杉澤村を知っているか?
●嘘を“嘘”と見抜けない者に
「お前さん達、|杉沢村《・・・》って知ってる? 有名な都市伝説で、東北地方にあった村を指してるんだとか」
|亜双義《あそうぎ》・|幸雄《ゆきお》(ペストマスクの男・h01143)は開口一番、そんな問いを投げかけてきた。
だが、幸雄は断言する。「実際はデマなんだけど」と。
何故なら、
「出所は、√汎神解剖機関じゃない――√EDENなんだよ。
しかも表記は“杉澤村”、完全なパチモンだよね~」
SNSという文字列だけのやりとりから、発言者の人格、意図、感情を読みとることはできない。
だが、半信半疑の噂を確かめずにいられないのも、知性体の|性《さが》か。
曰く。真偽を確かめるべく、架空の廃村へ向かった人々が相次いで失踪。
真実みが増し、さらに事実確認しようと向かう者達が現れ、また失踪者が。
――このあらすじ、|全てがウソだ《・・・・・・》。
「星詠みの結果、犯人は√マスクド・ヒーローの秘密結社『プラグマ』の連中。
人の心が解るからこそ、人の弱みをよく知る……いやらしい連中だよね」
目に映る事象に、人は好奇心をくすぐられる。
平和な日常において“非日常”は怖くもあり、蠱惑である。
「でもね、“嘘から出た|実《まこと》”って言葉があるでしょ?
おじさん、インビジブルが暴走する予兆を感じたのよ。一般人には対応できるもんじゃない」
人里離れた土地に発生しただけなら、直接的な被害はすぐ出ないだろう。
しかし、野放しにすることで……どのような悪影響を起こすか? 現時点では解らなかった。
「まずは杉澤村に行ってちょーだい。そこでの行動が、お前さん達の道筋に関わる。
その一、こっそり行動すること。廃屋とはいえ、誰かの家に入るなら目立たないよう行動するモンだ。
インビジブルを刺激せず、怪人、構成員を誘きだすならこれで充分」
おそらくプラグマが狙っている対象は、こちらだろう。
ただ闇に葬るだけでいい、とても簡単な方法だ。
だが、根本的な解決にはインビジブルへの対応が必要だろう。
「その二。廃村内であえて騒いでみること。過激な配信者なら“度胸試し”とかやっちゃうよね、視聴者数が彼らの生命線だし。
村自体は、時代の流れで廃村になった土地だが、そこで亡くなった住人もいる。
そういう人達のインビジブルが、狂化の影響で現れる可能性があるのよね」
こちらもプラグマの標的であるが、インビジブルを刺激する危険性のほうが高い。
発生条件も不明の“|謎の存在《エンティティ》”――観測されない限り、確率は常に|50:50《不定のまま》。
「ま、ま、起きたてのインビジブルじゃ、プラグマも御せる相手じゃないだろう。
怪人が出ざるを得なくなるし、悪いことばかりではないよ~」
都市伝説――根拠が曖昧・不明な噂話は、いつの世にも“産まれ出ずる”。
科学が発展し、神秘の領域を暴き続けても、人が好奇心を失わない限り……延々と。
「放っておくと、マジで現地に入りこむ√EDENの住人が現れるよ。
ウソだと解っていても、真相を突きつめて脚光を浴びたい。
信じてた連中に赤っ恥をかかせたい。事実を証明して脚光を浴びたい。
そうした欲を掻いた連中を、プラグマは利用しようとしてるんだわ」
欲求不満の自覚がないまま、貪欲に追求しても永遠に満たされない。
心の弱さを受け入れられなければ、永遠に。
「ネットの情報なんて眉唾ものが多いし、まだ広く知られていないのが不幸中の幸いだ。
虚聞が広まる前に、こっちで原因を取り除いちゃおうね」
第1章 冒険 『心霊スポット!廃村探索に行こう!』
●虚構事象の真実
“杉澤村”は中部地方の内陸にあった。
近年の酷暑による影響か、蝉時雨はどこか弱々しく聞こえる。
地図から消えた廃村は、建物の取り壊しを住民ごとに一任していたようで、大部分は解体されずに残されたまま。
白アリが建材を食い散らし、瓦屋根も雨によって朽ち果て、帰ることのない住民をただ待ち続ける。
風化した木造家屋が点在する光景は、都市部で生まれ育った者には“不気味”に映るかもしれない。
それが無人の集落なのだから、雰囲気としては充分すぎる。
連想する単語があるとすれば――因習村、だろうか。
|想像力豊かな《思い込みの激しい》人物には、|考察がはかどりそうな《憶測を語りたくなる》光景だ。
そんな迂闊な者達を、秘密結社『プラグマ』はSNSを介し、虎視眈々と待ち続けている。
√能力者は、わざわざ敵を探し回らなくていい。あちらは襲撃する気でいるのだ。
機を窺い、相手の出方を待てばいい。
だが、“杉澤村”の噂を忘れても、別の理由で訪れる一般人が現れれば、インビジブルを刺激する可能性がある。それも悪い意味で、だ。
“目の前の脅威に専念する”か、“将来的な脅威を取り除く”か。
結末は√能力者次第だ。
●潜入(班)
セミの鳴く声は、まだ日常にあることを告げる。
狼耳を隠すための帽子を被り直しつつ、|土方《ひじかた》・ユル(ホロケウカムイ・h00104)は、“杉澤村”を訪れる前に集めた、“杉沢村”の情報を改めて確認していた。
「本来の杉沢村は『事件が起きたことで地図から消えた』、とされているのね……人怖系でもあり、心霊系の都市伝説でもある、と」
他にも、実際に起きた事件が由来となった説もあり、そもそも村が存在しなかったのでは?という疑惑すらある。
不確定情報でも一通り目を通したら、ユルは情報を収めたスマホを仕舞う。
「市民が巻き込まれる可能性があるなら、放っておけないわね……あの、そろそろ離してもらえる?」
ユルは袖を掴む、|太曜《たいよう》・なのか(彼女は太陽なのか・h02984)を見下ろした。
