シナリオ

南国ラグーンブルー

#√マスクド・ヒーロー

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●ビーチに迫る魔の手
 青い空と海、白い砂浜に澄み渡るブルーが寄せる。沖縄本島の各地では既に海開きを済ませ、ビーチには活気が溢れていた。
 浅瀬では人々が水飛沫を弾かせ、浜には誰かが作った砂のお城。海の家にはお祭りの定番メニューから麺類、ご飯もの、様々な料理が並ぶ。一足早い夏のような光景は、平穏そのものだ。そんな√マスクド・ヒーローの日常を脅かす者が、海から迫っている。
「美しい砂浜ね。あのような場所を、人間たちの所有物としておくのは勿体無いわ」
 砂浜から離れた岩場にて。オペラグラスを片手に、『クイーン・アトランティス』が人々で賑わう砂浜を観察していた。彼女は配下の『全国サケ統一組合』へと命じる。
「お前たち。あそこの人間たちを追い出すのよ。沖縄本島制服の礎として、まずはこのビーチをプライベートビーチにしましょう!」
「わかりやしたぜ! 姐御ォ!」
「サケエエェェ!」
 ――沖縄の海にサケ統一連合が居ることに違和感を禁じ得ないが、それはそれとして。今まさに、平和なビーチに危機が訪れようとしていた。

●沖縄の海へ
「√マスクド・ヒーローの沖縄本島、人々で賑わうビーチが怪人に奪われようとしています。皆様にはビーチへと赴き、怪人を撃退していただきたいのです」
 |泉下《せんか》|・《・》|洸《ひろ》(片道切符・h01617)は、集まった√能力者らへと依頼について語る。クイーン・アトランティスという人魚の姿をした怪人が、配下と共にビーチを襲撃し、彼女の所有物にしようと企んでいるらしい。
「皆様には、クイーン・アトランティスと配下が襲撃する時間よりも前に、ビーチへと向かっていただきます。その後、彼女らの襲撃に合わせて、迎え撃っていただくことになります」
 襲撃までは数時間の猶予がある。その間は、ビーチで自由に過ごして良いとのことだ。ただし、ビーチの一般客を事前に避難させる……といった、√能力者の存在を襲撃前に知られる行為はできない。
「襲撃前に√能力者の存在を知られてしまった場合、敵は撤退してしまいます。クイーン・アトランティスも星詠みです。次の機会に彼女の予知を掻い潜れるか不明である以上、今回で確実に仕留めるべきでしょう」
 怪人たちは人々を襲撃するが、追い払うだけで殺しはしない。その点は安心してほしい。一通りの説明を終え、洸は柔らかに表情を綻ばせた。
「少々時期尚早かもしれませんが、この機会に海水浴でもしてきてはいかがでしょう? 皆様であれば、遊び疲れて戦えない……なんてことにはならないでしょうから」

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第1章 日常 『あおくひろいみずうみのほとりで』


アドリアン・ラモート

●大自然のお布団
「全国サケ統一組合ってなんだ? 魚を全部サケに変えちゃおうって組織なのかな?」
 アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)は疑問を抱く。だがそのような疑問など、眼前に広がるビーチの前では些細なことだ。
「……まあ、そんなことはどうでもいいか。それよりも……」
 晴天の下、海はキラキラと輝きながらアドリアンを誘う。海の青色を視界いっぱいに映し、彼も瞳を煌めかせた。
「海だーーーー!!!」
 白い砂浜へと走り出す。夏にはちょっと早いけど、先取りしてもいいよね!
 てきぱきと動き回る様子は、布団が恋人とは思えない。それほどまでに、沖縄の海は彼を魅了するのかもしれない。ビーチパラソルとチェアを、砂浜の眺めが良い場所にセットした。サイドテーブルにはトロピカルドリンクもバッチリ。
 さっそくチェアに腰掛けて、海を満喫だ。トロピカルドリンクを飲めば、南国フルーツの甘味が口の中でワルツを踊る。
「トロピカルドリンクを片手に見る綺麗な海……まさにリゾートだね」
 オーシャンな日差し、綺麗な海、心地よい風。すべてがアドリアンを優しく包み込んでくれる。寛いでいるうちに、空と海……そして砂浜がぼやけてきた。
「海風が気持ちいい……ふわぁ、なんか、眠たくなって……」
 これはもう寝るしかない。この後は戦いも続くようだし、むしろしっかりと眠って英気を養った方が良いまである。
 お昼寝しよう、そうしよう。アドリアンは眠気とチェアに身を委ねることにした。
「おやすみなさい……誰か時間になったら起こして……」
 目を閉じて、すぅすぅと寝息を立て始める。穏やかな波の音をヒーリングミュージックに、彼は眠りの世界へと誘われるのであった。

