黄昏の城塞都市
●龍の後継者
かつて、戦乱があった。
あらゆる生命を殺戮する機械群の襲撃――その圧倒的な暴力を前に立ち上がった男。
風のように現れ牙無き人々を守り戦い抜いた男を、いつしか人々は|旋風龍《サイクロン》と呼んだ。
そして手に入れた戦闘城塞都市『|玄龍楼《シュエンロンタワー》』に、幾星霜の月日が流れる。
『玄龍楼の地下には、英雄の遺産が眠っている』
当ても無い噂が流れ始めたのは『玄龍楼』――そう呼ばれる高層建造物を中心に、無秩序に広がった生存圏の通称――に住まう人々の中から、英雄の記憶が徐々に薄れ始めた頃からだった。
『それを手に入れた者が、龍の後継者となるだろう』
噂には尾鰭が付き、いつの間にかそれを求めるならず者達が城塞都市を闊歩するようになる。戦闘機械群の攻勢も大人しくなり始めたある時期を境に、反抗の砦は欲深な連中が屯する上辺だけの生存圏と化していった。
『だからってよぉ……やって良い事と悪い事があるんだよ。お分かり?』
ふと、ワイヤーで雁字搦めに捕縛された|死に戻り《デッドマン》にナイフを突きつけた若者が、背を丸めて面倒そうに言葉を紡ぐ姿が映る。
『遺産目当てのトーシロが粋がって|ここの連中《玄龍楼》に手ェ出すんなら、どうなってもいいって覚悟があんだよな、トーゼン』
『有る訳が無いだろう。素人相手に粋がってんのはどっちの方だ』
そして、冷たい声音が薄暗い裏路地に木霊した。
ナイフを持った男が面を上げた先には、片目に赤く光る|解析端末《ドックアイ》を埋め込んだ痩身の|義体化人間《サイボーグ》の姿。
『これでもコイツは一応有用な運び屋だ。そのくらいにしておけ』
『ハッ! 流石お利口さんだな『|乱機龍《タービュランス》』様はよォ!』
『お前も『|爆突風《ダウンバースト》』と呼ばれる位ならば身の程を弁えろよ』
『ンだコラ……!』
刹那、ナイフを手にした若者が音より早く痩身の男の喉元に殺意を突きつける。同時に若者の懐に、いつの間にか痩身の男が手にした|熱線銃《ブラスター》が押し当てられていた。
『何だビビってんのか? 引いてみろよ|引き金《トリガー》をよォ――ラバニアッ!!』
『相変わらず口だけはよく回る――ジャガイモ剥きは上手くなったか? ジェイス!』
「……この二人、実は旋風龍――『ガルシア』に師事していた双子の兄弟なんです」
モニタに映った荒々しい兄弟喧嘩を一時停止し、リノ・セラフ(イレギュラー・h05636)は拠点に集った能力者たちへ向き直る。
「あ……そうだ」
ぺこりとお辞儀をしたリノは、深呼吸して再びゆっくりと口を開いた。
「初めまして……私はリノ。よろしくお願いします」
人前で話し慣れていない様なたどたどしい姿――更に星詠みとしての初めての仕事に、リノの緊張は極限に達していた。あわあわと一時停止した記録動画を再生し、口にするのも憚られる罵詈雑言の嵐をミュートして、リノは目を白黒させながら話を続ける。
「えと、これは私の|XMQ-00《戦闘ドローン》で撮影したんですけど三日前に。その前日に実は私変な夢を見て、今日この城塞都市が戦闘機械群の攻撃を受けて壊滅してしまうっていうんです! それを、ええと皆さんに止めてもらいたいんですけど……」
身振り手振りで危険な状況だという事を精一杯表現するリノ。要はこの街に迫る脅威を排除すれば良いのだ。しかしその為には、ただ敵を排除する以外にもやらなければならない事がある。
「この兄弟を仲直りさせて、そして街に眠る遺産――旧時代の兵器を見つけて動かす事が出来れば、この先もこの街はずっと安泰……になる筈です」
つまりその場しのぎの援軍ではなく、城塞都市――玄龍楼がこの先も戦える力を備える事が出来れば、この作戦は完全な成功になると言えるだろう。
「二人ともこう見えて街の人達には信頼されてるし、二人が協力出来れば街の人達もきっと皆力を貸してくれます! ていうのも……」
口ごもりながらスクリーンを操作するリノ。映像が切り替わると同時に映し出されたものは、球形の小型戦闘機械の数々。これらが既に玄龍楼へハッキングを試みていて、街の人々の生活を脅かしているらしい。
「これがそれぞれ互いに敵対する兄弟の派閥の仕業だって勘違いしてるんです。だから二人が仲直りすれば誤解も無くなって、街の人達は協力して対抗してくれる……筈」
言い切ると同時に溜め息を吐くリノ。実は星詠みの予知ではこれ以上正確な情報を得る事が出来なかったのだ。この不確定要素がある限り、街は一致団結して戦えない――だから。
「皆さんの力で、まずは兄弟を仲直りさせて、協力して立ち向かって――」
どうやって仲直りをさせるかは能力者達に一任するしかない。ただ、同じ師に仕えていた二人だ。街の英雄だった師の言葉を思い出させられれば、昔の様に互いの手を取り合う事も出来るのかもしれない。そして。
「そして、龍の遺産を手に入れて、この街を守ってもらいたいのです」
地図にも無く、どこにあるかも分からない、この世界では当たり前のようなこの街を。
『いらっしゃい。お客さん外から来たのか? 安くしとくよ何か買っておくれ』
転移した能力者達をまず出迎えたのは玄龍楼の商店街だった。ニコニコとガラクタめいた|何か《・・》を手に、人の良さそうなジャンク屋の店主が言葉をかけてくる。
『ああ、乱機龍兄貴に用意かい? それとも爆突風の野郎の方か?』
『野郎とは言葉だな。爆突風兄貴に文句でもあるのか?』
店主の言葉に、道すがらのいかつい男が思わず啖呵を切る。
爆突風――ジェイスに乱機龍ことラバニア。どうやら彼等の名が街中に轟いているのは事実のようだ。そして、それぞれの派閥がある事も。
『ハァ……ガルシア師父さえ生きてればねえ』
不意に道行く中年女性からぼそりと言葉が漏れる。
『ガルシア……旋風龍兄貴が生きてさえいれば』
女性からしてみれば旋風龍こそ真の兄貴分だったのだろう。
ジェイスもラバニアも、彼女にしてみれば二世代は下の子供同然なのだから。
あの二人が今みたいに対立するまで、一体何があったのだろうか。
『ああクソ! ネットワークがイカれたのか?』
突然、さっきのいかつい男が苛立ち混じりの大声を上げる。
どうやら手にした端末での決済が上手くいかないらしい。
『残念だったな。|ロンペイ支払い《玄龍楼専用電子決済》が出来ないならお引き取り願おうか』
『チッ……どうせこれもお前ら乱機龍派の嫌がらせだろう!』
『んだとぉ! 聞き捨てならねえな!』
何やら結局買い物に来たいかつい男がジャンク屋で支払いをした所、キャッシュレス決済機能が動かなかったらしい。それが戦闘機械群の仕業だと言っても、今の彼等には決して届かないだろう。
この状況を打破しなければ容易に敵に攻め込まれてしまう。戦闘は既に始まっているのだ――早くジェイスとラバニアを見つけ、本格的な侵攻に備えなければならない。
第1章 冒険 『都市内部での住民同士の対立』
●邂逅
星空に照らされた夜の解体現場は、まるで真昼の様な喧騒に包まれていた。
普段は寝静まっている重機の数々が怯える様に大音を立てて、不均等に配された照明がガラクタに影を落とした鉄臭い情景は、さながら古代の儀式場めいた様相だ。
そして一際明るい開けた荒れ地に配された古びたソファを囲む様に、大小まばらな人影が参列者の如くじっと立ち並んでいた。
「お会い出来て光栄です、|爆突風《ダウンバースト》」
『……フン、能力者様が雁首揃えてこんな所に何の用だ? 食いモン卸しに来たって面じゃなさそうだけどよ』
ソファに陣取るジェイスは不機嫌さを隠しもせず、無精髭を蓄えた上顎を撫でながらディラン・ヴァルフリート(|義善者《エンプティ》・h00631)と|馬車屋《 まぐるまや》・|イタチ《いたち》・(|偵察戦闘車両《RCV》の|少女人形《レプリノイド》の素行不良個体・h02674)を猛獣の様な目つきでジロリと睨む。
「……此処の流儀に合わせるなら、『|風見車《バンドワゴン》』とでも名乗らせてもらおうかな~?」
とぼけた表情でジェイスを見返すイタチ。その背後には12人の『|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》』の姿が――|お話し合い《・・・・・》をスムーズに進める為、数を揃えて相手にナメられないように。
目論見通り既に彼女らを取り囲んだジェイスの配下達も、純然たる戦闘用レプリノイド達には迂闊に近寄れないでいた。
『余りパンピーを|脅《おど》かさねえで欲しいモンだ。ここにゃアンタらが思ってる程、戦慣れした連中は多くねえ』
ため息を吐いてジェイスがゆっくりと立ち上がる。交戦する意思が無い事を示すように片手をばたばたと振って、能力者達を囲んでいた配下達が散っていく。
人払いを済ませたジェイスを見やり、イタチはニンマリと微笑して話を続けた。
「それじゃあまず、イタチさんみたいな余所者に好き勝手されたくなかったら、自分たちのシマは自分たちで守らなきゃだよ~?」
『――どういう事だ?』
恐らくは|そういう類《抗争》の話だろうと想像は出来た。だが内側ではなく外側……最悪な予感が的中しそうなジェイスは頭を抱えて、再び能力者達をゆっくり見渡す。
「そそ。確執とか因縁とかは知らないんだけどさ~、このままだと砦は陥ちるよ~?」
『何が言いてえ、風見車ちゃんよ?』
そもそも、せっかくの生存圏なのに人間同士でケンカして消耗しちゃうのは|少女人形《レプリノイド》的にはあんまり分からない感覚であった。|この世界《√ウォーゾーン》は身内で仲良く喧嘩を続けられる程生易しくは無い筈……。
あるいは、それすら許容される程にこの拠点は安全だというのだろうか。
思案するイタチは訝しむジェイスを指差し、琥珀色の瞳でじっと見つめて本題を突きつける。
「外から来たヒトが、おせっかいにも助けてくれることなんてないんだからね~? って言いたいとこだけど」
「僕はディラン・ヴァルフリート。近々起きる戦いに……協力させて頂きたく伺いました」
続くディランが話を切り出す。差し詰め龍を継ぐ者……今はいないガルシアが|そんなもの《後継者争い》など欲しがらないと思われるが、それはそうと思いは秘めたまま、ディランは|至斬傑牙《得物の大剣》に手を掛けてじわりと一歩前に出る。
「所謂……売り込みというものです。まずは力を見て頂いた方が話は早い、かと。臆するのでなければ……ですが」
『待て待て、身内でゴタついてる場合じゃねえってのは分かった。アンタらを試すつもりも無え――それに』
要は外からの攻撃が起こるから自分らを雇えというのだろう。そう判断したジェイスは肩を竦めて一瞬止まり、じっと解体現場の入口を睨みつけた。
『お客の到着だ。にしても……』
ジェイスの視線の先には痩身の|義体化人間《サイボーグ》が、赤い義眼を光らせてゆっくりと近付いてきた。その姿はやたら煤けていて、何かの攻撃を食らったように見える。
『何てザマだ、兄弟』
『まあ、色々あってな』
しかしその声音は至って普通――更にその後ろからぞろぞろと、新たな能力者達が姿を表した。
「この街に、とっても強い双子がいるって聞いたわ! あなたが『|乱機龍《タービュランス》』ね! 私はブリギッテ。ここ|玄龍楼《シュエンロンタワー》が敵に狙われると聞いて、応援に来たわよ!」
ディラン達がジェイスの所へ赴く僅か前、幾人かの他の能力者達はラバニアの下を訪ねていた。
その内の一人、ブリギッテ・ハイスヴルスト(チェーンソー剣の|少女人形《レプリノイド》の戦線工兵・h01975)がピンクの瞳をキラキラさせながら、元気良くラバニアに訪れた目的を告げる。
「結構ごちゃごちゃしてるけど、中々いい街ね。工兵魂が疼くわ!」
