シナリオ

かみさまのいないにちようび

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●因果のもたらす報いには応じなければ
 薄桃色の髪をふわふわとさせ、アクセサリーにウサギモチーフが多く見られる少女が歩いていた。にこにことして、機嫌がよさげ。きっと天気のいい昼下がりだからだろう。
 鼻歌を歌いながら歩く少女は、ぬっと自分の前に誰かが現れた気配を感じ、目を開いた。
 そこにいたのは緑色のコートのフードを被った男。フードを被った上でサングラスをしている髭面の男など怪しさの塊だ。だが、ここは人気のない路地。少女も人気がないから歩いていた。
 無垢な色の灰色がぱちりと瞬く。あまりにも穢れのない眼差しに、いたたまれなくなったのか、男が低い声で一言、
「ごめんな」
「……あ」
 心当たりがないであろう謝罪の言葉に、少女は何故か|微笑んだ《・・・・》。
「うわさ、きいてる。あなた、サイコブレイド?」
「そうだとわかるなら、何故逃げない?」
 正体を見抜かれたところでこの男はプロだ。たじろぎはしない。しないが、中学生くらいの風貌の少女は、見た目に似合わぬくらいに落ち着いていて、にこにこにこにこ、笑っていた。
 外星体『サイコブレイド』と知っているのなら、その「うわさ」とやらを知っているのなら、思い当たるはずである。この少女は、「風花・水月」は勿忘・灯守という√能力者のAnkerなのだから。
 殺しに来た、と。
「いんがおうほうだから」
「なぜ」
「わたし、プラグマ、改造人間」
 √能力に覚醒しなかった。けれど組織の役に立つのなら処分はしない、と使われ続けた。下っ端のいつでも使い捨てられる戦闘員の役割など決まっている。
 プラグマらしいやり口の仕事を水月は担っていた。
「あなた、Anker人質、聞いた。わたし、むかし、そういうのやってた」
 ヒーローの家族、友人、恋人。それに限らず一般人のAnkerまで人質にし、時に殺す。それを拐い、密かに処分する役割を担っていたのが水月だ。
 しかも、プラグマは時に、下手人を敵対勢力の人物と偽り、仕立て上げ、仇討ちに燃える被害者遺族に偽の情報を流し、その仇討ちの助っ人として、水月を遣わすこともままあった。
 真実に気づこうものなら、口封じをしてしまえばよい。一般人相手なら、√能力がなくとも改造人間で事足りる。
 そういう醜悪な地獄に生きていた。
「わたしを断罪するひと、もういない。みんな殺したから。死んだから。でもね、あなた、来た」
 水月の目の中には、改造人間だからなのか、少し変わった光があった。十字架のようなハイライト。
 神も仏もないような世界にいた少女が、祈りの象徴を宿しているなんて、あまりにも皮肉が利いている。
 うぞうぞと、口内に苦虫が充満するのを噛み潰すような心地で、サイコブレイドは奥歯を噛みしめた。
 少女はとても嬉しそうに、にこりと笑う。
「因果応報、しかたない。あなたみたいなひと、たくさん生んだ。いつか報い、くる。知ってた。あなたに殺される、しかたない。これでいい。いいの」
 誰かの「復讐代行者」だった少女は、その過去を悲観しているわけではなかった。悲観はしていない、けれど……その気の据わり方は、あまりに。
 あまりにも。
「そこまで事情をわかっておいて、お前をAnkerとする者のために、生きようとは思わないのか?」
 飲み込みきれず、零れた。サイコブレイドの指摘に、水月はからからと笑う。
「あなた、むいてないよ。こういうの。気にしたら、おしまい」
 それはそうだ。「こういうこと」を繰り返してきた経歴からくる実感の籠った言葉に、男は閉口する。握られた男の呼び名と同じ名前の剣が、一閃。
 少女の最期は、
「ともり、ごめんね」

●顔向け
 √能力者たちが目にしたのは、大聖堂の教壇で頭を抱え、項垂れている勿忘・灯守だった。
 人の気配に気づいて、顔を上げた勿忘は、あらゆる言葉を喉の奥に飲み込んでから、端的に今回詠んだサインを話す。
「私のAnker、風花・水月がサイコブレイドに狙われている。水月は過去、プラグマで非道に手を染めていた。それがあるから、誰かに殺されるのは自分に相応しい報いだと……抵抗をしない」
 その声が震えるのは、無理もない予知だった。己のよすがたるAnkerが、無抵抗で殺されるだけでもきついのに、抵抗できないのではなく「しない」というのは……項垂れていた心中は察してあまりある。
「事は√マスクド・ヒーローで起こる。とても静かで穏やかな日だ。派手に動くとサイコブレイドは現れてくれないだろう。神様も昼寝しているような穏やかな日常を好きに過ごして、それから起こる事件、もしくは現れる怪人に対処してほしい」
 もし、その最中に水月に会うことがあれば、襲撃のことは知らせずに、声をかけて、気にかけてほしい、と勿忘は告げた。
 水月は吐き気のするような過去など微塵も感じさせない、にこやかな笑顔が特徴的な少女だ。少しカタコト気味の辿々しい喋り方をするが、おしゃべりは好きな見た目年齢相応の女の子。
「笑顔の裏で、いつか来る報いについて、ずっと抱えていたのか……?」
 少しやるせなさそうな勿忘の呟き。沈黙がしんしんと降り積もり、勿忘は首を横に振った。
「本当は私が行けたらいいんだが……星の詠み合いになるから、集中しなくちゃいけない。よろしく頼む」
 そう告げて、勿忘は√能力者たちを見送った。

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第1章 日常 『今日はカミサマもお昼寝してるよ』


●『今日はカミサマもお昼寝してるよ』
 梅雨が近づいてきて、雨の日も増えてくる季節。にも拘らず、その日曜日はぽかぽかとした心地よい陽気だった。
 晴れの日はいい。仕事をするのも休むのも、運動するのも眠るのも、気持ちがよくて、過ごしやすい。晴れが嫌いなひとなんて、そういないんじゃないだろうか。
 悪の組織・プラグマが跋扈し、暗躍する世界。彼らは一般人を平気で人質にするし、バスジャックやインフラの襲撃なども平気で行う。√マスクド・ヒーローでは、事件がひっきりなしに起こって、あちこちでヒーローと怪人が対決を繰り広げるのが日常。
 今日のような何もない日はとても珍しい。珍しいからこそ、かけがえがない。毎日が非日常だからこそ、日常の尊さがより噛みしめられるというものだ。

