シナリオ

狙われた|いちばん星《Anker》候補たち

#√EDEN #√マスクド・ヒーロー #Anker抹殺計画 #最終章受付:10日08:31〜 #〜13日23:59迄 #執筆中

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 #√EDEN
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 #Anker抹殺計画
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 はじめまして。と自身の前に集まってくれた√能力者にお辞儀をしてみせたセレスティアルの少女、エリカ・バールフリット(海と星の花・h01068)は、早速で悪いんだけど……と晴れた海のような双眸を皆に向けた。
「謎めいた外星体同盟の刺客『サイコブレイド』が、『Anker』もしくは『Ankerに成りうる者(Anker候補)』を暗殺しようとしているの」
 狙われるAnker、またはAnker候補は『普通の人』。なので普通は判別のしようが無い。しかし『サイコブレイド』は厄介なことに、『Ankerを探知する√能力』を有している。
「『サイコブレイド』これを使って自分の配下をAnker抹殺に派遣しているの。なのでみんなには、狙われるAnkerを助けてもらって、サイコブレイドの作戦を打ち砕いてほしいの」

 そう告げたエリカが持っていたタブレットに映し出したのは、とあるアイドルグループの最終オーディション風景。
 彼女たちは胸に番号が記されたプレートをつけ、初々しくも緊張した面持ちで自己紹介をしている。
 場面は変わり合格者たちのレッスン風景が映し出されると、皆真剣な様子でレッスンをうけ、時にうまくいかない自分に涙し、涙する仲間を励まし、出来た時の達成感を皆で分かち合っている。
 画面の向こうの非現実的の青春は、刺さる人にはとてつもなく刺さる光景だろう。
「そんな彼女たちのデビューイベントに『サイコブレイド』の刺客が紛れ込むわ。みんなには、このデビューイベントに紛れ込んで会場に潜む敵を探してほしいの」

 言いながらエリカが取り出したのは、デビューイベントのチケットやスタッフ証。それらを自身の前に集まってくれた√能力者に手渡しながら、こう憤る。
「……エリカはね、AnkerやAnker候補を抹殺するって行動も許せないけど、夢を叶えて頑張ってる人の晴れ舞台をこうして汚す行いも許せないのよ……。だからみんなも彼女たちを守って?」
 おねがいね。
 そう願い出る青い瞳は、凪いだ海の漣の如く揺れていた。

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第1章 日常 『ライブハウス潜入!』


 グループ全体のデビューイベントのようで、さまざまなジャンルのアイドルグループが出演する。
 チケットなりスタッフ証なりを提示して会場内に潜入した√能力者たちは、早速各々の持ち場へと向かっていった。
レイリス・ミィ・リヴァーレ・輝・スカーレット
フォーネリアス・ラルクシアン・ドゥーム・瑠璃・スカーレット

 メンバーが歌うたび喋るたび笑うたびに白く鋭い八重歯がチラリと見える、1組目は『ヴぁんぴーる』というアイドルグループ。
 この『ヴぁんぴーる』、『ハードロック×アイドル+吸血鬼キャラ』……という異色グループ。だが、この異色さ意外性がシビれるというアイドルオタクは多いのではないだろうか。
 レザー製のドレスにハードチュールを飾り、逆毛を立てたヘアスタイルもハードならば、楽曲もハード。エレキギターの旋律をメインにした曲調は心臓にグッと響き渡り、厨二風の歌詞に混ぜ込んだ『本物の圧』を感じるオタクは、すっかり彼女たちに虜になっていた。
『今日は私たちの晴れ舞台に来てくれてありがとう! 私たちだけを見ててくれないと噛みついちゃうぞ!』
 本日のセンターを任された彼女が牙剥き出しの『がおーポーズ』で会場を煽れば、ボルテージは早くも最高潮。
 そんなファンに紛れながら少々難しい顔で腕組みをしながら彼女たちに視線を送るのは、フォーネリアス・ラルクシアン・ドゥーム・瑠璃・スカーレット(もう一人の始祖の末裔たるCEO(妹)・h01575)。
 何故、スカーレット造船所CEOたるフォーネリアスがこんな新人アイドルたちのお披露目イベントにいるのか。
 そんなの決まっているだろう。これが『仕事』だからだ。
 こんな人でゴミゴミとした煩い場所は趣味ではないし好きではない。
 が、フォーネリアスには、誰にも伝えていない秘かな趣味があった。
 実は彼女、ただいまステージ上で激しいパフォーマンスを繰り広げる『ヴぁんぴーる』のオタクであった。
 そして何故フォーネリアスが『ヴぁんぴーる』のオタクになったのか。
 実はこのグループ、全員吸血鬼のアイドルグループなのだ。
 しかも彼女たちの正体を察知できるのは、同じ吸血鬼だけ。――故に彼女たちもフォーネリアスの支援対象で、このイベントへもいくらか出資している。
(「……同胞として支援せずにはいられない……まったくどうして実は吸血鬼とか、大胆な奴らだ」)
 故に、同胞アイドルの新メンバーお披露目とあっては、馳せ参じるのがオタクの勤め。
 ……そう。これは『お勤め』――『|お仕《推し》事』なのだ。
(「まぁ、そういう訳でこれは仕事だ。仕事と言ったら仕事だ。今日は休日だが仕事だ!」)
 そう自分に暗示をかけながらステージ上に熱い視線を投げているフォーネリアスを、遠くの方から心配そうに見つめている人物がいた。
 彼女の姉である、レイリス・ミィ・リヴァーレ・輝・スカーレット(始祖の末裔たる戦場の|支配者《オーバーロード》・h00326)だ。
 レイリスは星詠みの要請を受けてこのイベントに観客として潜入、警戒をしていたのだが、観客の中に自分の|妹《Anker》を見つけ、今、五度見くらいしたところ。
「……えぇ……参ったな。ライブハウスとか行くタイプでは無い筈だが……何故、造船会社のCEOがこんな所に居るんだ? スポンサーなのか?」
 手広いなぁ……。などと思いながら、何故か関係者席ではなく一般席にいる妹。これはレイリスにとって、ステージ上のアイドル以外にも保護対象がいるということを意味していた。
(「狙われているのはアイツでは無いと思うが、念のためだ」)
「……ともかく、鉢合わせないように気を付けなければ…… 。とりあえず、レギオンをステルスモードで飛ばすか……」
 レイリスは秘密裏に光学迷彩モードの偵察機レギオン『ミッドナイト・アイ』を呼び出すと会場内へと飛ばした。
 幸い会場内のボルテージは最高潮。レイリスが√能力を使ったことなど誰も気を止めることはない。
 皆『ヴぁんぴーる』のパフォーマンスに釘付けなのだから。
 これでしばらくの間はこの偵察機が情報を集めてくれるだろう。
「いっそ、役に立たなければいいのだが」
 そうはいかないよなぁ。
 ため息をついて再び観客の中に紛れるレイリス。
 だがその瞬間はしっかりフォーネリアスに捕捉されていて。
「……ん? 何故ここに|姉《あのアホ》が居る? ……一瞬見えただけだが、多分居る……」
 まったく、いいところで水を指してくれる。
 いい気分だったのにダダ下がりのフォーネリアスのテンションをテン上げにしたのは――。
『余所見してたら、本当に噛みついちゃうから!!』
 という『ヴぁんぴーる』のメンバーの煽り文句だった。

テオドラ・イオネスク

 テオドラ・イオネスク(夜を歩く者・h07366)は観客席でサイリウム――カラーチェンジペンライトを振りながら、ステージ上でパフォーマンスするアイドルを冷静に見つめていた。
(「アイドル……我輩にとって馴染みのない存在だが、若者が頑張っているのなら応援したい」)
 馴染みがなくあまり詳しくない以上は、観客として振る舞うのが相応しかろう。そう判断したテオドラの装備品は特定のアイドルのものではなく、このイベントのロゴが入ったTシャツにマフラータオル。
 手にしているペンライトのカラーリングも、周りを見てライトブルー――このグループのイメージカラーにしており、振るたびにラメが施された内部シートに光が反射して。
(これもぴかぴか光って綺麗であるな)
 今まで触れていなかった道具に異文化に、心も踊る。
 そんなテオドラの心を掴み始めたのは、目の前のグループアイドル。
 スラリとしたクール系長身美少女もいれば、笑顔が似合うショートヘアのボーイッシュ美少女や可愛らしい雰囲気の少女もいるグループ。
 一見、統一感がないようにも見えるが、違ったタイプが集まるからこそ、それぞれを引き立てている。
 これは初ステージとは思えない生き生きとしたパフォーマンス。だが、時折垣間見える初々しさがファン心理を掻き立てる。
 そんな中でテオドアは、自然とある一人の少女を目で追っていることを認識する。
 後ろの方のポジションで歌い踊る、グループ内でも小柄な少女。
 小柄だからこそ、ポジションも歌割も少ないからこそ。自分の歌唱順では全力で歌い、『自分はここにいるよ』とのびのび全力でステージ上で輝くその姿は、まさに一番星。
 そういえば先ほど、マイクパフォーマンスの際に名前を言っていたような気がするが、覚えていなかった。けど、ステージ衣装のカラーリングから、彼女のメンバーカラーがオレンジであるということはわかる。
(「……ええと、彼女を応援したいのならサイリウムをオレンジにすればいいのか?」)
 ペンライトのカラーチェンジボタンをぽちぽち押して、ライトブルーからオレンジの光を掲げてみせれば、彼女――オレンジちゃん(仮称)はその光に気がついたのか、テオドラを見て満面の笑みを見せてくれた。
 この事件が無事に解決できたら、彼女の名前をちゃんと覚えてグッズやブロマイドも買いに行こう。
(「……うむ、楽しいな!」)
 テオドラはマスクの中の口端を上げながら、彼女のステージパフォーマンスを見守るのであった。

