『喰竜教団』~魔法学校を襲う病
●『√ドラゴンファンタジー』、とある魔法学校
「フレデリカーッ! あなた、またーッ!」
「あははは、ごめんなさーい!」
その魔法学校で、フレデリカの名を知らない者はもはやいない。入学からわずか2ヶ月しかたたないのに、彼女が巻き起こすトラブルは学園の教師たちにとって頭痛の種になった。
やる気はある。そして素質も申し分ない。両親も古代語魔術師で入学前から手ほどきも受けていたというから、下地も十分にある。
それだけならば将来を嘱望されるべき生徒なのだが、そのやる気というのが厄介だった。なにしろ好奇心旺盛すぎて、次から次へと思いついたことを実行してしまうのだ。
その日、彼女のクラスは水を操る魔法を学ぶところであった。
ふと、フレデリカは思う。
「この魔法、どれくらいの範囲に影響するのかな?」
「水しか出ないようになってる蛇口も、暖めたり冷やしたりできたら便利じゃないかな? シャーベットが作れたりとか」
「よし、試してみよう」
学園内の水道管はその日、次々と破裂する羽目になる。
それだけならば、微笑ましい(?)日常といえばよかっただろう。しかしフレデリカがドラゴンプロトコルであったことが、話をややこしく深刻なものにした。
かつて世界を支配していた「竜」を崇める『喰竜教団』の教祖『ドラゴンストーカー』が、フレデリカのことを知ったのだ。
曰く、か弱き姿に堕とされたドラゴンプロトコルを殺し、その遺骸を自身の肉体に移植することで、いつか『強き竜の力と姿』を取り戻させる……はたして、そんなことができるものか、どうか。
ともあれそれを信じる『喰竜教団』はフレデリカを殺すべく、魔法学校へと信者どもを放ったのだった。
それと同時に、学校には奇妙な病が蔓延することになる。
●作戦会議室(ブリーフィングルーム)
「『喰竜教団』め……まだ、よからぬことを企んでいるのか」
綾咲・アンジェリカ(誇り高きWZ搭乗者・h02516)は柳眉を逆立て、こめかみを何度か叩いた。
ため息をついたアンジェリカは一同を見渡し、
「その企みはなんとしても阻止せねばならん。フレデリカ嬢を保護し、襲い来る狂信者どもを撃退するのだ!
さぁ、栄光ある戦いを始めようではないか!」
そう言って腕を振ったアンジェリカが、苦笑を浮かべる。
「……その前に、フレデリカ嬢の尻ぬぐいもしなければならないな。まぁ、プール掃除か何かだと思ってもらおう」
第1章 日常 『魔法学校の|日常《ハプニング》』

「あー。魔法学校って、こういう事故とかよくあるよな」
あるある、と頷いている場合ではない。レイシー・トラヴァース(星天を駆ける・h00972)が校内に足を踏み入れた途端に、
「フレデリカーッ!」
「あはは、ごめんなさーい!」
ヒステリックな怒声と、悪びれた様子もない声が聞こえてきた。
「わぁ!」
「図書室が!」
やれやれと肩をすくめたレイシーであったが……。
「って、うわああ図書室が?」
本がびしょ濡れになるのは放っておけない。3段ほど飛ばしながら階段を一気に駆け上がって、悲鳴の聞こえてきた扉を開けたレイシーは、
「どいてッ!」
慌てふためく生徒を押しのける。その惨状はひと目で分かり、天井から水が噴き出していた。
「フレデリカって言ったっけ。いろいろ試してみるのが面白いんだろうけど……魔法は便利に使ってこそだぜ!」
詠唱3秒、レイシーの手元に1冊の本が出現した。それは蝶のようにページをヒラヒラと羽ばたかせ、凄まじい勢いで噴出してくる水の方へと飛んでいく。
原因は、天井裏を通る水道管が破裂したことによる。本の蝶は、その破裂した箇所を修理して消えた。
天井を見上げると、他にも水の染みができている場所がある。
「あそこも危ない! 下の本をどけるぞ!」
「は、はいッ!」
生徒たちも駆け出して、本棚から本を抱えて移動させる。ちらりとタイトルを見てみると、「飯を注ぐ者」「ガニマタの優しいオジン」「魔法のウニが消えていく」「妻は無慈悲なヒールの女王」……よくわからないものもあるが、さすが魔法学校というだけあって、古書も豊富である。装丁の美しい本は、眺めているだけでも楽しい。
「ウチにも欲しくなってくるな」
だが、今はそれどころではない。なんとか本を避難させたところで、またしても水が吹き出た。再び『本の虫』を向かわせるレイシー。
「そういえば、こいつ自身も本だけど……あたしの魔法で召喚してるし、水とかもたぶんへーきへーき。いけるいける。……たぶんな」
蝶は無責任な期待にもしっかり応えて、水道管の修理を終え、また濡れて波打った本も見事に修復してくれた。
「冷たーッ!」
「あちちちち!」
魔法学校のあちこちから悲鳴が上がってくる。
「んー、まぁ、なんというか大惨事だね」
エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は苦笑交じりに、その惨状を見渡した。
その目の前でも窓ガラスが割れ、そこから滝のように水が噴き出た。
急ぎ駆け寄るエアリィ。
「お手伝いに来ました!」
「あら、ありがとう。今は少しでも人手がほしいわ! まったくもうフレデリカはいつもいつも……!」
噴き出す水を抑えつつ、女教師はこめかみを押さえながら愚痴る。視線をそらすエアリィ。
「なにか?」
「えーと、魔法の練習って、基本なにかしらトラブルが起こるものだよね。うん、あたしもよく、地形を変えてお母さんに怒られたりするし」
「あ、あなた……ッ!」
「えぇと、今はフレデリカさんの暴走魔法を止めるのが先だよねーッ!」
ジロリと据えた目を向けてくる女教師から逃げるように、エアリィは駆け出した。
「精霊たちよ、あたしに力を…。ね、おしえて?ここで何があったかを」
エアリィをとりまくインビジブルは様々な精霊と変じて召喚に応じた。
「うわーッ!」
「風と、水の精霊さん!」
吹き出す熱湯、蒸気がもうもうと室内に立ち込めている。それは風と水の精霊に冷ましてもらい、
「きゃー! きゃー!」
勢いよく噴き出す水によって宙に持ち上げられた女生徒を、
「水の精霊さん、ちょっと抑えてーッ!」
と、助け出す。
「まるでモグラ叩きしてる気分……」
「きゃー!」
「今度は何ッ? ……シャーベット? え? これ、どうするの?」
天井からもりもりとシャーベット状の氷が溢れ出てきて、生徒たちが飲み込まれていく。
「冷たいーッ!」
「と、とりあえず火の精霊さんにお願いして、温めつつ凍ってるものを溶かすかぁ」
破れた箇所に応急処置として板を張ったエアリィは、大きく息を吐いて座り込んだ。
「あとは業者さん任せかなぁ」
「水道管の破裂を修復すればいいのだね?」
「そういうことみたい」
朝霞・蓮(遺失の御子・h02828)と朝霞・風(忘失の竜姫・h02825)の兄妹も、他の√能力者たちが奮闘している校内へと足を踏み入れていた。
「わかった、任せてくれ」
「お、手伝ってくれるか!」
体格のいい教師が笑顔を見せ、蓮たちを手招きする。
ところが。
「奥の教室でも水漏れが……わぁッ!」
そちらを指さした教師が駆け出そうとしたとき、横合いの壁が破れて教師の横ッ面に水流が叩きつけられた。顔面にいいパンチをもらったかのように、崩れ落ちる教師。
「……これ、水道管が破裂した威力じゃないよな? 水量も」
「うん。やっぱり精霊的な魔法的な? そういう強化もされてると思う」
風は、倒れた教師に命の別状がないことを確かめてから、水流を観察した。蓮も同意する。
「だろうね。
よし。僕の日頃から培われた錬金術で、片っ端から穴を塞いで……」
蓮の手にした『錬金符箱』の中には、いくつもの元素のカードが収められている。軽い元素よ、重い元素へ。生み出した金属が水道管の破損を塞いでいった。風もまた、兄に倣って作業を進めた……のだが。
「よし、うまくいった」
蓮が額の汗を拭ったとき。
ブシャアアアアッ!
塞いでいたはずの穴から、再び猛烈な勢いで水が噴射した。しかも、かなり熱い湯が。
「……あああああッ!」
それに足をすくわれた蓮はうつ伏せに倒れ、そのままズルズルと廊下の端まで押し流される。
「はぁはあ……フレデリカァァァァッ!」
「あ、ごめん。今のぼく」
「は?」
兄から視線をそらし、風は人差し指を合わせてくるくると回す。
「ほら、ぼくは蓮と違って錬金術の科目をさぼ……」
「さぼ?」
「コホン……苦手だから。術式を間違ったみたい」
「穴を塞ぎそこねた上に、熱湯にまで変えちゃって?」
「そう」
だんだん開き直ってきたのか、びしょ濡れの兄の姿が可笑しかったのか、風はまっすぐ蓮の方を向いてニッコリと微笑む。
「でも、ほら。総合的に見たら、失敗した箇所よりも修復できる箇所のほうが圧倒的に多いと思うから。そこはご愛嬌ということで……ね?」
最後は小首を傾げて、兄を上目遣いに見る風。
そう言われてしまっては蓮としても怒るわけにもいかず……もとより風のすることを怒ったりはしないが……大げさに肩をすくめて、シャツの裾を絞った。
「それにしてもフレデリカ、いつもこんなことをしてたんじゃ、『喰竜教団』じゃなくても放っておかないぞ」
蓮はため息をつきながら、作業に戻った。
「魔法学校って初めて入るわ。いったいどんなところなのかしら?」
古代語魔術師でもある如月・縁(不眠的酒精女神・h06356)だが、在学経験はないらしい。物珍しそうに、辺りを見渡した。
すると1羽のフクロウが飛んできて傍らの枝に止まり、
「魔法学校! 冒険と恋と陰謀と夢が膨らむ場所だほね」
