シナリオ

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●簒奪者
 ――襲撃をする。
 連邦怪異収容局――通称FBPC――の機動部隊を前にして男は『告げて』みせた。リンドー・スミスと呼ばれている男の一言は部隊の士気を爆発的に上昇させる『もの』で、成程、本気の度合いが窺えるか。使役している怪異どもが咆哮し、歓喜を表現する。
 今こそが、現こそが、我々の動くべき時である。成程、人間同士で争う事は愚かでしかないが『彼等』が横取りを続けるのであれば、奪ってくるのであれば、此方も『やる』以外にない。文字通りに簒奪。私達は自由に動ける、その筈だ。
 汎神解剖機関の連中はおそらく、状況的に『忙しい』と私は判断する。クヴァリフの仔が『保護』されている収容施設を叩くならば好機だろう。あとは、わかるだろう? 私達は恋に恋をしてしまった乙女のように――取り替え子を行うのだ。
 さて……『教育』とはこうやるのだよ。

●乙女も戦争も準備が大切
「たっ……たっ……た、たたたたたったたたた……!」
 壊れたのだろうか。星詠みである立川・満月が目玉をぐるぐる回している。
「たいへんです!!!」
 何が?
「何者かによって収容施設が襲撃されると|詠《み》えました!!! 収容施設にはクヴァリフの仔も保護されているそうです!!!」
 たいへんだ。
「皆さんには今直ぐ収容施設に向かってもらいます! 施設についたら、迎撃戦となります。羅紗の魔術塔の件で手薄になっているかもしれませんが、なんとかしてください!」
 何とかしないと。
「よろしくお願いします!!!」

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第1章 冒険 『心霊テロ事件』


 汎神解剖機関の中でも『穏健な者』が多く勤めている収容施設、怪異、人間災厄問わず『平穏』に暮らしている空間。その中ではクヴァリフの仔も例外ではなく。純粋無垢な肉の塊は何も知らずに、ころころ、少女のように転がっているのか。
 そんな平穏に――そんな安寧に――強烈なまでの亀裂が奔る。
 収容施設を取り囲んでいるのは、嗚呼、ひどくシュールな怪異の群れであった。おそらく、何者かが『心霊テロ』として解き放ったのだろう。
 怪異『コーヒーカップ』を頭として様々な怪異『アトラクション』たちがギャアギャアと騒いでいる。√能力者であれば遊んであげても耐えられるかもしれないが。此処には『穏健な者』と『クヴァリフの仔』などの怪異の幼体だけしかいない。つまり、助けなければぐちゃぐちゃのマーガリンになってしまうのだ。
 君達は『迎撃』の為に構えた。
浅上・菖蒲

 天より落ちてきた災いは獣の数字に試練を与える。
 与えられた試練を乗り越えた者にこそ称賛、齎されるべきだ。
 惰性で回すのではない。限界を超えて回すが良い。
 覗き込んだのは望遠鏡か――或いは、境界そのものか――何方にしても奇怪な有り様で理解をするのに数十秒ほどを要した。なんやこれ……? アトラクションだ。遊園地のアトラクションの群れが怪異となって|収容施設《テーマパーク》を襲撃している。まあええわ、鎮めたらええんやろ? ふりふり、もふもふ、妖を彷彿とさせる複数の『尾』がセンサーのように、スコープのように揺れていた。荒事は慣れとらんし、別√からちょっかいかける程度しか出来ねぇが……。十分ではないか。霊能力者は何処の√でも重宝される、素晴らしい『超常』のひとつである。壊すなり遊ぶなり手伝ったるけど、あんま期待しねぇでほしい。喉から手が出るほどだ。リンドー・スミスが欲しがるくらいにはおそろしい。
 初めて仕事に来たんでなぁ、迷惑かけねぇ程度に動けたらいいんだが……。とりあえず√妖怪百鬼夜行からの一撃が『コーヒーカップ』を転ばせた。破壊するには至らないかもしれないが、これで『回転しているところに飛び乗る』必要はないと謂えよう。よいしょと√を跨いだのならば、そのまま、優雅に坐してやると宜しい。……回ればいいんかこれ? それとも、回せばいいんか? 握り締めたハンドル、転げていた怪異を|霊能波《なみ》で元の姿勢に正してやれ。三半規管は強い方やから、特に、面白い反応はできんと思うが……まあ、ええわ。やれる事やる程度でええやろ? くるくる、くるくる、まるで祝福する為の玩具。遠くから観察したならば、くるくる、コーヒーカップで燥いでいる美しい女に|見える《●●●》のか。人が最期を迎えた後、廻り廻って何処に行きつくのか。
 そうやって生にしがみ付く正体こそ、至上の灯火なのかもしれない。

イリス・フラックス
四之宮・榴
和田・辰巳

 のります。
 少女の偶像の宣言は――イリス・フラックスの好奇心は――留まる事を知らなかった。仮に、この場に星詠みがいたのなら惨事が大惨事に進化していてもおかしくはない。兎も角、見つかったのだ。人間災厄に見つかったのだから、あとは身を委ねてけぽ。🌈るしかない。なにがなんでものります。情けも容赦もない一言だ。ということで榴ちゃんと辰巳ちゃんをつれてきました! 嗚呼、良かった。所謂いつメンだ。もしも、収容施設の人員が巻き込まれていたらマーガリン待ったなしであった。わーぱちぱち! おててつなご。イリス様? あ……いつもの……やつですね。四之宮・榴は冷静だ。冷静がすぎて、客観的がすぎて少々、表情が硬いような気もする。何故、僕は……イリス様と和田様と一緒にいるのでしょうか。脳裡に過ぎったいつの日かのレインボー。酸っぱい臭いがないと謂うのに鼻腔の奥、擽ったくてたまらない。……デジャヴを……感じます。おかしいのはきっと世界の方で、災厄視点では常識の範囲内か。西瓜が丸いと誰が決めた。西瓜が甘いと誰が決めた。
 あれー? おかしいな? 収容施設が襲われる、そう星詠みから聞いた筈である。ならば、いったい、この光景は如何様な沙汰か。もちろん、狂気の沙汰である事に変わりはないのだが――フリーフォールに足が生えている。いや……戦いに……? 和田・辰巳の困惑は次の瞬間、楽しそうなものに塗り替えられた。原因は知っての通り、少女のキラキラとした瞳である。ここに来たみんなも『のりものに乗りたい』のよね? あそんであげてって! 脳味噌が、精神が、ゼリーのようなもので包まれる心地の良さ。……僕の意思を欠片も感じません……僕、こう謂うの苦手な部類なのですが。うずうず、うずうず、乙女心が涌くかのように、乗りたくて、乗りたくて仕方がない。イリスちゃんがそういうなら……。あ、でも、そうよね。『ふつうのひととか「仔ども」はだめ』ね? 崖下へと突き落されたかのようなイメージ。ダメ……! 確かに普通の人でも子供でもありますが……! 和田・辰巳の欠落は果たして何だったのか。まったく、普通の人間には厳しい世の中である。
 慣れないのではない。慣れたくないのだ。拉げる|柘榴《にんげん》を見ても、何も感じない。そのような|化け物《もの》にだけはなりたくない。四之宮・榴の想いなど知りもせず少女は『ふんす』と息をした。何にする? わたしカップは慣れました! だから『フリーフォールに乗りたい』の! 二足で歩いていたフリーフォール、元の通りに戻ったのか。なんか、僕に拒否権ってモノが無いような気がするのですが、気のせいでしょうか。気の所為ではない。故にこそ患者として、主治医に診られているのだろう。お二人とも待ってください、見くびらないでください、僕だって戦えるんです! このくらいのアトラクション、乗りこなしてみせます! まるで巴だ。巴のように、ぐるぐる、わちゃわちゃ。
 見えない怪物たちがざわついている。ざわついているのに気づいたのは虚ろな繭だけか。いいわよねふたりとも! おちてく感覚、たのしみたいわよねっ! 少女はご機嫌極まっていた。飛んで火にいる夏の虫めいて、しっかりと、三人は席につく。安全バーは下ろされた。いよいよ、怪異フリーフォールの本領発揮である。のぼってく感覚もたまらないの! ドキドキしてきた。心臓が目玉の代わりに忙しない。……普段、海淵流で高機動してるんだから、これくらい! まぁ、自由落下も経験しておけば……? え、まって、この高さを……? 想定外だ。怪異フリーフォールは――怪異の体高よりも『高所』まで君達を引っ張り上げていた! ひっ……いえ、ビビッてませんが――。
 落とされるのは確定している。
 山よりも、雲よりも高いところから、墜落した。
 アアアアアアアア!!!!!
 ミ゜ッ――。
 いちげき ひっさつ
 臓腑だ。臓腑が文字通りに浮いている。咽喉からこぼれてしまいそうな、凄まじいほどの不快感。脳味噌までも頭蓋に貼り付いているかのようで、その気分の悪さは今まで一とも考えられた。だと謂うのに――。……吐いた場合は、介抱しましょうか。四之宮・榴は無事である。ど、どうして四之宮さんは平気なんですか……。立ち上がろうとした瞬間、身体が落ちる。生まれたての小鹿が同情するほどのガクガクだ。な、何の、これしき……! 和田様、あまり……無茶をしては……?
 あぶなかた……きけん。転がる気力もあんまりない、そんな状態ではあった。それでも、楽しかった事に変わりはない。もっかい。もう一回! ねえ、まだ満足してないみたい! フリーフォールはもっと遊びたいようだ。おねがい! もっか……い……うぇ……。
 イリス様?
 けぽ。🌈
 掃除をしなければならない。だが、嗚呼、その前にひとつ問題が。少女はまだ座っている。……ミ゜ッ……。上へ、上へ、遥か彼方へ……。
 イリス様!?

