしている。
……そんなこと。
微かに顔を顰めたクラウスは【レギオンスウォーム】でレギオンを呼び出し、先行させる。
流石と言うべきか、レギオンの索敵は少女の残した痕跡を的確に示していく。
それを辿っていけば、少女に会えるはず、なのだが。
それを邪魔をしたのは折り重なった岩たちで。
(……崖崩れがあったのか。彼女は)
青い瞳が岩を認めた瞬間、即座に浮かんだ考えを否定させるべくレギオンに捜索の指示を出す。
レギオンは崩れた周りを飛び回った後、主人に人の影は無いことを知らせる。
(……よし、いないみたいだ)
クラウスは肩の力を抜いて、口許に安堵の微笑をたたえた。
|自分の世界《√ウォーゾーン》ではよくあるものだが、それでも人の死というものは、簡単に起こってはいけないもので。
けれど、まだ。救える者を救うべく、岩から岩へ、足場を見付けては跳躍し。時にはガントレットからワイヤーを放って自身を引っ張りあげて。
そうして乗り越え、進んだ先に、ドラゴンの羽と尾の生えた少女の姿があった。
薬草を探すべく注意深く周りを見渡しながら歩いている少女に、クラウスはわざと足音を立てて近づいて行く。
駆け出しであれど冒険者。その音に気付いた少女は腰に携えた剣に手を伸ばし、険しい顔で振り返った。
けれどその目に捉えたのは動きやすそうな黒い服に身を包んだ青年で。
モンスターでなくて良かったと、胸を撫で下ろし安心した表情に変わるのをクラウスは柔らかな視線で見守った。
「いきなり驚かせてごめんね」
「い、いえ。こちらも敵意を向けてごめんなさい」
「いいや、仕方ないよ。ここはダンジョンだから、君が正しい」
「あり、がとう、ございます」
乏しい表情なれど柔らかく優しい声に、少女は孤独から解放されたのもあるのか、先程まで抱いていた警戒を解いて雰囲気を和らげた。
「俺はクラウス。君は?」
「私はニアです。ええと、今は薬草を探していて」
「薬草?……クエストか何かなのかな?」
二人は話しながら峡谷を歩いていく。ニアは薬草を探すのは忘れずに。
「いいえ、……私のおか……母親が病気で、それを治したくて」
「そうなんだ……お母さんの為に……」
クラウスは言うか迷って、口を小さく開閉していたが。
「その……言いにくいんだけど、もしかしたらその話は嘘かもしれないんだ」
……え?と動きを止めたニアは顔を曇らせる。嘘だとしたら、どうして、誰が、何のためにそんな嘘を?
「それは、ほんとう、ですか?」
「……最近、君のようなドラゴンプロトコルを狙う連中が存在していてね。そいつらがこの辺りにいるって聞いたんだ」
「そん、な。じゃあ、私は」
話を理解したニアは青ざめて、泣きそうな顔でクラウスを見る。
「大丈夫」
クラウスは努めて柔らかな雰囲気でニアを安心させようと青い瞳を細める。
「俺は傭兵なんだ。だから、君を守らせてくれないか」
「……よう、へい。……まもって、くれる」
「うん。だから大丈夫」
「わかり、ました。おねがいします」
再び険しい顔で頷いたニアに、了解したとこちらも頷いて。
この少女の命は失わせやしないと想いを固めた。
そうして、少女と傭兵は再び歩みを進める。まずは、此処を抜けなければ。
──ニアさんと早く合流しなければいけないのです。
小さな身体に見合わない大きなカバン。その中には包帯、ガーゼ、消毒液に抗生剤。
椿之原・希(慈雨の娘・h00248)は急ぎつつも忘れ物はないかと一つひとつ確認をしていた。
ニアさんが怪我をしているといけないから。
自分が出来ることは、なんだってしてあげたいのです。
おっと、忘れていました。薬草の噂をしっかり調べないといけないのです。
|【情報収集用√能力「鴉」】《クロウ》──希は鴉色のタブレットを取り出して、√ウォーゾーン特製サーバールームに接続する。
「鴉さん、薬草の噂について調べて欲しいのです」
希がそう指示を出せば、心得たとばかりに鴉は手際良く調べ物をしていく。
数秒待てば結果がタブレットに表示されていった。
『薬草は峡谷の岩場に生えている|らしい《・・・》』
『それは何でも治せる薬草で今まで誰も見た事もない|らしい《・・・》』
鴉が調べあげた情報はそんなようなものばかりで、希は他に情報はないのかと指示を出すが、答えはNOだった。
「困ったのです。咲いている場所が分かればそこまですぐにバスで向かったのですが……」
それでも、行かないという選択肢はない。
希は【自動運転バス「撃墜王」】へと乗り込んで、峡谷へと向かうことにした。
「喰竜教団のやつらはどこにでもいるのう」
そうボヤきながらも峡谷を歩くのはヴィルヴェ・レメゲトン(万魔を喚ぶ者・h01224)。
危険なダンジョンなれば人も少ない。襲撃にもうってつけだ。
「まあ、ここはヴィルヴェが助けてやるのじゃ」
ふふん、と得意げな顔をして上機嫌に歩いていけば、目に入ったのはここには似つかわしくないバスと、赤いセーラー服を纏った黒髪の少女。
「これじゃあ進めないのです……」
遠くから観察してどうやら困っているようだと理解したヴィルヴェは声をかけることにした。
「そこの少女よ、どうしたのじゃ?」
「ひゃわあ!びっくりしたのです!」
まさか自分以外いるとは思えない状況で、それも突然声をかけられた希は高い声を上げて飛び上がった。
「おお……そんなに驚かれるとは……」
ヴィルヴェはなんだか悪い気持ちになったので謝って、希も快く謝罪を受け入れる。
その後、希はこれなのですが、とヴィルヴェに高く高く積み上がった岩を指し示した。
「崖崩れがあったみたいで、バスじゃ通れないのです」
「ふうむ。なるほど……」
困った顔の希に、考え込むヴィルヴェ。
「薬草を取りに来た女の子を探して来たのですけど、これじゃあ……」
「薬草じゃとな?」
薬草、という単語に反応したヴィルヴェ。希もわかったのか、お互いに顔を見合わせて、|同業者《√能力者》かと心得た。
それならば話は早い。
まずはお互いに名乗りあって、話を続けることにした。
「そうなのです。噂を調べてみたのですけど、岩場に生えてるらしいとか、誰も見た事がないらしい、とかしか出てこなくて」
それに、この崖崩れでは……と希は岩を見上げて眉を八の字に下げた。
「ふっふっふ、ヴィルヴェに任せるのじゃ」
それを見たヴィルヴェはつんと顎を前に出し不敵に笑う。
その手に持つは鍵の魔杖【Lesser Key】。
「薬草のことならあいつがいいじゃろう。希もヴィルヴェの勇姿を見ておるがいいぞ!」
|72柱の悪魔《ゴエティックデーモンズ》!出てよ、バティン!
