風を受けて
信じられないくらいの向かい風だった。一人の男が切り立った谷の底を歩いていた。この谷にダンジョンが出来たことを知っているのは男の他にはいないだろう。宝がある、彼はそう思っていた。なぜなら前日の夜、谷の奥に落ちていく星を見たからだ。だから彼は先に進む。
「もう5日になるんだろう? さすがのあいつもダメなんじゃないか?」
小さな町の酒場から、そんな話が聞こえてきた。
「谷の奥に宝ね。マンガじゃないんだし。でもあいつ、変なことをときどき言うよな、別の世界だのなんだの。たまになんかきれいな石とか拾ってくるしな。本当だったりしてな」
「譲太は昔から夢見がちだったからな。1週間以上山奥で行方不明になったあとでけろっと帰って来たりさ。どうなってるんだ?」
数人の男が話していた。話題はこの街の近くにある谷に向かった男のことのようだった。
「でもよ、譲太が行くって言ったときからあの谷、滅茶苦茶な風が吹いてるじゃねえか。それで、お前なんで行くんだって聞いたら、宝だろ」
「無理矢理に試練に立ち向かう感じのところがあるからな。もっと楽に生きればいいのにさ」
「事件を一つ予知しました。√EDENの小さな町の近くにダンジョンが出現します。ダンジョン最奥にいるボスを倒してそこにある遺産の破壊をお願いできないでしょうか」
木原・元宏(歩みを止めぬ者・h01188)は√能力者達に呼びかける。
「ダンジョンは町近くの谷です。今そこには強風が吹き荒れています。谷の奥から吹くその風が奥に行くことを阻んでいます。まずはこの風邪の対策をして谷の奥へと進んでください。それと、先にダンジョンに潜っている人がいます。松野・譲太さんと言う男性です。譲太さんは力は弱いですが√能力者です。譲太さんは子供の頃√EDENに現れたダンジョンに潜って小さな宝石を手に入れてきたことがあります。今回もそうやって宝を手に入れるつもりなんだと思います」
元宏は少し間を置く。
「√能力者なら、他の√の事を憶えていることが出来ます。でも一般の人は違います。譲太さんは話を信じてくれない町の人達にわかってもらうために危険なダンジョンにあると信じている宝を探しに行ったと思います。ボスの打倒とともに、譲太さんの救出もお願いできないでしょうか」
元宏はそう言うと頭を下げた。
第1章 冒険 『*声が聞こえないほどの強風*』

谷底には永遠の向かい風が吹いているようだった。木は軋み、埃は舞った。上空から吹いている風が細い谷に集まって速度を増していた。
「ふぅ……やれやれ。まだ猛吹雪よりは良いけど、強風時は外出してはいけないと習わなかったのかな。冒険者たる者、用心し過ぎるくらいが長生きの秘訣なんだけどねぇ」
ルーネシア・ルナトゥス・ルター(逢魔銀・h04931)はため息交じりにそう言った。谷底にいると、ルーネシアと言えども気を抜くと吹き飛ばされそうなくらいだった。グリップのいい靴で、慎重に歩みを進めると視界の悪い谷底の奥を見た。土埃で遠くは霞んでいる。
「ふむ。成る程、信じて貰うために宝を見つけに行ったと。譲太殿にも己が能力が何者なのか、知りたいので御座ろうな」
夜雨・蜃(月時雨・h05909)は山肌から谷底を眺めつつ言った。
「しかし、谷から吹く風とは厄介。普通には降りられぬな…先に行った譲太殿はこういった場所も慣れているので御座ろうか」
蜃はワイヤーを垂らすと鮮やかなロープワークで谷を下りて行く。的確に楔を打ち、岩の後ろに身を潜めて風をやり過ごす。蜃がしばらく下りて行くと、谷底から声がした。
「おーい。谷底はここだよ。もう少しだ。……んん、けほ。喋っていると砂利が口に入るよ、全く。帰ったら髪も尻尾も洗わないと」
蜃に向かってルーネシアが声をかけたのだった。土埃の中なのだ、口を開くと砂利が入ってくる。
「そこにいるのはルーネシア殿ではござらぬか。今参るでござる」
蜃が注意深く下りて行くのをルーネシアは木陰で休みつつ待っていた。
「谷底に降りても風は続くのでござるな」
「そうだね。むしろ風が集まって強くなってるんじゃないかな。私達を迎え撃つには十分だね。逆境が人を強くするのさ」
ルーネシアが嘯く。