雷堂・雫

 マタタビでもキメたのだろうか。
 千鳥足な予感がしてたまらない。
 欣喜雀躍としたパレードを前にしてテンション、ハイにならないとは如何様な鬼面像か。よいではないか、とやかましい宙ぶらりんからのお誘い、尋常の民であれば恐れおののくに違いない。とりあえず、猫神様からのお言葉はただのひとつ。心霊テロは良くないにゃ。成功させてはいけないにゃ。テロ、ダメ、絶対、にゃ! ネタをバラされても尚、嘘だと嗤われても尚、定着してしまった『にゃ』の連打。まるで遊園地のマスコット。抜擢されても不思議ではない。にゃ、なんで私の周りでぐるぐるするにゃ? 目が回るにゃ! 自分の尻尾を獲物と定めてぐるぐる、ぐるぐる、コテッっと転げてしまいそうな、そんなイメージ。見た目は兎も角、数が多いのが厄介にゃ。回転木馬がオマエを中心にかごめかごめ。籠の中の猫は如何様にして飛び出さんとするのか。範囲攻撃にゃ。迎撃に必要なのは嵐であった。
 オマエこそが台風の目――金属は針千本と化し、迫りくる怪異のぐるぐるを留めていく。にゃ? それでも怪異たちは遊びたいし、遊ばれたい。勢いよく滑り込んできたのはジェットコースターの『宙ぶらりん』な部分であった。これ、あれにゃ。足がぶらぶらするやつにゃ! 選択肢に最初から存在していた乗用――役目を全うできなかった後悔があるのかも。ほんの少しの慈しみ。これを満たす為に――猫は小判に飛び乗った!
 よいではないか! よいではないか! ジェットコースターが歓喜した! 歓喜は暴走を運んでくると共に阿呆みたいな回転とやらを……。やらせないにゃ! 金属球が変形し、レールの代わりとなる。狂ったぐるぐるはくるくるほどに抑制され、別の怪異への直葬となった! それはそれとして、アトラクション、意外と楽しい、にゃ……? 大人が悲鳴をあげるほどのマシンだ。ギネスに挑戦すると宜しい。
 にゃあ~!!!
 |猫とバタートースト《パラドックス》、おめめぐるぐるしそう。

露木・幽蘭

 続け様にパラドックスだ、ジョークの類を信じてはいけない。
 信じなくとも能力者なのだ、可能とするのは容易に思えた。
 トンチキな外見に世辞は要らない。されど怪異は怪異でしかなく、対処を違えれば惨事、最悪のカタチは必至とも考えられた。なるほどなー。まるで女神様の気紛れだ。仔産みの彼女が引き起こした|大渦巻き《メイルシュトローム》の模倣だ。さてはピンチですにゃ? 何が危機に陥っているのかと謂うと人々の三半規管だ。より詳細を記すとしたならば人々のマーガリン化だ。何処かの乙女心もきっとクスクス、こういうのが欲しかったと笑っているに違いない。まぁ、それでも解決方法が示されているだけ余裕はある。遊びに付き合うだけで満足して帰ってくれるからね。これはオマエの予想なのだが、憶測に過ぎないのだが、彼等は何者かによって解き放たれた『だけ』なのだ。故に、殺意の類を有してはいない。ガチバトルともなれば想定外の被害とかも出るからなー。武芸者としては、ボクとしては、それでもいいけどお仕事だしね。仕事と私用を混ぜてはいけない。よく理解をしていた。
 情念を塗りたくってくれた何者か、酢醤油を仕込んでくれた何者か、それに加えてぐるぐるなコーヒーカップの経験。あれなら、消耗の度合いもわかるし、なんとかなるっぽい! 故に、乗り込むべきだ。怪異『コーヒーカップ』は嬉しそうに座席を譲る。ぐるぐるするしかないのです! ぐるぐるには神が宿るって聞いたし! それは何処の√での話だろうか。ともかく、満足が必要なので小細工はなし! 真っ向からぐるぐるなのですにゃー! さっきのバター猫とおんなじだ。縦回転か横回転かの差はあるが、おめめぐるぐるからは逃げられない! にゃあ~。でも……満足して帰った後なら回復してもいいよね?
 忘れてはいけない。いけないが、倒れている暇もきっとない。
 三半規管を労ってやれ、時には休息も必要である。

花丘・ありす

 くるくる、くるくる、紅茶みたいに。手を振ってみたり。
 10歳の女の子にはつらい現実か。
 年齢制限に引っ掛かって絶叫系にあんまり乗れない。
 その代わりとしてファンタジー、ネズミのように寝床とせよ。
 ツインテールなお子様がランチを頬張るようにして、現着した。戦場にはまったく似合わない小学四年生ではあるが、しかし、それは敵側も同じ事である。怪異『アトラクション』と呼ばれる彼等が趨勢、捻じ曲げる事なく戯れてきた。収容施設がおそわれるなんて大変なのっ! 絶対食い止めないとなのっ! 決意を胸にして、ランドセルを背負って、改めての現状把握だ。ジェットコースターが騒いでいたり、コーヒーカップがグルグルしていたり、フリーフォールが二足歩行していたり……。移動遊園地なの……? まるでコーカスレースだ。濡れてもいないくせにコーカスレースだ。ありすはありすらしく一瞬、流されそうになった。乗ってあそんでいーなの? おめめぐるぐるしている他の能力者とは違っておめめキラキラ、初めてやってきた幼子のように、じっと、絶叫を見上げてみる。……はっ! 守るには遊んでる場合じゃないのっ! ありすのお相手もコーヒーカップだ。何故なら――何でもない日には乾杯が必要不可欠、お茶菓子に出されたスナークをサクサクと食べよ。
 兵隊さん、おねがいなのっ! 今にも圧し掛かってきそうなカップへの牽制だ。事前に召集されていたペラペラとした兵どもが盾を構える。たとえ女王様の命令だとしても、一般人を『赤色』にしてはいけない。10枚ほどが避難誘導に向かったが、さて、残りの二枚は――ジョーカーは――ありすの何を守ろうと決意した。もちろん、三半規管である。もしもは必ずやってくる。やっぱりありすを狙ってくるのっ! 兵隊さん、いっしょにがんばるのっ! 皆の方には行かせない。何があっても通しはしない。
 コーヒーカップを抑え込む事には成功した。
 普通のコーヒーカップだったら、乗ってみたいのっ!
 怪異はおとなしくなった。如何やら乗ってほしいらしい。
 これなら、楽しめそうなのっ♪