ヴィルヴェはそう叫ぶと、虚空に現れた魔法陣へ魔杖を刺し、まるで扉の鍵を開けるかのように捻る。
魔法陣が発動し、そこに顕るるは青ざめた馬に乗った、蛇の尾を持つ屈強な男。
序列18番、地獄の大公爵、バティン。
薬草や宝石の効能を知り、人を国から国へ運ぶ力を持つという悪魔。
そんな悪魔に、ヴィルヴェは命ずる。
「薬草に詳しいお前なら、目的の薬草がどこに生えているかもわかるじゃろう?
もしそんなものが存在しなくとも、噂の元になった何かしらの薬草を想定せよ!
そうしたらその場所までヴィルヴェ達を連れて行くのじゃ!」
その悪魔の答えは。
そんなものは、無い、だった。
「な、なんじゃと!?本当に元となった薬草も無いのか!?」
無い。全くの、無。
「そんなことが、あるはずが」
顎に手を当て眉を顰めるヴィルヴェに、バティンが言うことは。
目的の場所へ連れていくことは出来るが、それ即ち敵の眼前。
「……わかったのです」
突然、話を聞いていた希が声を上げた。
「これは、嘘をついて誘い込むための罠だったのです」
「罠じゃとな?」
「はい。調べた時におかしいと思ったのです。本当に薬草があるなら、もっと情報が出てきてもよかったのです」
「ということは、じゃ。もしかしたらニアが襲われている可能性があるということか!」
「それはまずいのです!」
焦った声を上げる希に、ヴィルヴェはバティンにもう一度命じる。
「バティン、ニアの所へヴィルヴェ達を連れてゆくのじゃ!」
了承した、バティンがそう言えば二人は光に包まれた。
光が晴れた先で見たものは、剣を片手に持ったドラゴンプロトコルの少女が、ダンジョンのモンスターに襲われている姿だった。
その姿を認めた瞬間、即座に希は動き始める。
──|【先制攻撃用√能力「燕」】《スワロウ》
【ファミリアセントリー「あられ」】を展開し、自らは【9mm拳銃「のぞみ」】を手に、切り込んでいく。
6才の|少女人形《レプリノイド》は、モンスターなんてものともせずに次々に撃ち倒していった。
|自分の世界《√ウォーゾーン》で培った経験は、伊達じゃない。
思わぬ加勢に、ドラゴンプロトコルの少女は振り返る。
振り返った頃には既に、モンスターは全滅していた。
「間に合ったのです!大丈夫ですか!」
怪我してるじゃないですか!見せてください!
呆気に取られている少女は、断ることもなく応急処置をされていく。
一歩出遅れてしまったがヴィルヴェも駆け寄って「ニアじゃな?」
と声をかける。
「は、はい、あの、ありがとうございました」
なぜ名前を知っているかはさておいて、助けて貰ったのは事実で。
「ヴィルヴェは何もしておらんけどのぅ」
「いいのですよ。私たちはニアさんを助けにきたのですから」
「……あの、あなた達は?」
「ヴィルヴェはヴィルヴェじゃ」
「私は椿之原・希なのです」
ニア、です。ありがとうございました。と手当てが終わって少女は頭を下げる。
二人はにこやかにそれを見守ると、真剣な顔つきになって、話を切り出した。
「単刀直入に言うとじゃ、ニアは悪いやつに狙われておるのじゃ」
「えっ、でも私は薬草を採りに来ただけで」
「それが罠なのかもしれないのです」
驚愕の色を浮かべるニアに、そうもなる、とヴィルヴェは眉を下げた。
「でも、大丈夫なのです。私たちと一緒にいるのです。そうすれば安全なのです」
ニアは二人を見た。自分より若い女の子二人。けれど先程の強さを間近で見たのは夢ではなく現実で。
「ヴィルヴェに任せておくがよいぞ、はっはっは」
豪語しながら胸を張るヴィルヴェには少しだけ、ほんの少しだけ、疑念の意もあれど。希と一緒にいたのなら間違いないとニアは納得することにした。
「じゃあ、一緒に、お願いします。足手まといにはならないようにする、から」
その言葉を快く受け入れる希とヴィルヴェ。
うら若き少女三人は、とりあえず安全そうな場所に向かうべく、歩き始めるのであった。
喰竜教団……対峙するのは初めてだけれど、健気な少女を狙うだなんて見過ごせないわ。
ライラ・カメリア(白椿・h06574)は煌めく青い瞳に決意の色を宿らせて峡谷へと向かっていた。
──それに、ヴェルタさんの頼みだもの。
依頼された時の常時はぴんと立った白い耳が下がった苦々しげな表情を思い出す。
尚更、精一杯務めなきゃ。
そう意気込んでセレスティアル特有の翼で移動していれば、もう一人|同じもの《翼》を有する女性が目に付いた。
協力出来れば心強い味方になるかもしれないわ。
ライラは一人頷いて、声をかけることにした。
──如月・縁(不眠的酒精女神・h06356)。彼女はそう名乗って金色の髪の|同種族《仲間》をにこやかに受け入れる。
ライラから声を掛けたものの、縁の性格に、沢山の共通点があったため、打ち解けるのにそう時間は要さなかった。
セレスティアルで、|神聖祈祷師《ホワイトクレリック》で、美しいものが好きで。
人を褒めるのに長けた明るいライラに表にはあまり出さないが寂しがりの縁はまるでかちりとハマったピースのように相性がよかった。
そんなこんなで、二人は協力して依頼をこなすこととなったのだ。
「ついつい心配になってしまって来たの。心優しい小さな冒険者さんの危険、見逃したら美味しいお酒も不味くなってしまうもの」
縁は眉を下げながらも微笑を浮かべて。
「ええ、ええ!そうよね」
ライラはこくこくと何度も頷いた。お酒はまだ飲めないが、気持ちは痛いほどにわかる。
──まあ、兎にも角にも、動かないことには始まらない。
二人が花を咲かせた話は一旦着地した。
「わたしは|ここ《√ドラゴンファンタジー》の育ちだからこういう冒険には慣れているの。だから神聖竜にニアさんの居場所を探してもらって声をかけようと考えていたの」
「なら丁度良かったわ。私は他の方のサポートをしようと思っていたから。
そうしたら私は飛んで安全なルートを探すわ。ライラさんはニアさんを導いて貰ってもいいかしら」
「もちろんよ。まかせて」