静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート
史記守・陽
モコ・ブラウン

●ビーチパーティー
 青い空、青い海、そして白い砂浜。太陽の光を反射して、穏やかな波が宝石のように煌めく。耳を撫でる心地よい波音の中で、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は歓声を上げた。
「素晴らしい……! 此れが、本当に海なのか? 絶景と呼ぶに相応しい、見事な景色だとも!」
 すかさずスマホのカメラを起動して、バシバシと写真を撮りまくる。テンションが高いのは彼だけではない。モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)も、美しい砂浜へと飛び込んだ。
「夏といえば海! ビーチ! BBQ! そしてビール! さいっこーモグ!」
 はしゃぐ二人を、|静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)がのんびりと眺めている。この場所が戦場となるのは少し残念だが、早くに対処すればビーチへの悪影響も最小限にできよう。
「モコと合同任務は初めてだったな……よろしく頼む」
 よろしくモグと言いながら、モコは内心にんまりだ。アダンと恭兵が一緒ならば、きっと楽できるに違いない。
 ……ちなみに、この三人が来ているということは、当然彼も居るわけで。
 水着(モコプロデュース)を新調した|史記守《しきもり》・|陽《はる》(|夜を明かせ《ライジング サン》・h04400)も、砂浜へと降り立つ。
「海なんて久しぶり……」
 南国の太陽を受ける陽の水着姿は、モコにはちょっぴり刺激的だった。
(「モ、モグゥ……! シキくん、なんかキラキラしてるモグ……」)
 眩し過ぎて思わず目を逸らした。
 美青年オーラを漂わせる陽であるが、彼は今、敵が持つ鮭について真剣に考えている。
(「――あの鮭、食べられるのかな」)
 考えるだけ無駄だと理解していても、どうしても気になってしまう。水族館で鮪を見て美味しそうだなと思うのと同じだ。実に日本人らしい。
 その考えを読んだわけではないが、恭兵が海の家へと目をやった。
「次の戦闘に備えて腹ごしらえでもしておくか? ちょうど海の家もあることだしな」
 ごく自然に切り出した話題だが、その裏には別の意図が隠されている。食事をサボりがちな陽に、きちんと飯を食わせるのである。
 以心伝心か――恭兵の意図を察したアダンが、陽が「俺の分は大丈夫です」などと抜かす前に言葉を重ねる。これまでの経験を経て習得した『俺大封じ』とでもいうべきか。
「荷物持ちが必要だろう、俺様も共に行こう。史記守とモコは場所取りを頼む」
 二人に別の役目を任せ、恭兵とアダンは海の家へと食事を買いに行った。砂浜に残ったモコと陽は、さっそく任された場所取りに取り掛かる。
 眺めが良い場所にビーチパラソルを刺して、その下に荷物をまとめた。|土竜百鬼夜行《モグラ・デモクラシィ》でモコは配下のモグラを3匹呼び、荷物番を任せることにする。
「お前らも交代で遊んでていいモグよ」
 モコの言葉に配下のモグラたちは喜んだ。
「本当ですか!? わーい!」
「なんて綺麗な海なのでしょう」
「貝殻集めでもしようかしら?」
 はしゃぐ彼らを尻目にモコは陽の腕を掴み、広く使えそうな場所へと引っ張ってゆく。
「こうして海に来たらやっぱり……やることは決まってるモグよなあ?」
 ニヤリと笑って瞳を光らせるモコ。陽は彼女の考えを予想する。
「あ、泳ぎますか?」
 水着にもバッチリと着替えているし、綺麗な海もある。この状況でやる事と言えば、やはり――。
「そう! 穴掘りモグね!」
「えっ? ……穴掘り?!」
 陽の頭に疑問符が何個も浮かぶが、それらを消す機会をモコは与えてくれない。砂浜に腕を突っ込み、凄まじい速度で掘り始めた。当然、陽は慌てふためく。
「駄目ですモコさん! 他の方々が転んで怪我しますから。砂の中にいるアサリさんとか可哀想だから掘り返してはいけないですよ」
 モコは一度やると決めたら、最後までそれを貫く女だ。陽の言葉で止まるはずもなく、ぼこぼこと穴を広げてゆく。
「モグッ! モグッ!」
「ああぁっどんどん穴があいて……こうなったら俺がなんとかしないと……!」
 掘った先から陽が必死にならすが間に合わない。いっそこの砂を利用して、人が穴に落ちないよう工夫するしかない。
「そうですモコさん、お城作りましょうお城!」
 勢い任せな陽の提案に、モコはぱぁっと表情を輝かせた。
「お城! 巨大なお城を作るモグ!」
 
 砂浜ではしゃぐ二人はさておき、一方その頃海の家。恭兵とアダンはメニューと向き合い、何を買っていくか考え中だ。
「……恭兵、此れは好機だ。モコも居る故、多少は食べる事だろう」
 今日は絶対に「俺は大丈夫です」とは言わせない。アダンの固い意志に、 恭兵も強く同意を示す。
「事前に何を食べたいか聞ければいいんだが「俺は大丈夫です」で躱されそうだからな」
 今回はモコもいる故、さすがに聞き入れるとは思うが。あの台詞が発動する可能性はゼロではない。
 料理自体で気を引けば確率を下げられようか。気を引き締めて、二人は食べさせるものを選んでいる。……こう書くとひたすらに真剣だが、もちろん二人も楽しんでいた。
「ふむ、何方も美味そうだな。イカ焼きの匂いも良い。追加で買うとしよう」
 旨味に溢れた磯の香りに購入を即決するアダン。恭兵も定番メニューに目を付ける。
「焼きそばにフランクフルトも付けるか?」
「ああ、買って行こう。史記守に沢山食わせるためにもな。あとは……」
 ちょうどその時。二人へと店員から声が掛かった。
「お兄さん方! サーターアンダーギーはどうだい? 試食していきなよ!」
 甘い香りが漂うコロンとした揚げ物だ。差し出されたそれに、恭兵が頭の片隅にあった知識を引っ張り出す。
「沖縄の揚げ菓子か。定番中の定番だな」
 首里の言葉で『油で揚げたもの』という意味のそれは、沖縄の郷土菓子だ。
 アダンは試食用の小さな丸っころを手に取って、口へと運ぶ。
「では、ありがたくいただこう」
 じっくりと咀嚼した。外はサクサク、中はしっとり。砂糖の味がふんわりと口内へと広がった。甘くて美味しい。
「ふむ……ドーナツのような食感と味だな。中々に重量感もある」
 二人へと店員が期待の眼差しを向けた。
「買ってかない?」
 恭兵が店員へと頷く。せっかく沖縄まで来たのだから、沖縄ならではの物も買っていこう。
「デザート用にいくつか買っていくか。ああでも、史記守は甘い物が苦手だったな」
 恭兵は何か良いものはないかと店内を見回す。そうしてちょうどよさげな物を見つけた。
「甘さが控えめの菓子も買っていこう。塩せんべい……これならきっと大丈夫だろう」
 塩せんべい。沖縄の海水塩を使ったせんべいだ。
 食事にデザート、あとは海鮮や野菜の食材も。道具も借りて、海辺でBBQだ。あらゆる物を取り揃え、二人は砂浜へと戻ったのであるが――。目の前に広がる光景に、唖然とする。
 ……砂のお城が建っていた。幅が広く、高さも人間の姿のモコと同じくらいはある。何より一番見るべきは、城の周りのお堀だ。
「……ずいぶん楽しんだ様だな。周囲の堀も本格的だ」
 感心すれば良いのか呆れたら良いのか、恭兵には判断が付かない。お堀――モコが掘った穴が、結果的に城の外堀のようになっていた。
「史記守、モコよ。一体、何が如何してこうなったのだ?」
 アダンが問う。真実を隠すことは許さぬ……いや、別に怒っているわけではなく。純粋に気になり過ぎるだけなのだが。
 陽はしどろもどろになりながら答えた。
「えっと……どうしてこうなった? 俺もわかりません」
 必死に動き回っていたら、気付けば城ができていた。陽自身も細かい経緯が説明できない。
 ただ一人、モコだけは非常に満足げであった。
「中々の出来モグ。砂を掘りまくった甲斐があったモグね。さ、食べ物も酒も揃ったことだし、宴会するモグよ!」
 普段はクールな印象が強い彼女だが、今は沖縄の太陽にも負けないくらい輝いている。