「譲太殿はまだ見つかってはいないようでござるな。ずいぶんと健脚なのでござろうか」
「理解されないのが悲しいんじゃないかな。必死になる気持ちもわかるというものだね。……まぁ、自分だけ見えている世界が違う事の居心地の悪さと歯痒さはよく分かるけどね」
ルーネシアは遠くを見るような目をした。
「さて、こんなところでのんびりしていてもしょうがない。機を見て先に進むとしよう」
ルーネシアが吹き返しを待つ。蜃も風を読もうと耳を澄ませる。ビュゥ、と風が鳴いた。今だ! と2人は駆け出す。一気に歩みを進めると、岩陰に身を潜めつつまたゆっくりと歩き出す。
「……それにしても、冒険の証明か。このダンジョンを制覇したところで、結局のところは誰にも信じてもらえないのだろう」
「√能力者でなければ憶えていられないでござるからな。拙者達のことを憶えてくれる普通の人はいないでござる。忍びの拙者には都合がいいでござるが、話しても嘘つきと言われたりするのは気持ちも荒むかもしれないでござるな」
蜃が困ったようにそう言った。
「だけど私達ならその冒険の思い出を共有できるからね。だからこそ、私達もダンジョンへ向かうんだ。彼の冒険は夢や幻ではなかったと証明する為に」
ルーネシアは少々芝居がかった口調で言った。
「そうでござるな。拙者達なら思い出を分かち合うことが出来るでござるからな。譲太殿は一人皆と違うことはわかっていてもそれがどんな存在なのかは知らぬ様子。同じ立場の者がいると知ったら、きっと喜んでくれると思うでござる」
蜃も明るい表情で言った。
谷底の道は続く。譲太が見つけた流れ星はこの先にあるのだろうか。道は狭まり、折れた木々が並ぶくらいに殺伐とした風景が広がるようになってきた。
「これでは足跡を見つけることも難しいでござるな」
「でも、彼がいた痕跡はあるようだよ」
ルーネシアが指差すと、まだ無事な大木に何かを打ち込んだような傷があった。譲太はここで一休みしたのだろう。手がかりとしては心許ないがそれでも気持ちは上がる。
「これを希望と言うのかもしれないよ」
「そうでござるな。心を支えてくれるものはこのような小さな手応えなのかもしれないでござる」
しばらく冷たい風の中を歩いていくと岩陰に洞窟への入り口があった。風の舞わない中へと歩いていくと男性の者と思われる足跡が見つかった。
第2章 ボス戦 『意馬心猿』

洞窟を進むと人の気配があった。譲太だった。彼は岩陰に隠れていた。話を聞くと怪物に襲われて出られなくなったらしい。その怪物は体を寄越せと執拗に追いかけてくるらしかった。
「あんなやつがいるとは思ってなかったけどな。絶対に町のやつを見返してやる。いや、見返すんじゃないな。わかって欲しいんだよ。俺が見たことを。だから、あいつを倒して宝を見つけるんだ」
ここにいる敵、『意馬心猿』は体を失ったインビジブルのようだ。意馬心猿は失った体を手に入れようと手当たり次第に人間を襲う。譲太を助けるためにも、まずはこの敵を倒す必要があるだろう。
譲太は洞窟の中程だろうか、曲がりくねった通路が続く場所にある小部屋に潜んでいた。染み出る湧き水を沸かし、保存食を囓りながらなんとか生きていたようだった。よく見れば登山に行くのかと言うような装備を用意している。煮炊きできる簡易な調理道具、タオルやラップなど、何かに使えそうなもの、寝袋など。ハンマーと小型の斧を持っているのは戦うためだろうか、道を切り開くためだろうか。そこにやって来た者達がいた。
「どうやら追いついた様で御座る。拙者らは譲太殿の助太刀に参じた者で御座る」
夜雨・蜃(月時雨・h05909)は譲太を驚かせないように静かに話しかけた。
「おっと、松野君だね?無事でよかった。こんな強風の中、大きな負傷なしでここまで来られるのは中々凄い事だよ。こんな危険な場所を突っ走ってしまった事は褒められた事じゃないけどね」
ルーネシア・ルナトゥス・ルター(逢魔銀・h04931)はいつものように話しかける。譲太は突然現れた忍び装束の少年と長身の女性にびっくりしつつも声をかける。
「あんたたち、俺のことを知っている? 宝がある場所に来られるのは俺だけだと思っていたけど、違うのか」
そう言うとルーネシアは軽く額に手をついて考えるそぶりで話す。