國崎・氷海風

 死なれちゃ困る? そう思っているのは本人だけ。
 ここにいるのはDクラスか、その他なのだ。
 少年少女の夢の中、クールさを極めた中華マフィアの混在は、成程、場違いを尽くしたスパイスであった。悪魔からの誑かしか、天使からの祝福か、それは兎も角、現状は大混乱と謂う他にない。巻き込まれたり乗り込んだり壊されたりと様々だ、散々な目に遭った三半規管の群れはおそらく悲鳴をあげる事すらも出来ていない。なかなかにシュールで面白そうな怪異じゃない? 乗っても良いけど、そういう年じゃないのでェ! たとえば、さっきの女の子。アリスみたいな女の子にこそコーヒーカップは相応しいのだ。まあ、勿体ないとは思うけども、壊しちゃおうねぇ。びくりと、アトラクションどもは反応した。戯れている場合ではない。遊んでいる場合ではない。この襲撃を遂行しなければ――離脱をしなければ――目の前の災厄に蹂躙されてしまう! 守るってガラでもないから、回収さえすれば十分でしょぉ。それに、ほら、人間は勝手に逃げるでしょ知らないけどォ! ああ、可哀想な職員数名。ロールケーキに巻き込まれてクリームとされた。
 まるで吐物だ。吐物のような有り様だ。数日前に与えた催吐薬を彷彿とさせる。それにしても数が多いねぇ。いや、俺としては『数が多い』方が楽しめて、良いのだけれどねェ! 絶望が這い寄ってきたのか、這い寄るからこその絶望なのか。足の代わりだった|蠍《アンタレス》が動き出す。これが本当の蛇蝎ってやつだねェ! こいつが蠍なら俺は蛇、そういう事にしておこうかねェ! まったくノリノリではないか。獣に注意すべきか。獣の数字に注意すべきか。警鐘――何方も。不幸な人間に興味はあるけど、こういう不幸な人間には興味無いんだよね。つまりは、オマエが欲しているのは、教唆し甲斐があるヒトサマである。
 傷口を抉ってやった。毒の所為でグズグズになった部位を嬲ってやった。積極的に助ける必要はないのかもしれない。何故なら、収容施設の職員は『死ぬ可能性のある仕事』をしているのだ。ははは! 俺は怪異と戯れる方が楽しそうで殺りたいねェ! 突き刺したフリスビーの真ん中、最早、投げられる以外、未来はない。

アーシャ・ヴァリアント

 目が回るなんてレベルではない。
 血液が脳味噌に溜まっているかのような感覚と、治まらない眼球振盪。
 乙女心をブチ撒けるのは必然であった。
 SNSで流れてきた動画――どっかの美女さんが目を回してフラフラしている――に何故か♥をつけてしまった。理由はまったく不明だし、そういう趣味があるワケでもないのだが、とにかく気になったのだから仕方がない。それは置いておいての現状把握。奪い合うんじゃなくて共同研究とかの発想にならないあたりが愚かなのよね、人類。アーシャ・ヴァリアントは記憶喪失だ。記憶喪失でついでに脳味噌を隅々まで洗浄されている。だと謂うのに、如何してなのだろうか。人間が獣の数字である事を完璧に理解している。
 ふん……フリーフォールやジェットコースターがナンボのものよ。気の強い女からの、強靭なドラゴンプロトコルからの威勢。指を差された『よいではないか』と『エンジェル・フォール』は引き下がった。その代役としてやってきたのはコーヒーカップとロールケーキ。コーヒーカップは見ての通りだが、ロールケーキ。所以は欠片として解せないが、ひどく嫌な予感がしてならない。ああ……回転するものに乗っちゃ駄目って家訓が……。フラグの回収が大得意なお姉ちゃんではないか。可哀想は可愛い、真理である。
 しかし、嗚呼、怪異『アトラクション』の殆どが満足したのか、破壊されたのかの二択。もう、オマエを振り回す『アトラクション』は残っていないだろう。命拾いしたわね、それじゃあ、アタシは黒幕のところに向かう……? ぎゅっと捕縛された。胴体を締め付けたのは触手である。はぁ……!? なによこれ? ちょっと、放しなさいよ! ぐい、と引っ張られたその先にあったのはアトラクションではない。遊園地のゲームコーナーにありそうなダーツボード。……おかしいじゃないの! なんでアタシだけこんな、アトラクションでもない……!?
 あああああぁぁぁぁっっっ!!!
 悲鳴!!! ダーツの矢は飛んでこないが、それでも、凄まじい大回転だ。こうなってしまったらあとはお察しである。ビタ、と停止したボードから解放されたオマエ。べちゃ、と地面に落っこちた。……う、うぅ……なんで……アタシばっかり……🌈。

第2章 集団戦 『FBPC機動部隊『ウェットワーカーズ』』


 怪異『アトラクション』の鎮圧に成功した。
 されど、怪異『アトラクション』は黒幕が解き放った戯れのひとつに過ぎない。収容施設内部――既に侵入していた彼女等は装備の再確認をしていた。
 クヴァリフの仔――その他はこの先で『保護』されている。そう、彼が教えてくれた通りね。数匹、能力者に確保されているようだけど、今なら、私達の機動力を以てすれば『簒奪』を完遂する事も――? 凄いわね。私達が撤退するよりも前に、あの怪異たちを片付けてくるとは……。でも、私達も、新物質を置いて、逃げるわけにはいかない。
 戦闘は避けられない。
 FBPC機動部隊――ウェットワーカーズは注射器を構えた。
 簡単には、容易には、倒されてあげない。
 目が回って動けない能力者もいるだろうし、これなら、五分五分で……!
浅上・菖蒲

 収容施設内部には怪異や災厄、その他によって汚染された患者も複数、隔離保護をされていた。思惟を改めてみたならば、成程、アサイラムを彷彿とさせる空間で看護師が居ても不可思議ではないか。いや、だとしても、あの異様な肌色の露出はいただけない。まるでビキニアーマー、何処ぞの√の冒険者を匂わせる格好だ。えらいけったいな格好しとる相手やな。誘っとるん? 誘っているのか、誘っていないのか、何方かと謂えば前者だろう。彼女達は機動力を要としており=で回避力とやらにも繋がる筈だ。まあええわ、敵は敵やろ? 敵対するって事は、戦場に現れたって事は、殺されても文句言えへんって事なんやから、お互いにな。狐は真正面から争いをお迎えする。騙り尽くしている場合ではないと天災の二文字が雀躍とした。せやから、遠慮はせぇへんで? 凌辱されるんも覚悟しぃや? ぞくりと、彼女等の背中で|虫唾《ワーム》がおどる。あまりの美しさ、あまりの倫理観のなさに――欠落に――本気でしかない事に、気付かされたのだ。
 やるしかない。たとえ、勝ち目が、希望が甕の底に溜まっているのか、不明だとしても『パンドラ』を覗くしかない。大型の注射器を構えて針を飛ばし――尾の切断を試みた。しかし、嗚呼、筆舌に尽くし難いほどのエネルギー量だ。念動力によって『針』の行方が捻じ曲げられ、天蓋、或いは壁面に虚しく刺さるのか。一瞬の隙が戦場では命取りだろう? 接近戦は分が悪いとわかっているが、これも経験だ。経験をする為なら、抗う相手の顔を観察する為なら、肉薄するのも吝かではない――薄皮一枚? いいや、|衣服《かわ》一枚だ。刹那の内に皮を剥かれた彼女等――恥ずかしさではない。驚愕を齎したのはおそらく、狐の『巧妙さ』そのものであった。捕まった。捕まってしまった。そして……。
 耐え難い痛みが一人を襲う。敵に容赦は要らない。だからこその|四肢《ほね》折りだ。続けてお隣さんに対しては鋭利な尻尾の贈り物――肝を抜き取って喰らうのは妖怪の常套手段やろ? ブチ抜いた腹部――先端、垂れているのは長い、長い、腸か。哀れな犠牲者の蒼白が|部隊《ぜんたい》に感染していく。
 死にたくない。あんなふうには、死にたくない。

アーシャ・ヴァリアント

 足蹴にしてやれ。
 深夜の番組、司会者に無茶ぶりをされて応えてしまう|偶像《アイドル》の|無様《よう》であった。拘束されての高速な回転、加えて『それ』が情け容赦のない側転だったのだから眼球振盪、留まる事を知らない。うっぷっ……。カートゥーンのように、コメディのように、頬を膨らませたオマエはギリギリ、胃袋の中へと酸っぱい臭いとやらを戻してみせた。なんでダーツボードが大回転するの……どこのコントよ? コメディアンが衝突したのは実に時代遅れな展開で、きっと、現代の世間様からすればクレーム案件な格好であった。あー……? またアンタ達か。毎度思うけどお揃いでそんな衣装着てて恥ずかしくないの? 赤信号を皆で渡るかのような清々しさだ。まぁ、いいわ。このムカムカする気持ちは、ぐるぐるする不快さは、アンタ達を滅茶苦茶にすることでスッキリさせてもらうわ。何処か、見ているで在ろう|義妹《いもうと》と妹、さて、二人の反応は如何に。
 ポポポポポ、ポポポポポ、どっかの怪異も吃驚な巨大化である。機動部隊の全員がドラゴンプロトコルを見上げ、嫌な予感とやらに冷汗を垂らす。怖気づくな! 相手は巨大だが、それは、つまり攻撃を当て易いと謂うこと――! 機動部隊の誰かさんが『そう』告げたなら全体、士気とやらが再び上昇していく。幾人かが己に|反射神経の強化《ドーピング》を行うも――嗚呼、何もかもは手遅れだ。結局のところ、蟻は人間に踏み潰されるのであった。そんなチンケな装備でアタシに勝てるとでも? 寝言は寝てから言いなさい……! 巨大化したのは肉体だけではない。得物も――竜斬斧も――手頃な具合だと証明していた。
 グチャグチャのミンチにしてあげる、アタシが目を回していても問題ないくらいにね! 事実、問題などなかった。仮に、西瓜割りめいて目隠しをしていても『振り回す』だけでおしまいだ。圧殺したのか斬殺したのか、最早、解せぬ有り様で――人の脆さを改めて認めさせる暴虐であった。トドメの方法は最初から頭の中に存在している。
 吐息だ。
 |灼熱の吐息《サラマンドラ・バーン》だ。
 豚の丸焼きよりもひどい目に遭わせてやれ。
 ハンバーグの出来上がりね……まずそうだから食べないけど。

