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#√EDEN #√汎神解剖機関

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●月影昏く無辜の血流れ
「ようこそ、さだめの星に導かれし者たちよ」
 そう言って、サリエル・コードウェイナー(天宮仰ぐ銀の霊眸・h00064)は微笑んでみせた。
「ゾディアック・サインがワタシに告げた。√汎神解剖機関より√EDENへと侵入した簒奪者『リンドー・スミス』が、楽園の住人を傷つけようとしている」
 リンドー・スミス。FBPC――連邦怪異収容局のエージェントたるその男は、ヒトでありながら他√の人々を害することに躊躇いがない。
「場所は√EDENの日本、とある公園。ここは今、夜の間イルミネーションでライトアップされている。リンドーはこのイベントに乗じて人々を傷つけ、あるいは誘拐しようとしているんだ」
 夜毎に来訪者が消える。そんな事件が起これば噂のひとつも現れそうなものだが、そこは歴戦のエージェントといったところか。リンドーは自分達の痕跡を巧妙に消し去っており、さらに√EDENを満たす「忘れようとする力」が作用しているために目撃者の証言や物的証拠といった手がかりはほぼ皆無と言える。
「だから、キミたち√能力者が直接現地に赴き、簒奪者の企みを阻止するよりほかに手段はない」

●東雲の狭間に涙溢るる
 現場となる公園で大々的に捜索を行えばリンドー達に敵対者の存在を気づかれてしまう。そこで、まずは見物客に紛れこんでリンドー達が行動を起こすまで待たなければならない。
「簒奪者が動き出すのは閉園が近づいてきた夜九時以降。もちろん時間ギリギリに駆けつけても構わないが、あらかじめ現場の下見をしておくのも悪くないだろう」
 それに、とサリエルは言葉を切って、ことさらに平静さを作った声で言った。
「公園に集まった人々の中に、キミたちのAnkerがいないとも限らない」
 欠落を抱えるが故に力を得た√能力者にとって、Ankerの存在は欠かすべからざるものだ。簒奪者達が意図的にAnkerだけを狙うことはないだろうが、事件に巻きこまれてしまう可能性は無視できるほど小さくはない。
「心当たりがあれば、キミのAnkerから目を離さないことだ」
 リンドー・スミスはとある怪異の狂信者達を引き連れ、実働部隊としている。捕獲した信仰対象の解放を交換条件に取引をしているのだ。
「FBPCにとって、この信者たちは駒にすぎない。もしもリンドーがキミたちの存在に気づいたら、彼は狂信者達を贄として√EDENのインビジブルを狂暴化させ、けしかけてくるだろう」
 どちらの敵を相手取るにしても、同じように蹴散らさなければ安全は確保できない。

●黎明仰げばさだめの星ひとつ
 数の多い敵を撃破することができたら、後はリンドー・スミスと戦い、倒すだけだ。
「リンドーはキミたちと同じ√能力者だ。怪異の特性を利用した√能力を駆使し、アメリカの『秘匿戦力』と呼ばれてもいる。一人だからと言って油断は禁物」
 もちろん√能力者であるから、この戦いで彼を倒してもリンドー・スミスの存在が完全に消え去るわけではない。いずれどこかで復活を果たし、新たな事件を引き起こすだろう。
「だからといって、今回の事件を見過ごすわけにはいかない。リンドーの目的がどこにあるにせよ、√EDENのインビジブルを彼らに渡すことはより大きな災いを呼ぶ」
 言って、サリエルは芝居がかった仕草で頭上を指してみせた。
「さあ、さだめの星は輝いた。あの光が消えないうちに、リンドー・スミスを楽園から追放してほしい」

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第1章 日常 『おしゃれスポットを楽しもう』


御剣・刃

 御剣・刃(真紅の荒獅子・h00524)がその公園に到着したのは、太陽が天頂を通り過ぎて西へと向かい始める時刻だった。
「のんびりするにはいい所だな」
 辺りを見回し、呟く。あらゆる√の内で最も弱く、最も豊かな|楽園《EDEN》。その名に違わぬ景色だった。
 幾何学的に配置された園内の道を、刃は歩いていく。途中でジョギングする人々が何人も彼を追い抜いていったが、既に日課の鍛錬をこなし終えて冷ました体をもう一度動かす気にはなれなかった。
(武術は一日サボれば取り戻すのに三日かかるって言うが、やりすぎもまた良くないしな)
 空を見上げれば、透き通った青色。季節が存在意義をど忘れしてしまったかのような小春日和だ。
「――のんびり昼寝でもするか」
 大通りを外れて、外縁の一角に植えられた松並木のほうへ。際の芝生に身を横たえて、刃は目を閉じた。
 睡魔の来訪を待ちぼうけすることもなく、澄んだ空気に意識が溶けていく。次に刃が瞼を開いた時には、空は昼と夕刻の狭間の色へと変わっていた。
 何か小さなものが、髪を掴んで頭をよじ登っている気配がする。気配を凪がせたまま待ってみれば、一頭のリスが刃の目を覗きこんでくる。
 何か頂戴、とでも言いたげな小動物に、刃は仰向けのままで上着のポケットを探る。日頃から握力の鍛錬に使っている胡桃をひとつ、そっと取り出して胸の上へ乗せてやった。すぐさま気づいたリスが彼の額を蹴って胸の上に跳び乗り胡桃を掴むや、なんとその場で齧り始めた。
「やれやれ。これじゃあ起きたくても起きられないな」
 風が本格的に温度を下げる頃には、こいつもご馳走を食べ終えているだろう。刃は息を吐いて、再び目を閉じた。
「ま、もうしばらくこうしてるか」