ふんす、両手を握って気合い充分なライラに縁はくすりと笑みを零した。
「何かあったら私の【|慈悲《ミセリコルディア》】もあるから安心して頂戴?」
「まあ!それは心強いわ!」
ライラは顔を輝かせた。
手筈通りにライラの顕現させた【|神聖竜《ホーリー・ホワイト・ドラゴン》】にニアの居場所を教えてもらい、二人は空を飛んでいた。
ニアであろうドラゴンプロトコルの少女を見つけると、ライラと縁は頷きあって。
縁は離れていくライラを見送った。
ライラはニアの少し後ろに降り立つと、その背に優しく声をかける。
「あら、ごきげんよう。貴女も薬草を探しに?」
ライラの声にニアはゆっくりと振り返った。
その顔に少しの驚愕の色を乗せて。
なんせ相手は金髪蒼眼、ふわりとしたフリルにレースがたっぷりのワンピース。そして、純白の羽根。
それに、セレスティアルは世界難民なのだ。
ニアは小さく綺麗、と呟いたあとたっぷりの間を開けると、ついに我に返って、
「あ、そ、そうなんですっ」
と慌てて返事をした。
「ふふっ、奇遇ね。わたしは魔術師の友達に頼まれたの」
可愛らしいわ、と続けて笑顔で話しかけるライラ。
するとニアは反対に心配そうな顔をして告げる。
「……誰かが病気なんですか?」
「いえ、そういうことではないから安心してほしいわ」
ここに来たということは、そういうこと、と解釈したニアにライラは安心させるように目を細めた。
「そう、なんですね、よかった。……あっ、あの、私は母親が、病気で……でも、まだ見つかってなくて」
天使の柔らかい雰囲気に安心したのか、小さき冒険者は不安を吐露する。
「まあ、お母様がご病気なのね……それは心配だわ」
ライラは寄り添うように言うと、まるでとっておきのアイデアを思いついたといわんばかりに笑う。
「ねっ、よろしければ一緒に探さないかしら?その方が効率的だと思うの」
「い、いいんですか?……実はひとりで、少し心細かったの」
「ええ、もちろんよ。それならなおさら一緒にいましょう!それに、わたしの他にも心強い味方もいるから安心なさって?」
「あ、ありがとう、ございます」
はにかむニアに、微笑むライラ。
お互い自己紹介して、寂しくないようにと会話しながら歩く。
危険はない。だって縁が上から安全なルートを教えてくれているから。
縁は、【|慈悲《ミセリコルディア》】が必要なかったことに安堵しながら、小さな冒険者に祈るのだった。
──がんばって、未来の冒険者さん。ご加護があらんことを。
第2章 集団戦 『鉱石竜「オーアドラゴン」』

「ちっ、嗅ぎ付けてきやがったか」
遠くから見張っていた喰竜教団の男は舌打ちをして現れる√能力者を睨み付けた。
「じゃあ、折角の餌を横取りされないようにするしかねえよなあ?
暴れてやれよ、少しでも傷を付けてやれ!俺様が奪い返しやすいようになあ!」
●硬く、熱い
それぞれの理由、過程でニアと共に行動する√能力者。
その耳に、何かの唸り声が届く。
それは、一体ではないようで。
なんだと警戒する√能力者の目の前についに姿を現したのは鉱石竜「オーアドラゴン」。
そのドラゴンは臨戦態勢で、あなた達を、ニアを、傷付けんと迫ってくる。
──守らなければ。
安全な場所を求めてニアと共に歩むヴィルヴェ・レメゲトン(万魔を喚ぶ者・h01224)と椿之原・希(慈雨の娘・h00248)はガルル、グルルという声に足を止めた。
次いで出てるは鉱石竜。日に照らされ身体に生えた青く輝く鉱石は美しい、が。
その複数の黄金の瞳は如実に敵意を示していた。
どうしてこんな所にドラゴンが、と目を見開き息を飲む希。
それとは対照的におお、と興味深げに目を輝かせるヴィルヴェ。
そんなことはお構い無しにじりじりと此方を狙って近付いてくる鉱石竜に、希は驚いている場合では無い、と首を横に振ってニアに向き合った。
「ニアさんはちょっと下がってくださいね。すぐに倒しますから」
不安がらせないようにこやかに言う声に、ヴィルヴェも同調して
「そうじゃぞ!ヴィルヴェ達に任せておくがよい!」
高らかに宣言する。
「は、はいっ。わかり、ました」
戦闘を既に見ていたニアは素直に頷いて、二人の後ろへ下がった。一応、何があるかわからない。手は腰の剣へと伸びているが。
「さあて!数には数で対抗じゃな!」
まず動いたのはヴィルヴェだった。
自信全開の口から飛び出す詠唱によって、土、倒木や岩石が勝手に動き出し、形作られていく──【ゴーレムメイカー】──出来上がった一体が、ニアの元へ守護するように配置につく。
自分達の攻撃の余波によって鉱石竜がニアへ攻撃するとも限らない。
わっはっは!と楽しげに笑いながら次々にゴーレムを作りあげて鉱石竜へ突撃させていくヴィルヴェの傍で、希は空を見上げた。
今日は晴れ。風も穏やか──使うには絶好の天気なのです。
目元は険しいながらも口角は不敵に上がって。
起動させるは【決戦気象兵器「レイン」】。
「『しずく』起動!目標、鉱石竜「オーアドラゴン」!出力最大で撃ち抜いてくださいっ!」
強い語気で指示を出す少女の背後からぷよんと水晶玉が浮かび上がる。
──命令を受領します。カウントダウン開始。
機械的なアナウンスにより、数字が数えられていく。
ヴィルヴェのゴーレムにより鉱石竜の侵攻はある程度抑えられている。
チャージの時間もたっぷりある。
「ゴーレムさん、当たってしまったらごめんなさいです!」
その声と共に、水晶玉からレーザーが、放たれた。
レーザーは半径21メートル、即ち辺り一面を鉱石竜ごと撃ち抜いていく。
「わっはっは!よいよい!これは見事じゃ!」
その圧倒的な殲滅力にヴィルヴェのテンションも最高潮であった。
レーザーに撃ち抜かれた鉱石竜はというと、グギャアだの、ギャオウだの呻き声をあげてその場に倒れ伏して動かなくなる。
ニアは、高揚を感じていた。これが、強い人の。
「す、すごい、すごいです!」
撃ち漏らしは、ヴィルヴェのゴーレムがぶちのめして。
ふぅ。二人は同時に息を吐いた。そして振り返り、ニアの無事を確認する。