『それはどうも。にしても狙われてる、ね。まあ能力者様方が雁首揃えてここに来たんだ。疑いはしないよ』
ラバニアとの面会を希望した能力者達は、殊の外すんなりと接触が出来た。
商店街の中程にあるうらぶれた雑居ビル。3階にある不動産事務所に居を構えていたラバニアは、神妙な面持ちの異邦人達を快く迎えると、この街の雰囲気にそぐわぬ瀟洒な応接にまとめて通す。
「俺はクラウス。この都市は戦闘機械群に干渉されている」
「黒木・摩那です。色々調べさせてもらったけど……街に脅威も迫っているし、それに二人の対立には住民たちもうんざりし始めています」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)が事前に採取した精妙な|解析《ハッキング》ログと|街で悪さを働いていた機械の残骸《・・・・・・・・・・・・・・・》を見せられても、|黒木《くろき》・|摩那《まな》(異世界猟兵『ミステル・ノワール』・h02365)が現実に起こり得る危機を伝えても、それでもラバニアは顔色一つ変えないで口元で紫煙をくゆらせる。
「ガセネタで対立を煽って分断を図るとは、古今東西聞く話ではありますが、現実に目の当たりにすると困ったものです」
『まあ、そんな所だろうとは思ったがね』
暴かれた現状に肩を竦める摩那に対し、|この世界《√ウォーゾーン》で侵略は日常茶飯事。一々気にしていたら身が持たないと言わんばかりに能力者達をじとりと眺め、|乱機龍《タービュランス》と呼ばれる男はため息混じりに言葉を続けた。
『|玄龍楼《ここ》は|安全過ぎる《・・・・・》からな。そのくらいで丁度いい。だが……』
「その様子なら、|乱機龍《タービュランス》自身は今のままではいけない、とはわかっているのでしょう?」
仲良くできませんかね? と問いかける摩那に対して、途中で歯切れが悪くなったラバニアが額を抑え思案する仕草を見やり、ブリギッテが再び口を開く。もう一押しで|乱機龍《この男》は落とせそうだ。
「このままじゃ戦闘機械に漁夫の利を奪われちゃう。ここは第三者として介入させてもらうわ。それにあなた達も、元々仲が悪かった訳じゃないって街の人達から聞いたわよ!」
「いきなり仲良くというのも無理があるならば、街のため、|旋風龍《サイクロン》のために一旦鉾を収めて共闘することはできないでしょうか?」
『――もう内輪で喧嘩している場合じゃない、と』
能力者達はそれぞれ独自に様々な情報を入手していた。ブリギッテは自らの『|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》』を街に放って地道な情報収集を行い、摩那は|玄龍楼《シュエンロンタワー》の周りでハッキングしようとする戦闘機械を自身のドローンで探索して記録。先程のクラウスの報告も合わせて、状況証拠は内側からも外側からも十分に揃っていた。
「はい。この街の危機に対処するには、きっと貴方達の協力が必要になります」
ゆらりと、竜か獣の怪獣めいた|殺戮機械《ベルセルクマシン》が前に出て明瞭な電子音で言葉を紡ぐ。
「新藤・アニマです。迫る脅威の排除する為、ここへ来ました」
『確かに、君は強烈だね……いや、失礼。悪く言ったつもりはない』
長身痩躯の自身より頭一つ以上大きい|新藤《しんどう》・|アニマ《あにま》(我楽多の・h01684)を前にして苦笑するラバニアに対し、淡々とした声音でアニマは言葉を重ねる。
「問題ありません。そもそも、貴方達は、かつて街を救った方を師と仰いだと聞きました。ジェイスさんは、人々の生活を脅かすような行為をする方でしょうか。仮に傘下の者が行っていたとして、それを許す方ですか?」
『…………』
信を得られるか不明でも、堂々と出向けば話はきっと可能。此方は真の敵を把握済みで、その情報は既に共有された。
後はラバニアの心一つ――その背中を押す事さえ出来ればと、アニマは誠心誠意説得を続けた。
「私は為人を知りませんが、恐らくそうではない筈です。貴方も彼も、街と人々を護りたいのは同じでしょう」
「恐らく君達兄弟の派閥の仲違いも敵の目的だろう。この都市を、ここに住む人々を守るために。兄弟で手を取り合えないかな」
アニマに続いてクラウスが言葉を紡ぐ。駆け引きなんて器用なことはできない自分は、真っ直ぐ真摯に話すくらいしか出来ないから。
戦力的なこともあるけれど、何よりも家族は仲良く在ってほしい――既に家族を喪ったクラウスにしてみれば、喧嘩してても兄弟が生きているラバニアは羨ましくもある。
だからこそ、住人の不安を煽らないよう慎重に情報を集めて障害を排除した。この建物も既にクラウスの『レギオンスウォーム』がずっと周囲の警戒を続けている。
「何れにせよ、分断は早めに解消すべきです。仮に私が戦闘機械群なら、これを好機と見ますから一度しっかり話をしてみる事をお勧め致します。そもそも何故仲違いをしているのでしょう?」
『それは……』
アニマの最後の一押しにラバニアは遂に心を開いた。全ての発端、二人が別れた理由を語らんとした刹那――稲妻が奔った。
「ええ、過程は結構。話が長い。結論は善は急げ! です!」
『まだこの街がアババババ』
奥の方で能力者達の長話を退屈そうに眺めていたエルフが突如、手にしたトネリコの大杖から『|普通じゃなくなる魔法《クッタリスルマホウ》』をラバニアへ放ったのだ!
「申し遅れましたルナリアと言います、抵抗するなら叩きますよ叩きますね!」
今や一刻を争う時。機械がいっぱいの√うぉーぞーんにも荒くれ者のギルドがあるとワクワクして来たのに始まったのは深夜のサスペンス劇場。
そんな話はいいからとルナリア・ヴァイスヘイム(白の|魔術師《ウィッチ》/朱に染める者・h01577)は溢れる|暴力《ぱうぁー》を振るわんと鼻息を荒くする。むふー。
「おい止めろ!」
「これ以上いけません……」
「こ……こんな事が許されていいのですか」
「√能力者の権力がデカすぎる!」
アニマがルナリアを取り押さえ、摩那がラバニアを介抱し、ブリギッテが|エアバイク《スマートクルーザー》を用意して、クラウスが全周を警戒する。
何かの間違いでラバニアの配下にでも襲われたら計画は全てご破産だ。だがルナリアの言もあながち間違ってはいない。
この街に迫る危機は見えないだけで、既に近くに潜んでいるのだから。
『……で、バイクで担がれてここに来たってか』
『見事な奇襲だったぞ。事前の段取りも完璧だった』
「いや……その……すんません」
厳重に動きを封じられたルナリアはバツが悪そうな顔でペコリと頭を下げる。
『まあいい。そんなに急いでコイツに会いたかったって、知り合いか何かか?』
「……? |爆突風さん《この人》とは特に知り合いではありませんよ?」
ロープで縛られたルナリアはきょとんとした表情でラバニアに言葉を続ける。
「えっと……確か戦闘機械群? というのが暗躍して工作をしているらしいと聞きました。二つの|派閥《ギルド》が争ってると対抗できないそうなので……じゃあとりあえず両方制圧して従えてしまえばいいかなと思いまして!」
先に|そっち《ラバニアの方》へ行ったのはなんとなくですね。そこまで喋ってルナリアは口を封じられた。物理的に。むふー。
『……まあ、何かキナクセーのはずっと感じてたからよ』
『ああ。どうやら潮時のようだ、俺達の関係も』
互いの煙草に火を着けて、ジェイスとラバニアは空に向けて白い息を吐く。
「そう。工兵って裏方仕事だけど、チームワークが大事なの。だから私達姉妹、仲良く助けあってきたわ。そうやって今まで、生き延びてきたのよ!」
ブリギッテが言う様に、これ以上対立を続けられる状況ではない事は肌で実感した。今まで以上に巧妙で危険な敵の襲来――それに立ち向かうには、時間を戻す必要があると。
「ねぇ、|旋風龍《サイクロン》の弟子達は、どうなのかしら?」
「――よろしければ」
ブリギッテの言葉に耳を傾けながら、並んで星空を見上げるジェイスとラバニアへ、ディランが不意に話しかける。その言葉に『仁刻:正道に捧ぐ讃歌|《ロア・イデアール》』を込めて――二人のわだかまりを一つ一つ解きほぐす様に。きっと、その先の答えを知る事が、自身の目的だから。
「ガルシアさん……先代の英雄についてお話を伺えれば、と」
聞いても恐らく全てを理解はできないだろう。
それでも、知る必要がある。
この街を作り、守り続けたかつての英雄の事を。
『――ガルシアの兄貴は元々米軍からの嘱託職員だったそうだ』
紫煙をくゆらせながら唐突にジェイスが語り始める。
かつてこの国がまだ|日本と呼ばれていた時代《・・・・・・・・・・・》、当時30代のガルシアはやがて来る次期主力戦闘機導入計画の為の売り込みに来ていたらしい。
実際は1999年に始まった戦闘機械群の侵攻によって全てがご破算になった訳だが、日本に居着いていたガルシアはそのまま、残された試作戦闘機と共に僅かな戦力で抵抗活動を続けていたのだ。
『最もそんな兵器は目立つし、禁忌を解放した今となっちゃ旧式どころじゃない骨董品さ。だから、ここぞという時以外はずっと秘匿されていた訳だが……』
ラバニアが続ける。その兵器こそが、この街の住人が噂していたものの真実。
しかしそんなものだけで人々を守れる訳が無い。海兵隊の訓練教官でもあったガルシアは命からがら逃げ延びた人々を救い、集め、教導し、やがて来る戦いの時の為に長い年月をかけて組織を作り上げていた。
『だがあの人は5年前に戦闘で行方不明になり、残されたオレ達はこの街をどうするかを必死になって考えて、いつの間にかケンカ別れしちまったのさ』
『俺達は心の底から互いを憎んでいるわけじゃない。だが周りはそうもいかないだろう……その事を気づかせてくれて、ありがとう』
二人して照れくさそうに微笑む姿は確かに双子なのだろう。よく似てるとディランは思った。
これで条件は整った。後は二人の派閥を急いでまとめ上げ、敵の侵攻に対処するだけ。
残された時間は、あと僅か。
●決意
『なあ兄弟』
『何だよ』
カフェと言うには場違いな、歩道に面した露天食堂で|饅頭《まんとう》を頬張るジェイスとラバニアは途方に暮れていた。
能力者達の説得を受けて二人は概ね共闘姿勢を取ることになったが、肝心の両者の派閥はこの事をまだ知らない。
『どうすっかね、|オレ達《・・・》』
『まあ、なぁ』
それどころか急に『ボクタチ仲直りしました!』なんて言ったところで、あの荒くれ者ども全員が納得するとは思えない。
説得力が無いのだ。実力はそれなりにあろうとも、二人には経験が足りてなかった。そうこう思案している内に、ジェイスの視界に大音と共に見慣れぬ二人の子供が入り込む。
『――何だ、アレ』
その二人は今にも互いを滅さんと、裂帛の気合を持って拳を振るっていた。
朝霞・蓮(遺失の御子・h02828)は思っていた。本気なら、銃が使えるなら絶対に負けはしないと。互いに小柄な身体を独楽のように回して、その勢いで握った拳を振るいつつ、次はどうするか――|彼等を突き動かすには《・・・・・・・・・・》どこまでやるべきか――話は数分前に遡る。
「――『乱機龍』ラバニアと『爆突風』ジェイスは『旋風龍』ガルシアっていう師父様に師事していたと」
「きっと、今は支えだった師父様が居なくなってしまって不安なんだと思う」
露天で買ったアイスを道端で舐めながら、蓮は妹の朝霞・風(忘失の竜姫・h02825)と共に策を練っていた。この街を脅かす敵を排除する為に、先ずは対立する兄弟の仲を戻さなければならない。
「それが、師父様が倒れてしまわれたが為に調和が崩れてしまった……」