千代見・真護

 時は流れて夕暮れ時。予知された事件発生まで、残り五時間弱。
 簒奪者達の出現に備え現場の下見をしておくべくやって来た千代見・真護(ひなたの少年・h00477)は。
「近所の公園よりも、ずぅーっと広くてごーじゃすだぁぁ!」
 全力で駆けてもまだまだ余る広大な空間に目を輝かせていた。
 遊歩道や並木道のある中央区画に隣接した、様々の遊具が揃えられた家族向けのエリアである。その性質上他の場所よりも人気がなくなるのは早いと思われるが、それだけに簒奪者達が潜み暗躍するには打ってつけとも言えた。
「あそこにある鉄棒はちょっと高めだぁ!」
 いつか両親にここのことを話して、皆で遊びに来よう。密かに決意して、真護は運動区画を後にする。
 陽が落ち切るにはまだ時間があり、真護のような少年が歩いていても見咎める者はまだいない。あちらこちらと見て回り、落とし物やゴミを律儀に拾い集めながら、彼は公園の中心部へと向かっていく。
 空は橙色に染まっている。明るさの減ってきた遊歩道のそこかしこでは、この後点灯するのだろうイルミネーションの点検や調整が行われていた。時節柄クリスマスをモチーフにした電飾が増やされるようで、他よりも賑やかで鮮やかなそこは俄然真護の興味を引いた。
「イルミネーション綺麗ですね!」
 作業中のおじさんに向かって、ついそんな声を上げてしまう。振り返った中年男性は驚いた顔をしていた。途端、真護の顔に熱が昇る。
「……あっはじめてなのでー……」
 照れ隠しにごにょごにょ呟きつつ、真護は踵を返してその場を離れた。おじさん達が見えなくなるまで進んで、立ち止まる。
「夜遅くかぁ……おにいにはついてきてほしくないけど、どっちみち心配はかけちゃうな」
 再び、家族の顔を思い返す。両親や長兄はもちろん、双子の兄もここにはいない。もしかすると、今頃真護を探しているだろうか。
 ううん、と真護は首を振った。ぼくは守るためにここに来たんだ。この|楽園《EDEN》とは異なる√から現れる簒奪者の魔の手から、大切な家族を。
「絶対に守るから、心配いらないからね」
 呟く少年の瞳の先で、宵の明星が瞬いた。

神無・未来
新見・想

 夜が来た。すっかりと濃紺に染まった空の下、人工の星々が煌めいて遊歩道を彩っている。訪れた人の数は、もしかすると日没前よりも多いかもしれなかった。
 時刻は八時五十分。密やかに這い寄る災厄の存在を誰も知らず、楽しげに笑い合いながら歩いていく人々。もしこのさざめきの中に狂信者どもやリンドー・スミス、彼女自身のAnkerが紛れこんでいたとしても、探し当てるのは困難であるに違いない。
(なら探さなければ良い)
 胸中で呟いて、神無・未来(“ふしあわせ”な|人間《ちぐはぐさん》・h00330)はぐるりと周囲を見渡した。
(態々大掛かりに探すことも無く、自然に歩いて|下見《ながめて》いればいい。一〇分もあればきっかけは掴める)
 それに――。何故か偶然、訪れてイルミネーションを見ていたり……なんてことは、よくある話だから。
 右手を突っこんだポケットの中で、未来のスマホが着信を知らせて震えた。

(綺麗なイルミネーション……! 夜の街って、こんなに綺麗なものだらけで、とっても好き!)
 呼び出し音を鳴らし続けるスマホを耳に当てながら、新見・想(そう、わたしが!・h01561)は目の前の輝きをじっと見つめていた。
(未来にも見せてあげたいな、綺麗って言ってくれるかな)
 どきどきとわくわくが胸の中で踊っている。早く出ないかなあ、自慢したいなあ、と考えていると、コール音が途切れた。電波越しにもそれとわかる幼馴染の息づかいに、想は朗らかに声を上げる。

『もしもーし!』
『あら、想』
『あっ、未来。今ね、光がすっごくキラキラってなってるところに来てるんだよ!』
『イルミネーションのライトアップね? 確かに眩しいわ』
『そうそう! えっ、未来もいるの!?』
『――』
『こうやって同じ場所に偶然出かけて同じものを見るのって、久々だからなんか嬉しい! 普段はわたしが連れて行ってばっかりだったでしょ?』
『……そうね。いつもあなたからだった。私が完全に理解し切れない“楽しい”を、一生懸命伝えようとしてくれた』
『うん。だって――こういう素敵なもの、未来にいっぱい見てもらって。綺麗だなって、楽しいなって思い、未来にも感じて欲しいの。……どうかな。今、未来は楽しい?』
『……』
『……未来?』
『……まだ分からない。“楽しい”も、全てを理解するいつかがあるのかも、私が幸せになれるのかどうかも』
『そっか。でも――』
『――ええ。でも、今は。知ってみたいと、感じてみたいと思える。この碌でも無い楽園の、細やかな幸せを』
『そう思えてるなら、きっと幸せになれるよ。未来はいつだって、ノってくれるもん。|埋まんなくったって《・・・・・・・・・》、いつかはきっと花咲いて叶うって思うっ! だから、大丈夫!』
『……あなたのせいよ』
『――』
『あなたという帰るべき場所があるから、私は。少しでも、と望んでいける』
『んふふっ、そうだね、わたしのせいだねっ! だって――』

