シナリオ

血煙の契約

#√妖怪百鬼夜行 #祭文峠・陽織

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 #√妖怪百鬼夜行
 #祭文峠・陽織

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●請願成就の代償は
 冷たい霧が峠を覆う晩冬の夜。
 月明かりすら遮られた闇が包む山道の先にある、朽果てた霊廟。
 注連縄。呪符。神楽鈴。数多の祭具によって幾重にも封印が施された祭壇に、呪文詠唱の声が響く。
 燭台の炎が赤黒く揺らぎ、黒い塵となって消滅する祭具。空間そのものが軋むような音を立てる中、現れたるは巨大な影。
 大妖『|荒覇吐童子《あらはばきどうじ》』――その名を聞けば、人も妖も震え上がる存在。
 「力こそが古妖の故」を掲げ、あらゆる敵を滅ぼし尽くした、血塗られた犯罪妖怪の総大将。
「我を封印の枷から解き放ちしは貴様か。」
 そのぎょろぎょろとした目が、呪文詠唱の声の主たる半人半妖の男を睨め付けた。
「成就と共に命を支払う覚悟が有るのならば、望みを語れい。」
 偉丈夫すらも竦み上がる様な威圧の声を受け、然し感情の消えた表情は少しも動かず。身の丈|六尺と僅か《180cmほど》、狼の容貌を色濃く残した青年は重い口を開く。
「……俺の家族を奪った奴らを、この世から消し去ってくれ。」

●悼みに、手当を
 じっと目を閉じていた神谷・月那(人間(√EDEN)の霊能力者・h01859)が、眦を上げた。
「……√妖怪百鬼夜行で、荒覇吐童子の封印が解かれました。」
 彼女の予知によると、封印を解いたのは妖狼の血を引く半人半妖。
 名を|祭文峠《さいもんとうげ》 |陽織《ひお》と言う。
 家族は歳の離れた弟ただ一人。その弟は、彼が行商に出ていた僅かの間に押し入ってきた賊に命を奪われてしまった。
 賊は後に捕まり、裁きに掛けられるというが――。
「……極刑は望めそうにないと。そう聞かされた彼は復讐心に駆られるまま行動を起こしてしまいました。」
 封印は解かれ、契約は成り。荒覇吐童子が本格的に動き始めるまで、凡そ4時間。
 放置すれば請願成就の代償で陽織は死に、完全な自由を得た荒覇吐童子によって数え切れないほどの人死にが出る。
 それは避けねばならない。

「……荒覇吐童子は手始めに、『霊域指定地帯』と呼ばれる場所で配下を得ようとする筈です。先回りして霊域指定地帯の中心部に進み、穢れを祓えば敵は配下を得られなくなるでしょう。」
 ただ……と、月那は口ごもる。
「霊域指定地帯の詳細は、私の予知では読み切れませんでした……。なので、場所などの詳しい情報は陽織さんから聞き出さなければいけません。不幸中の幸いですが、彼は荒覇吐童子の封印を解いた事に対して葛藤を抱えているようです。……寄り添うか。正論で諭すか。説得の方針は皆さんにお任せします。」
 悲劇の連鎖を食い止める為に協力して欲しい。
 そう言うと、月那は√能力者達に頭を下げた。

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第1章 日常 『サイノカミ』



 俺の命が代価となるのは別にいい。
 他に大勢が巻き込まれて死のうが、関係ない。
 賊が惨たらしく殺されて、弟の仇が取れれば関係ない。
 ざまぁ見ろと嗤って、哂って、笑って死んでやる。
 ――。
 後悔なんてしない。
 覚悟は決まっていた。
 契約を終えた直後までは、そう思っていた。

 サイノカミの炎をぼんやりと見つめながら、自らの行いを反芻する。
 復讐の達成を目前にしながらも、復讐心と正気の狭間で揺れる彼の心はどこか空虚だった。


●邪気払いの炎
 サイノカミ。災いを退け、平穏を祈る行事で焚かれる炎。
 一部地域では、その火で餅などを焼いて食べると病気にならないと伝わる。
 封印を解いた霊廟から暫く山道を下った先の麓の集落でも其の行事は行われているらしく、未だ日の昇らぬ暗い内から明々と炎が燃えている。
 これから古妖との戦いに赴くキミは、験担ぎに神聖な火で身体を暖めて行っても良いし、何なら腹ごしらえに何か食べても構わない。
 幸いにも小さな炊き出しが行われており、甘酒や団子や餅、焼き蜜柑、豚汁といった温かなものが提供されている。
 
 そして一人ぽつんと離れた場所で、神妙な面持ちで炎を見つめている人物。
 説得対象の陽織も、この場に居た。
マスティマ・トランクィロ

●揺らめく炎、揺れる心
 焚き上げられたサイノカミの炎は、夜闇を切り裂くように力強く燃え上がっていた。炊き出しの甘い香りや、人々の話し声が小さな広場に温かな空気を漂わせている。
 その中に、どこか異質な空気を纏った一人の男――マスティマ・トランクィロ(万有礼讃・h00048)がいた。

「このお餅はとっても美味しいね、柔らかさと焼き具合の絶妙なバランスだ!」
 マスティマは炊き出しを手伝う村人たちと笑顔で話しながら、今し方食べ終えた焼き餅を賞賛する。その瞳には悪意の影もなく、全てを肯定するような優しい光が宿っていた。
 人々との会話の最中、ふと彼の目が離れた場所に在る陽織の姿を捉える。ひとり静かに炎を見つめる彼の背中には、どこか孤独な影が映っていた。

「やあ、君。」
 陽織の元へと歩み寄ったマスティマは、手に持った甘酒の杯を差し出しながら微笑む。
「寒くはない?この甘酒、とても美味しかったよ。一杯どうだい?身体を温めると、少しは心も軽くなるものだから。」
 陽織は少し驚いたように顔を上げたが、すぐにその視線を逸らした。だが、マスティマは気にする様子もなく、すぐ隣に腰を下ろす。
「無理に話す必要はないよ。」
 静かな口調で続けるマスティマ。彼の声にはどこか安心感を与える響きがあった。
「実はね、君が少し寂しそうに見えたんだ。事情は聞かない。ただ、袖振り合うも他生の縁と言うでしょう?僕は、君の味方でいたいだけだ。」
 陽織の手は甘酒の杯に伸びることなく、膝の上で握りしめられている。その様子を見たマスティマは、静かに肩をすくめた。
「僕にも弟がいるんだ。」
 紅玉より尚深い、赤い瞳。月の光を其の儘絵筆で撫でたかのような銀髪。身体は冷たくとも、心温かな優しき騎士。
「もし彼に何かあったらと考えるだけで、胸が締め付けられるよ。」
 何気ないようで重みのある言葉が続く。
「だから、君の気持ちを否定するつもりはない。きっと、君が抱える痛みは僕なんかには想像もつかないだろうしね。」
 陽織は小さく息を飲んだ。その横顔に一瞬だけ影が差したのを、マスティマは見逃さない。
「ねえ。」
 柔らかい声で彼は続ける。
「僕が今君にできることなんて、せいぜいこうやって甘酒を勧めるくらいだけれど。それでも僕は君に健やかでいてほしいんだ。いつか、その痛みが和らぐ日が来ることを願っている。」