「でも、そうだったとしても……兄弟なんでしょ?」
同じ街の中で命の獲りあいをする様な苛烈な関係を、風はにわかに信じがたかった。無論、自身だって一度も喧嘩をしなかったわけじゃない――でも。
「些細な事でも|兄妹《きょうだい》は喧嘩はするよね。喧嘩するほど仲が良いっていうけど」
「恐らく、師父様がご健在の頃は双子の喧嘩を師父様が仲裁して保たれていたのでしょう」
風の素朴な疑問に蓮が答える。昔あって、今はない二人の関係性――それは師父たるガルシアの存在。つまり二人が改めてガルシアの事を思い出せば、事態は好転するかもしれないのだ。
「――ならば。僕と風でわざとジェイスの前で喧嘩してみましょうか」
「そんなの、悲しいよ。でも――」
互いを嫌い合っている兄妹ではない二人にしてみれば、演技だとしても拳を向ける事は本意ではない。だとしても――。
「兄妹であることを仄めかして、ジェイスに僕と風を仲裁して貰いましょう」
「その仲裁の言葉こそが、師父様が遺した言葉だと思われるのですが。それに、一か八か、僕らがダメでも他の人が居ます――やりましょう、風」
「蓮がやるなら、ぼくもそれに従うよ。」
――そして、今に至る。得物は使わず己の肉体だけが頼り。それでも尚、格闘戦は風の方に分があった。
あの二人に『街の英雄だった師の言葉を思い出させられれば』――ですか。
そんな思いが風の脳裏に過る。意識を向けずとも踏み込んできた蓮の攻撃を容易く往なし、足を掛けながら即座に追撃の掌底/返す蓮の拳がそれを弾き、その勢いのまま後方宙返りで距離を取る。今のは危なかった……だが、どちらの攻撃もまだ致命打には至らない。
――二人の師ならばこんな時にどういう言葉をかけたのだろう? それは兄弟2人のみぞ知る……という所かな。正直、無意識の|素手喧嘩《ステゴロ》で光も大立ち回りをしては目立ちすぎる。いつの間にか二人の喧嘩を面白がって眺めるギャラリーが――恐らくは|爆突風《ダウンバースト》と|乱機龍《タービュランス》の部下達なのだろうが――周囲を取り囲んでいた。
『こう言っちゃあなんだが、なあ兄弟』
『ああ……懐かしいな』
事実、蓮と風の大立ち回りは問題の兄弟の心に大きく響いていた。ある時は夕飯のおかずを巡って、ある時はガルシアの隣を賭けて、数え切れない大喧嘩を繰り返していた懐かしき時代――。
「蓮の分からず屋! バカ兄貴! アイスはチョコミントが一番美味しいのよ!」
「あんな歯磨き粉のどこが美味しいと……バニラが至高に決まっています。本当に愚妹ですね」
子供らしい些細な喧嘩。だが、この兄妹はやりすぎた。これが路上の地形を変えるほどの大立ち回りでなければ多少はほのぼのとした光景に映ったかもしれない。
(それはある種の確認でもあるから。唯一無二の関係を確かめるための。でも――)
思考はあくまで冷静に。態度はあくまで大仰に。散弾銃で撃たれた様に穴の空いたドラム缶を蹴飛ばして、思案しながら風が跳ぶ。
(変わる時が来た。師父様が背負っていたモノを、兄弟が2人で背負う時が来たのだと思う……よ。たぶん)
迎え撃たんと腰だめに拳を構える蓮に対し、風はさながら風車の如く回転し、薪割りの様に大胆な踵落としを叩きつける。そう――この街に吹く風を、変える為に。
(じゃなきゃ、師父様が守ってきたものも全部失う)
『っと……ちょっと待てッ!?』
『これ以上は見過ごせんな、流石に』
刹那、二人の子供の間に割って入った大人が、命からがら迫りくる暴威を受け止める。
『ッ痛ァァァアアア!! そこまでだお嬢ちゃん、それにお兄ちゃんよ!』
『これではまるで兄妹喧嘩ではなく破壊活動だ……』
踵落としの衝撃を両腕で受け止め両脚で逃がしたジェイスの口から、歯を食いしばった勢いで破れた血が垂れていた。
無論、風も全力で蹴り落としたわけではない……だが能力者はそもそもが規格外なのだ。手加減をしていたとしてもただ事では済まないのは明白。
「ご、ごめんなさい……急に飛び出してきたから」
『いいって事よ。気は済んだか?』
『気が済んだなら……そうだな』
一方、ダメージを受けてないラバニアは涼しい顔をして蓮と風を交互に見やり、口元をニヤリと歪ませた。
『飯でも行くか。ギャラリーも一緒にな』
この瞬間、一か八かの蓮の策は成されたのだ。
『飯か。ガルシアの兄貴もオレらが喧嘩した後は決まってこうだったな』
「あの……どうしてお二人は、私達も一緒にと」
ふと、蓮の素朴な疑問に血を垂らしたジェイスが破顔して答える。
『喧嘩してスッキリしたら腹が減るだろ? で、飯食って全部水に流すんだ』
『同じ釜の飯を食った家族なんだ。減ったら飯が不味くなるってな』
それが彼等の仲直りの儀式だった。度重なる戦闘、消耗した補給線、ここに来るまで幾人もの屍を乗り越えてきたのだろう。だからこそ今ある生を精一杯噛み締めて、明日へ繋げる為の一杯の食事は何よりも大切な儀式だった。
『ついでに連中にも|これからの事《・・・・・・》を話せばいいよな、兄弟』
『ああ。道は違えど願いは一つ、この街を泣かす奴は……』
俺達が、この世の果てまで吹っ飛ばす。
それが唯一つ、二人が頑なに守り続けた、師からの教えなのだから。
第2章 日常 『98年以前の文化的な資料』
●遺産
『龍の遺産てのはな、確かにあるが……』
『今となっちゃあ、そこまで大した物じゃ無い』
ジェイスとラバニアは『龍の遺産』があるという『|玄竜楼《シュエンロンタワー》』の封印された地下区画へ能力者達を連れて来た。そこは有り体に言えば古びた倉庫に寄せ集めの工具や電子機器を拵えた、正に秘密基地めいた在りし日の戦闘指令室だった。
『かつて米軍が開発した第5世代ジェット戦闘機……その、抹消された複座型だって言ってたな』
指令室の中央にはカバーが掛かった機動兵器が鎮座する――その巨大な布をラバニアが強引に引き剥がすと、妙に角ばった古めかしい戦闘機が姿を現した。
『よく覚えてたな――うん、燃料は十分にある』
コクピットに滑り込み慣れた手つきで計器を操作するラバニア。|国防色《オリーブドラブ》に赤い丸模様が描かれたそのマシンは、ジェイスが言う第5世代ジェット戦闘機――その複座型の仕様変更機こそが、龍の遺産の正体だった。
『自己診断システム起動……|回路が若干不機嫌だ《サーキットの反応が若干ラグい》がまあ、動かない事はない』
しばらく通電しなかった所為か僅かな不調を確かめたラバニアは、顔も上げずに端末から状況を確認する。
『|玄龍楼《シュエンロンタワー》の防空システムは、既に敵の大型機動兵器を捕捉済みだ。会敵まで余り時間も無い』
『雑兵どもはオレ達の手下が仲良く排除してる所だぜ。だから心配なさんな』
|仲直りの儀式《大宴会》を経て一先ずの遺恨を水に流した両派閥は、それぞれの得意分野を活かして戦闘機械群との交戦を開始していた。
敵はボール型の対人殺傷兵器。それらを乱機龍派閥の電子戦で妨害・攪乱し、正常な戦闘能力を失った所を爆突風派閥の肉弾戦で包囲・殲滅する。今の所は順調に戦闘機械群の攻勢を凌いでいた。
『試作品の自己再生型レーダー吸収塗料……それにデータリンクシステムは正常』
『こいつの|僚機《ドローン》は三機、まだ健在だぜ』
問題はその後に現れる敵の本命――本来ならばボール型兵器による城塞内の攪乱と人間の無力化後、大型機動兵器の投入で完全な制圧を目論んでいたのだろうが、それは最早叶わない。
だとしても大型機動兵器と真っ向からぶつかり合うには、ここの人達だけでは――たとえ『龍の遺産』が目覚めても、戦力不足である事は否めない。
『幸いミサイルも幾つか使えるが……しかし』
『いくら|超音速巡航《スーパークルーズ》出来るったってそんなに高度は稼げねえだろ? それに』
口論しながら着々と準備を進めるジェイスとラバニアはその事をよく分かっていた。それでも尚、この先の事を――この街を守り、受け継いでいく為には自ら戦う意志を示さなければならなかった。静かに佇むガルシアの愛機だった、この遺産と共に。
『誰が操縦すんだよ』
『お前だよ|爆突風《ダウンバースト》。|乱機龍《タービュランス》は電子戦専門だっての忘れたのか?』
主操縦士はジェイス、副操縦士はラバニアで一先ずの布陣は整った。だがそれだけでは足りない――故に。
『そーかそーか、ようやくオレの腕を認めたって訳だ――』
『能力者諸君に頼みがある……こいつをあと二時間以内にアップグレード出来ないか?』
いきるジェイスを無視して、ラバニアはマシンのコクピットから身体を乗り出し、集った能力者達へ頭を下げる。それは大いなる賭けだった。
『内蔵パイロンの容量とか機体のバランスの事もあるから無茶な改造は難しいが……ソフトウェア系や小規模の武装追加程度ならば対応出来ると思う』
√能力者達は世界を跨いで、ここには無い様々な超絶知識を持つと聞いていた。その力にラバニアは賭けたのだ。時間は無いが、やれるだけ事を全てやり切れば多少なりともこの街の生存率は上がるだろう。
『後よォ、ここにある資材で何か出来るなら使ってくれや』
続けてジェイスが口をはさむ。確かに、既に使い手を失った大小様々な火器や無人兵器の類が、司令部のそこかしこに転がっていた。
『対装甲向けのドローン兵器とか、何か第三次世界大戦のコマンドー! みたいな武器とかあるけど全部好きに使っていいから』
他にも旧い時代の情報やこの城塞都市そのものの中枢システムにアクセスする事も出来る。もしかしたら未だ解明されてないこの街の機能などが動き出すかもしれない。
『時間は余り無い。三時間後にはここで決戦が始まる』
『戦闘城塞の非常事態モードに切り替えれば市街地に被害は及ばねえだろうが、放っておけば穴開けられっからな』
あくまで、かつての戦いでガルシア達と共に奪ったのがこの城塞都市だ。故にその機能を完全に把握している訳ではない。今のままだとあくまで防護用の隔壁とレーダー機能が充実した施設に過ぎないのだ。
『これも何かの縁だ。どうか、力を貸してはくれないか?』
機体の改造、街の解明――二つの『龍の遺産』を前に、能力者はどのように動いても良い。無論、街に出て人々の助太刀に参加しても良い。
どちらにせよ、残され得た時間は余り無い。複数の事は出来ないと考えた方がいいだろう。
●再起動
「え、嘘……わーーっ! わあああ~~っ!!」
ブリギッテ・ハイスヴルスト(チェーンソー剣の|少女人形《レプリノイド》の戦線工兵・h01975)は眼前の古びた戦闘機を見やり歓喜の声を上げる。
「これ、|ジェット戦闘機《存在しない筈のF-22B》よね!? すごい、本物だぁ~~っ!!」
何せ自身ら|少女人形《レプリノイド》は何がしかの兵器の記憶から生まれた存在だ。ある意味その元たる兵器に対して畏敬の念が生じるのも無理はない。|国防色《オリーブドラブ》の旧き龍をじろじろ眺め、ブリギッテはうっとりした顔つきで言葉を繋げる。
「|旋風龍《ガルシア》は空の男だったのね! 素敵!」
「それにしても随分な骨董品だね~。大丈夫かい、この機体?」
続けて|馬車屋《まぐるまや》|・《・》|イタチ《いたち》(|偵察戦闘車両《RCV》の|少女人形《レプリノイド》の素行不良個体・h02674)が口をはさむ。所詮は戦闘機械群が侵攻する前の技術で作られた時代遅れのロートル。しかもここ何年かまともに動かしてはいない代物を急な実戦で使えるというのだろうか? 思い浮かんだ当然な疑問に、作業着を着たラバニアが即答で返す。
『年一で|クリーニング《簡易整備》だけはしてたから多分な』
『ンな事してたのかよ。聞いてねえぞ!』