丹野・脩里
萩谷・晴美

「アテクシ、こういうの初めてなんですよね!」
「アイドルのライブってこーいうのなんだねー、新鮮!」
 人生初のアイドルイベント参戦に歓喜の声を上げるのは、丹野・脩里 (|悪魔憑きの生ける骸《ディーモンホスト・デッドメイデン》・h00506)と、彼女ののAnkerである萩谷・晴美 (丹野脩里の幼馴染・h02734)。
 二人の出身地・√ウォーゾーンにはこんな楽しい文化は存在しなかった。故にアイドル文化は初めての経験だ。
 修里は一応、晴美には事件の潜入であることは一応伝えてはある。そして晴美も事件を解決させたいとの一心でこの会場に足を運んだ。
 だからこそ√能力を持たない晴美が簒奪者に狙われないように、警戒も怠らない脩里。
 だったが、ステージ上に登場した可愛い女の子たちに一瞬で釘付けになってしまう。
「わぁお、よりどりみどりって感じでイイですね! 目移りしちゃうなうへh……アッすごい好みな子いる!」
 修里のお眼鏡にかなったそのメンバーは、顔は綺麗め大人顔。額オープンの緩やかストレートヘアは背中の中間までの長さで、くるりと回れば毛先がふわっと踊る。
 身長は女子の平均。だがウエストが細い――いや、ウエストももちろん細いのだが、それ以上に出るところが出ている。
「ah~~~~~! ぼんきゅっぼん! ちょっぴりおねえさん味ありますかね? 平均より1、2歳ほど年上? ……いやほんとデカいですね、しかも重力に負けないタイプだ……キレッキレなダンスでぷるんぷるん揺れるのほんとたまらんです」
 あとでちゃんと名前を把握して、グッズも買って推していかないとねぇ。アテクシが育ててあげますよぉゲッヘッヘ……と鼻の下を伸ばしている修里の腕にガッと絡まるのは、晴美の腕。
「こいっつぅ~。アイドルにガッツリ目ぇ奪われてやんの! あたしというモノがありながらーっ」
 ぷんすかと頬を膨らませながら、「あたしのものも大きいだろがい!」と言わんばかりに胸を腕に押し付けながらも、脩里が見つめていた先を辿る晴美。
 彼女の目線の先に映るのは、ゆるストレートヘアのナイスバディの美人さん――一瞬にして脩里の推しへと昇格した、あのコだ。
「あーでもあの子、たしかに……イイ……」
「ですよね、あの子、イイですよね!」
 晴美が自分と同じ子を目で追っていると確信した脩里のテンションはさらに上がる。
「いやしかし、アイドルってのはイイもんですね〜。こう、気持ちが上向きになって血の巡りが良くなってくのが解る……!」
 そう言った脩理の真っ白い頬は、心なしかふわっと高潮していて。
 彼女の熱は、彼女の腕に腕を絡ませている晴美にも十分伝わっていた。
 だって普段の脩里はデッドマン故に普段はひんやりとしている。なのに、今は人肌……とはいかないか、普段よりも格段に温かい。
(「……アイドルはすごいな。……一度は死んでしまった大事な幼馴染に、血の巡りを呼び戻してくれたんだもの」)
 晴美はステージ上でパフォーマンスするアイドルたち――特にナイスバディのお姉さんメンバーに感謝しつつ、だからこそ……。
(「……犯行は絶対に阻止しなきゃ……」)
 自分も修里の助けになれればと、胸の炎をグッと灯した。

木原・元宏

 裏方バイトとしてイベント会場に潜入した木原・元宏 (歩みを止めぬ者・h01188)は、集合から会場前までは音響用の思い機械を率先して運び、本番が始まったらステージ脇でスタンバイしてチーフスタッフの指示通りに動くなどして、朝から忙しなく、だが一所懸命に働いていた。
 こうしてよく働くことでイベンターの信頼を得ながらも、運営側に不審な動きがない観察。誰かを探すなど本来必要なく不自然な目的で行動している者に目星をつけて警戒していたが、皆、自分の持ち場で仕事に専念していた。
 そして今、トラブルがあればすぐ急行できるようにと舞台袖に控えている最中だ。
 ふと舞台に視線を移せば。自分と同い年くらいの少女たちが、アイドルデビューという夢を叶えたご褒美として、また、トップアイドルという新しい夢に向けての第一歩としてステージの上で、キラキラと輝いている。
 彼女たちが歌っている歌もよく聴けば、夢を追いかける人々にエールを送る応援ソングで、スポットライトを浴びながら歌い踊るその横顔に、かつての自分を重ねずにはいられなかった。
「パンクのライブに行ったことはありますが、それと比べるとやっぱり全然華やかですね」
 呟けば、言葉を拾ってくれたのは、共に舞台袖に控えているスタッフ。
「パンクのライブとは、毛色が違うと思うなぁ。けど、いいよね。夢を叶えた直後って感じで……」 
「えぇ。夢を追うものはいいですよね。必死で一生懸命で……」
 返しでつぶやいた言葉は、ちょっと含みを持ったものだった。
「木原くん十分若いし、夢があるんじゃないの?」
「……そうですね。僕もそうでした。…… 僕は野球をやっていたんですけどね――」
 こう答えながら、元宏の脳裏に浮かぶのは、夢――いや、目標に邁進していた日々の自分。
 今でも思い出されるのは、夏の日にグラウンドに揺らめく陽炎や逃げ水の中で白球を追いかけた日々だったり、冬の寒空の下で体力作りのために走り込みを行った際に昇る吐く息の白さ。
 そして何より――。
「打席に立ったときに不思議な高揚感と緊張は忘れられないです」
 ステージ上の彼女たちはとびきりの笑顔でパフォーマンスを行なっている。しかし今、あの日の自分と同じような高揚感と緊張を抱いているに違いない。
「だから僕は、出来ればそんな人達の夢が一つでも叶うことを願います。それがどれだけ難しいことかはわかりますから……」
 自分は夢破れてしまった一人だが、出来れば。
 このステージに立つ新人アイドルたちが、自分が思い描くアイドルの道を順調に歩めますように――。
 そう願わずにはいられなかった。

アリス・セカンドカラー

 先にパフォーマンスしていたアイドルグループが下手側の舞台袖に履け、暗転するステージ上。
 上手側の舞台袖から飛び出したアイドルたちの中に、その少女はいた。
 アリス・セカンドカラー(時間と空間を超越する唯一つの窮極的かつ永遠の|『夜』《デモン》少女・h02186)である。
 ステージ上の自分のポジションに立って観客席を見れば、さまざまな色のペンライトか星のようにキラキラと瞬いていた。
 アリスはそうでもなかったが、仲間たちの中には今も緊張で震えている仲間もいる。
 が、曲が始まりスポットライトが当たれば、先のゲネプロ通りに動けるのは、新人とて流石はプロというべきか。
 そうなればアリスも、彼女たちに負けていられない。
 彼女たちは同じグループの仲間である。けど、一番星を奪い合うライバルでもあるのだから。
 自分の歌割りではしっかりと自分の歌声とダンスで会場で魅了したアリス。曲が終わった後の自己紹介でも、自分の強みを押し出すことを忘れない。
「あなたに寄り添うイマジナリーフレンド☆アリスをよろしく❤」
 可憐に投げキッスを会場に投げれば、さまざまな声色の感性が湧き上がった。
 実のところ、アリス自身もAnker。
 故にAnker抹殺計画には完全な巻き込まれてしまう立場なのだが、彼女は客席を見下ろしながらもちょっと小悪魔的に口端をあげて、小さくこう呟いた。
「さて、この状況。どう料理してあげようかしら?」

シュネー・リースリング

 シュネー・リースリング(受付の可愛いお姉さん・h06135)は警備服に身を包み、会場内の警備をしながらもAnkerとAnker候補者を殺害しようと企てる簒奪者を捜索していた。
「全く、|抹殺《暗殺》するだけなら何もライブ会場じゃなくてもいいでしょうに…… まぁ、おかげで対応ができるんだけど……」
 しかしこの事件の首謀者『サイコブレイド』はなかなかに陰険な奴だと口を尖らせながらため息をつくシュネー。
 |√能力《ゴーストトーク》で生前の姿を与えたインビジブルにも運営スタッフのふりをさせて、収集するのは各楽屋内の不審者や不審な発言の有無。
 だけど今の所、楽屋を使うアイドルや|事務所関係者《マネージャー》などに不審な様子はなく、有益な情報はなかった。
「……部外者だったら……取り押さえないといけないわね」
 と呟いたぼやき顔をピシッと正して「お疲れ様でした」と迎えるのは、たった今ステージを終えて楽屋に戻っていくアイドルたち。
 皆、自分たちのデビューイベントで精一杯自分を出し切ったと言わんばかりの清々しい表情。だがさすがは芸能人。礼儀作法もしっかり教育されており、警備員のシュネーにも「お疲れ様でしたぁ」と明るい挨拶を返してくれる。
 その後ろについて歩いているのは、このイベントのスタッフとマネージャーだろうか。彼らの目つきや表情に注視してみるが、特段怪しい様子はない。
(「わたしも人のこと言えないけど、職業暗殺者ってのはちゃんと準備をするものだもの」)
 だけど、わずかな仕草に垣間見える異様さがあることも知っている。
 引き続き辺りを警戒しながら歩くシュネーだったが、ステージ袖でふと足を止めた。
 目の前では次にステージに上がるアイドルたちが、硬い面持ちでステージを見据えていた。
 ないとは思うが、簒奪者がアイドルととして潜伏している可能性も否定できない。
 シュネーは周りに気づかれないようにスマートフォンのカメラを彼女たちに向けて、写真を一枚撮影する。それを|マキナ《スマホのAI》に認識させて、行うのは彼女たちの履歴や素性調査。
 同時に行うのは、彼女たちの緊張ほぐした。
「デビューおめでとうございます。みなさんを陰ながら応援しています」
 にこやかな笑顔を向けて、「大丈夫ですよ」とエールを送る。
 すると彼女たちは口々にシュネーに「ありがとうございます。がんばります」と応えてくれた。
 そこから、自分のエールを糧にするのか無下にするのかは彼女たち次第。
 シュネーは彼女たちがステージ上に向かっていく姿を見送ってから、腕を組み重い息を一つ。
「……舞台裏がシロなら敵は客席ってことになるかしら。でも、刺客が出演者だとステージが戦場になるわ……」
 はてさて、どうしましょ――。
 呟いて、今一度楽屋方面の警備へと思い踵を返したその時。鋭い殺気を感じたシュネーははっと息を呑むや、アメジストの双眸をそちらへと向けた。
 が、そこには人の形をしたモノはいない。
(「……気のせい? ……でも確かに、あれは殺気だったわ……」)
 自分の勘も告げている。
 おそらく簒奪者との対峙は近い、と。
 シュネーは険しい表情のままさっきが飛んできた方向をじっと見据え。
(「……しばらくここにいたほうが良さそうね……」)
 と、来たるべき瞬間に備えることにしたのであった。

竜宮殿・星乃

「……星乃さん、わたし……もう、ステージに上がれない……」
 目の前の彼女は大きな瞳に涙をいっぱい溜めて、瞬きを一つして床にこぼれ落ちたのは、涙。
「……雛菊さん……そんなこと言わないでください……」
 竜宮殿・星乃 (或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)は彼女の名を呼び、その華奢な方をそっと抱き寄せた。

 彼女は|橘《たちばな》・|雛菊《ひなぎく》。星乃とは同い年で、その名の通り可憐でお淑やかな女の子。
 雛菊とはオーディションの途中で仲良くなり、共に合格してグループに加入することになった。
 今日のデビューの後、グループ内ユニットでも活動していくことが予定されているけど、もう辞めたいと泣き出してしまっているのだ。
 
 星乃は√ドラゴンファンタジー出身の√能力者。
 だが、アイドルになりたいと一念発起し、オーディションに挑戦。数々の審査を突破して、今日、この日――デビューイベントを迎えた。
 このことが元√の実家にバレると色々面倒だが、親族がこの√に迷い込んで情報を得ない限り、星乃がアイドルになったことはバレないだろう。
 
