シナリオ

肉を喰らわば

#√汎神解剖機関 #クヴァリフの仔 #作業中。少々お待ちください

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 #√汎神解剖機関
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 ――ティロティロリン……♪

 軽快な電子チャイムの音と共に、スッと開いた自動ドアから中に入れば、ふわりと立ちのぼる香ばしい匂いが出迎える。
 店内に入れば肉の焼ける音が広がり、入ってすぐのところに設置された、スタイリッシュなスマート案内機のセンサーが来店客に反応し、中世的な優しい声でAIロボが挨拶する。

「いらっしゃいませ。何名様ですか……B-8テーブルへどうぞ」

 明るい声と共に、足元のLEDライトが静かに光を放ち、案内するように前方へ伸びていく。そんな未来的な導線をたどって席に着けば、無煙ロースターの準備が整い始め、ほんのりと温もりが伝わってきはじめ。
 僅かに店内を動く人間は、店の雰囲気を損なわないよう黒子にでも徹しているのか、黒い三角頭巾を頭にかぶり、ヒソヒソと目立たないよう店内を移動している。
 テーブルに設置されたタブレットで注文を終えれば、程なくして明るい音楽と共に、配膳ロボットが滑らかに近づいてくる。黒とシルバーで統一されたスマートなボディには、小さな画面があり『ご注文の商品をお届けにきました♪』という声と共に、かわいいクヴァリフマークのアイコンが浮かび、トレイの上には、艶やかな和牛カルビ、肉厚の牛タン、彩りを添える野菜セットが整然と並んでいた。

「すげぇ、無駄がない…」
「でも、ちゃんと美味しそうだよ。焼こう!」
「あれ、誰かタコ頼んだか?」
「分からないや。いいや一緒に焼いちゃえ」

 トングを手に鉄板の上に肉を置くと、静かな空間にジュッという焼き音が心地よく響きはじめるのであった。


 怪異を崇める狂信者と化した人々に対して、仔産みの女神『クヴァリフ』が己の『仔』たる怪異の召喚手法を授けていることが予知によって確認されていることは、既に知っていることだろう。
「その手法によって召喚される『クヴァリフの仔』は、ぶよぶよとした触手状の怪物で、それ自体はさしたる戦闘力を持たないようですが、他の怪異や√能力者と融合することで宿主の戦闘能力を大きく増幅するようですね」
 困ったものですと、煽・舞 (七変化妖小町・h02657)は扇を広げ、考えるように小首を傾げ説明を続ける。
「その『クヴァリフの仔』を手に入れた狂信者達ですが、汎神解剖機関のとある焼き肉店をアジトとして利用しているようで、そのどこかで発生した怪異に捧げようとしているようです」
 焼き肉店はスマート焼肉店として、先端技術が導入され営業しているようだ。
 従業員が直接接客しなくても、ある程度営業が回るので狂信者達も動きやすいらしい。見るからに怪しい全身黒ずくめの姿でも、まるで黒子のようにあまり表に出てこないように仕事をしていれば目立たないということなのだろう。
「騒ぎになってしまえば、怪異が消えてしまったり、狂信者が『クヴァリフの仔』をどこかに持ち逃げしてしまうかもしれません」
 それを防ぐためには、お店にお客さんとして紛れ込み油断させ、店員を呼び出さなければいけないような事態を起こし、表に信者を呼び出し裏に潜り込み尾行すれば怪異とクヴァリフの仔の居場所も分かるだろう。
「まずは、お店にお客さんとして潜り込むところからですね。普通に来店して焼き肉を楽しんで頂ければ問題ないかと思います。注文した覚えのない物は食べても食べなくても……はい、√能力者であれば大丈夫です」
 その後は、何か店員を呼び出すような行為を起こして後をつけ潜り込むだけ。
 そうして辿り着いた場所には、恐らく怪異が居ると思うので、それを撃破して可能な限り生きたまま『クヴァリフの仔』を回収してほしいと思う。
「この『クヴァリフの仔』からも、人類の延命に利用可能な新物質ニューパワーを得られる可能性は大きいでしょう」
 教信者達危険な教義を実行させない為にも、出来る限り回収してください。
 そう言って、舞は扇を閉じるのであった。

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第1章 日常 『奇妙なレストラン』


青木・緋翠

●焼肉アクティベート
 ――ティロティロリン……♪
 電子チャイムの音と共に自動ドアが開き、静かな足取りで|青木《あおき》・|緋翠《ひすい》(ほんわかパソコン・h00827)は店内に入った。
 焼けた肉の香ばしい匂いが鼻をくすぐる中、ポケットに手を入れハッキングプログラムを仕込んだ『革新』のフロッピーディスクの存在を確かめながら、彼は周囲の配置を観察する。
「一人焼肉、初めてです……楽しみですが、狂信者の拠点ともなれば油断は禁物ですね」
 明るい声で案内を告げるAIロボを横目に、装着したスマートグラスのHUDに微細なログを表示させながら席へと向かう。その間にも、彼は目立たぬ所作ですれ違い際に、ディスクのひとつを配膳ロボの背部に差し込み、|技術革新《√能力》を展開。
 ロボットの挙動は目に見えて変わらないが、経路の最適化と障害回避機能、そして追加命令の処理能力が革新され向上している。
 そのうえで、彼は軽く指示を書き加える。『注文していないものが乗っていたら、配膳前に俺の席へ立ち寄るように』と。
「これで、危険物が一般の方へ渡る前に回収できますね」
 諸々の仕込みを終え、席に腰を落ち着けた緋翠は、タブレットからスタンダードな肉セットを注文する。
 上カルビ、ハラミ、ホルモン。あくまで自然に、普通のお客さんらしく。
 やがて、配膳ロボが静かに近づいてくる。トレイの上には、輝く肉たち。中でも上カルビは、霜降りがまるで大理石のように美しく、視覚だけでも食欲を刺激する。
「では……まずは、こちらから」
 上カルビを網の上へと丁寧に置いた。
 焼ける音、滴る脂、ほんのり上がる煙……全てが心地よく。香りは甘く、香ばしく、彼の表情も思わず自然に綻ぶ。
 じっくり焼いてから裏返し、表面に香ばしい焼き色がついた頃合いで引き上げ、タレにさっとくぐらせると、ひと口で口に運ぶ。
「……美味しい」
 声にならないため息のような言葉が漏れる。
 口いっぱいに広がる旨味と脂の甘さ。舌の上で肉がとろけ、咀嚼のたびに濃厚な風味が口内を満たしていく。唯一残念なのは、ここが狂信者のアジトになっていることだろうか。
 次にハラミ。こちらは少し長めに焼き、噛みしめる食感と奥深い旨味を楽しむ。
 カルビが一瞬で幸福をもたらすとすれば、ハラミは噛むごとに穏やかな充足を与えるようだった。
 そして、次へと箸が伸びたところで、配膳ロボが再び近づいてくる。
 仕込んでおいた指定通り、緋翠の席に立ち止まり、トレイの端を示した。そこには肉にまざるように、タコのような切片が混ざっているのが見えた。
「出ましたね。混入率は控えめに、しかし、これは臓器系でしょうか」
 見た目はホルモンに近く、吸盤部分は少ない。だが繊維の走りが微妙に異なる。
 彼は手を止め、別皿に分けて観察する。焼きはするが、食べることはない。恐ろしいことに焼いてしまうと、他の肉と区別が殆どない。
「記録だけしておきましょう。見た目と構造からして、内臓型……複数の生理機能を持っていそうですね」
 焼肉の香ばしさに包まれながらも、彼の目は研究者としての光を失わないのであった。

如月・縁
見下・七三子

●焼肉デュオプレート
 暮れかけた外の空気と共に、開いた自動ドアより、麗しい女性が二人店内に入ってきた。
「ふふっ、すごい……未来的ですね、このお店」
「ほんと……床のライトが案内してくれてるんですね、すごい……」
 案内されたB-10テーブルへと進みながら、|見下《みした》・|七三子《なみこ》(使い捨ての戦闘員・h00338)はきょろきょろと辺りを見回し、|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)は軽やかにその隣を歩く。ロースターの立ち上がる熱に、肌寒い外気の名残がふっと消えていく。
「思えば、二人でのお出かけは初めてですね。……もっとカワイイお店にお連れすべきだったかしら」
「いえいえ! むしろ、うれしいです! 滅多にない機会ですし、ウキウキしちゃいます」
「付き合ってくれてありがとうございます。続く戦いに向けて精をつけましょうね」
 つい誘っちゃいましたと微笑む縁に、七三子はお仕事なのに焼肉なんて後ろめたいなんて言ってたが、メニューを前にすると直ぐに目を輝かせた。
「縁さん何食べます?」
 注文入れますねと、七三子はタブレットをぽちぽち。
「あ! タン食べたいです。カルビもありそうですね……」
「タンもありますよ。私はカルビ食べたいです! あ、サラダや、焼くお野菜も欲しいですね。後は、飲み物……」
 手早く操作する七三子を見ながら、最近の注文システムってすごぉいなんて言っているとお酒のページが通過しそうになり、思わず縁は手を伸ばした。
「え! お酒召し上がらないんですか!?」
「私は飲酒して戦う自信がないので、お茶で……」
「……正論なのはわかるけど、せめて、せめてマッコリか赤ワインをいただきたいです……頼んだらだめですか?」
 自分の見せ方を心得ている縁は、少し上目に蕩けた視線を向けてくる。
「く……おねだり可愛い……縁さんは私が守りますので、お酒飲んでいいですとも!」
 好きに頼んでくださいとタブレット画面を向ければ、嬉しそうに縁の指先がぽちぽちとメニューを選んでいく。幾つ選んだかは、あまり考えない方がいいだろう。
 ほどなくして、黒とシルバーの配膳ロボがぬるりと登場。
『ご注文のお品をお届けにきました♪』
「わぁ……! 喋った……!?」
「ふふ、可愛いロボットねぇ。クヴァリフマークが小粋じゃない?」
 配膳ロボが運んできたトレイには、つややかなタンやカルビ、野菜の盛り合わせ。それを見て、縁の瞳が嬉しそうに輝く。
「牛タンって、いいわよねぇ。塩で、レモンで、さっぱりと……うん、間違いないの」
 鉄板の上に置かれた肉が、香ばしい音を響かせ。七三子が思わず小さく拍手する。
「えへへ、焼けてきました! あ、縁さん、お酒……は、飲んでますね」
 ぐびと、美味しそうにマッコリを飲み、幸せそうな縁の姿にいつも通りだと、七三子は苦笑し、次の肉へとトングを伸ばし手が止まった。
 お肉の皿の端に混ざり込んだ、『タコのようなもの』に気付いたのだ。
「……頼んでもないタコ……いやこれ本当にタコです……?」
「あら。これが噂のタコさん」
 トングで触れればまだ生きてるのか、二人が見つめる中、ぶよぶよと揺れる『タコのようなもの』、もとい、クヴァリフの仔の一部。
「……なんか……生きてませんか? 一応食べても問題ないと煽さんは言ってましたけど。ちょっとこう、想像すると怖いですね?」
「……乙女がおなかを壊しても大変ですし、遠慮しておきましょうか」
 万が一、お腹の中で動いたらそれこそ大惨事かもしれない。
「私もやめときます……」
 結局、鉄板には乗せられず、クヴァリフの仔の一部は、そっとテーブル端に寄せられ回収だけされることとなった。
 後はゆっくりと、やわらかいひとときを。
 焼肉と、笑い声と、少しの酒精と共に――。