 そう言い終えると、マスティマは立ち上がり、炎に目を向けた。
「何かあったら、いつでも声をかけてね。」

 陽織は答えなかったが、握りしめられていた拳が僅かに緩む。彼の胸中に芽生えた小さな変化に気づく者はいなかったが、炎の揺らめきがその心を少しだけ温めたかのようだった。

密羽・守康

●夜の語り手
「いや、どうにも大きい火は苦手でして……あなたもそんなクチですか?」
 密羽・守康(梟眼の門番・h00596)の控えめな声が静寂を破る。
 振り返った陽織は相も変わらず無言だったが、その空気に拒絶の意思がないことは感じられた。

「ボク、昔は遊郭で門番をしていたんですよ。堅物ばかりでは客も困るだろうと、融通を利かせていたつもりです。」
 守康は歩み寄り、炎に目を向ける。その視線はどこか遠くを見ているよう。
「そこでは、いろいろな人を見ました。一時の温もりを求める人、後ろ髪引かれつつ帰る人……そして、あなたのような顔をして復讐に燃える人も。」
 陽織がかすかに眉を動かした。微細な兆候を捉え、守康は静かに続ける。
「復讐を果たした人もいましたよ。でも彼らの死に顔は皆、鬼のような形相のままでした。それを見ていると、どうにも不憫で。」

 陽織は炎から目を離し、守康を一瞥する。険しさの残る表情には、小さな迷いが芽生え始めていた。
「復讐をやり遂げた奴は、満足したのだろうか。」
 低い声で問う陽織に、守康はわずかに驚いた表情を見せたが、すぐに穏やかに応じる。
「さあ、どうでしょうね。ただ、一つだけ確かなのは、もしあの世で大事な人に再会できたとしても、そんな表情では哀しまれるだけだろうということです。」
 ハッとしたような表情を見せる陽織。

「もしお前が復讐できる立場だとしたら……どう思う。」
 陽織の低い声に守康は少し間を置き、静かに答えた。
「ボクなら……相手に会えた時、喜んでもらえる顔でいたいと思います。」
 その言葉は柔らかくも深い響きを持っていた。
「まあ、こんなことを言えるのも、こうして命があるからこそですけどね。」
 微笑を残し、守康は静かにその場を去る。

 陽織はその後ろ姿をじっと見つめ、再び炎に視線を戻した。その瞳に宿る光は、確かに揺れ始めていた。

ニア・ナイトメア

●つまみが結ぶ記憶の灯
「おにーさん、一人はにゃれてどうしたにゃ?」
 陽織がぼんやりと炎を見つめていると、気の抜けた声が唐突に耳をくすぐる。
 顔を上げると、銀髪に青い瞳を持つ若い女が立っていた。
 どこか人懐こい雰囲気を漂わせた彼女――ニア・ナイトメア(世界を駆ける猫娘・h03859)は、軽快な仕草で陽織の隣に腰を下ろす。

「まるで自分がやったことに対してよかったのかどうか、葛藤して思い詰めてるみたいにゃよ。」
 そう言いながら、彼女は手に持った酒瓶を軽く揺らした。瓶に見覚えのある紋様が刻まれたその酒は、陽織も名だけは聞いたことのある上物。
「よかったらお酒とおつまみでも一緒にどうにゃ? 一人で抱え込むより、お酒の力に頼って誰かに吐き出してみたらいいにゃ。」
 例えば……私とかおススメにゃよ、とニアは冗談めかして笑い、陽織の返事も待たずに焼き餅やスルメが載る皿を差し出した。

 陽織はその皿をちらりと見て、深いため息をつく。
「……さっきからどいつもこいつも、心を読んでるみたいに話しかけてくるんだな。」
「んー、その表情を見れば見当くらいはつくにゃよ。"顔に書いてある"ってやつにゃ。」

 皿から餅を一つ取り、じっと見つめる陽織。鼻先にふわりと漂う香ばしい香りが、ふと記憶を引き寄せた。
 数年前のサイノカミ。弟と一緒に参加したあの夜。薪の爆ぜる音、鮮やかに揺れる炎、楽しげな声――。陽織は無意識に餅を握る手に力を込めていた。

「アイツも……餅が好きだった。」
 ぽつりと零れた言葉に、ニアはちらりと陽織を見た。しかし、何も言わずに団子を口に運び、悠々とした態度を崩さない。
「おにーさん。その餅、冷める前に食べた方がいいにゃよ。温かいものを食べると、少しは暗い考えから離れられるものにゃ」
 彼女の無邪気な声に、陽織は小さく肯き餅を口に運ぶ。
 記憶と重なり合う食感が呼び水となり、思い起こされるのは笑顔で餅を頬張る弟の姿。
 陽織は胸の奥で、暗い決意が音を立てて軋むのを確かに感じ取っていた。

臥陀杜・天仄

●蛇が導く、再度の選択
 夜の闇にゆらめく炎を受けて、金の瞳が静かに輝いた。
「こんばんは。元気ないけど、大丈夫?」
 白髪の青年、臥陀杜・天仄(黎明を希う・h04125)が陽織のそばに立ち、首を傾げて問いかけた。
 陽織は僅かに顔を向けるが、暗い瞳が再び炎に落ちる。

「あなたから古妖の妖力を感じるんだ。奴ら、弱った心の隙に付け入るからさ。」
 天仄の言葉に陽織は顔を伏せたまま、ただ沈黙する。天仄は話を続けた。
「何が言いたいかっていうとね――あなた、古妖に利用されてるんだよ。このままだと虐殺の首謀者にされちゃう。」
 これから起こる事実を切々と伝える。
 心情に寄り添ったりするのは、他の仲間たちがしてくれているだろう。だからこれは、天仄が己に課した役目だった。
「無関係の人が大勢死んで、それ以上に理不尽に遺される人が、君みたいに増えるんだ。」
 天仄の言葉は柔らかくも鋭く、陽織の心を覆う鋼の外皮を打ち砕いていく。

 陽織は肩を震わせた。
「ああ……荒覇吐童子が虐殺を起こすことは、薄々感づいてはいた。」
 声は途切れ途切れだった。拳を固く握りしめ、炎を見つめたまま言葉を続ける。
「正直……賊が死ぬなら、その他大勢がどうなろうと関係ないと思ってた。でも……復讐心に駆られるあまり、弟の気持ちが見えなくなっていた。もし、あいつが俺の選択を見たら……きっと悲しむんだろうな。」

 陽織の瞳に涙が浮かぶ。震える声で紡がれる後悔が、夜の静寂に溶けていった。天仄はゆっくりと口を開く。
「陽織さん、まだ間に合うよ。取り返しがつく状況なんだ。」
 冷静な声音でありながら、その瞳にはどこか人間らしい温かみが宿っていた。

