シナリオ

ただ眠るべきルー・ガルー

#√EDEN #√マスクド・ヒーロー #Anker抹殺計画

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√EDEN
 #√マスクド・ヒーロー
 #Anker抹殺計画

※あなたはタグを編集できません。

●霊域指定地帯のインビジブル
 これらのどれかが大当たり。
 木を隠すなら森の中、そうだな。鉄則だ。
 だがその考えは見破れないことが前提。
 俺の目はそんな誤魔化しなど見通しちまうんだよな、これが。
「可能性があると暴かれた事が運の尽きだ、わかるな?」
 まだ、誰かのAnkerですらないモノよ。
「いくつも別れようが、本体は一つ。分かってんだ、俺には」
 外星体『サイコブレイド』にとって、見分けることは造作もなく。
 その場に複数のAnker候補が在ることも、見通した。
「こんな寂れた場所に隠すこたァなかったろうに」

●三億円のインビジブル
「きみ、祠とか因習村とか……そういうの詳しい人?」
 アレスター・ペクスパンテーラ(彷徨の歌・h06027)は言葉を選んでいる。
「"Anker"もしくは"Ankerに成りうる者(Anker候補)"を暗殺しようと動く、外星体同盟の刺客『サイコブレイド』の出没に関する話なんだけど……そうだね。まず対象は大きく分けて『2人』と言わせてもらうよ。『|見えない怪物《インビジブル》』でね、√能力者の成れの果て――知性はもう喪われているから、危険なものではないんだけど」
 まるでトビウオのような姿で揺蕩っている因習村の|霊域指定地帯《インビジブル》。
 そして、霊域指定地帯から離れず揺蕩う|三億円《インビジブル》。
「言いたいことは在るだろうけど、一旦、もう『1人』については保留するよ。……該当の場所で昔、何があったかはぼくが調査する限り定かではない方なんだけど、簡単に言ってしまうと――世捨て人が居たらしいかな。その人は、三億円にも至る夢を抱いて色々やらかしたそうだけれど、壮絶な別れと死が最終的な顛末となって、霊域指定地帯に漂っている。控えめにいって亡霊に違いない存在だけど、世捨て人はさ、……辿り着く迄に霊域指定地域を補強する"祠"を壊してしまっていてね」
 短いため息。
「封印の要石でもあった祠が欠けた事で、|世捨て人《インビジブル》はどこにもいけなくなった。控えめに言って人柱として機能している、とも言えるね。壊された祠は現在、墓標のように時々点在して、√の隙間を彷徨っているのだとか。該当の祠を見つけて追いかければ秘された霊域指定地域へ、たどり着けるという話になるんだけど……」

 外星体『サイコブレイド』は、目ざとく見つけ、殺そうとしている。
 そう――|三億円《インビジブル》を。
「……うん、回りくどくなったね。結局のところ、今回殺される予知を感じるのは、因習村でもある霊域指定地帯――の中に紛れ込んでしまっている|三億円《インビジブル》のほうさ」
 色んな可能性のAnkerが関わっているせいで見えづらいのだけれど、とアレスターは続けて、ぽつりと呟く。
「それは、所謂誰かの"夢"の残滓なのさ。世捨て人のかもしれないし、他の誰かのものかもしれない。|三億円《インビジブル》を殺されると、困るのは――夢見た誰かの希望くらいだろうけれど、誰かの手元にはない多額のお金の概念は、そこに確かにあるのさ。まあ……多額の夢を救うってきっと、良いことだと思うよ?」

マスターより

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?

第1章 日常 『通りすがりに祠を見つけた。』


百目鬼・天巫

●標的はただ一つだけ

 ――三億円が、殺される?
 |百目鬼・天巫《どうめき・あまみ》(真眼怪人「サイクロプス」・h02219)の耳を疑ったと言わんばかりに渦巻く感情は、仕方がないものだ。
「三億円を殺そうとしてくる奴をぶっ飛ばせばいいんスよね?」
 深いことは横に置いておこう。難しく考えるより、|簡単《イージー》に。
 殺される可能性があるというのだから、在る話なのだ、きっと。やるべきことを最適化し、やってやる!と意気込む天巫はこの場に置ける"異常"を探る。
 人、人、人――通りかかるモノはごく普通。
 碧の空にふわふわ漂うインビジブルも、いつもと変わらぬ空魚が大漁であった。
 ――長閑!これは長閑っす!
 因習村へ行くにはナビゲートが必要だ。霊域指定地域――つまるところが、封印されている場所。
 そう簡単に余人が訪れる事ができない、秘境なのだから。
「祠、祠っと――どこっスかー!」
 確かに町並みの中に紛れ込む怪しいモノはたまに紛れている。
 どれもがインビジブルで一般人には認知されないが、能力者と思われる人々に視線を投げられている場所を見つけるのに苦労などはなかっただろう。なにしろ、視線の先へと急いでいけば明らかに半壊の祠が横断歩道の中心に佇んでいるではないか。あんなに目印に相違ないものを見間違えるはずもない。
 ――これが噂の!『祠を壊したんかっ!』ってやつっスね!
 天巫がテンションをガッとあげたのは無理もなかった。
 祠といえば、整った体裁を持つものであるはずだ。風紀の悪い学生とかに壊されそうな、いかにも壊しても良さそうな面積を獲得しているもの、のはずである。
 ――明らかに蹴り壊された感がすごいっす!
 普通の祠として立っていると思い込んでいるように見えるものの、その表面ががらがらと時折崩れるインビジブル体の祠なんて、そう滅多にお目にかかるものではない。
 ――しかも、謎の動力で動いてるっす!なにあれ!!
 浮遊でもしているのか、確かにたまに動いているのだ――半壊の祠インビジブルが。
「おーい、祠ー!見つけたっス!」
 呼び止める方法として適切な声掛けに、雰囲気から悟れる何だと言いたげな静止。
「ちょっこコツンって触るくらいっスから逃げるなっス!」
 あれはきっと、天巫の満面の笑みだった。気合を入れるために両手のガントレットをガッツンガッツン打ち鳴らし、鈍く重々しい金属音が爆ぜる。鳴らし続けながら歩み寄る姿から、想像するに固くない光景をインビジブルは我が身に予期してしまった。

 こ わ さ れ る !?

 サァーーっと周囲の気温が下がるような|感覚《幻覚》。相手がヒトであったなら、顔色を悪くした、という言葉がよく似合ったことだろう。後ろへ後退。ジリジリと、接近より多く移動する祠は一目散に統べるように後方撤退を開始した。祠が逃げる!ある一定の方向へ、ただひたすら逃走するのだ。なんだこの光景――目を疑う光景のなかでも、天巫はテンションがガンガン高まった。
 ――さあ鬼ごっこの開始っす!
「アタシの……サイクロプスの目から逃げられると思うなっスよ!」
 |一目開眼《アウェイクン・アイ》がキュピーンとレンズが輝き、標的をロックオン。
 どんなに逃走が早かろうが見失うことはない!追跡されてる!!と祠は慌てて逃げ続ける。留まったなら祠自身どうなるか想像がつくのか止まることも振り返る(?)こともしない。
 ただ一目散に逃げ続ける!
 この逃避行は、端から見れば一つ目怪人が何かを追いかけているように見えるものの――他の誰にも、何をテンション高く追いかけているか見て取ることは出来なかった。
 ただ、何かを追いかけ――何かを破壊しようと楽しそうな雰囲気だけが散見された。