岩上・三年

●カルビトリップ
 ――ティロティロリン……♪
 静かな電子音に迎えられ、自動ドアが開く。その向こうからふわりと香る肉の匂いに、岩上・三年(人間(√妖怪百鬼夜行)の重甲着装者・|載霊禍祓士《さいれいまがばらいし》・h02224)は肩を竦めるようにして足を踏み入れた。
「本当に未来っぽい……」
 ぼさぼさの髪を無造作に撫でつけながら、店内を見回す。LEDライトが足元に灯り、センサーが彼女の姿を捉えると、無機質なのにどこか柔らかい声が彼女を迎えた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですね。A-7テーブルへどうぞ」
 自動案内に導かれ、彼女は静かに歩き出す。ロースターの熱がほんのり伝わってくると、心なしか頬が緩んだ。
「……一人焼肉、初めてだけど。悪くないかも」
 黒子のように動く店員たちには目もくれず、三年はテーブルのタブレットに指を走らせる。カルビ、ハツ、豚トロ、鶏モモ――そして一瞬、指が止まる。
「……タコ?」
 目を細め思い浮かべるのは、これまでに発見された『クヴァリフの仔』の姿。ぶよぶよとした触手状の怪物で、吸盤があるせいかタコのような印象もあった。
「タコ……これがアレか、食べたら副作用が出そうな奴って」
 紛れさせるというのなら、木を隠すなら森の中。触手をかくすなら触手の中が一番と、三年はパネルをタッチする。
「食べたら、お腹の中で触手責めに合うとかでは無いよね? ……まあ、食べるけど」
 淡々と注文を終えれば、ほどなくして黒とシルバーの配膳ロボットが滑り寄ってくる。
『ご注文の商品をお届けにきました♪』
 可愛らしいアイコンが浮かぶトレイには、肉厚の牛タン、脂が美しいカルビ、そしてどこか艶やかで不穏な光沢を持つタコらしきものの触手が整然と並んでいた。
「ビーフジャーキーじゃないけど……まあ、良いお肉って感じ、するね」
 ぼそぼそと呟きながらも、三年はトングを手にとって肉を並べ始める。
 ジュワ~~!
 鉄板に乗った肉が食欲をそそる音を立てると、自然と三年の口元がほころぶ。
「……やっぱりこの音、いいな。牛タンって言ったら仙台市名物でよく食べるけど…さてさて、此方の牛タン君はどうかな?」
 塩とレモンでさっぱり食べるか、それともと迷っていれば、先に触手が焼き上がった。
 ほどよく焼けた触手を口に運ぶ。ぷりぷりとした弾力、どこかアワビにも似た歯応え、だが味は妙にうまい。
「うわ、ベーコン? イカ? いや、これは……好き、かも?」
 味わいながら自信が無くなったのは、妙に身体が火照るってきたせいかもしれない。
 不意にこみ上げる高揚感と一緒に、視界がほんのり明るくなったような錯覚。そしてほんのりと少し赤らむ頬。
「なんか、楽しい? 気のせい?」
 自分の頬に触れ、首を傾げる三年だが、ほんのり上気した顔に、本人は気づいていない。 美味しいならいいじゃないか。
 彼女は、自分の変化は気にせず、カルビを頬張り、レモンを絞った牛タンにかぶりつきながら、ぽつり。
「うん。もう一皿、頼んでみようかな……」
 その日、彼女はクラフトビールを片手に、一人焼肉の沼に静かにハマっていくのであった。

北條・春幸
守澤・文雄

●ホルモン探求心
 席に自動で案内された二人は、早速タブレットを開きメニューを見ながら、あれやこれやと楽しそうに注文をしていた。
「メニューには流石に載ってないか。普通に注文すれば勝手に混ぜてくれるのかな」
「楽しそうだね、はる兄」
 妙に|北條《ホウジョウ》・|春幸《ハルユキ》(汎神解剖機関 食用部所属 怪異調理師・h01096)が浮かれているのは、気心知れた従兄弟の|守澤《もりさわ》・|文雄《ふみお》(北條・春幸のAnker・h03126)が一緒だからというだけではない。
「焼きクヴァリフの仔パーティだねえ、ふみ君! 怪異食研究のため、今日は思いっきり食べまくろう!」
「もちろん、僕も怪異肉楽しみだけど、クヴァリフの仔か……」
 注文をしないとと、文雄がタブレットを操作する。
「あ、この海鮮ていうのが怪しいかな。よし、まずはこの海鮮セット。後はカルビ、タン、ロース、ホルモンでいいか。ハラミも食べたいな。後ビビンバも」
「ビビンバはいるかな?」
「ご飯メニューにも混じってるかもしれないだろ?」
「……なるほど。だけど、野菜は必要ないかな」
「うん、野菜は要らないね」
「他の依頼で仔の生食は出来たけど、火を通した状態も食べたかったんだよ~。生の時はタコっぽい味と弾力だったけど、どうなるのかな」
 早く肉が運ばれてこないかと楽しみなようだが、まずは乾杯から。ビールジョッキを軽く掲げ鳴らした所で、タイミングよく配膳ロボットが、静かに滑るようにテーブルへと近づいてくる。
「ご注文の焼肉セットをお持ちしました♪」
 画面に浮かぶクヴァリフマークのアイコンがピコンと光る。トレイの上には、見慣れた和牛カルビ、タン、ロース、ハラミ、ホルモン……そして、セットの彩りを担うはずの海鮮盛り合わせ。
「ふみ君、今回のは普通の肉だからね、たぶん。メニューには、やっぱりクヴァリフの仔なんて載ってなかったし」
「今回は普通の肉を食べながら、偶然混ざってた仔の肉を探すんだね」
 二人はまるで宝探しのように、肉の並びを観察する。どれも肉厚で、程よいサシが入り、美味そうだ。しかし、春幸の目がある一点で止まる。
「……あった」
「どれ?」
 春幸は眼鏡を光らせ、静かに一切れをトングで持ち上げる。見た目はロース。だが、端の部分がほんのり透明がかっており、通常の肉とは違う繊維質がちらりと覗く。
「この脂の層、ふつうの牛じゃありえない。ほら、ほのかに青紫っぽい色を残してるでしょ」
「わ、本当だ。混ざってる。普通の肉に!」
「うん、つまり無言の混入ってやつだね。これは確信犯。店側も分かってやってるな……!」
 いや、狂信者たちか。
 春幸はトングで仔の紛れ肉を網の上にのせる。じゅう、と心地よい音とともに、肉の端が持ち上がり、ふよふよと震え始めた。
 文雄が苦笑しながら、同じくカルビの中から微妙な違和感を持つ一切れを取り上げる。
「はる兄、こっちはまだ動いてるよ。ホルモンの隣にあったやつ」
「案外控えめに混ぜてるね。もっと注文しないと満足するまで食べられないかな。いいじゃないか、その挑戦、受けよう!」
 春幸はクヴァリフ混入肉を口に運ぶ。焼き加減はミディアム。外は香ばしく、内は柔らかくとろける。ふわっと広がる磯の香りと、噛みしめるたびに溢れるジューシーな脂――それは通常の牛肉にはない、怪異の旨み。
「この仔、ちょっとクセ強いけど、スパイスと焼き加減で全然イケるね。次はどうかな」
 白ホルモン、シマチョウ、ギアラ――それぞれ脂の光沢と食欲をそそる匂いを放っている。
 焼き網の横にスペース空け、春幸が手慣れた手つきで並べていく中で、ひとつだけ異質な物体が僅かに震えている。
 他のホルモンに比べてやや小ぶり、色味はタレに隠れて見れないが、怪しいのは一目瞭然。
「ホルモンにしては中身が詰まってるというか、ムチッとして弾力が強い。生で食べたクヴァリフの仔に近いか……よし、ちょっと焼いて確かめようか」
 網の上に乗せると、それはぷっくりと膨らみ、じわじわと液を滲ませる。
 ときどきビクッと動くのは、生前の名残か、それともまだ意志があるのか。じっと観察する春幸の目は真剣で、思わず文雄は苦笑を浮かべた。
 ほどよく焼き目がついたところで、春幸が一切れを口に運ぶ。
「うん。弾力があるのに、噛むとトロッと溶けてく感じ。クセはあるけど、タレと合うと絶妙だね……焼酎と合いそうだ」
「そんなに美味しいの? はる兄が仔ばっかり食べるから、他の肉が余ってしまう。普通の肉も少しは食べなよ? 僕だって、仔の肉食べたいんだからね」
「ごめんごめん……新物質ニューパワーが、どんな効果なのかは分からないし。食べる事で、効果を発する可能性がある訳だからね」
 春幸はにんまり笑うと、普通のカルビやホルモンなども口にする。
「ふむ、比べてみるとよくわかるね。やっぱクヴァリフの仔、脂の質がちょっと変わってる。脳に響くような感じするっていうか……少し身体が熱いような……」
「それって、もうなんか発動してない?」
「気のせい……いや、たぶん僕ら、何かに触れちゃってるな」
 焼ける音、香ばしさ、脂の跳ねるリズムが心地よくて、思考がふわっと浮かぶ。店内の光がやわらかく滲み、網の上で肉が踊るように見える。
 一瞬、何か幻が見えたが、√能力者であり、口にした量が少ないおかげで、それは直ぐに消えた。
「大丈夫、はる兄?」
「ああ、少し油断していたようだ。たぶん、仔の肉は覚醒系だ。でも怖くない。むしろ、焼き続けたい……!」
 これは、やはり一般人の口に入れるのは危なそうだと文雄は苦笑し。春幸が食べる分以外は、丁重に回収し、ご退場願うことになった。
 焼き網の上で、仔の肉がいい音を立てていた。
 それは確かに怪異のものではあるのに、火を通すことで、どこか懐かしく、味覚を刺激し、未知を口にする快感を与え。
 食べれば食べるほど、現実がじんわり溶けて、春幸にとって、ただただ美味しく。
 従兄弟とこうして、楽しく食事をして過ごすのは、文雄にとって幸せで。
 二人にとって、このひと時は、未知との遭遇であり最高のごちそうだった。

雪月・らぴか
小明見・結

●ミート・オブ・ザ・フューチャー
 電子音と共に自動ドアが開き、焼けた肉の香ばしい香りがふわりと二人を包み込む。LEDが床に導線を描くのに、|雪月《ゆきづき》・らぴか(霊術闘士らぴか・h00312)と|小明見《こあすみ》・|結《ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)は着いていった。
「おおお、未来的だね! 今度は焼肉屋!? ほんといろんなところにクヴァリフの仔を持った狂信者いるよね! 改めて√EDENとの違いを感じちゃうね!」
 らぴかはポンッと、足を弾ませるようにして進み、ポニーテールが跳ねる。
「もともと、あんまり外食しないってのもあるけど、配膳ロボットがいるお店とか来たことないからねー」
「ええ、なんだかテーマパークのアトラクションみたいね」
 結は落ち着いた足取りで続きながらも、周囲へさりげなく視線を走らせる。
「どこに怪異がいるのかとか色々調べたいけれど、あんまり目立つ動きをするのも良くないわよね」
「さてさて、お店のどこに、どんな風にあれこれ隠されているのかなー?」
 それぞれの客席は、プライベートを護るかのように高めの仕切りで区切られ半個室状態だ。つまり、他の席で何か異変があっても、簡単には気づけないというわけだ。
 通されたテーブルには、タブレット式のメニューと無煙ロースター。隣の席では大学生グループがすでに肉を焼き始めており、その賑やかな声が微かに漏れ聞こえてくるが、奥に見えたファミリーのテーブルの声は聞こえてこない。
 防音対策もしているかのようだ。
「とりあえずは、普通にお肉や野菜を頼んでおきましょう。見るからに怪しいものは手を付けないとして、他は……多分食べても大丈夫なのよね」
「カルビ! まずはカルビ! それとごはんと野菜と、あと……これ美味しそう!」
「らぴかさん、頼みすぎよ。あとで戦うんだから」
「この後カロリー消費タイムの戦闘があるはずだから、いっぱい食べちゃっても大丈夫だよ!」
「……でも、そうね、体力は付けておきましょうか。まあ、何も食べないというのも不自然だし、そこは覚悟を決めましょう」
「だよねー☆ あ、そこの海鮮盛りも頼んでみよう! 美味しそう!」
 結は、そのメニューを警戒するように見たが、既にらぴかが頼んだ後のようで、怪しければ食べなければいいかと、密かに溜息をこぼすのであった。
 しばらくして、黒とシルバーの配膳ロボットが静かに近づいてくる。
『ご注文の商品をお届けにきました♪』
 トレイには、艶やかなカルビ、厚切りタン、盛り合わせの野菜セット。そして、海鮮盛りの端に見える、タコのようでタコではない何か。
「頼んだ覚えのないものは……多分怪異肉だよね。食べたことは何度かあるから食べちゃえ!」
 躊躇なく、らぴかはタコではない何かの肉を焼き網に置いた。ジュワッと脂が跳ね、奇妙な甘い香りが立ち上る。
「しかし、わざわざクヴァリフの仔を食べさせるようなことするって、何が狙いなのかしらね。他のお客さんにも怪しいものは食べさせたくないわ」
 横を通る配膳ロボットを時折確認し、結は怪しい肉を見つけたらそっと回収していく。
「いただきまーす。どんな味や食感がするのかなー?」
 弾力は十分。イカや厚切りベーコンみたいな、やっぱり普通の海産物とは違う。
「でも、結構おいしくてびっくり。何だか身体がポカポカします」
 そう答えるらぴかは食事のせいか、少し熱そうに頬を火照らせ何だかさっきより楽しそうだ。たぶん、能力が上がろうとしている兆候のようなものか。だが、融合ではない以上、その効果は出ないのだろう。
 その様子に違和感を感じた結は、近くの席を警戒したが、どうやら他では被害は出ていないようだ。だが――。
「時間の問題ね」
 放っておけば、いつか本当の被害者が出てしまうだろうと、二人は平穏に見える店内に、じわじわと滲みだす異常に、警戒を強めるのであった。