途中まではノリ気だったのに、近づいてきたと見るやこの様子。
「だだだだだだってぇ……見たよね? 注連縄の付いた石が置いてあったり、赤錆びて読めない看板が転がってたり! なんか変だよね!?」
なぜプラグマはわざわざこんなところを選ぶのか! 悲鳴じみた抗議の声をなのかはもらすが、ユルは「そういうところだからよ」と断言。
「人目を気にせず拉致できて、消息不明を“都市伝説に遭った”で世間が片付ける。噂が広まれば新たな被害者がここに来て……ネズミ講みたいな話よ」
真偽不明となることで、無関係な者達には危機感を抱かせず、好奇心だけ掻きたてる――所詮、ゴシップの類いだ。
事実確認できないケースでは警察も動きようがない。
「何かある、これは絶対なにかある!!」
「……早く行くわよ」
ユルに引っ張られる形で、なのかも架空の廃村へ入村していく。
住居と納屋を合わせても10に満たない、かなり規模の小さい集落だったらしい。
へっぴり腰のなのかは、しきりに周囲を見回して、村の状況を確かめる。
「インビジブルは……普通にいるね、この辺に残ってるだけ? 通りすがり?」
あまりに落ち着きがなく、なのかに別行動を頼むのは厳しいとユルは判断し、
「|お姉ちゃん《・・・・・》、|お化けなんて出ないわよ《・・・・・・・・・・・》」
「へ!?」
戸惑うなのかに構わず、自身の用意した|偽装設定《アンダーカバー》を共有していく。
「遺品が残ってたら持ってきてほしいって、ひいお祖父ちゃんが珍しく頼ってくれたんじゃない。無人のはずなのに、足跡もあるし……変なことに巻き込まれたら大変だよ、早く済ませよう?」
(「侵入者の数は、敵にとって大きな問題じゃないはず。でも監視されているなら、情報共有も気を付けないと……これで伝わったかな?」)
ユルが凝視していると、意図のある行動だとなのかも気付いた。
「そ、そうだね! ひいお祖父ちゃんの生家ってどれかなー?」
話を合わせることにしたなのかだが、恐怖心が和らぐわけではなく、適当な廃屋に入るときもずっとソワソワしていた。
廃屋も畳が毛羽立ち、天井からホコリがぶら下がっていたり、押し入れまでホコリが溜まっている。
老朽化により、家屋には隙間ができているのか、不快な虫が無数に入りこむ始末だ。
「ひぃぃぃ……!! 虫が、虫がぁ……!」
泡を吹いて卒倒しそうななのかだが、倒れてホコリまみれにはなるまいと、なんとか足に力を入れた。
土足で踏み入ることは躊躇われたものの、この惨状に、靴を脱いで上がる勇気はない。
「なのかさん、ボクも探そうか?」
ガクガク震えるなのかを、ユルが心配そうに見つめるが、
「い、いやいや、ここまで一緒に来てくれたし、私がやるって決めたことだし……」
幸運なことに、縁側に面した障子は開放されており、居間の奥に破れた掛け軸が。
なのかは意を決すると、縁側から一気に上がりこんで、破れた掛け軸に手を伸ばす。
発動、《|武装化記憶《サイコメトリック・ジオキシス》》――掛け軸を通し、老人の声がなのかの脳内に響く。
「!!!!?!?」
声にならない悲鳴をあげるなのかに『誰や、お前は?』と、呆れた声が聞こえた。
『見たことのない女やな。都会モンか?役人に言われて来たのか?』
「あの、この村にしばらくお邪魔させてもらいたくて……よろしいです?」
『好きにしぃよ、どうせ皆おらんようになるんや』
記憶の声はあっさり許可したが、どこか投げ槍な態度に映る。
なのかにとっては、話の糸口として都合がいい。
「ここで、何が起きたの?」
『こんな山奥まで水道も電気も引けんから、役人が“もう街に引っ越せ”とよ。若い連中は経済バブルとかで、都会に住み着いたまま、残るのは爺婆だけ。そんで皆、出ていかなならん』
老人はなのかの世代から、おそらく6世代ほど前……短く見積もっても昭和中期の人物だろう。
住民の少ない地域は、インフラ整備などの都市開発が後回しにされやすい――そして若者が離れていき、消滅集落まで秒読みとなる。
誰かに罪があるわけではない。高齢化や人口減少など、時代の流れによって人が離れた。
だから、ここは『|特別な事情がある《いわく付きの》土地』ではない。
なのかが交渉している間――ユルは一人、思案を巡らせる。
(「足跡があった以上、他にも誰かいることは間違いない。……うん、目撃情報を集めよう」)
《ゴーストトーク》で、ユルの祈りを受けた者が、生前の姿に変わっていく。
『あらやだ、都会のお嬢さんかしら?』
現れた|農作業着の主婦《インビジブル》に、ユルが単刀直入に問いかけた。
「ボク達以外に、変な人達が村に侵入してない?」
『中折れ帽を被った、黒ずくめの人達が現れるようになったねぇ……なんでかね、大きなヒヨコが一緒に歩いとるのよ。着ぐるみっていうの?』
「着ぐるみの、ひよこ?」
前者はまだしも、突然の“ヒヨコ”にユルも困惑を隠せない。
だが、“目撃した内容”を“正確に”説明してくれる√能力だ。彼女は間違いなく、目撃している。
(「着ぐるみのヒヨコに見える怪人ってことだよね、たぶん幹部怪人で」)
ユルがその両面を警戒しようと判断しようというとき、主婦はもうひとつ付け加えた。
『ああ、それとね。――さっき中学生くらいの子供がいたよ、二人組の』
●潜入(班)
同時刻、杉澤村に向かった二人組はもう一組いた。
狼耳を隠すための帽子を被り直しつつ、|土方《ひじかた》・ユル(ホロケウカムイ・h00104)は、“杉澤村”を訪れる前に集めた、“杉沢村”の情報を改めて確認していた。
「本来の杉沢村は『事件が起きたことで地図から消えた』、とされているのね……人怖系でもあり、心霊系の都市伝説でもある、と」