御嶽・草喰

●弱きは決して襲わない

 ――サイコブレイドと一度戦っておくべきだな。
 今回の事件は、数ある一つでもあると聞く。ただ|御嶽・草喰 《みたけ・くさばみ》(草|喰《は》む狼・h07067)は考えるのだ、もし自身のAnkerに手を出されることがあるのなら、と。そのときに対する備えこそは必要だ。
 ――どの様な戦いをするのかを、知る為だ。
 言い聞かせる想いも相応にある。
 なにしろ、"戦い方"を披露するのはこちらも同じ条件となるからだ。
「聞けば向かうべきは、人狼を作ろうとしていた村だとか?」
 人工的に作ってどうなる。それでどうするというのか。
 人狼集団という権力ある群れの補強か?作り上げることに成功したのなら村は相応に権力を有したのだろうし、成功しなかったのなら作り上げてしまった命悲しき個体に食い荒らされた可能性も伺える。
「……まあ真相など知りたくもないが」
 人狼が作られるべき元が狼であれ、元が人であれ人口キメラに他ならず、ニホンオオカミ視点ならいい気分にはならない。狩り場を知らぬ人口の獣が居るのなら、ただ暴れるだろう。強きも弱きもお構いなしに。
「人も狼もろくな目に遭わなかったに違いない」
 草喰はするりと草原を通り抜け、ふとした拍子に標的を見つけた。
 誰も訪れる気配のない場所にただ立つ祠を。
 道しるべもなく、突然農道のど真ん中に立ちすくんでいるのだ。それは誰かの目を逃れる為に移動する個体――すなわちインビジブル個体の祠であると薄っすら悟ることは容易かった。
「全く、そんなところに佇んで。祠は拝まれるべきだろう」
 祀る為の場所であるなら、移動する手段を得ている事もどうかとは思うが――おかしい場所に生えてる以外は至って普通の、どこにでもある祠に見える。
 草喰はすん、と頭を下げて祈りを捧げておく。
 だがどこか、"ジロジロと見られている"そんな気配を感じる。
「牙も爪も俺にはある。だが心配するな、壊しはしない」
 破壊行動を恐れているような気配。
「インビジブルなのだろう?怖がるな、祠というものは壊すと大体ろくでもないことになることくらい知っている」
 やれやれ、と僅かにため息と肩を竦める仕草。
「特に|俺の世界《√妖怪百鬼夜行》ではな、より一層悲惨な事を齎しがちだ、罰当たりはよくいる。祠にも事情の一つや二つあるだろうに」
 世間話の一つのように、攻撃しない姿勢を貫く草喰。
 そこでだ、と話を切り出し、首を傾げる。
「そちらにも事情は在るだろう、だが祠。この先にある"村"に用がある。できれば案内してもらいたい」
 祠は、まるで考えるような時間をたっぷり使った後に僅かに浮遊した。
 襲われることはない、壊されることはないと理解したのかついでこいといわんばかりに移動を開始する。背面を魅せる事も同等としていた。
「助かる。俺が目的地までの護衛をする」
 祠はインビジブル。見えるものは能力者。
 それはすなわち――この祠への攻撃手が存在するなら、大抵それは"脚強き者"だ。
 約束は守る。そうだ、|草喰《野狼》は自ら発した約束を、違えない。

アルカウィケ・アーカイック

●お前、祠、直したんか――

 三億円。札束、大金の山。それはつまり――。
 アルカウィケ・アーカイック(虚像の追憶・h05390)は頭に数字を浮かべている。
「|一京円の約33,333,333分の1《ハイパーミラクルエクストリームインフレーションが起こった未来からすれば端金》ですね!」
 大変な横文字を一息に言い切って、ニコリと笑う。
 現代の人々が三億円に机を盛大に揺らし、最悪拳銃の一つだって抜きかねない大金はアルカウィケにとって端金に該当するらしい事実。おそるべし空想の未来世界。
 そんな紙切れにいったいどれだけの価値が――言おうとして口は噤んでおく。
「そうですよね、"一京円を笑うものは一京円に泣く"とも言いますし」
 意味を問えば、意味に泣かされる――のかもしれない。
 三億円をよすがにする人は存在する。この世界の現代人にとっては、その単語は心を預けられるのだ。もしくは囚われるのだろう。お金に対する欲というのは果がない。
「三兆円欲しいと叫ぶ人も見たことありますし、果ては他のAnkerたりえるものたちのためにも、サイコブレイドの計画は阻止しないと」
 ――それはそれとして、サイコブレイドさんもお金を……?
 手当たり次第に狙った相手がお金だったのか。
 本人以外がわからぬことを考えつつ、アルカウィケは道祖神の群れに紛れ込むおかしな祠を見つけた。明らかに一つだけ浮いている(物理)。
 あれはこの場に元から建築されたものじゃないと、人目で理解できる程浮いている(物理)。
「祠さん、かくれんぼ中でしょうか?そこでは隠れきれていないかと……」
 小声で話しかけつつ、しかし祠は話しかけられた事で人のようにビクッ!と反応を返してきた。
 ――あ、隠れきれてるつもりだったんですね……!
「僕が見なかったフリをするのがいいんでしょうが……」
 スッ――と|薄紅の秘奥《L’Écarlate》――透き通った赤の刀身を持つレイピアを抜く。動作。レイピアといえば、素早く抜くものだが、アルカウィケはあえて、ゆっっっくりと抜く。
「これのサビになりたくなければ……」
 脅しの言葉と動作で、祠は目に見えて竦み上がった。
 生き物だったのなら、叫び声の一つや二つあげたかもしれない。子どもだったなら鳴き声を上げて逃げ出していくような光景に見えただろう。
 祠は祠、いきなり道祖神の群れの中からある一定の方角へ後退りとしか言いようがない正面(背面をみせないようにしている)をこちらに向けながら逃げ出すではないか。
「ちゃんとした場所に行きましょう?」
 逃げたところを追いかけるアルカウィケが居るのだから、この逃避行は目的地につくまできっと終わらない。

 追いかけ道中、見失わない速度であったことは助かっているアルカウィケ。
 ガッタガタと、時折揺れる祠の緊張状態は永遠に解ける様子がないのが申し訳ない気持ちが募ってくる。ぽろぽろと崩れかける様子は見ているこちらがハラハラしてしまう。壊れた記憶はそのままに、インビジブルというのは中々どうして難しい。
 ――ほんとボロボロなのに無理させちゃってますね。
 せめて脅した分のお詫びは、村への到着時に必ず|翠の双眸《ラミ・デ・カーバンクル》で叶える予定。お友達に願う言葉は決まっている。
 負傷としか思えない破損を、直してあげよう。
 ああ――その願いは、叶うとも。

第2章 集団戦 『未完成のツギハギドール』


●因習村への到達

 村までの道中を道案内をした祠は、どれもそれぞれ同一個体である。
 破損箇所を手当などしてやれば、今度は一旦霊域指定地帯内のどこかに隠れ、誰からも忘れられた後に静かに|元の場所《出会った場所》へと戻るだろう――そうすることで、再びの破壊を逃れ、続けるインビジブルなのだ。

 「アア!どこいくノ?待ってヨ」
 どこからともなく声が響く。この村には村に心だけ残す村人の成れの果てたるインビジブルが漂っているとは聞いていた。そして、噂の|三億円《インビジブル》も。
 具体性を現実とは受け止められないかもしれない。大金はふよふよと浮かんで、風と風圧を利用した回避がとんでもなく高いのか、"逃げている"。
 バラバラとばらまかれた大金が、浮いているこれはまるで大金が降り注ぐ事故現場。
 大金を掴みたいものは、かき集めたくなる光景だ。いっそのこと、集めるだけ集めるのも手なのかもしれない。
 そんな三億円を追いかけ回しているのは声を発している個体群。
 君たちがたどり着いた村へ、同時刻たどり着き、早くもAnker候補たる三億円に手を伸ばしている『未完成のツギハギドール』たち。
 「逃げルノ?逃サナいヨ?」
 「誰かのAnker候補になる可能性があるんナラ、殺すヨ?」
 「ソウだそうダ、此処で壊して殺しちゃってもイイデショ?」
 「大金の夢なんて見ないほうがいいもんネ!」
 大金を取り囲み、ケタケタ笑うをツギハギドール。三億円を殺すため、あれやこれやと攻撃を始めるだろう。殺されないよう守り抜かなければならないが――話は単純に、ツギハギドールを倒す方が解決は早いのかもしれない。
御嶽・草喰

●幻影を裂く吠声

 ため息混じりに吐き出す吐息に、"生息"の音はない。
 御嶽・草喰は、見える揺蕩うものたちの中に獣の面影を見出した。草を駆けるかのような仕草をする、狼のインビジブル。彼らは草喰の周囲に群れ、同族とでも言いたげな不確かな輪郭で、言葉なく彼の息使いに寄り添った。
 ――狼だったモノは此処にまだいるのだろう。
 ――インビジブルたちが俺の事をどう見るか。
 考えはわからないが、そばに寄ってきたモノは大抵が狼なのは確かだ。