 だが今、星乃の心に火を灯したのは、先ほどの個別リハーサルの後で雛菊と共に偶然聞いてしまった事務所のお偉いさんの本音だ。
「星乃と雛菊をユニットで組ませるのは、他のメンバーの足を引っ張らせない為。あの二人にはあまり期待していない。二人とも顔とカラダだけは抜群に良いから、今後は水着にでもさせておけ」
 徐々に水着グラビア売りにシフトしていくというのだ。
 その話をふられたマネージャーは戸惑ってはいたけど、お偉いさんの言葉には逆らえなかったのだろう。何も言い返せはしなかった。
(「……私は別√の人間ですし、そのせいで練習も休みがちでしたから、そんな評価も仕方ないです」)
 レッスンの合間にも√能力者として事件に関わってもいたら、他のメンバーとの実力に差は開いてしまうのは承知の上。
(「……けど……雛菊さんは……臆病で恥ずかしがり屋な自分を変えたいって頑張ってたのに……!」)
 その上真面目な子だ。レッスンだって休まず参加していたのに。
 星乃はクッと唇を噛み締めるや、雛菊と向かい合う。
 そしてはっと顔を上げた雛菊とちゃんと目線を合わせて発破を掛ける。
「雛菊さん。舞台で周りを見返しましょう」
 だけど雛菊の瞳は揺れたまま。
「星乃さん……でも……」
「私が雛菊さんと、ステージに立ちたいんです。大丈夫。雛菊さんの頑張りを観客の皆さんに見てもらいましょう」
 微笑みながら深い紫の右目に集中させるのは竜漿だが、√能力の発動関係なく雛菊はグッと目元を拭い、
「……うん。ありがとう」
 と僅かに微笑に返して応えてくれた。
 
 竜漿を集中させて見える雛菊のパフォーマンスの隙は、この後の最終練習で洗い出し、いよいよグループ――星乃と雛菊の初舞台の瞬間がやってきた。
 舞台袖に控える星乃は自身の能力に心を寄せつつも、まだ不安げな雛菊の手を繋いで、伝える。
「大丈夫、雛菊さん」
 一緒にキラキラの|一等星《ステラ》になりましょう、と。

第2章 集団戦 『クマぐるみ怪人』



 ステージの舞台袖には大きなクマの着ぐるみが控えていて、必要に応じてアイドルの後ろで踊ったり、マイクパフォーマンスの際にはアシスタントとして活動していた。
 時には可愛らしく時にコミカルに動く姿は、緊張していたアイドルを和ませる存在であっただろう。
 観客のアイドルオタクにも笑いを届けた存在であっただろう。
 だけど、誰が想像しただろうか。
 このクマの着ぐるみが、Anker抹殺計画の一端を担うクマぐるみ怪人であるだなんて――。

 それはイベントのラスト。出演アイドル全員がステージ上に一堂に会したアンコールの真っ只中に起こった。
「くまぁー!」
 突然、両方の舞台袖からステージ内に乱入したのは、大きなクマの着ぐるみたち。
 初めはパフォーマンスの一環かと思ったが、どうやら様子が違う。Anker候補と思わしきアイドルたちに襲いかかろうとしているではないか。
「『サイコブレイド』様の言いつけ通り、お前たちの中の数名にはここで死んでもらうくまぁ。大人しくここで死ねいくまぁー!」
 物騒なことを言っているのに物騒に聞こえない補正がすごいが、突然乱入してきたクマの着ぐるみにアイドルたちの悲鳴で騒然とするステージ。
 
 一方の観客席もざわつき始めていたとしていた。
「え、これ、ガチ……!?」
「演出じゃね?」
「でも、ヤバくね?」
 クマの着ぐるみの様子を目の当たりにして悠長に呟けるのは、彼らがクマボキグルにの脅威をまだ完全に理解できない一般人だからだろう。
 しかし√能力者は瞬で理解する。
 このクマぐるみ怪人こそ、謎めいた外星体同盟の刺客『サイコブレイド』が雇った怪人だ、と。

●マスターより補足
 敵の見た目はファンシーですが、サイコブレイドに従う悪(?)の怪人達です。
 Anker候補を(最終的に)殺すべく襲い掛かってきますので、次々に襲い来る怪人達を蹴散らしつつ、Anker候補を安全な場所まで逃がしてください。

『安全な場所』は色々ありますが、まず、観客席はアイドルオタクの一般人がたくさんいますが、彼らのボルテージはすぐにマックスに達しますので、√能力者が舞台に乱入してもショーの一環だと認識してくれます。なので、アイドルオタクの人払いはお任せいたします。
 アイドルの避難は必須です。ステージ裏には楽屋やリハーサルルームがありますので、そちらに逃すのがいいでしょう。

 第一章で特定の|一番星《Anker》候補のアイドルを応援した√能力者が彼女を守って戦う姿勢を見せると、彼女があなたを覚えて信頼してくれます。
 あなたも彼女のために生きたいと思えば彼女をAnkerに据えることができますので、プレイングで心情をお聞かせ願えれば幸いです。
 第三章はボス戦なので彼女をリプレイに出せません。気持ちは今のうちに伝えておいてください。

 それではプレイングをお待ちいたしております。
アリス・セカンドカラー

 突然のクマの着ぐるみの暴走に騒然とするステージ上。
 赤い双眸を細めてクマぐるみ怪人たちを見回すのは、アイドルとしてステージに立っていたアリス・セカンドカラー(時間と空間を超越する唯一つの窮極的かつ永遠の|『夜』《デモン》少女・h02186)。
 彼女も誰かのAnkerである以上クマぐるみ怪人の格好の餌食なのだが、彼女には秘策があった。
 なぜならアリスは、|人口未知霊体《タルパ》である。故に生身のアイドルたちが狙われるよりは自分がヘイトを集めれば、彼女たちを逃がす時間くらいは稼げると読んだのだ。
 クマぐるみ怪人は後続の√能力者が倒せばいい。
 アイドル衣装からフォームチェンジして魔法少女風の衣装を身に纏えば、魔法少女ショーよろしくクマぐるみ怪人のひとりを指さして、
「さて、この状況をどう料理してあげようかしら?」
 と、挑発的に笑んでみせたアリス。
 これには観客席の――アイドルにも魔法少女にも精通しているオタクたちから感嘆の声が漏れる。
「アイドルでありながら魔法少女!! エモい!」
「俺も料理してくれー!!」
「美味しくいただかれたいー!」
 野太いコールとともに振られるペンライトは、アリスのイメージカラーの赤とピンク。
 一方のクマぐるみ怪人たちはアリスが√能力者ではないことはすでに看破済み。
「お前も√能力者のAnkerくまねー。お前にも死んでもらうくまぁー!」
 物騒なことを言いつつ可愛いポーズを取ったクマぐるみ怪人は、自身の能力と技能をグッと高める。
 しかし、Ankerには技能を駆使して戦う強者がいる。
 アリスはその強者の1人だった。
「その言葉、そのままお返しするわ」
 飛びかかってくるクマぐるみ怪人を防御技術ではっ倒せば、観客席から湧き上がるの太い合いの手。
「くま料理の完成です!」
 この調教されたオタクの合いの手と声援は、アリスの力となる。
 アリスはクマぐるみをぐるり見据え、不敵に笑んでみせた。
「さぁ、次に料理されるクマは、どのクマかしら?」

木原・元宏

 万が一に備えてステージ袖に控えていた木原・元宏 (歩みを止めぬ者・h01188)も、クマぐるみ怪人がアイドルたちに牙を向いた瞬間に床を蹴ってステージ上に飛び出した。
「皆さん、こちらへ!」
 短めで的確な指示と大きな腕振りで彼女たちの注目を集め、ステージ上へと駆け出した。
 √能力者でなければ、この時の恐怖の記憶は徐々に薄れていくだろう。
 ならばアイドルたちにとっては今のこの瞬間は、そのうち忘れる出来事。――取り繕う必要なく彼女たちを逃すことができる。
 そんな一心で避難誘導を行う元宏に声をかける者がいた。
「あなたも危ないですよ……っ」
 先ほどまでステージ上で歌い踊っていたアイドルの1人だ。
 元宏の年恰好から、自分と同い年くらいであろうと思ったのだろう。振り返って彼の身を案じる。けど。
「僕は√能力者なので、傷ついても大丈夫。命懸けでみなさんを守ります!」
 元宏は彼女の方を振り返ることなく敵群を見据えながら答えると、彼女と自分の指し示した方向へと逃げていったアイドルたちに繋げるのは『兆し』。
 彼女たちに接続されたラジオ・リポート・エフェクターで安全な経路を示しつつ、見据える敵はクマぐるみ怪人。
 だが、総勢百人を超える少女たちを逃すのは並大抵のことではなかった。
 彼女たちは厳しいレッスンを乗り越えてきた。故に体力と敏捷性は並の少女たちの日ではないだろう。しかし懸念されるのは、少女が故のか弱さだ。
 厳しいレッスンでフィジカルもメンタルも鍛えられているだろう彼女たち。しかし、まさか怪人に襲われるなどというアクシデントは想定外。
 未だ響きたわる彼女たちの悲鳴と、混乱困惑した気持ちや言葉を上書きするように、舞台裏で一番広いスペースであるリハーサルルームへのルートを示しながら、元宏は声に出す。
「夢を続かせるために僕も命を賭けます。願わくば、夢に届くまで走ってください」
 もちろんこの言葉は彼女たちを安心させるための言葉。
 だが、それは元宏の鼓膜を振るわせ、自分自身をも鼓舞する言葉となる。
 しかしそれを許さない存在がいる。
「おのれ√能力者、余計なことをするなくまー!」
 物騒な物言いとは裏腹に可愛いポーズのクマぐるみ怪人。ぼすぼすとどんくさそうな音を立てながら元宏へと殴りかかってきたが、心に燃える熱情を宿した右手を握り込んで殴りつければ、クマぐるみ怪人は「くまぁー」と叫ぶながらすっ転がっていく。
 そんなクマぐるみ怪人に一瞥もくれず、元宏は未だうじゃうじゃといるクマぐるみ怪人を見据えて叫んだ。
「彼女たちは絶対に殺させない! この命にかけても、お前たち簒奪者から守ってみせる!」

テオドラ・イオネスク

 観客席にいるテオドラ・イオネスク(夜を歩く者・h07366)はわずかにずれたマスクをあげながらステージ上の喧騒を見やると、アイドルたちがクマぐるみ怪人に襲われている。
 愛らしい見た目の割に、Ankerを抹殺するという仕事を仰せつかっているクマぐるみ怪人は、物騒にもステージ上でAnker候補のアイドルたちを追いかけ回している。
 そのクマぐるみ怪人に狙われているアイドルの中に、テオドラが応援していたオレンジ色がイメージカラーの小柄なあの子もいるわけで。
(「物騒だからこそ、こちらも躊躇なく倒せるというもの」)
 テオドラは『|吸血鬼の心得《ノウレッジ》』で狼に変身すると、その機動力を駆使してアイドルオタクたちの頭や肩を渡り、そのままステージ上――アイドルたちとクマぐるみ怪人の間に降り立った。
「邪魔するなくまぁ! その少女からはAnkerになりそうな匂いがぷんぷんしてるのくまぁ!」
 まるで目の前のハチミツを見据え……るような態度で、可愛く威嚇するクマぐるみ怪人。
「あなた達の使命は果たされない。我輩達が阻止するからな」
 テオドラが狼の姿のままクマぐるみ怪人を見据えると、スポットライトを浴びた彼の影から現れたのは、その名の通りの『影蝙蝠』。
 実体がなく浮き上がるように現れたその蝙蝠に、
「――噛みちぎってやれ」
 そう命ずれば、瞬でクマぐるみ怪人を取り囲んでしまった。
「く、くまぁ! なんだこれ! 痛いくまぁ。綿が出ちゃうくまぁ!」
 陰蝙蝠に噛まれ啄まれ、苦痛の呻き声をあげるクマぐるみ怪人。
 この隙にテオドラは、目線をステージ袖へと投げて彼女たちに逃げるように促した。
 この機会にと一斉に駆け出すアイドルたち。だが、ひとり、テオドラの背を見つめる存在があった。
 テオドラが応援していた、あの小柄のアイドルだ。
 胸の前で両の拳を握るその仕草や口を一文字に結んだ表情には不安の色が如実に表れている。
「どうした? あなたもしっかり逃げるといい」
 優しい声で避難を促せば彼女は、髪に結んだオレンジ色のリボンをゆらしてテオドラに頭を下げた。
「……ありがとうございましたっ。このご恩は忘れませんっ」
 恐怖の只中においても震える声で伝えてくれるのは、感謝。
 そして彼女は今一度顔を上げるや、踵を返して逃げる仲間たちの背を追いかけ始めたのだ。
 テオドラはその後ろ姿を見送りながら呟いた。
「…… どうか無事に逃げておくれよ……」
 あなたを見ていると、亡き妻を思い出して懐かしい気分になったのだ、と。