予想外の回答に面食らったのはジェイスだった。互いに相容れぬ状況で何年も過ぎていたのだから仕方ない。何食わぬ顔をして整備を続けるラバニアを一睨みして、ジェイスは手にしたタブレット上の操縦マニュアルに目を通す。
以前に操縦した事があるとはいえ、ここ数年の飛行時間はゼロに等しい。生き残る為に忘れかけてた技術を一つ一つ思い出す様に、ジェイスは虚空で手足を動かした。
「……なら良しとしようか。あ、イタチさんたちは武器を作れないので、悪しからず~」
今は兄弟喧嘩をしている場合ではないと言わんばかりにそれぞれ作業に没頭する二人を見て、イタチは背後に並ぶ『|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》』へ迅速に指示を出す。火砲を撃ち合うだけが戦では無い――そして、戦闘は既に始まっているのだ。
「代わりに兵站を整えようかね。まあ2時間もあれば戦陣構築くらいは出来るさ。人数だけは揃ってるからね~」
偵察車両とカーゴトレーラーを使って荷物を運んだり、姉妹たちと他の能力者さんたちの手伝いをしたりするよ~。こんな戦闘機を隠しているだけの事はある。それなりの広さを誇る戦闘指令室にありったけの資材を掻き集め、|玄龍楼《シュエンロンタワー》各所へ速やかに物資を運び込む補給線を構築。合わせてこの建物自体に手を加えんとする能力者達のサポートを行い、万全の態勢で敵に臨む事こそが今のイタチの使命だから。
「それじゃあ戦闘機は私に任せて! 貴方たちのために、この翼を必ず蘇らせてみせるわ!」
一方、戦闘機に興味津々なブリギッテはその不調を聞くや否や、ラバニアを押し退けそのコクピットへと潜り込んだ。
「まずはコクピットにお邪魔するわ。電気系統が不安なのね? 私に任せて!」
『ああ。モジュール交換する部品が切れてて正直困ってる』
成程、整備の効率化が原因で単純修理が難しくなっていると――こういう時こそ『クラフト・アンド・デストロイ』の出番だ。何といっても、ブリギッテは機動兵器の電子部品の修理なんて数え切れない程やって来た。
「問題無いわ! 無ければそれ事作っちゃえばいいのよ!」
故に機能さえ分かれば|それを元に戻す《・・・・・・・》事など造作も無い。自身のメカニック技能は伊達では無いのだ――だからこそ。
「――それから、新しい機銃は入り用かしら?」
『そうだな……正直20mmじゃ不安な所だった。何か用立て出来るか?』
それだけでは足りない。早業で修理をやってのけたら、残る時間で爆速カスタマイズだ。何せ相手は大型機動兵器、つまり機械の怪獣めいた相手に旧世紀の武装がそのまま通用するなんて思わない方がいい。
「だったら25mmはどう? 弾数は減るけど短期決戦なら十分。反動もチューニングで抑えられると思うわ!」
幸い枯れた技術の互換性のある武装が倉庫に残っていた。弾薬も特製の|HEIAP弾《徹甲炸裂焼夷弾》を取り揃えられた。早々に兵站構築に成功したイタチのお陰だ。
極めて短時間だが換装作業は成功し、龍の遺産はその牙をしたたかに研ぎ始めたのだった。
「そしたらその間に――」
機銃の換装作業の間、今度はイタチがひょっこり身体を乗り出してコクピットへ滑り込む。そのままゴソゴソと周囲の機材をいじり倒し、あっという間に再び外へ飛び降りた。
「……うん。これで大丈夫」
『何したんだ、|風見車《バンドワゴン》ちゃんよ』
不意に操縦マニュアルと格闘中のジェイスがイタチへ問い掛けた。流石に長時間通しで座学に勤しむ事など、この男には出来なかった。
「まぁ、乗り過ごした際の|帰りの切符《射出座席》をね」
ニヤリと、ジェイスの問いに答えるイタチ。流石に何年も使ってなかった戦闘機だ。矢張りというか、肝心の脱出装置の具合は悪かったらしい。
「ついでに|遠足の荷物《緊急用サバイバルキット》も揃えといたから、安心していっておいで~」
『ハッ! そりゃ有難えな。』
脱出装置の修理ついでに緊急用の機材一式を新調――これを|使って欲しくは無い《・・・・・・・・・》。だが。
「ぶっちゃけ音速超過でベイルアウトして無事で済むかは……お祈りしておくしかできないけどさ」
『大丈夫、こう見えてオレも結構頑丈なんだぜ?』
そのもしもの時、ほんの僅かな注意深さが多くの人命を救ってきた事をイタチは知っている。だからこその、おまじない。
「うん。ゲン担ぎは大事だからね。二人一緒に帰ってきてね~」
『応。お家に帰るまでが遠足だからな』
へらりと笑いながら手を振るイタチ。
その言葉に応えようと、ジェイスは改めてマニュアルの通読を再開した。
●目覚め
「あの二人が、敵対したままにならなくて良かったと安心するよ」
「ええ。あのまま開戦してたら龍の遺産も無かったでしょうし……」
二人の能力者は薄暗い管制室に灯るモニタの明かりをじっと見やり、静かに言葉を交わす。限られた時間で最大の戦果を出す為に――ジェイスとラバニアだけでは成し得なかった事を果たす為に。その全容がいよいよ、暗い帳の中から姿を現す。
「こんな風に、もう一つの遺産を見つける事も出来なかった」
能力者の女が呟く。これこそが、もう一つの龍の遺産なのだと。
(協力できそうで良かった……)
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は指令室を出て、協力して励むジェイスとラバニアを尻目に暗い通路を早足で進んでた。打てば響くような二人のやりとりを思い出して微笑し、やはり家族は良いなと少しばかり感じた矢先――これ以上そんな幸せを失くさない為に、クラウスは決意を新たにする。
「それじゃあ、機体の改造は味方に任せ、俺は街の機能解明を急ごう」
「奇遇ですね。私も同じ事を考えてました」
ぼそりと呟いたクラウスへ合わせる様に、傍らを|黒木《くろき》・|摩那《まな》(異世界猟兵『ミステル・ノワール』・h02365)が歩む。それぞれ適材適所がある――二人は『戦闘機械都市』を本来の姿に戻すべく、|玄龍楼《シュエンロンタワー》で眠る力を探し求めた。
「奪い取った都市なら基本的に攻撃機能があるはず……それをアクティブに出来れば」
既に『レギオンスウォーム』を展開したクラウスは、近場の端末から玄龍楼の深部へアクセスし、この街が隠し持つ機能を矢継ぎ早に検索する。
「私はレーダー機能について調べます。中々充実してるみたいですし」
一方、摩那はスマートグラスの機能を駆使して、既に把握しているレーダー機能について更なる解析を試みた。
「多分、探知だけでなく、武器の誘導にも使えるのでは?」
「うん。この規模の城塞都市だったら、あるいは――」
摩那の発想にクラウスが頷く。これまで数多の戦闘機械都市を渡り歩いてきた自身の経験から、ただレーダーだけ存在しているのは考えにくい。摩那自身も玄龍楼のレーダーの充実度から見て、探知だけではなく武器の誘導にも使えるのではないかと考えた。でなければ遥か彼方の敵の襲来をここまで正確に把握させる必要は無いだろう。
「……やっぱり。索敵用以外にも同時多目標攻撃機能があります」
「恐らくイージス・システムと呼ばれていた物の同類でしょう」
レーダー制御系のプログラムの更に深い階層にその力は眠っていた。恐らくは玄龍楼の主電源に過度な負荷をかけない為に、何故か敵の攻撃目標から外されている事を察したガルシアが、最低限の索敵システムのみを残して機能させていたのだろう。
「それだけじゃ無い……見つけました」
|深層記憶領域《ディレクトリ》を管理者権限でこじ開けて、リンクした武装による自動迎撃システムを再起動した摩那。その間にクラウスは|それを使う為の遺産《・・・・・・・・・》の起動まで辿り着いていた。
「もうあまり時間が無いけど、できるだけのことをやって都市への被害を減らしたいな」
クラウスが真剣な眼差しで辿り着いたデータを開示する。その画像は摩那のスマートグラスにもすかさず共有された。
「これは――大砲?」
「はい。長距離迎撃用の大型|電磁加速砲《レールガン》です」
一見すると巨大な物干し竿の様な構造物だ。これが玄龍楼を構成する高層建築物に秘されている。
「エネルギー充填は最大……成程、今まで溜め込んでいた莫大な電力があると」
「みたいですね。ただ戦闘時に連続使用をするとなれば、他の機能にも影響が」
発砲時には何年もの間に地下の複合|充電設備《キャパシタ》へ蓄えられた電力が一斉に解放されるのだ。電磁場の乱れや電圧の急激な変動が人々の生活に影響を与える可能性は高い。だが、悩むクラウスを摩那はニヤリと説き伏せた。
「これならば、戦闘機械群に一泡吹かせられます――今やっちゃいましょう」
「対空迎撃システムは射程圏外、目標追尾機能は敵を捕らえている」
「了解。キャパシタ開放、バレル内電圧上昇」
そして、薄暗い管制室に篭った二人は直ちに電磁加速砲の起動シーケンスに取り掛かった。残された時間は少ないし、何よりこの武装は敵どころか味方すら知らないのだ。手際良く端末を操作するクラウスは、レギオンがもたらした情報を基に安全かつ確実な方法で眠れる龍を目覚めさせる。
「敵、|電磁加速砲《レールガン》の射程に入った」
つまり、しくじらなければ第一射は必ず当てられる……筈。このアドバンテージを最大限に生かし、最大限の効力を発揮するには今をおいて他は無い。
「……という訳で皆さん、これから迎撃の試射をします」
遠くの戦闘指令室に摩那の朗らかな声が響く。他の能力者達も、ジェイスとラバニアも面食らったのは無理もない――突如転送された|電磁加速砲《レールガン》の諸元情報は、ここにいる全ての者を驚愕させるに十分だったから。
「ハッチ解放、大型|電磁加速砲《レールガン》オープン」
ガクン、と大音と共に玄龍楼の高層建築物が真っ二つに割れ、滑らかな動きで長大な砲身が水平にグンと伸びた。幸い雑魚は蹴散らされていた為、敵の侵入は認められない。後は敵の本命が来る時間までに、やれる事をやるのみ。
「了解。照準セット、総員衝撃に備え――カウント開始」
「3……2……1……!!」
瞬間、遅れて届いた轟音が砲撃の有効打を堂々と伝える。バチバチと紫電を這わせる電磁加速砲は直ちに次弾が撃てる状態ではないが、レーダーを監視する摩那が破顔して、誇らしげに戦果を報告した。
「着弾確認、敵の進行速度が低下……!」
「警戒し始めましたね。まあ、これでしばらく時間も稼げたでしょう」
まさかの迎撃兵器にさしもの敵も慌てて警戒を強化する。起死回生の策は成った――思わぬ時間稼ぎと強烈な先制打は、間違いなくこの戦局に大きな影響を与えたのだ。
●奴が来る
不意に建物を襲った振動に、エルフの少女の|心音《ハート》は俄然高鳴りを増していった。
「冒険! 冒険したいです!」
何故ならば、少女――ルナリア・ヴァイスヘイム(白の魔術師ウィッチ/朱に染める者・h01577)はなんとなく心に引っかかる何かを探して冒険に出たのだから。こんな|世紀末《厄介な戦時下の》世界に引っかかっても、その心は揺らがない。心を震わすのはただ一つ――。
「謎の城塞都市! 良い響きですよね! 住んでいる方達もわからない何かがあるならば冒険せずにはいられません!」
一人鼻息を荒げ、己が内より湧き上がる衝動に身を任せるルナリア。幸か不幸か秘密の地下施設に彼女を止める者はいなかった。どうすんのこれ……。
「では早速行って来ますね! 三時間ぐらいしかないという事なので……」
迫る|刻限《タイムリミット》が否応なしに彼女を考えなしにする。道が無ければ作ればいいのだ。エルフらしく自然の摂理に従えばいいのだと手にした杖を高々と掲げ……。
「移動する時は壁とかはぶち破っていきましょう!」
|要は時短《タイパ重視》すればいい。杖を構えて『ウィザード・フレイム』を……しゃあっ!