そんなニアは二人に駆け寄って、すごい、すごいです!ありがとうございます!ときゃっきゃ、嬉しそうにはしゃいだ。
「良かったです。ニアさんを守れて。怪我はないですね?」
「そうじゃろうそうじゃろう!」
安堵する希に胸を張るヴィルヴェ。ニアは笑顔だ。
「……しかし」
目を鋭く細めたヴィルヴェが切り出す。
「ちょうど群れがここに生息していた感じには見えんのじゃよのう」
その言葉に希も同じように目を細めた。
「じゃあ、喰竜教団が」
「そうじゃろうて。まだ、気は抜かぬ方が良さそうじゃ」
「そうですね」
未だ安全が確定された訳ではない。二人はニアを守るように傍に寄るのだった。
ニアも、きゅっと口を結んで二人に身を寄せた。
ライラ・カメリア(白椿・h06574)は鉱石竜の気配に気づくと表情を険しいものにする。
「……来たわね」
多数の鉱石竜は日に身体を輝かせながら唸ってライラを、ニアを喰らわんと敵意をむき出す。
(見るだけなら美しいのですけれど……)
上から飛んで見ていた如月・縁(不眠的酒精女神・h06356)も、その煌めきに顔を顰め、ニアを庇わんと立つライラの隣へと降り立った。
「加勢するわ。貴女ひとりに任せるわけにはいかないもの」
「……縁さん、助かるわ!」
ニアはもう一人のセレスティアルに目を丸くすると、ああ、この人がライラの言っていた味方か、とすぐに納得した。
「ふふ、ニアさん、大丈夫よ。こう見えても戦いは少し慣れているし、それに、言ったでしょう?心強い味方もいるって」
「はいっ」
ウインクしながら茶目っ気たっぷりに言うライラに、笑顔でニアは頷いた。
「心強いかはわからないけれど。はじめまして、ニアさん。如月・縁よ」
「ニアですっ、よろしくおねがいします」
緩やかに優しい雰囲気の三人だが、相対しているのは殺気立った鉱石竜たち。
「さて。のんびりと交友を深めている場合ではないわね。
……足元も悪いし、私達の後ろにいてくださいね。あなたが傷付いたらお母様も心配するもの」
縁の言葉にニアはこくこくと頷いた。
自分はまだ力不足。それはわかっているから。
二人はお互いの翼で隠すようにニアの前に立ち、輝く青い群れと対面する。
「そうね。ここで離れてしまったら敵はニアさんを絶対に狙うもの」
セレスティアル達は頷きあうと各々武器を構えた。
ライラは|Valkyrie《ヴァルキリー》を、縁は|酒精女神の槍《アテナ》を。
それを見た鉱石竜達はギャオギャオと鳴き喚いて更に殺気立つ。
「少し、時間をくれないかしら」
ライラは真剣な顔で縁に告げる。
「……わかったわ。なんとかしてみるわね」
そう聞けば手を組み目を瞑って瞑想しはじめるライラ。
縁は頷いて詠唱とともに槍を一振りする。
詠唱が生み出すのは【ウィザードフレイム】。唱えるたびに火の精が生まれ出てくる様はどこか美しくもあるが、鉱石竜たちはそれを良しとはしない。
鉱石竜の一体が、喉元を膨らませる。口から青い炎が見えるほどに溜め込むと、それを撃ち出した。
射出された炎を纏った鉱石は、無防備なライラへと向かっていく。
それを止めるのは火の精。青と赤の炎はぶつかって、その場で小さく爆発した。
「助かったのだわ!」
時間にして10秒。【|Paradis《パラディス》】を発動したライラは目を開ける。
背に出現した扉から出でるは【楽園の門番】。門番は剣を構えて鉱石竜へと突貫していく。
ライラは|Valkyrie《ヴァルキリー》へと指示を飛ばし、門番とともに鉱石竜へと攻撃させる。
縁もそれに負けじとウィザードフレイムで攻撃や目潰しで鉱石竜たちへダメージを与え。
門番と|Valkyrie《ヴァルキリー》は舞うように青い竜たちを屠っていく。
しかし鉱石竜たちも一矢報いようと隙を見て再び青い炎を放出する。
が、それは|Valkyrie《ヴァルキリー》がひらりと一閃、爆発を未然に防いだ。
――数には数。二人のセレスティアルの手によって鉱石竜たちはみるみる間に地面に倒れ伏していく。
最後の一体を倒した門番は仕事は終わったというようにライラに一礼し、消えていった。
「ふふ、ありがとう」
ライラはにこりと見送って、縁と一緒にニアの方を振り返り、怪我がないかを確認、こくりと頷くニアに安堵の笑みを浮かべる。
「これで、鉱石竜たちはもう大丈夫ね」
「ええ。けれど、きっと親玉がまだ残っているわ」
真剣な顔で相談する天使二人に、ニアは笑顔になって。
「大丈夫です。だって、皆さんが守ってくれるんでしょう?」
信頼を寄せられた二人は目を瞬かせて、顔を見合わせる。
「そうね。ニアさんのことは絶対に守ってみせるわ」
「ふふ。安心なさって?ね、縁さん」
微笑みをあらわにした天使たちは、決意を新たにニアを見つめるのだった。
「……退がっていて」
ニアとともに歩いていたクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、そっと腕を横に伸ばし少女を守るように進行を止めた。
「なにか、モンスターが?」
促されるまま止まったニアは、少し不安な表情でクラウスを見上げる。
「うん。そうだね。でも大丈夫。必ず守るから」
そんな顔を向けられたクラウスは静かに、しかし安心させるように優しくそばにいる少女に声をかける。
そうやりとりをしているうちに、モンスターは次々と姿を現してくる。
青い鉱石を身に宿した、竜。
経験の浅いニアでもモンスター教本で見たことがあった。
「オーア、ドラゴンが……こんなに、たくさん」
震えた声で呟くニアに、離れて後ろにいてと指示をするクラウス。
こくりと頷いて、ニアは後ずさった。
(厄介だな)
クラウスは思考する。
これが誰かの差し金なのだとしたら……いや、今はこの場を切り抜けなければ。
殺気立つ鉱石竜の目に晒された傭兵は、しかし怯むことはない。
誰かを守るための戦いは、経験上、慣れている。
――静かに銃を構える。
【フレイムガンナ―】起動。サイトを覗き込み、照準越しに静かに鉱石竜を睨めつけた。
