月夜に向かって炎は集う
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時刻は夕方、√EDENのとある広場にて。
そこには夜に開催されるマルシェに向け、多くの人々が集まってきていた。
ある者はキッチンカーで下準備を進め、ある者はお手製のアクセサリーの数を確認している。
今回のマルシェは満月に合わせて開催するため、参加者も月をモチーフにした作品を用意したりと気合を入れてきているようだ。
そんな楽しいイベントの準備の傍ら、ふと顔を上げる者がいた。彼の視線は少し先の運動公園へ向けられている。そんな仲間の様子に気付き、別の男性が声をかける。
「どうした?」
「いや……なんか、炎が見えた気がして」
「悪戯とか? 物騒だなぁ」
運動公園は広いため、やんちゃな若者などが火遊びをしている可能性もある。そうだったら嫌だなぁなんて思いながらも、人々はさほど炎のことを気に留めなかった。それは彼らが忘れようとする力に秀でる√EDENの者だったからだろう。
しかし、実際に異変は起きてしまっていた。
運動公園に姿を現していたのは炎を纏う機械の群れ。
資源を奪いに来た簒奪者が、虎視眈々と準備を進めていたのだーー。
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「集まってくれてありがとうな。√EDENに√ウォーゾーンから敵が攻め入ってくるのが分かったから、みんなにはその対処をお願いしたいんだ」
集合した能力者に対し、赤神・晩夏(狐道を往く・h01231)が軽く手を挙げながら声をかける。今回は√EDENを守る依頼の案内のようだ。
「√ウォーゾーンからやってきた戦闘機械群はある程度準備を整えてから人々を襲うつもりみたいで、最初は民間人のいない運動公園に現れるみたいなんだ。そこで食い止めることが出来れば、被害は最小限にできると思う」
戦闘機械群の目的は√EDENの資源を奪うことであり、無計画な突撃ではないらしい。しっかりと作戦を立てて動こうとしている相手だからこそ、その隙を突こうという訳だ。
「最初に運動公園には尖兵である戦闘機械の群れがやってくるはずだ。まずはそいつらを蹴散らして、敵戦力を減らして欲しい」
現れるのは火炎機械虫『フライボム』と呼ばれる機械達。ラグビーボールくらいの大きさであるフライボムは殲滅に特化しており、市街地まで辿り着けば甚大な被害を齎すだろう。それを阻止するためにも、運動公園に留まっているうちに撃破する必要がある。
「フライボムを倒していけば、残りの敵も様子を見に来るはずだ。そいつらを倒せば今回の作戦は食い止められるぜ」
その時現れるのは敵の指揮官か、あるいは残りの兵士達か。どちらが現れるかはその時にならなければ分からないが、どちらにせよ現れた敵を倒せば作戦を中止させられるはずだ。
「無事に侵略を食い止められたら、ちょっと息抜きして帰るのも良いんじゃねーかな。戦いが終わる頃には、公園の近くでこんなイベントも始まるみたいだぜ」
そう言いつつ晩夏は1枚のチラシを取り出す。そこには大きな満月の絵が描かれていた。
「今日はちょうど満月だから、それに合わせて夜マルシェをするんだって。キッチンカーとかハンドメイド作品の出店とか、そういうのが並ぶんだとか」
キッチンカーはピザやハンバーガーといった軽食や、アイスやクレープなどの甘味系、ビールやジュースといった飲み物も充実しているとのことだ。
おすすめは『お手製お月見ハンバーガー』や『まんまるお月さまカステラ』など。月をモチーフにした食べ物や飲み物も用意されているらしい。
ハンドメイドの出店は手作りアクセサリーや編み物作品のような小物類だけでなく、似顔絵や占いといったスキルを売りにしている者も来ているそう。
こちらも月をモチーフにした神秘的な作品を用意している者が多そうだ。
マルシェの開催時刻が夜なこともなってか、お酒を飲みにワイワイする人もいれば、満月を鑑賞してのんびり過ごす人も多いだろう。
「会場の近くではベンチもたくさん用意されてるみたいだし、少し離れた河川敷まで行けば人気も減って静かに満月も見れると思うぜ」
せっかく貴重な満月のタイミングなのだ。少しいつもと違った過ごし方をしていくのも思い出になるだろう。
「楽しいイベントに行くためにも、まずは√EDENを守らないとな。それじゃあよろしく頼むぜ」
晩夏はそう話を締めくくり、能力者達を見送っていった。
第1章 集団戦 『火炎機械虫『フライボム』』

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夕暮れよりも赤く濃く、炎は揺らめく。
現れた火炎機械虫『フライボム』は出撃の時を待ちながら、運動公園のグラウンドに待機していた。
彼らは指示が出ればすぐに公園を飛び立ち、楽園で暮らす人々の元へ向かうだろう。
そこで行うのはーー資源の簒奪、および人間の殲滅。より多くの侵略を行うための殺戮だ。
そのような作戦を阻止できるのは、ここに集まった能力者達だけ。
今すぐグラウンドに飛び込み、この殺戮兵器群を討伐しなくては。
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クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は目的地に着くや否や、戦場となるグラウンドへと視線を向ける。
クラウスが到着した地点からグラウンドまでは少々距離があり、そこから見えるのは微かに揺らめく炎だけ。しかし炎が大きく動くことはなく、その火元である殺戮兵器群は未だ待機状態のようだ。
(先に察知することができて良かった……)
状況を確認し、クラウスは心の内でホッと息を吐く。今すぐ行動すれば、あの機械達が民間人に危害を加えることは阻止出来るだろう。
必ずここで食い止めよう。決意と共に小型拳銃を握りしめ、クラウスは前へと駆ける。
彼の視線の先にあったのは――グラウンドに備え付けられた、まだ点灯していない照明だった。
なるべく音を立てないよう、けれど素早く。クラウスは慣れた身のこなしで照明の上に登り、改めて戦場を見下ろした。
待機状態のフライボムはこちらに気付いていない。敵との距離もまだ十分にある。
ならば最初の一撃は確実に。クラウスは拳銃を構え、静かに呼吸を整える。
敵は整列しているように並んでおり、その陣形を崩す気配も見えない。最も効率よく攻撃を叩き込める位置を計算し、しっかりと銃口を向け――。
(まずは、一発)
拳銃から放たれるのは紫電の弾丸。雷の力を宿す一撃は敵陣の中央に着弾すると、夕方のグラウンドを眩く照らす。
電撃に飲み込まれた個体は一瞬で感電し、内部の回路に異常を来したようだ。白煙をあげる敵に向け、クラウスはさらに弾丸を放つ。
的確に計算された銃弾に撃たれた機械は完全に動きを止め、小さな爆発を起こし消滅した。
しかし最初の雷撃を生き残った個体はすぐに戦況を把握して、燃え盛る弾丸を放ち反撃してきたようだ。クラウスは照明から飛び降りて、芝生地帯へと着地する。直後、頭上では大きな炎が燃え盛っていた。
敵は着地したクラウスのことも把握して、彼を包囲すべく迫ってきている。クラウスは光刃剣の柄を握り、接近する敵へと視線を向ける。
「――ここが一番手薄だね」
敵陣の最も薄い地点を把握して、光刃剣のトリガーを引いて。居合の仕組みで振り抜かれた刃は、包囲網の一部を切り裂く。
そうして生まれた隙間を一気に駆け抜け、クラウスは別の照明を駆け上る。そのまま拳銃を構え直し、こちらへ迫る敵を見下ろして。
「俺の方を見てくれてるのは好都合だよ。敵を逃がすつもりはないだろうし……」
それはこちらも同じこと。相手がすべて倒れるまで、武器を下ろすつもりはない。
クラウスは静かな表情を崩さす、けれど心の内ではしっかりとした戦意を抱き続ける。彼のその頼もしい様子は、戦いが終わるまで続くだろう。
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戦場に足を踏み入れるより少し前、江胡・銀之丞(銀の破片・h07184)はスマートフォンを覗き込んでいた。
戦場の近辺では夜マルシェなるものが開かれるらしい。満月に合わせて開催される市場とは、なかなか粋なことを企画する者もいるようだ。
しかし、そこに望まれざる客――簒奪者が現れるとはいただけない。粋な催しも理解出来ない奴らには、さっさと退場してもらおう。
そんなことを考えつつ、銀之丞は知人をマルシェに誘うメッセージを作る。送信ボタンを押した時、なんだか違和感があった気がするが――きっと戦いには関係のないことだろう。
銀之丞はスマートフォンを仕舞うと、身を低くして意識を集中する。直後、彼の身体は銀狐へと変じ、四つ足で力強く駆け出した。
待機していたフライボムは銀之丞の接近に気付くと、真っ赤なナノマシンを操り銃のような武器を形成し始めた。
牽制のように放たれるのは同じく赤い弾丸。マシンガンのような勢いで展開される弾幕の中を、銀之丞は躊躇することなく突き進む。
身を低くし、動きは複雑に。けれど足を踏み出す勢いは落とさないよう、視線はただ前に向けて。
銃弾の雨を潜り抜けた銀之丞は敵陣中央に飛び込むと同時に、人妖の姿へと戻る。
煌めく銀の狐尾に力を籠め、銀之丞は殺戮者共に鋭く声を発した。
「無粋な奴らめ。早くここから立ち去れ」
銀之丞が大きく身体を回せば、それに合わせて力を得た狐尾が一気に周囲を薙ぎ払う。流星のような一撃に飲み込まれた機械は粉砕され、物言わぬ破片へ姿を変えた。
しかし敵の数が多い分、今の一撃でもすべてを倒せた訳ではない。猛攻を耐えた機械はすかさずナノマシンを起動するが――。
「そうはさせん。その赤い結晶ごと――ぶち壊す」
足に力を籠めて、銀之丞は再び狐尾を振りかぶる。銀色の波は一度だけでなく、二度敵陣を飲み込んで、多くの敵をナノマシンごと破壊していった。
能力による攻撃を終えても銀之丞は油断しない。すぐに銀狐丸を引き抜いて、銀の刃に水の力を流し込んだ。
刃を振るえば水の刃が迸り、銀之丞へと接近していた敵を貫いていく。しかし他の機械はまだまだ炎を灯しつつ、こちらに狙いを定めているようだ。
「命令のまま、逃げずに戦うか。確かに兵器らしいな」
血の通わない、ただ相手を殺すだけの機械。そのようなものには、やはり負ける訳にはいかない。
銀之丞は銀狐丸の柄を握り直し、迫る敵を見据える。その背を支えるのは機械達とは違う――自分で決めた、戦う意思だった。
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フライボムの待機するグラウンドには、ただ駆動音と炎の弾ける音が響く。
そんな中に割って入るのは、土を踏む足音と、朗々と響く春原・騙名(人妖「旅猫」の御伽使い・h02434)の声。
「少し語ろか、ルールの話。公園のグラウンドは基本、事前申請無しに大型機械立ち入り禁止なんよ。止まれという字、見えへんかった?」
騙名の紡ぐ言葉の意味を、殺戮のために作られた兵器は理解出来ないだろう。ただ彼らは現れた能力者に意識を向け、自爆用量産機体を次々に展開し始める。
敵の狙いも、今はこちらにだけ向けられているだろう。けれど万が一、自爆用の機械なんて逃がしてしまったら――マルシェを準備する人々に甚大な被害が起きてしまうだろう。
「宵の祭りを邪魔するなんざ無粋の極み、うちの目的のためにも爆ぜさせるワケにゃあ行かへんのよ」
そう、これからいただく月見酒とカステラを守るためにも。一匹たりとも逃さず、安全第一で倒していかなくては!