野分・時雨
緇・カナト

●じゃれあい
 エメラルドグリーンの色彩を湛えた海は、爽やかな風にゆったりと揺れている。
「広い空、白い砂浜、沖縄の青い海ステキ~」
 緇・カナト(hellhound・h02325)は柔らかな砂を踏み締めた。サーフボードを抱え、のんびりする準備は万全だ。
 |野分《のわけ》|・《・》|時雨《しぐれ》(初嵐・h00536)も、眼前に広がる海を瞳に映し込む。
「すげ~~透明な海。地元は濁った海だったので超新鮮です」
 時雨の言葉に、カナトが冗談混じりに首を傾げる。
「実は淡水牛だったりしない?」
「淡水育ちに見える? 遅い人は放って、先潜りに行ってきま~す!」
 時雨は砂浜を駆け抜けて、じゃぶじゃぶと海の中に入っていった。カナトも時雨の背を追う。
「……そっか~。地元は濁った海……どの辺だったのやら」
 二人はきらきらと光る海の中へ。ざぶんと透明な水の中に潜れば、鮮やかなサンゴ礁と熱帯魚の世界だ。
(「水が気持ちいいな~。生き物の気配も、いっぱい感じるねぇ……」)
 時雨は海が大好きだ。彼の先祖は海より生じた妖怪。だからこそ、海には愛着がある。胸郭にはエラもあるから、思う存分泳ぎ回れる。
 一方で、カナトも美しい海を満喫中。海の家で土地の料理も食べたいところだけれど。まずは、水妖な牛鬼クンに満足行くまで泳ぎ回ってもらおう。
「サーフボードに乗って、泳ぎ回る牛鬼クンでも見てようかな」
 ぷかぷかと、穏やかに揺れる波に浮かぶ。浮き輪じゃないのはカッコつけたいお年頃だから。波に乗らないのは、サーフィンは人影のあるところでヤルもんじゃないので。そこまで考えて、今近くにいる人影は妖怪だったなと思い直す。
 カナトの視線の先。透明な海の中を、水を得た魚のように時雨は泳いでいる。
(「きもちいいな~、これほんと海? 心まで綺麗になっちゃいそう」)
 綺麗すぎて、周り見渡せるのは怖いなんて思いつつ。実のところ、面白いと感じる気持ちの方が強い。見渡せるから、カナトがどこにいるかもすぐ分かる。
(「わんちゃん、はっけーん。泳ぐよりも潜水してじっとしている方が好みですが、ここは一肌脱ぎましょう!」)
 水上で浮かんでるだけのわんちゃんも、きっと遊んでほしいはず。目標はサーフボードだ。ひっくり返して、海の中で一緒に遊ぼう。水底から迫る時雨に、カナトはすぐに気が付いた。
(「残念、その動きは予測済みだヨ」)
 カナトは思考を巡らせる。敢えてこちらからぶつかる? どのみち転覆したら向こうの勝ち。サーフボードの可動性を考えると、避けるのも難しい。ならば取れる行動はただ一つ。ボードをしっかり掴んで離さないこと!
「全速前進~!」
 時雨がサーフボードに突進する。ドゴォッと鈍い音が響くが、カナトはサーフボードにしがみ付く。
「転覆させようったってそうはいかないよ~」
 水飛沫が跳ね上がる中、カナトが勝利宣言。彼はギリギリのところで転覆を免れた。
 時雨が水面から顔を出し、ちょっぴり不服そうな顔をしてみせる。
「ねぇ、なんで海に来て潜んないの?  正気? 犬ってギリ泳げる生き物なんでしょ? ほら、泳ぎなよ。楽しいよ?」
 誘うように、水の中をくるくると回る時雨。彼の瞳は普段よりも輝いているように見えた。
「初めて海見る生きものみたいに見えてきた……普段どれだけ濁っていたの?」
 ただ、カナトも色々言ってはいるが、はしゃぐイヌみたいにその辺を泳ぎ回っても構わないのだ。ふっと笑みをこぼし、彼は水へと飛び込んだ。
 狼と牛が、海の中で戯れるのも悪くない。

第2章 集団戦 『全国サケ統一組合』



 海水浴に来た一般客のフリをする√能力者たち。
 彼らが楽しむ中、穏やかに時は過ぎ、ついに予知で示された襲撃の時間となった。
「さあ、人間たちを追い出すのよ! 沖縄本島征服の礎とするために!」
 クイーン・アトランティスの命令に、全国サケ統一組合が雄叫びを上げる。
「サケエエェェ!!」
「出ていけ人間どもォ!! ここはクイーン・アトランティス様のプライベートビーチだァ!」
 『鮭』の読みは『サケ』であると主張する集団が、ついに場違いな沖縄の海に現れた。
 鮭を振り回しながら、彼らは砂浜へと迫る!
アドリアン・ラモート