『待っテェ~!』
 ドタドタとツギハギドールが走り、蝶のようにひらひら逃げる概念の塊。その手が捕まえんとするのは|三億円《インビジブル》。
『んもゥ、ひらひら逃げるなってばァ!』
「ああ……この人形共はサイコブレイドの手先か。お前たちに用はない、早々に退場願おう」
『邪魔するノ?あなたはだあレ?』
『トモダチ?』
『ともだチ?じゃあこれ、ボクタチからのオクりモノ!』
 喉を潰したような未完の声で語りながら、ツギハギドールの一体が汚れたリボンを巻いた腕の中から出して見せるボロボロのプレゼントボックスの存在感。ボフッ、と埃を飛ばしボロボロの具現化は草喰の不意をつく。カパッと蓋を開けたボックスは空中へと浮かび、ギリギリと嫌な音を立ててどかんと爆ぜたのだ。
 爆風と同時に人形たちの感情の詰め合わせが放たれて、殺到する煙に驚いて草喰は咄嗟に身を翻し、範囲から逃れるべく駆ける。
 だが一歩遅かった――煙に巻かれて煙の中に歪んだ世界の景色を垣間見た。

 煙の中からキャイン、と悲鳴に似た声が聞こえた。仔犬、いや小さな狼の子だ。視界の端で仲間の狼たちが互いに疑い合うような幻覚が見えた。
 どいつが人間と狼のモドキなのかと牙を剥き、狼の成り損ないなら殺せと本能が唸り声を上げる。誇り高き狼たちが、お互いを殺し合わんと飛びかかるように地を蹴った!
「……くそっ!」
 幻覚だ。此処に生きるものなどいない。揺蕩う狼のインビジブルに攻撃性はない。だからこそ――幻覚だ、と喉を鳴らして唸った。引き当てたのは疑心暗鬼。自身の爪が狙うべき者を迷わせる、人形の得意業だ。

『今のウチかな、じゃあ追いかけっこに戻るヨ~!』
『殺せ殺セ!今のウチ!』
 ――だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「……大親父様、力を貸してくれ!」
 意識が引き摺られすぎる。金色の瞳に強い光を宿らせ 浅く深く息を吐く。
 じわりと古傷が疼くのを感じながらも肉が軋み、骨が鳴る。毛並みが泡立ち、ざわりと走りぬける気配は体表を、白い毛並みのような霊気が覆い尽くすかの勢いだ。
 |神我一体《シンガイッタイ》――「大口真神」の力を借りた白狼の爪ならば、この非現実さえ切り裂いていけるだろう。
『ワ、なあニ?』
 ツギハギドールが語らう間に、草喰が凄まじい勢いで走り抜け、一撃を喰らわせた。その一撃は、草喰の全身が淡い光を放ち、背後の巨大な大口真神の幻影が喰らいついたかのようなイメージを叩きつける。ドサリドサリと倒れ伏す個体は動かない。

 幻覚を振り払い、突き進む。
「――しっかりしろ、か」
 大口真神に頼りっぱなしの自分を叱咤する、現実に届く声が聞こえた。やはり、此処に狼のインビジブルは居るのだ。
「やれやれ……」
 迷うことは誰にもある。叱られても仕方がない。
「自力で精神攻撃に対抗する術を考えねばな。我慢、根性、誇りだけでは限度がある」
 Anker候補を守り抜いた時。
 奮い立つ為に必要な"約束"の答えを、いつか聞ける日がくるのだろうか。
 草喰の耳に、狼の遠吠えが――聞こえた気がした。

コロ・マルメール

●モフモフしか勝たん

 ととと。足音が多いと気がついたのは、果たしてどの個体だっただろう。
 漂うだけの|インビジブル《三億円》だったのか。それとも紙幣たる姿の三億円概念殺しに奔走するツギハギドールたちだったのか。
「?」
 その存在はあまりに唐突にそこに居た。
 尻尾をふりふり、首を傾げているコロ・マルメール(吠えぬ番・h07384)は舌を出してハッハ、次は何するの?と言いたげに誰も彼もの行動を待つ。
「なにをしているの?」
『エ、コの子は狼?此処の亡霊?』
『違うデショ、能力者ダヨ!』
 無邪気にして、敵対の様子を見せない白い|毛玉《マシュマロ》の微笑み!
『ウッ……』
 視線ともどもコロに狼狽えるツギハギドール!未完のメンタルには、眩しすぎる!
『デモ、|魅力《愛嬌》なら負けないヨ!』
 人形ボディはいむべき記憶を身に宿す――愛されたかった未完成品の精一杯の愛嬌は、可愛い笑顔にキラキラと眩しさを宿すこと。翼にリボンに、キラキラと何故か輝きを放っている。
『後は、このお金たちを殺し尽くせば概念的には完成品に近づけるってワケ!』
 いつか誰にも愛されなかった人形は、捨てられた経歴さえ持つ。
 だからこそ、誰かに愛されるためには兵器となって傷つける。
 誰かの大切なものになるかも知れない|三億円《インビジブル》だって例外はない。
 総数を散らし、完成品から未完に堕ちれば価値は下がる。拾われることはなく、捨てられる。概念であれ、傷が付けられる!人形たちの動機は、自分たちのあり方と複雑に交差する――だから殺し尽くしたい。捕まえ尽くして不憫な存在に落したい――!
「とってもかわいいね!」
 コロのストレートな感想は、精神によおく刺さった。
 周囲をくるくる廻って走り回り、小柄な体で元気に気持ちを示してくれる。
『エッ、ホント?』
「ホントだよ!でも……」
『デモ?』
「ぼくはちゃんと聞こえていたよ。今、わるいこと、考えていたよね?」
 とてててて、と距離を取り、可愛い愛嬌持ちの人形たちをうろたえさせる。
 追いかけっこの足を現在止めさせている。捕まったら八つ裂きに合いそうなインビジブルは遠くにひらひら逃げている。だからこそ、今の"鬼役"はコロということにほかならない。
「こわいことをいうひとは!もふもふをもふもふすると良いと思うよ!」
 コロは全力でツギハギドールたちの胸に飛び込んでマシュマロボディをどすっ、と正々堂々ぶつけて押し倒す。ハンディングチェイスの姿勢から飛び込む白い流星は人形たちの荒んだ根性を軟化させるモフモフで覆い尽くした。
「次言ったらガブ、っとするからね」
 じゃあ、遊び(かけっこ)の続きをしようか!尻尾をぶんぶん。
 彼の言葉に胸を打たれ、戦う意欲をなくしたツギハギドールは静かにガラガラと瓦解した。なんだ、あの可愛い生き物。

 もし、完成品のドールになれるなら、人型じゃなくてもいい。あそこまでの愛嬌を獲得したいなあ。ああ、世界がモフモフ可愛い世界になったら良いのに。モフモフに魅了された個体の想いが空に溶けて消えていった。

夢野・きらら
黒鉄・彪

●未完成の目標

 生きる人が存在しない地域において、そこに在るのは記録である。
「まあ……この場の資料は持ち出すわけにはいかないけれどね」
 夢野・きらら(獣妖「紙魚」の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h00004)はほんの少しだけ残念そうにする。
 霊域指定地帯、つまり普通なら入ることが出来ない場所の『文字』となれば誰にも迷惑を欠けなければ報酬に持ち帰っても――いいや、まずは哀れな災害に巻き込まれている誰かの|概念インビジブル《三億円》の救出が先だろう。
 漂うモノの中に、狼や魚型が多い中で黒い鳥の姿を取るインビジブルの姿まである。おや、と想いつつもきららは微笑むだけでスルーした。この場所は、生者が正しく存在しないだけで見方によっては長閑そのものだ。
 此処で行われてきた事象は、誰かにとって穏やかとは激しく遠かったとしても。
「それで、その概念を終了させたら次の目標は何に定めるのかな?」
 きららは臆さない。三億円の概念、というのは生憎既に理解があるのだ。
 誰かの夢、誰かのいつかの形が此処に揺蕩うのも、一周回って不思議はない。
「狙われ続ける三億円が他にも居るというのも、皮肉だよね……」
「いや、そういう童話か伝承があるのかな?」
 ないと思う。誰かのツッコミを聞いた気がするが、ツギハギドールたちは右へ左を首をひねり、次の目標とやらを言い返そうと考えているようだ。
 ――あ、これは何かを考えて行動して無さそうだね。
『そんなのどうでもイイんだヨ』
『傷つけルノに理由はこれ以上ないからネ!』
 ボクタチからの、返事はこれだ!ばーんと取り出すボロボロのプレゼントボックスを取り出して、中身の登場と同時に炸裂する!中から現れたように見えたのは、未完のツギハギドールたちの予備パーツ。人形の予備パーツだけでは完成品には至らない――怨念にも似た想いが詰まった概念が爆発の起爆剤として使われたのだ。プレゼントボックスもまた、点在して、置かれている為に爆発エリアの中のきららは――。