 そんな穏やかな日を楽しみながら、人通りの少ない道を歩く少女が一人。薄桃色の髪をふわふわとさせて、風花・水月が歩いていた。
 にこにこして、なんでもない風に歩いてはいるが、人通りの少ない道を選んでいるあたり、自分にまつわる揉め事を避けているのだろう。
 ——確かに、彼女がしてきたことは、道端で刺されても、仕方のないことかもしれない。けれど、因果応報だから仕方ない、仕方ない、と命を諦めてしまうのは……少し切ないような、もどかしいような、言葉にしがたい感情が芽生えるかもしれない。
 けれど、そんなほの暗さを微塵も感じさせない陽気で、水月は歩いている。
 出会わなければ、そんなこと、口走ることはないのだろう。そのときなんて来なければいい。水月だって平和で穏やかなときが好きだから、こうして日だまりの下を歩いているはずなのだ。

 大切なひとの、大切なこころを知らなかった。愛おしい日々を、もっと共に過ごしたかった——人生にそんな悔いを抱えたまま、生きるのはとてもつらい。
 だからいつだって、後悔のないように、前を向いている必要なのだ。
 何気なくて大切なことを、見落としてしまわぬように。
ガイウス・サタン・カエサル

●めぐり
 因果応報。
 悪事をはたらいた者には罰が巡る。そういう意味で使われることが多い。
 例えば、ほんの出来心でも盗みをはたらけば見つかったり、暴かれたり、信用を失ったり。嘘を重ねたぶん、言葉の重みが減って、誰の心にも届かなくなったり。些細でも、降り積もればそれは重荷となる。花びらほどもない雪が、冬に家屋を押し潰すことがあるように。
 因果応報、仕方ない。人を殺して生きてきた。ただ殺したんじゃない。偽装した殺人の偽装された犯人を依頼人の復讐心を負って、殺した。復讐なんて、因果応報の中央に存在する甚だしい観念ではないか。

「因果応報か。まあそう言う事もあるかもしれないね」
 ひとりごちたのはガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)。碧眼がすう、と開かれる。
 因果は巡る。良いことも悪いことも。そうやって世の中は均衡を保っている部分はあるし、悪い廻りばかりに立ち合う者はそうとでも思わないと生きていけない。
 それはガイウスも承知している。「因果応報」という言葉は摂理として人が語る、納得のしやすい理屈の一つだろう。
 しかし、それが全てか? それが根幹か? もし、そうであれば、楽園で原初の人間を唆した蛇の名が、今もなお横行し続けるのは、何故なのだろう。
 さる高名な堕天使と同一視される魔王。堕天使はやんごとなき身分から堕ちた。神に歯向かったことに対する因果応報と言えるだろう。だが、同一であろうと、なかろうと、人間を唆した罪は罰されていない。
 知恵の実を食べ、感情を知ってしまったから、人間は愚かになった。無知は愚かだが、罪ではなかった。けれど悪魔はその愚かさを罪にした。それが様々形を持って、その一つに憎しみが成り、復讐という終わらない輪廻を生んだ。人が殺されるようになった遠因は、その蛇にあると言っていい。
 けれど、蛇は殺されない。一説によれば、人間に知恵の実を食べさせた悪魔の行為は「救い」とまで言われているのだ。人間を無知蒙昧なままに育てようとした神の暴虐から、人間を救済した、と。
 邪悪と謳われる存在の邪悪と語られる行為も、別な側面から見れば真逆であるかのように讚美される。これは極端な例だったが、水月のことにも当てはまるだろう。悪逆無道で名の通るプラグマはともかく、簒奪者の中には己の信じるものがあり、それは時に正義であると同時悪たりうることを知りながら活動する者もいる。
 要は見方一つ。因果応報はその観念が必要なものにとっては大切なもの。だが、真理ではない。世の中の悉くに適用されるものではない。
 或いは、サイコブレイドも。
 ひとまず、ガイウスはジャケットを羽織る。
「サイコブレイド君とは一度会ってみたかった。良い機会なので行ってみよう」

 燦々と太陽が降り注ぐ。人気のない路地も明るくて、街が平和であることを示す。不穏の影も見当たらない。
 るんるんとした様子で静かな道を歩く水月が不穏と感じるのなら、それは星詠みの話を聞いたせいだろう。
 いつか、報いはやってくる。けれど、それは今がそのときでなければ、考える必要のないこと。見目は中学生くらいだが、割り切っているのだろう。楽しげな少女の姿は少し微笑ましい。
「こんにちは。いい天気だね」
「こんにちは。ほんと。おにいさん、おさんぽ?」
「ああ、そんなところだ。君は?」
「わたしも、おさんぽ! 晴れてる、すき!」
 無邪気そのものな言葉に、安堵を覚える。
 因果応報、仕方ない。そう笑って、死を受け入れると聞いていたが、根が暗いわけではないようだ。
「おひさま、ぽかぽか。あったかい、すき。あったかい、きもちいい。おさんぽ、楽しい」
「ああ、そうだな」
「もっとあるく。おにいさん、おさんぽ、気をつけてってね」
「ありがとう。君も気をつけていくように」
「うん!」
 警告でも、忠告でもない。通学路をはしゃいで帰る子どもへの声がけに近い。それくらい、平穏な日で、それくらいに水月は無垢な普通の子どものようだった。