「あっ、見つけたっ!」
 言いかけた言葉を切って、想は耳元からスマホを離し、それを持ったまま手を大きく振った。人並みの中でひとり立ち止まり、こちらに向けて小さく手を振る未来のところへ向かって走っていく。
「やあ、未来ちゃん! 偶然だね!」
 おどけた想の言葉にも、未来は表情を変えずに小さく肩を竦めるだけ。他人には単なる無表情にしか見えないだろうが、想にはわかる。きっと未来も楽しんでいる、と。
「よーし、せっかくだし、今日は目一杯思い出作っちゃおっと! とりあえず写真撮ろ! どれが一番かわいいかなぁ……」
 きょろきょろと辺りを見回す想に、未来が「あっちにクリスマスの飾りがあったわ。サンタとか、トナカイとか」と言った。
 やっぱり彼女も楽しんでいる。確信が想の歩調を弾ませる。
「あまりはしゃぐとはぐれてしまうわ、想」
 そんなことを言いながらも足を速めてくれる未来。彼女を振り返って、想は闇を彩る光にも負けないような輝く笑顔で、告げた。
「大丈夫。だってわたしは、未来の帰るべき場所だから――!」

 そして、その瞬間。

 二人の手の中のスマホが、広場に設置された大時計が、夜九時を指し示した。

第2章 集団戦 『狂信者達』


●輝き強くして、闇深まる
『当園は間もなく閉園いたします。ご来場の皆様におかれましては――』
 遠くで刻限を告げる放送が流れている。だが、暗がりの中に潜む彼らはそんなものも聞いてはいなかった。
「……もっと必要だ」
「贄が――」
「――我らが主に捧げるべき――」
「――穢れた命が」
 低く詠うような声が、漆黒の中で輪唱する。
 彼らは厭うていた。衰退と滅亡という定められたものに抗い、醜く浅ましく生命という悪に縋り続ける世の中を。
「故に――」
「――我らが主の求めるままに――」
「――終焉の使徒とならん」
 破綻した終末論に囚われた狂信者達を、リンドー・スミスは冷ややかに見つめている。
(……しかし、気の抜ける仕事だ)
 この√の住人を拉致もしくは殺傷して付近のインビジブルへと悪因を宿させる。それは塩を以て土を殺すかの如く地味で根気のいる作業だった。
 √EDEN。楽園の名を持つこの√の人々がリンドー達の暗躍に気づく素振りはなく、夜毎の証拠隠滅も必要ではないのかと思えるほどだった。
「だがこれも、我らの祖国の為、か」
 囁くように呟く。いつの間にか狂信者達は姿を消していた。おそらく今夜の「狩り」へと向かったのだろう。
「|我々には成せる《We can do it》」
 皮肉めいた独白が闇の中に落ちて、風に吹かれて消えた。
千代見・真護

 帰りが遅いことを言い訳するメッセージを家族宛に送信して、|千代見・真護《ちよみ・まもる》 (ひなたの少年・h00477)はスマホをポケットに押しこんだ。
(あっ、むりやり誘拐する人たちだ)
 ぞろぞろと足音が、傍らを通り過ぎていく。子供だけに許された隠れ場所――内部が空洞の遊具――からそろそろと顔を覗かせてみれば、決して防寒用ではないだろう黒い衣服をまとった者達が複数人。
 いつも両親や上の兄から「誰にでもついていきそう」と心配される真護だったが。
(ああいうのにはついていかないからね)
 背の高い尖った頭巾で顔まで覆い隠した狂信者達は彼の目からみても非常に怪しく、危険な気配を漂わせていた。
 再び顔を引っこめて、真護は夕刻に拾った落とし物のひとつを取り出した。
 ぎゅっとそれを握り締め、精神を集中して語りかける。
「あの人たちが、この公園でいけないことしようとしてるの。もしかしたら持ちぬしさんも危いかもしれない。――だから君たちを守る力を貸して」
 その願いに応えて。手の中の落とし物――公園でスケッチでもしていたのだろう誰かが遺した色鉛筆――が光を帯びた。
 その持ち主は残念ながらあの狂信者どもと遭遇したことはなかった――それはそれで喜ばしいことではあった――が、真護を心配し、そして応援してくれた。
 ありがとう、と呟いて、真護は隠れ場所から飛び出した。手の中の色鉛筆は今や必殺のサイコメトリック・オーラソードと化して、暗闇を斬り裂く輝きを帯びている。
「みんなを嫌な目にあわせるの、だめ、ぜったい!」
 閃光が弧を描いて、狂信者を打ち倒す。どこからともなく十二人の増援が現れて、真護を取り囲む。
 だが、勇敢にも真護はすばしっこく駆け回り、半ば怪異と化した男達と激しく切り結ぶのだった。