 陽織は歯を食いしばり、嗚咽を噛み殺しながら肩を震わせる。
「俺は……俺は。……復讐を、諦める。だから――荒覇吐童子を止めてくれ。」
 その絞り出すような声に、天仄は静かに頷いた。その仕草には、陽織の選択を確かに受け止めたという誓いが込められていた。

第2章 冒険 『霊域指定地帯』



 サイノカミの広場より北北東、直線距離で凡そ10㎞程の山の中腹。
 続いていた山林が突如としてぽっかりと途絶え、そこに拡がるは夜の闇が横たわる原野。
 錆びついた武具や苔むした鎧の破片が大地に埋もれ、荒れ果てた景色が死者たちの無念を物語る、嘗ての "兵どもの夢の跡" 。
 その古戦場こそが『霊域指定地帯』であった。

 屠られた数多の妖怪から生じた邪悪なインビジブルが封印されており、荒覇吐童子は此れを配下として得んが為、正に此の地を目指している。
 そして荒覇吐童子の封印が解けたことに呼応するかのように、古戦場の中心部には黒紫色の穢れが集まりつつあった。
 周囲に冷たい空気が満ちる中、蠢く穢れからは不気味な囁き声が響いているかのようだ。
 どうやら、この穢れを√能力や武器の一撃で祓えば、邪悪なインビジブルが現れる事態を阻止できるらしい。

 だが。

 到着したキミたちを阻むのは、荒狂う霊力の渦だった。その渦は侵入者に対し幻覚として作用し、過去のトラウマを呼び起こす。
 血塗られた記憶、親しき者の死、自らの絶望。その幻覚は現実のように鮮明で、心を蝕む恐怖を与える。
 トラウマの無い者とて例外ではない。霊力は狂乱する暴風となりて容赦なく襲いかかり、進む者の身体を裂こうとする。

 荒覇吐童子との会敵まで、残り凡そ1時間。
 星詠みの言葉が告げた其の刻限が近づくごとに、空気はますます重く冷たくなっていく。

 過去の疵に相対する勇気と覚悟。或いは風を裂き、打消す為の知恵。
 各々が誇れる強みを以て――かの悪妖の企みを撃ち破れ。
臥陀杜・天仄

●蛇瞳の風路、其の先に在るもの
 赤地に白円を描く蛇の目傘が風に揺れた。
 荒れ狂う風の中、臥陀杜・天仄(黎明を希う・h04125)は微かに笑みを浮かべながら、楽しそうに瞳を細める。

 「さて、どうやら手荒い歓迎を受けたみたいだね……俺のトラウマ、再会できたりするのかな?」
 呟いたその一瞬の後、目の前には異様な光景が広がっていた。
 人の骨が、風の中心に佇んでいる。
 風に晒されながらもその骨は崩れず、まるで生者のような存在感を放っていた。

 「なるほど、こう来るかあ」

 天仄は低く呟き、静かにその骨を見つめた。
 鋭い瞳には一切の恐れがなく、その代わりに淡い興味が宿っている。
 そして視線を逸らし、軽い調子で肩をすくめた。

 「でも……見慣れた姿で出て来られちゃ、俺としてもガッカリだ」

 淡々と言い放つその声には、どこか乾いた響きがあった。
 嘗て自分が喰った唯一の友達――その記憶を彼は静かに思い返していたのだ。
 天仄は後悔も恐怖も抱かない。ただ、冷静にその事実を受け入れているだけだった。

 蛇の目傘を軽く振る。鮮やかな赤の軌跡が骨へと鋭く走り、次の瞬間、骨は砕け散った。
 暴風に巻き込まれ、骨の破片が空へと舞い上がる。
 天仄はその光景に目を留めることなく、傘を閉じ、呪符の束を掴んだ。

 「陽織さんを大量虐殺者にするわけにはいかないからね。俺も役割をしっかり果たさないと」

 呪符を足元に放ると、それらは連なるように地を滑り、蜷局を巻く形で配置される。
 呪符の力が荒れ狂う風を堰き止め、瞬く間に静寂が広がった。

 風の壁の向こうではなおも霊力の暴風が吹き荒れているが、天仄の周囲には一時的な安全地帯が生まれている。

 「さてと、次はどっちだ……」

 蛇妖の瞳を宿す双眸が霊力の流れを捉える。
 渦巻く暴風の中で濁流のように黒く輝く線――穢れの濃さが際立つその方向を彼は見定めた。

 「見つけた……あっちが目的地だね」

 天仄は地面の呪符を数枚剥がし、それを改めて自分の身体に貼り付ける。
 皮膚に貼られた呪符が鈍く輝き、彼を穢れから守る盾となる。

 準備が整うと、天仄は迷いなく歩を進めた。
 蛇の目傘を再び開き、その鮮やかな赤が暴風の中でひときわ目を引く。
 呪符の力に身を守られながら、彼は穢れた空間の中心を目指して駆け抜ける。
 
 「もしまた会えるなら、今度は肉が付いてる状態で出ておいで」
 
 軽口を叩くように呟きながら、天仄は蛇のようにしなやかに風をかわし、闇の中を進んでいった。
 赤い蛇の目傘が揺れ、彼の背中を照らすように煌めいていた。

密羽・守康

●燃え尽きた遊廓の記憶
 密羽・守康(梟眼の門番・h00596)は、霊力の渦に吸い込まれるように目を閉じた。
 それは無意識の反射であり、同時に自らの内面に潜るための決意。
 闇が訪れると共に、脳裏に浮かぶ光景。

 ――遊廓を飲み込む大火。
 その火炎の中に佇む、歪で巨大な古妖の影。

 心の奥に刻まれたこの光景は、守康にとって乗り越えられない壁だった。
 だが、今は――

 「……ボクには、進むしか道はない」

 トラウマを未だ克服できていない自覚がある。
 それでも、己の足を止める理由にはならない。
 生き残った以上、無理矢理にでも前進する責任がある。

 深く息を吸って。
 細く細く、吐き出した。その瞬間、守康の気配が変わる。
 梟霊との繋がりが濃くなると、彼の瞳に冷たく光る金色の輝きが灯った。

 「ホウ……では、最短距離で行かせて貰おう」

 口調と共に、守康の動きは人間離れしたものへと変化した。
 迷うことなく一直線に中心部へと進む。
 幻覚の炎は熱気を伴い、守康の精神を焼かんと襲い来る。

 「ならば」

 バサリ――!