國崎・氷海風

 座れば蠍で這えば蛇、立ち上がったのならば災厄か。
 双眸が映した光景は等活地獄、鼻腔は何処に繋がっていた。
 怪異『アトラクション』の沈黙はひとつの『娯楽』の終いでもあった。何者かに唆されていた彼等は今頃、解剖されているに違いない。あぁ狂乱はおしまい? 次のお相手は君達かなァ? 人である。人を辞めていたとしても、彼女等は知性的な生命体である。つまりは、蛇蝎が転がすには最適な『玩具』のひとつとも考えられよう。きっと楽しませてくれるよね? 機動部隊全体に行き渡る緊張感。この男に隙を見せてはならない。おそらくは、おぞましい本性を湛えている人間災厄だ。|反射神経の強化《ドーピング》をしなければならない。たとえ、使用した後に『何事かの』イレギュラーに苛まれる可能性を孕んでいたとしても――いや、残念だけれど、俺は君達が思っている以上に悪辣な男でねェ! 跳躍は完了していた。ならば、構えておいたハチェットで頭蓋を砕いてやると宜しい。
 楽しませてよね、君達もさっきみたいにさァ! 脳漿を浴びながら『闇』を纏い、不意を打つべく嗤いだけを残す。俺も楽しませてあげるよぉ? どうせ死ぬなら、どうせ壊れるなら、楽しんでから逝かないとね? 最早、蹂躙である。最早、虐殺である。しかし、オマエに狙われたと謂うのに――苦しまずに脳味噌をブチ撒ける事の、嗚呼、なんと幸運な沙汰か。んー、もうちょっと楽しませてあげたかったけど、時間がないからねェ! 絶望が唯一の救いとは世の中、狂っているものだ。
 クヴァリフの仔――その他の怪異や人間災厄も含めて――施設の奥へと退避している様子だ。うーん、保護するにしても、まずは全部を片付けてからかなァ? なんかこれ、面白そうで好きなんだよねぇ。得るならばやはり『二兎』で在れ。
 敵を殺して仔も攫う、中々に、上等な手段ではないか。

一ノ瀬・エミ
一ノ瀬・シュウヤ

 眠っているだけだと、嘘を吐いた。
 収容施設内部――研究室、安静にしていた一ノ瀬・エミはがばりと、身体を起こしてみた。何故だか、外が騒がしい。もちろん、何故なのかはなんとなく理解が出来るし、時々耳朶を弄ってくる悲鳴は人間のものであった。嫌な予感がする。いいや、予感ではない。まるで過去の焼き増しみたいな心地の悪さに――軽度の眩暈を覚えた。エミ! 大丈夫か! エミ! 研究室の扉を開けて妹の状態を改めようとしたのは一ノ瀬・シュウヤだ。顔色のあまりよろしくない妹の身体を支え、現状の把握に神経を使う。近くにいた職員が情報共有をしてくれるようだ。状況は? 施設の周囲に複数の怪異が発生、駆け付けた『協力者』による鎮圧が完了したそうです! その際、複数名の殉職者を確認! それと……おそらくですが、連邦怪異収容局による、襲撃かと思われます! ……そうか。職員が数名、亡くなったか。助けに行けず申し訳ない事をした……。……色んな怪異さんが来てたの? 鎮めてくださった方にはあとでお礼を言わないと……それと……亡くなった方は此方で、運んでおきます。エミ……。虐殺事件は特別な事ではない。これが√汎神解剖機関の現実であった。
 怪異『アトラクション』の鎮圧には成功している。成功しているが、最悪なのは『それらの襲撃』ではない。ふと、視線を下にやったなら|地這い獣《ワッフル君》が震えている。違う。震えているのではない。唸っているのだ。唸って、何かしらに威嚇をしているのだ。シュウ兄……見て、リツ君から預かったクヴァリフの仔のクピちゃんも怯えてる。ああ、怪異がここを目指してきたのなら、いや、表で騒いでいるだけなら、こっちに『何か』を送ってくる可能性が高い。これだけでは済まないだろう。まずは……避難経路の確保だ。非戦闘員、部下たちの安全が最優先。ドローンによって『誰もいない』道は伝えられた。問題は……さて、此方だろう。変異現象はあるのだが……エミは天使だ。
 ワッフル君、元の大きさに戻って! ポケットサイズの|怪異《シーズー》が徐々に、徐々に|番犬《けもの》としての正体を晒していく。曲がり角で鉢合わせたのは、成程、予想していた通りの連中だった。足止めをお願い……! 咆哮! 強烈な衝撃波が肉を叩き、骨を鳴らし、壁への激突を成立させた。この先は、行かせません!!! ざわつく部隊。……この感覚。さては、何かしらを偽装しているのか。そこの女……いったい、何者だ……?
 戦闘は避けたかったが、エミの正体がバレそうならば、やるしかない。たとえ、襲い掛かってこなくとも、看破されてはならないのだ。忍ばせておいたメスの投擲が――達人の一投が――疑問を口にした者の手足を|切断《お》とす。切り刻まれたくなかったら撤退しろ。……殺されたくなかったら、黙って撤退しろ。ふたつめの言の葉はエミに聞こえないよう、蹴り飛ばした奴の耳元での囁きだ。……私達の目標は|新物質《ニューパワー》だ。切り刻まれても、殺されても、それを達成しなければ……!
 ドローンによる電磁波が、直に、頭の中へと這入り込んだ。
 痺れるように、沈黙する。

雷堂・雫

 ぶにゃあ。目が回ったにゃあ~。
 足元がお留守な感覚だ。
 地面の上に立っていても、なんだか、お空を飛んでいる気分。
 |バター猫《パラドックス》と化して約数分後、よいではないかと解放されておめめぐるぐる。ピタッと身体が止まったところで現状の再確認だ。にゃ! いつの間にか施設内に侵入されていたにゃ。怪異『アトラクション』の群れに囲まれ、ぐるぐる、振り回されていたのだから気付けていなくても無理はない。兎も角、すぐさま動かなければ新物質その他が簒奪されてしまう。急いで対応しないと、にゃ! 盗みはいけないし、殺しもいけない。相手が能力者であれば蘇生は可能だが、連中は一般職員にも手を出している。盗難防止と殺人を止める為に全力で行くのにゃ! それにしても猫の三半規管、人よりも頑健なのではないか。おそらく、神様が憑いているからだと此処では表現しておく。
 収容室の近くで複数人との遭遇だ。不意を打たれても冷静さを失わない|機動部隊《彼女等》は装備しているグローブの力とやらを解放する。そのまま――猫を殴って躾けようとしたところで――肉球とのご挨拶であった。泥棒さんには、問答無用なのにゃ! たとえ、人類の為に動いているのだとしても、これはやっぱり違うのにゃ! 咄嗟に躱したのは流石だと褒めてやりたいものだが、しかし……。当たらなくても問題なし、にゃ。それは何故か。おお、モフモフ。モフモフとした|楽園《パラダイス》がその場に残り、一人、また一人と篭絡される。モフモフの素晴らしさをその身で味わってもらうだけ、にゃ。頭がクラクラするほどの魅力だ。最早、彼女達は拳を握る事すらも出来やしない。一気に畳みかけるのにゃ。鉄の塊がハンバーガーを作った。もちろん、フレッシュ100パーセント。
 あんまり、食べたくない、にゃ。