他にも、実際に起きた事件が由来となった説もあり、そもそも村が存在しなかったのでは?という疑惑すらある。
不確定情報でも一通り目を通したら、ユルは情報を収めたスマホを仕舞う。
「市民が巻き込まれる可能性があるなら、放っておけないわね……あの、そろそろ離してもらえる?」
ユルは袖を掴む、|太曜《たいよう》・なのか(彼女は太陽なのか・h02984)を見下ろした。
途中まではノリ気だったのに、近づいてきたと見るやこの様子。
「だだだだだだってぇ……見たよね? 注連縄の付いた石が置いてあったり、赤錆びて読めない看板が転がってたり! なんか変だよね!?」
なぜプラグマはわざわざこんなところを選ぶのか! 悲鳴じみた抗議の声をなのかはもらすが、ユルは「そういうところだからよ」と断言。
「人目を気にせず拉致できて、消息不明を“都市伝説に遭った”で世間が片付ける。噂が広まれば新たな被害者がここに来て……ネズミ講みたいな話よ」
真偽不明となることで、無関係な者達には危機感を抱かせず、好奇心だけ掻きたてる――所詮、ゴシップの類いだ。
事実確認できないケースでは警察も動きようがない。
「何かある、これは絶対なにかある!!」
「……早く行くわよ」
ユルに引っ張られる形で、なのかも架空の廃村へ入村していく。
住居と納屋を合わせても10に満たない、かなり規模の小さい集落だったらしい。
へっぴり腰のなのかは、しきりに周囲を見回して、村の状況を確かめる。
「インビジブルは……普通にいるね、この辺に残ってるだけ? 通りすがり?」
あまりに落ち着きがなく、なのかに別行動を頼むのは厳しいとユルは判断し、
「|お姉ちゃん《・・・・・》、|お化けなんて出ないわよ《・・・・・・・・・・・》」
「へ!?」
戸惑うなのかに構わず、自身の用意した|偽装設定《アンダーカバー》を共有していく。
「遺品が残ってたら持ってきてほしいって、ひいお祖父ちゃんが珍しく頼ってくれたんじゃない。無人のはずなのに、足跡もあるし……変なことに巻き込まれたら大変だよ、早く済ませよう?」
(「侵入者の数は、敵にとって大きな問題じゃないはず。でも監視されているなら、情報共有も気を付けないと……これで伝わったかな?」)
ユルが凝視していると、意図のある行動だとなのかも気付いた。
「そ、そうだね! ひいお祖父ちゃんの生家ってどれかなー?」
話を合わせることにしたなのかだが、恐怖心が和らぐわけではなく、適当な廃屋に入るときもずっとソワソワしていた。
廃屋も畳が毛羽立ち、天井からホコリがぶら下がっていたり、押し入れまでホコリが溜まっている。
老朽化により、家屋には隙間ができているのか、不快な虫が無数に入りこむ始末だ。
「ひぃぃぃ……!! 虫が、虫がぁ……!」
泡を吹いて卒倒しそうななのかだが、倒れてホコリまみれにはなるまいと、なんとか足に力を入れた。
土足で踏み入ることは躊躇われたものの、この惨状に、靴を脱いで上がる勇気はない。
「なのかさん、ボクも探そうか?」
ガクガク震えるなのかを、ユルが心配そうに見つめるが、
「い、いやいや、ここまで一緒に来てくれたし、私がやるって決めたことだし……」
幸運なことに、縁側に面した障子は開放されており、居間の奥に破れた掛け軸が。
なのかは意を決すると、縁側から一気に上がりこんで、破れた掛け軸に手を伸ばす。
発動、《|武装化記憶《サイコメトリック・ジオキシス》》――掛け軸を通し、老人の声がなのかの脳内に響く。
「!!!!?!?」
声にならない悲鳴をあげるなのかに『誰や、お前は?』と、呆れた声が聞こえた。
『見たことのない女やな。都会モンか?役人に言われて来たのか?』
「あの、この村にしばらくお邪魔させてもらいたくて……よろしいです?」
『好きにしぃよ、どうせ皆おらんようになるんや』
記憶の声はあっさり許可したが、どこか投げ槍な態度に映る。
なのかにとっては、話の糸口として都合がいい。
「ここで、何が起きたの?」
『こんな山奥まで水道も電気も引けんから、役人が“もう街に引っ越せ”とよ。若い連中は経済バブルとかで、都会に住み着いたまま、残るのは爺婆だけ。そんで皆、出ていかなならん』
老人はなのかの世代から、おそらく6世代ほど前……短く見積もっても昭和中期の人物だろう。
住民の少ない地域は、インフラ整備などの都市開発が後回しにされやすい――そして若者が離れていき、消滅集落まで秒読みとなる。
誰かに罪があるわけではない。高齢化や人口減少など、時代の流れによって人が離れた。
だから、ここは『|特別な事情がある《いわく付きの》土地』ではない。
なのかが交渉している間――ユルは一人、思案を巡らせる。
(「足跡があった以上、他にも誰かいることは間違いない。……うん、目撃情報を集めよう」)
《ゴーストトーク》で、ユルの祈りを受けた者が、生前の姿に変わっていく。
『あらやだ、都会のお嬢さんかしら?』
現れた|農作業着の主婦《インビジブル》に、ユルが単刀直入に問いかけた。
「ボク達以外に、変な人達が村に侵入してない?」
『中折れ帽を被った、黒ずくめの人達が現れるようになったねぇ……なんでかね、大きなヒヨコが一緒に歩いとるのよ。着ぐるみっていうの?』
「着ぐるみの、ひよこ?」
前者はまだしも、突然の“ヒヨコ”にユルも困惑を隠せない。
だが、“目撃した内容”を“正確に”説明してくれる√能力だ。彼女は間違いなく、目撃している。
(「着ぐるみのヒヨコに見える怪人ってことだよね、たぶん幹部怪人で」)
ユルがその両面を警戒しようと判断しようというとき、主婦はもうひとつ付け加えた。
『ああ、それとね。――さっき中学生くらいの子供がいたよ、二人組の』
第2章 ボス戦 『『DEEP-DEPAS』』