その雰囲気に感化されたのか、鉱石竜もギャアギャアとわめきながら殺気を強めていく。
先に動いたのはクラウスだった。
鉱石竜の一体に照準を合わせ、銃口から火炎弾を放つ。
放たれた銃弾は、的確に急所を撃ち抜き、鉱石竜は自分が持つ物と違う炎に包まれて呻く間も無く絶命する。
これはやばい。本能的に悟った他の鉱石竜は眼の前の敵を攻撃せんと沸き立った。
一体が自らの身体を丸めてクラウスへと転がって迫る。
ニアから離れるように横へ走り自分へとヘイトを向けたクラウスを追って鉱石竜は転がる。
十分離れただろうか、ニアとの距離を確認し足を止め鉱石竜に向き合うように方向転換する。それと同時にガントレットからシールドを展開させる。
「ぐっ……」
さすがの勢いに、盾で受けるも苦しい声を出さざるを得ないが、それでも相手の攻撃は防ぐことができた。
銃はいつしかスタンロッドに持ち変えられていて、クラウスは躊躇うことなく眼の前の鉱石竜へ振り抜く。
防がれてからの鎧無視の強攻撃に、為すすべなく地に伏す。
その後も距離を取ったクラウスによる銃の火炎弾の狙撃によって鉱石竜は数を減らしていく。
せめてニアを狙おうとすればクラウスが間に入ってスタンロッドで叩かれる。
残りの鉱石竜たちは勝てないとわかると逃げるようにしてじたじたと背を向けて走り去っていった。
「……ふぅ」
最後の一体の気配が完全に消えると、クラウスは肩の力を抜いて銃を下ろした。
「……大丈夫かい」
「っ、はい、ありがとうございます」
振り返り自分の身を案じるクラウスにニアは安堵の表情で頷いた。
「クラウスさんも、お怪我はないですか?」
「うん、大丈夫だよ」
クラウスもニアに頷いて、周りを見渡す。
まだ、戦いは、終わっていないのだから。
警戒は怠らない。目を細めて、喰竜教団がいるであろう崖上を静かに見つめた。
「っはー、こりゃまた美しいドラゴンが来たもんだ!」
薬草を探しつつニアと進んでいた玖老勢・冬瑪 (榊鬼・h00101)は声を上げた。
何故か。眼の前に鉱石竜の群れがギャオギャオとわめきながら道を塞いでいたからだ。
それも、その瞳に敵意を宿して。
「ニアさん、ちょっと離れとってくれるかや?」
優しく伝えニアが頷き離れたのを見ると、鬼面を被り鬼神の鉞を構える。
「ゆっくり観察したいトコだけど……一匹残らず伐り斃すぞん」
その身に殺気を宿して、鉱石竜と対面する。
ざっと様子を観察すれば、気付いたのは尾が危ないということがわかった。
これは――懐に入ってしまえばこちらのものだのん。
『千早振る ここも高天の 原なれば あつまり給え 四方の神々……!』
地を踏み込み、群れに飛び込み舞うは【|花祭・一の舞《ジガタメ》】。
独鈷で剣戟。鉱石竜も他の仲間の身を盾にされれば尾も振れまい。
そして神楽鈴を振り気を向かせる。
鉱石竜が最後に見たものは、躊躇いなどなく、それどころかこちらを壊さんと力いっぱい振られた鉞。
バキョリとえげつない音を立てて割られた竜の頭に仲間は余計騒ぎ立つ。
殺気の籠もった瞳はその一撃で、恐怖の色を宿した。
ギャギャギャと耳障りな声を口々に、やらなければ殺られると鬼神へとそれぞれに攻撃を仕掛けてくる。
しかし鬼神は躱し、盾にし、鉞を振り下ろす。
その度に鉱石竜は倒れ伏していく。
鉞を振り下ろす毎に、命が消えていく。
尾を振られればその鉄壁の身を持って受け止める。【激痛耐性】を持つ彼には容易いことだった。
「す、ごい……」
ニアは遠くから闘いを眺めて呟く。
強い人とはこういう人なのかと、心に留めた。
強く、なりたい。
闘志はみなぎるが、今の自分は足手まといにしかならない。ぐっとこらえて、闘いの行く末を見守るしかなかった。
鉞を振り下ろして何回目だろうか。いや、数える気もなかったが。
そうして最後の竜の頭をかち割ったのか、あたりは静かになった。
鉱石が散らばって、キラキラと輝いている。
綺麗、だった。この場にはそぐわない感想かもしれないが。
肩で息をしている……わけでもなく、鬼神はそこに立っていた。
「大丈夫ですかっ」
もう危険がないとわかるとニアは冬瑪へと駆け寄る。
鬼面を取った冬瑪はにへらと笑ってありがっさま、と声を掛けた。
「流石の鉱石竜だったのん。硬くて腕が疲れてまったよ」
ぐるりと首を回しながら息をつけば、ニアは笑った。
「すごかったです。強い人ってこういう人なんだなって思いました」
「はは、いや、ニアさんは俺みたいになったらかんよ」
身を削る戦いは、ニアには向いていない。
それを見抜いている冬瑪は曖昧に微笑んだ。
――さて。黒幕はどこかねえ。二度と悪さできんように、伐り斃しに行くか、のん。
冬瑪は目を細めた。傍に立つ心優しき少女が悲しむことがないように、徹底的に潰さねば。
第3章 ボス戦 『喰竜教団『ドラゴンブラッド・サッカー』』

●言うなれば、傍若無人で傲岸不遜、おまけに放辟邪侈
「はー、役に立たねェな」
鉱石竜がいた方とは反対側、つまりニアの後ろから声がかかる。
ニアは驚き飛び退いて、√能力者のに隠れるように身を寄せた。
「っつーか、俺様の餌なんだけど」
不機嫌さを隠そうともせずに一方的に話しかけてくるピンク髪のパンクな格好をした男。
こいつが、喰竜教団『ドラゴンブラッド・サッカー』。今回の事件を仕掛けた張本人である。
「なあ、√能力者ってのは躾がなってないわけ?
人のモンは|奪《と》っちゃいけないってママに教わらなかったんでちゅか?」
ぎゃははと声を上げて笑う。もちろん、面白くて笑っているわけではない。
それに何かを思ったのか、ニアは震えた声で言う。
――薬草は。
その答えは当然に。
「アァ?薬草?ンなもんあるわけねえじゃん
ぜぇんぶ、俺様が流した嘘の噂。わかる?う・そ、なの」
あははぁと不気味な笑いを漏らした男は両手を広げた。
「俺様天才かと思ったよ。だってホントに来るんだもんなァ。
お前は優しいんだねエ。それともバカなのかなァ」
「何でも治る薬草なんて。そぉんな美味しい話、あるわけねえだろぉ?