 その場に見届けるものが居たのなら、そんな音を聞いただろうか。
 梟霊の力。翼は視えずとも羽搏くような音を一つ残し、守康は更に加速する。
 
 ちりちりと肌が焼けるような幻覚痛、然し守康の足は止まらない。
 熱風と化した精神的な苦痛や恐怖を、梟霊の力を借りることで無理矢理に捻じ伏せ誤魔化しているのだ。
 その姿は危うさを孕んでいたが、それでも彼の意志は揺るがない。

 中心部に近づくにつれ、空気は淀み、穢れの気配が濃くなる。
 彼は一瞬たりとも足を止めず、ついに中心部へと到達する。

 「ホウ、ここで終わらせる」

 守康は力強く宣言し、その身体を梟霊と完全に同化させる。
 |梟霊憑依・最大濃度《ナイトハンター》――猛禽類のような異形の爪脚が、鋭く空間を一閃する。
 瞬間、重力すら歪めるような引き寄せの力が発動した。
 穢れの中心に渦巻く禍々しい存在が、抗う間もなく守康の眼前に引き寄せられる。

 「……役目を果たす!」

 鋭利な爪脚が、異形の中心へと叩き込まれる。
 絶叫のような音と共に穢れは断ち切られ、その場に静寂が訪れた。

 守康はふらりと一歩後ずさり、未だ暗い空を仰ぐ。
 克服が成ったわけではない。
 だが、その視線の先にはわずかな光――希望の兆しが見えていた。

ニア・ナイトメア

●夜の狭間に響くもの
「にゃー……これは、ひと手間かけなきゃダメそうにゃね」
 小さく溜息をつきながら、女は肩をすくめた。柔らかな声と仕草とは裏腹に、その瞳には鋭い光が宿っている。

「戦闘モードに移行」

 ―― ぱんっ ――

 重く冷たい空気を割るかの如く、穢れた霊地に柏手が一つ響く。
 その瞬間、気ままな猫のような雰囲気は音もなく彼女から消え失せた。
 縦細となった瞳孔の鋭さは針の如く。闇の中で仄かに輝く、青い瞳。
 纏うは戦闘人形めいた威圧感。
 凛とした無表情のニア・ナイトメア(世界を駆ける猫娘・h03859)は、そこに"顕現" していた。

「術式行使」
 低く厳かな声が響くと、光の粒が彼女の前で収束し、御札の形を成す。

「見え、聞き、触れ、嗅ぎ、味わうならば、生死の境は幽玄の彼方」
 詠唱が霊域の静寂を切り裂いた。
 霊力は彼女に従い、渦となって彼女に集う。

 彼女が行使せんとしているのは、『狭間の宴会場』の神より零れ落ちた権能の、ほんの僅か一欠けら。
 宙に浮く御札に、その術式が光輝く文字となって刻まれ始める。

 霊力は今や、ニアを中心とした大渦となっていた。
 呪力や妖力――曖昧なエネルギーすら巻き込みながら、彼女は御札に術式を刻み込む。
 儀式の仕上げに、彼女は指先を噛み、血判を御札に押した。
 光が閃き、術式が完成する。

「儀式系術式行使完了。目的地への移動開始」
 荒れ狂う暴風が侵入者を排除しようと、容赦なく襲い掛かる。
 ――だが、どうしたことか。
 美しい銀の長い髪が、ニアの歩みに合わせてふわりと揺れるばかり。
 幾ら吹き荒れようと、彼女に傷一つすら付けられない。

 しゃらん。しゃらん。
 鈴鳴を思わせる程の荘厳さで、彼女は狂乱の風の中を静々と進む。
 足元でボロボロと崩れ落ちるのは、先の儀式で作り上げた身代り札。
 札は暴風を受け止め力尽き、その役割を終えたのだ。

 暴風域を抜けると、彼女の歩みはゆっくりと止まった。
 その神威に当てられたか。
 意思の無い筈の穢れが小さく纏まる。

「怯えなくとも良い」

 ニアは自然な動作で片手をそっと空間に薙ぐ。

「|疾《と》く、|去《い》ね」

 その瞬間、霊域の中心に滞っていた穢れはたちまち霧散し、光の中へ消えた。
 吹溜りだった場所を、ニアの青い瞳が静かに見下ろしている。

 それは冷たく、美しく、どこまでも静謐な光景だった――。

マスティマ・トランクィロ

●地獄に咲く絆の炎
 マスティマ・トランクィロ(万有礼讃・h00048)は目を見開いていた。
 瞳の焦点は宙を彷徨い、荒い呼吸が耳障りなほどに響く。痛みと苦悶に歪んだ顔が、ついに限界を迎える。

  ――ご ば り――

 喉を突き破るような音と共に、血と呪詛を吐き出した。鉄錆びた匂いが鼻腔を満たし、視界は暗転していく。
 身体は沈み、意識が遠のく――自らがぶちまけた、血の海へ。

 「苦しい……」
 嗚呼、これは僕の記憶なのか? それともただの幻想か?
 胡乱な頭で必死に思考を巡らせ、漸く一つの結論が像を結んだ。

 「思い出した……あの√では、僕は、もう」
 弟の仇を討てなかった悔しさ。
 残された妻の未来が心配だったこと。
 何もできなかった自分への無力感。
 
 それでも、最期の瞬間に考えたのは――
 闇に覆われたその先へと手を伸ばすように、記憶の糸を手繰る。

 ――、――何、だっけ。

 手応えは、無い。
 ふっつりと切れた糸の先に何があったのか。きっと、きっと、何よりも大切な想いだったはずなのに。
 思い出せない事が、無性に寂しくて。

「……これが、僕の欠落なのかもしれないね」
 呟いた声は微かで、虚ろだった。
 横たわったまま、マスティマは力なく目を瞑る。

 穢れが這い寄る。
 新たな犠牲者を喜ぶかのように、じわじわとその身体を包み込み


 ――― 🔥 ―――


「……熱っ」

 突然の刺激に思わず声が出た。
 |タンゴ・マーレボルジェ《獄炎の第八曲》。弟が自分にくれた、お守り代わりの炎。
 その炎の熱が、いつの間にか指先に触れていた。
 深紅の揺らめきに叱咤された気がして、マスティマは正気に戻る。

 そうだ。
 何度も挑んで、失敗して。その|無残な結果《ガラクタ》が山になっていたとしても。
 それらは一つ一つが「めでたしめでたし」に至る為の愛しい|欠片《ピース》たちだから。
 天を見上げて、望んで焦がれて積み上げて。
 何度でも何度でも、何度でも――

 ……嗚呼、そんなの、まるでバベルの塔じゃないか

 知らず心で呟く自嘲に、寂しげな笑みが浮かぶ。
 かの神話は、塔を崩されて終わってしまったけれど。

 ……大丈夫だよ

 それでも、遥かに遠い「望む結末」を手にするまで、マスティマは諦めない。

 ――僕は、今度は上手くやる

 記憶の裏に浮かぶ弟に、改めて決意の言葉を。
 マスティマは息を吸い込み、心の澱を振り払うように大きく吐き出した。
 
 まずは陽織の正しい選択に、応えてなくてはならないから。
 マスティマの心に呼応するかのように、炎は熱と勢いを増し、穢れを次々に呑み込んでいく。
 其れは、神曲に綴られた地獄の業火のように燃え上がって――。

第3章 ボス戦 『大妖『荒覇吐童子』』



 狂風が霊域を駆け抜ける中、異様な気配が漂い始めた。
 巨大な影が、歪んだ空間の中より進み出でる。

 体躯に刻まれた無数の傷跡。血塗られた歴史が形を持ったかのような威容。
 その姿は、全ての者が耳にしたことのある伝説の名――「荒覇吐童子」。
 名状しがたい威容と、膨れ上がる邪悪な気配が周囲を覆う。