●第三の要素
ほぼ同時に、2つの命運に引き寄せられた。
プラグマの構成員は、ようやく現れた標的に目を光らせ。
インビジブルは、入りこんだ“余所者”を値踏みするように観察し続けている。
拮抗した天秤を傾ける要素は、ただひとつ。
――|第三者《敵対者》の運命力だ。
黒ずくめの構成員らは、廃屋に入っていく√能力者を見つけ、襲撃するタイミングを見計らっていた。
だが、“|招かれざる来訪者《エンティティ》”の出現までは、想定していなかった。
「? なにか言っ『!!!!』
理解できない言語による咆吼が、確認する声を掻き消していく。
その姿を視認する前に、|謎の存在《エンティティ》の雄叫びがインビジブルを呼び寄せ、構成員を同化させるべく取り込みにかかる。
「緊急事態発生。狂化インビジブルの出現を確認。規定に則り、実行部隊は戦略的撤退を開始する」
インカム越しに指揮官へ判断を伝えるが、
『ピッ!? ぼくは撤退なんて指示しないし! 狂化インビジブルごと制圧するピヨ!?』
「|雇い主《プラグマ》から失った“信頼”を簡単に取り戻せると? |信頼関係を軽視する《無責任な》傭兵など、じきにお役御免だな」
認めない指揮官へ、構成員は臆することなく反論した。
どうやら正規の幹部怪人ではないらしく、通信越しに口籠もった様子を察し、構成員達は指示を待たずに撤退していく。
『gaerxznbc-asdihor.iulfqi!!!』
残されたのは、言語化すら不可能な叫びを放つ|DEEP-DEPAS《謎の存在》のみ。
その雄叫びで周囲の廃屋を揺るがし、そして狂わせたインビジブルに、自身との同化を促す。
あれこそ、√EDENで“実体を伴う都市伝説”となり得る脅威の片鱗。
只人にとって、見えざる危険存在である以上――ここで鎮圧せねば。
●呼応
まだ遠いが、そのうちきっとやってくる時――それを『将来』と定義するなら。
3日後、半年後、1年後も10年後も当てはまるだろう。
発生時期だけが不定だった、確定事象。それが|杉澤村《架空の廃村》に潜む、|謎の存在《エンティティ》が起こす襲撃事件。
|逆刃《さかば》・|純素《すぴす》(サカバンバの刀・h00089)はいの一番に、DEEP-DEPASへ迫る。
(「言い訳はしません。あなたたちがおかしくなって、生きている人たちまで手にかける前に」)
「ここで、止めますぴす!」
《古龍降臨》で、純素が太古の神霊『古龍』を招来し、霊気を纏いながら霊剣を引き抜く。
照りつける太陽を物ともせず、瞬く間に躍り出る純素をDEPASが認識したとき、彼女はすでに剣を振り上げていた。
剣技“霊剣術・古龍閃”で空間を揺るがす波動ごと穿ち、刀身が陽光閃く軌道を描く。
陽の気を受け、霊験|灼《あらた》かな刃は力を増したのか、DEPASも咆哮を上げ、
『1tdusergfd-swqft!!』
新たなインビジブルが姿を現したものの、純素も見逃すつもりはない。
「皆さんには、もう生前の記憶はないでしょう……ですが! どこにも流れず、残り続けた|魂たち《インビジブル》と戦いたくないぴす」
意思疎通できるか解らなかったが、純素は自身の思いを叫んだ。
ビュウビュウと逆巻く暴風のごとき、DEPASの雄叫びに掻き消されてなるかと、|いつかの誰か《インビジブル》に呼びかける。
「どうか、どうか荒ぶる|誰か《・・》を鎮めるために……力を貸してほしいぴす!」
『krynsaardrt!!!』
純素の声を遮るように、DEPASが仰け反りながら天に吼える。
しかし、インビジブル全てが応じたわけでは無かったようだ。
√能力者は、目視したインビジブルを|エネルギー源《・・・・・・》として、|万能の力《√能力》を使用する。
――数体のインビジブルは、純素が纏った霊体を補うように自らを捧げると、泡沫となり消えていった。
同化しようと迫るインビジブルを、純素が霊剣で祓いながら、
(「せめて、穏やかな来世を……ぴす」)
心の中で感謝の念を向け、DEPASに挑み続ける。
●影響
DEEP-DEPASの周囲は空間が歪曲し、だからこそ影響力が強いのか。
あれの叫びを聞きつけ、レミィ・カーニェーフェン(雷弾の射手・h02627)が世界の亀裂から現れた。
「夏休みも冒険を……と思っていましたが、危険は見過ごせません!」
幸か不幸か、|架空の廃村《杉澤村》と山の境界にいる。
山々に反響するDEPASの絶叫だが、周囲から感じる野生動物の怯えた気配に、レミィは現状を推察していく。
「さっきの声と戦闘音がしますね、ここが戦場なら……まずは状況を確認しましょう」
建物はそう高くない。
レミィが納屋からよじ登り、母屋へ飛び移ると、交戦中のDEPASを目視。
精霊銃『ミカヅチ』を|大棟《屋根の頂点》で銃身を支え、射撃姿勢を整えた。
(「目標捕捉――精霊さん、お願いします!」)
照準器を覗きながら《|雷波探知《エレクトロソナー》》を発動し、半径35メートル内に雷の精霊を解き放つ。
微弱な電流で硬直させ、DEPASめがけて引き金を数度引いた。
『rbwpv1ft+dsx.gt1d!!!』
狙撃されたDEPASが、ひときわ大きな絶叫をあげるや、インビジブルを招集する。
インビジブルの一部はレミィめがけて突撃し、銃身で振り払う一方で、触れた者は同化しようと侵蝕し始めた。
「このインビジブル達には敵意を感じないです、あっちを止めませんと!」
身体の一部に違和感を覚えつつ、レミィは次の狙撃ポイントへ駆けだす。
●解放
「あぁ、DEEP-DEPASが顕現するとはね……ボクの判断が裏目に出たかな」
大事にしない。インビジブルを刺激せず、プラグマ対策に留めるべきではないか?