マ、ガチで餌が来てくれて嬉しかったんだけど、サ」
身を乗り出すように煽った男は、再び不機嫌な表情に戻った。
「それなのによオ……」
「わかるか?俺様ウッキウキだったわけ。なーんで√能力者までついてくんの?いらねえんだけど。
石ころ竜も役に立たねえし……よ!」
男は感情的に手から血液の使い魔を地面へ投げつける。びちゃりと地面に赤が広がった。
「ハア……」
一方的に騒ぎ立てて癇癪をお起こした男は顔を伏せて大きなため息を吐く。
次に顔を上げて見えた表情はとびきりの嫌悪だった。
「返してくんね?俺様の餌」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、苛立ちを覚えていた。珍しいと自負はある。
普段なら、こんなことは言わないのだが。
「お前こそ、人を騙してはいけないとママに教わらなかったのか?」
「……はあ?ンなもん騙されるほうが悪いんだろうが」
ドラゴンブラッド・サッカーは不機嫌を隠さないまま言い捨てる。
それを見たクラウスはため息を吐いた。
「ああ、お前の頭では理解できなかったか」
挑発しながらもニアを背に庇う。
そうして静かに銃を構えて、サイト越しにドラゴンブラッド・サッカーを睨みつけた。
――【フレイムガンナー】起動。
「やるってンのか、ハッ、俺様の餌を奪った分際で」
ドラゴンブラッド・サッカーはその場で2回ほど跳ね、あくどい笑みを浮かべる。
――【ブラッド・ジーンバンク】
「足の速さを上げれば当たんねえだろ!俺様天才だからなあ」
ドラゴンブラッド・サッカーはだっと走り出す。
「動き続けてれば狙いづらいだろ?」
クラウスは怒りながらも冷静に、じっとその瞬間を待っていた。
走り続けようとも、いつか隙はできる。
ニアのためにも、絶対にこいつは仕留めなければならない。
走りながらもずるりと引きずるスライムに目が向く。
(これだ)
クラウスはいつも通りに引き金を引いた。火炎弾が銃口から放たれる。
弾の向かう先は――喰竜教団の男が纏う使い魔。すなわち足元。
「んげっ!?」
まともに喰らった使い魔が、炎上した。
「クソッタレが!っぐ……」
熱い、あつい、あつい。
「くっそ、これでも喰らえ!」
火が付いたままの使い魔をクラウスに投げつける。
しかし、クラウスは見切っていた。単調な攻撃。
クラウスは傭兵なのだ。それくらいどうってことない。
なればとドラゴンブラッド・サッカーはニアへともう一度、使い魔を投擲する。
「……っ!」
ニアは自分へと向かってくるスライムを見つめることしかできなかった。なんとか、腰の剣には手は伸びているが、動けない。
……動けない。
「ニアッ……!」
当たる。その瞬間、ガントレットからエネルギーバリアを展開したクラウスが割り込む。
バリアに当たったスライムは、べちゃりと跳ね飛ばされ、じゅううと燃えて蒸発していった。
血液の嫌な匂いがした。
「……大丈夫、かい」
「……はい」
クラウスに心配の声をかけられたニアは、小さく頷いて、震える両手をぎゅっと握った。
「っ、く、そがァ……!」
遠距離がだめならばとピンクはせめて蹴りを入れようとクラウスへと迫る。
しかし、それはクラウスが許さない。
咄嗟に構えていた銃を地面へ落とすと、光刃剣のトリガーを引く。
――居合。
「がっ……あ」
喰竜教団『ドラゴンブラッド・サッカー』は、膝を付くしかなかった。
クラウスは、鋭く男を見ると、ニアの元へと寄り添うように隣へ歩み寄った。
椿之原・希 (慈雨の娘・h00248)は怒っていた。
なんてことを言うのだと。ニアのことを悪く言うなんて!
「ニアさんはお母さん思いの優しい素敵な人なのです!絶対馬鹿なんかじゃないです!!」
ヴィルヴェ・レメゲトン(万魔を喚ぶ者・h01224)は反対に煽り散らかしていた。
煽られたなら煽り返してもいいのだ。目には目を、歯には歯を。
「そうじゃなあ、馬鹿ではないが……それにしてもぉ、餌を奪われて残念じゃのう!一人じゃ餌も取れない子供以下じゃなあ。教祖のママに泣きついたらどうじゃ?」
けけけ、と小生意気に笑って、あっかんべーまでする始末。
「ああ!?あいつはママなんかじゃねえ!餌を狂信するなんて意味のないことだろ!
餌は餌なんだよ!」
ギャンとドラゴンブラッド・サッカーは吠え返す。
「ニアさんは!ご飯じゃないのです!」
それに希も再び加わって、なんだか口喧嘩の様相で戦う気はあるのかないのか、そんな感じだが。
「それにこんなひどい嘘をつく人の方が馬鹿なのです!」
最初に動いたのは希だった。
「喰竜教団だかなんだか知りませんが!ぜったい!渡しません!!」
ぷんすこ怒りながら【|行動援護用√能力「梟」《オウル》】を起動させて、まずは味方の強化をするようで。
梟型のドローンがすいーっとしゃきーんと飛び回り、味方とのリンケージを構築していく。
「おお、希、よくやったのじゃ!」
ヴィルヴェは、力がみなぎる感覚を受けて、わははと声を上げた。
しかし。
「馬鹿馬鹿うるせえなあ!俺様は!天才なんだよ!」
――【ブラッドプリン・トランスフュージョン】
叫んだドラゴンブラッド・サッカーはぐちゃりぐちゃりと音を立てて使い魔と完全融合していく。
「む、こいつは……!」
ヴィルヴェは顔を顰めると、咄嗟に詠唱を始めた。
『開門せよ。最上位なる草木の精よ、あやつをぶちのめして絡み取るのじゃ!』
【|世界樹の精霊による拘束《ユグドラシル・バインド》】、発動。
薬草は無くとも、草木の精霊はやる気だ。
地面から蔦が、蔓が岩地を割って生えてくる。
緑たちは蠢くと、岩を持ち上げ使い魔と融合したドラゴンブラッド・サッカーに思いきり殴りつける。
「がっ、ぐぅ……イテえ、じゃねえか……」
一瞬うなだれた男だったが、すぐに顔を上げて眼の前の女子たちを睨みつける。
「なんじゃ、確かに、命を潰えるほどの攻撃だったはずだったん、じゃが……」
ヴィルヴェは呆気に取られ、目を見開いて男を見た。
その様子を認めた男は血塗れで高笑いを上げる。