と、威厳のある声で喋った。コキンメフクロウの霊能力者にして古代語魔術師、オーリン・オリーブ(占いフクロウ・h05931)である。
「我輩も、本来なら貴族だけが通える王立学校に来た特待生にちょっかいを出す悪役令嬢の小判鮫ごっこだったり、分数番の駅のホームからの鉄道旅行だったりしてみたいほ」
「それは素敵ね。
でも、今度のはちょっと違うみたい……どうして水道管からシャーベット?」
縁の足元が盛り上がったかと思えば、その土の下からもりもりとシャーベット状の氷が湧き出てきたのである。縁は『ウィザードフレイム』を創造して、水道管の穴を塞ぐ。
だが、冷却魔法は残っているから別の場所から噴き出すかもしれない。
顎に細く長い指を当てて、物憂げにため息をつく縁。
「フレデリカさんのような方って、将来天才と呼ばれるパターンあるんですよね。偉人は、たいてい破天荒ですし」
「かもしれんほ」
頷いたオーリンであったが、
「ま、それはそれとして備品は大切にしないとダメほ。
……先に始めていてほしいほ」
翼を広げ、どこかに飛んでいくオーリン。
一方、校舎に入った縁は、水流がカーテンとなって廊下を分断しているさまを目の当たりにした。
「天井からも水って……これじゃ飛べないじゃないですか」
ため息をついた縁は『魔導書』を片手に詠唱を開始した。創造された『ウィザードフレイム』は天井まで飛んでいき、水道管に空いたいくつもの穴を修復する。
「おぉ!」
感嘆の声を上げる生徒たち。
「……魔法発動の授業をしている気分になりますね」
少しはにかみながら、
「他に修復が必要なところはありませんか?」
と、案内をしてもらう。
その途中に目に入ったのが、フレデリカの姿であった。先生に追われているのか、パタパタと駆けている。追っているのは教師だけではなく、
「待たんか、ワッパーッ!」
オーリンが飛びかかった。その肩を鷲掴みにして、ジタバタともがくフレデリカを押さえつける。
「いたい、いたい!」
「あちこちウロウロせず、ジッとしているほ」
「えー」
「えーではないほ。我輩を手こずらせるなほー」
目を離すと、またどこで何をするかわからない。
「学校の設備が壊れたままじゃ、あなたも困るでしょう?」
縁が笑うと、フレデリカは「しょーがない」とばかりに大人しくなった。
いや、だからって手伝わなくていい! そこにじっとしているだけで!
「元栓は閉めてきたほ」
「あぁ、それで勢いが弱まったのですね」
「あとは残っている水魔法さえなんとかすれば……我輩も魔法の心得はあるので、対応しますほ。
水は2×2属性に分けると、コールド×モイスト。ホットかドライに寄せたらどうにか……」
あれこれと思案しつつ、校内を満たしている魔力を中和していく。しばらく魔力は暴れ回っていたが、新たに水が注がれることはなくなったので、これ以上の被害は出ないであろう。
√能力者たちの奮闘のおかげで、なんとか事態は沈静化したようであった。
第2章 冒険 『病魔の蔓延』

「よかったよかった」
さすがにフレデリカも少しはバツが悪かったのか、安堵したように笑った。
ところがそこに、女教師が目を吊り上げて現れたのである。
「フレデリカ、あなた……!」
「わぁ、先生ッ?」
くるりと身体を回し、逃げ出そうとするフレデリカ。
「待ちなさい! 今日という今日は……!」
女教師もそれを追おうとしたが……。
「う……」
不意によろめくと、まだ濡れている床の上に崩れ落ちる。
「せ、先生……?」
恐る恐る近づくフレデリカ。女教師の顔を覗き込んでみると、その顔は赤く火照っていた。額に手を当て……その高熱に、フレデリカは反射的に手を引っ込めた。
「先生、先生……ッ!」
女教師だけではなく、魔法学校の中では次々と倒れる者が続出した。
フレデリカを狙う『喰竜教団』であったが、魔法学校ともなれば相応の使い手もいて守りが堅い。そこで混乱を引き起こすために狙ったのが……水道であった。
不運に不運が重なったと言うほかない。呪詛の類か、水に込められた病魔は水道管の破裂と噴出によって、『喰竜教団』が狙っていた以上の成果をもたらしてしまった。結果として、フレデリカの行いが事態をより悪化させてしまった。水をまともに浴びた者に重症者が多い。√能力者の中にも、症状が出ている者がいるかもしれない。
この状況でダークエルフどもの襲撃があれば、フレデリカを守り抜くことは難しい。患者たちの治療を行い、混乱を収めなければ。
「不運すぎませんか?」
如月・縁(不眠的酒精女神・h06356)が息を呑む。それぞれの事件は偶然にも、最悪の事態を引き起こしている。
「いえ、もっと最悪なのは……」
これがすべてフレデリカの責任となってしまい、同情もされぬままに彼女が拉致、殺害されることである。