九段坂・いずも
ナギ・オルファンジア

●特上和みタン盛り
 ――ティロティロリン……♪
 電子チャイムが軽やかに響くと、扉がスッと横に開く。外の喧騒と切り離された空間に足を踏み入れた瞬間、炭火と肉の香ばしい匂いが二人の鼻をくすぐった。
「ふふ、香りからして美味しそうですね……」
 アップスタイルにまとめた黒髪をゆるりと揺らし、|九段坂《くだんざか》・いずも(洒々落々・h04626)が、表情をほころばせる。
 一方、ハーフアップの乳白色の髪を揺らすナギ・オルファンジア(■からの|堕慧仔《オトシゴ》・h05496)は、無表情ながらも鼻先を掠めた香りに「これは当たりの店だねぇ」と呟く。
 どちらも焼き肉に備え、普段おろしている髪をまとめ臨戦態勢である。
 二人を出迎えたスマート案内機の誘導に従って、光るLEDラインに導かれながら、ゆっくりと席へと進んでいく。
「今日は改めてお付き合いありがとうございます」
「改めまして、こちらこそお誘いありがとう。おいしいお肉が食べられるのであれば、背景は追求せずにおきますとも!」
 焼ける音とまばらに漏れ聞こえてくる他のお客の声を耳に、テーブルに腰を下ろせば、無煙ロースターがじわりと温まり始める。
「さあ、今日は焼肉ですね! あ、わたくしとりあえず生ビールで」
「私は烏龍ハイにしようかなぁ」
 楽しみにして来たんですと、ポチポチとタブレットを操作しいずもが注文を入れていく。
「ふふ、いずも君も気合十分だね。アップもお似合いだよ」
 ほどなくしてやってきた配膳ロボットが、肉とグラスを届けてくれれば楽しい時間の始まりだ。
 目くばせし合うようそれぞれのグラスを手に取り、
「「乾杯!」」
 カチン、と軽やかな音が交わり、ふたりは一口ずつグラスを傾けた。泡が唇に触れた瞬間、いずもは目を細め思わず息を漏らす。
「……んふ、沁みます」
 一方のナギも、氷の鳴る音と共に飲み干して「ふふ、喉が鳴るねぇ」と口角を小さく上げていた。
「どんどん焼こうね」
 いずもとナギは手分けし、丁寧にトングでタンを並べていく。
 ロースターの上でじゅっと音が立ち、肉汁が染み出す。その香ばしい匂いに、ナギの目がわずかに潤む。
「ふむ、このきらきらした脂の照り……」
 よだれがと続きそうになった言葉ごと呑み込み、烏龍ハイをゴクリ。
「焼けましたよ、ナギさん。どうぞ。レモンもいかがですか?」
「レモンありがとう、では、お先に」
 ナギは表情こそ乏しいが、噛むごとに頬が僅かに赤らんでいく。口の中で広がる旨味に、彼女なりの至福の反応がにじむ。
「……ん、んふっ。噛み締めるごとに……これは……幸せ……」
「実は、わたくし結構焼肉好きなほうでして……」
 次々と焼かれるカルビ、ハラミ、野菜たち。
 どれもが等しく美味しく、等しく二人の胃を満たしていく。
「このまま酒盛りしたくなってきましたが……今日はお仕事でしたっけね」
「そう、本日はお仕事なのです、悲しいね」
 酒盛りに雪崩れ込みたいのを我慢し、だけど流れるように二杯目の注文をするのは二人とも忘れていない。
 そのとき、追加で運ばれてきたトレーの中に、見慣れない海鮮盛が一。
「……頼んでませんよね? この海鮮」
「んふ、頼んでいませんねぇ。こっちのはアレかな?」
 皿の上で、綺麗にならんだ海鮮の端に、タコにも見えるぶよぶよした何かが、うっすらと動いている。
「まあ、食べられないことはないですから、焼きましょう」
 いずもは慣れた手つきで、その奇妙なタコにも見える何かを網に乗せる。ジュッと、小さく跳ねた汁が飛び、淡く香ばしい香りが立ち昇った。
 さて、お味は?
「うううん、大味……私は普通のお肉がいいかも」
「ナギさん、あんまりお好きじゃないですか?」
「では、もらっちゃいますよ。どうぞ、こっちのお皿に」
「いずも君は怪異を食べ慣れているのかぁ、何と心強い……」
 不味くはないが、好みに合わないというのもある。それに肉の向こうに思い浮かぶクヴァリフの仔やクヴァリフの姿は、決して美味しそうには見えない。
「ちょっとした怪異なら、食べ慣れているというだけですよ。それに、これがですね、意外とクセになるんですよ。あまり食べ過ぎると、ちょっとした幻覚を見るかもしれませんけど……」
「……危ないものは美味しいという定理?」
「そうかもしれませんね」
 いずもにとっては、今まで口にして来た、人魚の肉や竜の血と同列なのかもしれない。
 和やかに笑い合いながら、二人はお酒と一緒に肉を焼き続ける。
「頼みましょうか、冷麺もビビンバも」
「シェアしようね。他には……、む、ユッケとロースもほしいなぁ」
「ええ、半分こしましょうか、じゃあカルビも追加して」
 そして無言で押されるお酒のおかわりと共に、焼き肉を楽しむ二人の箸は止まることがなかった。
「焼肉最高です!」
「まったく、ですね。おいしいものって、本当に、罪ですよね……ふふっ」
 何度目か分からない乾杯と共に、香ばしい煙と湯気のなか、金とピンクの瞳が照明にきらめき、焼ける音と共に、穏やかな時間だけがゆっくりと流れていくのであった。

刃渡・銀竹
日南・カナタ
マリー・エルデフェイ
薄羽・ヒバリ
志藤・遙斗

●突撃! 危ない焼肉捜査
 その焼肉店は、近未来感と昭和の居酒屋感が妙に融合した、どこか不思議な雰囲気を漂わせていた。
「どうやらここが例の店みたいですね。スマート焼肉店との事ですが、実際の所どうなのかわかりませんし……。皆さん、気を引き締めて行きましょう」
 タバコの煙をくゆらせながら店先に立っていた|志藤《しどう》・|遙斗《はると》(普通の警察官・h01920)は、仲間たちへと声を駆けつつ、用心だけはしておきましょうと店内を確認する。
 ほぼ同時に、全身からタダ飯オーラを放ちながら|刃渡《はわたり》・|銀竹《つらら》(博打打ち・h02791)が意気揚々と歩み出る。
「タダで食う焼肉と聞いて駆けつけたぜですよ! しかも経費申請済みとか、最高じゃねえですか?」
「ねー、経費で食えるとは最高ですな! わー! この店、すんげー近未来的!」
 潜入捜査って分かってるけど、少しくらいはしゃいでもいいよねと、|日南《ひなみ》・カナタ(新人警視庁異能捜査官カミガリ・h01454)が無垢な瞳で先輩の遙斗を見あげると、何とも言えない溜息が零れた。
 あくまでも潜入。お客に見えなければ意味がないので、その範疇であれば大丈夫だろうとは思うが……何だか既にテンション高めの男が2人いるような……。
「わあお、ちょっぴり|地元《√WZ》を思い出す機械感っ。√汎神解剖機関もやるじゃん? 私的には、経費でもカナタの奢りでもどっちでもいいんだけど〜」
 イタズラっぽく微笑みながら、|薄羽《うすば》・ヒバリ(alauda・h00458)薄羽ヒバリが長い髪を揺らし、軽やかな足取りで案内に従い席へと着席すると、さっと注文端末に手を伸ばす。
「んじゃ、テキトーに全部頼んじゃうね〜。カルビやタン、ロース、ハラミ、ホルモン、あと…フィレ! 特選のやつ!」
 頼める物は全部と爆速注文すれば、俄かに厨房が慌ただしくなる音が耳に届いた。
「おお、なんだか近未来的なお店ですね。お店で焼肉を食べるなんて久しぶりなので、楽しみです」
 マリー・エルデフェイ(静穏の祈り手・h03135)も感嘆の声を上げきちんとした姿勢で座り、魔法のナイフを懐から取り出し準備してれば、程なくして肉を始めとする食材が運ばれてきた。
「よっしゃ、景気づけにジンジャーエールでカンパーイ!」
 銀竹が満面の笑みで乾杯の音頭をとり、グラスを高く掲げた。
「さぁーて、オレはまず、タン塩だろ? カルビだろ?」
「俺も負けてられないよね!?」
「楽しむのはいいんですけど、仕事もお忘れなく……皆さん」
 とは言いつつ、遙斗も肉を網に乗せる動きは素早い。ついでに無秩序に焼き網に並べられた肉を、味ごとに仕分け並べ直していく。
「このナイフは魔力を通すことで、勝手に料理してくれるんです。薄羽さんが頼んでくださったお肉、焼いていきますね」
 事前に√能力でこのお店のお肉の美味しい焼き方を教えてもらったのでと、マリーが焼き始めれば、嫌な予感がしたのだろう。素早くヒバリは、焼き網の一つを『女子エリア』として確保し、特上フィレと特選カルビをきっちり仕分けしながら焼き始めた。
「よし、焼き加減完璧! いただきまーすっ!」
 焼き上がりにカナタが真っ先に箸を伸ばし、ジュウジュウ音を立てていた特上カルビを素早くさらっていく。
「ちょ、おまっ! それ、オレが狙ってたやつ――!」
「残念でしたーっ! 焼き肉はスピード勝負です!」
 銀竹の制止に構わず、カナタは口に肉を放り込み、ふわっと表情をとろけさせた。
「ん……うわ、なにこれ……口の中で脂がジュワって……うまっ、え、やばい、これ……!肉が甘い!」
「先にうまそうな顔しやがって! 次こそは……」
 と、分厚いカルビをひっくり返し、いい焼き具合に銀竹が育て、食べようとすれば再び飛び込んでくるカナタの箸。
「!? おま、それオレが焼いてたやつ!」
「ノー接触だったらセーフっすよね!? んんっ……マジで脂が甘い……ご飯……ご飯どこ……」
 もぐもぐしながらカナトが追加注文してれば、その間に銀竹は残りの焼き上がりを素早く回収していく。
「取りすぎですよ、先輩」
「焼き肉ってのはスピード勝負だったろうが、ですよ!」
「……これは戦争ですね」
 二人の争いを横目に、遙斗がすっと焼き網の隅に避けられていたカルビを回収しようと、すると、横からそれを狙うカナトと銀竹の箸が……。
「お二人とも、一応この肉は俺が目を付けていたので、遠慮してもらえますか?」
 遙斗がマイペースに肉を自分の皿に引き寄せると、すかさずカナタが反撃。
「いやー、先輩それはちょっとズルいですよ!?  俺だって狙ってたんだし!」
 そう言ってる間に、パクリとお肉は遙斗の口の中へ。
「赤身の旨味と脂のバランス、完璧ですね。焦げ目がアクセントになっている」
 と、思いついたように遙斗は、焦げた肉を二人の皿へ置こうとすれば、肉争奪戦はますますヒートアップしそうな予感に、ヒバリは呆れたように声を上げる。
「ちょっと、カナタと遙斗さんは取り合いしてないでもっと焼いて! 銀竹さんも何か言ってやってくださ――」
「イイネイイネ! 盛り上がって来たぜですよ」
「……ああもう!」
「お肉はどんどん焼いていくので、男性陣は沢山食べてくださいね」
 ヒバリの声はあっけなく掻き消され、マリーが苦笑を浮かべた。だけど忘れていなかったようで、直ぐに銀竹が食べ頃の確保してたお肉の皿を彼女たちに「お嬢さん方丁度いい焼き加減だぜですよ」と、差し出してくれた。
「マリーは食べれてる?  これ女子用に確保しておいたから食べちゃお!」
「薄羽さん、ありがとうございます。確保しておいて正解でしたね!」
 笑い声と煙が立ち込める中、マリーが焼き具合を調整しながら言った。
「このお肉、いい焼き加減になりましたよ。フィレは中までじんわり火が通っていて、柔らかいはずです」
「うん、これはヤバい。柔らかいし、脂の甘さもバッチリ。フィレ正義」
 ヒバリが大満足な顔で、もう一口。
 更に特選カルビを追加しのんびり食べていれば、賑やかにわちゃわちゃと争奪戦を繰り広げる男子陣の勢いに、厨房側は何だか大忙しのようで小さな悲鳴や食器を落とす音が響いているのであった。
 そんな捜査三課の面々の卓が盛り上がっている最中、不意に奇妙な肉が運ばれてきた。
「……ん? なんか見たことがない肉が来たなです。いや、肉か? ……タコっぽくね? 動いてね?」
 銀竹が眉をひそめた。テーブルに配膳されたその一皿、色合いも質感も妙に生々しい。
「これって、星詠みの人が言ってたやつだよね。食べても平気って」
「しかし、混ざると聞いてましたが、あからさまではないですか」
 カナトが真顔で見つめる皿には、遙斗が指摘する通りそれなりに大きな触手と分かるものが2本。しかも新鮮なのか、時折ピクリと動くというおまけつき。
 焼肉争奪戦の騒ぎで、厨房も大騒ぎだったのだろうか。
「ヤバ、それって絶対に|あれ《クヴァリフの仔》じゃん!? 見た目でわかるもん!」
 ヒバリが即座に箸を引っ込める中、カナタが触手の一つを焼き網の上に置いた。
「食べたらどんなことになっちゃうのか分からないけど、これも捜査の一環!」
 網の上で抵抗するように動く触手に、ごくりと一同は唾をのみ一瞬沈黙した。
「……俺はもうお腹いっぱいですので、食べる方はどうぞ?」
「体張って確かめますよ! もしこれで体調とか変になったら、店員さんを呼び出しに行けるわけだしね……」
 さりげなく押し付けてくる遙斗に、分かってるとカナタが覚悟を決めようとしていると、マリーが「この触手は、イイ感じに焼けば美味しいそうです」と、さりげなくフォローしてくれた。でも、私は食べないけどと、念を押すことも忘れていない。
「まあ食うよ! 男としてはここは引けねえ、ですよ!」
 ええいと、焼かれ動かなくなったところで、銀竹は触手を豪快に口へ放り込んだ。
 数秒の静寂。次の瞬間、
「ぐあ? なんかオレの腹が動いてるんだが?! 地響きか?! 腹から?! てめぇ、動いてんじゃねぇよ! うおぉぉ!」
 腹を押さえ転げる銀竹がテーブルにぶつかり、まだ生焼けの触手が元気にカナタのお口にゴール。
 それでも噛んだ瞬間、じゅわっと広がる旨味。食べ応えのあるイカやアワビを思わせる弾力、溶けるような脂の甘みが脳天を直撃し。
 ――ごっくん……ぐふっ。