御剣・刃

 敢えて人気のない区画を歩いてみせれば、案の定狂信者どもが舌なめずりしながら近づいてくる。
「おいでなさったか」
 振り向いて、御剣・刃(真紅の荒獅子・h00524)は告げた。その静かな闘志を感じ取って、狂信者達も殺気を露わにする。
「……捉えろ。我らが神のために」
 低く命じる声がして、男達が武器を取り出し向かってくる。刃は小さく鼻を鳴らした。
「悪いが俺は神様なんて信じちゃいない――お前らにゃ釈迦に説法か。来い」
 身構える。攻撃の意思を感じ取った先頭の男が、人外へと変容しつつある脚力で跳躍。宙で|斧槍《ハルバード》を振りかざす。
「てめぇらを殴り倒して、その後ろの神も斬り捨てる」
 一時的に無意識の枷を外す。その体躯が持つ筋力の全てを発揮して、刃は跳びかかってくる狂信者を迎え撃った。
 夜の空気を裂いて、斧が降り注ぐ。刃は軽く地を蹴って、その軌跡上から離れる。穂先が地面に到達する前に、彼は斧槍の柄を掴み止めた。
 頭巾に隠された狂信者の顔と間近で見つめ合う。外道のものとしか呼びようのない気配が、黒布の奥から染み出してきていた。
「世界はお前が生きることを望んでなどいない――大人しく我らが神への贄となれ」
「贄、ね。人を殺した事が無いわけじゃないが、俺らは分かりあうため拳を、剣を交える。その果てに死んでも友との出会いを感謝し、悔い無く天へ帰る。お前らにゃわからねぇよな」
 それぞれの言葉を、しかし二人はお互いに理解することはなかった。もっとも、分かり合う必要などないのだろう。刃は左手に力をこめて、斧槍ごと狂信者を引き寄せる。
「俺ら武人とお前らは違いすぎる。|他人《カミサマ》を理由に殺すなんて、俺には全くわからねぇよ」
 全力で振り抜かれた刃の拳が、魔力を帯びつつある狂気ごと簒奪者の顔面を打ち砕いた。

凍雲・灰那

「きひひっ」
 冷えた闇の中から、笑う声が聞こえる。
「けひ、けひひひひ!!」
 嗤う声に狂信者どもは左右を見回す。が、並木に挟まれた遊歩道には暗がりしか見つからない。
「|人間災厄《オレ達》も大概だが、お前らはそれに輪をかけて度し難い連中だよなァ」
 すう、と音もなく、木立の影が分かたれるようにして、|凍雲・灰那《いてぐも・はな》(Embers・h00159)が姿を現した。
「贄を幾ら堆く積み重ねたところで、神サマってのは誰も救っちゃくれねェよ」
 気色ばんで武器を構える狂信者達を右目で睨めつけながら、灰那は精霊銃を抜いた。即座に照準、発砲。撃ちこまれた弾丸から炎と氷の魔法力が開放され、石畳を直径数十センチに渡って抉り取る。
「何せオレがそうだったからな!!!」
 その威力に数歩後退る狂信者達だったが、
「怯むな。我らには教祖様より授かった|魔力砲《コレ》がある!」
 この小集団を統率している男の叱咤で立ち直り、その武器へと駆け寄っていく。その様を見ていた灰那は右目を細めた。
(単なる|狂信者《バカ》の集まりってわけじゃねェのか……のらぁりくらりとやってる場合じゃァなさそうだ)
 舌戦で隙を作るよりも威力で押し切ることを選択した灰那は、詠唱を始める。狂信者どもも『信仰の炎』へと魔力を注ぎ始めていた。
「きひひあは! |お前達には芯が無い信が無い神が無ァい! 凝り固まった瞳で何を仰ぎ見る? 虚ろな主には届かぬぞ?《揺れる燈火、虚ろなる赤。我が命に従い、生命の熱を識り、生命の熱を絶て》」
 先に術式を完成させたのは、灰那。彼女を中心とした一帯の大気が急激に熱せられ、風となって吹く。
「――|炎を齎す者《ミニオンズ・オブ・クトゥグア》ァァァッ!」
 顕現したのは、中心に紅炎をちらつかせる光球――その数十三。それらの全てが己の宿す熱量を集束させ、狂信者達へと牙を剥いていた。
「愚者共を残さず焼き尽くせ」
 灰那の声と共に、収束熱線が放たれる。恒星の断片と見紛う程の閃光は脆弱な肉を貫くや瞬時にして炎上させ、その場にいた全ての狂信者と忌まわしき魔力砲を焼失させた。
「ほら、だからこうなる」