縁は真っ青な顔をしているフレデリカを振り返った。彼女とて、騒ぎを起こすことにはさほどの罪悪感もないが、人が傷つくのは嫌なのだ。
「フレデリカさん、一緒に行動をお願いしますね」
「う、うん。でも何を……?」
「とにかく、これ以上感染が広がらないように対処しましょう。まず、体調の悪くなった方は寝かせてあげて……」
女教師を助け起こす縁。
「大丈夫ですか? ちゃんと原因を突き止めますから、今しばらくの辛抱です」
「えぇ……フレデリカ」
「は、はいッ!」
「派手なばかりが魔法ではありません。予期せぬ形での実戦となってしまいましたが……しっかりと学ばせていただきなさい」
「は、はい……!」
ギュッと、杖を握りしめるフレデリカ。
「いい先生じゃないですか」
「うん……それは、知ってる」
縁は目を細めてフレデリカを見ながら、『透光の花』を発動させた。風にそよぐ花弁が、呪詛のもとを辿ろうとしている。
「フレデリカさんも手伝ってください。空間や水道に、魔力の濃いところがないかを。感染源の可能性が高いかも」
「わかった!」
そうしてふたりで感染源を探し回ること、しばらく。上水道設備の一角に、禍々しい文様が施された小箱が置かれていた。
「これですね」
花弁が、それを真っ二つに切り裂く。術式は破られ、込められていた魔力も雲散霧消した。
「やった!」
「あとは、敵が来る前に少しでも皆の病状を回復させることですが……」
「なるほど、急に変な病気が流行るのも魔法学校あるある……いや、さすがにないだろ、そりゃ」
うむうむうむ、と頷いていたレイシー・トラヴァース(星天を駆ける・h00972)が、手の甲でピシャリと宙を打つ。
「えぇと、この状態って魔法的なものだよね?」
エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は苦しそうにへたり込む生徒や教師たちを見回しながら、戸惑いの表情を浮かべた。
幸い、ふたりにはこれといった症状は出ていない。
「ただの熱とか、精霊力のバランスの乱れとかならいいんだけど……」
「んー……。ま、そんな感じなんじゃね?」
エアリィが眉を寄せる隣で、レイシーは肩をすくめた。
病原菌にせよ呪詛にせよ、根本的にはひとつに行き着くと考えることもできる。ある程度の指向性をもって病原菌を操ることを呪詛と呼んでもよかろう。体内の免疫反応の乱れに精霊力を見出すこともあるだろう。√EDENをはじめ、数々の√の科学技術や魔法、呪術が互いに影響し合っているのだから、治療の効果もまたあるのではなかろうか。
「ともあれ、これは水を媒介した呪詛の病。元栓閉めているから、これ以上は広がらないはずだほ」
飛んできたオーリン・オリーブ(占いフクロウ・h05931)が、窓枠に掴まる。
「医学や浄化は詳しくないので、看護で手数が必要なら申しつけてほしいほ」
「あたしも治癒魔法とかそんなに得意じゃねーけど、できることはしないとな」
レイシーが患者を助け起こしながら、ニッと笑う。
「症状の出ている人を保健室に……いや、これだけ人数が多いと、ベッドが足りないほ。空き教室にマットでも何でも持ちこんで、救護室を作るほ」
そう言って、オーリンは感染していない、少なくともまだ重い症状の出ていない者たちを呼び集め、彼らの力を借りて、患者たちを空いた教室に寝かせていった。
「オーリンは大丈夫か?」
「我が輩は平気だほ。呪詛よけの護符はもってるので……よほど強力なものでなければ。
汝こそ、具合は悪くないか?」
「ま、今のところね」
レイシーは頷いた。
「先生!」
エアリィの声が上がる。彼女が駆け寄った方を見ると、教室の入り口にふらふらと、女教師が姿を見せていた。彼女の症状は皆の中でもかなり重そうで、満足に立っていられないようである。
レイシーも駆け寄って、ふたりで支えつつ床に敷いたマットの上に寝かせる。暑さのせいか濡れた身体も乾いてきて、今では湿った程度になってはいる。エアリィはさすがにまだ重い上着を脱がせ、衣服を緩めた。水の代わりに、身体は汗でじっとりとしてくる。
「これを使うほ」
オーリンが乾いた布を嘴にくわえて飛んできた。これは汗を拭くため、そしてもう一度飛んで持ってきた湿った布は、額を冷やすためである。
エアリィは汗を拭ってやりつつ、
「熱が強いのは、火の属性が強いのかも。火の精霊よ、あたしに力を……ちょっと、その力を抑えてもらえない?」
そして水と風の精霊には、熱を冷ませてもらう。
あとは普通の飲み薬も併用していけばよい。薬は体内の精霊力のバランスを整えるものとも言えるし、病魔を祓うものとも言えるし、免疫機能を助けるものと考えることもできる。
「あ」