●鮭を焼く
 騒がしい全国サケ統一組合の声に、アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)は、チェアからむくりと起き上がった。
「サケサケうるさいな、目覚ましがこんなやつらなんて気分が下がっちゃうじゃん」
 ふぁ~あ、と大きく欠伸をする。寝起きは最悪だが、彼らの相手がお仕事だ。
「やるしかないかー……てかさ、サケでもシャケでもどっちでもよくない? なんだったらサーモン呼びだってあるんだし」
 Noirgeistから刺身包丁を生み出し握る。気分はさながら料理人。今から鮭を焼こう。
 ShadowFlame Blazeの炎を包丁に宿らせれば、暗影の灼熱が燃え広がってゆく。
「シャケもサーモンも認めんぞ!」
 鮭の群れが怒濤の如く遡上する。鮭漁と料理の時間だ。アドリアンは|Zwillingssturm Noir《ツヴィリングストゥルム・ノワール》を発動し、鮭の群れを迎え撃つ。
「天然の鮭は生で食べれないから焼いちゃおうねー!!」
 包丁で迫り来る鮭を斬り捌き、捌いた先から炎で焼いていった。元気で新鮮な鮭が、次々に焼鮭へと姿を変えてゆく。焼鮭が砂浜に転がる前にキャッチして、試しに一口食べてみる。
「もぐもぐ……うん、けっこう美味しいじゃん」
 ちょうど良い焼き加減に香ばしい味わい。ごはんと合わせたら、さらに美味しいだろう。
「我々のサケになんてことを!」
 喚く組合員に、アドリアンは思い付いたように言う。
「鮭のお代がわりにアドバイスしてあげるけど。全国サケ統一組合たちさ、サケの名を広めたいなら一般人には優しくしたほうがいいんじゃない? こんな迷惑なことしてたら、全国シャケ統一連合が天下を取っちゃうよ?」
「有り得ない! 我々がその前に天下を取るからな!」
 やたらと自信満々な組合員に、アドリアンは溜息をついた。
「話が通じないタイプかぁ。めんどくさいねー」
 次は組合員も焼いてしまおうと、彼は包丁を構え直すのであった。