|土方《ひじかた》・ユル(ホロケウカムイ・h00104)の意図から状況は外れた。
判断が裏目に出た訳ではない――下っ端の手に負える相手ではなかった、というだけ。
とはいえ、世間はそれほど大ごとにしないし、杉澤村の噂も気に留めなくなるだろう。
√EDENの強力な“忘れようとする力”と、ネットに膨大な情報が溢れ続ける限り、真実も虚構も数時間で色褪せていく。
――SNSの大部分は、|流行の最先端《無責任な部外者》が構成しているのだ。
「大物がかかったよう、だ……ね?」
別方向から駆けつけたルスラン・ドラグノフ(лезгинка・h05808)だが、|見かけない狼耳《ユルの存在》に気付き、僅かに目を逸らした。
(「DEPASの出現直後に、誰かの声が聞こえたけど……構成員を誘きだしてたのかな。けど、こいつもいつか対処しなきゃいけない相手だから」)
重心を低くして、ルスランが身構える。
夏空の下、寒気を催す禍々しい圧迫感には、いっそうの異質さと異物感を覚えた。
「配信の真似事だったとはいえ、ボクにはこっちの方が性に合う」
得物を抜くと、飛びだしたユルに続き、ルスランが交戦するDEPASめがけて飛びかかる。
『wjhdkir+2fhms3fjt!!!』
立ち姿は人と酷似しているのに、DEPASの影はアスファルトに浮かぶ陽炎のごとく、形が定まらない。
純素の霊剣が放つ一撃に、DEPASが大きく乱れたように感じて、ユルも愛刀に手を伸ばす。
「狂化されると手に負えないんだよね……普通ならばね」
刀身がキラリと閃いたと思いきや、ユルは鋭い踏み込みで肉薄する。
「ボクの愛刀に貫けぬモノはない、受けよ!」
《天然理心流・牙突一本突き》――片手一本で突き込む。
一直線に迫り来るユルに対して、DEPASは視界に映るインビジブルと入れ替わり、暴走したインビジブルが衝動的に廃屋を巻き込んでいく。
『ppsrtfnldfg-2rtfdgh!!』
「死合いの場で、十全の力を発揮できるかな」
死に|合《お》うて生き残るると思うなかれ。
撫で斬られた錯覚を覚えるほど、ヒリつく殺気が周囲に立ちこめていく。
(「うっわ、他の個体と入れ替わってくるの? 直撃は避けたいんだけどなぁ」)
然しものルスランも、プラグマの構成員が過大評価した訳ではないことを実感し、√能力を発動しながら機を窺う。
《死せる魂》で生じる呪詛の弾丸は、凄まじい破壊力の代償として、死せる魂を|60秒間《・・・》チャージした直後に、|近距離の標的《・・・・・・》を対象に発動できる。
距離をとり過ぎても届かないし、発動タイミングがズレれば不発に終わってしまう。
さあ、|無事に《無傷で》やり過ごせるかな?
『klqme-drtdazndtyfbcv!!!!』
空間が震え、煽りを受けた廃屋の脆くなった建材に亀裂が走り、特に劣化の激しかったものは音を立てて崩れた。
指定した対象は、屋根瓦。震動でボロボロと剥がれ落ちる瓦が、ルスラン達の頭上に降り注ぎ、
「あなたの生家もあるんじゃ――いえ。記憶も残らないほど、長い間ここにいた訳ですか」
大きいものは波刃の護身ナイフで砕き、小さいものや破片は頭部を庇う形で受け止め――まもなく60秒。
手でピストルを作ると、チャージしていた死魂を指先へ集めていく。
「きっと|縊死《いし》の方がマシですよ、ほらほらほら!」
至近距離まで飛びこみ、指先から呪詛の弾丸を射出――怪しく光る右眼を撃ち抜かれ、DEPASは両手で顔を押さえながら、脳の芯まで響く絶叫をあげ始める。
それは激痛に苦悶しているようにも見えた。
「エデンの守護者として、成敗する!」
隙を逃すまいと、ユルの一太刀が刺し貫く。
ぽっかりと穴が空いているはずなのに、胸を穿った一撃には確かな手応えがあった。
『yrdg.tghut――……』
直後、DEPASは蝶の群れに姿を変え、バラバラと掻き消えていく。
ひとまず一難去ったと深呼吸するユルとは対照的に、ルスランは膝に手をついた。
「はぁはぁ……予想は、してたよ……なかなか、タフな、相手だった」
「休憩を勧めたいところだけど――ねぇ、いつまでボク達を観察しているつもり? 不意打ち狙いなら無駄だよ」
ユルが半壊した納屋を注視すると、
「バレちゃったなら仕方がないピヨ」
陰から現れたのは、麦わら帽子を被り、自動小銃を抱えた|等身大サイズの《着ぐるみっぽい》“ヒヨコ”。
首謀者の情報を把握していなかった、ルスランは思わず二度見する。
「ひよ、こ? え、ひよこが黒幕?」
「ボクも耳を疑ったけど、徹頭徹尾、他人をコケにして……今なら納得できるよ」
壮大な計画? そんなことはない、子供騙しにも程がある。
そんな“子供騙し”さえ罷り通ってしまうかもしれない、それがSNSの怖ぁいところだ。
第3章 ボス戦 『ベンジャミン・バーニングバード』
●|それってあなたの感想ですよね《どこに根拠があるんです》?