途端、爆炎がバチバチと周囲の埃ごと空間を焼き焦がす。
灼熱の塊が正面の壁を焼き潰し、洞の様に連なる闇がルナリアの前に広がった。
さあ、冒険の始まりだ!
「中心の方の特に壁とかがぶ厚い所を目指しましょうか、何かを守っているという事は大事なものがあるのです」
冒険者の勘に従い意気揚々と壁をブチ破るルナリア。しゃおら!
幸い『ウィザード・フレイム』には物品を修理する|不思議な《都合の良い》力もある。片っ端から穴を開けたとて戻してしまえばどうという事は無い。目指すは|大事なもの《・・・・・》が眠る場所――金銀財宝などあるとは思えないから、考えられるモノはただ一つ。
「あるとしたら、|街に魔力を供給する魔術炉《動力炉》ですとか|自動で発動する術式《武器のコントロールセンター》ですとか!」
ここが基地や街の中心ならば、恐らくそういった類のものがある筈だが、それらは現状機能していない。それどころか先程の砲撃で予備電源すら一時的に枯渇する始末だ。
ルナリアの想像通り、目の前を撃ち抜くフレイムの先で巡り合ったものは――今や惰眠を貪り続けるこの街の、かつての|心臓部《動力炉》だった。
暗い広場の中心に鎮座する刺々しいマシンは突然の闖入者にも動じず、未だ沈黙を保っていた。
「やはり|動いて《キラキラして》ませんが……知ってますよ!」
それはルナリアも同じ。二度ある事は三度ある。ここに来た時と同じ、破壊なくして創造なし――大きく杖を振り被ったルナリアは、裂帛の気勢を以て沈黙に応えた。
「動かない機械は叩けば直るって! 杖でしゃあっ! しましょう!」
ブン、と巨大な火球が暗い部屋の隅々を照らす。だしゃあっ!
「一度で駄目なら二度でも三度でも! あなたが! |動《働》くまで! |殴るの《しゃあっ!》を止めない」
しゃあっ! しゃあっ! しゃあっ!
炎煌めくフラッシュバックに|奴《エルフ》の影。この戦場でもがき苦しむ人々の思いを受けて(想像)、エルフの炎が古のマシンを呼び覚ます!
「こいつ……動くぞ!」
ふと、ルナリアの口から声が漏れる。
途端、むせる様な炎のにおいの奥から、重々しい機械の駆動音が辺り一面に響き渡った。
暗かった部屋の隅々を迸るエネルギーラインと共に、続々と照明が灯される。
かつて人類反抗の一翼を担った老兵はここに、再び息を吹き返したのだった。
●時を越えて
突然動き出した『|玄龍楼《シュエンロンタワー》』の動力によって戦闘指令室は俄かに活気立つ。如何に補給線を構築してもエネルギー源の確保だけは儘ならなかった故に、本来ならば使えるであろうこの街の機能の大半は眠ったままだったからだ――これまでは。
「ふむ……故あって今は裏方寄りの能力調整ですが、この状況なら好都合ですね」
それは唯一確保出来ていた三機の戦闘ドローンや、つい先ほど放たれた大型|電磁加速砲《レールガン》の動力源といった独自の兵器が、一度の使い切りにせざるを得なかった現状を大きく変えられたという事――ディラン・ヴァルフリート(|義善者《エンプティ》・h00631)はそれらの武装が再び息を吹き返した事に目をつける。
(活動時期等の都合、前世と√ウォーゾーンが直接に接触した事は無かった筈ですが……)
己が内なる悪性が囁く。戦場にくべる為の火がこれで尽きる訳が無い、と。
故に『|忌刻:邪道ノ業《ロア・リベレイション》』――今一番、必要な力とは。
(類似の機械文明は幾つか征服している記憶があります)
異なるが近しい世界の知識を糧に、ディランは|竜の魔眼《Cracker/竜眼》で秘められたこの街の全てを詳らかにせんと覗き込む。
都市機能を|掌握《ハッキング》――派閥同士でも相争う戦闘機械群の拠点だったなら、内外に対する同族用の殺戮機構も眠っている筈。
それは魔王だった自分ならばそうしただろうという自信。
それは正しき行いを成す為に渇望する力への信仰。
「……そこですね」
そしてディランは見つける。|旋風龍《サイクロン》が封印した、この地に眠る第三の遺産を。
かつて、この地は東京湾と呼ばれていた。豊富な海産資源と様々な産業の拠点であり、時代と共に人々が生活を謳歌していた――戦闘機械群の侵攻までは。
やがて終わりなき闘争は活気溢れる都市を戦略上重要な要衝として造り替える。生命溢れる海は汚され、埋め立てられた人造の土地には生命を守り、奪う為の武器の数々が載せられる。やがてこの地は『|第五砲台場前衛要塞《バビロニア・TOKYO》』とその名を変え――奪われた。
「だから旧世紀の武器の数々が眠っていたのですね。戦闘機械群には必要の無い物だったでしょうが」
読み込んだこの街の記憶を思い、ディランが独り言ちる。国家的な巨大土木事業を流用した要塞。やがて戦闘機械群に簒奪され人外未知の武装の数々が供えられる――だが、それらを『|旋風龍《サイクロン》』率いる反抗分子が奪い返し、この地を一先ずの安住の地と化したのだ。
「ならば猶更、守らなければなりませんね」
すらりとディランが虚空を撫でた途端、基地深くの地下に眠る鋼の獣たちが目を覚ます。さながらV字のブーメランめいた全翼機、しなやかなフォルムの四足獣、大小様々な機械の軍勢が赤いセンサをぎょろりと動かし、突然の目覚めに戸惑った。
「どれもまだ動きますね……出撃後は戦闘に専念したいところですし、権限は電子戦担当のラバニアさんに移譲しておきましょう」
流石に古びたドローンのみでは心許なかったが、これだけの戦力が整えば、如何に龍の遺産が旧世紀の産物だったとしても十分に戦う事が出来るだろう。
データリンクのパスを開いて軍勢の指揮権を委譲するディランはふと、深層に隠されたメッセージを発見する。きっとこれらは時を超えたガルシアからのプレゼント……そう思わざるを得ない、力強い一言が添えられていた。
生き残れ。
●驚異のメカニズム
「あの二人は何を言ってるの?」
『気にする事ぁ無ェ。今も昔も君子危うきに近寄らずって言うだろ?』
ジェイスは朝霞・風(忘失の竜姫・h02825)と一緒に、戦闘指令室の一角でタブレットとの睨み合いを続けていた。画面から目を離さずに受け答えをするジェイスは漸く操縦方法を一通り思い出したが、その傍で朝霞・蓮(遺失の御子・h02828)と専門用語の応酬を続けているラバニアに背を向けて、風と共にこの施設に眠っていた機能や装備の数々を改めて見直している所だった。
「難しい言葉知ってるのねジェイス」
『だろ? 君子だもんなオレら』
鼻を鳴らして画面をスクロールするジェイスを見やり、風が溜息を吐く。さっきまで蓮に横でちょっかい出して遊んでいたが、いつになく真剣で楽しそうな兄は最早妹を構う事無く、無言で顎を振りジェイスの方へ追いやったのだ。ひどいにいさまだと思いつつも、確かによく分からない事に首を突っ込めるほど余裕も無ければ、今更蓮がやっている事を学び直している時間は無い。
「ぼくはこういうのあまり詳しくないけど、きちんと戦争史とか勉強してるにいさま……じゃなくて、蓮ならなんか、てきかくせい? を持ってるらしいから、力になれるかも?」
『大丈夫だ心配すんな。こんなのは『|戦い役《クラッシャー》』『|守り役《ディフェンダー》』『|悪戯役《ジャマー》』に分けて順番にフォルダにぶっこんどきゃいいんだよ。ってガルシアの兄貴が言ってたな、昔』
今は、息を吹き返した|玄龍楼《シュエンロンタワー》に秘蔵されていた種々の無人兵器を『龍の遺産』と連携させるべく、用兵に応じて二人掛かりで選択し紐付けする作業だけで手一杯。これ以上厄介事が増えない事を祈るばかりであったが――。
(テキトーだぁこの人。どっちが危ういんだろうか……まあ)
風には先に蓮から託された別の使命があった。実際は今の作業で大半が完了したも同然だろうが、抜け漏れがあってはならない――先程は兄弟同士の熱い喧嘩と親愛の後にオーパーツみたいな軍事機械の話が出てきたから一瞬戸惑ったが、ここは√ウォーゾーン。だからこそここの流儀に従い最善を尽くす。
「……ところで、これってどこにあるか分かる?」
手にしたメモをひらひらと見せつつ、風はジェイスに小首をかしげて質問した。
「電子戦とかそんなマニアックな|MOS《軍事専門技能》だったんだね、|乱機龍《タービュランス》の役割は」
コクピットでドローンとの戦術リンクの状態を確かめながら手際よく作業を進める蓮を見やり、ラバニアは感心した様に頷きつつ言葉を返す。
『何、|旋風龍《サイクロン》の後ろに座る機会が多かっただけさ。旧式だけど限定的な電子戦装備が扱えるんだ、コイツは』
アクティブフェーズドアレイレーダーを装備した次世代機、だった……とラバニアが語る。パッシブステルス性も現行兵器と比較して全く劣る訳ではないとも。つまりは過渡期に生まれた時代の産物である『龍の遺産』には、双方の時代に即した兵装が使える様に機体が構成されていると見て間違いが無かった。
「じゃあさ、少し手伝わせて貰おうか」
『扱えるのか? 現用のマシンと言語も違うが……』
それでも戦闘機械群が侵攻する前の兵器大系の遺物だ。現行の最適化されたパッケージングにはまず適合しない。しかし不敵な笑みを浮かべる蓮にはラバニアに想像もつかない秘策があった。
「普通はこの時代じゃ厳しいし、時間も二時間しか無いんだけど……」
やりたい事は決まっている。仕様違いも想定内だ。ならば解は一つ――どちらか一方に仕組みを寄せればいい。その解を|導くだけなら《・・・・・・》蓮はこの中にいる誰よりも優れている自負があった。
「――錬金術なら何でもできる」
「龍の遺産を補佐するためのレーダー哨戒機と、改造する元になるミサイル、あと、この城塞都市のレーダー機能を書き記した文書」
書いてある意味はよく分かんないけど、と付け加えて、風は顔を膨らせてジェイスへメモの内容を問いかけた。相変わらず蓮は楽しそうにラバニアと作業を進めているが、こちらのジェイスはずっと詰まらなそうな顔をしてタブレットを睨んでいるばかり。不公平だ。そのジェイスは風からの質問に答えようと、真剣に情報を精査していたのだ。
『哨戒用のドローンならそこら中にありそうだ。ミサイルも|お仲間の尽力《兵站構築》で在庫は十分。だがここのレーダーってなると……』
復旧した機能の中にレーダーについての記載はあるが、その仕様となると心許ない。使い方は大体分かっても、具体的な構造については知る由も無かった。何とかそれらしきものをジェイスは見つける事が出来たが、それが何なのかはまだ分からない。
『――こいつが使えるかな?』
それは一見トーナメント表のように細かく枝分かれした図表の様にも見えたが、拡大すると図表が渦を巻く様に束になってフラクタル状に広がった、正に混沌そのものを表現した代物に見える。その中心にパラボラ風の記号が描かれ――恐らくはレーダーシステムの中心なのだろう。
『しかし何だこの、蜘蛛の巣みたいな迷路みたいな』
「君子なんでしょ。分からないの?」
つまり、これを紐解けばレーダーシステムの全容が解明出来る筈……と、風の直感が囁く。指示するのは私。仕事するのは|彼《ジェイス》!