 彼のぎょろぎょろと動く目が足元を見下ろし、穢れの力が静かに薄れていることに気付く。そして――。
「ほう。」
 低く、しかし明瞭に響く声が空間を震わせた。

「我が手駒を奪うか……貴様ら、なかなか楽しませてくれるではないか。」
 ぎらぎらと光る瞳と共に、彼の口が大きく裂ける。
 それは愉快さを隠そうともしない、けたたましい笑い声だった。
 風と共に響き渡るその声は、あまりの不気味さに、立ち尽くす者の膝を震わせるほどだ。

 だが次の瞬間。
「調子に乗るなよ、羽虫共――!」
 轟音のような怒声が響き渡る。笑い声とは打って変わり、その声には憎悪が満ちていた。

 彼が一歩足を踏み出す度に大地が揺れ、冷えた空気が一転、焼き付くように熱を帯びる。
「我が謀を撃ち壊した貴様らを生きて返すわけには行かぬ、その首我が祭壇に捧げてくれるわ!」

 その瞳には、もはや愉悦の影は一切ない。
 剥き出しの敵意と圧倒的な力に、全ての者がその場の空気に押し潰されそうになる。

 斯くして古戦場は年月を経た今、再び悪夢の中心へと変貌を遂げた。
 だが、この地に立つ者たちの瞳は、決して曇らない。

 目の前に立ちはだかるは、荒覇吐童子。
 規格外の威に屈することなく、此の厄災を穿ち抜け!
逢沢・巡
エミリー・ローレライ
御兎丸・絶兎

●電撃・側面急襲
「マイクチェックだよ、ーーーーー♪♪」
 突如、静寂を破るように、空気を切り裂く歌声が響き渡った。
 エミリー・ローレライ(深淵海の邪神系歌姫・h00384)の奏でる甘美な音波が荒覇吐童子の頭部を揺さぶり。

「お疲れの相手に連戦を強いるなんて、随分卑怯なんだな? |総大将《・・・》!」
 生じた僅かな隙を突き、瞬電の如き速度の踏み込み。

 ――ダァァン!!
 そこから放たれる鋭い蹴撃が荒覇吐童子の胴に突き刺さる!

 蹴りを受けた荒覇吐童子の体が揺れる。
 ぎょろりと動く血走った目は、青い雷光を纏って着地した御兎丸・絶兎(碧雷ジャックラビット・h00199)の姿を捉えた。
「新手か……!」
 胴を軽く押さえ、荒覇吐童子は忌々しそうに低く呟く。
 攻撃の構えを取ろうと彼が一歩を踏み出した瞬間――。

「ビンゴぉ~♪」
 のんびりした声と同時、轟音と共に爆風が荒覇吐童子の具足を襲った。
 いつの間に仕掛けたのか、逢沢・巡(散歩好きなLandmine・h01926)の地雷の爆発により具足に僅かな罅が入る。

 荒覇吐童子は視線を巡に向け、唇の端を歪ませて冷笑を浮かべる。
「命が惜しくないと見た、我の祝勝には三つの|箔濃《はくだみ》となっての参加を許そうぞ! 」
 右腕が赤黒く燃え上がり、周囲の穢れを纏い始める――「鬼道怪腕撃」の発動だ。
 その瞳には、3人の「隙」がありありと映っている。

「おっと、流石に能力なしでブットバせるほど甘くはないかー!」
 絶兎が軽口を叩きながらも、雷を纏う脚を再び地面に叩きつけた。

 荒覇吐童子はさらに一歩を踏み出し、その足音が大地を震わせる。
 戦場の緊張感が一気に高まった。

 3人の姿勢が同時に変わり、それぞれの行動準備を整える。
 荒覇吐童子と3人――正面からの激突が、ついに幕を開けた。


●挑発する者、狙い打つ者
 隙を見抜かれている上、荒覇吐童子程の手練れと正面から戦り合えば勝ち目は全くない。
 アクセライズ・ウェアを以てしても剣戟を防ぎ切る事は叶わず、膾切りにされてしまうだろう。が――

 ダ ン !

 踏み込み一番、音を置き去りに絶兎が跳ぶ。
 直後、その地面に斬撃が深々と刻まれた。
「羽も無いのに良く跳ねよるわ、さては蛙の妖か?」
 妖刀による一閃を避けられ、荒覇吐童子が吐き捨てる。

 絶兎の能力、|雷・参・兎《ライジンラビット》。これにより3倍に引き上げられた戦闘力を、彼は全て脚に回す。
 更にエミリーの歌声によって幾分鈍くなった荒覇吐童子の剣速、これで漸く回避が叶う。
 そう、当たらなければどうという事は無い!

「カエルじゃなくて兎だ、ギョロ目オヤジ!!」
 雷光曳いて疾駆し跳躍、まるで揶揄うかのように荒覇吐童子の攻撃を誘っては避け。
 そうかと荒覇吐童子が他の二人に標的を移せば、絶兎は即座に急所目掛けて蹴撃を見舞う。
 然し荒覇吐童子とて無策ではない。
 ブン! と風音立て、蹴り脚を狙い澄ましたかのようにギラつく妖刀が迫る。

「うおお、やっば……!!」
 刃紋が不気味に光り、絶兎の脚にその刃が食い込む刹那――
「なーんてな! |創顕《アライズ》!!」
 絶兎の手から伸びたマジックハンドは荒覇吐童子の頸を掴み、一気に収縮、勢いそのまま顔面に|両脚蹴り《ドロップキック》を叩き込む!
「ちょこまかと目障りぞ、チビ猿……!」
 片目へのクリーンヒット、荒覇吐童子も片目を押さえつつ吠える。

「チビじゃねェ!! あと猿じゃなくて兎!!」
 禁句に触れられ、反射的に激昂する絶兎。
 挑発に乗った。――釣り上がる荒覇吐童子の口角、前傾姿勢から地を踏み砕き、予備動作無しで繰り出される巨躯の突進!
 絶兎の引き攣った表情を間近に捉える、|殺《と》った――!!!

 瞬間、脳を掴んで揺さぶるような、強烈な衝撃が荒覇吐童子を襲う!!
「が……あァッ!?」
 翻筋斗打ち、どどう!! と地響き立てて転げる荒覇吐童子。

「私の歌を聞いてその反応、かなり失礼さんでちゅねー?」
 聞く者を魅了する声が荒覇吐童子を煽り、ドローン「AirDJ」のスポットライトが声の主を照らす。
 エミリーだ!
「観客はお前一人、わたしのライブを有り難く拝めって話ですよー」
 続けざまのガスグレネード、「dasGift」6連射!
 ステージライブのスモークめいて、白い煙が立ち込める。

「芸者を呼んだ覚えは無い、其の顔二度と見れぬよう醜く八ツ裂いてくれよう!!」
 |蠢くスモークに脇目もふらず《・・・・・・・・・・・・・》、妖刀構えた荒覇吐童子、抜刀と同時に閃いた軌跡は四つ!!
「田舎侍はお触り禁止ってルール、知らないんでちゅかねーっ!」
 煽りつつもエミリーは即座に「歪音アイドルフィールド」を展開、世界の歪みを以て剣戟を弾き飛ばす!
 一つ、刃は彼女を掠めていく。
 二つ三つ、数本の銀髪がはらりと舞い、頬に薄く切り傷が付く。恐らく次の四つ目は首に届く……!