「そういう時は、こうだ」
 静かに、爆破圏外から紛れ込むように身を滑らせるのは|黒鉄・彪《くろがね・あきら》(試作型特殊義体サイボーグ・h00276)。鳥形支援ユニット『アオタカ』は事前に、状況を見定めるために飛ばしていた。誰も気がついていなかったことだろう。
 彪が手を伸ばせば、アオタカが今の状況に最も効果的な武器へと形状を整えて、翼を刃の位置に携えた大鎌の形状へと至る。刈り取る形が最も最適解というのだ。
 |当意即妙《トウイソクミョウ》によって、敵殲滅能力を跳ね上げたことでプレゼントをご用意したツギハギドールの足を刈り取るように下に構えて横になぐ形で切り崩す。
 がっしゃん、と崩れるドール達はどういうことか理解が追いつかなくてウワァアア~~~!?と声をあげているが、彪は冷徹に悲鳴を無視して大鎌を振るって戦況を覆していく。
『切らレタ!イタイ!……イタくナイ!??』
『キえないキズは、此処に再誕シタ!その身に刻め、この痛ミ!』
 切り落とされた足や膝の痛みを訴えるツギハギドールは、前髪の長い向こうから彪を睨みつけてやられた事をやり返すための刃――片手を鋭利な裁ちバサミへと替えた。武装パーツとして存在しない手は誰も彼もを切り裂く刃になり、大鎌を受け止めニタリと笑う。
『ほうら、つーか、まえタ!』
「一人だけじゃないヨ、いっぱい居るからね!」
 ちゃきん、ちゃきんちゃきんと迫りくるハサミに形を変えた手を持つツギハギドールたちに囲まれて、しかし彪は眉一つ動かさずに焦りを見せることもなかった。
「抑えるのは一つで良い。標的は俺の周囲にあると知らせることが出来る」
 音まで立てて、全方位に立つというのなら。
 今"此処に居る"と自ら発しているに相違ない。
 ――アオタカが情報を収集した時見つけたWZがそういう意味なら。
「戦う手は、一つ以上ある。問題ない」
「そういうことだよ」
 プレゼントボックスの連鎖から逃げていた、きららが戻って来る。
 余裕たっぷりに指をぱちんと鳴らすことで、事前に招集していた12体の量産型高機動ウォーゾーンが立ち上がり、ツギハギドールたちを即座に包囲する。これが|軽WZ小隊《ライトウォーゾーン・スクワッド》!
「これが在る限り、いろんな制限が掛かるけれど……戦うのはぼくだけじゃないからね」
 権限掌握。さあ、――対象を沈黙させよう。

 ハサミの手を持つツギハギドールが包囲した、と思い込んでいただけで実際は外側からも内側からも、立ち上がるものが無いほどの鎮圧を能力者二人に求められる事となるが――相手にしたドール達が逃げ出すなど皆無だっただろう。一体一体、制圧に没していったのは間違いない。この場において未完の人形が目標達成で完成品になりえる可能性は万が一にも存在しなかったのだ。

百目鬼・天巫

●三億円の祝福

「三億円が…飛んでるっス!?」
 ぴしゃーん、と雷を浴びたような正しい反応が百目鬼・天巫を襲う!
 いやだって札束でも単体の紙でも飛ばないじゃん?フツー。それはそう。
 総額はまるで夢がある、全部あるかは重要じゃないとしても――。
「これだけを抜き取ったらまるで夢みたいっスけど現実なんスよね……」
 まるで夢が膨らんでしまう!ちょっと抜くだけでもお昼がなんとゴージャスに!
 ほんの少し使っただけで裕福な生活が約束されて――だから狙われるだな、と揺らぐ気持ちをぐっと抑えつける。軽いヨダレもちゃんとふいた。
「三億円を狙う敵もいるっスから間違いなくここが目的地なのも違いないっス!」
『ン?もしかして、これを狙っているノ?』
『ライバル?それとも……』
 ツギハギドールたちが、次々と天巫に気が付き始めた。
 此処に現れたからには、どのような用途であれ欲するものはただ一つ。
 すなわち、|概念の獲得《三億円》!
 ――成程、奪い合いの構図っス!
「よーし、その三億円を助けてやるっス!そしてあわよくば【秘密結社ディスアーク】の活動資金になってもらうっス!」
 堂々たる宣戦布告に、ツギハギドールたちがケタケタ笑い出す。
 狙われた|三億円《インビジビル》は敵の増加にバタバタと逃げ出す勢いが増す。
 ――よしよし、それでイイっス!

 全身に纏った護霊武装にエネルギーを巡らせて、キランと隅を輝かせる。
 ぶん殴る姿勢は完璧なフォームで準備完了。
「今からやるっス。いいっスか?」
『イイかと言われれば、イイヨって返してあげたくなるネ!』
『じゃあちょっと、準備しちゃおうカナ!?』
 イむべきキオクのカケラは両腕に。バキバキと嫌な音をたてて人形|身体《ボディ》は記憶を覚醒させる。華奢な腕は、 ガントレットへと変わる。一回り大きな武装をぐぐぐ、と変わらぬパーツであるかのように握り込んだ。先程より数倍のデカさと拳の先にトゲトゲがちらほらと。いつか何処かで腕力が強化された事があるのだろう。
 それが今、最も必要なトリガーとして顕現した。
「もしや、腕力増強武装メリケンサックっス!?」
『イイデショ?あげなイヨ?』
 破壊の拳を用意して、ツギハギドールは不敵な微笑みを浮かべた。
 負ける気なんてサラサラ無いとイイたげで、壊れる可能性を一つたりとも夢見ない顔だ。
「いらないっス。さあ全員――歯ぁ食いしばるっスよ!」
 拳と拳が向かい合う――しかし天巫の拳は、ただの拳には非ず。

 |爆裂百裂粉砕撃《ライオット・ビート》!
 勢いよくツギハギドールたちの中に飛び込み振るわれる拳は連撃を生む。ツギハギドールたちは直ぐ様気がついた。これは相手にするべき存在を間違えた、と。
 メリケンサック仕様の腕とて、粉砕されてはその後の顛末は腕と同じ粉砕が待つ。今しがた、エネルギーを護霊武装から放出させたダブルラリアットをその身に受けて未完の人形は次々に解体されていく。反撃も、逃走もこの場で選択した時点で終了のお知らせ。次々にドゴォ、と重たい重低音が響き、からんと転がるのは壊れたパーツの名残だけ。バラバラと崩れた腕は、跡形もなくガラスのように戻る形を見いだせない。
「武装を振るう腕力は大したものっスけど、アタシの目が輝いてるうちはまだまだっス!」
 どの能力が何倍に強化されても、見抜けぬ動きなど無いのだ。
 パワーはすべてを解決する!

 誰も立ち上がるものがいなくなったとき、助けられた三億円はいつのまにやら戻ってきてひらひらと天巫のもとに降り注ぐ。三億円概念シャワー!?何故だろう、ありがとうって気持ちを受け取れる気がするし、なんか気分がいい!ああ、三億円に懐かれる(?)って、こういう気持ちっスか――とても不思議な感情ではあったが、なんとなく悟りが開ける音が、した。

アルカウィケ・アーカイック

●虹色泡戦略

 だってほら、約束しましたので。
 アルカウィケ・アーカイックの頭に広がるお金の使用計画案。ジェラート店の群生地や相場の算出するなrば、お手頃千円以下から高額リッチな本格派は一万以下までいくとかなんとか。
「などと考えていましたが、思ったより多いですね、三億」
 ひらひら舞い踊る紙幣は恐らく一万円札。札束にならず散らばる様は地獄絵図だ。蝶の群れより優美に見えない生き物でない物の飛翔。
 単純な計算で三万枚のひらひらだ、蝶々の群れのほうがまだ優美に見えるほどだ。
「でも紙幣に印字されているのはいち、一万円?!」
 アルカウィケは改めて口に出し、自身の中の違和感を暴く。
 ――絶対使い道な……。
 あれはだって古銭に該当する。もしかしたら製造年度的に高額なプレミア域か?それならば価値は在るだろう。無いよりは在る、在るは高い。価値はあるのかも?
 わからなくなってきたが、確かなことは一つ。
「とにかく、全部守りきれば良いってことですね」