レイリス・ミィ・リヴァーレ・輝・スカーレット
フォーネリアス・ラルクシアン・ドゥーム・瑠璃・スカーレット

「……参ったな……」
 観客席のレイリス・ミィ・リヴァーレ・輝・スカーレット(始祖の末裔たる戦場の支配者オーバーロード・h00326)は、この状況に難儀していた。
 レイリスは完全な後方支援型の√能力者。武器と言えるレギオンだけでは火力不足でクマぐるみ怪人に対抗できる自信もない。
 レインを使えばなんとか戦力にはなれるだろう。しかし、ステージ上には未だアイドルたちが取り残され、観客席にはアイドルオタクたちが犇めいている状態。レイン放出による被害想定は計り知れない。
 もはや万策付きた状態。
 だが、レイリスは少し離れた場所に座る|彼女《・・》の方を見やった。
 自分の能力の範囲内では万策付きた。
 だが、この状況においての幸運は、|彼女《Anker》―― フォーネリアス・ラルクシアン・ドゥーム・瑠璃・スカーレット(もう一人の始祖の末裔たるCEO(妹)・h01575)がいることだ。
 フォーネリアスは技能を駆使して戦うことができる|一般人《Anker》。
 レイリスはオタクたちを掻き分けて、訝しげにこちらを見ているフォーネリアスの元へ辿り着いた。そして、不機嫌に自分を見据える彼女に、真剣な面持ちでこの場で出来うる限りの角度で頭を下げた。
「そういう訳なので力を貸してくれないだろうか? 避難誘導はやっておくから」
 沈黙が続き。レイリスがチラと視線だけ上げると、フォーネリアスは腕組みジト目でこちらを伺っている。
 これはもう少し言葉を尽くすべきか。
「まあ、なんだ。一応レギオンは飛ばしてるから多少の援護は出来るし? ……この状況に一番最適なのは近接格闘なのだ」
 ついでに、|私のAnker《フォーネリアス》をある意味一番安全な状態にする事も出来る。
 そう説明しても、フォーネリアスは渋い顔。
 それでもステージ上の様子が気になるようで、チラチラと視線をあ知多へと飛ばしている。
  ステージ上では、未だアイドルたちが取り残されている状況。もちろんフォーネリアスが推し支援する『ヴぁんぴーる』のメンバーも、クマぐるみ怪人のかわいくも恐ろしい威嚇に怯えている状態だ。
「……アレは同族なのだろう? 上手く誘導しておくさ」
 な? とアイドルたちに目線を飛ばしながら念押しをすれば、フォーネリアスは、はぁぁーっと大きなため息をついて上着を脱ぎ棄てた。
「……仕方が無いな」
 グッと拳を握りクマぐるみ怪人にまず一瞥。そしてレイリスに一瞥くれて、フォーネリアスはグッと拳を握る。
「分かっているだろうな。これは貸しだぞ」
 告げながら滾らせるのは、普段は人間に気づかれぬように封印している始祖の血統。
 それを解放させられる唯一の方法は、レイリスが√能力を行使することのみ。
 フォーネリアスは自身の座席の床をたんと蹴るや、一気に会場の天井付近まで飛び上がった。そして空を蹴って方向転換すれば、一気にステージ上へとたどり着く。
「一つ」
 一足で『ヴぁんぴーる』所属アイドルたちに迫るクマぐるみ怪人の間合いに踏み込み、アッパーカット。
「っ、ぐまぁっ!」
 天高く飛ばされたクマグルミ怪人は重力に逆らえずにペシャリとステージの床に叩きつけられてしまう。
 けど、よろりと立ち上がり、少し歪んだ顔を直しながらフォーネリアスを見据えた。
「お前、√能力者のAnkerなのに、なんでそんなに強――」
「二つ!」
 有無を言わさずもう一度アッパーカット。
 増強された身体能力でただ単に敵に近寄って殴る。あとは敵がいなくなるまで、これを続けるだけ。
 普段は付き合いでジム通いもしているフォーネリアス。だけど勧善懲悪のこの場においては正当に、且つ手加減なく力を振るえる。
 これにはステージ上のクマぐるみ怪人もたじろいでしまう。
「く、くまぁ……」
 フォーネリアスは『ヴぁんぴーる』のメンバーを背に、ぷるぷる震え始めたクマグルミ怪人を殺気立った葵色の双眸でぐっと見据えた。
 よくも同胞を危険な目に合わせてくれたな。
「――貴様ら全員、死ぬまで殴り殺してやる」

 竜宮殿・星乃 (或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)はアイドルグループの仲間たちと共に、リハーサルルームへと向かっていた。
 万が一、楽屋やリハーサルルームに簒奪者がいたときの場合、対処できるようにだ。
 だが舞台裏に簒奪者の姿はなく、たどり着いたリハーサルルームも安全であると確認できた。
 この部屋も安全が崩れる時。それは、√能力者がクマぐるみ怪人を一体でと取り逃した時だろう。
 ならばステージに戻らねばならない。
 と星乃がステージに心を向けたその時。手から伝わる暖かな温もりを感じて不意に振り返った。
 そこにいたのは雛菊。
「星乃さん……」
 それ以降の言葉は続かなかったが、不安げに揺れる大きな瞳と暖かな手が物語る。
 ――どこに行くんですか? 行かないでください。と、伝えていることが。
 星乃は雛菊を安心させるべく、ふわりと微笑んで続ける。
「雛菊さん。私、雛菊さんと一緒にこれからアイドルをやること、とても楽しみなんです。雛菊さんとなら、見たこともないような素敵な景色が見られる……そんな予感がしてます。だから、それを邪魔しようとするヒトたちへ、ちょっと、お仕置きをしてきますね」
「でもっ……!」
 自分を案じる彼女の唇に自身の人差し指をちょんと当てて、星乃はまっすぐ彼女の瞳を見つめた。 
「心配しないで待ってて下さい。私、これでも、結構強いですから」
 そうやって少しおどけて笑う星乃の意思は固い。それに根拠はないけど、星乃ならなんとかしてくれる。
 そう感じたのであろう。雛菊は潤む目元を手の甲で拭うと、自身の小指を立てて星野へと差し出してきた。
「……ちゃんと、私たちの……私のところへ帰ってきてくださいね。約束ですよ?」
 その白く華奢な小指に自分の小指を絡めた星乃は、
「……はい。必ず」
 と、雛菊に無事の帰還を約束し、リハーサルルームを後にした。
 ステージへと向かう廊下を駆けながら顕現させるのは|神聖竜《ホーリー・ホワイト・ドラゴン》。
(「どうか、雛菊さんや他の子達、それに観客やスタッフ、イベント会場に『余波』が及びませんように」)
 そのままステージへと飛び出すや、逃げる時にずれたヘッドセットを直しながら観客席の方へ向き直った。
「本日初舞台の新人アイドル、竜宮殿・星乃です! 拙いですが一曲お付き合い下さい――|竜宮殿式・烈海竜詠唱《ドラグナーズ・フーガ》!!」
 すると、星乃を守るように現れたのは|烈海竜《タイダルウェイブ・ドラゴン》。竜はまるで嵐の海の如く壮絶に荒れ狂い始めた。
 これにはくまくま行進曲を歌ってアイドルに迫っていたクマぐるみ怪人たちも、行進曲を歌うのを止めるレベル。
 しかし。
「そのこわーい竜を、ファンシーにしてやるくまぁー!」
 一体の怖いもの知らずが、星乃目掛けて駆け出してきた。
 歌唱を続ける星乃はそちらをキッと睨みつけると、彼女の傍にいた|烈海竜《タイダルウェイブ・ドラゴン》が深き紺碧に輝く大津波へと変化。あっという間に自身に迫るクマぐるみ怪人を、大量に出現していたミニクマともども一気に押し流してしまったのだ。
 星乃は盛大にこけて押し流されていくクマぐるみ怪人を、ビシッと指差して告げる。
「……|ステージ《そこ》は|アイドル《わたしたち》の居場所です。あなたたちが土足で踏み込んでいい所じゃありません!!」
 |たくさんの星《アイドル》たちが輝く場所は、わたしが守る。なぜなら――。
 一緒に輝きたい|一番星《ステラ》を、見つけたから。
シュネー・リースリング

「待ちなさい!」
 声を上げたシュネー・リースリング(受付の可愛いお姉さん・h06135)が警備員服を脱ぎ捨てると、現れたのは吸血姫だけが着用することを許された大胆なフィッシュテールドレスと、ナイスバディな肉体。
 これにはその手の趣味趣向があるアイドルオタクたちが、早くも歓声を上げたが、シュネーの内心はそれどころではない。
(「こんな定石というかど定番の暗殺者を見落としてしまうなんて、わたしとしたことがなんてことなの! すぐに殺戮を止めなきゃ!」)
 会場警備の任務遂行中にざんざんすれ違ったクマの着ぐるみたちが、まさかの怪人だったとは。
 だが、そんなシュネーの焦りとは裏腹に。知らぬ間に√能力が発動し彼女の|アイドル要素《魅力》が覚醒してしまう。
「え、なんですかこれーっ」
 突然の大変身に戸惑うシュネー。しかし観客席は違った。
 これにはナイスバディが癖ではなかったアイドルオタクたちも、激しく湧き上がったのだ。
「なんだあの子! どこのグループの子だ!?」
「なぜ俺は、最初からあの子を推さなかったんだ!」
「吸血姫ちゃん、可愛いー!」
 などと、超絶賛の声。
 この、オタクたちの歓声がシュネーの戸惑いを吹き消してくれた。
 ならばこれは、演出であると思わせる他ない。
 先ほどまで仲間たちが√能力で戦っていたが、細かいことは、いいんだよ。
 シュネーは観客席に向かってにっこりと微笑みかけて、
「サプライズはクマの着ぐるみとサプライズゲリラライブよ!」
 そう声をかけて『強気で一途な乙女心、そしてわたしの魅力で君を落とすから覚悟してね』的な挑発的でノリノリのアイドルソングを歌い出せば、マイクを通さずにも自身の歌声を会場中に響き渡らせる。
 この歌声にアイドルオタクたちは盛り上がらずにはいられない。
 なぜならこの歌声は√能力だから。
 そして盛り上がっているのは、アイドルオタクたちだけではない。
「うおお、可愛いーサイコーくまぁー!」
 ステージのファンシー力をブチ上げていたクマぐるみ怪人たちも、盛り上がっていた。
 ならば話は早い。
 シュネーは可愛らしいアイドルステップで胸を揺らしながらくるりとターンして見せるとクマぐるみ怪人に近づいた。その際にちらりと見える絶対領域の上に、健全な男の子ならば期待を抱いてしまうだろう。けど、見えそうで見えないのがアイドルなのだ。
 そうやって会場を熱狂の渦へと巻き込みながら、シュネーはクマグルミ怪人に向けてハイタッチをしましょうとばかりに右手を高く掲げた。
 おそらくいつものクマぐるみ怪人なら警戒もしただろう。だけど、今はクマぐるみ怪人もテンションアゲアゲ状態。思わずシュネーの右手と自身のモッフモフの手をモフッと合わせてしまった。
 すると、ステージ上のファンシー力が次々キャンセルされていく。
「えええー! アゲにあげたファンシー力が消えてくまぁー!」
 結局シュネーは一曲歌い上げる間に、クマぐるみ怪人が作り上げたファンシー世界を打ち消してしまったのだ。
 けど、このゲリラライブの幕引きまでのシナリオは考えていなかった。
(「演出っぽくして誤魔化したけど……」)
「吸血姫ちゃーん、名前教えてー!」
「可愛いー!」
「一生推すー!」
 観客席のアイドルオタクは湧きに湧き、ファンシー力をブレイクされたクマぐるみ怪人たちもノリノリで踊る始末。
 ――斯くなる上は。
「……みんな、あとは任せたよ!」
 そう告げて、ステージから捌けるのみ。
 こうしてシュネーは全てが謎のアイドルとして世間を騒がせたわけだが、それはまた別のお話であった。