「間・一・髪ッ!!」
 エミリーの姿が消え、荒覇吐童子の剣は空を薙ぐ!
 絶兎は剣閃が届く寸前にエミリーを抱えて跳躍、文字通りの脱兎!!

「お触り禁止って言ってるのにー」
 絶兎に抱えられたまま、お礼代わりの軽口ひとつ。
 窮地を脱したエミリーは、絶兎と共に再び荒覇吐童子と対峙する――

●計略、爆発の連鎖
 時間を僅かに戻そう。
 戦場にスモークが焚かれたのを目の当たりにし、巡は目を輝かせていた。
 身を隠せる。何より地雷の敷設を気取られない。

(これは……これは、ワタシの腕の見せ所ですね?!)
 リュックサックを引っ掴む。
 |M18型にM14型《対人円盤型地雷》、標的が大きいから|HB876型やPRB M-409型《対戦車円筒形地雷》もアリかもしれないなぁ……!
 選定終了と同時、巡は低姿勢で駆け出した。

 激しい戦いの音が鼓膜を叩く。地響きの中、彼女はスモークの中を駆け回る。
 巡の動きに合わせてスモークが揺れるが、荒覇吐童子は気付けない。
 この場が草地である事も味方した。地雷はばら撒くだけで草陰に埋もれ、全く見えなくなる。
 迅速に、大量の地雷を仕掛けられる好環境……!
 荒覇吐童子の動線をシミュレーションしつつ、敷設位置を脳内で精確にマッピング。
 絶兎とエミリーが気を引いている短時間の内に全工程を終え、巡は満足そうに立ち上がった。

 スタッと軽い音を立て、エミリーを抱えた絶兎が着地するのが目に入る。
(その場を動かないでね)
 仲間二人とのアイコンタクト。
 直後、巡は大きく息を吸い込み――。

「二人とも、ナイスファイトー! そのままやっつけちゃえー!」
 にこやかな少女の声は、荒覇吐童子の耳に|妙に障った《・・・・・》。
 この死地に於いて、声援。目に映る巡は隙だらけ。まさしく無防備。
 兎の小僧や歌狂いの小娘と違って異能を纏う気配もない。
 距離は凡そ|三十間《50m》。突進なれば二足、刹那の間に詰めるだろう……!

「首級、まずは一つ。自らの浅慮を恨め、愚かな娘よ」
 凶悪な笑みを浮かべ、荒覇吐童子は突進の構えを取る。
 絶殺の確信。その震脚に、地も抉れよと力を籠める。――一歩!
 
 爆発ッ!!!
 
 至近距離の地雷が連鎖爆裂し、吹き上がる火柱に土煙!
 エミリーのガスグレネード、「dasGift」による煙に含まれた複合毒に合わせ、
 彼女の√能力:デビュー曲「トランスヒュプノス・ローレライ💛」により、
 知らず平静を奪われていた荒覇吐童子は、まんまと巡の地雷原に掛かったのだ。
 
 巡は更に「戦仗装」を手に駆け出す。
 未だ火柱に閉じ込められている荒覇吐童子の頭部目掛けて|打撃地雷特攻《フルスイング》!
 再度の爆発!
 
「――。」
 荒覇吐童子は煙と炎の中から姿を現した。
 所々皮膚が破れ、煤に塗れたその巨体は痛々しくも見えたが、纏う威圧感はむしろ増していた。
 ぎょろりと動く目が、此の場にいる全ての√能力者達を捉える。

「貴様らは明確に、我が滅ぼすべき敵であると認むる」
 その声に傲慢さは消え、純粋な敵意と怒りが込められていた。
 彼の右腕が再び赤黒い光を帯び、空間を軋ませる。

「死力を尽くせ。我を愉しませよ。貴様らの首が、この世界の殺戮の先触れであるぞ」
 此処からが本番とばかりに、荒覇吐童子は声を張り雄叫びを上げた。


 時間稼ぎは充分に成った。三人が後退する。
 ボルテージの上がった荒覇吐童子を討伐せんと、愈々真打が立ち上がる。
 今や勝敗の天秤は不安定に揺れ動き、どちらに傾いてもおかしくはない。
 決戦の火蓋が切って落とされた――。
マスティマ・トランクィロ
シャル・ウェスター・ペタ・スカイ
臥陀杜・天仄
密羽・守康
ニア・ナイトメア

●撃閃の伏線を紡ぐ者たち
 "さすが古妖、妖怪としての格が違うなあ。"
 雄叫びを柳に風と受け流しつつ、臥陀杜・天仄(黎明を希う・h04125)は荒覇吐童子を見据えた。
 その瞳には、荒覇吐童子の右腕に渦巻く禍々しい熱が克明に映る。あれはあまり喰らいたくないと、彼の直感が告げていた。

 "此処は蛇らしく、身を隠しながら毒を注ぎ込んでやろうかな。"

 彼は内心独り言ち、早速地に「鱗模様の異様な符」を置いた――。


「ホウ、羽虫とはご挨拶であるな。」
 密羽・守康(梟眼の門番・h00596)の冷静な声が戦場に響く。
 その鋭い眼差しは、荒覇吐童子の巨体を余すことなく捉えていた。
「もっとも、貴殿にとっては正しくその通りなのかもしれぬが……その羽虫に打ち倒される屈辱、覚悟しておきたまえよ?」

 荒覇吐童子の目がぎょろりと動く。険しい瞳には明確な敵意と侮蔑の光が宿っている。
「貴様ら如き小虫がこの荒覇吐童子に挑むか。愚か者どもよ、首を垂れよ!」

 巨躯が地を揺るがし、妖刀が抜き放たれる。その一撃が守康を狙い、猛然と迫った――だが。

「人も二足、キミも二足。人喰いをやめてない俺からしたら、キミも俺のご飯――って事で」
 どこからともなく響く天仄の呟き。刹那、生ぬるい風が戦場を撫でた。
 地響きと共に空間が割れ、黒い鱗の光る巨大な胴体が次々と露になる。

 蛇妖“闇吞蛇”の虚影。
 その胴体が荒覇吐童子の剣を遮り、攻撃を封じるように巻き付きにかかる。
 『捕縛呑襲』と呼ばれる攻撃技。
 並の敵であれば瞬きの間に其の巨体に絞め殺され、頭から丸吞みされていたであろう。