 そして彼の世界は変わった。
 何だか素敵なレースとシャンデリアが眩しいバニラの甘い香りの溢れるお屋敷で、カナタはふわふわレースのミニスカメイド服姿で、楽しく暮らしていた。
「あはは、ボクは、とっても元気でかわいいメイドさんだぞ。 今日もご主人様にいっぱい褒められちゃうんだーい♪」
 満面の笑みでにぱっと笑って、ハートマーク付きでポーズをとってご主人様に微笑みかけたところで――。
『――カナタ君!』

 必死に呼びかける遙斗の声が、カナタの夢の世界に響き。その声にぴくんと反応し、カナタの瞳がわずかに揺れる。
「……カナタ君! いい加減、夢からさめてください」
 がっくりと項垂れ意識を失ったカナタを遙斗が支え、みんなが心配する中、マリーが癒しの光を施し。
「俺……なにしてっ……!?」
 ゆっくりと意識を取り戻したカナタは、色々と思い出し慌てて起き上がると、その勢いで腹の中で暴れていた肉の塊のようなものが口から飛び出し床を跳ね逃げようとした。
「ちょっ、出た!? 逃げた!? 怪異の肉、出産されたんだけど!?!? カナタが母親!? やばっ!!」
 ヒバリが慌てる中、一足先に腹の中が落ち着いた銀竹が静かに塊を捕獲した。
 尚、銀竹の方は焼いていたおかげか、あの後すぐに落ち着き、しばらく酔っぱらったかのような、女性陣にやけに上機嫌で接するような状態だったらしい。
「もう、今日はこれ以上、誰も変な肉に手を出さないでくださいね。いいですね?」
「はーい」
「……はい」
 誰かのため息が零れ、再び焼けるカルビの音と、領収書を頼むべく店員を呼ぶベルが店内に響いた。
 こうして、異能捜査官たちの潜入捜査は、焼肉と怪異の試食という形で一旦の区切りを迎え。騒がしくも楽しく、時間が過ぎていくのであった。

第2章 冒険 『尾行』


●混乱する焼肉
 フロアの片隅で、配膳ロボが奇妙な動きで旋回していた。トレイの上の焼肉セットを撒き散らしながら、明滅するモニターには意味を成さない文字が流れている。
 慌ただしくなった厨房から複数の声が飛び交う。
「制御系、完全に飛ばされた……っ、もう駄目だ、ハードごと落とすしかない!」
「直接停止ボタンを……!?」
 全身黒ずくめの怪しい黒子集団の店員が、慌ててフロアへと飛び出してくる。見覚えがあるものなら、狂信者そのままのコスチュームなのだが、ここの店員の正装と思われているらしい。
「あれ、おかしいぞ止まらない!? おい、そいつを捕まえてくれ!」
 テーブルの間を縫うように逃げ回るロボに追いつけず、ひとりが足を滑らせて肉まみれになった。
「清掃ロボットまで動き出したぞ! あ、これはいつも通りか……」
 混乱に包まれる最中、一卓に呼び出されていた店員が大きな溜息をついた。
「え……領収書? しかも、手書き?  はぁ!?  今、それどころじゃないのに」
 ガシガシと乱暴に頭を搔き、誰かに頼もうとインカムに何やら話しかけていたが、店内が混乱しているせいか応答はない。
「直接取りに行くしかないのか……すみません、少々お待ちください」
 くそっと小さく悪態をつき、店員はフロアの騒乱から離れてブツブツ呟きながら厨房側へと消えていく。
「だから嫌だったんだよ、何でもかんでもスマート化して、いらなくなったものを奥にしまい込むのは……地下のどこにしまっていたかな……」
 舌打ちしながら厨房へと戻った店員は、照明の下をくぐり抜け、殆ど何も置いてない薄暗い作業場を横切ると、小さな|昇降機《ダムウェーター》の前で立ち止まると、扉を開き、料理などではなく、彼自身が中へと乗り込んだ。
「……あーもう、めんどくせぇ」
 そんな呟きを残し、彼自身で扉を閉め、地下へと降りていくのであった。
雪月・らぴか
青木・緋翠
守澤・文雄
小明見・結

●降りた先には
 焼肉店の店内は、いつの間にか戦場のような騒ぎになっていた。
 配膳ロボが通路を駆け抜け、店員が滑って肉塗れになり、清掃ロボが「通常運転です」と言わんばかりに床を磨いている。もうめちゃくちゃだ。
 おかげで黒ずくめの店員――狂信者たちも奥から大勢出てきて対応に追われている。
 そんなカオスな中、ひとり厨房へと消えていった狂信者を追って、|雪月《ゆきづき》・らぴか(霊術闘士らぴか・h00312)が意気揚々と立ち上がる。
「ふひい、食べた食べた! 普通の肉も何かの肉も結構美味しかったね! まだなんかポカポカするけど、異常はなさそうかな?」
 ここからは食後の運動と、軽く体を動かし左目にモノクルを装着すると、くいっと上げて『霊視看破エクトプラズムリーディング』の炎をその目に灯らせる。
「カロリー増えたから、ここから消費の時間だね!」
 さっそく厨房に向かった狂信者をロックオン。
 騒ぎのおかげで隙だらけのその後を、ぴょこぴょこと追いかける。大胆なようで意外と慎重。
 一方で、|青木《あおき》・|緋翠《ひすい》(ほんわかパソコン・h00827)は、配膳ロボにはまだ頑張ってもらいながら、他のお客さんの安全を危惧していた。
 騒ぎを止めようと出て来た狂信者の様子を窺い、黒ローブの怪しい男をトンと、トンファーガンの電撃で気絶させ、素早くその服を奪って着替え完了。
 頭巾とローブなので、着替えも簡単だ。
 身ぐるみをはがされた狂信者は可哀相な気もするが、軽く縛り客席へと押し込んだ。
「機械の故障のようです。お代は結構ですので、申し訳ありませんが、退店をお願いいたします」
 タダと聞けば騒ぎに困惑していた客も、あっさりと引き下がる。
 ついでに顔色など確認し、異常があればカミガリに連絡して保護をお願いしようと思ったが、どうやら既に来店しているようだ。何だかやけに賑やかな気もするが、きっと大丈夫だろう。
「失礼します」とにこやかに対応しながら、客たちを落ち着かせ領収書を取りに行った狂信者の後を追って厨房へ。
 そこへ、店内をすり抜けて来た|守澤《もりさわ》・|文雄《ふみお》(北條・春幸のAnker・h03126)も合流。
 幻影で荷物に化けたり、壁の模様に紛れたり、どさくさに紛れながらまさに変幻自在。
「慌ただしくなってきたね。これなら、どさくさに紛れて忍び込めそうだ」
 そうニヤリと笑み、厨房の中へと文雄も入った。
「ああいうのって、どこに隠してるものなのかしら。……まさかお肉と一緒に冷蔵庫に入ってたりしないわよね。何を企んでいるのかは知らないけど、クヴァリフの仔を回収すればひとまずは大丈夫だと思うんだけど……」
 大型冷蔵庫を開けながら、奪った狂信者の衣装を着た|小明見《こあすみ》・|結《ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)が首を傾げる。今のところ、冷蔵庫は野菜類しか見当たらない。
「……配膳ロボットが運んできたのだから、その移動経路にある可能性は高いわよね……」
 周囲を精霊にも警戒してもらいながら、結が厨房には居ないねと首を傾げていると、こっちだよと、らぴかが小さな|昇降機《ダムウェーター》を指さした。
 なるほど料理を運ぶには、便利に違いない。
「ここを降りてったようだね」
「中から動かせるなら、乗るしかありませんね。一度に二人くらいなら入れそうです」
 一応中を点検し、昇降機が中からも操作できることを確認した文雄が一同を窺う。
 他に地下へ降りる道がないか探したところ、階段はあったが、そちらの方は騒ぎで近づけそうにない。
 では、いざ覚悟を決め昇降機へ。
 2人づつ順番に地下へと降りていけば、そこは狭く薄暗い見るからに怪しい通路へが不穏に伸びていた。
 広さは人がすれ違うのもやっと。ひんやりとした空気が漂い、奥からはかすかな物音が響く。
 先程降りた狂信者や他の者を警戒していたが、どうやらまだまだ先があるようで、複数の扉が設置された広めの部屋へと辿り着いた。
 思った通り、さらに下へと降りる階段もある。
 まずはここだと思い、開いた部屋は冷蔵庫。いや冷凍の方か。
 天井から吊るされた大きな肉の塊が、不気味に揺れていた。生きていた姿そのままの様子に、不気味さを感じるが、幸いクヴァリフの仔は揺れてなかった。
「と、とりあえず見なかったことにしよ?」
 らぴかがそっと扉を閉め振り返った時だ、先程まではいなかった部屋の真ん中に、ぶよぶよとした触手状の怪物が蠢いている。
「い、いた!」
 思わず大きな声をあげると、驚いたクヴァリフの仔は手近な部屋へと飛び込んでいく。
「逃がしませんよ!」
「結構、素早いんだね」
 咄嗟に結が追いかけ隙間から飛び込み、感心した声をあげながら、文雄が扉を広げると、今度は資料庫のような部屋がそこにはあった。
「捕まえましたよ」
 暴れるクヴァリフの仔と結が格闘している最中、文雄と緋翠は興味深そうにあたりを調べ。壁際の机に置かれたノートやメモに目を止めた。
 何だか汚い字で魔法陣のようなものや、色々なことが書きなぐってある。
「……これは」
「記録、かな?」
 文字は読めないわけではないが、インクの飛び散りや紙の擦れ、そして何より筆跡が壊滅的に汚く、ところどころがまるで暗号だ。