ウィズ・ザー

●ひかりとかげ
 水月は人気のない道を散歩していた。といっても、人通りがないだけで、薄暗かったり、陰鬱だったりすることはない。
 陽射しが通っているのはいいことだ。悪事がつまびらかになることを「白日の下に晒す」などと表現するわけだが、光の目映い中で凶行をはたらくのは、悪人と言えど、気まずいのだろう。
 今日はカミサマもお昼寝してるよ、なんて呟いたのは誰だろうか。けれど、そうだ。カミサマがそんな呑気をしていても、安心していられるくらい、長閑だ。
 全知全能だろうが、カミサマは人間の元となったもの。休むことも必要だ。世界を創った七日のうち、一日はカミサマでさえ休んだ。今日はきっと、おやすみの日。
「みんな、いつも、がんばってる。きょう、おやすみ。おやすみ、大事。カミサマも寝る。なら、みんなもおやすみ、していい」
 ね、と誰に語るでもなく、水月は笑った。細路地でもないから、猫が通るわけでもない。語りかける相手はいないけれど、長閑で静謐なこの辺りの空気が、水月は好きだった。
 いつか来るナニカに怯えているわけではない。最初は……組織から救い出された当初は、怖かったのもあるけれど。穏やかな日々の和やかさに身を浸せば、それは気持ちのいいものだった。
 プールみたいな感じ。海じゃないから、潮水でべたべたになることもないし。こうして、晴れていると……ぽかぽかとひんやりが程よいコントラストで浸透していく。
 心地よい空気を吸い込んで、吐いて。そこでふと、ぬっと聳える影に水月は気づいた。
 影というか、闇。深淵を彷彿させるほどに深く深い色をしたソレは巨大の一言に尽きる。くぁ、とソレが欠伸をしたので、水月はソレが巨大な蜥蜴であることに気づいた。
「よォ、良い天気だなァ」
「ん、ほんと」
 ウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)が喋ったことに、水月は少し驚いた様子で目を見開く。「きょとん」と文字が浮かんできそうだ。
 けれど、すぐににこっと笑って答える。蜥蜴が巨大なことくらい、よくある話だ。ここは怪人が跳梁跋扈する√マスクド・ヒーロー。異形の怪人、改造人間などごまんといる。ただ巨大なだけの蜥蜴で驚いていては、心臓がいくつあっても足らない。
 それに、本当にいい天気だ。晴れが好きと先に語った水月。その言葉通り、晴れた日を堪能しているところだ。文字通り全身でぽかぽか陽気を堪能しているウィズの姿に、親しみを覚えている。
「とかげさん、ひなたぼっこ、たのしい?」
「あァ。こんな気持ちの良い時にまったりしねェなんて損ぢゃね?」
「わかる! ぽかぽかのとき、にこにこ。じゃないと、もったいない」
 ね、とにこにこしながら、自分の両頬を指で示す水月。無理に笑っている様子はない。てらいのない、翳りのない笑み。子どもは皆、こうあればいいと思う。
 水月は一般人。改造人間だけれど、√能力に覚醒しなかった。だからこそ、闇の世界から抜けられたのだろう——というのはさておき、√能力者でなければ、星詠みの力もない。予知なんて知らない。
 サイコブレイドが現れることも、仕方ないと笑って抵抗せずに殺されるのも、まだ起こっていないこと。彼女はそんな未来を知らない。知らないままでいい。星を詠んでしまった者は苦悩するだろうが、そんな予知を知らせなくていいと言っていた。
 ピンク髪の愛らしい少女を悲壮な決意に満たす必要はないというのもあるだろうが、「願い」だったのだろう。
 平和な時間をこうして、ありのままに謳歌できる子なのだ。それなら、心にわざわざ波風を立ててやる必要はない。
 ウィズは肩を伸ばすように、ぐいーっと腕を塀の上に立てる。巨大な影が伸びをする様は、だいぶ「日常的光景」から浮いてはいたが、カミサマを起こすには至らない。至って無害な闇蜥蜴だ。自分も昼寝をするのに、他人の昼寝や呑気を邪魔立てするのは筋が通らないだろう。
「とかげさん、まだここ、いる?」
「ん? そのつもりだ。お嬢サンはどうすんだい?」
「わたし、もう少し、あるく! とかげさん、おもしろい。もっとおもしろい、あるかも?」
 ウキウキとした様子。のんびりした日和に、出会いを楽しむ「冒険」と洒落込むか。それはそれで乙な過ごし方だ。
「気をつけて歩くんだぞ。変なオジサンとかについてくなよォ?」
「あはは、こんなおてんき、へんなオジサンも寝てるよ」
「ハハッ、だろうなァ」
 微睡むのに、あまりにも心地よい日。
 まあ、不審者というのは春先、麗らかな陽気になると増えてくるというが……変質者というには、どこかの「オジサン」は些か生真面目が過ぎる。
 そう笑えるくらい、太陽は優しかった。
 少女を影がそっと追いかけても、不自然でないくらいに。

パドル・ブロブ

●えがお
「報い、報いかあ」
 星詠みの話を受け、パドル・プロブ(ただちっぽけな雫・h00983)は星宿す瞳を悩ましげな様子で伏せた。
「そうだね……ここは、水月さんくらいの小さい女の子に、そんなことを考えさせてしまう世界なんだ」
 残酷なのは、水月だろうか。水月にそんな影を負わせるような道を与えた世界だろうか。責任を負わせるには、世界というのはあまりにも壮大で、定まりがなくて。他の誰かのせいにもできなくて、水月も苦しんだりしたのだろうか。
 コバルトブルーの奥で、そんなことを考える。が、悩んでいても仕方がない。
 気になるのなら、自分の目で確かめよう。

 外に出ると、確かに「今日はいい日だ」と思えた。何か特別なことがあったわけではない。ただただ天気がいい。湿度が高過ぎることもなく、暑すぎることもないからっとした快晴。過ごしやすい陽気。誰かの家のベランダで、洗濯物が揺れている。今日、布団を干したら、きっと夜はおひさまの匂いに包まれて、眠ることができる。
 お天道様がご機嫌なのは、それだけでさいわいだ。自然、口の端が綻ぶ。それくらい静かで当たり前なしあわせが「今日」を彩っていた。
 パトロールをするが、ここはそもそも人通りが少ない。人がいなければ、事件も起こることはない。猫が喧嘩していたり、犬がナニカの気配に吠える程度のアクシデントも、兆しすらない。
 平和だなぁ、とパドルは辺りを見回しながら、噛みしめた。束の間かもしれないけれど、本当に、ほんとうに、いとおしい。
 巡回を終え、パドルは人気がなくて静かな公園に向かう。一本向こうの道を行けば、商店街で賑わう大通りがある。人の賑やかさの好きな者はそちらに行くはずだが、水月は人気のない道を歩くと聞く。わざわざそう選んでいるのだろう。
 それなら、人気のない場所で待ってみたら、彼女が来るかもしれない、とパドルは公園のベンチに座る。誰かが締め忘れたのか、噴水タイプの水道から、ちろちろ水が流れていた。植木は綺麗に整えられ、一つだけある大きなケヤキが涼しい影を落としていた。落ち葉もなく、よく整備されている。
 木板のブランコは少し古びて見えるが、動物の乗り物はぴかぴかだ。経年劣化で少し塗装が禿げているのはご愛嬌。おうまさんのまんまるい瞳が、こちらを見守っているようだ。
 キィ、とブランコの軋む音がして、パドルはぱっと顔をそちらに向ける。ブランコの鎖を握って、何やら物思いに耽る少女がいた。ふわふわとした淡紅色の髪に、ウサギのヘアピン。水月だ。
「こんにちは」
「ん、こんにちは。これ、乗る、いい?」
「どうぞ」
 どうやら、ブランコに乗っていいか悩んでいたようだ。パドルがいるので、自分が乗って塞いでもいいものか、と思い悩んでいたらしい。優しく、平穏な悩みだ。
 きぃこ、きぃこ、とゆっくり漕ぐ。少し地面を蹴りながら、慎重に。けれど次第にぐいんと勢いよくなって、生まれた涼風に、水月はらんらら~♪と歌を口ずさみ始めた。
 太陽とおんなじ顔をして笑っている。
「ご機嫌だね。何かいいことあった?」
「あった! おもしろいこと」
 大きめの声で話しかけると、水月も元気な返事を返してくる。
 おもしろいこと。例えばどんなこと? と尋ねると、彼女はにこにこと教えてくれた。
「ひといないみち、ひと、いた。あいさつ、うれしかった。まっくろとかげさん、いた。おっきかった。ひなたぼっこ、きもちよさそう。それから、おほしさま、みつけた」
「おほしさま? こんな昼間に?」
 パドルの疑問符に、水月はブランコの速度を緩め、降りる。
 とっとパドルの眼前に立ち、顔を見上げる。水月の目の中の十字は、確かに星の煌めきを返していた。
「あなたの、目。おひるでも、ぴかぴか」
 きっと、どこにいてもわかるね。
 そう笑う水月に、パドルも笑う。
 笑顔が伝播する。
 誰かと語らって、笑い合っているのなら、おじさんも怒りはしないだろう。
 きっと笑顔が見たかったはずだ。パドルのではないかもしれないけれど。