モコ・ブラウン
静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート
史記守・陽

●鮭パーティー
 沖縄の砂浜に鮭の群れ……もとい全国サケ統一組合が迫り来る! 
 アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は純粋な疑問を抱く――『沖縄本島征服とプライベートビーチ化計画に一体何の関連性があるのか』と。だが口にするのは控えた。もっと重要なことがある。
「 |鮭《さけ》と呼んでやるから、其れを寄越せ」
「サケェッ!?」
 奇声を発する組合員に、アダンはさらに続けた。
「何を言っているか、理解出来ない様子だな。ならば、重ねて告げよう。貴様達が持つ、各種の鮭を寄越せ」
「我々の鮭を強奪するつもりか!」
 鮭を大事そうに抱える組合員たちへと、|静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)が咎めるような視線を向ける。
「お前達の望むように|鮭《サケ》とは呼んでやる。だがその鮭をわざわざ沖縄にまで持ってくる必要はあるのか? あと、食べ物を武器にするんじゃない」
 親御さんから食べ物で遊ぶなと教わらなかったのか。怪人に親御さんがいるかどうかは知らないが。
 鮭頭の怪人たちを、|史記守《しきもり》・|陽《はる》(|夜を明かせ《ライジング サン》・h04400)はまじまじと見つめている。
「うわ本当に鮭だ。食べ物をあんなに振り回して遊ぶなんて。でも敵の武器を食べ物カウントするのは……」
 食べられるのか興味があったが、流石に不味いだろうか。いやこれは鮭が『美味か』という意味ではなく、武器として扱うのはまずいかという意味であって――。躊躇う陽。だが、先輩たちに迷いは無い。
 恭兵は|曼荼羅《まんだら》を抜き、敵群へとその切っ先を向ける。
「まぁ、いい……さて、怪異は食べられるものもあるが……『鮭』とご丁寧に言っているんだ。もちろん食べられるのだろう?」
 恭兵は思う。アダンも史記守も育ち盛りだから、しっかりと食べさせたい。モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)もギラギラと瞳を輝かせている。
「鴨がネギしょってやってきたとはこのことモグな。この場合は『鮭が鮭持ってやってきた』モグ?」
 モコはビールをぐいっと飲み干して、空き缶を組合員たちへと見せた。
「古来から鮭と酒は結びつけられて、神様にも一緒に捧げられたりしてたらしいモグ。つまりサケという読み方は理にかなっているモグな。ってなわけで……お前ら全員酒の肴になってもらうのモグ!!」
 缶をグシャッ! と潰す。次はお前らがこうなる番モグ! 
 食い物としか見ていない先輩たちの姿に、陽は安堵した。それじゃあ遠慮なくと、陽は拳銃――早天の銃口を敵群へと向ける。
「サケシャケ問題よりも、日本人として食べ物を粗末にするのは見過ごせません!」
 鮭パーティーする気満々の彼らに組合員たちは吼えた。
「我々の鮭は渡さん!」
「かかれェ!」
 一斉に雪崩れ込んでくる。さあ、調理の始まりだ。
 寒風干しの鮭を振り回しながら迫る敵群へと、モコは|モグラ逮捕連撃《モグラ・コンビネーション》を繰り出した。
「食べ物で遊ぶヤツは逮捕するモグ!」
 拳銃から弾丸を放つ。着弾する弾に敵が足を止めた。怯んだ隙を突き、鮭を振り回す腕を捕縛する。
「犯人確保モグ! 鮭も没収モグな!!」
 暴れる暇を与えず、巨大なモグラの爪で殴り付けた。
「グハッ!?」
 連続で放たれる強撃は、敵の体を激しく揺らす。鮭から剥がれ落ちた鱗がバラバラと砂浜に散った。魚を調理するならば、先に鱗を落としておくべきだ。モグラ逮捕連撃なら敵もしばけて魚も処理できる! 
 組合員の数は多い、つまりは鮭も沢山。鮭確保班としてアダンも動く。影から出ずるは黒狼の群れ。湧き立つ殺気が、白い砂浜を漆黒に染め上げる。
「さあ、疾く出せ」
 威厳に満ちた言の葉と共に、鳴り響くは|覇王の喝采《ベルゼビュート》。数多の影の鎖が伸び、敵を絡め取った。鮭を奪い取ってしまえば、彼らは用済みだ。
「美しい砂浜を独占しようとする愚か者たちよ、黒狼の餌となるがいい」
 飢えた黒狼の群れが敵へと喰らい付く。
「ギャアアアッ!?」
 組合員は悲鳴を上げるしかない。すべてはおいしい鮭を手中に収めるためである!
 寒風干しの鮭だけでなく、冷凍鮭一尾や生鮭も、まな板に並ぶ。そう、まな板。戦場はもはや巨大なまな板。つまり調理場と化している!
 美味しい鮭を食すためというならば、保護sy……年長者として恭兵も一肌脱がねばなるまい。
「宝刀で捌くのは少々抵抗があるが、アダンと史記守に美味しい鮭を食べさせるためだ。致し方あるまい」
 |双花葬刃《ソウカソウジン》の構えを取り、怒涛の如く押し寄せる鮭を迎え撃つ。
 洗練された剣技が遡上する鮭の群れへと叩き込まれた。多くの鮭を二回捌き、その身を三枚に下ろした。
「よし、綺麗に捌けたな。まさか剣の腕がこんな形で役に立つとは」
 砂浜へと落ちる前に、海の家で借りてきたBBQ用の網でキャッチし、コンロの上にのせる。準備は整った。あとは味付けして焼くだけだ。
「ホイル焼きかちゃんちゃん焼きか……モコは何か希望はあるか?」
 ちなみにちゃんちゃん焼きとは、北海道の郷土料理である。味噌で味を付け野菜と一緒に焼く。栄養たっぷり!
 恭兵が捌いた鮭を、モコは熱い視線で見つめている。
「こりゃあ身が締まってて美味しそうモグ。モグはシンプルな塩焼きがいいモグね。みんなはどんな食べ方がいいモグ?」
「直火焼きと洒落込もう。BBQセットでは足りぬからな、黒炎の火力を調節して焼くとしよう」
 アダンは覇王の喝采により生じた黒炎を利用して鮭を焼き始める。焦がさぬよう火力は通常より控えめだ。魚の脂や皮がパチパチと弾ける音は、拍手喝采のように聞こえたとか聞こえなかったとか。
 先輩方の器用なやり様に、陽は心の底から尊敬の念を覚える。
(「すごい、戦闘しながら調理してる。なんてマルチタスク……さすが先輩たちだ」)
 この技術は果たして必要なのか? という疑問は残るが。いや必要なのだろう。主にギャグ依頼で。
「ウオオオ! 鮭の仇ィ!」
 若干存在を忘れられかけている組合員らが、冷凍鮭一尾を手に攻めてくる。先輩を見習うべく、陽も自分が生み出せる炎での調理を試みることにした。
「|暁降《いつもの》だと焦がしちゃいそうなので、赫信で」
「カリカリになった皮が美味しいのモグよねぇ。シキくん、よく焼きでよろしくモグ!」
「はい、頑張りますね」
 モコの言葉に頷いて、陽は|赫信《オン・ザ・ペネトレイト》を発動する。灼陽属性の弾丸が着弾した先、放射線状に広がる光刃が敵群を程よく焼いていった。
「史記守、良い火加減だ。その調子で焼き続けろ」
 焼き加減について指導するアダン。√能力の炎を使った魚の焼き方まで指導するとはデキる先輩だ。陽もそんなアダンをリスペクトしつつ調理に集中する。
(「暁降より、こっちの方が遠赤外線効果的なの出たりしないかな……」)
 遠赤外線効果で焼いた魚は美味いのだ。調理は順調に進む。浜に立つ香りに、恭兵が皆へと声を掛けた。
「良い香りがしてきたな。もうすぐ出来上がるだろう」
 塩焼きの他、ちゃんちゃん焼きもしっかり作っている。味噌の芳香な香りが食欲をそそった。
 組合員の叫び声が響く中、鮭料理が続々と仕上がっていく。
 モコは焼き上がった塩焼きを手に取った。勿論、陽へと押し付けるのも忘れない。
「シキくんも沢山食べるのモグよ? 大丈夫とか言わないように!」
 定番の台詞を言わせてもらえなかった。陽は出掛かっていた言葉を呑み込んで、大人しく頷いてみせる。
「はい、食べます。俺もシンプルに塩焼きでいただきます」
 モコの陽への発言に力強くサムズアップするアダンへと、恭兵が皿に取り分けたちゃんちゃん焼きを手渡した。
「ほら、ちゃんと食べて大きくなるんだぞ」
「恭兵、俺様は最近は食べているつもりだが? お前も食え」
 料理を受け取りつつ、アダンは恭兵へと言葉を返す。提供することに集中し過ぎて、自分の食事が疎かになるのも良くない。わいわいと賑わいながら、四人はなぜか沖縄の海で鮭に舌鼓を打つのであった。