「人々の認識との齟齬に苦しんでいるんだね。分かるとも。君の見た事は私達も分かち合えるよ」
「え、あんたたち、俺のやって来たことがわかるのか、洞窟や廃墟に行って、宝をとってくる。そこにいる敵はこっそり倒す。でもなあ、あんな強いやつはさすがに初めてでさ。それでだよ、せっかくがんばって手に入れた宝のことを話しても、誰もそんなことを憶えてないんだ。噴火はなかったとかただの台風だろ? とかさ」
譲太が肩を落とす。
「譲太殿はずっとそうして宝探しをしてきたで御座るか? 成る程…しかし誰が悪いものではなく。拙者ら能力者はそういう者なのでござるよ」
蜃が理由を話すと譲太は驚いた。
「だからわからなかったのか。それで、あんた達とはそれを分かち合える。忘れないから。そうか。なんだか報われた気がするな。ありがとよ」
譲太が礼を言うとルーネシアは肩をすくめた。
「まぁ暗殺者とか忍者みたいな、人々から勝手に忘れてもらえる方が助かる存在に共感されても困るかもしれないけどネ」
「はは、そんな漫画家ゲームみたいなこともあるんだな。確かにあんた達はただ者じゃない感じがするよ。素人の俺が言うのもなんだけどさ」
譲太は涙を浮かべて笑った。わかってもらえるということは嬉しいものだから。
「では、大捕物と行こう」
蜃が言うとルーネシアも頷く。
「さてと、私達のような人々の忘却の中で生きてきた側の存在が、僭越ながら君の冒険に助力しようじゃないか」
譲太は斧を取り出すと腕を回して軽く気合いを入れた。
「足手まといだと思うけどな、俺も戦うよ。よろしくな」
その答えにルーネシアと蜃は頷いた。
『意馬心猿』は広い空間をさまよっていた。洞窟の中の広間と言った感じのその場所は、どこへ行くにも中継点となるような場所だった。
「カラダ、カラダを寄越せ。私は生き返る。いや、俺が……」
どうやら意識が混ざり合っているらしい。3人を見つけると、風の鳴くような声で恨みを聞かせる。
「いかにもダンジョンのゴーストといった感じだね」
赤い雷を纏ったルーネシアがヤレヤレと言った体で肩をすくめる。
「どうやら本能のままに生者を襲う亡者といった風体でござるな。…ならば、加減する必要はござらん」
蜃も苦無を油断なく構える。
「だいぶ場慣れしてる感じがするよ。暗殺者に忍者ね。なら俺はパートタイム冒険者ってところか。こいつ、俺よりも足が速くてさ」
斧を構えた譲太が言う。
「オオォオォオォ」
意馬心猿が声にならない叫びを上げると黒い霧が辺りを覆い、周囲からデスマスクのような姿のインビジブルが湧き出す。悪意があるインビジブルのようだった。
「周囲に悪霊をばら撒くというのならまとめて倒すまでだね」
ルーネシアが聖なる雷を纏った銀の弾丸を乱れ撃つ。仲間を【魔を払う祝福】が包んだ。それと同時に蜃の【飛苦無「雷獣」】が飛んできたインビジブルを貫く。ルーネシアと蜃の操る電が洞窟を明るく染める。
「おのれ、おのれ、僕を殺すというのかい。あたしは許さない、許さない」
意馬心猿が悲しげに呻くと譲太を引き込もうとする。意馬心猿の目の前まで連れて行かれた譲太は覚悟を決めて意馬心猿の頭に斧を叩き込む。
「ああ、痛い、痛い、痛い。イタイヨォォー」
意馬心猿がどす黒い涙を流しながら譲太を包み込もうとするが一気に飛び、割って入った蜃が意馬心猿を斬り裂く。
「アァァ、アアァ!!」
耳に残る嫌な叫びを残して意馬心猿は消えるがすぐに復活した。
「私の体は安くなくてねぇ……君なんかには譲れないのさ。ふふ、君には即時蘇生があるようだけど、あと何回殺せば死ぬのかな?」
ルーネシアが至近距離から銀の銃弾を叩き込む。
「寄越せ、タスケテ、まだ何もやってない!」
消えてはまた、消えてはまた。意馬心猿は何度も蘇る。譲太が何度も斧を叩きつける。ゆっくりと意馬心猿の体が薄れていった。
「キエ、タク、ナイ」
「せめてこれで安らかに眠ってくれるとよいので御座るが」
蜃の刀が意馬心猿の心臓辺りを貫いた。意馬心猿はもう蘇っては来なかった。
「さて、お宝は見つかったでござるかな?」
「たぶん、この奥だと思う。星のかけらみたいなやつだったからな。こいつは持っていないみたいだから。まだ何かいるかもしれないな」
譲太が言う。
「なるほど、ではもう一戦覚悟した方がよいでござるな。はは。だいぶ手慣れているご様子。譲太殿がダンジョンを攻略するたび、計らずとも救われた人がきっといるのでござるよ」
「そうか、そうなるのか、それはなんか嬉しいね。ダンジョンか、確かにそうだな。でも妖怪やロボットの時もあった気がするな。ロボットの時はさすがに逃げたけど。その後いなくなってたから、あんた達みたいのがやって来て倒してくれたんだろうな。こちらこそ、ありがとう」
譲太がそう言うと、ルーネシアと蜃は笑顔で答えた。
「どういたしまして」
「どういたしましてでござる」
第3章 ボス戦 『呪われしバイティア』

さて、ダンジョンの最奥までたどり着いた。そこにあるのは一つの立派な宝箱だった。
「星のかけらはどこにもなかったからこれの中かな。それにしてもいきなり宝箱があるのか。なんか不安になるな」
譲太が首を捻る。彼のカンは正しい。この宝箱は『呪われしバイティア』と呼ばれるミミックなのだから。バイティアは宝箱を開けるまではじっとしている。それまでは犠牲者が自分の蓋を開けるのを今か今かと待っているのだ。今ならバイティアが動き出す前に一撃叩き込むことも可能だろう。バイティアを倒せば星のかけらが手に入るかもしれない。だがそれは天上界の遺産である可能性が高いのだが。
最奥に鎮座した宝箱をみて、夜雨・蜃(月時雨・h05909)は既視感をおぼえた。
「拙者もあの箱宝について心当たりがあるでござる。…恐らくは、譲太殿の見立て通りであろう。このダンジョンを潜り抜けた先、あぁして宝を前にして気を抜いた者を襲っているので御座ろうな。先制攻撃を仕掛けるならば、今かもしれぬ」
この宝箱に擬態しているモンスター、バイティアにはかつて出会ったことがある。わかっていればただ隙を見せているに過ぎない。蜃は苦無を構える。
「ふむ……最奥にこれ見よがしに置かれた宝箱。これがミミックだというのだから気が重いね。やれやれ、ただでは報酬は貰えないという事かな。まぁ宝箱である事に変わりはない。倒して中身を確認させてもらおうか」
ルーネシア・ルナトゥス・ルター(逢魔銀・h04931)はさあ困った、と言う顔をしつつも自信を崩さない。少しやることが増えるだけ、そうだろう? とでも言いたげな雰囲気だ。
「如何にもな胡散臭い話だと思っていましたが、案の定こういうことですか?この禍々しさ、只ならぬ呪いの匂いを感じますね」
ヒルデガルド・ガイガー(怪異を喰らう魔女・h02961)はそう言うとにやりと微笑む。
「やっぱりそうか、あんた達もそう言うなら間違いないよな。いろいろ気になるんだよ。この部屋だけ埃が落ちてないとか、床に何かを擦った後があるとかさ」
譲太が言うと蜃が感心する。
「見るところが細かいでござるな。譲太殿はずいぶんとなれているご様子。心強いでござる」
「本物にそう言われるのは悪い気はしないけどな。俺は潜りみたいなもんだからな」
譲太が苦笑するとルーネシアも笑顔で言った。
「そう謙遜するものでも無いよ。目端が利くのは君のいいところさ。√能力者もいろいろだからね、さて、そろそろ仕掛けるかな」
「そうですね。バイティアを撃破し、その『宝』の謎も探りましょう」
ヒルデガルドそう言うと蜃が氷龍の力を込めた苦無を投げる。ルーネシアが精霊銃を抜き撃ち、雷を纏った弾丸を撃ち出す。バイティアに苦無と弾丸が命中したところでヒルデガルドの【鬼哭砲】が内側からバイティアを攻撃する。思わぬ攻撃を受けたバイティアはくぐもったうめき声を上げて正体を現す。口を開けて√能力者達を睨み付けた後、奇怪な叫び声を上げると複数の宝箱を作り出す。
「このミミックは複製体まで出してくるのか」
ルーネシアは宝箱から距離を取ると慌てず騒がず銃弾を撃ち込む。宝箱に傷がつくが、バイティアはまだ動きを見せない。ヒルデガルドが霊圧を込めてバイティアに近づくと気圧されたバイティアが複製体をけしかけるが蜃が足払いで複製体を足止めする。ヒルデガルドは冷静に鞭を撃ち込むと複製体は悲鳴を上げて消えた。
「こんなやつもいるんだな。勉強になった。俺は運が良かったんだろうな」