『えーい!』
 ひらひら舞い踊る紙幣を掴もうとする個体、捕らえ食べようとする猟奇的な個体。誰の手からも紙幣は紙一重で躱す。
『全然捕まらナーイ!』
『もう、手段選ばなくてもイッカ。殺せば解決、だもンネ!』
 ツギハギドール達は笑い合い、捕獲を放棄。次は至極単純な作戦だ。
 触れた途端ズタズタにする裂傷。球体関節を抜き取り、ツギハギボディの一部を刃、裁ちバサミへと換える。頭身大のハサミでガツンと地面を叩いた。
 キえないキズをキザみつけろ。
 愛されるものは壊れるべき。
 ケタケタ笑う個体群。ハサミを扱わない者は別の行動へ。
 壊れるべき君たちへ、ボクタチからのオクりモノ!一つでも没してくれればいい!
 だからボロボロプレゼントをあげる。
 笑い声に合わせ、ぽんぽんと点在して顕れる箱は、ドールたちの暗い思いの吹き溜まり。開けば連鎖爆発でネガティブを撒き散らすものだ、紙幣?概念?インビジビル?そんなことはお構いなし。誰しも悪感情に汚染されれば、容易く死するべきものに転がり落ちるだろう。
『どうすル?逃げレル?』
『前門の虎、後門の狼ってやつダヨ~!後は景気良く殺されちャッテ~!』
 まるでギャルの集団、と言わんばかりのハイテンション。

「前後で囲まれるなら、空いてる左右から失礼しますね」
 このカラーセンスゼロの地域で、|虹色に光る《ゲーミングカラー》を獲得するだとか。|夢幻泡影《アンフラシオン・デ・ビュル》によって――ゲーミングアルカウィケ、爆誕。理論上最強カラーの降誕だ、アルカウィケの最終形態といっても過言はないし眩しい。控えめに言って唐突な主張力の強い色の発生でツギハギドール達が平等に髪に隠れた目さえ貫通。景色の色が奪われた!
『ナニあれ、三億円の輝キ!?』
『自力で!?凄いジャン!?』
 最強カラーから発生するのは最強の可能性!想像力という名のカタログより、ばーん、と手にしたモノはその手に収まる。さあ見ろ御覧じろ『バブルガン』だ。
 今此処に最強にふさわしい!
「あ……でもこのままではちょっと工夫が足りないでしょうか」
 最後にトッピングを必要とするのは料理の基本、バブルガンへと足すべきは|サプライズ・フューチャー《ゲーミング強制進歩ビーム》。ゲーミングにはふさわしい虹色技術革新が必要です。そうですね?(明後日の方向に解説するアルカウィケ)。
「準備完了、さあ行きますよ」
 器用にシャボン液を一時的に外し、そのまま圧縮銃として空砲を放つ。
 ひらひら舞い踊る紙幣たちは、無惨にも遠くへ飛ばされていく――技術革新の進歩として、圧縮された空気さえ虹色を帯びている。ツギハギドールは追っかけていた獲物を横取りされたかのように、攻撃対象をアルカウィケ一人に認定した。
『邪魔するノ?それ浴びたら虹色になル?』
「うーんどうでしょう……」

 可能性は皆無ですが、と呟きながらシャボン液は再設置。アルカウィケの強化されたバブルガンから、ぽわぽわとシャボン玉が吹き荒れる。仄かな虹色の泡玉が、尋常ではない発生量で泡風呂レベルに激しく発散され、ツギハギドールは泡に無惨にも埋もれていく。
 視界を完全にシャボン玉に埋もれさせ、攻撃対象さえ定かでなくなったツギハギドール達は無作為に暴れ始める。そのままでは溺れる不可抗力。ハサミは仲間にあたり、プレゼントボックスの異常状態もそれぞれに降りかかり、まさに本物の地獄の誕生だ。
 ――この中なら僕が光っていても、シャボン玉による光の屈折で特定は難しいはず。
 シャボン玉のキラキラさ、アルカウィケの輝きが相まって眩しい虹色世界は夢色そのもの。現実と認識するほうが難しいほどのパステルカラー感だ。
「……さて、と。同士討ちで前後不覚しているところすみません」
 一対一に持ち込み、不意打ちで着実に詰めていくアルカウィケがどう倒したかは地の文にも追いきることは不可能だ。泡に埋もれた者たちが泡の外へ出てくることは無く、虹色世界が元に戻る頃には、服の埃を払うアルカウィケの姿が確認された。ドール達は泡の向こうに、弾けるように消えたのだろう――。

第3章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』


●揺蕩う者たちの声援と孤立する暗殺者

「……なんだ?」
 騒々しい、といわんばかりにサイコブレイドは能力者たちの訪れに気がつくだろう。
 木を隠すなら森の中。三万枚の紙幣の概念の中で、どれを殺せば明確に滅ぶのか、男は見透かしているのだろう。凝視していたのはただ一枚の一万円だけだった。
 しかし、視線を外した。
「此処まで感づいて助けにくるか、全く……」
 外星体同盟から命令された事とはいえ、仕事の完遂が不可能に近いとサイコブレイドは独りごちる。仕事は仕事。実行すれば良い、と思っていたのに。
 誰も来ないだろう寂れた因習村で見つけたAnker候補だ。
 これならば暗殺も、仕事も今回ならば容易いと踏んだのに。
「此処まで来たら暗殺対象に手は出さん。それに……」
 助け出された|三億円《インビジブル》は能力者たちを応援するかのように、君たちの頭上に降り注ぐ。此処へ途中から追いついた者がいても、浮かれた心地の|三億円《インビジブル》は誰でも祝福するかのような降り注ぎをしてくれるだろう。
 場の空気を壊さんばかりの応援方法だがお金が降り注ぐ概念を嫌う人、いる?
 他にも|狼《インビジブル》に勇気づけられている人までいるかもしれない。この地に揺蕩うモノは、君達の戦いを応援するだろう。
 言葉はなくとも。行動以外感情がわからなくても。

「そこまで愉快な感じじゃあ、殺し屋として殺しにくい」
 正論で返してくるサイコブレイドは、Anker候補たちの振る舞いにどこか明らかに嫌そうな顔をして、闘いの姿勢を取る。暗殺の仕事自体は遂行できそうにないが、此処まで来た奴らの皆殺しまでは仕事の範囲だと言いたげに。
アナタ・オルタ・クエタ・ナントカ・ヴァルカス
雨宮・静
スカーメグ・ロワ

●偶然は最大の|武器《幸運》

『……なんだ?気配が幾つも背後に在るな』
 サイコブレイドが気だるげに振り返り気味に視線を向けてくる。
 誰かが来た。誰かが阻止に来た。
「ちょっと!なんですのこの陰気臭い場所は!」
 がさがさと獣道の茂みからお嬢様の声が高らかに響く。アナタ・オルタ・クエタ・ナントカ・ヴァルカス(人間(√EDEN)のルートブレイカー・h00637)は、顔には一切出さないが知らない場所への訪れにほんの少しのワクワクを抱えている。訪れたのは視察のような気分が強く、ふわふわ揺蕩う|三億円《インビジブル》の姿も目視したのだが――。
「手品師ですの?いえ、こんな半透明……いえ絶対ありえませんわ!」
 |幽霊《インビジブル》の紙幣の存在を否定し、単純に雨が降り続ける環境下で移動してきたアナタは激しくこの雨もアナタのせいですのね!とサイコブレイドを手品師と決めつけて掛かる。誰の目からも頭に血が登っているように映った。
「まあまあ、雨も降っているんだし落ち着こう」
 降り注ぐ雨は、| 雨宮・静《あめみや・しずく》(玄武・h05799)が訪れたから発生した必然の現象だ。アナタが濡れ続ける環境下にいたのは現人神たる彼女が居たからだ。
 傘を差してあるく静が、アナタに傘を差し出して此処まで同行者として訪れた。
 彼女の持つインビジブルたちが形成する降雨空間の効果範囲にあるために、雨が降り続いている。雨は止まず、止む理由を持たない。
『ノーコメントだ。俺は関係ない』
 サイコブレイドによる真実の言葉である。
『全く……。だが、訪れたからには』
 相当な手練れなんだろう?もしくは、ただ命を粗末にしにきた方向音痴か。
『……ったく、この方法で終わらせるか』
 |剣《サイコブレイド》を構え、静かに殺意を向ける。
 構えた剣に、エネルギーを充電させるべく息を短く吐く。
『この一撃で、手短にお前たちの暗殺を遂行する。目撃者を潰せばまだ取り返しは付くかもしれん』
 宇宙エネルギーがフル充電された時、閃光を携えて渾身の一撃が能力者を襲うだろう。しかしチャージが必要である為に、サイコブレイドはなるべく行動を防御の型で固める。嫌に冷たい雨が、身体を叩く。前髪が濡れる――。
「シズクは、誰かの悲しみを晴らすほうがいいかな。鉄砲雨は、嫌だよね」
 急激に強まる雨の中の静は、雨に打たれながら|忘却の雨《ダレモアナタヲオボエラレナイ》の名を呟く。此処は誰も語らずのインビジブルばかりが在る。
 彼らに記憶があろうとも、彼らを憶えているモノは此処にいない。
「洗い流すべきは、此処への不法侵入者。揺蕩う皆が無理に殺されるのは違うと思う」
 雨の中の静は、手を上げる。目線の位置まで伸ばし、存在を溶かす雨の中でただひとつ。溶けるべき存在を見つめる。
 雨の中の主人公、静の雨は銃撃の雨のように身体を焼く一撃として刺さる。
「この鉄砲雨は、キミを砕く矢が如し」