第2章 集団戦 『潜入工作用改造人間『スニーク・スタッフ』』


●だれがこまどりを
「誰が駒鳥を殺したの」
 静かな公園で、マザーグースが聞こえた。黒い足音がカツカツと、硬質な音を立ててやってくる。
 大通りの方から、多少賑やかな様子で。こんな天気のいい日だから、こちら側に人が来ることもあるだろう、と。今度はどんな人が来たのかな、と目を向けた水月が、息を止める。
 にこりとも笑わずに、黒いスーツの人物がぞろぞろとこちらに向かっていた。色黒と表現するには少々不自然な黒さの肌。かっちりと着こなしているスーツは黒で統一され、手袋も革靴も同じ色で整えられている。コジャレた中折れ帽の下から覗く赤い目は、静かに標的を捕捉した。
 『スニークスタッフ』。一般に溶け込めるよう造られた改造人間。試験運用中ではあるが、優秀なプラグマの構成員である。
「それは私、と雀が言った」
 『駒鳥のお葬式』の歌では、ここから駒鳥を葬送するため、鳥たちが様々な役目に立候補していくわけだが、スニークスタッフは続きを正しく歌うつもりがないらしい。
 誰かを殺しておきながら、のうのうと生きる雀を許してはおけない、と。だから|水月《すずめ》を殺すのだ、と。
 因果の循環から、逃しはしない。仕方ないと思うのなら、そのまま死んでしまえば良い。
 向けられた銃口に、水月は声が出なくなる。スニークスタッフは、何かが違えば水月がなっていたかもしれない姿だ。
 因果応報を巡らそうとしている。

 それでも。
 未来は少し変わってきた。水月にとっては与り知らぬことだけれど、尖兵もなくサイコブレイドと対面する予知から、変化したのだ。
 大事に仕舞っていた傷を、抉られるかもしれない。因果応報は仕方ないと結局笑うしかなくなるかもしれない。
 それでも、少しずつ未来は変わって、水月が「生きる選択肢」を選ぶ余地が生まれ始めているはず。
 こんな素敵なおひさまに見守られて死ぬのも、悪くはないだろう。けれど、まだあなたに生きてほしいと願うひとがいる。罪ばかりを見つめる必要はない。