「……やっと姫様を……この場に……出すことができた」
「姫様の……贄が……肉を……生きの良い者……」
「……女神から『仔』の召喚手法を授か……ぶよぶよとした……触手……摂取……能力が……」
「……実験……幸い……人が多く……」
「……地下3階で……姫の中に……『仔』を……」

「うわ、これはアウトなにおいしかしないね!」
 やばい気配しかしない内容に、らぴかが表情を険しくする。
「でも、地下3階で何かやるってのは確かそうですね」
「つまり、まだ下があるってことね……」
 もう一度、周囲を結は精霊に探らせたが、嫌な気配は階段の先から。
 わずかに開いた階段口から吹き上がる冷気は、きっと気のせいではないだろう。
 この下で待ち受けるのは、狂信者と『姫様』とやらが待つ未知の空間。そして、おそらくクヴァリフの仔も。
 誰ともなく頷きあい、彼らは深い深い闇の底へと、足を踏み出していくのであった。

如月・縁
見下・七三子

●暗く、深い
 いつの間にか、焼肉店は美味しい香りどころか、大混乱の最中にあった。皿と肉をまき散らす配膳ロボ、床を磨く清掃ロボ、滑って転ぶ店員──その喧騒の端で、|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)は空になったグラスを名残惜しげに揺らす。
「ふぅ、よく飲んだ……♪ ……あら、騒ぎ? そろそろお仕事の時間かしら」
「大変美味しかったですけど、これじゃお会計どころじゃありませんね」
 そう言って|見下《みした》・|七三子《なみこ》(使い捨ての戦闘員・h00338)が通路を覗き込むと、1人の狂信者が申し訳ありませんお客様と、謝罪に来ていた。
 ……と、一撃。強烈な手刀を七三子は決め、狂信者を気絶させると覆面とローブを剥ぎ取り身につけた。
「縁さん行きましょうか」
「七三子さん、かっこいい……普段は可愛いイメージだけど、思えば戦闘員なんですもんね」
 では、私もと『女神のお忍びヘンシン』で、淡い光に包まれた姿は手のひらサイズの白い文鳥の姿に。
「わ! 縁さん、なんて可愛らしいお姿に……」
「……しまった。鳥って暗闇が見えないんでした。暗いところは任せるわね、七三子さん」
「分かりました。では、移動中は、胸ポケットにでも隠れてくださいね」
 縁はちゅん、と甘えるように啼いて胸ポケットへ潜り込む。外から見ればただの飾り布か、マスコットにしか見えない。
 七三子はロボと客の間を縫いながら、堂々と厨房奥へ歩を進めた。途中、店員に呼び止められる。
「あなた、どこへ?」
「伝票の置き場所を思い出したので手伝いに来ました! ……って、あっちでロボが! すぐ行きます!」
 指差した先でロボが皿を回転させていて、店員はそちらへダッシュ。七三子は胸の文鳥と目を合わせ、一気に厨房へと入り込む。
 ちょうど昇降機が降りた後か……。
 程無くして戻ってきたそれは、空で。行きましょうと、2人は頷き合い小さな昇降機へと乗り込んだ。女性1人と小鳥ならば、広さも十分だ。
「さぁ、行きましょう。それにしても、タコさん食べた人は大丈夫だったのかな」
 きっと同じ様に潜入した√能力だから、無事(?)なはず。
 そんな事を思いながら、2人は地下へと降りていった。
 ポチッっとボタンを押せばゴトンと箱が沈み、薄暗い通路に到着。
 幅一メートルもない通路は、ちょっと足を滑らせただけで壁に肩がぶつかりそう。先に降りた人の足音は、もう先の方でかすかに消えている。
 大きな音を立てないよう七三子はそろりと進み、文鳥の縁はポケットの中で風の流れを感じ取り、ぽふっと胸をくすぐるたびに「右曲がり」「段差注意」とモールスのように突っついた。
 やがて通路が開け、複数の扉と階段のある部屋に出ると、どこからかほのかな強い香りがふわり。覗いてみれば、そこはまるで実験室を思わせる調味料室だ。
 天井まで届く棚に、インドのガラムマサラから中東のザータル、見たことのない琥珀色の液体まで、国籍バラバラの瓶が整然と並ぶ。
「無駄に、こだわりが凄いです……!」
 七三子が思わず指でラベルをなぞると、文鳥がくちばしでポンと瓶を叩いた。中身は濃紫の顆粒。香りは爽やかなのに喉の奥がじんわり熱い。
「お、お酒の風味ですか? 縁さんの趣味が出てたり?」
「どうかしら? 本物のお酒の方が私は嬉しいわね」
「……あら、いい香り」
「あとで、カクテルに使えるかしらね」
 だけどスパイスに混じって、怪しい実験薬も並んでいたので、やはり油断できないと二人は顔を見合わせ瓶を戻した。
 部屋に戻れば、何だかウネウネした触手が階段の辺りに……。
「い、いました!」
 七三子の声に、ビクリと驚いた『クヴァリフの仔』がウネウネと階段の下へと逃げていく。
 縁がポケットから顔を出し、ガラス玉のような青い瞳を煌めかせる。
「下から冷たい空気が上がってくるわ。たぶん、この下に召喚された『クヴァリフの仔』が居るんでしょうね」
「きっと、先に降りた皆さんや、さっきの狂信者も下にいますよね……行きましょう!」
 七三子は覆面を直し、文鳥の縁をそっと肩に乗せた。階段の闇を覗くと、何だか得体のしれない不穏な声が聞こえたような気がした。
「さあ、何が出るんでしょうね……」
「大きなクヴァリフかしら」
 そう励まされ、七三子は深呼吸。足音を殺しつつ一歩、また一歩と降りていくのであった。
 まだ見ぬ真相は、もうすぐそこだ。

ナギ・オルファンジア
九段坂・いずも

●先の闇
 焼肉店は暴走する自動サーブロボ、飛び交うトング、叫ぶ店員、飛び散るレモン汁と大変な状況になっていた。
 そんな混乱の片隅で、一人のフード姿の男が厨房の奥へと消えていくのを、見届け数人の√能力者が密かに追っていた。
「……ふふ、やっぱり隠し通路があるんだねぇ」
 ピンクの瞳を細めるナギ・オルファンジア(■からの堕慧仔オトシゴ・h05496)は、興味深そうにその背中を見送った。
「……と、忍び込めてしまいました。不用心なのか用心しているのか、どっちなのでしょうね?」
 隣に立つ|九段坂《くだんざか》・いずも(洒々落々・h04626)が、そっとささやく。
「ふむ、騒ぎを起こしてくださった方々が居られるようだねぇ。隠れ蓑だからと、慢心があるのかなぁ」
「そうかもしれません。わたくしは、すこうし先に視ておきますか。致命となりうる未来を手繰り寄せて、我々の邪魔になる未知を閉ざしておきましょう」
 金色の瞳がゆらりと煌めき、『|くだんの件ですが《コール・オール・ユー
》』と少し先の未来を見る。
「面白いし頼もしいなぁ。そういうことも出来るのだね」
「ウフフ、面白いですか? 星詠みの方の予知のほうが、よっぽど頼りになるのでしょうが……ちょっとした特技、というやつですね」
「いや、素晴らしい特技だよ! では、私からは御門くんをだそうか。影を伝い、厨房より奥で動いている狂信者の動向を追ってください」
 ナギの声に、影より鈍色の蜥蜴の姿を取る『影』、〈影業:兜御門守宮〉が顔を出し、ちいさな舌をちろりと出し瞬き主を見あげた。
「それは、影技……のようなものでしょうか? もしかして、いつもお手紙を運んでくれる蜥蜴さんですね?」
「ええ、お手紙配達も可能なお役立ちの影業だよ。ね、御門くん!」
 尻尾をぴらと振って、再び兜御門守宮は影の中へと溶けていった。
 2人は昇降機へと乗り込むと、ゆっくりと地下へと降りていく。
 降りた先は、しばらく狭い一本道が伸びており、歩けばやけに靴音が響くほどの静けさだが、いずもの危険はないという言葉を信じ、ドンドン先へと進んでいく。
 やがて辿り着いた広い部屋では、こっちにといずもが言う部屋へと入るとそこは資料庫のような部屋だ。
 影を渡りヒョコリと戻ってきた兜御門守宮が、器用にナギの腕へと這い上り、狂信者が広間を歩いて戻っていくのを教えてくれる。
「だから、この部屋に入ったのかい?」
「それもあるけど、見たかったのはこれよ」
 ふふっと小さく笑みを浮かべ、いずもは部屋の片隅に置かれた古びた机の上のノートを手に取った。
 紙は茶色く変色し、ところどころ汚れている。インクの飛び散り、擦れ、何より筆跡が悲惨すぎて、ほとんど暗号のようなありさまだ。
「これは……記録?」
「ええ、ですがかなり乱雑です。いくつか、読めそうなところを拾ってみますね」

「……やっと姫様を……この場に……出すことができた」
「姫様の……贄が……肉を……生きの良い者……」
「……女神から『仔』の召喚手法を授か……ぶよぶよとした……触手……摂取……能力が……」


 いずもが眉をひそめる。
「『仔』……? まさか、生きた……」
 ナギの指がページをめくる。裏面にはさらに乱れた筆致で、こうあった。

「……実験……幸い……人が多く……」
「……地下3階で……姫の中に……『仔』を……」

 部屋の空気が、ひやりと変わったような気がした。
 無表情だったナギの瞳に、かすかな怒りの色が差す。

「……姫様に仔を捧げる儀式が……進行中だってこと?」
「ええ、おそらく。姫様というのも恐らく人ではないのでしょうね――これは、力づくでも止めなければ……」
「いずも君が力づく……は、意外すぎるなぁ」
「そうですか? ナギさんはいかがですか?」
「ええと……交渉なんてしたことがないよ。私は数と力押し派、つまりは同じ穴の狢です」
 ナギが静かに言い放つと、兜御門守宮が腕から首筋へと昇り、肩のあたりでちいさく尻尾を振った。
「ウフフ、それじゃあやることは簡単ですね。気が合うようでなによりです」
「そうだねぇ、ふふ、ではそろそろご対面となりましょうか」
「それでは向かいましょうか」
「気を引き締めていかなければね」

 2人はタイミングを見計らい、扉を開けた。
 すると領収書を手にした狂信者が、ちょうど急ぎ通りがかったところに、開いた扉がクリーンヒットし。更に追加で、いずもが一撃いれ気絶させた。
 まるで見えていたかのような、流れる動作に、容赦のなさだ。
 念のため、狂信者を縛り上げ端に転がしたところで、二人はゆっくりと階段に、さらに深くへと進んでいくのであった。