「……あら、強そうね!」
 スカーメグ・ロワ(リーサルお店番・h02024)は木を隠すのならば森の中、物陰より様子を見ている。息を殺し、なるべく声を抑える。遠目に、戦う仲間の姿を確認。
 サイコブレイドとの敵対者、ならば――目論見を阻止する者たちに違いない。
 共闘は可能。おしなべて最適なタイミングで攻撃すべし。
 ――今のうちに、戦力を揃えるのが良いかしら。
 軽く手を上げれば、反応するもの――|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》により、事前招集済みの12体のバックアップ素体の点呼を取る。全員、此処に居る。
「作戦は隠密からの、奇襲作戦ね」
「標的は一人、私達はこの通り数が揃えられる」
 帰投まで反応速度は落ちるが、しかし補う行動を目指せば問題ない。
 現地の仲間たちと協力すれば、不可能などないのだ。
 重火器をそれぞれが携帯し、簡易ヘッドセットによる連携も完璧。
 ハンドサインで連絡を取る事として、森に紛れレプリノイドたちは暗躍する――。

「そろそろ髪を整えたいのですけど!」
 √能力と、√能力の発動をアナタは、手品と言い切り認めない。
 これは夢、これは幻。なにも現実なんてない。
 "絶対ありえない"というアナタはサイコブレイドの殺気と、殺気を洗い流す雨を繰る膠着状態に腕を組んで立っている。指をトントン。この時間はなんなのかしら!
 無意識のうちに"この状態をいち早く終わらせたい"と願った事で、|神聖竜詠唱《ドラグナーズアリア》は起動する――気の強いアナタによる、神聖竜詠唱による独り言だ。
 誰もその言葉を理解したモノは居ないだろう。
 聞き届けたのは|神聖竜《ホーリー・ホワイト・ドラゴン》、アナタの声を正しく聞き届け顕現して空を覆ったドラゴンのみだ。
 怒号に似たドラゴンの叫びが頭上に響く!ビリビリと音圧に押され、拮抗状態はこれで揺らいだ。
「またあのドラゴンですの?ありえませんわ!」
 神聖竜はアナタの願いを叶える為動くが、アナタはこの現実を信じない。雨に濡れ続けることを嫌がり、身を隠せそうな森の中に消えていく。
『おいおい、雨の中にドラゴンを置き去りか?こいつを喚び出したのはあいつだろう』
「そうだね、でも――誰かに任せておくっていうのも戦術じゃないかな」
『そうきたか。さあこの攻撃で逃げ出したモノまでついでに終わらせよう』
 ドラゴンは叶える。この状態の拮抗が壊れることを。
 ドラゴンは射抜く、サイコブレイドの攻撃が誰も傷つけないことを。
 ずどん、と一度地面に翼を畳んで降り立ち、もう一度大声で咆える。
「はっ……これはチャンスでは!一斉掃射開始!――ファイア!」
 ドラゴンの声に号令の声はかき消されていたが、願いの一端をスカーメグが担う。取り囲んだ隊列で、少女分隊が放つ一斉射撃はサイコブレイドの能力チャージを阻害した。
 フル充電が完了する前に、遠距離から放つ攻撃群。
『60秒待ってくれればいいものを……』
「待たないよ。シズクの雨を浴びたキミは、"絶対当たる"運命にあったからね」
『ほう、予言か』
「雨の"弾丸"は当たるんだよ。じゃあ、重機の"弾丸"もあたる。そうでしょ?」
 弾丸を跳ね返す工程を排除したサイコブレイドは、体中を溶かされた痕が点在した。顔色は変わらないものの、耐えに傾倒したことで疲れは着実に詰め込まれた。

 怪我人らしいものはゼロ。
 危険な攻撃を阻止したスカーメグがいる。雨は相変わらず降り続いているが、なんだが少し気分がいいアナタであった。ドラゴンの姿は既にない。
 パタパタと、一緒に来た同行者たる静の傍に戻ってきて、自信たっぷりに一人で笑う。きっと私達はちょっとの幸運でこの戦いは何かしらの意思のお陰で動いたのだ。
「ラッキーですわね!」

御嶽・草喰

●男の悪は仮面のようで

 ゆるゆると服の隙間から垂れ下がる触手がわずかに風に揺れている。
 サングラス越しの瞳は不鮮明。額の視線とぶつかった。あちらの翡翠色の瞳は間違いなく標的として狼を見ている。ため息まで聞こえてくるようだった。
「お前が"サイコブレイド"だな」
 御嶽・草喰は僅かに姿勢を低く取る。
『名が知られてるなら紹介の必要はないな。だが、随分と何か言いたげな様子なのはわかる』
 気だるげな立ち振舞。殺気を緩める様子がない。
 |剣《サイコブレイド》を肩にトントン当てながら、破壊場所を値踏みしているような舐める視線が草喰を射抜いている。
『ああ、そうか。それは警戒だな。利口な事だ、Anker抹殺計画をどこかで話す俺自身の話でも聞いたのか?いやどちらでもいい。|楔《Anker》を隠す奴がいても俺は探し出して特定する手段がなくもない。俺と抹殺対象が出会ったら流れるようにジ・エンドと言うやつだ』
 Anker抹殺。その単語だけでも威嚇の唸り声をあげたくなる。
 誰かの対象でも、特定の誰かでもおそらくサイコブレイドは見抜くのだ。
 |こいつ《あいつ》のAnkerは、この存在だと。
 何故、どうして。判明させる方法はわからないが――。
「お前が俺のAnkerに手を出す前に、一度手合わせ願おうと思って来た」
『ほう。お前は自分のAnkerに手を出してくれと言いたげだな。出会っている者なのか』
「そうとも。俺は自分のAnkerを知っている」
 草喰は隠し立てしない。隠しても無駄だとさえ想うのだ。
 Ankerと思い当たる姿は、|頑健な体格を持つあの男《・・・・・・・・・・・》――。
「出会えない者も居る中で、幸運なモンだな……。なんだ誰にも害される立場にもないのか」
 独り言に似た嫌そうに視線を逸らすサイコブレイドの吐露。
「……?ない。可能性はお前がせいぜいだ。そして俺はお前のことを相当の遣い手と聞き、そして"脚強き者"と見る。此処の|脚弱き者《インビジブル》たちの声援も浴びるのもやぶさかではない」
 |インビジブル《三億円》の祝福は、ニホンオオカミに価値を見出すものではないが……、それとは別に草喰には聞こえている。風に交じるこの場に漂う|インビジブル《オオカミ》たちの仲間を応援する遠吠えを。戦う相手、として認めていると告げればサイコブレイドは成程と解釈を一致させたように頷く。
『お前はお前の理想の為に戦うと。そいつは単純明快だな』
「全力で戦う。お前の剣捌きを見せてみろ」
 ぐるる、と喉を鳴らした草喰に、サイコブレイドはまっさきに攻撃を仕掛ける。
 振り抜き、胴体を薙ぎ払うための初撃が魔神の勢いで迫るではないか。
『そこまで割り切れたら、さぞや呼吸しやすい世界で生きられただろうよ。簡単に逃げ遅れるなよ?その胴体が両断されるのは、悪いエンディングしか生まれないぞ』
「……!」
 体格差があり、殺すことに的確な太刀筋。脚を強く踏み込んで、跳ねるような回避を草喰は行ったが身体は痛みを僅かに憶える。両断には至らずとも僅かに後ろ脚が遅れたか。僅かに尾を引く血しぶきで弧を描きながら、痛みに眉間の皺を増やしながら跳ねたその身を強引に軌道修正して、次の攻撃を見定める。
『サイコストライクを、ギリギリ皮一枚で躱したか?なら次はどうだ。この触手は俺の一部に変わりない。幾つでも切り落とし破壊して、次の攻撃に繋げるが!』
 ぼとり。にゅるりと伸びる触手が無惨にも落ちて、再攻撃の構えは今度こそ草喰の胴体ど真ん中を狙っている!
『オオカミ狩りにも経験はあってな、手負い程痛みに代えて反撃に繰るんだ』
「……分かってるじゃないか!」
 ――速度が桁違いだ。
 男は自傷を厭わぬ暗殺者でしかなかった。男にとってのAnkerはどこかに居て、滅ぶことに躊躇がない。ただ、草喰を応援するインビジブルたちだけは意図的に避けている。
 ――悪人の行動だが、殺すことのみだな。
 何か、裏に事情がある存在なのかも知れない。サイコブレイドの行動のように再行動と連続攻撃は以前見たことが在る草喰は考える。次の攻撃は間違いなく抉る為にくる。貫くよりも、切り落とす為に来る。
 ――無傷で弾くのは不可能だろう。避けるのは既に不可能と分かった。
 故に、獣は脚を潰されようと次の攻撃が身に及ぶ前に、三秒以内に動く。
 |以血還血《イケツカンケツ》。頑丈な顎が、急接近した男の腕にがぶりと喰らいつく!
『……うっ!』
 振り下ろされる腕にカウンターで食らいつき、食い千切る!ぶちりぶちりと触手を束ねた腕を引き千切り、草喰は完全に回復した身体で大地を踏みしめた。
「殺す事に躊躇のない戦略。その剣と暗殺の意思。剣の速さ。鋭さ……成程、憶えたぞ」
 触手を引きちぎられたところで、別の触手が役割を代用すれば現状は変わらないかも知れない。
 サイコブレイドは別の触手で、剣を拾い上げている――。
「だが、――お前はまだ本気を出していない。そうだろう?」
 男はニィと口元を緩めた。脚強き者は奪うだけに非ず。
 何かを秘めて、しかし今だ暴れる手段を持つ――。