 もう少しだけ、良い未来を。
ウィズ・ザー
パドル・ブロブ
ガイウス・サタン・カエサル
アゥロラ・ルテク・セルガルズ

●うずのまんなか
 銃口が佇んでいる。
 表情を固くしていた水月だが、静かに問いを口にした。
「プラグマ、わたし、処分する? ……今更?」
「元下級構成員、しかも役立たずの失敗作が意図を理解する必要はないな」
 タン!
 つまらない戯れ言の時間だった、とスニークスタッフは水月を撃ったが、弾丸は影によって弾かれた。
「オイオイ、言ったじゃねェか」
 声がする。低く聞き心地のいい声。くつくつと笑みを忍ばせたような喋り方。
 影というより闇。水月につけていた影から、ぬうっと巨大な尾が現れ、パーティータイムの弾幕を蹴散らす。尾だけでなく、全身が影からむわりと立ち上ぼり、ウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)が姿を現した。
「変なオジサンについてっちゃダメだろォ?」
「とかげさん!」
 ウィズの目がどこにあるか——そもそも目がないことを理解していないため——わからないながら、水月はウィズに目線を注ぐ。
 その視線を受け、今度はウィズが問いかけた。
「なァ、お嬢サン。一個聞きてェンだが。……お前さんは今、プラグマに所属してンのか?」
 ふるふる、水月は首を横に振る。
「三年前、たすけられた。プラグマ、ぬけた」
「ヒーローカザハナの抹殺任務から行方を眩ましたと聞いた。忌々しいことにカザハナは身を隠すのが得意なようで、カザハナの目撃情報はあったのに、貴様は見つけられなかった」
 それが今回、居場所を特定することができたという。サイコブレイドの「Ankerを見分けることのできる√能力」。Anker抹殺計画の要とも言える能力が、奇遇にもプラグマの離叛者を発見した。
「離叛者を抹殺するのにおかしいことはないだろう? 我々は組織なのだから」
「でも、三年……諦めた、思った」
「あー、要するに、お嬢サンはプラグマから逃げてて、お前サンらは立派なプラグマのエージェントってことね。ナルホド」
「黙って帰る気はないようだね」
「!?」
 死角からの新たな声に、話していたスニークスタッフが身を翻す。ガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)がいた。
 新たな闖入者にスニークスタッフが銃口を向けるも、ガイウスの「魔人の剣」の方が速い。反応する暇すら与えず、剣はスニークスタッフを引き裂いた。ガイウスは【転翔】により、別地点へ転移する。
 そこら中にいるインビジブルのどれと位置を入れ替えるか。インビジブルが見えていたとしても、特定することは叶わない。何故ならインビジブルはどこにでもいるからだ。
 それでもガイウスを追おうと踏み出すスニークスタッフ。待機要員たちを集結させ、数でガイウスに挑もうとするが、ガイウスの【転翔】はただ転移するわけではない。ガイウスが入れ替わったインビジブルは消滅の魔力を帯びた地雷。触れればただでは済まない。
 それで硬直したところを待機要員もろとも【魔人剣】の下に伏す。
「そんなやつを庇って何になる? 今はプラグマでなくとも、そいつの成した悪行は消えてなくなりはしない」
「あー、ハイハイ」
 スニークスタッフの言葉を適当に聞き流しつつ、ウィズも【|星脈精霊術【薄暮】《ポゼス・アトラス》】による蹂躙を開始する。
 爪牙がスニークスタッフたちを蹴散らす。弾幕などものともしない。全長5mの蜥蜴からすれば、普通の人間サイズのナニカなど、蚊を払うようなものなのだろう。
 前に出たウィズに代わり、水月の前にはパドル・ブロブ(ただちっぽけな雫・h00983)が立つ。【|融合変深・最適化《アジャスト・オプティマイズ》】で耐久値を上昇させ、「星の光」を大盾にし、スニークスタッフの姿が水月に映らなくて済むように配置して防護。
 戦場で敵に背を向けるのは、命取りどころの話ではない。それでも、パドルは今回、水月と向き合って、話をしたかった。
 もちろん、防御だけして攻撃を何もしないなんてことはない。【|擬態解除・外星体混合形態《グロテスク・ブロッブ・モンスター》】を起動し、背中から触腕などを出し、敵を薙ぎ払い、貫く。ソレは外星体「グロブスタ」としての正体だった。
 触腕が薙ぎ払い、突き刺し、スニークスタッフたちの命を閉ざしていく中で、パドルは水月と目を合わせた。
「おほしさまのひと……」
「うん、改めまして、僕はパドル・ブロブ。よろしくね、水月さん。僕ね、灯守さんにあなたのこと頼まれて来たんだ」
「ともり?」
 パドルの口から出た思いがけない名前に、水月はきょとんとする。
 水月は勿忘が√能力者であることを知っているし、星詠みであることも知っている。√能力者の知り合いがいても、おかしくはない。けれど、水月のことを人に託すほど気にかけてくれているとは、思っていなかった様子だ。
「お話をさせてほしい。水月さんがプラグマでどんなことをさせられていたかは、大体聞いたんだ。……いつか、報いを受けるべきって気持ちになるのは、間違ってないと思う」
「ん。しかたないとおもう」
 今、銃口を向けられているのも、「因果応報」と受け入れているのだろう。助けに来たウィズ、パドル、ガイウスなどを拒むことはない。が、水月自身は抵抗らしい抵抗をしていない。
 そもそも、√能力者たちは水月に指一本触れさせる気はないわけだが。水月は激しく抵抗したり、反目したりする様子を見せない。驚いてはいたようだが、それだけで、静かなものだ。
 悲しみや嘆きはない。静かな運命の受容。中学生くらいの子どもが、死を受け入れる現状。
 こんな歪んだ世界で、受け入れるしかないと諦めさせる組織がある。
「おかしいよ、それは」
 しかたない、と述べる水月に、パドルはそっと提言した。
「確かに、手を下したのは君なんだろう。命令を実行したのも。でも、それじゃあ、殺した君だけが悪いの? 君に命令を出した人は? その作戦を考えた人は? それら全ての元凶であるプラグマは、見ての通り何のしっぺ返しも受けてない」
「……うん」
「因果応報っていう報いの渦がさ、いつか水月さんを呑み込んでしまうのだとしても——その中にプラグマを巻き込んでもいいはずだよ」
 パドルがそう言い放つのと同時、涼やかな風が通り抜けた。涼やかというより、凍てつくに傾倒した冷たい風。
 はっとするような冷たさに気づかされて見ると、スニークスタッフたちの弾幕は、スタッフの数そのものが減っただけではない威力の減少が見られた。
 この場にいるのはパドル、ガイウス、ウィズの三人だけ。三人共場に漂い出した冷気を扱う存在ではない。
 √を越え、彼方より。アゥロラ・ルテク・セルガルズ(絶対零度の虹衣・h06333)の【零】により、場に氷属性のデバフがもたらされる。銃が凍てつき、発射不能。地面が氷結し、移動不能、もしくは移動困難となる。
 インビジブルとの位置入れ替えで移動するガイウス、定位置から動かずに対応しているパドル、巨体による蹂躙のため、小器用な動きの必要のないウィズには全く支障がない。ただただスニークスタッフのみに正しく障害として作用している。
 冷風が頬を撫でる。水月を優しく、諭すように。
 姿もなく、声もない。けれど、慰めるような温度だけがある。あなたを今、責めたりはしないよ、と。
「プラグマを……できる?」
「できなきゃおかしいよ。無辜の人々はもちろん、水月さんと同じ思いをしたひとだって、きっとたくさん生んでいる。それなのに、ヤツらはピンピンしてる。
 ほんとに因果の循環があるならさ。その環っかの中にヤツらが放り込まれてなきゃ、因果応報なんて言葉で納得はできないよ。それで納得してしまったら、いつまでも繰り返される」
 ——サイコブレイドのように。
 循環。いつか報いが来る。悪いことをしたなら、罪に対する罰は粛として受け止めなくてはならない。その考えは正しい。
 そう考えられる人ばかりだったなら、悪はのさばらない。今日もプラグマなんて組織が生き続けてはいないのだ。
 Anker抹殺を狙い、あらゆる√を飛び回る今回の首魁・サイコブレイドも、Ankerを人質にとられているという。望まず、この渦に放られ、呑まれようとしている。水月と似たようなことになっている。
 でも、水月とは大きく違うことがあるのだ。
「お嬢サン、今はプラグマじゃねェんだろ?」
「うん」
 ウィズがスニークスタッフを一人、また一人と喰らい裂きながら、水月に投げかける。
 スニークスタッフとも、サイコブレイドとも違うこと。それは無視のできない大きな違いだ。
「なら、まずケジメをつけるべきは『今』悪いことをしてるヤツ優先。そう思わねェか?」
「何が違うというんだ」
 黒いジャケットで目眩ましや闇に紛れたりを試みながら、接近してきたスニークスタッフが反論する。
 溜め息を吐き出しこそしなかったが、ウィズは呆れたような、憐れむような雰囲気で叫んだスタッフの方を向く。
「過去の罪は消えない。組織に唯々諾々と従い、任務をこなしておきながら、抜けたから普通に暮らしますなんて許されると思ってい゛っ」
「騒々しい」
 ガイウスの魔人の剣が喚くスニークスタッフを両断。耳障りな言葉を並べる者がなくなる。
 誰かを殺しておきながら、のうのうと生きる雀を許してはおけない。そんなことを宣いながら、ではお前たちがやっているのはなんだ? 「人殺し」ではないのか? あまりに滑稽が過ぎる、とガイウスは思考していた。が、口にはしない。わざわざ諭してやるような甲斐性を持ち合わせてはいないし、ガイウスはスニークスタッフに言葉を交わす価値を感じていない。
 誰かに従うばかりで、きちんと自分の理念で行動していないのだろう。水月より優秀? 能力面はそうかもしれないが、紙よりも薄っぺらな言葉しか吐かないではないか。そんな言葉にわざわざ耳を傾ける趣味はない。
 それはガイウスだけではなかった。ウィズもテキトウに相槌だけ返して、踏みつけ、躙り、裂き、喰らう。
 水月も、もうスニークスタッフたちの言葉に心を揺らされることはなかった。自分を真っ直ぐ射抜く星宿す目だけを見ている。
 いつか、報いは来る。救われて、落ち着いてから、ずっと心の片隅で覚悟はしていた。それでいいんだ、それが正しいと思っていた。
 元々、組織の歯車として造られた水月。歯車は一つの大きなナニカの中に組み込まれたら、自分からは外れられない。ヒーローによって、ナニカの中から取り出されたけど、「プラグマ」という枠組みから出られても、もっと大きな「理」と呼ばれるモノの中からは出られない。
 それは、悪から抜けた水月だけじゃなく、プラグマそのものだって同じはずだ。スニークスタッフにだって、今、報いは与えられている。
「なんでお前ら如きが裁き下せると思ったンだよ」
 ぐしゃり。蜥蜴が一つ潰した。
 報いを、死を与えられたスニークスタッフの体は消えていく。やがて別√で再構築される命。穏やかな陽光の下、透けるように消えていく。
 |太陽《カミサマ》に嫌われたみたいだった。