「さっきからヒヨコ、ヒヨコって! ぼくには“ベンジャミン・バーニングバード”っていう|ぷりちー《・・・・》なお名前があるピヨ!」
ぷりぷりする着ぐるみのヒヨコ――もとい、ベンジャミンは両手羽を上下に振る。
「黒服くんは勝手に帰っちゃうし、なぜか√能力者が来ちゃうし、今日は散々ピヨ……SNSの情報をなんでも信じちゃう、頭よわよわのぴゅあぴゅあ鵜呑みキッズがもうすぐ釣れそうだったのに!」
ネットが普及し、虚構が大手を振って歩くようになった。
仮想現実の美少女おじさん。正体不明のネット彼女。広告動画でよく見る自称インフルエンサー。
――本当に“|清廉潔白《・・・・》な人物”だろうか?
薄皮一枚、剥がれた先には想像を絶する“地獄”もある。けれど、数億人の中に潜む“人狼”を見分ける術はない。
騙されたと思いたくなくて、ムキになり、底なしの沼に沈んだ者もいるかもしれない。
顔も知らない部外者が冷笑する――“自業自得だ”“騙されるほうが悪い”と。
ベンジャミンの標的は、そういう|公共の電波《ネットやSNS》で無警戒、かつ無防備な者達だったようだ。
|杉澤村《プラン》も、首謀者も、空っぽな中身で嘲笑うハリボテそのもの。
楽して稼いでモテまくり? そんな美味い話、宇宙の果てにもある訳ない。
それこそ“|都市伝説《妄想の産物》”だ。
この愛らしい|ヒヨコ《怪人》も、騙そうとした|カモ《標的》と変わりない。世間を舐め腐っている。
「こうなったら、ぼく一羽で成果を出しちゃうピヨ。ついでに黒服くん達はリムジンのボンネットで焼きを入れる、リムジンバーベキューの刑ピヨ!」
ピンチとチャンスは紙一重。
逆転満塁ホームランを決めようと、ベンジャミンが怪気炎をあげて銃口を向ける。
●証明
都市伝説の定義は“根拠のない噂話”とされる。
根拠。つまり、情報の信ぴょう性を保証する“事実”を確認したり、証明できないことが、都市伝説を虚構たらしめるのだ。
だから√EDENでは、妖怪も実在しないし、人外の存在も空想の住人――という定説が一般的。
しかして事実は異なる。
付喪神である|勢尊《ぜいそん》・|暴兵《ぼうへい》(10日の火曜日・h05543)、|世界難民《吸血鬼》の|眞継《まつぐ》・|正信《まさのぶ》(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)らの存在が、事実を物語っている。
正信は真夏の日差しの中でも涼やかに、日除け用のフェドーラ帽とサングラスの優雅な装いで佇む。
「部下が仕事を放棄してしまったのは災難だったね……だが、不特定多数へ空言を発信し、危害を加える行為は頂けない。怪人にも信念はあるのでは?」
紳士的に諭す正信だが、傭兵怪人ベンジャミン・バーニングバードは「信念で業績は上がらないピヨ!」と反論。
「ぼくは傭兵さんなの! ぜーんぶ結果で決まるの、信念なんか邪魔なだけピヨ。それに、事実確認もせず|又聞きの話《ネットの情報》を鵜呑みにするほうがよくないピヨ!」
かなり理不尽な言い分だが、ベンジャミンの反論に暴兵は感心の声を漏らし、
「あるよな、“SNSで話題の~”とか“人気急上昇中の~”とか……どれも印象操作だって気付いてやしない。……でもなぁ」
目つきが虚ろになっていく。
ある種のトランス状態と言っていい。彼にとっての|地雷《・・》を、ベンジャミンはとっくに踏み抜いていた。
「貴様もその類いだ、私には解るぞ。真夏の都市伝説スポット? リア充共が群がり『きゃーこわーい』とイチャつきチャンスを狙う下地を作るとは、何事だ! それになんだ、リムジンって? リア充をアピールしているのか!!」
自身の発言で興奮状態に陥る暴兵は、ベンジャミンを上回る理不尽とともに飛びかかった。
制止する間もなかった正信だが、死霊犬|Orge《オルジュ》を呼び出すと、ベンジャミンの攻撃に備える。
誰が言ったか、“化け物には、化け物をぶつけろ”という|相殺戦術《漁夫の利》。
まず仕掛けたのは暴兵。手斧の凶刃を銃身で受け止めたベンジャミンだが、殺意が漲る暴兵は脇腹へ強引に蹴りこむ。
互いにはじき合い、間合いが開いたところで、ベンジャミンが号令をかけた。
「BBBゆるキャラ分隊、出動ピヨ~!」
事前に招集されていた《ゆるキャラ分隊》に攻撃要請を出し、12体のゆるキャラが暴兵に自動小銃をを向ける。
ファンシーな容姿とは裏腹に、慣れた手つきで装弾する姿は、戦場を生き残った猛者そのもの。
「リア充ライフを噛みしめ溺死しろ。リムジンごと爆破解体してやる!!」
引き金を引くより速く《オートキラー》を発動して、分隊の一体に手斧を喰らわせるが、他の11体は銃撃を浴びせかかる。
その様子に、正信は手をかざすと、
「銃……とても恐ろしいものを使うのだね。この|日常の跡地《廃墟群》には、静けさのほうが似合う」