しかしレイシーが、薬のパッケージを開けようとした手を止めた。
「? どうしたの?」
エアリィが首を傾げる。
「これ、錠剤だ。飲むなら水がいるよな。校内の水道水は危ない気がするから……買いに行くか、備蓄の水を使ったほうがいいかもだ」
「……だったら、敷地の端に防災倉庫があるから……、そこで」
女教師が荒い息を吐きながら、レイシーに教えた。
「鍵は、職員室に……あるわ」
「ありがと!」
教室を飛び出して職員室まで一気に駆け、鍵を受け取るや校舎を飛び出すレイシー。
壁に持たれかけさせた『竜漿アシスト自転車』にまたがると、力を込めてペダルを踏み込む。あちこちに残る水たまりを……なにが起こるかわからない水に濡れたり飛び散らせたりしないよう……避けつつ、備蓄倉庫に急ぐ。
フレデリカとすれ違った。
「あッ! 先生は?」
「どうにかするから、大丈夫だぜ! けどこれからは、もうちょっと慎重になろうな!」
「う、うん……」
小さくなるフレデリカに苦笑するレイシー。落ち込ませたいわけではないから、
「教室にいる。行ってあげて!」
「うん!」
「来たほ、小娘」
教室でオーリンが、フレデリカを迎えた。また肩を掴まれてはたまらないと、フレデリカは身構える。
「ちゃんと、原因を調べてたんだから!」
「褒めておくほ、小娘。……なるほど、やはり水道管に呪詛をねじ込めるところがあったほ」
話を聞いて、ふむふむと頷くオーリン。
そこに、レイシーが水を抱えて戻ってきた。
「お疲れだほ」
オーリンが、患者たちに薬を飲ませてやる。あとは、症状が落ち着くかどうか見守るだけだ。
「これが強力な、ややこしい解呪が必要な呪い関係だったらどうするかなぁ……。呪術とか浄化とか、お勉強してないんだよなぁ……」
顔を曇らせるエアリィであったが、患者たちの症状は少しずつ治まってきたようであった。フレデリカに見守られる女教師の顔色も、少しはよくなってきた。
「よかった」
安堵の息を漏らすエアリィ。その耳に、精霊が囁く。
「……ダークエルフが? やっぱり、その人たちが仕掛けたんだね!」
エアリィは厳しい表情で立ち上がる。
「くそッ……そういうことか」
朝霞・蓮(遺失の御子・h02828)は悪態をつきながら、壁にもたれかかった。
熱湯を浴びてから、すこし体がだるい。蓮の身体も、病魔に蝕まれていた。
「蓮……」
朝霞・風(忘失の竜姫・h02825)は表情を曇らせ、兄を支えた。
「こんなことになるなら、もう少し真面目に錬金術を勉強しておけばよかった……」
その目尻が、かすかに潤む。
しかしその頭を、蓮にギュッと押さえつけられてしまった。
「な、なにッ?」
怒ったように、兄を見上げる風。
「気にすることじゃない。あれだけあちこち水が溢れていたんだから、どのみち濡れずにはすまなかったよ。
それにね、ピンチはチャンスだ」
「え?」
きょとんとする風をよそに、蓮は周囲を見渡した。すでに水が溢れているところはなく、騒ぎは収まっている。
患者たちは空いた教室に集められ、そこにマットやら布やら寝台になりそうなものをありったけ持ち込んで臨時の病室が作られているようだ。
蓮は額に滲む汗を拭い、風の手を優しく払ってまっすぐに立つ。
「学校の人たちに比べると、僕は感染しているにも関わらず症状が軽い。たぶん、僕に流れている竜漿が病魔と戦って、抵抗してくれているんだろうな」
蓮は学校の教師を見つけ、実験室のひとつを借り受けることにした。
ずらりと並べられた器具をひとつひとつ確かめては、満足そうに頷く蓮。
「さすが、魔法学校だね」
さて、と風に講義するように卓に両手をつく蓮。
「さっきも言ったように、僕の身体は懸命に病魔に抵抗している。その抵抗で生まれた抗体を採取して、それを使って滅菌する……というのが、僕の考え。手荒いけど、早い。
これを感染者に投与すれば、病魔を克服、あるいは抵抗値を高めることが出来る……はずだ」
「はず、なのね」
「まぁ、そうとしか言えないね」
苦笑し、肩をすくめる蓮。
通常であれば相当の手順を踏んで進めなければならない話だが、物質の本質を追求し医学的な側面も持つ錬金術、それを心得た蓮であれば。
『錬金符箱』から取り出した元素から錬成した素材を用いて蓮はフィルターを作った。実験室には他にも、一通りの作業ができそうな道具は揃っている。
「……まさか、水道を狙ってくるなんて」
作業を進めること、しばし。その器具はここ、あの素材をこっちにと、兄を手伝っていた風が呟いた。
「戦争中の兵士でも躊躇うような、すごい工作だね」
「まぁね」
手を止めることなく応える蓮。
とはいえ、古今東西の戦争で、たとえば井戸に毒を入れるなどの工作は枚挙にいとまがない。
「『喰竜教団』もそれだけ必死だってことかな。別に共感はしないけど」