第3章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』


●かみさまのいないにちようび
「……詠み返したところで、どうなるわけでもない、か」
 ふらり、男が現れる。フードを目深に被り、サングラスをして。こんないい日和なのに、まるで太陽が嫌いみたいだ。
 水月が、男を見る。男は不思議そうな眼差しを向けてくる少女から、目が合うなり逸らした。
 詠み返したと言った。星詠みの託宣に干渉するのは、√能力者なら誰にでもできること。男が——『外星体『サイコブレイド』』ができることに、何ら不思議はない。
 男と水月の邂逅は起こらなかった未来となった。それでもサインを覗いて、男はこの少女がもしもの未来で何を話したか、知ってしまったのだろう。
「あなた、わたし、殺しに来た?」
「ああ、そうだ。風花・水月。お前を殺す。その前に一つ、いいか?」
「おはなし? きくよ」
 サイコブレイドのことは知っているらしい。「因果応報、しかたない」という悲しい言葉は口にしなかったが、水月はあっさりと自分を殺しに来た存在を受け入れた。
 言いたいことがあるらしいサイコブレイド。水月がさらっとOKしたものの、√能力者は油断せず、男を注視した。男は剣を構えることなく、ただ水月を見る。三つ目は少し、苦しげな色を宿していた。
「既にこの場の能力者たちにも様々忠言されたことだろうが、命を粗末にするんじゃない。お前はAnkerなのだから、勝手に消えようとするな。せめて抗え」
 プラグマの造った改造人間だ。√能力がなくとも、無力ということはあるまい、と男は続ける。
 水月は不思議そうな目をしたままだ。
「わたしは、ふうかの……ともりのほんとのAnkerのみがわりだから。だから……だから……」
「誰かの身代わりだとしても。Ankerにするというのは己の命を預けるということだ。生半可なことじゃない。それくらいの価値がお前にはある。命と心を握っているんだ、Ankerというのは。だから、√能力者は全霊を賭けてAnkerを守る。それが失われるのは、自分が命を落とすより、ずっとつらい」
 ——だからこそ、「Anker抹殺計画」なんてものが生まれた。
 男は、「Ankerの命」を選んだ。矜持や信念など、どれだけの「譲れないモノ」を乗せても、Ankerの方に天秤は傾く。それくらい重い存在なのだ。
 かけがえがない。何者にも変えがたい。全てをおいて、優先するもの。

 Ankerを失うかもしれない。その恐怖を男はよく知っている。一秒ごとに噛みしめている。ひどい味のジャムが塗られたパンを、口に押し込まれたみたいだ。

 水月が何も知らないただの一般人のAnkerなら、「おはなし」なんてせずに、切って捨てた。
「あなた、むいてない」
 叶うことなく終わったサインと同じことを言う水月。知っている。
 そんなこと、わかっている。
 本当はこんなことをしたくない。赦されざる悪を犯したくはない。少女の無垢な命を摘み取りたくない。誰が好き好んで因果応報の渦に巻き込まれたいものか。
 時には猫を、犬を、墓標を、天使を、とても美しい風景さえ、手にかけなければならなかった。
 人がどんなに美しくとも、彼は立ち止まるわけにはいかない。
「どうとでも言え」
 口内を満たす苦いものぜんぶ、吐き捨てるように男は言った。
 剣を一振り、臨戦態勢。
 ……吐き出したところで、苦味は消えてくれなかった。喉を焼くようなえぐみも。