新見・想
神無・未来

「我らが神に捧げよう――」
「贄を……!」
「穢れた命を……!」
「望ましき終わりを……!」
「捧げよう! 捧げよう!!」
 帰宅を促す音楽さえもしなくなった園内で、狂信者どもの声は熱を帯び大きさを増していく。それはまるで、暗さと冷たさを増していく夜に篝を燃やすようであった。
「わわっ、なんか言ってる騒いでる〜っ!?」
 とは言え、その熱狂は彼らと同じ信仰を抱くが故のこと。|新見・想《あらみ・こたえ》(そう、わたしが!・h01561)が口に出した感想は信心を共有しない他人のものとしては至極全うなものだった。
「……逃げればいいのに、想」
 そんな風に告げつつも、|神無・未来《じんない・みく》(“ふしあわせ”な|人間《ちぐはぐ》さん・h00330)は幼馴染の彼女がそうしないことをよく知っていた。
「人の|生命《もの》を勝手に神様のところに持っていっちゃいけないんだよ? そういう悪い子にはね、望む未来はやってこないんだぞっ!」
 だから未来は、狂信者どもに人差し指を突きつけて宣う想を追うように一歩を踏み出した。ぞろぞろと暗がりから現れて群れをなす頭巾の人影を睨む。
(運命は信じない。神も当てにしない。返って来やしない|解答《こたえ》を壊れたテープのように求めているあなたたちが、成功を手に出来るとも思わない)
 抑えきれず殺気が溢れる。その気配に、想は振り返った。
「って、未来も悪い子だっけ」
 てへっ、と小さく舌を出して見せて、想は未来に向けて合図を送る。二人だけが知る秘密の「おまじない」。彼女と彼女をつなぐ|糸《“お約束”》。青い望月のような瞳をまっすぐ見つめて、唇が動く。
「鍵をかけましょ大事にね♪――The answer is|《“あいことば”は》?」
 指で形作られた心の輪郭に向けて、未来は左手を伸ばす。手放してはならないものを握り締めるように指を閉じ、翻す。
「――SELECT」
 次の瞬間、暗闇の中に青色の光が灯った。幾何学的に明滅するそれは、|未来と想《ふたり》を包み『|保護《セーブ》』する。
 一歩踏み出す毎に速度を上げ、未来は進む。想とすれ違う瞬間には左手を掲げて。同じように伸ばされていた想の手と未来の手が重なり、小気味いい音を鳴らす。
 未来の敵意に反応した狂信者の一人が、人外じみた脚力で跳躍。|√能力者《未来》を排除すべく凶器を振りかざしすその男が、空中でぴたりと静止した。
 鉤爪のような形に指を曲げた、未来の右手。放たれた念動力が非実体不可視の針となって、狂信者を虚空に縫い留めている。
「これが未来。わたしの大事な幼馴染!」
 鉄火場にはそぐわない朗らかな声。小さく「……もうどこにも逃げられないからって、元気のいい幼馴染がいたものね」と呟いて、未来は斧槍とその持ち主を押し返す。
 地上へと強制的に戻されたたらを踏んでよろめく男に向けて、未来は電子光を宿した|√能力者《ひとごろし》の目で、告げた。
「ねえ、試してみましょうか。あなたたちが成功出来るかどうか」
 挑発とも取れるその言葉にいきり立って、狂信者が再び斧槍を振るう。錬鉄の刃が今度こそ、少女の肉を裂いて骨を断った――。
「SPD」
 ――と思われた次の瞬間、男の身体が宙を舞っていた。拳撃と共に放たれた|不可視《インビジブル》の炎が彼の体内組織を破壊しつくし、死に至らしめている。
「ね? そういう未来だったでしょう?」
 狂信者の亡骸を見下ろす未来は、寸分の傷すら負っていない。否、正確には裂かれた肉も断たれた骨も、彼女の√能力が瞬時に修復している。
 わざと敵の攻撃を受け、瞬時に反撃し、負った傷を埋め戻す。それを繰り返して狂信者達を薙ぎ倒していく未来の姿に、想は知らず歌を口ずさんでいた。
 この声が|彼女《未来》を動かす力になるように。
 この夜の出来事が、彼女達にとって忘れえぬ思い出になるように。
 そして、破壊の力を揮う幼馴染の少女に、「あなたがちゃんと護ってくれるから、心配なんて無い」と伝わりますようにと。
 乱舞と無伴奏独唱の狭間、ふと二人の視線が交錯する。『|保護《セーブ》』の能力を途切れさせぬようにと、常に想を視界に収めるように立ち回る未来。殺意と愛情が混ざり合った彼女の瞳の色を、想は「やっぱり、綺麗だなあ」と思うのだった。