「うん。ひどいやつ、としか思わない」
「はは」
風は、兄が作業を進めるところをジッと見ていた。
「さて……これでいけるか、どうか。さっきは簡単に『滅菌する』って言ったけど」
「うん」
「これは『喰竜教団』が用いた、わりと強めな病魔だ。完全な滅菌は僕だけの竜漿や錬金術じゃ不可能だと思う。
だから、風」
「うん」
風がおとなしく腕を差し出す。蓮はその腕に注射針を慎重に刺して、採血を行った。
「ドラゴンプロトコルの純度の高い竜漿があれば、滅菌できる確率は高くなると思う」
はたしてその仮説が正しいかどうかはわからないが、少なくともふたりはそう信じた。少なくとも、悪影響は出まい。
「……よし」
満足気に頷く蓮。完成だ。
「じゃ、ぼくは患者さんを集めてくるね」
「いや、人数が多いから僕たちの方が行こう」
「わかった。じゃ、先に知らせてくる」
と、風がドアを開ける。
「いつになく働きものだね」
蓮が笑って、部屋を出ていく妹をからかった。風は少し唇を尖らせつつも横を向いて、
「さすがにね、蓮の感染はぼくにも責任があるというか……だいたいぼくが悪いというか、なんというか」
ごにょごにょ。
「さっきも言ったのに。気にしてないって」
それが言えるようになっただけ、ショックからは癒えているのだろう。蓮は目を細めて笑ってみせる。
「いいの。これはぼくの気持ちの問題! ぼくの竜漿で、しっかり滅菌してみせるよ!」
風はわずかによろめく蓮を気遣いながら、そして蓮はふらつくことを気づかれまいと気を張りながら、「病室」へと急ぐ。
「おぉ! なんとかなりそうか?」
蓮の姿を見て、体格のいい教師が顔を輝かせた。さきほど、水流に顔面を打たれた教師である。鼻に大きなガーゼが貼られているのは、病魔ではなくそれが原因。
「はい。では、まず先生から」
「俺か? 他にも具合の悪そうな奴がいるが……」
しかし蓮は、残念そうにかぶりを振った。
「重症者には、歯が立たないかもしれないから。感染初期に、迅速に処置しないと」
この教師も、額にはわずかに汗が滲んでいる。いくらかの発熱はあるのだ。それを、根性でねじ伏せている。
「それに先生の体力なら、もしなにかあっても大丈夫かな、と」
「こいつ。俺を実験台にするつもりだな」
「……僕が直接『観る』から、たぶん大丈夫です」
なにしろ緊急の措置である。何が起こるかは、蓮にもわからない。
「はは、じゃあ頼りにしておこう」
笑いながら連の背中を叩き、抗体の注射を受け入れる教師。非常事態である。四の五の言ってはいられないことを、十分に理解していた。
すぐにその結果が明らかになるはずもないが、蓮は教師の様子を注意深く窺いながらも、他の患者たちにも抗体を投与していく。
他の√能力者たちが、すでに看病にあたってくれている。そのおかげで、患者たちの症状はかなり落ち着いていた。常ならぬ病のためか、症状が現れるのも早ければ、それが改善するのも早い。
看病は元気な者、症状の軽い者たちが手伝った。もちろん、風もである。
「……だいぶ、よくなってきた気がする」
さすがに疲れたか、はじめは手伝っていた体格のいい教師も横になって目を閉じていたが、やがて目を覚まし、起き上がった。ためしに体温計を脇に挟んでみると、たしかに熱は下がっていた。他の患者たちも、うなされるほどに高熱な者はいなくなり、身体を起こせるようになった者も多い。
蓮と風など√能力者たちの尽力、そして患者自身の生命力のおかげである。
「……なんとかなったかな」
ドッと疲れが出てきた。蓮は大きく息を吐きだし、床に座り込んだ。
第3章 ボス戦 『竜虎化異人トラヤヌス』

「……どういうことだ?」
魔法学校の様子を窺っていたダークエルフどもは怪訝そうに眉をひそめ、互いに顔を見合わせた。
校内に病魔を放ち、その隙に襲撃を行う計画だったのだが……病魔を込めた箱の設置には成功したはずなのに、学校の混乱はさほどでもないように見受けられた。
ダークエルフどもは苦渋の決断をする。
「ドラゴンストーカー様にはお叱りを受けるだろうが、ここはいったん態勢を整え直して……」
「グオオオオッ!」
ところがその発言を、雄叫びが遮った。竜虎化異人トラヤヌスが天を振り仰ぎ、叫んだのだ。
「あッ、待て!」
ダークエルフたちが制止したにもかかわらず、血に飢えたトラヤヌスは学校を目指して突進していった。
「これが、病魔を込めた小箱ほ?」
「えぇ。いまはもう、ただの欠片ですけれども」
如月・縁(不眠的酒精女神・h06356)は布に包んで持ってきた小箱の残骸を示す。オーリン・オリーブ(占いフクロウ・h05931)は小首を傾げながら、それを観察した。
「置くだけで病魔を放出できるなら、ある意味で誰でも設置可能なわけですよね。