ステラ・グラナート・ウェデマイヤー

 従弟姪の星詠みから事件の概要を聴き、イベント会場のロビーから二重扉を開け放ってホールへと突入したステラ・グラナート・ウェデマイヤー(|聖火竜の闘士《ケンプファー・フォン・デア・ハイリガーフォイアドラッヘ》・h00134)は呆気に取られていた。
「……アイドルのライブ会場で襲撃とのことでだいたいメチャクチャになるとは思っていましたが」
 想像以上にカオスですね。と青い双眸を向けるのは、会場全体。
 ステージ上では簒奪者であるクマぐるみ怪人が可愛く仕草で踊り、その傍では先ほどまでクマぐるみ怪人に襲われていたであろうアイドルたちが手拍子でステージ上で歌うアイドルに声援を送っている。
 舞台の隅っこでは司会者がマイクを手に茫然とし、そして観客席では全てが謎の吸血姫アイドルのパフォーマンスにアイドルオタクたちが絶叫の如く声援を送っていた。
 さらにステラを驚かせたのは、ステージの上で歌い踊るアイドル。
「ってステージで歌ってるの、シュネーちゃんじゃない!」
 そう。そのアイドルは何を隠そう、彼女が管理する公園で受付嬢として働いているシュネーだったのだ。
 なにしてるのシュネーちゃん……。とは思わなくもなかったが――。
「……とはいえこうなった以上は覚悟を決めるしかありませんね」
 盛り上がっているところに水を差すわけにもいかない。
 ステラはホールの重い扉を閉めると、シュネーのパフォーマンスが終わるまで手拍子で彼女のパフォーマンスを支え始めた。
 そして全てが謎の吸血姫アイドルがステージ袖にはけた瞬間を見計らってステージに上がるステラ。とりあえず未だステージ上にいるアイドルたちに可憐な微笑みを向けて安心させると、
「ステージからは離れて?」
 と彼女たちをステージから逃した。
 あの子たちの避難誘導は、他の√能力者に任せよう。
 ステラは指先に榴弾を生み出すや、ステージの中央へとそれを打ち込んだ。すると爆発とともに爆風の煙幕が上がる。
「うわっ」
「なんだ、またサプライズ演出か!!?」
 観客席からは驚きの声が上がり、ステージ上ではクマぐるみ怪人が爆発によってダメージを喰らい「くまぁ」「くまぁ」声をあげているが、ステラは気にしない。
 この隙に司会者からマイクを奪い取ると、煙が消えてゆくステージ上で幕引きを図るべく麗しく可憐な微笑みを観客席へと向けた。
「本日はご来場ありがとうございました。本公演は全て終了いたしました。今後も彼女たちをよろしくお願いいたします! お気をつけてお帰りください」
 そうアナウンスしながらも、ステラは心の中で大きなため息をつくのであった。
(「……爆発オチなんて最低です……」)

竜宮殿・星乃

 謎のアイドルがパフォーマンスを行うかなり前のこと。

 竜宮殿・星乃 (或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)はアイドルグループの仲間たちと共に、リハーサルルームへと向かっていた。
 万が一、楽屋やリハーサルルームに簒奪者がいたときの場合、対処できるようにだ。
 だが舞台裏に簒奪者の姿はなく、たどり着いたリハーサルルームも安全であると確認できた。
 この部屋も安全が崩れる時。それは、√能力者がクマぐるみ怪人を一体でと取り逃した時だろう。
 ならばステージに戻らねばならない。
 と星乃がステージに心を向けたその時。手から伝わる暖かな温もりを感じて不意に振り返った。
 そこにいたのは雛菊。
「星乃さん……」
 それ以降の言葉は続かなかったが、不安げに揺れる大きな瞳と暖かな手が物語る。
 ――どこに行くんですか? 行かないでください。と、伝えていることが。
 星乃は雛菊を安心させるべく、ふわりと微笑んで続ける。
「雛菊さん。私、雛菊さんと一緒にこれからアイドルをやること、とても楽しみなんです。雛菊さんとなら、見たこともないような素敵な景色が見られる……そんな予感がしてます。だから、それを邪魔しようとするヒトたちへ、ちょっと、お仕置きをしてきますね」
「でもっ……!」
 自分を案じる彼女の唇に自身の人差し指をちょんと当てて、星乃はまっすぐ彼女の瞳を見つめた。 
「心配しないで待ってて下さい。私、これでも、結構強いですから」
 そうやって少しおどけて笑う星乃の意思は固い。それに根拠はないけど、星乃ならなんとかしてくれる。
 そう感じたのであろう。雛菊は潤む目元を手の甲で拭うと、自身の小指を立てて星野へと差し出してきた。
「……ちゃんと、私たちの……私のところへ帰ってきてくださいね。約束ですよ?」
 その白く華奢な小指に自分の小指を絡めた星乃は、
「……はい。必ず」
 と、雛菊に無事の帰還を約束し、リハーサルルームを後にした。
 ステージへと向かう廊下を駆けながら顕現させるのは神聖竜ホーリー・ホワイト・ドラゴン。
(「どうか、雛菊さんや他の子達、それに観客やスタッフ、イベント会場に『余波』が及びませんように」)
 そのままステージへと飛び出すや、逃げる時にずれたヘッドセットを直しながら観客席の方へ向き直った。
「本日初舞台の新人アイドル、竜宮殿・星乃です! 拙いですが一曲お付き合い下さい――竜宮殿式・烈海竜詠唱ドラグナーズ・フーガ!!」
 すると、星乃を守るように現れたのは烈海竜タイダルウェイブ・ドラゴン。竜はまるで嵐の海の如く壮絶に荒れ狂い始めた。
 これにはくまくま行進曲を歌ってアイドルに迫っていたクマぐるみ怪人たちも、行進曲を歌うのを止めるレベル。
 しかし。
「そのこわーい竜を、ファンシーにしてやるくまぁー!」
 一体の怖いもの知らずが、星乃目掛けて駆け出してきた。
 歌唱を続ける星乃はそちらをキッと睨みつけると、彼女の傍にいた烈海竜タイダルウェイブ・ドラゴンが深き紺碧に輝く大津波へと変化。あっという間に自身に迫るクマぐるみ怪人を、大量に出現していたミニクマともども一気に押し流してしまったのだ。
 星乃は盛大にこけて押し流されていくクマぐるみ怪人を、ビシッと指差して告げる。
「……ステージそこはアイドルわたしたちの居場所です。あなたたちが土足で踏み込んでいい所じゃありません!!」
 たくさんの星アイドルたちが輝く場所は、わたしが守る。なぜなら――。
 一緒に輝きたい一番星ステラを、見つけたから。

萩谷・晴美
丹野・脩里

 
「ッ! 脩里、来たよ! 予知通り……ってヤツなんだよね?」
「そうですよねぇ。予知が思い過ごしでした~なんて事そうそう無いですよねぇ!」
 この惨状……というほど惨状ではないが、おおよそ星詠みの予知通りにことが進んだこの状況に、観客席で声をあげたのは、萩谷・晴美(丹野脩里の幼馴染・h02734)と丹野・脩里 (|悪魔憑きの生ける骸《ディーモンホスト・デッドメイデン》・h00506)。
「アイツら止めなきゃ!」
 晴美は今にもステージへと飛び出さん勢いだ。
 対して、脩里は冷静にこの状況を見極める。
 事件が起こることはあらかじめ解っていた。だから二人で会場構造の下調べはやってある。
 この会場の見取り図ももちろん把握済み。
 とにもかくにも、先ずはアイドルたちを逃がすことだ。
「……まぁ他の人たちもやってくれてるっぽいですけど。では、晴ちゃん誘導おねがい」
 もうかなりのクマぐるみ怪人が撃破され、アイドルたちの避難も進んでいる。しかし、まだクマぐるみ怪人は健在だし、アイドルたちの避難も終わっていない。
 きっとステージ袖は大混乱に違いない。
 それに、残ったクマぐるみ怪人もアイドルの後を追いかけ始めようとしている。
 紫の瞳をまっすぐステージに向ける脩里。その横顔に晴美は「うん」と頷く。
「わかった。こっちは任せて」
 晴美が駆け出すと脩里もその後を追い、ともにステージへと駆け上る。
 そのまま晴美はステージ袖で右往左往しているアイドルの元へと駆け寄った。
 「アイドルのみなさーん! 避難はこちらです! 楽屋へ! あのモフモフはとっても危険だから!」
 指で楽屋の方向を指し示しながらアイドルたちに声を掛け、彼女たちが全員避難できるように努める。
 その際も自分が最後尾について、万が一、クマぐるみ怪人が追いかけてきたら通せんぼで阻害するつもりだ。
(「あたしに出来ることは限界があるけど……それでも、脩里が居てくれるから……」)
 琥珀色の双眸で見つめる先には、クマぐるみ怪人と対峙し始めた脩里の姿。
「後は頼んだよ。脩里!」
 そう期待を込めて自身に背を向けた晴美の期待を一身に受け、脩里は自信に憑依している悪魔に呼びかければ、魔焔妖術が発動する。
「はいはい、危ない人は回収したげますよぉ」
 脩里がふひっと微笑めば、ステージ上のクマぐるみ怪人が一斉に回収される。
 が、それをもすり抜けアイドルたちの背を追いかけ始めるクマぐるみもいる。
「こんな餌には釣られないのくまぁ! あのちょっと胸が大きい子はAnkerになりそうな気配がするくまぁ!」
「もしかしてアテクシが気になってるあの子のことを言ってます? なら、容赦なく――」
 脩里はそのモフモフの背をグッと睨みつけると、そのもふもふも自分の元へと回収。そして。
「――シバきますねぇ!」
 変異によって強化された手のひらでパンパンと往復ビンタを喰らわせる。
「いたいいたいくまぁ! もうギブくまぁ!」
 必死で命乞いをする、くま。だけど、こいつらを生かしておいてはアイドルたちの命はいつまでも危ない。
「気になるあの子も勿論だけど、一人だけ生かしたってしゃーないです。
此処はもちろん目指せ全員生存!」
 ふんすと鼻を鳴らしながら、脩里は自身が回収したクマぐるみ怪人をみんな粛清してしまったのであった。