久瀬・八雲

 全てのイルミネーションも照明も消え、暗闇に包まれた公園内を狂信者どもが駆けていく。
 頭巾の奥から聞こえる荒い息遣い。囁き交わされる焦りを含んだ声。
 彼らは敗走していた。どこの所属ともしれない――少なくとも|連邦怪異収容局《FBPC》のエージェントとは思えない――√能力者達の登場と介入によって、狩人の役回りだったはずの彼らは獲物として追い立てられている。
 もはやリンドー・スミスとの契約を果たすことはできない。退いて再起を図るのだ。|神《Anker》が滅ぼされぬ限り、彼らもまた消え去りはしないのだから。
「――」
 ひゅう、と夜風が吹き抜ける。その風の行く先に、ひとつの影があった。
 翻る赤い髪。手には長大な長巻。|久瀬・八雲《くぜ・やくも》(緋焔の霊剣士・h03717)であった。
「――遅ればせながら、ぶっ飛ばしに参りました!」
 八雲は告げた。いかにも邪悪な黒頭巾の狂信者達を前に、堂々と胸を張って。
「人さらいなんて絶対許すまじ、邪魔しちゃいますよ!」
 √境界を前にして――だが相手は一人――数に任せ押し通れと、吶喊する狂信者ども。迫り来る敵を前に、八雲は大きく息を吸いこんだ。
「せーの、善玉妖怪の皆さああああん! 宜しくお願いしまーーーーす!!!!」
 夜闇を震わす大音声。
「そい、やーーーーーーーーっ!!」
 その声に応えるもの達があった。
 踏み鳴らす足音と共に、どこからともなく、土煙を巻き起こして彼らが来る。
「そいや! そいや! そいやそいやそいや!!」
 姿形も様々の、しかし鍛え上げられた筋肉を備えるという点においては共通したもののけ達が八雲の√能力によって召喚され驀進する様は、まさしく「祭り」だった。
 さしもの狂信者どももたじろいだ。八雲は妖怪達を引き連れて突進するや、敵の足元へと滑りこんで蹴りをくれる。
 たちまちの内に乱戦となった。そうなれば逃げの一手を決めこんでいた狂信者どもに勝ち目はない。駆け回る八雲に、押し寄せる筋肉妖怪達に次々と打ち倒されていく。
 決着までにそう長い時間は必要なかった。威勢のいい掛け声と共に善意の妖怪達が去った後には、倒れ伏した狂信者達だけが残されていたのだった。

第3章 ボス戦 『連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』』


●|嗚呼、何としたことか《Oh my gosh》と彼は言った
 実のところ、連邦怪異収容局員リンドー・スミスは作戦の失敗に気づいていた。
 あの狂信者達は、狂っている割に仕事が速い。そうでなければ幾度も拉致を成功させることはできなかっただろう。しかし今夜は、これまでの平均的所要時間を超過しても誰も「獲物」を連れてこなかった。
 そういった異変が故に頓挫を知りながら、それでも彼がここに留まったのは「邪魔者」の正体と実力を見極めるため――そして、あの狂信者どもに失敗を犯させるためだった。
(これで契約は無効。あの怪異にはまだ利用価値があるからな)
 奴らが契約を果たせなければ、奴らの崇める|神《バケモノ》を解き放たずに済む。利用はするが協力はしない。FBPCと教団はそういった関係だった。
「後は……折角だ、直接会っておこうか」
 この失敗を元にプランを修正する、もしくは作戦そのものを破棄する。視て、試し、判断するために、リンドー・スミスは暗闇の中を歩き出した。
御剣・刃

 かつかつ、と規則正しく靴底で路面を叩いていたリンドー・スミスの足が止まった。
 視線を向ける。正面に孤剣を携えた長身の姿。
「お前、強いのか?」
 その男――|御剣・刃《みつるぎ・じん》(真紅の荒獅子・h00524)は低く唸るような声で問うた。リンドーは肩を竦め、左右に首を振る。
「やれやれ、とんだ|戦闘狂《ウォーモンガー》だ。この時代において個人の強さを比較することに大して意味があるとは思えないがね」
 あくまでも組織の一員、祖国のための道具であろうとするその姿勢に、刃は納得と不満が綯い交ぜになった息を吐いた。
「思った通りだぜ。お前からは猛者の匂いがしない」
 代わりにするのは愉悦の気配だ。力を揮うことを愉しむ者の。
「ふむ。確かに私は愉しんでいるとも。私自身の|愛国心《パトリオティズム》を満たすことをね。君にはそんな風に忠誠心を捧げるに足る存在はないのかい?」
 もしそうだというのなら、とても憐れなことだ。言葉尻から漂う傲慢に、刃はもはや語る舌なしと切っ先を上げる。
「てめぇのような奴に俺の技を見せるのは気が乗らないが――」
 刃の戦意によって呼び起こされた古き龍の霊が、彼の身体と刃金とを覆っていく。
「――立ち塞がると言うのなら、打ち砕くのみ!」
 疾風が吹いた。その場に影だけを残して、刃が駆ける。
「制御術式解放」
 対してリンドーがまとうのは、液状脚と翅とを備えた蟲型怪異の姿。外骨格によって形成された大鎌のような腕部が月光を受けて鈍く光った。
 ぎぃん、と高く哭くような音がした。交錯した二人の男の肩口が、同時に血潮を噴かせる。
 次の瞬間、斬り折られた怪異の刃腕がひとつ、回転しながら落ちてきて地面に突き立った。濃く顔料を溶かしたような緑色の体液を垂れ流す傷口を、リンドーは眉の端すら動かすこともなく検分する。
「斬撃の鋭さは驚嘆に値する。十分な力はあるということか。――だが」
 渾身の一撃を放った反動から態勢を立て直した刃が再び剣を向けるや、今度はリンドーの姿がかき消えた。
「いくら君が強くても、それだけで|国《私達》は倒せない」
 木立の中から聞こえるリンドーの声は、どんどんと遠ざかっていく。一度の交錯で敵手の力量を見定めた後、一切躊躇せず背を向け遁走することを選んだのだ。
 ややあって、夜の静寂が戻ってくる。刃は刀を収め、一度周囲を見回すと呟いた。
「やはり武芸者ではないか。強かったは強かったが、心の燃えない相手だ」