「ということで、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、子供らしく懇願する風。こう頼まれては断れないのがこの男の良い所なのだろうとも(そうじゃなきゃわざわざ街の為に何かする感じにはみえないもの)風は認識していたから。ジェイスに最早逃げ場は無い。
『……しゃあねえな! やってやらあ!』
「簡潔に言うと、敵がどこに居ても筒抜けで、目標を捕捉しなくてもミサイルを誘導できるようにできるし、ステルス機能を高めて敵の電子標定機材やヒートシーカーに引っかからないようにできる。無論、こちら側の通信内容は規約でトンネリングするから、絶対に聞かれない――」
『急に早口になったね』
一方、蓮の作業も佳境に入っていた。堂の入った立派な説明に面食らいながらも、ラバニアは真剣にその言葉に耳を傾け率直に感想を返す。
「……今回だけ、今回だけね。依頼の為に。だからドン引きしないで」
『いや、引いてはいない。感心してるだけだ』
こういうミリミリしい話をして妹にひかれたくないから普段はあんまりしないけど、一応専門であろうラバニアなら理解してくれると思ったのに……いや理解はしているか。等と冷静な感じを装いつつ、続くラバニアの言葉に蓮も率直な感想を返した。
『俺達が君らの年頃だった時は、そんなに聡く無かったからな』
「だって戦争中でしょ? 勉強する暇も無かったわけで――」
彼等には学校は無かった。家族も死に分かれたのだろう。それは蓮や風の知っている喪失とは違うものだろうが、そこまで考えて蓮は言葉を止めた。
今は感傷に浸っている状況じゃ無い。改めて蓮はラバニアへ改装した『龍の遺産』の装備を説明する。
「――敵の通信を逆用する機能と、|電子攻撃《ECM》機能……要は妨害に関しては少し抑えたよ。ここは扱いが難しくて逆用しようとすると敵に「あしあと」をたどられて脅威になるし、妨害については味方側の機材にも甚大な被害を及ぼしやすいからさ」
『確かに経路を逆用されては元も子も無い。強力なECMは味方の連携に影響を及ぼしかねない……いい落とし所だ』
「って、さっきから何のむずかしい話をしてるのですか?」
難しい話を満足げに繰り広げる二人の間に、風が割って入る……が、走り出した|専門家《ミリオタ》の話は一向に止まらない。だいじな事を伝えにきたのに、と、風が再び頬を膨らますが、それでも、話は止まらない――だからこそ、鬼の様な指示を出した兄へ対し、妹の言葉には慈悲の一片も無かった。
『暗号通信の強度を上げて、周波数帯をずらした上でデータリンクして|玄龍楼《シュエンロンタワー》側から管制指示を貰い、ECMの強度を上げればこちらの手の内を晒さずに攻撃に徹する事が出来ると』
「簡単に言えば『じゃんけんで相手が何を出すかわかってる状態』だから、これで情報戦で負けはないはず。たぶんね!」
「…………要はチート?」
心ない風の一言に蓮の心は深く傷ついた。違うのだ。自分のやっている事は|掟破り《チート》ではない、あくまで今出来る事を最大限考慮して限られた時間の中でフェアにやり通したのだ。だからそんな目でこっちを見ないでくれ妹よ。
「|規定《ルール》に則ってはいます。戦略と言ってもらいたいですね」
「ふーん。あそう。ま、頼まれてたものは用意出来たから!」
ちょっとばかし憤慨しボソボソと反論した蓮をニヤリと流し見て、風が机に突っ伏してぐったりしているジェイスの方を指差す。どうやらレーダー経路図の解析は間に合ったらしい。
「こっちは言われた事全部やったのよ。蓮の方も大丈夫よね?」
その言葉に無言で親指を立てる蓮。二人はやれる事を全てやり切ったのだ。
戦闘開始まで残り、一時間。
●発動
能力者達の協力で|玄龍楼《シュエンロンタワー》は城塞都市として往時の頃に匹敵する戦闘力を取り戻す事が出来た。大型|電磁加速砲《レールガン》、多種多様な|無人兵器《ドローン》、目覚めた動力炉から供給されたエネルギーがそれらを万全に動かせる状況を作り出し、何より『龍の遺産』そのものに戦局を左右する程の電子戦闘能力とデータリンク機能を加えたのだ。
『大体、準備出来たか』
『概ねな。想定以上だ』
嘆息するジェイスとラバニアは紫煙をくゆらせながら天井を眺め呆けた。こんな事をしていられるのは残り僅か――後は住民の避難や自身らが配置に付く為の時間と割り切った方がいい。
「仲直りの成功、本当に何よりです。あとは残る時間を有効活用しなくては」
思案する二人の側へ、明瞭な電子音と共に巨大な|殺戮機械《ベルセルクマシン》――|新藤・アニマ《しんどう・あにま》(我楽多の・h01684)が姿を現す。
『しかしどうする? 都市機能も兵装もこれ以上何が出来ると……』
アニマの言にラバニアが答えた。自分たちが思っていた以上の遺産がこの街には眠っていた。しかしアニマにはまだ目覚めていないモノが見えていたのだ。人間には分からない、かつて戦闘機械群の一員だった自分には――。
「大型機動兵器を撃破し、この街の未来を守る。その為に必要な事を行いましょう」
力強い電子音声が戦闘指令室に響く。残る一刻の猶予を、悔いの無い様使い切る為の手段が。
「|玄龍楼《シュエンロンタワー》もかつて戦闘機械群が作った、或いは改造した都市でしょう」
自らの『レギオンスウォーム』で城塞都市に直接アクセスし、超感覚センサーで何かを探るアニマは迷いなく言葉を続ける。
「人々が奪還したのは昔の話……つまり当時の戦闘機械群は、人類によるWZの鹵獲等もほぼ想定していなかった筈」
それはかつての自身が彼等と同質だった故の回答。既にアニマの電脳には今まで能力者達が把握しきれなかった種々雑多なデータが滝の様に流れ込んでいた。
「元は戦闘機械群である私であれば、ハッキングもせずアクセス可能な部分は多そうです」
つまり、この施設にはかつての同胞だった骸が更に息を潜めて眠っている筈だ。確かにこれまでの捜索では敵の大将首を獲る為の兵器や装備を探してはいたが、それは探索対象を広げ過ぎては時間が掛かり過ぎる為だ。だがアニマは違う。
『確かにお仲間だったってなら、多少は門の鍵も緩くならァな』
「ええ。問題は何があるか、ですね」
アニマはさながら書店で目当ての本を迷いなく探し当てる様に、今必要であるものを確実に、最短で手にする事が出来たのだ。
「丁度いい。試運転させて貰いましょうか」
それはかつて、人類に牙を剥いた|殺戮機械《同胞》の成れの果てだった。
『全区画の敵機械群、殲滅を確認だ』
『これで残るは親玉のみと――どうした?』
アニマが探し出し起動したモノは、製造途中で破棄された魂無き機械だった。それらに簡単な命令を入力し再起動、市街で暴れる敵性機械を片っ端から殲滅させていったのだ。だがアニマの狙いはそれだけでは無い。
「最後の一押し。ここが戦闘機械都市だったならば」
この殲滅で後顧の憂いは断たれた筈――否、最大の障害を排除する為には、もう一つ重大な機能を目覚めさせなければならない。
「バリアがある筈です。あれば被害を受ける可能性を更に低くできます」
『そんなモノが。だが余り時間は残されてないぞ……って、どうした?』
『オイオイ、どうやら敵さんもお返しの大砲を撃ってきたぜ!!』
突然の砲撃が城塞都市を襲ったのだ。先の砲撃ではこちらが一方的に撃つ事が出来たが、単純に射程距離の問題だったらしい。敵の上陸まで残り30分、こちらの出端を挫く為にあえて秘匿していたのだろう。
(落ち着け。着弾まで残り5秒はある)
もしも着弾を許してしまえば、体勢を立て直す為の復旧時間が発生する事は明白。何としても阻止しなければならない――コンマ秒以下の思索が電脳を巡りながら、アニマは極めて冷静に最良の策を探し当てる。
(全階層を掌握しているならば――あった。起動コマンドは)
それは全周型の強力な|重力障壁《バリア》。城塞都市の外郭部に展開すれば、少なくとも市街地の安全は確保出来る……祈る様にパラメータを調整し、そしてアニマは厳かに勝利を告げた。
「コマンド……|This might happen《こんな事もあろうかと》」
途端、一瞬の耳鳴りの後に爆音が戦闘指令室を襲った。だが幸いにも火の手は上がらず、市街地は無傷――アニマの一手は十全に機能を果たしたのだ。
『バリアか!?』
『その様だ。間に合ったのか』
不可視の|重力障壁《バリア》が|玄龍楼《シュエンロンタワー》を取り囲む。中央には巨大な砲と、飛び立った無数の無人兵器。この街はもう無力な難民街では無い。戦う為に生まれた戦闘城塞都市は、今ここに完全な姿を取り戻した。
「はい。残る仕事はただ一つ」
モニタ越しに映った巨大な敵を睨むアニマの電脳を、古の衝動が過る。
かつて命じられ、克服した使命――己の敵を破壊せよ、と。
第3章 ボス戦 『鐵浮屠』
●|玄龍楼《シュエンロンタワー》の決戦
ごぅん、ごぅんと大仰な駆動音と共に、機械の床がゆっくりと上方へ押し上げられる重力を感じながら、ラバニアが薄く目を開き補助端末に映された情報を読み上げる。
『動力源の確保、無人兵器の展開、データリンク、そして|重力障壁《バリア》に大型|電磁加速砲《レールガン》……想定以上だ』
『まさか|旋風龍《サイクロン》の遺産がこんな大それた力だったとはな』
静かに言葉を紡ぐラバニアに呼応して、主コクピットのジェイスが鼻息を荒げる。
二人は能力者達の力で蘇った『龍の遺産』の機上にいた。
『市街の脅威は完全に排除。市民は全員シェルターに篭って、バリアと城壁がしっかり守るって寸法だ。どれだけ暴れても釣りが来らあ』
今まで力無き砂上の楼閣に過ぎなかった|玄龍楼《シュエンロンタワー》は古の人類絶対防衛線の一翼『|第五砲台場前衛要塞《バビロニア・TOKYO》』の名の通り、かつて地獄の戦場を演出した金城鉄壁の戦闘城塞としてこの地に再び息を吹き返したのだ。
『ECM、|全兵装使用自由《オールウェポンズフリー》、データリンク異常なし――やれるぞ』
『あいよ』
ガクン、と一際大きい衝撃が二人を襲う。戦闘指令室の直上――大型|電磁加速砲《レールガン》の主砲部分に姿を現した『|龍の遺産《F-22B改》』は、開放型バレルに沿って展開した電磁カタパルトにその身を預け、紫電を纏った鋼の猛禽は明滅する信号に照らされる。
『さて――見せてやるか、追い詰められた人間の意地って奴をよ!』
甲高い金属音と爆音に遅れて超音速の衝撃波が大地を揺らす。
放たれた暴力装置にV字ブーメランの様な無数の無人戦闘攻撃機が一糸乱れぬ隊列で付き従う様は、まるで航空祭めいたある種のセレモニーの如く神々しい姿に見えた。
天候は嵐、雷と飛礫が舞う終末の空は煌めく雷光が時折怪異めいた巨大な影を映し出していた。その巨大な影――『鐵浮屠』は奇怪な音を響かせて、侍らせた12体の重騎兵と共に、臆する事無くその侵攻を加速する。
戦場はバリアに守られた城塞都市を背後に、四方を海に囲まれた鋼の孤島。海上より迫る巨大な戦闘機械を迎え撃つべく、能力者達は思い思いの場所に展開した。
幸い復旧したバリアによって市民の安全は担保されている。再稼働した動力炉によって無数の無人戦闘攻撃機や主砲による援護も期待出来よう。力を借りたい時はそれらを呼んでみてもいい。無論、蘇った『龍の遺産』――ジェイスとラバニアが駆るステルス戦闘機も能力者の呼びかけに応えてくれる。
舞台は整った。後は人類の仇敵を滅するのみ。
●龍の後継者達
遺産に頼もしい兄弟たち、市民たちを守るバリア。
敵がどれだけ強力でも負ける気がしない。
灰色の空を彩るのは諦観では無く、嵐の中で輝く希望――迸るジェット噴流の数々は、諦めなかった人々の抵抗の象徴か。
幾つもの|この世界の地獄《√ウォーゾーン》を戦い抜いてきたクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、気炎を吐いて空を翔ける兄弟をちらりと見上げ、自ら駆る決戦型WZ『蒼月』のペダルを強く踏み抜く。
「――皆で作り上げた舞台だ、皆で勝利を掴もう」
『当然だ! 行くぜッ!!』
互いの声が揃うと共に、展開した蒼月の飛行翼が虚空に線を描く。『|限界突破《ゲンカイトッパ》』――それはこの城塞都市も同じ。溢れる火線が空中に展開した鐵浮屠の装甲を続々と破り、爆炎の帳を抜けて無人機が一斉に爆弾を投下する。
『……!?』
鐵浮屠は侮っていた。所詮力無き有象無象が相手だと。だが有象無象だった彼等は今や団結し、蓄えられていた力の全てをこの一戦に投じたのだ。
(無茶をする。まあ慣れない機体じゃ仕方ないか……)
|光学迷彩《ステルス》で姿を隠した|龍の遺産《F-22B改》が爆発の間隙を縫って、鐵浮屠の装甲の隙間へ捻じ込む様に機銃を掃射。その背後にべったりついたクラウスの蒼月が剥き出しになった鐵浮屠のフレームにありったけの|誘導弾《ミサイル》を叩きつける。
(こちらに注意を向けさせられれば――!)