露木・幽蘭

 超人的な力だ。怪物的な力だ。
 其処に超絶技巧を組み合わせれば、最早、敵は無いに等しい。
 座り込んで――蹲って――呼吸を整えてから、立ち上がる。ぐるぐるしていたおめめは如何にか治まってはいるが、嗚呼、完全な回復には至らないか。ぐるぐるしたけど休んだので戦闘は可能! 可能なんだけど……やっぱり、激しい運動はヤバいですね。相手は機動力をウリにしている連中だ。そんな部隊と追いかけっこをする破目になったら……ぶり返すに決まっている。キラキラとした虹を生成しちゃうのですにゃ。さっきのバター猫ちゃんよりも三半規管は強くないらしい。なので、ボクにはボクにしか出来ない戦法を試すっぽい! つまりは待ちの姿勢でいくのです。相手はクヴァリフの仔を探しているのだ。もしかしたら無視をされてしまうかも。その点は問題ないのですよ。だって、ほら、ボクが通路の真ん中に陣取れば良い――成程、上出来ではないか。機動部隊は√能力者、オマエを倒して進まなければならない。|反射神経の強化《ドーピング》は完了してしまっている。
 突撃してきた――強引さこそを肝とする彼女達らしい――先頭の一人に対して拳を置いておくと宜しい。体内を巡っていく氣がじんわりと三半規管の狂いを正していく。これなら、問題などない。たとえ相手が肉を断ってきたとしても……骨を断つ事くらいは容易なのだ。抉られた。何を抉られた。脇腹だ――ここです、ここで、一撃を喰らわせてやるのです、にゃ! 凄まじく鋭い、カウンター。対象の首を刎ねてやった!!! 実質ノーダメージだ。脇腹は完全に塞がっており、肉と血と骨の損害もない。攻撃は最大の防御、文字通りだと宿してやれ。
 うー! にゃー!
 勝利の雄叫びだ。鼠一匹、全力で仕留めよ。

四之宮・榴
和田・辰巳
イリス・フラックス

 コーヒーカップやロールケーキ、ぐるぐる系のアトラクションとはまた違った不快感。カップに慣れてしまった少女からのご提案の結果、定義付けの結果、生まれたての小鹿二頭の完成である。アトラクションに乗るのは愉しい、めまい感や浮遊感は愉しい、けれども、何事も度が過ぎてしまえば愉しくないのである。……この二人と一緒で、大丈夫でしょうか? 唯一無事だった四之宮・榴は惨状を目の当たりにして頭を抱えた。つよつよ三半規管を――つよつよな臓器を――有していると謂うのに、なんだか、目眩にやられているようであった。今回もフォローに回るべきなのでしょうか……。ああ、胃が痛い。胃袋もすっかりテセウスの船だと謂うのに、痛いような気がして仕方がない。その……お二人とも、本当に……? へいき。最初にお返事をしたのは少女の偶像であった。少女は可哀想なことに、哀れなことに、二度落下をしている。へいきよ……ちょっと「なかみ」の位置、ズレたきがするけど……うぇ……。けぽ。🌈するのか。しない。何故ならもう空っぽだから。
 余計なお世話です、一人で立てます。もしかしたら、一番の強がりは彼なのかもしれない。虚勢を張るくらいに回復はしたのだが、それでも、頭の中が揺れているようで四つん這い。気にしないでください、大丈夫です。もう、意地だ。意地になっている自分に気付いたところで『貫き通す』しかない。見くびられては困るし、何より、女子供は守らなければ沽券に関わる。ひどく揺れている、ひどくブレている視界、飛び込んできたのは――機動部隊の姿であった。どうして……こんなグロッキーな時に……。前へ、前へ、前のめりに。ええ、僕が前に出ます。構えてみせたのは|盾虫《式神》と自販機。式神は兎も角自販機を見た敵さんの反応は――厄介なものにぶち当たった、である。
 火が降り雷が鳴り、機動部隊のウリとやらを削いでいる中、四之宮・榴は和田・辰巳の手を握るようにした。無理はしないでくださいませっ! イリス様は、二度目もありましたし……? えっと、えっと、榴ちゃん……のおてては辰巳くんがもってってるから。わたしはわたしで、なんとかしなきゃ? なの? かしら? 人間災厄は、イリス・フラックスは突然やってくる。不意を打つようにやってくるのだから、それは、味方にとってもカオスの一因だろう。えっと。『ご招待』~……。誰が招待されたのかと問われればおかあさま。ぎゅっと、ぎゅっと握手をしたならば巨大な巨大な『掌』が影を作る――! それでね、それでね、ばぁん! 横、横よ? 縦だと、辰巳くん巻き込んじゃうから……屈んでてね?
 わぁー!!!
 伏せた!!! 伏せった勢いで脳味噌がよりぐるぐるしてきたが、そんな事よりも、巻き込まれる方が問題だ。綺麗なお花、咲かせましょ。虹色ではないけど、赤色だけど。狭いから……。たくさん咲いた! ザクロジュースだ! イリス様!? わ、和田様、大丈夫ですか!? と、とりあえず、肩を……。蒼白としているが其処は男の子だ。肩を借りたのだから、お礼に何かを返さなければならない。イリスちゃんは女の子なんですから、無理せず休んでても良いんじゃないですか? むー。わたしも、あそびた……ぷぇ。きもちわるい。楽しいのに、おもしろいのに、なんで、こんなに……? きたえなきゃ……。鍛えるにしても鍛えないにしても、如何やら、残り物とやらが在るご様子だ。
 全快するには10分以内、つまり、時間が必要になると謂うワケだ。今までで一番三半規管その他にダメージが及んでいるのだから、最大を覚悟しなければならない。和田様! 僕が、援護します! ……イリス様は退がっていてください! 不可視の怪物による壁役は完璧に近しいものであった。たとえば、すり抜けてきた隊員の|一撃《グローブ》を受け止めるくらいには! あとは僕に任せてください。四之宮嬢、援護ありがとうございます。貴女にも負担はかけませんよ……! 自販機を投擲したならば最後の一人――壁のシミではなく床のシミだ。ハギスでもハンバーグでもウインナーでも、やりたい放題である。
 ……なんとか、片付きました、ね……?
 僕も、やれば出来るんですよ。ようやく、治まりました。
 ……ミ゜……こんど、みんなでぐるぐる、くんれんしよ。

第3章 ボス戦 『連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』』


 施設――アサイラム――その、奥の収容室にて。
 男はゆったりと、椅子に腰かけていた。
 おそらく、君達との接触を望んでいたのだろう。望んでいなければ、欲していなければ、今頃、|新物質《ニューパワー》を手に入れ帰還していたに違いない。椅子の下で蠢動しているのは『仔』だ。仔は美味しそうにドーナツを貪っている。
 私達の使命については、わざわざ、君達に唱える必要などないだろう。何せ、私達と君達の使命は同じであり、それを理解して尚、私達は『対立』しているのだ。君達は何故、未だに現実を見ようとしない。仮に、見ていたとしても『人類の延命ではなく、人類の進化』に使用しない。いや……今の言葉は『たとえ』だ。教育とは即ち――忘れないようにする『もの』なのだよ。さて、私は君達に対して『ひどいこと』をした。あの怪異どもは『羅紗の魔術塔』の副産物に過ぎない。本番は此処からだと謂うワケだ。
 では――花を贈るとしようか。
 名前は確か――リナリア。
 私には縁のない花だが。
浅上・菖蒲

 世界の仕組みを――生命の根幹を――文字通り、転覆させる事こそ男の願いなのかもしれない。男の衣服の内側から、リンドー・スミスの肉の内から、モゾモゾと、怪異の羽音とやらが拡がった。リナリア……確か姫金魚草か紫海蘭やったっけ? 狐は敵対者の頬を抓るかのように『贈り物』に対しての返答をする。「幻想」とはよぉ言ったもんやねぇ? 嗚呼、縁がないとか言うとったけど、むしろ、絆されてるんじゃあないの。これは挑発だ。リンドー・スミスの意識を此方へと誘導する、ある種のお戯れであった。まぁ、俺としては逢うのは初なんやけど。まぁええわ、これも仕事や、悪く思うなや? 人類の進退については、興味はあるのだが、興味が『ある』程度でしかない。殺し殺されは戦場ではよぉある話やろ? やれやれ……面倒な狐に捕まった。君は如何やら、私の事を本当に知らないらしい。バチバチと火花がおどっている。綺麗なのか、汚いのかは、この際、置いておいて。
 リンドー・スミスの身体に異変が起きたのは解放をした直後であった。背中を突き破るようにして出現した|蟲翅《はね》が波によって捻じ曲がったのだ。成程……死角からの攻撃とは。やはり能力者、強者とは『こう』でなければ。対処が出来ないならば受け止めてしまえば良い。怪異を解放したリンドー・スミスはまさしく戦車だ。本体にダメージを負わせなければ――一切合切は徒労に終わる。……精々、抗ってくれよ? 愉しませてくれねぇと……いや、今までの中では、一番、愉しめそうだ。削れ、削れ、リンドー・スミスが体内に収容している怪異の悉くを。その澄ました余裕な顔が歪むんが、見てみたいんやけどなぁ……。望みは叶えられそうにない。あの男の精神はおそらく――この世界の何よりも強靭だ。
 いつまで持つか見ものだねぇ。尻尾による撹乱を交えたのが正解だった。ほんの僅かに晒した隙を波で抉じ開け――其処に爪を滑り込ませる。その身体、グチャグチャに引き裂いて殺してやろうやないの。袈裟よりも一文字だ。腸を啜り易くするべく――内側の内側を弄ってやれ。ただ……人間以外の肝喰らうんは趣味や無いんよねぇ。ほう……? 私を人間ではないと、そう、侮辱をしてくるとは……。
 なんや、まさか、まだ自分が人間だとでも思っとったんか?
 味が濃すぎて喰えたもんやない……。