百目鬼・天巫

●鉄拳制裁(文字通り)

「此処まで来たら、お触り厳禁っス!」
 現金だけに!百目鬼・天巫はびしっと言い放つ。
 サイコブレイドは、ちょっと呆気にとられた顔をした。
『言いたかっただけか?』
「言いたかっただけっス!いや話は戻すっスけど、これらが誰かを繋ぎ止める事が出来る可能性の存在だっていうなら、希少なもんじゃないっスか!出会いは別れと必然に分かれるっスよ!」
『じゃあ今日出会って分かれる候補だっているだろ。ほら話は終わったぞ』
「そういうんじゃないっス!こういうのは誰かの為、っていうのがお約束っス。存在を消させる訳にはいないっスからね、ここでぶっ飛ばしてやるっス!」
『成程、結局そうなるのか……』
 戦いの勢いは決して止まらず。
 ひらひらと、|三億円《インビジブル》の応援を受けてなんだかテンションを高めに保つ天巫だが、しかしふと、正気にだって戻る。
「……………三億円で繋ぎ止められる人って、相当なお金スキーなんスかね?」
『人によるだろ。いつか一攫千金当てて人生豊かにする奴や、架空資産でボロ儲けとか、何かしらの"縁"ありきだ。此処にある|三億円《インビジブル》が何かは知らんが』
 いつか何処かの誰かの夢、または未来。
 手にしたり概念を獲得したり、何かしらが縁を結ぶ可能性は|楔《Anker》というものだ。
『綺麗な金銭かそれさえも……現状では言いかねる。まあ殺し尽くせばそんなものはなくなるがな。あとはそう、使い切れば終わりだろ、金なら』
「現実主義過ぎないっスか!?」
『……そんなもんだろ、殺害対象に対しては』

 ゴーグルの無機質なレンズがフォーカスを絞る僅かな音が静寂の中で動く。
 ――常にこちらが先に動くっスよ!
 先に動き出すのは、戦いの中で徐々に手傷を負っているサイコブレイドだ。しかし相手は殺すために行動する事を否としない。足が潰れても、身体が壊れても殺すための障害排除のために|剣《サイコブレイド》を振るい剣のサビに敵対者たちを沈めていくのだろう。
 見ているのだから追いつけない通りはない。
 訪れる場所は分かっているのだ、ならばカウンターの構えから最速で攻撃指針を穿つ!
「―――ぶち抜け、鉄拳!」
 近接間合いに魔神が如き速度で入り込んだサイコブレイドに、|浪漫的噴射鉄拳《ロマンティック・ロケットパンチ》をお見舞いしてやろう!能力効果は、同じ――つまり初速の動きが早かろうと、届いた方が先手を取る!天巫の拳は、何を隠そう、ジェット噴射を搭載する。
 加速する勢いを持ってすれば、剣を持つ腕も。振り抜く動きをも上回り制圧を可能とする。
「油断したっスか?」
 大型ガントレットのジェット噴射加速でその胴体は激しく衝撃を受け止める事となる。
 回避など出来まい。顔面や腕を逃がしたところで、サイコブレイドは吐血する。
『油断?臓器の幾つか潰しておいて聞くことじゃないな、まあ潰された事は好都合だ』
 ――そこから、再行動っスか!?
「まだまだっス!腕はもう1本あるっスよ!」
 右の拳が唸るなら、左の拳は温存。隠し玉。
「こういうのは、後出しから追い上げ勝利がお約束っス!」
『覆す奴が、ヴィラン立場の奴の奇跡だろ?』
「アタシと戦いながら、三億円に手を出さずに真剣勝負する相手を悪と断ずるにはちょっと足りないというのが印象っス!さあ――これで、終わりっス!」
 すぐにもう片腕からガントレットを飛ばし、ごおおおと飛んでいく鉄拳に向けて天巫はダッシュし、飛び上がる。ジェット噴射に追いついて、思い切り両足で蹴り飛ばすのだ。
 ――行け!怪力ブーストっス!
 怪力の赦す限り――このアタシの超スペシャル怪力祭りを見ろっス!
 鉄拳は蹴りによる加速を経て、速度を更に加速されてすっ飛ぶ。
 この短距離の超近距離戦術で、サイコブレイドは剣を振り抜く事はできなかった。
 追撃された高火力の|鉄拳《暴力》で、ゴリゴリと骨を砕く音が高らかに響く。
 サイコブレイドは、衝撃の向こうでだばだばと流す鼻血と吐血を色濃くしていた。むせこむ音まで含めて、全く無事そうに見えない――凶悪な大打撃を文字通りに与えることに成功した。

アルカウィケ・アーカイック

●輝き溢れる世界の中で

 訪れた男の背中はアルカウィケ・アーカイックよりも高い位置にある。
 視線からはなにも読み取れない。ただ疲れが見え隠れするよう手な気がした。
 サイコブレイドの狙いは此処に在るはずなのに、その対応を後回しにしている。
 まず敵対者から討つ。それは正しい行動だろう。
 だが、先に殺しを優先すれば行動は必ず遂行できるだろうに。
 ――狙いがわかりません。
 ジト目でこちらを見ている。|剣《サイコブレイド》で肩をとんとんと叩く。
『全く、視線で語る能力者ばかりと思うなよ?待ったは無しだ、単純に最速に。この戦いは終焉を齎そう』
 男は構え直す。アルカウィケがやや遠くで思案顔をしているのだろうと見定めたから。キラキラと、彼の剣が光の収集を開始する――。

 ――あの攻撃、受けるのは危険ですね。
 充電している、と直ぐわかる煌めきの収集。
 この場にない力を強引に集めているカのような吸引力。
 距離を取っていてもわかるのだ。
 相対しているだけでサイコブレイドに隙は見えない。構え一つをとってもそうだ、目標のために手段を選ばないタイプの命知らずの可能性。
 アルカウィケの傍にひらひら揺蕩う|三億円《インビジブル》の姿を見てか、視線をそらして重点を続けているのが居印象に何故か残る。近づきたくないが為に、遠距離から光撃を目論んでいるようにもみえるような。
 ――|逃げる《移動する》わけにはいかないですから。
 今、考えるべきは決してサイコブレイドの一挙一動を見逃さない事。
 ――迷いがありそうです。何かと照らし合わせて苦悩しているような……。
 何か、はわからない。語らずの行動からの考察はそこまでが限界だ。
「でも、動かないならこうれが出来ます」