刃渡・銀竹
日南・カナタ
マリー・エルデフェイ
薄羽・ヒバリ
志藤・遙斗

●ミッション:ロース・コード
 大騒ぎとなった焼肉店の中を、捜査三課の面々は素早く移動していた。
 配膳ロボは自由に動き回り、肉とトングが飛び交い、対応しようと店員――狂信者が叫び、掃除ロボが使命感に出動していた。
 えぐえぐ……。
「どうやら、目的のものは地下に有るみたいですね」
 厨房へと踏み込んだ|志藤《しどう》・|遙斗《はると》(普通の警察官・h01920)は、狂信者が降りていったらしい昇降機を確認した。
 小型なので大人が入るには屈まなくてならないのと、一度に降りれるのはどうやっても2人が精一杯というとこだろうか。
 えぐえぐ……。
 振り返った先では、厨房の片隅で|日南《ひなみ》・カナタ(新人|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h01454)は意気消沈していた。
「えーっと、カナタ君は大丈夫ですか?」
 遙斗が案じるのも無理ない。まさか口にした『クヴァリフの仔』の肉が活きが良すぎて、口から飛び出すとは誰が思っただろうか。
「カナタさん大丈夫でしょうか。まさかママになるなんて……」
「新たな伝説始まっちまったなですね」
 心配そうにマリー・エルデフェイ(静穏の祈り手・h03135)が見つめる先では、|刃渡《はわたり》・|銀竹《つらら》(博打打ち・h02791)が捕獲した『クヴァリフの仔』が袋の中で元気に蠢いている。
「でも、元気なお仔さんで良かったですぜ」
 状況によっては、この仔も他の肉と一緒にこんがり仕上がっていたかもしれないのだ。
「確かにヤバかったね〜、私も忘れられそうにないかも」
 |薄羽《うすば》・ヒバリ(alauda・h00458)が言うように、『クヴァリフの仔』の再誕は体験したカナタにとっても周りにとっても衝撃的であった。
 口から命を出現させたのは、どこかの世界戦に居る緑色の大魔王か、人間ポンプぐらいかもしれない。
「えぐえぐ……もう変な肉は食べませ~~ん……」
 きっとあれは生焼けだったからと、微妙なフォローが入ったが、えぐえぐしているカナタにどれだけ届いたことか。
「とりあえず後で胃薬おごりますね……」
 遙斗は他の店員が戻ってこないか周囲へと目を配りながら、カナトの肩をぽんぽん叩いた。彼が立ち直るのは、もう少し掛かりそうか。
「あ、そうだ。この隙にあのユニフォーム借りちゃお! 今ってお店の中ちょー混乱してるっしょ? 更衣室を探せばあると思うんだよね〜」
「ユニフォームを更衣室で? ヒバリいいアイデアだな乗るぜですよ」
 ヒバリに応じるように、銀竹がニカッと悪い笑みを浮かべた。
「ヒバリ! 更衣室の位置は?」
「ばっちりレギオンにスキャンさせたってば! あっちの通路の先!」
 ステルスプログラムHide-and-Seekを纏わせたレギオン達が、店舗内を先行し奥の下り階段へと案内していく。
 どうやら、簡単な倉庫や休憩室などがあるらしい。
「じゃ、サクッと失敬しようぜ」
 意気揚々と向かっていくヒバリと銀竹の少し後ろから、私の存在感の無さと気配消しの出番ですねとマリーもついていく。
 なので、遙斗が「皆さん注意して進みましょう」と声をかけた時には、他のメンバーの姿はなく。
「言うの遅かったか、仕方ない俺も行動しますかねっ」
 そう言ってメンバーの後を追った。
 更衣室では既にひと騒動あったのか、ちょうど銀竹が気絶させた狂信者の一人の身ぐるみを剥いで、ロッカーに押し込もうとしていた。念入りに手足を拘束し、口もガムテープで覆う徹底ぶりだ。
「まさか、ここで見つかるとかっ……銀竹さんなんか手慣れてないですか!?」
「あ? 手際が良すぎる? まあなですよ」
 若干ヒバリがひいてるような気もしたが、褒められてると思ったのか銀竹は照れたように鼻の下を掻き、ロッカーを勢い良く閉めた。
「刃渡さん、ステルスミッションで暴れたらバレちゃいますよ!」
 しーっとマリーに言われ慌てるも、今のところバレた気配はない。
 ロッカーから素早く人数分の黒頭巾とローブを確保したら、準備完了。
「こういう時は、堂々としてたほうが逆にバレないものですよね」
 マリーの言葉通り、堂々と狂信者に扮したメンバーは厨房へと戻ることに。先ほどのフロアに昇降機が繋がっていなかった所から考えても、狂信者のアジトには、昇降機からしか降りられないのだろう。
 その頃、一人厨房で留守番をしていたカナタは、しばらく泣いていたが涙を拭い昇降機の前に立った。
「……俺、捜査員だし。ここでヘコんでられないよね! 地下に行った狂信者を追わないとね」
 引き摺っていた割には、立ち直りも早い。
「やっぱりここは、相手に気づかれないよう尾行じゃない? 奴は昇降機で下に降りてったみたいだけど、これを使うと音とかでバレるよね」
 よーしここはとカナタは閃いた。
 昇降機の扉をこじ開ければ、中は空。箱はちょうど下に降りた状態。今なら行ける!
「……よし、スパイっぽく鉄筋を降下だ!」
 カナタは鉄枠に手をかけ、そろりと中へ。冷たい鉄筋を伝って下へと慎重に降りていく。
「うわ、高っ……でもカッコイイ! 俺、やれてる!」
 最初は不安そうだったが、徐々に調子が出てきたカナタは、やがて昇降機の箱の上に着地。天井の蓋を開けて中に入り、そのまま地下へと飛び出した。
「今のうちに……俺が追う! みんなが来る前に、少しでも探らないと!」
 カナタは小さく拳を握りしめて走り出す。足が着いたのは、ひんやりとした空気の漂う薄暗い一本道の地下通路。だが、狂信者の姿はすでにどこにも見当たらなかった。
 やがて広い部屋に出たカナタは、並ぶ扉の一つを開け、中を覗き込む。中から溢れ出す冷気に、すぐさまそれが冷凍庫であると察する。慎重に足を踏み入れた――その瞬間。
 ガチャン!
「えっ……ちょっ、閉ま――」
 冷たい音が背後で反響し、扉が閉まってしまった。
「うそでしょ!? なんで今!?」
 凍てつく空気の中、吊るされた巨大な肉塊に囲まれ、カナタは慌てふためく。だが、その様子を知る者はまだいない。
 その頃、昇降機前では、開かれた扉から拝借した非常用ライトを掲げて中を覗き込む銀竹の姿があった。手には、カナタの分の狂信者の服も抱えている。
「……カナタ君の姿が見えないですね」
 周囲を見渡した遙斗が、少し困ったように呟く。
「先に突っ込んだのか? ちっ、無茶しやがるぜですね。ま、しゃーねえ、奴の分も持っていってやろう」
 銀竹はそう言いながら、昇降機の中へ先に降りていく。途中で周囲の安全を確認しながら、下からメンバーに声をかけた。
「気をつけろよ、お前ら、って感じですね」
 上を見上げると、ローブ姿のヒバリとマリーが昇降機の縁に立ち、今まさに降りようとしているところで。その視線に気づいたヒバリが、スカートを押さえて慌てて叫ぶ。
「ちょ、銀竹さん、見ないでっ!」
「うおっ、いや今のは事故……!? ……って、見てねえし、見えてねえし! 俺は無粋なタイプじゃねーですよ!」
 そう言いながら、慌てて直ぐにライトごと下を向く。
 慌ててライトごと視線を下げる銀竹に、マリーがくすっと笑いながら声をかけた。
「見えてなくても、目を逸らすのが紳士ってもんですよ」
 くすりと笑うマリーの声に、銀竹は慌ててライトごと視線を下げる。実際にはローブが長いため中が見えることはないのだが、それでもヒバリは気にしてスカートを押さえながら昇降機の縁に立った。
「騒ぎが大きくなる前に行動しましょう。しんがりは任せてください」
 遙斗が一度周囲を見渡し、店員たちの動きを確認すると、女性陣に先行を促す。
 やがて、全員が慎重に中へと降りていくのを見届けてから、彼はふっと小さく息をついた。
「……まったく、心配をかけてくれます。間に合うと良いんですけどね」
 遙斗は静かに昇降機内に足を踏み入れ、皆の背を見送りながら、ゆっくりと扉を閉める。そして無言のまま、地下への降下を始めた。
 遙斗が地下に降り立った頃、先行していた仲間たちは、冷凍庫の扉の前で立ち止まっていた。
「……この中、なんかカナタっぽい音しない?」
 ヒバリが小首をかしげて扉をノックする。
「ちょっ、いるなら返事してー!」
 返ってきたのは、冷気にかすれたカナタの声だった。
「う、うそ……閉じ込められた……助けて……凍える……」
「やっぱりか。まったく、無茶しやがるぜですね」
 銀竹がぶつぶつ言いながら扉を開けると、ぶるぶる震えるカナタが巨大な肉塊の間から顔を覗かせた。
「ひ、冷えた……心も体も……」
「ほら、ローブだ。とっとと着とけですよ」
 銀竹が投げ渡したローブを慌てて羽織りながら、カナタは涙目で言った。
「ありがとう……恩に着る……」
 無事カナタを救出した一行は、警戒を強めながら地下を見渡していた。ふと目に入ったのは、気絶して倒れている狂信者と、その傍らで開いたままの扉。
 中を覗くと、そこは古びた資料庫だった。
 埃をかぶった棚には古文書の束が並び、薄暗いランプの明かりの下で、一同はその一部を手に取り読む。
 だが、ページに綴られた文字は読めないわけではないものの、インクの飛び散りや紙の擦れ、そして何より筆跡が壊滅的に汚く、ところどころがまるで暗号のようだ。

「……やっと姫様を……この場に……出すことができた」
「姫様の……贄が……肉を……生きの良い者……」
「……女神から『仔』の召喚手法を授か……ぶよぶよとした……触手……摂取……能力が……」
「……実験……幸い……人が多く……」
「……地下3階で……姫の中に……『仔』を……」

 マリーがページをめくりながら、表情を曇らせる。
「この先には、何があるんでしょうね……」
「……何だか、この姫様っての、嫌な予感がする」
 そうカナタが寒気を感じたのは、きっと冷凍庫に入っていたせいだけではないのだろう。
「焼肉屋さんにこんな地下があるとか絶対おかしいしっ!」
 ヒバリが肩をすくめる。
「みんな、気をつけてこ!」
「嫌な匂いがプンプンしやがるぜですね……」
 銀竹が鼻をしかめながら、先へと続く階段へと目をやる。
 何かが、間違いなくこの地下で待ち受けている。
 それを裏付けるように、遠くからかすかな呻き声のような、濁った気配が漂ってくるのであった。

第3章 ボス戦 『深骸の泡沫姫』


●地下の姫様
 薄暗い階段を降りきると、空気が変わった。
 ぬるりと肌にまとわりつく湿気。潮のような匂い。それが幻だとわかっていても、一瞬、本当に水中にいるかのような錯覚を覚える――青い光と泡が、視界を包んでいた。
 そこは、光を拒む巨大な空間だった。
 中央に広がるのは、わずかに波打つ深水のような幻影。そこに、巨大な影がゆらゆらと泳いでいる。
 その奥。
 泡の中に腰を下ろす、少女の姿をしたものがいた。
 白く透きとおる肌、儚く泡のような衣。水面に足を浸し、まるで遊んでいるかのように揺らしている。だが、その目はどこか虚ろで、深く、飢えていた。
「あ……新しいの、来た」
 柔らかな声。だが、その瞬間、背筋をなぞるような寒気が這い上がる。
 少女の背後、暗い水から深骸海獣が半身を覗かせ、低く咆哮を放つ。
 その口元には、まだ意識を残す『クヴァリフの仔』が吊るされていた。
 そして周囲には、歪んだ歓喜に満ちた狂信者たちの円陣。
 彼らは呪文のような祈りを捧げ、怪異と怪異とを“つなぐ”ための儀式を続けている。
「この子、もうすぐいなくなっちゃうから……今度こそ、一緒になれるといいなあ」
「あなたたちも……私と、一緒になろ?」
 微笑んだその瞬間、空間が弾けた。
 泡の幻が爆ぜ、水の膜が砕けるように視界がひしゃげ、深骸海獣が咆哮する。
 姫が両手を広げると、その背後から骸のような影がいくつも浮かび上がった。
岩上・三年