逝名井・大洋

 暗がりと木々がざわめいて、怪異の群れを従えた男が姿を現す。彼――リンドー・スミスは公園の片隅にある√境界を目指していた。
「……お疲れ様です、Mr.スミス」
 ふいに投げられる言葉。リンドーが視線を向ければ、ひとつの影がそこにある。
「私はFBPCの――」
 言いかけたのを、リンドーは片手を挙げて制止した。
「君は俳優には向いていないな、|警視庁異能捜査官《カミガリ》」
 小さく舌打ちして、|逝名井・大洋《イケナイ・タイヨウ》(SEX PISTOLS・h01867)は愛用の拳銃を引き抜いた。だが、看破されることは想定内だ。
「本物の局員なら、そんな風に相手の姓を呼んだりしない」
「御高説はそれだけかい、老害クソ野郎!」
 大洋は地を蹴って簒奪者に肉薄する。波のようにうごめく怪異の群れを蹴り飛ばし踏みつけて、跳躍しようと両脚に力をこめたリンドーに超至近距離で銃口を突きつけた。
「Mission failed……ルーキー達に狩られて今夜は終いだ」
 両腕の筋力と骨格で無理矢理に反動を抑えつけ、連射。みしりと腕が軋んだ――が、痛みを感じぬシャドウペルソナはそんなものに構わず引金を引き続ける。
 大口径の|非被甲弾《ソフトポイント》がリンドーに命中、肋骨を穿って内臓を抉る。同時に、大洋の手首から枯れ木が弾けるような音がした。
 体勢を崩しつつも跳び上がったリンドーが空中で縦回転。金属片仕込みの靴底を鉄鎚と化させて踵落とし。関節の砕けた左腕で大洋が受ける。
「随分と|酔狂《クレイジー》な戦い方だ。痛くはないのかね?」
「痛みぃ!? ないねぇ、そんなモン!!」
 拳銃を手放し電撃警棒を抜いた大洋が、無事な片腕を振りかぶる。
 次の瞬間、暗闇に電光の花が咲いた。

久瀬・八雲

「加勢します!」
 駆けつけた|久瀬・八雲《 くぜ・やくも》(緋焔の霊剣士・h03717)に向けて、リンドーが怪異の群れをけしかける。八雲がそいつらを『浄化の焔』で消し飛ばす間にも、簒奪者は自らの肉体に別の怪異を融合させつつあった。
 切創と銃創とを埋め、さらに左腕を異形へと変えていくリンドーの√能力。それが完全な効果を発揮する前にと、八雲は捨て駒達を乗り越え迫る。
(好き勝手暴れられる前に一気に攻めます!)
 自身の背丈よりも伸長した左腕を、リンドーが振るう。本来であれば多関節を備えて予測不能の軌道を描いたであろうそれは、しかし不完全な変異のために今はまだ「ただの長すぎる腕」でしかない。
 横薙ぎの一撃の下を、八雲は潜り抜ける。絶好の間合い。
「いち!」
 居合抜きと見せかけた柄頭での打突。リンドーの右腕を制する。
「にの!」
 リンドーの背後に出現した護霊が弾かれた手を捕らえ、捩じ上げる。
「『|破岩《ハガン》』……おりゃーーっ!」
 そして、気勢と共に突き出された八雲の爪先が、槍の如く簒奪者の胴を貫いた。

千代見・真護

 傷ついた内臓から喉へと上って来た血を吐き捨てて、リンドー・スミスは懐に手を伸ばした。愛飲している煙草を取り出す。それは半ば無意識の行動だった。
「えーと、のーすもーきん!」
 だから、|千代見・真護《ちよみ・まもる》(ひなたの少年・h00477)がそう声を上げるまで、彼は自分の右手が何を掴んでいるのかを認識していなかった。
(この世界からおかえりください。って、どう言ったらいいの?)
 真護が拙い知識を総動員している間に、リンドーは煙草を握り潰し大儀そうに立ち上がる。
「|お家へ帰りな、お坊ちゃん《Go home, boy》」
 呟かれたその言葉を真護は鮮明に聞き取ることができなかったが、この簒奪者が自分を侮っている、敵対するに値していないと考えていることは理解できた。
(ぼくたちの日常を守りたいから、ぼくは戦うんだ)
 決然と拳を握り不退転の意思を眼差しで示す真護の姿に、リンドーは軽く天を仰いで首を振る。その内心を窺い知ることはできなかったが、顔を戻して真護に向けた視線は間違いなく、国益のためならば例え子供でも容赦なく抹殺する|仕事人《プロフェッショナル》のそれであった。
 簒奪者の腕がさらなる変異を遂げる。二メートル超の長さと関節を持たずして自在に曲がる可動構造を備えたそれらは、ある種の蛇のようだった。
 二頭の大蛇が鎌首をもたげる。毒牙に擬した爪を真護はかい潜り、掲げた右の掌でそれに触れた。
 あらゆる√能力を滅却する√能力が発動し、リンドーの変異を「なかったこと」にする。突如として長さの変わった腕を制御しきれずに男の体勢が崩れ、たたらを踏んだ。
「ぼくは諦めないからね!」
 次の瞬間、真護が放った不可視の炎がリンドー・スミスを呑みこんだ。