青白く輝いたクラウスの機体はさながら龍の吐く蒼炎の如し。合わせて赤黒い弾幕と爆炎のコントラストが仄暗い戦場に鮮やかな地獄を描く。
「この戦いに勝ったら、ジェイスとラバニアがいる玄龍楼はきっと安泰だろう」
そして、この地獄へ沈むのは我等では無い。
「未来を繋ぐためにも、全力で戦い抜くよ」
溢れる敵意を見切り、受け流し、すれ違い様の鐵浮屠にスタンロッドを叩き込むクラウス。地獄へ落ちるのはお前だ――そう言わんばかりの威容をもって、雄々しき蒼は戦場を駆け抜けた。
●遺されし力
「すごい! 兄弟の絆と私達の力が合わさって、龍の遺産が完全復活したわ!」
ブリギッテ・ハイスヴルスト(チェーンソー剣の|少女人形《レプリノイド》の戦線工兵・h01975)変わらず驚喜した。確かに多少の力は貸したが、ここまで強烈な力となって発現するとは思ってもみなかったからだ。
あとはあの敵を片付けるだけ――ならばやるべき事はただ一つ。
「ここからはお待ちかねの解体ショーの始まりよー!」
自らの量産型|WZ《ウォーゾーン》『スティールビートル』を駆るブリギッテはスロットルを開いて加速。相手はバリアを纏い、巨体に似合わぬ恐るべきスピードで動き回る殺戮機械だ。まずは追い付かなければ話にならない。
「中々のスピードね……だったら」
見れば味方の無人機編隊も敵の速度に手を焼いている様子。折角の一糸乱れぬ連携も追い付けなければ効果が無い。故にブリギッテは、その状況を|終わらせることにした《・・・・・・・・・・》。
『無人戦闘機の反応速度が上がった……?』
不意に速度を上げた僚機の動きにラバニアが気勢を上げる。
「どう、すごいでしょ? マシンのチューンナップも得意なのよ!」
『これが能力者の|本来の力《・・・・》かッ!!』
それが『デッドヒート・トルーパーズ』――ブリギッテの能力でV12型エンジンのパワーパックを増設された無人機達は、息を吹き返した様に加速して鐵浮屠を翻弄する。
「お膳立てはしてあげるわ。だから見せてちょうだい」
『――――!!』
翻弄された鐵浮屠は必殺の動能重撃を躱されて、猟犬に追い立てられた獲物の様に無人機達を侍らせる。しかし向かう先にはもう一つの影が待ち伏せていた。
「私の仕事の成果と龍の遺産の力を!」
ゆらりと、爆炎の向こうから姿を見せたスティールビートルが機関砲を乱射する。その火線を避ける様に軌道を変えた鐵浮屠の頭上に、本命を従えた龍がその牙を剥く!
『ああ、特等席でしっかり見てろよ!』
格納されていた25mm|HEIAP弾《徹甲炸裂焼夷弾》が、V12エンジンのパワーで加速した必殺の連射は、バリアが切れた鐵浮屠の頭部装甲を粉々に吹き飛ばした。もう力無き旧式などでは無い――龍はここに甦ったのだ。
●風が舞う
この天候が磁気嵐では無い事に安堵する。ただでさえ『|玄龍楼《シュエンロンタワー》』のECMが効いている戦場で、これ以上電波妨害されてはまともに立ち回る事など出来ないからだ。
「にゃははは!!! にしても長生きはしてみるモンだね~。無事に生きて帰れたら、これはもう話のタネには欠かないね~」
|馬車屋《まぐるまや》|・《・》|イタチ《いたち》(|偵察戦闘車両《RCV》の|少女人形《レプリノイド》の素行不良個体・h02674)は|偵察戦闘車両《RCV》の操縦席で鼻歌交じりにアクセルを全開で踏み抜いた。唸る四輪が爆音を上げて泥濘を事も無げに通り過ぎれば、その跡を色取り取りの爆炎が鮮やかに染め上げる。それらは全て、イタチを狙う鐵浮屠の攻撃だった。
『!? おい|風見車《バンドワゴン》、それ以上は危険だ!』
上空からその様を見たジェイスが叫ぶ。幸いデータリンクで互いの位置は把握しており、|玄龍楼《シュエンロンタワー》を通して連絡も取り合える状況だ。
「……自慢じゃないけど、イタチさんに火力は……あんまり無い!」
イタチの駆る|偵察戦闘車両《RCV》は鐵浮屠の追撃を受けて逃げ回る様に見えていた――しかし、それは違う。
「けどけど~、囮になったり、味方が敵の解析をしたりする時間稼ぎをするくらいは頑張るよ~」
イタチは自らの身をもって鐵浮屠を引き付けて、その動きと攻撃パターンを解析する。それが偵察屋の|少女人形《レプリノイド》の役目だから、と。
「へへっ……。偵察屋は撃たれるのも仕事だよ……!」
『だからって!』
言葉を詰まらすジェイスの声にイタチは苦笑する。こんな|若い子ら《・・・・》に心配されるのも悪くないね。そして戦場を全速力で走り回りながら、鐵浮屠の戦術は粗方解析出来たのだ――ここからは反撃のターンだ。
跳ねる様に迫る鐵浮屠の動能重撃をジグザグに蛇行しながら躱しつつ、イタチは崖の様に切立ったビルの廃墟の上を駆け抜けた。それを追う鐵浮屠が更に加速するも――いつの間にかイタチの|偵察戦闘車両《RCV》の姿は無い。
『隙が出来た。ジェイス!』
『分かってる!』
その超重量でイタチを吹き飛ばそうとした鐵浮屠の突撃は見事に空振った。前面に突出したバリアは代償に下方の備えを失って、ガラ空きになった丸見えの急所にジェイス率いる無数の戦闘機隊が殺到する。
「にひ、さあさあ龍の後継者|たち《・・》のお出ましだよ~」
ニヤリと口端を吊り上げたイタチの声と共に、一斉に放たれたミサイルが鐵浮屠を紅に染め上げる。悲鳴の様な軋む音が炎と共に鳴り響く。
追われるイタチはもういない。あるのは燃え上がる鉄塊だけ。
●何を見てヨシ! って言ったんですか?
「やったぁ叩いていい敵だ! 待ちわびていましたよ!」
『|彼女《エルフ》が動き始めた、警戒を怠るな!』
ルナリア・ヴァイスヘイム(白の魔術師ウィッチ/朱に染める者・h01577)は歓喜の声を上げ、トネリコの大杖を引っ提げて戦場にIN。飛び散る破片をエネルギーバリアで防ぎながら前へ、前へと突き進む姿をラバニアは警戒した。
『わぁってる。合わせりゃいいんだろ……って!?』
上空からその様を見下ろすジェイスが緊張したのも束の間、炎のにおいが染みついた追加装甲を纏う鐵浮屠がルナリアを踏み潰さんと迫り来る。如何に|龍の遺産《F-22B改》の機動性が高くとも、先の攻撃で追い縋ったジェイス達の現在地からは間に合わない――それでも。
「もう……邪魔しないでください……」
せっかく叩いて良い大物がいるのに|まとわり《量産型》|ついてるの《追加装甲》が邪魔。なのでちょっと魔法を使いましょうね! ルナリアの言葉と共に杖から放たれた|キラキラ《全力魔法》が、それらをまとめて強引に引き寄せる。
「そーれ、そーれ、そーれ、そーれ! えいっ! えいっ! えいっ! えいっ!」
『!?!?!?』
『!!?!!?』
『?★?★?★』
大きいのと周りの|12体の敵《量産型》に引き寄せ魔法! 押し出し魔法! 引き寄せ! 押し出し!――ルナリアの『|物を動かす魔法《オスマホウトヒクマホウ》』は連携を取っている敵に引くほど効果的だった。
『丁度良い。フォーメーションが崩れて来た』
警戒中のラバニアがニヤリと口端を歪める。敵の一群に素早く連続で物を動かす魔法が放たれて、グラグラされて動きを止められたのだ。
「ふむ、大きいのは何やら鉄盾が増えたようですが……関係ありませんね!」
そう、ルナリアの暴力には関係ないのである。引き寄せた追加装甲や量産型鐵浮屠をあたかも巨大な徹甲弾の如く鐵浮屠へごっつんとブチ当てるルナリア。
「逝ってヨシ、叩いてヨシ! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」
『敵を踏み台にした!?』
更に引き寄せた敵を足場に鐵浮屠の頭上へ突き進むルナリア。そして理解不能な脅威に気を取られた鐵浮屠は、背後から迫るジェイスにまたもや気付かなかった。
『今だ、突っ込め!』
前後から同時に挟撃! |爆破と目潰しの効果を持った限界突破の一撃《パワー系エルフの通常攻撃》は剥き出しのままの鐵浮屠の顔面をグシャリと潰し、その隙に再び|龍の遺産《F-22B改》のミサイルが鐵浮屠のスラスターを爆炎に包み込む。
推力を失った鐵浮屠は哀れ地表に落下――恐るべき殺戮機械は瓦礫に埋もれ、その電脳に生まれて初めての恐怖が刻まれたという。
●独立の日
頬を撫でる熱風と、けたたましいマシンのぶつかり合う金属音が響く戦場で、|黒木《くろき》・|摩那《まな》(異世界猟兵『ミステル・ノワール』・h02365)とディラン・ヴァルフリート(|義善者《エンプティ》・h00631)は眼前の鮮やかな火球を眺めて目を細める。
「玄龍楼が完成しましたね」
「ええ。街の護りは万全……と。良い事です」
時折、街の主砲が量産型鐵浮屠を叩き落とし、爆ぜた鉄片が城塞を取り囲む|バリアに阻まれ彼方へ飛ばされる。
間断なく鐵浮屠を攻撃する無人機の編隊はしっかりと足止めに徹し、龍の遺産――ジェイスとラバニアはそれらを率いて良く奮戦している。
二人も仲良く討って出ているな――やれる準備はやりきった感がある、と摩那は小さく息を吐いた。
「我々も敵の撃破に専念させて頂きましょう」
静かに呟くディラン。その声と共に異形化した|蝕竜外装《ヴァルフリート》が肉体と結びつき、自身の双翼に禍々しい刃の様な副翼がずらりと生える。
「はい。次はその成果を出すだけです」
そして呪文を――否、|物語《√能力》を語る摩那。新たな力をお披露目する時だ。その言葉と共に歪曲した重力がディランを加速させる。
龍に続け――ここからは人類の反撃の時間だ。
『……バリアが切れてる?』
最初に異常に気が付いたのはラバニアだった。鐵浮屠の侵攻速度が落ちている……これまで足止めが精一杯だった無人機の攻撃で、明らかに敵の動きが怯んでいるのだ。
「そうです」
口に出たラバニアの疑問に答えたのは摩那――彼女の『|墜星幻界《シエル・ブリゼ》』が世界を捻じ曲げた結果だ。|古き良きSFの物語《H.G.ウェルズの『宇宙戦争』》の通り、侵略者はここから敗走する。
「この物語は」
実際はぶっちゃけ主人公が逃げ回るんですが……とは口に出さず、訪れる結末だけを凛とした声音で堂々と告げる摩那。