●狂信の形
 狂信者たちが泡立つ水辺に円陣を組み、低く呪文のような祈りを唱えている。
 泡の膜がぬるりと広がり、中央の幻水がうねりを増した。
 泡沫姫の背後――黒く巨大な〈深骸海獣〉が、口をゆっくりと開け、吊られていた『クヴァリフの仔』がぱくりと呑み込まれた。
 悲鳴もなく、泡のように、『仔』は飲まれ。
 泡沫姫が、虚ろに目を細め。
 ゆっくりと、その唇が、静かに開いた。
「……あまり美味ではないな」
 その言葉に、岩上・三年(人間(√妖怪百鬼夜行)の重甲着装者・|載霊禍祓士《さいれいまがばらいし》・h02224)の背筋が、ひやりとした。
 三年は、薄暗い通路の陰に身を寄せて、そっと小さく自分にうなずいた。
 彼女は、目線を泡沫姫に向けず、代わりに空の一点をぼんやり見つめながら、呟いた。
 ――Send a squad to reinforce us
「……あの、|重甲分隊《コール・スクワッド》……出番……です。あの、はい……お好きに、暴れて……も、いいです……」
 鈍重な音を伴って、階段の影から十二体の重甲着装者たちが姿を現す。
 機関が唸り、武装が展開され、銃口が泡の領域へと向けられた。
「……邪魔、しますね。あの、ちょっとだけ……えぇぇっと……遅くなった分、です……|食べるのに夢中になってました《スミマセンデシタ》……」
 ズガガガガッ!!
 気が付かなかった訳では無いんですけどと、静かな口調とは裏腹に、凄まじい制圧射撃が泡の帳を貫いた。
 狂信者の詠唱が弾け飛び、泡沫のベールが裂ける。
 泡沫姫がこちらに目を向けた。驚きも、怒りもない。ただ静かに、じっと。
「……あなた、まるで……この世のひとじゃないみたい。幽霊みたい……」
「そうですか、えへへへへへ……どうやら、可愛い女の子だから、狂信的に祈ってたって、訳じゃなさそうですね……」
 三年は散っていく狂信者の怯え惑う姿を一瞥し、呟く。
「……仲間、通らせてもらいますね。私じゃ、止められないから。通すだけ」
 指示を飛ばすでもなく、目線も合わせず、けれど確かに彼女の重甲分隊は動いていた。
 左右に展開し、火線を維持しながら敵の注意を引きつけ制圧するかの如く、泡の帳を裂いて、道を切り開く。
「……どうぞ……前へ。私は……後ろから撃ってますから」
 その声音は小さく、遠慮がちで、まるで気配を消すようだった。
 けれど確かに、彼女がいたからこそ、その一瞬の隙間が生まれてく。
 泡沫姫は、微笑み誘うよう指先で招くが、三年は小さく首を横に振った。
 泡が弾け、海の幻が揺れた。骸の影が空間を覆う。
 その中を――誰とも視線を合わせることなく、黒髪の女の意思を代弁するかのように、重甲分隊は次の射撃を放つのであった。

如月・縁
見下・七三子

●泡沫に揺られて
 誰かの声が、冷たい波紋のように満ちていく。
 儀式の中心、『深骸の泡沫姫』はその場に静かに立ち、微笑んでいた。
 優雅な仕草で己の腹部を撫で、ゆるりと満足そうに。
「……あまり美味ではないな」
 取り込み合体した『クヴァリフの仔』のせいか、漂う深骸海獣の姿が膨れ上がったかのようにも思える。
「何だか、とっても良くない感じですね。とりあえず暗くて動きにくいですし、紛らわしいから覆面取りますね!」
 そう言って|見下《みした》・|七三子《なみこ》(使い捨ての戦闘員・h00338)が頭巾を脱げば、幻の水面が香るはずのない磯の匂いを感じさせる。
「……っ、うわあ」
 逆走するように散っていく者や遠巻きの狂信者は、この儀式を起こした側だろう。
「縁さん……縁さん……?」
 七三子は動き出しましたよと、そっとポケットに小声で呼びかければ、中から小さなくぐもった声が返る。
「ううん……あと5秒……あら、もう着いたのね」
 ぽふ、とポケットから飛び出したのは一羽の文鳥。
 くるくると回りながら空中で姿を変え、淡い光の粒となってピンクのウェーブヘアが揺れ、降り立ったのは、|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)だ。
「ふぅ……お胸お邪魔しました。ゆらゆらが心地よくて、うとうとしちゃったわ、七三子さん」
 そう言って、縁は|宝赤竜の剣《ホウセキノツルギ》を引き抜いた。
 その身を包むように、宝赤の花弁がふわりと舞い、空気の流れが変わる。
「これって倒せば、クヴァリフさんを生きたまま摘出できるのよね? ……狙いを定めましょう」
 泡沫姫の周囲にうごめく骸たちを見据え、縁は剣を軽く振る。
「私が得意な物理は効きが悪いかもしれません。縁さんはどう……え、剣ですか? イメージとちょっと違いますが、それはそれで恰好いいです」
「本当はこういう時、弓か槍を使うんだけど……今日は気分じゃないの。お姫様を眠らせるのは毒リンゴか剣と相場が決まってるのよ?」
 なるほどと、縁が前に出るなら後方からと、七三子はすっとハンドガンを構え|牽制射撃《チカヅカナイデ》を。
「……援護、頑張ります!」
「ありがとう、七三子さん。仲間といると、心強いものね」
 縁が一歩踏み出した瞬間、泡沫姫が不意に呟く。
「仲良し、なのね。……ふふ、いいわ。あなたも私と一緒になりましょう! きっと、今度こそ、満たされる気がするの」
 高揚した声と共に、泡が爆ぜ、泡沫姫の周囲に異形の影が一斉に躍り出る。
 視界がぐにゃりと歪む。空間が麻痺の波動に満たされ、全身が締めつけられるように重くなるのを七三子は感じた。
「くっ……っ! 目を閉じれば……」
「我慢して、七三子さん! 今、切り開くわ!」
 縁は頼もしく、剣を構え直すも、くすっと笑みを零す。
「……それにしても、あの『濃紫の顆粒』、気になって気になって。さっさと終わらせて回収しに行きたいのよね」
「それってさっきのスパイスですよね。色合いが、何かに似……」
「……ヒミツ♪」
 七三子の言葉を遮るように、縁の剣が閃く。
 宝赤の花弁が散り、泡の帳を裂いていく。骸が二つ、三つと切り伏せられ、道が拓かれる。
 だが姫はまだ、余裕を失わない。ゆらゆら、優雅に微笑みを讃え。
「ふふふ……いいわ、もっと踊って? 泡の底まで、沈めるほどに……!」
 泡沫姫の笑みが深くなる。骸が再び集まり、泡のうねりが戦場を包み込んで戦いは、なお続くのであった。

小明見・結

●揺蕩う惑い
 泡の帳を裂いた刃痕が、数息のうちに泡沫へ呑まれて消え。戦場はふたたび白い海へ沈む。
(「あの子が今回の騒動の元凶なのかしら。でも、この騒動は周りの狂信者のせいよね……」)
 そもそも姫に問いただしたところで、まともな答えが返ってくるとは、|小明見《こあすみ》・|結《ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)も思っていなかった。
 黒髪をなびかせ、護霊符で泡を払いのけながら姫へ声を届ける。
「クヴァリフの仔を取り込んで……それで、何をしようっていうのかしら、お姫様?」
 目的次第じゃ、戦って奪うとかしなくてもいいんじゃないかしら。穏便に済むならそれが一番だけど……。
「さあ?……私は呼ばれ湧き出ただけ。……ねぇ、【あなたも私と一緒になりましょう!】」
 言葉が終わる前に。チリと、鈴が鳴る。
 泡沫姫は頬に指を添え、楽しげに小さく笑った。
 その澄んだ声は毒。鼓動が氷塊に変わり、結の身体がまた石像のごとく凍りつく。
 同時に、深骸海獣たちが泡をまとい、彼女めがけて殺到した。
(「まずい……っ!」)
 微動だにできないまま、結は意識だけを急転させる。
 ――風よ、応えて。守り風。
 呼び声は息の隙間でかすれたが、応じて翠の光粒が彼女の周囲に花開き、沢山の風の精霊が現れ、彼女を護る。
 風の壁に阻まれ、重い衝突音が響く。
 深骸海獣の骨鰭が風壁に叩きつけられ、霧のように泡が四散する。精霊のいくつかが弾けたが、まだまだ数は多い。
「どうしても避けられないのね……」
 護霊符を手に、結は風の精霊に仲間をも護るよう指示を出すと、姫に向き直る。
「みんな泡のように儚く消えてしまう……だから代わりを狩るらないと……それに、一人は寂しいでしょ?」
 泡沫姫の言葉を聞いた瞬間、結は悟った。姫自身は何も知らない。ただ本能に従いただ『骸』を求めているだけ。姫からすれば、無理やり呼び出され、勝手に仔を与えられたにすぎない。
 この惨事を招いたのは、周囲で崇め立てる狂信者たちと、彼らに召喚の手ほどきをしたクヴァリフだ。
 呼び出された姫が哀れとはいえ、このまま放置すれば犠牲は増え。しかも、力の上昇を見るにクヴァリフの仔は、まだ完全に融合していない。今なら取り戻せる。
 結は護霊符を握り直し、仲間へと風を送るのであった。

北條・春幸
雪月・らぴか
志藤・遙斗
薄羽・ヒバリ
刃渡・銀竹
マリー・エルデフェイ
青木・緋翠
ナギ・オルファンジア
九段坂・いずも

●泡沫姫は哭かない
 薄暗く広がる空間に、次々と骸のような魚類に見える深骸海獣が溢れ出る中、『深骸の泡沫姫』は緩やかに微笑んだ。突撃する深骸海獣が仲間を護る風に阻まれ、消し飛んでいく。
「ああ、もったいない使い方だなあ、折角のクヴァリフの仔! 今度こそ一緒になれるといいなあって事は失敗続きな訳だね?」
 |北條《ホウジョウ》・|春幸《ハルユキ》(汎神解剖機関 食用部 怪異調理師・h01096)は、薄暗い空間の隅から、じっと姫と深骸海獣の群れを見ていた。
「そういう時には、方法を変えるとか融合対象を変えるとか色々試さないと! とりあえず……召喚方法を詳しく聞いて、融合実験の引継ぎをしてあげよう」
 春幸は軽く狂信者を振り返り、にっこりと「後で詳しく教えてもらうからね」と圧をかけて。
「それじゃあ、まずは君たちの解剖から始めようか」
 そう手の中でメスが鈍く輝くが、泡みたいに揺れる姫の微笑みは変わらず、深骸海獣共が迫ってくる。
 |雪月《ゆきづき》・らぴか(霊術闘士らぴか・h00312)は、
興奮気味に言った。
「わー! ちょうど儀式の真っ最中だ! 見たい見たい! ……そして、さっき食べたタコっぽいのは、クヴァリフの仔で決定だよね? 同じ形の触手だったし」
 らぴかは目を輝かせて前のめりになり、興奮のあまり両手をばたつかせる。けれど次の瞬間、場の不穏さに気づき眉をひそめ、きゅっと拳を握り締めた。
「でも、これが完全に終わるとヤバそうだし、クヴァリフの仔も持って帰れなくなりそうだから、阻止しないとだね!」
 ええと応じながら、緋翠はモニターライト型トンファーガンを装着しながら言う。
「|クヴァリフの仔《回収対象》が飲まれちゃいましたけど、まだ回収できるチャンスはあります……まずは彼女を倒さないといけませんね」
 もしかするとクヴァリフの仔を食べたお客さんを、彼女が食べていたということもあるかもしれないと、危機感を募らせながら周囲の動きをスマートグラスで警戒し。
「じゃあ、まずは融合された敵を摘出しよう。動きを止められてるやつを切り離せば、深骸海獣の連鎖も止められるかもしれない。慎重に、でも素早くね」
「うん、分かったよ」
 泡のように揺れる彼女の姿を春幸と緋翠は見据え、らぴかは湧き出る霊と氷雪の力〈霊雪心気らぴかれいき〉を纏い、姫が取り込んだ仔を摘出するために動き出した。