雷堂・雫

 抉り取った肉はきっと酸味が強い。肉食獣でもおそらく、口にしないだろう。
 缶詰の中身を確認する前に――お食事をする前に――行儀よく、他者が坐すのを待つかのような慎ましさだ。勿論、今のリンドー・スミスに控えめの『文字』は無いのだが、紳士然としているが為に、そう思えても不可思議ではない。にゃ? 何か待っていてくれたのにゃ? 遅くなって申し訳ないにゃ? クエスチョン・マークが乱立するのも、頭の中がぐるぐるするのも、無理はない。『よいではないか』と燥ぐかのように、猫はバターを舐ろうとするのか。とりあえず、お礼と謝罪はしっかりしないとにゃ。したにゃ。……リナリアの花にゃ? 群れを成すように鮮やかな数本だ。紫と赤の混合が脳に染みついて離れない。乱れた乙女心とか、そんな感じの花言葉だったような気がするにゃ。結論――おじさん、乙女だったのにゃ? いやいや、まさか。私が乙女だったら、君達は何だと謂うのか。私は乙女に対して『これ』を贈ったのだ。何処かの魔術師……魔術士にも、だ。微笑みがこぼれる。まるで気の良いおじさんだ。この凄惨を……虐殺を……命じた張本人とはとても思えない。あ、違うのにゃ? ごめんなさい、にゃ。それはそれとして、改めて、待っていてくれてありがとうにゃ。つまり……君は時間が必要だったと、そう謂いたいのか。準備は万端である。全身へと巡りに巡った|神気《エネルギー》、さて、白毛の虎の鋭さや如何に。
 跳躍の為の|怪異《にく》を一振りで削いでやった。空へと、彼方へと、身を投げ出す事すらも出来なければ――紳士は只の紳士である。目的は兎も角、手段は選んで欲しいのにゃ。他人に迷惑をかけるなら、私達が止めるのにゃ。まったく、当たり前の事を如何して|簒奪者《かれら》は守れないのか。テロはダメにゃ! 触腕による打撃を寸前で避け、裂くようにして肩を叩く。……テロ行為を望んでいる者は、この世界には、未曾有にいるのだがね。それでも、にゃ! だからこそ、にゃ! 巻き込まれたからこそ知っている。……私は、あなたを、倒します。

國崎・氷海風

 人間は普通、頭をカチ割られたら死ぬ。
 人間の肉体は普通、脳漿を散らかしたら、動かなくなる。
 つまり、普通ではないのだ。
 黄昏色の世界に向けて花束を捧げる――それほどに、ナンセンスな行為は何処にもないだろう。それを理解して束ねているのか、それを把握して命じているのか、リンドー・スミスは人間災厄を前にして息を吐いた。君は如何やら、私よりも趣味が悪いらしい。開口一番の悪態だ。俺にとってはどうでもいいんだよねぇ! だって、人間の進化も延命も、あなたからの罵倒も、さして面白い事でもなし。ただ……言えるのはその仔が俺にとって興味の対象ってだけでぇ! 保護もしない、利用もしない、いや、単純にコレクションしたい性質か。私には如何やら、君の頭の中は判らないらしい。両者、分かり合えないなら、咀嚼が出来ないのであれば、普段通りのやり方しかない。つまりは、シンプルな戦闘行為である。
 跳躍をしたリンドー・スミス、その真上、蛇蝎は喜悦を湛えていたのか。不意は打てないだろう。出来はしないが――暗殺は『殺せた』時点で成功なのだ。うーん、流石に、あなたを相手に一撃は難しいかなぁ! でも、本当の絶望は此処からだねぇ! いっそ最初に殺されていた方が『楽』であった。人間災厄と争うならば、嗚呼、自害の手段のひとつやふたつ、用意をすべきであったのだ。影がわらう。影がほえる。影の色は赤であり、そのカタチは狼であった。君にも少しは絶望を与えてあげるよォ! 放たれるよりも早く、着地するよりも早く。闇に紛れての|頭蓋割り《ハチェット》は真ん中を捉えてみせた。
 君は……厄介な性質を、本性を抱えているようだ。そのような沙汰ではいつの日か、本当に処分されてしまうと……。いや、楽しませて貰ってるからね。その時はその時さ。そうそう、仔の状態だけでも見ておこうかねぇ!
 椅子の下の仔はつるりと逃げた。
 しかし……リンドー・スミスの頭蓋の中に一体だけ、ぶみ、と転がり落ちていく。
 これは俺が確保するねぇ!

露木・幽蘭

 でかい夢を叶える為に、奔走してやれ。
 斬撃でも打撃でも構わないから、身体一つでの攻略を、
 未来の己に背負わせた。
 頭蓋を割られたとしても――脳漿を散らかしたとしても――数秒経てば再生している男を相手に|接近戦《●●●》は分が悪いのかもしれない。んー、正面からあたるのは無謀かにゃ。幾ら、強敵との戦いには『得るものがある』としても、何も得られず蹂躙される可能性が『ある』場合は、それは宝箱ではない。それに……あの男はおそらく『自分とは真逆の戦闘スタイル』なのだ。似たタイプを相手にするのであれば『蹂躙される』経験も悪くはないが、だったら、自分の得意に引きずり込んでやった方が良いとの結論。うん、リスクとリターンがあまりにも釣り合わないからやる意味はなし。お仕事の達成だけに力を注ぐのです。……ほう、武芸者であるが故に『結論』が早いか。ならば私も出し惜しみなしで掛からねば無作法と謂うもの……。まるで戯れるかのように、怪異の戦車、小さな動物を圧し潰さんと咆哮する――! やっぱり、化け物を相手にするなら搦手だよね。嫌がらせにゃ。
 動かさなければ怖くない。縫い付けるかの如くに。
 気候の操作――決戦気象兵器「レイン」――による、微弱な、されど厄介な絨毯爆撃。相手が戦車の如き装甲を、怪異の塊を備えていようとも――ちまちまと削ってやれば、何れは本体ともご対面できる筈なのだ。……成程、君は闘争を欲していると同時に、冷静さを抱けているのか。これは……私にとっても面倒なタイプだ。削れていくのは怪異だけではない。解放し続けているリンドー・スミス自身の体力と集中力も、だ。これで、他の人の助けにもなるしね。でも……いずれは正面から打ち倒せるくらいになりたいのにゃ! 精進こそが全て。千里の道も一歩なのであれば――意思、意志は本物だ。

アーシャ・ヴァリアント

 教鞭を揮っているのか、教唆を試みているのか、何方にしても、胡散臭いおじさんの言の葉に頷く所以はない。記憶喪失で常識も何もわからないんじゃ困るだろうって、義父さんが家庭教師つけてくれたのよ、学校行くのは色々面倒そうだったし、OK? 何がOKなのだろうか。何が大丈夫なのだろうか。リンドー・スミスはオマエの返答を耳にして息を吐いた。君は……根っこまでも、そう謂うものなのか。失礼、私には如何にも、君が縛られているように思えてならない。……は? アタシの何を見て、そんなふうに思ったのよ。アタシには|義妹ちゃん《サーシャ》がいるんだし、何も不自由してなんかないのよ。それに、別にアンタと一緒じゃないし、正直、この世界とかどうでもいいし。リンドー・スミスの双眸に湛えられたのは『あわれみ』の類であった。ちょっと、何よその目。なんか、アタシが可哀想な子みたいじゃないの。苛々する。ムカムカする。まるで、ダーツボードでのぐるぐるみたいに、頭の中が沸き立つかのよう。……ともかく、無理やり延命なんかせずに、衰退し続けてほそぼそと、生きていける数になったらそれで維持すればいいじゃないのよ。……そうか。君と私は如何やら、根本から違う種族のようだ。知っていたがね。申し訳ない、私は君を『可哀想な娘』だと思ってしまった。……アタシが喧嘩売ってるのは、ほっとくと|こっち《√EDEN》まで来そうだから、その前に叩いてるだけなんだけど……今、決めたわ。アンタ、ここで殺す。今回もちゃっちゃと叩き潰させてもらうわ……! なら、私も訂正しよう。君は『ものすごく可哀想な娘』だ。男が笑う。笑うついでに怪異を嗤わせる。天蓋をブチ破るほどのざわめきが、蠢動が――ベルゼブブめいて――迫りくる。
 アタシはね、アンタみたいな奴を燃やすのが、一番スカッてすると思うのよ。羽虫どもの群れは焼却処分だ。羽虫にすら成れなかった連中も焼却処分だ。おお、突撃! 大焦熱となったドラゴンプロトコルの身体が――リンドー・スミスを藁とした。
 ……君は少し、疑う事を知った方がいい。
 はあ? 頭に酸素いってないんじゃないの?
 ま、そうよね。アンタ、燃えてるんだもの。

花丘・ありす

 怪異『コーヒーカップ』はアリス・コンプレックスだったのかもしれない。職員達は文字通りマーガリンと化してしまうほどにぶん回されたが、ありす、君だけは何故か無事だったのだ。楽しかったのっ♪ ルンルン気分でランドセルを背負い皆の後を追いかける。ところで少し出遅れた原因だが――楽しかったからはしゃぎすぎてばたんきゅーだったの……おめめぐるぐるだったの……。通常のコーヒーカップもハンドルぶん回したら悲劇の素だ。一緒にお母さんやお父さんが乗っていたら、嗚呼、今頃は大惨事か。でも休んだからもーうごけるのっ! 若さとは力である。ぐるぐるバットでも優勝を目指せるに違いない。
 兎にも角にもようやく追いついた。収容施設最奥の部屋には魔王めいて坐している『おじさん』ひとり。おにーちゃんがここをめちゃくちゃにした黒幕なのっ! 悪いことはしてはいけないのっ! おや……随分と可愛らしいお嬢さんじゃないか。君であれば『リナリア』も喜ぶに違いない。傍から見たならば小さな女の子に声をかけるおじさん。通報をされてもおかしくない。ギチギチ、ギチギチ、リンドー・スミスの身体から嫌な音が発生した。臓腑に収容されていた怪異どもが一斉に貌を出す――兵隊さん! 兵隊さん! あれをどうにかして抑えるのっ! リンドー・スミスが動き出すよりも素早く、トランプ兵が飛び出した。槍を構えてのかごめかごめだ。仮に、一枚倒されても――トランプなのだから、数は在る。捕まえたのっ! 女王様! 女王様! やっちゃえなのっ! ……君は如何やら、私が想像していた以上に、グロテスクな趣味らしい。拘束に成功したならば、いよいよ断頭台の出番だろう。ハートの女王の一声で――さあ、首を刎ねた!
 凱旋だ。凱旋をしよう。
 ――今日の|出来事《作り話》を『るい』に話そう。

四之宮・榴
イリス・フラックス
和田・辰巳

 スイカ在れ。スイカが在った。
 そのような定義である。
 反吐が出そうなのは何も目が回っているからではない。日常茶飯事なのだから、眩暈の沙汰に関しては、今更、這い蹲ってしまうくらいで丁度いいのか。気に入らない。嗚呼、何が気に入らないのかと問われれば――僕自身の弱さが。人が人のまま『ある』事が大事なんですよ。貴方は、それを停滞と呼ぶのかもしれませんが……。リンドー・スミスに対して噛み付いてみせたオマエ、さて、餌付けをしていたおじさんからの反応は如何に。君の謂いたい事はわかる。理解は出来るのだが、それは、力を恐れているようにも思えてならない。根本から違うのだ。辿った道が別々なのだから、分かり合える結末など、最早ない。……証明します。証明、してみせます。僕が貴方のやり方を『変えて』みせますから……! 宜しい。君が私を『その状態で倒せる』と謂うのならば、成して魅せると良い。尤も、君がそれを成したところで、私の考えは変わらないが――? 嗚呼、其方のお嬢さんであれば、私の謂いたい事を咀嚼できるのではないか? 言の葉を振られた『つよつよ』は胃のあたりを擦る。
 ……嗚呼、また貴方様ですか。恋する乙女のように、恋に恋する乙女のように、一心不乱に……。目を瞑る。目を瞑って、見ないフリをする。それが、貴方様のやっている事なのだと教えてあげるかの如く。……|現実《幻想》から醒めるのは、どちらでしょうか? まったく、君は如何やら私を『弱者』だと見ているようだ。いや、その通り。私は『君達の隙を突こうとする』程度には弱い人類なのだ。君こそ、いつ|現実《いま》を見ようと決心するのだ。水掛け論だ。ああ言えばこう言う、だ。この状況をリンドー・スミスは楽しんでいるのかもしれない。……めまいが、します……。同じところをぐるぐる、ぐるぐる、尻尾を追いかける獣のように。四之宮嬢、僕が攻撃を防ぎます。ですので、好きにやってください。……え? 和田様? 僕は囮役ですよ……? 僕に攻撃が集中するの、わかって……? 僕は勝手にします。勝手にしますので、今までの行動を顧みても良いのでは? 生贄などと、身投げなどと――幾ら『問題ない』のだとしても、男としては見過ごせない。やれやれ、此処にきて喧嘩か。君達、少しは話し合ってきた方が良い……。
 けぽ。🌈の底なし沼――治まりそうにないフワフワに、どかりと、尻餅をつくかのよう。まだ……くらくら。ふたりとも、何のお話してるの……? 少女の偶像は蚊帳の外だ。少女は最初から最後まで寵愛をされるべきだから、嗚呼、仕方がない。まもる? まもられる? わからない。理解は出来ないが、そんな事よりも脳味噌のぐらぐら。角を掴まれ、ぶおんぶおん、お仕置きを半永久的にされているかのような不快感。同時に、したらいいのに……ほら、ふたりいるから……? あれ……あ、視界、ぶれてる~……。二人ではなく四人に見えたのか。くらくら、くらくら、四人が三人。あ、あのひとが……うわさの、どーなつのおじさま。いったい主役は誰だろうか。少なくとも、リンドー・スミスは敵役だ。
 かわいいわね。何が可愛らしいのか、誰が可愛らしいのか。答えは決まっている。椅子の下でドーナツをモシャモシャしているもちもちだ。えさやりをしてるの? 嗚呼、お嬢ちゃんは、お嬢ちゃんではないんだろう。私を前にして平然としているのであれば、それは人間災厄の類なのだ。……君も如何だい? ドーナツを半分こしてくれた。毒の気配は一切なく、成程、イリス・フラックスは頬を膨らませる。……現実逃避?? ええ、得意。わたし、『何に見える』? 何……さあ? 私は君みたいな、可愛い少女を相手に、苦しませるつもりはないのだが……。汚染されている。イリス・フラックスが『可愛い少女』に思えた時点でリンドー・スミスはお終いだ。何に見えてもいいの。だって、わたしは今から『ハートの女王』。暴虐に振る舞う物語の『絶対者』。『わたしを好きなひと』は――トランプ兵かしら? 死霊が嗤う。何を嗤う。己の無様さに、運命に、翻弄されながら、只、嘲う! なんでもいいわ。あなたたち――わたしを守りなさい。そして。あの者の首を 刎ねよ!
 おいおい……さっき、断頭されたばかりなんだが。
 ……Yes, our queen
 ……っ! 仰せの、ままに
 最初に出現したのは自販機だ。自販機が砲撃を開始し――其処を縫うようにして久々理を投げ込む。空からの不意打ちによって身動きを封じられたリンドー・スミス、彼はひとつの致命とやらにぶち当たった。それは羅鱶との|融合《接触》である。……成程、私が最初に叩くべきは、其方のお嬢さんに『された』と謂うワケか。捕縛をされたところでリンドー・スミスの『怪異』の解放は留まりを知らない。膨れ上がり、弾け、隙間より這い出て――|柘榴《かじつ》を摘み取らんと蠢きだす。させません。証明をするのですから、ここで、四之宮嬢には――近づく事すら、許しません。盾虫によるディフェンスは上等だ。もしも、仮に突破をされたとしても、見えない怪物に愛されている。
 リンドー・スミスの射程は限度をしらない。本体からはみ出た触手の一本が馥郁とした果実へと伸ばされる。しかし、嗚呼、伸ばされる程度では躱されるのがオチである。躱され、深海の捕食者に――食い千切られた! では、和田様。あとは……お願い致します。今回の|騎士《ナイト》は貴方様……です。
 僕はただ、人の技にて切り開く。
 その速度は最早、人の域から逸脱してはいないか?
 ――減らず口を。
 怪異の肉の壁を何度も、何度も、何度も、裂いていく。ただ速いだけの剣撃では√能力は破れないか。ならば、その必定を――差を埋めるだけの、何かしらを練り上げてやると良い。背後、這いずっていた蛇からの|海淵流《エネルギー》――これは『隙』を作る為の一投だ。視界を殺してやれば――悉くを一時的に麻痺させてやれば、其処へ。
 最大加速の斬撃を――モーセ――。
 完成せよ、海割りの一撃!