「奇怪な術を……! だがその程度でこの我を足止めできるとでも思うか?」
 荒覇吐童子の妖刀が煌めき、虚影の胴体を裂こうとする。
 が、その動きに合わせて守康のかぎ爪状の霊撃が炸裂!
 荒覇吐童子の右腕を掠り、赤黒く燃え上がる鬼の血とが滴り、妖刀の軌道を揺らす。

「貴様、よもや我の隙を……っ!!」
 憎々し気に守康を睨みつける荒覇吐童子。対する守康は愉快そうに「ホウ、ホウ!」と体を揺らし。
「隙を見る事を可能とするのは、何も貴殿だけでは無いだろうに」
 語る守康の瞳の奥に燃え盛る炎は、確かに荒覇吐童子の「隙」を炙り出していた。

 「荒らせ。あいつの動きを搔き乱せ」
 天仄の声に応え、虚影の大蛇が滑るように地を這う。
 攻撃や移動のタイミングに合わせて毒牙が閃き、荒覇吐童子の足元へ奇襲を仕掛ける。
 荒覇吐童子とて凡夫ではない。
 虚影の大蛇を直感で避けつつ守康の拍の合間に滑り込むよう、動きの起こりを見せずに飛び込み斬撃を放つ。
 所謂無拍子と称される其れは、守康からすれば、急に消えた瞬間斬り付けられるように感じる筈だ。

「ホウ、そこか」
 それさえも狙い澄ましたかのような、鮮やかな反撃!
 荒覇吐童子の勢いを転用し、「梟霊爪脚」が妖刀を掴む腕を深々と鉤裂きにする。
 そうかと右腕に鬼の血を集中させれば、虚影の大蛇が先を制して飛びつき咬み破り、その血と共に力を霧散させてしまう。
 今や一方的に「隙」を突かれて攻撃されるのは、荒覇吐童子の方であった。

「愚物共が……!」
 荒覇吐童子は歯噛みし、巨蛇を振り払いながら叫ぶ。
 「小細工ばかり弄しおって、これが貴様らの戦のやり方か!」
 "力こそが古妖の故"。その矜持を悉く否定され、荒覇吐童子は怒りを露にする。
 それこそが、守康が待ち侘びた「巨大な隙」。

「今だ!」
 守康の上げた一声に、潜んでいた天仄が荒覇吐童子の目の前に躍り出る。
 即席とは思えない程、無駄のないコンビネーション。

「馬鹿な――ッ」
 驚愕の表情を浮かべる荒覇吐童子。その腹部目掛け、天仄のパイルバンカーが唸りを上げた。

 ド ガ ァ ッ !!!

 轟音と共に鋼鉄の杭が胴を貫き、巨体がぐらりと揺れる。血飛沫が戦場を赤く染めた。
「我をここまで追い詰めるとは……戯れ事では済まさぬぞ」
 荒覇吐童子は膝をつきながら、苦しげな息を吐き出す。

「これで終わりじゃないさ。けど、どうやら "彼女" がお待ちかねだからね」
 天仄が軽く笑みを浮かべ、守康と共に後退する。

「逃げるか、虫けら共! 貴様らの命など、あと数刻の輝きよ!」
 荒覇吐童子が声を張り上げた瞬間、戦場に神気が吹き荒れた。




  警告。前任者二名の疲労度の蓄積を確認
   継戦時勝率予測。下降傾向と判定

     ――「交代を要請」――

 神の一片が歩み出る。
 瞳孔は相も変わらず鋭いまま、青い瞳に光を湛えたニア・ナイトメア(世界を駆ける猫娘・h03859)。
「目標視認。攻撃開始」

「ハッ、幻術使いの次は神真似か。貴様らの出鱈目さには呆れかえるわ――!!」
 啖呵を切り、ニアに襲い掛かる荒覇吐童子。
 その右腕には鬼の血が集中し、再び赤黒い炎が燃え盛っていた。

 振りかぶる妖刀を二指で挟んで止める。
 連撃の剛拳を細腕の掌底が食い止める。
 回し蹴りを腕で止め、身を反して懐に潜り込み貫手を叩き込めば。
 態と体勢を崩し、鬼の爪が頭部を抉らんとばかりに迫り来る。
 
 打合い、打合い、打、打、打、|打打打打打打打打《ダダダダダダダダ》!!!!
 
 異次元の攻撃の応酬、ニアの頬から一筋の赤が伝う。
 擦過傷、打撲、裂傷に抉傷。
 拮抗している筈なのに、ニアばかりにダメージが蓄積していく……!
 
 ――自らの隙を見通されている。
 ニアはそう結論付けた。
 荒覇吐童子と真っ向から戦う場合、どれ程の手練れでも避けては通れぬ障壁。
 これこそが荒覇吐童子を "恐るべき古妖" たらしめている所以。
 並居る敵を悉く屠ってきた、常勝常殺の√能力……!
 
「聞かず、見ず、嗅がず、触れず。また舌の味わうすべてを捧げる」
 荒覇吐童子と激戦を繰り広げながらの滑らかな詠唱。
 そして宙返りしながら後方に大きく飛び退り――

「界よ、狭間の扉を開け放て」
 結びの句を以て、ニアは静かにその場に立ち尽くす。
「……祈祷完了。行動、終了」
 怯える事などなく、打てる手は全て打ったと言わんばかりの様子に、荒覇吐童子は神妙な面持ちで相対する。

「愚か者ばかりと思うておったが……娘、中々弁えておるでは無いか」
 小娘は勝ち目がないと、其の首を静かに差出しているのだ――
 妖刀を八双に構え、全神経を腕と脚に集中させる荒覇吐童子。
 地よ爆ぜよと言わんばかりに踏み込み、その白い細頸目掛けて刃が迫る。

 瞬間、有り得ない質量の衝撃が爆ぜる!!
 目の前の荒覇吐童子が毬のように吹き飛んだ。

「何を仕掛けた、女ァ……!!」
 むくりと身を起す荒覇吐童子。
 周囲を見れどもそれらしき武器は疎か、ニアが動いた形跡すら見当たらない。

 "私の本体、一つの√を支配した存在"

 ニアの声が周囲に響く。否、ニアと声質の同じ、異質な存在である何かの声。
 それが証拠に、胡乱な目をしたニアの口は僅かも動いていない!

 "殺し合える事に感謝を"

「小癪な真似を、死に晒すが良い!!!」
 鬼の爪がニアの身体を裂かんと唸りを上げるが、不可視の障壁に阻まれると同時、無音の重撃を喰らって吹き飛ばされる。
 先程の意趣返しとばかり、不可視の重い攻撃が立て続けに炸裂!
「理解が出来ぬ。もしやこの小娘……」
 ――本当に神か?
 荒覇吐童子が僅かに焦りを感じたその瞬間。
 
「――。」
 ふっ、とニアの身体から力が抜け、同時に不可視の攻撃が止む。
 上位の権能の過剰行使は、ニアの心身に熾烈な負荷を掛けていたのだ。

「ホウ! 良い戦いを見せて貰いましたぞ」
 鋭い翼の音立て、守康は倒れたニアを抱えて後方に離脱していく。
 夜を翔ける梟霊の速度に追い付けるものか。
 まして、追ったとて天仄が再び罠を張っている可能性が高い――。
 ダメージの残る荒覇吐童子は苦々しく、その後姿を目で追うのみだった。




 ――「僕ではあの人に勝てないから、力を貸して欲しいんだ。……付いて来てくれるよね?」
 ――「もちろん! マスティマさんに頼りにされたなら、張り切って行かなきゃねー」
 ――「うん、嬉しいな。僕が囮になるから、その間に――」
 ――「……。……OK! いいよいいよー」

 「Moon Howl」。マスティマ・トランクィロ(万有礼讃・h00048)の魔力を弾丸とし、螺旋を加えて撃ち出す上下二連銃。
 その銃口が荒覇吐童子の巨体を捉える。

 ガウンッ! ガウンッ!