 戦場を一望する高台から見下ろしながら、広がる青と磯の香りにナギ・オルファンジア(■からの|堕慧仔《オトシゴ》・h05496)は、すんと鼻を鳴らし口角を緩めた。
「海、かぁ」
「潮の香りですね。海の匂いは久しぶりです……ナギさんは海、お好きですか?」
 声を僅かに弾ませ、傍らの|九段坂《くだんざか》・いずも(洒々落々・h04626)は、黒髪をかきあげ目を細めた。
 「潮風が苦手でねぇ。縁はあるのだけれども……ふふ、そういういずも君は、少々わくわくしていらっしゃる?」
「ええ、ナギさん。実は少し、大人げなくも。久しぶりに――ぞくっとするような『青』を見たものですから」
 意味深に語る視線の先では、泡のように揺らめく姫を中心に、骸のような海獣が揺蕩う様は少し幻想的にも見える。
「 わたくし、もっと嫌なものを見るかと思っていましたが――ははあ、ただのお姫様というわけではなさそうです」
「…私ももっと醜悪なものだと思っていたなぁ。残念ながらこれだと見目的には、此方が悪役かもしれません」
 ナギは無表情のまま肩をすくめ、小さく呟く。
「さて海に縁ある者同士、どちらが上か――潰し合おうか」
 ナギが|蛇鱗群勢《マガイモノ》を召喚すると、魚類とヒトとが混ざりあったような醜悪な鱗有す者どもが次々と出現し。呻くような雄叫びをあげた。
「いずも君、アレらは盾にして構いませんよ」
「では、ナギさんのアレを――ありがたく使わせていただきますね」
「腹ごなしに存分に暴れようね」
 いずもは涼しげに微笑み、泡へといずもは舞った。
「一緒になる、ですか。随分と摩訶不思議なことに励んでいるものです……人と人は異なるからこそよいものでしょうに」
 声を見あげた姫に微笑み返しながら、いずもは背負い太刀〈山丹正宗〉の刃が鞘走る音を静かに響かせる。
「抜けば最後、九段坂の剣は瞬間必殺の剣。――|九段坂下り《コール・オール・ゼム》
と、わたくしたちは呼んでいます」
 殺意と予言が交差する。

 その少し後方、捜査三課の面々が黒頭巾姿のまま、いつもの調子でワイワイやっていた。
 マリー・エルデフェイ(静穏の祈り手・h03135)は、地下の広大な空間を見上げながら呟いた。
「こんな広大な空間があるなんて……あの人が資料にあった姫? なんとも良くない気配満点ですね」
 姫を見据え、|刃渡《はわたり》・|銀竹《つらら》(博打打ち・h02791)は目を細める。
「は? あの女の子が敵? ……ッスけど、手が出しにくいな……」
 姉の顔が脳裏をよぎり思わず足を止め。
「いや、かわいくてもこいつは敵だ、バケモノだ。しっかりしろ、オレ!」
 と、自分を叱咤し、首を横に振る。
「ここなら、戦闘行動を行っても問題なさそうですね」
 |志藤《しどう》・|遙斗《はると》(普通の警察官・h01920)はそう呟くと、ポケットから煙草を取り出し、咥えたままライターを取り出してカチリと火を点ける。小さな火が揺れ、煙草の先に赤く灯る。
「カナタ君。出来たら上の様子を確認してきてください。あと、仔の回収用に応援の連絡をお願いします」
「…………」
「ほら出た〜! この子が資料に書いてあったお姫様ってワケ?」
 思わず|薄羽《うすば》・ヒバリ(alauda・h00458)は、姫を指さし声を上げる。
「さぁ……あなたも私と一緒に……」
「悪いけど、私はママに紹介してない人と一緒になる気はないんでっ。こういう時はカナトの出番でしょ!」
「…………」
「あれ、そう言えば一人足りない気が!?」
 ふと周囲を見渡して、マリーは小さく首を傾げる。
「カナタがいねえ?」
「……って、えっウソ! カナタがいないんだけど、もしかしてもうお姫様と一緒になっちゃった!?」
「ちっ……オレより先に逝っちまうとは、ですね。星になったカナタのために弔い合戦するぜですよ!」
 銀竹は、不機嫌そうに舌打ちし。
「ここからが本番なのに、お腹壊してトイレにでも行っちゃったんでしょうか?  とりあえず、今居る私達だけでなんとかしないとダメそうですね」
「カミガリが迷子とかちょっと〜! 探すにしてもお姫様をやっつけないと」
「カナトくんを探すためにも、『姫』とやらは倒しておきましょう」
 日本刀型退魔道具〈小竜月詠〉と特式拳銃【八咫烏】を構えながら、遙斗は静かにそう言い放ち、マリーが静かに詠唱を始めた。
「契約に応じし無垢の盾よ」
 魔法陣が浮かび上がり、無数の白い光が降り注ぎ。
「今ここに降り立ち、我が誓いに応えよ――|棘無き盾持ち《ソーンレス・シールド》!」
 その中心に、鎧をまとった無言のゴーレムたちが現れた。仲間たちの盾となるために、静かに前へと進み出ていく。
「行ってください」
 言われるまでもなく三課の面々も、前へと飛び出していき。姫は、その身から迸る水と光の粒子で、空間を歪ませるよう幻影を揺らしながら、鋭く目を細めた。
「ダメなのですね……」
 小さく姫が呟き両手を広げれば、その周囲に深骸海獣が虚空から滑り出て、侵入者を噛み砕かんと大きく口を開けた。

「やばいやばいやばい! これ、噛まれたら融合されるの!? 寄生魚!?」
「正面は俺が抑えます。お二人は、左右を!」
 遙斗の声に、銀竹が右へ、ヒバリが左へと動く。
「バイブス上げてこ!」
 バーチャルキーボード〈Key:AIR〉を叩き、|CODE:Blast《コードブラスト》を打ち込めば、レギオンたちが出現。砲塔から放たれた弾丸が、着弾と同時に爆風が迸る。
 その爆風に乗って、遙斗が一気に接近する。咥えたタバコの火が吹き上がり、煙が霧のようにまとわりつく。
「……さて、やるか。悪いが【悪】は斬る!」
 タバコの煙が疾風のように吹き抜け、次の瞬間、遙斗は姫の懐にいた。
 一閃――小竜月詠の刃を煌めかせ、【霊剣術・|朧《オボロ》】が召喚獣を|正当防衛《セイギシッコウ》の名の下に切り臥せ。
 姫の背後から銀竹が跳躍、着地と同時にオートキラーで、振り下ろすハチェットの一撃が海獣を破壊し、すぐさま至近より警察制式拳銃〈ニューナンブ〉で全弾がお見舞いされる。
 そのまま闇を纏った銀竹であるが、不意を狙った893キックは姫を避け、海獣へ。
「クソ! オレの蹴りが当たらねえ! ですよ。手加減しちまってるのか?」
 姫に対しては、狙い通りにいかない銀竹は、自分に舌打ちし泡立つ気配に大きく後方へと飛んだ。
 鈴音のような響きで、姫はあなたも一緒になりましょうと、再び深骸へと誘う。
「くっ……何だ、この痺れは、動かねえ!」
「銀竹さん、視界に入っちゃダメ!」
 間一髪、フレックスウォールのHIDEAWAYの陰に飛び込んだヒバリが声をあげるが銀竹は間に合わない。
 動けないでいるところに、姫は甘く優しく微笑み頬へと手を伸ばしてきた。
 ヒヤリと恐ろしく冷たい感触が、愛おしそうに銀竹の首から喉、鎖骨へとなぞっていく。
「……〈煙草:厭魚〉、泳いでおいで」
 静かに響くナギの声に合わせ、放ったれた厭魚は、煙のようにくゆり、小魚が群れるかのように姫の視界を覆い、目を閉ざし。
 煙に紛れ接近してた遙斗が、姿を現し海獣諸共姫の腕を斬り飛ばした。
「ひ……ぃ、ィ、ィあ”アアアああァ――――ッ!!」
 少女の姿を保っていた姫がひしゃげ、泡のような皮膚がぐずぐずと崩れ落ちていく。
 切断面から流れるのは血と、音のない泡。
 しかし、その泡一つ一つが、消えるたびに小さな嗚咽の声を上げていた。
 広がるさざ波を見逃さず、春幸は「|チョコラテ・イングレス《だるまさんがころんだ》!」と叫び、逆に視界内の姫と海獣の動きを麻痺させた。
 麻痺を麻痺で塗りつぶす、料理人らしい力業。とはいえ姫の体力もこちらの体力も消耗戦、時間はない。
「きたきた、繋がるコンボチャンス!」
 一気にいくよと、らぴかは変形連鎖トランスチェインによる杖と冷気と霊気のコンビネーションを叩き込み、緋翠が一気に懐へと飛び込む。
「>|起動《start》 "トンファーガン三連撃"」
 零距離射撃を撃ち込み、そのまま放電によって捕縛してからの、強力な突きへと繋ぎ。
 その間に、春幸はメスを姫の腹へとはしらせる。
「では、取り出します!」
 僅かな姫の悲鳴と共に、血と泡が噴き出し、ぶよぶよとした触手状の怪物『クヴァリフの仔』が出てくる。
「こっちも産まれた!?」
 思わずヒバリが声を上げたのも、無理ない。腹をさばいて仔を生きたまま摘出したのだから、ある意味間違っていないだろう。
 少し弱っていたが、逃がさず緋翠が確保し、生きた『クヴァリフの仔』を怪異から取り戻した。
 腹を割かれた姫は、血だけでなく他の何かも流れ出しているのか、苦しそうに呻き√能力者達を睨んだ。
「許さない……あぁ、お前たちを……」
 ずるりと姫が雪のように崩れ落ちた瞬間、周囲に漂っていたインビジブルたちが、一斉に群体化し、その肉体に群がり、貪るように白い肌を呑み込んでいく。
 そして――。
 天井を突き破るようにして、一際巨大な影がせり上がった。
 無敵獣、深骸大海獣出現したのだ。
 咆哮と共に、全身から吹き上がる青白い熱怪光が、フロアごと薙ぎ払う。
 咄嗟に一同は物影に、あるいはマリーの呼び出したゴーレムに守られしのぎ。
 どうすることもできない狂信者らは、恐怖に背を向けて次々に走り出した。
「ちょ、待ちなさい!?」
 ヒバリが驚愕するが、追おうとしたところに次の熱怪光が接近してくる。
「まるで、蜘蛛の子を散らす様だったね。召喚には苦労しただろうに、ふふ」
 あれでは狂信者を追うのは難しいだろうと、鱗有す者どもをナギはけしかけ、静かにいずもの刃が向けられる。
「わたくしの見た青は、どれだったのでしょうね。もし、この終わりが決まっていたのなら――それは、ワタシがあなたに逢ったから、でしょう?」
 正確ないずもの一刀が、深骸大海獣の身体を縦に捌き。
 今だと遙斗が一歩、二歩と静かに前に出る。足元の空気が澄み、無音になる。
「……眠れ」
 淡く、しかし揺るぎないその声と共に、朧の刃が深骸大海獣の中心へと突き刺さる。
 音もなく、巨体は崩れ。皮膚が裂け、骨が砕け、肉が霧へとなり、散っていった。

「皆怪我はしてねえか? ですよ。人の弱みにつけ込むとは、嫌な敵だったぜですよ」
 銀竹が、低く息を吐き。
「カナタ仇は取ったぜ、ですね」
「ちょ、銀竹さん弔っちゃダメー! 確かに姫の中には居なかったけど、まだどこかに、きっといるはずだから!」
「でも、完全に残骸も消えちまったぜです」
「まさか、カナタさん融合してしまって……」
 銀竹とヒバリの会話を聞いてた、マリーが怖い想像をし、緋翠が抱えるクヴァリフの仔へと自然と視線が集まる。
「あ、そういえばさ、あのクヴァリフの仔、そのまま食べたって人がいたんだよね。是非感想聞いてみたいな~」
 春幸はふと何かを思い出したように手を打って、目を輝かせ。三課の面々は顔を引きつらせた。
「味は美味しかったですよ」
 らぴかが言うように触手の一部は、焼くと割と美味しかった。
「え、そういう食レポするタイプだったっけ?」
「あの光景は色々忘れられないわ」
「ていうか、何味だったのか逆に気になる気も」
 苦笑混じりのリアクションが飛び交う中、遙斗が咳払いをする。
「……今度、感想を聞いてみるか」
「いや……聞きたいような、聞きたくないような……」
 銀竹とマリーが、微妙な顔で顔を見合わせ。そこにヒバリの通信機が震える。
『あ、もしもし俺だけど。狂信者の仲間に間違えられてさ……一緒に焼き肉店の外に連れ出されちゃったんだだけど、もう終わった? あ、終わってたらアイスの美味しそうなお店見つけたんだけど……』
「アンタ何してんの‼︎」
 思わずヒバリは、通信機に叫んだ。
「星になる前にアイスかよ! 生きてんなら働け!」
 笑い声とため息が交錯する中、遙斗は新しいタバコに火を付け、くゆらせる。
「これで終わりですかね? 後のことは、応援に任せて胃薬でも買ってカナタ君を回収しますか」
 戦いの跡に残ったのは、疲労と少しの笑い声と、いつもの始まりが動き出すのであった。

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