第3章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』


「く、くまぁー……」
 可愛らしくも情けない声をあげて、ぽてんとステージの床に倒れ込んだのは、最後の一体となったクマぐるみ怪人。
 それと同時に、いいものを見せてもらったと観客席が沸いた。
 突然のヒーローショー兼マジカルアイドルショー兼……あとなんだ……。まぁ、会場のオタクたちはクマぐるみ怪人との戦闘を一種のショーだと思い込んでくれたようで、彼らの熱狂は止まらない。
 けど、√能力者の中で一人でも気を抜くものはいなかった。
 なぜなら、観客席の一番後ろ。ロビーとホールを隔てる扉に寄りかかって、エメラルド色の三つの瞳でステージを見ている存在に気がついたからだ。
 ミリタリー風のファッションに身を包み、触手のような手には機械仕掛けの剣を携えてサングラスを掛けた髭面の男――あれは正しく外星体『サイコブレイド』。
 √能力者たちの間に緊張感は走る。
 アイドルたちを逃したとはいえ、観客席には数百数千人のオタクたち。彼らを一斉に避難させるのは困難を極めるだろうから。
 しかし、そんな√能力者の懸念を知ってか知らずか。『サイコブレイド』は√能力者を見据えるや、異形の指をちょいちょい動かして√能力者を誘うと、一人ロビーの方へと出ていってしまった。
 戦場を変えようということなのだろうか。
 彼の思惑を探りきれないままの√能力者はお互いの顔を見合わせあうと、その背を追いかけるべくステージから飛び降りる。
 ある者はそのままロビーへと走り出し、またある者は観客に待機の指示を出す。

 そして全員がロビーへと辿り着くと、季節外れのコートを身に纏ったその男は、くるりと踵を返してルート能力者にその姿をあらわにした。
「これより『Anker抹殺計画』を開始する」
 まるで自分に言い聞かせるように告げる『サイコブレイド』。だったが、その言葉からはクマぐるみ怪人が果たせなかった計画を自らが実行せんとする気概も感じられて。
 
 それは何としても止めなければならない。
 一番星になる夢を追い、叶え。やっと小さな星へと姿を変えた明日の一番星を、守らなければ。
 
 √能力者が各々の獲物を構えて『サイコブレイド』と対峙し始めたその時、不意にコツンと、硬い靴音が床を叩く音がする。
 √能力者がそちらを見れば。なんと彼らが応援し、必死で守り抜いたアイドルたちが立っているではないか。
 
 なぜ彼女たちがこんなところに。
 危険だから、楽屋やリハーサル室に避難して。
 
 そう指示を出そうとした√能力者の発生よりも早く、彼女たちが声を発した。
「ごめんなさいっ。足手纏いになるつもりはないんです」
「あなたたちは……いえ、あなたは、わたしたちを応援してくれて、守ってくれた。……なので今度はわたしが皆さんを応援したくて……」
「お願い、死なないでくださいっ」
 その声は恐怖に震え、体も小さく縮こまってしまっている。
 おそらくその場に立つのもやっとであろう。

 しかし。
 その言葉が、その姿が、√能力者にどれだけの力を与えてくれるだろう。
 どれだけ心に宿る星を輝かせてくれるだろう。

 心に熱いものが込み上げてくる感覚を抱きながら、√能力者は彼女たちを背に布陣する。 
 一方、『サイコブレイド』は。√能力者のためにこのロビーへとやってきたアイドルたちに対して疎ましげな視線を投げる。
 しかし瞬きの後に√能力者に向けるのは、機械仕掛けの剣の切先と敵意の視線。

「……まずは|√能力者《お前たち》を倒してからだ」
アリス・セカンドカラー

 Ankerは、必ずしも人間である必要はない。
 思い出の品であったり、大切な場所であったり、執着したい概念であったり――。
 
 Ankerを抹殺する豪語する外星人『サイコブレイド』の目前に堂々と姿を現したアリス・セカンドカラー(時間と空間を超越する唯一つの窮極的かつ永遠の|『夜』《デモン》少女・h02186)も、誰かのAnkerである。
 Ankerであるアリスが『サイコブレイド』の目前に出でる。それすなわち、「私を殺してください」と言っているようなものだった。
「……また一つ、罪を重ねてしまうのか……俺は――。……だが仕方あるまい」
『サイコブレイド』は機械仕掛けの剣を構えるや一瞬。
 それは暗殺というには大胆な、殺害行為だった。
「あー、肉眼以外では探知できない、と。ん、無理……」
 腹を真一文字に切り裂かれ、こぷっと口から血を吐き倒れたアリス。彼女の存在はこの世界から抹殺されてしまった。
 ともに並んでいた仲間たちが息を呑み、背後に守っていたアイドルたちが悲鳴を上げる中――。彼女の肉体はインビジブルと化し、ふわりと空気中を揺蕩い始めた。
 アイドルたちにはそれを認識できない。だが、その場にいた√能力者はこの現象に驚いたであろう。
 がしかし、『サイコブレイド』は左手で頭を押さえながらピタリと体の動きを止めてしまう。
「……お前……人間ではなかったのか……」
 独りごちる『サイコブレイド』。
 しかし、彼の|中《脳内》ではしっかりと会話が成り立っている。
「|Anker《私》を抹殺したと思った? 残念でした。肉体は仮初、私の主体は精神の方。こうやって脳内に入ってしまえば、探知が無効化されてもなんら問題はないわ☆」
 
 Ankerは、必ずしも人間である必要はない。
 思い出の品であったり、大切な場所であったり、執着したい概念であったり――。
 アリスは、とある√能力者が生み出した|人工未知霊体《タルパ》に、インビジブルが肉体を与えてくれた|Anker《存在》である。
 故に『サイコブレイド』が先程斬り捨てたのは、インビジブル。
 それは罠であり、呪いでもある。

「さてさて、どう料理して欲しい?まぁ希望は聞いてなんてあげないけれど♪」
 アリスがくすくすと妖艶にせせら笑う。
 すると急に力が抜けたように『サイコブレイド』が床に膝をついて苦しみ出した。
「な、何をした……?」
 苦痛に歪む彼の表情は、脳内からは拝めない。
 けど、きっとその表情は官能的なのだろう。
「ではでは、えっちなのうみそおいしいです❤」

シュネー・リースリング

 よろりと立ち上がった『サイコブレイド』に声をかけるのは、アイドル衣装に身を包んだままのシュネー・リースリング(受付の可愛いお姉さん・h06135)だった。
「君、いつから会場内にいたの?」
 自身も職業暗殺者であるシュネーは、『サイコブレイド』の暗殺者らしからぬ不可解な行動に引っかかりを覚えていた。
「最初から|会場内《あそこ》にいたのなら、私たちと差し違えてでも|抹殺できた《目的を果たせた》でしょうに」
 窘める口調と言葉に『サイコブレイド』は、三つのエメラルドの瞳で目の前の娘を一瞥すると、
「貴様に教える義理など……」
 と、わずかに言い淀みながらも再び自身の両脚で地を捉えて機械のような剣を構えた。
「……どうせあなたも不死身の√能力者。引き換えに倒されてもお釣りがくるのに正面から来るなんて、暗殺者らしからぬ見上げた心意気ね」
 何か狙いがあるの? なんてダイレクトに訊いてしまったら野暮だろうから、少し湾曲した言葉を選ぶ。
「何か狙いがあるのかそれとも単に下手を打ったのかわからないけど、その心意気を買ってわたしも正面から相手をしてあげる」
 告げて床を爪先で蹴り駆け出したシュネー。その姿は瞬で変化する。
 フリフリヒラヒラのアイドル衣装は、純白のローブデコルテのロングドレスに。そしてその華奢な手に握られたのは、壮麗な銀色の剣。
 シュネーはその目前に踏み入るや、高い位置で剣を真一文字に降りかぶった。
『サイコブレイド』もほぼ同時に機械めいた剣を低い位置で捌いてみせる。
 が、シュネーの一撃を躱すべく後ろに避けた。
 しかしその髭面に一本引かれたのは、赤い筋。
 やや人間の形を模しているから、血が赤いのだろうか……。そう思いながらシュネーは剣を振って付着した血液を払い落とす。
『サイコブレイド』の一閃が切ったのか太ももの辺りがじわりと痛むが、このくらいならまだ立っていられる。
 シュネーは再び剣を構えてアメジストの双眸で目の前の敵を見据えた。
「本気出すわよ。手練のようだけど遅れは取らないわ」
 対して、
「……面白い。俺を暗殺するかい? セクシーなお嬢さん」
 触手のような手の甲で傷ぐいっと拭いながら、口端を上げた『サイコブレイド』は、自身の剣の切先をシュネーに向ける。
 そこに引っ掛かっていたのは、見慣れた純白の布で。
 切れ端というには相当広い面積の布に、
「え? えっ!」
 足元を見れば、美しい太ももが顕になっていた。
 しかもアイドル衣装の時よりもスカート丈が短い。少しでも派手に大立ち回りを繰り広げようものなら、セクシーなランジェリーも見えてしまうほどに。
 これにはシュネーも手に剣を携えたまま、空いた手ですっかり短くなってしまったスカートの裾を掴んで抗議する。
「ちょっ……! お気に入りのドレスだったのよ? どうしてくれるのよ!」
 君だけは……絶対に、絶対に殺す!!
 頬を高調させながら、シュネーは目前のおっさんを睨みつけるのだった。