……どなたが作った代物なのでしょうか?」
「ふむ……ちょっと、その場所も見てみたいほ」
「えぇ、ご案内します」
ふたりが校舎から出たときである。
「グオオオオッ!」
閉ざされた校門を粉砕しつつ、竜虎化異人トラヤヌスが乗り込んできたのは。
「あ、これ理性ないほ」
その目を見て、オーリンはブルブルッと身を震わせた。
「こいつが呪詛箱置いたとは思えないから、やはりダークエルフほ? なんにせよ急いで突破しないと、わっるい奴がわっるいこと畳み掛けてきかねないほ」
「同感です。竜虎さんを、休ませている皆さんと対面させるわけにはいきませんね」
「ふぅ……ひとまずはなんとかなったなぁ」
エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)が大きく息を吐いたときである。トラヤヌスの雄叫びが轟いたのは。
「え、なんか変な声が?」
「すごい雄叫びが聞こえたと思ったら……!」
校舎の窓から、エアリィと朝霞・蓮(遺失の御子・h02828)が身を乗り出した。否応なく、トラヤヌスの巨体が目に映る。
「人体改造された『喰竜教団』の信者だって」
「こりゃまた、『喰竜教団』が好きそうな趣味の悪いやつだな」
蓮の隣にレイシー・トラヴァース(星天を駆ける・h00972)までも身を乗り出すと、もうぎゅうぎゅうである。
朝霞・風(忘失の竜姫・h02825)は3人より一歩引いたところで、
「一難去ってまた一難、やれやれだよ」
と、肩をすくめた。
いささかお行儀が悪いが、いまは勘弁してもらおう。蓮とレイシーは窓から飛び降り、
「魔法学校にこれ以上被害が出ないように、早く決着をつけよう」
「だね。ただでさえドタバタなとこなんだ……あいつらのせいだけど。そこに突っ込まれたら、逃げられない人だっているんだ。絶対に阻止してやるぜ!」
それぞれに得物を……蓮は『飛竜狙撃銃』を、レイシーは霊剣『月明星稀』を手に、敵の前に立ちはだかった。エアリィも左手に精霊銃を、右手に精霊剣を構えて続く。
「グオオオオッ!」
「考えるよりはやく動くタイプっぽい……よね? まさかあれで頭脳派ってことはないよね」
風は『屠竜大剣』、そして竜の鱗を張り合わせて作った盾を構えつつ小首を傾げた。蓮が肩をすくめる。
「もしそうなら、驚きだね」
「じゃあ、いつもどおりの戦い方で」
風は速度を上げて兄を追い抜き、トラヤヌスへと迫る。レイシーもまた敵へと打ち掛かった。
竜虎化異人もこちらを認めたらしく、雄叫びを上げながら飛びかかってくる。
風の、武骨で巨大な刃がトラヤヌスの肩を打つ。そしてレイシーの刀は、虎の前足を襲った。
しかしそのどちらも、強靭な肉体に阻まれて深くは食い込まない。
「グオッ!」
敵は怒りを増し喰らいつかんとしたが、蓮が立て続けに放った弾丸がそれを阻んだ。弾丸が肉に食い込んで、敵は足を止める。しかしその弾丸も、トラヤヌスが全身に力を込めるとポロリとこぼれ落ちた。
「んー、近接戦闘は向こうのほうが強そうだけど、射撃の合間をすり抜けそうだからなぁ……」
エアリィは口をへの字に曲げつつ、精霊銃の引き金を引く。火・水・風・土・光・闇、様々な属性の弾丸がトラヤヌスを襲う。
エアリィの言葉通り、その攻撃を嫌った敵は咆哮を上げ、凄まじい加速で弾丸をかいくぐって飛びかかってくる。
「わ、わわ!」
すんでのところで牙を避け、爪を精霊剣で弾いたエアリィ。そのまま宙を蹴って跳び下がる。
トラヤヌスはさらに雄叫びを上げると、無敵の真竜へと変身した。致命傷に遠いとはいえ敵に出血を強いていた風の大剣も蓮の竜漿兵器も、あらゆる干渉を無効化するトラヤヌスの前には歯が立たない。
急いで距離を取った風が、蓮の後ろまで下がる。態勢を立て直すために。
「蓮を盾にするためとかじゃないよ、本当だよ?」
「わかってる。……言わなきゃいいのに」
放った弾丸も、やはり真竜には弾かれた。
敵が、元の姿へと戻る。体内の『化異人細胞』を大量に消費する真竜の姿は、トラヤヌスにとっても負担が大きいのだ。しかし敵は√能力者たちを、目を細めて睥睨した。
「調子に乗ってやがるな、こいつ……!」
レイシーは舌打ちしつつ、額の汗を拭った。
「あ、あぁ……!」
校舎の窓から戦いを見下ろしているフレデリカ。命がけの戦いに、彼女は目が離せなくなっていた。
衝撃、恐怖、そして奮闘する√能力者たちの勇敢さに。
「うー、こいつしぶといほ」
「竜虎の力を兼ね備える、というのもあながち誇張ではありませんね」
オーリンの言葉に頷きつつ、縁は校舎を振り仰いでフレデリカに呼びかけた。
「フレデリカさん、先生の言葉を覚えていますか?」
「ふ、ふぇ……ッ?」
「『派手なばかりが魔法ではない』と、先生はおっしゃったでしょう?