「っ、だ、はは、あははは!わかってねえなあ……おれさまはァ……天才、なんだよォ……!」
「……!【決戦気象兵器「レイン」】、起動!しずく、頼みます!目標、目の前のピンクの髪の半裸の男の人!」
その判断は、|いままで《√ウォーゾーン》の経験が齎したものか。
希はこれは危険だと察知し、レインを起動させる。
背中からぷよりと浮かび上がった水晶玉は、いつものようにアナウンスを発した。
――命令を受領します。カウントダウン開始。
「っははあ゙、そんなの、当たらなければどうってことな……っ」
ドラゴンブラッド・サッカーのセリフは、途中で途切れることになる。
逃げようとする男の足には、蔦が絡まっていたのだ。
「クソがっ、いつの間に……、あの時かァア!」
男は咆哮しながらレインのレーザーを浴びることとなった。
レーザーの集中攻撃による土煙が舞う中、ヴィルヴェがわっはっは!と得意げに笑う。
「ヴィルヴェの精霊はすごいじゃろう!褒め称えるがよい!」
「はっ、はい、すごいです!」
二人の後ろに待機していたニアがこくこくと頷いてヴィルヴェと希を褒めそやす。
「そうじゃろうそうじゃろう!」
が。
「が、は……やって、くれた、なァあ」
土煙の向こうから、苦しげな、爛れた声が聞こえて来る。
「やっぱりですか」
希は今ので倒せたとは思っていなかった。今だ姿の見えない相手を探すように睨む。
「ガ、アアアア!」
――【血流粘体「ブラッドプリン」】
突然、粘性のある血流が土煙の向こうから決壊したダムのように溢れ流れてきた。
「まずいのじゃ、精霊よ……!」
ヴィルヴェは自分とニア、そして希に蔦を絡ませようとする。
しかし希は薄く笑って首を横に振った。
「ヴィルヴェさん、ニアさんのことをお願いするのです」
これじゃあ攻撃は当たってしまいますから。
「希、なにを」
――絶対、奪わせません。守り切ります。
『捧げます、だから助けてください』
希の唇はそう語った。
どこからかインビジブルの群れがやってきた。
そのインビジブルたちは、希に群がると、あろうことか年端のいかない少女を、ご馳走だとばかりに喰らいついてたいらげていく。
「の、ぞみ、さん」
ニアは、ヴィルヴェは、その様子をただ見つめることしかできなかった。
――攻撃が、迫っている。
「だい……じょう、ぶ、ですか、ら」
インビジブルの塊と化した希から、途切れ途切れながらも微かな声が聞こえて。
そうして、途絶えてしまった。
命が。
――【|奉贄祭《オヨビスル》】
黒い亀さん出て来てください。そしてあの人を倒してください――。
「な、んじゃ」
小さき命を代償に出ずるは、【黒闇玄武】
鉱石竜よりも一回り大きいくらいの、黒い亀。その尻尾では蛇がチロチロと舌を出している。
その亀が、二人を守っていた。
血流の津波をもろともせず、亀は口を開く。
「クウオオオオオオ……!」
怒りの籠もった声に呼応するように、空はどす黒い雲をかき集め始める。
そうして。
ゴロロ、雷鳴があたりに響いたかと思うと、ビッシャーンではおさまらない轟音が峡谷を襲った。
残った二人が目にしたものは、土煙が晴れかけ姿が見えるようになったドラゴンブラッド・サッカーと、その男めがけて撃ちつけられる黒い雷撃。
さすがの蘇生能力があろうと、レーザーの集中攻撃と黒い雷撃には敵うはずもなく。
喰竜教団『ドラゴンブラッド・サッカー』は、雷撃によって削られた岩地の真ん中で倒れ伏していた。
黒い亀は、もういなかった。
「あ、の、希、さんは」
震えた声で問うニアにヴィルヴェはいつもの得意げな笑顔ではなく、微笑みを送った。
「大丈夫じゃ。あやつも√能力者じゃ。じきに、戻ってくるじゃろうよ」
「そう、ですか……守って、くれたんですよね」
「ああ、そうじゃ。感謝、せねばな」
「はい」
ニアは力強く頷く。
ヴィルヴェも思うところがあったのか、神妙な顔で希の帰りを待つことにしたのだった。
「はっはっは」
玖老勢・冬瑪 (榊鬼・h00101)は笑っていた。
勿論、楽しくて、面白くて笑っているわけではない。
眼の前の男が不愉快なのだ。
「それは『人』の法だらぁ。
あんたさんの様な人面獣心に相応しいとでも思っとるだかん?」
「ああ?どういう意味だお前」
天才だと言う割に、そこまで頭は良くないのだろうか。
「はっはっは、わからんか。|しょんない《仕方ない》かもしれんがよ、あんま、笑わせたらかんよぉ」
冬瑪はのんびり伝えると、すん、とその笑顔を消した。
「ほいじゃ、伐り斃すか」
鬼面を被りながら冷たい声で言い捨てる姿に、ドラゴンブラッド・サッカーもビリビリとしたプレッシャーを感じたのか、強がって鼻で笑った。
「ハッ、できるならやってみろよ、餌を|分捕《うば》った分際で」
ドラゴンブラッド・サッカーは【ブラッディウーズ】を発動させる。
スライム状の使い魔が何匹も、冬瑪を喰らわんと向かっていく。
「あんまし、人をなめちゃかんよ」
【|花祭・一の舞《ジガタメ》】の足捌きでスライムを躱し、するすると懐に斬り込んだ。
「いつか痛い目みるでね」
鉞を振りかぶる。
男は悟る。避けられない。何だ、精霊の、クソっ。
「ブラッドプリン!」
使い魔の塊を盾にして、鉞を受ける。
それと同時に後ろへと飛び退った。
「ほう、やるのん」
クソが。話せる余裕があるのかよ、クソ。
ピンク髪の男は肩で息をしながらも先程よりも多く使い魔を鬼神に向かって送り込む。
「はっは。多少の血ぃくらい、呉れてやる。黄泉路を逝く餞別だ」
感情の籠もらない笑い声を上げながら使い魔の攻撃を受けてなお鉞を手に向かってくる鬼神に、ドラゴンブラッド・サッカーは自分の背中に冷たい汗が伝うのがわかった。
まじかよ、おい。
こいつ、なんなんだよ。避けることすらしねえのかよ。イカれてんじゃねえのか。
あまりの様相に笑いしか出なかった。
こんなん……クソッ。
「この鬼面を覚えて逝けよ。幾度蘇ろうと、鬼がお前を伐り斃しに行くでな」
「く、そがああああああ!」
喰竜教団『ドラゴンブラッド・サッカー』は、為すすべもなく鬼神の怪力によって、鉞を振り下ろされるのを、自分の死を受け入れるしか術はなかった。