木原・元宏

 人々の応援を受けてキラキラと輝くのがアイドルならば。
 人々の声援を力に変えられるのは、√能力者。

 命を賭けても守ると誓った彼女たちが、今、自分の姿を見守ってくれて、応援してくれている。
 これ以上心強いことがあるのだろうか。
 √能力者冥利に尽きることなんて、あるのだろうか。
 心を震わせるものは心。
 そう信じているからこそ木原・元宏 (歩みを止めぬ者・h01188)は、揺るぎない思いを胸に大剣の柄に掛けるのは、戦うために手に入れた灰色の右腕。それをさらに強く輝かせれば、義手はコンセントレーションモードへと変化を遂げた。
「僕は、守るためにあなたを倒します」
 と、アイドルたちを背にしたまま外星体『サイコブレイド』に告げるや、暗殺の体制を取る目前の簒奪者に正面から切り掛かる。
 相手の移動力と戦闘力は三分の一となった一方、元宏の攻撃回数と移動速度は四倍。
 とはいえ、相手は星霜を生きた極めて強力な王権執行者。まともに当たりあってはその体に傷一つつけるどころか、逆に倒されてしまう。
 だけど元宏はその度に起き上がり目の前の簒奪者を睨み、傷口を拭い、何度も切り掛かる。
『サイコブレイド』は元宏の執念に、
「……なぜ……」
 と漏らすが、そこから続く言葉を紡がない。
 故に何を問われたのかは想像するしかないのだが、元宏は自分が剣を振るう理由を示す。
「この命がある限り意志は消えない……。俺の使命は命懸けで彼女たちを守ることだ!!」
 その時だった。
 背後で元宏の背を見守っていたアイドルたちが、恐怖に震える声でも声援を送り始めてくれたのだ。
「……ありがとう……!」
「頑張って……!」
 その言葉が、想いが、どれだけ自分を強くしてくれるだろう。
 彼女たちは本来、戦いとは無縁の存在。故にこうして人が戦い血を流す姿など怖くて見ることすらできないだろう。
 だけど、今は自分たちを応援するためここにいてくれる。
 言葉をくれる。
 それを思うだけで、力が漲る。
「僕はみなさんのステージでの活躍を通して、勇気をたくさんもらいました。今度は僕がその勇気をお返しする番です」
 元宏は振り向くことなく彼女たちに応えると、自分の身長ほどの大剣の柄を灰色に輝く右手で握り込んだ。
「再び戦いの場に帰って来れたのはこの右腕のおかげ。今度こそ命を賭けて未来を掴む!」
 叶わなかった自分の夢も、夢が叶い新たな夢へ問いかけ出す彼女たちの未来も、新たに描けるようになった自分の未来も――。
 万感の思いを込めて振り上げた大剣を一気に振り下ろせば、先ほどまでの気迫を失い明らかに苦悶の表情を浮かべている『サイコブレイド』の身体を一気に叩き斬ったのであった。

ステラ・グラナート・ウェデマイヤー

 ステラ・グラナート・ウェデマイヤー(|聖火竜の闘士《ケンプファー・フォン・デア・ハイリガーフォイアドラッヘ》・h00134)は、アイドルたちを背に庇いながらもサファイアの如き青い双眸で『サイコブレイド』の戦闘スタイルや身体の使い方などを観察していた。
「……この感じはパワーファイターというよりはスピードとテクニックに長けた巧者かしらね……」
 そうなると動きを掣肘していくのが得策だろうか。
 幸にして守るべき一般人は、√能力者へ声援を送るためにロビーへと集ったアイドル数人。しかも皆物陰にしっかりと隠れてくれているから、万が一にも備えやすい。
「――では、派手にいこうかしら」
 そう意気込んで強気に微笑みはしたが、心の中でこの会場のオーナーやイベンター、スタッフに「ごめんなさい」と謝りつつ。ステラが、暗殺の体勢をとった『サイコブレイド』に仕掛けるのは、|聖火竜流星撃《ハイリガーフォイアドラッヘ・メテオア・アングリフ》。
「受けてみなさい! これが|聖火竜の闘士《ケンプファー・フォン・デア・ハイリガーフォイアドラッヘ》の力です!」
 告げて利き手を『サイコブレイド』に突き出せば。手のひらから噴き出すのはドラゴンブレスを彷彿とさせる灼熱の炎魔法。
「っ……!」
 これには『サイコブレイド』もステラに切り込むことができない。熱波に行手を阻まれ、その簒奪者は顔を顰める。
 が、これだけでは終わらない。
 突如として、『サイコブレイド』を捕縛するかのように爆風と炎の壁が現れ、ただでさえ暗殺体制で移動力と戦闘力を落としているというのに、完全に動きを封じられてしまった。
 その上、ステラの背後ではアイドルたちが彼女に声援を送ったり心配の眼差しを投げたりしている。
 それを目の当たりにし、明らかに苦悶の表情を浮かべる『サイコブレイド』。
 誰かのAnker候補の彼女たちに思うところがあるのはよくわかるが――。
「――余所見厳禁よ!」
 ステラはその細腕に似つかわしいとは言い難い大剣を振りかざすや、その身体へと一気に振り下ろした。
 それは竜の牙の如く重く鋭い一撃で。機械じみた剣を振るって対抗した『サイコブレイド』の一閃を、弾いてしまう。
 なんか黒いから炎の背景によく映えるだろう。そしてただでは倒させてくれないだろうが、アサシン系であれば不意打ちさえ受けなければどうとでもなるというステラの読みは当たり。
 三つのエネラルドの瞳で自分を恨めしそうに見据えるその男に、未だ炎を纏うステラは、こう告げるのであった。
「あなた、暗殺向いてないんじゃない?」

テオドラ・イオネスク

 √能力者に声援を送るべくロビーに来てくれたアイドルの中には、あのメンバーカラーオレンジの小柄な彼女の姿もあった。
 彼女を含めたアイドルたちを背に守りながらも、テオドラ・イオネスク(夜を歩く者・h07366)は『サイコブレイド』を静かに見据えていた。
(「なんとも奇妙な状況であるな」)
 奇妙な状況。それは、誰かのAnkerとなり得るアイドルたちが、よりのもよって Anker抹殺計画の首謀者である『サイコブレイド』の目前に現れたことだ。
(「彼にとってもアイドルがやって来るのは想定外だっただろう。それにしても、彼はこの好機を前にしても我輩達を優先して狙うつもりか? ……難儀なやつだな」)
 その難儀なやつ――『サイコブレイド』は、三つの瞳でテオドラを見据えると、改めて得物である機械じみた剣を構える。
「厄介なのはあの剣か……」
 ならば。とテオドラが変身したのは、蝙蝠。
 体躯が小さくなった分、特に回避と機動力が格段に上がる。
 一方の『サイコブレイド』は蝙蝠となったテオドラから一瞬だけ目線を外した。
 その一瞬に彼が一瞥をくれたのは、人一倍テオドラを心配そうな表情で見つめているメンバーカラーオレンジの彼女。だったが、テオドラが蝙蝠と翼で苦悶の表情の『サイコブレイド』の視界を遮った。
「あなたの相手は我輩のはず。彼女には指一本触れさせない」
「……くっ!」
 相変わらず苦悶な表情の『サイコブレイド』は一歩後ろへ下がると、テオドラを斬らんと得物を大きく振るい始めた。
 その攻撃は高命中率のはず。だったが、良くてテオドラの飛膜を掠めるだけ。しかもテオドラを叩き落とす致命傷も与えられない。
 明らかな戦闘力の低下が見られたのだ。
 ならば今がチャンスだろう。
 テオドラは蝙蝠姿のまま方向転換。自分を叩き斬ろうと若干自棄になりかけている『サイコブレイド』をアイドルたちから離れた|とある《・・・》ポイントまで誘き寄せると、自身の変身を解いた。
 あとはわずかに念を込めれば、『サイコブレイド』を襲うのは『赤い呪符』由来の痺れ罠。
「……!」
 麻痺で動け無くなる『サイコブレイド』を次に襲うのは、腹腹時計により爆破だ。
 破裂音と共に爆炎が上がり、煙幕が立ち込める。
「……こんな罠を、いつ仕掛けた……?」
 未だ晴れない煙の向こうから尋ねられたテオドラが手のひらを上に向ければ、その手のひらの上に戻るのは影蝙蝠。
「蝙蝠に変身した時に、呪符と時計を仕掛けてもらったんだ」
 影蝙蝠がばさりと風を起こせば爆破の煙が徐々に晴れ、見えたのは膝をついて自分を見上げる『サイコブレイド』。
「……なかなか卑怯な手を使う……」 
「我輩のやり口の方が卑劣かな? 消火もきちんとするつもりだ、安心しろ」
「……安心、だと?」
 テオドラの言い草に眉を顰めた『サイコブレイド』。
 対してテオドラは、
「我輩も民間人を巻き込みたくないのは同じだから」
 とマスクの位置を直しながら呟いて、チラとアイドルたちに若葉色の瞳を向けた。
 真っ先に視界に入ったのは、オレンジの彼女。
 彼女はテオドラの優勢をその目で確認すると、安堵の笑みを見せたのであった。

丹野・脩里
萩谷・晴美

「あーもう、楽屋へ行っといてって言っといたのにぃ!」
 丹野・脩里 (|悪魔憑きの生ける骸《ディーモンホスト・デッドメイデン》・h00506)は戦場に集ってしまったアイドルたちの方に目線を投げながら、困惑の表情。
 だけど、集まってしまったのは誰かのAnker候補たち。
 その中には脩里が見つけたあの巨乳のお姉さんもいて。
「……けど、ありがとうございます。その、はい。すごく……嬉しいです」
 と心配そうな眼差しに手を振ると、キリッとした表情で見やるのは『サイコブレイド』。
「どーして来ちゃうかなぁ!」
 萩谷・晴美(丹野脩里の幼馴染・h02734)も一瞬は頭を抱えたけど、彼女たちの気持ちもわからなくはない。
 いや。痛いほどわかる。
 それだけに、彼女たちに「楽屋やリハーサル室に戻れ」とも怒れない。
「……あーもう!」
 ここは自分も腹を括るしかない。
 晴美はアイドルたちの元まで駆け寄ると、『ここから前には出ないように』と腕を広げて示して、彼女たちに告げる。
「こうなったらアイドル御一行様はかぶりつきて御覧になってってください! で、応援してあげてくださいねっ!」
 今は力を持たない晴美だけど、アイドルたちを守れる程には腕に覚えはある。
 万が一こちらに攻撃が及んだら、自分が盾になって彼女たちを守ろう。
「そーいう事なんで! アイドルの皆にはイザって時の為にあたしがついてる! 脩里! あとなんか戦ってくれてる皆さん! ぶちかましたってください!」
 と、や他の√能力者を応援する晴美の思いも、誰かのAnker候補であるアイドルたちと同じであった。
 この声援が、戦う脩里の力になることを信じている。
 そして願わくば。
(「相手さんってこう……騎士道精神とか紳士協定とか、そういうの通じるタイプの人だったらいい……!」)
 |晴美《Anker》の声援を一身に受けた脩里は、苦悶の表情を浮かべ機械の剣を構えた『サイコブレイド』見据える。
 一方。
「……俺の邪魔をするな……!」
 血を這うような唸り声を上げた『サイコブレイド』は、その得物を手に脩里の元へと駆け出した。
 硬質な床を蹴る音とその屈強で異質な存在が徐々に近づいてくる中。
「言うてやる事自体はそんなに大きくは変わらないんですケド……ちょっとホンキ出しますよぉ……!」
 心の準備だけしといてくださいねぇ……。と告げる脩里が自身の憑依する存在に呼び掛ければ、彼女の姿が徐々に異形へと変化していく。
 元々血色のない色白い肌は徐々に青白くなり、額に生えるのは二本の鋭利な角。少女然とした肉体に筋肉が隆起し、肩や腕にも棘が現れる。
 さらに瞬き一つで紫だった瞳が一変――燃えるような赤に変われば、その身に纏うのは青白い稲妻。
 これが脩里のインビジブル化だ。
 その後ろ姿を目の当たりにし、晴美は思わず生唾を飲み込む。
(「……脩里の姿が、おおきく変わった。あたしの知らない脩里だ……」)
 だけど――。
「さて、三つ目の殺し屋。お引き取り願おうか。他の皆ともやり合って解ったんじゃあないかな? ――勝てんぜ君は」
 口調も変化し床を蹴り出すや『サイコブレイド』と組み合った脩里。
 その口調に、晴美の胸はグッと締め付けられる。
(「……コッチは知ってる。前から脩里ってガチになると“ああなる”から……」)
「頑張って…… 脩里!」
 |晴美《脩里のAnker》の声援を耳にした『サイコブレイド』がぐっと顔を歪めた瞬間を、脩里は見逃さない。
 それでも斬りかからんと振るわれた刃を強靭な腕で跳ね除けると、
「――誰も殺らせない。目指すは『完封勝利』だ……!」
 告げながら魔焔妖術を纏った掌で相手の胸ぐらを掴むや、一気に投げ飛ばしたのだった。