 ずっとこのまま、抱えて生きる。
パドル・ブロブ
ガイウス・サタン・カエサル

●あなたにふくむかいかぜを
「姿を現しておいてそれとは本当に向いていない……というか|殺《や》る気がないようだね」
 サイコブレイドの言葉に、ガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)がそう呟く。
 落胆したわけではない。予兆からサイコブレイド自身は「Anker抹殺計画」に乗り気でなさそうなのは読み取っていた。既に数多の計画が阻止されている。その事実は人質を取られている彼にとってはプレッシャーがかかると同時、安堵も招いているのではないだろうか。
 殺さないでくれ、死にたくない、という悲鳴を聞きながら殺すのと、わかった、仕方ないね、と受け入れられて殺すのと、どちらが響くのだろうか。ガイウスたちに予知を話した星詠みの話では、水月は後者だった。サイコブレイドの口振りからするに、彼も同じものを見た様子。
 言葉をかけずにはいられないほどに、情を移したか、心を抉られたか。——それでも、剣を放そうとはしない。殺る気は削がれていても、成し遂げねばならない事実は変わらないからだろう。
 その点を踏まえると、サイコブレイドも少々憐れだ。が、「やる」ことを変えないのならば、こちらとて容赦の必要はない。遠慮なく殺らせてもらおう。
「能力者である君は、非√能力者のAnkerと違い真実の死は訪れない。君が殺され、計画を一つ挫かれる分には、誰も死ぬ事がないという訳だ」
「簡単に言ってくれるな」
 サイコブレイドがガイウスに迫る。だが【ハンターズ・ロウ】はガイウスの眼前にいることで、移動力と戦闘力が三分の一になるデメリット部分しか活きていない。いくら百戦錬磨の|王権執行者《レガリアグレイド》だろうと、移動力三分の一。見逃すわけがない。
「【黒白】」
 ガイウスに呼ばれた白と黒の球体が飛ぶ。サイコブレイドは回避に努めるが、【黒白】の球体は光速だ。ほとんど回避が間に合わず、剣で対応した。しかし、【黒光】による崩壊消滅の力に触れ、その刃に亀裂が走る。
 腹に、肩に、頬を掠めて、【黒白】はサイコブレイドに傷を与えていった。
 痛みもあるのだろう。顔を歪めながらガイウスから距離を取るサイコブレイドの前に、もう一人、√能力者が立つ。
 パドル・ブロブ(ただちっぽけな雫・h00983)だ。
「こんにちは、サイコブレイドさん。
 僕は外星体グロブスタのパドル。あなたとお話ししてみたかったんだ」
 外星体。宇宙を漂った果て、地球人との融合を果たした未知の生命体の一つ。厳密な種族は違えど、元々がそういう星間生命体というのが、サイコブレイドとパドルの共通点だった。
 それもあるのかもしれない。パドルが黙っていられなかったのは。
「お話ししてみたかった? 殺しに来たのではなくてか? 仲良しこよしがしたいのなら、今じゃなくてもよかっただろう」
「駄目だよ、今じゃなきゃ。伝えたいことはきっかけを掴んだそのときに伝えなくちゃいけない」
 先にガイウスが述べた通り、√能力者は真実の死を迎えない。Ankerを座標とし、インビジブルとなった肉体は世界に観測され、形を取り戻す。生き返るとも言うし、少しスパイスの利いた「死に戻り」という表現もある。
 それでも、同じ能力者とまた会えるかはわからない。肉体は戻っても、精神や記憶がそのままとは限らない。生命というのは刹那的だ。例えば瞬き一つする間に、サイコブレイドの気が変わって、水月にその凶刃を振りかざす可能性はある。そういうことをしないのが、サイコブレイドをサイコブレイドたらしめる気質だとわかってはいるけれど。
 人間も、動物も、そんな刹那に意思を変えてしまうような気紛れな生き物なのだ。信念が強いひとだと、例外はあるかもしれないけれど。
 自分の気持ちも、変わってしまうかもしれない。今、話したくてたまらないこの気持ちも、明日にはなくなっているかもしれない——死んでいるかもしれない。
 だから、今じゃなくちゃ駄目なんだ。
「あなただってそう思ったから、水月さんに言葉をかけたんじゃないの? やりたくないなら、来なくたってよかった。僕たちが来るってわかっていたんなら、日取りをずらすことだってできたはずだ。そのあたりは何かしがらみがあるのかもしれないけれど。
 あなたは水月さんに、今日会うことを変えなかったよ」
 伝えたいことを伝えるのが「今」じゃなきゃ駄目だと、思ったからじゃない?
 パドルの投げかけに、男は沈黙を守る。
 自分がおしゃべりをしたくとも、相手が応じてくれるかは別の話。答えがなくとも、パドルは落ち込まなかった。まず、自分の伝えたいことを口に出すことが大事なのだ。
「もしもあなたと同じ状況になったら、きっと僕も同じことをするよ。あなたの言った通り、Ankerは大切でかけがえのない存在だ。僕にとってだってそう」
 きっと、「彼女」も、おじさんを守るために全霊を注いだよ、と心の中で付け足す。大切な人の大切な人。だから大切なのもそうだし、自分自身が大切にしたいと願うから、守りたい。
 何を犠牲にしてでも。犠牲なんて、生みたくはないけれど……パドルはサイコブレイドと同じように、Ankerを、「おじさん」を人質に取られたら、そこまで平静を保てるかわからない。おじさんを——ダンさんを助けたければ、その他大勢を殺せ、と言われたら、きっと殺す。
 人殺しに正しさなんてない。紛うことなき「赦されざる悪」だ。それでも、踏み外す。そうわかる。胸が痛むほどに、サイコブレイドの苦悩や葛藤に、パドルは共感できた。
「だからこそ、あなたのことを全力で止めにきた。水月さんのことは、傷つけさせない!」
 強い星の煌めきを湛えて、パドルはサイコブレイドを見据える。サイコブレイドはほんの少し、顎を引いた。
 少し溜めてからの、踏み込み。
 パドルは星の子。|宇宙《ソラ》の気配が「サイコブレイド」に集まるのを見逃さない。【|閃星《ヒラメキボシ》】で速度上昇、サイコブレイドに超速で接近し、その勢いのまま、拳を叩きつける。
 サイコブレイドは剣でジャストガードするものの、パドル全力のぶん殴りパンチに、既に亀裂の走っていた剣は砕けた。【黒白】の光球がもたらした崩壊消滅の効果が効いていたのもあるだろう。【ギャラティックバースト】のチャージが霧消する。
 これは好奇、とパドルはもう一発ぶん殴りパンチを食らわせようとするが、サイコブレイドは剣の残骸を拳と着弾部の合間に入れ、緩衝材としてダメージを抑える。
 それでも避けられないのは、【ハンターズ・ロウ】により移動力が落ちたままだからだろう。戦闘力も落ちているのだ。畳み掛けよう、と息つく間もなく、パドルは【|擬態解除・外星体混合形態《グロテスク・ブロッブ・モンスター》】で自身の本来の特性と言える黒い不定形の腕を伸ばす。
 サイコブレイドは武器を失ったが、咄嗟にガードに転用する臨機応変さ、残骸を打撃武器として使ってくることも考えられる。剣の残骸だから、角が立っていて殺傷力が高そうだ。
 予想通り、その凶器がパドルを捉える。パドルはサイコブレイドから目を放さない。が、決して避けることはしなかった。だって、それを待っていた。
 「星の光」が新たな形を成す。パドルの手に握られるため、現れたのは片手斧。グリップはそう誂えたように、パドルの手によく馴染んだ。
 サイコブレイドはパドルの狙いを察したが、気づくのが遅かった。もう攻撃動作は終わりかけており、不定形のナニカたちが、「逃がさないぞ」というように、男の体をがしりと固定する。
 剣の残骸が刺さり、青い血液を散らしながらも、カウンターでしっかり斧を振り下ろすパドル。青よりも赤が多く飛び散った。
「ぐ……」
「種族としても、戦士としても、積み重ねた年季では、僕はあなたに敵わないかもしれない。それでも」
 星はじっと、男を見つめていた。
 定形があることだけが、強さではない。外星体グロブスタは誰よりもそれを知っている。そして、宇宙で最も定まりがないものが何なのかも知っている。
 そのカタチが定まったときがどれほど強いかも。
「譲れないものはあるんだ!!」
 あなたと同じだよ。|大切なひと《Anker》は譲れない。
 でも、それは「自分の」Ankerでなければどうでもいいとか、そんなことにはならない。Ankerを見分ける目をパドルは持たないけれど、Ankerであるからには、誰かにとっての大切なひとなのだ。水月もそう。
 大切なひとを大切にしたい。それが自分じゃない誰かのものであっても。
 大切にしているうち、きっと自分にとっても「大切なひと」になる。パドルにとって、おじさんがそうだ。
(本当は、あなただってそうじゃないの? Ankerがわかるあなただからこそ、本当は殺したくなんてない、慈しみたい……そう願うから、苦しいんじゃないの?)
 かなしいよ。