 動かないことで、条件を満たす事は可能。
 詠唱しよう、壱・弐・参。宇宙の力を集めるのなら。
 こちらも集めよう、|きらめき《プリズマストーン》を。
「|Révèle la lumière de la omniprésente.《あまねく光を示せ》」
 3秒詠唱する事に、増えていく、|遍在する祝福《ベネディクション・オムニプレザント》。
 ぽつぽつと|きらめき《プリズマストーン》は世界を照らす輝きとして創造から産まれるだろう。
 輝く星を束ねた輝きを、並べる事10個前後。
『それでどうする?俺の準備は完了した。チャージ完了、この力を滅ぼせるか?』
 ギャラクティックバースト――|剣《サイコブレイド》に宿る輝きを携えて、遠距離から男の目の色が見える近距離まで一気に距離を詰めてくる。
「出来ます、きっと!」
『では殺される前になんとかしてみせろ!』
 ギラギラと太陽のような恒星の輝きを発揮する剣に向けて、アルカウィケはえーいと全力できらめきを当てに行く。あたればいい。ただ、当たること願う。
 ――セット完了。
「ふん、輝き一つで止まる俺ではない。悪く思うな、これも仕事の延長だ!」
 振りかぶり、|きらめき《プリズマストーン》が全部同時に輝き始める。
『なに……!?』
「やめるなら、今のうちです今貯めたエネルギーの本流……それをくらうのはあなたですよ!!」
 アルカウィケに振り下ろされた剣を止める手段は、既になかった。
 発動したのは反射の魔法。
 そこに壁はなく、映されたのはドッペルゲンガーのように輝きのラインで像を結んだサイコブレイドの姿があった。本人が一番驚いただろう、幻なら切り裂けばいい。
 錯覚でも切り裂き進めばいい。能力なら打ち砕けばいい。
 破壊の思考の中で、"鏡返し"の法則を思い出す――眼前に見た像は偽物ではなく、そのもの。止めるすべは既に無く、外宇宙の閃光はサイコブレイド自身に跳ね返る結末を迎える。
 光が焼いたのは、自分の身体。18倍の威力など、当然浴びたことなどあるまい。
 ああ膝が笑っている……だが意識はまだ、此処に在る。
「でたのは蛇の方でしょうか」
『違うな……|修羅《鬼》だろう。死を恐れないやつは大抵……』
 死するまで、サイコブレイドは終わらない。内側も外側もボロボロなのにAnker候補を見る視線だけはどこか、アルカウィケにはモノ寂しげに映った。

エヴァンジェリ・マクダウェル

●閑話休題、話を聞いてもらおうか

「なんだ、お前。死に損ないか?」
 エヴァンジェリ・マクダウェル(吸血鬼のぜりぃ融合体・h01343)の初見挨拶はそれだ。あまりに素っ気ない初対面への一言であった。彼女は極度の人見知りであるが、死に損ないとズタボロ対象には何故か強気に出るのである。
「あ?オイオイ顔よく見せてくれよ、いやみえなくていいわキレそう。やべーイケオジじゃん???イケオジの波動物理とか死ぬんだが」
『死に損ないだと思うなら、さっさと戦って殺せばいいだろう』
「は??画面越しなら眺めてたい系イケオジ殺しとか、犯罪係数高すぎるだろ。私だって爆死はノーセンキュー!それとも私に同人本でも書き上げろってことか?知り合いじゃあるまいし、そんなナマモノからの創作物なんてお断りだが???文字は私の管轄じゃないし金を積まれないと却下オブ却下なんだが」
 サイコブレイドはため息を付く。
 なんだこの女、という感想が頭を占める。よく喋り過ぎだろう。
「ああそう金だよ金。浴びるような金の概念の話は小耳に挟んだんだ、3億円(概念)とかもう響きだけで面白いじゃん?こういうのは、概念だろうとなんだろうと肉眼で眺めるしか無いじゃん?Do you understand?」
 この女、やたらと喋るじゃないか――サイコブレイドは内心引いている!
 というか、弁舌だけが武器か?こいつ――。
「だってほら見てくれよ、私の周囲!わぁあ~~金の花吹雪だぞ!札束吹雪?してくれる3億円とか最高じゃん?札束風呂も良いねうへへへへへ~~」
 欲に溺れた、コミュ障とは。
 話を聞く耳を持つようで、持たない。
 サイコブレイドはこの時点で決意した。
 ああ、じゃあ会話は適当に横に流してこいつさっさと終了してやろう、と。
 |剣《サイコブレイド》を構え、宇宙エネルギーを集め始める。身体が耐えられるのはもう長くないかも知れないが、この相手を黙らせるには叩き潰す必要がある。
『夢が広がっていて結構。ただ、男は黙って行動するのが好きでね』
「いや~それが必殺の一撃ってやつ?資料に丁度いいがちょっと殺意が強すぎないか?肉眼とは言え画面越し希望なイケオジの攻撃対象が私とか目が潰れるんだが」
 あ、と脳天気な声でエヴァンジェリは言葉を途切れさせる。
「今、お忙しいと思うんだがね。同時に隙だらけとみた、私のかわいいかわいい奴らも見てくれよ」
 尚、拒否権はない。ぜりぃの|群《む》れは、指先一つでぞぞぞぞと突然湧き上がる。
 浮遊し、薄黄緑半透明で浮かぶぜりぃ――たちはふよふよとバストアップな上半身人型のフォルムを取って両腕を生やしてふよふよと、サイコブレイドに迫る!人畜無害そうな見た目と裏腹に、サイコブレイドはその目で確かに見た。近くまで接近されると圧力が凄い!!
『おいなんだこれは……』
「とんでけぜりぃ(自称)だが?固有名詞は生憎、お教えする機会がないが得意なのはハグだ。ちなみに私以外の相手にする場合は有料コンテンツなので今直ぐ金払えイケオジ」
『は……?お前、人の話聞かなすぎるだろ。いい加減その口を閉じろ』 
 チャージ完了。
 あとは全てを切り捨て――ぜりぃの群れにがっちりハグされており、駆け出せない。
「閉じる口はこういう時持ってないな。ほうらぷにぷにかわいかろ?いっぱい突撃して来るの愛らしいじゃん?抱きしめられてて羨ましいわ、でも料金未払なんですけど」
『握力設定がおかしいんじゃないか?俺は骨も内蔵もズタズタだ、痛いんだが』
「痛い?そんなバカな、こんなゆるゆるの不思議なぷるぷるからの愛が強すぎたかな、喜んで?」
『喜べるか!可愛いげの在るテディベアや、人を駄目にするクッションでだらけてるところを写真に納められて拡散される方がまだマシだ!!!』
「おーおー、怒号。元気がいいねぇ」
 エヴァンジェリの手がすっと上にあがってくる。
「こんなにぷにぷにぷるぷるした愛玩物体にいてぇ程たかられるのはご褒美じゃないのか?最高では???」
『地獄だろ、早く殺せよ』
「違う、と……ハー……そう……」
 フードの影に隠れたエヴァンジェリの視線が氷のように冷える。無関心への境地に興味が落ち込んだ途端にハイライトが消えて、上空へと伸ばした手は広げられていたが――グッ、と突然握り込む。抱きつきからの圧縮命令をハンドサインで出す。――ぜりぃ融合体でもある吸血鬼の命令を、傍受して抱きしめる威力は弱い光撃でも数が集まれば、徐々に上がっていく。
 具体的にはぜりぃ達が抱え込み、握り混んでいく!
『う、あああ!!!』
「……私、潰れたトマトとか見る気ないから」
 16体の薄黄緑半透明のスライム状のナニカがばきりぼきりと嫌な音をその内側に包みこんで、だんだん赤く染まっていく。命の終わりは儚いが、しかし――解釈違いはいけない。
「解釈違いのイケオジだったか……ショックだわ」

 かくして、男は解釈違いに作戦終了を余儀なくされた。
 悲鳴も断末魔もぷるぷるした存在の内側で何処かに届くことはなかっただろう――次の活動では、このような顛末を迎えませんように。死した彼は――ただ、望むだろう。
 此処に闖入者は今後簡単に訪れることはない。
 誰も眠りを妨げてはならない。ただ眠るべきルー・ガルーが、何かしらの縁をもって動き出すようなことがない限り。

 *

「……お?そっちは気に入った?ならついてくる?」
 |三億円《インビジブル》が、エヴァンジェリに盛大に紙幣の嵐を起こして関心を示したように見せた。|ぜりぃが好きなやつなら、ついてきてもいい《抽選ダイス結果、この概念Ankerの使用権はエヴァンジェリさんにお渡しします》と事件あとの因習村帰り、幻想の狼の遠吠えが一つ、二つと能力者たちの耳に確かに聞こえた。
――気がした。

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト