シナリオ

もう4000円あればいいや

#√妖怪百鬼夜行 #√マスクド・ヒーロー #Anker抹殺計画

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 #√妖怪百鬼夜行
 #√マスクド・ヒーロー
 #Anker抹殺計画

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●√妖怪百鬼夜行、秘密カジノ「山ん祖」
「ヨンセンエーン……」
「……」
 外星体『サイコブレイド』は、自らが刺し貫こうとしている人妖をじっと見つめる。
「ヨンセンエーン……」
 猫又の人妖はしわくちゃになった電気ネズミのような顔で、奇妙な鳴き声をあげていた。
「……まさか、この状況で俺に金の無心をしているのか?」
「ヨンセンエーン……」
 猫又は鳴きながら頷いた。
「どうしてそんなことになってしまったんだ」
「ンンーン……」
 邪悪であらんとする男は、まったくへこたれないギャン中にちょっと困惑した。

●√EDEN:貸会議室
「猫又の『エスカ』という、ド下手なくせにギャンブルが好きでしょうがないダメ妖怪がいます。彼女が襲われてしまうようです」
 星詠みの|捌幡《やつはた》・|乙《おと》は端的に説明した。
「昨年末にもこの人が古妖の封印を解いて厄介なことになったのですが、今回は完全な被害者ですね。どうやら、誰かのAnkerだったのか、それともその素質があったのか……いずれにせよ、Anker抹殺計画を見逃すことは出来ません」
 Anker抹殺計画。
 それは、Ankerを探知する特異な√能力を持つ外星体『サイコブレイド』が、何者かの命令に従い引き起こしている恐るべき事件だ。
 たとえ狙われているのがろくでなしのギャン中であろうと、放っておくわけにはいかないのである。

「まずはエスカさんが最近通っているカジノに潜り込んで、襲撃に備えてください」
 乙は目的地「山ん祖」の地図を張り出した。奇妙建築を応用したかなり広めの大型カジノで、地図に記載されていないVIP向けのエリアや、関係者以外立ち入り禁止のエリアもあるという。
 カジノというだけはあり、ポーカーやバカラ、ブラックジャック、ルーレットやスロットマシン……には留まらず、サイコロを使った丁半賭博や、変わり種では賭け将棋に賭け碁など、いわゆる|盤上遊戯《ボードゲーム》に賭博を持ち込んだところもあるようだ。
「あくまでもそれとなく紛れ込むのが大事です。あまり大っぴらに守りを固めたりしてしまうと、その影響で向こうが作戦を変えてしまいますからね。
 エスカさん以外の客や物品にも注意するのを忘れないでください。サイコブレイドが暗殺しようとしているAnkerが、彼女だけとは限らないんです」
 乙は改めて言い含めた。

「セオリー通りなら、頃合いを見たサイコブレイドが配下を放つはずです。
 場合によってはAnkerの方々を人質に取られたりしてしまうかもしれませんが……もし万が一そんな事態に陥ってしまったら、短慮な行動に出ず相手の動き方をよく見て、Ankerに危険が及ばない解決方法を模索してください」
 重要なのは、その場その場で最適な選択肢を選び取ること。Ankerを守り抜くことが出来れば、|√能力者《こちら》側の勝ちである。
「……紛れ込むためとは言え、賭けにのめりこみすぎたりしないでくださいよ。経費とかは一切出ませんからね」
 疑り深いジト目が、√能力者達を睨んだ。

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第1章 日常 『盤上遊戯で勝負!』


●√妖怪百鬼夜行:奇妙建築カジノ「山ん祖」
 赤い絨毯、ラグジュアリーなシャンデリア……ステレオタイプなカジノの様相は一部のエリアだけ。
 明確な線引きもなく、日本建築風の襖や畳敷きの丁半博打の会場が同居し、かと思えば別の区画は紫色のムーディな照明がディーラーを妖しく照らし出す。
 奇妙建築の特性が遺憾なく発揮された雑然としたカジノには、およそ賭博と聞いて思いつくものはなんでもあるし、賭博と無縁のアナログゲームに賭けの要素を持ち込んだところもある。賭け将棋、賭け碁、賭け双六(!)……相手になるのはカジノのスタッフ、あるいは同じ目的のギャンブラーだ。

「今回こそは確実に儲けますよぉ! 目指せ大金持ち!」
 そんな中、目的の人物はぐっと拳を握りしめやる気を漲らせている。
「お金持ちになればもっともっと遊べる! 最高です!」
 どうしようもなかった。
戦術具・名無
神元・みちる

●みちる、カジノ初体験
「おー……おー!?」
 色とりどりの照明、そこかしこから聞こえるゲームの音、そして悲喜こもごもの歓声と悲鳴。
「なんか楽しそーなところだな、カジノって! おもしろーい!」
 神元・みちるは子供のような純粋な表情で、新参者丸出しのキョロキョロぶり。カモがネギをしょって自分で下ごしらえした鍋の中に飛び込んだぐらいの状況である。

『みちる、もう少し大人しくしてください。具体的にはせめて黙ってください』
 と、戦術具・名無が念話で諌める。
『身なりをちゃんとして、黙ってさえいれば、あなたはいいとこのお嬢様ぐらいには見えるんですから』
『なんだー急に褒めて! 珍しいなー!』
『……言ったわたしが言うのもなんですが、含んだ意味が通じないとそれはそれで不安になりますね……』
『???』
 おほん、と名無は咳払い(という意図の念話)を|送った《した》。
『……とにかく! 周りにそれとなく注意をしてください。Ankerがエスカさんだけとは限りません』
『それとなくって言われてもさー、そもそも見つかるか』
「すみません4000円貸してください!!」
 みちるの目の前にスライディング土下座してきたのが、そのエスカだった。

『ええ……よりにもよってみちるに無心を……』
「なんかよくわかんないけどいいぞ!」
『ちょっと!? みちる!?』
 名無は慌てた。
「え!? いいんですか!? じゃあ貸してください!」
『ダメですよみちる! 絶対返ってこないタイプですよこの人!』
『でも困ってるっぽいぞ? せっかく楽しいところなんだからさー!』
『ダメです、お金の貸し借りは絶! 対! に!! ダメ!!』
『でも困って……』
『ダ! メ!!』
『……仕方ないなぁ』
 みちるは呆れた。呆れられていることには気付いていない。

「ごめん、やっぱダメだって!」
「は!? 今貸してくれるって言いましたよね!? 嘘だったんですか!?
 そうやって私の純情弄んだんですか!? 貸してくださいよ! でないと私死んじゃうんですよ!!」
『ほら、やっぱり困って……』
『ダ!! メ!!!』
 頑なだった。当然である。
『……勝負の仕掛けを見て勝ち筋を学べと言おうと思いましたが、とりあえずこの人をよく見て反面教師にしましょうね』
『なんかむずかしーな! あたしは遊びたいんだけどなー』
 みちるはいつになく説教臭い名無に、少しうんざりしたとか。

八芭乃・ナナコ
波止八・七菜子

●バナナ、再び
「あ!!」
 エスカは目を輝かせ、爆速で近づいてきた。
「あの! あなた、去年末に温泉宿の地下賭博場で妖怪ダービーに賭けてた方ですよね!?」
「げ」
 声をかけられた当人……八芭乃・ナナコは、二重の意味で呻いた。
「なんか聞き覚えあるワードの予知かと思ったらやっぱりアンタかよ!」
「はい! 私です! すみません4000円貸してください!!」
「貸さねーよ! じゃねえ、その話すんなって!」
 ナナコは慌てて周りを見渡した。
「え? なんでです? 事実じゃないですか! バッチリ賭けまくって……」
「だから! それがまずいんだって!!」
「……ほー、なーるほどねえ」
「げぇっ!!」
 ナナコの背後に現れたのは――彼女の保護者、波止八・七菜子だった!

 そして、七菜子はものすごい怒りのオーラを放っていた。
「なーんかこそこそ怪しいと思って尾行したら、ほお……賭博場だって?
 おまけにこんなカジノに、未成年がなんてことしてんだい、えぇっ!?」
「ぎゃー! やっぱりかーちゃんに見つかったー!!」
 傍若無人なナナコも、七菜子には平伏すしかない。
「違うんだってかーちゃん、これは依頼のためで……」
「じゃあその賭博場ってのもそうだってのか? ダービーとかなんとか聞こえたけどねぇ!」
「だからさぁ違うんだって!」
 まさかのカジノでお説教である。

 いよいよ七菜子のカミナリがナナコにぶちこまれようとしていた……そこで、エスカが割り込んだ。
「すみません、一ついいですか!?」
「え、エスカ! アンタまさか庇って……」
「あの! 4000円貸してください!!」
 エスカは七菜子に土下座した。
「オメーかーちゃんにまで無心してんじゃねーよ!?」
「…………ウチのがこんなろくでなしの知り合いになっちまってたなんて……アタイの育て方が間違ってたってのか……?」
「かーちゃんもガチ目に落ち込むなよ!」
 ナナコはツッコミで大忙しだった。
「とにかく! こいつがその時の護衛対象だったわけだ! これで信じてくれたよな!」
「えっ!? あの古妖ってそういうことだったんです!?」
「……なるほどね、そういうことなら今回は見逃してやるよ」
 誤解だったことを理解した七菜子は、にやりと笑った。
「その代わり、ここで遊んでる間はアタイも同伴だ。いいな?」
「くそぉ、母親同伴でカジノとかカッコつかねー!」
「ところで4000円は……」
「てめぇは黙ってな! ほら、行くよナナコ!」
「ま、待ってくれよかーちゃんー!!」
「4000円……」
 エスカは完全に置いていかれた。

 で、そのあと二人がどうしてたかっつーと。
「うっひょおおおお!! ここはデカく張って攻めるしかねぇ!
 やっぱしょぼいパチと生の勝負は話が違うねぇ! 燃えてくるぜー!」
「…………こーなると思ったんだよなぁ……」
 隣で同じゲームを遊ぶナナコは、七菜子の豹変ぶりに頭を抱えた。ちなみに、ばっちり外して大損こいたという(どっちも)。

ルイ・ラクリマトイオ
眞継・正信
マニュエル・ロティエ

●夢か現か
 カジノとは欲望の坩堝。大金が動き、勝者が一瞬で敗者になる人類社会の縮図。
 喜びと、悲しみと、雄叫びと、嘆きと、希望と、絶望。
 コインの表と裏のような、相反したものが同居する場所だ。

「……まるで、お祭りのような場所ですね」
 ルイ・ラクリマトイオは、熱気に息を呑み、呟いた。
 人の悲しみを、涙を受け止める器物――涙壺であるルイにとって、こうまで人の活力に溢れた場所はただただ圧倒されるほかない。
 喜怒哀楽。あらゆる感情のうねりが、万色の波濤となってルイの身体を飲み込もうとしているかのようだ。

「ルイ君、カジノは初めてかね?」
 そんな彼の様子を見かね、眞継・正信が労った。
「場酔いというものもあるからね。無理はしないほうがいい」
「……いえ、大丈夫です。誘っていただいた手前、きちんと楽しみますよ」
 ルイは穏やかに笑い、頭を振った。老紳士は「そうか」と頷くのみ。親愛な仲間であるルイがそのように答えるのならば、そうなのだろう。

 ……だが、二人と違っていささか不愉快そうな者もいた。
「人に囮になれと申し付けておいて、呑気なものだ」
 マニュエル・ロティエは正信に様々な感情が入り交じった一瞥を向け、これ見よがしに嘆息した。
 彼は、√能力者ではない。他ならぬ正信のAnkerであり――異世界同位体、すなわち鏡合わせのような存在である。
「ふむ、そういう見方もあるかもしれんな。私はそんなことを言った覚えはないが」
「……?」
 似て非なる二人の間に流れる、言い知れぬ険悪さに、ルイは気付かない。
「まあ、よい。どうせ一夜の夢だ、好きなように遊ばせてもらう」
「もちろん、それで結構。カジノなのだからね。さあ、ルイ君はどうするかね?」
「そうですね……どれを遊ぶにしても、お二人に教えていただきたいところです」
 ルイはひとまず頷き、各々思い思いのゲームに興じることとなった。

 当然その間も、襲われそうなAnkerらしき人、そして物がないか、注意深く周りの様子を窺う。
「ふん……『私』は相変わらずだな。この私を喚んでおき、他の者にはきちんと目を見張る……いわば捨て石、といったところか?」
 マニュエルは鼻を鳴らし、ポーカーに興じる。その冷たく美しい相貌は、こと顔色が関わるゲームにおいては強力な武器となる。

 の、だが……。
「ヨンセンエーン……」
「……?」
 なんだか聞き慣れない鳴き声に、マニュエルは訝しんだ。
「ヨンセンエーン……」
「……なんだ、あれは?」
 それはションボリした顔でとぼとぼカジノを彷徨うエスカだった。
「ヨンセンエーン……」
「……まさかあれは、手当たり次第に金を無心して回っているのか……?」
「ンンーン……」
 そのションボリしたエスカと、マニュエルの顔が合った。さながら、雨の中で置き去りにされ、段ボールの中で鳴いている子猫を目撃した時のように。

 ……一方その頃。
「今のところ、簒奪者の気配はないか」
 遊びながらも小さな死霊を放ち情報を集めていた正信は、まだ敵の襲撃の気配がないことを確信し僅かに気を緩めた。遊んでいるのはバカラだ。
「正信さん、一つ聞きたいのですが……」
 ルイは不思議そうに周りのプレイヤーを見た。
「時折、チップを多く賭けた方がカードを折り曲げているのはなぜでしょう?」
「ああ、あれはスクイーズというんだ。試しに私がやってみようか」
 正信は次のゲームが始まると、気前よく場で最大のチップを賭ける。
 そしてスクイーズの権利が与えられると、カードの端を親指でゆっくりとめくる。
「こうして少しずつめくるんだ。まずはスートを確認したり、逆側の角をめくったりすることもあるね」
「……それは、何か意味が?」
「ふふ。もしかしたら、こうして念を送ることで絵柄や数字がぴったりのものに変わったりするかもしれないだろう?」
 ルイは困惑した。
「そんな力がこのカードにあるとは……」
「そう、そんなことはありえない。だがドキドキはするものだ」
 正信は微笑んだ。
「ギャンブルとは畢竟、スリルを楽しむものだからね。
 儲けを求めてやるなら、額に汗して働いたほうがずっとマシだ。
 たとえ結果が変わらなかろうと、過程を楽しむ。そういうものなのだよ」
「なるほど……面白いですね。次は私がやってみたいです」
 ルイはバカラの勘所に触れ、納得と同時に高揚を覚えた。

 するとややあって、マニュエルがやってくる。
「……おや? 随分と手持ちが少ないようだ」
「私は動物愛護の精神に溢れていてな」
 マニュエルはにこりとも笑わずに告げた。
「動物? どういうことです?」
「なにやら妙な鳴き声を繰り返すネコがいたので、施しを与えたのだよ」
 訝しむルイに近寄り、マニュエルは彼をゲームに誘った。
「せっかくだ、チェス盤もあるので、1ゲームどうかね?」
「私でよければ」
 二人はテーブルの一つに腰掛け、お互いにポーンを指し合う。
「ルイ、『私』が不機嫌なのを気付いているかね?」
「……はい? そんなことはなさそうですが……」
「なら、ゲームのルールと併せて、色々と教えてあげよう」
 マニュエルの口元に、皮肉めいた笑みが浮かんだ。
「アレは君相手には猫を被っているのだよ」
「……そんなことはないと思いますけれどね」
 ルイは手痛いポイントに、大胆に一手を打ち込んだ。
「……理由を聞こうか?」
「お二人はお年こそことなれど、雰囲気は似ておられますから」
「…………」
 にこやかに放たれた言葉は、近くの席にいた政信にも伝わっていた。
「……似ている、か」
 政信は呟き、しばし手を止めて黙った。その様子を、マニュエルは睨むように見やる。
「…………やはり、猫を被っているのは間違いないようだ」
 その言葉の意味は、同じ存在である二人以外には、正しく推し量ることも難しい……。

ティファレト・エルミタージュ

●起死回生の一手
 賭けの遊戯は種類も様々。将棋、囲碁……そしてもちろん洋を超えての定番、チェスもある。
「うーん……」
 コーラのノンアルコールモクテルを飲みながら、堅実なプレイを重ねるティファレト・エルミタージュ。対する相手は明らかに後ろ暗い仕事を思わせる、スーツ姿の男性だ。その目は鋭く、動揺など見られない。
(「やっぱりあまり嗜んでいないせいか……いや、単純に相手が強いな」)
 ティファレトは盤上を俯瞰し、同時に相手を見据える。チェスは相手の手を読むのが重要――とはいえ、それはたった一手では足りない。
 何手も、下手をすれば何十、何百とパターンを演算し考慮せねばならない。
 ティファレトは、その域まで達してはいない。基礎的な能力は相手が上だ。

 しかし、だからといって負けるつもりはなかった。
(「絶対的な差があるなら、その基礎に歪みを産めばいい」)
 ティファレトは√能力『|創造にして支配たる四大血識《リリーエンド・フォースブラッドリーディング》』を発動。記憶のフィードバックによって、この状況から最適な一手を引き出し……そのままに、打ち込んだ!

「……!?」
 男の表情に変化が生まれた。さながら、巨大な堤防が決壊するかの如く。
 ビギナーズラックというべきか、天稟というべきか。思わぬ一手で虚を突かれた男は、それゆえに思考を戸惑い明白な悪手を打つ。
「チェックメイト、だな」
 ティファレトの実力でも、詰みを読み取れるほど。彼女は微笑んだ。
「悪いが、こういう戦い方もあるということだ」
 人間は機械ではない。ミスを犯す――犯させるという手も、立派な実力の一つといえよう。

ヨシマサ・リヴィングストン

●ビギナーズ・ラック
 チャッ。チャッ。特徴的な音を立て、牌が切られ、捨てられ、また引かれていく。
「……ふむふむ、なるほどぉ……」
 雀卓に座り、なにやら頷いたり感心したような声を漏らすヨシマサ・リヴィングストン、その表情は3ヶ月分の稼ぎを丸ごと注ぎ込んでいるとは思えないほどに冷静だ。
(「こいつ、どれだけの手を作ってやがる?」)
(「もしブラフだとしたら大したもんだぜ」)
 対面、そして下家の雀士は、全く真意を読み取れないヨシマサの平然ぶりに息を呑んだ。

 だが――実際この男、何も考えていないのである!
「チー!」
 上家の男が鳴くと、ヨシマサはその顔をじっと見つめた。
(「チーってなんでしたっけ?」)
 何も考えていないというか、何も分かっていないのである!
 花札は絵柄が分からない、ポーカーは役がわからない、麻雀も遊び方を教わったばかり!
 こんな状態で軍資金をまるごとつぎ込むなど、誰が想定できようか……!?

 ……しかし、麻雀というゲームが偶然にも噛み合った。
 チーもポンも、そもそも副露という概念が何も分からないヨシマサは、それゆえに初心者にありがちな「とりあえず鳴ける時に鳴いてしまった結果、メンゼンがなくなりフリテン」という王道失敗パターンを回避したのである。
「あの、すみません……これって和了です?」
 そしてヨシマサが自らの牌をツモるとともにぱたんと倒すと――それは、緑一色! 役満だ!
「「「げ、げええええっ!?」」」
 男たちはまったく予想していなかった手に驚愕! しかも今の番は……ヨシマサが親! 大打撃だ!
「う~ん、刺激が足りませんね……」
 ギャンブルなどよりよっぽどスリリングな命懸けの戦いに身を置く男にとって、この程度はどうということがなかったらしい……。

青木・緋翠
塙・弥次郎
ハリエット・ボーグナイン

●カジノ初心者にありがちな罠
「…………」
 ハリエット・ボーグナインは、何枚ものカードが並ぶ盤面を睨みながら悩んでいた。
 彼女はポーカー卓につき、客に混じりつつ周囲の様子そしてエスカの監視をすることにした。
(「カウンティング! こいつがあれば、バカ勝ちも負けも調整可能だ。胴元が儲かるからギャンブルってのは恐ろしい……真面目にやって人生そのものを破滅されるわけにはいかねえ」)
 デッドマンらしからぬリスクマネジメントは見事としか言いようがない。
 胴元が与える勝ちは、あくまでより大きな魚を肥え太らせて釣り上げるための餌のようなもの。
 誰もがそんなことは理解しているはずなのに、ギャンブルに興じるうち熱が入って忘れれてしまう。
 それに比べれば、まさに「冷えた」その脳は怜悧そのものだ。

 ……だが、彼女は悩んでいた。何故か?
(「これ、カウンティング通じないタイプのポーカーじゃねえか……!!」)
 ハリエットが座ったのは――ポーカーはポーカーでも、テキサスホールデムポーカーだったのだ!!
 二枚の手札と場札を揃えて役を作るこのゲームは、通常のポーカーとはかなり肌感が違う。
 ハリエットはカウンティングを意識しすぎるあまり、ポーカーにも様々な種類があることを失念していた……!

 ……ところで、この卓には実はもう一人√能力者がいる。
 ハリエットから二つ離れた席で、完璧なポーカーフェイスをキメている男だ。
「…………」
 彼の名は、塙・弥次郎。本来の姿は非常に|冒涜的《ブラスフェミィ》な怪人なのだが、今は周囲に溶け込めるよう擬態している。
 そして擬態ということは、意図的に表情のエミュレートを「切れる」ということだ。
 まさに比喩でない、本物の能面。
 かつ、器用さを極限まで高めた今の彼がポーカーに挑むということは……!
「…………オール・イン!!」
 全く腹芸の意味がなかった。
 何故なら器用さは、テキサスホールデムポーカーに特に関係ないからである!!

「オール・イン、だと……!?」
 弥次郎の大胆極まりない戦術に、ハリエットは動揺した。
 だが、彼女は役割を思い出した。あくまでエスカをはじめとするAnkerを守ることが重要。その彼女は今、何を?
「こんにちは、エスカさん。実は俺、こういう場は初めてでして」
 と、もうひとりの√能力者である青木・緋翠に声をかけられていた。
「よければご案内いただけませんか? 見たところ場慣れしていらっしゃるようですし」
「え!? わかりました! じゃあ4000円貸してください!」
「1回千円までならいいですよ」
「4000円貸してください!!」
「千円で十分です。わかってください」
「イヤです! 4000円です! 2000と2000で4000円です!」
「千円で十分ですからね」
 なんか押し問答が発生していた。あの感じなら、今すぐ襲われることはないだろう。
「……じゃあ、あたしもオール・インだ!!」
 ハリエットは一か八か、勝負に出た!
「何ぃ!?」
 弥次郎は無表情のままおののいた。はたして結果は如何に……!?

「……あ! じゃああのポーカーやりましょうポーカー! 手札が少なくて考えることが少なそうです!」
 エスカが指差す先には、弥次郎とハリエット。
「うう…残り千円しかない……早く事件起きてくれ……」
 とか言いながら弥次郎はジュースを自販機で買っていた。
「あたしが……ギャンブルに呑まれた……!?」
 ハリエットは愕然としていた。
「……他のにしたほうがいいんじゃないですかね」
 緋翠は二人の惨状をを見て、それとなく誘導した。
「わかりました! じゃあ4000円」
「千円までですからね」
 そして、絶対に譲らないセメントぶりだった。ほんわかしていても心は鉄壁!!

ノーバディ・ノウズ
久瀬・彰

●ダメ人間(※人間ではない可能性が高い)
「ゴセンエーン……」
 ノーバディ・ノウズはしわくちゃの電気ネズミみたいな顔文字をメットに浮かべ、丸くなっていた。
「……そんな顔パターンあったんだね。いやそうじゃなくて」
 見かねた久瀬・彰は財布を取り出した。
「5000円でいいの? 追い出されたら困るし、負けて必要なら貸すけど」
「違ェ!」
「え?」
「俺はまだ負けてねえんだ!!」
 ノーバディはわけのわからないことを言い出した。

「……5000円要るんだよね?」
「ああ要る! 貸してくれるならマジで助かる!」
「じゃあ負けてないっていうのはどういう……?」
「つまりだな、一時的に預けてんだよ!」
「???」
 彰の頭の周りに無数のクエスチョンマークが乱舞した。
「銀行と同じだ。このあと勝って取り返せば全部まるっと戻ってくる。
 つまり収支的に見れば、これは一時的な凹みでしかねえんだよ! わかるか!?」
「うん、何もわかんないし、言い訳出るの早いね」
 地に足つけてちゃんと働いている(働き過ぎという説もある)社会人の彰は、住所不定本名不明戸籍不明のヒーローに正論をぶっ刺した。
「というかね、ダメだよ勢いに任せたら。賭け事は空気を読まないと」
「うるせえええ!! 俺はまだトベる!!」
「もうかなりドーパミンで(頭が)トんではいるね」
「とにかく7000円貸してくれ!!」
「増えてない???」
 しかし、彰はイエスマンなので普通に出してしまう。
「はいじゃあ7000円。ちゃんと大事に使ってね」
「うひゃほへはははぁああ!! 俺の金だ! 俺の金だぁああああ!!」
 ギャンブルで頭がおかしくなってるノーバディは狂喜乱舞した。
「俺のお金だからね」
「これでまたギャンブルが出来る! ひりつくような勝負がよぉ!!」
「勝つのが目的だからね? 負けたらホロウヘッド君の自腹だよ??」
 だが、正論は耳に届かない。
 ノーバディは図星を突くような正論を聞き流す便利な耳を持っているのだ!

「おいエスカ! クゼに言えばお金貸してくれるぜ!」
「ホントですか!? 4000円貸してください!!」
「えっ君もなの??? っていうか流れるように俺に押し付けてない???」
 彰は財布を取り出した。
「まあいいけど……」
「やったあああああ!! 私の!! 私のお金です!!」
「だから俺のお金だからね」
「これでまた賭けられます! 今度こそ勝ちます!! 勝てる!! 運命が来てる!!」
「有限のくじとかならともかくギャンブルに試行回数あんまり意味ないからね???」
 だが、正論はエスカの耳に届かない。図星を以下略!
「やってやろうぜぇ! とりあえずあのルーレット一点賭けだぁ!!」
「同じとこ! 同じとこ賭けましょう! みんなハッピーですよ!!」
「…………これ、俺もちょろっとやって軍資金増やしておいたほうがよさそうかな……」
 後ほど、彰は人読みでさらっと(稼ぎすぎない程度に)種銭を増やし、その背景でノーバディはカジノの方々に連行されていた。エスカは確定されていたはずの勝利が訪れなかったことに頭を抱えて饅頭のように丸くなっていたという。

戦闘員六十九号・ロックウェル
篠村・遥

●ギャンブルも立派なバトルではある(胴元が圧倒的に有利だが)
「…………退屈だ……」
 戦闘員六十九号・ロックウェルは腕を組み、不服そうに唸った。
 本来、闘争を是とし至上とするロックウェルにとって、敵の襲撃に備えて日常に溶け込むというのはいかにもらしくないシチュエーションだ。
 しかしかといって、見境なしに暴れるほどに短絡的でもない。
 わざわざこのカジノに足を運び、|秩序《ルール》に従うことを決めたのはロックウェル自身なのだ。そもそも暴れてサイコブレイドが出てくるわけでもない……。
「……やはり襲撃を待つなど面倒で仕方ない。早く出てこないのか……?」
 ロックウェルの場合、周囲へ警戒を投げかけるのは備えているというよりも期待してそわそわしている、という方が正しい。
 強面のギャンブラーたちは、人間に擬態したロックウェルの視線を向けられるとそそくさと知らぬ存ぜぬを決め込む。
 一刻も早く闘争を求めるあまり、ロックウェルは無意識に僅かながら殺気を放出しており、それが名うての玄人さえ慄かせている、というわけだ。

「よっしゃ! 軍資金用意できたわよ!」
 そこへ、同行者の篠村・遥がやってきた。手には大量のチップ。
「……お前はギャンブルするのか?」
「そりゃカジノなんだから当たり前でしょうが!」
 遥は自信満々に頷いた。
「最近資金が心もとなくなってきたから、まさに渡りに船ってものよ。
 ここで一発ブチ当てて潤ってやるわ! そのための準備は万端よ!」
「フン……|懐事情《そういうの》はどうでもいいが、お前ずいぶん勝ち気だな。一体どんなプランを用意したっていうんだ?」
「やる気よ!!」

「…………………ん??」
 ロックウェルは首を傾げた。
「この! やる気! 話を聞いてから気を高めてきたわ、今の私は勝負運に満ち溢れている! 負ける理由がないってわけよ!」
「……つまり、あれか? お前は願掛けですらなく気合でなんとかするのか?」
「当たり前でしょ! イカサマなんて出来ないし、データなんて無意味よ。最後は己の力だけが頼りになるもんなのよ!」
 普段のロックウェルが言いそうな台詞を遥が吐くという、異常事態だった。
「さあ、やったるわよ! いざ鎌倉ァ!!」
「…………」
 ロックウェルはその背中をじっと見つめる。
 いくらなんでもハチャメチャすぎて、呆れてしまったのか……。

「……待て、篠村」
「はぁ? 何よ、私はいまからボロ勝ちして」
「お前がやるなら俺にも|戦《や》らせろ」
「ああ?」
 遥はチップを入れたカップを掻き抱いた。
「ダメでしょ、あんたが使う分はないから」
 遥はあらかじめロックウェルにそのように言い含めていたのである。
「よく見るとそのチップ、随分と多いぞ。さては俺の分がないというのは嘘だったな!?」
 ロックウェルのカメラアイがキラリと光った。
 事実、遥は出せるギリギリの分の金を持ってきている!
「つまり俺の分はあるんだろう! 4000円でいいから俺にも寄越せ!!」
「ダメよ! あんたにお金もたせたら全部使っちゃうでしょうが!」
「さりげなく白状したな!? 許せん! 俺にも戦らせろ!」
「あんたは見張り!! 私が賭ける!! 最初に役割分担したでしょ!」
「それはお前が金が無いからというから受け入れたんだ! 俺も退屈で仕方ない戦らせろ!」
「だーーー!! うっさいわねロック! これだからホントのこと言いたくなかったのよ!」
「ほらみろ! やっぱり騙していたんだな! ずるいぞ!!」
 二人はぎゃあぎゃあ騒ぎ、大いに目立ったという。

 なお、肝心の賭けの方はというと。
「あー!? なんで今ので外れんのよ!?」
「フン、お前ではそれが限界ということだ。貸せ、今度は俺が……」
「あんたもさっき自信満々に賭けて負けたでしょうが!?」
 ご覧の通りだった。

ルナリア・ヴァイスヘイム

●(大)成功!
「あの、4000円……」
「またですかエスカちゃん」
「ひいっ!」
 全然笑っているように見えないルナリア・ヴァイスヘイムの笑顔の圧に、エスカは震え上がった。
「ほどほどが大事なんですよ? なくなっちゃったからって無心して……本当にやっかいな方ですよあなたは!」
「だ、だってぇ! 仕方ないじゃないですか! 私は勝とうとしてるんですよ!?」
「そもそも賭けに挑まないという選択肢をですね……まあいいでしょう」
 ルナリアはお情けで4000円を貸してあげた。
「あ、ありがとうございます! やったぁ!」
「いいですか? これが最後です。次負けたからって無心したら……」
「したら……?」
 ゴン! ルナリアはゴッツい杖で地面を突いた。
「"これ"ですからね」
「ひいい! 善処します!」
 この期に及んで「やらない」とは言わないあたり、こいつも真正である。

 まあそれはそれとして、賭けは楽しむのがルナリア。
「私は"暴"でやります! ありますよね號を奪い合うやつとか!」
「ありませんけど!?」
「え……!?」
 エスカに否定され、ルナリアは愕然とした。なぜあると思うのか。
「じゃあ何ならあるんですか!?」
「ゲームですよ!?」
「え……!?」
 天丼である。

 仕方がないので、ルナリアはポーカーに挑むことに。
「……イヤーッ!」
「グワーッ!?」
 テーブルについていた客の一人を杖で制裁すると、手首から換えのカードが!
「ルーンで強化した私じゃなければ見逃しちゃうところでしたね」
 そして、ルナリア本人はちゃっかり勝っているという具合だ。
「で、エスカちゃんはどうでした?」
「ヨンエンエーン……」
「エスカちゃん? ちょっと?」
「ヨンエンエーン……」
「エスカ。」
「ンンーン……」
 残念ながら彼女に、学習能力は存在しなかった。

品問・吟

●栄光から絶望……の瀬戸際まで
「こ、ここが賭場……初めて来ました」
 品問・吟はカジノを物珍しそうに眺める。16歳の少女ならば当然のことだ。
 どうせなら社会勉強ということで、少し挑戦してみるつもりらしい。
「空気も独特で……なんだかソワソワしちゃいますね……」
 どこからか麻雀牌をカチャカチャと切る音、あるいはトランプの音。
 そして、大金を賭けたギャンブラーたちのアドレナリンとドーパミンが、空気を通じて吟に伝わってきているかのようだった。

 とはいえ、カジノに来るのが初めてな少女に細かいルールはわからない。
 そこでシンプルなものを、と選んだのは……あろうことか丁半博打である!
「どっちもどっちも! 丁方ないか!」
「ひ、ひえ……!」
 中盆の独特の呼びかけに、吟は慌てて丁に賭けた。
「勝負!」
 ツボ振りがツボを開くと……なんと見事にピンゾロの丁!
「か、勝っちゃった……! これが噂に聞く"びぎなぁずらっく"……!」
 むくりと、吟の中で欲望が鎌首をもたげる。
(「こ、これならもう少しだけ……せめてあと一回やってみてもいい、かな……!」)
 かくして吟は次の勝負に、さらに賭けていき……。

「……ハッ!」
 まるで時間が吹っ飛んでいたかのように、吟は我に返った。
 開かれたツボの中身はまたしてもピンゾロの丁。ここで吟が賭けていたのは半。つまり負けだ。
「うう、外れちゃ……あ、あれ!?」
 懐漁り二度仰天。手持ちが最初のときより減っている!
 脳裏によぎる空白の記憶……乗せられるまま高額勝負に挑み、ビッグディールに頭がカッとなり……負けが始まり、負けを取り戻そうとさらに負け……。
「ひぃ! ギャンブル怖い! これ以上やったらおかしくなるぅ!」
 ギリギリで正気を取り戻せた吟は、敵が来るまでちびちびと健全レベルの勝負を楽しんだ。トータルではマイナスになり、懐に痛いのは変わらないのだが!

禍神・空悟

●the flower of hope
 カラカラカラ……乾いた音を立て、ルーレット盤をボールが流れていく。
 禍神・空悟の前にはチップの山。相当の金額を賭けているはずだが、空悟の表情に焦りはない。

 カラン……ボールがポケットに入り、ディーラーが数字と色を宣言する。残念ながら、空悟が賭けた場所は掠りもしなかった。
「こんなモンか」
 他の客は、回収されていくチップに名残惜しそうに、あるいは恨みがましい視線を向け、ディーラーやルーレット盤を睨み毒づく者もいる。

 しかし、空悟は違う。
「なら次は上の配当を狙おうじゃねえか」
 言いながら、新たに取り出したチップを一点賭けだ。
 ルーレットは数字横一列、縦一列、奇数偶数、赤か黒……といったふうに、ある程度の組み合わせが存在する。それによって配当が決まる。
 当然ながら、待ちが広いものほど配当は低い。一点賭けは、このルーレットタイプではなんと36倍にもなるのだ。

「お若いの。無理はやめときなさい」
 同じテーブルについた老紳士が言った。
「見栄を張りたくなる気持ちはわかるがね。もっとギャンブルの楽しみ方というものを……」
「爺さん、黙ってな。これは俺の金で、俺の賭けだぜ」
 空悟は一蹴した。
「これでも実入りはいいもんでよ、この程度じゃ負けてもどうってことは……」
「えっ、じゃあ4000円貸してください!!」
 なぜか会話にエスカが割り込んできた。
「いいですよね!? 4000円! 貸してください!」
「……この手のギャンブル狂いはどうして同じ目ぇしてやがるのかね」
 空悟は黙殺した。
 別に金が惜しいのではない、こいつに貸すと永遠に付きまとわれると経験で理解したからだ。
「なんでですかぁ! いいじゃないですか、4000円! 貸してください!」
「4000円だぁ?」
 空悟は同じ額に相当するチップを取り出した。
「そうです! 貸してください! 私も勝ちます!」
「こんなもんは――」
 ドン! 卓に並べたチップにさらに追加!
「あーーーー!? 私の4000円が!?」
「てめぇのじゃねえよ……」
 ベルが2回鳴り響き、締切を告げる。そして、カラカラカラ……カン!

「えーーーーー!? 当たってるーーーー!?」
 なんと、ボールは見事に空悟が賭けたポケットへ!
「なんだよ、結構当たんじゃねぇか」
 負けは気にしないが、それはそれとして勝てば嬉しい空悟だった。

夢野・きらら
タマミ・ハチクロ

●めぞんででんのふたり
「どうせ賭けるなら、予知の光景のなかでサイコブレイドが見逃してくれるかどうか試してみるのもアリだと思うんだよね」
「ナシであります」
 タマミ・ハチクロは夢野・きららの提案を切って捨てた。
「どうしてだい?」
「エスカ殿と小生は同じ猫のよしみ。さらに同じ風呂の水を浴びた仲であります」
「同じ釜の飯を食う、だからねそれは」
「まあつまり過去の縁でありまして、命の危機とあらば助けに行くのが当然かと」
「……ふむ。タマちゃんがそう言うなら仕方ない」
 ということで、カジノに繰り出すことへ相成ったのである。

 しかしやってきてみたはいいものの、エスカの姿が見当たらない。
「うーむ。これはおそらく、そこらじゅうでお金の無心をして回っているでありますな」
 タマミは優れた猫の直感を働かせた。自明の理とも言う。
「しかし思っていた以上にフロアが広いであります。これは一つ一つ賭けの場所を探していくとなると手間が……ん?」
 そこでタマミは、きららが何やら懐を漁っていることに気付いた。
「きら殿、どうしたのでありますか?」
「彼女の騒がし――もとい、たくましさを利用するいい見つけ方がある」
 きららが取り出したのは、一枚の硬貨だ。

 そして、それをおもむろに親指で弾いた。
 クルクルと回転する硬貨は、そのまま床に落ち――ちゃりん、と跳ねた。

「お金の音!!!!!!!!!!!」
「ええ……」
 ズザーッ! て盗塁狙いのランナーみたいな勢いで煙上げながら出現したエスカに、呆れ&一周回った感心の冷たい瞳を向けるタマミ。
 エスカはそのまま、地面に落ちた硬貨をしゃがみこんで拾おうと……する、が。
「ぐう、うううう……!!」
 なにやらこわばった手の手首を自分でつかみ、抑え込んでいる。
「おや」
 きららは少し遺骸そうな顔をした。
「てっきり落ちたから誰のものでもないって理屈でかっぱらうと思ったんだけど」
「なんつー人物評でありますか」
「ダメ……人のお金を勝手に盗るなんてこと……私出来ません……!!」
 エスカは苦しそうに硬貨を持ち上げ、うやうやしくきららに差し出した。
「落とし……ましたよ……!!」
「エスカ殿、地球の重みを背負わされたアトラス神みたいになってるでありますな」
「これはありがとう。ちょっと驚いたよ」
 きららは少し感心したように見えなくもない顔をした。

 次の瞬間、エスカは土下座した。
「ちゃんとお金ネコババしなくて偉いですよね!? 4000円貸してください!!」
「結局お金の無心はするんでありますか(困惑)」
「タマちゃん、ぼくが見るにエスカくんは「4000円を借りる」というハードルが異常に低いんだよ。その他はむしろ倫理観は高いみたいだ」
「プログラミングのバグでも起こしてるんでありますかエスカ殿は」
 言いつつ、きららは4000円を差し出した。
「でも、お礼をすべきなのは事実だ。はいどうぞ、貸してあげるよ」
「やったー!! 私のお金だー!!」
 エスカはお辞儀しつつ受け取り、近くのスロットに突っ込み、レバーをガッシャンガッシャン上げ下げしまくった。

 そして数分後。
「ヨンセンエーン……」
「あの短時間でスッたんでありますか!?」
 びっくりするぐらいの勢いでしわくちゃの顔になっていた。
「台の設定が6でもエスカくんは負けるだろうからねえ」
「設定ってなんでありますか? なんで詳しいんであります??」
「まぁ見ていて飽きないからいいじゃないか」
「……って、お二人ともあのときの?! お久しぶりです!」
「今まで気付いてなかったんでありますか……」
 タマミは急激なツッコミ疲れでため息をついた。
「まあ、合流できてなによりであります」
「はい! 私も嬉しいです! ところで4000円」
「渡してあげるでありますから、案内を頼んでもいいでありますか?」
 タマミがお札を出そうとすると、きららが片手を突き出した。
「ここは二人で折半しよう。タマちゃん(ウィンク)」
「……ふふ、では2000円ずつでありますな」
 二人はとてもいい空気を放っていた。
「やった! 4000円!! 私の4000円!!!」
「まだエスカ殿のお金ではないでありますからな」
 とりあえず、アナログなポーカーからやることになりましたとさ。

浄見・創夜命

●かーんがある +🔵🔵🔵
 ブラックジャック。
 古くは16世紀の時点で書物の中にも登場する、その起源さえ定かではないシンプルだが奥深いトランプゲームだ。
 他のプレイヤーが何人いようと、行われるのはディーラーとの|一対一《タイマン》。
「いわばその|黒《Black》もまた、賭博と同じ夜の欠片というわけだな」
 浄見・創夜命はテーブルにつき、ふふんと笑った。
「夜」という広大無辺なる災厄に|銘《な》を与えられたことでその身を得たモノからしてみれば、合法であれば夜をライトアップし、非合法であれば闇に隠れる賭場を己の一部とみなすのはむしろ当然といえよう。
「|夜《よ》の幸運を見せてくれよう。さあディーラーよ、札を配るがよい!」
 背景で生演奏しているバンドがでっでっでででで! と、勇ましいリズムを鳴らした。

 驚くべき快進撃は、そこから始まった。
 初手からナチュラル21――すなわちカードが配られた時点でブラックジャックを成立させている幸運な手から始まったかと思えば、ヒットすれば尽く良札が舞い込み、スタンドすればディーラーはバーストする。
「|宵《よい》。実に」
 だが創夜命は当然のように不敵な笑みを浮かべていた。
 度外れた幸運を誇る創夜命からしてみれば、この程度はむしろ当たり前。
「これでは|夜《よ》が金庫を空にしてしまうやもしれぬな!」
 もうだいぶAnkerのことが頭から抜け落ちている疑惑が生じている。

「あ、あのぉ……」
 そこへおずおずと、エスカが現れた。
「|夜々《やや》?」
「へへへ……なんだかものすごく勝たれてますねぇ……実は私、今金欠でしてぇ……」
 揉み手をしながらいやらしい笑みを浮かべるエスカ。
「もしよろしければですね、そのぅ……」
「なんだ猫妖、みなまで言わずとも構わぬ」
 創夜命はかなりの枚数のチップを無造作に差し出した。
「そら、くれてやる。好きに使」
「あ、いえ、4000円貸してください」
「は??」
 何故か大半のチップを突っ返された。
「私、4000円あればそれでいいので! こんな大金はちょっと」
「見ず知らずの相手に無心する癖になんだその妙な遠慮は。まあ好きにせよ」
 創夜命は器の広い国王なので、簡単に許した。
「やったぁ! 私のお金だ! ありがとうございます!」
「随分図太い猫妖だな……さあとにかく再開だ! ディーラーよ、札を配れ!」
 二枚のカードが配られる。ナチュラル21!
「えっ!? 凄い!」
「このようなものではないぞぅ、ダブルアップ! そしてヒットだ!」
 またしても創夜命は勝利!
「なんなんですか!? 神様!?」
「否、|夜《よ》は国王である!」
 |夜《YO》! |夜《YO》! 創夜命はノリノリだ!
「この好機に退くことなぞ雑魚のやること! さらにダブルアップ!」
「やったーカッコイイー!」
「さらにさらにダブルアップ! さらにさらにさらに……」

 数分後。
「夜の遺骨は月の良く見える丘の上に埋葬してくれ……」
 創夜命は終わりを迎え、両手を胸の上で組んで燃え尽きていた。チップも尽きていた。
「ヨンセンエーン……」
 エスカもしわくちゃになっていた。似た者同士である。

第2章 集団戦 『スパディルマスケ』


●来襲
 √能力者達はそれとなく(一部の面識ある者は存在を知られながらも)カジノに馴染み、あるいは豪遊し、あるいは爆死していた。

 その時だ。突如、カジノのあちこちにリング状の光が縦に重なり、中から奇怪な異星人じみた怪物が次々と現れたのである!
「Ankerヲ捕獲セヨ」
「サイコブレイド様ノ到着ニ備エヨ」
「誘拐ヲ実行スル」
 どうやら早速、敵が動き出したようだ。

 しかし、√能力者達は事前に警戒し備えていたおかげで、Anker(エスカを含め)の一方的な略取を防ぐことが出来る。
 業を煮やした敵は、むりやりAnkerを奪い、あるいは殺そうと襲いかかるだろう。
 もしかすると虚を突かれ危ういことになるかもしれないが、そこはそれ、カッコよく守ったり出来るチャンスなのだ!

 ……というのはまあさておき。
「コノゲーム面白イゾ」
「オ金ナクナッチャッタ」
「呑マレル……!! 悪魔……!! 地獄!!」
 なんか普通にカジノにハマってる奴らもいた。隙だらけである。
「あの、すみません! 4000円貸してもらえますか!?」
 そんでもってエスカは自分から無警戒に近づこうとしていた。こいつもこいつでなんとかしよう!
八芭乃・ナナコ
波止八・七菜子

●この娘にして……
「来やがったな……!」
 八芭乃・ナナコはツッコミ疲れをバナナミルクで癒やし、身構えた。
「このあーしがいる限り、かーちゃんとついでにエスカは渡さねぇよ!」
「えっ!? 私ついでなんです!?」
 後ろに守られるエスカは地味にショックを受けた。
(「フッ、決まったぜ……! 一度は言ってみたかったんだよなぁ~、こういう台詞!」)
 完全に自己陶酔モードに入っているナナコの耳には届いていない。
(「いやー、今のあーし、マジヒーローしてるぅ~!」)
 だが、酔いしれていられるのも今のうちだ。相手は外星体。
 ナナコは景気付けにバナナを食べ、ついに変身しようとした!

「何が誘拐だオラァ!!」
「グワーッ!」
「アタイはなぁ! むしゃむしゃしてんだよ! 死ねぇ!!」
「アバーッ!」
「………………ん??」
 ナナコは目を開け、パチパチと瞬いた。
「おいお前、アタイに5万よこしな」
 近くにいたスパディルマスケを叩きのめした波止八・七菜子が、敵の胸倉(どこにあるのかはわからないが)を掴みカツアゲしているではないか。
「かーちゃんがボコボコにしてるぅー!?」
「次は勝つんだって! 絶対勝てる! だからよこしな!!」
「しかもなんか金の催促してるーーー!?」
 娘は大変ショックを受けた。その姿は元ヒーローらしさ……0!

「ってかーちゃん! 何やってんだよ!」
 我に返ったナナコは慌てて止めに入った。
「あぁ!? あと少しなんだって! 全然出ねぇけど次こそ出るから!」
「もうそういう場合じゃねーんだよ!? かーちゃんは大人しくしてろって!」
「は? 潰すぞ??」
「怖ッ!!」
 パチスロがさっぱり当たらなかったせいで、七菜子はいつも以上に荒れている。
 敵だろうが怪人だろうがお構いなし。借りるなどとケチ臭いことは言わず、むしろ悪党から金を巻き上げるのは正義だと言わんばかりだ。
「とにかくデカく攻めないとマイナスを取り戻せねえんだよ!」
「それはかーちゃんが大穴勝負しかしないからだろ!?」
「うるせー!! アタイは間違ってねえ! 世界が悪い!」
 なんという傲慢! その時、スパディルマスケのトラクタービームが七菜子の身体を持ち上げてしまった!
「かーちゃーん!?」
「いけません! 私がなんとかします!」
「エスカ!? おい待て、不用意に近づいたら……」
 覚悟を決めた表情で、スパディルマスケに近づくエスカ。そして!

「あの、すみません! 4000円貸してくださいませんか!?」
「なんで金の無心してんだよおめーは!?」
 あまりに突拍子もない(そしてへこたれない)行動に、おばかキャラのはずのナナコのツッコミが収まる気配がない!
「いえ違うんです! 4000円を借りて大勝ちして、それで増えたお金でこう身の安全とかを保証してもらう感じで」
「気が長すぎるだろその計画!」
「コイツモ誘拐スル」
「ウワーッ!?」
 案の定エスカもトラクタービームに囚われた!
「くそぉ、そうはさせるか! ババナブレイカーッ!!」
 ナナコがスパディルマスケに右張り手を叩き込み、トラクタービームを無効化!
「でかした! よくもアタイにナメた真似してくれたねぇ! オラァ!」
「グワーッ!?」
 落下速度を乗せた七菜子の鉄拳がスパディルマスケの頭をへこませた! √能力者の資格を失っても拳骨は健在だ!
「うっわー……あれ痛いんだよなぁー……」
「うう……た、助かりました、ありがとうございま」
「おいお前、お助け料50万円な」
「えっ」
「毎月取り立てに行くから覚悟しときなよ」
「えっ」
 とんでもない暴利を吹っ掛けられたエスカだった。

青木・緋翠

●扱いが完全に野良猫
「50万……50万……!?」
 エスカは悩んでいた。
 気が付いたら彼女は50万円という負債を……それも毎月取り立て付きで! 背負われていたのである。
 当然ながら、そんな蓄えなどエスカにはない。となれば、方法は一つ。
「ギャンブルで勝つしかない! 一発逆転です!」
 この女にコツコツ努力するという概念はなかった。

「そうと決まれば早速4000円貸してくださウワーッ!?」
 案の定スパディルマスケに不用心に近づこうとしたエスカの目の前に、電磁バリア発生! ついでに非Ankerの妖怪や人間も守られている! 大半は気付かずギャンブルしている。
「ダメですよエスカさん。今は非常事態です」
 電磁バリアを発生させた青木・緋翠がやってきた。
「で、でも50万円必要なんです! そのためには4000円借りて勝たないと!」
「負債を負債で帳消しにしようなんてある意味歩き回るより危険ですが……まあいいでしょう」
 緋翠はおもむろに4000円を取り出した。
「あそこにBINGOがありますね。あれを遊ぶなら、この4000円をお貸しでき」
「お願いします!!! 4000円貸してください!!!!」
「貸すと言ってますし土下座しなくても」
 と言いつつ、緋翠はこっそりエスカの首元に発信機を設置した。
 これで視界から消えたりしても位置を把握できるというわけだ。地域猫か何か?
「なくなったらここへ来てくださいね。すぐ貸してあげますから」
「やった! ありがとうございます!! 私のお金だー!!」
「エスカさんのお金じゃないですからね」
「「「グワーッ!!」」」
 震度7の震動で蹴散らされる外星体の姿は、エスカの¥マークになった目にはさっぱり入っていなかった。

ティファレト・エルミタージュ

●大誤算
 ブシュー……スパディルマスケの体内から噴き出したのは、危険なマスタードガス。外星体にしては随分地に足がついた、そして非常に嫌な化学兵器による攻撃!
「甘いな」
 しかし、ティファレト・エルミタージュは無傷だ。皮膚が爛れる気配もない。
「何故ダ!?」
「我のこの身は時の刻みを停止している。害あるものが傷つけることは出来んのだよ」
 ティファレトは不敵に微笑み、貫手を構えた。
「さて、お返しだ――時空の断裂に等しき一撃を、受けてみよ!」
 文字通り空間を切り裂くような鋭い貫手が、スパディルマスケの胴体を貫き、一撃で破壊せしめた。

 ……と、このように時間を操るティファレトは、あらゆる攻撃を無効化しながらも時に貫手で、時にテーブルを蹴り飛ばし散弾のように飛ばして敵を無力化していく。
 まさに敵にとって、ティファレトの存在そのものが誤算といえよう。
「さて、|エスカ《あちら》の方はどうなっているだろうか……」
 偶然にもAnkerであることが判明したチェスプレーヤーに、ちょこまか鬱陶しいエスカの足止め……もとい安全が確保されたエリアでの賭けチェスを依頼していたようだ。
 流石にあの流れでエスカがうろちょろすることはないだろう。ティファレトはそう考えていた。あのプレーヤーの強さは彼女も認めるところ。時間稼ぎを目的にすればいくらでも足止めが効くはず……。

 というわけで、見に行ってみると。
「はい、王手です!」
「いやチェックメイトですからねそういう時は。あとポーンは斜めに動けるのは敵の駒を取るときだけでして」
「えっ、そうなんですか!? すみませんもう一回説明してください!」
「……あの人妖、チェスのルールが分かっていないのか……!?」
 ティファレトにも別の誤算が生じていた。

塙・弥次郎

●手の込んだ脅迫
「こいつら絶対現金持ってねえだろ!!」
 自分も現金を持っていなさそうな怪人態を表しつつ、塙・弥次郎もとい冒涜融合体ヒアデスは絶望に打ちひしがれた。
 これでは負け分を取り返すことなど不可能……! 残金は350円まで減ってしまったというのに……!
「まあいい、4000円なんて望むべくもないだろうが、八つ当たりもとい本来の目的を果たさせてもらうぜ! テメェらの狙いを|冒涜《ブラスフェミィ》だッ!」
 ヒアデスは触手をこういい感じにウネウネさせつつ、カッコよくキメた!

「すみませーん、4000円貸して頂けません?」
「ってなんでアンタは普通に近づいてんだよッ!?」
 スタスタ敵に近寄る無警戒なエスカに思わずツッコミ!
「エッ、イヤ実ハ今スッチャッタンデスヨネ」
「|スパディルマスケ《そっち》も普通に負けてんじゃねーよ!?」
 戦闘中にあるまじき牧歌的な(そして人間的にはかなりダメな)やりとりだった。
 いやしかし、ここは本来カジノであるわけで、むしろこちらが正しい……?

「……いやいやいや! こいつらのペースに乗せられてどうする!」
 ヒアデスは気を取り直した。今はとにかく敵を倒す時(ついでになんとかして負け分も取り返す)ことを考えねば!
「おいそこの奴ら! そのゲーム絶対ディーラーが勝つからやらないほうがいいぜ!」
「「「エッマジ!?」」」
「と油断したところをオラァ!」
 ヒアデスは触腕を伸ばした――スパディルマスケではなく、エスカに!
「4000円貸してくださンアーッ!?」
「アンタはもう後ろいってろ!」
 そのままエスカを後ろへポイ!
「あっお前らはこのままやっつけちまうぜ!」
「「「グワーッ!?」」」
 かなり雑な斬撃で敵は蹴散らされた。
「ナ、ナンテコトヲ! ヨクモ仲間ヲ!」
「生き延びる方法がただ一つ……だけだぜ」
 ギラリと冒涜的な瞳が光り輝いた。
「俺に現金をよこせ、具体的には3億円……!」
 この期に及んで高望みが過ぎるヒアデスであった。

ルイ・ラクリマトイオ
眞継・正信

●遊興と応報
「随分楽しんでいるようですね。ご一緒しても?」
「「「エッ」」」
 何故か誘拐そっちのけで賭け麻雀を楽しんでいたスパディルマスケたちは、当然のように声をかけてきた眞継・正信に面食らった。
 なんとなく√能力者っぽい感じがする。ここでスパディルマスケたちは話し合う。
「コイツ倒サナクテイイノカ?」
「デモ我々ノ任務ハAnkerノ誘拐デ、√能力者ヲ襲ウコトジャナイゾ」
「テイウカ三麻飽キタナ」
 サイコブレイドは何を考えてコイツらを手下にしたのだろうか。
「「「イイデスヨ」」」
 しかも結局OKした。敬語で。
 サイコブレイドは何を考えてコイツらを手下にしたのだろうか。

「……正信さん、完全に馴染んでますね……」
 ルイ・ラクリマトイオは遠くから様子を見守っていた。
 そもそもこの作戦は正信の提案だ。まあ提案と言っても、
『彼らもずいぶん楽しんでいるようだ。少し様子を見守ろうじゃないか』
『えっ』
 という、ルイも耳を疑うようなものだったのだが。

 そして今、今度は耳ではなく目を疑う光景が広がっている。
「ロン。満貫8000点ナ」
「これはお強い。すっかり負けてしまっているな」
 なんと正信は接待プレイをしていた。トバない程度に点を守りつつ、そこそこの手でアガれるように振り込んでいるのだ。
(「……あれ、バレてないんです? 本当に??」)
 ルイはスパディルマスケたちの背後で手を読み、正信にアイコンタクトで内容を教えるOrgeの姿を訝しんだ。
 普通ならバレているところだ。しかしスパディルマスケたちは気付かない。
 何故か? こいつらがアホだからである。
「あんなに鮮やかに相手をいい気分にさせていらっしゃるとは、お見事ですね……」
 ルイもだいぶ天然の疑いが深まってきた。

 するとそこへ、フラフラとエスカが近づいてきた。
「あっ! そこの方々! あの、4000円貸してください!!」
「いけませんエスカさん、命あっての物種ですよ」
 危険が及ばないよう、ルイは素早く割って入った。
「そんな! 4000円を貸してもらえるんですよ!? 責任取ってくれるんですか!?」
「いや、特にどなたも貸すことは確約していないような」
「じゃああなたが4000円貸してくれますか!?」
「なんで私に無心の矛先向かってるんです???」
「ナンカ騒ガシイナウワッナンダコノ犬!?」
「おっと、失礼。ツモだ。これは……二倍役満だね」
「「「ウワーッ!?」」」
 正信はちゃっかり親の手番で役満を決め、負けた分を取り戻した!
「ついでにそのショックを抱えたまま消えてもらおう。闇の翼よ、刃となれ!」
「「「グワーッ!?」」」
 雀卓からバサバサ現れた蝙蝠の群れに飲み込まれ、スパディルマスケはあっさりと倒れた。
「あー!! 私に4000円を貸してくださる方々がー!!」
「オ金貸シテアゲルカラ誘拐シテイイ?」
「えっ! いいんですか!?」
「ダメですからね。あなたはこっちです」
「グワーッ!?」
 エスカをさらそうとした抜け目ないスパディルマスケもルイにばっさりとやられた。悪事は出来ないものである(イカサマしてる人いるけど)。

ノーバディ・ノウズ
久瀬・彰

●治療すべきは
 ズルズルズル。エリア51に運び込まれた宇宙人のように両腕を掴まれたノーバディ・ノウズは、店の裏にある用途不明の部屋に引きずり込まれようとしていた。
「あっ! ほら、なんか敵! 敵来てる!!」
 騒ぎを聞きつけたノーバディは、左右の怖いスタッフの顔色を伺う。
「敵来てるから! 俺がやっつけっからさ! な! いいだろ!?」
「「……」」
 怖いスタッフたちはノーバディを開放した。
「いやー敵が来てるんじゃ仕方ないよなカジノ守らないといけないしなー!!
 カジノがなくなったら支払いも出来ないしな! じゃあそういうことで!!」
 ひとまず無事に(?)窮地を脱したのである。

 だが、話は終わらない。
 というかそもそも、怖いスタッフに連れ込まれかけたのは本筋となんにも関係がない!
「やあホロウヘッドくん、おかえり」
 スマホを手にした久瀬・彰が出迎えた。
「危ういところだったね。もう少しで社長にヘルプコールするところだったよ」
「勘弁してくれよ! 返すあてのねえ借りは作りたくねえ!」
 あのオトメな社長に個人的な借りを作る。何が起きるかわからないだろう。
 仮に貸しにならなかったとしても、頭をルーレットに挿げ替えられて永遠にルーレット役をやらされていた可能性が高い。
「でもどうするの? さすがに負け分は肩代わり出来ないよ」
「え? いやーそれはほら、あれだ。あいつらぶっ倒してチャラにするぜ!!」
「「「エッ?」」」
 スパディルマスケの皆さんは、まったく身に覚えのない債務の話をされて少し戸惑った。
「ところで俺にも借金あるの忘れてないよね? 返さなくてもいいんだけどさ」
「アッハイそれはこう……労働力提供とかじゃだめ? だめか??」
 人間性の一部に欠落のある彰なのでこんなゆるゆるだが、本来友人関係での貸し借りは破滅に至る可能性が高いので気をつけよう!

「「「ヨクワカランケド喰ラエッ!」」」
 そこへ襲いかかるスパディルマスケの皆さん!
 ギュイイイ! 危険な丸鋸が唸りを上げる! これで頭とか腕とかを切り落として改造してしまうのだ!
「来やがったな! はいいただきィ!」
 ノーバディは頭を攻撃させることで何処かのアンパンで出来たヒーローのように丸鋸を新たな頭部に変えた!
 両腕にも丸鋸が出現し、ヴヴヴヴヴヴと音を立てて回転する!
「ホロウヘッドくん、その形態ちょっとアブなくない?」
「俺もちょっとヤバい気がしてるから黙っとけって! オラァ手術の時間だァ!!」
「手術道具扱いされるのも心外なんだよねぇ……」
 丸鋸と黒いメスが、次々にスパディルマスケをバラバラに切り裂いていく。
「まあ、手術道具使って戦ってる俺も大概かな」
「へっ、悪党どもの頭を強制治療してやろうじゃねえか!」
「矯正が必要なのはホロウヘッドくんのギャンブル癖かもしれないけどね」
「それ言われるとほんと返す言葉もねえから勘弁してくれって!!」
 中毒になってからでは遅いのである。
「ああああ! 私に4000円貸してくれそうな人たちが~!」
 その具体例が背景で嘆いていた。

禍神・空悟
ハリエット・ボーグナイン
品問・吟

●引き際
「はぁ……どうしよう……」
 品問・吟はテーブルに突っ伏し、悩んでいた。
 気が付いたら博打の魔物に取り憑かれ、持ち金の大半をスッてしまったのである。
 負債を抱えるところまでは行かなかったものの、懐は空っぽだ。
 具体的にはご飯代がない。このままでは夕食抜きである!

 ……カジノで頭を抱えているにしては割と浅瀬な気がしないでもないが、なまじ初めての博打でこんなことになってしまったということが、吟にとってはショックだった。
「おや、どうやらあなたも大負けしたんですね!」
「エスカさん……」
 右隣に座っていたエスカがにこりと笑った。
「でも大丈夫です、生きていればどうにかなるものなんですよ」
「そ、そうですよね。っていうか考えてみるとアナタを生かすための仕事でしたもんね」
「はい?? 私が何か……?」
「な、なんでもないです」
「ソレニ負ケタノハアナタダケジャナイデスヨ」
 左隣のスパディルマスケが優しく慰めた。
「もしかしてアナタも?」
「エエ、ツイツイハマリスギチャイマシテ」
「私もです!」
「ふふ、なんだか親近感が湧いちゃいますね」
 吟は人の暖かさに包まれ、微笑んだ。

「……って! どう見ても敵じゃないですか!?」
 ダン! 吟は我に返った!
「あのところで、4000円とか貸してもらえません?」
「この流れで私に無心ですか!?」
「じゃあそちらの異星人っぽい方でも……」
「いや敵! こいつら敵ですから! オラァッ!」
「グワーッ!」
 スパーン! 卒塔刃の一撃ではっ倒されるスパディルマスケ!
「あー!! 私に4000円貸してくれる人がー!!」
「貸してくれるわけありませんよ!?」
「じゃあもういいです他の方に借ります!」
「ってエスカさーん!?」
 ぴゅーん! エスカは金づるを求めて飛び出した!

「……いや何やってんだ猫又!」
 偶然にも、近くでスパディルマスケをぶん殴り倒していた禍神・空悟が見咎めた。
「何って4000円をですね!」
「またかよ……ブレてねぇのはいいことだがうろちょろすんな」
 空悟は4000円分のチップを渡した。
「ほれ、適当なゲームやってろ。うろちょろすんなよ」
「やったー!! 私のチップだー!!」
「だからてめぇのじゃねえ……よっ!!」
「グワーッ!」
 後ろから襲いかかろうとするスパディルマスケを鉄拳KO!

「……やれやれ、思いの外苦戦したな……」
 エスカが向かったテーブルでは、種銭が目減りしてぐったりしているハリエット・ボーグナインがいた。
「ん? なんだお前、今危ないとこだぞ」
「ゲームやってろって言われて4000円貸してもらったんです!」
「……マジかよ」
 ハリエットの目の色が変わった。
「つまりあいつらがカモってことか? ちょうどいい、シバいて種銭回収だ……!」
 そう、ハリエットはエスカが4000円を借りたのはスパディルマスケどもだと勘違いしたのである。
 何故なら……同じテーブルにも遊びに夢中になってる奴らがいるから!
「おいお前ら! 金よこせェ!」
「「グワーッ!?」」
 そしてそいつらをぶん殴り倒す! カジノが非常事態でなければただのカツアゲである。

「オ、オノレ√能力者ドモ! コレデモ喰ラエ!」
 ブシュー! スパディルマスケの身体から吹き出すガス! 危険だ!
「ハッ、そんなもん吸い込む前に……こうしちまえばいいだろうがッ!」
「グワーッ!」
 空悟の鉄拳が再びスパディルマスケを叩きのめす!
「ガス攻撃なんて他の人の迷惑を考えなさい! このーっ!!」
 倒れたスパディルマスケの頭を掴んだ吟が、敵を振り回す!
「「「グワーッ!」」」
「ビ、ビームデ捕縛セヨ!」
 今度はトラクタービーム発射! これは鍛え上げた肉体では封じ込められない!
「そんなもんおれに効くかよ」
 そこでハリエットだ。巨大な棺桶を盾代わりにビームを受け止め、そして……掴みかかる!
「金出せオラァ! まだまだ遊ぶんだよォ!」
「グワーッ!?」
 三徳包丁でズタズタに切り裂き抉る! とんでもない三枚おろしだ!
「おい! 誰も金持ってねぇぞ! どうなってる!」
「金? 何の話してやがる?」
 空悟は訝しんだ。
「こいつらが4000円持ってるって話を聴いたんだよ、嘘だったのか!?」
「4000円って、そりゃあの猫又……」
「あの、すみません4000円貸してくれませんか!?」

「!?」
 空悟は目を疑った。
 さっきお金を貸したはずのエスカが、もうスパディルマスケに無心しているからだ!
「スるの早すぎだろうが! おら、これ」
 ダッシュで近づいた空悟はもう一度金を貸してやった。
「やったー!! 私の4000円だー!!」
「だからてめぇのじゃねえよ!」
「そうだそうだ、そんな得体のしれねえ連中に絡むぐらいならおれも貸してやっから」
「えっ、さっきアナタもお金欲しがってませんでした!?」
「いやあんな無謀なこと見てられねぇだろ……」
 吟のツッコミにも真顔でマジレスするハリエット。意外と常識人である(死んでるけど)。
「そ、そうですよね! とにかく今のうちに協力して敵をやっつけ」
「あー!! 私のお金がなくなっちゃいましたー!!」
「何やってんだ猫又ァ!」
「っていうか借りたもんはあとで返せよお前!?」
「ぎゃ、ギャンブルにハマるとああなるんだ……!」
 絶対に中毒にならないようにしよう。吟は心の底から自分を戒めた。

戦術具・名無
神元・みちる

●マイペース
「みちる。ちょっといいですか?」
「おー? なんだよ、いまいいとこなんだって!」
 戦術具・名無の呼びかけに、神元・みちるは鬱陶しそうに答えた。
 ビギナーズラックというべきか、それともみちるの野性的なセンスのおかげなのか、賭け事という概念にほとんど親しんでこなかったにしては中々の収支だ。
 しかし、名無はみちるよりも頭が良く思慮深いので、ここらへんでデカい陥穽が待ち受けているであろうというカジノ側の心理を読んでいた。
 ついでに言うと、みちるも油断して大きなポカをやらかす頃だ。

 ……という保護者目線の考えはさておき。
「周りを見てください。当初の目的を果たすときですよ」
 そう、スパディルマスケがそこらじゅうで暴れ回っているのである!
「コノルーレット確率オカシイゾ」
「マタブラックジャックデ負ケタ!」
「モウオ金ガナイ! ドウシヨウ!」
 ……暴れ回っているのである!!

「……おー、なんか客増えてるなー!」
「そうじゃないですよっ!?」
 あまりに牧歌的なせいで、みちるは普通にスルーしかけた。
「あれが敵です。倒さないとAnkerの方々が危険なんですよ!」
「そうかー? でも遊んでるようにしか」
「いいから! ほらあのへんとか暴れてる連中いるでしょう!?」
 名無が(意識で)指し示す方を見ると……。

「コイツガAnkerカ」
「誘拐ヲ実行スル」
「サイコブレイド様ニ捧ゲルノダ」
「えっ? すみません、4000円を貸していただけるのはどなたですか!?」
 エスカが取り囲まれていた。

「……いや、あれさっきの方じゃないですか!?」
「また同じよーなこと言ってるなー。じゃあ問題ないな!」
「ありますよ!? ピンチなんですっ!」
「うーん、そか、じゃあやっつけるか!」
 みちるはあっさりと切り替え、突撃した。そして!
「その人いじめるのはダメだぞ、えーいっ!!」
「「「グワーッ!?」」」
 鉄拳制裁! ボウリングのピンめいて吹き飛ばされるスパディルマスケの群れ!
「ふう、これでひとまずなんとかなりましたね」
 名無は胸を撫で下ろす、が……。
「なんてことをするんですか!? 私の4000円を貸してもらえるところだったのに!」
「え!? なんであたし怒られてるんだ!?」
 何故かエスカに詰め寄られてしまった。
「だって4000円! 4000円なんですよ!」
「うーん、名無、なんかかわいそーだからあたしが貸してあげるのは」
「だ・め・で・す!!」
 保護者からのキツいダメ出しが入った。

タマミ・ハチクロ
夢野・きらら
新札・三億円

●豆知識:お金を勝手に増やすと法に触れる
「どうやら敵が動き始めたようでありますな、きら殿」
「そうだねタマちゃん。ところであれどう思う?」
「え??」
 タマミ・ハチクロは夢野・きららが指差す方を見た。
「お願いします! 4000円貸してください!!」
「「「エッナニコノ妖怪」」」
 スパディルマスケの奴らの前で土下座するエスカの姿を。

「…………よ、4000円借りることへのハードルが……低い……!!」
「ついでにいうと頭の位置も低いね。あと自尊心もかな」
「上手いこと言ってる場合ではないでありますよ!? エスカ殿、こっち! こっち!」
 タマミは慌ててエスカを引っ張り寄せた。
「なにするんです!? あと少しで4000円が! 私の4000円!」
「だから借りたからってエスカ殿のお金というわけではないでありますしそもそも貸してもらえるわけがないでありましょう!?」
 タマミはブンブン頭を振った。
「ってそうじゃなくて! それ以前にあいつらはやばいんでありますって!」
「でもさ、あの様子ならエスカくんを見逃してくれそうじゃないかい? 放っておいても」
「ダメに決まってるでありましょう!!!」
 ごもっともである。

「じゃあなんですか!? お二人が4000円貸してくれるんですか!?」
「0か1が極端すぎるであります。きら殿、エスカ殿を何か抑える方法はないでありますか?」
「仕方ないな。なら、とっておきの手があるよ」
 パチン。きららが指を鳴らすと、何処からともなく光が。そして光の中を神々しい羽根が舞い落ちた。
「……天使……?」
 タマミは宗教画に描かれた天使のような雰囲気に、自然と両手を合わせて舞い散る羽根の中を降りてくる存在を見上げた。

 それは、三億円だった。
「急に呼び出してどうされました? きららさん」
「「三億円がシャベッタアアアア!?」」
 エスカとタマミは揃って尻尾ピーンとさせて驚いた!
 その三億円には天使の羽が生えていた。何を言っているのかわけがわからなくて頭がおかしくなりそうだが、つまり新札・三億円という名前の天使だった。えっ天使!?
「きら殿には三億円のご友人がいたのでありますか!」
「私が言うのもなんですけど、これそのノリで受け入れていいところなんです!?」
 √能力者ではないエスカがツッコミ役になるという異常事態!
「なるほど、状況は把握しました。エスカさんのついでにきららさんのAnkerである私も守ろうというわけですね」
 おまけに三億円は異様に物わかりがよかった。
「確かに離れた場所にいるよりは傍にいたほうが安全ですもんね。きららさんはやはり心優しいお方です」
「きら殿ご友人はああおっしゃってますがどうなんでありますか?」
「ねえエスカくん、サンオクエーンだけどこれ見てどう感じたか教えてくれるかい?」
「これ絶対エスカ殿の反応見たいだけでありますな!?」
 注目のエスカの反応は……!

「え? こんな妖怪もいるんだなあってびっくりしました!」
「「……!?」」
 タマミときららは予想外の反応に困惑した。
「エ、エスカ殿、三億円でありますよ!? 4000円×75000であります!」
「? 三億円は三億円であって、4000円ではないですよ?」
「あれ!? 小生がおかしいんでありますかこの流れ!?」
「なんてことだ……ぼくの読みが外れるなんて……!」
 さしものきららも崩れ落ちた。
「てっきりエスカくんなら、4000円進数(あらゆる数字を4000円で計算すること。汎用性は鬼低い)で三億円を分解して狂喜乱舞すると思ったのに……!」
「必要なら私も身銭を切りますよ。要りますか? 4000円」
「ホントですか!? 4000円貸してください!!」
 かと思いきや、三億円の提案には大興奮で食いつく。
「おっと、いけません。私この通り最小金額が万札なので両替していただかないと」
「それじゃ4000円じゃないじゃないですか! いけませんよ誰かのお金に手を付けるなんてこと出来ません!」
 エスカは急に真人間みたいな面をした。
「エスカくんの倫理観どうなってるんだい???」
「小生ちょっとエスカ殿が怖くなってきたでありますよ」
「……ちなみにだけど、もし物体をもとに戻せる力があったとして」
 きららは一枚の紙幣を手に取った。
「これを真っ二つにして直したら、つまりお金が倍に増えるよね。エスカくんどう思う?」
「紙幣の偽造と使用は刑法148条で禁止されてますし、紙幣を意図的に破ったりするのは鋳潰すのと違って違法にはなりませんけど推奨されてないから辞めたほうがいいと思います!」
「ぼくが……法律を引き合いに出された……!!?」
 きららは再び崩れ落ちた。
「で、両替はしていただけます? すみませんが皆さんにお願いしてもいいですか?」
「「「エッナニコノ空飛ブ三億円」」」
「もう小生がぶっ倒さねえと話がまとまらねえであります!! うおおおお!!」
 タマミが頑張って周りのスパディルマスケをやっつけ、色んな意味で事なきを得たのであった。

パドル・ブロブ
ルナリア・ヴァイスヘイム
浄見・創夜命

●そしてなんとか……なった?
「ふー」
 浄見・創夜命はリラクゼーション用のなんとなく皇帝っぽい椅子に座り、リフレッシュした。
 気分はまるで、千年に渡る因縁で結ばれた過去の英雄を討たんとする王だ。
 いや実際創夜命は(自称)国王なのだが、別に意識の伝承とかは行っていない。

「……懐が、寒いな」
 単に負けが込んでスッテンテンになっているだけだった。
「だが、|宵《よい》。生死のあわいも楽しむのが我が国の流儀。
 何一つ残すものなく夜に消えるもまた、|夜《よ》の欠片なれば――」
 特にここでとぼとぼ帰るつもりはないし、カッコよく表現しようと創夜命がギャンブルでズタボロに負けたのは事実なのだが、その風格は十分だった。見た目がいいってずるくない?
「さあエスカよ、夜の伴をせよ。死中に活と稼ぎを見出すのだ!」
「ヨンセンエーン……」
 そのエスカはしょぼくれたたぬきみたいな顔になり、トボトボと歩いていた。

「「「Ankerヲ誘拐ダ!」」」
 そこへ現れるスパディルマスケの皆さん!
「あっ! すみません4000円貸してください!」
 エスカは急に顔色を変えてスパディルマスケの奴らの前に土下座モードでスライディング割り込みする!
「待て! 借りるならまず国王たる夜に希うところではないのか!」
「だって創夜命さん負けまくってたじゃないですか!」
「|夜宵《よよい》|宵《よい》??」
 図星を突かれた創夜命は目が泳ぎまくっていた。この国王ダメダメだ!

「だめだエスカさん、危険だ!」
 見かねたパドル・ブロブがエスカを掴み引きずり戻した。
「うむ。左様、何故ならそやつらは貴様を」
「アレを見るんだ……あの人達はもう手遅れなんだ」
 パドルは指さした――スパディルマスケのみなさんが持っているお菓子を。
「コレネ、四万円ノオ菓子」
「コッチハ三万円」
「コレナンテ十万円ダヨ! 美味シイ」
「貴様らばっちりパチンコで負けているではないか!!」
「だから近づいちゃいけない。まああなたほど手遅れじゃないかもしれないけど」
「|夜《よ》ッ!? いや夜はまだ勝てるが? まだ負けてないが??」
「いや違いますあなたじゃないんですエスカさんなんです!」
「夜は国王だし最悪国債という手もあるのだ夜??」
「ダメだこの人も別方向に手遅れだ!!」
 ツッコミが……ツッコミが追いつかない!

 その時。カカッ! スポットライトが、いつの間にかカジノに気付かれていた巨大レースを照らし出した!
「エスカちゃん、これが何かわかりますよね!?」
 と、何故かステージの上に立つルナリア・ヴァイスヘイム。
「これは……! まさか、妖怪ダービー!?」
「「妖怪ダービー!?」」
 パドルと創夜命は声を揃えた。
「そう……エスカちゃんと初めて会った時……じーわん? とか言うらしく、多重債務とかでどん詰まりになった妖怪のみなさんがかけっこしているのを賭けたり賭けなかったりしたあのPRETTYな記憶と熱狂……」
「待ってくださいそれ大丈夫ですか色んな意味で!?」
 パドルは危険を感じた。ギャン中になってるスパディルマスケよりももっと沼というか、なんかギャンブルとかそういうレベルじゃない……具体的に言及するとより危険になりそうなので言語化し難いがとにかくそういう危険を!
「なるほど夜も理解した。つまりかっとびんぐする奴を見抜き賭ければよいのだな!」
「その表現も別のベクトルで危なくないですか!?」
「さあ皆さん、敵も味方もなく思いのままに賭ければいいですよ!」
 何故かパドックにはルナリアの√能力(※この昔語りがトリガーになってる)で召喚されたイマジナリー妖怪の皆さんもゲートインしていた!
「「「う~~~~妖だっち!」」」
「危険度が増している気がします!」
 パドルのツッコミをよそに出走!
「差せー!! いけいけいけいけー!!」
「こらっエスカちゃん! お金もないのに何を賭けてるんですか! この石川啄木!」
「ゴフッ」
 ルナリアのゴツい杖が脇腹に決まるエスカはダウンした。なお、賭けた奴はドベである。

 で、スパディルマスケの皆さんはというと。
「「「負ケタァアアアア!!」」」
 ばっちり外していた。
「と、とりあえず隙だらけなのでここにどーんと行っておこう!」
「「「グワーッ!」」」
 パドルの√能力でしっかりふっ飛ばされた。
「貴様ら、這い上がりたいか? ならば来るがいい、夜の卓へ!」
 しかも何故か雀卓を用意し決☆闘☆者みたいに待ち構える創夜命!
「ちなみにあなたは勝てたんです?」
 ルナリアがさりげなく質問した。創夜命は不敵な笑みを浮かべた。
「うむ、ばっちり負けた! というわけで貴様らから巻き上げるぞ!」
「待ってください、私も参戦します! なので4000円貸してください!」
 エスカは懲りていない!
「「「取リ返スゾー!」」」
 生き延びたスパディルマスケどももAnkerとかどうでもよくなっていた!

 ……おや? 唯一まともそうだったパドルが静かなのは何故だろうか?
「へえ、これがスロット……なるほど……もう一回だけやってみよう」
 こっちもこっちでギャンブルに目覚めていた。誰か助けてあげてくれ!

第3章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』


●そしてなんとか……なった?
「ふー」
 浄見・創夜命はリラクゼーション用のなんとなく皇帝っぽい椅子に座り、リフレッシュした。
 気分はまるで、千年に渡る因縁で結ばれた過去の英雄を討たんとする王だ。
 いや実際創夜命は(自称)国王なのだが、別に意識の伝承とかは行っていない。

「……懐が、寒いな」
 単に負けが込んでスッテンテンになっているだけだった。
「だが、|宵《よい》。生死のあわいも楽しむのが我が国の流儀。
 何一つ残すものなく夜に消えるもまた、|夜《よ》の欠片なれば――」
 特にここでとぼとぼ帰るつもりはないし、カッコよく表現しようと創夜命がギャンブルでズタボロに負けたのは事実なのだが、その風格は十分だった。見た目がいいってずるくない?
「さあエスカよ、夜の伴をせよ。死中に活と稼ぎを見出すのだ!」
「ヨンセンエーン……」
 そのエスカはしょぼくれたたぬきみたいな顔になり、トボトボと歩いていた。

「「「Ankerヲ誘拐ダ!」」」
 そこへ現れるスパディルマスケの皆さん!
「あっ! すみません4000円貸してください!」
 エスカは急に顔色を変えてスパディルマスケの奴らの前に土下座モードでスライディング割り込みする!
「待て! 借りるならまず国王たる夜に希うところではないのか!」
「だって創夜命さん負けまくってたじゃないですか!」
「|夜宵《よよい》|宵《よい》??」
 図星を突かれた創夜命は目が泳ぎまくっていた。この国王ダメダメだ!

「だめだエスカさん、危険だ!」
 見かねたパドル・ブロブがエスカを掴み引きずり戻した。
「うむ。左様、何故ならそやつらは貴様を」
「アレを見るんだ……あの人達はもう手遅れなんだ」
 パドルは指さした――スパディルマスケのみなさんが持っているお菓子を。
「コレネ、四万円ノオ菓子」
「コッチハ三万円」
「コレナンテ十万円ダヨ! 美味シイ」
「貴様らばっちりパチンコで負けているではないか!!」
「だから近づいちゃいけない。まああなたほど手遅れじゃないかもしれないけど」
「|夜《よ》ッ!? いや夜はまだ勝てるが? まだ負けてないが??」
「いや違いますあなたじゃないんですエスカさんなんです!」
「夜は国王だし最悪国債という手もあるのだ夜??」
「ダメだこの人も別方向に手遅れだ!!」
 ツッコミが……ツッコミが追いつかない!

 その時。カカッ! スポットライトが、いつの間にかカジノに気付かれていた巨大レースを照らし出した!
「エスカちゃん、これが何かわかりますよね!?」
 と、何故かステージの上に立つルナリア・ヴァイスヘイム。
「これは……! まさか、妖怪ダービー!?」
「「妖怪ダービー!?」」
 パドルと創夜命は声を揃えた。
「そう……エスカちゃんと初めて会った時……じーわん? とか言うらしく、多重債務とかでどん詰まりになった妖怪のみなさんがかけっこしているのを賭けたり賭けなかったりしたあのPRETTYな記憶と熱狂……」
「待ってくださいそれ大丈夫ですか色んな意味で!?」
 パドルは危険を感じた。ギャン中になってるスパディルマスケよりももっと沼というか、なんかギャンブルとかそういうレベルじゃない……具体的に言及するとより危険になりそうなので言語化し難いがとにかくそういう危険を!
「なるほど夜も理解した。つまりかっとびんぐする奴を見抜き賭ければよいのだな!」
「その表現も別のベクトルで危なくないですか!?」
「さあ皆さん、敵も味方もなく思いのままに賭ければいいですよ!」
 何故かパドックにはルナリアの√能力(※この昔語りがトリガーになってる)で召喚されたイマジナリー妖怪の皆さんもゲートインしていた!
「「「う~~~~妖だっち!」」」
「危険度が増している気がします!」
 パドルのツッコミをよそに出走!
「差せー!! いけいけいけいけー!!」
「こらっエスカちゃん! お金もないのに何を賭けてるんですか! この石川啄木!」
「ゴフッ」
 ルナリアのゴツい杖が脇腹に決まるエスカはダウンした。なお、賭けた奴はドベである。

 で、スパディルマスケの皆さんはというと。
「「「負ケタァアアアア!!」」」
 ばっちり外していた。
「と、とりあえず隙だらけなのでここにどーんと行っておこう!」
「「「グワーッ!」」」
 パドルの√能力でしっかりふっ飛ばされた。
「貴様ら、這い上がりたいか? ならば来るがいい、夜の卓へ!」
 しかも何故か雀卓を用意し決☆闘☆者みたいに待ち構える創夜命!
「ちなみにあなたは勝てたんです?」
 ルナリアがさりげなく質問した。創夜命は不敵な笑みを浮かべた。
「うむ、ばっちり負けた! というわけで貴様らから巻き上げるぞ!」
「待ってください、私も参戦します! なので4000円貸してください!」
 エスカは懲りていない!
「「「取リ返スゾー!」」」
 生き延びたスパディルマスケどももAnkerとかどうでもよくなっていた!

 ……おや? 唯一まともそうだったパドルが静かなのは何故だろうか?
「へえ、これがスロット……なるほど……もう一回だけやってみよう」
 こっちもこっちでギャンブルに目覚めていた。誰か助けてあげてくれ!
「……何がどうなっている?」
 サイコブレイドは呟いた。

 けしかけたはずのスパディルマスケは簡単にやられるか、あるいは未だにギャンブルにハマっており事実上無効化されている。
 サイコブレイドの嗅覚はAnkerの存在を感じ取っていたが、なんか部屋の中に押し込まれたり、ギャンブルをやっていたり、ギャンブルをやっていたり、そもそも人間でも妖怪でもなく三億円だったり、√能力者よりノリノリでスパディルマスケをボコしていたり、ギャンブルをやっていたり、何もかもが彼の想像を超えていた。
「…………どうしてこんなことになってしまったんだ」
「ンンーン……」
 案の定ボロ負けにボロ負けを重ねたエスカが鳴いた。
 とりあえず捕まったりする心配はなさそうなので、サイコブレイドが困惑しているうちにはっ倒そう!
ヨシマサ・リヴィングストン

●笑うしかないということもある
「……ハッ」
 ヨシマサ・リヴィングストンは我に返った。
 別にギャンブルにハマッていたわけではない。どちらかというとハマッていたのはこのトンチキ極まる状況そのものであり、スパディルマスケの奴らが全然侵略作戦出来てねえのを眺めてぼんやりしていたらしい。
 いっそ第三者目線で笑いながら眺めて終わりたいところだったが、それだと最悪Ankerが死ぬ。さすがにそれはまずいってんで、ヨシマサの兵士としての本能が意識を回復させた……の、かなぁ? どうかなぁ!?

「いやー、大変そうっすね」
 ってな具合で勇み足したもんだから、ヨシマサの語り口はシリアス感ゼロだった。
 なんかこう、道端歩いてたら偶然ハトのフンを食らった可哀想な人(※当然見ず知らずの人)にどんまい! って語りかける感じ。彼はそういう男である。
「貴様……√能力者か。この俺の蛮行を止めに来た、というわけだな」
「まあある意味蛮行ってのは間違いないと思うんすけど」
 驚いたことにサイコブレイドのほうは真面目だ。
 むしろ|敵《あっち》は最初からそうである。そう考えるとなおのこと不憫で仕方ない……という殊勝な(?)思い入れがあるわけでもなく。
「ちょっと待ってくださいっす、今サイブレさん(※愛称)がシリアスに戦えるようBGMとか流してもらうんで」
「そういう気配りがあるなら普通に俺を阻むのではダメなのか?」
 ジャッジャーーーーン! ハッキングされたジュークボックスから流れ出すクソデカ音量!
「み、耳が……!」
 サイコブレイド、思わぬ大音量にダメージ! チャンスだ!
「あっヤベ、鼓膜破れるっす!」
 何故かヨシマサも大ダメージ! なんなんだよもう!
「ってこんなことしてる場合じゃないっす、全部吹っ飛べ~!」
「待て、シリアスはどうし」
 KA-BOOOM! KRA-TOOOM! 重火器が火を噴き、辺り一面をふっとばした! 爆発オチなんてサイテー!

ティファレト・エルミタージュ

●素人が手を出すとろくなことにならない(二重の意味で)
「……気を取り直して、Anker抹殺計画を実行する」
 サイコブレイドはかろうじてシリアスを取り戻した。かろうじてるかな??
「貴様らもろとも、ここにいる民間人も皆殺しだ」
 すさまじい宇宙エネルギーが、サイコブレイドに集まっていく。このまま時間を与えてしまえば、奴は言葉通り最悪の被害を齎すだろう。

 だが、そんな状況を座して見ているほど、√能力者は甘くない。
「残念だが、お前が集めた宇宙エネルギーは無効化させてもらう!」
「何……!?」
 変容により物理的な腕の長さよりも遥かに射程距離を変容させたティファレト・エルミタージュの右手が触れた瞬間、宇宙エネルギーは霧散した。

 これだけれであれば、サイコブレイドは素早く右腕を切り落とすなり、ティファレト本体を攻撃する。
 だが、ティファレトの接触は二段構えの布石に過ぎない。敵が反撃するよりも、その続けざまの攻撃が当たるほうが……速い!
「皆殺しと言ったな? 生憎だが――薙ぎ払われるのは、貴様だッ!」
「ぐ……!」
 創造された巨大な拳を浴び、サイコブレイドは壁に叩きつけられた。強烈な殴打は、反撃を文字通り力任せにねじ伏せ、一方的なダメージを与えたのである。
「……少しは、記憶を失う前の我らしく振る舞えるようになったか」
 ティファレトはひとりごち、シリアスな顔でエスカを見た。
「それに我は、成し遂げねばならないことがあるのだ」
「成し遂げねばならないこと……?」
「お前をギャンブル依存症の治療施設に連れていくことだッ!」
「そんな!? 絶対嫌です!!!」
 下手するとティファレトのグーパンより力強い返事であったという。

パドル・ブロブ

●心配するところ、そこ??
「――ハッ!!??」
 パドル・ブロブは我に返り、慌てて懐を漁った。

 なんということだろうか、彼女の財布は空っぽになっていた。
 自覚が、ない。まるで全身麻酔を吸引した直後のように、すっぽりと意識がブラックアウトしていたようだ。
 それもこれも、射幸心を煽られてギャンブル手を出したせいである。悲しいことにギラギラ光るスロットマシーンの演出にのめり込んでコイン投入しまくった認識記憶だけはばっちり残っていた。

「……Ankerを抹殺する」
「だめだサイコブレイドさん!」
 パドルは迫真の表情で、サイコブレイドを制止した。
「邪魔をするな。俺は唾棄すべき邪悪になろうとも」
「あなたまでギャン中になっちゃうよ!!」
「…………何を言っている???」
「だって、カジノは危険なんだ。我慢できるわけがない! なんておっかない場所なんだ!」
 ものすごい熱のこもった説得だった。敵相手に中毒症状心配する√能力者など、はたして過去に例はあったのだろうか。

「というわけで今日は帰って、いったん標的を「ギャンブルという概念」とかにして出直してきてくれない??」
「そんなのダメですよぉ!!」
 何故かエスカが食い下がった。
「それじゃ私が大金持ちになれないじゃないですか!」
「エスカさんあんだけ負け続けてるのによく言えるね!?」
「可能性! 可能性はありますから! 次は勝てますから!」
「わけがわからんのでとにかくAnkerを殺す」
 サイコブレイドは考えるのをやめた! 危険だ!

「だったら――殴ってでも「お願い」するよッ!」
 ズン! 光を具現化し形作られた両手斧の重さを乗せた一撃が、サイコブレイドに命中!
「ぐ……! あくまでもAnkerを護るか、√能力者」
「違う! 僕が守りたいのはあなたの尊厳と懐なんだ!」
「だからなんの話をしている……!!」
 もうなんのために戦っているのか、敵も味方もわからなくなりつつあった。

ルナリア・ヴァイスヘイム
浄見・創夜命
塙・弥次郎

●今日はドン勝だ!
「……残り50円、か……」
 売店で売ってたつまみスナックをポリポリ食べ、ビールを飲みながら、遠い目をする塙・弥次郎。
 彼の持ち金は、もはやジュースを飲むことさえままならない。
「どうしてこんなことになっちまったんだ」
 ぐびり。弥次郎は怪人態のまま酒を呑んだ。彼に自省という概念はない(非冒涜的だから)

「|宵《よい》」
「エッ?」

 なんか解ったような顔でいつのまにか近くに立っていた浄見・創夜命に、弥次郎もとい冒涜融合体ヒアデスは困惑した。
「時に己を顧みて後悔に沈む夜もあろう。だがそれも一時の休息――歩みださねば掴めぬ幸運も、またあるのだ」
「え? 何の話??」
「お主にうってつけの儲け話がある」
「マジかよ!! 乗った!!」
 彼は冒涜融合体ヒアデス。
 彼に自省という概念はない(非冒涜的だから)

 で、連れてこられた場所には。
「混乱魔法をシビビビビ!」
「ゴフッ!!」
 ルナリア・ヴァイスヘイムの杖から放たれた謎の光線を浴びたサイコブレイドは、明らかに胡乱な目つきになっていた(第三の眼も)

「いいですか? あなたはぎゃんぶるしに来たのですよ?
 こんな鉄火場で正気でいられるなんて、思ってもらっては困りますからね?」
「俺は……ギャンブルをしにきた……?」
「そうです。さああのまあじゃん卓まで行きましょう!」
「俺は……いや、Ankerを……」
「混乱魔法シビビビビビビ」
「グワーッ!」
 完全に洗脳されていた。

「……待て、まさか儲け話ってのは……ギャンブルなのか!?」
「案ずることはない|夜《よ》」
 創夜命は不敵な笑みを浮かべた。
「最終的に|夜《よ》が勝つ。お主に|トンカツ《Chicken Dinner》を食べさせてやろう」
「マジかよ乗るしかねえなこの勝ちウマに!!」
 彼は冒涜融合体ヒアデス。考えなしの危険な怪人である。

 というわけで、洗脳状態でふらふらしているサイコブレイドが卓につくと、創夜命、ヒアデス、そしてもうひとりが着席した。
「私勝ちます! 勝って最強のギャンブラーになります!」
 エスカである。
「負けたらわかってるだろうな……? 頂くぜ、その上着とかグラサンをよォ!」
 ヒアデスはヒアデスでなんかルールを勘違いしていた。

「さあ、混乱している今ならエスカちゃんでも勝てるはずです!
 お二人はエスカちゃんをサポートしてあげてくださいね!?」
「宵。任せておけ」
「巻き上げた持ち物は俺のもんでいいよな!?」
 グルどころの話ではなかった。

 そうこうしているうちに、4人の前に全自動配牌で麻雀パイが並ぶ。
「さあエスカちゃん、まずはカンをするんです」
 軍師ルナリアが囁いた。
「カンですか!?」
「そうです。カンをするとカンの神様が応えてくれるんですよ」
「なるほどわかりました! ではカンです!」
「ロンだ」
 パタン。サイコブレイド、意外に堅実! しかも槍槓である!
「グワーッ!? 負けたじゃないですか!?」
「いいですからカンです! とにかくカン! あとポンとチー! 鳴ける時に鳴きまくりましょう!」
「わかりました! ポンです!」
「猫なのでにゃをつけましょう」
「それなんか危なくないです!?」
「ロンだ」
 またしてもエスカ、直撃! バンバン点数が溶けていく!

 ……と、こんな感じでエスカはなぜか危険牌を切りまくり、そのたびにサイコブレイドにアガられ、もうトビかけていた。
「……いや待て、そもそも俺はAnkerを」
 サイコブレイドはあまりに一方的な戦況に割と正気に返っていた。
「ちぃ! 混乱魔法が切れましたか! 抑えてください!」
「任せろ! 喰らいやがれ冒涜的融合刃!」
「グワーッ!?」
 ヒアデスの連続攻撃が容赦なくサイコブレイドを切り裂く!
「貴様……何を! √能力者ども……!」
「ついでにポケットの中のもんよこせ! 3億円のためなんだよォ!
 その渋いナリで電子マネー決済オンリーなんて言わねェだろ!?」
 しかもこれ幸いとばかりにポケットの中をまさぐる始末! 冒涜っていうかただのこそ泥だこれ!
「しかもなんもねーじゃねえか! おい現金置いてけよ! それか金目のもんよこせ!」
「何を言う……! 貴様らをAnkerもろとも殺し」
「グレイトダイヤモンドゴージャスフルバースト新シークウェルリアリティロマンシングときめきゴッドアタック!!」
「グワーッ!?」
 SMAAASH! 創夜命のダイレクトアタック(ガラスの灰皿)!
「いいですよ頭に直撃したあたりが特に! はい混乱魔法の鐘(リィーン)」
 ルナリアが謎の新アイテムを鳴らした。
「そうだ、ギャンブルだ……それとお金だな、謝罪代わりだ」
 サイコブレイドは頭からダラダラ血を流した状態で財布をヒアデスに差し出した。
「まだだ、足りねえ! 3億円よこせコラー!」
「あのすみません、私の手番なので切りますね! えい!」
「ム! 来たな、トリプルアップ理事長確定演出! ロンだ!」
「えーーーーー!?」
 なぜかエスカの捨て牌でアガる創夜命! しかも三倍役満! 完全にトビ! チップ雪崩が卓を洗い流す!
「な、なんでですか!? サポートしてくれるんじゃ!?」
「夜は非情な世界なのだ。許せ」
「いや待て、そもそも俺はこのAnkerを殺しに」
「はい混乱魔法の鐘(リィーン)」
「そうだ……3億円……3億円だったな……」
「あと2億9999万9995万だぞオラァ!」
「混乱魔法の効きが足りぬか? 喰らえグレイト以下略ダブルアタック!(ゴッ)」
「グワーッ!」
 一応、サイコブレイドを大きく弱らせ、あと懐を素寒貧にすることには成功したという。

ノーバディ・ノウズ
久瀬・彰

●世の中にはギャンブルをやらない方がいい人間がいる
「くっ……何かが、おかしい。何がどうなっている」
 サイコブレイドは早くもこてんぱんにされていた。
 並の簒奪者ならもう逃げるか死ぬかしていると思うが、耐えているのは流石はAnker殺しの凶悪簒奪者といったところか。
 でももしかしたら、物理的に死ぬ前に狂った状況に頭をやられて発狂する方が早いかもしれない。特に√能力によるものとかじゃないのなんなの??

「ハッ! 何がどうなってる、だってェ!?」

 ノーバディ・ノウズは高笑いし、見下した。
「見てわからねえのか? みんなギャンブルをやりまくってるだけさ!
 おかげで俺もいつの間にか結構な額の借金を抱えて、なのに懐は隙間風だ!」

 ノーバディは首を傾げた。
「……ほんとに不思議だな? クゼ理由わかる?」
「全部ホロウヘッドくんの自業自得じゃない?」
 久瀬・彰にオブラートという言葉はなかった。

 だが、よく考えると(そんな必要もないが)彰はただ仕事でついてきたら相方がギャンブルにハマり、しかもボロ負けし、おまけに引き際を見失い、ポケットマネーを貸し続けることになったのです。
「すみません~、4000円貸してくださいぃ~~!!」
 そして、足元には泣きべそをかいたエスカが縋り付いていた。亡者かな?
「こっちもまだやってるの?? 非常事態なんだけど???」
「そうなんだよ! 非常事態なんだよ! 俺の懐が!!」
 ノーバディ、キレた! どの面を下げて?(答え:可変式ヘルメット)
「おかしいな、こんなはずじゃなかったのに……」
「俺が思う限りギャンブルでやっちゃいけないことけっこうやってたっていうか、ホロウヘッドくんはまずギャンブルやらないほうがいいんじゃない?」
「そんな! それじゃあ生きていけないですよぉ!」
「そっちには言ってないんだけどまあそっちも大体そんな感じだからね???」
 グダグダである。

「……もうたくさんだ。貴様らもAnkerともども抹殺する」
 サイコブレイドは宇宙エネルギーのチャージに入った。
 発射を許せば、これまでのトンチキな状況も何もかも文字通り吹っ飛ぶことになる!

「クゼ! 任すぜ!」
「仕方ないな。任されたよ」

 彰はすぐに動いた。彼はいつでも平然としているし、それゆえいつでも人を殺すように動ける。
 穏やかに見えて、実のところノーバディよりもよほど怖い人間だ。
 影はあえて使わず、まずは牽制射撃。サイコブレイドは表情を変えず銃弾を叩き落とし、続けざまのメスを返す刀で受けた。

「なかなか使えるようだな。だが、俺には通じない」

 激しい金属のぶつかり合いが火花を散らす。
 サイコブレイドは60秒耐えればよい。そして、後ろに回った"ホロウヘッド"が本命なのは丸分かりだ。
 ゆえに、彰にはそれ以上攻め込まない。あちらが動いたところで、攻撃を叩き込む。冷徹なマシーンのように、殺しの算段が組み上げられていく。

「もらったぜ!」

 狙い通り、ノーバディが攻めかかった。サイコブレイドの鋭い瞳が、レンズの奥でギラリと光った。
「残念だったな――まずは、貴様からだ!」

 閃光が迸った。
 ダメージを転用し、更に破壊力を増した宇宙的エネルギーがノーバディ一人に向けられる。確実に殺すために――だが!

「それを待ってたぜェ!!」
「!?」
 広がった光は、ノーバディの頭部へと再収束……そして、光が頭部そのものを形成した。
「バカな、俺の√能力を吸収しただと……!?」
 まず一度目の驚愕はそれだ。

 二度目の驚愕は、巻き添えを喰らわないよう後ろに下がったはずの彰が、足元の影を伸ばし彼を拘束していたことである。
「眩しいね、その頭。威力も期待できそうだ」
 サイコブレイドを挟み込み、影になることで放射される光から逃れた彰が、眩しそうに目を細めながら言った。
「ああ、ちょっとこれ以上は耐えられなさそうだからよ」
 ノーバディはサイコブレイドが影を脱するより早く、掴みかかった。
「アンタにお返しするぜ、この光! これ以上債務は背負えねえからよぉ!」
「うおおお……ッ!?」
 膨大なエネルギーが、世界を塗り潰す。
 サイコブレイドは倍化された宇宙の閃光を、その身で味わい全身を灼かれたのである。

禍神・空悟
品問・吟

●遅すぎた来訪
 閃光が徐々に晴れると、現れたのは全身からプスプスと煙を上げたサイコブレイドだ。
 自らのコスモエネルギーをまんまと跳ね返され受けたダメージは、この異常極まる(※特にかっこいい意味ではない)状況で受けた精神的ダメージと重なり合うことで奴を追い詰めていた。

「……まだだ……」
 それでも、サイコブレイドは健気である。
 むしろここまで来てすごすごと逃げ帰ったら、おそらく今後彼がシリアスに振る舞えることは二度とないだろう。
 断固としてAnkerを殺し、役目を果たす。強い決意が見え隠れした。

「あなたは遅すぎました!!」

 バン! 力強く断言する品問・吟!
「遅い……だと? 何が言いたい」
「全てはあなたの責任なんです」
 吟は弾劾めいた眼差しで、強くサイコブレイドを睨む。
「あなたが来るのが遅いせいで、エスカさんは多方面に借金を重ね、あなたの部下っぽい方々もギャンブル依存症になりかけ、なにより私はお夕飯抜きです!!」

 一瞬、完全な沈黙の天使が舞い降りた。


「待て。それはギャンブルで、ということか?」
「それ以外にありますか!? 反省してください!」
「何故それが俺の来訪に関わる。そもそも――」
「反省してこんな悪事をやめるつもりがないなら、大人しくボコボコにされてください!!」
 理不尽! ここまでの理不尽があっただろうか!
「なるほど、そういうことだったんですね! じゃあ責任取って4000円貸してください!」
 おまけにエスカもこれ幸いとばかりの乗っかった!
「ほら! エスカさんもこのざまです! あなたのせいですよ!!」
「俺は何か発狂するタイプの√能力をまた食らっているのか??」
「……なんつーか、同情するぜ」
 黙って見ていた禍神・空悟は、敵ながら少し憐れんだ。

 だが、それで見逃すほど、彼は甘くない。
 現に空悟が口を開いたのは――サイコブレイドの意表を突き、背後に回り込んでいたからだ。既に攻撃の準備は、済んでいる!
「何」
「ぶっ潰れろ――!!」
 重い拳が、脇腹にめり込んだ。
「ぐ、は……ッ!!」
 サイコブレイドはくの字に折れ曲がり、吹き飛ばされた。

 その先に、いつの間にか吟!
「本来の私なら、あなたの攻撃をあえて受けるつもりじゃなきゃダメそうですが……こうして誰かがいてくれるなら、一発殴るぐらいは!」
 SMAAASH! 卒塔刃をバットのフルスイングのように叩き込む!
「ぐっ!!」
 まるでピンボールだ。サイコブレイドは空中でくるりと身を翻し、体勢を取ろうとする。
 せめてこの戦いだけは、状況に翻弄されずまともにやりたい。そういうひたむきな気持ちだ。

「させねえよ」

 空悟は一瞬で懐に潜り込んでいた。
「ちぃ……!」
 怪力を籠めた体術の連打は、もはやサイコブレイドに反撃を許さない。
「殺しなんぞやってんだ、正々堂々なんて期待してねぇだろ?」
「……最初から、そんなものを唱えるつもりは……ない! 俺はこの地に集まったAnkerを殺す邪悪として――」
「違います!」
 吟が挟み撃ちの構図を取った。
「ここにいる人たちは、あなたのせいでギャンブル依存になったんです!! せぇいっ!!」
「だからそれは濡れ衣グワーッ!」
 痛烈な一撃だった。主に肉体と、あと脳に。
「…………ダメだな、まったく締まらねえ!」
 なんとかこうシリアスな空気を作ろうとしていた空悟だが、攻撃が入ったのはいいとしてそれは完全に大成功でもダメそうなので、潔く諦めた。ようは倒せればいいんだし!

青木・緋翠

●扱いがおおよそ一桁台の年齢の子供
「ぐっ!」
 サイコブレイドは強烈な震動に立っていられず、膝を突いた。
 移動力を1/3まで制限し威力を高めた今の状態では、震度7の影響を克服して青木・緋翠に近付くのは困難だ。

「俺の"広域震動"はおよそ半径31メートルをカバーします。
 そちらも離れるよりは近づきたいでしょう? もう抜け出せませんよ」

 しかも、緋翠は電磁バリアを張って防御している抜け目なさだ。
 肉眼以外のあらゆる探知を無効化したとしても、こうまで二重三重に策を講じられては、攻撃を届かせるのは不可能といっていい。

 問題は別にあった。
「すみませーん! 私、今4000円がどうしても必要でぇー!」
 |バカ《エスカ》である。
 自分の命が狙われている状況がなんにもわかっておらず(もしくは理解したけどお金のことで頭が一杯になり)戦闘中のサイコブレイドに金をたかろうとしているのだ。

「えい」
「うひゃあっ!?」
 ころりーん。エスカは震動に揺らされギャグ漫画みたいに盛大にすっ転んだ。
「今は戦闘中です。戦場で動き回ると危ないですよ!?」
「じゃ、じゃあ4000円! 4000円貸してください!」
「……この人本当にAnkerなんです?」
 緋翠は思わず興味本位ありきでサイコブレイドに聞いた。
「……正直を言うと、俺も少し不安になっている」
 サイコブレイドも苦々しい顔をしていた。Anker判定に本人が疑惑を向けるってどうなんだろうか。
「あっ! 今ですよ! 今攻撃してください! あと4000円を!」
「ちょっとエスカさんは戦場外に出ておいてもらいますね」
「あー!!」
 一応、怪我しないように配慮はしていたが、だいぶ扱いが雑だった。妥当である。

ハリエット・ボーグナイン

●なけなしのシリアス
「……エスカ」
 ハリエット・ボーグナインは残っていたチップ入りのカップを差し出した。
「こいつで好きなだけ遊んできな。4000円よりは多」
「えっ!? そんなの受け取れません!」
 エスカはカップを丁重にお返しした。

「えっ??」

 こいつ何言ってんだ? という顔で振り返るハリエット。
「いや、お前カネが欲しいんだろ? だからこれで」
「違います! 私が欲しいのは4000円なんです!」
「は???」
 ハリエットは宇宙人に遭遇したような顔になった。 
「こんな大金受け取れませんよ……人にお金をホイホイ上げたりするのは危ないしよくないと思います!」
「こ、こいつ……マジか……!?」

 そう、ハリエットは知らなかった。
 エスカはなぜか4000円という金額かつ借りるという行為のハードルが異常に低い代わり、それ以外の倫理観はむしろ高いほうなのだ。
 誰彼構わず4000円借りようとするのは倫理観が終わっているとしか思えないが、とにかくそういうバグを起こしたとしか思えない頭なのである。

「いいから受け取れって! その間におれは戦ってくるから!」
「ダメですよ! ご自分のお金を大事にしてください! まさか、死んでもいいから捨て銭だと思ってるんですか? そんなのなおさらダメです!」
「おれはもう死んでんだよ!」
「戦う前にそんなこと言うのはダメです! 私が許しません!」
「違ェよそういう心意気とかじゃねえの! おれは死んでんの!!」
 どんどん話がこじれていく。
 上手いことエスカを|安全圏《じゃまじゃないとこ》に|離脱《おいはらおう》させようとしたのも台無しだ!