影から無数の蝙蝠の群れを招来される。
《|闇翼乱撃《バティマン・ノクチュルヌ》》による蝙蝠の群れが、暴兵を襲う分隊ごと、ベンジャミンを猛烈な勢いで噛み千切っていく。
「いたたたたたた!? ぼくの“もふもふぼでー”が痛んじゃう、こうなったら――」
ベンジャミンは通信機を取りだすと、通話音量を最大にして頭上に掲げる。
すると、
『どうして捜索してくれないんだ! 本当に消息不明になったのに……どうせ殺しまではしないと思ってるだろ? 要求に応じないなら|ガキ《園児》だろうと殺るぞ!!』
誰かの必死に訴える声が流れだし、正信の瞳に動揺が滲む。
《ジャックポット。タクティクス》――数日前にプラグマが実行した、幼稚園バスジャック作戦での通信記録のようだ。
無論、『|発言者の真意《音声の切り抜き疑惑》』や『|実際に起こった事件《収録のための狂言》』か、正信には今すぐ確かめる術がない。
だからこそ、回避行動を|阻止する《失敗させる》ほどの衝撃を与えた。
「よそ見は危険ピヨ!」
ベンジャミンは通信機を放り投げ、躊躇いなく正信へ銃弾を浴びせかかる。
着弾した衝撃によって、正信は大事なことを思い出した――この事件を構成する要素は全て『嘘』なのだと。
正信が銃創に手を這わせると、生温い液体が手の平を赤く濡らしていく。
「紳士協定を遵守するつもりはない、と。……本当に、恐ろしいことをする」
「銃はハワイで親父に習いましたって? リア充は実家も太くていいなぁ、私はリア終だがなぁ!?」
被害妄想と私怨まじりの暴兵が食ってかかり、横槍を入れる|外野《分隊》を振り払おうと、正信は√能力でベンジャミンごと食いつかせる。
全てを疑え。ここにある唯一の真実は“嘘偽りの都市伝説がいかに滑稽か?”ということだ。
●真偽
|土方《ひじかた》・ユル(ホロケウカムイ・h00104)は『謎の着ぐるみヒヨコ』に、肩透かしを喰らった気分だった。
(「どこぞの軍需企業がマスコットにしているって噂の着ぐるみだっけ。正体見たり……だけど」)
「可愛い見た目で騙し討ちを狙うコンセプト? どう頑張っても、その腹黒さは隠せないよ」
鋭い視線を向けるユルに対し、 ルスラン・ドラグノフ(лезгинка・h05808)は愛想笑いを浮かべる。
社交辞令の空々しい微笑、という側面のほうだが。
「頭ゆるふわキッズじゃなくて、√能力者が釣れたんだよ? しかも集団で。よかったねー、作戦が優秀すぎちゃったのかなー?」
皮肉をこめておだてるルスランに、ベンジャミンは「嬉しくないピヨ!」とくちばしを尖らせた。
密猟するなら、|凶暴な鮫《√能力者》より|養殖の鮪《一般人》のほうが抑えやすい。安全面では段違いであることは間違いない。
「|この世界《√EDEN》を容易に侵せると思わないことだね、尖兵はここで討つ」
どれだけ気の抜ける外見だろうと、現場を預かっている以上は、力量を評価されていると同義。
真剣勝負と認識し、改めて柄に手を添えると、ベンジャミンへ大きく踏みこんだ。
「刀剣が衰退した理由を教えてあげるピヨ。――接触する前に、射殺できちゃうからピヨ!」
天然理心流の型は、得物や使い手によって姿形を変える。それは《BBB戦闘術》も同じこと。
自動小銃による牽制射撃をユルの足元へ撃ちこむと、射線を切ろうと警戒していたユルの視線が下を向く。
そこにベンジャミンが、毛玉を巻きながら一気に飛びこみ、ユルをホールドした。
(「動きを読まれていた!? いや、ボクには間合いの不利があった。相手もセオリー通りに動いただけ」)
刀狩りを落ち延びたサムライの遺物に、現代兵器が負けるわけない――その理屈は“慢心”に過ぎない。
なぜなら、
「銃が最強じゃない理由を教えてあげるよ。――近すぎると、かえって使いにくいからだよ!」
ベンジャミンがナイフに持ち直そうとした一瞬、組み付かれるユルは納刀していた刀を無理やり引き抜き、ホールドする片手羽を深く斬りつける。
腕を斬られた痛みにベンジャミンが怯み、すり抜けついでに鞘で額をしたたかに一打ち。
「剣士の間合いに入って、無傷で済むと思わないで」
「ぴぃー! ぼくのかわいいおててがえらいことだピヨォ!?」
ユルが大立ち回りしたおかげで、ルスランも息を整える余裕が生じた。
その間に、ベンジャミンの動向を軽く考察する。
(「とりあえず煽ってみたけど、騙し討ちとか情報戦とか狙うあたり……見かけによらず賢い系? 警戒して不意を突かれるなら、警戒しないほうがむしろ安全かも」)
そして、ナイフから|Вешница-сорока《魔女の鳥の杖》に持ち直すと、バットのように構え――ベンジャミンの側頭部に振り抜く。
「びよぉぉぉ!?」
「へいへーい、ピッチャービビってるー? 僕もいるのに忘れちゃってたんだ、これがホントの“とりあたま”?」