「ヒーローが戦闘機械群をぶっ倒すお話ですよ」
その昔ラジオドラマで全米を恐怖に叩き落とした作品は、今度は戦闘機械群を恐怖に叩き落とすのだ。
『そうかァ……大体分かった!!』
『マシン展開、敵群を無力化する!』
状況を把握した二人は即座に転進。無人機を率いて楔型の陣形で鐵浮屠の懐へ殴り込む。その動きに合わせた摩那が、歪曲させた重力を利用して『|エクリプス《超可変ヨーヨー》』の連打で量産型鐵浮屠を叩き落す。
今こそ、勝利の物語は現実となるのだ。
「……覆すと……しましょう」
そして、その心はディランも同じ。飛翔した異形の竜人は自身に侍らせた飛翔剣群『|飛葬殲刃《Legion》』に『錬気竜勁』の超重力を纏わせて一斉に射出。さながらミサイルの様にオーラの尾を引いた無数の刃は、鐵浮屠を守らんと湧き出る追加装甲に否の一文字を突き付けた。
「今、この瞬間を以て」
変異した重力が無慈悲に装甲を引き剥がす。がらがらと落ち行く鉄塊の奥、反撃の鉄剣を四方に射出した鐵浮屠へ向けてディランが加速する。歴戦の勘は容易く殺意を受け流し、張り巡らせた『|断界絶覇《Repulsion》』が容赦なくそれらを否定する。
「ここまで近づけば――」
懐に入り込んだディランが紡ぐ『|叛刻:盤面を砕く者《ロア・リベリオン・オーダー》』が自身の威力を、その威容を鐵浮屠以上の巨体へ変えて、強烈な拳を叩きつけた。
『……!?!?』
突如現れた自身以上の巨大な敵にさしもの鐵浮屠も焦りを隠せない。急速上昇でディランの一撃を寸での所で躱すも、その一撃で引き剥がされたインビジブルは封じられたバリアに加えて、瞬間的に鐵浮屠の守りの全てを無に帰したのだ。
「裁定の時です」
二人の能力者の力で全ての守りを失った鐵浮屠――それを狙うのは龍が残した最大最強の火力。
『データリンク、座標固定。主砲、オートコントロール』
『諸元入力、やっちまえ!』
二人の叫びと共に『|玄龍楼《シュエンロンタワー》』が誇る最強の矛がその牙を剥く。音より早い|電磁加速砲《レールガン》の一撃は遂に、迫り来る悪意を嵐の中に叩き落したのだった。
●駆け抜ける旋風
「市街の安全は確保。残るは敵の排除のみですね」
そこかしこに火の手が上がる戦場に揺らめく黒い影――|新藤・アニマ《しんどう・あにま》(我楽多の・h01684)は吹き荒ぶ風にあおられながら、先の砲撃で海の向こうへ飛ばされた鐵浮屠への警戒を緩めない。
「うん。にしても、どんな無人戦闘攻撃機がやってくるかと思ったら……鐵浮屠だってさ。時代が入り乱れていて、退屈しないね」
「てつふと? どんな意味?」
その傍らからちょこんと顔を出した朝霞・蓮(遺失の御子・h02828)と朝霞・風(忘失の竜姫・h02825)。また難しい話をする蓮に顔を向け、風はきょとんと小首をかしげる。
「大昔の中国の重騎兵だよ。もっとも、由来なだけだろうけど」
「へぇ~……で、斬れるのかな?」
データベース上の難しい漢字はさぞ強かろうな見た目だったが、ネタが割れれば幾分か|容易《たやす》そうに感じた風は、手にした詠唱錬成剣を長銃剣――|対標的必殺兵器《ターゲットスレイヤー》に変形し、薬室に錬金の力を溜める。
「敵は海へ押し戻されました。追撃を掛けるならば今が好機です」
「そうだね。防御の事を考える必要は無いだろうし、早めに終わらせようか」
アニマの言葉に蓮が頷き、二人は海の彼方に浮かび上がった巨大な影をじろりと睨みつけた。どうやら敵も戦意十分――戦いの準備は整ったらしい。
「雨降って地固まる、ってやつじゃないけど、兄弟の仲も治って、要塞も盛りに盛られて、敵のボスも倒す! それで大団円にしよう!」
そして風が啖呵を切る。
これが決戦――玄龍楼の明日を決める最後の戦いだ。
「それにしても、あの量産型が邪魔だな……」
『だったらそれは任されようか!』
ぼそりと呟いた蓮の言葉に応じる様に、音を裂いて無数の飛行機が蓮の上空を通過する。|龍の後継者達《ジェイスとラバニア》は甦った無人機の編隊を率いて、広域に展開した量産型鐵浮屠を各個で封殺する為に獣の牙めいた陣形を展開した。
『各機フォーメーション、パターン|旋風龍《サイクロン》』
『これだけいりゃあ釣りが来らぁ! 潰して攫って|解体《バラ》して|換金《カネに》するんだよッ!』
「コントロール、補助します。レギオン展開」
途端、楔形陣形にまとまった複数の飛行編隊が量産型鐵浮屠へ喰らいつく様に飛び掛かる。その動きをアニマが『レギオンコントローラー』で解析・補助し、殺戮機械由来の戦闘パターンを学習させて、自身のレギオンと共に敵の牙城を崩しに掛かった。
「僕らも続くよ。まずは奴の核を狙う……!」
空中ダッシュで敵へ向かう風を追いかけ、蓮は手近な無人機の背に乗って移動した。さながら暴れ馬の如き機械の軍馬だが、短時間ならば御する事も難しくは無い――己が右目に竜漿を集中させて、発動した『竜漿魔眼』が最適な進軍ルートを導き出す。
「それじゃあ露払いはぼくに任せて!」
蓮の導きに従って、嵐の空を翔ける風が手にした長銃で狙いを定める。行く手を遮る量産型に『|戦闘錬金術《プロエリウム・アルケミア》』で錬成した毒の弾丸を浴びせ、怯んだ所をアニマのレギオンと無人機が追撃――言葉を交わす迄も無い。能力者達と玄龍楼の完璧な連携攻撃だった。
「今だ敵は海上ですか……ならば」
一方、地上から支援に徹していたアニマが動き出す。
敵の上陸は見込めないならば、こちらから乗り込むまで――獣じみた機械の両脚が大地を跳ね、鋼の巨体は周囲を旋回していた無人機に飛び移った。
『無人機を踏み台にした!? いや、乗ったのか?』
『問題無い。頭数は足りている。それに――』
殺戮機械の突然の挙動に面食らうジェイス。だがラバニアは現状の戦力差を以て問題無いと判断。何より高火力なアニマが前線に加わるならば、これ程頼もしい援軍は他に無い。しかし。
「弱点も見えた……けど」
「鬱陶しいよこいつ!」
既に最前線に到達していた蓮と風の兄妹は更に異形じみた巨大な鐵浮屠を前に足踏みせざるを得なかった。
度重なる攻撃で晒された内部メカニズムを隠す様に、あたかもフジツボめいた|瘡蓋《かさぶた》の様な追加装甲が鐵浮屠のそこかしこを覆っていたのだ。
結果、鐵浮屠はその質量を更に倍加させ、これまで以上に肥大化した全身に纏ったエネルギーバリアによる突撃は、その一挙動だけで津波じみた強烈な波濤を発現させたのだ。
「いえ、近付いて来るならば好機です」
故に止めねばなるまい。如何にバリアで守られた玄龍楼と言えど、地形ごと変えかねない鐵浮屠の暴力は決して見過ごせるものでは無いのだから。
無人機の上で腕を組み迫るアニマは対峙する巨体を精緻に観測し、同時に頭部に内蔵したスピーカーじみた|鳴音砲《ハウリングキャノン》をせり出した。
「|鳴音砲《ハウリングキャノン》の出力を調整。対象設定完了……では、吼えましょう」
途端、絶叫めいた音の波が――『|指向性音響振動波《シェイクハウリング》』が嵐と波を越えて鐵浮屠を包み込む。バリアと同期しその壁を中和した音の波は鐵浮屠の巨体を揺るがし、歪な鉄塊が再び海上で鎮座する。
「これで喧しい羽音は相殺出来ました」
敵の前進は再び阻止出来た。
バリアが剥がされた鐵浮屠を守るものは、残された装甲のみ。
「後は邪魔な装甲を排除します」
攻撃は止まらない。アニマの言葉と共に『バタフライエフェクト・エマージェンス』――戦場へ既に仕込まれていた無数の破壊の炎が、鐵浮屠を覆う装甲の隙間から溢れる様に吹き出した。一つ一つは小さな火だが、空間に充満していたそれらが一斉に吹き出せば話は別。ひび割れの様な装甲の継ぎ目が火山の様に噴火して、灼熱の鉄塊がボトボトと海上へ落ちていった。
「幾ら星を詠んでも、不確実性が除けないのと同じ事です」
そのまま懐へ潜り込んだアニマが|電磁波動剣《パルスブレード》を隙間に突き立てる。瞬間、鐵浮屠から悲鳴の様な軋む音が響いた。
「道は開かれた――風!」
無人機の背で蓮が吼える。飛竜狙撃銃に装填したエレメンタルバレット『雷霆万鈞』が装甲の隙間から叩き込まれ、内部で爆発した弾丸が雷を撒いて|短絡《ショート》した|電子回路《サーキット》が内側から鐵浮屠を蝕んでいく。アニマに続いて蓮から無数の弾丸を撃ち込まれた鐵浮屠は最早、己が身を自由に操る事すらままならなくなったのだ。
「てつふと……ええと、とにかく!」
こんな筈では無かった。玄龍楼を内側から蝕んで、圧倒的な物量を以てこの城塞都市を制圧する。こんな単純な事が何一つ叶わず、たった二、三日程度の能力者の介入によって、まるで想像出来ない一方的な戦いと化したのだから。
物言わぬ機械はされど、眼前の天翔ける少女に狙いを定める。せめて一太刀――装甲板の一部を飛礫に変えて、灼熱の視界の先へ放とうとした刹那、その少女――風は裂帛の気勢で鐵浮屠へ宣戦を布告した。
「叩き斬る!!」
途端、風が纏ったドラゴンメイルが宙を舞う――同時に更に高くへ跳ぶ影が一つ。放たれた飛礫は鎧に弾かれ、その鎧すら囮にした風がより高みへと舞い上がる。目的はただ一つ、この戦いの決着をつける事。
風が振り被った屠龍大剣がギラリと鈍い光を放ち、叩き込まれた必殺の一撃は遂に、悪しき巨大な鉄塊を物言わぬ無機の塊へ変貌せしめたのだった。
『これで終わり、だよな?』
『今はな……多分』
最早動く事の無い鐵浮屠だった鉄塊がずぶずぶと海へ沈んでいく。
これが最後の鐵浮屠では無いだろう……だが、今起こっている戦いは全て終わったのだ。幾許かの無人機が失われたが、人も、街も、何もかもが無事のまま、玄龍楼は明日を迎える事が出来たのだ。その事実にラバニアは安堵した。
『とりあえず』
じわりと、朝の日が黄昏めいた色彩の|龍の遺産《F-22B改》を明るく染める。日の光はやがて、戦闘城塞として目覚めた玄龍楼を覆う様に広がっていった。
『打上げでもすっか?』
あっけらかんと声を返すジェイス。
ガルシアの兄貴ならそう言っただろ? と加えて。
眼下の黄金色に輝く街並みが、戦士達の帰還を待っているのだから。