 そんなパドルの眼差しを受けても、サイコブレイドは|ただちっぽけな雫《なみだ》すら流すこともできなかった。

 流してはいけない。——それはまだ、譲れないから。

ミア・セパルトゥラ

●おひるね、しよう?
 星間生物に、涙はあるのだろうか。
 ナニカを欠落したとて、そもそも概念として存在しないものは流すこともできない。宇宙で水が上から下に流れるとは限らない。上や下がわかるのは、重力があるからだ。
 星の中を、宙を揺蕩っていた生命は、そもそも涙など持たなかったのではないか?
 ——だとしても、サイコブレイドは、己が成さねばならない悪に苦悶を浮かべ、唇を噛みしめている。少し空を見上げているのは、空を懐かしんでいるのだろうか。俺もかつて、あの中にいた、なんて感傷的に。
 人は涙をこらえるとき、天を仰ぐんだ、なんて正論を言ってやるな。正論は逃げ道を塞いでしまう。どこにも逃げられなくなったら、誰よりも殺さなくてはならないのは「自分」ということになってしまう。
「あなた、どうする? そんなになっても、まだ、たたかう? ……ころす?」
 √能力者たちによって、サイコブレイドから引き離されてはいるものの、水月は問いかけを投げた。気になるのだろう。外星体といえば、水月をAnkerとする星詠みもそうなのだから。
 ともりも、あいたい? だから、みた? ……ともり、やさしい。だから、まもりたい。
「たぶん、あなた、ともり、にてる。だって、いっしょけんめいす、」
「話は……そんなに聞かせてもらってないよ!」
 バーン! 唐突。乱入。だれ、きた。
 思わず|天の声《地の文》までもが水月口調になってしまうような突飛さで現れたのはミア・セパルトゥラ(M7-|Sepultura《埋葬》・h02990)。彼女も星詠みの力を持っていたりするが、たぶん今はあんまり関係ない。
 ツッコミを待たずに彼女はつらつらと続ける。
「だからここまでの事情とかよくわかんないよ。でも、緑の触手おじさんにはどうしても言いたいことがあってきたんだよ……!」
 ふわふわしていて全体的にゆるーい印象のミアだが、よほど大事なことを伝えにきたのだろう。きりっと顔を引き締める。
 おはなしをしたいタイプの能力者が多い気がするな、と脳内でごちつつ、サイコブレイドはふう、と一息。なんだ? とミアを見る。
 ミアは顎に手を当てて、思い出しながら語った。
「おじさんが予兆で出現したのが5月20日。今日は6月10日……ちょうど三週間。やっと、三週間。
 それなのに、いくらなんでも

 は た ら き す ぎ ー!!!!!」
 溜めるミアにサイコブレイドも水月も緊張したが、叫ばれた一言にきょとーんと目を丸くした。
 確かに、今回の星詠みである勿忘・灯守が案内する「Anker抹殺計画」は今回のこれが二件目。その他にも数多の星詠みたちがこれ関連の星を詠んで、「Anker抹殺計画」は「今|話題《はやり》の任務」と呼ばれるほど。
「あなたは、今までにAnkerを抹殺しようとしたシナリオ本数を数えてみたことがあるのかな?」
 これは「Anker抹殺計画」に執心しすぎたとある√能力者が依頼の数を数えた話なのだが、既に五〇件を超えているとか……。
 未解決のものも含めた数ではあるが、三週間でこれ。三週間とは二十一日であるので、単純計算一日二件以上も事件を起こしていることになる。事前準備や、誰も予知できずに完遂した任務もあると思われる。二件で済むかわからない。
 マルチタスクができるのはシゴデキの証だが、ほぼワンオペなサイコブレイド。何せAnkerを見分ける能力は今のところ彼にしかない。計画の性質上仕方ないことかもしれないが、ほぼ全ての始末をつけに出てくるのはサイコブレイドなので……実は協力者の怪人に「サイコブレイド」を渡して【潜在能力解放】とかで怪人さんが強くなるというサインもあるらしいんですが、あんまり聞いたことないですね……。
「外星体同盟って、ブラック企業も真っ青なんだよ……」
 語りながら、自らも顔を青ざめさせるミア。労働基準法って知ってる? とまだ立ち上がっていないサイコブレイドと目を合わせた。
「悪の組織に労基法が効くと思うか?」
「がんばろう。たたかおう。労基法は労働者のための法律だよ。やりたくない、組織の方針に不満があるなら、ストライキ起こして仕事ほっぽったっていい。人間だってそうしてるよ」
 ぐ、と拳を握るミア。いたいけな少女の熱弁に、サイコブレイドはちょっと心が揺らいだりした。元々揺らいでいたので、無理もない。
 ミアの弁も「正論」とまではいかないとしても、一理あるのは間違いない。悪の組織がなんだ。有給は労働者に与えられるべき正当な報酬です!
「代わりの利く下っ端戦闘員さんなら百歩譲ってまだわかるけど、……いや、わからないかも……私だって、バックアップ素体いっぱいいるけど……使い捨てられたりするのいやだな」
「かわり、ない。だれも……だれも」
 |少女人形《レプリノイド》はバックアップがある。オリジナル素体が死んでも、まだ替えが利く。
 だからって、死んでもいいやなんて思わない。思えない。死ぬのは怖いし、死に戻るとしても、痛いのはいやだし、苦しいのもいやだし……。
 誰かが代わりになったとして、それは「自分」ではないし。組成とかが同じで、見た目がそっくりそのままだとしても、それはやっぱり「私」ではないと思うから……いやだな、とミアはぽつりとこぼす。
 代わり。身代わり。それは水月の心にも波紋をもたらす言葉だった。自分は、勿忘のもう一人のAnkerの身代わりと思って生きていたから。
 ——ともり、かわり、ちがくて、ちゃんと、わたし、Anker……?
 それは、本人に聞かないとわからない。けれど、わかるためのピースは、ここまで戦ってくれたみんなが埋めてくれた。
 あとは、サイコブレイドを倒すだけ。武器の壊れてしまった相手に、アサルトライフルを向けるのはちょっとあれかな、とミアは思った。話の流れはわからないけれど、武器なしの肉弾戦も強そうな感じは見ていてわかったし。
 とりあえず、一言。
「その剣の修理、経費で落ちる?」
「……わからん」
 ブラックだ! これこそ闇よりも黒いというやつ!
 『外星体連盟』の恐ろしさに戦慄きつつ、ミアは念のためスクリーンで水月を護りながら、【|オフトゥンになったねこ《オバケニナッテトンデクルネコ》】を発動する。【|少女分隊《レプリノイドスクワッド》】でなく増えたミアの姿に驚くべき反応速度で回避を試みるサイコブレイド。しかし、質量の伴ったミアの分身は、どーん、と横から体当たりを見舞う。
 ……攻撃ではないけれど。
「な、な……っ!?」
『かみさまもおひるねしてるんだよ。あなただって、おひるねしていい。オフトゥンはきもちいいよ……?』
 ミアの声が柔らかく耳朶を打つ。サイコブレイドは戸惑いながらも、もう逃げることもできない。
 ここが楽園でなくとも、逃げられないあなたへ。今日くらいは死なないでただ眠ることが許されてもいいんじゃないかな。許されなくてもせめて、少し、安らげますように。

 刺客の男は行動不能となった。邪魔にならない物陰に移動させ、水月の手を引いてその場を離れていく。
「あのひと、だいじょぶ?」
「わからない。でも、いつか、大丈夫になったらいいね」
 ミアの言葉に水月が頷く。

 傷つけたし、傷ついた。
 でも殺されなかった。殺さなかった。
 かみさまのいないにちようび、ご加護はないかもしれないけれど、せいいっぱいやったなら、それでいいと思うんだ。

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