騙名は御伽絵巻をはらりと捲り、とある童話を語り紡ぐ。
「少し語ろか、昔々の話。今宵は満月、昂ぶる夜や。オオカミさんがあらぶって羽虫を飲み込んでも――おかしくありゃしません」
耳に残る声で紡がれた言葉は実体を得て、グラウンドへと降り立つ。夕日に照らされ、夢幻のように佇むのは巨大な狼だった。
狼は勢いよく敵陣へ突っ込むと、口を開けて鋭い牙をむき出しにした。
けれどこの狼の口は何かに噛みつくためだけのものではない。気付けば狼の口は身体よりも大きく開かれ、周囲にいた機械達を一瞬で飲み込んだのだ。
「そのまま飲み込んでてね。あとはうちに任せて」
騙名は御伽絵巻から更に物語を騙り、猟銃を紡ぎ上げる。そのまま猟銃を構え狼の口を撃ち抜けば、内部にいた機械は同胞を巻き込み爆発していく。
けれどその爆炎は敵陣より広がることはなかった。爆発に巻き込まれても立っていた狼が、大きな口で爆炎も丸呑みにしたからだ。
爆炎をしっかり腹の中に収めた狼は、再び大きく口を開く。逃げられなかった機械は牙に貫かれ、あっという間に狼の口内へと入っていった。
距離を取ろうとする個体がいれば、それはすかさず騙名が撃ち抜く。狼が敵陣で暴れる分、騙名はしっかりと猟師の役割を騙っていた。
2人の連携でフライボムは次々に喰われ、撃たれ、炎をあげて――夕日の中での戦いは、まるで影絵芝居のようだ。
その様子を前にして、騙名はくすりと微笑む。
「飛んで火に入る初夏の虫、やね」
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広いグラウンドの中央で、フライボムはただひたすらに命令を待っているようだ。
一定の間隔を乱すことなく整列している様は、なんとも分かりやすくプログラムで動く存在らしい。彩音・レント(響奏絢爛・h00166)は機械の隊列を眺めつつ、赤い目を細めた。
「いやあ、機械も襲ってくる時代になりましたかー。僕、メカと戦う機会は今までなかったかも」
「ナギもロボットと相対するのは初めてです。何ともメカメカしい」
ナギ・オルファンジア(■からの|堕慧仔《オトシゴ》・h05496)も表情こそ変えないものの、視線はずっとフライボムに向けられている。それは相手が妙な動きをしないか監視する意味もあるが、単純な好奇心からの行動でもあった。
隊列から響く駆動音も一定のようで、整然としすぎていて不安な気持ちになりそうだ。唯一彼らから発せられる不規則さは背面から弾ける炎だけ。しかしあの炎も、危険極まりない性質を現している。
「あの機械、自爆する機能も有しているそうですね。気を付けないといけないなぁ」
そんなナギの呟きに、レントは苦笑いを浮かべた。。
「確かに危険だよね。自爆機体を量産するとかロマンはある……けど自分が対峙はしたくはなかったなー!!」
「自爆機体はロマン……?」
レントの零した予想外の言葉。自分にはよく分からないが、男子特有の何かでもあるのだろうか。ナギは小さく首を傾げつつ、素直な言葉を返す。
「私はマルシェを守ってごはんをたべることで頭がいっぱいだよ」
「ナギさんの心は既にご飯? それじゃ無事に終わらせて夜を待とうねー!」
ぐっと拳を握り、今度は明るい笑顔を浮かべるレント。そんな彼に対し、ナギも頷きを返した。
「そうですね。夜はきっと、すぐにやってくるでしょうから」
「うんうん。それまでにしっかり動かないとね」
決意を固めたところで、2人はグラウンドを進んでいく。歩く最中、ナギはレントの顔を見上げた。
「……レント君とは初の共闘ですね! どんな風にレント君が戦うのか、楽しみです」
「僕もナギさんの技、見るの楽しみ。お互い格好良く戦えたらいいよね!」
レントも自身の得物、二対の精霊銃を手に取りつつナギへと視線を返す。友人と共闘するなら、そこに楽しみを見出すこともよく冒険するコツだろう。
夕暮れ時の空の下、2人はいよいよ敵の感知範囲へと足を踏み入れる。それに反応するように、フライボムは多くの量産機体を招集し始めた。
多くのフライボム達は炎を揺らめかせ、臨戦態勢に入っている。夕風に煽られて届いた熱気を肌で感じつつ、レントは精霊銃を構えた。
「炎と機械かあ……それなら!」
レントが銃を握る手に力を籠めれば、周囲に響くのは優雅なクラシック音楽。予想外の音楽が聞こえてきたことで、ナギは思わず視線をレントへ向けた。
「これは……クラシック音楽?」
「そう! この音楽が僕の力になってくれるんだよ。見てて!」
優雅な楽曲は清らかな水の力に変わり、精霊銃の中で煌めく。レントが狙いを定めてトリガーを引けば、水の弾丸が数体のフライボムを撃ち抜いた。
それこそオペラの一幕のような華麗な戦い。それを目の当たりにし、ナギは声を弾ませた。
「こんな武器や戦い方、聞いたことも見たこともありません、すごい!」
「ふふ、お褒めに預かり光栄だよー!」
「では勿論、私も頑張りますとも」
ナギは煙管を取り出し、独特の香りを伴う煙を燻らせる。煙は地面につくより早く魚の形に転じて、周囲をふわりと泳ぎ始めた。
「さぁ厭魚たち、いってらっしゃいな」
厭魚と呼ばれた煙は俊敏に動き始めると、敵の群れの中へ潜り込む。彼らがさらに潜るのは、敵の身体にレントが刻んだ弾痕の中。内側を抉られたフライボムは、バラバラの部品になって砕け散った。
その光景を眺めつつ、ナギはゆっくりと煙を吐き出す。そんな彼女の様子を見て、レントが楽しげに声を発した。
「余裕の一服なんてナギさんも十分優雅じゃーん?」
「ふふ、レント君がいらっしゃるから一服もできようもの。ですが……敵はまだまだいるようですね」
ナギが視線を向けた先には、敵の群れがまだ残っている。これを片付けるのは骨が折れそうだ。
「あーもう、数多いしめんどくさー! ってかこれ指揮してるやつどうにかした方が早くない?」
「下っ端だものなぁ。数も多く、偵察も兼ねていますか」
作戦自体を指揮している者はまだ到着していないようだが、フライボムの中にも中心になる個体はいるだろう。レントの意見に合わせ、ナギがじっくりと敵陣を観察していく。
「ふむ、ならば私が足留めをしようね。指揮系統を潰すのはレント君に任せます」
ナギは数歩前に出て、軽く踵を打ち鳴らす。そこから広がる音は敵陣そのものに伝わる衝撃に変わり、彼らをその場に押し留めた。
「ナギさんのフォロー助かるー! 後は任されたよ!」
動けなくなった敵陣に飛び込むのは、緋色の輝きを手にしたレント。双銃を変形させた片手剣を振るい、狙うは少しサイズの大きなフライボム。
隊列の中心らしきフライボムは真っ二つに切り裂かれ、そのままドサリと地面に落ちた。同時に敵の動きにも乱れが見えた――どうやら当たりのようだ。
「やった! 大成功!」
「それじゃあ残りも片付けちゃおう」
レントは再び双銃を手にし、ナギも煙管を構える。隊列の乱れた相手なら、恐れることは何もない。
それに――隣には頼もしい友人もいる。2人の初めての連携は、残りの敵もあっさりと殲滅していくことだろう。
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空はまだ夕日の色に染まっているが、目を凝らせば微かな星の輝きだって見つけられる。
もうすぐやってくるのは夜の時間。大きな満月の傍に星が瞬く様は、何度見たって心が躍る。
そんな夜の景色の下で行われるマルシェなら、きっと楽しいに違いない!
ワクワクする気持ちを胸に、月夜見・洸惺(|北極星《Navigatoria》・h00065)はグラウンドへ足を踏み入れる。彼の視線の先では、フライボムの放つ炎が揺らめいていた。
素敵な出来事の裏で恐ろしいことを企てている者がいるとは。どうにかそれを止めるため、少しでも手伝えたら。
決意を胸に洸惺が前に飛び出せば、彼の身体は夜闇色の|8本脚の天馬《スレイプニル》へと戻る。
全身に煌めく銀河の霊気を纏わせ、ただただ前を見据えて。勢いよく突き進む洸惺の様子はまるで流星のようだ。
その勢いで突っ込むのは――当然、敵陣のど真ん中!
「いきますよ、ドーンっと突進ですっ」
洸惺が放つ全力の突進は何体ものフライボムを巻き込み、彼らの身体を打ち砕いていく。
しかし、衝撃の範囲外にいた個体はすぐに異変を察知し、臨戦態勢を取ってきたようだ。数体のフライボムがナノマシンと炎を滾らせ、激しい駆動音を放っている。
危険を感じた洸惺は、すぐに翼を音の方向に構えた。直後全身に響いたのは大きな衝撃だ。フライボム達はナノマシンを発射して、洸惺の突進を模した技を放ってきたようだ。
「っ――僕の真似には、負けません!」
衝撃に負けないよう脚に力を籠め、洸惺は翼を大きく広げる。その勢いでナノマシンの結晶体は跳ね除けられ、甲高い音を発しながら地面に落ちていった。
邪魔する者がいなくなれば、洸惺は再びグラウンドの中を駆けていく。霊気を纏った彼の速度は、並大抵のものでは追いつくことも出来ないだろう。
広いグラウンドを縦横無尽に駆け、敵を引き寄せたかと思えば一気に反転。こちらを追いかけてきた敵に再び突進を放てば、彼らもあっさりと砕け散る。
洸惺は砕けた敵を一瞥すると、すぐにグラウンド全体へと視線を向けた。戦闘が始まってから、どのフライボムも能力者をターゲットにしているようだ。グラウンドの外に出ようとしている個体がいないことを確認し、洸惺は心の内で安堵の息を吐く。
そして再び敵を見据え、紡ぐのは決意の言葉。
「今日は一ヶ月に一度の素敵な満月の夜なんです。そんな日に悲しむ人を見たくないから――だから一体だって逃しません」
その想いはさらに洸惺の霊気を輝かせ、力を与えてくれる。洸惺は更に力強く走り回り、時に脚で、時に翼で敵を蹴散らす。
銀河のような煌めきは、フライボムの炎よりずっと眩くグラウンドを照らしていた。
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√ウォーゾーンの戦闘機械による他の√への侵攻作戦というのは、新藤・アニマ(我楽多の・h01684)にとって見過ごせないものだった。
それは侵攻先の世界に暮らす一般人を守れるだけではなく、アニマの倒すべき敵――機械兵団の戦力増強を阻止することにも繋がっている。
合理的な作戦である以上、しっかり役目を果たさなければ。
「では、任務を開始します」
アニマは戦場となるグラウンド付近まで足を運ぶと、敵を観察できそうな高台に身を潜める。
グラウンドではフライボム達が待機しており、その数は目視でも確認出来るほど多い。相手はまだ動く気配を見せず、ただひたすら佇んでいるようだ。
「目標確認。先制攻撃を開始します」
アニマはレギオンコントローラーを起動しつつ、装甲から機銃を構える。そのまましっかり敵へと狙いを定め、宣言通りに先制攻撃を開始した。
まずはレギオンをけしかけ敵の注意を引きつけて、その隙に機銃による的確な射撃を繰り出して。
これで狙いやすい位置にいた敵は対応出来た。しかし、フライボムもすぐに隊列を組み直し、量産機体を呼び出しつつアニマの元へと接近を始めたようだ。
アニマも負けじと機銃を構え直し、そこから激しい弾幕を展開する。敵がこちらに近付いてくるまでに、一体でも多くの敵を倒せるように――撃ち抜かれた敵個体はそのまま爆発し、スクラップと化していく。その炎の中を、生き残ったフライボムがじりじりと前進し続けていた。
ある程度弾幕を展開したところで、アニマは態勢を立て直す。これ以上敵に近付かれては、機銃による攻撃では間に合わないだろう。
それならば、とアニマが構えるのは頭部ユニットから展開する|鳴音砲《ハウリングキャノン》だ。
「鳴音砲の出力を調整。対象設定完了……では、吼えましょう」
迫る敵全てに向け、放つのは音響振動波。凄まじい音の波は次々に敵を飲み込み、その動きを食い止める。
しかしこの攻撃は敵を食い止めるだけが目的ではない。アニマはさらに鳴音砲の出力を上げ、しっかりと敵を見据えた。
音の波はより大きく激しいものと化し、フライボムの全身を打ちのめす。すると彼らの表面に少しずつヒビが入り――最後には細かい部品レベルに砕け、地面の上へと叩きつけられた。
衝撃の通りが悪い個体は機銃で追撃し、最後の一体まで見逃さない。
「……そろそろ任務の推移にも気を付けなければいけませんね」
フライボムはあくまで尖兵。続く戦いを思い、アニマは集中力を保ち続けていた。
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夕暮れ時の今ならば、まだ明かりがなくとも何かを読むことは出来る。ツァガンハル・フフムス(忘れじのトゥルルトゥ・h01140)は革の手帳を開くと、その中身に目を落とした。
「えーと、今日の依頼は……√EDENに侵攻してきた敵を倒す。最初は『フライボム』を全部倒す、と」
顔を上げ、今度はグラウンドに視線を移して。その中央で整列している飛行物体が『フライボム』とやらで間違いなさそうだ。
あれをとにかくいっぱい倒す。それが今の自分がやるべきことだと、手帳に記された文字が教えてくれた。
あの機械は異世界から侵攻してきて、残虐な行為を行おうとしている。そんな相手のせいで、誰かが困るのは絶対駄目だ。
「そんじゃ、頑張るか!」
パタンと手帳を閉じて、しっかり懐に入れ直して。ぐっと気合を入れて、ツァガンハルは戦場へと駆けていく。
「フライボム、あんた達の相手はオレだ!」
あえて存在をアピールしつつ、ツァガンハルは堂々と敵陣に飛び込む。彼の手に握られた屠竜大剣は凄まじい冷気を帯びて、フライボムの熱気を和らげていた。
改めて接近してみると、敵の大きさは思ったよりも小さい。
(うーん、"小さいの"の相手は難しいけど……)
大丈夫、なんとかなる。そう信じて、ツァガンハルは剣を握る手に力を籠める。挨拶代わりに放つのは冷気を纏った斬撃だ。
その凄まじい一閃に巻き込まれた機械はあっさりと叩き切られ、地面へと落ちていく。状況を理解した残敵は、赤い結晶体を展開していく。
直後、ツァガンハルが気付いたのは頬を撫でる冷たい風。発生源は敵の形成した結晶体のようだ。
「ん? オレの技をマネしてくるのか? すごいな!」
敵が能力を発動したにも関わらず、ツァガンハルは笑顔を浮かべていた。こんな敵がいることも、余裕があれば書き記しておきたいくらいだ。
そんなツァガンハルの様子を気にかけず、フライボム達は次々に冷気を纏った結晶を射出する。その攻撃に対し、ツァガンハルは――。
「オレ、寒いのは得意なんだぜ。こんな風に、な!」
結晶から放たれる冷気すら剣の周囲に取り込んで、それを一気に解き放っていた。
初夏のグラウンドは一時的に真冬よりも寒い空間に変わり、その中でフライボム達は全身を凍らせ佇むことしか出来ていない。
そんな彼らへ向け、ツァガンハルが振り下ろすのは|勇敢なる氷牙《エレルヘグ・セトゥゲル》による一撃。
「きっと聞こえてないだろうけど、覚悟ってやつをするんだな!」
その氷塊の如き重い攻撃は、残ったフライボムを次々に破壊していくのだった。
第2章 ボス戦 『レーヘンゲレート『テオディツェ』』

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全てのフライボムは撃破され、グラウンドに静寂が訪れる。
しかし戦いはまだ終わっていない。次の戦いを知らせたのは、小さな足音だった。
「尖兵は全て倒されていましたか。ですが、これも貴重な数値にはなるでしょう」
足音の主である女はフライボムの残骸と能力者を交互に眺めつつ、周囲にレギオンを展開していく。
女の名はテオディツェ。|完全数値化派閥《レーヘンゲレート・レリギオス》という派閥の長を務める戦闘機械だ。今回の侵攻作戦は彼女の指揮によるものだろう。
テオディツェにとっては今回の作戦も、破壊された仲間も、これから行うつもりの殺戮も、全て『完全機械』に至るためのデータ収集にすぎない。
そして――目の前にいる能力者も、ただの数値にしか見えていないだろう。
「作戦続行のためにも交戦は避けられませんね。あなた達の戦闘データも、√EDENに存在する資源も、真理の追求に活用させていただきます」
テオディツェのドローンが妖しく光り、周囲の空気は一変する。
少しずつ夜が近付いてきた空の元――次なる戦いが始まろうとしていた。
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戦場に現れた指揮官を認識し、クラウス・イーザリーは瞬時に思考を巡らせる。
(配下がやられたから諦める、ということは無さそうだね)
劣勢を理解しつつも単独で現れたということは、相手側にも出てくる理由があるということだろう。
きっとテオディツェは√能力者だ。死に戻りが出来る以上、自分の敗北すらもデータとして扱うだろう。
戦闘機械群らしい合理性だ。だからこそ、クラウスにとっては見過ごせない相手でもある。
クラウスはすぐに相手と距離を取り、狙撃の姿勢を取った。
夜が迫ってきているから、戦場周辺は少しずつ暗くなってきている。しかしこの程度の暗闇は、クラウスにとっては何の支障もなかった。
薄い闇の中、しっかり相手に視線を合わせ、レーザーライフルを構える。だが同時にテオディツェも動き出したようだ。
テオディツェの周囲に何機ものレギオンが出現したかと思えば、その内一体にテオディツェは視線を向ける。
「索敵、計算完了。そちらに狙撃手が一人。集中攻撃を開始します」
指揮官の声に合わせ、レギオン達は一斉にクラウスの元へと迫る。クラウスはすぐさま銃の引き金を引き、状況に対応し始めた。
冷静に、落ち着いて。呼吸を整え放つのは紫電の弾丸。撃ったのはレギオンとテオディツェの中間になる地点だ。
「どこを狙って……っ!」
不可思議に見えた行動にテオディツェが戸惑った瞬間、彼女の周囲に凄まじい電撃が流れ出す。
その電撃は飛来していたレギオンも巻き込んで、彼らをその場に停滞させた。動かなくなった的なら、クラウスにとってはただの獲物だ。
クラウスは続く攻撃でレギオン達を撃ち落とし、すぐに立ち位置を変えていく。今度立つのは――よりしっかりとテオディツェを狙える位置だ。
彼女の周囲にいたレギオンは撃ち落としている。相手の動きも止まっており、レギオンの再召喚までは猶予がある。
クラウスは狙撃用レンズを起動して、しっかりとテオディツェに銃口を向ける。狙いを定めるクラウスの呼吸は落ち着いており、響く心音も静かなもの。
けれどクラウスの内には、確かな想いが脈打っていた。
「この世界に手は出させないよ」
楽園と言われるこの世界には、平和に暮らしている人達がいる。彼らを脅かすことは、決して許さない。
クラウスの真っ直ぐな想いは銃弾に乗り、テオディツェの胴を撃つ。
例え相手が何度蘇るような相手でも、この一撃は――今宵を楽しく過ごす人を、守ることが出来るのだから。
●
現れた指揮官に対し、江胡・銀之丞は鋭く目を細める。
「何だ、|頭《かしら》は人に近い姿なんだな」
先程の機械の虫のような相手ならまだしも、ヒトの姿をした者が満月を楽しむ“粋”を理解出来ないとは。
真理の追求だの何だの言っていたが、簒奪者というのは意外と哀れなものだ。きっと言葉を交わすだけ無駄だろう。
だからこそ、銀之丞は低い声で言葉を紡ぐ。
「さて。今宵の月の為に死んでくれ」
「死亡するのはそちらです。レギオン招集、攻撃開始」
テオディツェは感情のない声で小型の機械群を呼び寄せると、それらを銀之丞へとけしかける。
レギオンは銀之丞を射程圏内へと収めると、レーザー射出にて攻撃を行い始めた。
なるべく敵の攻撃範囲から離れるように後退しつつ、銀之丞はじっと相手の様子を観察していく。
あの|光の雨《レーザー》の威力はそこまで強くないようだが、単純に数が多い。無策で相手に接近すれば、きっと無事では済まないだろう。
これが普通の考え方だ――それなら、普通じゃない方法を取ればいい。
銀之丞は身を低くして構えると同時に、妖怪狐としての力を全身に巡らせる。
頭の中に浮かべるのは、ダンジョンで見かけた巨大な影。それに武器工房の親父から聞いた話も加えて、変化するのは――。
「……行くぞ」
次の瞬間、戦場の中を駆け出したのは巨大な塊だった。
その正体はゴーレムへと化けた銀之丞だ。煌めく身体は夜が近づく薄暗闇の中でも、不思議と存在感を放っている。
銀之丞はレギオン群へと接近し、彼らへ向けて拳を構える。レギオンも迎撃せんとレーザーを充填し――。
「ッ! 射撃を中止しなさい!」
「残念だったな、こいつらはもう止まらないみたいだ」
テオディツェが制止するより早く、レギオン達は銀之丞へ向けて一斉にレーザーを放つ。しかしその攻撃は輝く身体に弾かれて、銀之丞を傷つけることはなかった。
銀之丞が変身していたのはただのゴーレムではない。光を反射する銀で出来たゴーレムだ。
親父から聞いた話が、こんな風に役立つとは。何でも策に使えるもんだ、なんて感心しつつ、銀之丞はレギオン達を払いのける。
邪魔者がいなくなれば、あとは指揮官だけだ。銀之丞は一気にテオディツェへと接近すると、そのまま彼女を思い切り殴り抜けた。
拳に伝わる感触は硬く、テオディツェが機械であることをハッキリと伝えてきている。
「機械だから“粋”が理解できないとも思わん。ただ、あんた達簒奪者が哀れなだけだ」
吹き飛ばされたテオディツェをちらりと眺めつつ、銀之丞は元の姿に戻る。そのまま見上げた空には、もうすぐ月が上りそうだった。
●
「次は……って、暗くて見にくいな」
薄闇の中で手帳を広げつつ、ツァガンハル・フフムスは眉間に皺を寄せる。
けれどうっすら確認出来たメモの内容と今の状況を照らし合わせれば、やるべきことは自ずと理解出来た。
ツァガンハルは顔を上げ、その先に佇むテオディツェへと視線を合わせる。
「えーと、あんたさんをぶっ倒せばいいんだろ?」
「その為に来たのではないのですか? 随分古典的な手段で確認するのですね」
「んー、そうかな。オレはこれが落ち着くけど」
記録を残すこと、何かを記すこと。敵の目的もそれに近しいものらしいが、そこに籠めた目的や想いはきっと違うものだろう。
それに相手は虐殺を目的としてきている。メモも倒すべき相手だと示している以上、躊躇する理由は何もない。
ツァガンハルは屠竜大剣を握りしめ、そこに氷の魔法を宿す。それと同時に、テオディツェの周囲にもレギオンが展開され始めた。
「……よし、それじゃあやるか!」
ツァガンハルは覚悟のオーラを纏いつつ、勢いよく前へと駆け出す。彼の視線の先には、レーザーを放たんと待ち構えるレギオンの群れが見えていた。
放たれたレーザーの雨に対し、ツァガンハルが展開するのは薄氷の盾だ。おかげでかなりの数のレーザーを弾き飛ばし、身体を掠めるのはほんの数発程度で済んだ。
じわりと響く痛みはグッと歯を食いしばって耐える。痛みを堪えつつ剣を構え、狙うは無数のレギオン達。
「行くぜ!」
大きく剣を薙ぎ払えば、レギオン達は大波に飲まれるように斬り伏せられていく。これで進路は開けた、次は指揮官を狙う番だ。
ツァガンハルは勢いを殺さないように前進し、テオディツェに向けて剣を構える。
「先程の攻撃は見ていましたよ。この程度なら……」
「だよな。だったら、これはどうだ!」
防御の構えを取った指揮官に対し、ツァガンハルが放つのは氷の礫。思わぬ攻撃にテオディツェの動きは鈍り。彼女の防御は疎かになった。
そこにすかさず剣撃を叩き込みつつ、ツァガンハルはしっかりと敵を見据える。
「なあ、こういうのも『データ』ってのにするのか?」
「ッ、ええ。それが、私の目的で……」
攻撃を喰らいつつも、テオディツェの瞳は揺るがず無機質な光を宿す。そこから目を逸らさないよう、ツァガンハルも視線を向け続けていた。
「オレもメモするのが癖だけど、もっと楽しいことを残した方がいいと思うぞ」
その方が、きっと後で見返した時に幸せになれるから。記録を残した本人だけでなく、この記録を見る誰かにとってもそうだろう。
だからそんな旅路を記す為にも、ここで終わる訳にはいかない。ツァガンハルは更に鋭く剣を振るい、最後にもう一度振るう。
重い斬撃は薄闇の中で輝いて、煌めく軌跡を残していった。
●
戦闘の最中でもテオディツェは無機質な瞳で全てを観察しているようだ。彼女にとって|数値《データ》を集めるということはそれほど大切なことなのだろう。
けれど、本当に大切なものを数値で測ることは出来るのだろうか。月夜見・洸惺は少しだけ目を伏せて、小さく頭を振る。
「きっと、機械さんにはきっと理解できませんよね。じゃあ、教えてあげます」
「……何をですか?」
テオディツェに疑問の声に、洸惺は顔を上げる。星の煌めきを宿す瞳は真っ直ぐに、立ち向かうべき相手を見据えていた。
「数値にはならない、不確かで形を持たない存在こそが計画を狂わせてしまうことを。お願い、三頭犬!」
洸惺の呼びかけに応じ姿を現すのは地獄の番犬・ケルベロス。彼らは鎖を引きずりつつ洸惺の傍まで近づくと――すぐに脱力したように横になった。
「今日くらいはっていっつも思うんだけど、やっぱりやる気無いよね……!?」
なんとか三頭犬の身体をゆさゆさ揺すり、やる気を出させようとする洸惺。尻尾の蛇だけは不安げに頭をもたげ、三頭犬を引っ張り上げようと頑張っている。そんな光景を、テオディツェは瞬きしながら見つめていた。
「確かに要素としては不確定ですね。ですが、それだけです」
テオディツェは手にした指揮棒に電流を迸らせ、洸惺達の元へと迫る。見るからに危険な状況に、洸惺はより強く三頭犬を揺すった。
「お願い、敵が来てるから、戦って……あ!」
洸惺の呼びかけが通じたのか、敵の接近に反応してか、あるいはただやる気が出てきたか。突如三頭犬が立ち上がったかと思えば、迫るテオディツェ目掛けて突進し始めたのだ。
攻撃の予感を察知して、防御の構えを取るテオディツェ。そんな彼女に対し、三頭犬がかましたのは――眠気を誘う大欠伸だ。
「……は?」
予想外の行動に、テオディツェは目を見開くしか出来ない。しかし呆れるような表情は、すぐに苦悶のものへと変わる。気付けば三頭犬の尻尾蛇がテオディツェに噛みついていたからだ。
戦闘の様子を見守りつつ、洸惺ははにかんだように笑う。
「えへへ、どんな動きをするのか予測できますか? 多分、無理ですよね」
だって、見ている洸惺にも予想が出来ないから。規則性も法則性もない攻撃に、テオディツェはただ飲まれることしか出来ない。
ある瞬間は三頭犬が脱力するような行動をして蛇が頑張り、かと思えば三頭犬がすごいオーラで攻撃だってする。
絶え間なく変化する予測不可能な状況に、テオディツェの計算力はまったく追いついていなかった。
「……こういう戦い方だってアリだよね、きっと」
夜が近付く空を見上げ、洸惺はしみじみ頷く。彼の思いを肯定するかのように、空には星が瞬き始めていた。
●
着実にダメージを蓄積しつつも、テオディツェの顔に焦燥感は滲まない。
それは自身の損傷すらデータとして残すような、数字とデータに対する執着故にだ。
なら、それに相応しい物語を騙り上げよう。春原・騙名は御伽絵巻を手に取りつつ、ゆるりと笑顔を浮かべた。
「少し語ろか、数字の話。1の次は2のように、数字だけで矛盾を起こすことはありゃしません――本来は」
「何を当たり前のことを言っているのですか。積み重ねた数字は嘘を吐かない、幼子すら知っていることです」
テオディツェは変形したレギオンを呼び寄せ、攻撃の態勢を取る。それらが射出されるより早く、騙名の口は一つの怪談を紡いでいく。
「銘打つなら『|万超《オーバーフロー》皿屋敷』。1つ、2つ、数え上げていきましょか」
背後に大きなディスプレイを呼び出す騙名へ向け、テオディツェは淡々とレギオンを差し向ける。変形レギオンはかなりの攻撃速度を誇り、凄まじい勢いでビームを放っていくが――物語は既に始まっているのだ。
レギオンの攻撃は1つ2つと数えられ、騙名はそれら全てをひらりと躱す。
「今ので30、もっともっと数えていきましょ」
優雅に笑う騙名に対し、テオディツェが攻撃を止めることはない。データを重視する彼女にとって、レギオンの攻撃が数値でカウントされる以上、どうしても興味が引かれてしまうのだ。
今度は70、今度は100、それからそれから、積み重なって無量大数。無限に近しい数が見えてきたところで、騙名は真っ直ぐにテオディツェを見据えた。
「……そのデータ、正しく拾えてはる?」
「な、ぁ……?」
次の瞬間、テオディツェの瞳が大きく揺れた。おかしい。自身が認識していたデータと液晶の表示が――1つズレている。
それはデータに囚われた機械が最も恐れる行為。データ破損の可能性という、根源的な恐怖だ。
テオディツェは思わず膝をつき、同時にレギオン達も落ちていく。騙名が紡いだ怪談はテオディツェの頭脳を穿つ一撃となり、彼女に避けられないダメージを与えただろう。
「これ以上戦っても成果はないよ。引いてくれへん?」
「だけど、私には目的が……」
「その目的ってのも何やったん? カステラ数値化して自宅でも再現したい、とかやったらちょっと共感してしまったけど」
震えるテオディツェは完全機械がどう、とかそういう言葉を呟いている。ダメージを受けようと、結局彼女は最後まで機械らしくあるようだ。
けど、確かに騙名の騙った物語は届いた。共感し合うことが出来ない相手にも届く怪談は、きっと満月の夜に相応しいものだっただろう。
●
「ボスのお出ましかな。数値に真理の追求、完全機械……色々考えはあるみたいだけど」
いよいよ姿を現した指揮官を前にして、ナギ・オルファンジアは身を強張らせる。そんな彼女と対照的に、彩音・レントはゆるりと笑みを浮かべていた。
「いやあ、女の子も機械になる時代になりましたかー。それで、あの子は数値厨? ……アリかも」
「えっ、アリ?」
思わぬレントの発言にナギの肩からも力が抜ける。いやはや、こんなところに需要が眠っていたとは。
「それも男子特有のロマンなのかな。でもナギは知っていますよ、そういうのって仲間の力や一生懸命なヒトの力に負けてしまうのでしょう?」
「うんうん、それも分かる! 心を持たない機械にヒトの想いで対抗する……これもロマンだよね〜」
悪戯っぽく首を傾げるナギに、レントはコクコクと頷いて。2人の楽しげな様子に、テオディツェは不思議そうな視線を向けていた。
「戦闘の前に随分余裕のようですね。このような能力者もいると、記録しておきます」
「おっと、これもデータになっちゃうの?」
軽快に言葉を返しつつも、レントの手はしっかりと白黒の精霊銃を握りしめている。ナギも既に煙管を構え、火を灯していた。
「レント君は機械女子をお相手していてね。私は先にレギオンを処理します」
「おやおや〜? 僕は責任重大? そっちも無茶しないよーに!」
レントが勢いよく前に飛び出せば、ナギは紫煙を燻らせる。2人の視線の先には、テオディツェを守るように立ちふさがるオムニスの姿が見えた。
戦いの始まりを告げるのは、レントの周囲に響く軽やかな音楽。それを精霊獣に籠めれば、巻き起こる風に乗って音楽はナギの元まで届いた。
「ふふ、軽快な音楽だこと!」
「良い曲だよね。お気に入りなんだ」
「それなら、こちらに合わせてラストダンスと参りましょうね」
レントが起こした風に乗せるよう、ナギの燻らす紫煙は戦場に広がっていく。そこから羽ばたく蝶達は艶やかに舞い踊り、オムニスの視界を撹乱していく。
オムニスもレーザーを放ち蝶を撃ち落とそうと試みるが、煙で出来た彼らにとっては無駄なこと。ひらり、ひらりと煙は舞って――。
「和邇くん、出番です」
ナギの呼びかけに応じ、地這い獣の『和邇』がオムニスの元へと突っ込む。無数の手足を振り乱せば、蝶に気を取られていたオムニスはあっさりと振り払われた。
そうしてオムニスの壁がなくなれば、今度はレントの番だ。
「それじゃあ改めて!」
軽快な音色を魔力に変えて、精霊銃の引き金を引けば突風が巻き起こる。撃ち出された風の弾丸は凄まじい速度で飛び、テオディツェの元へ向かっていく。
テオディツェも動かせるオムニスを動かし壁を再構築しようとするが、それよりもレントの弾丸の方が速かった。
突風はテオディツェの身体を切り裂き、同時に巻き起こった土煙は視界を阻む。その中から飛び出すのは、煙の蝶と和邇だ。
煙に阻まれ視界が悪化したところに、風の弾丸と和邇による激しい攻撃が繰り出され、テオディツェは大きく後退せざるを得なかった。
「処理速度が追いつきませんね。再計算を開始します」
ダメージを受けつつも淡々と態勢を立て直すテオディツェ。彼女の様子をじっと眺め、ナギは唇に軽く指を当てた。
「うううん……お腹すいてきたよ。思ったより時間がかかっちゃってますね」
ナギの呟きが耳に届き、レントは思わず目を細める。なんとも彼女らしい発言に、なんというかほっこりしたのだ。
「確かに時間はかかっちゃってるかも。でも、きっともうすぐ終わるよ」
「あら、レント君はそう思いますか。その方がナギも嬉しいけれども」
「うん。だって、この状況でも機械女子はデータに夢中だからね。だから戦いの行く末は、もう決まってるよ」
レントは再び精霊銃を構え、敵を見据える。気付けば彼の周囲からは先程の曲と似た、けれど少し憂いを帯びた音が響いていた。
「僕も沢山の人の物語を側で見てきたけれど……データに縛られないのが人の可能性ってやつだよ。それと、お腹の空いた人の行動も予測外ってねー」
「……私の空腹がトリッキー扱いされてませんか?」
「それもほら、データに縛られないってことで!」
だから、きっと君にも届くはず。
レントは再び精霊銃の引き金を引き、風の弾丸を撃ち出す。しかしその弾丸は先程のものよりも、ずっと強い風を巻き起こしていた。
それはきっと、彼の周囲に響く曲のおかげ。今この瞬間は、自分達が物語の主人公になれるのだから。
強い風に髪を揺らしつつ、ナギも状況の変化をしっかりと感じ取っていた。
「ふむ、好機かな。それじゃあ、そろそろ君も出番だよ」
ナギの囁くような声に合わせ、業風の中から飛び出すのは影業の『御門』だ。御門は和邇にくっつく形で敵へと接近していたが、今まで影の中に潜伏していた。
それは最適なタイミングで、最大の一撃を叩き出すため。飛び出した御門を見遣り、レントもはしゃぐように声を出す。
「いいタイミング! ナギさんやっちゃえー!」
「ええ、2人で合わせましょう。ダンスのフィニッシュみたいにね」
業風の中でも響く音楽に合わせ、まずは風の弾丸がテオディツェを貫く。そうしてのけぞった彼女の元に御門は飛び出し――重い一太刀を浴びせていく。
2人はデータを超える連携を魅せ、流れるように侵略者の野望を打ち砕いたのだ。
●
星の輝きがはっきりと見え始めた空の下、新藤・アニマは敵の指揮官『テオディツェ』と相対する。
彼女の所属する『完全数値化派閥』という派閥は、数値から真理の追求を求めるのだという。
「其方にとって、今回の作戦が最重要である事は理解しました」
「あなたは……ベルセルクマシンですか。同じ機械の者ならば、データ収集の大切さは分かっていると思いますが」
テオディツェが告げる言葉は無機質で。その響きに、アニマは首を横に振った。
「あなたの目的の為に犠牲になるものを思えば、看過は出来ません。催しまでの時間も迫っている……可能な限り速やかに排除します」
アニマが身を低くして構えたのを確認すれば、テオディツェも手にした指揮棒を振るう。彼女の周囲には何体ものレギオンが現れ、主を守るように陣形を組み上げた。
アニマもすぐにレギオンを呼び出し、自身の周囲に展開していく。
空に星が輝くように、地上では2組のレギオンが光を灯す。そして――その輝きは、激しくぶつかり合うこととなる。
テオディツェを叩くなら、レギオンの対処は優先しなければならない。
アニマはレギオン達に命令を送り、彼らをテオディツェの方向へとけしかける。そうなれば当然、敵のレギオンも反応してくるだろう。
2組のレギオンの動きは互角。互いにぶつかり、レーザーを撃ち合い、ジリジリと戦力を削り合う。
そこに割って入るのは、アニマが放つ鳴音砲だ。凄まじい音の弾幕は拮抗するレギオンの戦闘をかき乱し、敵側の動きだけを大きく鈍らせる。
その隙にレギオン達が敵性個体を撃破したのを確認しつつ、アニマはすぐに機銃を構えた。迷うことなく銃撃を行えば、着弾位置に踏み込もうとしていたテオディツェが身を翻した。
「ッ、見えていましたか」
「あなたが戦況を正確に把握していれば、その位置に逃げ込むと予想していました。ですが、もう逃がしません」
銃弾にて退路を阻まれたテオディツェが踏みとどまったことを把握した瞬間、アニマは力強く地面を蹴る。
そのままテオディツェの元まで飛び込むが、相手もレギオンだけで立ち向かってくるとは思っていない。
テオディツェが手にした指揮棒を大きく振るい、飛び込んできたアニマを打ち据えようとするが――この動きも予想していたものだ。
アニマは瞬時にバリアを展開し、迫る一撃を敢えて受け止める。同時にアニマの身体からは、炎の幻が迸った。
炎の幻は√能力者なら認識出来るもの。当然テオディツェも危機を察し、すぐにアニマから距離を取る。溢れた幻は地面の上にどんどん広まり、薄暗くなってきた戦場を眩く照らした。
そのキラメキに照らされるように、アニマの身体は銀灰色に染まっていく。同時に彼女の武装も全て展開され、その矛先はテオディツェへと向かった。
「目標を確認。速やかに制圧します」
淡々としたアニマの宣言が響いたかと思えば、次の瞬間には凄まじい轟音が戦場に轟いていく。
テオディツェは慌てて炎の幻から逃れようとするが、その行く手はアニマの射出するワイヤーにより阻まれた。足を取られたテオディツェは一瞬だけ完全に動きを止め、瞳を大きく見開くことしか出来なかった。
決着がついたのは、その直後だった。
アニマは一瞬でテオディツェへ肉薄すると、電磁波動剣による鋭い斬撃を浴びせていく。まずは脚を無力化し、次は胴を。テオディツェは炎の中にドサリと崩れ、アニマを見上げていた。
その瞳が視覚情報を集める間もなく、機械の司令官は消滅する。無事に戦闘が終わったことを確認し、アニマは展開していた武装を引っ込めた。
「作戦終了、ですね」
気付けば幻の炎は消え去り、公園には静寂が戻る。
空には―ー満月が姿を現していた。
第3章 日常 『√EDENで月光浴』

●
無事に戦闘機械群は退けられ、能力者達の尽力により虐殺は阻止された。
気付けば空には満月が顔を出し、煌めく星と共に楽園を照らしている。
そんな輝きに惹かれるかのように、夜マルシェは始まっていた。
メインとなる会場は商店街のような場所で、そこにはたくさんのキッチンカーや屋台が並んでいる。
キッチンカーで販売されているのは、軽食系がメインだ。
大きな目玉焼きが入ったお手製お月見ハンバーガーに、食べやすいサイズのまんまるピザは夕食代わりにもちょうどいいだろう。
ふんわり焼かれた『まんまるお月さまカステラ』も負けじと甘い香りを漂わせている。
様々なフレーバーが取り揃えられたアイスやクレープから、好きなものを選ぶのもきっと楽しいだろう。
大人から子どもまで大人気のフルーツジュースの屋台の傍では、日本酒やビールといった酒類も売られているようだ。
ハンドメイドの作品は、屋台コーナーで売られている。
月や星をモチーフにしたレジンアクセサリーや、お月見ウサギのあみぐるみ、夜空を描いたポストカードなどなど。多くの作家が月夜に相応しい作品を用意しているようだ。
他にもその場で似顔絵を描いてくれる者や、簡単なタロット占いを行っているような者もいる。
マルシェの会場にはベンチやテーブルが用意されており、ここで飲食したりくつろぐことも出来る。
人混みを避けるなら、近くの河川敷に行ってみるのもオススメだ。ここなら静かに夜を過ごすことが出来るだろう。
どのように楽しむにしろ、満月は優しく見守っている。
守り抜いたこの楽園で、暫し楽しい夜を過ごしていこう。
●
初夏の頃とはいえ、夜の風はまだ少し冷たい。けれどその柔らかな感触は、戦いの熱を冷ましてくれるようでもあった。
クラウス・イーザリーは小さく息を吐きつつ、少しだけ目を瞑る。
戦闘機械群の侵攻は阻止され、楽園に一時の平和が戻ったのだ。その事実から安堵感を覚えると同時に、空腹感も浮かび上がる。
(……うん、月下のマルシェに行ってこよう)
クラウスは軽い足取りで商店街へと向かい、この楽しい時間を満喫することにした。
まずはキッチンカーに寄って、お月見ハンバーガーとお月さまカステラを購入して。
冷めない内に食べたい気持ちもあるけれど、ハンドメイド品の方も気になる。食事は一通りで店を見てから楽しむことにした。
人々が心を籠めて作った品々は、柔らかな光に照らされ一層キラキラと輝いて見えた。
それらをざっと眺めている最中、クラウスの目に留まったのはレジンアクセサリーを扱う店だ。
「あの、これをお願いします」
ほぼ直感で選んだのは、月をモチーフにしたペンダント。紐の長さを変えることで、キーホルダーなど他の用途にも使えそうだ。
無事に買い物も済ませたら、今度は食事を楽しむ時。クラウスは近場のベンチに腰掛け、早速食事の袋を開いた。
お月見ハンバーガーは玉子がトロトロで、他の食材をまろやかに引き立てているのが印象的だった。
ふんわり甘いカステラは、戦いの疲れを癒やすのにもちょうどいい。
戦いの疲れを癒やすといえば――周囲を行き交う人々の笑顔も、クラウスにとって喜ばしいものだった。
食事を楽しみ、アクセサリーを観察し、クラウスの夜は過ぎていく。
ぼんやりしていても、聞こえてくる音はどれも賑やかだったり、穏やかだったり。人々の笑い声、足音、遠くで響く楽器の音。どれもが不思議と心地よかった。
その音に身を委ねつつ顔を上げれば、目に飛び込むのは大きな満月。
(……この世界は平和だな)
こんな穏やかな時間の中で月を見上げるのは、クラウスの故郷では難しいことだ。
正直に言ってしまえば、羨ましいという気持ちはある。自分の故郷だってこんな風に平和になれば、どれほどいいだろう。
でも、だからこそ。また簒奪者が楽園を目指すというのなら、防ぎたい。
この世界の平和を守るためにも、自分の力が使えたら。そう思うからこそ、クラウスは迷わず武器を手に取り、世界を超えるのだ。
けれど今だけは、次の戦いに備えて――見事な満月の下で、クラウスはただ穏やかな時を過ごすのだった。
●
江胡・銀之丞は商店街の入口付近に立ちながら、こちらへ近付く少年に視線を向ける。その少年、グレン・エイマーズ(ドラゴンプロトコルの|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h07266)は銀之丞に気付くと、元気な笑顔を浮かべて駆け寄った。
「銀之丞さんお疲れさまです! 綺麗な月夜ですね!」
「よう、突然呼び出して悪かったな。ああ、良い夜だ」
銀之丞は戦闘が始まる直前に、グレンへ向けてメッセージを送っていた。それは戦いが終わった後、一緒にマルシェを回ろうという簡素なものだったが――。
「それで、美味しい地鶏のお店はどこでしょうか?」
グレンの口から出てきた予想外の言葉に、銀之丞は小さく首を傾げる。
「……地鶏? 何の話だ?」
「あれ? 銀之丞さんが地鶏って書いてましたよ」
「え、俺の?」
言葉を重ねても、銀之丞の困惑は深まるばかり。それなら直接見せた方が早いと、グレンはスマートフォンを取り出した。
「ほら、これです」
液晶の画面には、確かに『地鶏』の文字が記されている。状況を理解し、銀之丞は思わず天を仰いだ。空には綺麗な星と月が輝いている。
メッセージ送信の前に二人がやり取りしていたのは、グレンが購入した自撮り棒に関する話題だった。その流れに対し、銀之丞もまた『自撮り』と打ち込もうとして『地鶏』と誤変換していたのだ。
「あー……やっちまった。でもまあ、地鶏出してる店も……」
「ありますよね! っていうかありました! 地鶏ですよ銀之丞さん!」
「……って早えよ。ちょっと待て、今行く」
グレンの意識は既にキッチンカーに向けられ、身体もそちらの方へ進んでいる。なんとも賑やかなグレンの様子に、銀之丞は苦笑いを浮かべた。
確かにグレンは元気だし、騒々しいところもある。けれど一緒に月を見ようと誘えば来てくれるし、月の風情もよく分かっている。
だから銀之丞は可笑しな奴だと思いつつも、抵抗なくグレンと同行できる。グレンもまたそんな銀之丞を慕い、一緒に遊ぶことを楽しんでいるのだ。
グレンが目を付けたキッチンカーは軽食を扱う店だったようだ。熱せられた肉やチーズの香りに鼻を擽られつつ、グレンは早速店員へと声をかける。
「照り焼きチキンのまんまるピザ、ひとつお願いします! あ、銀之丞さんは何を頼みます?」
グレンが顔を向けるのは、気付けば隣にやってきていた銀之丞。銀之丞はメニューをざっと眺めてから、グレンに視線を返す。
「俺はチキンカツのお月見バーガーってやつにしようかな」
「それもおいしそうですよね! ボリュームも映えも抜群ですし!」
「そっちもピザなんて、結構食うんだな。ガッツリ食うんだったら飲み物もいるよな……」
銀之丞が飲み物のメニューに視線を向ければ、つられてグレンもそちらの方を向く。ここの店で売られているのはソフトドリンクのようだ。
「飲み物は何がいい。俺は冷たい茶にするが」
「お茶いいですね。他のものも迷うけど……」
「好きなやつにしろ。飯は俺が全部奢ってやるから」
さらりと告げられた銀之丞の言葉に、グレンは数度瞬きを返す。直後、グレンは銀之丞の顔をしっかりと見上げた。
「え、奢って貰っちゃっていいんですか?」
「ああ、誘ったのはこっちだからな。そのくらいはさせてもらおう」
「嬉しいです! でしたら、飲み物は同じお茶でお願いします」
「ああ、分かった」
破顔するグレンに緩く微笑みつつ、銀之丞はさっと注文を告げる。そのまましばらく待って、商品はトレイに乗せて手渡された。
手近なベンチに移動する最中、銀之丞は改めてグレンに声をかける。
「奢った代わりといったらなんだが、一つ付き合ってくれよ。後で行きたいところがあるんだ」
「なんでもいいですよ! 僕も色々見てみたいと思ってましたし、いいものありそうな気配、大賛成です!」
グレンなら快く了承するだろうと思っていたが、返ってくる反応はやはり素直。その様子に少し安心しつつ、銀之丞は続く言葉を紡いだ。
「よし、それじゃあ飯が終わったらハンドメイドの店に行こう。銀細工があったら見たいんだ」
「わぁ……良いですね。銀之丞さん、銀細工がお好きなんですか?」
「ああ、そういうの集めるのが趣味でな。手作りの品なら、普通の店じゃないデザインのものもあるだろうし」
満月がテーマのマルシェなら、それに合わせたデザインのものを用意している店もあるだろう。
そんな風流な作品なら、銀之丞自身だけでなく、グレンも気に入る可能性は高そうだ。
「いいですね、僕も格好いいのとか、探すのお手伝いしますよ!」
なんの屈託もなく手伝うことを申し出るグレンに対し、銀之丞が向けるのはいつもより柔らかい笑み。
コイツが気に入った作品があったなら、それも一つくらい買ってやるか。思わずそんなことを考えつつ、銀之丞はのんびりと歩を進める。
「それじゃあ、しっかり食べてから、しっかり見ていくか。月を見る時間も欲しいからな」
「あ、そうですよね。今日の月、綺麗ですもんね!」
空から注ぐ柔らかな月光と、街を彩る鮮やかかな光。その双方に包まれつつ、冒険達の夜は楽しげに過ぎていくのだった。
●
すっかり暗くなった空には、まんまるのお月さまと瞬く星が輝く。頬を撫でる風は心地よい涼しさで、夜の空気を運んでくれる。
一番好きな時間の到来に、月夜見・洸惺の足取りも軽快なものへと変わる。
視線の先には月や星とは違う柔らかな光。キッチンカーや屋台の数々が、マルシェを楽しむ人々を迎えてくれている。
何から巡ろうかなぁ? なんて考えながら、洸惺も弾むような足取りでそちらへと向かった。
そのまま洸惺はキッチンカーを数台巡り、大きな袋を抱えつつ歩いていた。
(やっぱり一番はこれだよねっ)
袋の中身はオススメされていたお月見ハンバーガーとまんまるピザ。先程の戦闘も頑張ったのだから、今日はお腹いっぱい食べていこう。
どうせなら、より月と星を楽しめる場所――ということで、洸惺が辿り着いたのは河川敷。周りに人気も明かりも少なく、静かに夜空を楽しめそうだ。
適当な場所に腰掛けて、洸惺は袋を開ける。焼き立ての食べ物からは美味しそうな香りが漂い、思わず喉がゴクリと鳴った。
それじゃあ早速いただきます――と行きたいところだが、洸惺はキョロキョロと周囲を見遣る。
(なんだろ、すっっごく視線を感じるんだけど……!)
まさか、と思って視線の方を確認すれば、そこには珍しくやる気のありそうな|三頭犬《いぬ》が佇んでいた。
「喚んでないよ、喚んでないよね?」
洸惺の疑問に三頭犬はただ瞳を輝かせる。その視線は洸惺ではなく、彼の手の中の食べ物に向けられている。
「そんなに見つめてもあげないよ!? っていうか、そんなに見られたら食べづらいんだけど……!」
その言葉にもやはり返事はない。三頭犬はただただ洸惺の手元を見つめている。
確かに先の戦闘では三頭犬も頑張ってはくれていた。けれど――ここまで思い切り『頑張ったご褒美は?』とアピールされるとやはり気まずいのだ。
「周りに人が居ないと、すぐコレなんだから……!」
しょうがないので洸惺は三頭犬を手招きすると、手にしたハンバーガーとピザを半分に千切る。
元々少しサイズの大きい食べ物だったから、上手く均等には割れなかったが、それも仕方ない。
「うー、仕方ないから半分こ! ほら、どうぞ!」
洸惺が食べ物を差し出せば、三頭犬は躊躇なくそれに食いつく。しかも大きく千切れた方を。
「って、迷わず大きい方持ってかないで!?」
慌てる洸惺と申し訳無さそうな蛇をよそに、三頭犬は美味しそうに食べ物をいただいている。
仕方ないな、と思いつつ洸惺も自分の食べ物を口に運び、お祭りの味わいをしっかりと堪能していく。
なんだかんだで、楽しい夜は過ぎていくのだった。
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御伽絵巻を仕舞い込めば、今宵の噺はこれまで。
春原・騙名は早速キッチンカーの元へと向かい、柔らかな明かりに包まれていた。
まず買うのは、今回の目的だった酒とお月さまカステラ。これだけでも十分満たされそうだが、他にも何か買っていこうか。
(そうやねぇ、しょっぱいものも買っていこかな)
選んだのはこのようなお祭りには付き物の唐揚げだ。甘いもの、しょっぱいもの、それからお酒。月見酒の布陣としては頼もしい限りだろう。
食べ物が入った袋を抱えつつ、騙名は人の輪から抜け出す。
賑やかな商店街も静かな河川敷も、そういうのが似合う者達に譲って。騙名が目指したのは――先程まで戦場だったグラウンドだ。
グラウンドでは激戦が繰り広げられていたが、それでも少しずつ風や土がその痕跡をかき消していた。
それはきっと、この世界の『忘れようとする力』がそれほど強いものだからだろう。
まばらにグラウンドを歩く人達も、抉れた地面や何かが焼けた跡のことは然程気にしていない。
このくらいの人気や静かさが、騙名にとってはちょうどよかった。
適当な場所に腰掛け空を見上げれば、月は柔らかく世界を照らしている。
その月を見上げつつ。まず口をつけるのは酒だ。この辺りの地酒だという日本酒は、辛口で濃い味わいが強く残る。
つまみとしてカステラを食べてみれば、ふかふかの優しい甘さが口の中を満たす。
甘みを堪能したら唐揚げへ、そうしてまた酒を――と繰り返していれば、気分もどんどん軽くなる。
その最中、騙名が思い出すのは日本に来る前のことだ。
戦いが終わった場所で月を眺め、宴をする。何度も繰り返してきた行為だが、その楽しさはずっと変わらない。
あの時は酒精も今よりずっと薄かったし、今宵のカステラのような甘くて柔らかなパンだってなかった。でも――。