こういう戦い方もあるんですよ?」
『魔導書』を開いて詠唱した縁が、天に向かって手を差し伸べる。長い睫毛を伏せ、
「加護があらんことを」
と、請い願う。彼女に陽光が降り注いだように見えたのは、目の錯覚かどうか。『透光の糸』は大きく広がりながら仲間たちを繋いでいった。
「これは……!」
「いわゆる、後方支援です」
フレデリカを見上げ、微笑む縁。
「もう、皆を強化して、手数で押すっきゃないほ? 単純にして最適な解決策だほ」
未来は、今が作り上げる。オーリンと√能力者たちは『第六感共有網』で結ばれ、大きな目で捉えた感覚は皆に共有された。
「最悪、小娘に攻撃が飛ばないよう引きつけるほ」
翼を広げて舞い上がり、トラヤヌスの視界を塞ぐように飛ぶオーリン。
「ガァッ!」
敵は虎の爪、竜の尾で撃ち落とそうとするが、オーリンはそれをひらりと避ける。
「ありがとう!」
それだけの時間があれば、エアリィが詠唱を終えるには十分すぎた。
「六界の使者たる精霊たちよ、集いて力となり、我が前の障害を撃ち砕けッ!」
『透光の糸』で結ばれ第六感までも共有するいま、外す気がしない。
空中に無数に浮かび上がる、6属性の魔力弾。そのひとつひとつは小さいが、数え切れないほどの魔力弾が色とりどりの光を放ってエアリィを照らした。
「あたしの全力全開、遠慮せずにもってけーッ!」
「グ、オオオオオオオオッ!」
魔力弾は一斉に襲いかかり、竜虎の全身で爆ぜる。虎の毛皮を引き裂き、竜の鱗を剥ぎ取る。その邪悪な肉体を「殲滅」せんと。
「風、あそこだ!」
蓮の右目が激しく燃え上がっている。その目は、トラヤヌスの右脇腹……虎と竜の腕が生える間の辺りを見据えていた。特に傷が深いのだろう、振り返るとき、あるいは爪を振るうときに、一拍……いやわずかに半拍ではあるが、動きが遅れる。
「うん!」
竜の鱗で作られた分厚い鎧を脱ぎ、盾を投げ捨てる。そして風は大剣を構え、一気に飛び込んでいく。
全身を真っ赤に染めたトラヤヌスは絶叫しつつも、再び凄まじい速さで飛びかかってきた。
「そっちが『超加速』で来るなら、こっちだってなぁ!」
『影竜のオーラ』を纏ったレイシーも、対抗するように強く地を蹴って一気に間合いを詰める。
トラヤヌスは虎の両腕を振り上げ、向かってくる風とレイシーを引き裂かんとした。
……が、トラヤヌスの膝関節に、蓮の放った弾丸が食い込んだ。ガクリと、敵の体勢が崩れる。
その爪はレイシーの肩を裂いたが、浅い。
「この程度、喰らったってかまうもんか!
パーツくっつけただけで、強くなった気になるなよ。ホンモノのドラゴンプロトコルの力、見せてやるぜ!」
一方で、身を低くして……もともと低いが……爪を避けた風は大剣を下から突き上げてそれを弾き、
「『屠竜宣誓撃』、叩き込むよ!」
看破した脇腹の弱点に、大剣を叩きつけた。肋骨をバキバキとへし折りながら剣は食い込み、トラヤヌスの口から血があふれる。
「ガ……ッ!」
敵はなおも叫ぼうとしたのだが、レイシーの繰り出した刀が、その首を宙に跳ね飛ばした。
「秘剣技『絶影』。影は疾く、消えることなし……ッてな!」
「倒せたほ?」
「うん、大丈夫みたい」
まさか首なしで動き回ったりはすまいが。オーリンは地に伏したトラヤヌスの上に舞い降り、ツンツンと爪でつつく。もちろん、動きはしない。
油断なく精霊銃を構えていたエアリィも、「ほぅ」と大きく息を吐いて銃をおろした。
「なら、生徒や先生の様子、見に行くほ」
「えぇ」
オーリンに続こうとした縁は、
「あれは……」
学校の外、ダークエルフと思しき集団が退いているのを捉えた。
突出したトラヤヌスに助力するかどうかためらっているうちに戦いは終わり、もはやフレデリカの誘拐は不可能と判断したのだろう。
「この竜虎さんを動かしていた人たちも、諦めてくれるといいんですけれど」
そうはいくまい。ドラゴンストーカーの狂気は、留まるところを知らない。
それでも今夜はグラスを傾け、ひとつの戦いが無事に終わったことを喜ぼうではないか。