譲太が斧でバイティアをたたき割ろうとするとバイティアは残る複製体の中に紛れようとする。蜃はそれを許さず鎖を投げてバイティアの動きを止める。
「敵はあの様な外見だが、戦術は多彩。分身の術や自身の位置も入れ替える。周りに紛れるのが得意で御座る。譲太殿、危険な場合はお知らせするで御座るよ」
「ああ、助かるよ。気づかずに殴りつけるところだった。ミミックなんだよな。なら騙すのは得意ってことか」
譲太がそう言うと蜃が頷く。動きの取れないバイティアを見て取ったヒルデガルドが斬霊刀「黄泉」を構える。
「その気色の悪さ、実にバラし甲斐があるぜ。俺はこの程度じゃまだまだ腹ん中が満たされやしねぇ。テメェが死ぬ気になるまで相手してやるぜ!」
作り出した【霊力刃】を舞うような立ち回りで振り続けると複製体は斬り裂かれ地面に染みこむように消えていった。その勢いでバイティアを斬りつける。バイティアが真っ二つになったように見えた瞬間、ヒルデガルドの真横にバイティアが現れ大きく口を開いた。それを予期していたルーネシアが一気に跳躍してマチェットナイフをバイティアの口に叩き込む。バイティアは驚いた顔で吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。ダメージを負ったバイティアは最後のチャンスとばかりに再び複製体を作り機を窺う。周囲から見られているような嫌な気配と共に緊張感が漂う。コロン、と何かが転がる音がした。譲太が硬貨を投げた音だった。バイティアはそれに釣られると硬貨へと飛びかかる。
「頭隠してと言うやつかな。やれやれ、馬脚を現すとはこのことだね」
ルーネシアが隙を見せたバイティアに聖別された銀の弾丸を叩き込む。全身を穿たれたバイティアは銃弾がめり込んだ場所からシューシューと煙を上げる。バイティアが痛みに苦悶の表情を浮かべ怒りの表情でルーネシアに襲いかかる。作り出した複製体全てと共に大きな口を広げるバイティア。
「この切先、見切ること叶わぬと知れ。いざ、勝負」
蜃が一気にバイティアと複製体の間を駆け抜けた。【霞千靭奔り】がバイティアの硬い外殻をものともせずに一番弱い核を貫く。バイティアは悲鳴を上げるもまだ動きを止めない。最後の意地で蜃の真後ろに転移する。
「テメェのやることなんざ、お見通しなんだよ。くたばれ!」
ヒルデガルドが上段から刀を振り下ろす。真っ二つに斬り裂かれたバイティアは断末魔の声と共に床に転がった。
「さて、随分と豪華な宝箱だったけど、星のかけらとやらはあったかな? もしあったのなら松野君が持って行っていいとも。冒険の証にしてもいいし、私達との出会いの思い出にしてもいい」
ルーネシアが尋ねると譲太は苦笑する。
「あったんだけどな。これはここを形作ってるものの核だよ。壊さないとこのダンジョンは無くならないんだよな。あんた達との思い出は確かに欲しい。そうだな。ここにある水晶なら持って帰れそうだ。これにしよう」
譲太が星のかけらをたたき壊すと周囲の景色が変化した。ダンジョンは崩れ突風は止んだ。ここに何かあったなど、誰にもわからないようだった。
「あーあ、こうなるんだよな。でも今回は一人じゃない。だいぶ嬉しいよ」
「そう言ってもらえると拙者も嬉しいでござる。…うむ。譲太殿のもやもやも解消できた様だし、これにて一件落着。では土産話を持って、皆で甘味処でも参らぬかな?」
蜃が言うとルーネシアが笑顔を見せた。
「それは素晴らしいね。さて、皆に話を信じてもらえない理由が分かった今なら、今後は無謀な挑戦はしないと信じているよ。君の心の隙間を埋められるかは分からないけど、私達は今回の冒険を忘れないからね」
「ああ、大丈夫だ。俺は一人じゃなかったし、仲間がいたんだな。だいぶ救われたよ。あんた達のことは、俺も忘れない。そうだ、甘味処に行くなら俺が奢ろう。おすすめの店があるんだ。団子なんだけどいいかな?」
譲太が言うとルーネシアが目を輝かせた。
「素晴らしいね。実を言うと私は甘いものには目がないんだ」
「まことにおいしそうにござるな。拙者も異存ないでござるよ」
蜃も笑顔を見せた。
「なら決まりだな。任せてくれ」
譲太の顔には仲間を得られた喜びが満ちていた。