緇・カナト
野分・時雨

●サケでもシャケでも
「あーあ、牛鬼妖怪退治しそびれちゃったなァ……」
 砂浜へと戻り、緇・カナト(hellhound・h02325)は残念そうに呟いた。
「今回妖怪退治は必要無いんですけど」
 ジト目でカナトへとツッコミを入れる|野分《のわけ》|・《・》|時雨《しぐれ》(初嵐・h00536)。彼も一度砂浜へと戻り、襲撃を仕掛けてきた全国サケ統一組合へと目をやった。
「さて、鮭。言われると確かに。カナトさんどっち派?」
 時雨がカナトに問う。
「正直どっちでもイイしどうでもいい〜」
 カナトは即答だ。その答えに敵が反応した。
「どっちでもよくない!」
「サケだ! シャケは許さない絶対にだ!」
 ギャアギャアとうるさい彼らへと、カナトは呆れたように溜息をつく。
「過激だねェ、頭も固いし。そこの水妖クンみたいに浄化されたら良いよぅ」
 此処は沖縄の海だ。思いっきり癒されて、最期は沈んでほしい。
 ガオッと牽制代わりの遠吠えひとつ。響き渡る|咆哮《ウルフヘズナル》が、敵を怯ませる。
「怯むなッ鮭を放て!」
 勇気ある組合員が号令し、北風に震える鮭を投げ放った。飛んでくる鮭をカナトは伸びる鎖と獣爪化した腕で掴み取る。掴み取った先から海へと次々に放り投げた。
「ハイハイ、お魚はぽいぽいっと~。海にお帰り……で、合ってるんだっけ生態的に?」
 合っていない。鮭は冷水を好む魚であり、北海道や東北地方に生息する。沖縄では生きていけない。
「何で沖縄の海まで来ちゃったんです……? 地元に帰りなよぅ……」
 掴んだ寒風干しの鮭を見る。このまま食べたらマズイだろうか。少しだけ気になったが、結局口にすることはなかった。
「一説に因ると、調理前がサケで調理後がシャケとか。江戸っ子はシャケ呼びとか〜。……マジでどうでもイイな。あとでサーモン食べよ」
 ついでとばかりに捕縛した組合員をぶん殴る。鮭だけでなく、組合員も海へと吹き飛んだ。
「だからシャケじゃないって言ってるだろ……!」
 組合員は必死に主張する。
「ぼく、シャケって言ってるや。ごめんなさ~い」
 反省しているようには聞こえない声色で、時雨が雑に謝罪の言葉を口にした。
「サケって言え!」
 組合員が咎めるが、時雨は何処吹く風だ。ひらひらと手を振って、海へと再び入っていく。
「それじゃあ、久しぶりの海もっと堪能していたいので! 海に帰ります。ばいばい」
「無視するなァ!」
 組合員たちがキレ散らしながら鮭を嗾けた。どう考えても合わない海に突撃してくる鮭。時雨はそんな彼らを迎え撃つ。まとまって来てくれるから良い的だ。
「沖縄の海で鮭漁ですね。色々おかしいけど、気にしな~い」
 |牛鬼妖術《ウシオニヨウジュツ》を発動し、背部から蜘蛛脚を生やす。迫り来る鮭に狙いを定め、銛で突き刺すように仕留めた。普通の鮭は食べてもいいだろうと、獲り立ての鮭を手にする。ちなみに鮭頭であっても組合員はいただかない。倫理観、とてもだいじ! さっそくむしゃりと、新鮮な鮭を食べてみた。
「……美味しいけど脂のりすぎかも。お茶が欲しくなってくるね」
 美味い、休める、ひんやり。敵の掃討はわんちゃんが頑張ってくれる。悠々自適に海の中、鮭を食べながら休憩タイムだ。
「ちょっと~? オレだけに任せてないで仕事してよ?」
 カナトがすかさず文句を言った。当然である。
「してるしてる。こうやって、たくさんシャケを食べてるでしょう?」
 時雨はふよふよと水に浮かびながら、鮭をもぐもぐと食べ続けた。
「だからサケだって言ってるだろおおぉっ!」
 組合員の叫びは届かない。うるさいから黙ってと、仕事を押し付けられたカナトに容赦なく殴り飛ばされる。
 組合員たちは呼び方に対する理解を得られぬまま、砂浜あるいは海へと沈んでいった。

第3章 ボス戦 『クイーン・アトランティス』



 クイーン・アトランティスは困惑していた。
 己の星詠みの力を用い、絶好の機会に襲撃を実行したはずであった。だが、この作戦は既に敵の星詠みに詠まれていた――いや、正直そんなことよりも。
「そんな……戦いながらシャケパしてるような連中に、私の配下が倒されるだなんて……」
 配下の願いは、こんな所でも叶わない。
 クイーン・アトランティス自身が逃げ延びることも叶わない。
「……いいわ。認めましょう、その強さを。けれど……私は組合員たちのようには行かなくてよ!」
アドリアン・ラモート

●上司に恵まれない組合員に捧ぐ
 もし、シャケパ発言を配下が聞いていたら、彼らはどう思っていただろうか。幸か不幸か、彼らは既に居ないわけだが。
「部下は全国サケ統一組合なのにボスがシャケパなんて言ってて大丈夫? 反乱されちゃうよ?」
 アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)が指摘する。
「私の言葉は絶対よ。反乱なんてさせないし、鮭の呼び方なんてどうでもいいわ」
 酷い上司である。全国サケ統一組合が可愛そうになってきた。√能力者らに倒され、上司に裏切られ、いい事無しである。
「はーやだやだ、部下の気持ちもおもんばかれない上司とか最低な上司だよ」
 Noirgeistから影の鮭が顔を覗かせる。全国サケ統一組合への同情が、彼らの武器とよく似た鮭を生み出したのだ。
「……これは、美味しい鮭をくれた彼らに代わって無念を晴らしてあげるべきだね!」
 影の鮭を両手に取り、|Metamorphose Nocturne《メタモルフォーズ・ノクチュルヌ》を発動する。アドリアンは瞬く間に、全国サケ統一組合の姿へと変身した。
「ShadowFlame Blazeの炎も加えて、と」
 炎を影の鮭に宿せば、灼熱が鮭を黒く燃え上がらせる。焦げているわけではない。漆黒の焼き鮭といったところか。漆黒の焼き鮭を、彼は敵に向かって投げ放つ。
「影で出来てるから食べれないけど、熱さは焼き鮭以上だよ」
 これぞ全てを貫く焼き鮭アタックだ。
「槍で貫いてあげるわ!」
 焼き鮭に身を焼かれながらも、クイーン・アトランティスは三叉槍をアドリアンへと振るう。
 アドリアンはNoirgeistから再び影の鮭を創り出した。目の前でクロスさせ、槍を鮭で受け止める。
「鮭ガード! 部下とよく似た敵に攻撃を防がれる気分はどう?」
「……非常に不快ね!」
 敵の反応に、アドリアンは口元へと笑みを浮かべてみせた。