 残念ながら、この時点でなけなしのシリアスは砕け散っていた。
「……√能力者よ」
「ハッ!?」
 ハリエットはサイコブレイドの接近に気付いた。こんなことをしている間に近づかれるとは……!

「気持ちはわかる」
「は???」
「ゆえに、待つ。俺のことは気にするな」
 サイコブレイドの声は、温かかった。
 お前そんな配慮出来んならまずさっさと消えろよ、とハリエットは思ったが、もうこの際どうでもよかった。

「わかった、エスカ。ほら4000円、4000円分な。これ貸すから」
「やったー!! 私のお金ですいやっほーう!! ありがとうございます!!」
「マジでこいつなんか欠落でもしてんのか???」
 Ankerというより√能力者の疑いが高まってきたが、とにかくエスカはすっ飛んでいった。

 ハリエットは咳払いした。
「改めて、この戦いを終わらせようじゃねえか……お前は、狙った相手が悪すぎたのさァ!」
「ならば死ね、貴様から!」
 サイコブレイドの死の一撃が、迫る。だがハリエットは猛スピードで離脱した!
「鎖を利用したか!?」
「甘いぜ、おれは最初からこいつを準備してたのさ――シリアスに戦うためになッ!!」
 棺桶の重みで巻き上げられるように攻撃を回避したハリエットの姿が消えた。
「隠密能力か……!」
 サイコブレイドは周りを警戒する。だがその背後、滲み出るように現れる……影!

「残念だったな、アミーゴ」
「背後だと――」

 BLAMN!!

 |悲鳴《Scream》のような銃声。
 脇腹に押し当てられた銃口から放たれた弾丸は、サイコブレイドの肉体を穿ち痛烈なダメージをもたらした。

神元・みちる
戦術具・名無

●ある意味どんな攻撃よりも強烈な一撃
「あー、楽しかったー!」
 神元・みちるは大量の景品を抱えご満悦だ。
 大金を持たせるのはなんだか怖いという戦術具・名無の発案(もちろん意図は伝えていない)で、現金ではなく即物的な品々に切り替えたのである。

「お土産もたくさんだし、言うことなしだなー!」
「……みちる、あくまでたまに、ですよ? いいですか?」
 名無は何度目かの小言を言って聞かせた。お母さんかな?
「わかってるって! んんー……んっ」
 みちるは大きく伸びをした。
「楽しいけど、身体動かさないから凝っちゃうんだよなー」
 ギャンブルは楽しいが、それはあくまでゲームとして。
 みちるの単純さがいい方向に作用したのか、エスカみたいな悪いハマり方はしてないようだ。

「でもせっかくだし、次は別なとこにしてみるのもいいかも!」
「ちょっと、みちる……」
 名無は呆れた。どうやらみちるは、本来の目的を忘れているらしい。
 しかし見たところ、例のサイコブレイドとやらはまだ現れていないようだ。
(「星詠みの予知が外れるなどということは……こういうことも?」)
 予知を前提にあまりに先んじた行動を取りすぎれば、敵がその行動を予知するなどして運命が変わる可能性は、当然あり得る。
 しかし、何か妙な気がしなくもない……が、みちるがどこで変なことをするか気が気でない名無は、懸念を一旦置いて彼女の世話に専念することにした。

 ……といった具合に遊び呆けているだけで、時間はぐんぐん過ぎていく。
「やっぱ楽しいなー!」
「みちる。みちる。そろそろいい時間ですよ、きりのいいところで……」
「えー? でもまだ出てきてないじゃん!」
「いえ、しかし……」

 その時だ。
「何故こんなことになったんだ……」

「お?」
 みちるは、ふらふらと彷徨い歩く男の姿に気付いた。
「なんか変なおじさんいるぞ? どしたー?」
「み、みちる。その人……いえ、そいつは……」
 名無は、予感を覚えた。聞いていた風体にものすごくよく似ている。
 っていうかなんか物騒な剣持ってるし、こいつがサイコブレイドなのでは?

 しかしそれにしては随分憔悴している。なぜだろうか。
「さてはおじさん、あれだろ? カジノって負けたってやつだなー?」
「……そうだな、俺は確かに負けたかもしれん……」
 変なおじさん……もとい、サイコブレイドは呟いた。
 この場合「負けた」というのは当然ギャンブルではなく、ぶっ飛んだ√能力者の発想とかテンションに負けた、という意味である。

 しかし、そんな些細な機微は、みちるには伝わらない。
「仕方ないなー、ほい!」
「……なんだ、これは?」
「あたしはそろそろ帰るから、お土産のお裾分けってやーつ!」
「……」
 サイコブレイドはぽかんとしていた。
「がんばれ、おじさん! 大事なのは挑戦ってやつだぞ! 失敗はなんとやらだ!」

 がくり。
 サイコブレイドは膝を突き、うなだれた。
「情けをかけられるだと……この俺が……!」
(「……なんか、下手に攻撃するよりダメージ食らってますね……」)
 ある意味、みちるにしか出来ない最強の一撃だった。

眞継・正信
マニュエル・ロティエ
ルイ・ラクリマトイオ

●悪い予想ほどよく当たる
「4000円……4000円が欲しいです……」
 死んだ目をしてふらふら彷徨うエスカ……に、ルイ・ラクリマトイオは嫌な予感を覚えた。
「……あの、エスカさん? まさかとは思いますが……」
「あっ! あのおじさんにはまだ4000円貸してもらっていません! チャンス!」
 ルイの予感は的中した。
 とぼとぼと歩いてきたサイコブレイドめがけ、エスカは全力ダッシュしたのだ!
 なお、多分他の√能力者から3回ぐらい注意されている気がするが。エスカはあんまり気にしていない。お金のことで頭が一杯なので。

「それは……ダメです!」
 ルイは我が身を呈してエスカを庇おうとした。
 サイコブレイドはすかさずルイを攻撃……しない。
「……そのAnkerはまだ4000円がどうとか言っているのか?」
「え? あれ?」
 よくよく見ると、サイコブレイドの目も(3つとも)死んだ魚のようになっていた。

「Ankerを殺す……その邪悪な所業のために、俺は覚悟を決めていたというのに……」
「あのう、なんだか難しいお話されてるみたいですけど4000円貸していただけますか!?」
「エスカさん、今は大人しくなさっててくださいね」
 ルイは必死で言い聞かせた。大変ですね。
「なのに……√能力者どもはギャンブルをやっているし、俺が放ったはずの配下もギャンブルをしているし、Ankerはこの調子だし……どうなっているのだ……!」
「あ、単純に状況に心が折れかかってるんですね……」
 倒さねばならない敵ではあるはずなのだが、ルイはちょっとサイコブレイドが哀れに感じられた。

「ふん。なんとも情けない|ざま《・・》だな、サイコブレイドとやら」

 そんな哀れな敵を、マニュエル・ロティエは傲慢で冷徹な瞳で見下した。
「葛藤があろうと、望むにせよ望まざるにせよ、所詮はお前の行いだ。
 己の軛に嘆き心折れるぐらいならば、せめてその星を輝かせてみせろ」
「ま、マニュエルさんがサイコブレイドを励ましている……!?」
「違う。私がこんな奴を鼓舞してたまるものか」
 マニュエルはルイに吐き捨てた。
「この私ですら、思うままにならない軛に囚われているというのだ。
 ただでさえ『私』にいいように使われるのが癪だというの……にッ!?」

 眞継・正信は平然とその肌に牙を突き立てていた。
 血の誓約の痛みのあまり、マニュエルは言葉を途切れさせたのである。

「痛いぞ! 加減して噛め!!」
「一つ訂正しておこうと思ってね」
 正信は口元を拭った。
「『私』を呼んだのは、決して囮にするとか利用するためではないよ。
 己の身に降りかかる災難ならば、自らの手で解決したい……それが『私』だろう?」
「……ふん、解ったようなことをほざく。気に入らん」
 マニュエルは鼻を鳴らし、一蹴した。正信は肩を竦めるのみ。

「まあいい。お前がなんであろうと、このままでは済まさん」
 √能力によって強化されたマニュエルは、堂々と最前線に出た。
「|Anker《この私》を殺すつもりならば、せいぜいやってみせろ。簒奪者!」
「お待ち下さい、マニュエルさん! ここは私がお守」
 たんっ、とマニュエルは軽やかに床を蹴り、サイコブレイドに挑みかかった。
「ほらね、あれが『私』なのだよ」
「……はあ……噛まれたというのに、元気ですね……」
「噛んだから元気なんだけどね」
「あー!! 4000円がー!!」
 などと話している間に、邪魔なエスカはOrgeに服の裾を咥えられてフェードアウトした。

「Ankerが自ら挑んでくるとはな。どこまでも俺をこけにしてくれる」
 サイコブレイドは剣を構え、首を狙った一閃を繰り出した。

「甘いのは、お前の方だ」
「何!?」

 切り裂いたのは残像だった。いまやマニュエルは、√能力者そのものなのだ!
「吹き飛ぶがいい、半端者よ!」
「……ッ!」
 衝撃波を受け、サイコブレイドは宙を舞った。

 すると空中に魔力の鎖がジャラジャラと踊り、サイコブレイドに絡みついたではないか。
「これは、血の魔術か……!」
「自分自身の血はあまり美味ではないのだがね。私自身も力が増すのさ」
 正信が魔力で編んだ鎖が、サイコブレイドを空中に文字通り縫い留める。
「では、せっかくなので」
 ルイの言霊が浮かび上がらせたのは……爆死して床に突っ伏していたスパディルマスケ!?
「な、なんだと!?」
「これも一つの有効活用、ということで――!」
「オ金ナクナッチャグワーッ!!」
「グワーッ!?」

 KA-BOOOM!
 哀れな上司と不甲斐ない部下は空中で激突し、大爆発した。どういう原理で爆発したのかは、簒奪者のみぞ知る。

夢野・きらら
タマミ・ハチクロ

●もう4000円あればいいや
 ギュオオオ、ギャルルルルッ!
「そろそろカーブに差し掛かるよ、準備はいいねタマちゃん!」
「もちろんでありますきら殿、小生の命は預けました!」
 夢野・きららとタマミ・ハチクロは、互いの強い信頼に不敵な笑みを浮かべた。

 そう、二人は相棒同士。
 仲間がいれば、どんな強敵との戦いも恐ろしくない。
 スピードの風が髪を靡かせ、すぐ傍で死が待ち構える今だって――!

「……ちょっと待て、これはどういうことだ!?」
 サイコブレイドは思わずツッコミを入れた。
 何故か彼もバイクに乗っていた。どっから出てきたんだよ。

 いや待て、そもそもカジノの中でバイクとは一体?
 普通であれば、そんなマシンを乗り回すようなスペースはない。
 だが、他の√能力者の手で、あの妖怪ダービーのコースが具現化した今なら!

「黙ってカードしろよであります、サイコブレイド!!」
 きららの魔導バイクにタンデムしたタマミは、謎のカードを人差し指と中指の間に挟み込み、こう決☆闘☆者って感じで構えた。
 別にカードの中のモンスターを具現化させたり、相手の|生命力《ライフポイント》に|直接攻撃《ダイレクトアタック》する√能力なんてないのだが、そのへんはノリである。
「カード、だと……? そういえばさっき、貴様らにそんなことを言われた気がする」
 サイコブレイドは錯乱していた。
 悪い夢としか思えないトンチキ状況のせいなので、仕方がない。

「……いや、待て。そもそも俺にはカードがないぞ」
 ごもっともだった。
 サイコブレイドは名前の通り剣で戦うのであって、カード使いではないし決☆闘☆者でもないのだ!
「カジノなんだからそのへんにあるでありましょう!」
「そうだそうだ! 決☆闘☆者なら挑戦は受け付けるべきじゃないのかい!?」
「そんなものになった覚えはないのだが……!」
 よくよく考えると、このバイクで走らされている状況も既に√能力の術中にかかっているからではないのか?
 サイコブレイドは、無視して斬りかかろうとした。だってそのために来たんだから!

「貴様らの戯言などに付き合っていられん。直接攻撃させてもらう!」
「ダイレクトアタックと言ったでありますな! その宣言、決☆闘の合図とみなすであります!」
「違うが? 普通に戦おうとしているんだが???」
「今だ、タマちゃん!」
「了解であります!」
 きららとタマミはまったく話を聞かない! ゴリ押しだ!
「小生のターン! とぉう!」

 タマミは跳んだ。
 魔導のスピードを乗せ、空中できりもみ回転すると、レイン砲台から無数のレーザーが!
「ぐ……!?」
「|八九六式《ハチクロ》! |跳躍蹴《ネコキィーック》!!!」
 タマミの足元に、巨大な肉球型のエネルギーが展開!
「なんなのだこれは、どうなっているのだ――グワアアアアアッ!!」
 状況についていけないサイコブレイドは、必殺技のバンクシーンを受け……完全に、爆発四散した。

 そして、タマミは特撮ヒーローのようにかっこよく着地した。
「さすがだね、タマちゃん」
「きら殿のおかげであります。なにせ小生にとって、きら殿はAnkerなのでありますからな」
「ふふ。それは光栄だね」
 二人は勝利を喜びあった。

「お二人共~! 大丈夫ですか~!?」
 そこへ、エスカが駆け寄る。
「むっ、いいところに来たねエスカくん。早速だけどお願いがあるんだ」
「えっ? なんですか? お金はまだ返せないです!」
「そのことなんだけどね……実はぼくらのアパートに、税理士が欲しいんだよ」
「はい!?」
 エスカは突然のスカウトに面食らった。
「確定申告ってやつが大変でさ~、全然わからないんだよね。エスカくんはお金の法律に詳しいみたいだから、勉強してぼくらを助けてよ!」
「いやそこまで専門的じゃないんですけどぉ!? あと勉強って地道じゃないですか! ギャンブルで一発当てたほうがいいんじゃないでしょうか!」
「ちゃんと報酬もあるよ。4000円」
「きら殿、ナイス勧誘であります!」
「4000円!? そんなの最低賃金下回ってるじゃないですか! もっと常識的な報酬をくれないと、私が負った50万の負債が返済できませんよ~!」
「なんでところどころ常識的なこというんでありますかなエスカ殿は。というか、あんだけほうぼうから4000円を借りていたら、50万どころでは済まないのではないでありますか?」
「それはそれ、これはこれです!」
「特に別腹にはならないよね」
「でもぉ~……!」
 最後までてんやわんやであったという。

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