「……ふふ」
騙名が小さく零す笑みは、誰かに見られることもない。騙名の胸の内に湧き上がる満足感も、彼女のものだから。
きっとこれからも、今夜のような月見酒や宴を繰り返していくだろう。その度に、幸せな気持ちも胸を満たしていくはずだ。
「三つ子の魂百超えて、ってやつやろか」
酒が入ったプラカップを掲げ、騙名は小さく呟く。カップ越しに見える満月も、昔と変わらない美しさだった。
これからも、今宵のような楽しい夜を過ごせるように。騙名の紡ぐ物語も、きっと続いていくだろう。
●
マルシェの会場に到着して早々に、ナギ・オルファンジアはテーブル席へと向かう。
そちらをしっかり確保すれば、彼女の視線はキッチンカーの方に。表情は変わらずともワクワクを抑えていないナギの様子に、彩音・レントはクスリと微笑んだ。
「ナギさん、お待ちかねだね」
「ええ、待ちに待ったマルシェですから! レント君、早速食糧を調達しに行こう」
二人で並んで向かうのは、夜を彩るキッチンカーの列。お月見ハンバーガー、まんまるピザ、カステラにビールにジュース。用意された品々は、灯りを受けてどれもキラキラと輝いているようだ。
まずはどれから購入しようか。迷うナギに、レントは明るく声をかける。
「あ、ハンバーガーおいしそう! これは1人分頼もうと思うけど、あとは適当にシェアしよー?」
「良いですね。たくさんシェア致しましょう」
「食べ物系もいいし、デザート系も欲しいよねー!」
「うんうん。カステラとクレープも食べたいよね!」
無邪気に言葉を紡ぐナギに、レントはこくりと頷いて。
「フフフ、ナギさんのお腹を随分お待たせしてしまったので、今日は僕が奢って進ぜよう!」
「えっ、奢り……?」
思わぬ提案に、ナギは思わずレントの顔をじっと見る。レントは再び大きく頷き、堂々と胸を貼った¥。
「遠慮なく頼みたまえー?」
「何と太っ腹なお兄さんなのでしょう、ではクレープ全種類いこうね」
「って全種類?!」
やはりナギの言葉は無邪気で、だからこそレントは無碍に出来ない。ちょっとだけ唸って苦笑いを浮かべつつも、レントは堂々とした様子を崩さなかった。
「くぅ〜……だが男に二言はない! 迷ったら全部買うがよろし!」
「んふ、うれし、ありがとう!」
それじゃあ早速注文しよう。ふかふかのバーガーも焼きたてのピザもあまーいカステラも勿論、様々な果実を使ったクレープもボリュームたっぷりおかず系クレープも。そして疲れを癒やす飲み物も全部ぜんぶ手にとって、並んで席に戻ろう。
今宵は欲張りでも許されるだろう。だって戦闘だって頑張ったし、何よりも――特別な満月の夜なのだから!
2人で手分けして食べ物を並べれば、あっという間にテーブル席はパーティー状態と化した。
「わぁ、本当にたくさん買ったね……!」
「どれから食べようか迷っちゃうね。それじゃあ、最初はこうしよっか」
お祭り状態のテーブルに圧倒されるレントの前に、ナギが掲げたのはビールが入ったプラカップ。
レントも合わせてジュースのカップを手に取り、ナギの方へと掲げた。
「まずは乾杯、お疲れ様でした!」
「うん、乾杯!」
カップを合わせて、一気に飲み物に口をつけて。すっきりとした喉越しのビールも、フルーティーなジュースも、戦いの疲れと熱をしっかりと取り払ってくれる。
空を見上げればまんまつの月が輝き、星も瞬いている。
「いやはや、お月様の前での乾杯は最高なのではー?」
「本当に美味しいね。早速こっちも食べちゃおうかな」
そう言いつつナギが開くのは、ハンバーガーが入っていた包み。2人はそれぞれ注文したバーガーを手に取り、早速口へと運ぶ。
大きな目玉焼きでまろやかさを出している分、バーガーの味付けはほんのり辛めで濃いめ。それもまたビールやジュースの味を引き立て、なんとも幸せな気分にしてくれる。
「はぁ、ビールもハンバーガーもおいしー。空腹に沁みます……」
「うんうん。こういうの、本当に贅沢だよね」
「お月さまもきれいね。こんなおいしいマルシェがお邪魔されそうになっていたなんて……」
食事の最中、ふとナギはぼんやりと月を見つめる。一つ何かがかけちがっていれば、今宵の催しだって消えてなくなっていたかもしれない。
今回侵略に来たあの機械には、こんな素敵な月夜の価値が分からなかったのだろうか。
「あの機械女子はお食事しないのかもしれないね。美味しいとか、楽しいとか、そういうのが分かんないの……きっとつまらないよね」
ゆっくりと紡がれるナギの言葉に、レントは目を細める。表情は悪戯っぽくも、その視線はどこか遠くを見ているかのようだった。
「うんうん、頑張った後のご飯は特別おいしいとか、満月を見上げて書いた詩のエモさとか、理解できない人生ならつまんないよ。この瞬間が一番生きてるーって感じるのにね!」
「そうそう、1番生きて……ン?」
ナギは視線をレントへ向けて、小さく首を傾げる。今何か、引っかかったような。
「詩って言いました? レント君、詩も書くんですか?」
「あれ、知らなかった? ミュージシャンは全員詩人だよ?」
なんてねー、なんてレントはおどけるが、ナギも彼のことはよく知っている。
きっと彼は心から思うことを詩として紡ぎ、心のままに音楽を紡ぐのだろう。きっと今宵のことだって、彼は糧にしていくに違いない。
だから、こちらも返す言葉は心のままに。
「ああ成る程、それは素敵! 聞いてみたいものだなぁ、ふふ」
「じゃあ今度、何か書いてみようかな。その時も、こんな風に美味しいものを食べながら、とか」
「それも素敵! 今度は私が奢ろうかな。オススメのお店とかも探してみましょう」
次の約束にも思いを馳せつつ、祭りの夜は過ぎていく。
空には月、地上には美味しいものと友達の笑顔。こんな光景の素敵さを――深く深く心に刻んで。
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戦闘機械群の起こす炎は消え去り、月明かりが優しく世界を照らす。
そのおかげで見やすくなった手帳を覗き込みつつ、ツァガンハル・フフムスは楽しげに目を細める。
「えっと……そうそう、『夜マルシェ』ってやつがあるんだったな」
メモには近くで開催されているイベントとその概要が簡単に記されている。なんでも美味しいものとか綺麗なものが売られている場所のようだ。
たくさん動いたからか、しっかり空腹感を覚えている。それなら素直にメモに従い、楽しい夜を過ごしに行こう。
ツァガンハルは軽い足取りで、マルシェの会場へと向かっていく。
キッチンカーの合間を行き交う人々は、誰もが笑顔を浮かべている。弾むような雰囲気を直に受け止めつつ、ツァガンハルも人々の間を進み始めた。
ハンバーガーにピザ、クレープに飲み物。どれも美味しそうに見えるけれど、直感的に気に入ったのは――。
「このまんまるお月さまカステラってやつ、お願いするよ」
ツァガンハルはカステラを受け取ると、早速摘んで持ち上げてみる。そのままちょっと高く掲げて、重ねるのは空に浮かぶ満月だ。
カステラと月はぴったり重なり、月光を受けたカステラは輪郭を柔らかくさせた。まるで、本物の月みたいだ。
(あの月も食ったらふわふわなんかなぁ)
そのままカステラを一口食べれば、端っこが欠けていく。その様子も月の満ち欠けのようで、なんだか愛おしかった。
他にも素敵なものを探しに行こう。ツァガンハルは時折足を止めながら、のんびりマルシェの中を進んでいった。
「……ん?」
適当な食べ物を摘みつつ進んでいたツァガンハルだが、とある出店が気になって視線を向ける。そこには熱心に何かを描いている男性がいた。
「なあ、あんた何描いてるんだ?」
思わず声をかけたツァガンハルに、男性は顔を上げてスケッチブックを見せる。どうやらこの男性は似顔絵絵師のようだ。
「うははっ、実はオレも出会った人の顔をメモに描いてんだよな。こうしたら忘れにくくなるかもって」
「へえ、素敵だね」
ツァガンハルも自身の手帳を掲げれば、男性はゆるりと笑顔を浮かべる。
何かを記して残したいというのは、ヒトにとっては普遍的な気持ちなのかもしれない。だから、ツァガンハルは改めて男性の前に腰掛け、彼の方をじっと見つめた。
「……なあ、オレの顔描いてくれるか? 今日の思い出を残しておきたくてさ」
「もちろんだよ。表情は……そのままで大丈夫! 良い笑顔だね」
男性に言われ、ツァガンハルは自身の表情に気付く。ああ、きっと今の自分は、とびきりの笑顔を浮かべているのだと。
その時の気持ちや思い出が、ただの数字ではないものとして残されていく。それはきっと――何より素敵なことだから。
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こうして楽園は守られ、夜の宴は過ぎていく。
誰もが思い出を胸に残し、美味しい気持ちも楽しい気持ちも胸に抱いて。
その様子を、満月が優しく見守っていた。