如月・縁 (不眠的酒精女神・h06356)は穏やかに笑んでいた。
ふふ。
「躾がなってなくてごめんなさいね。
……それにしても」
そして、小首を傾げる。
「嘘をついちゃいけないって教えてもらえなかったのは可哀そうでしたね?」
「ああ!?」
ドラゴンブラッド・サッカーは不服だというように吠えた。
「まあ、ご家庭の事情は様々ですから」
「どういう意味だおい!」
哀れみの目線を向ける女神に、男は尚も吠える。
その隣で、俯いた天使が一人。静かに地面を睨んで怒っていた。
「……今、なんておっしゃったの?」
「あ?」
静かに呟くライラ・カメリア(白椿・h06574)にドラゴンブラッド・サッカーは怪訝な顔でそちらへ向く。
「ライラ、さん?」
ニアもただならぬ雰囲気に不安そうに声を掛ける、が。
「さて、ニアさん」
縁は優しく諭すようにニアへと声をかけた。
「……はい」
「残念ながら彼の言うことは本当よ。今は、生きて帰ることが先決なの」
「はい」
ニアが頷いたのを見るとふっと縁はライラの方を見る。
「……だから、なんておっしゃったのかしら」
顔を上げたライラの表情はにっこりとしたものだった。
(これは、援護に回ったほうがいいわね)
悟った縁は、静かに【|射止《アルク》】を発動させる。
|酒精女神の槍《アテナ》を、【宝赤の竜爪弓】に変えるが、まだ構えない。
ライラとドラゴンブラッド・サッカーの話がまだ終わってなかった。
「あ?俺様の餌を返せって言ったんだよ」
さも当然のように言ってのける男にライラは満面の笑みを浮かべる。
「餌、だなんて、可憐なお嬢様に対して口の利き方がなっていなくてよ」
――【|Toxique《トキシック》】
|Valkyrie《ヴァルキリー》に猛毒を纏わせ、ライラはその柄をしっかと握る。
「縁さん、ニアさんをおまかせしても?」
今度こそ弓を構えて縁は言った。
「ええ。守りと援護は任せて」
天使は羽根を羽ばたかせ空へと発った。
剣持ち空を飛翔する姿はまさしく|Valkyrie《ヴァルキリー》。
「ハッ、俺様とやる気かよ」
剣に纏った毒に気付いた男は【ブラッド・ジーンバンク】を発動。
耐久を上げ天使と対峙する。
――しかし、その選択は間違っていたのだと、あとから思い知ることとなるのだ。
迷わずライラは迷彩をその身に付与。
見失ったドラゴンブラッド・サッカーは舌打ちをする。
「小賢しい真似しやがって」
男は標的を弓引き絞る縁に変更することにした。
使い魔を寄越してニヤリと笑えば、こっちは仕留めたとばかりに余裕を浮かべる、が。
「……逃げらんねえだろ?俺様てんさ」
「甘いのよ」
限界まで引き絞られた弓から放たれた矢は、使い魔ごと男を貫いて、その口を閉じさせる。
「……がッ」
なんだ。身体が、痺れる。
「くっそ、そっちもかよ……!」
悪態を付いた途端、突如襲うは斬撃。
天使による頭上からの急降下による貫通攻撃。
声も、出なかった。
先程よりも濃い毒。動けない男はただ冷や汗を浮かべて回る意識に歯を食いしばった。
「く、そ……ッがァ」
這々の体で眼の前に舞い降りた天使に使い魔を送り出す。
天使は、冷たい瞳でそれを斬り捨てた。
「さあ、もう一度おっしゃって?」
言うが早いか地を蹴り羽ばたきにより加速、男に迫る。
肉薄し傷口をえぐるように剣を振るえば、猛毒の追撃によって、ガクリと喰竜教団『ドラゴンブラッド・サッカー』は地に伏した。
――敢えて語るまい。毒に喘ぐその姿は見てて気持ちの良いものでもない。
ライラは剣先に付いた液体を振り払い、口を開いた。
「わかったかしら。餌は――どちらか」
「ニアさん……ごめんなさい。怖い思いをさせてしまったわね」
先程の殺気はどこへやら、眉をハの字にしたライラはニアを気遣うよう優しく声をかけた。
「いいえ、これは私がよく調べもしないで突き進んだから……」
√能力者たちがいなかったらきっと、自分の命はなかっただろう。
「本当に、ありがとう、ございました」
ニアは頭を下げた。
「いいのよ。私たちはこれが仕事だもの」
首を横に振ったライラは、どうか頭をあげて?と促した。
「そうよ。
貴女が優しい心の持ち主だということはもうみんな、わかっているけれど。そうね、でも何でも信用するのはいただけないわ」
縁も同意して、それでもニアに諭すように話す。
冒険者の先輩としての教えね、と優しく微笑んで。
「はい。次からはしっかりと調べてからにします!」
「ふふ。じゃあ、帰り道に滋養に効きそうな薬草を一緒に探しましょうか」
「とても素敵だわ!私も一緒に探してもいいかしら!」
「手伝ってくれる人が増えるのならきっとすぐ見つかるわね」
「えへへ、ありがとうございます」
きゃいきゃい、可憐に話しながら天使と女神、そして少女は、三人並んで帰り道を進む。
●そして大団円
「提案があるのです!」
無事戻ってきた希は、帰り道で縁とライラと共に薬草を摘んだニアに元気よく話しかけた。
「ニアさんのお母さんを私に見せていただけませんか?
私、怪我や病気に少し詳しいのです!」
「いいのですか?そんなことまで」
遠慮がちなニアに、希はむふんと胸を張った。……ヴィルヴェが伝染っただろうか。
「私がやりたいのですからいいのです!
お薬も持ってますし、もしかしたらニアさんのお母さんにあったものも用意できるかもしれませんし」
「そうだのん、ほれにきっと心配しとるに」
横からそう伝えるは冬瑪だった。
「御母堂の傍におって、笑顔にさせてやりん。薬と温かな『手当て』に勇気づけられることもあろうよ」
「そうじゃそうじゃ!子供が笑顔でおらんでどうするのじゃ!そう、ヴィルヴェのように!わっはっは!」
「ヴィルヴェさんは少し元気すぎるかもしれませんです……」
「……みんな、ありがとうございます、本当に、ほんとうに!」
笑顔を見せたニアは、√能力者に見守られ、あるいは付き添われて帰った。
まだまだ完治まで道のりは遠いかもしれないが、少し回復した母親とニアが笑い合っているのを、クラウスが遠くから見かけたとか。
そんな話。