野分・時雨
緇・カナト

●人魚狩り
 鮭を思う存分味わった|野分《のわけ》|・《・》|時雨《しぐれ》(初嵐・h00536)は、満足げに砂浜へと戻った。
「鮭美味かった~。でも、ここに炭酸の刺激とウイスキーの香ばしさが弾ける飲み物があったらもっと良かったかも。終わったら一杯行こ」
 時雨に関してはシャケパをしていたと言えるだろう。緇・カナト(hellhound・h02325)は、最後に処分した組合員の鮭をぽいっと投げ捨てた。
「飲物まで御所望されている……だから海の家いこうって言ったのに〜。とりあえず元凶の怪人倒したら、ご飯楽しみにしておこう」
 あとは海のお姉さまを残すばかり。時雨はクイーン・アトランティスへと目を向ける。
「美しい人魚様ですが。顔色悪いね。シャケパのお裾分けいかがでございましょ」
「顔色悪いは余計よ」
 彼女は不機嫌に言う。上機嫌な時雨とは対照的だ。
「人魚の類らしいからねェ。海の藻屑になって消えるとイイよ」
 |狂人狼《ウールヴヘジン》にて変成し、灰狐狼の毛皮を纏いながらカナトが告げた。
 カナトの言葉に、時雨が絹索を手にしながら首を傾げる。
「藻屑になるよか、泡のほうが浪漫ない? 海のお姫様の特権でございましょう」
「まァどっちでもいいケド。それじゃ、藻屑なり泡なりにして消してしまおうか」
 三叉戟トリアイナを手にするカナト。鋭利に輝く切っ先を、クイーン・アトランティスが睨んだ。
「この私を、童話に出てくる儚い人魚と一緒にしてもらっては困るわね」
 三叉槍を手にする彼女へと、時雨とカナトは攻撃を仕掛ける。時雨は絹索を投げ放ち、先端に括り付けた金剛杵の刃で、敵の体へと裂傷を刻んだ。
「こういうの何て言いましたかね? 追い込み漁? ちょっと違いますか」
 機会を見計らい、巻き付けた縄を引き寄せた。敵は槍を時雨に突き刺そうとするが、その先には入れ替わったインビジブル。時雨自身は|私雨《ワタクシアメ》を発動し、敵の上へと転移していた。降り注ぐ霊力弾がクイーン・アトランティスを襲う。
「あぁ、なんて忌々しいのでしょう……」
 彼女は息を詰める。上から縄で首を締め上げながら、時雨はカナトへと声を掛けた。
「はい、わんちゃんお次どうぞ~。光り物は大好きでしょう?」
 好きだけども今回は興味ないかなァと思いつつ。カナトは武器を手に敵へと迫る。
 むしろ、興味があるとすれば――。
「……似たような槍でもご存じで? ボッキリへし折ってあげようかァ」
 敵が持つ三叉槍。やたらとゴテゴテしいし、自分の武器と同類扱いなのは癪だ。
「私のオレイカルコスの三叉槍は、そう簡単には折れなくてよ!」
 高らかに言いながら、クイーン・アトランティスは海中超文明光線を放つ。
「技術革新って具体的に何をするんだろ。構造をまるっと変えて、扱えなくさせるとか?」
 キレた雷精霊の天誅が飛び出したりしてねェ。クスリと笑みをこぼしつつ、カナトは三叉戟トリアイナを振るった。光線は効き目がイマイチだったのか意味を為さずに終わる。カナトに容赦なく抉られ、クイーン・アトランティスの体へと血の線が無数に走った。
 敵は徐々に消耗しつつある。時雨は警戒を緩めこそしないが、ゆる~い本音はこぼす。
「鮭まだあるけど。おかわりはいらないかな。もうちょっと海で遊んでから帰りたいですし、お姫様には早めにご退場願いたいところです」
 時雨の言葉に、カナトが呆れたように返した。
「帰りたがらないイヌみたいだな仔牛君は……人魚を海に還したら、ご飯に行くんでしょ?」
 置いてっちゃうよ~? 泳いで帰って来れるでしょう水妖だし。なんて口にしつつも、瞳は敵から外さない。軽口を叩く二人だが、獲物が完全に息絶えるまで、神経の糸は張り詰めたままだ。