神無・未来
新見・想
凍雲・灰那

 エネルギーの炸裂が夜気を震わせる。それを感じ取った|神無・未来《じんない・みく》(“ふしあわせ”な|人間《ちぐはぐさん》・h00330)は鋭く行く先を転換した。
 首だけを動かし振り返る。数メートルの間隔を開けて、|新見・想《あらみ・こたえ》(そう、わたしが!・h01561)もまた同じ方向へと向きを変えたことを確認。再び前を見た瞬間、横合いからひとつの影が飛び出してくるのに出くわした。急制動。
「わ!」
 一拍遅れて止まろうとした想がバランスを崩すのを、手を伸ばして引き止める。
「あ、ありがと未来」
 そんな二人の姿に、現れた影は「きっひひははは!」と個性的な笑声を上げる。その声に聞き覚えがある未来は振り向きつつ言った。
「また会ったわね、灰那おねーさん」
 その人物――|凍雲・灰那《いてぐも・はな》(Embers・h00159)はチェシャ猫のような笑みを浮かべながら、右手をひらひらと振る。
「やー青春じゃねェの。おねーさんにゃ眩しいねェ」
 仕草とは裏腹の端麗な要望に目を奪われそうになりながら、想はびっと手を挙げてみせる。
「初めましてっ、わたし想って言います! よろしくねっ! わたしと未来は幼馴染で仲良し! どうだっ、すごいでしょお姉さん!」
「ああ、未来から聞いてるよ。オレは灰那だ。よろしくな」
 想に笑顔で一瞥をくれて、灰那は未来へと向き直る。
「そいじゃ、決着つけに行こうか青春ガールズ」
「何それ。青春とかよく分からないけれど……」
 その辺りで食事でもするか、と置き換えても違和感のない口調で言う灰那。未来はその言葉に首を振りつつも、簒奪者との決戦において自身が取る戦術を明かしていく。
「それならオレは時間稼ぎに専念しとくぜ。――任せるぞ、未来」
 未来の右肩を軽く叩くと、灰那は歩いて行った。返答するタイミングを逸して立ち尽くす未来に、歩み寄って来た想が言う。
「青春はあるよっ、未来!」
 朗らかな声と共に、想は未来の左肩を叩く。未来は幼馴染の顔を見つめ返した。
「よく分からないけれど……あなたたちが言うのならば、きっと」
 二人の仲間が残した感触を確かめつつ、呟く。拳を握り直し、未来は想と共に歩き出した。

 √能力によって怪異と融合した腕を振るい、リンドーが投げナイフの如く鋭い爪を飛ばしてくる。灰那が放った炎の礫がそれを撃ち落とし、ぱっと火の粉が弾ける。
「見ろよ、収容局員」
 不意に灰那が告げて、二人の交戦に数秒の凪が訪れる。青色の視線が示すのは新たに姿を現した二つの人影――未来と想。
「アレがお前を挫く者、楽園を|守護《まも》る炎の剣さ」
 挑発する言にも、リンドーの行動指針が大きく変化することはなかった。未来と想に注意を払いつつ、灰那に向けて怪腕で殴りかかる。
 その判断が致命的な過ちであったことをリンドーが悟るのは、六十秒後のことだ。
「まずは質問を解決する」
(忘れようとする力はもうわたしの記憶に届かない)
 インビジブルを取りこんだ未来の姿が変容する。その様を見届けながら、想は深く息を吸う。
「――I have a question」
(だからこそ、二人をわたしの気持ちで助けてあげたい)
 未来は自らの右胸に手を伸ばし、そこにある時計に触れる。カウント開始、設定は六十秒。想は詩とメロディを心に描く。炎みたいにあったかくて、氷みたいに綺麗な歌。
「よーく目に焼きつけときなァ?」
 灰那が簒奪者を嗤う。リンドーの拳を受けて、√能力が起動。敵が持つ異形の腕とそっくり同じ形をした氷の層が、彼女の腕に寄り添うようにして出現する。
「……じゃねェと、死んだショックで忘れちまうかもだからなァ!!」
 氷腕がリンドーへと掴みかかった。武装化怪異とがっしり組み合い、互いに相手を押し潰さんと膂力をこめる。
(いっぱい二人に、届け〜っ!)
 みしみしと軋む音をかき決して、想の声が響く。それは何らの力も持たないただの人間の声だったけれど、だからこそ|√能力者《灰那と未来》の背中を押した。
「You never succeed, right?」
 投げられる問い。それに特大の危険性を感じ取ったリンドーは未来へと目を向け――そんな彼が次の行動に移ることを、灰那の氷晶武装が抑えこむ。
「|お嬢様方《未来、想》に策ありって聞いてるんでね。悪ィな、収容局員」
 低く唸るリンドーがさらに怪異を召喚。灰那の氷弾が迎撃。
「さァ――――盛大にかましなァ! 未ィ来ッ!」
 ゼロ。白い髪をなびかせて未来が肉薄。その左脚に宿るののは、あらゆる可能性を閉ざし破壊する力。
「……ジャスト六十秒。承ったわ」
 三日月の軌道を描いた蹴撃が、リンドー・スミスに襲いかかった。

 √EDENの夜に、静寂が戻る。侵略者を退けた√能力者達は、それぞれの|居場所《Ankerの所》へと戻っていく。
 そうして、彼らは待つのだ。再び楽園の平穏を乱す者が現れる、その時を。

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