 これで、証明になりましたでしょうか。
 和田様……これは……無理を、してはいませんか?
 ふたりともたのしそ。わたしも、うみ、割ってみたい。

一ノ瀬・エミ
一ノ瀬・シュウヤ

 世の中と謂うものは――焼き増しにされた過去の如くに――地獄と呼ばれるものと相性が良い。たとえば、|物質主義《キムラヌート》、其処に人間の精神が重なり合っているのか、否かを決めるのは男だけの正義ではないのだ。いや、男は己が『悪』だと理解している。理解しているが故に、それを掲げているのだ。……おじさま、とうとう、この場所に来てしまったんですね。こんな形で……こんな、状況で……再会する事になって、残念です。一ノ瀬・エミの悲しみは本物だ。怒りもきっと本物だろう。それに加えられた覚悟の二文字。これには――連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』もご満悦か。素晴らしい。まさか君が、あの時のお嬢さんが、此処まで、私好みの『人間』になるとは思わなかった。いいや、リンドー・スミスはおそらく、最初からこの『再会』を望んでいたのだ。だからこそ、余計に、天使は怒りと悲しみにやられている。……『ひどいこと』をしたと言いましたね。そうですね……亡くなった人達の事を思うと、胸が痛くて苦しいです。結局のところ、リンドー・スミスは簒奪者なのだ。簒奪者は邪悪なインビジブルを酷使して、√の侵略その他を行うのだ。天使には、其処までの情報は『記憶』すらも出来ないが、だとしても――自分は敵だという事を忘れるな、と。そう、再認識させるために、こんな事をしたというなら……。涙を流している場合ではない。悲しむ事は後でも出来る。ジッと、敵の貌を脳髄に刻み込んでやれ。分かりました。……お花は、受け取れそうにないです、ごめんなさい。お嬢さん、いや、君はようやく『私の敵』となってくれた。こんなにも、嬉しい事はない。眩暈がした。眩暈がしたけれども――今となっては刺激に過ぎない。
 エミ……。妹の覚悟を目の当たりにした一ノ瀬・シュウヤは改めて『いつもどおり』を意識した。リンドー・スミスが何を企てていたのかは、何を考えていたのかは、この際、思考の外に放り投げておく。人類の進化か……。昔、亡くなった教授が口遊んでいた言葉を、この男から聞く事になるとはな……。研究者と謂うものは、探求者と謂うものは、時代も、歩みも違えども、似たような袋小路に行き着くらしい。……現実を見ようともしないと、そう、言ったな。何度も、何度も、負け続けているお前らに言われても――負け惜しみにしか聞こえないぞ、リンドー・スミス。……君は彼女の『兄』らしい。しかし、妹よりも兄の方が盲目とは。いや、私も含めて、盲目なのだろう……? 人間は弱い。たとえ、強い人間を自称していても、それはナンセンスな事だ。リンドー・スミスは『それ』を把握していて、尚、己を『強い人間』の枠に嵌めている。……手薄を狙うという事は……。リツがこの場にいないというのも分かってやっているよな? 舐めているのか? あいつに戦い方を教えたのはこの俺だ。……舐めている? いないとも。君達相手であれば、一度殺せば、それで『おしまい』なのだ。一縷の望みに懸けてきたのだよ、私は――! キムラヌートは相変わらず嗤っている。嗤って、嗤って、君達を大歓迎しているのだ。
 ここにいる仔達は、色んな人達から託された、大切な仔達です。簒奪を目的とした、掠奪を目的とした方々に、お渡しするわけにはいきません。ああ、エミも、ここにいる職員も、俺の部下達も……ずっと望みを捨てずに研究し、現実にうちのめされそうになりながらも、戦い続けている奴らばかりだ。シュウ兄……では、最後に、最後に、言わせてください。どうか、お引き取りください……。引かないというのなら、徹底的にやる、というのなら、私|も《●》、管理人として、この仔達を守ります。
 私の事は知っている筈だ。私は、その、クヴァリフの仔を簒奪しにきた。
 たとえ、私の心身が塵芥となっても、君達が折れない限りは、
 ――愚かに争う事を、選択しよう。
 あくまでも、踏み躙ると言うのか。あくまでも、奪うと言うのか。
 託された者として――切り刻んで、嗤えないようにしてやる。
 かつての戦闘で――リンドー・スミスが操っている怪異――その殆どを暴いている。あの男が飼い慣らしている怪異は『知性』を有している。たとえ、事前に把握をしていたとしても厄介な事に変わりはない。ひとつ、ひとつの触腕が別の個体であり、予測困難な攻撃を加えてくる。だが、其処は持ち前の技量で――教授に叩き込まれた巧妙さで――確実に捌いていく。やるではないか。成程、あの人間災厄よりも、君の方が、戦う上では面倒だ。投擲されたメスが怪異の肉を|解体《くず》していく。しかし、嗚呼、それでも、リンドー・スミス本体には到達出来そうにない。……シュウ兄も、リツ君も、頑張ってるんだ。私も、この仔達とこの場所を……! ふと、視線を椅子の下へとやった。
 クヴァリフの仔だ。もきゅもきゅと、美味しそうにドーナツを食べている。今が『保護』をする好機なのではないか。ポケットサイズになっていたワッフル君への指示。リンドー・スミスがメスに対応している合間に――隙間に――衝撃波を叩き込む! 今! 滑り込んだ。滑り込んで、クヴァリフの仔を引っ掴んで、離脱を試みる。だが、如何だろう。リンドー・スミスは――怪異のプロフェッショナルは――|現象《フェノメノン》を逃さない。
 ……君、まさか……そうか。
 君は――確かに、天使だったか。
 リンドー・スミスの魔の手が――触手が――天使の足元に這い寄った。……エミ!!! 絡まれる。捕まってしまう。その瀬戸際、達人の両断が|触手《ワーム》を捉えた。シュウ兄……ごめん……。一ノ瀬・シュウヤはボロボロだ。一歩でも間違えたなら、今頃、肉の塊となっていたに違いない。だが――助け出す事に成功したし、まだ、動く事はできる。
 エミには触れるな。
 次は……いや、首を切り落とす。
 天使はドーナツちゃんとクピちゃんを抱えていた。
 抱えていたが、嗚呼、兄の途轍もない殺意に――手放しそうになった。
 もう、手放しても良いだろう。何故ならば、一ノ瀬・シュウヤは、
 やったのだ。

浅上・菖蒲

 怪物の処理に怪物を使う、それに、如何様な意味があるのか。
 解決と謂うには些か雑であり、根元から腐らせなければ、
 繰り返しの原因となる。
 怪異の殆どを――力の殆どを――再生に回さなければならないほど、リンドー・スミスは消耗していた。臓腑を晒され、何度も、首を落とされたのだから。むしろ、息絶えていない現状こそが可笑しいと言えるのだが。……侮辱? なんや勘違いしとるなぁ。いや……それとも、勘違いしているふりでも、しとるんか? ……君か。まだ、帰っていなかったのか。流石のリンドー・スミスも――化け物じみた精神力を持つ男でも――この再会は想定外であった。そも、貴様と俺とじゃ[人間]の定義が違うわ。貴様の言う人間がどう思とるんか知るつもりはねぇが、俺が思うとる人間は、なんの能力も持たねぇただの人間や。……成程? つまり君は、√能力者を人間とは認めない性質だと。ああ、勿体ない……。まるで漫才だ。漫才のようなすれ違いだ。そりゃあ、話が合わねぇに決まってる。なあ……なんも持っとらん人間を嬲って、最後まで諦めんと抵抗し続ける姿を見るんが、愉しいんやないの。……君はアレか。私よりもよっぽど、悪役に向いている、怪異でも人間災厄でもない、ただの怪物か。お互い様だと教えてやるとよろしい。チョウチンアンコウめいて、尾を揺らす。
 天衣無縫であった。技術もクソもない、ただの自然な、超自然な沙汰であった。狐の尻尾による蹂躙が――縦横無尽が――残り物を片付けていく。先の戦闘で殺し切れへんかったのが癪なんよなぁ。喰う気にもなれへん不味い肝撒き散らしながら、無様に跪けや、人外。ふふ……ふふふ……莫迦な狐だ。私が先に、君の好物と遊んでいた事に、気付けないとは。あ……? おい、ちょっと待て。それは……貴様、どういう……。
 ムカムカする。返事が無かったのだから、無くしてしまったのだから、行き場もない。あー……散歩でもしたい気分やな。そういや、あの星詠み、結構、俺好みかもなぁ……。

 リナリアは枯れた。
 枯れても尚、乙女のような心であった。

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