冷静な判断力は、大胆な打開策を生みだしかねない。
とにかく調子を崩してやろうと、ルスランが挑発し続けていたら、再び《ゆるキャラ分隊》に号令をかけてルスランへの一斉攻撃を指示する。
「モグラならぬヒヨコ叩きゲームの始まりだ! 杉澤村の夏はまだ終わらない!」
ルスランも再び《死せる魂》を発動し、死魂を自らに充填しながら分隊を杖で殴りつけていく。
反応速度が半減している影響か、かわすより速く、ルスランの殴打がゆるキャラ達をかち上げる。
「こういうときは“|十字砲火《クロスファイア》”ピヨ、包囲射撃で風穴だらけにしちゃうピヨ!」
「ちょ、このヒヨコ、普通に強いし!?」
着ぐるみを集団で袋だたきにする絵面もヤバいが、ゆるキャラっぽい集団が、未成年を袋だたきにすべく銃をぶっ放す絵面も、なかなか倫理観が問われそうだ。
オーラで着弾の衝撃軽減を狙いつつ、体内時計が60秒間近とルスランに告げた。
(「|ガワ《羽毛?》はだいぶ傷ついてるし、斬られた腕の傷を抉りこんだら怯ませられるかも」)
死魂を杖に集中させ、バッターボックスよろしく“ホームラン宣言”のポーズをとり、
「強い道具を使うから“強い”と思ってない? 逆だよ、逆。 ――使い手が強いから、強く見えるんだよ!」
フルスイングした杖の先から、呪詛の弾丸を射出。
禍々しい気配の弾丸は、吸い込まれるようにベンジャミンの裂傷へ食いこむと、強烈な衝撃は手にする自動小銃すら軋ませた。
「み゛ぃ!!」
原型を留めている分、まだ見ていられるが、ベンジャミンは見た目以上に深い傷を負ったようだ。
ストラップで支えているにも関わらず、傷ついた片手羽に銃を支える力はなくなっている。
「む、むむむ……ぼくの計画は、うまく進んでたはずピヨ……まだ、巻き返し、できるピヨ!」
部下にコケにされた挙げ句、始末書作成までやらねばならないなんて。派遣社員なら即日で契約解消を申し入れるだろう。
銃床を胴体に押しつける形で、片手撃ちしようとベンジャミンが引き金を引く。
――だが、銃から弾丸は出ない。
「|ジャムった《弾詰まり》!? ちゃんと整備させてたのに!」
「まだ気付いてないの? その小銃、細工してあったのに」
怪人の焦る様子に、ユルは不敵な笑みを浮かべた。その真意に、ルスランも気付く。
(「僕の攻撃で故障したっぽいけど……ああ、嘘つきに教える必要はないか」)
冷静さを欠いている証拠として充分。嘘まみれの幕引きに“真実”は釣り合わない。
「その様子だと、本当に気付いてなかったんだ。ウチの潜入捜査官が入りこんでたのに……おかげで不良品にすり替えやすかったけどね」
彼女の言葉が、嘘か真か。――今この瞬間、確かめられるか?
《第零課潜入捜査作戦》で、実際に何をして、どこまで達成したかはユルだけが知っている。
「く、黒服くんはプラグマ製の改造人間ピヨ、顔が違えばすぐ気付く|はず《・・》ピヨ……!」
「はず? 断言できないってことは、見落とした可能性に心当たりがあるの?」
――噂とは、発言がじわじわと拡散され、大勢の人々が共有することで、ようやく認知されていく。
この騙し合いは、長期的な計画だと気付いたユルの|作戦勝ち《・・・・》だ。
「う、うぅぅ……銃が使えなくても、|これ《ナイフ》があるピヨ!」
動揺するベンジャミンは弾詰まりした自動小銃を投げ捨て、ナイフ一本に持ち帰る。
この時点で、勝敗は決したも同然だった。――刀とアーミーナイフ、どちらの刀身が長いか。
斬りかかってきた怪人めがけ、ユルはもう一言。
「――今だ!」
ベンジャミンの背後に向かって叫ぶ。あたかも“隠れる誰か”へ合図するかのよう。
死角を突かれたと思い、咄嗟に背後を見た瞬間――ベンジャミンの片手羽ごと、一刀のもと斬り捨てる。
ガクリと身体が傾く最中、ユルの発言は|虚事《そらごと》だとようやく気付いたが、数秒後に事切れた。
「長く、暑苦しい戦いだった……クーラーがガンガンに効いた部屋で昼寝したい」
夏の直射日光を浴び続けると、妙に体力を使った気分になる。
夜型吸血鬼のルスランには苛酷な状況、『もう引き上げよう』と暗に提案してみた。
今回の一件は√EDENの外から持ち込まれた虚言が原因だが、√EDENで発生した噂なら、話題に上がり続けるかもしれない。その影響をユルは懸念していた。
「このまま放置したら、別の都市伝説が生まれそうなんだよね……応援を呼ぶにも時間がかかるし、片付けておこうかなって。待たせるのもなんだし、先に戻ってて」
部外者の関心が集まらないよう、ユルは崩れた屋根瓦などを拾い集め、納屋へ移し始める。
なんとなしに気まずく思い、熟考した末、ルスランも廃墟の趣を崩さない程度だが、ちょっとだけ片付けに加わった。
怪談噺というにはリアルすぎるが、実話として語るには“証明”が難しい――真相は√能力者の間だけで語り継がれる。