 重い銃声が夜闇に響き、荒覇吐童子の巨体に幾つかの弾痕を刻む。
 ――だが。

「またも新手か……我が剣の錆となれ、羽虫!!」
 地を蹴り上げて踏み込む荒覇吐童子。
 マスティマに目掛け、妖刀による斬撃波の乱打――鋭い風が怒涛のように迫り来る!

「|栄えあれ《グロリア》!!」
 走り出すマスティマの背に影が滲み、吸血鬼の翼となって拡がった。
 踏み出しの一足から三倍速、マスティマはトップスピードまで加速する。
 回避、回避、回避回避回避!!
 神掛った巧みさで敵の凶刃を潜り抜けるマスティマ。

「なれば退路は断たせて貰おうぞ!!」
 荒覇吐童子、地面に突き立っていた三本の古刀をむんずと掴み取る。
 ぶおん! と剛腕一振、マスティマ目掛けて投擲と同時、妖刀構えて突進!

「なっ、」
 マスティマが息を呑む。
 一方を防げば一方は受けねばならない、然し受ければ戦線離脱は必至――
 意を決したマスティマの影が渦を巻き、槍と化して手の内に収まる。
 バサッと影の翼を羽搏かせ加速、以て二本を躱し、一本を影の槍で叩き伏せ。

 ――斬ッッ!!
 振り下ろされた妖刀。舞う血飛沫。
 荒覇吐童子の口が歪に吊り上がり――

「が、はッ!!」
 その口から僅かに血を吐く荒覇吐童子、ざっくりと斬られた胸部から血が滴る。
 ふと気づけば、マスティマの前に漂う薄い雲。

「殺されてなんかあげないしー、殺させてもあげないよー」
 反射の呪詛を含む雲の主が、へらへらとした声を響かせる。
 悪戯気に細められた黒い瞳、流れる銀色。
 纏う気風は飄々と――嘗ては天を往く風と共に在った銀竜の如く。

「ついでに、首を飾らせてもあーげないっ」
 シャル・ウェスター・ペタ・スカイ(|不正義《アンジャスティス》・h00192)、推参である!

 マスティマは息を整えながら振り返る。その金色の瞳には、安堵の色が浮かんでいた。
「シャル! 助けてくれるって信じてたよ」
「ふふん、感謝するなら、後で美味しいスイーツでも食べに行こうよ」
 緊張をほぐしてくれる軽妙なやり取り。お菓子には彼の「イジワル」も含まれているのだろうが、それすらも好ましい。

「さて、それじゃあ早速――ボクのぬいぐるみと踊ってよ!」
「余興は要らぬ、貴様の企みも見え透いておるわ!」

 シャルが人形を放る。その人形に籠められた魔力を見抜き、荒覇吐童子は妖刀で叩き斬ろうと、

「はい、ざんねーん! もこもこ雲!」
 短い詠唱と共に、突如人形の前に現れた雲。斬撃を反射され、またも荒覇吐童子に深々と刀傷が刻まれる。

「へへーん、攻撃した分だけお返しする雲、ってねー。ちょっとムカつくでしょー?」
 自慢げな笑みを浮かべながら、シャルは雲をさらに広範囲に展開する。
「既にこの場はボクの空。もうキミは、自由に暴れられないよ」
 詠唱のストック。マスティマが稼いだ時間が可能にした、シャルの大掛かりな「意地悪」が姿を現した。

 反射。目潰し。中には効果のない幻影の雲もあるが、どれも全く同じ雲。
 到底見分けがつく筈も無い。
 この状況を活かして荒覇吐童子を消耗させる――

「――、あ」
 マスティマの頭に一つの答えが浮かび上がった。
 シャルが敷いてくれた|緩衝地帯《ソードライン》。
 自分はそこから出ず、|エース《反射》と|ジョーカー《目潰し》を巧みに使い分け、最小の|被害《コスト》で最大の|勝利《ゲイン》を引き出せばいい。
 例えるならばボードゲームのような頭脳戦、心理戦。或いは駆引きに取引き。
 つまりは――

「シャルの空であると同時に、僕のチェス盤の上って事だね」
 外交戦、まさしくマスティマの独壇場!!

 一転攻勢、マスティマは雲の後ろから次々と影槍を放つ。
 荒覇吐童子は繰り出される影槍を弾き飛ばし、即座に一太刀返そうにも。

「もこもこ雲のオカワリどうぞー!」
 阻むように雲が生み出され、斬撃が反射される。
 更に「目潰し」の雲は、触れるだけで視界が悪くなる。

「このような狡い策ばかり弄しおって、許さぬぞ!!」
 これ以上無いほどに、見事に嚙み合った「嵌め殺し」。
 荒覇吐童子は最早怒り心頭、攻撃の精度を欠いていた。

 守康が作り出した隙を突き、天仄のパイルバンカーが開けた傷。
 ニアがこの戦場に残し、未だ漂う力強い神気。
 これらの手持ちのカードと、場の現状。

 ―― チェック ――

 マスティマの脳裏に、|敵の王駒《キング》が倒れる音が静かに響く。

「今だ――シャル、お願い!」
 マスティマ愛用の万年筆「Paradiso」で綴られたスペルは虚空に溶け、闇属性の鎖が荒覇吐童子を宙に縛り上げた。
「おっけー、任せて!」
 軽い調子で応じるシャル。
 彼の指先から紡がれる、銀糸のように輝く魔力。
 マスティマの動きを真似て描かれた詩に雷光のような光が迸り、ニアの神気と溶け合って、天罰属性の魔法が形成される。

「行くよ!」
 シャルの視界に、闇属性の照準が浮かぶ。
 目標、荒覇吐童子の胴体中央。パイルバンカーの傷。誤差修正、射角プラス3度。
 マスティマのガイドを頼りに、シャルが集約させた魔力が光の奔流となって撃ち出された。
 満を持しての天罰の光流は、遂に荒覇吐童子の巨体を穿ち抜き。
 地上から空への巨大な流れ星の如く、白み始めた空を明るく照らし上げながら消えていく。

 山の麓、サイノカミの広場からも見えたであろう其れは。
 "血煙の契約" の失効・消滅を告げる報せとなったのだった。

挿絵申請あり!

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挿絵イラスト