シュネー・リースリング

 仲間たちが次々と『サイコブレイド』と組み合っていく中、シュネー・リースリング(受付の可愛いお姉さん・h06135)は硬質の床に落ちている純白の布に目を落としながら|後ろ《ヒップ》を押さえて、ふるふると震えていた。
 あの布はシュネーのドレスのスカートであった布。
 今、顕になっている太ももを覆い隠していた布である。
「……絶対に、絶対に殺す!!」
 顔を上げて『サイコブレイド』をギンと睨みつけるその様子に、普段の柔和な雰囲気はすっかり消え失せていた。
「嫁入り前の乙女の柔肌を切り裂くばかりか、公衆の面前に晒すとか……万死に値するわ!」
 ここに居合わせている大半が女性だからいいものの、これをホールで待機させているオタクの前でやられたら、万死に値する以上の万死である。
「君に吸血姫の本気ってのを見せてあげる!」
 シュネーは|消防斧《ハチェット》を構えると、アメジストの瞳に敵意を宿した。
 本当は今すぐ組み掛かりたい。けど、今はその気持ちをぐっと堪える。
 一方の『サイコブレイド』も得物の剣を構えると、
「……面白い。その格好でやれるものなら、やってみたらいいさ」
 と、床を蹴って走り出し、シュネーの目前でその剣を振り上げた。
 が。
 シュネーはその懐にあえて飛び込むと、全力の殺意をのせた|消防斧《ハチェット》を、その髭の下顎目掛けて一気に振り上げた。
「ぐっ!」
 中年男然とした唸り声と共に『サイコブレイド』の顔が衝撃で天井を向く。
 この間、シュネーは細かいレースの装飾が美しい純白のセクシーランジェリーを隠すことなく攻撃を仕掛けたわけだけど、天井を向いてしまった『サイコブレイド』にその勝負下着が見えたはずもなく……。
 まさに恥も外聞もかなぐり捨てた一気呵成の攻撃。
 それは10代少女の姿をしたシュネーの細腕から繰り出されたとは思えない威力で、『サイコブレイド』は思わず後ろへ2歩、3歩と後ずさってしまった。
 本懐を遂げたら、あとは戦場から離脱するのみ。
 シュネーは闇を纏い隠密状態になると、体勢を立て直し際に剣を振り下ろした『サイコブレイド』の攻撃を、白銀の剣で捌いてみせる。そして闇を纏ったまま、下顎から鮮血を滴らせる彼から距離をとった。
 彼からは闇を纏ったシュネーの姿は見えない。けど、さすがは暗殺者。気配でシュネーが離脱を試みていることを察知していた。
「……逃げるのか?」
『サイコブレイド』のその問いには素直に「えぇ」と答えるシュネー。
「これでも一応プロだからね。王権執行者をサシで倒せるなんて夢見る乙女じゃないの」
 オンオフのメリハリは効かせていくわ。と言い残し、イベント会場の出口へと走った。
 敵の体力は削いだはずだ。
 あとは――。
(「みんなから良い知らせが届くのを期待してる」)
 |アイドル《Anker候補》たちと心を通わせた√能力者に任せるとしよう。

レイリス・ミィ・リヴァーレ・輝・スカーレット

 |Ankerである妹《フォーネリアス》をホールに残し、ロビーに立つのは、レイリス・ミィ・リヴァーレ・輝・スカーレット(始祖の末裔たる戦場の|支配者《オーバーロード》・h00326)。
 妹なら万が一、自分たち√能力者に何かあればうまく対応してくれるだろう。という信頼を胸に、ダメージの蓄積著しい『サイコブレイド』と対峙する。
 幸いにして、守るべき一般人はロビーや舞台裏よりも圧倒的に少ない。
 妹が|推《支援》しているアイドルグループのメンバーたちはきていない。
「この状況なら何とでもなるさ」
 アイドルたちを背に守りながら自信に満ちた表情でニッと笑んだレイリスは、能力を駆使せんと静止している『サイコブレイド』――の背後に広がるロビーの風景に目を移す。
 対する『サイコブレイド』は、先のクマぐるみ怪人との戦闘も見ていたであろう。
「貴様に何ができる?」
 と、明らかに値踏みをしたような表情をレイリスに向けていた。
「舐めてもらっては困るな」
 挑発的な視線を相手に送るレイリス。
 実は彼女は、能力を演算に割り振った √能力者。故に直接攻撃することはできないだけ。
「|いつも《・・・》の手はすでに切れる」
 と真紅の瞳で見据える先は、|『サイコブレイド』の足元《指定地点》。
「――絶え無き驟雨の如く撃ち付けよ」
 告げれば展開されるのはレギオンとレイン砲台。
 この√能力を使うため、会場入りする前にロビーの構造は把握済み。
「――不絶驟雨――!!」
 レイリスの号令と共にレイン砲台から放たれたのは、光の弾幕。
 光はロビーの大理石の壁やガラス扉や自販機……、そしてレギオンを反射板にして、|狙った地点《サイコブレイド》に光――レーザーを収束させる。
「今まで何もしていないとでも思っていたのか? 私が何もしていない時など無いさ」
 だが『サイコブレイド』はその弾幕を抜け、レイリスを近接攻撃で狙える位置まで跳躍してきたのだ。
 その剣に宿すのは外宇宙の閃光。
 レイリスは咄嗟にプロテクトバリア『|鎮圧領域《サプレッションレディアス》』を展開してその猛攻を躱すと、一旦自分から離れたが即座に暗殺体勢をとり駆け出してきた『サイコブレイド』に対し、
「チェックメイトだ」
 と告げた。
 すると、『サイコブレイド』の身体に異変が起こる。
 彼の体を、火傷のような強烈な痛みが走ったのだ。
 これは先ほどのレイリスの√能力『|不絶驟雨《ブレイクレスチェイン》』由来の痛み。レーザー攻撃を受けている間の彼は宇宙エネルギーチャージ中。故に、そのダメージが今適用されたのだ。
 そのタイミングで放たれるのは、|天を裂く者《シューティングスター》5機による一斉狙撃。
「ぐ、あぁぁぁっ……!」
 ダブルでダメージを喰らった『サイコブレイド』も、これには呻き声をあげて床に片膝をついた。
 鮮血がぼたぼたと床に落ち、もうすでに満身創痍。
 レイリスは苦痛の表情で自分を見上げる『サイコブレイド』に対し、至極冷徹な視線を投げた。
「私に計算をする時間を与えると、こういう結果にしかならんよ」

竜宮殿・星乃

「……星乃さん……っ」
 背後に聞こえるのは、恐怖と不安と心配で震える雛菊の声。
(「……背後には雛菊さんがいて、わたしを応援してくれる」)
 それを実感するだけで、頑張れる。
 どんな敵にも挑める気がする。
 例えそれが、王権執行者だとしても――。
 竜宮殿・星乃(或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)は自身の胸に燃えるように輝く|星《こころ》を強く感じると、目の前で暗殺の体勢を取り剣をギラつかせ始めた簒奪者・外星体『サイコブレイド』をぐっと見据えた。
 先ほど『サイコブレイド』は、√能力者から倒すと言った。
 けれど、アイドルたちに危害が及ばないだなんて思っていない。
 ここは戦場、本来ならば力を持たないアイドルたちがいていい場所ではないからだ。
 けど、雛菊や他のアイドルたちが星乃や√能力者を応援するたび、『サイコブレイド』は苦悶の表情を浮かべながら調子を狂わせていく。
 Anker候補がこの場で√能力者に声援を送ることで何らかの作用があるとするならば、彼女たちの力を借りる他ないだろう。
 大丈夫。
「――|彼女《雛菊さん》の安全は私が絶対守ります! 勿論、他のアイドルの皆も!! 『サイコブレイド』、あなたは絶対、私の後ろには進ませません!! ――彩氷竜顕現! 舞い上がれ、ダイヤモンドダスト・ドラゴン!!」
 唱える星乃の傍に現れたのは、宝石のように瞬く氷の粒を纏わせる|彩氷竜《ダイヤモンドダスト・ドラゴン》。
 願うのは『サイコブレイド』の撃破。
 だが今『サイコブレイド』は肉眼以外のあらゆる感知を無効化している。それは魔術も例外ではなく、もしかしたら彩氷竜の瞳にその姿は映っていないかもしれない。だとすれば苦戦を強いられることとなるだろう。
 ならば私が彩氷竜の眼になればいい。
 星乃が自身の右目に竜漿を集中させると、右目に宿すのは紫色の炎。
 その瞳で『サイコブレイド』を見据え、彼の隙を暴き始めた。
 『サイコブレイド』はただでさえ移動力と戦闘力が6分の1となった状態で。その上、ロビーに集ったAnker候補たちの眼差しに苦悶の表情を浮かべている。
 その表情の奥には事情があることは、ここに集う√能力者全員が知るところだ。
「……あなたにも何か、事情があることは聞いてます。それでも――今は私の大切な人を守る為、その命、貰い受けます『サイコブレイド』」
 星乃が告げる。
 しかし、
「……知ったような口を利くな……!」
『サイコブレイド』は、その迷いすら振り乱しながら、星乃を斬らんと床を蹴って駆け出してきた。
 だが、その暗殺行為はAnker候補によって阻止される。
「……星乃さんっ……!」
 星乃の後ろで雛菊が、星乃を案じて呟いたのだ。
 すると『サイコブレイド』の意識が一瞬だけ雛菊の方へと向かう。
 その『隙』を星乃は見逃さなかった。
「っ、今です! 彩氷竜!!」
 星乃が命じると、彩氷竜は氷の粒を輝かせながらその身いっぱいに息を吸う。その刹那、『サイコブレイド』に向かって吐き出されたのは。氷の粒子。
「……ぐ、あぁぁっ!」
 すでに満身創痍であった『サイコブレイド』。
 一旦は防御体制を取るも、その身は氷の粒子に完膚なきまでに切り刻まれ――ついにはその硬質の床に伏してしまった。

 そこに集う√能力者全員で脅威が消え去ったことを確認すると、星乃はふと雛菊の方を振り返る。
「大丈夫でしたか、雛菊さん」
 未だ少し硬い表情の彼女に微笑みかけながら星乃が歩を進めれば、雛菊もゆっくり歩き出し。星乃の前にたどり着くなり、ポロポロと涙を零し始めたのだ。
「……よかった……。星乃さん、無事だった……」
 未だ震える声に乗る安堵の感情。
 星乃はその身体をそっと、だけど愛情と力を込めて抱きしめた。
「雛菊さんこそ、無事で良かったです! あなたは私の|一等星《ステラ》ですから……!!」
 これからも私が守ります。
 そう、想いを込めながら――。

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