静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート
史記守・陽
モコ・ブラウン

●パーティーは続く
 シャケパを大々的に開催した四人は、敵のシャケパ発言にツッコミを入れざるを得ない。
「……シャケパなのは否定しないが……こちらが気を遣ってサケ呼びをしたのに首領がシャケ呼びとはサケ統一組合が報われないな……」
 |静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)は現実の無情をしみじみと感じる。
 なんと無慈悲。アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)も、有り得たかもしれない未来を思う。
「全国サケ統一組合を己の配下としていたにも拘わらず、今回の首魁の呼び方は『シャケ』なのか。……配下を残しておけば、勝手に共倒れになる可能性もあったか?」
「確かに仲間と内輪揉めして共倒れは楽ですが、そんな光景は見たくないですね……。自分の中の正義が許さないというか」
 |史記守《しきもり》・|陽《はる》(|夜を明かせ《ライジング サン》・h04400)も、組合員たちに同情を覚える。元々、彼らに対して酷いことをしてしまった罪悪感はあったのだ。
 名称の統一は、組織を統制する上で必要不可欠である。モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)は、焼き鮭を齧りながら敵へと駄目出しをした。
「全くサケなのかシャケなのかハッキリして欲しいもんモグな。そんな甘い考えでやってるから、こうやって計画が失敗するのモグ」
 配下をすべて倒された状況下、クイーン・アトランティスは当然反論できない。
「好き勝手言ってくれるわね……!」
 三叉槍を堅く握る。宝石のように輝く槍を手に迫る彼女を、四人は迎え撃つ。
 アダンは|魔焔の戦輪《アレルト》を発動し、二枚一組のチャクラムを創造した。チャクラムはアダンの手の中で激しく燃え盛る。
「海水浴や鮭食べ放題。何方も満喫した、とは言い難いのでな。早々に斃させてもらうぞ!」
 狙いは敵の両腕。槍を扱う腕を使用不能にしてやろう。
 アダンの攻撃に合わせ恭兵も動く。拳銃を敵へと構え、しっかりと狙いを定めた。
(「まぁ、鮭はたんまり|もらった《奪った》し。シャケパは続けたいが、まずは沖縄の海を手中に収めようとする者を倒してしまった方がいいだろう」)
 |魔照花《マショウカ》を発動し、退魔属性の弾丸を射出する。放たれた弾丸は真っ直ぐに飛び、敵の体へと深く撃ち込まれた。
「くぅっ……」
 刻まれる弾丸にクイーン・アトランティスが呻く。弾丸は彼女の身を呪詛で蝕んだ。魔照花は敵を呪詛で侵し、味方には祝福の力を与える。漲る力にアダンは笑みを滲ませた。
「この祝福、余すことなく使い尽くしてみせるとも」
「ああ、好きにやるといい」
 恭兵は返す。最初からそのために撃ち込んだ弾だ。仲間が自由に暴れられるよう計らうのは己の役目。
 そして恭兵へと頷いてみせたアダンの視線は、迫り来る敵を捉えている。片方のチャクラムを振り下ろされた槍へとぶつけた。そのまま弾き、敵の体が揺らいだ瞬間を突く。
 もう片手のチャクラムを彼女の腕へと叩き込んだ。魔焔の斬撃が、槍を持つ腕を焼き焦がす。
「チッ……」
 舌打ちする敵へと、アダンは淡々と告げた。
「両腕が使い物にならなければ、自慢の三叉槍とやらも振るえぬであろう?」
 アダンも恭兵も気付いている。槍を持つ敵の手が、僅かに震えていると。これでは思うように振るえまい。
「後は史記守とモコにまかせた。よろしく頼んだぞ」
 恭兵が言う。祝福の力はモコと陽にも行き届いている。あとは二人にバトンタッチだ。
「好きな様に料理してやれ」
 アダンも二人へと呼び掛ける。彼の言葉に、陽がぎょっとしたように目を丸くした。
「アダンさん、料理ってさすがに冗談ですよね。あれは食べたくないです」
 言葉通りに受け取ってドン引き気味な陽。一方で、モコは平然としている。
「んじゃ、腹ごなしにデザートといくモグかね……青いから美味しそうに見えないモグけど」
 当然実際に食べるわけではない。言葉の綾を理解した上で、ジョークを返している。だが表面上だけ見れば、本当に食べようとしているように見えるから不思議だ。今度はアダンが慌てる番だ。
「待て、流石にカニバリズムを勧めはしないが? 先程の発言は比喩表現というものであって……ハッ、モコはまさか本当に食べるつもりなのか!?」
 慌てる覇王様の横で、恭兵は至って真面目に冷静に、燃える会話へと油を注ぐ。
「確かに一説によれば、人魚の肉を食べると不老不死になると言われているな。だが逆に死ぬ可能性もあるからオススメしないぞ」
「安心してほしいモグ。美味しく食べられるように毒抜きしていくモグよ!」
 モコは自信満々だ。一切の迷いが無い発言に、陽は困惑を覚えざるを得ない。
「モコさんは本当にあの人魚を食べようとしているんじゃ……まさか、フグの毒抜きみたいな方法が?」
 話がよくわからない方向へとすっ飛んでゆく。話は飛べば飛ぶほど良いって、偉い人が言ってました。自由な空に高く舞い上がれ。
(「なんだか妙な流れになっているが、戦闘に影響はなさそうだからいいか……」)
 恭兵はそう結論付ける。アクセル全開の会話にブレーキを掛ける人間など、此処には居ない。モコは拳銃の先を寸分の狂いなく敵へと差し向けた。
「あのマズそうな人魚を料理してあげるモグ! デザートにするなら、ゼリーとかがいいモグか?」
 うなぎゼリー……いや、これ以上はよそう。
「海の女王たるこの私に不敬が過ぎるッ!」
 持つだけで精一杯だろうに。クイーン・アトランティスは、槍をモコへと突き刺そうと迫った。
 アダンが作った隙。恭兵がくれた祝福。それはモコにとって大きな追い風となる。
 |モグラ先制射撃《モグラ・カウンター》を発動し、拳銃の射程まで飛び込んだ。仲間の支援に重ねた連携、そして援護射撃を兼ねた早撃ちである。
「手が震えてるモグよ。そんなんじゃモグには追い付けないモグ!」
 弱った相手へと容赦なく射撃の嵐をお見舞いする。体を穿つ弾丸に、敵は防衛に徹するしかない。――これだけの隙があれば、心置きなく全力をぶちこめるはずだ。
「シキくん、最大火力モグよ。やっちゃえ!」
 モコの声に、陽はこくりと頷いてみせた。
「火力調整が必要ないのは楽ですね、全力で行きます」
 火力全開の|暁降《ソール・オリエンス》を発動すれば、赫灼たる黄金の光焔が暁光の如く輝きを放つ。敵へと距離を詰めつつ、陽は語り掛けた。言語が通じるのだから、話も分かってくれないだろうか。
「まず海岸が欲しいのであれば、いきなり実力行使でなく法務局とかで然るべき手続きをして、土地所有権を主張すべきじゃないでしょうか。この世界の法律は詳しくないので、専門家に相談された方がいいと思います」
「怪人に人間のやり方なんて必要ないわ!」
 即座に吐き捨てるクイーン・アトランティス。やはり分かり合えないのか。
「ですが、この場所は人々が管理する土地なので。郷に入っては郷に従えって言いますよね?」
 従えないのであれば、退散願うしかあるまい。長いようで短い60秒が過ぎた。正論と共に光の奔流が敵を呑み込み、その体を瞬く間に焼失させたのであった。
 脅威が消え去った砂浜には、いつもどおりの平穏が訪れる。
「いっちょあがりモグ。さぁて、酒と美味しいごはんの続きモグよ! はいシキくん、鮭のバター焼きモグ!」
「あ、美味しそうですね。でも俺は大」
「史記守、お前は特に飯を喰え。戦闘後なのだから腹も減っているだろう」
「まだ料理はたくさんある。なるべく残さず、全部食べるようにな」
 陽に鮭を差し出すモコ。大丈夫ですと言おうとする陽の言葉を、即座に封じるアダン。ごちゃりとした現場を纏める恭兵……本日も、特命班は平和である。

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